映画

2019年9月30日 (月)

1986年の核災害にまつわる連続ドラマ HBOの「チェルノブイリ」:スターリン主義の犯罪に代償を払うソ連の労働者階級

2019年6月15日
アンドレア・ピーターズ
wsws.org

 最近公開されたHBO-Sky UKの連続ドラマ「チェルノブイリ」は、1986年4月、ウクライナ-ベラルーシ国境近くのソ連原子力発電所で起きた核災害に関する価値ある物語だ。


チェルノブイリ大惨事

 スウェーデン生まれのヨハン・レンク監督と、作家・脚本家のクレイグ・メイジンは、原発施設の原子炉炉心を破壊して開け、西ソビエト社会主義共和国連邦とヨーロッパの広大な地域に放射性物質を噴出した爆発の恐るべき現実を効果的にとらえている。より大きな歴史の質問に関しては、レンクとメイジンの手には余るが、特に反ロシア・ヒステリーという現在の傾向の中で、概して、ソ連の人々に同情的な映画描写は注目に値する。

 チェルノブイリは、ソ連人科学者バレリー・レガソフ(ジャレッド・ハリス)が自殺の準備をするところから始まる。レガソフが原子炉メルトダウンに近いものへの対応を管理する上で、主導的役割を果たしたことを我々は知らされる。彼は出来事に関する記憶の音声記録を残して、保管預かりにし、核災害二年目の日に首をつる。ソ連秘密警察が彼を見つめている。


チェルノブイリのジャレッド・ハリス

 それから、チェルノブイリは、時間を遡り、1986年4月26日の恐ろしいものから始まって、レガソフの悲劇的終焉に導いた出来事を視聴者に辿らせる。その夜、発電所で、長らく延期されていた不完全に設計された安全性試験が、炉心を爆発させる一連の機能停止を引き起こす。

 要員は発電所で何が起きたのか理解できない。彼らの上司アナトリー・ディアトロフ(ポール・リッター)は傲慢にも愚かにも労働者の死をもたらす命令を出す。消防士は核爆発に対処するという、いかなる警告も、言うまでもなく、いかなる安全装備もなしで招集される。急性放射能障害が、50,000人の人々が暮らす近くのプリピャチ市の住民に打撃を与え始める。病院は圧倒される。当局は起きたことを認めようとしない。状況は制御が効かなくなる瀬戸際だ。


チェルノブイリで展開する大惨事

 出来事の本当の規模を隠そうと努めながらも、最終的に、ソ連幹部は資源を用意する。核放射性降下物が西ヨーロッパに漂流し、何が起こったかという疑念が欧米で生ずる。著名な無機化学者でソビエト社会主義共和国連邦科学アカデミー・メンバーのレガソフや他の人々が露出した炉心から吹き出す、封じ込められていない放射能に対処するため招かれる。広島規模の放射能放出が毎時続いている。何百万という人々を救うため、途方もない英雄的対策が、主に普通の男性と女性によって行われる。当局は事故原因と結果を隠蔽する彼らの取り組みを続ける。嘘といつわりが山盛りだ。チェルノブイリは、単なる大惨事ではなく、犯罪だ。

 連続ドラマを見る人は、現在、アメリカの政治家連中がアメリカ対外政策の必要な結果だと、警告し、約束している核アルマゲドンに対して、誰も軽率な態度をとるまい。この点に関してだけでも、映画製作者は貢献している。この連続ドラマは、核戦争に付随して起こるはずの、ぞっとする現実のいくらかに対して、視聴者を敏感にさせる。

 ノーベル賞受賞者スベトラーナ・アレクシェーヴィッチが出版したドキュメンタリーの記述に大きく依存するチェルノブイリは、核災難と並んで、ソ連生活の様々な局面を効果的に描きだす。集合住宅群と庭と、春を楽しむことだけを願い、未来に期待している住民が暮らすプリピャチ市を見る。彼らの暮らしは破壊される。普通の人間には全く何の関心もない独りよがりの官僚連中が、弱い者いじめや、無関心や、うぬぼれや、視聴者は彼ら自身が招いたことだと感じる大惨事への対処の奮闘を交互に繰り返す。ソ連経済には酷く良くない何かがある。原発爆発は、一部は経費削減策の結果でもあるのだ。大惨事の要因となった設計上の欠陥は何年も前から知られていたが、秘密にされていた。何も世界の舞台で完全に承認されることができない、それで国は外国からの適切な支援を受けとることができない。

 それにも拘わらず、危機に陥ったこの社会は、大規模除染作業遂行になんとか成功する。一晩で何十万トンもの封じ込め材料が急送される。60万人のいわゆる人間「リクビダートル(清算人)」が全員退避した放射性物質降下地域に送られる。完全な核炉心溶融を防ぐため、鉱夫たちがシャベルだけでトンネルを掘り、放射能を受けながら、裸で24時間ぶっ通しで働く。(服を着るにはトンネルは余りに暑い。)新兵が放射線を浴びたペットを殺害する。働く兵士たちが、破壊された発電所の屋根から放射性瓦礫を手で取り去るのは最も恐ろしい光景の一つだ。

 一般に非民主的な政治組織の献身的な犠牲者として彼らが描写しているソ連の人々を、映画製作者は明らかに称賛している。だが連続ドラマには、反共産主義のステレオタイプをもてあそび、発揮する瞬間がある。プリピャチのよろめく老官僚が「レーニン主義」への献身を宣言し、誰も外に出られず、「誤報」を封じ込められるよう、都市封鎖を要求する。兵士たちはロボットのように話し、放射能の大混乱に対処するため、適切な保護なしで急派されながら、ソ連の大義への永遠の献身を宣言する。荒っぽい口調の鉱夫が、彼らの状況が、皇帝下の状況と等しいことを意味する皮肉を言う。避難を強いられた年配の小作農女性が国民迫害の点で等しいとされる過激主義とスターリン主義の類似を言う。


チェルノブイリ住民

 ここでの問題は、歴史的記述によれば、これらエピソードの一部は本当だが、その描き方の信ぴょう性ではない。こうしたものは視聴者に、1917年と1986年が直接つながっているかのような感覚を与える。これは誤っている。チェルノブイリ大惨事は、人による人の搾取から全人類を解放する最初の取り組みで、労働者階級が資本主義と封建制の両方を転覆させた1917年のロシア革命に起源を持っているわけではない。その起源はシステマティックに左翼反対派と、国際社会主義の平等主義の原則に献身した全ての人々を組織的に粛清したヨシフ・スターリンが率いた革命の裏切りにある。

 そのおかげで崩壊するまで、ソ連官僚は、労働者階級を征服し、その寄生虫として暮らし、労働者を食い物にしていた。彼らの寄生生活、特権と自己宣伝は、ソ連経済やインフラや社会的資源に対する巨大な税だった。不可能で反動的な「一国社会主義」構築という国家主義的政策に方向付けられて、スターリン主義者は国家的自給自足を基盤に、資本主義による包囲の圧力下で産業開発を追求した。彼らは国のエネルギー需要を満たす取り組みで、原子力をもてあそんだのだ。

 もちろん、連続ドラマが扱わず、おそらく扱うことができなかったチェルノブイリ大惨事の重要な局面は、その後で、起きたことなのだ。1991年12月末までには、ソ連邦は無くなっていたのだ。連続ドラマが実に根気強く、政治体制を支えようとしているのを見せるスターリン主義官僚とKGB工作員は、嘘と犯罪の重荷の下で崩壊し、ソビエト社会主義共和国連邦を消滅させたのだ。その過程で、多くのものがそうだったのだが、彼らは、確定化されていなかったあらゆるものを盗んだのだ。


チェルノブイリのラルフ・イネソン

 要するに、チェルノブイリの犯罪後、ソ連労働者階級が70年以上にわたって戦いとった全てのものを清算するという大罪が続いたのだ。結果は、大量失業、産業閉鎖、地方の過疎化、アルコール中毒の急増、平均寿命の下落、社会的不均等の大規模増大と広範囲にわたる人間の苦悩だった。労働者階級がその政治的独立を主張し、自身の権益を守ることが可能になる前に、ソ連官僚は、市場を復活させ、彼ら自身、ソ連後の資本主義で、経営者に変身したのだ。

 連続ドラマは、レガソフと同僚科学者のウリヤナ・ホミュク(エミリー・ワトソン)が原子力発電所技師たち(ディアトロフと他の何人かが最終的に刑務所に行った)だけでなく、ソ連体制をも告発する法廷場面で終わる。確かに裁判は行われたが、その内容は監督自身認めているが、連続ドラマでは正確には描かれていない。チェルノブイリ事故に対し、ソ連指導部は最終的に罰を受けておらず、ソ連労働者階級と官僚の間にも政治的対決がなかったはずがない。チェルノブイリに登場する共産党政治局員や諜報部員連中は、多くの場合、資本主義政権の使用人として、現在クレムリンを占拠し続けている。彼らは、1986年4月に起きたことで、脅迫されたように感じ続けている。HBO連続ドラマが大いに注目を集めたので、大惨事の責任を原子力発電所で働いてたアメリカ工作員になすりつけようとするチェルノブイリについてのロシア製連続ドラマ公開計画まであらわれている。


チェルノブイリのステラン・スカルスガルドとエミリー・ワトソン

 映画製作者は、手法として、スターリン主義を暴露する仕事を、二人の個人に委ねようとしたが成功していない。ウリヤナ・ホミュクという人物はこの目的で作られた。原子力研究者のホミュクはソ連当局に反抗し、官僚と対決し、科学の優越を断言し、秘密を暴露する。チェルノブイリ大惨事に対して実際に結集して対応した何百人もの科学者の代役として映画製作者によって作り出されたこの人物による説得力のないプレゼンテーションは、連続ドラマの一つの傷であり、最も弱い要素の一つだ。

 映画は、ワトソンという人物を通して、真実を語り政権に抵抗する個人活動家の物語に後退しているが、チェルノブイリの結果から人類を救うために働いた全ての人々に対して、いささかひどい仕打ちだ。映画で、チェルノブイリへの対処におけるソ連と、国際的な科学界の関与を、映画で描こうとしていたら、極めて困難だろうが、価値あるものになったはずだ。ソビエト社会主義共和国連邦における資本主義復活の結果としてのソ連科学の大規模な破壊を考えれば、失われたものの、ずっと深い感覚を観客に吹き込めたはずだ。

 概して「チェルノブイリ」は、それが獲得している関心と熱狂的支持に値する。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2019/06/15/cher-j15.html
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 日本でも、今、この連続ドラマが、放送されているようだ。アメリカ出張中に書店で見かけて読んだSF作家フレデリック・ポールの『チェルノブイリ』を思い出す。日本語にも翻訳され、文庫にもなったが絶版。パソコンのそばには、今も高木仁三郎氏の『チェルノブイリ最後の警告』がおいてある。

 重要な登場人物の架空の女性、番組日本語版ではウラナ・ホミュークとなっている。聞いたことが無い名前なので、英語版を見ると、ウリャナ・ホミューク。納得。

 スターリンが指導していた第三インターナショナルに対抗して、トロツキーの呼びかけで結成された第四インターナショナル系団体のサイトwsws記事ゆえ、ソ連、ロシアには極めて辛口。ロシアの視点からのこの映画評価は、たとえば下記RT記事をお読み願いたい。

Gorbachev says he will watch new hit HBO ‘Chernobyl’ show

As Chernobyl nuclear disaster feeds TV drama, is Ukraine looking at a real-life re-run?

Should HBO’s ‘Chernobyl’ have had more actors of color? Twitter suggestion met with ridicule

'Chernobyl' is a blast of a TV series – but don’t call it ‘authentic’

 映画が依拠したアレクシェーヴィッチ女史の本は『チェルノブイリの祈り』を含め、いくつか読んでいる。強烈な反ロシア。今に日本でも放映されている、このシリーズ、有料テレビには加入していないので、見ずに終わりそう。『チェルノブイリの祈り』は講談でも有名。拝聴したような気がする。

 我が身に置き換えれば、「新自由主義売国奴の犯罪に代償を払う日本の労働者階級」 

 2011年4月19日に書いた記事(翻訳にあらず)「O・J・シンプソン-プルトニウムファイル、そしてチェルノブイリ極秘」で触れた『チェルノブイリ極秘』にあるロシア権力者の行動を子細に読めば、日本の与党政治家、官僚、学者専門家と称する連中と、マスコミで構成される「原子力マフィア」の事故以来の行動、ほとんど予測可能。

 ソ連の支配政党、ソ連共産党は事故隠蔽の当事者だが、日本では違う。電源喪失で原発事故が起きると質問主意書で的確に警告したのは元日本共産党衆議院議員吉井英勝氏、それに対し、「外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である。」と答えたのが日本の与党の現総理大臣。答弁本文はこちら。下記記事でも彼のとんでも答弁の一部をコピーした。どちらが正しかったか、明白。

 原子力エンジニア: 福島は“世界史上最悪の産業上の大惨事… 想像出来る限りの地獄のようなもの” - 溶融核燃料は‘行方不明’ - 汚染は何十万年も続く… “いつ終わるのか誰にもわからない” - 政府は隠蔽を継続している(ビデオ)

 洗脳電気パネルで、今日から新番組が始まるという。見る予定なし。司会者と番組名の組み合わせが余りにも皮肉。アメリカ赤狩り旋風の中、果敢に戦った立派なキャスター、エドワード・R・マローを主人公に制作されたアメリカ映画は題名が『グッドナイト&グッドラック』。赤狩りと戦うどころか、傀儡連中の提灯持ちが看板、しゃれにならない。

 2010年4月21日に公開した記事「9/11後のマスコミにおける、現代版赤狩り」もマローに触れられているた。マローについては『やむをえぬ事情により… エドワード・マローと理想を追ったジャーナリストたち』という本もある。

 あきれた連中による、あきれた行為が日刊IWJの見出し。

日刊IWJガイド「ツイッターで『自民党員』を名乗る人物があいちトリエンナーレ事務局に恫喝電話をしていた! 『脅迫を受ける可能性があったのに報告しなかったから』補助金を交付しないとした萩生田光一文科相!自民党員の脅迫で言いがかりをつけ、自民党の大臣が補助金を交付しないと決める犯罪的手口! #自民党のマッチポンプ !?」2019.9.30日号~No.2573号~(2019.9.30 8時00分)

2019年9月19日 (木)

