映画

2017年3月 1日 (水)

テロを讃えるハリウッド

2017年2月27日 月曜日
スティーブン・レンドマン

ハリウッド・アカデミー賞は、金儲けのための映画販促が狙いで、業界最高作品とはほとんど無関係だ。

祭典は、この安ピカ町とワシントンとの長年のつながりも反映している。脚本は親欧米プロパガンダだ。

スタジオのボス連中は、アメリカ戦争賛美に加担し、“イスラム・テロリスト”やロシアを含む敵を悪者として描くことでたっぷり褒賞を貰う。

プロパガンダ映画の内容と登場人物の最終決定権を持つのはワシントンだ。ワシントンは連中の計画を売り込むのが狙いで、いくら見たとて賢くなるわげではない。

歴史が書き換えられる。国がスポンサーになった9/11事件が利用される。ならず者CIA工作員連中が英雄として描かれる。アメリカ帝国主義の計画を支持するほうが、真実よりも重要だ。

2013年、『アルゴ』がハリウッド最高の映画に選ばれた。1979年/1980年イラン人質危機の話題を作り変えているかどで、称賛されるのではなく、糾弾されるべきだった。

映画は悪意ある、片手落ちで、一方的な、焦点を当てるべきことを無視し、欧米の誤報に基づいてイランを紋切り型に描き出す最悪のハリウッド・プロパガンダだ。

日曜日のハリウッド第89回アカデミー賞で、テロリストを英雄として描くホワイト・ヘルメット・プロパガンダ映画が昨年のアカデミー賞短編ドキュメンタリーに選ばれた。

この集団は連中が主張する民間防衛とは無関係で、シリアの主権独立に反対するテロを全力で支持している。

連中の要員はヌスラ戦線(シリアのアルカイダ)が支配する地域で活動している。自らを何万人もの人々の命を救っているボランティア救援作業者と称しているのはたわごとだ。

アメリカとイギリスがこの集団を支持している。ソロスのオープン・ソサエティー財団や同類の欧米権益支持団体も支持している。

斬首や他の残虐行為のさなか、ホワイト・ヘルメット連中はヌスラ戦線テロリストと一緒に写真をとり、映像をとっていた。連中は、シリアが領空を自衛するのを阻止すべく、飛行禁止空域設置を支持している。

シリア連帯運動は、彼らのことを、人道主義を口実にして、テロと帝国主義的破壊を助長する“整形した”アルカイダと呼んでいる。

この団体につながる連中は本質的な自由の敵であり、調停者ではなく、戦士で、シリアの主権独立を圧政で置き換えようとしている外国が支援する闇の勢力だ。

彼らは2016年ノーベル平和賞にノミネートされた。だが賞は麻薬国家テロリスト、フアン・マヌエル・サントス、コロンビア大統領が受賞した。ジェームズ・ペトラスが説明している通り、アルヴァロ・ウリベの国防大臣として、“人口密集地丸ごと”虐殺することで悪名が高かった。

ノーベル賞委員会メンバーは国家テロに賞を与えた。昨晩、ホワイト・ヘルメットを昨年のアカデミー賞短編ドキュメンタリーに選んだことで、ハリウッドも同じことをしたのだ。

スティーブン・レンドマンはシカゴ在住。lendmanstephen@sbcglobal.netで彼に連絡できる。

彼が編集者、寄稿者となっている新刊の題名は"Flashpoint in Ukraine: How the US Drive for Hegemony Risks WW III"。

http://www.claritypress.com/LendmanIII.html

彼のブログはsjlendman.blogspot.com.

素晴らしいゲストとの最新の議論がProgressive Radio NetworkのProgressive Radio News Hourで聞ける。

記事原文のurl:http://sjlendman.blogspot.jp/2017/02/hollywood-honors-terrorism.html
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ハリウッドのセレモニー、作品賞を間違えたと、電気洗脳装置はいっていたが、ホワイト・ヘルメット・プロパガンダの異常さに触れた大本営広報部放送局、新聞記事、あったのだろうか?以前に下記記事を訳してある。

“ホワイト・ヘルメット”“アレッポを救え”抗議行動は、俳優を“戦争犠牲者”に変装させるのが、どれだけ容易か証明

『私の闇の奥』、『櫻井ジャーナル』では関連記事を拝読した。

白いヘルメット( White Helmets )『私の闇の奥』

手先の侵略軍が劣勢になり、米好戦派は「穏健派」や「白ヘル」のタグに付け替えて反撃を目論む『櫻井ジャーナル』

文中の映画『アルゴ』については、下記記事を訳してある。

ベン・アフレックの『アルゴ』: アメリカ外交政策の受容

異神の異常さ、幼稚園小学校問題で、ようやく目につくようになったのだろうか?ああいう教育を、自民党も、公明党も、維新も是認支持している。

皇国教育、売国政策推進策のメダルの片面。国を売り飛ばせば売り飛ばすほど、旗や歌で洗脳せざるを得なくなる。恥部を隠す、いちじくの葉。

Russian propaganda effort helped spread ‘fake news’ during election, experts sayという記事で、ロシアの声を代弁する200のニセ・ニュースサイト、というレッテルを貼り、連中に不都合な、まともなweb排除を推進している陰の政府の声が、小学校土地疑惑記事を掲載したのは一体何を意味しているのだろう?

In Japan, a scandal over a school threatens to entangle Abe

このメディアの大統領選挙時に掲載されたロシアの手先という記事について直接触れたPaul  Craig Roberts氏の『真実に対する欧米の戦争』を訳してある。

大本営広報部が扱わない深刻な問題に関するIWJの今日のこの番組、拝聴したいと思う。

【Ch4】16:00~「共謀罪を考える超党派の議員と市民の勉強会 第3回『共謀罪の問題点』」
視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=4
※内容は、「刑事法から見た共謀罪の問題点」刑事法学者から(予定)、「治安維持法と共謀罪」海渡雄一氏(弁護士)など。

2017年1月18日 (水)

オリバー・ストーンの『スノーデン』: NSAは“対世界捜査網を運営している”

Joanne LaurierとDavid Walsh
2016年9月20日
wsws.org

オリバー・ストーン監督; ストーンとキーラン・フィッツジェラルドの共同脚本

1980年代中期以来、映画を監督してきたベテランのアメリカ人映画監督オリバー・ストーンが、国家安全保障局 (NSA) の内部告発者エドワード・スノーデンに関する映画を制作した。『スノーデン』は“愛国者”でイラク戦争の断固たる支持者だった、2004年のアメリカ陸軍予備役への特殊部隊候補者志願から、2013年に、世界監視というNSAの違法な取り組みを暴露するという決断に至るまでの題名となった主人公の変化を追っている。


『スノーデン』のジョゼフ・ゴードン=レヴィット

ストーンの映画は真面目な取り組みで、done with品位。『スノーデン』は北アメリカでは、9月16日に公開され、今週末までに、約20カ国で公開される。アメリカ政府とマスコミによって“国賊”と糾弾されている人物スノーデンの、概して好意的な描写をしている作品を、何百万人もの人々が見るというのは、相当な意味がある。これは、公式世論と、広範な国民の感情と意見の間の巨大な(しかも大きくなりつつある)溝を物語っている。特に、若者の間では、スノーデンは大いに尊敬される人物だ。

映画は、2013年6月、現在、身を隠しているスノーデン(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)と、ドキュメンタリー映画制作者のローラ・ポイトラス (メリッサ・レオ)と本物のジャーナリスト グレン・グリーンウォルド(ザカリー・クイント)とが出会う香港から始まる。彼らに、間もなく、余り気が進まないながらも、スノーデンが隠し持った秘密NSA文書の一部を公表することを計画しているガーディアン紙のイーウェン・マカスキル(トム・ウィルキンソン)が加わる。ポイトラスは、後にドキュメンタリー映画『シチズンフォー』(2014年)となるもののために、ビデオを撮影している。

豪華なミラ・ホテル内の雰囲気は、非常に緊張している。スノーデンは、ドアに枕を押しつけ、NSAやCIAが会合場所を特定するのを防ぐため、携帯電話は電子レンジの中に保管されている。スノーデンは、ジャーナリストや映画制作者たちに、NSAスパイ活動普及の度合いについての教育を始める。ポイトラスのドキュメンタリーが物語っているように、スノーデンから彼女が受け取った最初の電子メールの中で、“あなたが越える全ての国境、あなたがする全ての買い物、あなたがかける全ての電話、あなたがそばを通り過ぎる携帯電話電波塔、あなたの友人たち、見るサイト、あなたが入力するメール題名は、システムが及ぶ範囲が無限で、それへの抵抗策はないシステムの手中にあるのです”と彼は彼女に伝えていた。

香港の場面の後、ストーンの映画は、スノーデンのジョージア州、フォートベニングでの陸軍予備役時代へと戻る。彼はまだ、ブッシュ政権の“対テロ戦争”プロパガンダの影響下にある。負傷した後、除隊になり、CIAに職を見つける。彼はこの機関の教師で、最終的には、恩師となったコービン・オブライアン(リス・エヴァンス)に教育を受ける。オブライアンは、最初の講義で、もし“次の9/11がおきれば、それは君たちの責任だ。”と新兵に語る。


リス・エヴァンス

『スノーデン』の中核は、様々な政府のスパイ機関と、その事業の本質的性格に関する、主人公と、我々の最終的な悟りだ。例えば、オブライアンは、中東の状況に関して、スノーデンの誤った考えを捨てさせる。このCIA職員は素っ気なく言う。20年間“イラクは誰も気にしない地獄のような場所のままだろう。”彼は言う。紛争の中心は中国、ロシアとイランだ。

ジュネーブや東京やハワイなど様々な場所に転任し、その間、スノーデンは、CIA、NSA、あるいは、個人の契約業者として働きながら、諜報機関が壮大な規模で、憲法上の権利を侵害しているひどさに益々気づくようになる。

ジュネーブでは、例えば、皮肉で物知りの同僚、ガブリエル・ソル(ベン・シュネッツァー)が、スノーデンに、NSAの秘密計画の一つ、XKeyscoreが一体何ができるかをデモする。XKeyscoreは、基本的に、あらゆるプライバシー対策を回避できる極めて強力な検索エンジンだ。理論的には、政府の外国のスパイに対する監視令状要請を監督しているはずのFISA裁判所[アメリカ合州国外国情報活動監視裁判所]について問われると、裁判所のことを“もったいぶって安易に承認する組織”だとガブリエルは切って捨てた

最も背筋が寒くなるような場面の一つは“トンネル”として知られている、中国に対するスパイが業務のハワイの巨大な地下のNSAコンプレックスで起きる。大勢の技術者や工作員が、極めて先進的な装置を使って、アメリカの経済上、軍事上のライバル諸国を監視するため、四六時中働いている。アメリカの軍-諜報機関世界戦争に向けて準備する中、これこそがreal face国際テロ。オブライアンがあるところで言っている通り、“現代の戦場”は“あらゆる場所だ”。この時点までに、スノーデンは、“全世界に対して捜査網を敷いているとは教えてくれませんでした。”と言えるようになっている。

ガールフレンドのリンゼイ・ミルズ(シャイリーン・ウッドリー)と暮らしていたハワイ州で、スノーデンは、NSAの秘密を全世界に暴露する計画をたて始める。

『スノーデン』制作に着手したオリバー・ストーンの功績は認めるべきだ。彼はこのために、あえて危険を冒したのだ。「バラエティー」誌に“良い脚本、良い配役と、妥当な予算なのに、我々はあらゆる主要スタジオで拒否されました。スタジオの所長は‘ああ、これは良い。話して見ましょう。問題はありません。’と言うのです。話が上にあがり、数日後、何も返事はないのです。”と監督は語っている。


スノーデン

デッドライン・ハリウッドのインタビューで、ストーンは言う。現在“アメリカに批判的な”映画を制作するのは困難です。そうではなく、ビン・ラディン映画[つまり、ゼロ・ダーク・サーティ]があるのです。世の中はそうなっていると思います。軍についてのあらゆること、CIAについてのあらゆること。テレビドラマ『Homeland』をご覧願いたい。『24』をご覧願いたい。トム・クランシーの様々な作品をご覧願いたい。 … この映画を制作するのがどれほど困難だったか申しあげたいのです。”

ストーンは、ロシアに出かけて、スノーデンに九回会ったと言われている。ゴードン=レヴィット(彼の祖父、映画監督のマイケル・ゴードンは、1950年代、ブラックリストに載せられた)も、モスクワを訪問し、スノーデンと数時話をした。『スノーデン』では、実際この俳優は、外面の模倣を越えている。ゴードン=レヴィットは主人公スノーデンと彼の深みと信念に関する重要な本質を把握している。更に、エヴァンズは特に邪悪で、ウッドリー、シュネッツァー、ティモシー・オリファント(CIA工作員役)やスコット・イーストウッド(NSAの中級将校役)も素晴らしい。

映画の強みは、まやかしの“不偏不党”を避け、物語をスノーデンの立場から語っていることだ。全く適切にも、彼の視点を前提としており、高まる戦慄は、何百万人ものアメリカ人や世界中の他の人々にも、共有されている。

スノーデンは、アメリカ国家と取り巻き連中による集団的な殺意ある敵意に直面し続けている。映画は彼のための発言になっている。その意味で、スノーデンが「ナショナル・レビュー」(“国産の煽動”)や「スレート」(“漏れがちなスノーデン神話 ”)など恥ずべき愚劣な攻撃を受けたと示唆しているのは絶賛に値する。先週、WSWSが述べた通り、彼は“国家安全保障に対し、大変な損害をもたらした”と主張し、スノーデンを恩赦しないよう強く要求する9月15日付けバラク・オバマ大統領宛て書簡に、下院情報問題常設特別調査委員会メンバー全員が署名した。ヒラリー・クリントンも同じ主張をしている。

オバマに関しては、映画は、2008年選挙が、NSAのスパイ怪物に対して、何の影響も無かったことを明らかにしている。スノーデンは、ある場面でこう発言する。“[オバマ]で物事は良くなるだろうと私は思っていた.” ルーク・ハーディングは、『スノーデン・ファイル: 地球上で最も追われている男の真実』(この映画が依拠している、二冊の本のうちの一冊)の中で、スノーデンの発言を引用している“権力の座について間もなく、彼[オバマ]は、体系的な法律違反捜査への扉を閉じ、いくつかの虐待的事業を深化、拡大し、人々が罪状も無しに監禁されている、グアンタナモに見られるような人権侵害の類を終わらせるために政治的資本を費やすことを拒んだ。”

「デッドライン・ハリウッド」に“連中が何を言おうと、オバマは多数の一般市民や多数の無辜の人々を殺害したのです。しかも連中は彼が妥当だと考えています。彼はブッシュより、多くの無人機を飛ばせました。彼は最高殺人者となったのです”とストーンが語っているのは立派だ。映画監督はこう続けた。“反戦政党が存在しないことを私は懸念しています。反戦の声は存在しません。民主党も共和党も、戦争を支持しています。”

ストーンは、極悪非道なNSA事業のタコのような特徴と活動範囲を、視覚的手段や、他の手法で、分かり易くしようとして、大いに苦心もしている。

とはいえ、『スノーデン』には重大な限界があるのも驚くべきことではない。映画は決して本気で答えようとしていない、そうした疑問の一つ、しかもそれは大きなものはこれだ。連中は一体なぜ、こういうことをしているのだろう? 一体なぜ、NSA、CIAやアメリカ政府全体が(そして世界中の他の諜報機関が)全面監視事業を行っているのだろう? 一体なぜ連中は、地球上のあらゆる男性、女性や子供の意見や習慣を知りたがるのか?


