宗教

2017年9月 7日 (木)

ミャンマーのロヒンギャ - サウジアラビア聖戦士が戦う英・中代理戦争の駒

Moon Of Alabama
2017年9月4日

ミャンマー、旧ビルマにおける、ちょっとした民族紛争に、マスコミが注目している。"欧米"マスコミの報道は、イスラム教徒ロヒンギャが、仏教徒の暴徒や、バングラデシュ国境に近いラカイン州内の軍により、不当に非難され、追い出され、殺害されているというものだ。 ヒューマン・ライツ・ウォッチのような"リベラル人道介入主義者" が、トルコのエルドアン大統領のようなイスラム主義者と連帯して、ロヒンギャの窮状を大声で悲嘆している。

この奇妙な連携はリビアとシリアに対する戦争中にもあった。これは今や一種の危険信号だ。ミャンマー国内の単なる一地方の問題ではなく、更に裏があるのだろうか? 誰かが、紛争をかきたてているのだろうか?

そうなのだ。

ラカイン州内の民族紛争の歴史は極めて古いが、ここ数年でサウジアラビアに資金供給され率いられる聖戦戦士ゲリラ戦争に変身したのだ。この地域は地政学的に重要なのだ

ラカイン州は[中国の一帯一路構想]OBORで重要な役割を占めている。インド洋への出が口で、何十億ドルの中国プロジェクで予定されているラムリー島経済特区の場所で、雲南省の昆明市につながる石油と天然ガス・パイプラインがあるチャウピュ深水港がある。

ミャンマー西海岸から東方向、中国に向かうパイプラインで、隘路のマラッカ海峡や紛争の対象である南シナ海を避け、ペルシャ湾からの炭化水素輸入を中国に送ることが可能だ。


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ミャンマーにおける中国によるプロジェクト妨害は"欧米の利益"になる。ラカイン州内で、聖戦をあおれば、それが実現するかも知れない。ビルマにおける、そうした代理戦争には歴史的な前例がある。第二次世界大戦中、大英帝国軍がラカイン州のイスラム教ロヒンギャをあおり、日本の帝国主義者と連携するビルマ民族主義仏教徒と戦わせたのだ。


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ロヒンギャは、ミャンマーの旧アラカン州、現在のラカイン州の北部に、16世紀以来移民してきた。二百年ほど昔のイギリス植民地占領時代に大移動があった。バングラデシュからの違法移民は、過去何十年にもわたって続いている。総計約110万人のイスラム教ロヒンギャがミャンマーで暮らしている。ロヒンギャの出生率は、先住のアラカン仏教徒の出生率より高いと言われている。こうした人々は自国内で圧力を感じている。

こうした住民たちは、一部の町では混住しているが、100%どちらかだけという村は多い。概して、ミャンマー国内では、ロヒンギャはほとんど融合していない 。大半は公式には国民として認められていない。何世紀も、そして過去数十年の間に、移民と先住民との間の紛争が何度もあった。最近イスラム教徒-仏教徒紛争が猛威を振るったのは2012年だ。

それ以来、地域でイスラム主義反政府部隊が構築されたのは明らかだ。アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)という名称のもと、 パキスタン出身の聖戦戦士アタウッラー・アブ・アンマル・ジュンジュニの指揮下で活動している。(ARSAは以前は、Harakah al-Yakin、つまり信仰運動。) アタウッラーは、パキスタンはカラチの大きなロヒンギャ・コミュニティーで生まれた。彼はサウジアラビアで育ち教育を受けた。彼はパキスタン国内で軍事訓練を受け、ミャンマーに来る前は、サウジアラビアでワッハーブ派のイマームとして働いていた。以来、彼は約1,000人のタクフィール主義者の現地ゲリラ軍を洗脳し、雇い、訓練してきた。

2015年のパキスタン新聞ドーンのある記事によれば、カラチには500,000人以上のロヒンギャがいる。彼らは、1970年代と1980年代、ジア=ウル=ハク大将の軍事政権とCIAの命令で、ソ連とアフガニスタン政府と戦うため、バングラデシュからやって来た。

[カラチの]ロヒンギャ・コミュニティーは宗教心が強く、彼らは子供をイスラム神学校のマドラサにやる。多くの宗教政党、特にAhle Sunnat Wal Jamaat、JIやJamiat Ulema-i-Islam-Fazlが、ビルマ地域隣国に組織を設置している主な理由だ。
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“アラカンで暮らす多数のロヒンギャたちは、2012年6月のミャンマー仏教徒暴徒の襲撃で近親者を失っている”と現地のJI活動家、モハンマド・ファジルは言う。

カラチのロヒンギャは定期的に寄付ザカートや、いけにえの動物の革を集め、退去させられた家族を支援するため、それをミャンマーやバングラデシュに送っている。

ロイターは、2016年末、聖戦戦士集団は、パキスタンとサウジアラビアに訓練され、率いられ、資金提供されていると報じた

10月、ミャンマー国境警備隊を攻撃したロヒンギャ・イスラム教徒集団はサウジアラビアとパキスタンとつながる連中に率いられていたと、International Crisis Group (ICG)が、木曜、集団メンバーの発言を引用して報じた。
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“確認はされていないが[アタウッラー]がパキスタンあるいは他の場所に行き、現代ゲリラ戦の実地訓練を受けた兆しがある”と集団は述べた。アタウッラーは、ラカイン州における集団の作戦を率いているサウジアラビアから来た20人のロヒンギャの一人だ。

また別に、メッカに本部を擁するロヒンギャ海外移住者集団の20人の幹部委員会、ICGはこう言っている。

ARSA聖戦士は、政府軍だけを攻撃していると主張するが、一般のラカイン州の仏教徒たちも待ち伏せ攻撃され、殺害された。仏教徒の村落も焼き払われた。

アタウッラーと彼の集団は独立した「イスラム国」を宣言したがっているとミャンマー政府は主張している。10月2016年、彼の集団は、地域の警察や他の政府部隊に対する攻撃を開始した。今年8月25日、彼の集団が、30の警察署や軍の前哨基地を襲撃し、約12人の警官を殺害した。軍と警察は、この種の紛争で良くあることだが、ゲリラ部隊が隠れていると疑われるロヒンギャ居住区を焼き払って反撃した。