エンターテイメントは国防だ。ロシアが銃ではなく弾薬しか持っていない理由

ティム・カービー
2019年8月31日

 ある種の遺伝的な運のおかげで、私は講演するのに何の恐怖もなく、実際、私にとっての第二言語ロシア語で、私の考えをどう聴衆に伝えられるかという面白い挑戦だと考えている。かなり長い間ロシア・メディアで働いた者として、私は結構頻繁にメディアの影響力と情報戦争についての講演を依頼される。愛国的なロシア知識人は彼らの国が、再び、強力になり、尊敬されるには、強い軍隊が必要だと考えているようだ。彼らは、支配的な(欧米)主流メディアと競合するために、言説をつむぎだす自国のニュース・メディアがソフト・パワーの重要な側面だということも分かっている。だが私が、ソフト・パワーの側面としてのエンターテイメントの重要性に言及すると、必ず微笑と笑いが始まる。ロシアの自称知識人は誰も、娯楽が潜在意識に深い影響を与える事実を信じることができない、ロシアが超大国に上昇するのを押しとどめているのは、ロシアが全国的にこの事実を否認していることだ。

 軍事的ハード・パワーであれ、ハイテク産業のソフト・パワーや他の指標であれ、いろいろな意味で、我々が現在暮らしている世界では、地図上のグローバル戦力投射という点では、アメリカ/NATOが首位で、自国内を完全支配しながらも、国境外では微力な中国が二位で、旧ソ連地域の拠点を含め多少の外国への影響力を持つロシアが大きく水をあけられて三位だ。これら地政学プレーヤーのビッグスリーを見れば(ロシアは、かなり遅れた銅メダル保持者だ)、我々が暮らしている現実を反映する世界の全体像が見える。だがエンターテイメントの話となると、ロシアは本質的に等外臣下だ。

 通貨価値の相違を考慮に入れずに、大雑把に言えば、世界で最も収益を上げる映画生産国上位10位のうち、6カ国が欧米で、世界映画興行収入は合計約7400億ドルになる。驚くまでのこともなく、このうち一番大きい部分はアメリカだ。そして誰もが想像する通り、アングロサクソンのすぐ後には、中国がいつもの銀メダルの地位にいる。

 ところがロシアは、全世界映画興行収入ランキング15位で、この事実はロシア国防の巨大な穴と、将来発展の可能性のなさを示している。

 強力な自国エンターテイメント産業を持たないことの危険について、かつて友人のエジプト人が私に図星のことを言った。

「揺りかごから墓場までハリウッドの影響下にいてさえ、若者の95%は自国文化の中にいて、欧米の服は着るかもしれないが、彼らの心はエジプト人のままだ。ところが全国の若者の5%が、外国のご主人に仕える「アメリカ人」になり、この5%というのは、どんなカラー革命であれ、始めるための最小必要人数だ」。

 そして文明的構想を投射する手段を持っていないのはロシアにとって危険で、他の国が自分の構想を、絶えずロシアに対して投射し続けており、何らかの考え方と何も考えないものとの選択という条件では、若者は、たとえそれが外国のもので異質であっても、ある種の考えに飛びつくだろう。何か信じるべきものがあるのは何もないより良いのだ。

 国じゅうにおける小規模抗議行動の多くの原因になっているのは、短期的には、ある種の「ロシアの夢」や「ロシア新世紀プロジェクト」の欠如だ。政府は外国人は言うまでもなく、自国民に提供すべき精神的、イデオロギーなものを何も持ち合わせておらず、これは大きな弱点だ。若者が彼らは自由ではない耳にし、自由が素敵に聞こえるが、自由の対抗構想はなく、彼らの自由の理念は、欧米が彼らにそうだと言っているものなのだ。

 地球上の全ての子供がスターウォーズ/ディズニーの自由主義価値観に洗脳され、全員(少なくとも子供は)アニメを何本か見ており、Facebookは愚かなボリウッド映画クリップで満ちている、ところが世界的規模で見ると、事実上誰も、いかなるロシア映画も見ていない。エンタテインメントに関しては、属国日本や貧困に苦しむインドは、ロシアより何光年も先を行っている。

 「自由を認めない民主主義」や「多極主義」や「第四の政治理論」という考えは、現代ロシアの知的会話の核心にあり、驚くべきイデオロギー的可能性があるが、これらの考え方は、PRや、構想として、それを大衆と共有する手段を持っていない。外国人は大抵決して「アメリカン・ドリーム」を言葉で表現できないが、彼らが見た全ての映画のおかげで彼らの心の中でその概念を持っているのがわかる。自由主義の世界構想は、ハリウッドのおかげで世界で大々的に宣伝されているが、一方、ロシアは、その考えを共有すべきたくさんの白書を書くことで変化を起こしていると信じるシンクタンクが円卓会議で議論している。落とし穴は彼らがこの方法は全く何も悪くはないと考えていて、彼ら自身ネットフリックスが毎日提供するあらゆるゴミを消費しながら、私をあざ笑っていることだ。

 ロシアは自身を守り、超大国の座にロシアを引き上げる構想を推進するイデオロギーの文化的 / 知的攻撃手段は持っているのだが、問題はそうした弾薬を使用するために装填すべきいかなる種類の「銃」(娯楽媒体)も欠如しているのだ。だがなぜそうなのか、ロシアは、なぜ国際的に成功するための映画を制作する能力がないのだろう。

  • 政府や私をあざけり笑うタイプの人々は、エンターテイメントが国防の重要な部分だと言うことに対し、技術系官僚の見地から世界を見ている。核弾頭ミサイルと、その「影響」は専門技術者が理解するのが容易で、各国の「青年の5%」を説得するため、世界にロシアの魂を投射する映画を制作する価値は、彼らが理解するには余りにも抽象的なのだ。彼らは創造的な人々ではなく、彼らは構想を持った人々でもなく、彼らは事態を破綻させずにおくために存在している会計担当者連中だ。連中は、人々がアルコールを飲む量を最適化するための一連の法律なら考え出せるが、なぜ飲んではいけないかというイデオロギー的理由は考え出せないのだ。
  • ロシア人は潜在意識に対処する必要があると思わないのだ。外国人への全てのメッセージは公式に専門のニュース・メディアに行われるべきなのだ。この観点は、感情に訴える広告やマーケティングの方法とは正反対だ。ロシア人は感情的な娯楽メディアを通して潜在意識に訴えるのを拒否しているのだ。
  • ロシア映画産業は、ロシアとロシアのもの全てが嫌いで、世界中の何百万人もの普通の人々の生活に触れるのではなく、カンヌでトロフィーを渡す部屋いっぱいの薬物中毒の変質者連中の拍手喝采に会うため、アートシアター映画制作を好むリベラル派だらけの閉ざされたネットワークだ。
  • 正典と認めた、あるいは部分的に正典と認めた投射すべきイデオロギー/世界観をロシアは持っていない。定式化された「ロシアの夢」や「ロシアの構想」は存在しない。この種のイデオロギー・プロジェクト制作は、政府の見地からして、非常に限られた資金で、数カ月以内に完成できるはずなのにもかかわらず。

 強力な国家は強力な文化的構想を投射する。以上終わりだ。オバマが言った通り、ロシアの構想やロシアの夢を示せるエンターテイメント・メディアを制作できない限り、ロシアは常に「地域大国」のままであり続けるだろう。21世紀大国の本当の兆候は、その国の文化的構想の真髄を含んだエンタテインメントを制作する能力だ。もし自国文化についての映画やビデオゲームを制作できなければ、その文化はおそらくグローバル化世界での生き残りには適していないのだ。

 私は背広を着た有力な男性たちに、国防のためのエンターテイメントの価値について、10年間笑われた後、彼らの一人が目を覚まし、私が正しいと悟り、私に機会を与え、これを改める資金調達するように希望することができるだけなのだが、悲しいことに、ロシアが、ハリウッド/ワシントン・エンターテイメントの家臣のままでいることに満足している以上、更に何十年か嘲笑され続けるかもしれないと私は思う。

 ティム・カービーは独立ジャーナリスト、TV・ラジオ司会者。

記事原文のurl:https://www.strategic-culture.org/news/2019/08/31/entertainment-is-national-defense-why-russia-has-ammo-but-no-gun/

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 エンタテインメントは与党防衛だ、という所もある。自国民の生活のためではなく、宗主国支配層のために奉仕するのがお仕事の人々、まともな視察さえせずに平然としている人々の防衛。呆導は猟奇事件と、隣国批判専門。コールド・ジャパン。宗主国のための自国破壊の点では秀逸。

 孫崎享氏の今日のメルマガ題名

財務省8月の貿易統計発表。対中国輸出6か月連続で前年割れ。韓国向けの輸出額は9・4%減。中国経済が減速したとは言え、8月の工業生産が前年同月比4.4%増。日本の対中、対韓国政策が響いている。対中国は中国企業の%G導入取りやめ。その点の言及は沈黙。

 そして、いまだに停電中の方々が多数おられる状態。

日刊IWJガイド「本日、午後8時より『熊本・大分大地震 総集編 2016.9.6 前編』を、明日午後8時より『熊本・大分大地震 総集編 2016.9.6後編』を再配信します! 現在進行中の千葉大災害と合わせ鏡のように観ることで、報道はなぜ支援と兼ねて行うことができないとされていたのか、『客観報道』という欺瞞をつきます!」2019.9.19日号~No.2562号~(2019.9.19 8時00分)

 

2018年7月30日 (月)

北朝鮮ドキュメンター映画を読者に公開

2018年7月27日
Andre Vltchek

 これは北朝鮮に関する私の短編映画だ。映画は長引かせる必要はなく、引き延ばす必要もない。ただ皆様にご覧頂きたい。

 北朝鮮の顔

 これは私が比較的最近訪れた国、朝鮮民主主義人民共和国 (北朝鮮)についての25分の作品だ。訪問し、愛し、感銘を受け、率直に言って、敬服した。

 これを‘ドキュメンタリー’と呼べるかどうか私は本当にわからない。たぶん違う。単純な話だ。平壌のローラースケート場で、私は小さな繊細な少女に会った。あの子はいくつだろう? わからない。おそらく四歳か五歳だ。あの子は最初、母親にすがりついていたが、更に韓国人の鄭己烈(Chung Kiyul)教授、ラムゼイ・クラーク元司法長官にまで。それから、無邪気に手を振り、時折私や私たちを、あるいはただ振り返りながら、あの子はスケートしながら去っていった。

 突然私はあの子のことが心配になった。ほとんど、ある種の身の危険のようなものだった。たぶんパニックのような不合理なものだが、良くわからない。

 彼女には何か悪いことが起きて欲しくはなかった。アメリカの核兵器が彼女の周囲に落下し始めて欲しくはなかった。彼女には、哀れなベトナムや、イラクやアフガニスタンの子供たち、欧米による暴虐の犠牲者のような最期になって欲しくはなかった。化学兵器、劣化ウランやクラスター爆弾。“他者”をただ憎悪する執念深い狂人連中が国連経由で押し通す狂気の経済制裁のおかげで、彼女が飢えて欲しくはなかった。

 そこで北朝鮮で見たものについての短い映画を制作した。平壌のローラースケート場のあの幼い少女のために制作し、捧げる映画だ。

 朝鮮民主主義人民共和国で映像を撮っていた撮影時、欧米や日本や韓国による戦争や攻撃、あり得るし、可能性が高そうだった。

 しばらくしてベイルートで、レバノン人編集者と編集していた時、アメリカのドナルド・トランプ大統領が“北朝鮮を始末する”と威嚇した。彼が意味していることは明らかだ。トランプは‘正直な人物だ’。映画の中で私は彼を‘マネージャー’と呼んでいる。彼はアインシュタインではないかも知れないが、いつも、それぞれの時点で、彼は思っていることを言っている。ヤクザ・スタイルで。

 500年以上の残虐な植民地主義戦争や十字軍の後、欧米を本気で信じてはいないが、今この拙作を公開する時期、シンガポール・サミット後、事態はより明るく見える。‘マネージャー’が金委員長が好きだというのは、おそらく正直なのだろうが、またしても明日にはまた‘正直’になって気が変わり、彼の手をへし折りたいと宣言するかも知れない。

 急ぐべき時だと思う。急いで、北朝鮮がいかに美しく、その国民がどれほどりりしいかをできるだけ多くの人々に見せるべき時だ。

*

 映像を“売ったり”“権利を売ったり”して、私の他の国際プロジェクトのために多少お金を稼げるかも知れないが、そうなると、ずっと時間がかかり、ごく限られた数の人々しか見られなくなるだろう。

 世界の中でも私の好きなメディアの一つ - New Eastern Outlookでこのように公開することで、映画では何も稼げずゼロだが、こういう形で公開するのは私の義務だと思う。作品が多くの人々に見られて、欧米や日本に対する圧力、既に途方もないほど苦しんできた人々を威嚇するのを止めさせる圧力が高まるといいのだが!

 進行中の作品(現在、二本の長編ドキュメンタリーを制作中で、一本は、ほぼ二十年のNATO占領後のアフガニスタン、もう一本は、カリマンタン/ボルネオでの、ほとんど徹底的な環境破壊に関するものだ)を含め、私の映画をどなたかがご支援されるのであれば、ここでできるだろう。だが無理にはお願いしない。この映画や、私が間もなく徐々に公開する他の映画をお楽しみ頂きたい。

*

 その間も、北朝鮮は存続している。

 欧米は次に何をするか計算している。こうしたことに私は良い感じがしていない。私が間違っているよう願う。これが真剣な和平プロセスの始まりであるよう願う。

 だが私は、都市や国々や大陸丸ごとの、余りに多くの廃墟を見てきたような気がする。その大半は、様々な‘和平プロセス’の後、爆撃され、がれきと化した。大半は何らかの妥当な合意に達し、調印した後、爆弾やミサイルが飛び始めたのだ。

 北朝鮮に同じことが起きて欲しくはない。ローラースケート場で出会ったこの少女が消滅して欲しくはない。

 私が今回していることはたいしたことではないが何事かではある。この危険な状態では、ほとんどあらゆることが重要だ。たとえごく些細なことでも全員“何か”をしよう。雨は水滴でできているが大きな火事を止められる。今回は狂気を止めるべくやってみよう。

 アンドレ・ヴルチェクは哲学者、作家、映画制作者、調査ジャーナリスト。彼は、Vltchek’s World in Word and Imagesを制作しており、『大10月社会主義革命』を含む多数の本の著者でもある。オンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2018/07/27/releasing-my-north-korean-documentary-film-to-my-readers/

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 夜のある呆導番組、最近の劣化のひどさにおどろいていたが、リテラの記事で納得。
見ていた番組の司会者たちが、ことごとく下ろされ、提灯持ち連中に交代したのはしばらく前の話。完全な大本営広報部と化したあの呆導番組、もう見ることはない。

 "LGBTは生産性がない"発言を擁護するような御用タレントしか大本営広報部は使わない。

日刊IWJガイド「【ワイルドサイドを行こう!~IWJファンドレイジング in Hot Summer 2018】昨日29日は台風が心配されましたが、無事にIWJファンドレイジングイベントを開催することができました!/<本日の再配信>本日午後8時より、『問題だらけの治水事業! 西日本豪雨被害は天災ではなく人災!? 大都市圏を豪雨が襲うリスクに迫る!岩上安身による拓殖大関良基教授+ジャーナリストまさのあつこ氏インタビュー(その1)』を冒頭のみフルオープンで再配信します!/他」2018.7.30日号~No.2146号~