シァイリーン・ウッドリーとゴードン=レヴィット

このほぼ無限のスパイ行為は、2001年9月11日の出来事(オブライアンの上記発言を参照)に対する過剰反応に過ぎないという説得力の無い示唆は、真面目に検討するに値しない。そもそも大規模監視は何十年も前に始まっていたのだ。実際、9/11攻撃は事前にしっかり準備されていた計画を実施する好機となったに過ぎない(ある種の技術の発展にも依存していた)。スパイ行為の普遍性そのものが、深刻な経済的、社会的危機の時期に、あらゆるエリート支配者が自国民に対して感じる組織的なもの、強い恐怖感を物語っている。

関係する他の問題もある。スノーデン-ミルズのロマンスは、おおげさで、『スノーデン』で強調されすぎている。ストーンが、主人公を、大衆の目に対する人間味を与え、諜報世界と敵対すると決めた際、スノーデンがどれほどの犠牲を覚悟していたかを示したかっただろうことは確実だ。将来、内部告発者となると決めた決定的瞬間について、監督はこう語っている。“あの時点で、彼は彼女もあきらめたのです。彼はこの女性にほれ、彼女は10年間、生活の中にいたのです。… 二人は子供を持とうとしていたのです。彼はこの決断をし、それを彼女に言うことさえできなかったのです。” 監督の意図が何であれ、こういう関係は、より興味をそそる、重大な物事の邪魔になることが実に多い。

それはさておき、ストーンと共同脚本家キーラン・フィッツジェラルドと俳優たちが、配慮と献身によって、スノーデンの物語の重要な要素を映画にしてくれたのだ。このドラマには、現代における重大な問題のいくつかが含まれている。何よりも、独裁制と、戦争の危険だ。

スノーデン本人については、ストーンはインタビュアーに、こううまく語っている。“29歳の青年がこれだけのことをしたというのは、実に驚くべきことです。私にはあれは到底できなかった。あなただって、あの年で、ああいうことはできなかったでしょう。”

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2016/09/20/snow-s20.html

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「オリバー・ストーン監督の日本への警告 20170118 NEWS23」 は衝撃的。事実だろう。

これに先行するドキュメンタリーについては、下記記事を翻訳してある。

スノーデンのドキュメンタリー映画『CitizenFour』アカデミー賞を獲得 2015年2月23日

映画と言えば、ハヤカワ文庫で、ジョージ・オーウェルの『動物農場』とオルダス・ハクスリーの『素晴らしき新世界』が、劇場アニメ『虐殺器官』公開記念 ディストピア小説フェアの連動新刊として刊行されている。

『虐殺器官』は、購入したまま、積ん読状態。

IWJの配信予定、この映画に関連する部分をコピーさせていただこう。

◆中継番組表◆

**2017.1.18 Wed.**

あくまで予定ですので、変更、中止、追加などがある場合があります。また電波状況によっては、安定した中継ができない場合もございますので、ご了承ください。

【録画配信・Ch4】時間未定「オリバー・ストーン監督最新作 映画『スノーデン』記者会見 ―登壇者:オリバー・ストーン監督」
視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=4
※同日収録の「オリバー・ストーン監督最新作 映画『スノーデン』記者会見」を録画配信します。配信時間は確定次第、岩上安身とIWJスタッフアカウントのツイッターでご案内いたします。
◆『スノーデン』1月27日(金)TOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー◆
配給:ショウゲート (C)2016 SACHA, INC. ALL RIGHTS


【Ch4】18:30~「オリバー・ストーン監督最新作 映画『スノーデン』ジャパンプレミア ―登壇者:オリバー・ストーン監督、登坂絵莉(女子レスリング・リオ五輪メダリスト)」
視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=4
※オリバー・ストーン監督最新作 映画『スノーデン』のジャパンプレミアを中継します。
◆『スノーデン』1月27日(金)TOHOシネマズ みゆき座ほか全国ロードショー◆
配給:ショウゲート (C)2016 SACHA, INC. ALL RIGHTS


【再配信・IWJ_YouTube Live】19:00~「スノーデン氏が暴く!米国による巨大監視システムの実態とは――岩上安身による小笠原みどり氏(元朝日新聞記者、カナダ・クイーンズ大学大学院博士課程在籍)インタビュー (前編)」
YouTube視聴URL: https://www.youtube.com/user/IWJMovie/videos?shelf_id=4&view=2&sort=dd&live_view=501
ツイキャス視聴URL: http://twitcasting.tv/iwakamiyasumi
※2016年12月26日収録。米国の違法な諜報活動を世界中に暴露して追われる身となった元NSA職員・エドワード・スノーデン氏に単独インタビューをおこなったジャーナリスト・小笠原みどり氏への岩上安身によるインタビューを再配信します。なお、岩上安身によるインタビュー中継及び、再・録画配信は、YouTubeのライブストリーミングを使用して配信いたします(詳しくはこちらをご参照ください→ http://iwj.co.jp/wj/open/archives/355478 )。
記事URL: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/354108

IWJ、先日のTPP交渉差止・違憲訴訟 第7回口頭弁論期日 ―口頭弁論後の報告集会も報道しておられる。

日本はまだTPPを批准できていなかった!?裁判は終結したが、おどろくべき事実が明るみに!!~TPP交渉差止・違憲訴訟 第7回口頭弁論期日 ―口頭弁論後の報告集会
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/356835

2017年1月11日 (水)

『アイ・イン・ザ・スカイ』: リベラル対テロ戦争

Joanne Laurier
2016年3月31日

ギャヴィン・フッド監督; ガイ・ヒバート脚本

『アイ・イン・ザ・スカイ』は、イギリスとアメリカの高官連中がケニヤ、ナイロビでの無人機攻撃の結果を比較考量する政治・軍事スリラーだ。南アフリカ生まれの映画制作者ギャヴィン・フッド(『ツォツィ』、2005年、『レンディション』、2007年)が監督した、残念ながら、甚だしく、でっちあげられた、ありそうもない一連の環境に基づくテンポの速い映画だ。

映画の主人公は、いずれもソマリアの聖戦士集団アル・シャバーブの主要メンバーである過激派イギリス人女性と、その夫を追跡するイギリス軍の厳格な諜報将校キャサリン・パウエル大佐(ヘレン・ミレン)だ。南イングランドの軍事基地で、パウエルは、アメリカ無人機のカメラ映像を通して、この二人のイスラム主義の人物がナイロビに到着し、武装反政府派がパトロールしている貧しい人口の多い地域にある家に移送される途中であるのを把握する。


『アイ・イン・ザ・スカイ』のヘレン・ミレン

ケニア諜報機関が操縦するサイボーグ昆虫-小型監視装置が、自爆攻撃任務に備えるテロリストの画像を送ってくると、パウエルは、命令を“捕獲”から“殺害”に格上げしたいと思うようになる。

ミサイル攻撃を是非とも要求したいとは思うものの、ロンドンで、様々な政府閣僚や法律顧問と一緒の部屋で観察している上司のフランク・ベンソン中将(アラン・リックマン最後の映画出演)の承認を得なければならない。イギリス外務大臣(イアン・グレン)は、シンガポールで開催されている武器見本市に参加している。

一方、ネヴァダ州のアメリカ空軍基地では、攻撃による巻き添え被害を懸念する二人の若いアメリカ人の無人機パイロットが、パウエルの決断を恐る恐る待っている。北京で中国高官と卓球をしているアメリカ国務長官も、アメリカ政府法律顧問も、アメリカ国民一人とイギリス国民二人がいるにもかかわらず、(少なくとも)“標的”破壊を受け入れるのに協力的だ。

主な障害は、標的の家の近くで、パンを売っている可愛いケニアの少女アリア(アイシャ・タコウ)だ。シンガポールで、外務大臣は、自爆犯が多数の人々を殺害するのを放置されれば、イギリスにとって、広報活動上有利になるが、もし軍が、住宅を殲滅して、子供を負傷させたり、殺害したりし、特に、もし作戦映像が、ウイキリークスの類のメディアで公表されるようなことになれば-広報活動上の大惨事になると考える。

それにもかかわらず、より冷酷な発想がまさる …

『アイ・イン・ザ・スカイ』では、才能ある俳優たち(やコリン・ファースなどのプロデューサーたち)が説得力を与えており、その条件を基盤にしたそれなりに良く構成された映画だ。とはいえ、問題は、まさにこの“条件”つまり、何よりも“対テロ戦争”の正当性だ。そこで、そのような演技力も、ほとんどデマ宣伝の見かけを良くするの役立っているだけだ。


アラン・リックマン

現実の偽りの表現には、重要な筋書きの仕掛けが必要になる。映画制作者たちは、自爆犯を逮捕する可能性を早々に排除している。一体なぜだろう? 連中の人数はごくわずかで、彼らはビデオ制作や、ベストに爆発物を付けるのに時間をかけている。これがケニア警察の問題以上のものになるべき理由はないのだ。

ところが、過去15年間ほど“対テロ戦争”の提唱者が活用してきた脅し作戦シナリオに沿って、ヒステリーの雰囲気がでっちあげられる。2005年に、例えば、極右コラムニストのチャールズ・クラウトハマーが、ウイークリー・スタンダードに、拷問を正当化するため、以下の状況を設定して書いている。“あるテロリストが、ニューヨーク市に核爆弾を仕掛けた。それは一時間で、爆発する。百万人が死ぬことになる。あなたは、テロリストを逮捕する。彼は核爆弾をしかけた場所を知っている。彼は口を割ろうとしない。 … この男の親指を縛って、つり下げれば、百万人を救う情報が得られるという考えが少しでもあった場合、そうすることは許されるだろうか? … この悪漢の親指を縛ってつり下げるのは許されるだけではない。それは道徳上の義務なのだ。”

これは全て空想だ。そのような状況には決してなったことはないし、そうなることもない。これは、政敵連中を最も残虐な手段で処分するための独裁的支配と権限が欲しくてうずうずしている連中の主張だ。

『アイ・イン・ザ・スカイ』は、もちろん、そのように見なしているわけではない。とは言え、主題はほとんどイカサマに近い。このように強調された劇的状況は、思考を停止させ、パブロフの条件反射にそって、神経系を活動させる。しかも、可愛い無辜のケニア少女が時折登場して、緊張を高める。あらゆる点について、情報操作の匂いがする。(アンドリュー・ニコルの『ドローン・オブ・ウォー』のほうが、欠点はあるにせよ、無人機戦争に関しては、遙かに批判的な映画だ。)

映画制作者たちが決して切り出したり、たぶん考えたりしたこともない重要な問題がある。こうしたテロリスト連中は一体何者で、一体どこから来たのか? ケニヤや、東アフリカ全体の社会状態は一体どうなっているのか? 地域の歴史は一体どうなのだ? イギリスとアメリカの軍や諜報機関はそこで一体何をしているのか? 『アイ・イン・ザ・スカイ』には、歴史もなければ説明もない。

そもそも、これまでのあらゆる大規模テロ攻撃において、聖戦主義分子連中は、何らかの時点で、欧米列強や、その治安部隊とつながっていたり、あるいは、そうした治安部隊によって、あやつられていたり、極めて厳重に監視されていたりすることが明らかになっていることに留意すべきなのだ。

アル・シャバーブは、2006年に、ソマリアで出現し、2012年以来、アルカイダと正式に提携している。この組織の兵卒は、困窮した若者で満ちており、アメリカが支援するアラブ諸国政権とつながった工作員連中に率いられている。

しかも、ケニヤ政府は、アフリカの角支配を維持するというアメリカ政府の動因にとって、忠実なパートナーなあることは証明済みだ。この地域は、アフリカの新たな植民地化争奪戦の中心で、犯罪人連中が犯行現場に戻りつつあるのだ。しかも、東アフリカにおける19世紀末からの、かつての植民地宗主国の中で、最も残虐だったのはイギリス支配階級で、彼らによる、1950年代のマウマウ団の乱弾圧は、ベトナムやアルジェリアにおける残酷な戦争と同等の、帝国主義者による暴動鎮圧活動の最も悪名高いモデルの一つだ。

キャロライン・エルキンズの『イギリス強制収容所: ケニヤにおける帝国の残虐な終焉』によれば、イギリス植民地政府は、膨大な人数の人々を、収容所に拘留したり、鉄条網で包囲した村々に閉じ込めたりした。“1952年から、1960年の終戦までに、十万人あるいは、それ以上の拘留者が、疲労、病気、飢餓や、組織的な、肉体への残虐行為などの組み合わさった効果で亡くなった。”

南アフリカ出身の監督が一体どうして、まさに元植民地だった国における重大な政治的危機を、この最近の歴史にふれずに、本気で扱うことが可能なのだろう? 一体なぜ、フッドは、多数のイギリス高官が、ケニア国民に対して、実に繊細な、公平な態度で振る舞っているように、さりげない顔で描き出すことが可能なのだろう?