暴力行為の増大から逃れるため、多くの現地ラカイン州の仏教徒たちは、自分たちの村を捨てラカイン州の首都に向かって逃れた。イスラム教徒のロヒンギャは、国境を越え、バングラデシュに逃れた。ようやく最近になって難民が国際的注目を集めるようになったようだ。

ミャンマー軍がこの国を何十年も支配してきた。経済的圧力のもとで、名目的に"欧米"に門戸を開き、"民主主義"を導入した。ミャンマー国内で"欧米" のお気に入りは、アウン・サン・スー・チーだ。彼女の党が選挙に勝ち、彼女は政府内で支配的役割を演じている。だがアウン・サン・スー・チーは抜きんでた民族主義者であり、本当の権力は、依然将軍たちが掌握している。

アウン・サン・スー・チーは、民主的偶像として持ち上げられてはいるが、ビルマ独立義勇軍(BIA)の著名な指導者で "国の父"アウン・サンの娘であるということ以外、ほとんどとりえはない。1940年、アウン・サンは、宗主国イギリス軍と、中国内の反日本勢力のためのイギリス補給路にゲリラ戦争をしかけるべく、大日本帝国軍に採用された

若いアウン・サンは日本の伝統的な衣服を着、日本語を話すようになり、日本名さえつけた。歴史学者Thant Myint-Uの著書“The River of Lost Footsteps”の中で、アウン・サンは“どうやら、彼を取り巻くファシスト陶酔感に押し流されていた”と表現しているが、彼はあくまでもミャンマー独立のために献身していたと書いている。

ラカイン州における民族紛争はビルマを巡るイギリス-日本紛争でも大きな役を演じた。

1942年4月、日本軍は旧アラカン州内に進撃し、当時の英国領インド、現在のバングラデシュ国境に近いマウンドーに至った。イギリスがインドに撤退すると、ラカイン州は前線となった。

現地旧アラカン州の仏教徒は、BIAと日本軍に協力したが、イギリスは地域のイスラム教徒を採用して、日本に対抗した。

“イギリスと日本の両軍は、それぞれの軍事的目標を推進すべく、現地住民間しての不和や敵意を利用した”と学者のMoshe Yegarは書いている。

イギリスが日本に勝利すると、アウン・サンはくら替えし、大英帝国によるビルマ支配を終わらせるよう交渉した。1947年、イギリス将校らの支援で、彼は暗殺された。後にミャンマーと名を変えたビルマは、それ以来、軍部の競合する派閥に支配されてきた。

アウン・サンの娘アウン・サン・スー・チーはイギリスで教育を受け、ミャンマーで役割を演じるべく育てられた。1980年代と90年代、彼女は軍事政権と争った。彼女はノーベル平和賞を受賞し、"欧米の"知識階級によって、人権の進歩的擁護者として宣伝された。だが彼女も彼女が率いる国民民主連盟(NLD)も常に対極にいた。サフラン色の仏教の袈裟をまとった極右ファシストなのだ。偽善者連中は、現在、彼女がロヒンギャを支持して堂々と発言しないと失望している。だがそんなことをすれば、彼女は、父親がそのために戦った有名なものの反対の立場に立つことになる。そうすれば、彼女は、ロヒンギャや、ロヒンギャの聖戦の戦いにほとんど共感していない大半のミャンマー国民とは反対の立場になってしまうのだ。

しかも- 中国のOBORプロジェクトは、ミャンマーとって大きな恩恵で、経済発展に役立つのだ。サウジアラビアとパキスタンは、ミャンマー国内で聖戦を煽り立てるべく、ロヒンギャにゲリラ司令官と資金を送っている。これは、アフガニスタンにおけるソ連の影響力に対するCIA作戦の歴史的再現だ。しかしアフガニスタンとは違い、ミャンマー国民はイスラム教徒ではなく、彼らがミャンマー内におけるあらゆる聖戦に参加せず、反対して戦うのは確実だ。今やロヒンギャは、グレート・ゲームにおける将棋の駒で、それによって苦しむことになるだろう。

記事原文のurl:http://www.moonofalabama.org/2017/09/the-rohingya-of-myanmar-pawns-in-an-anglo-chinese-proxy-war-fought-by-saudi-jihadists.html#more
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案の定、彼女の動きが不満だというブログ記事を一つ拝読した。

昼のバラエティーだけでなく、夜の「ニュース」番組も見なかった。全く興味がない洗脳報道は聞き流しているだけでも疲れる。

今日は下記インタビューを拝見予定。

【IWJ_YouTube live】15:00~「岩上安身による『偽りの経済政策 ―格差と停滞のアベノミクス』著者・服部茂幸氏インタビュー」
YouTube視聴URL: https://www.youtube.com/user/IWJMovie/videos?shelf_id=4&view=2&sort=dd&live_view=501
ツイキャス視聴URL: http://twitcasting.tv/iwakamiyasumi

 岩上安身による服部茂幸氏インタビューを中継します。

その前に、見落としていた下記の前回インタビューを拝聴しておこう。

大義なき解散総選挙19】「消費の停滞は増税以外の要因もある」 ~安倍政権に不都合な経済データ呈示 『アベノミクスの終焉』著者・服部茂幸氏に岩上安身が聞く 2014.12.5

2015年8月 9日 (日)

長崎原爆投下70周年 : 教会と国家にとって歓迎されざる真実

Dr. Gary G. Kohls
Global Research
2015年8月4日

70年前、(19458月9日) 全員キリスト教徒の爆撃機乗組員が、“ファットマン”、プルトニウム原爆を、日本の長崎に投下し、何万人もの無辜の一般市民を瞬時に殲滅させたが、彼等の中でも不釣り合いなほど多数が日本人キリスト教徒だった。この爆発は、更に、キリスト教徒以外の無数の犠牲者達に、爆発や、とてつもない熱や、放射能によって致命傷を負わせた。

