James Petras

2015年12月18日 (金)

レジェップ・タイイップ・エルドアン:突然背後から人を刺すパシャの肖像

James Petras
インティファーダ
2015年12月15日

彼は個人的な権力は強化したが、トルコ国家と国民の利益を損なっている。エルドアンは、自分のことを、欧米に必要不可欠な地域覇権を握る日の出の勢いの人物だと思い込んでいる。シリアとイラクにおける暴力から逃れる難民の大群で、彼はEUをゆすり、管理し、絶望的な難民をトルコの強制収容所に放り込むという約束で、何十億ユーロもせしめた。しかし、ヨーロッパ人は、パシャ(皇帝)からは、自分たちの金で、決して信用と忠誠を買うことはできないことを悟らねばならない。より詳細はこちらを。http://www.intifada-palestine.com/2015/12/recep-tayyip-erdogan-portrait-of-a-backstabbing-pasha/#sthash.LRbf7AXX.dpuf

エルドアンは、パワー・エリートに反対する社会改革者として、権力の座への上昇を開始した。彼はイスラム教と社会福祉を主張する民衆煽動家だった。政治権力を得るやいなや、彼は家族やビジネス・エリートを富ませ、敵やライバルを粛清した。

政治力と、経済的なコネを使って違法な商取引で、富を蓄積した。

政治権力と、個人的財産を得て、帝国の権益に使えることで、彼は欧米エリートの間で、威厳と地位を得ようとした。彼はロシア軍戦闘機をシリア上空で撃墜して、何百ものトルコ企業を脅かし、主要な個人的収益源を失った。ロシアが、トルコへのエネルギー輸出を止めると脅すと、エルドアン批判者たちは、彼は、この冬、宮殿とビラを、牛糞で温めるだろうと言った。

エルドアンの二つの顔

トルコ大統領のレジェップ・タイイップ・エルドアンは、政治上の盟友、貿易相手や、軍事同盟を裏切る上で、長く、卑しい実績を誇っている。友情を誓って、‘友人たち’を爆撃し、市民を殺害する。‘真摯に’交渉し、ライバルを殺害する。民主主義者を演じておいて、ありきたりの扇動的独裁者になる。

エルドアンは、アナトリア州プチブルの平民的で厳格な価値観に訴えながら、21世紀のパシャにふさわしい世界最大の豪華大統領宮殿を建設する。彼は何度となく‘トルコ国家’への忠誠を誓いながら、公共資金によるプロジェクトに二重請求する建設業者から、何度となく賄賂やリベートを得て、トルコ国庫を略奪している。

最近では、エルドアンは、テロに反対し、ISISと戦うと主張しているが、トルコの主要新聞や地方新聞、ジャーナリストや大半の国内評論家たちは、トルコ-シリア国境を越え、ISISテロリストに向かう、膨大な量の違法な兵器の流れを実証している。

ISISとエルドアンの‘肉体関係’

エルドアンは、聖戦傭兵に抵抗するシリア・クルド戦士を爆撃し、テロリストに対して、ダマスカス政府を守っているロシア戦闘機を撃墜し、ISISがイラクとシリアから盗んだ石油を密輸し、販売し、負傷したISIS戦士に対して医療支援をし、更に、トルコ基地で、ISISテロリストを訓練し、武器を与えて、ISISを支援している。

ここには互恵関係がある。2015年7月20日、33人を死亡させた、スルチでのクルド‘社会主義青年’集会へのテロ爆撃や、10月10日、アンカラの‘平和と公正’行進会場で、組合活動家、専門職団体幹部や、民主的なクルド政党の活動家や党員を標的に、100人以上を死亡させ、何百人も負傷させたの大規模爆発を含め、自国内の反対派にテロをするのに、エルドアンは、ISIS工作員を利用している。

2015年の国政選挙では、ISISテロリストや、エルドアンの公正発展党(AKP)の暴漢が、エルドアンが、圧倒的多数を必ず勝ち取れるようにすべく、野党、特にクルド人民民主党(HDP)の事務所、集会や候補者を襲撃した。

言い換えれば、エルドアンの外国と国内における権益にとって、ISISは一石三鳥だ。

(1)シリアとイラクで、ISISに反対している非宗教的なクルド勢力を攻撃し、破壊して、トルコ国境に独立したクルド国家ができるのを防ぐ。

(2)シリアのバッシャール・アル・アサド指揮下の独立したバース党政府を攻撃し、破壊し、多文化的な非宗教的国家機構を解体し、スエルドアンのAKPに従属するスンナ派イスラム主義傀儡をダマスカスに据える。

(3)広範な支持を得ているクルドHDPや、左翼の労働組合連合(DISK)を含め、トルコ国内世論を攻撃し、恐怖に陥れる。

エルドアンは、現在ISISを構成している過激ワッハーブ派テロリストと十数年にわたり、戦略的同盟関係にある。彼は中東地図を、彼自身の拡張主義の野望に役立つように‘書き換える’つもりなのだ。これは、エルドアンが、一体なぜ大量の武器や物資を、テロリストに供給し、何千人もの傭兵を訓練し、負傷したISIS戦士に医療支援を提供したのかという理由の部分的説明になる。これはまた、エルドアンが一体なぜ、シリア領空で、エルドアンの同盟ISISを爆撃していたロシア戦闘機を撃墜するという未曾有の極端に挑発的な手段に出たかという説明にもなる。ロシアとシリアの軍のISISに対する成功が、彼の野望を脅かしたからだ。

‘イスラム教民主主義者’から、支配的な中東のパシャとなるという自負を持った残虐な独裁的イスラム主義支配者へのエルドアンの変身は、過去40年で、権力の座に上昇した歴史を通して見るべきだ。

レジェップを突き動かしているのは何か?

エルドアンは、早くから、過激イスラム主義政治への親近感を示していた。1970年代、彼は、巨大な多民族非宗教国家トルコを、神権政権(現代のISISの方針通りだ)に変えることに専心している、強烈な反共産主義で、非宗教的政党に反対する政党、国民救済党(MSP)青年部のトップだった。

1980年の軍事クーデター後、MSPは解党され、福祉党として再登場した。エルドアンは新たな(改名した)イスラム主義政党の指導者になった。

エルドアンと福祉党は、腐敗して、独裁的な軍へのトルコ大衆の不満につけこんだ。福祉党は、イスタンブールの労働者階級居住区に、強力な草の根組織を作り出すべく、イスラム主義の宗教的色合いを持ったポピュリスト的な社会福祉綱領を奉じていた。1994年、エルドアンはトルコ最大都市の知事に選ばれた。

知事として、エルドアンは、実力以上のことをしようとして過激イスラム主義を説いて失敗し、1998年に非宗教国家に対する扇動罪のかどで有罪判決を受けた。彼は、10か月の刑で、4か月服役した。

この時点から彼は戦術を変えた。彼のイスラム主義狂信は隠蔽された。彼は、党名を福祉党から、現代風な響きの公正発展党(AKP)へと変えた。エルドアンは、そこで一連の政治作戦を開始し、賢明にも敵対者が権力を得られるよう操り、それから…それぞれを背中から刺したのだ。

エルドアン:抱擁して、背後から

非宗教国家に対して扇動するという彼のかつての信念にもかかわらず、‘改心した’エルドアンは、2002年、彼の政治参加に対する軍の禁止を覆すため、ケマル主義で、非宗教的な共和人民党(CHP)と連携した。2003年に、彼は首相に選ばれた。AKPは、総選挙に勝利した後、CHPとのつながりを切った。2007年と2011年、エルドアンは首相に再選された。

エルドアンは、司法体制、警察と軍内部で影響力が強かった親米派のイスラム主義指導者フェトフッラー・ギュレンのヒズメットまたはジェマート運動と提携した。二人は非宗教的な軍や司法幹部、ジャーナリストや評論家の粛清を開始した。

エルドアンとギュレン主義者の国家機関が、300人の非宗教的な軍幹部、裁判官やジャーナリストを逮捕・投獄し、全員、イスラム主義者のエルドアンとギュレンに忠実な連中に置き換えた。

“大ハンマー作戦”と呼ばれた粛清は、全て反逆罪と陰謀の冤罪に基づいていた。ところが、欧米マスコミは、軍に対し‘民主主義を強化する取り組み’だと呼び、それをエルドアンの民主的権威にへつらう表現で説明していた。

それは民主主義とは無関係だった。粛清はエルドアンの個人的権力を強化し、彼が益々あからさまに新自由主義で、イスラム主義の政策を推進することを可能にした。司法関係者の粛清は、益々エルドアンが取り巻き資本家連中や家族を富ませることを可能にした。

エルドアン:ネオリベラル・パシャの誕生

更にエルドアンは、賃金、給与や年金を引き下げる一方、公共企業や活動を民営化するIMFが設計した‘安定化と回復’プログラムを奉じている。これが資本の大量流入を招き、外国投資家と取り巻き連中が、おいしい所を叩き売り価格で手にいれた。経済に対するこの‘取り巻き連中の自由競争’手法の最も象徴的なものが、2014年5月、かつて国有だった炭鉱が、エルドアンの取り巻きに買われ民営化された後、労働者の安全条件が破壊され、300人以上の炭坑作業員が死亡した、ソマ炭鉱爆発事故だ。国内と国際的な憤激にもかかわらず、レジェップはスキャンダルを無視し、抗議行動をする炭坑作業員に警官を解き放った。

エルドアンによるイスラム教と、残酷な新自由主義の組み合わせは、ブリュッセル、ウオール街やロンドンのシティーの支持を惹きつけた。投機的な外国資本の大規模流入が、トルコのGNPとエルドアンの富と自我を一時的に膨らませた!

支配の初期、エルドアンによる大資本に対する開発免許、税制優遇措置、政府契約が、大半の部門、特に建設と不動産部門の彼の取り巻き資本家連中に広くばらまかれた。

資本ブームが続いている間、彼の権力も増大し、エルドアンは、トルコ救世主という役に益々とりつかれるようになった。2010年には、権力の分担を巡って、エルドアンと、ギュレン主義のパートナーとの間で深刻な違いが広がった。エルドアンは素早く残虐に行動した。彼は再度‘ギュレン主義官僚’と目される連中の大規模粛清を開始した。彼等が、先に非宗教主義の軍を粛清した際には、彼のために忠実に働いた役人たちであったという事実にもかかわらず、彼は裁判官、警官や、公務員のギュレン主義シンパを逮捕、馘首、投獄、配転した。

エルドアンは、他のいかなる政党、運動や、集団とも権力を分け合うのがいやだった。パシャ・レジェップは権力を独占したがっていた。彼は‘ギュレンが支配している’と主張して、批判的な新聞や企業やコングロマリットを攻撃した。エルドアンは、彼に対して完全に忠実な資本家しか、政権からの恩寵を受けられないようにした。言い換えれば、取り巻き資本家連中の規模、力と重要性を強化した。特に不動産と建設業で。

パシャ・レジェップによる、市民社会に対する攻撃

トルコ、エルドアンの絶対権力の下で、腐敗した愚かな‘開発プロジェクト’が、ねずみ算式に増加し、公共空間の劣化と剥奪をもたらした。彼の恣意的で破壊的な政策は、継続的な市民団体の抗議行動、特に、2013年5月に始まった、イスタンブールの中央、ゲジ公園での抗議行動を引き起こした。

市民社会の抗議行動に対応して、エルドアンはあらゆる見せ掛けを投げ捨て、‘現代的民主主義者’の仮面をはぎ取り、イスタンブール中心部で、平和な抗議行動参加者を残虐に弾圧し、22人の死者、何百人もの負傷者、更に多数の逮捕者と長い刑期が宣告されることになった。エルドアンは次に、彼の残虐な暴力行使を批判した、リベラルな批判者や財界幹部を標的にした。

2013年、ゲジ公園運動の年は、転換点だった。エルドアンと家族が1億ドル賄賂スキャンダルに連座する一方、政権を批判するリベラルな人々は粛清された。

エリート階級からも、庶民階級からも、反対に直面し、エルドアンは一層熱狂的な‘イスラム主義’、愛国主義、誇大妄想、つまり‘新オスマン帝国主義’となった。

間もなく、彼はトルコ・クルド人に対する攻撃を再開し、後にISISとなる連中も含め、シリア国内のイスラム主義テロリスト支援を増強した。これらの政策は、イラクとシリアの非宗教的なクルド人に対して継続中の戦争を補完するよう計画されていた。

エルドアン:非宗教的シリアと“大親友”ロシアの背中を刺す

支配の最初から、エルドアンは、シリアのバッシャール・アル・アサドと、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と‘最高の関係’を作り出していた。彼はダマスカスやモスクワと無数の貿易協定を調印した。プーチンはアンカラで歓迎され、エルドアンはモスクワを訪問し、二人は10億ドルのエネルギー協定や、相互協力協定に調印した。

300万人ものロシア人観光客が、トルコのリゾートを毎年訪れており、トルコの主要産業の一つにとって、たなぼただった。

エルドアン政権は、威勢よく、大げさに、モスクワとダマスカスを抱擁しながら、組織的に、もっと背中を刺すための基盤を準備していたのだ!

2011年までには、後にシリアにおける残虐なイスラム主義者の反乱となるものの基盤をととのえるのに、エルドアンは深く関与していた。早くから、何百人もの武装外人イスラム主義テロリストが、トルコ国境を越えて、シリアに入国していた。彼らの存在は在来のシリア反政府派を圧倒した。武装イスラム主義者は、村や町を掌握し、キリスト教徒、クルド人、アラウィー派や、非宗教的なシリア人を暴力的に追放した。連中は油田を乗っ取った。エルドアンは、日ごとに、隣国シリアの愛すべき友人から、宗派暴力テロによる‘政権転覆’を要求する不倶戴天の敵へと変身したのだ。

シリア・クルド人の民族主義的熱望を損なうことと、非宗教的なアル-アサド政権の打倒に専心しているので、エルドアンは、最も過激な宗派、ワッハーブ派イスラム主義集団を奉じている。ISISや他のイスラム主義テロ集団とエルドアンの秘密同盟の動機は、いくつかの戦略的配慮によるもので、その概略は下記だ。

1)      同盟は、ダマスカスが敗北した場合に、武装したシリア・クルド人が、南東トルコの不満を抱いた膨大なクルド住民と連帯して、非宗教的な自治クルド国家形成に到るとエルドアンが恐れている、自治クルド居住地がシリア-トルコ国境で樹立されるのを防ぐのに役立つ。

2)     シリア内の聖戦戦士とエルドアンの同盟は、ダマスカスに、傀儡スンナ派-イスラム主義政権を押しつけるというアンカラの野望に役立つ。

3)     シリアとイラクの油田を支配しているISIS政権は、トルコに対する安価な燃料源で、政権にとって美味しい儲けを与えてくれる。レジェップの息子ネジメッティン・ビラル・エルドアンは、密輸されたシリアとイラクの石油をトルコで購入し、海外(特にイスラエルに)で販売し、年間約10億ドルを‘家族’に稼ぐBMZグループを所有し経営している。

密輸した石油、略奪した古代の遺物や、‘朝貢’税による現金を、シリアとイラクでのテロ作戦を維持するため、トルコやあちこちで、重火器や軽火器、軍用車両や、輸送車両や、通信機器を購入するために使っているISISに、エルドアンの家族が直接資金提供しているのは驚くべきことではない。情報に通じたトルコ専門家たちは、エルドアンの諜報機関の職員が、トルコ国内で活動し、国内の反エルドアン勢力、特にクルド政党のHDPや、広範なトルコの左翼や労働組合運動を攻撃するISISテロリストの徴募に直接関与していると考えている。トルコ諜報機関の作戦が、エルドアンに反対する百人もの人々や、市民社会活動家を殺害し、四肢を奪った今年のスルチとアンカラでの‘ISIS’爆弾攻撃に直接関与していると専門家たちは主張している。

エルドアンとISISは、お互いに利用しあう、共依存関係を発展させた。それぞれ公的には相手に対する敵意を宣言しながら、共同の戦略目標追求に余念がないのだ。

アンカラは聖戦戦士に抵抗しているシリア国内のクルド人を爆撃すべく、ISISとの戦闘という口実を利用している。ISISは、エルドアンの家族や取り巻き連中の企業との膨大な石油と兵器取り引きを隠蔽すべく、NATO加盟国トルコに反対するという口実を利用している。

パシャが熊を刺し、熊か噛み付き返す-余りにも多くの相手を刺してしまったパシャ

シリアの聖戦戦士やISISテロリスト・ネットワークに対するロシアの極めて効果的な空爆作戦は、バッシャール・アル・アサド大統領の正統な政府からの正式な軍事介入要請に答えたものだ。ロシアは、ダマスカスのバース党政権とは長年のつながりをもっている。介入は、シリアにおける、エルドアン地域的権力への野望と、違法な事業活動を損なう脅威だったのだ。何よりも、北シリアの広大な部分を併合し、‘飛行禁止空域’と呼ぶエルドアンの計画を終わらせてしまった。シリア国内でトルコが支配する‘飛行禁止空域’で、ISISや他の聖戦テロリストのためのトルコ軍事訓練基地を拡大し、イラクとシリアから密輸出されるISIS石油出荷の輸送経路を確保できるはずだった。

戦略的なエルドアン-ISISの石油密輸作戦をめったに爆撃しなかったアメリカと違って、空爆の最初の一カ月で、ロシアは何千台もの石油輸送トラックや、無数のISIS石油貯蔵所や、兵站センターを破壊した。密輸石油の流れを減らすことで、ロシアはビラル・エルドアンのBMZ社と、トルコの武器業者にとっての膨大な利益の主要な源を断ち切った。

暴力団と同様、エルドアン、かれの家族と取り巻き連中は、国内でも海外でも、膨大な腐敗した事業活動に浸かってきた。彼は、年間400億ドルものロシアとの貿易・投資関係があるトルコ資本家階級のより大きな利益の文脈の中では、もはや活動することができないのだ。2015年11月24日の、ロシア戦闘機をシリア領空で撃墜するというエルドアンの決定は、ISIS石油車列介入にロシアが成功したことに対する彼の怒りが主な動機だった。自分の家族の権益を守ることによって、エルドアンはより多くの同盟者の背中を刺してしまったのだ。ロシアだけでなく、トルコの資本家階級の多数までも!

エルドアンのロシアに対する戦争行為まで、プーチンを同盟者、友人、パートナーとして彼は公に認めていた。二人の指導者は、十年以上、親密な関係を維持していた。トルコ軍は、飛行経路を含め、シリア国内でのロシア軍事作戦について、十分情報を得ていたのだ。そして、突然2015年11月に、彼はロシア爆撃機を撃墜して、関係の完全な決裂の危険をおかし、ロシアの対トルコ報復を招いた。

ロシアは、北シリアでの作戦と基地を守るべく、最も先進的な兵器体系に強化し、トルコの石油事業であるISISの爆撃を強化して即座に反撃した。

ロシアは、トルコに対し、ビザ制限と経済制裁を課して報復し、何十億ドルもの観光事業への逆風となった。戦略的なエネルギー協定は終了した。大規模トルコ建設契約は解除された。ロシア市場へのトルコ農産品輸出は事実上停止した。

自分の尻尾を噛んだパシャ

エルドアンの一方的な行動は、トルコの大きな輸出部門の広範な利益に明らかに反していた。ゲジ公園からギュレンに到る次から次の粛清によって、かつて新自由主義トルコ資本の‘広告塔’だったエルドアンは、腐敗した家族と取り巻き資本家連中というメンバーが限られた集団のために行動する、身勝手な独裁者と化した。エルドアンは、先見の明のあるスレイマン1世(賢人)というより、放埒なイブラヒム1世(狂人)というイメージの、現代パシャになったのだ。

エルドアンはロシアに対する彼の病的な怒りの発作による損害が外国をおこらせ、トルコ国内で孤立化しつつあることを悟るやいなや、彼は膝を屈して、NATOに向かい、支援を求めた。彼の権威主義的性格にふさわしく、レジェップ・エルドアンは‘目上’(NATO-アメリカ)の前では、両手両膝をつき、‘目下’(トルコ国民)の喉元をつかんでいる!

結論

エルドアンの専制主義への道は、無差別粛清、テロと欺まんで敷きつめられている。ゲジ公園の環境保護運動家やリベラルな抗議行動参加者や、穏健なギュレン運動イスラム主義者に対する暴力、ジャーナリスト、出版者、軍高官や、裁判官の投獄と馘首、労働者や資本家への弾圧、活動家や、民主主義者に対するテロ爆発、そして、クルド人とシリアに対する戦争。

エルドアンの被害妄想と強欲が動因の政治構想は、いかなる信頼や安定した関係をも排除する。魅力と反故にする約束の組み合わせを持ち合わせている自分は実に賢明だと彼は思い込んでいるが、彼は誰も騙すことはできない。彼はトルコとシリアのクルド人に対する戦争を再開したが、彼等は応戦している!

彼はロシアを攻撃し、これまでの所、トルコ経済に限定された、極めて手痛い報復を引き起こした。

彼は個人的な権力は強化したが、トルコ国家と国民の利益を損なっている。エルドアンは、自分のことを、欧米に必要不可欠な地域覇権を握る日の出の勢いの人物だと思い込んでいる。シリアとイラクにおける暴力から逃れる難民の大群で、彼はEUをゆすり、管理し、絶望的な難民をトルコの強制収容所に放り込むという約束で、何十億ユーロもせしめた。しかし、ヨーロッパ人は、パシャ(皇帝)からは、自分たちの金で、決して信用と忠誠を買うことはできないことを悟らねばならない。

彼のISISとの石油取り引きはぼろぼろだ。ロシア爆撃で、エルドアンが他の違法な利益源を探さなければならなくなるのは確実だ。最悪なのは、エルドアンの逆上した行動で、市場、同盟者と、国内の支持を失ったことだ。彼は四方八方を敵に囲まれている-イスタンブールのリベラルな大学教授、学生、大企業のオーナー連中や組織労働者。旅行業界の中小企業の人々。アンカラの建設業と石油会社。アナトリアの農民、そして、何より、マニサ県ソマの炭坑作業員。

どのような状況でパシャ・レジェップ(‘誇大妄想狂’)が取って代わられるかを一体誰が知ろう?

James Petrasは、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校社会学名誉教授。

記事原文のurl:http://www.intifada-palestine.com/2015/12/recep-tayyip-erdogan-portrait-of-a-backstabbing-pasha/
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DEMOCRACY STRIKES BACK 立憲主義・民主主義と平和を考える早稲田大学の集い、早稲田大学大隈記念講堂、満員。通常、この種の催し、中高年が多いが、さすがに、若い方々もおられる。加藤周一の「学生生と老人の同盟」を連想した。

記事翻訳 TPP: 一体何がめでたいのか?の後書きで、加藤周一の「学生生と老人の同盟」について多少詳しく触れたので、ご興味あれば、ご一読願いたい。

吉良よし子議員、田村智子議員、いずれも早稲田卒業生だったのを初めて知った。

無料なのにシールまでいただいて恐縮。集会の不思議な英語題名、THE EMPIRE STRIKES BACK、スターウォーズのモジリだそうだ。2・26、5・15にも予定しているという。意味深な日付。

来る選挙では、売国政権そして、大本営広報部は、戦争法制から問題をそらし、もっぱら経済問題か何かを勝手に争点にするはずだ。

しかし、戦争法制を廃棄する政権を目指す争点しか、庶民にはあり得ない。大本営広報部の呆導、百害あって、一利ない。

第2部 講談、神田香織さんの出し物、「はだしのゲンは安保法制を許さない」は、彼女の「はだしのゲン」講談の一部を語るもの。青年劇場で公演中の被曝体験者の話をもとに、美術部の高校生が、その場面の絵を描く過程を語る芝居『あの夏の絵』でも「はだしのゲン」の話題はでてくる。

2013年2月22日、ジャパン・ハンドラー様の本拠で、「我々は永遠の属国ですと、感動的宣誓を行い、国内では、国会前の戦争法案反対抗議行動や辺野古の基地反対運動に、機動隊を大挙出動させて弾圧している彼氏そっくり。

彼の権威主義的性格にふさわしく、○○○○は‘目上’(アメリカ)の前では両手両膝をつき、‘目下’(国民)の喉元をつかんでいる!