『アイ・イン・ザ・スカイ』

ほぼ必然的に、この知的屈伏度合いからして、映画制作者たちは、権力者、アメリカとイギリスの政治支配層、グローバル・テロの主要源の視点を採用する結果になっている。

映画制作者たちは、一定の反対の姿勢を示してはいる。それは偽善的な意思表示ではないかも知れないが、弱々しい。『アイ・イン・ザ・スカイ』には、アリアを殺害したり、四肢を損なったりする善悪についての長い議論場面がある。(これは、中東、中央アジアやアフリカにおいて、欧米列強が行っている破壊の程度からして、空想的なものに見える。) 更に、アメリカやイギリスの様々な政府高官も、魅力的には描かれていないが、新米無人機パイロットたちは良心があるように描かれている。(本当らかく思えるのは、意志決定者が、連中の戦争犯罪が暴露される可能性について感じることへの理解だが、フッドは、どちらかと言えば、人道主義へと転換している。) 最後の映像は、、パウエル大佐の冷酷さ同様、たぶん心をかき乱すことを狙っているのだろう。だが、これは、さほどのものではない。

あるインタビューで、監督はこう主張している。“ガイ[ガイ・ヒバート]の脚本が巧みに取り上げた疑問は事実に裏付けられており、彼は政策立案者、弁護士、軍、人権団体の中で行われている議論は追っていません。 … この映画が、謎めいた主題に見えるものを一般人に伝え、それを解明するよう願っています。”

これは全く真実ではない。問題は、映画制作者たちが、グローバル・ブルジョア連中のリベラル世論に余りに一体化しており、『アイ・イン・ザ・スカイ』を最初から最後まで、形成し、暖かく包み込む一連の悪質な想定を、彼らの出発点として受け入れていることなのだ。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2016/03/31/eyei-m31.html
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小生、この映画見ていない。見る予定もない。見たいと思っているのは『この世界の片隅に』。

無人機に関連する記事をいくつか訳したことがある。下記はその一例。

こうした映画、決まって大きな構図、背景を無視する。他の映画の例はたとえば下記。

人ごとではない。千里の道も一歩から。

沖縄の基地問題をとりあげたがゆえに、官僚に騙され、ひきずりおろされた元首相の最新インタビュー。

2016年7月18日 (月)

現在一体誰がヒトラーを称賛するだろう?ドイツ風刺映画『帰ってきたヒトラー』

Bernd Reinhardt
2015年12月16日
wsws

デヴィット・ヴェント監督; ヴェント、ヨハネス・ボス、ミンナ・フィッシガルトルと、ティムール・ヴェルメシュ脚本

ティムール・ヴェルメシュの同名小説に基づく風刺映画『帰ってきたヒトラー』[Er ist wieder da]は200万人以上が見て、今年ドイツで一番見られた映画の一本になった。

70年後、ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が、ベルリンの彼の元掩蔽壕の場所で、住宅開発されている場所の真ん中で、突然目覚める。最近首にされたばかりのテレビ放送記者、ファビアン・ザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)に、彼は発見されるが、ザヴァツキは彼をヒトラーの物まね芸人だと思いこむ。ザヴァツキは、この“ヒトラー”が、大勢の観客を引きつける人物で、自分が元の仕事に戻る最後の機会だと感じる。ヒトラーは自分の立場を素早く理解し、ドイツの国家的危機に介入すべき頃合いで、自分しか国を救える人間がいないので、運命が自分を2014年に送り出したのだと結論するに到る。


『帰ってきたヒトラー』

ヒトラーは、あらゆる既成政党からの不人気を満足そうに納得する。ワイマール共和国最後の頃を、彼は思い出すのだ。ザヴァツキは、“総統”が現代ドイツを巡るツアーを企画し、ヒトラーが生み出す大いに肯定的反響で 彼は大胆になる。YouTubeビデオが、100万回も見られて、テレビ番組出演への道が開かれる。

歴史上のヒトラーとは違い、映画のヒトラーは、自分の主張を通すために、テロを用いる必要はない。彼は、マスコミを迎合させるため、批判的なジャーナリストをマスコミから粛清する必要がないのだ。そうではなく、そうした業界の連中は、進んで彼に迎合することに気づく。『帰ってきたヒトラー』の効果的場面の一つは、あるテレビ脚本家が、政治番組向けに人種差別的ギャグを作るよう命じられ、斜に構えたプロ精神で、それをこなすというものだ。

しかも不安定なザヴァツキは、彼が他の人々のように“行動”しないだけでなく、“彼が単純に彼で”ビジョンを持って、それを執拗に進めようとする人物であるがゆえに、“ヒトラーの”独裁的カリスマに魅了されてしまう。

テレビ局のトップ、カッチャ・ベリーニ(カッチャ・リーマン)が、扇動のかどで告訴されると、連邦検事当局の代理人が、彼女が告訴されたのは左翼の変わり者の仕業に違いないと請け合う。右翼によるどういう犯罪や非行が不問に付されたり、最小化されたりするかを決めた“規則集に従って”あらゆることが行われる。ヒトラーの更なるテレビ出演は、何ものも妨げることができませんと、この番組が好きな連邦検事当局の男は宣言する。

うまく描かれた遍在する偽善と欺瞞は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの有名な童話『裸の王様』を思い起こさせる。外国人を公然と害虫になぞらえるヒトラーに、誰も右翼というレッテルを貼ろうとしない。彼は、独特な皮肉と、あいまいさを持った、カリスマ的で、反体制的な人物と見なされる。

ヒトラーが過激な右翼連中に殴打され、入院する羽目になった際には、社会民主党党首シグマール・ガブリエルが自らお見舞いカードを送る。無節操なテレビ局長は、彼を民主主義の戦士とまで呼ぶ。(ヴェルメシュの小説では、ヒトラーは、ドイツのテレビ番組にとって、最も威信のある賞の一つグリム賞も受賞する。)


『帰ってきたヒトラー』

これは余りに牽強付会だ。ドイツ・マスコミは、ウクライナでの右翼クーデターを、民主主義のための戦いだとして慶賀した。政治家たちは、右翼ペギーダ運動との協力を模索した。人種差別的な、反イスラム漫画が、芸術の自由の名のもとに称賛される。オバマがノーベル平和賞を受賞した際に、一部のドイツ人インテリが有頂天になったのも、さほど昔のことではない。

アンデルセンの童話同様“純真な”個人が真実を語る。憤慨して人々が本物のヒトラーを称賛しているとザヴァツキが言う。それだけで彼を精神科病院に入院させるに十分だ。

同時に『帰ってきたヒトラー』は、多くの表面的かつ徹底的な一般化をしてもいる。映画は、ヒトラーは現代ドイツに足場を見出す、おおむね、まずまずの可能性があるような印象を与えている。理不尽な理由で、世界支配に向かって奮闘する右翼扇動政治家が、ポップ・スターのように、マスコミを制覇することができ、映画が示すように、まるでキーボードを演奏するように、易々と大衆をあやつれることを示唆している。彼は大衆に人気のあるごくわずかな社会問題をしつこく繰り返すだけで良いのだ。監督が映画に加えた“ヒトラー”が“民衆”と出会うドキュメンタリー場面が部分的にこれを確認しているようだ。ドイツのタブロイド新聞ビルト紙のインタビューで、ヒトラーと会った際、外国人に向かって喚く、多くの人々について、ヴェントは怒って文句を言った。

『帰ってきたヒトラー』のある重要な場面は、多少の歴史的説明をしようとしている。ヒトラーは、彼らも心の底では 彼と同じだったので、普通の人々全員、1933年に彼を選んだのだと主張する。そこで彼は、現代のドイツ人に向かって言う。“私は皆様方全員の … 一部なのです。”

ヒトラーが小犬を撃つ様子を映したビデオが出現すると世論は一変する。国民全員が、恐怖を表明する。この場面は、自称、知識人サークルにおける、ドイツ人は簡単にあやつられてしまう進歩の遅い大衆だという広く行き渡った見方を反映している。

こうした見方は、西ドイツ国家において、ナチス・エリートが依然地位を占めていたことへの批判にもかかわらず、1968年、反抗の世代が疑問を投げ掛けるまで、ほとんど触れられなかった戦後イデオロギーの不可欠な要素だ。初期には、社会主義者のファシズム理解の一部だった、ファシズムと資本主義との間の不可分の関係は、“大衆社会”や“マスコミ”や、似たようなアイデアに対する上辺だけの批判に置き換えられている。

『帰ってきたヒトラー』は現在の状況に対する率直な懸念を語ってはいるものの、ヒトラーが権力の座についた、実際の歴史的な原因に関しては何も説明しない、在り来りの偏見や概念に満ちている。

いくつかの場面で、痛烈な批判こそ、よりふさわしいである場面で、映画は、ヒトラーを愚かなように描いている。長年、社会的、民主的権利を攻撃してきて、今やドイツ軍国主義再建を企んでいる与党の『帰ってきたヒトラー』における“批判”は、事実上、本物の内容に欠けている。例えば、SPDのガブリエルは、単なる冗談のように描かれている。他の政党や政治家も同じような形でかたずけられる。狭量な国家を支持する右翼政党としてのグリーン描写だけは(“環境安全保障は、国土安全保障だ”)当たっている。

もちろん、大衆の中には、ヴェントがドキュメンタリーで捉えているような見当違いの、右翼の反応もある。だが彼らは実際、一体何を代表しているのだろう? 様々な恐怖を、民族主義的、人種差別的方向に向けようと、意図的に取り組んでいる事実を無視して、一体なぜ、ヴェントは、政治体制を無罪放免してしまうのだろう? しかも、人々は、ヒトラーの服を来た人物などの挑発に対し、最も深刻な結論も考えずに、反射的に反応してしまいかねないのは明らかだ。

とはいえ、『帰ってきたヒトラー』に対する大きな関心が、映画が痛いところを突いたことを表している。重大な限界はどうであれ、ドイツ人大衆が一般的に体験している、偽善的で、恥ずべき政治状況を、映画が描写しているためであることは疑いようがない。

しかも、より裕福な階層は、無謀に民主的権利を無視する用意があるこの強力な指導者の描写、ヒトラーをむしろ比較的無害な人物におとしめる描写に、ある種魅了されている。

広範な層の労働者が根本的改革を希求するのは、独裁者を求める願望とは全く無関係だ。ヴェントの『帰ってきたヒトラー』の中で終始表現されている、大衆運動が制御しきれなくなることへの恐怖と疑念は、不快かつ、多くを物語っている。それにもかかわらず、映画は“大衆”に関する偏見からは決して抜け出せていない。この相反する心的葛藤と、ためらいが、結局、芸術的、社会的効果を弱めている。

現在の難民危機におけるドイツ人の様々な層の実際の行動は明らかだ。多くの人々が自発的に、苦しんでいる難民を支援した。女性や幼い子どもを含む難民支援を拒み、彼らを収容所に閉じ込めるという不気味な歴史的関連性を目覚めさせる作戦を行ったのは政界エリートだった。

世論調査では、マスコミ報道に関して、大衆が憤りと言えるほどの深い不信感を抱いていることも明らかになっている。この最もひどい例が、最近のパリでのテロ攻撃に対する当局の対応だ。ドイツ・マスコミは、民主的権利を制限する必要性や、対テロ“世界戦争”の必要性までも執拗に広めている。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2015/12/16/back-d16.html
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『街の弁護士日記』「帰ってきたヒトラー」観てきた  全国で観られますを拝読するまで、この映画のことは知らなかった。
まさにナチスの手口を見習い、『緊急事態条項』を導入し、一気に永久ファシズム体制に変えられようとしている属国民にとって必見映画に思えてきた。原作翻訳文庫本も出ている。

そして、今日の日刊IWJガイド、必見の番組が紹介されている部分のみご紹介しよう。これから番組を拝見しようと思っている。

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■<★新着記事★>戦慄するほどうり二つ!安倍政権下の日本とナチスの独裁権力樹立前夜のドイツの恐るべき共通点…ナチス研究の第一人者・石田勇治・東京大学教授が岩上安身のインタビューでその「手口」を徹底解明!

 おはようございます。IWJの佐々木です。

 本日は、いま日本人が最も観るべきインタビューのテキストアップのお知らせです。

 「ナチスの手口に学んだらどうか」――2013年7月29日、麻生太郎財務相が吐露した安倍政権の「やり口」。僕らはこの数年間で、そのプロセスの一つ一つを、追体験させられる羽目になってしまいました。まさかここまでナチスの手口を忠実になぞっていくとは…。

 しかし驚くなかれ、ナチス研究の第一人者である石田勇治・東京大学教授が岩上さんのインタビューで解き明かしたナチス台頭への過程は、僕らが思っているよりも、さらに今の日本と「瓜二つ」だったのです。

 当時もっとも民主的だった「ヴァイマル憲法」ですが、そこに書かれた権利により、力をつけた労働者と共産党の台頭が、資本家たちの反発を買い、共産党を敵視するヒトラーに有利に働きました。

 この時代背景からすでに、今の日本とそっくりなのですが、なんとヒトラーは当時、ヴァイマル憲法を「(第一次世界大戦に勝った)連合国の押しつけだ」とも主張していたのだそうです。日本国憲法を「米国(GHQ)の押しつけ憲法だ」と騒ぎ立てる安倍総理の姿とダブりますね…。

 その他、石田教授は一つ一つ丁寧に、聞いてるこちらが戦慄するほど、当時のドイツと今の日本の類似点を解説してくれました。

 個人的に特に震えたのが、 1932年7月、ナチ党が第一党になる選挙の前に、危機感を募らせたアルバート・アインシュタインら、著名な学者、芸術家、文学者ら33名が連名で出した野党共闘を求める緊急アピールです。

  「(ナチ党の台頭をくい止めるための)最善策は2党(社会民主党と共産党)の統一候補者リストだが、せめてリスト協力が実現するように望む。どうか天性の怠慢と臆病な心のせいで、我らが野蛮の中に沈み込むことのないように」

 先の参院選での市民や有識者の必死の呼びかけを思い出します。日本では野党共闘はある程度成功したものの、複数区や比例での共闘は叶わず、結果的に改憲勢力に3分の2を取らせてしまいました。

 この先に待ち受けているものは何か。石田教授は、「安倍政権が改憲で進める緊急事態条項は、ヴァイマル憲法第48条の国家緊急権に、授権法を合体させた恐ろしい条項だ」と、語気を強めて警鐘を鳴らしました。

 未来にどんな恐ろしい事態が待っているのか、僕らは過去に知ることができます。ぜひこのインタビューを観て、そしてアップした全文文字起こしを読んで、まわりの人たちに警鐘を鳴らしていただければ幸いです。

※参院3分の2議席で日本でも現実に!安倍政権が「学ぶ」「ナチスの手口」とは何か?絶対悪ヒトラー独裁政権の誕生過程を徹底検証! ~岩上安身による石田勇治・東京大学教授インタビュー(前編)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/313466