2018年5月19日 (土)

Killing Gaza

2018年5月13日
TD originals
クリス・ヘッジズ

 ワシントン、D.C. イスラエルによるガザ封鎖で、閉じ込められているパレスチナ人が、過去7週間、イスラエルとの国境壁沿いで、非暴力抗議行動をし、イスラエル軍による何十人もの死者と約6,000人の負傷者をもたらす結果になった。世界最悪の人道的災害の一つだ。ところが、イスラエル封鎖の下で、十分な食料や住宅や仕事や水や電気無しで、200万人が暮らし、イスラエル軍が、日常的に、無差別的で過度な暴力を行使し、負傷者や死者をもたらし、そこから、ほとんど誰も逃げ出すことができないガザの恐怖は滅多(めった)に記録されることがない。マックス・ブルー メンソールとダン・コーエンの新しい強力な映画“Killing Gaza”は、外部世界から、ほとんど見捨てられながら、持ちこたえようと苦闘している人々の断固とした感動的な描写だ。

 “Killing Gaza”は、今日のイスラエルで、1948年、ユダヤ人民兵のハガナーにより、約750,000人のパレスチナ人が自宅から強制排除されて、“ナクバ”というのは、アラビア語で、大災厄という意味だが、パレスチナ人が、ナクバの日と呼ぶ日の70周年と同時期、火曜日に公開される。ドキュメンタリー公開は、トランプ政権によるエルサレムのアメリカ新大使館開設とも同時期だ。

 ● 5月15日、火曜日から“killing gaza”をVimeo On Demandで見ることができる。

 ナクバの日と、エルサレムへの大使館移転を巡る怒りから、パレスチナ人が“帰還大行進”と呼んでいる 7週間にわたる抗議行動でも、今週は最も残虐なものになるだろうと予想されている。“Killing Gaza”は、ガザ住民の70パーセントが難民か難民の子孫で、失うものがほとんどないパレスチナ人が、先祖伝来の家に帰ろうとし、人間として扱われることを要求して、一体なぜ何千人も立ち上がり、命の危険をおかすのかを説明している。

 現代イスラエルを説明する最善の本の一冊“Goliath: Life and Loathing in Greater Israel”の著者であるコーエンとブルーメンソールは、2014年8月15日に、ドキュメンタリー映画の撮影を開始した。軽量兵器程度の武器しかないパレスチナ民兵が、イスラエル戦車、砲兵隊、戦闘機、歩兵部隊と、ミサイルに、51日間にわたり、対決し イスラエルによる攻撃で、2,314人のパレスチナ人死者と、17,125人の負傷者が出た。約500,000人のパレスチナ人が強制退去させられ、約100,000の住宅が破壊されたか、損壊された。2014年の攻撃は、おそらく、大虐殺と表現した方が適切だが、2004年以来、ガザの、その半数以上は子供である200万人のパレスチナ人に対し、イスラエルが行った、8つの大虐殺の一つだ。こうした周期的な軍事攻撃を“芝刈り”と呼んでいるイスラエルは、ガザで生きることを非常に困難にすることを狙っており、平均的パレスチナ人の時間や資源やエネルギーの大半が、ただ生き延びることだけに費やされてしまうのだ。

 映画は、イスラエルによって瓦礫の山と化したシュジャイヤ地区から始まる。イスラエル狙撃兵や、イスラエルの他の兵士による非武装一般市民銃撃を伴った、地区全体の理不尽な破壊が、映画によって記録されている。

 あらゆる街区の破壊された建物が画面に現れると、“破壊の大半は、7月23日のわずか数時間に行われた”とナレーションをしているブルーメンソールが語る。“侵略したイスラエル軍は、予想外に多い犠牲者を辛抱した現地レジスタンス勢力による猛攻撃を受けた。イスラエル歩兵隊は完全撤退する中、砲兵隊と空爆の援助を求め、少なくとも120人のパレスチナ一般市民を殺害し、何千軒もの家を跡形もなく破壊した。”

 映画には、テルアビブで、ガザ攻撃を祝う若いイスラエル人たちの短い映像があり、イスラエル社会にまん延している、好ましからぬ人種差別と軍国主義を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 “死ね! 死ね! バイバイ! ”と、テルアビブでの祝賀で10代の少女たちが叫ぶ。“バイバイ、パレスチナ! ”

 “いまいましいアラブ人め! いまいましいムハンマドめ! ”若い男性が叫ぶ。

 “ガザは墓場だ! ガザは墓場だ! オーレ、オーレ、オーレ、オーレ”テルアビブの群衆が、歓喜に踊りながら歌う。“明日、学校はなくなる! ガザに子供はいなくなる! ”

 イスラエルが、100発以上の1トン爆弾を投下し、何千発もの強力に爆発する大砲砲弾をシュジャイヤに撃ち込む中、恐れおののくパレスチナ人家族は、自宅の中で身を寄せ合っていた。進軍するイスラエルを前に、脱出しようとする人々は、両手を高くあげたまま射殺されることが多く、遺体は、炎天下で、何日も腐敗するにまかされた。

 “連中が私の家をブルドーザーで破壊し始めた時、私は中にいました”シュジャイヤ住民のナセル・シャマリーが、映画の中で語る。“連中は壁を倒すと、家の中に銃撃を始めました。それで、私は両手を頭の上に載せて、将校に降伏しました。ただの兵士ではありませんでした。彼は部隊の将校でした! 彼は一言も言いませんでした。彼は私を銃撃しました。私は倒れ、彼らから逃げようと、はい始めたのです。”

 負傷して、四日間自宅に隠れていたシャマリーは、幸運だった。シュジャイヤの廃墟から遺体を掘り出すための国際連帯運動のボランティア・グループを案内していた彼の23歳のいとこ、サレム・シャマリーは、そうではなかった。

 “攻撃14日目の2014年7月20日、他の4人の活動家と、私は、イスラエルが何日間も爆撃したシュジャイヤ地区に、2時間停戦の間に瓦れきの中に入る救援チームに同行しました”、国際連帯運動の救援チーム・メンバーの1人、ジョー・カトロンが映画の中で語る。“後にサレム・シャマリーという名であることがわかった若いパレスチナ人が、 家族を見つけたいと願って、彼の家に一緒に行って欲しいと我々に頼んだのです。今でこそ無茶なように聞こえますが、当時我々は停戦のおかげで安全にできると思っていたのです。”

 “分離壁脇のイスラエル陣地が、はっきり見通せる路地を横切った時、彼らの方向からの砲撃が我々の間の地面に当たりました。我々は二手に分かれ、それぞれの側の建物の陰に隠れました。少し間を置いてから、サレムが彼のグループを我々と合流させようとして路地に踏み込むと、別の銃弾が命中しました。彼は地面に倒れました。”

 映画は、地面で、負傷し動くこともままならず苦痛で叫んでいるシャマリーを映す。

 “彼が背中を下に横たわっていると、更に2発命中しました”カトロンが続けた。“彼は動きを止めました。銃撃のため、我々は彼に近寄れませんでし。イスラエルの砲弾が、我々の頭上を飛び越え、我々の後ろの建物を攻撃し始めました。我々は彼を残したまま、撤退を強いられました。二日後、彼の母や父や妹やいとこが、私がツイートしたビデオの彼を認識して、我々はようやく彼の名前を知りました。”

 “七日間、彼の遺体を回収できませんでした”母親のウム・サレムが映画で語る。“彼の遺体は7日間、日にさらされていたのです。”

 サレムの弟、8歳くらいに見えるワシーム・シャマリーは目を泣きはらしている。“お兄ちゃんは、父さんのように、ぼくたちの面倒をみてくれたの”と男の子は言った。“夜でも、ぼくたちが欲しがる物を手に入れてくれた。彼は何でも買ってくれた。ぼくたちが欲しがる物を何でも買ってくれた。買ってくれないものなんかなかったよ。ぼくたちを散歩につれていってくれたのだ。おにいちゃんは退屈しのぎに、ぼくたちを連れ出してくれたんだ。”

 ワシームは、目をぬぐった。

 “お兄ちゃんは死んでしまった”彼は弱々しく続けた。“もう誰も、外につれていって、おやつを買ってくれる人がいないの。”

 “この男の子は、兄の死に対処できないのです”と父親のハリル・シャマリーが言った。“彼は、兄が亡くなった様子を見て、ニュースに対処できないのです。彼は衝撃を受けています。衝撃の余り、彼は活気を失っています。彼はへたり込んでしまいました。彼をおこすと、死にたいと私に言ったのです。死にたいというのですよ! まるで、我々を置き去りにしてゆくように。とても若いのに。それなのに、死にたいと言っているのです。もし神のご慈悲がなければ、この子も失ってしまうでしょう。”

 “破壊された都市や、打ち砕かれた家は、資源さえあれば、再建が可能です”とブルーメンソールは言う。“しかし、生存者はどうでしょう? 彼らの心に負わされた傷は、一体どうやって癒せるのでしょう? ガザの若者は、毎回、前回のものより破壊的になっている三つの戦争の中で育っています。少なくとも、ガザの青年の90パーセントは、心的外傷後ストレス障害を患っています。精神衛生サービスは崩壊の瀬戸際に追いやられており、こうした目に見えない傷は、決して癒えないかも知れません。”

 映画は、ガザのハマース政府の武装部隊、アル・カッサム旅団との戦闘で、三人のイスラエル兵士が死亡した後、イスラエルによって組織的に爆破された住民20,000人の農村、フーザ村に変わる。映画は、兵士が爆薬でモスクを含む、町の建物を倒壊するのを待っているイスラエル戦車内から撮影したビデオを見せる。爆発が起きたとき、イスラエル兵士は喝采して叫んだ。“イスラエル国、万歳! ”

 “街路に、とても多くの遺体を見て衝撃を受けました”映画の中で、パレスチナ赤新月社のボランティア、アフメド・アッワドがフーザについて語っている。“多くは腐敗しつつありました。対処したかったのですが、どうすれば良いかわかりませんでした。イスラエルが、我々が救急車で入るのを許した際、別々の場所に散乱している約10の遺体を見つけました。遺体に近寄ると、もちろん匂いがして、ウジがいます。こういうふうに持つと、肉がはがれ落ちます。腕を持ち上げると、とれてしまいます。どうしたら良いかわかりませんでした。我々は何もできませんでした。やめるしかありませんでした。そのまま埋葬した方が簡単だったでしょう。けれども遺族は遺体を欲しいだろうと思ったのです。最終的にブルドーザーで、遺体をトラックに乗せました。自分たちで遺体を回収することはできませんでした。自宅玄関口の老女のように、大半が処刑でした。若い男性、他の男性、幼い子供、正直なところ、実に醜悪でした。”

 16歳の身体障害者ガディールがいたルジェイラ一家は、砲撃から逃げようとした。弟が車椅子のガディールを必死で押している中(映画の他のいくつかの場面同様、アニメで再現されている)、イスラエルが発砲を始める。弟は負傷し。ガディールは亡くなった。

 黒焦げになった遺体がある破壊された家々を通って、カメラはゆっくりパンする。壁にも床にも血がべっとりついている。

 パレスチナ赤新月社のボランティア、アフメド・アッワドが、彼と他のボランティアが、フーザから遺体を回収する許可をイスラエル軍からようやくもらった後、何が起きたか説明してくれた。彼らは1人の男性が木に縛りつけられ、両足を撃たれているのを見つける。ボランティアの1人、ムハンマド・アル-アバディア、車から出て、木に近づく。イスラエルにそうするよう指示されていた通りに、彼が懐中電灯を点けると、彼は心臓を撃たれ、殺された。

 “51日間、イスラエルは砲兵隊の全力でガザを爆撃した”とブルーメンソールは語る。“イスラエル軍の推計によれば、戦争中、23,410発の大砲砲弾と、290万発の銃弾がガザに撃ち込まれた。”

 これは、ガザの全ての男性、女性と子供1人当たり、1.5発に当たる。

 ガザに砲弾を投入しているさなか“私の誕生日、おめでとう”などを含むメッセージを書いている砲兵部隊のイスラエル兵士の場面もある。パレスチナ地区に爆弾を浴びせながら、兵士たちは笑い、寿司を食べている。

 ラファフは、ガザの中で、エジプト国境の町だ。ガザの南部国境を封鎖して、rエジプトが封鎖に加担していることを、映画は明らかにしている。ラファフは、イスラエルによって標的にされた最初の都市の一つだった。イスラエル軍隊が建物を占拠した際、彼らはパレスチナ人を拉致し、彼らを無理やり窓に立たせ 兵士たちが後ろから射撃しながら、 あちこちで、人間の楯として利用した。

 “連中は私を目隠しして、手錠をかけ、私を中に入れました”と、マフムード・アブ・サイドが映画の中で語る。“彼らは私に、ついてこいと命じ、M16を背中に突きつけました。連中は6人いたでしょうか。彼らは機器を下に置き、探し始めました。連中は私を壁にぶつけはじめました。そして更に、手錠をされた私に、連中の犬をけしかけました。”

 “連中は私をここに立たせました” 窓の前に立って彼は言った“そして私の後ろに立ちました。イスラエル兵士は、私をここに立たせ、私の後ろに立って銃撃を続けました。連中は私を、あの窓、それにあの窓にも立たせました。すると連中は私を壁にぶつけ、私を押し倒しました。連中は、ここにマットレスを置きました”壁を床の高さで、くり抜いた穴を指して、彼は言った“そして座って、こうした穴から射撃したのです。”

 “あの自動車が見えますか?”、彼の家の廃墟の横にあるへし曲がった金属の塊を指して、スレイマン・ズグフレイブが尋ねる。“彼が運転していました”と、彼はイスラエルに処刑された22歳の息子のことを話した。“これは我々の生活費を稼いでいた車です。自家用ではありませんでした。タクシーでした。苦悩は表現できません。何が言えるでしょう? 言葉では痛みを表現できません。我々は実に長期間、苦しみ抵抗してきました。我々は人生まるごと、苦しんできたのです。イスラエルのおかげで、過去60年間我々は苦しんできました。戦争に次ぐ、戦争に次ぐ、戦争。爆撃に次ぐ爆撃に次ぐ爆撃。家を建てると、連中が破壊する。子供を育てると、連中が殺す。アメリカ合州国とイスラエルが、世界中で、何をしようと、我々の最後の1人が死ぬまで、我々は抵抗し続けます。”