2013年2月22日の迷演説・宣誓を本当の日本語に翻訳すると、こういう意味だろう。

ハムレ様、ご親切な紹介ありがとうございます。アーミテージ様、ありがとうございます。グリーン様もありがとうございました。そして皆様がた本日は、おいでくださいましてありがとうございます。

昨年、リチャード・アーミテージ、ジョゼフ・ナイ、マイケル・グリーンやほかのいろんな方々が、日本についての報告を出しました。そこで彼らが恫喝したのは、日本はもしかして、独立国家になってしまうのだろうかということでした。

アーミテージ様、わたしからお答えします。日本は今も、これからも、独立国家にはなりません。それが、ここでわたしがいちばん言いたかったことであります。繰り返して申します。傀儡政治家はカムバックをいたしました。日本も傀儡国家であり続けなくてはなりません。

「パシャ・レジェップ」を、永久属国状態をトリモロスと主張する人物名と入れ換えても、この記事、なんの矛盾もなく通じる。やがて好都合なテロも巧妙に実行されるだろう。本当の巨悪ではなく、庶民だけが殺害され、負傷する不思議なテロが。

この話題に直結するジェームズ・ペトラス氏の記事では最近、下記を翻訳した。

レジェップ・タイイップ・エルドアン: 解き放たれたテロリスト 2015年10月20日

今回のジェームズ・ペトラス氏説明、二年前の「IWJインタビュー題名」と重なり合うのに、びっくり。

2013/06/21 日本・トルコの「復古主義の仮面を被った新自由主義」体制を批判 ~日本女子大学教授・臼杵陽氏インタビュー

日本も考えるべきこと。復古主義という仮面を被った新自由主義。これほど米国、グローバル資本に都合のいい政権はかつてなかった。

と岩上氏はTwitterで書いておられる。

日刊IWJガイド「岩上安身、赤字覚悟・鼻血ブーの決断!『饗宴VI』は学生さんであれば誰でも半額で参加できます!!そして内田聖子さん、志葉玲さんなど、豪華登壇陣が続々決定!さらに本日は、あの白井聡氏に岩上安身が単独インタビュー!!」 2015.12.17日号~No.1191号~

考えてみると、岩上安身氏も、早稲田大学社会科学部卒業。白井聡氏も、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。

田中正造は、大学はとんでもない機構だと指摘した。確かに、古河の足尾銅山鉱害問題に対して、明治政府が設置した鉱毒調査委員会、第一次でも、第二次でも、東大卒業生や東大教授、露骨に銅山側を支持していた。

2015年10月29日 (木)

レジェップ・タイイップ・エルドアン: 解き放たれたテロリスト

2015年10月20日
James Petras
dissidentvoice.org

2015年10月12日、127人の労働組合員、平和活動家、クルド支持派や進歩派の死をもたらした、アンカラでのテロ爆発は、レジェップ・タイイップ・エルドアン政権か、ISISテロリストのどちらかのせいだとされている。

エルドアン政権の‘仮説’は、ISISかクルド労働者党(PKK)がテロ攻撃に関与しているというもので、この立場をNATO各国の全政府がおうむ返しし、全ての欧米マスコミが従順に繰り返している。連中の最近の主張は、7月、シリア国境のスルチで、33人の親クルド派活動家を死亡させた前回の爆発で、トルコ政府に犯人とされた弟を‘ものまね’し、トルコ人ISISメンバーが虐殺を実行したというものだ。

もう一つの仮説で、トルコ反政府派の大多数の意見は、テロ攻撃の企画やテロ発生を可能にするのに、エルドアン政権が、直接あるいは間接的に関与していたというものだ。

それぞれの仮説を検証するにあたっては、二つのうちどちらが、殺害に到るまでの事実を上手く説明でき、一体誰が破壊行為で恩恵を受けるのかを検証することが必要だ。

我々の手法は、アンカラでの虐殺前の、虐殺に伴う、そして虐殺後の様々な暴力行為の背後にあるものを検証することだ。犠牲者とエルドアン政権双方の政治と、特に来る2015年11月の国政選挙を考慮して彼らの政治的ガバナンス構想を、検討する。

アンカラ・テロ爆破の前例

過去数年間、エルドアン政権は市民運動活動の暴力的弾圧を行ってきた。2013年、イスタンブール中心部での大規模社会抗議行動を解散させる本格的警察行動で、政府とつながる‘開発業者’からタクシム・ゲジ公園を守っていた抗議行動参加者の8人が死亡し、環境保護や市民運動活動家が8500人負傷した。2014年5月、エルドアン支持者が所有するソマ鉱山の地下爆発で、300人以上のトルコ人炭鉱夫が亡くなった。その後に行われた抗議行動は、国家によって暴力的に弾圧された。2005年、エルドアンによって、元国有の鉱山が民営化されたが、政権取り巻き連中への販売の合法性に疑念を抱く人々は多い。

一般市民の抗議行動参加者に対する、こうした暴力的警察行為の前、あるいは後、合法的なイスラム教社会団体、いわゆるギュレン運動支持者だとされ、何千人もの役人や、有名人がエルドアン政権によって逮捕され、馘首され、捜査された。

何百人ものジャーナリストや人権活動家や出版者や他のマスコミ労働者が、エルドアン内閣高官の賄賂を批判したかどで、エルドアン政権の指示で、逮捕され、馘首され、要注意人物名簿に載せられた。

エルドアン政権は、権力をイスラム主義カルト支配者の手中に集中するため、国内の非宗教的反政府派への弾圧をエスカレートした。政府が何シリアの聖戦への途上、トルコに流入する千人もの過激派外人聖戦士や傭兵支援を強化した後、特にそうなっている。

シリアにおける武装蜂起の始めから、トルコは武装イスラム・テロリスト(AIT)の主要教練場、武器庫、そしてシリアへの入り口となった。北シリアとイラクのかなりの部分を解放し、トルコ・クルド人にとって‘自治の見本’として機能しているシリアとイラクのクルド人を、AIT戦士が攻撃し、立ち退かせ、破壊するよう、エルドアン政権が仕向けたのだ。

エルドアン政権は、残虐なサウド君主制が、AIT集団へ資金提供し、武器供与し、特に、ダマスカスの非宗教的政権やバグダッドのシーア派政権に対する都市テロ戦争訓練を行うのに加わった。彼らは、エルドアンの敵やサウジアラビアの標的、特に非宗教的なクルド人、左翼、労働組合や、イランと同盟しているシーア派が占めている人口の多い場所の爆破に精通している。

エルドアン政権のシリア介入の動機、トルコの影響力拡大(新オスマン主義)の願望と、上手くいっているクルド自治政府や北シリアとイラクにおける運動の破壊だ。

こうした目的のため、エルドアンは四つの政策を組み合わせた。

(1) 彼は、リビアやチェチェンを含め世界中からのイスラム・テロリスト採用に対するトルコの支援を大幅に拡張した。

(2) 彼は、連中のシリア入国を支援し、クルド人地域の町村攻撃を奨励した。

(3) 彼はPKKとの和平協定を破り、戦闘的なクルド人に対する全面戦争を再開した。

(4) 彼は、合法的で非宗教的なクルド派政党、人民民主党 (HDP)に対し、秘密のテロ作戦を画策した。

エルドアン政権は、トルコ社会の‘イスラム化’と、シリアとトルコ内外のクルド地域に対する彼流のトルコ覇権誇示を推進強化すべく、独裁的権力を強固にすることを狙っていた。こうした野望や遠大な狙いを実現するため、エルドアンは、政権からライバルになりうるあらゆる権力源を粛清する必要に迫られた。

非宗教的民族主義のケマル主義軍人の投獄と排除から、彼は開始した。彼はギュレン組織にいる彼の元支持者の粛清に進んだ。

HDPの躍進のおかげで、国政選挙で彼は多数派を獲得しそこねた彼は、組織的テロ作戦を推進した。彼の‘公正発展党’支持者連中を動員して組織した暴徒が、HDP事務所を破壊し火を放ち、活動家たちをめった打ちにした。エルドアンのテロ作戦は、2015年7月、シリアのクルド難民や、エルドアンが支援するISISが支配する、国境の反対側にあるシリアの大きな町コバニで、イスラム主義テロリストに抵抗し、窮地に立っている戦士を支援している左翼活動家のスルチにおける若者集会に対する爆発という結果となった。33人以上の活動家が殺害され、104人が負傷した。爆発の前に知っていた二人のトルコの秘密諜報員、あるいは‘警官’が、PKKに捕らわれ、尋問され、処刑された。国家が支援した虐殺として広く信じられているものに対するこの報復が、エルドアンが、クルド人に対する戦争を再開する口実になった。エルドアンは即座に武装、非武装、両方のクルド人運動に対し戦争を宣言した。

エルドアン政権は、政権のISISとのつながりを無視して、スルチ・テロ攻撃はISIS自爆犯が実行したという主張を持ち出した。彼は大規模な捜査をすると発表した。実際、それはおざなりな一斉検挙と、どうでもよい容疑者連中の釈放だった。

もしISISがこれとアンカラ虐殺に関与していたのであれば、連中は、エルドアン大統領の命令によるトルコ諜報機関の命令と指示で行ったのだ。

スルチ虐殺: アンカラ版の舞台稽古

スルチは三カ月後のアンカラでのエルドアンによるテロ攻撃の‘舞台稽古’だった。

またしても、主要標的は、クルドの野党政党(HDP)や、主要な進歩的労働組合や職能団体や反戦活動家だった。

またしても、ISISと彼のつながりをみとめずに、エルドアンはISISを非難した。いくつかの事実が、トルコ国家の連座を暗示している。

1)   爆弾は、一体なぜ殺りく現場のすぐ近くにある警察と諜報機関本部横でなく、武装していない抗議行動参加者たちの真ん中に置かれただろう?

2)   爆発直後、一体なぜエルドアンの警察は攻撃をし、抗議行動参加者に対する救急医療を妨げたのか?

3)   人気の高い指導者や、独立した調査員や、標的とされた団体の代表が爆発現場を検証するのを、一体なぜ阻止したのだろう?

4)   エルドアンが、極端に愛国主義的な街頭デモ参加者を、合法的な選挙活動を行っていたクルド人に対してけしかけながら、すぐさまPKKの停戦協定提案を拒絶し、大規模軍事作戦開始したのは一体なぜだろう?

5)    警察は一体なぜ事件後、会葬者を攻撃したのだろう?

テロ攻撃で恩恵をうけるのは一体だれか?

テロ攻撃で恩恵を受けるのは、エルドアンの短期的、長期的な戦略的政治目標であって、他には誰もいないのだ!

何よりまず、彼らはHDP党の活動家や反戦左翼や労働組合員を殺害した。虐殺後の政府によるHDPに対する暴力的攻撃は、エルドアンにとって、トルコ憲法を変えるために必要な、独裁的権力を得られるよう選挙で多数派を獲得する可能性を増したのだ。

第二に、それは下記を狙っていた。(1)トルコとシリアのクルド人のつながりを弱めること(2)進歩的なトルコの労働組合、非宗教的な専門職、平和活動家やクルド民主党の間のつながりを破壊すること(3)右翼超国家主義トルコ人暴徒を動員し、HDP選挙事務所攻撃と破壊すること(4)民主主義支持派活動家や進歩派を威嚇し、エルドアンの国内における権力掌握とシリア介入に対する異論を沈黙させること。

テロ攻撃に至るまでの間の、市民運動団体や野党に対する連続的な暴力攻撃や、自立した官僚の追放や逮捕に関与したいたのは誰かという疑問に対する答えは、エルドアンだ。

イスタンブールのクルド人地域や、スルチとアンカラ・テロ攻撃前の各地における暴力作戦と爆発の背後にいたのは一体誰だろう? 答えはエルドアンだ。

結論

最初に我々は、アンカラ・テロ攻撃に関する二つの仮説を対置した。エルドアン政権の仮説、つまり、トルコ政府から自立した勢力としてのISIS、あるいはPKKが、トルコとクルド市民団体主要活動家の残虐な殺害に関与しているというもの。そしてエルドアン政権が黒幕だという、その反対の仮説。

仮説上の二容疑者の動機、行動、得られる恩恵と権益を検討した結果、事実を最も上手く十分に説明し、解釈するのは、諜報工作員を通して、虐殺の企画と組織にエルドアン政権が直接関与していたという仮説だ。

付随する仮説は、実行、つまり爆弾設置は、ISISテロリストによるものかも知れないが、それも、エルドアンの警察機構の管理下でというものだ。

James Petrasは、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校社会学名誉教授。

記事原文のurl:http://dissidentvoice.org/2015/10/recep-tayyip-erdogan-terrorist-unleashed/

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大本営広報部電気洗脳箱、南シナ海、宗主国による航行の自由作戦一辺倒。解説者が、お馴染みの元外交官氏や、有名財団の研究員氏の場合、終わるまで音声を消している。

あるいはマイナンパー詐欺。電気洗脳箱は、マイナンバー推進関係者しか、出演させない。連中が言っている、マイナンバーの恩恵、全くありがたみを感じない。嫌悪感のみ。

トルコやシリアの問題については、電気洗脳箱ほとんど触れない。大使館前での事件、電気洗脳箱呆導だけで、事件の背景を納得される視聴者おられるのだろうか。

この爆破事件を含め、トルコ問題、シリア問題についての二時間以上にわたる下記緊急インタビューは必見。この記事が想定する可能性をも大きく越えている。

内藤教授ご自身「テレビ・ラジオではちょっとしか話せないから不満だが、IWJなら話したこと全部伝えてくれるからいい」と前置きされたという。時間的には長いが、内容的にあっという間。

大本営広報と違い、一方的洗脳でなく、貴重な視点を教えていただける。全編を見るには、会員になるか該当アーカイブを見る料金を支払う必要があるが、その価値は十分にある

2015/10/15 「平和」デモへの爆弾テロで大混乱に陥ったトルコ 米国に追従し「対IS戦線」で中東に首を突っ込む日本も同様の「テロの標的」に 〜岩上安身が内藤正典氏に緊急インタビュー!

内藤先生のご本、真面目な読者ではなく、拝読したのは下記のみ。
理由は単に金銭とスペースの欠如。

「シリアの人は、むれない」という趣旨の発言が再三あったと覚えている。それで、最近読んだ「個人主義」大国イラン: 群れない社会の社交的なひとびと (平凡社新書) を思い出した。イランの人々、実に群れない人々のようだ。本気でイラン観光を計画したことがある。ところが、インチキ航空会社のおかげで、No show扱いされ、予定便に搭乗しそこない、観光は夢と消えた。「禁酒がつらいのでよかった」とあきらめるしかない。もう一生ゆけないだろう。

旅行といえば、数日前、数年前購入した『旅は道づれガンダーラ 改版』を読了。松山善三・高峰秀子ご夫妻、最高のお仲間と、タリバンに破壊される前のバーミヤン石仏を見ておられた。うらやましい。同じルートを観光するのが夢だった。これも、治安上、経済上、到底かなわぬ夢。それを言うなら、シリアのパルミラも。

2014年11月26日 (水)

戦争でウクライナが勝てる可能性を真剣に受け止めていないアメリカ

Dmitry MININ
公開日時 2014年11月24日| 00:00
Strategic Culture Foundation

ジョー・バイデン・アメリカ副大統領は、11月20-21日に、ウクライナを訪問した。彼の登場はマイダン一周年と“オレンジ革命”十周年に捧げる行事のメイン・イベントとなる筈だった。 バイデンによれば“ウクライナ国民が驚くべき勇気を示した”時に、キエフを訪問するのは名誉なことだった。だが訪問計画は円滑には進まなかった。犠牲者を哀悼する式典で、ペトロ・ポロシェンコ・ウクライナ大統領は“天国の百人”として知られている、キエフの“ユーロマイダン”革命で殺害された抗議行動参加者100人の怒れる遺族達から怒号を浴びた。“恥を知れ!”“恥を知れ!”と抗議行動参加者達は繰り返した。クッキーをマイダン抗議行動参加者に手渡して新聞の大見出しになったアメリカ国務次官補ビクトリア・ヌーランドも、その一員だったアメリカ代表団は、自動車から離れるのは安全ではないとのシークレットサービス護衛官による判断で、突然ひき返して、式典会場から去った。マイダンから逃げ去ったという印象を避ける為、バイデンは、同日遅く、ウクライナ議会図書館近くの別の記念碑に花を捧げる為、予告なしで立ち寄った。このエピソードは、アメリカ・マスコミのみが掲載し、キエフ政権に支配されているウクライナ・マスコミは、式典は計画通りマイダンで行われたと書いた。人がウソをつく時には、途方もないウソをつき、それを言い続けなければならない。だが今回ばかりはウクライナ当局も‘マイダン革命”が全くの失敗に終わった事実は隠し通せない。バイデン講演発言の調子は、具体的な支援の供与に関する話題にはあまり触れるものではなかった。ワシントン・ポストによれば、副大統領は、発言の大半を、キエフ政権が、統治、経済、裁判制度をきちんと整理し、特有の腐敗を終わらせる必要性にあてた。バイデンは述べた。そうなりさえすれば、“大いに必要とされている融資をウクライナに注ぎ込むのを渋っている国際パートナーも支援を強化するでしょう”。改革が実施されることには、大いに疑問があり、総合援助計画が実現する可能性は、ほとんどない。“たとえ、東部の銃声が明日やんだとしても”、バイデンは述べた。“ウクライナは、依然、民主的、経済的な将来の為の戦いに直面するでしょう...キエフでは、なすべき仕事が山積しています。”

経済支援に関する交渉は嘆かわしい結果で終えた。アメリカからのお客は、お金が最終的には、腐敗した幹部の手に落ちて終わる可能性が極めて高いにもかかわらず、全ての改革と腐敗に対する戦いに対し、2000万ドルを約束した。彼はまた、戦闘地域から逃げてきた避難民用の食料品を提供する為の300万ドルに触れた。結局のところ、1人当たり、1-2ドルの総合援助だ。アメリカの気前のよさの好例だ! アメリカ副大統領の妻、ジル・バイデンは、負傷者を見舞う為、キエフの軍病院を訪問した。彼女はウクライナ軍がドンバスを砲撃した際に被災した何千人もの犠牲者に対しては、いかなる見舞いもしていない。

傀儡連中を権力の座につてけおく為、ホワイト・ハウスは、既にウクライナに、相当な資金を与える重荷を感じている。

バイデンはヤツェニュクびいきを隠そうとせず、“数週間の内にでなく、数日間の内に新政府形成することで”前進が始まる、とポロシェンコにぶっきらぼうに語った。ポロシェンコは、ヤツェニュクが、政府のトップに任命されるのを防ぐため、必死で出来る限りのことをしたのだから、ウクライナ首相は、その地位については、アメリカ副大統領に借りがあるわけだ。首相は決してこれを忘れまい。バイデンには、ウクライナで追求する具体的な狙いがある。イラクに権益を持つ、油田サービス企業ハリバートンと密接なつながりを持っていた元副大統領ディック・チェイニーが、イラク戦争の背後の、ホワイト・ハウスにおける主要駆動力だった。今回は、現職アメリカ副大統領が、ウクライナ国内に事業権益がある。彼の息子と元ポーランド大統領アレクサンデル・クファシニェフスキは、ブリスマ・ホールディングス取締役会のメンバーだ。同社はウクライナ最大の独立ガス生産者だ。今年年末までに、ブリスマ・ホールディングスは、7億立方メートル以上の天然ガスを生産する計画になっている。同社には、スラヴャンスクの近くで、シェール・ガスの為の掘削を開始する計画がある。

大規模なアメリカの軍事総合援助計画に対するウクライナ政府の願いも頓挫した。ホワイト・ハウスは、ウクライナに、致死兵器を供与する決定をしていない。第一に、ウクライナは、大量の武器備蓄がある。第二に、そうすれば、武装反抗勢力支配下の地域への、ロシアによる支援強化の刺激になってしまう。オバマ政権幹部は、ワシントンは、ウクライナには十分な致死的兵器の支援を得ており、ウクライナが要求した種類の兵器は限界価値しかないだろうと考えていると述べた。彼等は外交結果の必要性も強調した。アメリカは交渉中に姿勢を変えるだろうというキエフの期待は水泡に帰した。今のところ、アメリカ合州国は、最近の戦争の経験が示している通り、戦場では役に立たないことが証明されたハンビー車両の初めての引き渡しを含め、ウクライナに対する非致死性軍事援助の増強を計画している。

アメリカ合州国は、キエフが紛争で勝者になれる可能性を考えてもいない。アメリカの唯一の関心は、くすぶっている相互対立を維持して、ウクライナの消耗と、ロシアの弱体化という結果を得ることなのだ。

バイデンとポロシェンコによるミンスク協定の順守の共同声明(協定を破棄するという意向に関する最近のキエフ発言に反する)を、多くの人々に、ロシア外交の勝利と受け止められた。騙されてはならない。このパートナー連中は、相手側が一体何をすべきかにだけ注意を払うが、自分自身の義務はすっかり忘れ去るのだ。例えば、彼等は“分離主義者”の武装解除と、彼等に対するロシアの支援を終わらせることについては語るが、ドネツクとルハンスク・オブラスチ(州)という分離主義州の現地自治政府へのウクライナ法適用を含め、権力の分権化に関するミンスク文書の条項を一切無視している。法律は採択されたが、取り消され、決して発効していない。誰でも受けいれる国家的対話開始の必要性を強調する条項は無視されている。選挙実施はミンスク協定の一環であったにもかかわらず、ドネツクで行われた投票は“茶番”と呼ばれた。文書は、ドンバス地域における普通の生活の回復を狙ったプログラムの採択を想定していた。ところが、キエフは、自分達が支配できない領土には、社会-経済封鎖を実施しているのだ。

こういう状況の下で、ミンスク協定への忠誠を述べるワシントンとキエフの共同声明には大した意味は無い。ウクライナ軍が開始する攻撃準備を、覆い隠すものでしかない。

ジョセフ・バイデン副大統領がウクライナ訪問する度毎に(2014年で、これが三度目の訪問)ウクライナ軍は軍事攻勢をかけている。今回も、そういうことになるのだろう。

マイダン広場を訪問するバイデンとポロシェンコ/ウクラインスカヤ・プラウダ 写真

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2014/11/24/us-ukraine-chance-win-conflict-not-taken-seriously.html

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宗主国の大統領や、副大統領、傀儡属国首相の愚劣な式典で、“天国の百人”として知られている、属国の“集団的自衛権”派兵で殺害された日本軍軍人100人の怒れる遺族達から怒号を浴びる日が、やってくるかもしれない。

“集団的自衛権”派兵で、軍人が死亡する事態が起きるのは確実だろうと思うが、遺族達が怒号を浴びせるかどうかは、わからない。

James Petras氏によるAll-Out War in Ukraine: NATO’s ‘Final Offensive’という記事は、この比較的楽観的な記事とは対照的。

残念ながら、むしろJames Petras氏の記事の方が事実に近いだろうと素人は思う。

昨日購入した『原発と大津波 警告を葬った人々』著者は朝日新聞記者(だった。2011/5、退職。)!

今回の選挙を巡る報道でも、あまりの歪曲と愚劣さに、大本営広報部やら、売女マスコミやらの単語を用いているが、中に驚くほどまともな方がおられたのにびっくり!

エピローグの203ページから、一部を引用させていただこう。これで本書の雰囲気はわかるだろう。

せめて、こうした本を読んでから、呼吸するようにウソをつく首相を支持するかどうか、ご判断いただきたいもの。「安物買いの銭失い」という言葉もあるが、「無知投票の子孫失い」にならぬよう。

  私は、東電福島原発事故のあともしばらくは、エネルギー政策を急転換させることによる弊害や、原発に依存してきた立地自治体の経済状況を鑑みて、建設年代や立地場所から判断して相対的にリスクの小さい原発を少数再稼動させることはやむを得ないのではないかと考えていた。
  しかし規制当局や東電の実態を知るにつれ、彼らに原発の運転をまかせるのは、とても怖いことを実感した。

プロローグで、石橋克彦氏、松田時彦氏、島崎邦彦氏の話があるので安心して購入した。プロローグには斑目談話もあるが、まずい例としての適切な引用。

2014年9月18日 (木)

アメリカとグローバル戦争: エンパイアかバンパイアか?

James Petras

2014年9月10日

序論: アメリカ軍介入を批判し、アメリカ当局や‘世界の指導者’を擁護する連中の、アメリカ政府は‘帝国建設”をしているという偽りの主張もはねつける、増大しつつある一群の人々に。

ある国の市場、資源や労働力を搾取し略奪する為に戦争をして、アメリカが帝国を建設しているという考え方は、過去二十年間の現実に反している。侵略、爆撃、占領、経済制裁、クーデターや、秘密作戦を含むアメリカの戦争は、市場拡大、資源管理の搾取の強化、あるいは安価な労働力を利用する能力という結果を生んでいない。逆に、アメリカの戦争は、事業を破壊し、原料を入手しにくくし、世界中の生産的な労働者を殺害し、負傷させ、追い出し、経済制裁により、金になる投資の場や市場へのアクセスを制限している。

言い換えれば、アメリカのグローバルな軍事介入と戦争は、過去の全ての帝国が追求したものと、まさに逆のことをしてきた。アメリカ政府は、外国に軍事的に拡張する為、国内経済を富ませるのではなく、利用し(そして、涸渇させ)ている。

アメリカのグローバル戦争が、過去の帝国のそれと、一体なぜ、そして、どのように違うのかを知るには下記の検討が必要だ(1)海外拡張を駆動する力(2)征服、現役支配者の排除と、権力掌握に伴う政治概念、そして(3)長期的な新植民地主義的関係を維持する為の、征服した国々の改造再編と、それに伴う、経済的、社会的構造。

過去の帝国建設

ヨーロッパは、永続性の、もうけの多い、包括的な帝国を構築し、‘母国’を富ませ、現地の産業を刺激し、失業を減らし労働者階級の特権的な部分に対する、より良い賃金という形で、富を‘トリクルダウン’させた。帝国の軍事遠征には、大手貿易会社(イギリス東インド会社)の参入が先行し、その後に大規模製造業、銀行や商社が続いた。軍事侵略と政治的な奪取は、ヨーロッパの、後にはアメリカや日本の、経済ライバルとの競争によって突き動かされていた。

軍事介入の目標は、植民地化した地域の、最も金になる経済資源と市場の支配を独占することだった。帝国の抑圧は、従順な低賃金労働力を生み出し、利益、債務支払い、税や歳入の、帝国への持ち出しの流れを促進する、従属した現地協力者、あるいは属国支配者の支持に向けられていた。

帝国主義戦争と‘帝国建設’の始まりであって、終わりではなかった。こうした征服戦争の後に続くのは、それまでに存在していたエリートを、帝国政権の従属的な立場に取り込むことだった。帝国の営利企業と既存エリートとの間での‘利益の分かち合い’は、‘帝国建設’の極めて重要な部分だった。帝国主義大国は、既存の宗教、政治、経済エリートを‘手段として利用し’、彼等に、新たな帝国を中心とする労働を分担させようとした。帝国産品輸出業者と競合する現地の製造業者や農業生産者を含む、それまでに存在していた経済活動は破壊され、従順な現地商人や輸入業者(買弁)に置き換えられた。要するに、帝国建設の軍事部門は、母国の経済権益情報を与えられていたのだ。占領は、何より、現地協力勢力を確保し、現地資源と労働力の徹底的かつ大量の搾取を回復させ、拡大させ、現地市場を帝国中央からの商品で獲得し、飽和させることを気に掛けていたのだ。

現代の“帝国建設”

現代のアメリカ軍介入と侵略の結果は、過去の帝国のそれと全く対照的だ。軍事侵略の標的は、イデオロギー的、政治的基準を元に、選定された。軍事行動は、イギリス東インド会社の様な‘先駆的’起業家の後に続いているわけではない。軍事行動に、大規模、長期的な、帝国の資本主義企業が伴わないのだ。大規模軍事基地を建設する、帝国の他国籍建設会社は、帝国国庫消耗の原因だ。

現代アメリカの介入は、既存の軍事・文民上の国家機構を確保し、接収することを狙っていない。そうではなく、侵略者は、征服した国家を分解し、あらゆるレベルで、基幹要員や専門家を殺し、最も逆行的な、民族-宗教的、地域、部族や氏族の指導者連中が、民族間、宗派間でお互いに争う戦争、言い換えれば、混沌に、参加することを可能にした。ナチスでさえ、拡張段階においては、現地のエリート協力者を通して支配することを選び、作り上げた、あらゆるレベルの行政機構を維持したのだ。

アメリカによる侵略の場合、既存の社会・経済構造丸ごとが、‘奪取’ではなく、弱体化される。あらゆる生産的な活動は、征服した国と、高度な経済、行政、教育、文化、社会部門を、永久的に損なわせることに夢中になっている指導部の、軍事上の優先順位次第なのだ。これは、軍事的には、短期的な成功だが、中期的、長期的な結果として、帝国にとっての略奪の持続した流入や市場の拡大ではなく、機能不全国家となる。それどころか、アメリカが持っているのは、おびただしい数の、大半が失業した敵対的な国民と、壊滅した経済の中で戦い会う民族-宗教集団に囲まれた一連の米軍基地だ。

アメリカの‘世界の指導者’という主張は、もっぱら破綻国家帝国構築に基づいている。にもかかわらず、軍事的、政治的に介入し、新たな地域に拡大を続け、新たな属国を建設する力学は継続している。そして最も重要なのは、この拡張主義者の力学は、理論的、歴史的に、帝国の基盤となってきた、自国内の経済的利益を更に蝕んでしまうのだ。それゆえ、アメリカにあるものは、帝国のない帝国主義、弱いものを餌食にし、その過程で、自らの体を貪り食うバンパイア国家だ。

エンパイアか、バンパイアか: アメリカのグローバル戦争の結果

エンパイア(帝国)は、歴史上、暴力的に政治権力を掌握し、狙った地域の富と資源(物的、人的)を利用した。時間とともに、彼等は‘実務関係’を強化し、母国への益々増大する富の流れを確実にし、植民地における帝国企業の存在感を拡大した。現代のアメリカ軍介入は、最近の全ての大規模軍事征服と占領後、全く逆の効果をもたらした。

イラク: バンパイア達による強奪

サダム・フセインの下、イラク共和国は主要産油国で、大手アメリカ石油会社にとって儲かる相手で、アメリカの輸出業者にとっては、儲かる市場だった。イラクは、安定して、一つにまとまった非宗教国家だった。1990年の第一次湾岸戦争は、アメリカの庇護の下で、北部における、事実上のクルド・ミニ国家樹立による第一段階の断片化をもたらした。アメリカは軍隊は撤退させたが、過酷な経済制裁を課し、第一次湾岸戦争の荒廃からの経済再建を制限した。2003年、アメリカが率いた第二次侵略と全面的占領は、経済を荒廃させ、何万人もの経験豊富な公務員、教師や警官を首にして、国家を分解した。これが完全な社会崩壊をもたらし、何百万人ものイラク人を殺害し、負傷させ、強制退去させることになった、人種・宗派間戦争を醸成した。G・W・ブッシュによるバグダッド征服の結果は‘破綻国家’だ。アメリカの石油・エネルギー企業は、貿易と投資で、何十億ドルも失い、アメリカ経済は不景気に追いやられた。

アフガニスタン: 果てしない戦争、果てしない損失

アメリカの対アフガニスタン戦争は、1979年に、イスラム原理主義者の聖戦戦士達に武器を与え、資金援助し、政治的支援をすることから始まっていた。彼等は非宗教的な国家政府を破壊し、分解することに成功した。2001年10月、アフガニスタンを侵略すると決心し、アメリカは、南西アジアにおける占領者となった。以後13年間で、ハミド・カルザイのアメリカ傀儡政権と‘NATO連合’占領軍が、タリバン・ゲリラ軍を打ち負かすことが出来ないことが明らかになった。何十億ドルもが、経済を破壊し、アフガニスタンの大部分を貧しくするのに費やされた。繁栄したのはアヘン密輸だけだ。傀儡政権に忠実な軍隊を作り出す取り組みは失敗した。2014年に始まったアメリカ軍の強制撤退は、南西アジアにおけるアメリカ‘帝国建設’の苦い終焉を示唆している。

リビア: 儲かる貿易相手から破綻国家に

カダフィ大統領支配下のリビアは、主要なアメリカとヨーロッパの貿易相手、アフリカにおいて影響力のある国へと発展しつつあった。政権は、大手国際石油会社と、大規模な長期契約を締結していたが、それは安定した非宗教的政府によって支持されていた。アメリカやEUとの関係は、もうかるものだった。アメリカは、大規模な、アメリカ-EUミサイルと爆撃による攻撃や、イスラム原理主義テロリスト、国外在住のネオリベや、部族民兵の混成部隊を武装させ、‘体制転覆’を押しつけることを選んだ。こうした攻撃で、カダフィ大統領と、(彼の多くの孫も含む)その家族の大半の殺害に成功し、非宗教的なリビア政府や、行政インフラを破壊し、リビアは、部族軍閥の紛争、政治的崩壊と、経済の徹底的破壊によって引き裂かれた。石油投資家は逃げ出した。百万人以上のリビア国民や、移民労働者は強制退去させられた。アメリカとEU という‘体制転覆パートナー’さえもがトリポリの自国大使館から逃げ出し、リビア‘議会’は、沖合のカジノ船上で活動している。こうした荒廃状態の一つとして、カダフィ大統領の下ではありえなかったろう。アメリカ・バンパイヤは、新たな獲物リビアの血は吸えたものの、もうかる‘帝国’に組み込むことができなかったことは確かだ。帝国は、石油資源を手にし損ねただけでなく、石油輸出すらも消滅した。帝国軍事基地の一つとて、北アフリカには確保できていない!

