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2025年6月 7日 (土)

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』:ロイ・コーンのマッカーシズムからドナルド・トランプのファシズムまで

ジェイコブ・クロス、フレッド・マゼリス
2024年10月18日
www.wsws.org

 ドナルド・トランプとロイ・コーンの関係を描いた優れた新作映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』が、トランプが独裁大統領を目指し二期目を狙う選挙のわずか数週間前の先週末、ついにアメリカの劇場で公開された。

 この映画は、イラン系デンマーク人映画監督アリ・アバシ(『ボーダー』『ホーリー・スパイダー』)が監督し、アメリカ人ジャーナリストのガブリエル・シャーマンが脚本を書いたもので、昨年5月カンヌ映画祭で上映され大きな拍手を浴びたが、トランプ大統領とその弁護士らからの法的脅迫により、アメリカで配給会社を見つけるのに苦労した。

 

『アプレンティス』のジェレミー・ストロングとセバスチャン・スタン

 大統領候補が劇場公開を阻止しようとした理由は明白だ。アバシ監督の映画は、トランプを、単なる悪役として描いていない。その真剣な手法は、トランプにとって事態をさらに悪化させるだけだ。『アプレンティス』は、悪口を言うのではなく、啓蒙的な作品だ。1970年代から80年代にかけて、トランプの名前が、裕福な不動産業者から、残酷さや強欲や人種差別や労働者階級への軽蔑と同義語になる人物へと変貌していく様子を的確かつ娯楽性豊かに描いている。トランプはロイ・コーンの「弟子」であり、コーンを通して、1947年から1957年までウィスコンシン州選出の共和党上院議員を務めたジョセフ・マッカーシーの名にちなんだヒステリックな反共産主義の弟子であることが明らかになる。

 トランプの台頭は、1975年、ニューヨーク市が破産寸前まで追い込まれた後の10年間に始まった金融寄生連中の狂騒と切り離せないものだった。不動産王フレッド・トランプの4番目の子供は、この映画の結末となる出来事の20~30年後、共和党有力者になった。

 これは彼の個人的資質の結果でもなければ、ナチスに傾倒する元大統領が言うような「遺伝子」の結果でもなかった。トランプは、アメリカや世界の資本主義の急激な衰退と腐敗の産物で、資本主義の衰退はアメリカの二大資本主義政党を急速に右傾化させ、彼らが擁立する益々惨めな人材に表れており、マッカーシーより遙かに極端になり、遙かに高い地位に就くことになる扇動政治家台頭の客観的条件を作り出した。金融オリガルヒの一部に、社会革命から彼らの時代遅れの体制を救ってくれる「強権政治家」への切望が生まれた。トランプは二大政党指導者から支持を得たのだ。マスコミの支援も受けた。これら全てが、民主党であれ他党であれ、資本主義には40年以上も続く反動に対する進歩的な代替案がなかった事実を証明している。

 題名に「アプレンティス(見習い)」という言葉を使用しているのは、過去と未来の両方を見つめた言葉遊びだ。セバスチャン・スタン(キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー)が説得力ある演技で演じるトランプは、ジェレミー・ストロング(サクセッション)により命(と死)を与えられたコーンに指導を受ける。また、この映画では、トランプの最初の妻イヴァナ・トランプ役でマリア・バカロワが出演し、ベテラン俳優のマーティン・ドノヴァンがトランプの人種差別主義者の父フレッド・トランプ・シニアを演じている。もちろん、ほとんどの観客は「アプレンティス 」が数年後にトランプを有名にしたリアリティ番組(2004-2017)の名前でもあることを知っているだろう。当時コーンの元「弟子」には独自の弟子がいたが、現在彼は国民の大多数を、弟子ではなく、彼の命令に従いオリガルヒの利益に奉仕するしか選択肢がない連中に変えようとしている。

 映画は、1973年、ウォーターゲート事件でわずか1年足らずで辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領の悪名高い発言から始まる。「私は詐欺師ではない。持っているものは全て自分で稼いだものだ」。この発言は、まだ経験の浅い20代のドナルド・トランプ(スタン)が初めて登場する場面だ。金髪で自信に満ち溢れながら経験不足のトランプはニューヨークで最も裕福でコネが豊富な人々が集まる薄暗く排他的なクラブに足を踏み入れる。

 体制内でトランプとコーンは視線を交わし、すぐ様互恵関係を築き上げ、それはコーンが1986年にエイズで亡くなるまで続くことになる。トランプの政治的個性の多くは、暴力的で凶暴な演説や政敵に対して用いる「大嘘」テクニックからファシストで反共産主義的政治まで、コーンの手法に由来する。

 コーンを弁護士に迎えて、不動産業界でのトランプの成功が始まる。ニューヨーク・ミッドタウンのグランド・セントラル駅近くにある旧コモドール・ホテルを、ハイアット・チェーン傘下のきらびやかな高層ホテルに変貌させる計画を彼は掲げる。映画では、フィクサーのコーンが、ハイアットのCEO、ジェイ・プリツカー(現イリノイ州知事の叔父、クリス・オーウェンズが演じる)にトランプを紹介する場面が描かれる。最終的に、コーンの協力のもと、市から未曾有の1億ドルの減税措置をトランプは確保し、取り引きが成立する。その後、更に注目を集める建物、五番街の不気味なトランプ・タワー計画が持ち上がる。

 コーンがトランプに紹介した他の人物には、極右メディア王のルパート・マードック(トム・バーネット)や、冷酷さと威圧的な態度で悪名高いもう一人のオリガルヒ、ニューヨーク・ヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレナー(ジェイソン・ブリッカー)がいる。

 2019年の映画の主題であるコーンは、ロイ・コーンはどこ? は1927年、ニューヨーク市の裕福なユダヤ人家庭に生まれた。父親は民主党員で連邦判事だった。エリート寄宿学校を経て、コーンは20歳でコロンビア大学ロースクールを卒業し、家族の縁故で徴兵を免れ、21歳という異例の若さで連邦検事補になった。

 
『アプレンティス』のマリア・バカロワとセバスチャン・スタン

アバシの著作の中で、コーンの冷酷さで既に知られていたトランプは、連邦政府とNAACP(全米黒人地位向上協会)が父親の不動産を差別訴訟で訴えた際、コーンに助けを求める。一族の人種差別的商習慣を説明しようとして、トランプはコーンにこう告げる。「うちの建物の10%は黒人に貸している。ただ認可されるには収入が家賃の4倍必要だ」。コーンは威圧的手法を使い、トランプ一族に非常に有利な判決を勝ち取る。トランプは当然ながら感銘を受ける。

 コーンはトランプに同志を見いだし、若い彼を庇護した。そして「ロイ・コーンのルール」を彼に教え込んだ。1) 攻撃、攻撃、攻撃。2) 何も認めず、全て否定する。3) 勝利を主張し、決して敗北を認めない。この冷酷な「大嘘」の信条を、コーンは大小を問わず貫き通した。公式の場では悪名高い同性愛嫌悪者だった彼は、自分が同性愛者なのを否定し、死に至ったエイズは「肝臓がん」だと主張していた。

 脅迫目的で密かに会話を録音するなど、コーンの凶悪かつ違法な手法に、まだ経験の浅いトランプが、ためらいを表明すると、コーンはこう答える。  
えー、違法だと? ドナルド、目を覚ませ。ローゼンバーグ夫妻を裁判にかけた時、あの赤いユダヤ人どもが、自分たちの行いの責任を取って死刑に処せられるのを心から望んだんだ。カウフマン判事はジュリアスを裁判長に送るのに何の抵抗もなかったが、エセルは幼い子供がいる母親だった。国を裏切った罪で、まるでそれが特別な免責であるかのように、彼らは彼女の生存を望んでいた。
 だから裁判中、昼休みにこっそり電話ボックスに行ってカウフマンに電話したんだ。ご存じの通り、厳密に言えば一方的会話は認められない。だが民主主義が危機に瀕している今、多少の法的制約は破っても構わない。彼女が幼い子供がいる母親であろうと、彼女は国を裏切ったのだ。だから死ななければならない。模範を示して、この女性を死刑に処すべきだ。

 コーンによるローゼンバーグ夫妻への容赦ない訴追と共産主義への憎悪は、FBIのJ・エドガー・フーバーとマッカーシー上院議員の注目を集めた。裁判後、コーンは二人のために働き始め、マッカーシーのスタッフに加わり、マッカーシーの捜査小委員会の主任顧問になった。ウィスコンシン州選出の上院議員が1954年のいわゆる陸軍・マッカーシー聴聞会で失脚する中、コーンはニューヨークで個人弁護士として活動し、マフィアのボスや大富豪や最終的にトランプの弁護士を務めた。彼は単に有力で裕福な弁護士だっただけでなく、大企業、政治家、組織犯罪を相互利益のために結びつける「フィクサー」として知られていた。その間終始、コーンはフーバーの友人で、文通相手でもあった。

 2019年にコーン氏に関する750ページを超えるFBIファイルが公開されたことを報じた ニューヨーク・タイムズ紙は、これらのファイルは「コーンとフーバーが特別な絆で結ばれていたことを示唆している」と記した。1969年にフーバーに宛てた手紙で、コーンは「あなた方はこの国において実に偉大な組織です」と記している。フーバーは「親愛なるロイ」への返信で「私に関する彼の寛大な発言には本当に感謝している」と記している。

 コーンが、1970年代に流行した様々なポストモダニズムの潮流が推進した概念、つまり誤解を招くような「左派」としばしば関連付けられる概念を根拠に、自らの非道徳性と完全な嘘を正当化しているのは興味深い。アバシ監督の映画全体を通して、権力と富という目標を実現するには、人間性だけでなく、客観的真実の存在という概念さえ捨て去る必要があるとコーンはトランプに説いている。

 「他人がどう思おうと気にしないのが強みだ」とコーンは断言する。「善悪などない。あー、道徳などない。大文字のTで始まる真実などない。それは作り話だ。フィクションだ。勝つこと以外、何も重要でない。そういうことだ」

 (この流れで、2004年、ブッシュ政権が「認識可能な現実の慎重な研究」に基づいて設立された「現実に基づく共同体」を否定し「我々は今や帝国であり、行動すれば自らの現実を創造する」と主張したと匿名ホワイトハウス当局者がジャーナリストに語ったのは有名だ。)

 コーンとトランプと彼らが代表する体制にとって残念なことに、客観的な現実、つまり理解し、説明し、行動に移すことが可能な客観的な歴史過程が存在している。この現実から階級闘争と労働者階級の道徳観が生まれ、資本主義が人類文明を滅ぼす前に、地球から資本主義を一掃するために闘う何百万もの人々を鼓舞するだろう。

 70年前のマッカーシーとコーンによるファシズム的扇動の発展を、今日のトランプに代表されるより発達した脅威へと辿ることも重要だ。マッカーシーは1954年に非難され、影響力を失った。当時、戦後好況の真っ只中にあったアメリカ資本主義には、そのような手段は必要なかったからだ。だが、マッカーシーが絶頂期にあった当時まだ幼かった若者を指導するほどコーンは長生きした。現在、アメリカ大統領選に出馬した候補者中、最年長となったトランプは、世界資本主義の危機が世界中で極右とファシズム運動を生み出す時を待ち備えてきた。彼はまだ大衆ファシスト運動を主導してはいないが、それが彼の狙いで、最も熱狂的な彼の支持者たちの目標でもあるのだ。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2024/10/19/bfav-o19.html

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Real Scott Ritter
Announcing a US-Russia Citizen’s Summit Scott Ritter
Jun 06, 2025

 The Chris Hedges Report

How 'Paradise Lost' Revolutionized the World (w/ Orlando Reade) | The Chris Hedges Report  55:49
Professor Orlando Reade joins Chris Hedges to to examine the influence of 'Paradise Lost’ on revolutionary thinkers, and to grapple with the moral grey area that exists in revolutions.

Chris Hedges
Jun 06, 2025

 今朝の孫崎享氏メルマガ題名
「マスクにがっかりだ」「トランプは恩知らず」…トランプとマスクが公然と丁々発止。トランプはマスクの企業への数十億ドル相当の政府契約を破棄すると発言。口論、トランプ氏のトゥルース・ソーシャルのユーザー630万、マスク氏のXは推定6億。口論の打撃はトランプの方が大きい。
 植草一秀の『知られざる真実』
原発事故東京高裁が不当判決

2024年5月 5日 (日)

銀幕上の戦争と平和:映画でロシアとアメリカは互いに、どうプロパガンダをしたのか

新冷戦でロシアとアメリカの銀幕対決が復活

 2月末、「スパイ戦争:ウクライナとプーチンとの戦いをCIAはどのように密かに支援しているのか」と題する記事をニューヨーク・タイムズが掲載した。ウクライナの特殊部隊とCIAとの関係について、この記事は詳しく説明している。2016年以来、CIAはウクライナのエリート特殊部隊を訓練し、今も機能している秘密基地や地下壕建設を支援している。アメリカの援助によってウクライナは持ちこたえ、抵抗を続けることができているというのがこの記事の考え方だ。

 それは誰にも秘密ではないと言う人もいるかもしれないが、以前は「陰謀論」と呼ばれる可能性がある情報を、組織的な親政府出版物が公然と公開している事実自体が重要だ。現在、ロシアとウクライナの紛争により、モスクワとワシントンの特殊部隊間で新たな対立が始まっている。多くの人は、自分の日常生活とは関係ない権力者同士の対決と受け止めるだろうが、外交政策は、どの国の国民生活にも影響を与えてきたし、これからも影響を与えるだろう。それは人々の文化生活にも影響を与えるのだ。

 アメリカとソ連のイデオロギー的対立は、20世紀前半に映画に反映され始めた。その後、冷戦が始まると、プロパガンダの最前線における映画の役割は決定的なものとなった。ロシアとアメリカの関係が両国の映画撮影にどのような影響を与えたのか、そして映画がこの対立をどのように助け扇動したのかを見てみよう。

 映画における冷戦はどのように始まったのか

 戦前に遡ると、ソ連映画は、ソ連の共産主義建設計画を、特定の妨害活動やスパイ集団が妨害しようとするスパイ映画を制作していた。しかし、この若い国家は資本主義全般に反対していたため、スパイの国籍は重要ではなかった。誰でも悪役を演じられた。たとえば、1924年の映画「Four and Five」では、軍事的に重要な発明を盗もうとする5人のスパイとソ連人パイロットが戦う。映画はスパイがどこから来たか詳しくは述べていないが、彼らが西側資本主義の手先なのは誰の目にも明らかだった。

 スパイ・ジャンルはアメリカでも活発に発展していたが、このジャンルで制作された映画は純粋に娯楽を目的としており、深刻な政治的色合いは全く無かった。追跡や陰謀や特殊工作員が満載の魅力的な映画『三十九夜』を撮影したアルフレッド・ヒッチコックも、このジャンルを愛していた。

 しかし、世界が二つの陣営に分かれた第二次世界大戦後、全てが変わった。勢力圏を巡り、アメリカはソ連と戦い始め、敵の具体的イメージを受け取ったハリウッドは直ちに体勢を立て直し、冷戦をテーマにした映画を製作し始めた。

 冷戦を直接扱った最初の映画は1948年に公開された「鉄のカーテン」だった。この映画は、カナダのオタワにあるソ連大使館で暗号学者として働いていたソ連のGRU工作員イーゴリ・グゼンコの回想録に基づいている。第二次世界大戦終結3日後の1945年9月5日、グゼンコはソ連工作員から情報を含む文書を盗み亡命と引き換えにカナダ側に引き渡した。