 イスラエルは意図的に、発電所、学校、診療所、共同住宅、村丸ごとを標的にした。2017年に、国連人道問題調整事務所のロバート・パイパー、ガザは“とうの昔に”“住める適性限界”を超えていると述べた。若者の失業は60パーセントだ。自殺はまん延している。伝統的社会構造や道徳観は崩壊しつつあり、離婚が2パーセントから、40パーセントに増え、かつてガザでは、ごくまれにしか見られなかった売春をする少女や女性がますます増えている。200万人のガザ住民の70パーセントは、人道的総合援助計画による、砂糖、米、牛乳や料理油で生き延びている。国連は、ガザの水道の97パーセントは汚染されていると推計している。イスラエルによるガザの下水処理場破壊は、未処理の下水が海に排出されることを意味し、閉じ込められた住民にとって、ごくわずかな息抜きの1つ海岸が汚染されている。イスラエルは、ガザの小さな動物園さえ容赦せず、2014年の攻撃で、約45匹の動物を大量殺りくした。

 “私は猿が1番好きでした”動物園で働いていた、しょんぼりしたアリ・カセムは言った。“猿たちと良く笑いました。猿たちと笑って遊びました。彼らは我々の手から直接食べ物を食べました。1番良く反応してくれました。とても悲しいです。私はここで、1日18時間過ごしたものです。私はいつもここにいました。家には5時間か6時間帰り、戻ってきました。私はここで、ボランティアとして働いていました。数人のボランティアが、この場所を、少しず作り上げたのです。完成して、客を無料で招けるのにわくわくしました。私にとって、人間が殺されるのと同じでした。動物だからかまわないということはありません。まるで知り合いの人たちのようでした。よく家から食べ物を持ってきました。”

 映画で、国際的寄贈者たちよる誓約にもかかわらず、ごく僅かな再建支援か得られないパレスチナ人が、家の廃墟の中で野営し、小さな火の周りに、暖と明かりを求めて集まっている様子が映る。54歳のモイーン・アブ・ヘイシが、家族のために建設するのに人生を費やし、破壊されてしまった家を案内してくれた。彼は3歳の孫ワディーと出会うと立ち止まった。喜びで彼の顔は明るくなった。

 “何か月か過ぎ、冬の冷たい雨は春の暑さに変わった”とブルーメンソールは語る。“シュジャイヤで、アブ・ヘイシ一家は依然家の残骸で暮らしていたが、最新のメンバーは亡くなっていた。戦争中に生まれた幼いワディーは厳しい冬を生き延びられなかった。”

 “彼は戦争中に生まれ、戦争中に亡くなりました。そう戦争の後に”一家の女性が説明した。“彼は壁のない部屋で暮らしていました。壁を薄いシートで覆いました。我々は引っ越しましたが追い出されました。家賃が払えなかったのです。戻って壁を覆って、ここで暮らすしかありませんでした。それから赤ん坊は凍死しました。とても寒かったのです。”

 “ある日、突然寒くなりました” ワディーの母親が言った。“ワディーは朝の9時に起きました。私はあの子と遊び始め、ビンを渡しました。突然、あの子は寒さで震え始めました。あの子を暖めようとしましたが、だめでした。”

 彼女は泣きだした。

 “病院に行く時間もありませんでした”と彼女は言った。“私たちが家を出る前に、彼の息が止まりました。心臓もすぐに止まりました。父親は子供を抱いて、町中を走りました。“赤ん坊は死んでいる! ”と人々が叫ぶと、彼は気を失いました。赤ん坊のおじが子供を引き取って運びました。彼は、いたるところタクシーを探しましたが、1台もみつかりませんでした。私たち自身では応急処置はできませんでした。ようやく自動車が見つかりました。病院ではできる限りのことをしてくれましたが、彼は決して目覚めませんでした。彼は亡くなりました。何とも言いようがありません。あの子のことは皆忘れません。あの子のことを私は忘れられません。まるで私の心臓を無くしたようです。あの子の姉が、あの子のゆりかごで寝たがり、あの子の服を着たがります。この子はいつも弟の服を着たがります。皆彼のことを忘れられないのです。”

 “おじいちゃん!”ワディーの幼い姉が叫んだ。“ママがまた泣いてるよ。”

 Poor People’s Campaignを記録するために、Truthdigとして、初めて読者が資金を出すプロジェクトを立ち上げた。寄付によるご支援をお願いしたい。

記事原文のurl:https://www.truthdig.com/articles/killing-gaza/

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大本営広報部が、異口同音に、TPP11を称賛する中、植草一秀の『知られざる真実』の2018年5月18日 (金) 記事は、TPP11に触れている。

安倍政治暴走下の茂木経財相不信任案は至極当然

2018年3月26日 (月)

スティーヴン・スピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』: 政府の秘密を暴露すべきか否か?

Joanne Laurier
2018年1月17日

監督 スティーヴン・スピルバーグ; 脚本 リズ・ハンナとジョシュ・シンガー

スティーヴン・スピルバーグの新作映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、1971年6月に、ペンタゴン・ペーパーズを公表すべきかどうかをめぐるワシントン・ポストの内部抗争の物語だ。

7,000ページ、47冊の文書は、1945年から1966年までの、ベトナムにおけるアメリカ帝国主義者の関与についての国防省史だ。文書は、民主党も共和党も、相次ぐ政権が何十年も組織的にウソをつき続け、何百万人ものベトナム人と、何万人ものアメリカ人死者を含め壊滅的な結果をもたらしたことを明らかにしていた。


『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の中心は、ワシントン・ポスト発行人キャサリン・グラハムと財務・法務コンサルタントとの間で、そして、かたやグラハム、かたや編集長ベン・ブラッドリーと部下の記者たちとの間でのものも含む、政府の議論を巻き起こすような秘密を公表することの妥当性を巡って起きた一連の論争だ。更に、グラハムとブラッドリーのそれぞれが、この危機の間に内なる葛藤を味わう。

スピルバーグの映画は、誠実かつ理知的に、こうした出来事を描いて、報道の自由、当局が一体何を考えているのかを国民が知る権利、そして大統領独裁の危険を含む多数の極めて重要な疑問を引き出している。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、1966年の序幕で始まる。軍事専門家ダニエル・エルズバーグ(マシュー・リス)は、リンドン・B. ジョンソン大統領の国防長官ロバート・マクナマラ(ブルース・グリーンウッド)のための事実調査任務でベトナムにいた。エルズバーグとの会話では、戦争はひどいことになりつつあることに同意しながら、マクナマラはアメリカ・マスコミの前では違う楽観的なことを語っていた。

エルズバーグは海兵隊員として服務し、国務省での仕事で、二年間ベトナム過ごし、1967年にマクナマラが委託した“ベトナムにおけるアメリカ意思決定の歴史、1945年-66年”というあたりさわりない題で、後に“ペンタゴン・ペーパーズ”として悪名を轟かせた文書の作成に関与していた。

1969年、益々戦争に幻滅し、政府のウソにうんざりして、いずれもRAND社で働いていたエルズバーグと同僚アンソニー・ルッソ(Sonny Valicenti)は全部で7,000ページのペンタゴン・ペーパーズを秘かにコピーし始める。

1971年6月13日、エルズバーグがタイムズ記者のニール・シーハン(ジャスティン・スウェイン)に漏洩した極秘書類の一部をニューヨーク・タイムズが掲載し始めた際、ワシントン・ポスト編集者ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)と発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)は不意を突かれた。ブラッドリーはシーハンの大スクープにいらだった。

6月15日、ジョン・ミッチェル司法長官がタイムズに、諜報活動取締法に違反していると言い、タイムズがペーパーを公表し続けるのを差し止める裁判所命令をニクソン政権は取得した。“もしタイムズが黙ったら”ブラッドリーは言う。“我々がやる。”

“ニュースを報道するのではなく、読むのに飽きた人はいるだろうか?”と彼は腹立たしげに修辞的に問い、全国版編集者ベン・バクディキアン(ボブ・オデンカーク)に、漏洩の情報源を見つけ出すように命じる。バクディキアンが、それが元RANDでの同僚エルズバーグであることをつきとめ、ボストンに行き、案じている内部告発者に会い、ワシントンに4,400ページのコピーという収穫を持ち帰る。

ポストは今や材料を入手したのだ。それを公表すべきか否かを巡る議論で、ブラッドリーは、同社の法務部、銀行家や投資家候補と対立する。グラハムと事業顧問は何百万ドルの価値の新聞社株式初公開をしようとしている最中なのだ。刑事告訴されれば、新聞社は破壊され、グラハムとブラッドリーは投獄されかねない。

ブラッドリーは主張する。“報道の権利を擁護する唯一の方法は、報道することだ.”更に、彼はこう主張する。“我々は彼らの権力を監視しなければならない。我々が彼らの説明責任を問わなければ、一体誰が問うのだ?”編集部と法務部間の論争が激しく続く中、友人のロバート・マクナマラから、グラハムに、更なる圧力がかけられる。とはいえ、私的会話では、彼女は、自分の息子はベトナムで戦ったし、自分には戦争の極悪な性格と、彼自身のものを含め政府のウソを暴露する義務があると彼に言う。それに答えて、マクナマラは激しく警告する。“ニクソンは君を嫌っていて、君の新聞を潰す方法がもしあれば、彼はそれを見つけ出すだろう。”


トム・ハンクスとメリル・ストリープ

(当時の司法副長官で、後のアメリカ最高裁首席裁判官、ウィリアム・レンキストからの電話で!)ポストは、タイムズ同様に諜報活動取締法に違反していると主張する司法省からの威嚇にもかかわらず、ペンタゴン・ペーパーズを利用した最初のワシントン・ポスト記事は6月8日に掲載される。

1971年6月26日、最高裁は、ポストとタイムズの主張を聞き、6月30日、両紙の掲載する権利を支持する6-3の判決を下す。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、1972年に、二年後に、リチャード・ニクソンの不名誉な辞任をもたらす結果となったウォーターゲート・スキャンダルが起きたところで終わる。

スピルバーグの映画は誠実かつ、楽しませる形で、アメリカ史上、重要な瞬間の詳細と人々の描写を始める。映画の一番の強みは、本物の民主的感覚だ。おそらく映画の中で最も頻繁に繰り返されるセリフは、様々な政権について言われる“彼らはウソをついた”だ。グラハムとブラッドリーは、特にケネディとジョンソン政権によっておおいに狼狽させられる。二人とも両政権幹部と個人的に親しかったのだ。

更に『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』国民の利益が当局の利益と真っ向から対立することを実証している。映画は、マスコミが政府から自立し、政府発表に対し懐疑的であるように主張している。その意味で、映画はホワイト・ハウスやCIAやペンタゴンのプロパガンダ部門に過ぎないものと化した現在の主流マスコミに対する叱責と非難だ。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、スピルバーグでも、最も効果的な映画製作だ。筋が通った巧みな話術で人をひきつける。キャスト全員、一定の緊迫感と献身で演じている。ハンクス、オデンカークとグリーンウッドは特記に値する。ホワイト・ハウスの窓の謎めいた人物の画像と重なるニクソンの悪名高い、マフィア風録音テープの断片を、映画制作者は見事に統合している。更に映画のリズムと強烈さが、1971年の世界を揺るがす出来事の本物のリズムと強烈さの感覚をもたらしている。

この作品を支えているのは、ジョン・ウィリアムズの音楽と、2015年、カトリック教会の犯罪行為を暴露した『スポットライト 世紀のスクープ』脚本を共同執筆したジョシ・シンガーが共同で書いた脚本だ。たぶん、シンガーは、真実を明らかにすることに心から専念しているように見える地味な“脇”役を作り出してあの映画で演じた役をするよう買って出たのだ。『スポットライト 世紀のスクープ』では、不屈の弁護士ミッチェル・ガラベディアン(スタンリー・トゥッチ)、そしてここでは、オデンカークのバグドキアン。

何よりも『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、現代の観客の注意を、極めて重要な出来事に向けさせる。映画の制作ノートは、ペンタゴン・ペーパーズが“今日まで続く強烈な衝撃波を引き起こすこととなった。文書が、残虐なベトナム戦争に関する壮大で、広範にわたる欺瞞が、トルーマンからアイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンに至る四人の大統領政権にわたっていたという暗い真実を暴露したことを指摘している。

“ペンタゴン・ペーパーズは、ベトナムにおけるアメリカの作戦について、これら大統領全員が繰り返し国民を欺き、政府は平和を追求しているのだと言いながら、水面下で軍とCIAが秘かに戦争を拡大していたことを明らかにした。ペーパーズは暗殺やジュネーブ協定違反、選挙不正や議会でのウソ発言の証拠に満ちた気味悪い歴史を示している。”


『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』中の反戦抗議行動

インタビューで、シンガーは『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の脚本は、彼らの映画で描かれる時代と、ドナルド・トランプの下におけるいくつかの今日の類似点を予見していたと語った。“制作の過程で、米国憲法修正第1項「言論の自由」条項に関するテr.>ーマが益々今日的になっていったのは驚くべきことです”とこの脚本家は言っている。“それが、スティーブン[スピルバーグ]が、この映画を今作りたかった理由の一つです。”

この発言が心からのものであるのは疑問の余地はないが、幾つかの映画の限界を矛盾した形で示すことになっている。

米国憲法修正第1項「言論の自由」条項と、憲法上の権利に対する偽りのない感覚が、映画の中で表現されているが、何よりも、主人公たちの大いに理想化された姿も描かれている。ポスト社そのものが、グラハムとブラッドリーと政治的既成勢力との多くのつながりに言及している。当時の主要戦犯の一人マクナマラは、グラハムの親しい友人だった。

映画のフェミニスト的色合いは的外れだ。どうやら脚本は“元ワシントン・ポスト発行人で、フォーチュン500社の一社の初女性CEOとなったキャサリン・グラハムの物語を語るなら … ハンナが最初の原稿を書いていた際、グラハムと大統領候補ヒラリー・クリントンとの対照が、現在との最も顕著な類似に見えたという脚本家リズ・ハンナの願望に起因しているように思われる。(彼女は選挙のわずか10日前に、脚本を売った。)” 幸いに、脚本は、この限られた出だしから発展して、より広範な問題を取り上げている。それでも、女性CEOとしての、グラハムの“パイオニア的”立場の強調は残っている。映画制作者たちは、それを何か慶賀して当然のものと考えている。

グラハム-ストリープ崇拝に対する解毒剤として、発行者が、ボスト紙の印刷工労働組合潰しを始めた際、1970年代で最も悪名高い組合潰し工作が起き、1975年10月のストライキを引き起こし、大量解雇と、印刷工場の機器を軽微に破壊したことに関する容疑で労働者15人がぬれぎぬを着せられて、ストライキが終わったことを想起すべきだ。ポスト・ストライキは、1981年のレーガン政権による航空管制官労働組合PATCO破壊への序曲の一つとして広く見なされている。

1976年1月、ワシントン・マンスリーで、グラハムと彼女の活動に対して極めて批判的な記事で、ペンタゴン・ペーパーズの出所を追い詰め、公表を支援した人物、ベン・バクディキアンが、ポスト紙が1971年に株式公開したのは、“アメリカ合州国における日刊新聞の、同族会社から、株主に対して‘利益を最大化する”義務を持った大企業への変身の転機だと書いた。