シリア: 帝国の為でなく、テロリストの為の戦争

アメリカ政府と、EU同盟諸国は、傀儡政権を据えつけ、ダマスカスを自分達の“帝国”に取り込むことを狙って、シリアでの蜂起を支援し、武器を与えた。傭兵の攻撃は、約200,000人のシリア国民の死を招き、国民の30%以上を退去させ、スンナ派過激派の軍、ISISによって、シリア油田を強奪した。ISISは、世界中から何千人ものテロリストを採用し、武器を与えて、親米派傭兵軍を滅ぼした。隣国イラクを侵略し、北部の三分の一を征服した。これが、アメリカが、イラク国家を、2003年に意図的に分解させた究極の結果だ。

アメリカの戦略は、またもやダマスカスの非宗教的なバシャール・アサド政権を打倒する為、イスラム教原理主義過激派に武器を与え、更に、より従順な傀儡を選び、彼等を見捨てることだった。戦略は、アメリカ政府に‘ブーメランのように戻った’。ISISは、バグダッドのマリキ政権の無力なイラク軍と、イラク‘クルディスタン’の、アメリカが買いかぶっていた、ペシュメルガ代理‘戦士’を打ちのめした。シリアにおけるアメリカ政府の傭兵戦争は‘帝国’を拡大しなかった。実際、既存の帝国の前哨を弱体化したのだ。

ウクライナでの権力掌握、ロシア経済制裁と帝国建設

ソ連崩壊の直後、アメリカとEUは、バルト海沿岸、東ヨーロッパ、そしてバルカン半島の旧共産国を、自らの勢力圏に取り込んだ。これは、新自由主義政権の大半を、NATOに組み込み、NATO軍を、ロシア国境に派遣することで、ロシアとの基本的合意に、明らかに違反していた。腐敗したボリス・エリツィン政権の間、‘欧米’は、現地のギャング連中、略奪した富をレンダリングする為に、EU、あるいはイスラエル国籍を得たオリガルヒの協力を得て、ロシア経済を徹底的に略奪した。領臣エリツィン政権の終焉と、ウラジーミル・プーチンの下でのロシア上昇と復帰のおかげで、アメリカとEUは、コーカサスとウクライナで権力を掌握し‘帝国’を深化させ、拡張する戦略を編み出した。2012年、グルジア傀儡政権のオセチア攻撃による権力と土地奪取には、ロシア軍は断固反撃した。これはキエフ・クーデターの単なる予行演習にすぎなかった。2013年末から、2014年にかけて、アメリカは、選挙で選ばれた政府を打倒する暴力的右翼クーデターを財政支援し、精選した親NATO派の子分を押しつけて、キエフの権力を握らせた。

新たな親米政権は、特に二南部・東部ウクライナに集中している二言語話者国民の中から、全ての独立した、民主的な連邦主義者や、二言語話者や、反NATO人物の追放に素早く動いた。クーデターと、それに続く追放が、南東部での、大規模武装蜂起を引き起こし、抵抗勢力は、NATOが支援するネオファシストの軍隊や、オリガルヒの私的軍隊民兵の侵略に抵抗することに成功した。キエフ政権が、ドンバス地域のレジスタンス戦士を鎮圧しそこねたことが、レジスタンスを孤立化させ、弱体化し、損ねることを狙った、多面的なアメリカ-EU介入を招く結果となった。なによりも第一に、彼等は、何十万人ものウクライナ人一般市民が、爆撃からようやく逃れていた東部正面の国境閉鎖を、ロシアに強いようとした。第二に、南東地域の民主的な、連邦主義者の要求への政治的支持を止めさせる為に、アメリカとEUは、ロシアに経済制裁を課した。第三に、ウクライナ紛争を asロシア国境における大規模な軍事力増強、NATOミサイル基地拡張、揺らぐ傀儡政権を支援できる、あるいは、いかなる敵に対しても、NATOが支援する将来のクーデターを支援できるエリート即応介入軍事部隊たちあげの口実として、利用しようとしているのだ。

キエフ政権は、経済的に破綻している。南東部の自国民に対する、この政権の戦争はウクライナ経済を破壊した。何十万人もの有能な専門職、労働者や、その家族がロシアに逃げた。キエフがEUを受けいれたことで、ロシアとの極めて重要なガスと石油協定が無効となり、ウクライナの主要エネルギー源と、わずか数ヶ月先の冬の暖房を損なっている。キエフは借金を支払うことができず、債務不履行に直面している。キエフにおける、ネオファシストとネオリベの張り合いは、政権を更に弱体化させるだろう。要するに、アメリカ-EUのウクライナにおける権力掌握は、効果的な‘帝国の拡大’には至らなかった。むしろ、それは新興経済国の完全崩壊を導き、ロシアとウクライナの金融、貿易や、投資関係の急激な逆転を促した。対ロシア経済制裁は、EUの現在の経済危機。を悪化させているロシアに対する軍事的対立という好戦的姿勢は、EU諸国中での軍事支出増大を招く結果となり、乏しい経済資源を、雇用創出や、社会福祉から更に流用させる。EUは、農産品輸出市場としてのかなりの部分を失い、ロシアとの数十億ドルの軍-産業契約も喪失、し経済勢力としての‘帝国’を強化するのではなく、確実に弱体化させている。

イラン: 1000億ドルの懲罰的経済制裁が、帝国を構築するわけではない

アメリカ-EUの対イラン経済制裁は、極めて高価な政治的、経済的犠牲をもたらした。‘帝国’とは、多国籍企業の拡張や、帝国の中心にある、戦略的経済部門用に、安定した安いエネルギーを確保する為に、石油とガス資源を入手しやすくすることだと、我々が理解するのであれば、経済制裁は、帝国を強化してはいない。

対イラン経済戦争は、湾岸君主国や特にイスラエルを含むアメリカ同盟諸国の強い要請によるものだった。こうした国々は、アメリカ‘帝国’にとって疑わしい‘同盟国’で... 広く酷評されている有力者で、貢ぎ物をよこせと、帝国の中心に強制できる人種差別主義政権だ。

アフガニスタンやイラクや他の国々やイランは、アメリカ・グローバル権益との権限分割協定に協力する意図を明らかにしている。とはいえ、イランは地域大国で、屈服して、アメリカ属国になることはあるまい。経済制裁政策は、イラン大衆の蜂起を挑発しておらず、政権転覆にも至っていない。経済制裁は、軍事的ないいカモにするほどまで、イランを弱体化していない。経済制裁は、イラン経済を弱体化させはしたが、イランがアメリカのライバル、ロシアと中国との経済的、外交的絆を強化したので、あらゆる種類の長期的帝国建設戦略に対して、逆効果をもたらしてもいる。

結論

この概略調査が示している通り、アメリカ-EU戦争は、従来の、あるいは歴史的な意味での帝国建設に役立ってはいない。せいぜい、連中は、帝国の敵の一部を破壊したにすぎない。しかしこれらは、犠牲が多すぎて、引き合わない勝利だ。標的政権の打倒と共に、国家の組織的な崩壊が、強力で無秩序な勢力を解き放ち、この勢力が、自らの社会を支配することができ、帝国主義者が、経済搾取によって儲ける好機を確保できる様な、安定した新植民地政権を作り出すいかなる可能性も無くしてしまった。

海外でのアメリカの戦争は、たかだか、膨大な数の自暴自棄で敵対的な住民の中に、前哨基地、外国の土地を確保したにすぎない。帝国主義戦争は、絶え間ない地下抵抗運動、民族間内戦や、帝国の中心に‘ブローバック(逆流)’する恐れのある暴力的テロ組織を生み出した。

演出された選挙、あるいは‘カラー革命’を利用した、アメリカとEUがたやすく旧共産主義諸国を併合したことは、膨大な国家の富と、熟練労働力の奪取をもたらした。ところが、ヨーロッパ-アメリカ帝国による、中東、南アジア、北アフリカとコーカサス残虐な侵略、占領作戦 は悪夢の様な‘破綻国家’を生み出した- 帝国の国庫を流出させ続け、永久占領と戦争の状態をもたらしている。

協調的な腐敗したエリートが率いていた東ヨーロッパ衛星諸国の無血奪取は終わった。軍国主義的戦略に依存している21世紀は、19世紀から20世紀の時期、経済侵略と大規模経済発展が、軍事介入と政治的転換を伴って、成功していた多面的な植民地拡大とは、全く対照的である。今日の帝国主義戦争は、国内経済の経済崩壊と苦難と、海外での永久戦争という持続不可能な流出を引き起こしている。

ウクライナ国内へ、そしてロシア包囲、主要核大国の中心を狙ったNATOミサイルという、現在のアメリカ/EUの軍事拡大と、経済制裁は、世界核戦争をもたらす危険があるが、そうなれば、実際、軍国主義的帝国構築に終止符を打つことになるが… 人類にも終止符を打つことになる。

ニューヨーク、ビンガムトン大学元社会学教授、James Petrasは、50年間、階級闘争に関与しており、ブラジルとアルゼンチンの土地を持たない人々や失業者に対する助言者、Globalization Unmasked (Zed Books)の共著者である。http://petras.lahaine.org

記事原文のurl:http://petras.lahaine.org/?p=2002
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20世紀最後の典型的な植民地、この属国だろう、と読みながら思った次第。

国体つまり、戦争中と全く同じ、国家体制(メンバー)を、そっくりそのまま維持して、円滑に占領植民地運営を図った稀有な例だろう。

日本で行われていた宗教(神道であれ、各派仏教であれ)、いずれも、時の権力をよいしょする仕組み、イデオロギーに過ぎず、イスラム教のように持続的な抵抗力を持った本当の宗教ではなかったのだろうと、勝手に推測する。

宗教と国家体制の関係を論じた興味深い本『経済学の忘れもの―地政学で世界を解く』を思いだすが、いまはたまたま手元にない。

大本営広報部、豚の喧嘩状態。豚というより、ゴキブリの喧嘩か。批判しているつもりの側の下劣な見出しや、トンデモな人士にあきれる。

お金を払って読む人、本当にいるのだろうか?しつこく書くが、小・中学校の同級生には、そういう読者がいそうなので、皆が集まる飲み会には、例により出席しない。

数日前、たまたま、数人の方と、車中で一緒になった。毎回余談として書いていると同じ発言をしたところ、運転をしていた方から、「この場は、たまたま同じ意見の人だけですから良いですが、他の場所では、気をつけてくださいね。恐ろしくて安全に運転できませんから。」といわれて驚いた。

もう一人の方からも、「正論とは思いますが、よく言いますね。」といわれた。不言実行をモットーとするお二人に言われるからには、過激なのだろうか?と思った次第。

世界を戦争に導くグローバリズム』中野剛志著の中に、E.・H・カーの言葉として、金とマスコミを駆使した世論を作り出す力「意見を支配する力」という言葉がある。『危機の二十年』にあるのだという。昔、読んだと思うが、恥ずかしいことに、全く記憶にない。

「意見を支配する力」という言葉で、カレル・ヴァン・ウォルフレン氏の『潜行性プロパガンダ』を連想した。

中野剛志氏の「中東の反乱」「ロシアの怒り」全くお説の通り。

ちなみに、話題の某新聞の連載コラム、全く読む気になれず、ほとんどパスしていたので、連載が中止になるのは、購読料を払っているものとしては、大変嬉しいことだった。まさか、騒ぎになるとは思わなかった。テレビ時代の、子供ニュースとかいう代物で、毎回歪曲発言をしているのにあきれていたので、文章を読む気力が出ない。

本当に問題にすべきは、ピーター・バラカン氏番組降板だろう。もちろん、自発的ではなく、体制側による仕業だ。

大本営広報部は、大本営が決めた、ピーター・バラカン氏番組降板の背景は決して追求しない。

それで安心して、大本営広報部と呼ばせて頂いている。

2014年5月15日 (木)

キエフ・クーデター: 反抗する労働者達が東部で権力掌握

James Petras

2014年5月7日

アメリカとEUが、バルト海沿岸諸国、東ドイツ、ポーランドとバルカン半島諸国を含む東ヨーロッパを乗っ取り、NATOの前哨基地、経済属国に変えて以来、欧米大国は、ウクライナの様な戦略的な国々の獲得に、極めて強引に動いており、ロシアにとって生存に対する脅威となっている。

2013年まで、ウクライナは、基本的に非同盟の、EUとロシアの双方と経済的結び付きをもった‘緩衝国’だった。現地、ヨーロッパ、イスラエルとロシアを本拠とするオリガルヒ、密接につながった政権に支配された、政治エリートはアメリカに資金援助された、2004年の政治的混乱(いわゆる“オレンジ革命”)の産物だった。結果的に、10年間のうち多くの期間、ウクライナは欧米が支援した‘新自由主義’経済政策という失敗に終わった試みを経験した。ほぼ20年間の政治浸透後、アメリカとEUは、いわゆる非政府組織(NGO)、政党や議会集団に対する長期間の資金援助を通し、政治制度にしっかりと地歩を固めた。

アメリカとEUの戦略は、ウクライナを従順な属国として欧州共同市場とNATOに加盟させるような、言いなりになる政権をすえつけることだ。EUとウクライナ政府間の交渉は遅々として進まなかった。彼等は最終的に、EUが要求した厄介な条件と、ロシアが提示したより有利な経済的譲歩や助成のおかげで行き詰まった。ウクライナのEU編入交渉に失敗し、予定されていた憲法上の選挙を待つのがいやさに、NATO諸大国は、選挙で選ばれた政府の暴力的打倒の為、自分達の資金豊富な組織されたNGOや、傀儡政治指導者達や、武装準軍事集団を起動した。暴力的クーデターは成功し、アメリカが指名した民間人-軍事暫定政権が権力を握った。

暫定軍事政権は、言いなりになる新自由主義者と、熱狂的愛国主義ネオファシスト‘閣僚’で構成されている。前者は、公営企業や資源の民営化、ロシアとの貿易と投資の関係切断、クリミアのロシア海軍基地を認める協定の廃棄、ロシアへの軍事製品輸出の終焉を含む、新たな政治・経済秩序を、管理、執行するべく、アメリカにより都合の良いように選ばれた。西部と東部でのあらゆる民主主義支持の反対派を暴力的に弾圧するため、ネオファシストと軍と警察の連中が閣僚に任命された。彼等が二カ国語を話す人(ロシア語-ウクライナ語)、機関や慣行の抑圧を監督し、アメリカ-NATOが押しつけたクーデター政権への反対派を、人種的な反対派に変えた。彼等は東西の、選挙で選ばれていた反対派要人達全員を追放し、各地の知事を専断で任命し、本質的に戒厳令体制を生み出した。

NATO-暫定軍事政権の戦略目標

NATOの暴力的でハイリスクのウクライナ奪取は幾つかの戦略的軍事目的が動機だった。目的の中には下記がある。

1.)    クリミアの軍事基地からロシアを追放し-ロシアに面するNATO基地に転換する。

2.)    ウクライナを南ロシアとカフカス侵入の為の足掛かりに転換; ロシア国内のリベラルな親NATO政党とNGOを政治的に管理し、支援する為の前進陣地にする。

3.)    極めて重要なエンジンや部品のロシア向け輸出を終わらせ、ウクライナ工場とつながるロシア軍需産業主要部門を崩壊させる。

ウクライナは長い間、ソ連軍産複合体の重要な一部だった。クーデターの背後にいた、NATOの計画者達は、ソ連防衛産業の三分の一が、ソ連崩壊後もウクライナに残り、ウクライナのロシア向け輸出の40パーセントが、最近まで武器と関連機械だったことを十分に承知していた。より具体的には、東ウクライナのモトール・シーチ工場が、1000機の攻撃ヘリコプター用エンジン供給という現在の契約も含め、ロシア軍ヘリコプター用エンジンの大半を製造していた。中距離空対空ミサイル、大陸間弾道ミサイル、輸送機と宇宙ロケットを含むロシア向けの全ての軍需品出荷を中止するよう、NATO戦略家は、キエフ傀儡政権に、即座に指示した(フィナンシャル・タイムズ、4/21/14、p3)。アメリカとEUの軍事戦略家は、キエフ・クーデターを、ロシアの空、海、国境防衛を弱体化させる手段と見なしている。プーチン大統領は打撃を認めたが、ロシアは、二年以内に重要部品を国内生産で置き換えられると主張した。これは東ウクライナにおける、何千もの熟練工場雇用の損失を意味する。

4.    バルト海から、バルカン半島、トルコから、カフカスに至るまで、そして、グルジアから更に、ロシア連邦の自治国へと対応するウクライナ国内のNATO前進基地によるロシアの軍事包囲。

アメリカ-EUによるロシア包囲は、ロシアの北海、黒海と地中海へのアクセスを終わらせることを狙ったものだ。ロシアを包囲し、‘海への出口’が無い孤立した広大な大陸に閉じ込めることで、アメリカ-EU帝国建設者達は、中東、北アフリカ、南西アジアや北大西洋における帝国主義の野望に対するライバルの権力中心、拮抗勢力としてのロシアの役割を制限ふることを狙っているのだ。

ウクライナ・クーデター:  帝国拡大に不可欠

アメリカとEUは、何であれ有効な手段によって、世界中で、独立した民族主義の非同盟政府を破壊し、帝国の衛星へと変えることに熱心だ。例えば、現在のNATOが武器を与えている傭兵によるシリア侵略は、様々なシリア国民に対する残酷な結果には無関係に、民族主義で非宗教的なアサド政権を打倒し、親NATO属国を樹立することが狙いだ。シリア攻撃は複数の目的に役立つのだ。ロシア同盟国と、ロシアの地中海海軍基地の消滅、パレスチナ支援者で、イスラエルの敵の弱体化、イラン・イスラム共和国と、レバノンの強力で戦闘的なヒズボラ党の包囲、そしてシリア領土への新軍事基地建設。

NATOによるウクライナ獲得は、‘上方向では’ロシアに向かって、‘下方向では’中東に向かって広がる乗数効果があり、膨大な石油の富を巡る支配を確固たるものとする。

ロシア同盟国や貿易パートナーに対する最近のNATOによる戦争は、この判断を裏付けている。モロッコ、エジプトやチュニジア等の欧米の卑屈な衛星と全く対照的に、リビアでは、カダフィ政権の独立した非同盟政策が卓越していた。NATOの大規模空爆攻撃で、カダフィは打倒され、リビアは破壊された。エジプトの大規模大衆反ムバラク革命と新興民主主義は、軍事クーデターによって転覆させられ、最終的に、エジプトは、残虐な独裁者の下で、アメリカ-イスラエル-NATO軌道に引き戻された。NATOの代理人イスラエルによる、ガザのハマースや、レバノンのヒズボラに対する武装侵入も、アメリカ-EUの対イラン経済制裁も、全てがロシアの潜在的同盟国、あるいは貿易相手国に向けられている。

東ヨーロッパでの‘選挙と自由市場’によるロシア包囲から、ウクライナ、カフカス、中東とアジアでの、軍事力、暗殺部隊、テロと経済制裁に依拠するものへと、アメリカは、強引に動いている。

ロシアにおける政権転覆: 世界大国から属国に

アメリカ政府の戦略的目標は、ロシアに、軍事能力を失わせ、弱体化させ、孤立化させ、経済を浸食し、ロシア国内のNATOの政治・経済協力者を強化し、さらなる崩壊を引き起こして、準属国に引き戻すことだ。

帝国の戦略目的は、悪名の高いエリツィンの十年間、ロシア強奪と破壊を監督した連中の様な新自由主義政策の手先を、モスクワで権力の座につけることだ。ウクライナにおけるアメリカ-EUの権力奪取は、その方向への大きな一歩だ。

包囲・征服戦略の評価

これまでのところ、NATOのウクライナ奪取は計画通りには進んでいない。そもそも、クリミアの基地を巡るロシアとの軍事協定をあからさまに破る親NATOエリートによる暴力的な権力奪取は、ロシアに圧倒的にロシア系住民が多い現地支援の介入を強いた。自由でオープンな住民投票の後、ロシアは地域を併合し、戦略的軍事駐留を確保した。

ロシアは、黒海での海軍駐留を維持したが … キエフのNATO暫定軍事政権は、ウクライナの文化的多様性を反映して連邦体制政府を要求してきた、ウクライナ東半分の、民主主義支持派、反クーデター・多数派ロシア語話者に対する大規模軍事攻勢を開始した。アメリカ-EUは、大規模大衆反対運動への“軍事対応”を助長し、クーデター政権に、ネオナチ・テロと、住民に選挙で選ばれた指導者ではなく、暫定軍事政権が任命した地域支配者を受け入れるよう強制して、多数派ロシア語話者の公民権剥奪を奨励した。この弾圧に対応して、人民自衛委員会と現地の民兵だ素早く立ち上がり、ウクライナ軍は、何千人もの兵士が、欧米が据えつけたキエフ政権の為に、自らの同胞を射撃することを拒否して、当初押し返されていた。しばらくの間、NATOが支援する新自由主義者・ネオファシスト連合暫定軍事政権は、自らの‘権力基盤’の崩壊に耐えざるを得なかった。同時に、EU、IMFとアメリカからの‘支援’は、ロシアの貿易とエネルギー助成金の断絶の埋め合わせに失敗した。訪れたブレナーCIA長官による助言の下、キエフ暫定軍事政権は、CIAとFBIによって訓練されたエリート“特殊部隊”を民主主義支持派の民間人や民兵虐殺を遂行すべく派遣した。連中は多様性のある都市オデッサに、武装暴漢をバスで送り込み、この暴漢達が‘見せしめ虐殺を演じた。この都市の主要労働組合本部を火事にし、41人を虐殺したが、その大半が出口をネオナチに塞がれ、ビルに閉じ込められた非武装民間人だった。死者の中には、凶暴なネオナチから逃れようとした多数の女性や十代の若者がいた。生き残った人々は、ビルが燃えている間、おとなしく見守っていた‘警官隊’に烈しく殴打されたり、拘束されたりした。

クーデター暫定軍事政権の来るべき崩壊

オバマのウクライナ権力奪取と、ロシアを孤立化させる為の彼の取り組みは、EUの中で多少の反対を引き起こした。明らかに、アメリカの経済制裁は、ロシアと深いつながりがあるヨーロッパの主要多国籍企業を傷つける。東ヨーロッパ、バルカン半島諸国と黒海でのアメリカ軍増強は緊張を増し、大規模愚地紛争を起こす恐れがあり、大規模な経済契約を駄目にしている。ロシア国境におけるアメリカ-EUの脅威で、プーチン大統領への国民の支持は増え、ロシア指導部を強化した。ウクライナにおける戦略的権力奪取は、ネオファシストと民主主義派勢力との間のウクライナ政治の二極化を過激化、深化させた。

帝国の戦略家連中は、エストニアとポーランドで、軍事増強を拡張し、エスカレートし、武器をウクライナに注ぎこんでいるが、権力奪取全体が極めて不安定な政治的、経済的基盤の上にあり、これらは血みどろの内戦/民族間虐殺の中で、年内に崩壊しかねない。

ウクライナ暫定軍事政権は既に、ウクライナの三分の一以上の政治的支配を、民主主義支持派、反クーデター運動と自衛民兵に奪われてしまった。アメリカ軍権益の為になるよう、ロシアへの戦略的輸出を遮断することで、ウクライナは最も重要な市場の一つを失ったが、これは他の市場では置き換えがきかない。NATO支配の下、ウクライナはNATOが指定した軍事ハードウエアを購入しなければならず、ロシア市場向けの工場閉鎖を強いられよう。ロシア貿易の喪失は、既に大量失業を引き起こしている、特に東部の熟練産業労働者達の間で多く、彼等はロシアへの移民を強いられる可能性がある。膨れ上がる貿易赤字と、国家収入の浸食は、全面的経済崩壊をもたらそう。第三に、キエフ暫定軍事政権がNATOに服従した結果、ウクライナは、ロシアからのエネルギー助成の何十億ドルを失ってしまった。高いエネルギー・コストの為、グローバル市場でウクライナ産業は競争力がない。第四に、IMFとEUからの借款を確保するため、暫定軍事政権は食料とエネルギー価格助成廃止に合意し、世帯収入を著しく低下させ、年金生活者を困窮に追いやった。EUや他からの輸入が、以前保護されていた国内産業に取って代わり、倒産は増加しつつある。