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「鉄のカーテン」 (1948) ウィリアム・A・ウェルマン監督 © 20th Century-Fox

 興味深いのは、当時アメリカで『鉄のカーテン』が批判されたことだ。ニューヨーク・タイムズの批評家は、この映画を挑発的と呼び、ハリウッドが冷戦に関与すると決意したのではないかと懸念を表明した。当然ながら、ソ連側の反応も同様だったが、それはより率直に表明された。さらに、この映画は音楽界にスキャンダルを引き起こした。この映画では、ドミトリー・ショスタコーヴィチ、セルゲイ・プロコフィエフ、アラム・ハチャトゥリアンの作品が使用された。ショスタコーヴィチは著作権保護を求めてニューヨークの裁判所に訴訟さえ起こしたが、ソビエト連邦の法律によれば、この作曲家の音楽は国宝だったため、裁判所はそれを却下した。

 マスコミによる批判にもかかわらず『鉄のカーテン』は興行収入を稼ぎ出し、この種の先駆け映画になった。ハリウッドは恥ずかしがるのをやめ、冷戦とソ連のスパイに関する映画をうらやましいほどの頻度で製作し始めた。一年後、欧米諸国の占領地域に置かれ、戦後祖国に帰還したソ連国民の物語「赤いドナウ」が公開された。当然ながら、映画にはソ連に戻りたがらない多くの人々が写っていた。NKVDや弾圧を恐れて特殊機関から身を隠した人もいた。


「赤いドナウ」 (1949) ジョージ・シドニー監督 © Metro-Goldwyn-Mayer

 1950年、SF映画『空飛ぶ円盤』が公開された。その名前にもかかわらず、それはエイリアンに関するものではなく、優秀なアメリカ人科学者に設計され製造された空飛ぶ円盤を入手するためのソ連とアメリカの特殊部隊間の闘争だった。

 ソ連の反応

 奇妙なことに、ソ連の反応は対称的ではなかった。映画製作者たちは、CIAやその他のアメリカ機関を直接暴露しようとしなかった。また、この国は大祖国戦争を乗り越えたばかりだったので、スパイ映画の大部分はファシストとの戦いに関するものだったことも忘れてはならない。ソ連映画は『春の十七の瞬間』『盾と剣』『ヴァリアント・オメガ』『シークレット・エージェント』など、いくつか傑出したスパイ映画を生み出した。

 しかし、現代的な課題を考慮する余地もあった。そこで、1950年に、某東ヨーロッパ共和国の首相を暗殺する欧米特殊機関による陰謀と、どのようにソ連が若い共産主義者たちを助けたかを描いた『Conspiracy of the Doomed(破滅する運命の連中の陰謀)』がソ連の画面に登場した。

 同年に公開された『シークレット・ミッション』は更なる注目に値する。これは、西側スパイの集合的イメージではなく、ソ連諜報機関がアメリカ諜報機関を直接引き受ける珍しい例だ。「Секретная миссия 秘密の任務」は戦争末期が舞台だ。CIAが西部戦線の降伏に関して第三帝国と秘密交渉を行う予定だという情報をソ連諜報機関が受け、当然ながら指導部は緊張している。アメリカがドイツに何を要求しているのか、それがソ連の状況にどんな影響を与えるのか解明する任務をソ連は二人の工作員に与えた。

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「Секретная миссия秘密の任務」 (1950) ミハイル・ロム監督 © Mosfilm

 それにもかかわらず、ソ連映画の歴史で:そのような例はほとんどなかった。原則として、一部の集合的「欧米諜報機関」は敵対者として行動したが、その計画は主に国際主義や集団主義や社会主義という考え方の優位性により、主人公たちにより阻止された。

 より的を絞った形でハリウッドは行動し、1963年でさえ、ボンド映画「ロシアより愛をこめて」の一部が完全にKGBとの対決に捧げられた。

 しかし、アメリカの映画製作者の間で一致した意見がなかったため、冷戦を非難する風刺映画もアメリカで公開された。


『ロシアより愛をこめて』 (1963) テレンス・ヤング監督 © United Artists

 平和と戦争のプロパガンダ

 1964年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の傑作『ドクター・マーティン』。
 『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』は、今でも反戦映画の最も明確な作品の一つだ。これは、地球が核武力紛争の危機に瀕した一年前に全世界を震撼させたキューバ危機に対するキューブリックの反応だった。アメリカ人作家ピーター・ジョージの原作「レッド・アラート」を映画の基礎としたキューブリックの功績を称える必要がある。この小説は深刻な調子で書かれており、誰が善人で、誰が悪人かは疑問の余地がなく、登場人物をアメリカ人の主人公とソ連の敵対者に明確に分けていた。キューブリックはプロパガンダ本を反戦宣言に変え、どの国の権力者も、核兵器を喜ぶ躁病精神病質者病質者であることを暴露した。

 1966年に公開されたノーマン・ジュイソンの喜劇『アメリカ上陸作戦(原題The Russians Are Coming, the Russians Are Coming (ロシア人どもがやってくる)』も注目に値する。この映画は、アメリカの小さな町の普通の人々が容易に陥りがちなパニックの雰囲気をあからさまに嘲笑している。映画は、マサチューセッツ州沖で座礁したソ連潜水艦から始まる。潜水艦を浅瀬から解放する装備を探すためロシア人乗組員が下船した。船員たちをソ連人と認識すると、アメリカ人は想像を絶するパニックに陥り、ソ連による差し迫った攻撃の恐ろしいイメージを想起した。ジュイソンは機知に富んだ不条理コメディを撮影し、アメリカ人同僚に認められ、映画はアカデミー賞4部門にノミネートされた。


『アメリカ上陸作戦(原題The Russians Are Coming, the Russians Are Coming (ロシア人どもがやってくる)』 (1966) ノーマン・ジュイソン監督 © The Mirisch Corporation

 アメリカによるベトナムでの戦争勃発後、このような重要な反戦映画が二本公開されたのは偶然ではない。ベトナム戦争でアメリカ社会の雰囲気は大きく変わり、優秀なCIA工作員が邪悪なKGB工作員から世界を救うというスパイ描写は次第に廃れ始めた。当然、人々は自分に影響を与える出来事について懸念を抱いたのだ。

 当時、戦争に賛成する方向に世論を誘導しようとアメリカ政府は試みたが失敗に終わった。1968年に『グリーンベレー』が公開され、ジャーナリストが南ベトナムの基地に到着し、紛争におけるアメリカの役割を徐々に再考し、米軍参加の必要性を理解するという内容だ。伝説的な西部劇の英雄ジョン・ウェインもこの映画に主演したが役に立たなかった。この映画は世界中だけでなく、アメリカ国内でも容赦なく酷評され、明らかなベトナム戦争推進プロパガンダを批評家たちは嘲笑した。


『グリーンベレー』 (1968) ジョン・ウェイン、レイ・ケロッグ監督 © Batjac Productions

 冷戦の終焉

 冷戦戦線における一時休戦は、レオニード・ブレジネフ書記長死後、ソ連で権力危機が発生した80年代半ばまで続いた。 三年で三人の書記長が交代したことはソ連の経済的・政治的安定に影響を与えざるを得ず、この事実はハリウッドの映画製作者に利用された。そして、ミハイル・ゴルバチョフとロナルド・レーガンが接近に向けた政治的路線を打ち出した時、超大国間の友情を主張し「善良なロシア人」を描く映画を製作することがハリウッドで流行した。『ロッキー 4』『レッド ヒート』『レッド スコーピオン』は普遍的に平和的なメッセージを伝え、冷戦終結を訴えている。

 しかし、いつも通り、悪魔は細部に宿る。「クランベリー」という表現がソ連で、後にロシアで普及したのはその時だった。これはアメリカ人映画製作者がソ連の人々を描くために使用した方法を指していた。このような映画のどれでも、ロシア人に対するアメリカ人の対植民地に近い態度は明らかだった。ロシア人は単純で心の狭い愚か者として画面に登場した。冷戦におけるアメリカの勝利は、アメリカだけでなく、貧しく脅迫され疲弊したソ連国民にも利益をもたらすという考えが観客の心に植え付けられた。

 1984年のジョン・ミリアス監督の映画『レッド・ドーン』は際立っている。ミリウスは主に傑出した名作『ジョーズ』や『地獄の黙示録』の脚本を書いたことで知られている。しかし1984年、彼は監督の椅子に座り、ソ連によるアメリカ攻撃について率直な映画『クランベリー』を撮影した。映画では、ソ連軍がアメリカに侵攻し、アメリカ国民のために再教育収容所を建設する。一方、侵略者と対峙するために高校生がゲリラ集団を結成する。今日『レッド・ドーン』はトミー・ウィゾーの喜劇『ザ・ルーム』のように見られている。映画は余りに酷く、良いものだ。公開当時も笑顔なしでは見られなかった。この映画には若きパトリック・スウェイジ、チャーリー・シーンや、後に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の母親役になるリー・トンプソンが出演しているのも注目に値する。


『レッド・ドーン』 (1984) ジョン・ミリアス監督 © MGM / UA Entertainment Company

 一方、ソ連では映画館の雰囲気がゆっくりと変化しつつあった。1968年に始まったソ連と西側の特殊部隊の戦いを描いたスパイ4部作の最終作品『Конец операции 'Резидент'駐在員作戦終了』が1986年に上映された。この映画は批評家から冷たくあしらわれた。多くの人々にとっては最初の三作と比較して見劣りしたが、最終的に彼らが愛した主人公の運命がどうなるか見られたので、視聴者は概して満足した。

 1987年には、戦略的に重要な鉱物鉱床を獲得するため、ソ連工作員とCIA工作員が争う映画『ザゴン』が登場した。おそらく、ソ連冷戦映画に終止符を打ったのは『ザゴン』だった。この映画の公開後、映画監督連中はソ連崩壊までこの話題に触れなくなった。


『ザゴン』 (1987) イーゴリ・ゴステフ監督、リモン・ブトロス © Mosfilm

 新しいラウンド

 1990年代と2000年代初頭、ロシアとアメリカ間の映画的対立が最も穏やかだったことが判明した。両国間の安定した関係は、鋭い、または時事的な陰謀を引き起こさなかった。NATOによるユーゴスラビア爆撃でさえ、新たなラウンドを開始できなかったが、1999年以降、関係が以前と同じになることは決してないだろう。

 2014年以降、ロシアへのクリミアの復帰決定により全てが劇的に変化した。ロシアの映画製作者は、CIAやその他の特殊機関との対決を描いたアメリカ・スパイ映画の登場を待たず、すぐさま、このジャンルの映画やテレビ シリーズ制作を開始した。既に2014年、ソ連諜報員ミハイル・リュビモフの小説を映画化した映画『スパイの魂』が公開された。物語はロシア人諜報員がイギリスのアメリカ特殊部隊で働くスパイを追跡しようとする。

 2017年、ユーリ・ビコフ監督はスパイシリーズ『スリーパーズ』を撮影したが、この作品では一見無関係に見える出来事を含む欧米特殊部隊による大規模計画が暴かれている。2019年に、90年代初頭にCIAとFBIがロシアの超諜報員を摘発しようとする一方、ロシア側が彼を確保する作戦を実行する様子を描いたシリーズ『スパイNo.1』が公開された。

 今年『GDR』公開により、マントと短剣のテーマが復活した。このシリーズはレトロなジャンルで撮影され、現代ドイツ史の中で最も重要な時期、1989年秋の出来事 (1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊) を描いている。あらすじによれば、社会主義政権の崩壊中に東ドイツの秘密文書を入手するためにソ連とアメリカの特殊部隊が戦う。

 ハリウッドはロシアのハリウッドに大きく後れをとっていない。2014年、トム・ハーディ主演の映画『チャイルド44』が公開されたが、この映画はもともと1953年にソ連で捕らえられた狂人を描いた犯罪スリラーだった。この映画はロシアでレンタル証明書を受け取らず、大失敗に終わった。これせ「昔ながらの冷戦時代のプロパガンダを復活させようとする試み」とアメリカ。アメリカ人批評家連中さえもが呼んだ。

 しかし『チャイルド44』は単なる試金石に過ぎないことが早速明らかになった。2018年にはジェニファー・ローレンス主演の『レッド・スパロー』が公開され、批評家の評価は高くなかったものの、むしろ好評を博した。2019年、大人気のNetflixシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の第三話では、物語はアメリカにあるソ連の秘密基地を中心に展開した。この回は好評を博したが、プロパガンダとレッテルを貼るのを批評家は控えた。なぜなら1985年に起きた出来事を題材にした冷戦風刺だと製作者が皆に説明しようとしたためだ。そして、2013年からから2018年まで放送されたシリーズ『ジ・アメリカンズ』は冷戦中のアメリカ在住のKGB潜伏スパイを主人公にしている。このプロジェクトは広く認められ数多くの賞を受けた。

 現在、ハリウッドとロシア映画産業の間で大画面競争が本格化している。これは良いことでも悪いことでもない。結局、制作者は視聴者が買う商品を作ろうとするわけで、視聴者は今興味のあるものを探すわけだ。ロシアとアメリカの関係は、近年両国の主要議題の一つとなっている。2016年の大統領選挙でドナルド・トランプの勝利に貢献したとされる、どこにでもいる「ロシア人ハッカー」を例に挙げよう。需要が供給を生み出すので、両国の映画製作者はこの規則に従っているのだ。

 ドミトリー・クズミンはロシア映画評論家、ロシア有数のストリーミング・サービス寄稿者

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記事原文のurl:https://www.rt.com/pop-culture/596657-spy-games-in-cinema/

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  ソ連・ロシア映画のつながり、2022年9月5日に翻訳掲載した下記記事も、ぜひご覧頂きたい。

非ナチ化-第1幕、ソ連映画を通して見る大祖国戦争

  ソ連・ロシア映画のつながり、2014年6月21日翻訳掲載した下記記事も、ぜひご覧頂きたい。

戦争反対!『鶴は翔んでゆく』(1957)の反戦メッセージ

 クリス・ヘッジズ番組中止に反対する人々が多数いるという。彼に対する迫害は大学生弾圧と同じ理由だろう。自称丘の上で煌々と輝く町の現実は低湿地のファヴェーラ。

 The Chris Hedges Report

Thank you for your support following the cancellation of my show on The Real News.