ブラッドリーについて言えば、彼の経歴はもっとあさましいと言えようか。ボストンのエリート家系出身の冷戦リベラルで、ジョンと、ジャクリーン・ケネディの親しい友人は、1950年代、ヨーロッパで、秘かにCIAのために働いていた。1971年、以前、無数のCIA工作に関与していたCIA高官、コード・メイヤーと結婚していたメアリー・ピンショー・メイヤーは彼の義妹だった。

2014年、ガーディアンの追悼記事で、ブラッドリーがいかに“正体を隠して、防諜情報提供者や、政府の宣伝屋や、中央情報局(CIA)非公式スパイを長年つとめたか”をクリストファー・リードが詳しく書いている。リードによれば、彼の実績の中には、1953年、アメリカ人スパイとして有罪判決を受けたエセルとジュリアス・ローゼン バーグ夫妻の論議の的となった処刑を促進させるため“CIAが指揮したヨーロッパ・プロパガンダ”流布も含まれている。

上述の通り『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』で、民主主義の英雄としてグラハムとブラッドリーを美化して描いている点は、映画制作者たちを称賛できない。更に、スピルバーグは撮影を急いで、2017年末に公開しようとしたのは、トランプが大統領の座についたこと、そして、スピルバーグ自身は民主党支持であることと大いに関係があるだろうと思われる。

主人公の生活に関して、ハリウッド映画が真実を覆い隠すのは、もちろんこれが歴史上初めてのことではない。とは言え、それによって、多数の伝記映画や歴史映画が重要な物事を浮き彫りにするのを妨げられているわけではない。それは本作品にもあてはまる。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の衝撃と含蓄は、映画制作者そのままの考えや狙いを超えている。

スピルバーグの映画は、1971年当時もまだ、民主的原則に愛着心を持ち、民主的原則の放棄を恐れていたブルジョア層の様相と外的特徴をかなりの洞察力で劇化している。結局の所、ケント州立大学射殺事件をめぐる大規模抗議行動からわずか一年後、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストがペンタゴン・ペーパーズが制御できていなかったらどうだっただろう? ともあれ、現在彼らの立場にある人々とは対照的に、グラハムとブラッドリーは、ある程度の勇気と行動規範を示したのだ。

支配層エリート全体が劇的に右に動いてしまった。グラハム自身、1988年、CIAでの講演でこう言っていた。“一般大衆が知る必要がなく、知るべきでないことも存在しています … 政府がその秘密を守るための正当な措置を講じることができ、マスコミが、知っていることを公表するかどうかを決定できる時に民主主義は栄えるのだと私は思います。”

2010年11月、イラクやアフガニスタンや他の国々におけるアメリカの行動をウィキリークスが公表した暴露の絶頂時、国家機密を暴露すべきか否かを考える際、タイムズが“政府と包括的で真摯な議論”を行ったことを強調する記事を元ニューヨーク・タイムズ編集長ビル・ケラーが書いた。“透明性が絶対善ではないことに我々は全面的に同意する。報道の自由は、報道しない自由も含んでおり、それが一定の秩序で我々が行使する自由なのだ。” 現在ならペンタゴン・ペーパーズの公表はあり得まい。

タイムズとポストに文書公表を認めた、1971年最高裁裁定が、現在も下されるだろうとは想像しがたい。今の裁判所は決まったように、政府には“国家安全保障”の権益のため、情報を抑え、あらゆる人々をスパイする権利があると判決を下している。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は1971年の裁定でのヒューゴ・ブラック判事の言葉を引用している。これは延々引用する価値がある。

“米国憲法修正第1項「言論の自由」条項で、建国の始祖は、我が民主主義における本来の役割を果たすために必要な、出版・報道の自由の保護を与えた。マスコミは支配する人々ではなく、支配される人々のために奉仕すべきだ。マスコミが永遠に政府検閲から自由であり続けるために、マスコミを検閲する政府の権限は廃止された。政府の秘密をあらわにし、国民に伝えることができために、マスコミは保護されている。自由で抑制されないマスコミだけが、政府内の欺瞞を効果的に暴露することができる。… その勇気ある報道で、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストや他の新聞は、非難にふさわしいどころか、建国の始祖がこれほどはっきりと見出していた目的を果たしたかどで称賛されるべきだと私は考える。”

決して投獄されず、広く称賛されているダニエル・エルズバーグの運命は、ジュリアン・アサンジやエドワード・スノーデンやチェルシー・マニングの運命とは全く異なっていた。2011年、80歳のエルズバーグは、ペンタゴン・ペーパーズ公表40周年に発言して、こう書いた。“今月、我々が公表する必要があるのは、イラクとアフガニスタンの(そしてパキスタン、イエメンやリビアの)ペンタゴン・ペーパーズだ。”

当時、CNNのインタビューで、40年前、ニクソン政権が彼に対しておかした犯罪は、今なら法律に擁護されて、オバマ・ホワイト・ハウスによる実行が可能だとエルズバーグは語った。

犯罪リストには以下が含まれる。“私の元精神分析医の診療所室不法侵入… 令状無しの盗聴、アメリカ国内のアメリカ国民に対するCIAの利用、ホワイト・ハウスの殺し屋集団が‘私を完全に無能力化する’許可 (1971年5月3日、連邦議会議事堂階段で)”とエルズバーグは言った。“しかし、ジョージ・W・ブッシュやバラク・オバマの支配下では、愛国者法や、外国情報監視法改正法、そして(殺し屋集団については) オバマ大統領の大統領命令で” これらの犯罪が“全て合法的になっています”。

スピルバーグやシンガーやその一座がアメリカ民主主義の壮大な腐食にどれほど気がついているにせよ、映画の最も重要な意義は、見る目のある観客たちが、ワシントン・ポスト軽視するようになるだろうことだ。

wswsに寄付

グーグルの検閲と戦おう!

グーグルは、検索結果で、World Socialist Web Siteを阻止している。

このブラック・リストと戦うため
この記事を友人や同僚と共有しよう。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2018/01/17/post-j17.html

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官邸前のデモ規制の異様な厳しさと、アメリカの高校生中心の銃規制デモの対照を報じる報道番組を見た。まっとうな報道もあるのだ。

日刊IWJガイド「<インタビュー報告>政権の腐敗に怒りの抗議をすれば『悪意の感情の充足』として処罰!? 自由法曹団東京支部・舩尾遼弁護士に岩上安身が緊急インタビュー!/【タイムリー再配信】本日20時「岩上安身による日本共産党・宮本岳志衆院議員インタビュー」/自民・和田議員、維新・足立議員、『暴言』両横綱が発言撤回!/慰安婦問題を巡る記事で不当なバッシングを受けた元朝日新聞記者・植村隆氏が訴えた裁判で本人尋問/<新記事>世界中で起きる副反応に世界中の医師が『気のせい』!?~国際シンポジウム『世界のHPVワクチン被害は今』」2018.3.26日号~No.2020号~

2018年3月 8日 (木)

反ロシア・プロパガンダ映画に賞を与えたハリウッド

スティーブン・レンドマン
Global Research
2018年3月5日

私の新ウェブサイトをご覧願いたい。
stephenlendman.org

(Home - スティーブン・レンドマン).

lendmanstephen@sbcglobal.netで連絡する。

地政学的話題では、ハリウッドは、アメリカ政策立案者の帝国主義的狙いを支持し、事実上の機関として機能している。

毎年の自己賛美の催し、日曜日夜のアカデミー賞贈呈式でそれは明らかだった。映画界の大御所は、あるべき映画制作より、利益をあげることを重んじている。本物の歴史ではなくハリウッド風の歴史に書き換えられる。

昨年、アルカイダとつながっているホワイト・ヘルメットのプロパガンダ映画が最優秀短編ドキュメンタリー賞を受賞した。ハリウッドは、卑劣にもテロを讃えたのだ。

2013年に、1979年/1980年のイラン大使館占拠危機が書き換えられ、『アルゴ』プロパガンダがアカデミー賞を受賞した。

昨夜、政治問題化されたオリンピック精神が長編ドキュメンタリー賞を勝ち取った。

プロパガンダ映画『イカルス』は、監督で、アマチュア自転車選手のブライアン・フォーゲルが、亡命者で、元モスクワのドーピング検査機関所長で、世界アンチ・ドーピング機関(WADA)情報提供者グリゴリー・ロドチェンコフに、アマチュア自転車レースで、禁止されている物質を使用するのに協力を求める様子を描いている。

強力な物質を違法に密売したかどで、彼はモスクワで被告不在のまま起訴されている。

少なくともロシア人オリンピック勝者15人が運動能力向上薬物を使用したと彼は告発した。

モスクワは、選手の一部が禁止されている物質使用に関与していたことを認めたが、ロシア国家の組織的ドーピングという彼の告発には反論した。同じ行為は、プロ・スポーツでのものも含め至る所で行われている。

ロドチェンコフは、アメリカに亡命し、証人保護プログラムのもとで、隠れ家を与えられており、居所は不明だ。

ところが彼は『イカルス』に出演し、サンプル-入れ替え手法により、ロシア選手が、運動能力向上薬物を使用し、2014年ソチ冬季オリンピックでメダルを取れるようロシア機関が幇助したと主張している。

その結果、ロシアのトラックとフィールド競技チーム全員が、2016年リオ夏季オリンピック大会出場を禁止された。

国際オリンピック委員会は、ロシア・オリンピック委員会を資格停止にした。ロシア選手が国旗の下で参加することを禁じた - 恥ずべき政治問題化行動だ。

ロシアの国家ぐるみドーピングに対する確かな証拠がないにもかかわらず、IOCは行動した。多くの国の代表選手たちが禁止されている物質を使用している。

チーム・メンバーの一部による乱用のかどで、国家、そしてその選手全員が罰せられるべきなのだろうか?

一部の選手が、そうしたドラッグを使用したことを理由に、アメリカの野球やアメリカン・フットボールや他のスポーツ・チーム丸ごと、リーグ競技への参加を禁止すべきだろうか?

ロシアと、その選手に対する行動は政治問題化されている。『イカルス』はロシア・バッシングゆえに受賞したのだ。

これはアメリカの権益に役立つ非難を正当化する卑しむべきドキュメンタリー映画だ。

フォーゲルは映画は“ロシアに対する警鐘だ”と言い、モスクワに対して利用するため、ワシントンに保護されている裁判逃避犯罪人ロドチェンコフに『イカルス』を、捧げている。

これとは別に、アカデミーは、極めて評判の高かったロシア人監督アンドレイ・ズビャギンツェフの映画『ラブレス』ではなく、チリ映画『ナチュラルウーマン』に外国語映画賞を与えた。

『ラブレス』は、昨年のBFIロンドン映画祭で最優秀長編作品賞を受賞した。カンヌ映画祭では、パルム・ドール賞に次ぐ栄誉である審査員賞を受賞した。

ワシントンは、不面目にも、ロシアを最大の脅威と見なしている。

アメリカの当局者や政策や選手に関する映画で、真実を語るのではなく、プロパガンダを制作して、ハリウッドは、アメリカの政策立案者たちと共謀しているのだ。

*

スティーブン・レンドマンはCRG研究員で、シカゴ在住のGlobal Research寄稿者。

私の新ウェブサイトをご覧願いたい。stephenlendman.org (Home - スティーブン・レンドマン)。lendmanstephen@sbcglobal.netで連絡する。

編集者、寄稿者としての最新刊は“Flashpoint in Ukraine: How the US Drive for Hegemony Risks WW III.”

http://www.claritypress.com/LendmanIII.html

記事原文のurl:https://www.globalresearch.ca/hollywood-honors-anti-russia-propaganda-film/5631030
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国会中継、テレビを見ると、代わりに、小笠原 父島の海で魚が泳いでいる。

大本営広報部の呆導番組では、ホワイト・ヘルメットのビデオが、まかり通っている。こういう団体の作品に賞を与えたことで、この組織のいかがわしさは既に明白だ。
今年、あのドーピングをたねにした映画に賞を与えたとは知らなかった。
「アカデミー賞授賞式」見ていないが、この映画も紹介したのだろうか?
女優のトロフィーが一時盗まれたという呆導がしつこく繰り返されたのは見た。
このプロパガンダ映画も、やがて上映されるのだろうか?

明治150年の慶賀は、近代日本最初の公文書偽造の慶賀?
学校で、偽造だったと教えられた記憶はない。

日刊IWJガイド・番組表「怒涛の4連続インタビュー第3弾!本日14時半から、『明治維新という過ち』への扉を開いた討幕の密勅は近代日本最初の公文書偽造! 作家・歴史評論家の原田伊織氏インタビュー/北朝鮮が米との対話の意志を明確に! 北朝鮮の体制安全が保障されるなら、核を保有する理由がないとの点を明確にした! 4月末に、板門店の平和の家で第3回南北首脳会談の開催が決定!/『岩上安身によるインタビュー』あの人気コンテンツDVD化のためのアンケート始めました!」2018.3.8日号~No.2002号~

原田伊織氏の新刊『日本人が知らされてこなかった「江戸」 世界が認める「徳川日本」の社会と精神 (SB新書)』の始めの方に、憲法9条を強く非難する行があったのを記憶している。インタビューで、これは話題になるのだろうか?