 文量が多いため、今回は【前半部分】のみの掲載となります。【後半部分】も急ぎアップいたしますので、まずは前半を読み進めておいていただければと思います!
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世論調査では、マスコミ報道に関して、大衆が憤りと言えるほどの深い不信感を抱いていることも明らかになっている。この最もひどい例が、最近の参議院選挙での争点隠しだ。日本のマスコミは、緊急事態条項で民主的権利を廃止する必要性や、TPP“ 大企業植民地化”の必要性までも執拗に広めている。

2016年6月30日 (木)

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』と、ハリウッド・ブラック・リストの歴史

Fred Mazelis
2015年11月30日
wsws

ジェイ・ローチ監督、ブルース・クックの著書に基づき、ジョン・マクナマラ脚本

職業生活を破壊し、結婚を壊し、一部の人々を早死にさせ、映画産業における左翼思想を事実上犯罪化させた、1940年代末から1950年代始めの反共産主義ハリウッド魔女狩りの物語は、これまでも書籍でも、概してさほど成功しなかったものの映画でも語られてきた。

ジョン・マクナマラと、ジェイ・ローチ監督(映画『オースティン・パワーズ』で良く知られている)による新作映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は、この主題を、1940年代で最も才能のあった脚本家の一人、ダルトン・トランボの職業生活を通して見ている。彼は、下院非米活動委員会(HUAC)に引きずりだされ、最終的に議会侮辱罪のかどで投獄された、脚本家と監督の集団ハリウッド・テンの一人だった。


『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のブライアン・クランストン

トランボ (ブライアン・クランストン)は、ハリウッド魔女狩り最初の犠牲者で、この集団の最も主要なメンバーだった。反共産主義キャンペーンが本格的に始まった時には、彼は既に、A Bill of Divorcement (1940)、『恋愛手帖』(1940)、『ジョーという名の男』 (1943)、Tender Comrade (1943)、『東京上空三十秒』 (1944) や、『緑のそよ風』(1945)などの映画で知られていた。

映画は、主に、1947年の魔女狩りの始まりから、1960年に、ハリウッド・ブラックリストが終わるまでのトランボの人生と、職業生活に焦点をあて、更に、1976年に脚本家が亡くなるまでの短い期間へと話を進める。いくつか、明らかな、かつ重大な限界がある。

これは、1930年代と、1940年代のアメリカ合州国における、左翼や社会主義者の政治の複雑さを認めたり、まして検討したりする映画ではない。革命勢力としての共産党を破壊し、きわめて犯罪的な意味で、ソ連官僚主義の共犯者に変えてしまったスターリン主義に対する映画の姿勢は、benignとは言わないまでも、中立的だ。『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は、大胆に言えば、アメリカ左翼の運命の本格的な検討としては決して受け止めることはできない。この映画を制作した人々は、歴史を徹底的に掘り下げてはいるまいという印象を受ける。

それでも、この映画には、埋め合わせる重要な長所がいくつかある。その理由から『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の出現は重要で、時宜を得てもいる。

冒頭に表示される字幕は、ハリウッド映画としては、きわめて例外的だ。一部は、1930年代の大恐慌のさなかに、他の人々は、ソ連がアメリカの同盟国だった第二次世界大戦中に、多くの映画俳優が共産党に入党したというのだ。

左翼的な政治組織への加盟が、普通のアメリカ映画の歴史では、これほど明らかに認められることはまれで、まして画面そのものに現れることはまずない。その影響が、現在も依然として感じられる、アメリカの文化的、政治的生活の重要な時期に関する重要な問題を提起している。

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』には、多くの注目に値する場面や、素晴らしい演技や、陰鬱な状況にあっても場違いでないユーモアがある。悪名高いニュージャージー州出身J・パーネル ・トーマス下院議員が議長をつとめた下院非米活動委員会聴聞会での脚本家の尋問を含め重要な瞬間を表現するのに、ニュース映画映像と再現が併用されている。

リチャード・ ニクソン、俳優のロバート・テイラーや、ジョセフ・マッカーシー上院議員の短い記録画像もある。背景に、反ユダヤ・ゴシップ記事コラムニスト、ヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)や、ハリウッドの右翼連中がおり、そこで、ジョン・ウエインと、ロナルド・レーガンが目立っていた。トランボが、ウエインと対決し、画面上でまやかしの英雄を演じている俳優をへこませる場面は、映画の山場の一つだ。

1945-46年の映画セット担当者による激しいストライキで示された、労働者の闘志に憤慨したMGMプロデューサー、ルイス・B・メイヤーが、何百万人もの読者に、プロデューサーがユダヤ人だという背景を思い起こさせるぞと、ヘッダ・ホッパーに脅される効果的場面もある。こうしたこと全てが、エスカレートする対ソ連冷戦という政治的背景にして起きたのだ。

トランボは、米国憲法修正第1項「言論の自由」条項が、彼や共産党の仲間を守ってくれるという幻想を強くもっていた。しかし、彼が下院非米活動委員会に出席したのは、大失敗だった。彼は議会侮辱罪で、告訴され、有罪となり、禁固刑を宣告されるa。トランボは、1950年6月から、11カ月間、投獄された。映画は彼の屈辱的な刑務所生活開始を記録している。一見永遠に続きそうに見えるブラック・リスト支配のさなか、彼は刑務所を出所する。マッカーシー上院議員は絶好調で、ジュリアスと、エセル・ローゼンバーグの夫妻はスパイ策謀の罪で裁判を受け、処刑される。

釈放された後、脚本家は、彼によれば、一日18時間、週7日間、一日30ページのB級映画脚本を量産する仕事にありつく。驚くべきことに、そうした映画の一本『The Heist』は、映画の歴史に残っている。これにともなうストレスが、結婚と、家庭生活を脅かす。そうした中でも、彼はアカデミー賞を獲得した脚本をいくつか書くことができた。1953年の『ローマの休日』と1957年の『黒い牡牛』だ。こうした作品は、もちろんトランボの名前で出品するわけにはゆかなかった。1953年の映画では、彼は友人の脚本家イアン・マクレラン・ハンターを“代役”にたて、 『黒い牡牛』の賞はペンネーム、ロバート・リッチが受賞と発表された。

この二つのオスカー授賞の瞬間が、画面上では記録映像で示され、それを再現したトランボ一家が、喜びと、フラストレーションがあい混じる感情で見つめている。これは、ブラックリストと、それを克服しようという長年にわたる戦いの痛ましい現実の効果的な描写だ。

名高いオットー・プレミンジャー監督と、俳優のカーク・ダグラスが、1960年に公開された彼らの映画、まずプレミンジャーが監督した『栄光への脱出』、さらにダグラスが主演し、スタンリー・キューブリックが監督した『スパルタカス』における、トランボの役割を公表して、ハリウッド追放は終わった。

先に述べた通り『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は、特にブライアン・クランストンなどの素晴らしい演技の恩恵を受けている。クランストンは、特にケーブル・テレビ・シリーズのBreaking Badで知られている。彼の演技は映画題名になっている主人公として、映画では明らかにきわめて重要で、この脚本家の痛烈なウィット、敵と戦う際のある種の戦術的才能や、楽観主義と、確固たる現実主義の両方を表現する言葉の使い方を、彼は実に巧みに演じている。

ひたすら事業上の理由で、トランボを雇っているのだが、魔女狩り連中に進んで立ち向かう根性を見せるB級映画プロデューサー、フランク・キングの誇張した役を演じるジョン・グッドマンは愉快だ。これは緊張を和らげるためのコミカルな場面ではあるが、グッドマンの性格描写には、少なくとも多少の真実があるだろう。


ヘレン・ミレンと、ブライアン・クランストン

ヘレン・ミレンは、いかにも不道徳で不誠実なフーパーらしく、俳優としての生活を守るため最終的には魔女狩りに屈したが、以後罪悪感を抱きながら生きた有名な俳優エドワード・G・ロビンソン役のマイケル・スタールバーグによる感動的演技を是非とも指摘しておこう。彼は魔女狩りの初期の犠牲者たちに対し、かなり財政的支援をしていたのだから、ロビンソンの運命はとりわけ悲劇的だ。

彼の政治的な甘さと見なすものを巡り、トランボと衝突する、何人かのハリウッド・テンをまとめた、架空の合成された役柄、アーレン・ハードをルイス・C・Kが演じる。ダイアン・レインは、クレオ・トランボ、脚本家の妻を演じている。端役のニュージーランド人俳優ディーン・オゴーマンは、若い頃のカーク・ダグラスと驚くほど良く似ている。ダグラスは、嬉しいことに今も存命で、あとわずか数週間で99歳の誕生日を迎えるとご報告しておこう。


『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

映画の中で描かれるハードとトランボとの間の短期間の不和は、更に深く描かれることはない。これは確かに困難な仕事になっていたろう。人民戦線時代と戦時同盟時のスターリン主義は、労働者階級の政治的自立のための戦いを、あからさまに、すっかり放棄していた。共産党が、超愛国的方針を採用し、リベラリズムと区別不能になっていたのだから、ハリウッドで、スターリン主義を支持していた人々は、この精神について、間違って教えられていたのだ。こうした様子の一部は、トランボが娘に、共産主義は、何も食べるものがない同級生と、サンドイッチを分けて食べることと同じだと説明しようとする際の対話に反映されている。

だがトランボが対処した戦後の魔女狩りは、権利章典とアメリカ憲法に対する悪意に満ちた攻撃だった。右翼による共産党攻撃は、労働者階級に向けられていたが、それは、社会的、政治的テーマを探求した戦後映画の弱点が何であれ、そうした映画に対する怒りによって、かきたてられていた部分もある。

クランストンや、ミレン、グッドマンらを含む、何人かの著名俳優が『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』に出演していることが、ブラック・リストの遺産に対する彼らの懸念や、この物語が現代にとって、時宜にかなっていることを反映しているのは確実だ。ジェイ・ローチ監督は映画を“教訓的な物語”と呼んで、言論の自由に対する現在の攻撃を指摘している。

ダルトン・トランボは、この反民主的キャンペーンに対し、長く信念に基づいた戦いをしたのだが、この歴史をほとんど、あるいは全く知らない何世代もの映画ファンは、特にこの文化的、政治的歴史を更に詳しく調べれば、この映画を見ることで得るものは大きいだろう。

筆者は下記もおすすめする。

トランボと、ハリウッド・ブラック・リスト(英語原文)
[2008年6月26日]

裁判にかけられたハリウッド: 重要なことを思い出させる時宜を得たこと(英語原文)
[2009年12月10日]

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2015/11/30/trum-n30.html

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「ハリウッド」、いわゆる「テレビ・新聞を含むマスコミ」に置き換えて解釈すべきだろう。

7月22日公開は残念。一カ月早ければ、自民・公明や、野党モドキ与党分派による共産党攻撃の卑劣さ・陳腐さを多くの方が実感を持って受け止められたろう。

同じ話題を扱った記事を、いくつか訳してある。

NHKや、TBSや、テレビ朝日で、普通の庶民感覚に近い発言をするキャスターが排除され、ことごとく寿司友に置き換えられるのは、宗主国では日常茶飯事。それが通常だ。

2016年4月18日 (月)

『スポットライト 世紀のスクープ』:多くを物語る、カトリック教会の性的虐待の暴露

Joanne Laurier
2015年12月3日

トム・マッカーシー、監督; マッカーシー、ジョシュ・シンガー、脚本

トム・マッカーシーの『スポットライト 世紀のスクープ』は、ボストン地域のカトリック教会神父による児童の性的虐待蔓延をボストン グローブが2002年、画期的暴露したものを記録する、張りつめた、準政治スリラーだ。

‘『スポットライト 世紀のスクープ』’という題名は、70人以上の地元神父が行った虐待を、教会幹部連中が長期間の組織的隠蔽を明らかにした新聞社の四人の調査グループを意味している。最近ニューヨーク・タイムズに買収されたグローブは、この報道で2003年のピューリッツァー賞を獲得した。


『スポットライト 世紀のスクープ』のレイチェル・マクアダムス、マイケル・キートンとマーク・ラファロ

マッカーシーの映画『スポットライト 世紀のスクープ』チームは、無遠慮な編集者ウォルター“ロビー”ロビンソン(マイケル・キートン)、記者サーシャ・ファイファー (レイチェル・マクアダムス)と、マイケル・レゼンデス(マーク・ラファロ)と、データ分析担当マット・キャロル(ブライアン・ダーシー・ ジェームズ)で構成されている。

『スポットライト 世紀のスクープ』は、その虐待実績が、調査を開始させる要素となった連続小児性愛者、ジョン・ゲーガン神父が、ボストン警察署から自由人として出てくる短い場面で始まる。(30年間の経歴で、ゲーガンは、少なくとも130人の子どもに淫行をはたらいた。) ボストン人ではなく、カトリック教徒でもないグローブの新編集長マーティ・バロン (リーヴ・シュレイバー)が『スポットライト 世紀のスクープ』チームに、神父による性的虐待の調査を開始するよう推進する。

抵抗するベン・ブラッドリー・Jr.編集長(ジョン・スラタリー)が、53パーセントの新聞購読者はカトリック教徒であると指摘する。しかも大司教区は、恐るべきバーナード・ロー枢機卿(レン・キャリオー)が率いる、強力なボストンの組織だ。


スタンリー・トゥッチ

だがバロン以外にも、他の“部外者”はいる。その一人が、神父虐待者に裁きを受けさせようとして、うまく行かずに苦闘しているアルメニア系の集団訴訟弁護士、ミッチェル・ガラベディアン(スタンリー・トゥッチ)だ。(“この街 … ヤンキーと、アイルランド人は、それ以外の我々を、町に所属していな気分にさせている。連中とて、我々と変わらない。子どもの扱い方を見なさい。いいかい、レゼンデス、子どもを育てるのに、村中が総掛かりになる必要があるなら、子どもの虐待にも村中が必要なんだ。”)

ボストン支配体制内部で、教会のために謝り、擁護しようとする人々を捜すのはたやすいことだ。ロビーのゴルフ仲間の一人、ジム・サリバン(ジェイミー・シェリダン)は、教会の相談役で、もう一人の親しい仲間、ピーター・コンリー(ポール・ガイルフォイルが演じる)は 教会の親善大使だ。後者は『スポットライト 世紀のスクープ』のチーフにこう言う。 “マーティ・バロンは、彼自身の狙いを持ったユダヤ人だ。奴はここの人間ではなく、いつでも立ち去れる。君は、ところが ...” 微妙な公文書は、決まったように政府書類から紛失する。


ポール・ガイルフォイルとマイケル・キートン

グローブの元々の2002年1月の暴露記事は、教会による必死の隠蔽工作に注目していた。“過去数カ月間のインタビューで、示談に関わった弁護士が、教会の主要目標は明白だ-どんな代償を払っても不祥事が公になるのを防ぐことだと述べた。

“教会の戦略に通じているある検察官は、大司教区は、犠牲者に公表したり、裁判沙汰にしたりさせないようするのに実に熱心で、奇怪な主張までしたと語った。”

調査妨害と、教会幹部や、教会支持者による言い抜けによる障害に加え、9/11の出来事で、チームの調査は一時棚上げにされた。

最終的に、「聖職者による虐待被害者ネットワーク」(SNAP)の支援を得て、ジャーナリストが勝利する(“神父があなたに注目していれば、それは重大事だ”とメンバーの一人が言う。“。神に対して、一体どうやって、いいえと言うのだろう?”).

