インド

2018年11月16日 (金)

BRICSの将来はたなざらし?

2018年11月10日
Peter Koenig

 今やファシストと化したブラジルが抜けたのは明らかで、残るはRICSだ。議論すべきことはほとんどない。世界で五番目に大きな経済のブラジルは、BRICSの概念と世界全体を失望させ、裏切ったのだ。南アフリカをBRICSの妥当なメンバーと見なせるかどうかも疑わしい。南アフリカの多くの社会的不公正は、アパルトヘイトが終わって以来、実際悪化した。アパルトヘイト終焉は単なる政治的、法的行為に過ぎなかった。

 南アフリカにおける権力と富の配分は、実際変わっていない。逆に、悪化した。全ての土地の80%は、いまだに白人農民の手中にある。シリル・ラマポーザ大統領は、白人農民の土地を補償無しで没収し、それをこの農園をどう運用するか準備皆無の黒人農民に再分配して、これを劇的に変えたがっていた。それは全く不公平で、南アフリカに最もあってはならない内部抗争を引き起こすだけでなく、農業と農業生産が劇的に衰退する可能性が高く、農産品の輸出国になり得るはずの南アフリカが純輸入国となり、南アフリカ経済にとって大打撃となるので、極めて非効率だ。

 黒人アフリカ人社会に土地を再配布するという原則は良い。しかし、力によってではなく、補償無しの没収によってではなく、平和的な引き渡しをもたらすための、アフリカ人農民向けの念入りな訓練計画抜きではなくだ。こうしたこと全ては時間がかかり、簡単には実現できない。

 南アフリカへの最近の出張で、黒人居住区ソウェトの女性を含む何人かの黒人と話したが、アパルトヘイト時代の暮らしの方が楽だったと言った。

 これは科学的統計ではないが、彼らを残忍に差別し、搾取し、強姦した体制が、現在の体制よりも良かったと、何人かの黒人があえて言った事実は重い。南アフリカの民主主義の生成にとって、悲しい証拠だ。

 そこで、今やRIC - ロシア、インドと中国に減ったと言えよう。

 インドは、平等と団結を目標に掲げるクラブに所属するに値するだろうか?

 それについて書かれることがほとんどないカースト制度は、何とも身の毛もよだつような差別の仕組みだ。それを廃止するいかなる取り組みも行われていない。その逆だ。インド人エリートはカーストを好んでいる。それで安い労働力が得られるのだ。より上層のカーストに完全に従うこれは実際は合法化された奴隷制度だ。これは文化だと彼らは言う。そのような不公平が伝統原理だということで許されるだろうか? 決してそうではない。少数の上流階級のためにしかならないこの“文化的伝統”は特に、思いやり皆無で、平等で公平な競争の場に転換する大望も皆無だ。それだけでもBRICS諸原則に値しない。

 インドの“BRICS存続可能性”を考える上で重要だと私が考えるもう一つの点は、アメリカを喜ばせることと、東方、ロシアと中国への傾斜の間を、ナランドラ・モディ首相が、絶えず風の中の葦のように揺れている事実だ。これは確実に、何か高貴な人間的、社会的正義の基準を守ろうとしている、ロシアと中国のような東の国の集団と連帯する堅実なメンバーになれる国の印ではない。ところがまさに、そういうことが起きたのだ。インドが上海協力機構(SCO)に忍び込んだのだ。

 ところが2018年9月6日、アメリカとインドは画期的な安全保障条約調印したとフィナンシャル・タイムズが報じた。FTによれば、この新盟約は“両国間 [アメリカとインド]関係を強化し、 [サウジアラビアは含めずに]世界首位の兵器輸入国(つまりインド)への何十億ドルものアメリカ・ハイテク兵器輸出を可能にする。ワシントンは、インドを、中国の勃興に対抗するための新インド-太平洋戦略における急所と見なしているが、より緊密な協力に向け、何カ月も圧力をかけていた。ワシントンは、デリーのより多くの合同軍事演習への参加、地域の海上安全保障における役割強化と、兵器購入拡大を望んでいる”

 ニュー・デリー訪問中“インドの勃興を我々は全面的に支持する”とアメリカのマイク・ポンペオ国務長官は述べた。FTはこう続けている。“木曜日、両国は、インドに合わせた安全保障条約である「通信互換性保護協定」Comcasaに調印し、ジム・マティス国防長官は、両国は今や“機微な技術”を共有できることになったと述べた。こうしたことは、BRICSにも、インドが最近加盟国となった上海協力機構SCOにも、幸先はよくない。

 BRICSには、いわゆる開発銀行“新開発銀行” (NDB)もあるが、主として内部抗争のせいで、これまでのところほとんど機能しないままだ、。

 そこで、更に、2016年11月8日に、USAIDの助言に従って、インドの最も辺鄙な地域で廃貨すると決めたインドのナレンドラ・モディ首相によって、世紀の犯罪が行われた。その社会のほぼ60パーセントが銀行を使えないのだから、これはワシントンの名による“金銭的大虐殺”実行にほかならない。全ての500 (7ドルに相当)と1,000ルピー紙幣 - 流通している全てのお金の約85%が - 2016年12月31日までに交換するか、銀行か郵便局の口座に預けない限り無効だとモディは残酷にも宣言した。この日以降、交換されなかった全ての‘旧’紙幣は無効だ。インドでは98%以上の全ての金融取り引きは現金で行われている。