2017年12月18日 (月)

『スター・ウォーズ』のソ連の秘密:レイア姫、ストームトルーパー相手に独特な銃を使う

公開日時: 2017年12月15日  08:56
編集日時: 2017年12月15日  10:19


© Lucasfilm Ltd

最新の『スター・ウォーズ』作品がワールド・プレミエ中だが、ロシア兵器メーカー、カラシニコフ社は、この偶像的な映画で、レイア姫が使ったブラスターは、実際、ソr連ピストルの修正版だったことを人々に思い起こさせた。

“オリジナル三部作で、レイア姫がソ連のマルゴリン・ピストルを使ったことをご存じでしたか?”とカラシニコフ・コンツェルンが、木曜日、フェイスブック発言で述べた。ソ連で1950年代の昔に設計されたマルゴリン(MCMピストル) 射撃演習ピストルだ。

注目に値するピストルは、1977年に公開された『エピソード4/新たなる希望』の最も忘れがたい場面の一つで登場する。レイア姫が乗った反乱軍の輸送船が、ダース・ベイダーに拿捕されてしまう。キャリー・フィッシャー演じるレイア姫がデス・スターで隠れている姿がR2-D2により投影される。そして彼女が銃身の細いピストルで、ストームトルーパーを狙うアクション・シーンになる。まさにこのピストルが、『スター・ウォーズ』の世界で、ディフェンダー・スポーティング・ブラスターとして知られているマルゴリン・ピストルの修正版だ。 


© カラシニコフ・コンツェルン / Facebook

この冒険談のファンたちは、ソ連の銃に、ずっと前から気がついていたが、マスコミは、この事実にさほど注目しなかった。ブラスターは、エピソードで大した登場時間を与えられておらず、『ジェダイの帰還』の場面にごくわずか登場するだけだ。しかしながら、ピストルそのものは一見に値する。

“優雅なデザインゆえに、小道具係がこれ[ピストル]を選んだ。このピストルしか、キャリー・フィッシャーの小さな手にあうものはなかった”とカラシニコフ・コンツェルンは述べている。


© カラシニコフ・コンツェルン / Facebook

このピストルで興味深い点は、目の見えない人物が設計したことだ。ミハイル・ マルゴリンは18歳のソ連軍兵士時代に頭部を負傷して、助かったが、視力を失った。多数のピストルと銃を設計したマルゴリンは、主にレイア姫の武器の‘原型’MCMピストルの開発で知られている。

マルゴリン・ピストルだけがアメリカ映画に登場する唯一のソ連武器というわけではない。最近のスパイ映画『キングスマン: ゴールデン・サークル』で、主役の一人がソ連のトカレフ・ピストルを使う。別の大ヒット作、『エリジウム』でも、マット・デーモンが扮する人物が有名なカラシニコフ銃を使う。

主流マスコミが無視しているニュースをフォローする: Like RT’s Facebook

   
    似顔絵描きが北ロンドンのパブの外に感動的なキャリー・フィッシャーに捧げる絵を描いた
   
    『スター・ウォーズ』のヒロイン、レイア姫に、公式にDisney Princesの栄誉を与えるようにという請願が86kの署名を集める

記事原文のurl:https://www.rt.com/news/413291-star-wars-russian-weapon/
----------この映画のファンというわけではないので、しっかり見ているわけではなく、問題の場面も知らない。間違っていたら、あしからず。

キャリー・フィッシャーというスター、急死したということだけ知っていたが、ネットでみると、原因はドラッグ過剰摂取のようで、清楚な雰囲気と程遠い現実にびっくり。
宗主国は、様々な点で、属国の先を行っているのかも。

きなくさい北朝鮮状況。軍産複合体、庶民の生活に興味は皆無。不安、紛争、戦争で儲けることこそ大事。が

日刊IWJガイド「昨日は北朝鮮の金正日総書記の没後6年~日米政府内で戦争遂行体制が着々と進行! ティラーソン国務長官は『無条件で対話』発言を撤回!? 中谷元元防衛相が導入予定の長距離弾道ミサイルについて『北朝鮮の基地に対して攻撃することも可能』と発言!/本日は岩上安身が『ヒトラーの裁判官 フライスラー』著者・ヘムルート・オルトナー氏にインタビュー! 後日、録画配信いたします! 過去とどのように向き合うのか――日独の歴史から探ります」2017.12.18日号~No.1921号~

2017年10月 4日 (水)

歴史の抹殺

John Pilger
2017年9月21日
johnpilger.com

アメリカ・テレビ界で、最も大宣伝されている“イベント”の一つ『ベトナム戦争』が、PBSで始まった。監督はケン・バーンズとリン・ノヴィックだ。南北戦争、大恐慌や、ジャズの歴史のドキュメンタリーで称賛されているバーンズは自分のベトナム映画について、“ベトナム戦争について、わが国に、全く新しい形で、語り、考え始めさせるものだ”と語っている。

歴史的記憶を失い、アメリカ“例外主義”プロパガンダのとりこになっていることが多い国で、バーンズの“全く新たな”『ベトナム戦争』は“壮大な歴史的事業”として提示されている。気前の良い宣伝活動では、1971年、カリフォルニア州サンタ・バーバラで、憎悪されていたベトナム戦争の象徴として、学生に焼き討ちされた、この映画最大の支援者、バンク・オブ・アメリカを宣伝している。

バーンズは“わが国の退役軍人を長年支援している”“バンク・オブ・アメリカの全員”に深く感謝すると述べている。バンク・オブ・アメリカは、おそらく400万人ものベトナム人を殺害し、かつては豊かな土地を荒廃させ、汚染した侵略の支援企業だ。58,000人以上のアメリカ兵士が死亡し、ほぼ同数の人々が自ら命を絶ったと推測されている。

第一話をニューヨークで見た。冒頭から意図は明らかだ。ナレーターは、戦争は“重大な誤解、アメリカの自信過剰、冷戦の誤解から、まっとうな人々により、誠意で始められた”と語る。

この発言の不誠実さは、驚くべきものではない。ベトナム侵略へと招いた身勝手な“偽旗事件”のでっちあげ、記録に残る事実 - バーンズが真実だとする、1964年のトンキン湾“事件”は、その一つに過ぎない。ウソが大量の公式文書、特に、偉大な内部告発者ダニエル・エルズバーグが、1971年に暴露したペンタゴン・ペーパーを満たしている。

誠意などなかった。誠意は腐敗し、不治のものになっていた。私にとって - 多くのアメリカ人にとっても、そうに違いないが - 映画の“赤の危険”地図の寄せ集めや、インタビューされる正体不明の人々や、不適切に切り取られた公文書や感傷的なアメリカの戦闘場面を見続けるのは困難だ。

イギリスでの、このシリーズのプレスリリースは -- BBCがこれを放映する -- アメリカ人死者にだけふれ、ベトナム人死者への言及皆無だ。“この恐ろしい悲劇の中で、我々全員何らかの意味を探っています”とノヴィックが言ったとされている。何ともポスト・モダンなことだ。

アメリカ・マスコミや、巨大大衆文化企業が、20世紀後半をいかに修正し、提供しているかを見てきた人々にとって、これは皆お馴染みだ。『グリーンベレー』や『ディア・ハンター』から『ランボー』に至るまで、そして、そうすることで、続く侵略戦争を正当化した。歴史修正主義は決して止まることはなく、血は決して乾くことはない。侵略者は哀れまれ、罪を清められ、“この恐ろしい悲劇に何らかの意味を捜そうとする”。ボブ・ディランを思い出す。“どこに行っていたのか、青い目の息子よ?”

ベトナムでの若い記者としての自分自身の直接体験を思いだしながら“品位”と“誠意”について考えた。ナパーム弾攻撃を受けた農民の子供たちの皮膚が、古い羊皮紙のようにはがれ落ち、次々と投下される爆弾で、人肉を貼り付けたまま、木々を石化するのを催眠術にかかったように見つめていた。アメリカ司令官のウィリアム・ウェストモーランド大将は、ベトナムの人々を“シロアリ”と呼んだ。

1970年始め、ソンミ村で、347人から、500人の男性、女性や幼児がアメリカ軍に殺害された(バーンズは“殺人 killings”という表現を好んでいる)クアンガイ省に私は行った。当時、これを逸脱行為と装っていた。“アメリカの悲劇”(Newsweek )。この一省だけでも、アメリカの“自由発砲地帯”だった時代に、50,000人が虐殺されたと推計されている。大量殺人。これはニュースにならなかった。

北のクアンチ省には、第二次世界大戦中にドイツ全土に投下されたよりも多くの爆弾が投下された。大半アメリカが“守る”と主張した“南ベトナム”で1975年以来、不発弾で、40,000人以上の死者を出しているが、フランスが、唯一の帝国主義策謀と見なされている。
ベトナム戦争の“意味”は、アメリカ先住民に対する大量虐殺作戦、フィリピンにおける植民地主義虐殺、日本への原爆投下、北朝鮮のあらゆる都市を真っ平らにしたことの意味と何らかわらない。その狙いを、グレアム・グリーンが『おとなしいアメリカ人』の主人公で依拠した有名なCIA職員、エドワード・ランスデール中佐が語っている。

Robert TaberのThe War of the Fleaを引用して、ランスデールはこう言った。“降伏しようとしない武装反抗勢力連中を打ち負かす手段は一つだけで、皆殺しだ。レジスタンス勢力を匿っている領土を支配する手段は一つだけで、そこを砂漠に変えることだ。”
何一つ変わっていない。9月19日に、ドナルド・トランプが、 - 人類を“戦争の災い”から救うべく設立された機関 - 国連で演説した際、彼は北朝鮮と、その2500万人の国民を“完全に破壊する”“用意があり、進んで、実行が可能だ”と宣言した。聴衆は息をのんだが、トランプ発言は聞き慣れないものではない。
大統領選挙での彼のライバル、ヒラリー・クリントンは、人口が8000万人以上の国イランを“跡形もなく破壊する”用意があると自慢した。これがアメリカのやり方だ。今回足りないのは婉曲表現だけだ。

アメリカに戻って、街頭でも、ジャーナリズムでも、芸術でも、かつては“主要マスコミ”でも許されていた反対意見が、反体制派に退行したかのように、沈黙と反対派の不在に衝撃を受けた。地下運動も同然だ。

おぞましき人物、“ファシスト”トランプについては、がやがやわやわや、すさまじいが、トランプ現象や、征服と過激主義の体制永続という下手なマンガ状態に対しては、がやがやわやわやも、ほとんど皆無だ。

1970年、ワシントンを埋め尽くした偉大な大規模反戦抗議行動の亡霊はどこに行ったのだろう? 1980年、マンハッタンの街頭を埋め、レーガン大統領に、ヨーロッパから戦術核兵器を撤去するよう要求した核兵器凍結運動のようなものはどこに行ったのだろう?
これら偉大な運動のエネルギーと道徳的なこだわりは、かなり成功した。1987年、レーガンは、ミハイル・ゴルバチョフと、中距離核戦力全廃条約(INF)をとりまとめ、それで事実上、冷戦は終わった。
最近、ドイツ新聞ジュートドイッチェ・ツァイトゥング(南ドイツ新聞)が入手した秘密NATO文書によれば、この重要な協定は、“核標的計画が増強された暁には”廃棄される可能性が高い。ドイツ外務大臣シグマール・ガブリエルは、こう警告した。“冷戦の過ちを繰り返すこと … ゴルバチョフとレーガンによる素晴らしい軍縮協定は、ことごとく深刻な危機にある。ヨーロッパはまたしても核兵器用軍事教練場となる脅威にさらされている。我々はこれに反対の声をあげねばならない。”

アメリカでは、そうではない。昨年の大統領選挙戦で、バーニー・サンダース上院議員の“革命”に参加した何千人もの人々は、これらの危機に団体で沈黙している。世界中でのアメリカによる暴力の大半が、共和党やらトランプのような突然変異体やらによってではなく、リベラルな民主党によって行われている事実は、タブーのままだ。
バラク・オバマは、近代国家リビアの破壊を含め、七つの同時並行する戦争で、大統領記録の極致を示した。選挙で選ばれたウクライナ政府を、オバマが打倒し、望んでいた結果を得た。1941年、そこを経由し、ナチスが侵略したロシア西国境地域の国へのアメリカが率いるNATO軍の集中だ。
2011年のオバマによる“アジア基軸”は、中国と対決し、挑発する以外の何の目的もなしに、アメリカ海軍と空軍の大半をアジア太平洋に移行する合図だった。ノーベル平和賞受賞者による世界中での暗殺作戦は、まず間違いなく、9/11以来最大規模のテロ作戦だ。

アメリカで“左翼”として知られているものは、実質的に、組織権力最悪の深奥部、つまり、何の証拠もなく、2016年大統領選挙への介入とされるものを理由に、トランプとウラジーミル・プーチンとの間の平和協定を見送らせ、ロシアを敵として復活させたペンタゴンとCIAと組んでいる。
本当のスキャンダルは、アメリカ人の誰も投票していない、戦争を起こす邪悪な既得権益による陰険な権力掌握だ。オバマのもとで、ペンタゴンと監視機関が、急に支配力を掌握したのは、ワシントンにおける歴史的な権限移行だ。ダニエル・エルズバーグは、適切にも、これをクーデターと呼んだ。トランプを動かしている三人の将軍が証人だ。
ルシアナ・ボーネが印象的に述べたように、こうしたことの全て“アイデンティティ政治というホルムアルデヒドにすっかり漬かったリベラル連中の脳味噌”には貫通し損ねている。性や肌の色とは無関係に所属する階級ではなく、商品化され、マーケティング実験済みの“多様性”が、リベラル派の新ブランドだ。全ての戦争を終わらせるための残虐な戦争を止める全員の責任ではなく。
ブロードウエイでの、トランプをビッグ・ブラザーとして描いた背景幕前で演じる、不満を抱く人々向けのヴォードビル・ショー、Terms of My Surrender(私の降伏条件)で“一体どうして、こんなことになったのだろう?”とマイケル・ムーアは言った。

彼の故郷、ミシガン州フリントの経済的、社会的破綻に関する『ロジャー&ミー』や、アメリカ医療の堕落を探る『シッコ』などのムーアの映画には敬服している。

私が彼のショーを見た夜、喜んで乗る観客たちは、彼が“我々は多数派だ!”と請けあい“ウソツキで、ファシストのトランプ弾劾!”を呼びかけると大喝采した。彼が言いたいのは、もし鼻をつまんで、ヒラリー・クリントンに投票していたら、人生は先が読めていたはずだということのようだ。

彼は正しいのかも知れない。トランプがしているように世界に向かって暴言を吐く代わりに、偉大な絶滅屋だったら、イランを攻撃し、彼女がヒトラーになぞらえたプーチンにミサイルを撃ちこんでいた可能性がある。ヒトラー侵略で亡くなった2700万人のロシア人のことを考えれば、とんでもない不敬だ。

“聞いて欲しい”ムーアは言った。“わが政府がしていることは別として、アメリカ人は、実際世界に愛されている!”