Chris Hedges
May 04, 2024

 デモクラシータイムス

平和主義は活かされているか~ 9条の今【半田滋の眼 NO.101】20240425 40:03

 今朝の孫崎享氏メルマガ題名

改憲「賛成」27% 2年連続で減少 毎日新聞世論調査、2022年4月賛成44%反対31%、23年4月賛成35%、反対47%、24年4月賛成27%、反対52%。安倍元首相の死去が影響しているだろう。維新の勢力拡大がストップ、少し国民も正常を取り戻しつつあるのか。

2022年9月 5日 (月)

非ナチ化-第1幕、ソ連映画を通して見る大祖国戦争

2022年8月22日

ノラ・ホッペによる覚え書きと考察とタリク・マルズバーンの協力によるSakerブログへの寄稿

非ナチ化-第1幕、ソ連映画を通して見る大祖国戦争

 意図的な記憶喪失や歴史やロシア文化排斥で加速され、無知、愚かさ、忘れやすさや狂気へと欧米世界が益々深く落ち込む中、ロシアの偉大で気高い作品の一部を、よみがえらせ、記念し、祝うことは不可欠だと我々は思う。人類文明の将来のためにも。

 彼らを相対的な平和と快適さで暮らすこと可能にした大祖国戦争という決定的偉業について、欧米の若い世代は決して聞いてもいない可能性がある。彼らにとっては、あの戦争で犠牲になった2700万人もの命は想像することさえ困難かもしれない。

 まして、1941年9月8日に始まり、1944年1月27日に、赤軍が封鎖打破に成功するまで、ほぼ900日間続いたレニングラード包囲戦を知っている人々は更に少数かもしれない。

 1941年-1942年の冬は酷く寒く、一ヶ月に約100,000人が飢餓で死んだ。絶望から、市民はワセリンや壁紙糊から、ネズミやハトや家庭のペットまで、あらゆるものを食べた。暖房のため、個人蔵書の本や家具や衣類さえ燃やした。後に見いだされた遺品の中に、彼女の家族全員が死んで行く日付を記録したレーニングラードっ子ターニャ・サヴィチェワという名の12歳の子供が書き留めた日記があった。母親の死後、彼女は書いた。「サヴィチェフ家は死んだ。みんな死んだ。残ったのはターニャだけ。」

 封鎖のため、都市に食糧を送る唯一の方法は凍りついたラドガ湖に橇と鋤で氷上に造られた、この都市への唯一の開いた経路で新鮮な補給をもたらすことだった。食品と燃料を輸送するトラックと橇が、ナチ空爆の頻繁な目標になった事実にもかかわらず、これは「命の道」として知られていた。

 包囲戦期間中、合計で推定75,000発の爆弾がレニングラードに投下され、多くの人々が亡くなり、更に多くの人が、飢えと飢えからくる病気で亡くなった。レニングラード包囲戦は、推定総計800,000人の一般人を殺した。歴史家マイケル・ウォーザーは「レニングラード包囲攻撃は、ハンブルグ、ドレスデン、広島と長崎への爆弾投下を合計したより多くの一般人を殺した」と要約した。明白な組織的飢餓を狙って(Hungerpolitik-レニングラードの隔離。ドイツ砲兵隊はパン工場や中央の食糧供給組織を砲撃した)この都市の民間人を意図的に壊滅し、(イェルク・ガンツェンミュラー、ティモ・ヴィハヴァイネン、リチャード・ビドラックやニキータ・ロマギンなどの)一部の歴史家たちと同様、包囲戦は大量虐殺行為だと考えることができる。人種差別によって引き起こされた迫害も忘れてはならない。ナチはスラブ人をUntermenschen(下等人間)と見なしていた。

 本や記事やフィルム映像で提供される情報を越えて、大祖国戦争中の人々の戦いの規模を理解したい人々は、サンペテルブルで、レニングラード防衛と包囲国立博物館勝利広場のレニングラードの英雄的防衛に尽くした人々に捧げる記念碑や、約420,000人の一般人とレニングラード戦線の50,000人の兵士が186の合同墓所に埋葬されているピスカリョフスコエ記念墓地を訪問すると、より良く把握できるだろう。これら記念碑は、全て強力な大いに感動的な形で、レーニングラードっ子の不動さや勇気や威厳をしのんでいる。私として個人的には、これらの人々の高尚な、苦渋に満ちた人類に対する犠牲を胸を締め付けるほど鋭く伝えるのは(1991年3月の凍り付くように寒く、暗く、風が強い日の午後遅く訪問した)ピスカリョフスコエ記念墓地だった。

 1952年に生まれたレニングラード市民のプーチン大統領は、レニングラード包囲戦に捧げられた記念行事に頻繁に参加している。それは彼にとって非常に個人的な物語だ。父親のウラジーミル・スピリドノヴィッチ・プーチンは、包囲戦中レニングラードの南東封鎖をドイツ軍が完了するのを阻止する重要な防衛陣地ネフスキー・ピャタチョークで戦った。母親は包囲戦期間中、市に留まり、1942年冬、兄のビクトルは包囲された都市でジフテリアで亡くなった。書類によれば兄の遺骨も埋葬されているピスカリョフスコエ記念墓地で共同墓地に献花した後、大統領は祖国記念碑にも花輪を捧げた。

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映画は、地理や言語の壁を越えるのみならず、展開する出来事を明きらかにする、より詳細な経験を観客にしばしば提供する一つの強力なメディアなので、我々は異なる角度からこの期間を描いたソ連映画をいくつか提示して、大祖国戦争をしのびたいと思う。

 だがソ連映画に進む前に、まず驚異的なことに、アメリカで制作され、驚異的にも、依然YouTubeにある映画を紹介したい。明らかに、欧米で政権を掌握している人々によって忘却に追いやられているように思われる

 「ロシアの戦い  The Battle of Russia」はイタリア生まれのアメリカ人フランク・キャプラとキエフ生まれのアメリカ人アナトール・リトヴァクが監督した。ウィキペディアの大雑把な情報を要約すると、この映画は、歴史上失敗したロシアを征服しようとする試みの概観で始まる。1242年のドイツ騎士団(セルゲイ・アイゼンシュタインの映画「アレクサンドル・ネフスキー」の映像を使って)、1704年のスウェーデン、カール12世(ウラジーミル・ペトロフの映画「ピョートル大帝」の映像を使って)、1812年のナポレオン1世、第一次世界大戦でのドイツ帝国によるもの。当時、征服を狙う者にとって、この土地が、どれほど欲しかったかを示すために、ソ連邦の膨大な天然資源が説明される。ロシアの文化的要素としては、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーの楽曲やレオ・トルストイの小説『戦争と平和』が言及されている。

 映画のオープニング・クレジットは下記のように書かれている。

  • ソ連の人々が示した勇気より素晴らしい表現は史上ない。」アメリカ陸軍長官 ヘンリー・L・スティムソン
  • 我々と同盟諸国は、ソ連の軍と国民に永遠の感謝の恩義を負い、認めている。」アメリカ海軍長官 フランク・ノックス
  • ロシア兵士たちの勇敢な行為と戦闘精神はアメリカ陸軍の称賛を博している。」アメリカ陸軍参謀総長 ジョージ・C・マーシャル
  • ソ連の英雄的、歴史的防衛の称賛に私も加わる。」アメリカ艦隊司令長官 アーネスト・J・キング
  • ロシアの取り組みの規模と壮大さは史上最大の軍事的功績だ。」アメリカ南西太平洋地域最高司令官 ダグラス・マッカーサー大将

The Battle of Russia ロシアの戦い(1943年)

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『祖国の名において』(1943年)-フセヴォロド・イラリオーノヴィチ・プドフキンとドミトリー・イヴァノビッチ・ワシリエフ

祖国の名において』は、コンスタンチン・シーモノフの戯曲「ロシアの人々」に基づき、フセボロド・イラリオーノヴィチ・プドフキンとドミトリー・イバノビッチ・ワシリエフが監督した映画だ。

あらすじ。晩秋。ドイツはまだ前進しており、小さい海辺の町を占領した。だが、その郊外で、町を分割する塩けがある河口の西側で、全面包囲された小さいロシア駐屯地は依然頑固に持ちこたえている。清浄な水がないので、ロシア分遣隊を疲弊させ、消耗させる使のを好んで、ドイツ将官は攻撃を急がない。サフォーノフ大尉は、他の偵察者に戦略上の橋を爆破する命令を伝える町への任務で、愛するワーレチカを偵察に派遣する。彼女は途中で捕えられ、敵の刑務所に入れられる。司令部からの新情報と、主力部隊と再会する希望から、サフォノフは、ワーレチカ救済と、命令取り消しと、橋からドイツ軍をそらせるため経験豊富な兵士グローバを送り込む。

Во имя Родины / In the Name of the Motherland 『祖国の名において』(1943年)映画をオンラインで見る

 『鶴は翔んでゆく』(1957年)-ミハイル・カラトーゾフ

 ヴィクトル・ローゾフによる戯曲『永遠に生きるもの』に基づく。

 ソ連、1941年。ボリス・ボロージンが出征する。彼の婚約者ベロニカの親は爆撃で死ぬ、女性はボリスの父親の家に連れて行かれる。同時に、ボリスが戦闘中行方不明と知らされる。だが友人ステパンを救助している間に自身を敵の砲火をさらけだしてボリスが実際死んだ事実を知らずに、彼女の最初の恋人の知らせを待つのをやめずに、ボリスのいとこで、もう一人の求婚者マークと結婚する。

 何らかの形でボリスを裏切ったという考えが彼女につきまとう。結婚で最初のひびに会って、ベロニカは橋から飛び降りて自殺しようとするが、たまたま自動車にひかれそうだったボリスという名の子供の命を救う。マークが徴兵から逃れるために仕組んだ策略を知って、ベロニカは夫を捨て、彼女には親をつきとめることができなかったボリスと新しい人生を始める。

 同僚の兵士が彼女にボリス・ボロージンは行方不明だと言うと、ベロニカは彼の死を信じるのを拒否する。戦争が終わり、凱旋パレード中に(ボリスに救われた)シュチェパーンが突然現われて、ベロニカに花束を贈る。それから彼はボリスの死について彼女に話す。ベロニカは、今戦争の犠牲を理解し、通行人に花を配り始める。

『鶴は翔んでゆく』|ドラマ|映画全編

 『人間の運命』-セルゲイ・ボンダルチュク(1959年)

 M・ショーロホフの小説に基づく。大祖国戦争が始まり、トラック運転手アンドレイ・ソコーロフは家族と分かれなければならなかった。1942年5月、彼はドイツの捕虜になった。ソコーロフはナチ強制収容所の地獄に耐えるが、彼の勇気のおかげで処刑を回避し、最終的に前線背後の束縛から逃げる。短い前線休暇で故郷ボロネジに帰り、ドイツ航空機がボロネジに爆弾投下した際、妻と娘たちが死んだと知る。身内では息子だけが残り、彼は士官になった。戦争最終日の5月9日、アンドレイは息子が死んだ知らせを受ける。

 戦後、孤独なソコーロフは故郷のボロネジから離れた(スターリングラード州)ウリュピンスクで、トラック運転手として働く。そこで彼は戦争孤児になった少年ヴァーニャに出会う。母親は爆撃で亡くなり、父親は戦争中に行方不明になったのだ。ソコーロフは少年に、自分が父親だと言い、そうすることで自身と少年に新しい幸せな家庭生活への希望を与えると決める。

『人間の運命』|戦争映画|映画全編

 『誓いの休暇』グリゴリー・チュフライ 原題 兵士のバラード(1959年)

 第二次世界大戦中、前線で有名になった若いロシア兵士アリョーシャは勲章授与を言われる。だが彼はこの大きな名誉を断り、その代わり母親を訪れる許可を求める。彼の旅行は長く困難だ。彼は汽車から汽車へと飛び移らなければならず、多くの障害が彼の時間を奪う。途中で彼に手を貸したり、彼が援助する様々な人々に会う。それから彼は同方向に旅する少女シューラに出会う。旅行中、二人は恋に落ちる。

 旅は終わり、アリョーシャはシューラと別れなければならない。彼女がさようならを言う時、彼女は彼に婚約者についての考えを決めた、今彼を愛していると言う。さようならを言わずに、アリョーシャは列車に追いつく。途中、彼はシューラに愛を告白しなかったのを残念に思う。突然列車は爆撃され、アリョーシャは数人の乗客の死を目撃する。

 道路で、アリョーシャは、少なくとも数分、母親と会うため故郷の村に連れて行くようトラック運転手を説得する。隣人に会い、母親を抱擁し、戦争の後すぐに戻ると約束する。母親は彼に「待っているよ」と言う。

 ナレーションが言う。「彼は素晴らしい市民になれたはずで、土地を庭園で飾ることができたはずだが、彼は我々の思い出で、永久に軍人のままだ。一人のロシア兵!」

 『誓いの休暇』原題 兵士のバラード(1959年)グリゴリー・チュフライ-英語字幕(720p)下記リンク残念ながら、削除されていて見ることができない。

 『僕の村は戦場だった』原題「イワンの子供時代」(1962年)アンドレイ・タルコフスキー

 V・ボゴモーロフの物語「イワン」に基づく映画は主に第二次世界大戦中、ソ連軍が侵入するドイツ軍と戦っている戦線に設定されている。映画は頻繁な回想と直線的でない筋が特徴だ。

 第二次世界大戦、東部戦線、スターリン線、スターリン線、ドニェプル川地域。12歳のイワンは、(父親は前線で死亡した可能性が高く、母親も、おそらく亡くなり)家族がない状態で、ドイツ侵略者と戦うため、最初はパルチザン、次に正規ソ連陸軍に加わる。彼を大いに面倒を見る、グリャズノフ大佐もホリン大尉も、特にグリャズノフは終戦後、彼を養子にしたいと思っているが、沼が多い場所で気付かれずに動く彼の能力を利用して彼を敵軍前線を越えて、偵察任務に送る。特に困難な任務の後、イワンは予定の場所に戻り損ね、その代わり、若い中尉ガルチェフが支配する前線の戦線地域にたどり着くが、彼には汚れて、疲労した少年の説明を信じることが困難だが、軍司令部と連絡を取ることに同意し、安心したホリンが駆けつける。

 グリャズノフはイワンを前線から離し、軍学校に行かせて彼を守ると決断するが、戦争では臆病者と病弱な人だけが兵役を回避できるのだと確信している少年は前線に残る決意が堅い。後部に送られると戦争で荒廃した土地に逃げるが、まもなく連れ戻される。イワンは最後の任務に参加する。ホリンとガルチェフは、行ける限り川の対岸まで同伴するが、初雪が降る中、むなしく彼の偵察からの帰還を待つ。戦争が終わった時、ソ連が占領したベルリンで、顔にも魂にも傷を負った生存者ガルチェフは、偶然国会の放棄された事務所で処刑された捕虜書類中でイワンの書類発見し、少年が絞首刑にされたのを知る。

 映画は著しい対照で始まる。チョウが飛び、カッコーが鳴く中、静穏で明るい田舎の光の中で水浴びし、母親が、そばにいるのを知っている幸せな少年は、突然恐怖の「ママ!」という叫びで中断され、傷ついた女性が横たわり、少年は隠れ、自分を守らなければならない暗い破壊された世界の中に目覚める。感動的なジェット・コースターの後、(終わりまでモノクロの)映画は、更に明暗の対比を強め、視聴者の細心の注意を要求する。現実レベルの物語の連続性は、後の夢のような連続シーンで破られる。一つは明らかに映像で、もう一つは、思い出あるいは続く夢の論理、両方の混合であり得る。映画の最後、時間と場所の突然の飛躍のみならず、小説からドキュメンタリーへの素早い移行は驚くべきだ。これら映像の焦点はドイツ指導部徒党に殺された彼ら家族の子供だ。『僕の村は戦場だった』の中心主題との関係はそれで維持される。

『僕の村は戦場だった』原題「イワンの子供時代」|戦争映画|アンドレイ・タルコフスキー監督

 

 『ヨーロッパの解放』(1967年-1972年)ユーリ・オーゼロフ

 ユーリ・オーゼロフの叙事詩的歴史映画は、大祖国戦争の五つの主要東部戦線の作戦に焦点を合わせ、ソ連領の解放と、続くナチス・ドイツ敗北の劇的表現の五編で構成されている。「クルスク大戦車戦」「ドニエプル渡河大作戦」「大包囲撃滅作戦」「ベルリンの戦い」「最後の突撃」だ。