1945年、アメリカは、世界でも最もキリスト教徒の国(つまり、目には目をという報復の支持者で、他国を軍事的、経済的に搾取するアメリカを教会が支持し、山上の垂訓として教えられているイエスの倫理を、心から、教えたり、忠実に守ったりしそこねている国を、キリスト教と呼べるとすればだが)だった。

皮肉なことに、午前11:02に、浦上天主堂上空で原爆が爆発するまで、長崎は、日本最大のキリスト教都市だった。浦上天主堂は、東アジア最大のキリスト教大聖堂だった。

長崎への原子爆弾投下後、浦上天主堂の残骸中に横たわ
る放射線を浴びた十字架

洗礼と堅信礼を受けた、このキリスト教徒航空兵達は、致命的な突然のトラブルがいくつもあったにもかかわらず、戦時の命令に一字一句従い、業務を能率的に行い、軍人としての誇りをもって、任務を完遂した。1945年の大半のアメリカ人なら、もしボックスカー乗組員の立場になっていたら、まさに同じことをしていただろう。そして、もし、我々が、地上で、原爆が引き起こした人々の苦難を実際に目にせず、聞かず、臭いを嗅がなければ、そして後に、英雄として処遇されるのであれば、遡及的に、一般に、戦争犯罪と見なされるようになったものに参加したことに、精神的苦痛もほとんどなかったろう。

実際、戦争の歴史において、あの極悪非道の大量破壊兵器使用は、後にニュールンベルク裁判で、国際的な戦争犯罪、人類に対する犯罪として定義された。

もちろん、任務当時、乗組員がそれを知る方法など皆無だった。原爆が実際に爆発した後で、自分達が関与したことに若干の疑念を感じたことを認めている乗組員もいる。しかし、彼等の誰一人として、犠牲者達の恐るべき苦難を、実際、間近で直接見てはいない。“命令は命令”で、戦時には、不服従というものは、厳しく罪を問われ、即決処刑される可能性があり、乗組員は命令に従ったのだ。

日本を降伏しにくくさせる

それは、原爆が広島を滅ぼした8月6日から、わずか3日後のことだった。長崎での原爆投下は、ファシスト軍事司令部が、いかに名誉ある降伏をするか議論すべく、天皇との会議を始めたばかり- すでに何ヶ月も前から、戦争に負けたことを理解していて、それゆえ戦争を終わらせる方法を模索していた東京における混沌、混乱のさなかに行われた。両国の軍と民間人指導部は、もう何カ月も、日本が戦争に負けたことを知っていた。

降伏に対する唯一の障害は、連合国諸国が、日本人が神と見なしていた天皇裕仁が、日本における名目上の長の立場から排除され、恐らく、戦争犯罪裁判にかけられる可能性を意味する、無条件降伏を主張していたことだった。この要求は、天皇を神と見なしている日本人にとって、耐えがたいものだった。

ソ連は、その一日前、8月8日に、40年前の(ロシアにとって)屈辱的な日露戦争で、日本に奪われた領土を奪還することを狙って、日本に対し、戦争を宣言し、スターリンの軍隊は、満州を前進していた。ロシア参戦は、ロシアより、アメリカに降伏するほうがずっとましだと考えている日本にとって、戦争を早急に終わらせる為の強い動機となった。そして、もちろん、アメリカは、いかなる戦利品も、ロシアと分け合いたくはなく、ロシアに対して、アメリカが、この世界における新超大国だという初期の冷戦メッセージを送りたがっていた。

ロシア参戦は、 7月16日、ニュー・メキシコ州での原子爆弾実験成功を知る前に、トルーマン大統領が奨励したものだった。

だが今や、トルーマンと彼のブレイン達は、スターリンの助けなしに、原子爆弾で日本を降伏させられるのを理解した。それで、ソ連と戦利品を分け合う意図は皆無だったアメリカは、アメリカが地球上の新たな超大国だという初期の冷戦メッセージをロシアに送りたかったので、天気が良く、原爆が利用可能になり次第(実際は、四発目の原子爆弾を製造する為に使える核分裂物質はもはや無かったが)原子爆弾使用の方向で進めるようトルーマンは、爆撃機司令部に命じたのだ。

長崎を標的にする決定

1945年8月1日が、日本爆撃ミッション派遣の一番早い日時であり、ワシントンD.C.の標的委員会は、通常のUSAAF(アメリカ陸軍航空軍)焼夷弾攻撃作戦(1945年前半、基本的に無防備の60以上の日本都市を焦土と化す為に、ナパーム弾を用いていた)から除外されるべき、比較的無傷の日本都市リストを、既に作り上げていた。

ハリー・トルーマン大統領 (左)

焼夷弾攻撃から守られる都市のリストには、広島、新潟、小倉、京都と長崎が含まれていた。この比較的無傷な5都市には、焼夷弾爆撃攻撃は許されなかった。これらの都市は、マンハッタン計画が始まって以来、アメリカ中の研究所や、製造工場で、研究され、開発されている“新機軸”兵器の潜在的標的として、保護されるべきものだった。

皮肉にも、8月6日と9日以前には、これら5都市の住民達は、他の都市の様に爆撃されない自分たちは幸いだと思い込んでいた。広島と長崎の住民達は、自分達が、何万人のも生ける人間モルモットが暮らす都市全体の大量破壊を引き起こす新兵器実験による更に酷い大量殺りくを一時的に免れているのにすぎないことを全く知るよしもなかった。

トリニティー実験

最初で、唯一の原子爆弾実地試験は、冒涜的なことに(明らかにキリスト教用語の)“トリニティー=三位一体”というコード名がつけられていた。この実験は、原爆投下に先立つこと三週間、1945年7月16日に、ニュー・メキシコ州アラモゴルドでおこなわれた。結果は見事に壊滅的だったが、爆風は、不運なコヨーテ、ウサギ、ヘビや他の砂漠の害獣を絶滅させただけだった。アラモゴルドの、プルトニウム原子爆弾は、長崎原爆と同じものだった。