客席は静まり返った。

記事原文のurl:http://johnpilger.com/articles/the-killing-of-history
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マイケル・ムーア監督で、今の時点で思い出すのは、『ボウリング・フォー・コロンバイン』。

孫崎享氏の今朝のメルマガ・タイトル、今行われていることの的確な要約。

衆議院選挙で「希望の党」に担わされた課題。「リベラル」潰し。立憲民主党が立ち上げメンバーには対立候補。野田、岡田、安住、江田の選挙区には、候補者立てず。要するに改憲反対派を潰す役割を希望の党が実施

本文も一部コピーさせていただこう。

9:日刊スポーツは、「百合子氏のホントの腹は「自民と連立組む」/地獄耳」という記事を掲載した。たぶんそういうことであろう。

10:「希望の党」の動きを見れば米国の影が見える。

11:集団的自衛権、つまり米軍戦略のために自衛隊を海外に派遣するシステムに対して、共産党以外の議員は徹底的に排除しようとしていtる。反対勢力が共産党にだけなれば、「共産党がり」はそう難しい事でない。

決して大本営広報部が歪曲して呆導する、モリカケ対、緑のタヌキ 対、リベラルの三項対立ではない。大本営広報部、本当に罪深い組織。かつて、太平洋戦争をあおり、今、宗主国侵略戦争派兵を推進する。

IWJの岩上安身氏による福島瑞穂氏インタビュー、「希望の党」はリベラル派排除し「大政翼賛会」を作ろうとしている!? 改憲による「緊急事態条項」絶対阻止!「共闘」で3分の1議席数を!~岩上安身による社民党 福島みずほ参議院議員インタビュー! 2017.10.2もうおっしゃる通り。必見。
大本営広報部の歪曲呆導と全く違う。大本営広報部歪曲呆導にあらわれるファシストの有象無象のウソ発言、音を消しても字幕がでたりするので、テレビに向かって怒鳴っているが、このインタビュー、じっと同意するばかり。

「リベラル」潰しの狙いは、大本営広報部大政翼賛会が決して言及しない今回の選挙の本当のテーマ、「緊急事態条項」導入と直接つながる。

そこで、IWJ岩上安身氏による早稲田大学教授長谷部恭男氏インタビューがある。

自民党改憲草案の緊急事態条項は戦前の国家総動員法の起動スイッチ!? 衆院解散で「ナチスの手口」がいよいよ現実に!? 岩上安身による早稲田大学教授 長谷部恭男氏インタビュー 2017.9.25

こちらも必見。良く理解するためには、ご著書の事前拝読をお勧めする。
ナチスの「手口」と緊急事態条項 (集英社新書) 長谷部恭男、石田勇治著

この緊急事態条項、岩上氏は、以前から問題を指摘しておられる。
前夜[増補改訂版] 梓澤和幸, 岩上安身, 澤藤統一郎 (著)

今日は下記にあるインタビューを拝見予定。

日刊IWJガイド「本日15時から『「日米指揮権密約」の研究 自衛隊はなぜ、海外へ派兵されるのか』著者・末浪靖司氏インタビュー! 自衛隊の指揮権が米軍にあるという『指揮権密約』の実態に迫る!/日本に戦争をさせたい米国にとっては安倍も小池も同じ!? 『緊急事態条項』阻止のための勝敗ラインは156議席!!/川内博史氏、辻元清美氏、池田まき氏ら『立憲民主党』参加表明者が続々!! ツイッター公式アカウントは24時間でフォロワー6万人突破!!IWJの枝野代表街宣中継はサーバーダウン寸前!?」2017.10.4日号~No.1846号~

2017年8月28日 (月)

クリストファー・ノーランの『ダンケルク』: 歴史も政治も抜きの第二次世界大戦勃発

David Walsh
2017年7月26日

“どうしようもない程、目の見えない人々だけが、イギリスとフランスの将軍や提督連中が、ファシズムに対して戦争すると信じることができる!” - レオン・トロツキー、1940年5月

イギリス人監督クリストファー・ノーランの新作映画『ダンケルク』は、1940年5月-6月のイギリスとフランス軍の多数の兵士を北フランスから救出した有名な作戦の話だ。

5月10日に始まった英仏海峡西方へのドイツ軍による素早い進撃の後、イギリス海外派遣軍(BEF)と、その同盟軍が、フランスとベルギー海岸線の細長い地域で遮断され、包囲されることになった。5月26日から6月4日にわたる“ダイナモ作戦”で、約340,000人の兵士がイギリスに脱出した。イギリス南部から英仏海峡を横断し、ベルギー国境から10kmにあるダンケルクの海岸と防波堤から、兵士たちを大型船に運んだり、イギリスの港まで直接運んだりして、救出で、多くの小型船舶が重要な役割を演じた。


『ダンケルク』

ノーランの映画は長さは異なるが(それぞれ一週間、一日、一時間)重複している“陸”“海”と“空”の三部構成だ。

“陸”では、トミー(フィン・ホワイトヘッド)が、ダンケルクの街で見えないドイツ軍に銃撃されるイギリス軍部隊の若い兵士だ。彼だけ生き残り、海岸へと向かうと、何万人もの兵士が立ち往生している。彼は後でフランス人とわかる“ギブソン”(アナイリン・バーナード)とアレックス( ハリー・スタイルズ)と組むことになる。映画のこの部分は彼らを危機から救う船を捜そうとするトミーと仲間の様々な益々必死の努力を描いている。

“海”では、ドーソン(マーク・ライランス)が、脱出作戦の一環として、英国海軍に徴発された小型船を持っている。ところが、彼と息子のピーター(トム・グリン=カーニー)と17歳の甲板員ジョージ( バリー・コーガン)は、海軍船員にやってもらうのでなく、自分たちで英仏海峡横断すると決める。途中で、ドイツのUボートで船が沈没させられ、砲撃でストレス状態になったイギリス人兵士(キリアン・マーフィー)を救いあげる。ドーソンが船を沈没現場から遠くないダンケルクに向けて進めていると知ると兵士が暴れる。

“空”部分は、ダンケルク上空でドイツ戦闘機と交戦する二人の英国空軍パイロット、ファリアー(トム・ハーディ)とコリンズ(ジャック・ロウデン)を追う。ドイツ空軍は比較的自由に行動して、イギリス艦船やボートを攻撃し、海岸にいる兵士たちも爆撃する。ファリアーとコリンズの任務は地上軍を掩護することだ。コリンズは飛行機を不時着水せざるを得なくなり、最善の結果を期待する。ファリアーは戦い続けるが、燃料がわずかだ。


『ダンケルク』のマーク・ライアンス

ノーランの『ダンケルク』には、いくつか視覚的に目を奪われる場面がある。空中戦場面は確かに印象的だ。映画撮影は総じて壮麗で、カメラは自然や人々の詳細を深くとらえている。

ある種劇的な展開(ライランスの抑えた知的な演技も含め)があるので、ドーソン-ライランスの場面が、映画の中で最も印象に残る。ジョージの運命には実に悲劇的なものがある。兵士たちのダンケルク救出支援を志願する若者なのに、自身重傷を負った兵士の一人によって、致命傷を負ってしまうのだ。

それを別とすれば、他にはほとんど何もない。“陸”と“空”での対話は最小限で、ともあれ印象的なものは皆無だ。映画が進むにつれ、“陸”部分は、段々と(しかも、うんざりするほど)登場人物たちが、致命的な結果になりそうな状況を次々と切り抜けるのを強いられる型にはまったパニック映画に見えてくる。

映画の全体的雰囲気は一貫性がない。テレンス・マリックの映画に敬服しているとノーランは語っている。残念なことに、ノーランは、マリックの最高作品、特に『シン・レッド・ライン』(1998年)のいくつかの場面から触発されたのではなく、陰鬱なハイデッガー風宇宙の中を、登場人物があてもなくさまよい歩く、同じアメリカ人映画監督の最新作から触発されたようだ。ノーランの新作映画の一部は、その種の雰囲気を再現している。そこで突如音楽が高まり、イギリス人の“勇気”や勇敢な行動が土壇場で成功をもたらすのだ。どうしても納得が行かない。

『ダンケルク』はいかなる伝統的な意味でも戦争ドラマではないのは、対象となっている1940年の出来事が、戦闘あるいは一連の戦闘というものではなく、歴史的な敗北、壮大な撤退だったがゆえだけではない。


トム・ハーディ

第二次世界大戦に関する無数のアメリカやイギリス映画は、よかれ悪しかれ、概して国民の人種や階級の“代表例”である少規模部隊に焦点を当てている。そうした作品では、最初は身勝手というか個人主義で、恐怖で身をすくませるが、戦闘の過程で、言い換えれば実に運命的な条件の下で、“大義”のために、集団の必要性を優先し、必要とあらば、自己犠牲の必要性を学ぶ登場人物(あるいは複数の登場人物)が多い。戦争中あるいは直後に制作された映画は、“民主主義”や専制への反対を、究極的に、そのために戦って死ぬに値するを主な要因にして、ファシズムや独裁制に対する大衆の圧倒的な反感を考慮しており、多くの場合、共有もしていた。

ノーランは、戦争や、その原因や、正当性などに関する議論を避けて、そうした重荷から逃げている。主人公たちは若いかも知れないが、大恐慌や、他の衝撃的な出来事を生き抜いてきたのだ。彼らには何らかの政治的意見があったはずだ。わずか二十年程前の第一次世界大戦で勝ち誇ったはずのイギリス軍に与えられた大惨事の規模や原因について、登場人物の誰一人、疑問を投じない。実際、誰も意味ある発言をしない。

エルストン・トレヴァーの(1955年)「The Big Pick-Up」を部分的に基にしたレスリー・ノーマンの『激戦ダンケルク』(1958年)は、脱出についての、堅苦しい紋切り型の愛国的映画で、ジョン・ミルズ、リチャード・アッテンボロー、バーナード・リーやロバート・アーカートを含む多数の著名な、頼もしい当時のイギリス人俳優が出演している。とは言え、極度の制約にもかかわらず、ノーマンの映画は、少なくとも、冒頭場面から終始、(映画があからさまに馬鹿にしている当時の政府やマスコミの主張に反して)油断とダンケルク大惨事の規模を指摘する義務を感じている。

最初の『ダンケルク』は別として、1950年代と1960年代の戦争映画(『暁の出撃』、『The Man Who Never Was』、『戦場にかける橋』、『愛欲と戦場』、『攻撃』、『愛する時と死する時』、『若き獅子たち』、『ビスマルク号を撃沈せよ!』、『ナヴァロンの要塞』、『Hell to Eternity』、『史上最大の作戦』、『Merrill ’ s Marauders』、『大脱走』、『シン・レッド・ライン』、『大列車作戦』などの作品)は、成功の度合いこそ異なれ、第二次世界大戦を、政治的、軍事的、心理的に理解しようとつとめていた。

あいにく現代の映画監督たちは、もはや歴史的な出来事を、引用符中に置かれることが多い言葉の一つである“説明する”ような俗事にかかずらうことはしない。連中はほとんど、そうした俗事を超越しているのだ。

1940年5月-6月、イギリス海外派遣軍に対するドイツ軍の勝利と、それに続くフランス第三共和国崩壊と、敵に協力的な連中によるビシー政権樹立は些細なことではない。


フィン・ホワイトヘッド

1939年9月1日、ドイツによるポーランド侵略後、そして二日後のイギリスとフランスによる対ヒトラー政権への宣戦布告後、1940年5月に、ドイツ軍がフランス、ベルギーとオランダを攻撃するまで、ヨーロッパでは、いかなる主要作戦も行われなかった。イギリスとフランスの軍は、八カ月も受動的に待ち続けていた。フランス軍には“敗北主義”がはびこっており、イギリス既成支配体制は分裂でばらばらだった。ナチス“宥和”に最も責任があったはずの人物ネビル・チェンバレンが、1940年5月10日、ウィンストン・チャーチルにとって変わられるまで首相の座に居座り続けた。

一方、1940年春のヒトラー軍隊の勝利は、レオン・トロツキーの言葉によれば“自らの任務という側面でさえの帝国主義民主主義の堕落”を実証していた。イギリスとフランスの支配エリート層は(退位したイギリス国王エドワード8世を含め)ヒトラー主義を、ボルシェビキ思想と社会革命に対する最強の防衛と見なす親ナチス分子だらけだった。

トロツキーは説明していた。フランスの降伏は“単なる軍隊の出来事ではない。ヨーロッパの破滅的状況の一部なのだ。… ヒトラーは事故ではない。彼は我々の文明全てを粉砕する脅威を与えている帝国主義の最も徹底的で、最も凶暴な表現であるにすぎない。”

一方、ドイツの軍事的勝利は、ヨーロッパや世界の労働者階級に対するスターリン主義者による裏切りの悲惨な結果を実証していた。五年間“人民戦線”を宣伝し、様々な“民主主義”の幻想を生み出した後、1939年に、ソ連政権はヒトラー側に転じ、欧米列強の“軍事力を麻痺させた”と、トロツキーは書いていた。“破壊用のあらゆる機構にもかかわらず、精神的要素が、戦争における決定的重要性を保持している。ヨーロッパ大衆の士気を阻喪させ、ヨーロッパにおいてのみならず、ヒトラーに仕えて、スターリンは挑発の手先役を演じたのだ。フランス降伏はそうした政治の結果の一つに過ぎない。”

トロツキーの冷静で正確な論評だけでなく、多少真摯なあらゆる取り組みによって、二度目の、悲惨な帝国主義戦争勃発に関する、大半の今日の作家や監督たちにとっては、決着済みの問題であることは言うまでもない。

歴史的問題に関するノーランの沈黙、あるいは“自制主義”は、ノーランによる取り組みの前進ではなく、複雑な疑問を前にしての無能を現すに過ぎない。

映画監督は『ダンケルク』から歴史と政治を排除し、上述の通り、凡庸な“災害映画”のレベルにおとしめるのが意識的な決断であることを示す様々な発言をしている。

あるフランスの雑誌に、例えば、“これは戦争映画というより、生き残りがテーマのサスペンス。… 登場人物への共感は、彼らの物語とは無関係だ。対話で、登場人物の物語を語りたくはなかった。問題は、彼らが誰であるかではないし、彼らが誰のふりをしているかではないし、彼らがどこから来たかではない。私が興味があった唯一の疑問はこうだ。彼らは脱出できるのだろうか? 防波堤に行こうとする際に、次の爆弾で殺されるのだろうか? それとも海を渡っている間に潜水艦にやられるだろうか?”と語っている。

登場人物への共感は“彼らの話とは無関係だ”ろうか? 問題は“彼らが誰なのかではない”のだろうか? すると人は、パラディやヴォルムートの虐殺をやらかしたばかりで、移送を待っているナチス親衛隊兵士に対しても、大恐慌やイギリス帝国主義の世界的野望の犠牲者である、イギリス人やスコットランド人の青年たちに対して感じるのと同じ状況で、同じように感じるべきなのだろうか? ノーランは“唯一私に興味があった疑問は、 彼らは脱出できるか?”だと言ったのを恥ずかしく感じるべきなのだが、彼はたぶんそう感じるまい。

ジョシュア・レヴィンの『Dunkirk: The History Behind the Major Motion Picture』が、ノーランの映画封切りにあわせて刊行された。助監督のニロ・オテロが“クリス[ノーラン]が歴史の教訓を与えないことを選び、ダンケルク物語を、サバイバル映画として描いた事実が、インパクトを強めている。‘後に歴史になるものの真っ只中にいると、それが歴史だとはわからないものだ。’と考えている”とレヴィンは説明している。

レヴィンはこう書いている。“クリスは、歴史を観客にとっての個人的経験に煎じつめることで、映画がロールシャッハ・テストのようなものになることを期待していた。彼は政治的解釈を観客に押しつけたくはないのだ。彼はそういうことには興味がない … 彼は我々を主人公の視点にたたせる普遍的な映画を作りたいのだ。そうすることによって、‘観客は『ダンケルク』の中で、彼らが見出したいものを見出せるのだ’と彼は言う。 ”本当の『ダンケルク』発見とは一体何だろう?