 合計51人の歴史上の人物が映画に登場する。これら人物を演ずる俳優を選ぶのは容易ではなかった。主な問題は映画の中の英雄やモデルの大半が、まだ生きていることだった。彼らの多くは高い地位にあり、自分たちが画面でどう見えるかに強い関心を持っていた。顔を似せるだけでなく、モデル(あるいは映画の監修者たちに)に、特定の俳優あるいは、別の俳優による、画面上のモデル描写に同意させる問題ではなかった。

『ヨーロッパの解放』映画1:「クルスク大戦車戦」|戦争映画|映画全編

「クルスク大戦車戦」は1943年夏にクルスク膨隆において英雄にふさわしい戦いを示す。

『ヨーロッパの解放』映画2:「ドニエプル渡河大作戦」|戦争映画|映画全編

「ドニエプル渡河大作戦」は1944年のドニエプル川の戦いとソ連攻撃作戦に関するものだ。

『ヨーロッパの解放』、映画3:「大包囲撃滅作戦」|戦争映画|映画全編

 「大包囲撃滅作戦」は、ナチス部隊からベラルーシの完全解放をもたらしたバグラティオン作戦に関するものだ。

 『ヨーロッパの解放』、映画4:「ベルリンの戦い」|戦争映画|映画全編

「ベルリンの戦い」。1945年、戦争最後の月。これは奴隷にされたヨーロッパの運命が決定される日々の話だ。

 『ヨーロッパの解放』、映画5:「最後の突撃」|戦争映画|映画全編

「最後の突撃」はドイツ国会議事堂攻撃について、全ての部屋、全ての階のための戦いに関する話だ。

 『朝やけは静かなれど!』(1972年)スタニスラフ・ロストフスキー

 『朝やけは静かなれど!』はボリス・ワシリエフの同名小説に基づきスタニスラフ・ロストフスキーが監督した4つのエピソードのテレビ・シリーズで、1972年のソ連戦争演劇だ。映画は反戦の主題で、第二次世界大戦でロシア女性兵士駐屯地に焦点を合わせる。

 1942年の晩春、大祖国戦争は最高潮にある。1つの長期の方法で引き前線から、いずれかの神によって忘れられた合流点で、ドイツ人はキーロフ鉄道と白海に連絡を取ろうとする試みで航空の着陸作戦を作る-バルト海運河。彼らはただの落下傘部隊員ではない。これは経験豊かな、大いに訓練された潜入者、武装親衛隊超エリート・チームだ。彼らの邪魔になる唯一のものは訓練中のヴァスコフ曹長と若い女性五人の高射砲部隊だ。それは地元の重要性の争いのように思われるかもしれないが、国の戦略上の主要輸送幹線は危機にある。伍長と彼の「初心者」はナチの破壊工作と何らか代償で防ぐことができだろうるか?

『朝やけは静かなれど!』-プレイリスト-エピソード1-4のロシアのテレビシリーズ。英語字幕。StarMediaEN

 『春の十七の瞬間』(1973年)一連の12のエピソード タチアナ・リオズノワ監督

 『春の十七の瞬間』は、ユリアン・セミョーノフによる同名小説に基づき、タチアナ・リオズノワが監督し、今までに作られた最も成功したソ連のスパイスリラーとみなされ、ソ連史上最も人気が高いテレビ・シリーズの1つだ。

 このシリーズは、マックス・オットー・フォン・スティエリッツという名でナチス・ドイツで活動するソ連スパイ、マクシム・イサエフの偉業を描いている。スティエリッツは、戦前のナチスによるドイツの乗っ取りのずっと前、1927年に派遣された。彼は国民社会主義ドイツ労働者党に参加し、下っ端から昇進し、ナチス防諜活動の幹部になった。彼はドイツ反体制派知識人から数人の工作員を採用し、牧師を迫害した。スティエリッツはドイツと西洋同盟諸国の間で、別個の和平協定を作ることを狙ったカール・ウォルフとアレンダレス間の秘密交渉がスイスで行なわれることを発見し、それを阻止する計画をたてる。作戦上の組み合わせの助けを借り、特に直接の上司ウォルター・シェレンバーグのおかげで、スティエリッツは、マーティン・ボルマンを通して、英米の計画を阻止すのに成功した。

 スティエリッツの性格は、アンドローポフの理想的ソ連スパイの概念を反映している。彼は計算高く、謙虚で、国を深く愛し、何よりも、知的で、敵の裏をかいて、任務を実行した。彼は、主に、しかし全面的にではなく、大まかに、ソ連工作員に転じたゲシュタポ士官ウィリー・リーマンに基づいていた。スティエリッツに失敗させられたアメリカ・ドイツ交渉は、1945年5月2日、北イタリアでのドイツ国軍降伏に導いた、1945年にアレン・ダレスとカール・ウォルフによってまとめられた本当の協定をモデルしていた。映画の歴史的な基礎はオペレーション・サンライズだ。ソ連の背後で、1945年3月に、スイス、ベルンで、一連の秘密交渉がナチス・ドイツ親衛隊と、アレン・ダレス下のアメリカ戦略情報局OSS間て2週間行なわれた。(彼らが降伏の細部を練っていた際、どうやらダレスはニュルンベルク裁判で、親衛隊のウォルフ大将を起訴から守ると口約束した。ウォルフと彼の部隊は、ウィンストン・チャーチルがこの時期に提唱した、ソ連を侵略する秘密計画「想像を絶する作戦」実行を支援するものと考えられていた。それはソ連との戦争のための冷戦時代、最初の緊急対策になった。ウォルフは後に300,000人のユダヤ人殺害に共謀したことが判明した。[‘Conspiracy of Silence: How the “Old Boys” of American Intelligence Shielded SS General Karl Wolff from Prosecution’ ?「沈黙の陰謀:アメリカ諜報機関の「オールド・ボーイズ」が、親衛隊のカール・ウォルフ大将を、いかにして起訴から保護したか」を参照-https://www.academia.edu/31673216])

 ある評論家が、ソ連での、このシリーズの大衆の歓迎をこう表現した。最初の放映中、道路は空になった。ホッケーより多くの観客を引き付け、伝説的成功だった。」放送中、犯罪率は際立って下がった。多数のTVがつけられて、消費電力急増をもたらし、発電所は発電を増やさなければならなかった。それは間もなく人気シリーズになった。

 どうやら、多くの解説者がプーチン大統領と、神秘的人物スティエリッツとの類似を見ている。プーチン自身、KGBに加入する決断は『春の十七の瞬間』シリーズを含め子供時代のスパイ・スリラーが動機になったと主張したと言われた。

  『春の十七の瞬間』(1973年)12本の第1部 英語字幕 HQ

 視聴者カルロス・コバスによるYouTubeでの発言

 「この映画はソ連映画の傑作だ。今それが北アメリカでDVDで利用可能となり、私は再びそれを見たが、本当に、これほど衝撃的な、他の、どんな古いロシア/ソ連映画も考えられない。表面上、物語は第二次世界大戦最後の月日に、ヨーロッパで欧米同盟国と別個の協定を結ぼうとするナチス幹部の試みの証拠を得ようとするソ連諜報機関工作員の話だ。だが、この映画はスパイ・スリラーよりずっと深い。あぶり出しインクも、ハイテク銃も美女もない。そうではなく、一つだけ。主人公の妻。彼は何年も彼女に会っておらず、彼は彼女に会うことを許される。彼はベルリンのカフェにいる。彼女は店に入り、遠い隅の席に座り、一杯のコーヒーを注文して…」

 『処刑の丘』(1977年)-ラリーサ・シェピチコ

 ウクライナ人ソ連監督、脚本家、女優ラリーサ・シェピチコは彼と共有するウクライナの伝統と、視覚の詩的な象徴的表現に満ちた社会的現実主義の映像に親近感を感じていたオレクサンドル・ドブジェンコの弟子だ。

 『処刑の丘』は、バシル・ブィコフの小説「ソトニコフ」に基づき、1942年の冬という設定で、脚本の要求通り、恐ろしい冬の状態で、モスクワの東部地域で1974年1月に撮影された。(1979年自動車事故での悲劇的な死の前のシェピチコ最後の映画だった)。

 あらすじ:ナチに占領されたベラルーシ。ソトニコフ少尉と兵卒のルィバークは、凍りついた森で立ち往生して、空腹の女性や子供を含む仲間とパルチザンのために食物を獲得すべく、雪の中、村に行かされる。雪の中の長い銃撃戦後、ドイツ兵の一人が死に、二人は逃げるのに成功するが、ソトニコフは脚を撃たれている。彼らは3人の幼い子供の母親デムチハの家に避難する。だが彼らは追跡され捕らえられる。身体的に虚弱なソトニコフは拷問に耐え、死刑執行による死を選ぶ。だがルィバークは、跪き、慈悲を嘆願し、警官としてドイツ人のために働くことに同意する。後になって彼は自分がしたことを知る。

 『処刑の丘』

 『行け、そして見よ(炎628)』(1985年)エレム・クリモフ

 『行け、そして見よ(炎628)』はエレム・クエレムリモフが監督した1985年のソ連の反戦映画だ。脚本は、クリモフとアレシ・アダモヴィチが書き、アダヴィチが共著者だった1978年の本「ハティニ物語 私は炎に包まれた村からきた」(1977年)に基づいている。もっぱらベラルーシで、ベラルーシ語で、素人俳優で撮影された。映画で描かれた全てがベラルーシで実際に起きた出来事に基づいている。映画はシュールレアリスムを基調とする超現実主義で、哲学的な実存主義を、詩的、心理的、政治的、黙示録さながらの主題と混ぜ合わせている。公開時に肯定的な批判的評価を得て以来、最も素晴らしい映画の一つと見なされるようになった。

 映画の題名は『ヨハネの黙示録』第6章に由来する。「来たりて見よ」という叫びは、「黙示録」で四人の騎士に引き起こされる破壊に対する熟考への招待だ。「彼が4番目の封印を開いた時、私は四つの獣が「来たりて見よ!」と言うのを聞いた。そして見ていると、青白い馬が出てきた。そして彼に乗っている者の名は死で、それに黄泉が従っていた。そして彼らには、地の四分の一を支配する力と、剣と飢饉と死と、地の彼らの獣によって人を殺す権利が与えられた。」

 映画の筋はベラルーシのナチス・ドイツ占領と、母親の希望に反して、ベラルーシ・レジスタンスに加わったフリョーラという名の十代のベラルーシ人パルチザンの少年が目にする出来事に焦点を合て、ベラルーシの村の民衆に加えられるナチの残虐行為と人の苦しみを描写する。この映画は、他のものと違い、戦場での子供の悲劇は見せる。映画の始め、16歳のフリョーラは十代の少年に過ぎない。だが結局、恐怖と恐れを体験して、この子供は恐ろしいほど大人になる。

 映画について、エレム・クリモフは、こう言っている。

 「大祖国戦争勝利の40周年記念日が近づいていた。経営幹部に何か話題になるものを示さなければならなかった。私は白ロシアでの恐ろしいファシスト大量虐殺から奇跡的に生き残った人々の実体験報告で構成された『私は炎に包まれた村から来た』を何度も読んでいた。彼らの多くが、まだ生きていて、ベラルーシ人は彼らの記憶の一部を映画に記録するのに成功していた。彼の村全員がどのように教会に集められたか、彼らが焼かれる直前に、士官簾中が、彼らにどのように言ったかと言った、ある小作農の顔と目と、静かな回想を私は決して忘れるまい。「誰であれ子供がいない人は去って良い。」彼は我慢できず、妻と幼い子供たちを置き去りにした。あるいは他の村が燃やされるのを。成人は全員家畜小屋に集められたが、子供は後に残された。そして後で、酔った男たちが、牧羊犬と一緒に彼らを包囲し、子供たちを犬にバラバラに引き裂かせた。

 それで私は思った。世界はカチンを知らない! 彼らはカチンについて、ポーランド士官の大虐殺について知っている。だが彼らは白ロシアのことを知らない。600以上の村が燃やされたのに!

 そこで私はこの悲劇に関する映画を制作すると決めた。映画がどぎついものになるのは十分承知していた。私は中心的俳優である村の若者フリョーラ役は、困難な役になりきる上で、蓄積された演技経験や、テクニックや技能で、心理的に自分を守れる職業俳優には演じられないと判断した。私は14歳の普通の少年を見つけたいと望んだ。我々は彼を最も困難な経験に準備させてから、撮影しなければならなかった。同時に、映画撮影が終わった後、彼が精神病院に入れられずに、生きて健康で母親に返せるよう、我々は彼をストレスから守らなければならなかった。幸い、フリョーラを演じ、後に良い俳優になったアレクセイ・クラウチェンコとは全て順調に行った。

 これは非常に残忍な映画で、人々が見続けられる可能性はありそうにないと思った。私は脚本共作者アレシ・アダモービチにも話した。だが彼は答えた。「人々に見せよう。これは我々が残さなければならないものだ。戦争の証拠として、平和への嘆願として」

 『行け、そして見よ(炎628)』|戦争映画|映画全編

 大祖国戦争に関しては、もちろん実に多数の強力なソ連映画がある。これらはそうだ、しかし少数が…する

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 今日欧米では、どんな形であれロシア文化を取り上げることに対し包括的禁止がある。芸術、教育あるいは、スポーツ分野でさえ。かつてソ連に所属したり、東欧圏の一部だった東欧諸国の多くで、政権や組織が、記念碑やナチズムやファシズムに関する彼ら民族の苦難や勝利に捧げる記念館を破壊しているのを見ることができる。歴史的な偉大なロシア文化人が忘却され、他方ファシストやナチの象徴が益々受容されるように思われる。(ベルリンのチャイコフスキー・シュトラーセは、いつかシュチェパーン・バンデラ・シュトラーセと命名し直されることがあり得るだろうか?)ロシア人は? いくつかのヨーロッパ諸国は、彼らのヨーロッパ旅行が禁止されることを望んでいる。「ノーベル賞」受賞者レフ・ワレサは、こんなことを提案するに至っている。「今日我々はロシア政治体制転覆を実施するか、人口を5000万人以下に減らすかしなければならない。」レニングラード包囲攻撃は彼には明らかに十分ではなかった。彼は新たな大量虐殺を望むのだろうか?