トリニティー実験では、予期せず、後に“トリニタイト”と呼ばれるようになった、膨大な量の新たな鉱物をもたらしたが、これは原爆爆破地点上空の太陽温度の二倍もの強烈な熱によって生み出された溶岩塊だった。

1945年8月9日午前3時、(ボックスカーという“洗礼名を授けられていた”)超空の要塞B-29が、ルター派とカトリックの従軍牧師の祈祷と祝福を受けて、南太平洋のテニアン島を離陸した。

重い貨物を搭載した飛行機が離陸する前、すんでのところで滑走路からはずれるところだったが(搭載していた原爆は重さ10,000ポンド)、一次標的の小倉に向けて北上した。ボックスカーのプルトニウム原爆は、ウィンストン・チャーチルにちなんで“ファットマン”というコード名を付けられていた。三日前に広島を焼いて灰にした原爆、リトル・ボーイは、最初はシン・マン(=痩せ男) (ルーズベルト大統領にちなんで)と呼ばれていた。

長崎は日本の軍事参議院が、再度降伏条件について議論をしている最中、灰にされた。

次の会議を 8月9日午前11時に開催する予定だった、東京にある日本の軍事参議院は、広島で一体何が起きたのか、全く理解していなかった。それで、メンバー達には、降伏問題に関する緊急性を高める意図はなかった。軍事参議院は、会議を行いながら、長崎で一体何が起きているかより、もっぱらロシアの宣戦布告を懸念していた。

だが、それは既に遅過ぎた、軍事参議院メンバーがやってきて、御前会議に向かう頃には、歴史の流れを変える機会はもはやなかった為だ。無線封鎖をして飛行しているボックスカーは、既に、日本南部の諸島に接近し、第一目標の小倉に向かっていた。乗組員達は任務を遅らせてしまう可能性のある予想された台風と雲を切り抜けることを願っていた。

ボックスカー乗組員は、必ず目視照準をした上で、原爆を投下するよう指示されていた。しかし小倉は雲に覆われていた。そこで、都市上空の雲の上で、原爆投下の為の飛行を三度試み、エンジン四基中一基のトラブルを経験した後、貴重な燃料も消費した為、爆撃機は二次目標の長崎に向かった。

長崎キリスト教の歴史

長崎は、日本のキリスト教史上で有名だ。長崎は、日本で最大のキリスト教徒の集中地だった。浦上天主堂は当時の巨大教会で、12,000人の洗礼を受けた信者を擁していた。

長崎は伝説的なイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが、1549年に伝道教会を建てた場所だ。長崎のカトリック教共同体は拡大し、ついには続く数世代、繁栄した。ところが結局、日本にとって、ポルトガルとスペインの商業権益が、日本を搾取していることが明らかになった。やがてわずか数世代で、全てのヨーロッパ人と、彼等の外国宗教は国外追放された。

1600年から1850年まで、日本では、キリスト教徒であることは、死罪に値した。1600年代初期、信仰取り消しを拒否した日本人キリスト教徒は、磔刑を含め、言語に絶する拷問を受けた。大量磔刑を行った後、恐怖政治支配は終わり、あらゆる観察者にとって、日本におけるキリスト教は絶滅したかに見えた。

ところが、250年後に、マシュー・ペリー准将の砲艦外交が、沿岸の島を、アメリカ貿易の為に開放させた後、長崎には、政府には全く知られず、地下潜伏した形で、洗礼を施された何千人ものキリスト教徒達が暮らしていることが発見された。

この屈辱的な発見の後、日本政府は新たな粛清を開始した。ところが国際的圧力の為、迫害は止められ、長崎のキリスト教は地上に出現した。1917年には、政府から何の援助も受けずに、復興したキリスト教共同体が、長崎の浦上川地区に、壮大なセントメアリー大聖堂を建立した。

キリストの名において、キリスト教徒を殺害するキリスト教徒

9300メートル上空から確認可能な、長崎に二つしかない陸標の一つ(もう一つは、連合諸国の海上封鎖の為、原材料も不足していた、三菱の兵器工場複合体)である巨大な天主堂が、ファット・マン原爆の爆心地となったのは皮肉の極みだ。

午前11:02、木曜朝ミサのさなか、何百人もの長崎キリスト教徒はゆだり、蒸発し、炭化し、あるいは天主堂上空500メートルで爆発した、焼けつく放射能の火の玉へと消えた。間もなくきのこ雲から降った黒い雨が、多数の長崎の神道信者、仏教徒やキリスト教徒の入り交じった亡骸を包んだ。長崎の黒い雨の神学的含意は、あらゆる宗派の神学者達の心をひるませるに違いない。

長崎キリスト教信者の死者数

大半の長崎のキリスト教徒は、爆破から生き残れなかった。ゆるしの告解に出席していた全員を含め、6,000人が即死した。12,000人の教会員のうち、8,500人が原爆の結果として亡くなった。他の多くの人々も極めて致死的な全く新しい病気になった。放射能疾患だ。
近隣にあった三つの女子修道院と、キリスト教女学校が、黒煙となって消滅するか、炭の塊と化した。何万人もの無辜のキリスト教信者ではない人々も即死し、更に多くの人々が、致命傷を負ったり、治療もできないほど負傷したりした。犠牲者の子孫の中には致命的なプルトニウムや、原爆が生み出した他の放射性同位元素によって引き起こされる、継代悪性腫瘍や、免疫不全を患っている。

ここで、本記事の重要点の一つをあげよう。日本の帝国主義政権が、200年間にわたる迫害でできなかったことを(日本キリスト教の破壊)、アメリカのキリスト教徒は、数秒でなし遂げたのだ。

第二次世界大戦以来の数十年間で、キリスト教が、ゆっくりと復興した今でも、日本人教会信者数は、総人口のわずか1%というものでしかなく、キリスト教礼拝への平均出席者は、わずか30人と報じられている。戦争末期における長崎の絶滅が、一時は活気に満ちていた教会を、損なってしまったことは確実だ。