もちろん、ダンケルクのドラマに参加した人々の多くは、自分たちが何をしているのかを知っていたか、多少は理解していた。 政府と既成支配体制が全体として、危険を軽視する中、普通のイギリス人の多くが、ヒトラーとファシズム脅威に反応していたのだ。結局、1930年代中、自国の支配階級の手によって、ひどく苦しめられ、 栄養失調にさせられたイギリス労働者階級は、反抗的で、敵意を持っていたのだ。

実際、ダンケルクのエピソードに関して決して十分回答されていない一つの疑問は、一体なぜヒトラーは、イギリス軍を絶滅できていた可能性が極めて高い戦車攻撃を、数日間中止するよう命じたのかだ。ロンドンと和解に至る希望を彼がまだ持っており、イギリスにおける社会革命の可能性を彼が恐れていたため、イギリス陸軍を殲滅するのは長期的にはナチスの利益にならないと、ファシスト指導者は感じていたためだと主張するむきもある。

「テレグラフ」で、ノーランはこう語っている。 “現在の観客に直接関係しない、古びたものと片づけられるような映画は作りたくないと思っていた。… まずは、状況の政治にはまりこんでしまうのを即座に排除することだった。室内で、地図上で色々動かしている将軍たちは登場しない。チャーチルは登場しない。敵はおぼろげにしか見えない。”

またしても、驚きで、目をこすらずにはいられない。フランスの戦いは、第二次世界大戦初期の極めて重大な出来事の一つで、二十世紀の重要な政治的出来事だ。戦争に関するもっとも良く知られている格言の一つで、広く公理として受け入れられている、プロイセン王国の将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツによる“戦争は別の手段による外交の継続である”がある が、ノーランにとっては、戦争はいかなるものの継続でもなく、別の世界に存在するものなのだ。

歴史に関する真剣さの欠如と知識の欠如が結びつき、現実に対する個々の主観的認識が可能だという理由で、全てが正当化される。

著書の中で、レヴィンはこう書いている。“[ダンケルクで]海岸や防波堤に立っていた、あるいは牛にしがみついて撤退した各個人にとって、異なる現実が存在していた。並べて見ると、こうした現実は、お互いに矛盾することが多い。”ノーランはこう付け加えている。“映画は、客観的現実を規定する個々人の主観的な経験の紛らわしい性格に、大いに基づいていると私は思う。それが私が制作した全ての映画全てを貫く糸だ。全てが個人的経験に関するもので、客観的現実と矛盾する可能性があるので、映画には無限の数の経験とお互いに矛盾するだろう物語りや、様々な形のコメントと思われるものに対する余裕を是非残すようにしている。”

言い換えれば、歴史を語ることは、それぞれ他の全てと矛盾する可能性がある個々の経験、あるいは物語の要約なのだ。それぞれ同様に妥当であり、たぶん、妥当でないのだ。特定時点では、誰一人として、自分が歴史を作っているとは知ることができず、政治的、歴史的に、一体自分が、どういう場に位置しているのかさえも知ることができない。特定のイデオロギーを押しつけることによって、“歴史”は後で形成されるのだ。客観的な歴史を書こうという取り組みは、実際その生活も感情も無視される“普通の人々”に対して意地悪い物となることが多い。もっとも深遠な手法は、個々の経験をできるだけ正確かつ誠実に描いた逸話による歴史なのだ。

“時間を超越する”手法は、必然的に、抽象的であいまいな人々や出来事を生み出す結果になっている。これは、ドラマの概して微温的で、退屈な性格の説明としても役にたつ。あらゆることが失敗し、観客が興味を失うかも知れないと監督が感じる場合には、少なくとも下級兵士における人間不信と暴力に彼は頼っている。一方、ケネス・ブラナー演じる、脱出時に“桟橋長”を務めるボルトン海軍中佐は、終始冷静で落ち着いており、映画の最後の瞬間に、残ったフランス軍兵士の出発を監督する自分の場に居続けると誓約する。

徹底的な月並みだ。当今の主観主義という映画の“革新的”特徴は、実際、極めて体制順応的で国粋主義的な見方と、ぬくぬくと共存している。彼らがあたかもエイリアンで、これがホラー映画であるかのように、ドイツ軍兵士を出さないという決定にさえ及んでいる。

要するに『ダンケルク』は、第二次世界大戦勃発に関して、それからほとんど何も学ぶことができない映画だ。人類が直面している最も深刻な脅威、第三次世界大戦が勃発しかねない途方もない世界的緊張の時期に、これが撮影され、上映されているのだ。これは知的に無責任と思えないだろうか?

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この映画、ネットでは絶賛記事だらけだが見てlいない。

米軍が最も恐れた男~その名はカメジロー』を見にゆく予定。

2017年8月22日 (火)

戦争の“狂気”が、ぼんやりとしかわからない『ハクソー・リッジ』

Joanne Laurier
2016年11月17日
wsws

『ハクソー・リッジ』

『ハクソー・リッジ』、監督:メル・ギブソン、脚本:アンドリュー・ナイト、ロバート・シェンカン;

メル・ギブソンの『ハクソー・リッジ』は、第二次世界大戦で、1945年の沖縄戦における勇気ある働きで名誉勲章を受章した最初で唯一の良心的兵役拒否者デズモンド・トーマス・ドスの物語だ。沖縄戦、82日間の戦争で、太平洋戦域最大の上陸作戦が行われた。結果的に、100,000人以上の日本軍兵士と、50,000人以上の連合軍兵士が亡くなった。

ドス (1919-2006)は、兵器を持たないという彼の権利を守って、軍幹部や同僚兵士たちと激烈な戦いをしたアメリカ陸軍伍長の衛生兵だ。彼は第77歩兵師団、第307歩兵隊、第1大隊ライフル部隊に配属された後、殴打され、投獄され、無数の報復を受ける。


『ハクソー・リッジ』のアンドリュー・ガーフィールド

『ハクソー・リッジ』は、ほぼ別の二つの映画で構成されている。ギブソンによる、’s initial presentation of デズモンド・ドス (アンドリュー・ガーフィールド) is measured、倫理的に、殺人には反対するが、戦争遂行は支援したい人物に対する共感さえ示している。ドスの物語と並ならぬ状況を説明する部分は、総じて良くできている。だが、映画の戦場場面は、度を超して暴力的で、グロテスクで、膨大な量の血や、内臓や、餌にありつくネズミに満ちており、サド-ポルノ風の趣で構成されている。この挑発的なほど残虐な場面で、観客は忍耐力を試される。

冒頭の短い戦闘場面の後、映画は1929年、ブルー・リッジ山脈のバージニア州、リンチバーグにあるドスの極貧家庭へと戻る。デズモンドの父親、トム・ドス(ヒューゴ・ウィービング)は、どうやら第一次世界時の戦闘のトラウマにさいなまれており、酒に逃避せずにはいられない。彼は良く三人の親友の墓参りをする。トムは今や、妻のバーサ(レイチェル・グリフィス)と息子二人を虐待する冷酷な失意の人だ。

デズモンドは子供時代、野山を駆け回っていた。彼の身体能力は、後に軍務において、重要な役割を果たすこととなる。彼はセブンスデー・アドベンティスト信者でもあり、『十戒』、特に“汝、殺すことなかれ”を深く信じている。デズモンドの非暴力主義は、ばか騒ぎをしていて、すんでのところで兄を殺しそうになり、父親が銃で母親を威嚇するのを見た後、更に深まる。

南カリフォルニア、フォート・ジャクソンでの基礎訓練に出発する前に、ドスは恋人のドロシー(テリーサ・パーマー)に、休暇で帰国した時に結婚して欲しいと頼む。

ブート・キャンプでは、訓練のあらゆる運動能力で秀でているデズモンドは、銃に触れることを断固として拒否する。彼がハウエル軍曹(ビンス・ボーン)とグローバー大尉(サム・ワーシントン)の指揮下に入ると、二人は彼を叱りつけ、同僚の兵士たちから、彼が酷く殴られるのを見て見ぬふりをし、屈辱的で、極めて不快な役務を彼に強い、彼を投獄し、彼が軍隊から追放されることになるはずの裁判にかける。ところが重大な局面で、デズモンドが武器を持つのを拒否するのは憲法で守られた権利であることを証明する彼の元部隊長からの手紙を持って、父親が法廷に押し入る。映画のこの部分は、ある程度の技量と感覚で作られている。

“『ハクソー・リッジ(弓鋸尾根)』と称される前田高地の急峻な断崖”を、敵日本軍と対決すべく、アメリカ軍兵士がよじのぼらなければならなかった1945年の沖縄戦を再現するにあたって、ギブソンは過熱状態となる。ほとんど見るに耐えない大虐殺の中、デズモンドは、i宗教的な動機の熱狂で(“神よ、もう一人助けさせたまえ”)、部隊撤収時、見込みがないと置き去りにされた、75人のぼろぼろになったアメリカ軍兵士を救出する。“臆病な”良心的兵役拒否者による英雄的行為がアメリカ軍小隊の元気を回復させる。


『ハクソー・リッジ』

『ハクソー・リッジ』の後記に、2006年に、87歳で亡くなったデズモンド・ドス本人と、彼が救出した数人の人々のビデオがある。

ギブソンは才能ある俳優で、時に監督として、ある種の才能を見せることがある。残念なことに、彼はかなり素朴な物の見方の持ち主のようだ。残忍で無茶苦茶な野蛮人に過ぎないような日本人描写で、彼の後進性と粗野さが大いに発揮される。こうして彼は、二度目の帝国主義戦争に関する、民主主義と野蛮との間の“良い戦争”という公式説明を無批判に受け入れ、そのまま伝えているのだ。

おそらく暴力の恐怖に襲われながらも魅了され、ギブソンは心を奪われたようで、人間の残虐さを、いかなる社会的、歴史的文脈の中にも、描けずにいる。彼は、監督としての仕事を、ほぼ終始、救い難いほど理解できずにいる。

暴力の信じがたい程の描写が、彼が出会う困難な社会的、心理的問題のお気に入りの解決策のようだ。結果的に、『ブレーブ・ハート』、『パッション』、『アポカリプト』などの映画は、致命的かつ、どうしようもないほど失敗している。

以下、中略

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『ハクソー・リッジ』と『メッセージ』についての評論記事の、『ハクソー・リッジ』部分のみ翻訳したもの。『メッセージ』部分は勝手ながら割愛させていただく。

昼の大本営広報部洗脳番組、例のごとく、見るに耐えない。

昨日のIWJ岩上氏による村上誠一郎議員インタビューとは、月とスッポン。

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<昨日の岩上安身によるインタビュー報告>「安倍さんは武士(もののふ)として自ら進退を決めるべきだ」~「ミスター自民党」がアベ政治をぶった斬る!村上誠一郎議員に岩上安身が訊く!
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 おはようございます。テキスト班の原佑介です。

 昨日は岩上さんが「ミスター自民党」を自認する村上誠一郎議員にインタビューしました。

 村上議員は、秘密保護法や新安保法制、共謀罪法案など、安倍政権が暴走するたびに、ひとり大声で異論を唱え続けてきたことで知られ、安倍一強が続く自民党内にあって、まさに「異色の存在」です(逆に言えば、異論を唱えるだけで「異色の存在」になってしまうほど、今の自民党は「イエスマン」だらけで、それはそれでとても危機的状況だと言えますが…)。

 「安倍政権は、財政、金融、社会保障を立て直すことを真っ先にやらなければならないのに、憲法改正や安全保障関連法、『共謀罪』法などを優先させている。財政、金融、経済政策などが後手に回っている」と考えた村上議員は、今年5月、「脱アベノミクス」を考える勉強会を発足させました。

 会の正式名称は「財政・金融・社会保障制度に関する勉強会」で、会長には消費増税の延期をめぐり、安倍総理と対立した野田毅(たけし)・前自民党税制調査会長が就任。村上議員も野田議員も「一匹狼」タイプの議員ですが、初回の勉強会にはなんと、60人もの自民党議員が参加。安倍政権への不満が自民党内に充満しているということを如実に表わしていました。

 勉強会の講師に招かれた元日本銀行理事の早川英男氏は、日銀のマイナス金利政策を「限界に来ている」と批判。「13年4月の金融緩和は、米軍に対する奇襲に成功した真珠湾攻撃、14年10月の追加緩和は日本軍が敗北したミッドウェー海戦のように思えてならない」などと、語っています。

 自民党内で、これほどまともな勉強会が開かれ、多くの議員が参集していたなど、あまり想像がつきませんが、実際には、まともな議員も息を殺すようにして潜んでいるのかもしれません。

・かすむアベノミクス 企業業績好調 なぜ賃金はそれほどでも…(毎日新聞、2017年7月28日)

https://mainichi.jp/articles/20170728/dde/012/010/009000c

 昨日のインタビューで村上議員は、安倍内閣の支持率急落っぷりについて、「政策面含めて180度転換する時期ではないでしょうか。安倍さんの財政、金融、外交、ほとんどが行き詰まっている」と断言。「社会保障の医療・介護は次世代の『ツケ』でやっているので、次の世代が萎縮してしまっていて、消費に向かわない」と述べるなど、繰り返し「次世代」への懸念を示されました。

 さらに、「まだ借金がいくらでもできるという人がいる。明治時代は、日露戦争でお金がないときで、名目GDPの60%の借金を抱えた。第二次世界大戦はGDPの200%の借金がありました。今は、戦争もしていないのに230%の借金がある。財政がこんな状況だというのに、憲法改正の話をしている場合ではない」と訴え、「大局的な政治判断が必要なのに、ほとんどの国会議員が関心を持っていない。もはやアベノミクスは『ナニモナイミクス』だ」と喝破しました。

 愛媛県今治市を地元とする村上議員には、当然、加計学園問題についてもお話をうかがい、加計学園誘致に奔走した加戸守行(かともりゆき)元愛媛県知事に「(獣医学部新設は)無理です」と何度も伝えていたことなど、「当事者」のひとりとして具体的なお話をお聞きしました。

 インタビューでは、四国に配備されたPAC3がミサイル防衛に役立たないこと、そして稲田朋美・前防衛相が辞任するキッカケとなった、陸自PKO部隊の「日報隠蔽問題」に関連し、官邸による「隠蔽指示」があった可能性が高いことなどについてもお話いただいています。「安倍さんは武士(もののふ)として自ら進退を決めるべきだ」と突きつけた村上議員のインタビュー、本日中に下記URLでアップする予定ですので、お見逃しになった方はぜひアーカイブで御覧ください!

※「安倍さんは武士(もののふ)として自ら進退を決めるべきだ」~ミスター自民党がアベ政治をぶった斬る!「こんな財政状況で改憲の話している場合ではない」村上誠一郎議員に岩上安身が訊く!

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/395998

 では、本日もIWJをよろしくお願いいたします!

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