 だが病的に自暴自棄なロシア嫌い連中が、何であれロシア製のものを抑圧し、追放し、消去し、削除し、壊滅させようとどんなに努めても、自身の文化とアイデンティティーを抑圧し、追放し、消去し、削除し、壊滅させることにしかなるまい。ロシア文化や歴史を破壊する連中の意図は永久に徒労のままだろう。過去の証言は生き続ける。これら映画や多くの他の作品を通して、高潔な証人たちの記憶を通して、真実を求めることを通して。

民族が記憶を失う時、民族はその魂も失うのだ。

* * * * *

 いくつかの参考リンク:

https://en.wikipedia.org/wiki/Siege_of_Leningrad#Lifting_the_siege

https://journals.ub.uni-heidelberg.de/index.php/fr/article/view/50755/44648

https://tass.com/society/1393925

https://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%92%D0%BE_%D0%B8%D0%BC%D1%8F_%D0%A0%D0%BE%D0%B4%D0%B8%D0%BD%D1%8B

https://en.wikipedia.org/wiki/Seventeen_Moments_of_Spring#cite_note-IZ-2

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Ascent_(1977_film)

https://en.wikipedia.org/wiki/Come_and_See

記事原文のurl:https://thesaker.is/the-great-patriotic-war-as-seen-through-soviet-cinema-for-todays-battle-against-amnesia/

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 次期イギリス首相、タカ派有利と報じられている。かくして、英米主導の戦争は続く。

 手元の『僕の村は戦場だった』と『誓いの休暇』DVDを見たくなった。劇場で鑑賞する勇気は無い。

2022年7月29日 (金)

あらゆる重要なことに関して、我々は一生だまされ続けている

2022年7月25日
ケイトリン・ジョンストン

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 非常に重要な問題に関して、人生丸ごと間違った方向に導かれる主人公にまつわる物語が何世代も出現して、今日に至るまで映画館で観客を喜ばせている。

 乞食は本当は王子だった。ルークはダース・ベイダーの息子だった。キアヌ・リーブズはコンピュータ・シミュレーションの中で暮らしていた。ブルース・ウィリスは本当は幽霊だった。ジム・キャリーの世界は、全てテレビ番組のセットで、彼の人生の幼少期から、全員が彼にウソをついていた。

 人々の共感を呼ぶので、この主題は非常に頻繁に繰り返される。しかも、それは、まさに実際起きていることなので、大いに人々の共感を呼ぶのだ。

 権力者連中が、権力者連中にとことん奉仕するよう作った社会に適応するよう、我々は幼い時から訓練されている。政治体制制度は意図的なソーシャル・エンジニアリングの産物ではなく、社会で自然発生する現象事象者連中のためになるよう、権力者連中によって設計された社会に適合するよう我々は徹底的に訓練される。

 我々が世界や世界がどう機能するか知りたくなるほど十分成長するとすぐ、教育制度により、見聞きするメディアにより、同じように洗脳された親により、生まれて以来、我々が浸っている文化により、こうした問題に関するウソで我々の頭は満たされる。

 人生に関して、だまされている主人公を巡る、これらの物語は、我々全員、自分の生活でも、何らかのレベルで同様にあてはまるかもしれないと思うから共感を呼ぶのだ。そうした映画は、物事を認識する我々の方法には、どこかおかしな点があると常に感じていた我々の中の隠れた神聖なものに、常にささやくのだ。

 権力者連中に奉仕するウソにどっぷり浸かって、我々は一生を過ごす。政府が有権者の意志に従って行動する民主主義の中で暮らしていると思い込むようだまされている。我々の政治体制は、戦う二つのイデオロギー党派によって動かされていると思い込むようだまされている。政府は基本的に正しく、純粋な悪である外国政府に対して立ち上がっているのだと、思い込むようだまされている。物事の現状は存在可能な唯一の形なのだと思い込むよう我々はだまされている。

 情報を集め、世界に対する理解を形成する方法について、ウソを信じるよう思い込むよう我々はだまされている。起きている出来事について、報道機関が我々に真実を話すと思い込むよう我々はだまされている。政治的に異なる党派の支持する側から聞く全てが本当で信頼できると思い込むよう我々はだまされている。国内や、世界の出来事を認識する上で、適用されている党派的偏向が、情報を解釈し、結論を出す上で、洗脳が完全に信頼できる手段性だと思い込むよう我々はだまされている。

 我々自身に関するウソを、本当と思い込むよう我々はだまされている。支配的な資本主義者、裕福な出世主義者になれれば成功でき、産業のギアを回して、出世のために他人を登り越えて進まなければ、失敗だと信じるよう我々は思い込まされている。でっち上げられた、権力に奉仕する法や、文化や、宗教の支配を支持すれば正しく、それらを逸脱すれば、我々は正しくないと思い込むようだまされている。我々は、物事をなしとげ、実績を上げ、達成し続ける必要がある、金と人々の承認を獲得し続ける必要があると信じるように思い込まされていて、ある日、決して来ることのない未来における何らかの想像上の時点で、まずまずと感じられるかもしれない。

 我々に植え付けられたウソを根こそぎにする力を我々が本当に得られたら、我々は現実を経験する方法について自分をだましていたことさえ発見できる。世界から切り離された有限な個人という自己認識は、経験に関する誤った前提から生まれた役に立たない精神的習慣の誤った仮定に基づいていて、我々自身の意識という局面を見過ごしているのだ。自分が誰で、何者なのかに関する間違った思い込みで、自身を惨めにしているのだ。

 この文明社会はトルーマン・ショーの舞台装置で、我々全員トルーマンなのだ。

 だが我々全員がトルーマンなので、我々全員一緒に歩き去る時にだけ、我々は舞台装置から歩き去ることができるのだ。たとえ皆様が、それがすべてウソだとを知っているにせよ、依然、ウソによって行動が動かされている人々で一杯の世界の中で立ち往生しているので、個人として立ち去る選択肢はない。

 個人として、現実に目覚めるのは、全てインチキだと悟った後、脱出する前のトルーマンのように、この理由から、夢で眠っているままでいるより皆様は一層居心地が悪くなりかねない。時に、皆様は、母親役を演じて、何とかしてコマーシャル時間に切り変えようとする俳優にびびって、立ち往生する。それは皆様にとって、惨めであり得るし、まだ同じ立場にいない皆様の周囲の人々にとっても、惨めであり得る。

 トルーマン・ショーの舞台装置から我々が脱出する唯一の方法は、我々全員が作り上げたウソからお互いを目覚めさせるのに成功することだ。その時まで、我々は貧困、戦争、搾取、退廃、環境破壊や苦しみの世界から逃れられないだろう。十分な人数の人々が、ウソのマトリックスから我々の心を切り離すまで、我々は本当の変化を強いるために、自分たちの人数の力を使うことができない。

 その時初めて、我々は脱出が可能になるだろう。

 その時初めて、我々は舞台装置から歩き去ることが可能になるだろう。

 その時初めて、我々は観客に向かって「おはよう!会えない時のために、こんにちは、こんばんは、そしておやすみなさい!」と言うことが可能になるだろう。

 そして、そこで向きを変えて、ドアから外に歩き出て、現実に我々の冒険を始めよう。

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 日本人にも、ぴったりの題名。

 『トルーマン・ショー』確かに共感する映画。何かの機会に知りDVD購入、見て感動した。我々の人生そのもの。テレビ・新聞全て洗脳機関。

 さすが、バーナード・ショー。

 信仰を持つものが無神論者より幸せだという事実は、酔っ払いがしらふの人間より幸せだという事実と何も変わらない。信じやすさの幸せというものは、安直で危険な幸せの特質で、決して人生に不可欠なものではない。

アンドロクレスとライオン ジョージ・バーナード・ショー

“The fact that a believer is happier than a skeptic is no more to the point than the fact that a drunken man is happier than a sober one. The happiness of credulity is a cheap and dangerous quality of happiness, and by no means a necessity of life.”

― George Bernard Shaw, Androcles and the Lion

 今朝の孫崎享氏メルマガ題名

一教会問題の理解のために。 川邊 克朗記事「自民党・統一教会・公安警察、「三つ巴の暗闘」の恐るべき歴史 パンドラの箱を開けた「安倍銃撃事件」

 日刊IWJガイド

「本日18時半から『岩上安身による北海道大学 櫻井義秀教授インタビュー』を生配信!/期末まで残り3日! IWJに緊急のご支援を!!」2022.7.29号

【IWJ_YouTube Live】18:30~
安倍元総理殺害をきっかけに統一教会問題が再燃! 韓国最大の反日カルトと自民党とがズブズブの関係の不可解!!「多国籍企業」のような宗教組織の正体とは!?岩上安身による北海道大学大学院文学研究科・文学部 櫻井義秀教授インタビュー
視聴URL: https://www.youtube.com/user/IWJMovie/featured

2022年5月20日 (金)

現状に投資している名士連中は人間のくず

2022年5月15日
ケイトリン・ジョンストン

この記事を英語音声で聞く。

 皆様は、彼らの仕事を楽しんでいる有名人は、世界の出来事に、なぜこれほど近視眼なのか不思議に思われたことがあるだろうか?連中の言葉や連中の音楽で皆様の心の奥深く、皆様をかき立てながら、シンクタンクや、権力に有利に話を歪曲する連中がでっち上げる偏狭な主流政治世界観を持つことができるのだろう?

 ここ数日、名士連中は特に不愉快な帝国ごますりで、そういうことになる際、一体何が起きているかの熟考には、おそらく時間を割く価値がある。

 最近、ベット・ミドラーは粉ミルク不足に関して「ケーキを食べればいいじゃない」風に、アメリカ人に「母乳を試しなさい。無料だし、要求にあわせてあげられる」とTwitterで言って大見出し記事になった

 アメリカの現状がしばしば作り出す健康上の問題や長時間労働もあるが、それに限らず、なぜ親が赤ん坊に始終母乳をあげることができないかには、もちろん多くの理由がある。裕福で権力をもった連中に引き起こされた組織上の問題に対して、個人に何をすべきか言うのは、そうした人々や体制批判から注意を逸らすのに大いに役立つ。

 

 3月、ミドラーは、ウクライナ国旗を持った子供の写真を載せたアカウントで「私は彼女のため、ガソリンに喜んで更に多く払う」とツイートしたように、それほど恵まれない人々の苦闘への無関心を広めるのにTwitterアカウントを使っている。ミドラーには推定2.5億ドルの資産がある。

 ウクライナの話題で言えば、最近U2のボノとEndは、もちろん彼らが大いに支持しているので、世界を脅かすアメリカによるロシアに対すに代理戦争を支持してキーウでコンサートをした。彼は戦争犯罪人ジョージ・W・ブッシュを「大好きになり」、世界経済フォーラムで資本主義を称賛し、2016年には、シリアに関するアメリカ帝国言説推進で戦争屋リンジー・グラハムと協力したボノは、もちろん2022年にキーウ地下鉄でアメリカ帝国言説を支持して「ウクライナに味方する」と歌って当然だ。

 最近サドグル・ジャッギー・ヴァースデーブという非常に人気の高いインド人精神指導者が専制政治流血が国際記事見出しになっているのに、アパルトヘイト民族国家の農業慣行を称賛し「イスラエルが世界を奮い立たせるよう!」とツイートした。魂の市場では「悟り」商人のごくわずかしか個人の目覚めに関し言うべき価値があるものを持っておらず、外界に関する意識の話になると、彼らほぼ全員ぐっすり眠っている。

 先日恐怖物作家のスティーヴン・キングは国土安全保障省真実省を率いる酔狂な阿呆リベラルを支持して「私はニーナ・ヤンコヴィッツを支持する」とツイートする奇異な決断をした。言うべき言葉もない。

 

 プロパガンダと、資本主義と、大規模軍事暴力によって、ばらばらにならないよう維持されている帝国内では、この種のことは非常にしばしば起きるが、この帝国内で著名な地位に出世した人々は、そうした物事と共生関係がある。

 2.5億ドルの資産を持った人物が、資本主義の終焉や、膨大な富の不平等の除去を支援することなどありりえない。富と地位をハリウッドから得ている人物が、ハリウッドがその重要部分である帝国プロパガンダ機関に反対することなどありえない。現状政治から利益を得る人物が、それらに対して意味ある反対を推進することなどありえない。

 そして、それは、お互いさまだ。帝国機構は、その死を求める人々を出世させない。反帝国主義ジャーナリスト、アーロン・マテはピューリッツァー賞を決して受賞するまい。反戦喜劇役者デイブ・スミスは、主流ハリウッド映画で決して主役を演じるまい。ヒットチャートのトップになる歌は、金と富裕を称賛する傾向があり、それを可能にする仕組みに対する反対を決して増幅しない。

 一般に、人は、そうなるよう推進する力がある人々の協力なしでは、金持ちや有名になれない。連中は、現状体制に、親密に絡み合わさっているので、そうした人々は、常に現状体制の継続に投資する。資本主義や、帝国や、イスラエルのアパルトヘイトや、アメリカ制裁や、冷戦瀬戸際外交の終焉を人が求めれば、そうした人々の誰からも、頂上への出世のために、手を貸してもらえる可能性はありそうにない。

 だから、人は名声と富への特別切符をもらった途端、すぐに自身が、自分を高めた現状システムに大きく投資している人々に囲まれていることに気がつく。人は彼らのパーティーに行く。人は非常に有名な場合、普通の人と普通の友情を維持するのが難しいので、彼らと友達になる。人は、そうと気がつく前に、世間としっかり隔絶された現状維持世界観の反響室の中にいるのだ。

 

 だから名声は、様々な方法で支配体制権力に対する支持を自己強化型のフィードバックループで、それは大問題だ。それは、我々の社会で最も多く発言力を持った人々は、常に必ず現状体制から大いに利益を得る人々であることを意味するから、大問題だ。彼らの声は、彼らが、より正当だとか、より正直だからではなく、単により拡声されるがゆえ、同じ体制下で苦しむ無数の何百万人もの人々を覆い隠してしまうのだ。

 体制がうまく機能していることを示唆する形で、世界と彼らの国について語る最もうるさい声を聞かされ、反対のことを言う遙かに多数の声は、事実上聞いてもらえない時、一体何が起きるだろう? 体制がうまく機能しているという錯覚を引き起こすのだ。現状維持政治はやるべきことをするだけで、大規模な全面的変更は不要なのだ。

 こうして、十分な人数の住民に、現状は機能しているに違いないと考えさせるので、現行支配体制秩序に対する名士の満足は、一種自明の予言になる。家計をやりくりし、破産せずに持ちこたえるどんな困難も、体制ではなく、自分が悪いのだ。答えは革命や変化ではなく、自滅的な自己責任と、経験から得られた無力さだ。

 寡頭政治帝国の中で名士だということは、極めて僅かが顕著な例外で、帝国工作員だということだ。我々の画面を埋め、我々の世界観を形成する奇妙なプラスチックの顔をした奇人連中は、国防総省や警察などの圧政機構機の一部だ。

 この乱雑の中を進む中、知っておいて有用なことだ。

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 寺島メソッド翻訳NEWS

「最も信頼できる」英国放送協会(BBC)、ウクライナのナチスを美化

British Bullshit Corporation Whitewashes Ukrainian Nazis

 当ブログ下記翻訳と同じ原文。

ウクライナのナチをごまかすBritishイギリスBullshitでたらめ企業Corporation

 耕助のブログ

No. 1456 ウクライナに米英軍が派遣されるのは時間の問題

 日刊IWJガイド

「日本経済大ピンチ!? GDPは年率換算でマイナス1%!? 本日午後6時半から『岩上安身によるエコノミスト 田代秀敏氏インタビュー』!」

2021年10月20日 (水)

MGMが北米でMinamataを「葬ろうとしている」と非難する著名カメラマンのステファン・デュポン

リチャード・フィリップス
2021年9月24日
wsws.org

 監督、プロデューサー、アーティストのアンドリュー・レヴィタスによる最新映画Minamataはオーストラリア、ニュージーランド、イギリス、アイルランド、ロシアや、最近数ヶ月いくつかのヨーロッパ映画祭で成功裏に上映した後、今週日本で公開された。

 レヴィタスの115分の映画は、数十年にわたるチッソ株式会社による日本の水俣地域の産業公害と、写真エッセイスト、W・ユージーン・スミスと妻のアイリーン・美緒子・スミスによる、1971年から1973年までの、この犯罪をあばく戦いの正式な機微なドラマ化だ。撮影はブノワ・ドゥローム、音楽は坂本龍一で、映画プロデューサーの一人、ジョニー・デップは、主にイギリス人と日本人キャストの素晴らしい演技に支援されて、スミスとして真に迫っている。