第509混成部隊のカトリック従軍司祭、ジョージ・ザベルカ

ジョージ・ザベルカ神父は、第509混成部隊(首尾よく原子爆弾を標的に送り込むことが唯一の任務である、アメリカ合州国空軍の1500人の兵士集団)のカトリック従軍司祭だった。ザベルカは、現代の教会が戦争について教えてくれることと、初期の平和主義的な教会が殺人という暴力について教えていたこととの間の矛盾を最終的に認めるに至った数少ないキリスト教指導者の一人だった。

ザベルカが従軍牧師を解雇されてから数十年後、彼は結局、組織的大量虐殺、つまり現代の戦争を、宗教的に正当化することで、自分も教会も深刻な倫理的、神学的過ちを犯したという結論をだした。彼は結局、(自ら述べているとおり)、私の敵、私の国の敵は、新約聖書の価値体系によれば、神の敵ではなく、むしろ神に愛されている神の子であり、それゆえ、愛の神の信者として、私により愛されるべきである(殺されるべきではなく)ことを理解するようになった。

ザベルカ神父が、標準化された、暴力に寛容なキリスト教から突然転向したことで、ミシガン州デトロイトの聖職者会議も180度転換した。マーチン・ルーサー・キング同様に、福音非暴力という真実に誠心誠意力を注ぐことを固く決めた彼は、余生を、軍国主義や、人種差別や、経済的搾取等の暴力を含む、あらゆる形の暴力への反対を、はっきり発言することに捧げることにした。ザベルカは、原爆投下50周年には、長崎を訪問し、犯罪で、自らがはたした役割を、涙ながらに懺悔し、許しを請うた。

同様に、第509混成部隊のルター派従軍牧師、ウィリアム・ダウニー牧師(元ミネソタ州、ミネアポリス福音ルーテル派教会)は、国家の為の殺人に参加して、心理的障害を負った兵士をカウンセリングしながら、後に、一発の銃弾によるものであれ、大量破壊兵器によるものであれ、あらゆる殺戮を非難するようになった。

戦闘経験者が、一体なぜ、自分たちの魂を破壊した戦争を祝福する宗教を奉じる必要があるだろう?

ダニエル・ハロックの重要な本、Hell, Healing and Resistanceで、著者は、1997年に、仏教徒僧ティク・ナット・ハンが率いた仏教徒の瞑想について語っている。瞑想は、戦闘で心に傷を負ったベトナム戦争退役軍人という、ベトナム戦争後の忌まわしい現象に対処することを目指すものだった。ハロックは書いている。“あきらかに、仏教は、制度化されたキリスト教には見いだせない何かを提示してくれている。しかし一体なぜ、退役軍人が、自分達の魂を破壊した戦争を祝福した宗教を奉じなければならないのだろう? 彼等が、穏やかな仏教の僧を頼って、実際、大半がキリストの真実であることを聞こうとするのも不思議ではない。”

ハロックの発言は、新たな信者の募集と、既存信者の維持が、同等に重要と見なしているかに思えるキリスト教指導者に対し、目を覚まさせる警鐘に違いない。アメリカが極めて軍国主義化した国家だという事実が、特に、戦場で経験した、心的外傷となる恐怖ゆえに、信仰を失ったかもしれない退役兵士達(特に困窮した、ホームレス)に向かって、福音書に書かれた非暴力の真実を教え、説教するのを困難にしている。

私は、何百人もの精神的に心に傷を負った患者(特に戦闘で精神的痛手を受けた退役軍人)に対応した元医師なので、あらゆる形の暴力が、心や、体や、脳や、精神を、回復できないほど傷つけ得ることを知っている。しかし、戦闘で精神的痛手を受けるタイプのものは、事実上、完全治癒は不可能だが、予防可能だという事実ゆえ、予防が極めて重要になる。

戦闘によって引き起こされるPTSDに関する限り、1グラムの予防は、実際、1キロの治療に値する。殺人暴力行為(そして魂を破壊する戦闘PTSD)の防止上、キリスト教会が貢献すべき、そして貢献が可能なのは、非暴力主義イエスの倫理が、その存在で最初の3世紀間、平和主義の教会を確かに導いた様に、信者達に対し、そういうものに加わらないようにという助言だ。

こうした暴力を経験することは致命的で、うつる場合さえある。暴力、養育放棄、虐待や、結果とし起きる心的外傷の病が、軍人や非軍人家族にさえ広がるのを私は目にしてきた。最初の犠牲者から、第三世代、第四世代にまでわたることもある。そして、それは、被爆者(広島と長崎の原子爆弾で、長い間苦しんでいる生存者達)や、その子孫達の経験であり、第二次世界大戦に限らず、あらゆる戦争で、殺人行為を体験した戦士-加害者(そして、彼らの犠牲者)の経験だ。

戦争の大量虐殺におけるキリスト教教会の役割は一体どうあるべきか?

何年も前に、ある出版されていない退役軍人省の研究を読んだことがあるが、そこにはベトナム戦争時代の兵士の大半は、派兵されるまでは、キリスト教会の積極的信者だったが、PTSDを患って帰還した場合、信仰コミュニティーに復帰する比率はゼロに近づいたとあった。先に引用したダニエル・ハロックの上記反省メッセージがなぜそうなるかを説明している。

それゆえ教会は、少なくとも、戦争の問題について沈黙することによって、原始教会が理解していた、実際“私に従いたい人々に、暴力は禁じられている”と言ったイエス教義の核心の一つを教え損なうことで、イエスの倫理教義に反し、殺人暴力行為を促進しているように見える。

それゆえ、青年信者に対し、信仰や魂を破壊する戦争の現実を警告するのを控えることで、教会は“あらゆる教会が行っている信者維持”戦略を、直接むしばんでいる。長崎の隠された歴史は、アメリカのキリスト教にとって、貴重な教訓になる。