調査担当者にとって貴重な支援となるのは、元神父で、現在は心理療法士のリチャード・サイプ(リチャード・ジェンキンスの電話の声)だ。彼は性犯罪者神父に関する専門家で、連中は貧しく弱い人々の中から犠牲者を捜そうとすると説明する。サイプは、彼の調査が、教会神父の少なくとも6パーセントが、犯罪者であることを示していると言って、ジャーナリストに衝撃を与える(“認識可能な精神医学的現象”).

教会の腐敗と悪行の深さと規模が、グローブや、『スポットライト 世紀のスクープ』著者たちのあらゆる当初のためらいに打ち勝ち、事実をあばくため、彼らの多くはカトリック信仰を放棄した。

マッカーシーの『スポットライト 世紀のスクープ』はウォーターゲート・スキャンダルに関する『大統領の陰謀』(1976年)や、タバコ産業を暴露する『インサイダー』(1999年)の伝統につながる、止められない勢いのある思わず引き込まれる作品だ。アメリカ映画産業として素晴らしい作品だ。『スポットライト 世紀のスクープ』の出現はハリウッドのスキャンダル暴露能力が完全に放棄されたり忘れ去られたりしていないことを示唆している。

これまでの貴重な仕事に、『ステーション・エージェント』(2003)や『扉をたたく人』(2007)や『WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々』(2011)がある監督は、プロジェクトに心から献身的な強く結びついたアンサンブル・キャストをまとめあげた鋭敏な職人だ。キートンとラファロは魅力的で、トゥッチは、高貴で、献身的で、教会の人的巻き添え被害を容赦なく暴く担当者として特に傑出している。

俳優から監督に転じた、マッカーシーは、偉大な視覚的スタイリストとはいえず、『スポットライト 世紀のスクープ』は多少ありきたりで、単調な感がある。何よりも、映画を効果的にしているのは、演技と俳優同士の相性だ。更に、理性的な映画『スポットライト 世紀のスクープ』は、アニメや特殊効果が支配的な業界で際立っている。

映画の強みの一つは、カトリック教会の階層制が、ボストンの政治的、社会的構造の不可欠な要素であることを示している点だ。教会は、労働者階級国民を服従させ、抑圧するイデオロギー的かなめの一つとして機能している。

性的虐待スキャンダルは、決してボストン地区独自のものではない。映画の後書きで、神父による性的虐待が発覚したアメリカや世界中の何百もの都市のリストが示される。

虐待の組織的な性格に関し、WSWSは2002年にこう書いた。“聖職者メンバーによる性的虐待を巡る危機は、制度としてのカトリック教会の、心底から反動的で時代錯誤的な性格を明確に示している。腐敗して偽善的なぜいたくな暮らしをする幹部連中が罪と悪について説教し、産児制限と堕胎に反対し、同性愛を痛烈に非難し、検閲や知的抑圧を熱烈に擁護し、世界中で権力者と組んで、大抵は何千万人もの人々の人生を惨めなものにしている。

“性的虐待の痛み、危機、犠牲者の苦悩、神父の悲惨や性機能障害、教会幹部の無神経さといったあらゆる点が、慣習と信仰が、人間の基本的欲求に矛盾していて、必然的に、最も不健康な心理的-性的雰囲気を生み出す病んでいる組織であることを示している。カトリック教会の本質的存在が、現代社会と相いれないのだ。”

カトリック教会報道当時、ボストン・グローブは、は素晴らしかった。いくつかのインタビューで、マッカーシー監督は、進みつつある新聞の終焉と、それに伴うインターネットの隆盛を嘆いている。

彼の昔かたぎのリベラリズムから、監督はいくつかのことを無視している。もしマッカーシーが、なぜ人々、特に若者が、ボストン・グローブやニューヨーク・タイムズのようなマスコミに背を向けつつあるのかを知りたければ、『スポットライト 世紀のスクープ』で触れられた“他の”重要な出来事のマスコミ報道、2001年9月11日、テロ攻撃と、それに関連した出来事を考えるだけで良い。アメリカ・マスコミは、9/11自爆攻撃を真面目に調査することを拒否し、中東や他の場所での戦争、膨大なNSAスパイ、警官による殺人や、国民に対するあらゆる陰謀や攻撃を、とめどなく正当化している。主要新聞社やテレビ局は事実上、ペンタゴンとCIAの延長になっている。

清廉潔白な記者は、主要マスコミでは実にまれで、通常、政治的に最も微妙な話題で仕事をするよう派遣されることはない。ともあれ『スポットライト 世紀のスクープ』は単刀直入で面白く、魅惑的な演技で駆り立てられる映画だ。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2015/12/03/spot-n03.html

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通った幼稚園、確かプロテスタントだった。周囲の子どもも大半同じ幼稚園だった。賛美歌を歌ったり、クリスマスを祝ったりしたことをかすかに覚えている。歌の断片ならまだ覚えている。とはいえ、素朴な祖先崇拝以外、全く宗教心皆無。仏壇に水、お茶、線香、ろうそくを備えておわり。墓参りには行く。ということで、宗教組織に関する個人的な興味は皆無。

宗教消滅 資本主義は宗教と心中する』島田裕巳著を再読。全く宗教界を知らないので驚くことばかり。あの映画「禁じられた遊び」宗教(カトリック)が主題だったというのにびっくり。本では触れられていないが、試写会で見た「汚れなき悪戯」もそうだったろう。

良い映画のようなので、公開にあわせ?記事を思い出し翻訳。まだ見ていない。

九州地震、20万人もの方々が避難しておられるという。自動車で夜を過ごした方々は本震からは救われたのだろうが、エコノミー症候群が心配。

テレビ報道を見ていると、南海トラフ地震と関係がありますか、とアナウンサーが専門家に質問していた。「現場から離れる」という考え方もあると、専門家がおっしゃっている。『南海トラフ地震』200ページに「地震が怖ければ海外にゆく」という見出しがあった。今の不気味なひろがりように、ますます霧島噴火を扱った『死都日本』を思い出している。

「日奈久断層帯では、活動が南西側に動いている」とニュースでいった気がする。日奈久断層帯とは違う市来断層帯というものの近くにあるのが九州電力川内原発だというが、本当に大丈夫だろうか。何が先手だろう?先手をうつなら、原発停止だろうに。わざわざ事故を待っている自爆テロ国家に思えてくる。

孫崎享氏のtwitterにびっくり。戦争法案懐柔宣伝が本当の狙いだろう。宗主国軍の任務は侵略戦争・占領。自然災害支援ではない。もし、力が足りないために助けを頼んだのなら、オリンピックは返上だろう。

米軍支援、米軍星条旗新聞、「匿名条件の米国官僚によれば、日本政府が国務省に支援要請した」匿名そりゃそう。恥ずかしい事なんだから。世界で震災に見舞わる国は多いけど、米軍に助けて頂戴と災害国側から言う国ってそうないんじゃない。先ずは自力で頑張る。それでも支援をすると言ったら考える。

まともな国でも、まともな支配者でもなく恥ずかしい傀儡。ニュースを見ると、惨事をオスプレイ宣伝に使うのだ。選挙で勝つためなら、何でもする。

中谷元防衛相は17日夜、熊本地震の被災地支援に関し、在日米軍が海兵隊所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイで18日から救援物資を輸送すると発表した。防衛省で記者団に語った。

2016年2月 7日 (日)

『不屈の男 アンブロークン』: 何かに仕える凡庸なハリウッド作品

Charles Bogle
2015年1月7 日
wsws.org

アンジェリーナ・ジョリー監督の『不屈の男 アンブロークン』は、ローラ・ヒレンブランドによる、第二次世界大戦中、日本の捕虜収容所でのアメリカ人オリンピック選手ルイ・ザンペリーニの痛ましい体験に関する2010年のノンフィクションに基づいている。ヒレンブランドの最初の著書『シービスケット: あるアメリカ競走馬の伝説 』(2001年)は有名な競走馬に関する“感動的な”物語だった。2003年にハリウッドで映画化もされた。

『不屈の男 アンブロークン』

第二次世界大戦に到る時期以来、最も張り詰めた現在の世界的緊張状況からして、映画監督は、結局は二十世紀の重要な出来事のいくつかと、主要大国のいくつかが関係する、ザンペリーニ物語のパンドラの箱を探る誠実な取り組みをしてくれるだろうと期待したくなる。

悲しいことに、ジョリー女史は、他の人々より優れていた、あるいは、道徳的に強かったが故に拷問され、まさに同じ理由で生き抜いたアメリカ人の陳腐な物語という、またもう一つのハリウッド・ヒット作を制作することを選んだ。

イタリア移民の息子、ルイス・ザンペリーニ(子ども時代のルイは、C.J. Valleray、青年役は、ジャック・オコンネル)は、民族的出自ゆえに年中いじめられ、更には喧嘩をしたかどで、父親に叩かれる(子ども時代の場面は回想シーンとして示される)。

兄のピート(少年時代は、John D’Leoが、成人はアレックス・ラッセルが演じる)が、弟が非常に早く走れることに気がつき、ルイを、真面目に練習し、トラック競技に進むよう説得する。ルイは、その成績でじきに栄冠を勝ち取り、自信も持つようになる。実際、高校最上級生の彼が、ナチス・ドイツで開催された1936年夏季オリンピックの5000m競争で、アメリカ人走者中で最高位(8位)になったほどだ。

『不屈の男 アンブロークン』

ルイの走者としての更なる進歩は戦争の勃発によって中断される。さらに悪いことに、彼と他のアメリカ爆撃機乗組員たちは海に不時着をしいられる。生き残ったのは、ルイと他の二人、フィル(ドーナル・グリーソン)とマック(フィン・ウィットロック)だけだ。

ゴムボートで47日間漂流し、マックを失った後、ルイとフィルは日本船に拾いあげられ、捕虜収容所に入れられる。他の捕虜収容所に送られたフィルと別れたルイは、オリンピックでの悪評と、どうしても折れようとしないため、じきにサディスティックな渡辺伍長 (石原貴雅=MIYAVI)によるむち打ちの標的となる。この虐待が映画の大半を占めている。

ベテラン撮影監督ロジャー・ディーキンス(『ショーシャンクの空に』、『ノーカントリー』、『007 スカイフォール』他)は新技術を使用して、ワクワクさせるような本格的な戦闘場面を生み出している。敵機が下から急上昇し、機関銃砲撃を爆撃機の金属外装にビシビシ打ち込む(飛行機が飛行する際のギシギシする音さえ聞こえる)。そして乗組員の表情の多くのクローズアップや、様々なアングルからのショットが、不確かさと恐怖のさなかの意志の強さの真に迫った感覚を生み出している。

不幸にして、このカメラワークだけが、この映画で例外的、あるいは実に興味をそそる特徴なのだ。

事実上、始めから終わりまで、『不屈の男 アンブロークン』は、ルイがある種の拷問に次から次にさらされ、苦難することに集中し、こうしたこと全てを生き抜くことで、彼が遥かに優れた人物になることを示す。

子ども時代、うちのめされ、オリンピック級の長距離走者になるための厳しい練習では、海で、時折、生魚を食べ、サメや日本の戦闘機に攻撃されながら生き延びる訓練が6週間続く。

そこで、日本人将校が、ルイを執拗な肉体的虐待の対象に選び出し、時には自ら虐待し、時には他の捕虜にルイを叩くよう強いる。暴力行為の合間の短い時間は、大半が益々叩かれて、あざになったルイの顔のクローズアップ、あるいは、殴打された後、収容所の広場に一人取り残される彼の姿にあてられている。

謎めいた優位性ゆえに、苦難と拷問の犠牲者となるアメリカ人主人公を描き出すのはハリウッドでは、お決まりのようなものだが(クリント・イーストウッドの欧米人主人公が、すぐに思いだされる)、過去30年間の戦争と高まる社会危機、それに伴うイデオロギー的混乱や方向感覚の喪失が、同じ主題に基づく映画の数が増えている間接的な原因には少なくともなっている。

多数の評論家が映画のルイのイエス・キリストとのつながりを指摘している。渡辺伍長がルイに、枕木を彼の頭上に長時間縛りつけて負わせる場面は特にそうだ。ルイの苦難と高い角度からのカメラ画像は明らかに、キリストを連想させる。

ハリウッドは、この同一視を利用することが多いが、『不屈の男 アンブロークン』は、この使い古された隠喩を利用することにしたため、安っぽくなった。『不屈の男 アンブロークン』のこのイメージと、拷問の場面に凝っていたメル・ギブソンのすさまじい『パッション』(2004年)のキリストが大いに似ているのはもっとひどいことだ。

ジョリーは一体なぜこの映画を制作したのだろう? 2014年7月に97歳で亡くなる前に知った晩年の“人を鼓舞するキリスト教講演者”だったザンペリーニから、個人的に着想を得たと彼女は主張している。だが女優-監督を後押しした他の力があったのだろうか?