暴力、不安定さと、暫定軍事政権内のネオファシストと新自由主義者の間の紛争のおかげで、この国への新規投資は全く行われていない。政府の日常業務を安定させるためだけでも、暫定軍事政権は、NATO支援者達からの、無利子の300億ドルの施し物が必要だが、この金額も、今すぐ、あるいは近い将来、手に入るわけではない。

クーデターを計画したNATO‘戦略家’連中が、ロシアを軍事的に弱体化させることのみに没頭し、ウクライナが、ロシア市場や借款や助成を受けたエネルギーにそれほど依存しているのにキエフの傀儡政権を維持する為にかかる政治的、経済的、社会的費用を全く考えなかったのは明らかだ。しかも彼等は、敵対的なことが予想できたウクライナ東部地域の政治、工業や、農業の力学を見過ごしていたように見える。代わりに、ワシントン戦略家達は、人口移動と虐殺の中での大規模な民族浄化を伴う、ユーゴスラビア風解体を引き起こすという目論見に基づいていた可能性がある。何百万人もの民間人死傷者にもかかわらず、アメリカ政府は、ユーゴスラビア、イラクとリビア解体政策を、偉大な政治的・軍事的成功だったと見なしているのだ。

輸出、雇用と生産高の急激な減少を含め、ウクライナはほぼ確実に、長期的な深刻な不況に陥るだろう。経済崩壊は、全国的な抗議行動や、社会不安を招く可能性もある。それは東部から西部へ、南部から北部へ広がる。社会的激変と大規模な困窮は、ウクライナ国軍の士気をさらに削ぐだろう。今でさえ、キエフは兵士をくわせるのがやっとこで、御するのが困難なネオファシスト義勇民兵に頼らざるを得ない。アメリカ-EUは、アメリカ世論が帝国戦争で低迷しており、ロシアの資源企業とつながりを持ったヨーロッパの事業権益が、戦争の結果として行われる経済制裁に抵抗している中、ロシア国境での長引く戦争に直面することになるため、リビア風爆撃作戦で直接関与する可能性は低い。

アメリカ-EUによるクーデターは、暴力的衝突に苦しめられ、あからさまな民族間抗争へと落ち込みつつある、衰えゆく政権と社会を生み出した。実際に出現したのは、競争相手同士が 地域の境界を越えて対立する二重権力構造だ。キエフ暫定軍事政権は、ロシア包囲の上で、信頼に足るNATOの軍事リンクとして機能する団結力と安定性に欠けている。逆にアメリカ-EU経済制裁や軍事的脅威と好戦的言辞は、ロシア人に対して、欧米に対する‘開放性’を早急に再考することを強いている。自国の国家安全保障に対する戦略的脅威が、ロシアに欧米銀行と企業との繋がりを見直させることになる。ロシアは、公共投資による工業の強化と、輸入代替という政策に頼らざるを得ないかも知れない。在外資産海外を失ったロシア・オリガルヒは、ロシア経済政策に対する重要性が減る可能性がある。

キエフでの権力奪取は‘ロシアの中核地帯の喉元に突きつけられたナイフ’という結果にはおわるまいことは明らかだ。キエフ暫定軍事政権の究極的な敗北と打倒は、急発展する民主化運動と、労働者階級意識の強化に基づく、過激化した自治ウクライナをもたらす可能性がある。これは、IMFの緊縮政策や欧米によるウクライナの資源と企業の資産収奪に対する戦いから生まれるに違いない。キエフの欧米隷属者のくびきを振り捨てることに成功したウクライナ産業労働者には、ロシア・オリガルヒのくびきに従う意図など皆無だ。彼等の戦いは、帝国主義軍事同盟から自由で、独立した経済政策を展開できる民主国家を目指すものだ。

エピローグ:

2014年メーデー: 東部の二重人民権力、西部でのファシズム勃興

メーデー時の街の暴力団と警官隊との間の大規模紛争は、キエフ暫定軍事政権ネオファシストと新自由主義というパートナー間の予想できたはずの仲たがいの証拠だ。アメリカ-EU戦略は、選挙で選ばれたヤヌコビッチ政権打倒の際、ネオファシストを、‘ショック軍団’街頭戦士として利用し、後に捨て去ることを想定していた。ビクトリア・ヌーランド国務次官補と駐キエフ・アメリカ大使との間の悪名高い録音された会話がはっきり示している通り、EU-アメリカ戦略家連中は、彼等自身が自分の都合で選んだ、新自由主義の外国資本を代表する代理人を抜擢し、緊縮政策を押しつけ、外国軍事基地受け入れ協定を署名させている。対照的に、ネオファシスト民兵や諸政党は、民族主義的経済政策を好み、国有企業維持を主張し、オリガルヒ、特に‘イスラエル-ウクライナ’二重国籍を持った連中に敵対的である可能性が高い。

キエフ暫定軍事政権が、経済戦略を作り出せないこと、その暴力的権力奪取と、東部の民主主義支持反体制派弾圧から、‘二重権力’状態が生まれた。 多くの場合、民主主義支持派の運動を鎮圧するために派遣された軍隊は武器を放棄し、キエフ暫定軍事政権を離脱し、東部の自治運動に加わった。

ホワイト・ハウス、ブリュッセルとIMFといった、外部の支援者を別として、キエフ暫定軍事政権は、余りにNATOに卑屈なことで、キエフの右翼同盟者達から見放され、独裁的で中央集権主義なことで、東部の民主主義支持派運動の抵抗を受けている。キエフ暫定軍事政権は、虻蜂取らずになっている。大半のウクライナ国民の間で正統性を欠如しており、キエフの政府省庁が占拠するわずかな地域以外の支配を失ってしまい、支配下の地域すらも、ネオファシスト右翼と、次第に愛想が尽きた旧支持者によっても包囲されている。

断固明確にしておこう。ウクライナにおける戦いは、アメリカとロシアとの間のものではなく、片や新自由主義オリガルヒとファシストとで構成される、NATOが押しつけた暫定軍事政権と、片や産業労働者と、その地方民兵と民主的な地方議会との間の戦いなのだ。前者はIMFとワシントンを擁護し、彼等に服従する。後者は国内産業の製造能力と、大多数に応える政治に依拠している。

ジェームズ・ペトラスは、ニューヨーク州ビンガムトン、ビンガムトン大学、社会学名誉教授、カナダ、ノバスコシア州ハリファックスのセントメアリーズ大学特任教授で、中南米と中東の政治問題について多数の著作を発表している。

記事原文のurl:www.globalresearch.ca/the-kiev-putsch-rebel-workers-take-power-in-the-east/5380866?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=the-kiev-putsch-rebel-workers-take-power-in-the-east

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マグネシウムを扱う工場の火災、電気洗脳機でも紙媒体でも良くみかける。水をかけるとさらに燃えあがる危険物質だという。「もんじゅ」は、水でなく、ナトリウムで冷却している。ナトリウムが水にふれるとどうなるか、もんじゅのナトリウムが例えば地震で、どっともれたらどうなるか、を報じる電気洗脳機も紙媒体もみかけない。マグネシウム工場火災と比較にならない大惨事を。

クーデター政権が、東部の分離派、連邦制派の武力弾圧に、国連UNマークのついたヘリコプターを使ったという。このヘリコプター、エンジン装備か修理の為に、モトール・シーチ工場にあったものでも利用したのだろうか?

傀儡政権が自国民を悲惨な目にあわせている人ごとと思えないウクライナ情勢。

恐ろしい政権が登場することを知らずに、マイダン広場に参加した人々、多数いたのだろうか?今何を思っているのだろう?

自分の孫子を宗主国の侵略戦争に差し出す政治家、政党を喜んで支持し続ける皆様、マイダン広場に参加した人々より、更に罪深いだろう。まだ生まれない、選挙権のない人々が、宗主国の侵略戦争にかりだされる。原発推進と同じ。まだ生まれていない人々にとっては、原発、メルトダウンしなくとも、核のゴミにすぎないだろう。

明日は最高法規・憲法サラバ記念日になる?首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告書がだされる。

朝刊、見出しにびっくり。恐ろしい話題に驚いた以上に、オブラートをかけず、率直に危なさがわかる見出しであることに。

集団的自衛権「9条の範囲内」安保掲げ憲法逸脱
法制懇の報告全文入手
最高法規を「骨抜き」

他国を守るために武力を使う集団的自衛権の行使は憲法9条の定める「必要最小限度」の自衛権の範囲内だとして、憲法解釈の変更を求めるなど、憲法の根幹を揺るがす内容だ。

2面=抱える矛盾
3面=世論調査に違い
4面=「歯止め」不透明
5面=報告書要旨(全文は16日掲載予定、とある。)

しかも、反対の輪国会を囲むという見出しとともに大きな写真がのっている。主催者発表約2500人の人間の鎖の。

小選挙区制や郵政選挙や、TPPや、秘密法案、原発再稼働、ねじれ国会などについても、同じような紙面を拝見したかったと、せんない夢想。

ホワイト・ハウス、ブリュッセルとIMFといった、外部の支援者だけでなく、日本の傀儡政権は、余りに宗主国に卑屈なのに、日本の右翼同盟者達からも強く支持され、独裁的で中央集権主義なのに、全国の新自由主義支持派の支持も受けている。日本の傀儡政権は、磐石の体制で地獄に突入できている。

2013年3月20日 (水)

(再掲載)アメリカの対イラク戦争-文明の破壊 09/8/31

James Petras

2009年8月21日

"Information Clearing House"

アメリカの7年間にわたるイラク戦争と占領は、幾つかの主要な政治勢力によって、動かされており、様々な帝国主義的権益に基づいている。とはいえ、 こうした権益は、それ自体で、今継続中の、社会全体の、大規模で、継続的な破壊と、永久的な戦争状態への下降の、底なしの淵や、規模を物語りはしない。開 戦と、それに続くアメリカ占領に貢献した一連の政治勢力には、以下のものが含まれる(重要度の順):

最も重要な政治勢力は、また、最も公に語られることの少ないものだ。それは、シオニスト権力構造(ZPC)で、それは、長年の、強硬派、ブッシュ・ ペンタゴンのトップ役職に任命された無条件のイスラエル国家・ユダヤ支持者達(ダグラス・フェイスとポール・ウォルフォウィッツ )、副大統領オフィスの主要工作員(アーヴィング(スクーター)・リビー)、財務省(スチュアート・リービー)、国家安全保障会議 (エリオット・エイブラムズ) そして、コンサルタントの一団、大統領スピーチライター(デーヴィッド・フラム)、国務省の二級幹部や政策顧問の、大きな役割を含んでいる。こうした熱心 なシオニスト‘インサイダー達’は全米主要ユダヤ人団体代表者会議(CPMAJO)を組織した、51の主要なアメリカ内ユダヤ人団体の、何千人ものイスラ エル第一主義専業職員によって支えられている。彼等は、自分たちの最優先事項は、イスラエルの目標を推し進めることだと、あからさまに述べており、この場 合、サダム・フセインを打倒し、イラクを占領し、イラクを物理的に分割し、軍事的、産業的能力を破壊し、親イスラエル/親米傀儡政権を押しつけるための、 アメリカによる対イラク戦争だ。極右のイスラエル首相ベンヤミン・ナタニエフや‘リベラルな’外交問題評議会名誉理事長で、軍国主義者-シオニストである レスリー・ゲルブらが唱導するとおりに、もしイラクが、民族浄化され、分割されれば、複数の‘属国政権’が作られるだろう。

戦争を推進した、シオニスト為政者達は、最初、実際、イラク文明丸ごとの計画的破壊という政策を、直接遂行しようとしてはいなかった。だが、占領政 策に対する、彼等の支持と計画には、イラク国家機構の徹底的な破壊や、尋問手法や、民間人レジスタンスや対テロ弾圧に関する‘専門的知識’を提供するイス ラエル人顧問の採用が含まれていた。イスラエルがパレスチナで修得した、イスラエルの専門的知識は、イラク内の宗教的、民族的対立を醸成する上で、確実に 重要な役割を演じていた。植民地戦争と占領のイスラエル‘モデル’、つまり、1982年のレバノン侵略や、宗派的、人種-宗教的差異を利用した‘全面破 壊’の手口は、イスラエルの軍事監視の下で起きた、ベイルートのサブラとシャティラ難民キャンプでの悪名高い虐殺で明らかだった。

イラク戦争の背後にいた二番目に強い政治勢力は、中東における、アラブ反植民地主義武装反抗勢力の、強力で、非宗教的、民族主義的な支援者を抹殺す ることにより、ペルシャ湾におけるアメリカ帝国の勢力圏を拡大し、地政学的な立場を強化しようと、目論む文民の軍国主義者(ドナルド・ラムズフェルドや チェイニー副大統領のような)だ。文民の軍国主義者は、アメリカ軍事基地によって、ロシア包囲を強化し、中国に対する政治圧力の対象として、イラクの油田 を巡る支配の確保を狙っている。文民軍国主義者達は、チェイニー副大統領が石油産業に持っていた過去の絆には、さほど影響は受けず、それよりも、全世界へ の軍事基地拡張によって、アメリカ帝国を強化しつつある、ハリバートンの巨大軍事基地請負業者下請け業者ケロッグ-ブラウン・アンド・ルートのCEOとい う彼の役割に、興味をもっていた。ヨーロッパやアジアの競争相手に座を奪われることを危惧していたアメリカの大手石油会社は、既にサダム・フセインとの取 引に熱心で、石油業界のブッシュ支持者の中には、既に、禁輸されているイラク政権と、違法な貿易をしているものすらあった。石油産業は、戦争によって、地 域の不安定化を促進するつもりはなかった。

征服と占領という軍国主義戦略は、植民地軍事顧問や、戦闘部隊の大規模で、持続的な代表団を伴った、戦略的軍事基地の形で、長期的な植民地への軍事 駐留を確立するよう設計されている。強い民族主義の歴史と、高度なインフラストラクチャーを持ち、高度な軍隊と警察機構、広範囲に及ぶ公共サービスや、広 範な識字の、独立した、非宗教的国家の、残酷な植民地占領は、当然、様々な過激武装反占領運動の発展をもたらす。これに対し、アメリカの植民地幹部、 CIAと国防情報局は、‘分割して統治する’戦略(元‘紛争地域’大使で、アメリカ国家情報長官ジョン・ネグロポンテにゆかりのある、いわゆる‘エルサル バドル式解決法’)を立案した。武装した宗派に基づく紛争を醸成し、統一された民族主義者による反帝国主義運動のあらゆる努力を弱体化させるため、異教徒 間における暗殺の促進だ。非宗教的な民間の官僚機構と、軍隊の解体は、ブッシュ政権の内部のシオニストによって、この地域におけるイスラエルの権力を強化 するために計画され、崩壊させられたサダム・フセインのバース党政権によって、抑圧されていた、過激派イスラム教集団の勃興が奨励された。イスラエルは、 この戦略を早くから修得していたのだ。もともと、イスラエルが、非宗教的なパレスチナ解放機構の代替として、ハマースのようなイスラム教過激派宗派集団に 資金援助を与えて、パレスチナ人間での宗派戦争の舞台をしつらえたのだ。

アメリカの植民地政策の結果は、様々な内部抗争に、資金援助をし、拡大させることで、ムッラー(宗教的指導者)、部族指導者、政治ギャング、部族軍 司令官、国外居住者や、暗殺部隊は急増した。‘全員による、全員に対する戦争’は、アメリカ占領軍の権益に役立った。イラクは、そこから新たな傭兵を採用 できる、武装した失業中の若者達のプールと化した。‘内戦’や‘民族抗争’は、アメリカと、そのイラク人傀儡にとって、何十万人もの兵士、警官や、前政権 の職員達(特に、彼等がスンナ派や、異なる宗教間で結婚していたり、非宗教的な家族であったりする場合)を解雇し、民間人雇用の基盤をむしばむ口実として 役立った。一般的な‘対テロ戦争’を装って、アメリカ軍特殊部隊とCIAが指揮する暗殺部隊が、傀儡政権を批判していると疑われたあらゆる人物を対象に、 特に、まさに、独立した非宗教的な共和国を再建する能力がもっともあるイラク人たる、教養ある専門職階級に、イラク人市民社会中に、テロを拡げたのだ。

イラク戦争は、イスラエルと強いつながりを持った、ネオコンと、ネオリベ理論家の強力者集団によって動かされている。彼等は、イラク戦争の成功を (成功という言葉で、彼等は、この国の完璧な解体を意図している)中東を‘再植民地化’するための(彼等の言葉では“地図を書き換える”)ための一連の戦 争における、最初の‘ドミノ’と見なしていたのだ。彼等は、自分たちの帝国主義イデオロギーを、中東において‘デモクラシーを推進する’などという付け焼 き刃の論理で偽装していた(もちろん、支配下に置いたパレスチナ人を巡る、自らの‘祖国’イスラエルによる非民主的な政策は除く)。イスラエルの地域にお ける覇権の野望を、アメリカの帝国権益と結合させ、ネオコンと、そのネオリベ仲間、民主党内部の支持者達は、対アフガニスタン・パキスタン戦争のエスカ レーションに対し、最初はブッシュ大統領を、後にオバマ大統領を支持している。レバノンに対するイスラエルの’野蛮な爆撃作戦、ガザに閉じ込められた何千 人もの民間人への陸上と、空爆と、虐殺、シリア施設への爆撃、(イスラエルの)先制的、全面的対イラン軍事攻撃に対する強い後押しを、連中は満場一致で支 持してきた。

中東や南アジアにおける、連続的な、複数の同時戦争を支持するアメリカ人達は、自分たちの大量破壊戦力の全力を発揮できるのは、最初の犠牲者、イラ クの完全支配を確保した後のことだと信じていた。アメリカと国連によって、この国に課された、13年間という残酷な飢餓的経済制裁の後では、イラク人レジ スタンスは、急速に崩壊するだろうと、彼等は確信していた。アメリカ人為政者は、植民地支配を強化するため、全ての独立したイラク人民間人の反体制派を、 永遠に沈黙させようと決意していた。市民社会運動指導者の、選択的暗殺を実行するため、彼等は、シーア派聖職者や、スンナ派の暗殺者への資金供与に向か い、クルド人のペシュメルガ部族軍司令官達の何千人もの民間傭兵と契約した。

アメリカは、ほぼ全てが、シーア派武装集団から構成される、総員200,000人のイラク植民地傀儡軍を生み出し、訓練したが、宗教的でなかった り、スンナ派や、キリスト教の背景をもっていたりする、経験豊かなイラク軍兵士を排除した。アメリカが訓練し、資金援助をした暗殺部隊と、その傀儡‘イラ ク’軍強化の、ほとんど知られていない結果が、その教会が爆撃され、指導者達や司教や知識人、学者や科学者が、暗殺されるか、亡命を余儀なくされ、強制移 動させられてしまった、古代からのイラク人キリスト教徒の、事実上の破壊だ。非宗教的な、民族主義、反イギリス/反君主制主義者運動の歴史的な発展の上 で、イラク人キリスト教徒が、主要な役割を演じていたことを、アメリカと、そのイスラエル人顧問達が、十分にわきまえていたことと、アメリカ占領後の最初 の一年間における、影響力が大きい勢力である彼等の抹殺は、偶然ではない。このアメリカ政策の結果は、大半の、非宗教的で、民主的、反帝国主義の指導者達 や運動を抹殺し、自分たちの‘民族的-宗派的’協力者の殺人ネットワークを、イラクにおける長期的なアメリカの植民地駐留を維持する上での、競合相手のい ない‘パートナー’として提示するということなのだ。自分の傀儡を権力に付けておけば、イラクは、他の‘ドミノ’(シリア、イラン、中央アジアの共和 国…)を戦略的に追求するための出発点として使えるのだ。

アメリカ占領下イラクでの、血なまぐさい粛清の継続によって、2003年3月にブッシュが侵略して以来、最初の7年間で、130万人のイラク人一般 市民が殺害された。2009年中頃までに、イラク侵略と占領は、公式には、アメリカ財務省の6660億ドル以上の支出となっている。この莫大な支出は、ア メリカの大規模な属国支配戦略における、中東全体/南および中央アジア地域に対する、その重要性を証明している。民族的-宗教的差異を、政治問題化させ、 軍事化させ、武装させ、ライバルの部族、宗派、民族指導者達が、お互いの殺りくに携わることを奨励するワシントンの政策は、国家的統一と、レジスタンスの 破壊に役立った。‘分割して統治する’戦術と、退化した社会、宗教団体への依存というのは、統一した、高度な民族主義国家を征服することを目指すための、 ありふれた、最も良く知られた手法なのだ。国民国家の解体や、民族主義者の自覚の破壊や、粗野な民族的-宗派的、封建的、地域的忠誠心を奨励するには、民 族主義者的な自覚、歴史的記憶や、非宗教的な科学的な思考の主要な提供者を、組織的に破壊することが必要だった。民族的-宗教的憎悪をひき起こし、異なる 宗徒間の結婚や、様々な人々が混成する共同体や、多様な背景の中で、長年にわたる個人的な友情や、専門家同士の絆がある機構を破壊した。学者、作家、教 師、知識人、科学者や専門家、特に医師、エンジニア、弁護士、裁判官や、ジャーナリストの物理的な抹殺は、植民地占領の下で、民族的-宗教的支配を押しつ ける上で、決定的に重要だった。長期的な支配を確立し、民族的-宗教的な属国支配者を確保し、前から存在し、独立した非宗教的国民国家を維持してきた文化 体系が丸ごと、アメリカと、そのイラク人傀儡によって、物理的に破壊された。この破壊は、図書館、国勢調査局、あらゆる財産や裁判歴の保存場所、保健所、 研究所、学校、文化センター、医療施設、そして、なによりも科学-文学-人文科学の、専門家という社会的科学者階級全体を対象にしていた。何十万人ものイ ラク人専門家や家族が、テロにより、国内、海外への難民化を強いられた。国立の、非宗教的、科学・教育機関への全ての資金援助が停止された。暗殺部隊は、 多少とも反対派、多少とも民族主義的な意見の持ち主と疑われる何千人もの学者や、専門家の組織的殺害に、携わった。共和国を再建する能力が多少ともある全 ての人々が狙われたのだ。

現代アラブ文明の破壊

独立した、世俗イラクには、サダム・フセインの警察国家という抑圧的状態にもかかわらず、アラブ世界で、最も進んだ科学-文化秩序があった。前例の ない水準の男女同権と結びついた、国家による医療制度、 普遍的な公教育と、鷹揚な福祉サービスがあった。これは、二十世紀後半におけるイラク文明の先進的な特質だった。教会と国家の分離や、宗教的少数派(キリ スト教徒、アッシリア人や他の人々)の厳格な保護は、アメリカ占領と、アメリカによるイラク民間、政府機構の破壊から生み出されたものと、鋭い対照をなし ている。サダム・フセインの過酷な独裁的支配は、高度な科学的研究が、強烈な民族主義、反帝国主義というアイデンティティーと、手を携えて進んでいる、大 いに発展した現代文明を、統轄していたのだ。これは、特に、イスラエル支配と占領下におけるパレスチナ人の苦境に対する、イラク国民と政権の団結表現と なって現れていた。

単なる‘体制変革’だけでは、イラクにおける、この深く根付いた、高度な世俗的共和主義文化は根絶できない。アメリカの戦争計画者達や、イスラエル 人顧問達は、非宗教的な国家を破壊しない限りは、植民地占領が、イラク人民族主義者の自覚を高めるだろうことを十分に理解しており、それゆえに、帝国の要 求として、学識があり、有能な、科学、実際、イラク人社会で最も非宗教的な部分の人々を、物理的に抹殺することで、民族主義的自覚を持った人々を、根絶 し、破壊したのだ。退化は、アメリカにとって、最も洗練された民族主義的な社会階層を剥奪され、文化的に粛清されたバグダッドに、原始的で、‘国家以前 の’忠誠心を持った植民地傀儡を権力の座に、無理やり据えるための、主な手段となった。

カイロのアル-アハラム研究センターによると、アメリカ占領後、最初の18ヶ月間に、310人以上のイラク人科学者が抹殺された。この数値は、イラク文部省も否定していない。

別の報告では、2005年から2007年までの間に、340人以上の知識人や科学者の殺害があげられていた。高等教育施設の爆撃は、在籍者数を、侵 略前の数値の30%に押し下げた。2007年1月のバグダッドのムスタンシリヤ大学に対する一度の爆撃で、70人の学生が殺害され、何百人もが負傷した。 これらの数値によって、UNESCOは、イラクの大学制度が、崩壊の瀬戸際にあると警告せざるを得なくなった。国外に亡命した著名なイラク人科学者や教授 の人数は、20,000人に近づいた。2003年以後、亡命した6,700人のイラク人大学教授のうち、2008年10月までに帰国した人々は、わずか 150人だと、ロサンゼルス・タイムズは報じている。治安は向上したというアメリカの主張にもかかわらず、イラクで二番目の大都市バスラで開業していた唯 一の神経外科医が殺害され、遺体が街路に捨てられたものを含め、無数の暗殺があるというのが、2008年の状況だ。

アメリカと多国籍占領軍や民兵や、彼等が支配する闇の勢力によって暗殺されたイラク人学者、科学者や専門家に関する元データは、パキスタン・デイ リー・ニューズ(www.daily.pk)が2008年11月26日に発表したリストから得た。このリストは、アメリカ占領という非情な制度下におけ る、イラク知識人の計画的抹殺という現実に対する、非常に不快な解釈を提示している。

暗殺

暗殺による個人の肉体的抹殺は、テロの極端な形であり、その個人が所属する共同体中、この場合には、イラク知識人、学者、専門家や、芸術や科学分野 の創造的な指導者達の世界に、さざ波を立てるという、広範囲の影響力を持っている。殺害された一人のイラク人知識人に対し、何千人もの学識あるイラク人 が、より安全で、危険性がより少ない仕事を求め、国を捨てたり、仕事を捨てたりしているのだ。

バグダッドは、文化、芸術、科学、教育の点で、アラブ世界の‘パリ’と見なされていた。1970年代と80年代、イラクの大学は、アラブ世界で羨望 のまとだった。バグダッドに雨あられのごとく爆弾を降り注いだアメリカの‘衝撃と畏怖’作戦は、ルーブルや、ソルボンヌや、ヨーロッパの偉大な図書館の空 爆と似たような、感情をひき起こした。バグダッド大学は、アラブ世界でも、最も権威ある、生産的な大学だった。学者達の多くは、博士号を持ち、海外の一流 の大学で、博士課程研究の経験者だ。同大学は、中東最高の専門家や科学者の多くを、教え、輩出した。2003年3月侵略前、13年間にわたって、イラクを 飢えさせた、アメリカと国連が課した経済制裁という致命的な締めつけの下でさえ、何千人もの大学院生や若い専門家が、大学院の研修のため、イラクにやって 来ていた。アラブ世界中の若い医師たちは、イラクの教育施設で、高度な医学教育を受けていた。学者の多くは、主要な国際会議で科学論文を発表し、一流雑誌 に論文を書いていた。最も重要なことは、バグダッド大学は、あらゆる民族や宗教的背景を持った学者達によって、宗派的差別がない、大いに尊敬される、科学 的な非宗教文化を教育し、維持していたのだ。