ボックスカー乗組員と指揮命令系統

ボックスカー爆撃機乗組員達は、あらゆる戦争同様、徴兵されたか、自ら入隊した兵士として、長く、複雑で、全く匿名の指揮命令系統の最下位にあり、上司達は指揮命令系統の部下達に絶対服従を要求する。ボックスカー乗組員達は、汚れ仕事をすることに、誰一人として道徳的な責任を感じない他の組織によって、概念化され、設計され、資金提供され、製造され、装備された致死兵器の“引き金を引く”よう命じられていた。あらゆる戦争に当てはまるが、引き金を引く兵士達が、通常、殺人行為を責められる対象になるので、それゆえ彼等は戦後、罪悪感を抱くことが多く、それが戦闘で引き起こされるPTSDの大半を占めている。一方、兵士達の道徳に責任を負う、それぞれの宗教の従軍牧師達も、罪悪感を共有していよう。両方の集団は指揮命令系統の最下位にあるが、いずれの集団も、自分達が殺そうとしている“敵”が一体誰か、あるいは何故なのかを知らずにいる。

国家の為に殺人をしながら、同時に、しかも非論理的に、非暴力主義者イエスの教えに忠誠を誓うことを明言する倫理について必要な論議を、この文章が促進する様に願いたい。

あらゆる国家安全保障機関、軍産複合体、戦争で金儲けをする大企業による、民族主義的、人種差別的、軍国主義的な狙いや、過去1700年間にわたって、洗礼されたキリスト教徒が、キリストの名において、他のキリスト教徒(キリスト教信者でない人々は言うまでもなく)を進んで殺害するのを可能にしてきた、キリスト教以前の、目には目をという報復教義を、イエスの教えを知っていた初期教会指導者達は、拒否していた。

長崎の隠された歴史は苦闘するアメリカ・キリスト教にとって教訓的であるに違いない。

コール医師は、職業生活最後の十年間、総合的な精神医療を実践した引退医師。彼は診療で、(基本訓練と戦闘を含む)暴力行為の際、心理的、神経学的、および/あるいは、精神的外傷を受けた退役軍人(そして民間人)の恐ろしい心理的な影響を数多く扱った。

記事原文のurl:http://www.globalresearch.ca/the-70th-anniversary-of-the-bombing-of-nagasaki-unwelcome-truths-for-church-and-state/5466919
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戦争法案、TPP推進の中、 第47回思い出のメロディー、大政翼賛会「らしく」ないエピソードがもりこまれていた。摩文仁の丘で、沖縄の米軍攻撃で家族を失った方を前に、夏川りみが「さとうきび畑」を歌った。新たな「岸壁の母」時代にまっしぐら。そういうことをして下さった国の侵略戦争に、これからついてゆく。余りに悲しい属国。

イスラエルから女性歌手を招いての「ナオミの夢」。唐突に思えた。

日本が対米戦争を始めるのを、アメリカ指導部はじっと待っていたに違いない。100%勝利するのがわかっていた以上、戦勝後の植民地政策の大筋を十分研究していただろう。思いがけない、中国やソ連の興隆で、過酷な植民地化方針を一時ゆるめ、資本主義の飾り窓にしたてて下さったのだろう。ソ連崩壊後、日本は食べごろの肥えた豚に戻った。以来、本来の植民地政策は激化し、いよいよその大団円を迎えている今。TPPも戦争法案も、日本の国家としての主権放棄が核心にある。

学会員で、農業をしておられる方が、戦争法案反対署名を集めておられる様子が民放で放送された。あまりのまともな発言に驚いた。そういう方もおられるのだ。

信濃町では、学会ではないように見える母親の方々が、プラカードを持って覚醒を呼びかけた記事を見た。母親の方々よりずっと多い警察官の皆様が警備している画像があった。

同じ方の同様趣旨記事、以前、二件ほど翻訳した。

1945年8月9日の長崎爆撃 キリスト教会と国家についての歓迎されざる真実 2014年8月 8日 (金)

1945年8月9日長崎爆撃: 無検閲版 2013年8月 9日 (金)

そして、以下は、上記の1945年8月9日長崎爆撃: 無検閲版 につけた後書きの写し。

 

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長崎の爆心地

 

Nagasakikietamouhitotsuno

以前『ナガサキ消えたもう一つの「原爆ドーム」』平凡社版を読んで、目からウロコ体験をした。長崎の遺跡と、広島の遺跡のあまりの違いを、現地で見て驚いた。アメリカ都市からの碑があるのを不思議に思った。そうした疑問が本書で解けたのだ。自分たちが破壊したキリスト教教会の悲惨な遺構を、残させな いよう強烈に働きかけた宗主国キリスト者達の懐柔工作。北村西望の平和祈念像の手前にある各国から贈られた像の中に、なぜアメリカのセントポール市からの像 があるのか、意味がようやくわかった。

Stpaulnagasaki

うれしいことに、その名著が文春文庫化され、しかも、福島原発事故を受けた読みごたえのある追記まである。税込み価格683円。

新刊『忘却のしかた、記憶のしかた 日本・アメリカ・戦争』ジョン・W・ダワー著の第五章 被爆者─日本人の記憶のなかの広島と長崎 を今読んでいる。

イエズス会といえば、『イエズス会の世界戦略』高橋裕史著、講談社選書メチエ、と、『武器・十字架と戦国日本 イエズス会宣教師と「対日武力征服計画」の真相』高橋裕史著、洋泉社刊を興味深く読んだ。この文章の著者の表現にある

ポルトガルとスペインの商業権益が日本を搾取していることが明白となり

だけでなく、軍事的な動きも確かにあったことが検証されている。『武器・十字架と戦国日本』あとがきの一部を引用させて頂く。

 昨今、短期的な利益ばかりに振り回され、物事を長い目で考え、その価値の将来における有用性を省みないという愚かな価値観が、日本社会と大学における研究をも支配している。
 そのような社会の風潮にあって、実利主義や功利主義者がもっとも攻撃の対象としているのが歴史学を始めとする人文諸学である。現在の日本に見られる、行き過ぎた実学至上主義には、必ずや鉄槌が下される時期がやってくることはまちがいない。
  未来への指針は、過去から謙虚に学び、反省することから始まる。それを怠った典型例が、現在も継続中の某電力会社による原子力発電事故であることは、述べ るまでもない。また、無節操にひとつの価値観や考えを極端に重視し、それを至上主義化してしまった結果、取り返しのつかない事態がもたらされていること は、我国や他国の歴史が雄弁に証明しているところでもある。歴史を侮る者は、歴史に泣かされることを忘れてはならない。