『不屈の男 アンブロークン』

『不屈の男 アンブロークン』の主題の性格を考えると、政治的、社会的言及は驚くほどわずかだ。実際、映画は、意図的に政治と関わらないよう作られているように思える。ルイが執拗に残酷な拷問をされるのを-サディスティックな渡辺伍長は、ルイルイがスポーツマンとして有名であり、 (b) 軍人である父親が、息子が出世できないことに失望しているために、ルイを選ぶ羽目になったと、個人的問題として描きだすという選択によって-監督のアンジェリーナ・ジョリーは、観客の関心を、捕虜収容所と拷問の本当の原因、つまり、日本における階級関係と帝国主義国家の残忍さから逸らせている。

拷問を推進する上で、また拷問をする目的における、国家の役割に、観客の注意を向けようと決めたのであれば、日本の国家機構とマスコミのかなりの部分を、監督が激怒させてしまった可能性が高い(日本の様々な右翼民族主義団体がジョリーの入国を禁止するよう要求しているという事実が、日本のエリート層の敏感さを実証している)。彼女は、特にCIA犯罪に関する上院報告書が最近公開されたことからしても、アメリカ帝国主義の国家的拷問の歴史を観客に思い起こさせてもよかったはずだ。実際、ジョリーに、一体なぜ、アメリカによる拘留者拷問に関する映画を制作しないのか聞きたくもなる。

ジョエルと、イーサン・コーエン(このような脚本を書いた二人は一体何をしていたのだろう?)による脚本には、他の同様なハリウッド・ヒット作を連想させないような対話はほとんどない。演技も、石原が少年のような無邪気な表情を効果的に生かし、矛盾する感情を伝えてはいるものの、ほとんど似たようなもので、最も低俗な大衆嗜好の類型だ。

ジョリーは拷問には声を大に反対しており、反対は心からのものかも知れないが、具体的に一体何を意味しているのだろう? 先に述べた通り、いずれも言い表せないほどの虐待の場である、アメリカの“ブラック・サイト”、グアンタナモ湾抑留所や、バグラム空軍基地に関する映画を彼女は制作していない。もし彼女が『不屈の男 アンブロークン』が、拷問と、より大きな問題や影響とのつながりに気づかない人々の目をさまさせる呼びかけになると思っているのであれば、彼女は酷い見当違いをしている。

そうではなく、彼の優位性が、サディスティックな人物の自我を脅かすがゆえに、英雄的人物が拷問される個人的な厳しい試練として問題を描きだすことで、彼女の映画は、諜報機構の犯罪が体系的に暴露される必要がある時期に、アメリカの軍・諜報機構に関する神話を推進するという点で、『フューリー』『ザ・インタビュー』や『アメリカン・スナイパー』を含む他のいくつかの最近公開されている映画と同列なのだ。

ありきたりで、体制順応派の意見を持って、アメリカ支配層と提携している女優-監督は、軍メンバー向けウェブ・サイト Military.comで最近インタビューに応じている。

“私は軍にいるわけではありません”ジョリーは語る。“軍にいるということがどういうことか私は知りませんが、こうした場面を再現して、軍人たちが、お互いを信頼し、お互いを愛し、お互いを守り、共に戦い、お互いのために戦うというのは一体どのようなものかを見ると…共通の大義をもった、何かとても強い結びつき、とても美しいものがあることを実感します。あらゆる経験、確実に私が知っているあらゆることと違っていて、それが一体どのようなものかを感じさせてくれる窓のようなもので、軍務についている人々、男女の軍人たちを益々敬意を持つようになりました。”

自分の作品のより大きな含意、あるいはそれがもたらす影響力を、ジョリーが意識していない可能性は高いが、『不屈の男 アンブロークン』は“人権”や他の分野に対するアメリカの公式な取り組みという文脈で見ないわけにはゆかない。ハリウッド名士連中は、肝心な地政学的問題の手がかりもなしに、あちこち走り回り、“民主主義”について何でも知っているかのように偉そうに語り、概して、アメリカによる“援助”や“介入”をするため国務省とCIAが推進している主張を補強するのだ。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2015/01/07/unbr-j07.html
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山奥の仙人ではないが、全く電気洗脳箱と無縁の快適な日を送っている。

彼女の作品、見た記憶はなく、今後も見る予定は皆無。

公開が始まった今、こういう見方も一読の価値はありそうだ。(良い翻訳でないのが残念)

2016年1月11日 (月)

スティーヴン・スピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』: 冷戦時の一エピソード

David Walsh
2015年10月24日

スティーヴン・スピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』は、冷戦時のエピソードを扱っている。1957年6月、ニューヨーク市でのソ連スパイル、ドルフ・アベルの逮捕と、約5年後、U-2スパイ機パイロット、ゲーリー・パワーズとの捕虜交換だ。


『ブリッジ・オブ・スパイ』

弁護士のジェームズ・ドノバンは、裁判でアベルの代理人となり、1962年始めの最終的スパイ交換で大きな役割を果たした。イギリス脚本家マーク・チャーマンと、アメリカ人映画製作者ジョエルと、イーサン・コーエン共著の映画脚本は、ドノバンの1964年の回想録、『橋上の見知らぬ二人: アベル大佐とフランシス・ゲーリー・パワーズ事件』に部分的に基づいている。

オープニング・タイトルが、映画が冷戦の真っ只中、1957年から始まることを説明する。ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)は、FBIによる監視下、ブルックリンで、いつもどおり、アマチュア画家のかたわら、隠されたメッセージを回収する仕事をする。実際問題、捜索令状も“相当な理由”もなしに、FBI捜査員たちが全く違法に彼のアパートに踏み込む。

冒頭、正当な主張に対して、生命保険会社を弁護する様子を見せる著名なニューヨークの弁護士ジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)は、地方の弁護士協会から、アベルを弁護するよう要請される。彼は刑事事件を扱ったのは大昔のことだと抗議するが、義務感から、彼は仕事を引き受ける。“皆が私を憎むだろうが、裁判にも負けるのだ”と彼は冗談を言った。ドノバンが選ばれた理由の一つに、ニュルンベルク戦争犯罪裁判での仕事で、彼は最高裁判所判事ロバート・H・ジャクソン・スタッフの次席検察官をつとめ、第二次世界大戦中には、OSS(CIAの前身)の総合弁護士をしていたことがある。

アベルは、ドノバンに即座に好印象を与える。(回想録で、弁護士は、ソ連工作員は“類まれな人物で、聡明で、終生かわらぬ研究者のような大変な知識欲だったと書いている。彼は仲間付き合いと意見のやりとりを渇望していた”と書いている。ドノバンは、ほぼ5年にわたる拘留期間中、唯一のアベル面会者だった。)アベルは冷静で、落ち着いていて、非常に知的だった。ドノバンが“不安なようには見えませんね”というと、ソ連スパイは答える。“役にたちますか?”このセリフは何度か繰り返される。

アベルは、アメリカ国民ではなく、単に自分の祖国のために働いている立派な“兵士”なのだから、(数年前にソ連スパイとして処刑された)エセルとジュリアス・ローゼンバーグのような裏切り者ではないというのが、ドノバンの理論だった。


『ブリッジ・オブ・スパイ』

その間に、CIAがU-2スパイ機を開発し、ゲーリー・パワーズ(オースティン・ストウェル)を含む元空軍パイロット集団を飛行機を操縦すべく招き入れた。U-2は高空を飛行し、大判カメラで、写真を撮影するのだとCIA担当者は説明する。パイロットは飛行機と共に墜落するよう指示され、瞬時に死ねるような毒を塗った針を与えられていた。

アメリカで、ドノバンがアベルを弁護する論拠は、アメリカは“共産主義スパイ”であっても、あらゆる被告が法の適正手続きを受けることを示す必要があるということだ。ドノバンはすぐさま知ることになるのだが、実際は、これとはほど遠い。判事モーティマー・バイヤーズ(デイキン・マシューズ)が、ドノバンとの会話で、迅速な有罪判決を進めるよう期待しており、そう計画していることをはっきりさせる。彼は、FBIの家宅捜査は違法だというドノバンの主張をはねつけ、政府にとって裁判が円滑に進むようつとめる。憲法第四修正に違反して、証拠が押収されたという理由で、ドノバンがアメリカ最高裁判所に上告するが、5-4の評決で否決されてしまう。

人道的かつ、アメリカ人スパイがいつか逮捕された場合、アベルが生きていれば交渉の切り札になるという実利的理由から、ドノバンは、バイヤーズに、アベルに死刑判決をしないように(第一訴因、国防情報のソ連引き渡し謀議は、死刑に相当する罪だった)強く懇願する。最終的に、裁判官は、ソ連スパイに、三十年の刑を宣告する。

アベルが、アトランタの連邦刑務所で刑期をつとめている間、1960年に、ゲーリー・パワーズがソ連上空で撃墜され、尋問される。ソ連の裁判所で、彼は三年の禁固と、七年の労働という判決を受ける。(アメリカ当局は高度21,000メートルなら、U-2は、ソ連レーダーと地対空ミサイルが届かない範囲だと誤って思いこんでいた。両方の点で彼らは間違っていた。しかも、彼らは愚かにも、いつもより交通量がずっと少ない祝日の5月1日に、パワーズをスパイ飛行に送り出したのだ。) CIAはパワーズが秘密を漏らしてしまうのではないかと心配になる。

第II幕は、ソ連と東ドイツ政府と、アベルとパワーズとの交換と、東ドイツのスターリン主義者連中に捕らえられているアメリカ人学生の釈放について交渉するよう、非公式な資格ながら、CIAによってドノバンが派遣されたベルリンが舞台になる。CIA工作員が、外交的努力を進めるドノバンの周辺をうろつく。東ドイツは、アメリカに、主権国家としての東ドイツの立場を認めさせようとして、アメリカとソ連双方に、面倒をもたらす。出来事は歴史記録の一部なので、ドノバンが任務に成功した秘密を一切暴露することなく、西ベルリンと東ドイツを結んでいる橋の上で終わる。

『ブリッジ・オブ・スパイ』には楽しめ、称賛すべき点が多々ある。ライランスはアベルの知性と揺るぎなさを伝える点で、実に素晴らしい。彼が登場する場面で映画は最も現実的で、陳腐さがない。

逮捕される時までに、本物のアベルと実に様々な体験をしていた。彼は、1903年にイギリスでウィリアム・オーガスト・フィッシャー(おそらくは、ウィルヘルム・リープクネヒトと、オーガスト・ベベルにちなんで?)として、ドイツ系ロシア人革命家亡命者の家庭に生まれた。父親は一時、レーニンの協力者だった。一家は、革命の後、ソ連に帰国し、1927年、フィッシャー-アベルは、ソ連諜報機関で働くようになった。


『ブリッジ・オブ・スパイ』

彼はすんでのところで、1930年代末の大粛清をきりぬけた。彼の義弟はトロツキー支持者であることで非難され、フィッシャー-アベルは、一時、NKVDを解雇された。第二次世界大戦中、彼は重要な対ドイツ諜報作戦に参加する。1948年、彼はソ連スパイを統轄するため、アメリカに派遣された。逮捕後、死刑に相当する罪を前にしながらも、彼はFBIに協力することを拒否したか、何も語ろうとはしなかった。

ありきたりで洞察力に欠けた形で役が構想されているため、ドノバン役のハンクスはそれほどできは良くない。ハンクスは、荒海の中、常識的な道を進もうとしている中流階級の普通のアメリカ人を演じている。彼の演技は申し分なく素晴らしいが、真実味に欠けているのだ。ジェームズ・ドノバンの名は、やぶから棒に選ばれたわけではない。影響力があり、有力なコネ(ウオール街や情報機関などの間で)をもった人物で、後に、ニューヨークで民主党のアメリカ上院議員候補者として立候補もする人物だ。オンラインで見ることができるビデオでは、彼は狡猾で、おそらく、かなり冷酷な人物に見える。

アメリカ・エリート自身が、ケネディ時代には、国家の伝統に対し、いささか違う関係を持っていた。帝国主義的野望を執拗に追求しながらも、政治とマスコミの支配体制は、まだ、守るべき自信があったか、ある種の民主的規範に対し、少なくとも口先だけは賛同していた。ドノバンは回想録の中で、アメリカでもっとも憎悪されていると思われる人物アベルを弁護するという彼の決断は、彼の同僚“仕事上の知人や、アメリカ合州国全土の弁護士”から広く支持されたと述べている。例えば、元米国弁護士協会会長は、彼にこう書いていた。“不人気な主張の弁護は、我々の職業を天職にするものの一つです。”

ドノバンは、最高裁判所の準備書面で、以下のように結論づけている。アベルは、ソ連のスパイという極刑に価する罪で告訴されている外国人です。アメリカ憲法がそのような人物の保護を保障するのは異例にも思えるでしょう。何も考えていない人々は、アメリカによる自由な社会という原則の誠実な遵守は、利他主義としてあまりに几帳面に過ぎ、自滅に到る可能性を見るかもしれません。しかし、我々の原則は、歴史と  国法に刻み込まれている。もし自由世界が、自らの道徳律に忠実でなければ、他の人々にとって、渇望する社会がなくなってしまいます。”

映画には、どうやらそのきらいがあるが、ドノバンを、リンチをしようとする雰囲気の大衆に直面した、憲法と権利章典の聖人のような擁護者として、あるいは、CIAとアメリカ国家が設定した秘密計画の振り付け通りに動くだけの皮肉屋の、いずれにも描き出す必要はないのだ。ドノバンは、アメリカ支配層の権益の擁護者であり、同時に、被告の基本的な憲法上の権利を本気で信じているように見える。

スピルバーグ映画(特にアメリカ生活に関して)ではよくあることだが、人物や状況が、感情に流されず、本当に客観的なやり方で、描き出される繊細で痛烈な場面と、気力を萎えさせる自己満足や愛国的賛美を発散させる、あたかもノーマン・ロックウェルの絵のように描かれた場面が、交互に入れ変わるのは、不快で説得力に欠ける。

刑務所でのアベルとドノバンとの間の場面や、多数の裁判所の場面や、CIAがパワーズや同僚パイロットを訓練する場面は、写実的かつ正確に演じられている。ここで、スピルバーグの、ペース、映画全体のリズムと、構成に対する本物の感覚が活躍する。しかし映画制作者たちは、中産階級の家族生活を理想化し、改ざんすることに抵抗するのは困難だったのだろう。ドノバンが帰宅すると、妻が時折不満を言うものの、観客は映像の温かさに浸るよう促される。芸術的に、作品は停止してしまう。

しかも、概して『ブリッジ・オブ・スパイ』の前半は後半より格段に強力だ。映画製作者は、アベルを非常に同情的な調子で描いている。たぶん彼らは、東ベルリンや、ソ連と東ドイツ当局者を、陳腐でありきたりな姿で構成し、ソ連スパイを複雑な人間として描き出す自分たちの厚かましさを償う必要性を、意識的なり、無意識的なりに感じたのだ。こうした場面は、どこかプロパガンダ映画の内容のようだ。国境警備兵全員はおどすように乱暴だ。役人は全員が陰険か、残酷か、その両方だ。映画の色合いが、東ベルリンでは、くすんだ灰色と黒の調子に変わる(そこでドノバンがニューヨークに戻るところが活気づき、2月だというのに、木々には、突然、奇妙なことに葉が繁っている!)。

冷戦期に制作された数多くの映画『寒い国から帰ったスパイ』『国際諜報局』『パーマーの危機脱出』や、アルフレッド・ヒチコックの作品中でも秀作とは言えない『引き裂かれたカーテン』や『トパーズ 』さえ、そして他の作品も、アメリカの“自由世界”という主張に関しては、『ブリッジズ・オブ・スパイ』よりずっと懐疑的だった。映画製作者は、若い世代に間違ったことを教えているのを恥じるべきだろう。

結果として、『ブリッジ・オブ・スパイ』は、重要な時期には、比較的ほとんどふれずにいる。こうした疑問のそばには近寄らないことを選んでいるのだ。ソ連は一体何だったのか、そして一体どうして、アベルのようなこれほどの忠誠心と献身を引き出せたのだろう? 上っ面の虫のいい表現の下にあった、冷戦の本質は一体何だったのだろう? アメリカ・リベラリズムの矛盾は一体何であり、現在それは一体どうなっているのだろう?