 
Minamataの美波とジョニー・デップ[写真:ラリー・D・ホリックス]

 これまでのところ何万という人々がMinamataを見て、評価は圧倒的に肯定的だったが、MGMは北米では、この映画を、まだ公開していない。

 7月、MGMが「映画関係者[デップ]の個人的問題が否定的影響を及ぼしかねない可能性を懸念し」「映画を葬る」と決めていたことを明らかにする公開書簡をアンドリュー・レヴィタスが公表した。マードック・メディアや、他の場所で悪意ある#MeTooの主張の対象となった人気俳優は、最近彼を「ボイコットした」とハリウッド・スタジオを非難した。

 AP通信によれば、9月22日、スペイン、サンセバスチャン国際映画祭での記者会見で、デップは「キャンセル・カルチャー」を非難し「本質的に大気汚染にも等しいものに基づく即断」と表現した。フェスティバルで高名なドノスティア賞を受賞したこの俳優は、状況が「誰も安全ではないと私が保障できるほど制御不能になっています。誰かが何か言うのをいとわないかぎり、皆さんの誰でも。」と警告した

 MGMは、人口ほぼ6億人のアメリカ、カナダ、メキシコを含む北米、中米とカリブ海の大半でのMinamata配給権を所有している。映画会社による、この検閲的行動に、ソーシャル・メディア・キャンペーンや請願やMGM所属事務所への何百という反対の手紙がきている。ユージーン・スミス(1918-1978)に鼓舞されたフォトジャーナリストやドキュメンタリーカメラマンたちも、MGMの行動に関して率直な意見を述べている。

 下記は、MGMが北米でMinamataを公開しそこねているのを、あからさまに非難するオーストラリア人カメラマンで映画製作者ステファン・デュポンのインタビューだ。

 デュポンの作品は、ニューヨーカー、アパチャー、ニューズウィーク、タイム、GQ、エスクワイア、ジオ、フィガロ、リベラシオン、サンデー・タイムス、インデペンデント、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ・マガジン、スターン、オーストラリアのファイナンシャル・タイムズ紙、バニティー・フェアに掲載され、パリ、ロンドン、ニューヨークや他の大都市で展示会が開催されている。現在彼はオーストラリアの最近の森林火災や気候変動の長期的衝撃で「Are We Dead Yet」展示会をキャンベラで開催している。


ステファン・デュポン

 デュポンは30年間、戦争カメラマンで、2001年のアメリカ率いる侵略、侵略中以前に、1990年代、アフガニスタンから報じていた。2005年、カンダハル外でアメリカ海兵隊員に同行し、タリバン兵士の遺体を燃やす部隊の写真を撮影し発表した。この戦争犯罪のおぞましい写真は、アフガニスタン内でも、国際的にも、アメリカ率いる進行中の占領に対する大衆の怒りに拍車をかけた。

 デュポンの印象的な写真は、ここで列記するには余りに多い多数の国際賞を受けている。だが彼にとって最も大切な賞は、2007年のユージン・スミス賞だ。

 
ゴンバド村の負傷したアフガンの子供、2005年[著作権ステファン・デュポン]

 我々はMinamataの印象と、彼の仕事に対するスミスの影響力を論じて会話を始めた。

 ステファン・デュポン:映画館で見たMinamataが本当に好きで、非常に強力で、悲しいと思いました。2007年、信じ難い名誉のW・ユージーン・スミス賞を受賞していたので、それは私にとって非常に個人的なものでした。これは私が常に受賞を夢見ていた賞で、アフガニスタンでの私の仕事に対するものでした。

 それは私の娘が生まれた時に発表され、審査員の一人デイビッド・フレンドからの電話を今でも覚えています。彼はバニティー・フェアのクリエイティブ・ディレクターで、写真撮影界の重鎮でした。それは信じ難い感じと大きな名誉でした。

 ジーン・スミスは、私が彼の作品を見て成長した人で、10代後期、20代初期での他の誰よりも、私をカメラマンになるよう奮い立たせてくれました。私がMinamataを見た際には、私とスミスとのその関係が続いていました。

 私は映画化ついて余り批判的になりたくありません」ドキュメンタリーではありませんが、ジョニー・デップは実に良くスミスの性格を捉えていると感じました。動き方、写真への取り組み、暗室作業。私はスミスの性格のそうした暗い、沈鬱な、時々横柄なことを想像できますが、デップは真に迫って、説得力がありました。

 私はMinamataと、何が起きたかについて、実に多く学びましたが、結局それがスミスを殺したことは知りませんでした。私はこれら意外な事実の一部に非常に衝撃を受けました。映画は率直な描写でした。

 リチャード・フィリップス:あなたはスミスが精神的トラウマのストレスに立ち向かう場面についてお話し頂けますか?

SD:これは実に説得力があり、個人的に請け合えます。彼がそうしたのとほとんど同様に、私は写真を撮影し、経験したことでのPSTD、トラウマに自身対処し、苦闘しました。映画のこの部分では対峙を余儀なくされ、説得力があります。ニューヨークでのスミスの本質をとらえた『ジャズ・ロフト』ドキュメンタリーについても考えました。あれは、彼の混乱した無秩序な暮らし方を大変うまく表現しています。

 スミスは彼が見た、誰もが知っているか、知るべき、「入浴する智子と母」の水銀汚染された水俣の少女智子と母親の象徴的場面と、その心理的ブローバックのトラウマに対処していました。ジーン・スミスは、大いにこの仕事と生涯の仕事と、大いに苦闘していました。彼は第二次世界大戦と、更に「ライフ」誌による扱われ方で、大いにPSTDを受けました。これが映画で描かれていて、必ずしも多くの視聴者には理解されないかも知れませんが、カメラマンには分かります。彼は本当に「ライフ誌」が一種の扇情的なタブロイド判新聞風の雑誌になって、彼の姿勢や、彼がしていた種類の仕事を十分真面目に受け取らないことを怒っていたのです。


ニューヨークのロフトでのW.ユージーン・スミス[出典:International Centre for Photography]

 とは言え、彼自身の飲酒と薬による自己破壊の問題がありました。彼は明らかに複雑な人物でしたが、自分の状況を他の全員のせいにし始めるほどトラウマが酷いにせよ、彼は自分で治療していたのです。彼は生涯衝撃を抱え込み、そこから脱出する方法は見えませんでした。これまで地球に足を踏み入れた最も重要なドキュメンタリーカメラマンにとって非常に悲しい終わりでした。[“W. Eugene Smith’s Warning to the World”「世界へのW・ユージーン・スミスの警告」を参照]

 何世代ものカメラマンにとって、彼の衝撃と影響力は疑いようがないと思いますし、それは今も続いています。若者も年寄りも、実に多くのカメラマンが彼の理念と哲学に触発されています。彼は写真エッセイ、ドキュメンタリーの白黒写真の巨匠でした。非常に多くの偉大な素晴らしいことで、スミスは写真界に貢献しています。

 RP:Minamataのある時点で、スミス(デップ)が言います。「[チッソ株式会社による]隠蔽は、それ自体、話題として、同じぐらい重要だ。」ここに、いささか類似点があります。いわゆるジョニー・デップの世評問題ゆえに、MGMが北米で「映画を葬る」と決めた状態にあります。これに対するあなたの答えは何でしょう?

 SD:それは全くつまらないことで、アメリカでの映画公開を止めるために使われるべきではありません。私生活でデップが何をしたとされているかにかかわらず、結婚の崩壊で起きたことに関する申し立てがあるだけで、彼は一人の俳優に過ぎません。ここでの全体像は、映画、その話題と水銀中毒の犠牲者です。MGMはこの境界を越えるべきではありません。お門違いな非難をするなと私は言いたいのです。

 MGMの対応は、我々が今暮らしている世界を反映していて、私の考えでは、#MeTooのようものを使って、あらゆる種類の主張を大げさに騒ぎ立てるのです。人々の生活のどんな否定的なことも最大限利用されるのです。

 MGMはデップだけでなく、他の俳優、監督、撮影スタッフ、脚本家を含む他の全員を罰しているのです。

 たとえ主張が本当だったにせよ、私は意見を変えません。我々がデップについて話をしているのは結婚生活の崩壊で、世界中で多くの人々が経験していますが、唯一の相違は人々は名士でないことです。余りにも批判的な世界での悲しい検閲状態で、そんなことがあってはいけませんが、もし人が何かまずい形で言ったり、したり、失敗したりすると、あらゆる方法でとがめ立てられるのです。 広い視野で物事を見ましょう。

 RP:映画は、水俣が決して一回限りのことでなかったことを明らかにし、観客への語られない挑戦で終わります。ハッピー・エンドではありません。

 SD:大企業は常にこの類のことを逃げ切り、止められない限り、やり続けるでしょう。この映画が、再び、これを際立って明らかにしたのは重要です。それは観客と共鳴し、彼らにこう言うように強いるのです。「我々は再びこれを起こさせてはならない、我々は立ち上がり、抗議し、我々の意見を聞いてもらえるようにしなければならない」良いことです。


水俣の漁村の写真を撮影するW.ユージーン・スミス1973[出典:石川武志 Copyright 2019]

 大企業は、産業破壊や共同体の抹殺を罰せられずに逃げ切っており、アマゾン、パプアニューギニアや、世界中いたる所で、金採掘現場や川の汚染を起こしているのを、我々は阻止する必要がある。それは恥ずべき犯罪だ。またしても、世界を支配しているように思われる、通常連中が犯す残虐行為に責任を負わない1パーセントの権力者連中だ。

 写真撮影以上に遙かに大きな大問題を扱っているので、カメラマンだけでなく、全員がMinamataを見るべきだ。それは実に長年続き、その影響が今日も続いている地域全体の水銀中毒を強調する映画だ。全員がこれを認識し、決してこれを忘れず、類似の悲劇が再び起きるのを阻止すべく努力する必要がある。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2021/09/25/dupo-s25.html

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 何としても与党による憲法破壊阻止。改正とは名ばかり。宗主国のため中国からミサイルを全列島に受けて「弁慶の立ち往生」をするため。

 今日の孫崎氏メルマガ題名

焦点は、(1)自公三分の二獲得(310)し、憲法改正へ、(2)自民党が単独過半数(233)、(3)自公が単独過半数を取れるか。自民党自身の支持率低下、野党協力で(1)なし。現状況は(2)。岸田政権支持、発足より緩やかに下降→選挙にどう影響。

 デモクラシータイムスを拝聴した。平野氏、怒っておられる。

平野貞夫×佐高信×早野透【3ジジ放談】2021年10月19日生配信

 ブログ『私の闇の奥』最新記事 ユージン・スミスの『入浴する智子と母』で、過分なお言葉とともに、この記事の元記事翻訳 Minamata:いかに日本企業が共同体を汚染し、アメリカ人カメラマンがそれを暴露しようとつとめたかをご紹介いただいた。当ブログ、出来の悪い学生が、先生に日々レポートを提出しているようなものかも知れない。

 このチッソによる産業公害、今も解決とはほど遠い。

 西日本新聞 2020/4/30 社説

公式確認64年 水俣病は終わっていない

 認定基準の厳しさや地域的ひろがりの未解明は大きな問題だ。もちろん差別も。社説の一部引用させていただこう。

最終解決を阻む壁がいくつか挙げられる。過度と言える認定基準の厳しさ、差別を恐れて進む被害の潜在化などに加え、被害者の地域的広がりが解明されていない点も大きい。

 こうした国の対応は、東京電力福島第一原発事故被害者対策と直結している。コロナ無策も根底でつながっている。企業側にたって、被害者を踏みにじる姿勢の原点は、もちろん田中正造が戦った古河鉱業足尾鉱毒事件。原発事故のひどい対策の原点が「足尾鉱毒事件」だったことは遅ればせながら、2012年の下記講演で学んだ。

【アースデイ田中正造】9月30日 『国を豊かにするという思想のもと、企業を保護し住民は切り捨てる構図が一貫している』小出裕章講演(東京新聞/毎日新聞/下野新聞)

 今年、久しぶりに田中正造の直訴状原本が展示されている。

 朝日新聞DIGITAL

35カ所に訂正印、田中正造の直訴状7年ぶり公開 足尾銅山鉱毒問題

 そして、つける薬のない、とんでもない新政権。

 毎日新聞

岸田政権、中枢に原発推進派 歓迎する電力業界

2021年5月 1日 (土)

ノマドランド:(ほとんど)経済的理由から路上に追いやられた人々

デイビッド・ウォルシュ
2021年2月19日
wsws

 クロエ・ジャオ監督;ジャオ脚本、原作 ジェシカ・ブルーダー


ノマドランドのフランシス・マクドーマンド

 中国系アメリカ人クロエ・ジャオ監督(ザ・ライダー、2017年)、フランシス・マクドーマンド主役の「ノマドランド」は、同題名のジェシカ・ブルーダーによるノンフィクション作品の半フィクション化された再構成だ。(より正確には、ブルーダーの書名は『Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century』邦訳署名「ノマド: 漂流する高齢労働者たち」)

 この作品はベニス映画祭で初上映され、更にトロント映画祭で上映された。12月に一週間ストリーミングリ上映され、既に多くの賞を勝ち取り、更に多くを獲得すると期待される。マクドーマンドの典型的な渾身の演技で感動的な映画だが、我々の考えでは、全般的な称賛評は、やりすぎだ。もう少し慎重で綿密な検討がを必要な要素があるのだ。

 ジェシカ・ブルーダーはHarper誌や、ワシントン・ポストや他でも書いており、コロンビア大学ジャーナリズムジャーナリズム大学院で教えるジャーナリストだ。2013年、彼女は図らずもエドワード・スノーデンのNSAの宝の山の受取人の一人だった。

 ノマドランドで、ブルーダーは特に、2008年不況によって、生活が劇的に変わった高齢アメリカ人と、彼らの様々な対処法の状態を調べ始めた。

 「多くの人々は街頭に出た」と彼女は書いている。「彼らの貯金が世界同時不況で壊滅した後。ガソリン・タンクとお腹を満タンにしておくため、彼らは長時間厳しい肉体作業で働いている。賃金が上がらず、住居費が上昇する中、彼らは切り抜ける対策として、家賃と住宅ローンから自身を断ち切った。彼らはアメリカで生き延びている。」

 マクドーマンドは、経済的、個人的な未解決の問題がある60歳の女性(元代用高校教師)ファーンを演じる。彼女は何十年も、亡くなった夫が働いていた、US石膏社が丸ごと所有するネバダ州、エンパイアという企業都市で暮らしていた。2011年、同社は88年間操業していた石膏鉱山を閉鎖し、コミュニティー丸ごと閉鎖した。エンパイアはゴーストタウンになり、郵便番号さえ消えた。

 映画は、主に2012年を舞台にし、彼女が、自分のバンやキャンピングカー(RV)で暮らし、ある程度の経済的、個人的安定を求めて、アメリカ西部中を旅する人々、他の不本意な「ノマド(遊牧民)」と一緒になったファーンを追う。最初は、アマゾンでの彼女を見るが、そこで彼女や多くの他の人々は休暇シーズン中、臨時労働者として働く。彼女は昔の生徒に、自分は「ホームレス」ではなく、むしろ「ハウスレス」なのだと語る。


 ノマドランドのフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーン

 リンダ・メイ、ボブ・ウェルズ、シャーリーン・スワンキーや他の人々を含め登場人物の多くが実際ノマドだ。リンダは2008年に自殺を考えたことを認めている。社会保障給付が一カ月たった550ドルだと悟った時、彼女は「それを信じることができなかった」。

 ファーンは、下がる凍りつく温度で、南へ運転するよう強いられる。「私は仕事が必要だ。私は働くのが好きだ」と彼女は誰かに言う。彼女は、何千人もの他のノマドと一緒に、アリゾナ州クォーツサイト近くの公有地砂漠で行なわれる年中行事ラバー・トランプ・ランデブー(RTR)に参加する。組織者のウェルズは「ドルの暴政」を激しく非難する。更に、彼は「タイタニックは沈没しつつある。」と言う。彼や他の人々は、「どのように道路で暮らすかについて」助言する。

 ファーンは、彼が彼女にタバコを求めて知人になったデレクのように、ずっと若い人々にも出会う。後の二度目の出会いは、映画でも最も感動的な場面の一つだ。静かな控えめな若者デレクは、「北の国」にガールフレンドがいると説明するが、彼女への彼の手紙はそれほど、もったいぶっていない。ファーンは、彼女に詩を送るよう提案し、彼のために(我々のためにも)英語で最も絶妙な詩の一つ、シェイクスピアのソネット集第18番を暗唱する(「君を夏の日に喩えようか」)。

 一連の先のない、時に骨が折れる仕事が(サウスダコタ州バッドランドの観光名所)ウォール・ドラッグの採石業者で、再びアマゾンで続く。誰かがネブラスカでのビート収穫を示唆する。これは、生き延びるためなら何でもして、全国あてもなく、しばしばぼうぜんと男女が彷徨った大恐慌時代を想起させる場面だ。

 シャーリーン・スワンキーは、自分はガンで、余命はおそらく7、8カ月だと発表する。彼女は荒れ地で一人で死ぬため、運転して去る。ファーンの車はエンジンが故障し、2,300ドルの仕事が必要になる。彼女は遥かに一般的な生活をしている妹から借りる。ファーンはデイブ(デヴィッド・ストラザーン)と会い、多少交流する。彼は彼女に「私はあなたのそばにいるのが好きだ」と言って、彼女に息子の家に滞在するよう求める。彼女は決断しなければならない。

 書いた通り、ノマドランドには魅力的な局面がある。マクドーマンドは、いつも通り、本物で、正直で、地味だ(彼女は役を研究した結果、ネブラスカ州の「ターゲット」店舗で「働かないか」と言われて喜んだようだ)。本物のノマドは正当で威厳があるのだ。

 ジャオは西洋風景を見る目があり、ザ・ライダーでしたように、人々を敏感に監督している。

 だが全体的には、ノマドランドは、それが触れるひどい状態への暗黙の批判と、ノマドの反発力や「辛抱強さ」や「開拓者」風ライフスタイルへの不適切な慶賀を交互に繰り返すが、不幸なことに、後者の手法が勝利を収めている。

 映画の全体的な感じと感受性は、「やむをえずしたことを自発的にした振りをする」という表現の辞書定義の一つ、つまり「意図的に、その価値ゆえ選択した、他に選択肢のなかった行動や状況を作り直したり、描いたりする」こと、しっかり対応する。

 ある評者のコメントは典型的なものだが、意図せずに、映画の最も重大な弱点を捕えている。「ノマドランドと同じぐらい多くが、本当に、死(ある人物は自殺に近いものについて心-悲痛な記事を話す)までに取りつかれる、生きることについて、それは、前に進むことについて生活についてだ。経済の絶望の圧倒的な現実にさえ直面して、2008年に経験豊かなそれほど多くの人たちとして、常にあなたがと選べるもう1つの道がある。」

 もう一つの審査がジャオの仕事が真髄でアメリカ製の何かについて「年代記であることを示唆する:道路での生活。土地、道路、それに沿って旅行する人々の美しさについての映画、共同体がそこ、砂漠と丘と山でアメリカの西が無くなったくことを見いだす遊牧民。必要によって、しかし同じく自由意志によって。」タイプが、見出しで、映画を「アメリカの独立への優しい頌賦」だと記述した。

 これは、描写された貧困と苦難に直面して、かなり惨めだ。なぜ今まで標準的なアプローチを修正して、ジョン・スタインベックの、不景気の間、新しいライトのかわいそうな借家人農民-の苦痛Joads-a家族に熱心な憤(1939)怒のブドウ、を、「一般道路での生活」についての「年代記」、「土地の、道路の、それに沿って旅行している人々の美しさについての」小説として提示するなどしないか?

 それは社会的に決然とした(変更できる)(人たち・もの)を「自然の」、避けられない(人たち・もの)に変えるために重過失、ひどい無責任、だ。意図的にあるいは、1人は既存の情勢のために弁証者になる。いくらどんなにジャオの映画の種々の遊牧民が-抱きしめるか、あるいはembrace-theirに新しいライフスタイルを試みて、それに楽しい、さらに「心を解き放つ」特質を授けたとしても、彼らは、何よりもまず第一に、アメリカの社交的なカタストロフィーの犠牲者のままなのだ。

 ブルーダーは彼女の本を、こういう風に始めている。「ノースダコタ州、ドレートンで、67歳の元サンフランシスコのタクシー運転手がサトウダイコン収穫で苦闘する。彼は畑からのトラックが、何トンものビートを吐き出すのを手伝って、氷点以下の温度の中、日の出から日没後まで働く。夜には、彼はウーバーがタクシー産業から彼を押し出し、家賃を稼ぐのが不可能になった時以来ずっと彼の家であるバンで眠る。

 「ケンタッキー州、キャンベルズビルで、アマゾン倉庫の夜勤シフトで、66歳の元ゼネコン社員が、コンクリートの床に沿って、車輪付きカートを何マイルも押しながら商品を積み込む。それは実に退屈でつまらない仕事で、首にされるのは避けたいと、彼女は正確にそれぞれの品物スキャンしようと苦闘する。朝、彼女は、彼女のような放浪労働者を泊めるためアマゾンと契約している、いくつかの移動住宅公園の一つに停めてある彼女のごく小さなトレーラーに戻る。」

 極めて弱者である高齢者の残忍な扱いを詳述するブルーダーの仕事は貴重だが、そうした状態からも励みになる「希望の兆し」を見いだす努力からは免れない。彼女は、このように続けている。「だが道路には希望がある。それは前進する勢いの副産物だ。国と同じぐらい広いな可能性の感覚。より良いものが起こるという徹底的な信念。それは、すぐ先、次の町、次の仕事、知らない人との次の偶然の遭遇だ。

 「誰かのバンが故障すると、彼らは寄付を募る。人から人へ広がる感じがする。大きな何かが起きている。国は急速に変化しており、旧構造は崩壊しつつあり、彼らは何か新しいものの震央にいるのだ。真夜中、キャンプファイアーの周囲は、ユートピアの一瞥のように思われる。」

 ノマドの状況の粛然たる様相を見るには、(ブルーダーも参加した)Brett StoryとField of Visionによる16分の映画CamperForceも見る価値があるが、それは同社の季節労働部隊のために何千人ものキャンピングカー・キャンピングトレーラー暮らしの人々を採用し、搾取するアマゾンの10年にわたる計画を詳述している。この映画は美しかったり、「鼓舞したりする」ものではない。それは容赦なく、啓発的だ。題名自身が説明する通り、「現在、65歳以上の高齢アメリカ人のうち5人に1人が、1986年の比率のほぼほ二倍働いている」「55歳かそれ以上の人が当主の家庭のほぼ3分の1が、年金も退職後のための貯金がない」。この短編映画は、アマゾンのジェフ・ベゾスが「2017年に世界で最も金持ちの男になった」ことも指摘している。


(Field of Vision)

 数十億ドルのウォルト・ディズニー社の一部門、サーチライト・ピクチャーズの代表、ナンシー・アトリーとスティーブン・ギラは、ノマドランドを「本当の映画的発見」として推奨した。ジャオは「我々を思い出させる」と、この映画会社経営者が続けた。「我々が、どれほど遠く離れているように思われるにせよ、この映画には我々をつなぐ力がある。我々はこの特別な映画が世界中の聴衆を感動させ、更に世界の映画を支援できるよう希望する。」

 ディズニーが映画や芸能界の実に多くを支配していたり、その幹部が予想通り陳腐なことを言ったりするのは、確かに監督の過失ではない。だが、北京生まれで、マウント・ホリヨーク大学で教育を受けた「独立」映画製作者(2020年のトロント映画祭によれば「アメリカ映画で最も重要な新しい声の一人」)が今2021年11月公開予定の惨めなマーベル・シネマティック・ユニバース(同じくディズニーの所有)で26番目の作品スーパーヒーロー映画、Eternalsを監督したのはジャオ自身の「自由意志」の問題だ。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2021/02/20/noma-f20.html

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 この映画、見ようと思いながら、まだみていない。

 政府も厚生労働省も文部省も、本物の反社会集団。

 LITERA

正気か? 東京都が東京五輪の観戦に小中学生ら81万人を動員計画! 感染拡大最中に各学校に通達、観戦拒否すると「欠席扱い」

 日刊IWJガイド  小生、緑のタヌキが準備した「パンダ映像」ではなく、こちらのインタビューを見る。

<次回の岩上安身のインタビュー> ゴールデンウィーク国民投票法「改悪」阻止キャンペーンの一環として、岩上安身による日本共産党・山添拓参議院議員インタビューを5月3日にお送りします!

<昨日の岩上安身によるインタビュー報告>国民投票法「改悪」案、5月6日にも衆院採決か!?  国民投票法の次はナチスばりの緊急事態条項を含む自民党改憲へなだれ込むリスクが! 岩上安身による小西洋之参議院議員インタビュー第3弾をフルオープンでお送りしました!第1弾、第2弾とともにGW中公開し続けます!! ぜひ、SNSで拡散して、多くの人に5月6日の危機をお知らせください!

【緊急シリーズ特集!コロナ禍の陰で着々と進む戦時独裁体制樹立の改憲!5月6日改憲国民投票法強行採決を許すな!! 2】本日午後7時半から2017年収録「広告宣伝の制限なし!『異常に自由』な国民投票制度―― 憲法改正国民投票は改憲派に有利!! ~岩上安身によるインタビュー 第807回 ゲスト ノンフィクション作家・元博報堂社員 本間龍氏」を再配信します!

2020年12月13日 (日)

『76 Days』:武漢でのコロナウイルスとの戦いの前線

デイビッド・ウォルシュ
2020年12月7日
wsws.org

 世界的流行が始まった中国の都市武漢での11週間の封鎖(1月23日-4月8日)についてのドキュメンタリー『76 Days』は、今年のトロント映画祭における最良の映画の一つだった。この映画には、実に本物の忘れ難いドラマがある。ドキュメンタリーは今「virtual cinema」プラットホームで、アメリカで見られる。

 映画はハオ・ウー、ジーン・チエンと匿名の人物(身元を明かさないために匿名を望んでいる武漢現地の記者)によるものだ。

 中国系アメリカ人映画監督のウー(Beijing or Bust, The Road to Fame, People’s Republic of Desire)が、二人の協力者に武漢で撮影されたビデオ映像を編集した。


『76 Days』

 ドキュメンタリーは、いかなる全体的評価も分析もしていない。ほとんどがクローズアップだ。ほとんど全員ウイルス感染者か医療従事者だ。極端な臨場感は制約だが、アメリカ政府による執拗な新たな「黄禍論」プロパガンダ宣伝の時に、『76 Days』は、親密で、完全に合法的な方法で、聴衆に中国人の人間性や苦しみを紹介する。

 更に全般的に、主にコロナウイルスで亡くなる人々が、無価値で、重荷で、完全な人間以下のもののように主張したり、暗示したりする、至る所のメディアや政治支配体制の冷淡さや無関心に対する打撃だ。

 ドキュメンタリーで、女性が半狂乱ながら、空しく(健康上の理由から)、死に瀕した父親にもう一度会いたいと懇願する場面がある。「父さん!私は父さんを決して忘れません」と彼女が叫ぶ。最も心が痛む、実情を現す別の場面の一つで、病人の自暴自棄な群衆が病院入り口で入ろうとする。「どうか協力してください!」と職員たちが訴える。職員たちは、彼ら全員が、最終的に入れますと約束する。


『76 Days』(2020)

 ある看護師が、故人のIDカードと携帯電話を集める。携帯電話は、故人や家族の画像が多いが、小さな光を放つ幽霊のようだ。ウイルスに感染した女性が出産する。「女の子ですよ。」だが赤ん坊は、母親が感染しているため、すぐ連れ去られる。その後で、母親と夫の両方が、心配して、赤ん坊を待っている。看護師が、二人に、赤ちゃんは「良く寝て、良く食べましたよ」と陽気に言って、幸せな再会になる。

 一人の「言うことを聞かないおじいさん」が立ち上がり、家に帰るため外に出る方法を探して廊下を歩き回り続ける。誰かが言う。「彼は漁師でした。彼は落ち着きがありません。」病気で、おびえて、彼は泣く。「私はもう、お墓に片足を突っこんでいる。」だが彼は幸運な一人であることが分かり、生き残る。彼が最終的に退院する際、職員たちが彼にさようならを言うため、エレベーター近くに集まる。「私は決して皆さんを忘れません」と彼は職員たちに言う。


 『76 Days』病院に入ろうとする必死の人々

 最終場面の一つで、誠実な看護師が死んだ親の持ち物を家族に返す。「ごめんなさいね」と彼女が言う。「私達は出来る限りのことをしました。」泣いている女性が帰るため向きを変えながら簡単な返事を言う。「わかっています」

 監督としての発言で、ハオ・ウーは、地方自治体が、ウソをついて、発生を隠すため、内部告発者を抑圧していたことが益々明確になる中での、流行初期の彼の反応を説明している。武漢での状況は悲惨だった。人々は死につつあり、医療は崩壊し、医療関係者には適切な保護器具がなく、彼らも病気にかかり、死に瀕していることが明白になった。

 後に、ニューヨークで、彼は「準備不足の政府、ウソをついているか科学的に無知な政治家、怯える住民、保護具がない疲れ切った医者や看護師のアメリカで、武漢物語を再体験しているように感じた。アメリカには一流医療インフラと遥かに優れた政治制度があると思われているので、この二度目は、私にとって、より大きな衝撃だった。」

 率直に言って、中国当局者の役割を称賛せずに、アメリカが武漢経験を「再体験した」ことを示唆するのは非常識だ。武漢での措置に伴う封鎖は、ウイルスを封じ込め、抑制した。今中国は、4,600人の死者で、死者数ランク・リストで、77位に落ちている。人口が四分の一のアメリカでは、政府の殺人政策のおかげで、290,000人の死者が出ている。

 とにかく『76 Days』は貴重で感動的な作品だ。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2020/12/08/days-d08.html

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 植草一秀の『知られざる真実』

分科会提言無視なら辞表叩きつけよ

 岩波書店の月刊誌『世界』1月号
 特集1 自治のある社会へ
 特集2 ポスト・トランプの課題
 小特集 ツーリズム激変

 コロナに関する連載が二編ある。「分水嶺」と「コロナ戦記」
 「コロナ戦記」には納得するところが多いが、「分水嶺」適切なPCR検査強化を阻止している御用学者諸氏を称賛しているように読めてしまう。僻目でろうか?
 ツーリズム激変は時宜を得た特集。大昔知人たちとでかけた小樽、素敵な街に、いつかまた行きたいと思っていたが、この力作によると、どうやら幻想。「観光の根源とはなにか」は、カジノの虚妄を指摘している。