この世界は、永遠に壊滅させられた。アメリカ占領の下、2008年11月までに、バグダッド大学で教えていた、83人の学者と研究者が殺害され、彼らの同僚や学生や家族の数千人が、逃亡を強いられたのだ。

学問分野別の暗殺対象学者選別

2008年11月、パキスタン・デイリー・ニューズが報じた記事には、バグダッドに在住するそれぞれの分野で著名で、殺害された最高の学者、合計 154人の名前が列記されていた。イラク最高の大学で教鞭をとっていた合計281人の有名な知識人が、アメリカ占領下で、‘暗殺部隊’の犠牲になったの だ。

アメリカ占領前には、バグダッド大学は、第一級の研究・教育医学部を擁し、高度な教育で、全中東から、何百人もの若い医師を惹きつけていた。アメリ カの暗殺部隊体制が勃興していた間に、このプログラムは、徹底的に破壊され、回復の見込みはほとんどない。殺害された人々のうち、25% (21)は、バグダッド大学医学部の最古参教授と講師達で、あらゆる学部の中で、最高の比率だ。教授陣の殺害が、二番目に高い比率なのは、バグダッド大学 の有名な工学部の教授と研究者で(12)、その次は、人文科学のトップ学者(10)、物理、社会科学(8人の古参学者)、教育学部(5)だ。バグダッド大 学において殺害された他のトップ学者、農学、経営、体育、通信や、宗教学部にまで及ぶ。

バグダッドの他の三大学で、社会科学の10人、法学部の7人、医学部と人文科学部でそれぞれ6、物理学で9人、そして工学部で5人を含み、53人の 古参学者が虐殺された。2002年8月20日、ラムズフェルド国防長官は侵略前にジョークを言った。「…彼等は(科学者は) (アメリカの子供ゲームである)‘tiddlywinks’は、やっていなかったと、想像せざるを得ない」(物理と化学分野におけるイラク人科学者の血な まぐさい粛清を正当化するものだ。これは、侵略後に起きた学者殺戮の一つの不吉な予兆だった。

同様に残酷な学者粛清は、全ての地方大学で起きた。モスル、キルクーク、バスラや他都市の評判の高い様々な大学で、127人の古参の学者や科学者が 暗殺された。古参の教授会員で殺害された人数が多い地方大学は、アメリカとイギリス軍や、彼等のクルド人傭兵が最も活動していた諸都市のものだ。バスラ (35)、モスル(35)、ディヤラ(15) そして、アル-アンバル(11)。

イラク軍と、同盟国軍の暗殺部隊が、アメリカ、あるいは‘多国籍軍’の支配の下、都市在住学者殺害の大半を遂行した。学者の計画的殺害は、現代アラ ブ文明の、文化的、教育的基盤を破壊するための、全国規模、領域横断的な動きだ。こうした暗殺の大半を実行した暗殺部隊は、現代の非宗教的な社会と、独立 した、統一共和国再建という目標を追求しかねない、政治的に意識の高い知識人や、民族主義的な科学者全員を一掃するためにアメリカ軍の戦略家によって‘解 き放たれた’ あるいは、手段として利用された、原始的な、近代以前の、民族的-宗教的集団なのだ。

アメリカ侵略を防ごうというパニックの中、2002年12月7日に、イラク国家監視理事会は、500人以上の主要イラク人科学者を明らかにするリス トを国連に提出した。このリストが、イラク科学エリートを抹殺するためのアメリカ軍殺害予定者リストの根幹となったことに、疑念の余地はない。悪名高い侵 略前の国連演説で、コリン・パウエル国務長官は、その専門的知識が、他の国々によって利用されるのを防ぐため‘封じ込める’必要がある、3,500人以上 のイラク人科学者、エンジニアのリストを引用した。アメリカは、イラク人科学者やエンジニアを再教育するプログラムである、‘民間人再教育’を立ち上げる ため、国連が保管する、イラクの‘石油・食料交換プログラム’の資金から、何億ドルもの‘予算’を引きだした。こうした大いにもてはやされたプログラム も、決して本気で導入されたわけではなかった。あるアメリカの政策専門家が、カーネギー財団論文(2004年4月、RANSACポリシー・アップデート) の中で、イラクの‘過剰な科学者、エンジニアや技術者’と表現した人々を、安上がりに封じ込める方法が、明らかになった。アメリカは、イスラエルのモサド による、選ばれた主要イラク人科学者の秘密暗殺作戦を採用し、工業規模で、拡大することを決断したのだ。

アメリカ‘増派’と‘暗殺’作戦のピーク: 2006年-2007年

学者に対するテロの全盛期は、バグダッドおよび、地方におけるアメリカ軍攻勢再開と同期している。日付が記録されているバグダッド在住学者暗殺の総 数のうち(110人の知識人が虐殺されたことがわかっている)、ほぼ80%が(87)2006年と、2007年に起きている。同じパターンは地方でも見ら れ、合計84人の学者の77%が、同時期に、首都外で殺害された。傾向は明らかだ。アメリカ兵の犠牲者数を減らし、占領に対する潜在的な反対意見論者を粛 清する手段として、占領アメリカ軍が、傭兵イラク軍と警察を組織し、ライバルのシーア派やスンナ派部族の人々や民兵の採用と訓練に資金を提供するにつれ、 学者の殺人率は増加している。

学者に対するテロ作戦は、2005年中頃に強化され、2006年-2007年に頂点に達し、何万人ものイラク人学者、科学者、専門家や、その家族の 大量海外亡命をひき起こした。大学の医学部の教授陣が丸ごとシリアなどへの難民となってしまった。年老いた両親や親戚を見捨てることができずに、イラクに 残った人々は、自分の正体を隠すため、非常手段を講じた。保護してもらうか、家族とともに、アメリカかヨーロッパへの移住を認められることを願って、アメ リカ占領軍や傀儡政権に協力することを選んだ人々もいる。ヨーロッパ人、特にイギリスは、イラク人学者を受け入れたがらないのだが。2008年以後、学者 殺害は大幅に減少しており、この年は、わずか4人しか暗殺されていない。これは、アメリカと、その傀儡傭兵側での、何らかの方針変換というよりは、海外で 暮らしているか、隠れているイラク知識人の大量逃亡の反映だ。結果的に、イラクの研究機関は、すっかり縮小されてしまった。技術者、司書や学生を含む残っ た補助スタッフ達の生活は、徹底的に破壊されており、将来の就職見込みもほとんどない。

アメリカの対イラク戦争と占領は、ブッシュ大統領やオバマが宣言したように、‘成功’し、2300万人の国民がいる独立国家が、武力で占領され、傀 儡政権は腰を据え、植民地傭兵軍は、アメリカ人幹部に服従し、油田は売りに出されている。歴史的遺産、文化遺産や国家資源を保護する民族主義的な全てのイ ラク法は、破棄されたか、アメリカ帝国に有利な‘憲法’を占領者が押しつけた。イスラエルと、ブッシュ、オバマ両政権内部のシオニスト取り巻き連中は、現 代の敵対国家の終焉と、イラクを文化的-政治的砂漠に転換したことを慶賀している。2003年1月、アメリカ国務省とペンタゴン幹部によって、アメリカ ン・カウンシル・フォー・カルチュラル・ポリシーの有力な収集家達に対してなされた合意とされるものに沿って、略奪された古代メソポタミアの財宝は、ロン ドン、ニューヨーク等に住むエリートの所蔵品となる道を‘見いだした’。収集家達は、今やイランの略奪を楽しみに待つことができる。

イランへの警告

イラクにあったような現代的な科学-文化文明の、アメリカによる侵略、占領と破壊は、 もしも、アメリカ-イスラエルの軍事攻撃がおきた場合、イラン国民が被るであろうことの前触れなのだ。 デモに参加する、豊かなイラン人学生や、アメリカが資金援助しているNGOによる、大統領選後の‘口紅革命’抗議の文脈では、イラン国民の文化的-科学的 基盤に対する帝国主義的脅威が、完全に欠如していた。2004年、バグダッドで‘少なくとも、我々はアフガニスタンとは違う’という、致命的に間違った楽 観主義で、教養ある、洗練されたイラク人が自らを慰めていたということを、彼等は肝に銘ずるべきなのだ。同じエリートが、今やシリアやヨルダンのごみごみ した難民キャンプで暮らしており、彼らの祖国は、中東の他のどの国より、アフガニスタンに似てしまっている。イラクを、'あらたに解放された、わがアフガ ニスタンのイメージ'に変換するという、2003年4月のブッシュ大統領の戦慄的な約束は実現された。そして、アメリカ政権の顧問達がイスラエル・モサド による、イラン人科学者の選別的暗殺政策を再検討したという報道を聞いた、テヘランで暮らす親西欧のリベラル知識人は、2006-2007年に、イラク人 科学者や学者を、事実上抹殺してしまったすさまじい軍事作戦の教訓を、真剣に熟考すべきなのだ。

結論

イラクに、中世的な民族-聖職者社会-政治構造に基づく退行した属国政権を樹立することで、アメリカ合州国(そして、イギリスとイスラエル)は、一 体何を得ているのだろう? 何よりもまず、イラクが帝国の前哨基地になったのだ。第二に、イラクの、弱く、後進的な政権は、この地域における、イスラエルの経済的、軍事的支配に挑戦 することができず、エルサレム、ヨルダン川西岸や、ガザの、先住パレスチナ・アラブ人に対して進行中の民族浄化を問題としてとりあげるのに乗り気ではない のだ。第三に、一つの独立国家の、科学的、学問的、文化的、および法的基盤の破壊は、西欧(と中国の)多国籍企業や、その技術インフラへの依存が増すこと を意味し、帝国による経済侵略と搾取が容易になる。

19世紀半ば、1848年の革命の後、フランスの保守的な社会学者エミール・デュルケムは、ヨーロッパのブルジョアが、増大する階級闘争に直面して おり、反資本主義の労働者階級が増大していることを認識した。宗教や聖職権主義に関する哲学的な懸念はあるにせよ、社会的一体性を‘作り出し’、階級分化 を和らげるためには、ブルジョワが伝統的宗教の神話を利用せざるをえまいことに、デュルケムは気がついたのだ。教養があり、洗練されたパリの資本家階級に 対し、宗教を政治的支配維持用の道具として利用するため、反啓もう主義の宗教的教義に対する拒否反応は、差し控えるよう、彼は呼びかけた。同様に、ペンタ ゴン-シオニストを含むアメリカの戦略家達は、この戦略が、科学者、専門家階級の全滅を必要とするものであるとは言え、イラクの植民地支配を強化すべく、 非宗教的な国家政治指導層や、高度な文化を破壊するために、部族ムッラー、民族的-宗派的勢力を、手段として利用したのだ。現代アメリカの植民地支配は、 社会の中で、社会的、政治的に、最も後進的な部門を支持し、戦争の最も高度な技術を適用することで成り立っている。

自分たちの60年間の経験から得た、都市での対テロや、民間人弾圧の方法を、イラクのアメリカ占領軍に教授する上で、イスラエル人顧問達は、主要な 役割を演じた。1948年、デール・ヤシン村での、何百ものパレスチナ人家族の悪名高い虐殺は、新植民地秩序を押しつけるために、その土地に対する内因的 な文明、文化的な絆を持った先住民が何世紀も定住していた、何百もの生産的農村の抹殺した、シオニストの象徴だ。パレスチナ人を、故郷から完全に引き離す 政策は、イラク駐在アメリカ人為政者に対するイスラエルの助言の中核だった。ブッシュとオバマ政権内のシオニスト信奉者により、現代イラクの民間と国家の 官僚機構の丸ごと解散と、この荒廃した国の、現代的大学や、研究所を粛清するため、クルド人とシーア派過激派で構成される、近代以前の部族暗殺部隊を活用 するよう命じることで、彼らのメッセージは遂行されたのだ。

アメリカによるイラクの帝国的征服は、現代の非宗教共和国破壊の上に、成り立っている。後に残された文化的砂漠(聖書の‘寂しい荒野’は、イラクの 貴重な学者達の血に染まっている)は、超巨大詐欺師、‘イラク人幹部’のふりをしている殺し屋傭兵、部族や民族の文化的文盲や、中世的な宗教者連中達に よって支配されている。アメリカやヨーロッパ多国籍企業の権益に仕えるのに熱心な、プリンストン、ハーバード、ジョンズ・ホプキンス、エールやシカゴ大卒 業生が、計画した‘帝国の青写真’を持った陸軍士官学校卒業生の指導と指示の下で、彼等は活動している。

これは、‘複合化した、不均等な発展’と呼ばれている。その実、原理主義者ムッラー達と、アメリカに奉仕するアイビーリーグ・シオニストの結婚なのだ。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article23342.htm

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アメリカの対イラク戦争-文明の破壊」という09/8/31翻訳記事の再掲載。コメントもそのままで、改変はしていない。

コメントの4年前の素人想定、現状と、どれだけずれているか否かも合わせ、批判的にご覧いただければ幸い。彼岸の中日、亡くなられた人々を偲びながら、大本営広報部報道と、ただの中高年メタボ・オヤジの妄想との比較も一興かも知れない。

マケインの本当のペトレイアス原則』という08/10/18の記事翻訳中で、下記のように書いた。

ボブ・ウッドワード、イラクでのゲリラ活動が大幅に減少したのは「増派」のおかげではないと、他要因を説明している。Why Did Violence Plummet? It Wasn't Just the Surge.

The War Withinという著書で、ボブ・ウッドワードは、他に有効な作戦があるのだが、具体的に言うわけにはゆかない、というようなことを書いていたようだ。そ んな、うまい作戦などあるはずもないだろうと、以来、ゲリラ活動の減少理由を、大変不思議に思っていた。

この記事で、ようやく納得。上記のウッドワード記事を読み返して見ると、「秘密作戦が、非常に効果をあげている」と、ちゃんと書いてある。作戦の コードネームも、詳細もあかせない、ともある。これほど悲惨な実態、決して明かすわけにはゆくまい。凄惨なインテリ殲滅作戦だったのだ。

敗戦させてしまった後は、簡単な脅し、テロ、賄賂で、属国支配が完成した某国と異なり、本格的な民族主義者がいたイラク、Shock and Awe(衝撃と畏怖)作戦終了後にこそ、『衝撃と畏怖』が本格的になっていたというわけだ。

ところで、『マケインの本当のペトレイアス原則』という翻訳記事のおまけとして、終わりの方に、こう書いた。

政権交代など呪文にすぎない。実体は、派閥内の政権たらい回し。正確には、アメリカ傀儡大政党間たらい回し。たらい回しに失敗すれば大連立をするだろう。二大政党などというマスコミの虚構にだまされてはならない。実体は傀儡二大政党。

(とはいえ、政権交代を待望するブロガーの方々の数! 小泉選挙を思い出せば、結局は大半がだまされるのは確実だろう。いや、騙されているのではなく確信犯か?)

引かれ者の小唄。戯れ歌でも書いておこう。今日は、ブロガーの皆様が欣喜雀躍されている、自民党政治の終わりどころか、さなきだにひ弱な日本の民主的?政治そのものの、終わりの始まりなのだから。

いよいよ、金だけでなく、命も、宗主国に捧げさせられる。ファシズムは、楽しそうな顔をしてやってくる。もちろん、民主党、この記事にある、アメリ カと、同盟関係(実態は、宗主国・属国関係)を強化すると言っている。庶民の皆様、民主党・自民党の議席合計を考えただけで、恐ろしくならないのだろう か?支配層の方々なら、ほくそえむのはわかるが。往時の大政翼賛会再現だろう。

これが妄想であったら、どれ程嬉しいことか。(妄想で、電波で狙われていると書かれる方々も多々おられるが:-)次に行われるのは、 比例代表の削減。少数野党は殲滅され、民主党と自民党という傀儡二大政党(実は派閥)が確立する。オザワ氏が中心となって導入した、小選挙区制度というゆ がんだ仕組みの上で、予定通りに起こされた茶番を、「市民革命」と浮かれる方々すらおられる。保坂展人氏も、亀井幹事長も落ちたではないか。小泉の息子が 堂々当選しているではないか。何が「市民革命」か?「痴民革命」というのなら納得する。いや、大宅壮一の言葉をもじれば「白痴革命」?。あのナチスも、選挙で政権を獲得した。同じ属国でも、札束で頬をはたくだけですむ、イラクのような過酷なインテリ殲滅作戦が不要なアジアの属国、宗主国にとっても、属国傀儡政権にとっても、さぞや統治は楽だろう。

選挙前に、自民党員の知人と、酒を飲んだ際、「後は二大政党で交互にやろうという話になっている」というようなことを言って、さほど野党転落を気に している様子はなかった。当方、いい加減酔っていたので、正確には覚えていないが「さもありなん。」と思ったものだ。昔、力道山のプロレス華やかなりしこ ろ、テレビにしがみつくようにして見ていた。今回の選挙、初めからお互いやらせで、ガチンコの振りをしているただの「選挙版プロレス」だったろう。プロレ スでさえ、受けるためには、流血し、怪我もする。時には、事故で亡くなるレスラーまでいる。

まして国政。自民党幹部落選すら折り込み済だろう。傀儡二大政党(派閥)化こそが最大目的。テレビも新聞も、見事スポーツ・タブロイド品質。そこで一句。

「小泉が搗き、麻生がこねし天下餅、座して食らうは小沢一郎」

「交代が良いね」と皆が言ったから夏の終わりはファッショ記念日

関連翻訳記事:

『マケインの本当のペトレイアス原則』
暗殺部隊の訓練法、革命の鎮圧方法、サンサルバドルからイラクに転用

アメリカ暗殺部隊株式会社

イラク: 高等教育における、大規模な不正行為と腐敗

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2009/9/12追記

主題が本記事と通底している、6年も前の下記記事を見つけた。

TUP速報223号 星川 淳のピースウォッチ#6 03年11月25日 「侵略の動機」

また、『週刊金曜日』 2009/9/11 金曜アンテナ 国際短信に下記記事がある。
イラク 米軍が秘密に展開した 学者・知識人の絶滅作戦

この翻訳記事と同じweb記事を、わずか1500字以下で、まとめておられる。さすが。
長く、まずい、この翻訳を読む時間のない方は、是非、週刊金曜日記事を!該当記事は、かなり下の方で、スクロールしないと、現れない。

2011年11月 8日 (火)

アルゼンチン: 何故フェルナンデス大統領が当選し、オバマが落選するのか

James Petras

2011年11月1日

"Information Clearing House"

今年10月23日、一番の競合候補より37パーセントも高い、54%の得票で、クリスチナ・フェルナンデス大統領が再選を勝ち取った。大統領派の連合は、国会上院、州知事選挙、更には、大ブエノスアイレスの市議会も、議席136のうち、135議席と、圧勝した。

最近の世論調査によれば、主要共和党大統領候補者を後追いしており、来る2012年の国政選挙で、議会両院の支配力を失う可能性が高いオバマ大統領とは雲泥の差だ。現職大統領を選択する上での、有権者の決定的な差異は、一体どういう理由なのだろうか?対照的な結果に対する説明の中心にあるべきは、社会・経済・外交政策と、深刻な経済危機への対応についての比較歴史的論議だ。

方法論

フェルナンデスとオバマの実績を比較するには、二人を歴史的文脈において見ることが必要だ。より具体的に、二人の大統領と、二人の前任者、アメリカのジョージ・ブッシュと、アルゼンチンのネストル・キルチネル(フェルナンデスの亡夫)は、深刻な経済・社会危機に直面した。しかし、危機に対する全く逆の対応が、対照的な結果をもたらしたことが、多くを物語っている。一方は、アルゼンチンの公平な持続的成長、もう一方は、アメリカの深まり行く危機と失政だ。

歴史的文脈: アルゼンチン: 不況、暴動、経済回復

1998年から、2002年までの間、アルゼンチンは同国史上最悪の社会-経済危機を味わった。経済は、景気後退から本格的不況へと、急降下し、2001年から2002年の二桁マイナス成長に至った。失業は25%以上に達し、多くの労働者階級の住宅地では、50%を超えた。何万人もの貧困に陥った中流階級の専門職の人々が、大統領官邸の目と鼻の先で、パンとスープを貰うため行列した。何十万人もの失業労働者の‘ピケテロス’(ピケ隊員)が、幹線道路を封鎖し、家畜や穀物を海外に輸出する列車を襲うものまで現われた。何百万人もの預金者から預金を奪って、銀行は閉店した。何百万人もの中流階級の抗議運動参加者達は、急進的な地区委員会を結成し、失業者の団体と連合した。アルゼンチンは大変な負債を負い、国民は、ひどく困窮した。人々の気分は革命的反乱に向かった。現職大統領フェルナンド・デラルアは打倒され(2001) 民衆反乱が大統領官邸を占拠しそうになった際、多数の抗議デモ参加者が死亡し、負傷した。2002年末迄には、何百もの破産した工場が、労働者によって‘占拠され’、乗っ取られ、運営された。アルゼンチンは対外債務をデフォールトした。この体系的な危機のさなか、2003年始めに、ネストル・キルチネルが大統領に選出され、債務支払いや、大衆運動弾圧という取り組みを否定し続けた。その代わりに、彼は一連の緊急公的就職プログラムを開始した。約半数の労働人口の基本的ニーズに答えるべく、失業労働者への支払い(月150ペソ)を承認した。

金融街、工場、公共建築や街路を占拠している非常に多くの運動で、一番人気のスローガンは“ケ・サ・ヴァヤン・トドス” (“政治家全員出て行け’)だった。あらゆる政治関係者、諸政党や指導者連中、議会も大統領も、徹底的に否定されていた。ただし、運動は、否定するという点では、巨大で、戦闘的で、団結していたとはいえ、こうした運動には、国家権力を掌握するための一貫した計画はなく、彼等を率いる全国的政治指導部もなかった。二年間の混乱の後、大衆は投票所に向かい、実績をあげられなければ、去れという負託をして、キルチネルを選んだ。キルチネルは、そのメッセージに、少なくとも、公正な成長という要求の部分には、耳を傾けたのだ。

文脈: ブッシュ-オバマ下のアメリカ

ブッシュ政権末期とオバマ大統領は、1930年代の大恐慌以来、一層ひどい社会-経済危機の中、国を統轄した。2009年までに、失業と不完全雇用は労働力人口のほぼ三分の一に増大した。何百万軒の家が差し押さえられた。倒産は増大し、銀行は破綻に瀕している。成長率はマイナスで、収入は激減し、貧困は増大し、食料配給券受給者の人数が増加した。アルゼンチンとは違い、不満を抱いた国民は投票所に向かった。オバマの煽動的な“チェンジ”という美辞麗句に惹かれて、新大統領に希望を託したのだ。民主党が大統領選に勝利し、議会上院・下院両方で多数派を占めた。失業が深刻化し、不況が継続する中、オバマと議会の最優先事項は、ドル銀行の緊急援助に、何兆ドルも注ぎこむことだった。二番目に優先されたのが、海外における帝国主義戦争の深化と拡張だった。

オバマは、アフガニスタン駐留兵士の人数を30,000人増員した。軍事予算を7500億ドルに拡大した。ソマリア、イエメン、リビア、パキスタンや他の国々で、新たな軍事作戦に乗り出した。イスラエルの植民地支配軍隊への軍事援助を増大した。中国に近接するアジア諸国(インド、フィリピン、オーストラリア)と軍事協定を締結した。

要するに、オバマは、軍事帝国拡張を最優先し、国内経済を回復させ、失業を減らすために支出すべき国庫の資金を枯渇させたのだ。

対照的に、キルチネル/フェルナンデスは、軍の力を削ぎ、軍事支出を削減し、国家歳入を雇用増大プログラム、生産的投資と伝統的でない輸出に注ぎ込んだ。

オバマの下、危機はウオール街の金融勢力を復活させ、強化する好機となった。ホワイト・ハウスは、財政赤字を悪化させながら、帝国戦争拡大のために軍事予算を増大し、更に‘赤字削減’のために、根本的な社会福祉を削減することを提案した。

アルゼンチン、危機から、力強い成長へ

アルゼンチンの経済的破局と、大衆反乱は、キルチネルにとって、軍国主義と投機的略奪から、社会福祉と持続的な経済成長へという、基本的転換を実現する好機となった。

キルチネルとフェルナンデス両者の選挙勝利は‘正常な’資本主義福祉国家を作り出すことに、二人が成功したことを反映している。アメリカが後押しした、30年間の略奪的新自由政権の後、これは大いに好ましい変化だった。1966年から2002年までの間に、アルゼンチンは、1976年から1982年の間に、30,000人のアルゼンチン人を殺害した大量虐殺将軍達を生み出した、残虐な軍事独裁に苦しんだ。1983年から1989年まで、独裁政権時代の遺物に対処し損ね、三桁のハイパー・インフレーションの中で指揮をとった、新自由主義政権(ラウル・アルフォンシン)のもとで、アルゼンチンは苦しんだ。1989年から1999年、カルロス・メネム大統領のもとで、アルゼンチンは、最も利益の上がる、公企業、天然資源(石油を含む)、銀行、道路、動物園や公共トイレを、特売価格で、外国投資家や資源・財源を私物化する取り巻き連中への、最大の売却に見舞われた。

そして最後に、フェルナンド・デラルア(2000-2001)は、変化を約束しながら、不景気を悪化させ続け、2001年12月、銀行が閉鎖し、10,000社が倒産し、経済が崩壊した、最終的壊滅的崩壊に至った。

アメリカとIMFが推進した“自由市場”政策の全面的な、紛れもない失敗と人的災害を背景に、キルチネル/フェルナンデスは、対外債務をデフォールトし、民営化されたいくつかの企業と年金基金を再国有化し、銀行に干渉し、経済再生に向け、社会的支出を倍増し、製造向けの公共投資を拡大し、一般消費を拡大した。2003年末までには、アルゼンチンはマイナスから、8%成長に転じた。

人権、社会福祉と、独立した対外経済政策

アルゼンチンの経済は、2003年から2011年までに、アメリカ合州国の三倍以上、90%成長した。経済回復とともに、とりわけ貧困を減らす為のペログラムへの、三倍の社会的支出が行われた。貧しいアルゼンチン人の比率は、2001年の50%以上から、2011年の15%以下へと減少した。対照的に、アメリカの貧困は、同じ十年間で、12%から17%に増大し、同時期、上向きの軌道にあった。

アメリカは、1%の人々が、アメリカの富の40%を支配する(十年もたたない昔の、30%から)、OECDでも、不平等が最大の国となった。対照的に、アルゼンチンの不平等は半分に縮小した。アメリカ経済は、8%以上も下落した、2008-2009年の深刻な不況から回復し損ねた。対照的に 2009年、アルゼンチンの落ち込みは1%以下で、堅調に、8%成長をとげている(2010-2011)。アルゼンチンは、年金基金を国営化し、基本年金を倍増し、栄養不良対策と、就学を保証する、全児童に対する福祉プログラムを導入した。