こうした様々な社会層に対する反共産主義の遺産は、依然として重い。反共産主義と結びついた、アメリカにおける、いわゆる自由企業体制の擁護や、世界中での地政学的権益といった偏見や社会的視点から解き放たれるまで、芸術的、知的進歩は困難だろう。

スピルバーグの映画は、過去のみならず、現在をも示唆している。実際『ブリッジ・オブ・スパイ』の中で、現代アメリカ生活に関する映画製作者の懸念は、最初から明らかだ。FBIとCIAは暴力的に振る舞い、裁判官は基本的な民主的権利に無関心で、マスコミは、後進性や恐怖をかきたてる。

彼は有罪には見えるが、アベルは基本的に、無理矢理、監獄に送られている。『アベル大佐裁判』の中で、ジェフリー・カーン法学教授が述べている通り、1957年8月の告訴の時までに、“アベルは、連邦捜査員に捕らえられ、全く秘密裏に、最初に逮捕された場所から2000マイル離れた独房監禁に、弁護人との接触もなしに、いかなる理由でも、司法官僚の前に姿を現すこともなく、48日間留め置かれていた。”

スピルバーグとハンクスは、インタビューで“対テロ戦争”や、グアンタナモや、他の場所における被拘留者の処遇のことがずっと頭の中にあったことを明らかにしている。ハンクスは、映画のウェブサイトCollider.comのインタビューでこう語っている。“人々の拷問を始めれば、すぐに、相手側に全く同じことをする許可と大義を与えてしまうことになりますが、アメリカの規範はそういうことではありません。… 自分たちの国に逆らっていると思える誰かを処刑し始めれば、KGBやシュタージとさほど違わなくなります。それはアメリカの目指すところではありません。ドノバンが最初から身につけていたのはこれです。これは否定できません。”

スピルバーグは、エンタティンメント・ウイークリーにこう説明している。“保険会社の弁護士だったが、元ニュルンベルク裁判の次席検察官で、アメリカでは、あらゆる人が弁護されることを世界に示す為、この仕事を引き受けるよう要求されたジェームズ・B・ドノバンという名の人物の存在は、つい最近知りました。誰でも公正な扱いを受けるのです。こうした道徳的主題に私は共感します。特にリンカーンに由来するものですから。”

拷問、警察国家、軍国主義、憲法規範の侵害、国家暴力こそ、まさに現在の公式アメリカだ。映画製作者は現実から遊離しており、彼らの懸念はきっと本物なのだろうが、いずれも、あまりにおざなりだ。状況は遙かに進んでいる。

同様に『ブリッジ・オブ・スパイ』制作中、緊張が現在のレベルには至っていなかったことは疑うべくもないが、米ロ関係の問題は、脚本家や監督に重くのしかかっている。映画は、交渉や外交、妥協において、冷静さを優先するようにという呼びかけだ。 彼らの懸念は本気だが、大災厄との遭遇へと向かうアメリカの支配層エリートを突き動かしている、社会・経済的な力の深みを、彼らはまたしても、あまりに過小評価している。

記事原文のurl:http://www.wsws.org/en/articles/2015/10/24/brid-o24.html
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『月刊住職』という雑誌の目次を、毎回新聞のサンヤツ広告で興味深く拝見している。これまで購入しようと思ったことはなかったが、下記見出しをみて正月号、是非拝読したくなった。

  • TPPは寺院にも住職にも影響する!?

大本営広報部報道、いつもは真面目に読む気力は起きないが、長谷部恭男・早稲田大学教授と、杉田敦・法政大学教授の対談、真面目に拝読した。きちんと「緊急事態条項」問題を指摘しておられる。

気になるお相撲さんのひとり、時天空、悪性リンパ腫で休場。

一体、なぜ今、この映画なのか、昨年秋に、この記事を読んで不思議に思った。
いまでも不思議に思う。

ISとの、人質交換を言いたいのだろうか。
ロシアとの本格的冷戦再開を言いたいのだろうか。筆者が指摘する通り、宗主国、とんでもない下劣な帝国に成り下がり、それとともに第一の属国は益々惨めな新満州国に成り下がりつつある。

国策プロパガンダ映画『海難1890』なぞ、金をもらっても見ないが、この映画、個人的に気になった。『海難1890』の評判を全く知らない。一体どのような反響だったのかだけは関心があるのだが。

子どもの時に、新聞見出しで「U-2撃墜」とあったのを読んだ記憶がある。
検問所、通過した経験がある。チェック・ポイント・チャーリーだったかどうか定かではない。
訪問した西ドイツの人が帰還するのを見送るのかどうかわからないが、東ドイツ側の人々が皆様、文字通り号泣していたのを覚えている。
荒涼とした東側、ネオン煌きジャンズ高鳴る大ベルリンという華やかさの対比に心底驚いた。

筆者が指摘していることを、エンドロールを見ながら、つかの間考えた。

ソ連は一体何だったのか、そして一体どうして、アベルのようなこれほどの忠誠心と献身を引き出せたのだろう? 上っ面の虫のいい表現の下にあった、冷戦の本質は一体何だったのだろう? アメリカ・リベラリズムの矛盾は一体何であり、現在それは一体どうなっているのだろう?

民主党やら異神やらの有象無象の与党別動隊の活躍を見ていると、宗主国に習って、共産主義憎悪プロパガンダの負の遺産、「人類を」ではなくとも、「属国を」破滅させるには十分すぎるほど強烈な洗脳であること一目瞭然。民主党やら異神やらの方が恐ろしい。しかし、

馬鹿は死んでも直らない。

庶民には共産党より何より、属国ファシズムのほうが、はるかに怖いだろうと思うのだが。

電気洗脳箱は、北朝鮮の核の脅威やら、独裁者の脅威やらをあおり、スキー場宣伝を嘲笑している。ああいう論点逸らしで時間を潰している余裕もはやない。下記をご覧願いたい。

【中継配信】1/11 14:00~
岩上安身による升永英俊・弁護士インタビュー
緊急事態条項について

2015年9月 6日 (日)

文化帝国主義と認知操作: ハリウッドがアメリカ戦争犯罪をいかに隠蔽しているか

Mahdi Darius NAZEMROAYA
2015年9月3日 | 00:00
Strategic Culuture Foundation

アメリカ外交政策を公然と支持しているハリウッドと、アメリカ政府の、暗黙ながら、極めて明白なつながりが存在している。アメリカの戦争犯罪を隠蔽し、NATOが駐屯するアフガニスタンや、英米で占領したイラクや、世界中至る所におけるアメリカ軍作戦の不都合な部分を消し去る上で、ハリウッドの映画産業は積極的だ。しかも、ヨーロッパやそれ以外の世界中における、文化帝国主義の道具としてのハリウッドの支配的地位のおかげで、ハリウッド映画は、世界に、ワシントンの考え方を伝え、誤解を招くような説明で、世界中の観客を鎮静させる為の素晴らしい手段になっている。

文化帝国主義と、認知を操作する為の手段としてのハリウッド

マスコミを除けば、アメリカや他の国々の一般人が戦争に関して持っている大半の考え方や意見が、映画、テレビ、ラジオ番組、ビデオ・ゲームと、エンターテインメント産業によるものであるのは驚くべきことではない。映画とエンタテインメント産業は、観客にとって、役割を特定するには理想的だ。観客の戦争や紛争に対する見方を作り上げる上で、多くの場合、映画やエンタテインメント産業の方がマスコミをしのいでいる。

映画は、どの人物、集団、国民や国が、英雄なのか、犠牲者か、侵略国か、悪漢かを特定するのに利用される。この点で、ハリウッドは、イラン、中国、ロシア、キューバや北朝鮮等の国々を悪魔化し、アメリカ合州国をもてはやす。ハリウッドは、歴史的叙述を歪曲し、歴史修正主義的叙述を具体化してもいる。これこそが、歴史的事実や現実から遠く隔たった形で、一体なぜ、大半のアメリカ国民や多くの西ヨーロッパ人が、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の結果が、ソ連によって、東ヨーロッパと中央アジアでではなく、アメリカによって、大西洋で、決定されたと信じ込んでいるかという理由なのだ。

アメリカや西ヨーロッパでは、大半の人々の物の見方は、歴史の教科書や学術著作ではなく、ハリウッドとエンタテインメント産業に影響を受けている。フランス世論研究所が、フランスで行った、第二次世界大戦に関する世論調査が、アメリカ文化帝国主義が、ハリウッドの影響力によって、一体どの様に展開されているかを実証している。1945年、世論調査を受けたフランス国民の57%が、第二次世界大戦で、ドイツが打ち負かされたのは、ソ連のおかげだと考え、20%がアメリカのおかげと考え、12%がイギリスのおかげだと考えていた。1994年までに、彼らの見解は歪曲され、世論調査を受けたフランス国民の25%が、ヒトラーが打ち破られたのは、ソ連のおかげだと考えており、一方49%がアメリカのおかげだと考え、16%がイギリスのおかげだと考えていた。2004年には、調査対象のフランス国民のわずか20%しか、ヨーロッパで第二次世界大戦を終わらせた主要部隊がソ連だとは認識しておらず、58%がアメリカのおかげだと信じ、16%がイギリスのおかげだと思っていた。

より若い世代や、第二次世界大戦を経験していない同時期出生集団は、彼等の認識が、現代のマスコミ、特に映画とエンタテインメント産業によって形成されているだろうと推論できる。これが、一体なぜ、CNNのクリスチャン・アマンポールが、2014年6月6日、ノルマンディー上陸作戦開始70周年に、フランスのベヌービル城で、“アメリカの取り組み、第二次世界大戦中アイゼンハワー将軍とルーズベルト大統領指揮下のアメリカ合州国による、この上なく英雄的な取り組みに、大陸中[つまり、ヨーロッパ]が過去70年間アメリカに感謝してきた”と大胆にも宣言できたのかという理由だ。CNNのアマンポールは、ロシアを批判し、第二次世界大戦における、ソ連の役割を傷つける一方、フランス政府が“アメリカ合州国に感謝する日だ”アメリカが“何よりとりわけ、歴史の流れを変えたことに”感謝するとも強調した。

ハリウッドと軍産複合体との垂直統合

ハリウッドとアメリカ政府のつながりは、1927年、無声の戦争映画「つばさ」制作で始まったのだと認識されている。この無声映画は、第一次世界大戦に関するもので、アメリカ陸軍航空隊に、大いに依存していた。1927年の『つばさ』制作以来ずっと、ペンタゴンとハリウッドの密接な関係が続き、中央情報局(CIA)等、16のアメリカ諜報組織を含む他の政府機関を包括するまで拡張発展するに至った。これが、ハリウッドとエンタテインメント産業の軍産複合体への垂直統合をもたらし、それが本質的に、ハリウッド映画を、文化帝国主義の道具と、偽装されたアメリカ・プロパガンダへとおとしめた。

アメリカ政府は、益々ハリウッド映画の脚本内容を操り、アメリカ軍を美化し、その作戦をもてはやす様になっている。ペンタゴンとアメリカ政府は、実際は邪悪なアメリカの戦争の役割を暴露する映画やテレビ番組制作は支援しない。財政的・物質的支援は、戦争とアメリカ外交政策を、英雄的で、高貴な解決策であるかの様に見せる戦争映画にだけ与えられる。『オペレーション・ハリウッド』の著者、デイヴ・ロブは、これを実証する素晴らしい仕事をしている。例えば、ペンタゴンは、1961年『名犬ラッシー』の“ティミーと火星人”編の筋と脚本を丸ごと変更させた。この一話は、本来、主人公の「名犬ラッシー」が、ティミーに、飛行機の墜落を知らせようと吠えるというものになる予定だった。プロデューサー達は、元々、ラッシーが、設計ミスがあった為の甲高いノイズを感じ、アメリカ軍の飛行機が墜落した場所を特定できたという番組を作りたかったのだ。ところが、アメリカ軍は、アメリカの戦闘用機器に、設計ミスが有り得ることをほんのわずかでも示唆する様な、いかなる脚本も受け入れようとしなかった。アメリカ軍にとって、将来の新兵募集の障害になるので、アメリカ政府とペンタゴンは、アメリカ軍装備品に欠陥が有り得るなどと子供達に思われたくはないためだ。そこで、ペンタゴンの支援を得る為、番組の飛行機墜落の状況は、描き直すしかなかった。

この関係は、実際に、ワシントンの外交政策を正当化し、アメリカの戦争と侵略の好ましくない部分を隠している。それは歴史的に歪曲された映画の制作をもたらしている。一方では、ハリウッドが、自主検閲をするようになっており、もう一方では、政府の補助金を受けるプロパガンダと化している。ハリウッドの制作予算を大幅に引き下げ、プロデューサーが膨大な金額を節約できる、ペンタゴンとアメリカ政府からの支援を依頼することになるのを知っているので、ハリウッドの脚本家達は、自己検閲した映画脚本を書いている。ハリウッドの脚本は、この関係で、常時変更されており、ペンタゴンには、ロサンゼルスに、映画調整部(Film Liaison Unit)という名称のハリウッド監督やプロデューサーに対応する組織まである。

アメリカ戦争犯罪を隠蔽する上でのハリウッドの役割

アメリカは、『トップ・ガン』等を、宣伝・新兵募集用資料として利用し、『グリーン・べレー』の様な映画を、戦争におけるアメリカの役割を歪曲する為に利用し、CIAが事実確認をしたと言われている『アルゴ』の様な映画を、歴史認識を歪曲する為に利用している。『アイアンマン』や『ローン・サバイバー』等のハリウッド映画は、アフガニスタンや中央アジアへのアメリカ軍駐留の背後にある状況については決して説明しない。こうした映画は、アメリカ軍現地駐留を、招かれたものとして描き、現地アメリカ部隊を、単なる平和維持部隊にしてしまっている。『トランスフォーマー』、『G.I.ジョー』や、『ファンタスティック・フォー』『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』等の映画は、アメリカが、ロシアと中国を含め世界のどこででも、他の国々の主権を無視し、アメリカ軍基地を他国に設置までして、何の責任を問われることなく行動する権限があるものとして描いている。