朝刊記事、「東電福島事故、誰も起訴されない」という。

またしても「津波は予測できなかった」といガセ見出し。

先月刊行された島村英紀著『人はなぜ御用学者になるのか--地震と原発
原発学者のみならず、地震学者も多かれ少なかれ、原発村の中にとりこまれている様子が描かれている。ご本人が一流の地球物理学者なのだから、間違いはない。書評はここで読める
中に、様々な事故調査委員会についての的確な寸評もある。

国会事故調のみが、津波でなく、地震そのものが原因である可能性を想定し、現場検証もしようとしたが、現地調査は東電の妨害で果たせなかった。

状況から判断すれば、「地震そのものが原因である」ことを実証されては困るからだろうとしか思われない。そういう妨害工作を、体制護持機構である検察も、大本営広報部も決して追求しない。

過ちはくりかえしますから。

プロパガンダを信じておられる方々は、岩波書店『世界』2013年9月号掲載の日本国憲法は最高級のレシピ本!内橋克人×アーサー・ビナード(シリーズ 内橋克人の憲法対談)を是非お読み頂きたいと思う。実に読みごたえのある記事。

「原爆投下のおかげで終戦になった」というお話は、戦争犯罪の原爆投下を正当化するための宗主国のプロバガンダ。

実際は「プルトニウム爆弾を長崎に投下するまで、対日戦争を終わらせなかった」ことが、プルトニウム爆弾開発の歴史的事実に基づいて、日本在住のア メリカ人によって明確に語られている。広島型のウラン原爆はいわば旧式なものであり、本当の原爆は、長崎に投下されたプルトニウム型。実際に世界の大半の核兵器は、プルトニウム型。

そして、原子力発電所というものは、実体は、長崎に投下されたプルトニウム型爆弾の材料、「プルトニウム製造装置」とでも呼ばれるべきもの。

2013年3月25日 (月)

“汚い戦争”法王

wsws.org
2013年3月16日

マスコミは、一週間以上、ローマ・カトリック教会の新法王選出を巡る陳腐な陶酔の大きな渦に大衆をまきこんだ。

何世紀にもわたって、迫害と後進性が明らかにされている組織の、この際限なく続く教義と儀式の祝賀は、すこぶる非民主的な性格の捺印が押されている。政治的既成勢力全体の右傾化、そして教会と国家との分離を含め、アメリカ憲法に定められている原理の否認を反映しているのだ。

アメリカ憲法を書いた人々を鼓舞した政治理念から、何と程遠く離れてしまったものか。その理念とは、“あらゆる国、いつの時代も、司祭は自由に敵対的だ。自分自身を保護してもらうのと引き換えに、彼は常に独裁者に協力し、独裁者の権力乱用をほう助する。”というトーマス・ジェファーソンの十分な根拠に裏打ちされた見解だ。

ジェファーソンの見解とごますりマスコミ報道の反動的な性格は“謙虚さ”と“再生”のかがみとして公式に慶賀されている新法王の正体の強力な確認以上の何者でもない。

法王の座についた人物は、マルクス主義や啓蒙主義や、あらゆる形の人類の進歩に対する、筋金入りの敵であるのみならず、第二次大戦後時代の最大犯罪の一つ、アルゼンチンの“汚い戦争”に深く直接加担してきた人物だ。

壮麗な儀式のなか、金曜、バチカン広報担当者は、フランシスコ新法王、元ブエノス・アイレス枢機卿ホルヘ・ベルゴリオの過去に触れざるをえなかった。広報担当者は、法王に対する非難は“反聖職者左翼分子”のしわざだと片づけた。

1976年から1983年迄、アルゼンチンを支配した軍事政権が遂行した“汚い戦争”における教会指導部の共犯行為を“左翼分子”が非難しても、全く驚くべきことではない。彼等は“失踪し”殺害された推計30,000人の労働者、学生、知識人や他の人々、更に何万人もの投獄され、拷問された人々の多くに責任があるのだ。

しかし、ベルゴリオに対する最も手厳しい批判の中には、司祭や平信徒の労働者を含め、カトリック教会内部からのものがあり、教会から“左翼”を“洗浄する”共同作業の一環として、彼が自分達を拷問者に引き渡したのだと主張している。その一人、イエズス会司祭オルランド・ジョリオは、ブエノス・アイレスのスラム地区での仕事をやめるようにという、当時のアルゼンチン・イエズス会教団のトップ、ベルゴリオの警告を無視した後に、他の司祭達と共に誘拐された。

1985年の最初の軍事政権指導者裁判時に、ジョリオは“彼自身が、我々の名前が載った名簿を海軍に手渡したのは確実です”と発言した。二人は悪名高い海軍機械学校(ESMA)拷問センターに連行され、薬漬けにされ、都市外部の村に置き去りにされるまで、五カ月間、拘留された。

ベルゴリオには、イデオロギー的に、軍事政権が行なった大量政治殺害を支持する素因があった。1970年代初期、彼は右翼ペロン主義者のグアルディア・デ・イエロ(鉄衛団)と関係していたが、この組織のメンバーは、ペロン主義者の労働組合幹部分子と共に、トリプルA (AAA=アルゼンチン反共産主義同盟)として知られる、軍事政権が権力につく前に、軍に反対する左翼を絶滅する作戦を実行した暗殺部隊に雇われていた。海軍のトップで軍事政権の主要イデオローグ、エミリオ・マッセラ提督は、特に“失踪者”の個人資産処分をさせる為、こうした分子を雇っていた。

2000年に亡くなったジョリオは、ベルゴリオは“マッセラ提督と連絡をとっており、彼に、私がゲリラのボスだと知らせたのだ”と非難していた。

軍事政権は、既存の社会秩序に対するごくわずかな反対表明も、虐げられた人々に対する共感も“テロ”と見なしていた。誘拐された別の司祭、フランシスコ・ハリクスは、彼等はテロリストではないと軍に伝えるとベルゴリオが約束したと本の中で詳述している。彼は書いている。“後に見ることが可能になった、30の公式文書の記述からして、この人物が、約束を守るどころが、逆に軍隊に偽りの告発をしたことを、私達はいかなる疑念の余地無しに証明することができる。”