対照的に、アメリカでは、20%の子供たちが貧弱な食生活に苦しみ、青年の中退率は増大しており、少数民族の子供たちの25%が栄養不良状態にある。医療/教育の更なる削減が進むにつれ、社会状況は悪化するばかりだ。アルゼンチンでは、給与所得とサラリーマンの数は、実質で、10年間に50%以上増えたが、一方アメリカでは10%近く減少した。

アルゼンチンGNPの力強い成長は、成長する国内消費と、力強い輸出収入に支えられている。有利な市場価格と、競争力に基づく、アルゼンチンの大きな貿易黒字は安定している。対照的に、アメリカの国内消費は停滞し、貿易赤字1.5兆ドルに迫り、歳入は年間9000億ドル以上の非生産的な軍事支出に浪費されている。

アルゼンチンの、デフォールトして、成長するという政策への弾みは、大衆反乱と大衆運動があればこそだったのに対し、アメリカでは、大衆の不満は、オバマという名のウオール街の金融詐欺師を選出することに注ぎ込まれた。オバマは、成長、競争力と、社会消費に資金を供給する代わりに、金融界のエリート連中を破産するにまかせるのではなく、彼等の救済に資源を注ぎ続けたのだ。

緊急援助と貧困に対するアルゼンチン式代替案

アルゼンチンの経験は、国際金融機関(IMF、世界銀行)、その政治支援者、経済新聞の評論家連中のあらゆる教えに反している。財政年度(2003)以来、これまでのアルゼンチンの回復を、経済専門家達は、成長は“持続可能ではない”と“予言した”が、成長は十年以上にわたり、しっかり継続した。金融評論家は、デフォールトすれば、アルゼンチンは金融市場から締め出されることになり、経済は崩壊するだろうと主張した。アルゼンチンは、出収入と国内経済の再活性化に基づく自己金融輸に依存し、高名なエコノミストを当惑させた。

成長が継続すると、フィナンシャル・タイムズや、ウオール・ストリート・ジャーナルの評論家連中は、“未利用の能力が枯渇してしまえば”成長は終わると主張した。ところが、成長による収入が、国内市場拡大の資金を提供し、成長の為の新たな能力、特に、アジアやブラジルの新市場を生み出した。

2011年10月25日という近い時点でさえ、フィナンシャル・タイムズのコラムニストは依然として、差し迫った終末を予言する救世主的原理主義者のごとく“来るべき危機”について、ペチャクチャしやべり続けている。彼等は“高いインフレーション”、“持続不可能な社会福祉”、“過大評価された通貨”について、くどくど語り、“繁栄の終わり”という予言を重ねるばかりだ。8%という成長率の継続や、 2011年選挙でのフェルナンデス大統領の圧倒的勝利を目の前にして、こうしたあらゆる緊急警告がなされている。英米の金融関係ジャーナリスト連中は、学ぶ価値があるアルゼンチンの経済経験を中傷するのではなく、ヨーロッパと北米における自分たちの自由市場体制の終焉にこそ取り組むべきだろう。

ウオール街の評論家連中に反論して、マーク・ワイスブラットと同僚達は、こう指摘している(“アルゼンチン・サクセス・ストーリー”、センター・フォー・エコノミック、アンド・ポリシー・リサーチ、2011年10月)アルゼンチンの成長は、国内消費の拡大、地域の貿易相手国への製品輸出や、アジアへの伝統的な農産物-鉱物資源輸出の増大に基づいている。言い換えれば、アルゼンチンは一次産品輸出に完全に依存しているわけではない。アルゼンチンの貿易は均衡が取れており、一次産品の価格に過剰に依存しているわけではない。高いインフレーションに関しては、ワイスブラットは、“インフレーションは、アルゼンチンでは、高いかも知れないが、これは本当の成長であり、国民の大多数の福利の点で、重要なのは、所得分配だ”と指摘している。(14ページ) (強調は筆者による)。

ブッシュ-オバマの下のアメリカは、キルチネル-フェルナンデスのそれとは大きく異なる、全く歪んだ道を進んでいる。彼等は軍事支出を優先させ、生産的な経済ではなく、安全保障組織を拡張した。オバマ大統領と議会は、人権と公民権を益々侵害しながら、警察国家機構を大幅に増強し、退化的予算方針を巡る政治的影響力を強化した。対照的に、キルチネル/フェルナンデスは、軍や警察内の多数の人権侵害者連中を訴追し、軍の政治力を弱体化させた。

言い換えれば アルゼンチン大統領は、より大きな兵器・防衛支出を要求する、軍国主義的な圧力ブロックを弱体化させたのだ。彼等は、経済的競争力、新市場や、社会福祉に資金を回すという彼等の政治課題に、より適応する国家を作り出した。ブッシュ-オバマは、寄生的な金融部門を復活させ、経済の均衡を更に悪化させた。キルチネル/フェルナンデスは、金融部門が、輸出部門、製造業と国内消費の成長に資金を確実に供給するようにした。オバマは、債権者に支払うため、社会消費支出を削減している。キルチネル-フェルナンデスは、社会的支出に資金を回すため、債券保有者に75%の“ヘアカット”を課した。

キルチネル-フェルナンデスは、大差で三回の大統領選挙に勝利した。ウオール街、軍産複合体と、親イスラエル派という権力構造からの、10億ドルもの選挙資金援助をもってしても、オバマは一期だけの大統領となりかねない。

オバマに対する大衆的反対、特に“ウオール街占拠運動”は、現職大統領を追い出し、主要道路を封鎖し、製造と流通を麻痺させ、金融より製造を、軍事支出より社会消費を、優先するという社会的目標を課した、アルゼンチン大衆運動の成功を見習うには、まだ前途遼遠だ。“ウオール街占拠運動”は、アルゼンチンを、アメリカの属国から、活力に満ちた、独立した福祉国家へと転換させた社会的勢力を生み出すに必要な何百万人もの積極的な参加者の動員に向けて、最初の一歩を踏み出したのだ。

James Petrasは、ニューヨーク、ビンガムトン大学、社会学(名誉)教授。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article29569.htm

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読みながら、悲しいことに、うらやましくなってしまった。TPP参加ばかりが対策ではあるまい。もし、多少たりとも、まともな人間としての理性があれば。悪代官猿に理性はない。おしえられた通り、条件反射で、ハンドルをまわし、ボタンを押すばかり。子供の時に乗った、上野動物園のお猿の列車を思い出す。猿が列車を運転していたわけではない。子供には、あたかも、猿が運転しているがごとく見える。

大国の支配から独立したことで経済成長したアルゼンチンの報道、読んだ記憶がない。

大統領を勤めた夫が急死し、弔い合戦で妻が勝利しただけの話とずっと思っていた。夫人が再選されたという最近のテレビ報道をみて、一層不思議に思い、この論説を読んだ。

失われた二十年?アルゼンチンのような大胆な政策をとれないゆえの運命だろう。

原発大事故が起きても、運転・輸出に邁進し、亡国TPPに突入する、第二次大戦時の大本営顔負けの官僚、与党政治家、財界、大本営広報部、労働組合。まもなく、「失われた日本」を、松下政経塾ドジョウ首相が決定する。明治維新という不平等条約時代、敗戦という、支配状態に、これから、自発的に突入する。三度目の正直。二度と独立できなくなる。

「交渉すれば良いではないか」という方のブログからトラック・バックをいただいた。不思議な御意見にびっくりして、公開させていただいた。自民党の防衛おたく氏も、似たご意見のようだ。

交渉して解決できるなら、沖縄の基地、とっくに、なくなっていただろう。横須賀、厚木基地もなくなっていただろう。安保は廃棄され、日本軍が日本を防衛していただろう。本格的な交渉で、日本が主張を通したケースを、具体的にご教示いただければ有り難い。元外務省幹部であられた孫崎享氏のご本を読む限り、そういう事例、ほとんどなさそうに思える。

「あんたの党」が、とんでもない連中(つまり、与党別動隊)であること、自明と思うが、それを文字にするジャーナリスト、本澤二郎氏以外には、おられないのだろうか。

「あんたの党」売国行為だけを予期していた素人としては、本澤氏すら、彼等に何かを期待していた様子であるのに、びっくり。それで言うなら、皆様が大いに期待している豪腕政治家氏がTPP反対を表明したとは、聞いたことがない。不思議ではないだろうか?

本澤二郎の「日本の風景」(914)<狂った「みんなの党」>

講読している新聞、原子力発電導入のいきさつやら、放射能測定結果情報公開の遅れの原因などについて、遅ればせながら、良い連載記事を載せている。あくまでも、遅ればせながら。原発廃止論陣を張るなら尊敬する。喧嘩過ぎての棒ちぎりでは、敬意も半減だ。

さすが、プロの調査記事は素晴らしいが、原発以上の破壊力をもつ、TPPについては、社説だか論説だかで、とんでもない人物が、とんでもない暴論を書き散らしている。TPPも、事後に、あの時にとんでもない判断の間違いをしたと、誰かが匿名懺悔記事を書くのだろう。とりかえすことのできない時期、つまり、今から何十年も後になってから。

過去を反省しても、これからおこる大惨事を、結果をわかっていながら、推進しているのだから、プラス・マイナス・ゼロどころではなく、終身刑クラスの犯罪としか思えない。

懺悔なら、馬鹿でもできるのだ。

ジェーン・ケルシー教授の論文、座談会記事を読めば、TPPの恐ろしさ、ゴキブリでもわかる。日本の大手マスコミ社員、ジェーン・ケルシー教授の論文、座談会記事を読んだことがあるのだろうか?

インチキ論説を展開する御仁、一億人の日本人のみならず、今後、この国に日本人として生まれる人々全員が悲惨な属領の人民となることに対し、責任をとるのだろうか?安全な食品も食べられず、その結果病気になっても、まともな医療も受けられない状況に対して?

国営放送も、TPPを農業問題だけに歪曲して放送する。原爆投下カウントダウンを見ているようだ。(今回は、何と、宗主国の走狗が、自分で、自分の上に原爆投下する。)

過ちは繰り返しますから

「食べるものがなかったら、ケーキを食べればいいのに。」と、ジャナーリズム関係者の皆様、マリー・アントワネットのセリフを繰り返して、済ませるつもりなのだろう?

おりしも、ジャパン・ハンドラーの本拠、CSISの面々が来日、セミナーとやらを開催するようだ。受け皿は日本経済新聞。CSISの面々、TPP参加を表明しろというための襲来だ。

日本経済破壊新聞と読み替えている。(大昔、数ヶ月講読した恥ずかしい行為を自白しておく。今、新聞を講読したり、テレビを見たりしていること自体恥ずかしいと思うけれど。)

2011年9月20日 (火)

チャベス対オバマ: 2012年に大統領選挙に直面する二人

"資本主義的刺激策"対"社会主義的景気回復"

Prof. James Petras

The James Petras website

2011年9月15日

(ご注意:毎回と同様、大変まずい翻訳である。)

はじめに:二人の現職大統領、ベネズエラのウゴ・チャベスと、アメリカ合州国のバラク・オバマが、2012年に再選に出馬する。この二人の大統領選挙戦が意義深いのは、それぞれが、グローバル経済危機に対して、対照的な対応をしているためだ。

チャベスは、雇用、社会福祉と経済成長を狙った、大規模な長期公共投資と支出を推進する施策を続ける民主社会主義的な政策を進めている。オバマは、私企業による金融資本主義イデオロギーへ肩入れに導かれて、ウオール街投機家の救済に、何十億ドルも注ぎ込み、公共財政赤字の削減と、税金削減に取り組み、企業に政府助成金を出し、銀行が金を貸し出し、民間部門が投資をすることを期待している。

オバマは、民間企業部門が失業者を雇用し始めることを期待している。チャベスの経済戦略は、社会的賃金を増やすことで、大衆の需要を増大させることに向けられている。オバマの戦略は、“トリクルダウン”効果を期待して、エリート層を裕福にすることに向けられている。チャベスの景気回復政策は、資本主義経済の市場が引き起こした危機と、民間部門が投資し損ねていることを考慮し、国が主導する、公共部門を基本にしている。オバマの景気回復と雇用計画は、職を生み出すような国内投資を刺激することに税収を振り向け、もっぱら民間部門に依存している。

専門家や政治家によれば、どちらの大統領が、2012年に再選されるかを判断する上で、二人の大統領の社会・経済的な実績が決め手となる。

経済危機に直面した、チャベス、オバマ両大統領の実績評定

過去三年間、二人の大統領は、深い社会・経済危機に直面し、失業が増大し、景気が後退し、景気回復政策立案に当たり、政治的指導力が大衆から期待されることとなった。

チャベス大統領は、社会政策向け大規模公共支出計画で対応した。何十億ドルもが、今後数年間で百万戸を建設するという大住宅計画に割り当てられた。チャベスは、コロンビアの右翼的なサントス政権と交渉し、政治的合意をすることにより、軍事的緊張を和らげ、国境紛争を低減した。

チャベスは、最低賃金、社会保障と年金支払いを増やし、低収入集団の消費を増大し、需要を刺激し、中小企業の収入を増大させている。国は、大規模インフラ計画、特に道路と運輸に投資し、労働集約的活動での仕事の口を増やした。チャベス政権は、スーパーマーケット経営者による不当利得を認めず、食糧とその他必需品の価格管理を実施することで、大衆の需要を支え、生活水準を維持した。チャベス政権は、実入りの良い金鉱山を国有化し、需要主導型の景気回復政策に資金を回す過程で、在外資産を本国送還させ、富裕層に対する税金軽減や、破産した銀行や民間企業の救済は控えた。

オバマは、仕事を生み出すような、いかなる大規模・長期公共投資も拒否してきた。彼が提案している“ジョブズ・フォー・アメリカ”は、最善でも、一時的に0.5パーセント以下の失業率低下をもたらすだけだ。ウオール街の債券保有者達の利益となる政策を追い求めて、オバマは赤字削減に深入りし、公共支出、とりわけ社会支出の大規模削減をはかった。オバマは、右派に配慮して、大衆向けのメディケア、メディケイドや社会保障プログラムへの支出を削減するという退行的提案に同意した。“ジョブズ・フォー・アメリカ”に財源を振り分けるという彼の提案は、社会保障の削減に依存しており、必然的に、社会保障支払いの減少と赤字をもたらし、まずく行けば、民営化を促進し、社会保障を、ウオール街に、1兆ドルの素晴らしい贈りものとして引き渡してしまう。

オバマは、1000万以上の家族の抵当物差し押さえを無視し、銀行や、住宅抵当詐欺師救済を優先して、ホームレスを増やし、住環境を低下させた。

オバマは、軍事支出を増やし、海外の戦闘部隊、秘密テロ作戦や国内スパイ機関を倍増し、教育、技術的な技能向上や、輸出促進に対する生産的な投資を犠牲にして、赤字を増大させた。

アフリカ系、先住民系ベネズエラ人に対する積極的な就職口の増大と教育強化を強調しているチャベスとは異なり、オバマは、ウオール街の白人銀行家に仕えることを優先し、50%の失業した大都市のアフリカ系アメリカ人やラテン・アメリカ系アメリカ人の若者(18-25歳)を無視している。

年金と給与をインフレにリンクさせ、価格管理を施行したチャベスとは対照的に、オバマは連邦職員の給与と社会保障支払いを凍結し、過去三年間、実質所得が7パーセント減少している。

最新の米国勢調査局データ(2011年9月)によれば、オバマの下で4620万人以上のアメリカ人が貧困生活をしており、これまでで最多の人数だ。平均家計所得は、2009-2010年の間に、2.3%低下した。貧困生活をしているアメリカ人の数は、2008年の13.2%から、2010年の15.1%へと増加した。2010年には、260万人以上のアメリカ国民が、わずか一年で貧困化する中、子どものほぼ四人に一人が貧困な生活をしている。対照的に、オバマのトリクルダウン経済政策に沿って、年収100,000ドル以上の多くの裕福なアメリカ人は、ほとんど、あるいは全く影響を受けていない。ティファニー等、奢侈品小売店は売上高が15%伸びている。

国民の10%という最下層が最も損害を被り、2009-2010年の間に、収入が12.1%低下したが 一番収入の高い10%の層では、1.5%の減少だった。34のOCED加盟国中、メキシコ、チリ、イスラエル同様、アメリカは最悪の社会階層の不平等。オバマのトップ・ダウン刺激政策は、労働者と中流階級を犠牲にすることで、銀行家を救済した。

トップ・ダウン経済とボトム・アップ経済の政治的・経済的結果

オバマの“トップ・ダウン”と、チャベスの“ボトム・アップ”社会-経済政策の、政治的・経済的な結果は、あらゆる点で顕著な差がある。ベネズエラは、2011年前半、3.6%成長し、一方アメリカは、2%以下と停滞している。しかもなお悪いことに、下半期には、オバマと彼の顧問達は、アメリカが“二番底”不況、マイナス成長に向かう懸念を表している。対照的に、ベネズエラ大統領の中央銀行は、2012年の加速成長を予測している。

アメリカの失業率は9%を超えたままで、不完全雇用も加えれば、19%を超えるのに対し、ベネズエラの膨大な公共住宅およびインフラ投資は、仕事を生み出し、公式、非公式労働市場における、失業者や不完全雇用者の数を減らしている。オバマは、ウオール街銀行家や、赤字削減強硬論者に迎合し、海外での戦争と国内の治安維持機構への支出を大幅に拡大し、国庫を破産させた。対照的に、チャベスは、利益をあげている民間部門の鉱山、銀行、エネルギー会社を国有化し、軍事的緊張を緩和し、食料助成金等の社会福祉政策用の資源を増加させた。オバマの赤字削減は、教育と社会福祉分野での大量解雇をもたらしている。

チャベスの社会支出は、公立大学、小・中学校や病院の数を増大させている。オバマが住宅ローン取り扱い金融機関による強制立ち退きを無視する中で、何百万人もが家を失ったが、一方、チャベスは、百万戸の住宅建設によって、住宅不足問題の解決を開始した。

オバマは、金利の高い海外(ブラジル)債権への投機を好んで、仕事を生み出す生産的な企業には貸し損ねている民間銀行に、事実上、無利子で貸し出しをしている。チャベスは、生産的な労働集約型のインフラ計画や、農業の自給自足プロジェクトに直接投資し、下流の加工工場、精油所や製錬所を開発している。

彼が実行している、反動的なトップ・ダウン経済と、メディケア、メディケイドや社会保障等の基本的な社会福祉政策を削減するという、あからさまな脅迫の結果、オバマ支持率は、過去三年間で、80%から40%に下落し、更に低下傾向にある。しかも、彼の親ウオール街的な金融・軍国主義政策は、ブッシュとラムズフェルドの戦争とテロ作戦を深化、拡大し、アメリカの政治情勢を、更に極右の方向に進めた。2011年の最終四半期の時点では、オバマは、大統領選挙で敗北しやすいように見える。

対照的に、チャベス大統領は、社会的拡大という積極的政策と公共投資に基づいた景気回復の波に乗り、彼の支持率は、2010年3月の43%から、2011年9月7日時点での59.3%へと上昇した。アメリカが支援する野党は分断化しており、弱く、多数の労働者、建設会社や請負業者に利益をもたらす住宅とインフラ計画に対する大衆の圧倒的に前向きな受け止め方に、挑戦しかねている。

チャベスは、彼自身の健康と、官僚の腐敗と非効率といった問題が弱点だ。だが彼は、こうした問題のある分野を是正するための重要な措置を講じているとみなされている。新たな警察学校の卒業生達は、正直で、効率の良い、コミュニティーに結びついた警察活動を実現しており、パイロット計画では、凶悪犯罪を60%低下させた。官僚の腐敗と非効率を無くす努力は、まだこれからだ。

結論

チャベスとオバマの大統領職を比較すると、社会主義的で、国民に詳細な情報を知らせた上でのボトム・アップの景気回復政策の成功と、トップ・ダウン方式の資本主義的刺激策の失敗という顕著な対照となっている。民間銀行が国庫を略奪し、社会的セフティー・ネットの最後の名残を政府が脅かしており、オバマが、永続的に高水準な失業と不完全雇用を、引き下げ損ねていることに、アメリカ国民は敵意を表しているのに対し、五分の三の有権者が、大統領に積極的な“好感”を持ち、チャベスの人気は上昇している。もしチャベス政権が継続し、‘ボトム・アップ’経済刺激策政策を強化し、経済が拡張を続け、癌から回復すれば、2012年には圧倒的な勝利で再選される可能性が極めて高い。

対照的に、もしオバマが、大企業と金融界支配層にこびへつらって、社会福祉政策を削減・放棄し続ければ、彼は当然の敗北と忘却の彼方へと滑り落ち続けよう。

先進的な社会福祉政策によるベネズエラの経済回復は、アメリカ人にとって、説得力のあるメッセージだ。退行的な‘トップ・ダウン’経済政策には代替策があるのだ。それは民主社会主義と呼ばれるものであり、それを唱導しているのは、国民に向けて語るが、金持ちのために働く、ペテン師オバマとは対照的に、国民に向けて語り、国民のために働く、チャベス大統領だ。

記事原文のurl:http://petras.lahaine.org/?p=1873

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110919

9/19明治公園、さようなら原発1000万人アクション、主催者発表では6万人。警察発表で3万人。会場にたどり着くのさえ大変な、立錐の余地のない集会と大規模デモ。(パレードだそうだ。)

さようなら原発集会の前代未聞の規模は報じなくとも、「冷温停止を早めたい」というデマ発言はしっかり報じるのが、大本営広報部のお仕事。怒っても、エネルギーの無駄。

日本の経済政策も、貧乏人からむしるオバマの亜流。宗主国、属国支配層が押しつける、増税、原発推進政策の報道しかない日本では、民主社会主義的経済政策を進めているというベネズエラの実情にまつわる情報は皆無。「永久属国以外の選択肢がある」という情報自体がタブーなのだ。日本の首都東京での大規模集会・デモについて、マスコミで知ろうとすると、外国の大手新聞にたよらなければならない不思議。

昔、自民党より右翼的な、民社党という、右派労組を主力とした政党があった。民社党という名前、名ばかりで、民主社会主義とは無縁だった。

民主党税制調査会の藤井裕久会長、増税と議席削減を言い立てる。お主も悪よのう。そのまま報じる大本営広報部。政党助成金を無くせばよいだろうに。民主党、小選挙区制という筋肉増強剤による、あの党のバブルとしか見えない。

原発を推進する労働組合という存在は、不思議。そうした人々、1984年、Apple Macintosh発売にあたって流された伝説のコマーシャルで、大画面で演説する某国防長官風の独裁者の顔を呆然とみている群衆を連想する。

明治公園9/19集会、連合・電機労連の人々、多数おられたのだろうか。

先進的な社会福祉政策によるベネズエラの経済回復は、日本人にとって、説得力のあるメッセージだ。退行的な‘トップ・ダウン’経済政策には代替策があるのだ。それは民主社会主義と呼ばれるものであり、それを唱導しているのは、国民に向けて語るが、金持ちのために働く、TPP加盟派のペテン師野田とは対照的に、国民に向けて語り、国民のために働く、チャベス大統領だ。

1109192

2011年7月28日 (木)

傀儡達、反乱中: アフガニスタン、イラク、パキスタンとアメリカ合州国

Prof. James Petras

2011年7月23日

"Information Clearing House"

帝国は、帝国の支配者の命令通りに行動する現地協力者の昇格と、支援を通して、建設される。現地協力者達は自分がその地位に留まれるのは、帝国のご主人様に許容される限りにおいてであることを理解した上で、権威といううわべの象徴と、財政上のお恵みが与えられる。帝国に協力する連中は、占領された国民や植民地レジスタンス勢力からは、“傀儡”または“裏切りもの”、西欧のジャーナリストや評論家からは、“子分 ”、スポンサーや雇い主に忠実である限り、帝国の書記やら官僚からは“忠実な同盟者”と呼ばれる。

二十世紀中、傀儡支配者には、長く、不名誉な歴史がある。中米とカリブ海地域でのアメリカ侵略後、アメリカ企業や銀行にとって有利な政策を実施し、アメリカの地域支配を支援するため、一連の残忍な傀儡独裁者が権力に据えられた。ハイチのデュバリエ(父と息子) 、ドミニカ共和国のトルヒーヨ、キューバのバチスタ、ニカラグアのソモサ(父と息子)や、他の多数の独裁者達は、経済支配を苛酷に略奪しながら、帝国の軍・経済権益の保護のために役立った。

傀儡を使った支配は、大半の帝国の特徴だ。イギリスは、部族長を、収税官として支えたり、イギリス人将軍の下に仕えさせるため、セポイをかき集めるのに、インドの王族を支援したりするのに優れていた。フランスは、フランス語を話すアフリカ人エリートを育成し、ヨーロッパとアフリカにおける帝国主義戦争用砲弾の餌食要員とした。日本等の“後発”帝国国家は、満州で傀儡政権を樹立したり、ドイツは、占領下のフランスで、ヴィシー傀儡政権を、ノルウェーでは、キスリング政権を推進したりした。

植民地独立後の支配: 民族主義者と、新植民地主義傀儡

第二次世界大戦に続く、強力な民族解放運動、反植民地運動が、アフリカ、アジアと中南米における、ヨーロッパとアメリカの帝国支配に異議を申し立てた。ヨーロッパや日本における再建用の膨大な費用と、植民地戦争継続に反対する国内の大衆運動に直面して、アメリカとヨーロッパは、自分たちの経済的な財産と、軍事基地を‘政治協力者’によって維持することを狙った。そうした連中は、行政、軍事、政治上の責任を負い、公式には独立した国と、その新旧宗主国との間の新たな絆を構築した。植民地時代と、植民地独立後の政権の間の経済的・軍事的構造の連続性は、‘新植民地主義’として定義された。

外国による資金援助は、‘現地’の資源・財源を私物化するブルジョア政治家連中を生み出し、彼らを豊かにし、彼らは、帝国による資源採取を隠すものとして役立った。軍事援助や、教育訓練派遣団や奨学金留学によって、帝国こそ大事という‘世界観’と忠誠心を吹き込まれた新たな世代の軍・民官僚が育成された。新植民地主義の支配勢力の脆弱さ、彼らのわずかな支持基盤や、政治的独立に伴う社会・経済構造の実質的な変化に対する大衆の要求にかんがみて、軍-警察-行政機構が、帝国の支配者達によって、新興秩序の最善の保証人とみなされたのだ。

植民地独立後の時期は、長期的で、大規模な反植民地主義・社会革命(中国、インドシナ)、軍事クーデター(三大陸中で)、国際的内戦(朝鮮半島)や、民族主義・人民主義転換の成功(イラク、インド、インドネシア、エジプト、アルジェリア、アルゼンチン、ブラジル、ガーナ等)の動乱が続いていた。一番最後のものは、非同盟運動の基盤となった。あからさまな‘植民地入植者政権’(南アフリカ、イスラエル/パレスチナ、南ローデシア/ジンバブエ)は例外だった。帝国と現地エリートとの間の特定の勢力関係による複雑な“交際”は、非植民地化し、新たに独立した国家の収入、貿易と投資を、概して増大させた。独立は、大規模な国家介入と混合経済に基づく内部力学を生み出した。