アメリカ軍には、中国領土に対する管轄権などなく、ペンタゴンも、ロシア領土に基地などない。これらのハリウッド映画は、他国へのアメリカの干渉を自然なものに見せ、アメリカ軍は何であれ好きなことをする権利があるという間違った印象を生み出している。

アメリカ外交政策の暗い面には触れないと同時に、『フォレスト・ガンプ』の様なハリウッド映画には潜在意識メッセージがある。アメリカ文化とエンタテイメントに関する雑誌、ローリング・ストーン誌の紹介はこうだ。“『フォレスト・ガンプ』のメッセージは、もし堅いことを余り考え過ぎると、AIDSになるか、足を失うかしてしまうことになるということだ。主人公は、国が彼に何かおかしなことをするよう命じる度に肩をすくめ、‘はい!’と答える知的障害者だ”。ローリング・ストーン誌が言っているのは、「するように命じられていることに従え」だ。

更に、アメリカ外交政策を、個人的性格という安易な考え方に帰結してしまう『アメリカン・スナイパー』の様な映画がある。この映画は、物事や兵士を、もし人がアメリカの戦争を批判すると、兵士達や彼らの信念を攻撃することになるという方向に向けてしまっている。映画は、違法な侵略と占領という本当の問題を、兵士達の背後に隠し、注目からそらしている。アブグレイブや、デタラメな大量破壊兵器のウソについては全く触れない。ローリング・ストーンの『アメリカン・スナイパー』に関する言い分はこうだ。“『スナイパー』は、政治的主張が実に馬鹿げていて、愚かしく、普通の状況であれば、批評に値しない映画だ。ほぼそっくり似た世界観が、問題の戦争に我々を引きずりこんだ大統領の、クルミ大の心を奪っているという驚くべき事実だけが、我々がこの映画を真面目に扱うよう強いている”。“映画が人気があるのは事実で、実際に、非常に多くの人々が納得できるというのが問題だ”とも書いている。実際、映画のおかげで、アメリカでは、憎悪犯罪やアラブ人やイスラム教徒に対する否定的な感情が増えた。

クリス・カイルは、実生活では、ハリウッド映画が描いている様な、アメリカの生活様式を守る英雄ではなかった。彼は決してイラクにいるべきではなかった占領軍の一部で、イラク占領に抵抗すべく出現した、彼が“反乱勢力”と呼ぶものと戦っていたのだ。カイルは、ニューオリンズで、略奪をしたいたかどで、30人のアメリカ人を殺害するよう命じられたとも主張していた。彼はウソつきであることも知られており、著書の中で、イラク人殺害を楽しんでいたことも認めていた。

ハリウッドは、アメリカ戦争犯罪の都合の悪い部分を消し去り、偽りのイメージを生み出すのを手助けしている。ハリウッド映画が、諜報工作の一環であっても驚くべきことではない。映画『アルゴ』の監督で、CIA賛美者で、『アルゴ』制作で彼等と協力したベン・アフレックは、キャサリン・ショードに、ハリウッドは、CIA工作員だらけなのかと質問された際、答えは“ハリウッドは、多分、CIA工作員だらけだと思う”だった。

ハリウッドへのCIAの関与に関する、アメリカ上院議員トム・ヘイデンの言葉は紹介に値する。“考えて頂きたい。ハリウッドが、何か不快な形で、CIAと結託しているのではなく、CIAが、アメリカで最も人気の高い娯楽を通して、自らに関する肯定的なイメージ(言い換えれば、プロパガンダ)を植えつけようとしているのだ。CIAとエンタティメント産業のコネが、余りにも当然のものになってしまい、法的あるいは道徳的影響を問題にするむきはほとんどない。これは他に類のない政府機関だ。その活動の真実は国民の審判に委ねられてはいない。CIAの隠れた説得者達がハリウッド映画に影響を与えて、この組織自体のイメージをできる限り、魅力的なものへと歪曲するのに利用し、あるいは、少なくとも、不都合なイメージが定着するのを防いでいる。もし余りに近親相姦的であれば、こうした関係は、法の精神や条文に違反していると、ジェンキンズは主張している”。

アメリカ外交政策と戦争の手段としての映画の重要性は無視できない。アメリカの戦争犯罪や現実を隠蔽すべくる為、映画はアメリカ合州国国内で検閲までされていることが、その重要性の証明だ。戦争で精神的外傷を受けたアメリカ兵達の生活に関する、ジョン・ヒューストンが監督した1946年のドキュメンタリー映画『光あれ Let There Be Light』は、それがアメリカ国民に気付かせてしまう内容ゆえに、30年以上アメリカでの上映を禁じられていた。

ハリウッドが中立だったり、北朝鮮での政権転覆を促進する、セス・ローガンの喜劇映画『インタビュー』の様なものが無害だろうか? 考え直して頂きたい。認知を操作し、アメリカ戦争犯罪を隠蔽する為の戦争を、ワシントンが行うのを、ハリウッドは幇助している。

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2015/09/03/cultural-imperialism-and-perception-management-how-hollywood-hides-us-war-crimes.html

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戦争法案、こうした洗脳で推進する理不尽な宗主国侵略戦争への直接参加を実現する仕組み。

大本営広報部は、8月末から行われている、カリフォルニアでの、宗主国・属国共同侵略上陸作戦演習を報道して下さっている。

映画も原作も全く見ていない『永遠の0』を思い出した。

サブリミナルより性悪なプロパガンダ。 フォレスト・ガンプ

『光あれ Let There Be Light』については、町山智宏氏の詳しい記事がある。
<第17回>『光あれ(Let There Be Light)』
今回のお題:帰還兵のPTSDを記録したために「封印」された巨匠の映画

『アルゴ』については、例えば下記記事を翻訳した。

『アメリカン・スナイパー』については、例えば下記記事を翻訳した。

最近見た映画は、ドキュメンタリー映画。『100年の谺

内容については、例えばこちらを。映画「100年の谺―大逆事件は生きている」を観る

桂太郎が事件をでっち上げ、反戦運動を完封し、戦争を続けた結果が現在の属国状況。

その属国を、更に侵略戦争に直接参加し、世界から嫌われる度合いで、一、二位を争う国にしようとしている、同じ県出身後輩。

よかれあしかれ、この文にある通りのマスコミの影響力を利用すればこそ、ゴミ番組出演。

出演者は間違いなく糞バエ。ああいう番組をご覧になる皆様を辺見庸氏は何と表現されるだろう。

見るべき番組は他にある。

IWJガイド「『積極的平和主義』の生みの親・ガルトゥング博士の単独インタビューを本日全編字幕付きで初配信!『安倍総理は言葉を乱用している』…博士の提言する日本の平和的安保政策とは」

本日20時より、CH1で初配信!!

配信ページは以下です。

【Ch1視聴ページはこちら】
http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=1

岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

2015年3月10日 (火)

スノーデンのドキュメンタリー映画『CitizenFour』アカデミー賞を獲得

2015年2月23日| 08:09
Russia Today


Image from kinopoisk.ru

NSA内部告発者エドワード・スノーデンに関する、ローラ・ポイトラスの映画が、アカデミー賞、ドキュメンタリー映画賞というハリウッド最高の賞を獲得。

“エドワード・スノーデンの暴露は、私たちのプライバシーに対する脅威のみならず、民主主義そのものに対する脅威を明らかにしたのです" と受賞演説でポイトラスは述べた。エドワード・スノーデン "や他の様々な内部告発者の勇気"に感謝し、"我々全員に影響する最も重要な決定が秘密裏になされていると、我々は、我々を支配している権力をチェックする能力を失ってしまいます" と彼女は指摘した。ポイトラスは、この賞は、グレン・グリーンウォルドや"真実を暴露してくれた他のジャーナリストの皆さんと分かち合います"と付け加えた。舞台には、彼女の他に、編集のマティルド・ ボヌフォワ、プロデューサーのディルク・ヴィルツキーと、スノーデンのガールフレンド、リンゼイ・ミルズも登場した。

日曜夜、監督と協力者が舞台を降りようとする中、アカデミー賞司会者ニール・パトリック・ハリスは、しゃれを言わずにはいられなかった。"'CitizenFour'の主人公エドワード・スノーデンさんは、今夜は、反逆罪のためおいでになれません。"

これに答え、連邦諜報法の下で告訴されており、現在ロシアに亡命中のスノーデンは、米国自由人権協会が公表した声明でこう書いている。

“ローラ・ポイトラスに、我々の出会いを撮影してもよいかと聞かれた際、私は全く気が進まなかった。彼女に説得されてよかったと思っている。その結果、頂いた名誉や表彰に値する勇敢な素晴らしい映画が出来上がったのだ。"

“この賞で、より多くの人が映画を見る様になり、普通の国民が協力すれば、世界を変えられるという映画のメッセージに刺激を受けることが私の願いだ”とスノーデンは述べている。

ドキュメンタリー映画は、どこかの時点で、アメリカ国土安全保障省の“監視リスト”に載ったらしい、ベルリンを本拠とし、9/11後の時代の監視に関する長編ドキュメンタリーを制作していた映画監督ローラ・ポイトラスと、ポイトラスと去年1月に連絡をとった内部告発者スノーデンとの一連の直接対話を撮影したものだ。

"国境を越えるたび、買い物をするたび、電話をするたび、それが、対象の範囲は無限ながら、保護の範囲は無限ではないシステムの手に握られてしまうのです" エドワード・スノーデンは、ドキュメンタリー映画の予告編で警告する。

2013年、数カ月間、暗号化通信をやりとりした後、ポイトラスは香港にでかけ、密告者と面会した。彼女のカメラは、"Citizenfour"、別名スノーデンを、ホテルの一室で、"世界を震撼させた8日間" 撮影し、彼の驚くべき暴露が6月に公表された。『ヴァニティー・フェア』に、スノーデンから連絡をもらう前、彼女は6年間ずっと "アメリカ国境を越える度に、止められ、拘束されていた" と語っている。彼女は最後は、ベルリンに居を移すことにした。当初スノーデンは、決して本人には会うことのできない匿名情報源のままだと思っていたので、直接会えると彼が言ったときには非常に驚いたと、ポイトラスは語っている。

"Citizenfour" は、ドキュメンタリー賞の本命だった。過去数カ月間、英国映画テレビ芸術アカデミーBaftaでのドキュメンタリー賞、権威ある全米監督協会賞(DGA)や、全米映画批評家協会賞を含む様々な憧れの賞をかき集めていた。Citizenfourは、『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』、『ラスト・デイズ・イン・ベトナム』、『The Salt of the Earth"、と 『ヴィルンガ』を破って、アカデミー賞を獲得した。昨年の授賞式では、『バックコーラスの歌姫たち』が長編ドキュメンタリー賞を獲得していた。

"Citizenfour" は、オスカーにノミネートされた、アメリカ占領下のイラクでの生活と選挙に関する "マイ・カントリー、マイ・カントリー"と、グアンタナモ湾に関する"The Oath"につらなるポイトラス三部作の三作目だ。

ポイトラスは、昨年、スノーデン文書を公開する上での彼女の役割に対してピューリッツアー賞も受賞した。彼女は、2013年、"真実を追究する上での際立った勇敢さ"に対し、IDAのCourage Under Fire賞も受賞している。

12月、エドワード・スノーデンは、"基本的な民主的過程や憲法上の権利に違反する未曾有の規模の国家監視を暴露した勇気と技術"に対して、スウェーデンのもう一つのノーベル賞と呼ばれる、ライト・ライヴリフッド賞を受賞した。

スノーデンは、もう一人のアメリカ人監督、ベテラン映画監督のオリバー・ストーンにも、彼の物語からフィクションを作る気をおこさせた。ストーンは『ガーディアン紙ジャーナリストのルーク・ハーディングによるNSA秘密漏洩に関する2014年の本スノーデン・ファイル 地球上で最も追われている男の真実』と、スノーデンの元弁護士ロシア人、アナトリー・クチェレナが書いたスノーデン物語に基づく小説“Time of the Octopus”両方の権利を購入している。撮影は、今年、ミュンヘンで行われる予定だ。

記事原文のurl:http://rt.com/news/234623-snowden-documentary-citizenfour-oscar/

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3/10 東京大空襲。東京大空襲も、原爆投下も指揮したカーチス・ルメイ、防衛庁長官小泉純也と外務大臣椎名悦三郎の推薦で、1964年12月7日、勲一等旭日大綬章を授与された。

戦争犯罪人に勲一等旭日大綬章。不思議な指導者達。とおもいながら、『日本戦後史論』を読んでいる。臥薪嘗胆・捲土重来という意思がない国について論じられている?

少年殺人や、洲本市5人殺人なら、重大ニュースとして延々報道する。

集団的自衛権や、TPPや、原発や、震災被害に乗じた惨事便乗型資本主義の正体、決して暴かない。Too big to touch. そういう話題についてまともな情報を得るには、大本営広報以外の媒体を読まなければならない。

岩波の『世界』4月号を読むと、大本営広報部が明るく描き出す話題と全く違う現実が見えてくる。

  • 東日本大震災・東電福島第一原発事故──隘路に入った復興からの第三の道
    山下祐介 (首都大学東京)
  • 一塁ベースを踏まなかった原子力規制委員会──川内原発審査における初歩的で重大な誤り 石橋克彦 (神戸大学名誉教授)
  • 最終合意間近か?ゾンビ化するTPPの脅威 首藤信彦 (元衆議院議員)
  • 官邸の妄執 農協「改革」 政治と市場の暴走を阻む“協同”が解体される
      田代洋一 (大妻女子大学)

ライト・ライヴリフッド賞、原発問題を指摘し続けていた高木仁三郎氏も受賞している。

是非みたい映画だが、日本では上映されるのだろうか?

ポイトラス監督、あの『選挙』『選挙2』を制作した想田和弘監督の知人だそうだ。

観察映画の周辺 Blog by Kazuhiro Soda
ローラ・ポイトラス監督の「Citizenfour」

IWJ2014/08/02 【愛媛】『選挙2』想田和弘監督トーク・ディスカッション(動画)

岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

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