ベルゴリオは、召喚されていた軍事政権に対する最初の裁判にも、次回の訴訟手続きにも出廷を拒否した。2010年、彼がとうとう尋問に出頭した際、犠牲者の弁護士達は、彼は“言い逃れ”して“嘘をついている”のがわかった。

ベルゴリオは、誘拐され、子供を生むまで拘留され、処刑された、失踪した母親の赤ん坊を盗み、軍や警察の家族の子供するという軍事政権の慣行を、独裁政治が終わった後に初めて知ったと主張していた。行方不明になった親族を探す手助けを求めて彼に会いにいった人々によって、この嘘は暴露された。

軍事政権との協力は、単なるベルゴリオの個人的失敗ではなく、軍の狙いと手法を支援した教会支配層の政策だった。アルゼンチンのジャーナリスト、オラシオ・ベルビツキーは、ベルゴリオが書いた本の中で、この組織的共謀を隠蔽しようとして、軍事クーデターの8カ月後、1976年11月、教会指導部と軍事政権の会合を記録した、見られては困る文章メモを削除したベルゴリオの企みを暴露した。

削除された声明には、教会は“失敗すれば、マルクス主義になる可能性が非常に大きくなるので”“政府の行動に対し、批判的な立場をとる意図は全くない”という誓約も含まれている。声明は、アルゼンチン労働者に対しておこなったテロ統治、いわゆる“プロセソ”に関する、カトリック教会の“理解、支持と受容”を宣言していた。

この支持は決して精神的なものにとどまらない。軍事政権の拘留・拷問センターには司祭が配置されたが、仕事は拷問と死に苦しむ人々の為に、聖職者の務めを果たすのではなく、拷問者や殺人者達が良心の呵責を克服するのを助けることだった。“麦と殻を分ける”という聖書の比喩を利用して、政治囚が薬物を投与され、裸にされ、飛行機に積み込まれ、海に投げ込まれた、いわゆる“死の飛行”作戦を実行する連中に、“神の仕事”をしていると安心させたのだ。他の司祭は、拷問に加わったり、拷問者が使える情報を引きだすために懺悔を利用しようとしたりした。

この協力は、バチカンの上から下まで支持されていた。1981年、マルビナス(フォークランド)諸島を巡るアルゼンチンとイギリスとの戦争直前、法王ヨハネ・パウロ2世はブエノス・アイレスまで飛び、誘拐され、拷問され、殺害された何万人もの人々については一言も発せぬまま、軍事政権と共に登場し、当時のトップ、レオポルド・ガルティエリ将軍に口づけした。

ジェファーソンが述べた通り、スペインでのフランコのファシスト支持、ヨーロッパでのナチのホロコースト実施への協力、アメリカのベトナム戦争を支持した様に、教会は“常に独裁者に協力する”。

とはいえ、ベルゴリオの様な人物を法王に任命したこと、そして、マスコミと支配層内部での慶賀は、厳しい警告に違いない。アルゼンチンで、30年前に行なわれた恐ろしい犯罪が受け入れられたのみならず、権力の地位にある連中が、激化する階級闘争と社会革命の脅威から資本主義を擁護するため、再び同様な手法の利用を検討しているのだ。

Bill Van Auken

記事原文のurl:www.wsws.org/en/articles/2013/03/16/pers-m16.html

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麦と殻を分けるというくだり、「ルカによる福音書3章17節」が出典だろうか?

そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。

ネットで見ると、彼については、同じような趣旨の英語記事だらけ。腐敗極まれり。

宗教全般、興味皆無ゆえ、宗教関係本ほとんど読まない。そういうことに費やす気力も資金もない。高校生頃からジェファーソンと同じ考え方をしていたような気がする。

戦争に反対して徹底的弾圧を受けた大本教以外のあらゆる宗教団体、日本という国家による戦争に本格的に反対したことはないだろう。神道を先頭に。独立国家としての侵略戦争推進する宗教というのは、成立するかも知れない。しかし、宗主国の侵略戦争推進するために、国民を鉄砲玉にして、祀る宗教というものが、一体どうして成立するだろう。間もなく、こうなる。

軍事政権の拘留・拷問センター、侵略前線には宗教者が配置されるが、仕事は拷問と死に苦しむ人々の為に、聖職者の務めを果たすのではなく、拷問者や殺人者達が良心の呵責を克服するのを助けることだ。

今の売国政権にぴったりよりそう宗教政党の醜悪さ、ジェファーソンの考え方の証明そのもの。そして自民を支持する各種宗教。いかがわしい現世利益と引き換えに、身売りする集団。不幸の科学。

彼等の「死後の世界の天国へ向かう力」は知らないが、「現世を地獄にする力」を、まさに今行使している。国民を守るのが趣旨であれば、壊憲反対、原発反対、TPP反対に、立ち上がってこそ、人を助ける教えだろう。黙認は、1%の1%による1%のための売国政治支持に過ぎない。

善行を尽くして天国に向かうのは至難の技だが、悪行を尽くして、地獄に落ちるのは馬鹿でもできる。

イエズス会については、『イエズス会の世界戦略』『武器・十字架と戦国日本 イエズス会宣教師と「対日武力征服計画」の真相』の二冊を最近読んだだけ。彼等には下心があるのではと疑っていたのには、想像通りの理由があったことがわかってうれしくなった。

悲しいのは、彼等の作戦が今、完成目前にあることだ。

恥ずかしながら、某学会大会に迷い込んだことがある。テーマに興味を持ったためだ。

会長氏、キリスト教徒で、原発メーカーから研究資金を貰っていることを自慢にしていた。階級分裂ではなく、男女の分裂へと誘導する集いに思えて、近寄らないことにした。

“あらゆる国、いつの時代も、宗教者は自由に敵対的だ。自分自身を保護してもらうのと引き換えに、彼らは常に独裁者に協力し、独裁者の権力乱用をほう助する。”

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