過激な民族主義者や社会主義者の蜂起という植民地独立後の時期は、三大陸の大半で、十年と続かなかった。1970年代末までに、帝国が支援したクーデターが、コンゴ、アルジェリア、インドネシア、アルゼンチン、ブラジル、チリや、他の無数の国々で、民族主義的・人民主義的、社会主義政権を打倒した。旧ポルトガル植民地、アンゴラ、モザンビーク、ギニア・ビサウなどの新たに独立した急進的政権や、アフガニスタン、イラク、シリアや中南米の民族主義者政権や、運動は、ソビエト社会主義共和国連邦の崩壊と、中国の資本主義転向によって大幅に弱体化した。アメリカは、軍事上、経済上の対抗勢力無しの、唯一の‘超大国’のように見えた。アメリカとヨーロッパの軍事・経済帝国建設者連中は、天然資源を搾取し、何千もの公企業を収用し、軍事基地のネットワークを構築し、帝国支配を拡張するための新たな傭兵軍を徴募する好機を見いだした。

新たな米帝国がとるであろう姿について疑問がわき起こる。つまり、残った民族主義の支配者達を追放する手段だ。同様に重要なのは、ソ連崩壊と中国/インドシナが、資本主義に転向したことで、植民地独立後の帝国建設という強力な推力を正当化するのに、いかなるイデオロギー、あるいは‘議論’が、役に立つのかということだ。

ワシントンの新世界秩序: 植民地主義復興と現代の操り人形製作

国家独立闘争(1945-1970年代)時代の敗北からの、西洋帝国主義の回復には、新帝国秩序の大規模な再建が含まれる。ソ連の崩壊後、東欧を帝国の衛星国として組み込み、その後に起きた、過激な民族主義者(アンゴラ、モザンビーク等)の、資源・財源を私物化できる自由市場への転向により、争う者のない一方的な軍事力の投射に基づく、無限の優勢というホワイト・ハウスの考え方に、強力な推力が与えられた。

アフリカ、東欧、中南米や、アジアの広い地域における日の出の勢いネオリベ支配者による1980年から、2000年までの‘自由市場イデオロギー’の広がりは、前代未聞の略奪、民営化(ほとんど同じことだ)と、富の集中への扉を開いた。略奪と一極軍事力集中に呼応して、超軍国主義的集団、イスラエルの植民地支配心情が深く染み込んだいわゆるネオコン・イデオローグが、ヨーロッパという権力世界、特にイギリスにおいて強大な影響力を持ちながら、ワシントンの戦略的な意思決定をする立場に入り込んだ。

歴史は逆転した。1990年代は、イラクとユーゴスラビアに対してしかけられた植民地スタイルの戦争で始まり、国家崩壊と、(北部イラク)‘クルディスタン’、コソヴォ、モンテネグロとマケドニア(旧ユーゴスラビア)への傀儡政権の押しつけで終わった。軍事的な成功、迅速で安上がりの勝利は、帝国建設は未来の不可避な波だというネオコンとネオリベ・イデオローグの信仰を、立証し、堅固にした。新たな軍主動型の帝国を達成するための財政的、人的資源を動員するには、適当な政治的なきっかけさえあれば良かったのだ。

2001年9月11日の出来事が、植民地征服の順次的な戦争を始めるために、徹底的に利用された。“全世界対テロ十字軍”の名において、一連の植民地戦争を正当化するために計画が立てられ、膨大な予算が割り当てられ、マスコミ・プロパガンダ作戦が開始された。

新帝国秩序は、アフガニスタン侵略(2001)と、(9/11とは全く無関係な)タリバン・イスラム教-民族主義者政権の打倒で始まった。アフガニスタンは、アメリカ、NATO傭兵軍によって占領はされたが、征服はされなかった。アメリカのイラク侵略・占領により、イスラム教徒、民族主義者、労働組合 反植民地勢力の再編が行われ、長引く武力、非暴力レジスタンス運動がひき起こされた。

既存のイラク民政、警察、軍機構内部での、民族主義と反ユダヤ主義の広範な影響ゆえに、ワシントンのネオコン・イデオローグ達は、国家の全面的解体を選択した。宗派指導者、現地の部族長、外国請負業者や、信頼できる亡命政治家を、‘大統領あるいは‘首相’という植民地化された国家に対する、隠蔽装置として、任命し‘承認’することで、植民地国家を改造しようと彼らは試みたのだ。

パキスタンは、傀儡政権を樹立するため、大規模軍事援助、賄賂と腐敗を結びつけた軍事介入と政治操作という帝国進出の特例だ。この傀儡政権は、米戦闘機や(“無人機”と有人機)、特別奇襲隊作戦や、何百万人ものパキスタン‘部族’民を強制退去させた、アメリカの対反乱作戦のための、パキスタン軍大規模動員による、持続的な主権侵害を認可した。

傀儡政権の責務

アメリカとEUのプロパガンダとは逆に、イラクとアフガニスタンの侵略と占領と、パキスタンでの軍事介入は、ずっと不評のままだ。彼らは、積極的、消極的に、圧倒的大多数の国民によって、反抗され続けている。武器の力で押しつけられた植民地の民政官僚が、国を運営しようと努力を始めるやいなや、受け身の大衆的レジスタンスや、散発的な武装レジスタンスが出現した。植民地官僚は、あるがままの存在として認識されている。異質の、搾取的な存在だ。国庫は略奪され、経済全体が麻痺し、基本的公共事業(上水、電気、下水、等々)機能せず、何百万人もの人々が追い出された。戦争と占領は、植民地時代以前の社会を根本的に破壊したために、植民地官僚は、代替物を生み出すべく、四苦八苦した。

何十億も支出した結果、統治を行える行政事務組織を生み出し損ねたのだ。植民地支配者は、技術的、あるいは、行政経験のある熱心な協力者を見つけ出す上で深刻な問題を抱えていた。進んで仕えようとする連中は、わずかばかりの大衆の支持すら欠落していた。

植民地征服・占領では、最終的に、資金援助を得た上で、植民地支配当局に従属する、協力者達による政権を打ち立てることにした。帝国の戦略家達は、連中が‘正統’性と、占領交渉用の政治的なそとづらになってくれるだろうと期待した。協力に対する餌として、民族主義のレジスタンス戦士達による政治暗殺のリスクを埋め合わせるべく、何十億ドルもが、植民地化された国家機構(まやかしの‘再建’プロジェクトで、容易に略奪可能だ)に注ぎこまれた。政権の頂点は、占領国民に対する帝国の支配を維持する上で、その忠誠、奴隷根性と、意欲の点で、CIAからお墨付きを与えられた傀儡支配者だ。連中は、公共企業を民営化しろというワシントンの要求に従い、ペンタゴンが、植民地司令部支配下の傭兵軍を採用するのを手伝った。

ハミド・カルザイは、単に、彼の一家と麻薬密売業者とのつながりと、帝国から食い扶持を得ている軍閥や長老連中との相性だけの理由から、アフガニスタンの傀儡支配者として選ばれた。彼の孤立は、大統領の護衛さえも、アメリカ海兵隊によるものだという事実で、浮き彫りになる。イラクでは、米国の植民地支配幹部は、ホワイト・ハウスと、CIAと相談し、米占領軍を攻撃した容疑のレジスタンス戦士の拷問に、熱心に“実践”従事したことを元にして、ヌリ・アル・マリキを“首相”として選んだのだ。

パキスタンでは、有罪を宣告された逃走中の重罪犯ながら、アメリカの支援を受けた、アースィフ・アリー・ザルダリが、大統領だ。アフガニスタン国境パキスタン側での、米国による大規模な、長期間の航空・地上作戦を承認し、彼は再三協調精神を発揮した。ザルダリは、パキスタン国庫を空にし、アフガニスタンのレジスタンスに共感を持っている辺境地帯の居留区を襲撃し、強制退去させるべく、何百万人もの兵士を動員した。

実戦に参加する傀儡達: 帝国への従属と、大衆からの遊離の間

三つの傀儡政権は、連中が支配する、植民地化したこれらの国々の国民に対する帝国の攻撃を隠蔽する手段になっている。ヌリ・アル・マリキは、過去5年間にわたり、米国占領を正当化しただけでなく、何千人もの反植民地活動家やレジスタンス戦士の暗殺と拷問を積極的に推進した。彼は何十億ドルもの、石油とガスの採掘特権を外国の石油会社に売り渡した。彼は、何十億ドルもの石油収入と、米国の外国援助(アメリカの納税者達から搾り取った)を巡る盗みを主宰した(‘行方不明’または“説明不能”というものだ)。米海兵隊の護衛無しでは、滅多に大統領官邸から出ようとしないハミド・カルザイは、一族郎党を通す以外は、形だけの支持を得ることにさえ役立たずだ。彼の主な支柱は、CIAが保証した護衛隊長によって殺害された、麻薬・軍閥である、弟のアフメド・ワリ・カルザイだった。カルザイの国内的支持は極端にわずかで、彼の主な役割は、国外の資金提供者との会合出席、新聞発表と、毎回の米軍増強(“増派”)の形式的承認などだ。多数の民間人死傷者をもたらした特殊暗殺部隊と無人戦闘機の活用が増大したことで、アフガニスタン人は一層怒っている。名目だけ、カルザイ支配下にある民政・軍機構全体に、疑いなくタリバンや他の民族主義者集団が浸透しており、米軍や、CIAから給与を得ている軍閥や麻薬密売業者に、彼は完全に依存している。

パキスタンにおける傀儡アースィフ・アリ・ザルダリは、軍や諜報機関部門からの強い反対や、85%もの国民的反米感情にもかかわらず、パキスタンを、北東地域のイスラム教地域社会に対する一連の持続的な大規模軍事攻撃へと突入させ、400万人以上の難民を生み出した。タリバンの聖域や、タリバンに対する武装したパキスタン人同盟者に対する戦争をエスカレートしろというホワイト・ハウスの命令の下、ザルダリは‘民族主義的’政治家としてのあらゆる信頼を失った。‘こっそり’アメリカのひどい主権侵害を認め、地方のイスラム教過激派に対する残虐な作戦のために、米特殊部隊がパキスタン基地から出撃することを許し、彼は民族主義者の忠誠心を激怒させた。村の民間人や道路や市場に対するアメリカ無人機による日々の爆撃によって、彼が、傀儡という立場にあるという、全国的な同意ができている。傀儡支配者達は、外部向けプロパガンダ用の便利な外面としては機能しても、帝国による非戦闘員の虐殺が増大する中の従属ゆえに、国内的な、連中の有効性はゼロに低減している。傀儡を“仲間”あるいは“権限分担者”として描く、当初の帝国のプロパガンダ策略は、傀儡支配者には、帝国の悪弊を正すことができないことが明白となった今、信用を失っている。これは特に、まん延する人権侵害と経済破壊にあてはまる。海外援助は、腐敗し、基本サービスに無能な政権に広くはびこるたかりを育てるものと、一般に受け止められている。

国内でのレジスタンスが高まり、十年もの戦争と占領を継続しようという帝国諸国の‘意思’が弱まるにつれ、傀儡支配者達は、少なくとも形だけでも‘独立’の意図を示さざるをえないという強い圧力を感じている。人類に対する甚だしい占領犯罪を巡る大衆の怒りの大合唱に合わせようとて、傀儡は人形つかいに“口答え’をし始めた。植民地占領は、枯渇した国庫からの週に十億ドルの支出という重みの下、沈下し始めた。形ばかりの軍撤退は、きわめて疑わしい‘現地’傭兵軍の重要性と、それへの依存の前兆であり、傀儡連中は、仕事や生活が失われるのを益々恐れるようになっている。

傀儡支配者達は、レジスタンス勢力と取引する可能性をさぐるべき時期を考え始めている。民間人殺害に対する大衆の怒りを表明すべき時期なのだ。何ら重大なことではなく、軍隊の撤退をこそ讃える時期だ。帝国の近衛兵による保護を放棄することは無く、まして最新の海外援助を辞退するなど‘とんでもないことだ’。アリ・ザルダリが、アメリカ軍侵入や、ビン・ラディン殺害を批判する好機だ。アル・マリキが、アメリカに、イラク米軍隊撤退を“履行する”よう要求するべき時期だ。カルザイが、一番抵抗の少ない州(バーミヤン)を、アフガニスタン軍が引き継ぐのを歓迎する時期だ。傀儡は、人形つかいに対して、ある種の‘反乱’をしているのだろうか? ワシントンは、どうやら困っているようだ。より大規模な軍と諜報組織の協力に向けた、8億ドルの対パキスタン援助が、イスラム教レジスタンス戦士の捜索で、地方や都市を懲らしめるため、棚上げ状態だ。カルザイの弟や、傀儡政権におべっかを使う上で重要な手先である最高政治顧問ジャン・モハンマド・カーンのタリバンによる暗殺は、傀儡支配者による、時折の批判的、感情的な叫びが、全国を網羅し、新たな軍事攻勢を準備しているタリバン“影の政府”とは共鳴していないことを示唆している。

傀儡の‘反乱’は、植民地の宗主国に影響することも、植民地支配に反対する大衆を惹きつけることもない。彼らの行為は、米国による植民地主義復興の企みが終焉した印だ。従順な国民大衆に対して投影した見せかけだけの傀儡によって、アメリカ軍勢力は、イスラム世界を、侵略、占領、支配できるという、ネオコンとネオリベ・イデオロギー擁護者達の熱心な信仰幻想の終わりを告げているのだ。イスラエルという植民地の見本、不毛な海岸線の狭い地域は、独立したイスラム教国家と世俗国家の大海中に浮かぶ異形のままだ。イスラエルの相対的な強化を、戦争、占領によって再現しようという、アメリカのイスラエル擁護者連中による企みにもかかわらず、それどころか、傀儡政権はアメリカの破産と、植民地国家の崩壊をもたらそうとしている。傀儡は逃げ出そうとしている。軍は退却中だ。旗は降ろされ、長引く内戦の時代が待っている。民主的な社会革命が、傀儡と人形使いに置き換わることができるだろうか? アメリカ合州国では、右翼過激派連中が最高職責に侵入し、永遠にではないことを願うが、当面は主導権を掌握している、深く、更に悪化しつつある危機の時代に、我々は生きている。海外における植民地戦争は終わりに近づいているが、アメリカ内乱が差し迫っているのだろうか?

ジェームズ・ペトラスは、アメリカ、ニューヨーク州、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校、社会学の名誉教授、カナダ、ノヴァスコシア州、ハリファックス、セント・メリー大学非常勤教授で、中南米と中東の政治問題に関して、多数の論文を書いている。ペトラスは、学士号を、ボストン大学で、博士号を、カリフォルニア大学、バークレー校で得ている。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article28672.htm

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ジェームズ・ペトラス著書『「帝国アメリカ」の真の支配者は誰か』高尾菜つこ訳 三交社刊、第5章 帝国主義体制 ヒエラルキー・ネットワーク・従属国、上記記事とつながっている。

同書75ページ、日本に触れた部分を引用しておく。(郵政破壊をしたあの首相、典型的傀儡としか思えず、このペトラス氏の意見には同意できない。「アフガニスタン・イラク・パキスタン・日本」とあれば!)

頂上に君臨している米国、EU(それ自体が高度に階層化されている)、そして、日本は、米国の主導により、「追随的帝国主義国家」(主に地域的覇権国)や、しばしば彼らの代理軍としての役目を果たす従属国のネットワークを確立している。

中国新幹線事故で、事故の真相を隠蔽しようとしている中国のやりくちを、ワイドショー番組が笑い物にしていた。追突した列車を刻んで埋めたのは証拠隠滅だと非難している。それはその通りだろう。

911の際、驚くべき速さでビル残骸は解体され、証拠として残すべき残骸、再利用か何かの口実で、完全に消滅してしまった。

当時「アメリカ当局が残骸を片づけたのは証拠隠滅だ」と非難した日本マスコミ、記憶にない。

日本のマスコミには政府批判の自由は十分にある。自国と宗主国以外の政府なら。

中国の列車事故を報じるな、と言うわけではない。他国の大事故をあげつらう前に、遥かに深刻な自国の大災害の本質を、今後もおきる可能性がきわめて高い原発災害の根本対策を、論じるべきだと思うだけのこと。情報を隠し続けている政府、経産省、東電、福島県知事、宮城県知事を、ワイドショー番組は決して追求しない。

牛肉のみならず、豚、にわとり、卵、牛乳、水、米、麦、魚、日本の食糧の汚染実態を追求してくれているだろうか?人々の体内被曝の真実を調査しているだろうか。

いつか、ワイドショー番組、そういう報道をするようになるだろうか?

宗主国の違法な侵略戦争に進んで賛成する首相を支持し、侵略継続を推進する同盟を支持し、侵略基地を受けいれている従順な国民の国に、そういう時期が、くるだろうか?

目を疑うような記事を見た。

「日本ブランド」再構築へ=海外風評被害で政府対策会議

政府は26日、東日本大震災や福島第1原発事故に伴う海外での風評被害を払拭するため、関係府省などでつくる連絡会議を設置し、首相官邸で初会合を開いた。政府を挙げて安全性をアピールし、「日本ブランド」の再構築を目指すのが狙い。

東日本大震災や福島第1原発事故に伴う海外での評判低下は、今後延々と続く。観光客も留学生も激減するだろう。住んでいる日本人自身逃げ出したい国に、わざわざお金を払って、やってこられる奇特な方、多くはおられまい。冒険か研究が目的でない限り。

牛肉や椎茸、決して風評被害ではなかろう。セリ見学を再開したマグロとて、どうなるかわからない。

「日本ブランド」を破壊している犯人集団、政府、官庁、大企業、マスコミ、御用学者が何人集まろうと、広告会社がどんな企画をたてようと、フクシマ大惨事を本当に解決しない限り、「日本ブランド」再構築は不可能。殺人犯が安心・安全日本にようこそ、とコマーシャルしても、真に受ける人はまれだろう。「汚染不沈空母・監獄日本にようこそ!」ならわかる。民主党にも自民党にも、カルザイ、ザルダリ、アル・マリキのような御仁、棄てるほどおられる。

真実を隠蔽する経産省、東電、政治家(民主・自民・公明)、マスコミ等の原発マフィアが、万が一崩壊すれば、「日本ブランド」再構築、ある程度進むかも知れない。

傀儡国家に、それを望むのは無理。想像されるのは、牛肉に留まらない、穀物、果物、水、あらゆるものの汚染ゆえ、「TPP参加による日本の完全傀儡化、やむなし」というシナリオ。TPP参加で震災復興促進を 日米経済協議会が共同声明 MSN産経 2011.7.29

TPP、農産物に限らず、日本の構造そのものの完全属国化をはかる仕組み。岩上安身氏の「2011/07/14ジェーン・ケルシー教授インタビュー」でも、その概要はわかる。

何もせずとも20万年先なら確実に再構築可能。ただし、「傀儡日本ブランド」

お客様、それまで、いてくださるだろうか?

2009年8月31日 (月)

アメリカの対イラク戦争-文明の破壊

James Petras

2009年8月21日

"Information Clearing House"

アメリカの7年間にわたるイラク戦争と占領は、幾つかの主要な政治勢力によって、動かされており、様々な帝国主義的権益に基づいている。とはいえ、こうした権益は、それ自体で、今継続中の、社会全体の、大規模で、継続的な破壊と、永久的な戦争状態への下降の、底なしの淵や、規模を物語りはしない。開戦と、それに続くアメリカ占領に貢献した一連の政治勢力には、以下のものが含まれる(重要度の順):

最も重要な政治勢力は、また、最も公に語られることの少ないものだ。それは、シオニスト権力構造(ZPC)で、それは、長年の、強硬派、ブッシュ・ペンタゴンのトップ役職に任命された無条件のイスラエル国家・ユダヤ支持者達(ダグラス・フェイスとポール・ウォルフォウィッツ )、副大統領オフィスの主要工作員(アーヴィング(スクーター)・リビー)、財務省(スチュアート・リービー)、国家安全保障会議 (エリオット・エイブラムズ) そして、コンサルタントの一団、大統領スピーチライター(デーヴィッド・フラム)、国務省の二級幹部や政策顧問の、大きな役割を含んでいる。こうした熱心なシオニスト‘インサイダー達’は全米主要ユダヤ人団体代表者会議(CPMAJO)を組織した、51の主要なアメリカ内ユダヤ人団体の、何千人ものイスラエル第一主義専業職員によって支えられている。彼等は、自分たちの最優先事項は、イスラエルの目標を推し進めることだと、あからさまに述べており、この場合、サダム・フセインを打倒し、イラクを占領し、イラクを物理的に分割し、軍事的、産業的能力を破壊し、親イスラエル/親米傀儡政権を押しつけるための、アメリカによる対イラク戦争だ。極右のイスラエル首相ベンヤミン・ナタニエフや‘リベラルな’外交問題評議会名誉理事長で、軍国主義者-シオニストであるレスリー・ゲルブらが唱導するとおりに、もしイラクが、民族浄化され、分割されれば、複数の‘属国政権’が作られるだろう。

戦争を推進した、シオニスト為政者達は、最初、実際、イラク文明丸ごとの計画的破壊という政策を、直接遂行しようとしてはいなかった。だが、占領政策に対する、彼等の支持と計画には、イラク国家機構の徹底的な破壊や、尋問手法や、民間人レジスタンスや対テロ弾圧に関する‘専門的知識’を提供するイスラエル人顧問の採用が含まれていた。イスラエルがパレスチナで修得した、イスラエルの専門的知識は、イラク内の宗教的、民族的対立を醸成する上で、確実に重要な役割を演じていた。植民地戦争と占領のイスラエル‘モデル’、つまり、1982年のレバノン侵略や、宗派的、人種-宗教的差異を利用した‘全面破壊’の手口は、イスラエルの軍事監視の下で起きた、ベイルートのサブラとシャティラ難民キャンプでの悪名高い虐殺で明らかだった。

イラク戦争の背後にいた二番目に強い政治勢力は、中東における、アラブ反植民地主義武装反抗勢力の、強力で、非宗教的、民族主義的な支援者を抹殺することにより、ペルシャ湾におけるアメリカ帝国の勢力圏を拡大し、地政学的な立場を強化しようと、目論む文民の軍国主義者(ドナルド・ラムズフェルドやチェイニー副大統領のような)だ。文民の軍国主義者は、アメリカ軍事基地によって、ロシア包囲を強化し、中国に対する政治圧力の対象として、イラクの油田を巡る支配の確保を狙っている。文民軍国主義者達は、チェイニー副大統領が石油産業に持っていた過去の絆には、さほど影響は受けず、それよりも、全世界への軍事基地拡張によって、アメリカ帝国を強化しつつある、ハリバートンの巨大軍事基地請負業者下請け業者ケロッグ-ブラウン・アンド・ルートのCEOという彼の役割に、興味をもっていた。ヨーロッパやアジアの競争相手に座を奪われることを危惧していたアメリカの大手石油会社は、既にサダム・フセインとの取引に熱心で、石油業界のブッシュ支持者の中には、既に、禁輸されているイラク政権と、違法な貿易をしているものすらあった。石油産業は、戦争によって、地域の不安定化を促進するつもりはなかった。

征服と占領という軍国主義戦略は、植民地軍事顧問や、戦闘部隊の大規模で、持続的な代表団を伴った、戦略的軍事基地の形で、長期的な植民地への軍事駐留を確立するよう設計されている。強い民族主義の歴史と、高度なインフラストラクチャーを持ち、高度な軍隊と警察機構、広範囲に及ぶ公共サービスや、広範な識字の、独立した、非宗教的国家の、残酷な植民地占領は、当然、様々な過激武装反占領運動の発展をもたらす。これに対し、アメリカの植民地幹部、CIAと国防情報局は、‘分割して統治する’戦略(元‘紛争地域’大使で、アメリカ国家情報長官ジョン・ネグロポンテにゆかりのある、いわゆる‘エルサルバドル式解決法’)を立案した。武装した宗派に基づく紛争を醸成し、統一された民族主義者による反帝国主義運動のあらゆる努力を弱体化させるため、異教徒間における暗殺の促進だ。非宗教的な民間の官僚機構と、軍隊の解体は、ブッシュ政権の内部のシオニストによって、この地域におけるイスラエルの権力を強化するために計画され、崩壊させられたサダム・フセインのバース党政権によって、抑圧されていた、過激派イスラム教集団の勃興が奨励された。イスラエルは、この戦略を早くから修得していたのだ。もともと、イスラエルが、非宗教的なパレスチナ解放機構の代替として、ハマースのようなイスラム教過激派宗派集団に資金援助を与えて、パレスチナ人間での宗派戦争の舞台をしつらえたのだ。

アメリカの植民地政策の結果は、様々な内部抗争に、資金援助をし、拡大させることで、ムッラー(宗教的指導者)、部族指導者、政治ギャング、部族軍司令官、国外居住者や、暗殺部隊は急増した。‘全員による、全員に対する戦争’は、アメリカ占領軍の権益に役立った。イラクは、そこから新たな傭兵を採用できる、武装した失業中の若者達のプールと化した。‘内戦’や‘民族抗争’は、アメリカと、そのイラク人傀儡にとって、何十万人もの兵士、警官や、前政権の職員達(特に、彼等がスンナ派や、異なる宗教間で結婚していたり、非宗教的な家族であったりする場合)を解雇し、民間人雇用の基盤をむしばむ口実として役立った。一般的な‘対テロ戦争’を装って、アメリカ軍特殊部隊とCIAが指揮する暗殺部隊が、傀儡政権を批判していると疑われたあらゆる人物を対象に、特に、まさに、独立した非宗教的な共和国を再建する能力がもっともあるイラク人たる、教養ある専門職階級に、イラク人市民社会中に、テロを拡げたのだ。

イラク戦争は、イスラエルと強いつながりを持った、ネオコンと、ネオリベ理論家の強力者集団によって動かされている。彼等は、イラク戦争の成功を(成功という言葉で、彼等は、この国の完璧な解体を意図している)中東を‘再植民地化’するための(彼等の言葉では“地図を書き換える”)ための一連の戦争における、最初の‘ドミノ’と見なしていたのだ。彼等は、自分たちの帝国主義イデオロギーを、中東において‘デモクラシーを推進する’などという付け焼き刃の論理で偽装していた(もちろん、支配下に置いたパレスチナ人を巡る、自らの‘祖国’イスラエルによる非民主的な政策は除く)。イスラエルの地域における覇権の野望を、アメリカの帝国権益と結合させ、ネオコンと、そのネオリベ仲間、民主党内部の支持者達は、対アフガニスタン・パキスタン戦争のエスカレーションに対し、最初はブッシュ大統領を、後にオバマ大統領を支持している。レバノンに対するイスラエルの’野蛮な爆撃作戦、ガザに閉じ込められた何千人もの民間人への陸上と、空爆と、虐殺、シリア施設への爆撃、(イスラエルの)先制的、全面的対イラン軍事攻撃に対する強い後押しを、連中は満場一致で支持してきた。