2020年9月25日 (金)

反中国活動を推進すべく映画『ムーラン』を巡る論争を利用するワシントン

ベン・マクグラス
2020年9月23日
wsws

 9月4日、ディズニーは、同社のオンライン・ストリーミング・プラットホーム、ディズニープラスで、最新のリメイク実写映画『ムーラン』を一般公開した。公開前後に、アメリカとその同盟国は、この映画を、人権擁護といういんちきな旗の下で駆り立てられている反中国活動の一環として標的にしている。

 映画が公開されて数日で、映画を阻止すべく、最新のハッシュタグ#BoycottMulanキャンペーンがツイッター上で開始された。関係者は、エンド・クレジットに、新彊ウイグル自治区中国共産党委員会や吐魯番市公安委員会を含め、種々の中国政府機関に対する「深い感謝」があるのに気付いた後、映画を非難した。吐魯番は新彊ウイグル自治区にあり、アメリカは、新彊に暮らすウイグル族住民の取り扱い方のかどで、去年、該当部局に制裁を課している。

 論争に応えて、『ムーラン』の大半はニュージーランドで撮影されたが、「この歴史的時代劇のための独特な風景や地理を正確に描写する」ため一部は新彊でも撮影されたと、ディズニーのクリスティーン・マッカーシー最高財務担当役員が述べた。

 北京を批判する人々は、当時起きていた集団抗議活動の際、2019年8月、ツイッターで、香港警察支持を投稿した映画題名の人物を演じた主演女優リウ・イーフェイ劉亦菲を非難した。劉は「私も香港警察を支持する。」と書いて、他の警察支持Tweetを共有した。

 中国との緊張を更に増すため、ワシントンは映画撮影場所の公然の非難に飛びついた。これら公然の非難は完全に偽善だ。北京の資本主義政権は確かに、抑圧的な警察国家措置を、その支配に対する、あらゆる野党勢力を沈黙させるために利用している。だが新彊における人権侵害に関するアメリカの非難は極めて恣意的で、ワシントンの帝国主義者の権益を推進することと、軍事侵略の口実にすることを意図している。

 アメリカ政府が、長い間植民地支配と独裁制を支持してきた香港や台湾のような地域で、民主的権利を支持するワシントンの主張にも、同じことが言える。

 石油を含め、重要な天然資源があり、北京が親密な経済的結びつきを発展させようとしているエネルギー豊富な中央アジア共和国に隣接しているので、アメリカは、特に新彊に焦点を当てているのだ。北京の一帯一路構想も、新彊地域を通過する。

 新彊を巡る反中国法案の先頭に立っている共和党のマルコ・ルビオ上院議員は、同社がなぜその場所で映画撮影することに決めたかについて答えを要求して、ディズニーに超党派的な手紙を送った。彼は「残虐行為に、あるいは隠蔽に責任がある」と映画クレジットに載った機関を非難した。

 ところが、同時に、ワシントンはアメリカの穏やかな抗議行動参加者に対する警察と自警団員の暴力を監督し、奨励しているのだ。アメリカ戦争犯罪を暴露する内部告発者やジャーナリスト、特に注目すべきなのはジュリアン・アサンジを迫害し、移民のための強制収容所を運営している。これは、アジア中で軍事クーデターを支持することを含め、20世紀中に、ワシントンがおかした多数の帝国主義犯罪に加えてなのだ。

 ワシントンは主要な経済競争相手を排除したいというワシントンの願望から、北京に対する追加圧力をかけるために、米国経済を中国から「切り離す」べく動いてもいる。ワシントンの『ムーラン』とディズニーに対する批判は、中国とのつながりを切るか、ワシントンの反中国工作に参加するよう、アメリカ企業に対する圧力を増すことを狙っている。これは特に中国市場での足場を利益の主要源と見ているアメリカ企業にとって困難だ。

 七月、ウィリアム・バー司法長官は、ミシガンで、アメリカ企業と大学を罵倒した。彼は、本質的に、彼ら自身を国務省や国防総省が自由に使えるようにして、国内、国外でアメリカ帝国主義のプロパガンダを推進し、ディズニーのような企業は、今後の戦争準備に専念すべきだと要求した。

 彼はこう述べた。「第二次世界大戦では、例えば、象徴的なアメリカ企業ディズニーは、アメリカ海軍軍人に航法戦術を教育する訓練ビデオを含め、政府のために多数の広報映画を制作した。戦中、ディズニー従業員の90パーセント以上が、訓練と広報映画制作に従事した。アメリカ軍兵士の士気を高めるため、ディズニーは、飛行機やトラックやフライトジャケットやアメリカや同盟国軍に使われる他の軍装備品の記章をデザインした。」

 バーは、ワシントンの方針に従い損ねている人々に対し遠回しな脅迫をした。「もしディズニーや他のアメリカ企業が北京に屈服し続ければ、彼らは、その繁栄を可能にした典型的な自由主義の秩序と同様、彼ら自身の将来の競争力と繁栄両方を損なうことになる。」

 このキャンペーンは、この映画や、ディズニーで始まったわけではない。それは、アメリカと中国間の分裂を推進する進行中の取り組みの一環だ。これは映画産業だけでなく、トランプ政権が、アメリカで活動を禁止しようとしている他のハイテク・プラットホームや、ファーウェイやWeChatやTikTokのようなアプリケーション企業も対象だ。

 ワシントンは、北京が、これら全てのプラットホームを、アメリカ国民やアメリカ同盟諸国国民のデータに影響を与え、操作したり、収集したりするのに使うと主張している。これらの発言は、資本主義北京を、本物のマルクス主義と一緒にして、アメリカ批判の信頼性を傷つけるため、反共産主義の言葉で表現されているのだ。だがワシントンの狙いは、言論の自由を弁護することからはほど遠く、ハイテクと通信プラットホーム同様、映画産業についても支配を主張し、ワシントンが脅威と見なす、あらゆる内容を検閲し、隠蔽することだ。

 昨年10月、マイク・ペンス副大統領は、ナイキや、プロバスケットボール協会のようなアメリカ企業が中国で事業をし、香港を巡って北京を支持したと思われるのを批判した。「北京は、企業の貪欲につけこんで、アメリカ企業を強要し、アメリカ世論に影響を与えようとしている」とペンスは述べた。「余りに多くのアメリカ多国籍企業が、中国の金と市場の魅力にへつらい、中国共産党批判だけでなく、アメリカ的価値観の肯定的表現についてさえ沈黙している。」

 ペンスの挑発的言説は、トランプ政権と全ての既成政治勢力が国内で増大する階級的緊張の流れを変えるため有害な反中国気分を煽動しようと努める度合いを強調している。

 国家が公認する警察による殺害と制圧に対する抗議が高まり、ワシントンは国内で増大する社会的怒りに直面している。何百万人もの労働者も、アメリカだけで200,000人以上が亡くなったCovid-19流行の経済的結果で苦しんでいる。共和党、民主党いずれも、更なる軍国主義と戦争への衝動以外、これらの危機への解決策を持っていない。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2020/09/23/mula-s23.html

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 「群像」で笙野頼子氏の「引きこもりてコロナ書く――#StayHomeButNotSilent」を読んだ。笙野頼子資料室によれば、阿鼻政権の打倒祈願だと、ご本人はおっしゃる。その校了の翌日、首相が退任しました、と。阿鼻の魔巣苦!秋には色々刊行されるようだ。

 一方、LITERA記事、彼女、自分のことを言っているのかと思った。

杉田水脈が自民党の“性暴力”議論で「女性はいくらでも嘘をつける」と暴言! 伊藤詩織さん攻撃でも被害女性を貶める差別思想が

2020年7月16日 (木)

スノーピアサー:新氷河期とその結末

ムハンマド・カーン
2014年10月8日
wsws

 監督:ポン・ジュノ;原作小説:ジャック・ロブ、ベンジャミン・ルグランド、ジャン=マルク・ロシェット、脚本:ポンとケリー・マスターソン

 この夏、公開された、フランスのコミック、Le Transperceneige(1982)の映画版、スノーピアサーは、未来の破局を生き残った、ごく少数の人類についてのSF映画だ。この映画は(『ほえる犬は噛まない』[2000]、『殺人の追憶』[2003]や『グエムル-漢江の怪物』[2006])などの韓国映画製作者ポン・ジュノによる監督、共同脚本だ。

 スノーピアサーでは、科学者たちが、CW-7と呼ばれる化学物質を大気に入れて、地球温暖化現象に対抗しようと試みて産み出された大惨事のため、人類がほとんど絶滅している。化学物質の目的は地球全体の温度を下げることだったが、思いがけない結果として、新氷河期がもたらされ、人類が、ほとんど絶滅したのだ。

 わずかに残った人類は、大洋を含め地球の広大な地域を際限なく走る列車の中で生き残っている。先頭車両の人々は贅沢な暮らしをしているが、列車後部の住民は惨めに暮らし、黒い棒状のひどい食べ物を与えられ、先頭車両の人々に利用され、虐待されている。

 カーティス・エバレット(クリス・エヴァンズ)は、そこの他の住民とともに、列車最後尾で彼の人生の半分を過ごした大人だ。カーティスと、彼の良き師で、最後尾住民の指導者ギリアム(ジョン・ハート)は他の最後尾住民に尊敬されており、彼らのリーダーを勤めている。カーティスとギリアムは列車を乗っ取るための反乱を準備する。

 列車後部に対する襲撃中に、列車のエンジニアの工作員によって、連れ去るために子供二人が選ばれる。一人の男が息子を連れて行くのに抗議した後、他の人々の前で酷く残虐に罰せられる。先頭車両住民の報道官メイソン(ティルダ・スウィントン)は最後尾住民をきつく叱る。彼女は彼らに、列車住民全員「割り当てられた持ち場」「あらかじめ定められた、それぞれの立場」に留まらなければならないと言う。

 彼らが警備員の銃には銃弾が入っていないのを悟った途端、カーティスと他の最後尾住民は「エンジンを乗っ取る」計画を実行に移した。途中で彼らは、列車の警備システムを設計したナムグン・ミンス(ソン・ガンホ)という名の列車前部住民の薬物中毒者の協力を求める。何らかのテレパシー能力を持っているらしい彼の娘も彼らに同行する。

 WSWSは2004年にポン・ジュノの『殺人の追憶』を批評した。スノーピアサーは興味深く挑発的な映画だ。コミックノベルに基づいているが映画の大半は監督自身の創造的発明だ。

 ほとんど全て列車で行なわれているにもかかわらず、映画は閉所恐怖症の感じがしない。それどころかジュノは効果的に世界を描いている。列車最後尾でさえ、共同体で、列車のこの区画に押し込められた人々の単なる集団ではないという感じを受ける。

 ジュノの監督は風変わりで、ジャンルを混ぜている。アクションや冒険や、大部分暗いものながら、かなりのユーモアの要素まである。この混合は時に、大成功で、それほど成功していない部分もある。

 スノーピアサーの、より強力な場面の一つで、悪魔のような服装をし、斧を持った、多数のファシスト的凶悪犯に対して、最後尾住民が生きるか死ぬかの戦いをする。最後尾住民は、疲れ果てて、みすぼらしい状態にもかかわらず勇敢に戦う。戦いは不利になり始めるが、勇気と機転で、彼らは流れを変えることができる。明らかに多少の暗いユーモアを意図した、双方が新年の休日祝えるよう戦闘の短い休憩場面を入れたことが、重大な、貴重な場面になったものを損ねている。

 映画には、ナムグン役のソンや、エンジニアで、冷酷で打算的な列車の支配階級指導者、ウィルフォード役のエド・ハリスを含め数々の素晴らしい演技がある。スウィントンはウィルフォードの臆病で尊大な従僕メイソンを素晴らしく演じている。先に触れた彼女の演説は、確実に、前部住民と現代世界エリートの大半の意見を代弁している。エヴァンスは非常に効果的で、時に感動的だ。彼の演技は、あらゆる損失にもかかわらず、列車前部に到達して、エンジンを支配する容赦ない決意で、前進せずにはいられないのだ。

 だが、スノーピアサーの強さには、多数の問題もある。

 虐げられた人々の蜂起のジュノによる描写は同情的だが、どちらかと言うと皮相的だ。映画が進むにつれ、それはいっそう明白になる。特に前述の戦いの後。革命の見せかけはそこで、ほとんど消える。数がひどく減って、傷ついた最後尾住民は、カーティス率いる最も有能な戦士の小集団になっている。

 このグループに焦点を合わせる貴重な瞬間が、まだ場面にある。彼らが列車前部に向かって進むにつれ、カーティスと他の人々は、先頭車両住民の益々退廃的な豊かさの誇示に直面する。先頭車両の人々はきれいで、健康で、身なりが良く、最後尾住民が長年経験していないぜいたくを思いのままにできる。

 ごくわずかの車両距離で、巨大な貧困と、下劣な放蕩との極端な分裂がある。現代生活の膨大な社会的不平等が、監督に、強い印象を与えているのは確実だ。

 不幸にも、映画は勢いよく始まり、上映時間の多くは比較的興味深い形で続くが、終盤は、本質的にほころび始める。一連の意外な事実と、生き残っている主人公たちの行動を通して、スノーピアサーは急速に悲観論と懐疑論へと落ち込む。

 結局、さほど多くを開示せずに、列車のエリートは、主に自身の目的のために、出来事を操っているのだ。「革命」そのものは、映画の前の方でメイソンが言った単に「秩序」と「バランス」を維持する計画の一部に過ぎないのだろうか?

 どう考えても、ポン・ジュノは、『殺人の追憶』に関して述べたように、映画で「現実を示すこと」を願っている真剣な芸術家に思える。スノーピアサーには、多くの強力な場面がある。革命-虐げられた人々による革命というアイデアで対処するという決定は、興味をそそる。だが、ポンが到達する結論は、生活の現実についてより、彼自身の方向感覚喪失について、遥かに多くを物語っている。

 io9のインタビューで、映画監督は彼の視点を詳しく語った。「あなたを抑圧している社会の支配権を握ろうと望むのが、より革命的なでしょうか?」と彼は問う。「それとも、その体制から完全に逃れようとすることでしょうか? カーティスが救助する韓国人ナムは、階級闘争というカーティスの考えに関心はなく、カーティスの考えを「越えて」いることが分かるのです。」

 このような展望を、一体どう考えたら良いのだろう? 絶え間ない社会的緊張と世界的階級闘争という時代に、本質的に、人間の生活や、あらゆる問題から後ずさりするのを擁護する視点の価値とは一体何だろう?

 スノーピアサーは色々な意味で素晴らしい映画だが、大きな欠陥もある。監督が戦っている、いくつかの問題に、より組織的に取り組めば、全体として、より一貫した、より良い映画が作れたはずだ。彼が未来の仕事で、これを取りあげることを期待しよう。

 著者は下記も推奨する。(英語原文)

For greater complexity, more uncovering
[2004年5月27日]

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2014/10/08/snow-o08.html

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 「ああ、上級国民の話しだ」と見ながら思った。

 たまたま週刊金曜日記事で、知って見た映画について、wsws批評が、あったので訳して見た。同意したから訳したわけではない。例により、wsws、左派には辛口。日本でも、色々批評がある。

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 コロナは上級国民だからといって、容赦はしないのに。

 国も都もボルソナーロ。

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