中東や南アジアにおける、連続的な、複数の同時戦争を支持するアメリカ人達は、自分たちの大量破壊戦力の全力を発揮できるのは、最初の犠牲者、イラクの完全支配を確保した後のことだと信じていた。アメリカと国連によって、この国に課された、13年間という残酷な飢餓的経済制裁の後では、イラク人レジスタンスは、急速に崩壊するだろうと、彼等は確信していた。アメリカ人為政者は、植民地支配を強化するため、全ての独立したイラク人民間人の反体制派を、永遠に沈黙させようと決意していた。市民社会運動指導者の、選択的暗殺を実行するため、彼等は、シーア派聖職者や、スンナ派の暗殺者への資金供与に向かい、クルド人のペシュメルガ部族軍司令官達の何千人もの民間傭兵と契約した。

アメリカは、ほぼ全てが、シーア派武装集団から構成される、総員200,000人のイラク植民地傀儡軍を生み出し、訓練したが、宗教的でなかったり、スンナ派や、キリスト教の背景をもっていたりする、経験豊かなイラク軍兵士を排除した。アメリカが訓練し、資金援助をした暗殺部隊と、その傀儡‘イラク’軍強化の、ほとんど知られていない結果が、その教会が爆撃され、指導者達や司教や知識人、学者や科学者が、暗殺されるか、亡命を余儀なくされ、強制移動させられてしまった、古代からのイラク人キリスト教徒の、事実上の破壊だ。非宗教的な、民族主義、反イギリス/反君主制主義者運動の歴史的な発展の上で、イラク人キリスト教徒が、主要な役割を演じていたことを、アメリカと、そのイスラエル人顧問達が、十分にわきまえていたことと、アメリカ占領後の最初の一年間における、影響力が大きい勢力である彼等の抹殺は、偶然ではない。このアメリカ政策の結果は、大半の、非宗教的で、民主的、反帝国主義の指導者達や運動を抹殺し、自分たちの‘民族的-宗派的’協力者の殺人ネットワークを、イラクにおける長期的なアメリカの植民地駐留を維持する上での、競合相手のいない‘パートナー’として提示するということなのだ。自分の傀儡を権力に付けておけば、イラクは、他の‘ドミノ’(シリア、イラン、中央アジアの共和国…)を戦略的に追求するための出発点として使えるのだ。

アメリカ占領下イラクでの、血なまぐさい粛清の継続によって、2003年3月にブッシュが侵略して以来、最初の7年間で、130万人のイラク人一般市民が殺害された。2009年中頃までに、イラク侵略と占領は、公式には、アメリカ財務省の6660億ドル以上の支出となっている。この莫大な支出は、アメリカの大規模な属国支配戦略における、中東全体/南および中央アジア地域に対する、その重要性を証明している。民族的-宗教的差異を、政治問題化させ、軍事化させ、武装させ、ライバルの部族、宗派、民族指導者達が、お互いの殺りくに携わることを奨励するワシントンの政策は、国家的統一と、レジスタンスの破壊に役立った。‘分割して統治する’戦術と、退化した社会、宗教団体への依存というのは、統一した、高度な民族主義国家を征服することを目指すための、ありふれた、最も良く知られた手法なのだ。国民国家の解体や、民族主義者の自覚の破壊や、粗野な民族的-宗派的、封建的、地域的忠誠心を奨励するには、民族主義者的な自覚、歴史的記憶や、非宗教的な科学的な思考の主要な提供者を、組織的に破壊することが必要だった。民族的-宗教的憎悪をひき起こし、異なる宗徒間の結婚や、様々な人々が混成する共同体や、多様な背景の中で、長年にわたる個人的な友情や、専門家同士の絆がある機構を破壊した。学者、作家、教師、知識人、科学者や専門家、特に医師、エンジニア、弁護士、裁判官や、ジャーナリストの物理的な抹殺は、植民地占領の下で、民族的-宗教的支配を押しつける上で、決定的に重要だった。長期的な支配を確立し、民族的-宗教的な属国支配者を確保し、前から存在し、独立した非宗教的国民国家を維持してきた文化体系が丸ごと、アメリカと、そのイラク人傀儡によって、物理的に破壊された。この破壊は、図書館、国勢調査局、あらゆる財産や裁判歴の保存場所、保健所、研究所、学校、文化センター、医療施設、そして、なによりも科学-文学-人文科学の、専門家という社会的科学者階級全体を対象にしていた。何十万人ものイラク人専門家や家族が、テロにより、国内、海外への難民化を強いられた。国立の、非宗教的、科学・教育機関への全ての資金援助が停止された。暗殺部隊は、多少とも反対派、多少とも民族主義的な意見の持ち主と疑われる何千人もの学者や、専門家の組織的殺害に、携わった。共和国を再建する能力が多少ともある全ての人々が狙われたのだ。

現代アラブ文明の破壊

独立した、世俗イラクには、サダム・フセインの警察国家という抑圧的状態にもかかわらず、アラブ世界で、最も進んだ科学-文化秩序があった。前例のない水準の男女同権と結びついた、国家による医療制度、 普遍的な公教育と、鷹揚な福祉サービスがあった。これは、二十世紀後半におけるイラク文明の先進的な特質だった。教会と国家の分離や、宗教的少数派(キリスト教徒、アッシリア人や他の人々)の厳格な保護は、アメリカ占領と、アメリカによるイラク民間、政府機構の破壊から生み出されたものと、鋭い対照をなしている。サダム・フセインの過酷な独裁的支配は、高度な科学的研究が、強烈な民族主義、反帝国主義というアイデンティティーと、手を携えて進んでいる、大いに発展した現代文明を、統轄していたのだ。これは、特に、イスラエル支配と占領下におけるパレスチナ人の苦境に対する、イラク国民と政権の団結表現となって現れていた。

単なる‘体制変革’だけでは、イラクにおける、この深く根付いた、高度な世俗的共和主義文化は根絶できない。アメリカの戦争計画者達や、イスラエル人顧問達は、非宗教的な国家を破壊しない限りは、植民地占領が、イラク人民族主義者の自覚を高めるだろうことを十分に理解しており、それゆえに、帝国の要求として、学識があり、有能な、科学、実際、イラク人社会で最も非宗教的な部分の人々を、物理的に抹殺することで、民族主義的自覚を持った人々を、根絶し、破壊したのだ。退化は、アメリカにとって、最も洗練された民族主義的な社会階層を剥奪され、文化的に粛清されたバグダッドに、原始的で、‘国家以前の’忠誠心を持った植民地傀儡を権力の座に、無理やり据えるための、主な手段となった。

カイロのアル-アハラム研究センターによると、アメリカ占領後、最初の18ヶ月間に、310人以上のイラク人科学者が抹殺された。この数値は、イラク文部省も否定していない。

別の報告では、2005年から2007年までの間に、340人以上の知識人や科学者の殺害があげられていた。高等教育施設の爆撃は、在籍者数を、侵略前の数値の30%に押し下げた。2007年1月のバグダッドのムスタンシリヤ大学に対する一度の爆撃で、70人の学生が殺害され、何百人もが負傷した。これらの数値によって、UNESCOは、イラクの大学制度が、崩壊の瀬戸際にあると警告せざるを得なくなった。国外に亡命した著名なイラク人科学者や教授の人数は、20,000人に近づいた。2003年以後、亡命した6,700人のイラク人大学教授のうち、2008年10月までに帰国した人々は、わずか150人だと、ロサンゼルス・タイムズは報じている。治安は向上したというアメリカの主張にもかかわらず、イラクで二番目の大都市バスラで開業していた唯一の神経外科医が殺害され、遺体が街路に捨てられたものを含め、無数の暗殺があるというのが、2008年の状況だ。

アメリカと多国籍占領軍や民兵や、彼等が支配する闇の勢力によって暗殺されたイラク人学者、科学者や専門家に関する元データは、パキスタン・デイリー・ニューズ(www.daily.pk)が2008年11月26日に発表したリストから得た。このリストは、アメリカ占領という非情な制度下における、イラク知識人の計画的抹殺という現実に対する、非常に不快な解釈を提示している。

暗殺

暗殺による個人の肉体的抹殺は、テロの極端な形であり、その個人が所属する共同体中、この場合には、イラク知識人、学者、専門家や、芸術や科学分野の創造的な指導者達の世界に、さざ波を立てるという、広範囲の影響力を持っている。殺害された一人のイラク人知識人に対し、何千人もの学識あるイラク人が、より安全で、危険性がより少ない仕事を求め、国を捨てたり、仕事を捨てたりしているのだ。

バグダッドは、文化、芸術、科学、教育の点で、アラブ世界の‘パリ’と見なされていた。1970年代と80年代、イラクの大学は、アラブ世界で羨望のまとだった。バグダッドに雨あられのごとく爆弾を降り注いだアメリカの‘衝撃と畏怖’作戦は、ルーブルや、ソルボンヌや、ヨーロッパの偉大な図書館の空爆と似たような、感情をひき起こした。バグダッド大学は、アラブ世界でも、最も権威ある、生産的な大学だった。学者達の多くは、博士号を持ち、海外の一流の大学で、博士課程研究の経験者だ。同大学は、中東最高の専門家や科学者の多くを、教え、輩出した。2003年3月侵略前、13年間にわたって、イラクを飢えさせた、アメリカと国連が課した経済制裁という致命的な締めつけの下でさえ、何千人もの大学院生や若い専門家が、大学院の研修のため、イラクにやって来ていた。アラブ世界中の若い医師たちは、イラクの教育施設で、高度な医学教育を受けていた。学者の多くは、主要な国際会議で科学論文を発表し、一流雑誌に論文を書いていた。最も重要なことは、バグダッド大学は、あらゆる民族や宗教的背景を持った学者達によって、宗派的差別がない、大いに尊敬される、科学的な非宗教文化を教育し、維持していたのだ。

この世界は、永遠に壊滅させられた。アメリカ占領の下、2008年11月までに、バグダッド大学で教えていた、83人の学者と研究者が殺害され、彼らの同僚や学生や家族の数千人が、逃亡を強いられたのだ。

学問分野別の暗殺対象学者選別

2008年11月、パキスタン・デイリー・ニューズが報じた記事には、バグダッドに在住するそれぞれの分野で著名で、殺害された最高の学者、合計154人の名前が列記されていた。イラク最高の大学で教鞭をとっていた合計281人の有名な知識人が、アメリカ占領下で、‘暗殺部隊’の犠牲になったのだ。

アメリカ占領前には、バグダッド大学は、第一級の研究・教育医学部を擁し、高度な教育で、全中東から、何百人もの若い医師を惹きつけていた。アメリカの暗殺部隊体制が勃興していた間に、このプログラムは、徹底的に破壊され、回復の見込みはほとんどない。殺害された人々のうち、25% (21)は、バグダッド大学医学部の最古参教授と講師達で、あらゆる学部の中で、最高の比率だ。教授陣の殺害が、二番目に高い比率なのは、バグダッド大学の有名な工学部の教授と研究者で(12)、その次は、人文科学のトップ学者(10)、物理、社会科学(8人の古参学者)、教育学部(5)だ。バグダッド大学において殺害された他のトップ学者、農学、経営、体育、通信や、宗教学部にまで及ぶ。

バグダッドの他の三大学で、社会科学の10人、法学部の7人、医学部と人文科学部でそれぞれ6、物理学で9人、そして工学部で5人を含み、53人の古参学者が虐殺された。2002年8月20日、ラムズフェルド国防長官は侵略前にジョークを言った。「…彼等は(科学者は) (アメリカの子供ゲームである)‘tiddlywinks’は、やっていなかったと、想像せざるを得ない」(物理と化学分野におけるイラク人科学者の血なまぐさい粛清を正当化するものだ。これは、侵略後に起きた学者殺戮の一つの不吉な予兆だった。

同様に残酷な学者粛清は、全ての地方大学で起きた。モスル、キルクーク、バスラや他都市の評判の高い様々な大学で、127人の古参の学者や科学者が暗殺された。古参の教授会員で殺害された人数が多い地方大学は、アメリカとイギリス軍や、彼等のクルド人傭兵が最も活動していた諸都市のものだ。バスラ (35)、モスル(35)、ディヤラ(15) そして、アル-アンバル(11)。

イラク軍と、同盟国軍の暗殺部隊が、アメリカ、あるいは‘多国籍軍’の支配の下、都市在住学者殺害の大半を遂行した。学者の計画的殺害は、現代アラブ文明の、文化的、教育的基盤を破壊するための、全国規模、領域横断的な動きだ。こうした暗殺の大半を実行した暗殺部隊は、現代の非宗教的な社会と、独立した、統一共和国再建という目標を追求しかねない、政治的に意識の高い知識人や、民族主義的な科学者全員を一掃するためにアメリカ軍の戦略家によって‘解き放たれた’ あるいは、手段として利用された、原始的な、近代以前の、民族的-宗教的集団なのだ。

アメリカ侵略を防ごうというパニックの中、2002年12月7日に、イラク国家監視理事会は、500人以上の主要イラク人科学者を明らかにするリストを国連に提出した。このリストが、イラク科学エリートを抹殺するためのアメリカ軍殺害予定者リストの根幹となったことに、疑念の余地はない。悪名高い侵略前の国連演説で、コリン・パウエル国務長官は、その専門的知識が、他の国々によって利用されるのを防ぐため‘封じ込める’必要がある、3,500人以上のイラク人科学者、エンジニアのリストを引用した。アメリカは、イラク人科学者やエンジニアを再教育するプログラムである、‘民間人再教育’を立ち上げるため、国連が保管する、イラクの‘石油・食料交換プログラム’の資金から、何億ドルもの‘予算’を引きだした。こうした大いにもてはやされたプログラムも、決して本気で導入されたわけではなかった。あるアメリカの政策専門家が、カーネギー財団論文(2004年4月、RANSACポリシー・アップデート)の中で、イラクの‘過剰な科学者、エンジニアや技術者’と表現した人々を、安上がりに封じ込める方法が、明らかになった。アメリカは、イスラエルのモサドによる、選ばれた主要イラク人科学者の秘密暗殺作戦を採用し、工業規模で、拡大することを決断したのだ。

アメリカ‘増派’と‘暗殺’作戦のピーク: 2006年-2007年

学者に対するテロの全盛期は、バグダッドおよび、地方におけるアメリカ軍攻勢再開と同期している。日付が記録されているバグダッド在住学者暗殺の総数のうち(110人の知識人が虐殺されたことがわかっている)、ほぼ80%が(87)2006年と、2007年に起きている。同じパターンは地方でも見られ、合計84人の学者の77%が、同時期に、首都外で殺害された。傾向は明らかだ。アメリカ兵の犠牲者数を減らし、占領に対する潜在的な反対意見論者を粛清する手段として、占領アメリカ軍が、傭兵イラク軍と警察を組織し、ライバルのシーア派やスンナ派部族の人々や民兵の採用と訓練に資金を提供するにつれ、学者の殺人率は増加している。

学者に対するテロ作戦は、2005年中頃に強化され、2006年-2007年に頂点に達し、何万人ものイラク人学者、科学者、専門家や、その家族の大量海外亡命をひき起こした。大学の医学部の教授陣が丸ごとシリアなどへの難民となってしまった。年老いた両親や親戚を見捨てることができずに、イラクに残った人々は、自分の正体を隠すため、非常手段を講じた。保護してもらうか、家族とともに、アメリカかヨーロッパへの移住を認められることを願って、アメリカ占領軍や傀儡政権に協力することを選んだ人々もいる。ヨーロッパ人、特にイギリスは、イラク人学者を受け入れたがらないのだが。2008年以後、学者殺害は大幅に減少しており、この年は、わずか4人しか暗殺されていない。これは、アメリカと、その傀儡傭兵側での、何らかの方針変換というよりは、海外で暮らしているか、隠れているイラク知識人の大量逃亡の反映だ。結果的に、イラクの研究機関は、すっかり縮小されてしまった。技術者、司書や学生を含む残った補助スタッフ達の生活は、徹底的に破壊されており、将来の就職見込みもほとんどない。

アメリカの対イラク戦争と占領は、ブッシュ大統領やオバマが宣言したように、‘成功’し、2300万人の国民がいる独立国家が、武力で占領され、傀儡政権は腰を据え、植民地傭兵軍は、アメリカ人幹部に服従し、油田は売りに出されている。歴史的遺産、文化遺産や国家資源を保護する民族主義的な全てのイラク法は、破棄されたか、アメリカ帝国に有利な‘憲法’を占領者が押しつけた。イスラエルと、ブッシュ、オバマ両政権内部のシオニスト取り巻き連中は、現代の敵対国家の終焉と、イラクを文化的-政治的砂漠に転換したことを慶賀している。2003年1月、アメリカ国務省とペンタゴン幹部によって、アメリカン・カウンシル・フォー・カルチュラル・ポリシーの有力な収集家達に対してなされた合意とされるものに沿って、略奪された古代メソポタミアの財宝は、ロンドン、ニューヨーク等に住むエリートの所蔵品となる道を‘見いだした’。収集家達は、今やイランの略奪を楽しみに待つことができる。

イランへの警告

イラクにあったような現代的な科学-文化文明の、アメリカによる侵略、占領と破壊は、 もしも、アメリカ-イスラエルの軍事攻撃がおきた場合、イラン国民が被るであろうことの前触れなのだ。デモに参加する、豊かなイラン人学生や、アメリカが資金援助しているNGOによる、大統領選後の‘口紅革命’抗議の文脈では、イラン国民の文化的-科学的基盤に対する帝国主義的脅威が、完全に欠如していた。2004年、バグダッドで‘少なくとも、我々はアフガニスタンとは違う’という、致命的に間違った楽観主義で、教養ある、洗練されたイラク人が自らを慰めていたということを、彼等は肝に銘ずるべきなのだ。同じエリートが、今やシリアやヨルダンのごみごみした難民キャンプで暮らしており、彼らの祖国は、中東の他のどの国より、アフガニスタンに似てしまっている。イラクを、'あらたに解放された、わがアフガニスタンのイメージ'に変換するという、2003年4月のブッシュ大統領の戦慄的な約束は実現された。そして、アメリカ政権の顧問達がイスラエル・モサドによる、イラン人科学者の選別的暗殺政策を再検討したという報道を聞いた、テヘランで暮らす親西欧のリベラル知識人は、2006-2007年に、イラク人科学者や学者を、事実上抹殺してしまったすさまじい軍事作戦の教訓を、真剣に熟考すべきなのだ。

結論

イラクに、中世的な民族-聖職者社会-政治構造に基づく退行した属国政権を樹立することで、アメリカ合州国(そして、イギリスとイスラエル)は、一体何を得ているのだろう? 何よりもまず、イラクが帝国の前哨基地になったのだ。第二に、イラクの、弱く、後進的な政権は、この地域における、イスラエルの経済的、軍事的支配に挑戦することができず、エルサレム、ヨルダン川西岸や、ガザの、先住パレスチナ・アラブ人に対して進行中の民族浄化を問題としてとりあげるのに乗り気ではないのだ。第三に、一つの独立国家の、科学的、学問的、文化的、および法的基盤の破壊は、西欧(と中国の)多国籍企業や、その技術インフラへの依存が増すことを意味し、帝国による経済侵略と搾取が容易になる。

19世紀半ば、1848年の革命の後、フランスの保守的な社会学者エミール・デュルケムは、ヨーロッパのブルジョアが、増大する階級闘争に直面しており、反資本主義の労働者階級が増大していることを認識した。宗教や聖職権主義に関する哲学的な懸念はあるにせよ、社会的一体性を‘作り出し’、階級分化を和らげるためには、ブルジョワが伝統的宗教の神話を利用せざるをえまいことに、デュルケムは気がついたのだ。教養があり、洗練されたパリの資本家階級に対し、宗教を政治的支配維持用の道具として利用するため、反啓もう主義の宗教的教義に対する拒否反応は、差し控えるよう、彼は呼びかけた。同様に、ペンタゴン-シオニストを含むアメリカの戦略家達は、この戦略が、科学者、専門家階級の全滅を必要とするものであるとは言え、イラクの植民地支配を強化すべく、非宗教的な国家政治指導層や、高度な文化を破壊するために、部族ムッラー、民族的-宗派的勢力を、手段として利用したのだ。現代アメリカの植民地支配は、社会の中で、社会的、政治的に、最も後進的な部門を支持し、戦争の最も高度な技術を適用することで成り立っている。

自分たちの60年間の経験から得た、都市での対テロや、民間人弾圧の方法を、イラクのアメリカ占領軍に教授する上で、イスラエル人顧問達は、主要な役割を演じた。1948年、デール・ヤシン村での、何百ものパレスチナ人家族の悪名高い虐殺は、新植民地秩序を押しつけるために、その土地に対する内因的な文明、文化的な絆を持った先住民が何世紀も定住していた、何百もの生産的農村の抹殺した、シオニストの象徴だ。パレスチナ人を、故郷から完全に引き離す政策は、イラク駐在アメリカ人為政者に対するイスラエルの助言の中核だった。ブッシュとオバマ政権内のシオニスト信奉者により、現代イラクの民間と国家の官僚機構の丸ごと解散と、この荒廃した国の、現代的大学や、研究所を粛清するため、クルド人とシーア派過激派で構成される、近代以前の部族暗殺部隊を活用するよう命じることで、彼らのメッセージは遂行されたのだ。

アメリカによるイラクの帝国的征服は、現代の非宗教共和国破壊の上に、成り立っている。後に残された文化的砂漠(聖書の‘寂しい荒野’は、イラクの貴重な学者達の血に染まっている)は、超巨大詐欺師、‘イラク人幹部’のふりをしている殺し屋傭兵、部族や民族の文化的文盲や、中世的な宗教者連中達によって支配されている。アメリカやヨーロッパ多国籍企業の権益に仕えるのに熱心な、プリンストン、ハーバード、ジョンズ・ホプキンス、エールやシカゴ大卒業生が、計画した‘帝国の青写真’を持った陸軍士官学校卒業生の指導と指示の下で、彼等は活動している。

これは、‘複合化した、不均等な発展’と呼ばれている。その実、原理主義者ムッラー達と、アメリカに奉仕するアイビーリーグ・シオニストの結婚なのだ。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article23342.htm

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マケインの本当のペトレイアス原則』という08/10/18の記事翻訳中で、下記のように書いた。

ボブ・ウッドワード、イラクでのゲリラ活動が大幅に減少したのは「増派」のおかげではないと、他要因を説明している。Why Did Violence Plummet? It Wasn't Just the Surge.

The War Withinという著書で、ボブ・ウッドワードは、他に有効な作戦があるのだが、具体的に言うわけにはゆかない、というようなことを書いていたようだ。そんな、うまい作戦などあるはずもないだろうと、以来、ゲリラ活動の減少理由を、大変不思議に思っていた。

この記事で、ようやく納得。上記のウッドワード記事を読み返して見ると、「秘密作戦が、非常に効果をあげている」と、ちゃんと書いてある。作戦のコードネームも、詳細もあかせない、ともある。これほど悲惨な実態、決して明かすわけにはゆくまい。凄惨なインテリ殲滅作戦だったのだ。

敗戦させてしまった後は、簡単な脅し、テロ、賄賂で、属国支配が完成した某国と異なり、本格的な民族主義者がいたイラク、Shock and Awe(衝撃と畏怖)作戦終了後にこそ、『衝撃と畏怖』が本格的になっていたというわけだ。

ところで、『マケインの本当のペトレイアス原則』という翻訳記事のおまけとして、終わりの方に、こう書いた。

政権交代など呪文にすぎない。実体は、派閥内の政権たらい回し。正確には、アメリカ傀儡大政党間たらい回し。たらい回しに失敗すれば大連立をするだろう。二大政党などというマスコミの虚構にだまされてはならない。実体は傀儡二大政党。

(とはいえ、政権交代を待望するブロガーの方々の数! 小泉選挙を思い出せば、結局は大半がだまされるのは確実だろう。いや、騙されているのではなく確信犯か?)

引かれ者の小唄。戯れ歌でも書いておこう。今日は、ブロガーの皆様が欣喜雀躍されている、自民党政治の終わりどころか、さなきだにひ弱な日本の民主的?政治そのものの、終わりの始まりなのだから。

いよいよ、金だけでなく、命も、宗主国に捧げさせられる。ファシズムは、楽しそうな顔をしてやってくる。もちろん、民主党、この記事にある、アメリカと、同盟関係(実態は、宗主国・属国関係)を強化すると言っている。庶民の皆様、民主党・自民党の議席合計を考えただけで、恐ろしくならないのだろうか?支配層の方々なら、ほくそえむのはわかるが。往時の大政翼賛会再現だろう。

これが妄想であったら、どれ程嬉しいことか。(妄想で、電波で狙われていると書かれる方々も多々おられるが:-)次に行われるのは、比例代表の削減。少数野党は殲滅され、民主党と自民党という傀儡二大政党(実は派閥)が確立する。オザワ氏が中心となって導入した、小選挙区制度というゆがんだ仕組みの上で、予定通りに起こされた茶番を、「市民革命」と浮かれる方々すらおられる。保坂展人氏も、亀井幹事長も落ちたではないか。小泉の息子が堂々当選しているではないか。何が「市民革命」か?「痴民革命」というのなら納得する。いや、大宅壮一の言葉をもじれば「白痴革命」?。あのナチスも、選挙で政権を獲得した。同じ属国でも、札束で頬をはたくだけですむ、イラクのような過酷なインテリ殲滅作戦が不要なアジアの属国、宗主国にとっても、属国傀儡政権にとっても、さぞや統治は楽だろう。

選挙前に、自民党員の知人と、酒を飲んだ際、「後は二大政党で交互にやろうという話になっている」というようなことを言って、さほど野党転落を気にしている様子はなかった。当方、いい加減酔っていたので、正確には覚えていないが「さもありなん。」と思ったものだ。昔、力道山のプロレス華やかなりしころ、テレビにしがみつくようにして見ていた。今回の選挙、初めからお互いやらせで、ガチンコの振りをしているただの「選挙版プロレス」だったろう。プロレスでさえ、受けるためには、流血し、怪我もする。時には、事故で亡くなるレスラーまでいる。

まして国政。自民党幹部落選すら折り込み済だろう。傀儡二大政党(派閥)化こそが最大目的。テレビも新聞も、見事スポーツ・タブロイド品質。そこで一句。

「小泉が搗き、麻生がこねし天下餅、座して食らうは小沢一郎」

「交代が良いね」と皆が言ったから夏の終わりはファッショ記念日

関連翻訳記事:

『マケインの本当のペトレイアス原則』
暗殺部隊の訓練法、革命の鎮圧方法、サンサルバドルからイラクに転用

アメリカ暗殺部隊株式会社

イラク: 高等教育における、大規模な不正行為と腐敗

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2009/9/12追記

主題が本記事と通底している、6年も前の下記記事を見つけた。

TUP速報223号 星川 淳のピースウォッチ#6 03年11月25日 「侵略の動機」

また、『週刊金曜日』 2009/9/11 金曜アンテナ 国際短信に下記記事がある。
イラク 米軍が秘密に展開した 学者・知識人の絶滅作戦

この翻訳記事と同じweb記事を、わずか1500字以下で、まとめておられる。さすが。
長く、まずい、この翻訳を読む時間のない方は、是非、週刊金曜日記事を!該当記事は、かなり下の方で、スクロールしないと、現れない。

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