 大半は農村地域で何万人ものインド人が飢餓か自殺で亡くなった。正確な人数は誰も知らない。農村の多くのインド人は銀行に行くことができず、手持ちの旧紙幣を新紙幣に交換できないため、自分の家族を維持できないという道徳上の重荷に耐えられなかったのだ。これは世界的な廃貨に向けて、アメリカが推進している取り組みだ。人口13億人の国インドは、たとえばスカンジナビア諸国やスイスなど裕福な欧米諸国において既に大いに進んでいる廃貨、というより貨幣デジタル化の貧しい国としての実験台なのだ。悪名高いUSAIDを通して伝えられたアメリカの命令に従って、モディは明らかに国民を裏切ったのだ。

 厳密に精査すると、BRICSは、2009年6月16日、ロシアのエカテリンブルクでの第一回サミットで同意し、その下で認証され、公式のものとなり、2010年12月に南アフリカが加わった四カ国のクラブ、BRICSとなったものからは失格だ。

 現時点ではロシアと中国しか残っていない。RとCが、BRICSの存続能力あるパートナーとして残っている。両国は上海協力機構SCO創設者でもある。

 ワシントンは、またもや古い昔からの公理による分割に成功した。‘分割して統治せよ。’BRICSの概念は欧米アングロ-サクソンが率いる世界秩序にとって、本物の脅威だった。もはや違う。むしろ、BRICSの概念と構造は見直され、練り直されるべきだ。そうなるだろうか? 現実には徹底的に分裂させられ、内部のイデオロギー対立だらけけで、かつて彼らが固く約束した団結という高貴な目標のどれ一つ忠実に守れていないのに、一体いつまで、あと何回、BRICSは仰々しいサミット会議を開催し、欧米世界覇権に対する新しい地平としての確固とした同盟を公式に宣言できるのだろう?

 Peter Koenigは、経済学者で、地政学専門家。彼は30年以上、世界銀行で働いた後、直接の体験に基づいて「Implosion」という経済スリラー小説を書いた。本記事は“New Eastern Outlook”独占。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2018/11/10/brics-a-future-in-limbo/

----------

 大本営広報部の北方領土問題呆導、さっぱりわけがわからない。とんでもないTPPを素晴らしいといい、水道民営化も、憲法破壊、国民投票での無制限コマーシャルも放置している集団がまともなことを言うとはどうしても思えない。まして、ウソしかいわない売国奴の言説は検討にあたいしない。そこで、相手側についての、今日の孫崎享氏メルマガ題名が気になる。ポール・クレイグ・ロバーツ氏も、年金改悪は支持率低下を招くと指摘しておられた。

日ロ領土問題 プーチン大統領の支持率は低下。この中、プーチンは歯舞色丹を日本に返す力があるか。年金制度改革(受給年齢を60歳から65才)が影響。10月の世論調査ではプーチンを信頼できる政治家とする者は39%。

2018年11月10日 (土)

習主席についでモディ首相と会談した安倍首相:アジア新‘協力圏’?

F. William Engdahl
2018年11月5日
New Eastern Outlook

 トランプ政権による中国と日本両国に対する貿易戦争の最も重要な結果の一つは、最近の北京における日本の安倍晋三首相と、中国の習近平主席との外交・経済会談だ。東シナ海の係争中の島嶼を巡り、関係が冷却して7年で初めての、日本首相によるそのような会談だっただけではない。アジア最大の経済圏で、新たな政治・経済戦略が始まるかもしれないことを示してもいる。北京を発った数時間後、東京で、安倍首相はインドのナレンドラ・モディ首相をもてなした。これは、新たな多極世界での新たな側面の前兆なのだろうか、それとも単に安倍首相の抜け目のない政治なのだろうか?

 北京での会談を、単なるシャッター・チャンスと見なしているわけではないことを示して、安倍首相は日本企業幹部約1,000人の財界代表団を帯同した。李克強首相が、会談中に、180億ドルの商談がまとまったとを発表した。両国は将来の通貨危機に備え、290億ドルの通貨スワップ再会にも合意した。両指導者は、将来、緊張状態になった場合に、通信するためのホットライン設置にも合意した。安倍首相が習主席を2019年の日本訪問に招待したのも大きな一歩だ。

 中国通貨の信頼性への極めて大きな後押しとなる、日本の外貨準備への中国人民元組み込みに日本が同意したことは、マスコミではさほど報じられていない。中国は、日本銀行による中国政府国債への直接を認めるだろう。

 中国でも日本でも、マスコミ報道で触れられていなかったのは、安倍総理から習主席に伝えられた天皇の歴史的な申し出だ。日本の情報筋によれば、1930年代の日本による中国侵略を、中国人に正式謝罪するため、明仁天皇が来年4月の退位前に中国訪問を希望していることを安倍首相は伝えた。同時に、天皇は習主席を日本訪問招待した。報道によれば、習主席は天皇の中国訪問決定とは関係無く招待を受けた。天皇のこうした動きを、北京と中国は、象徴にとどまらないものとして受け止めている。

 最近、マレーシアやパキスタンや他のパートナーから批判されている、中国の野心的な一帯一路構想インフラ・プロジェクトへの参加を日本が再考するよう、李首相が正式に促したのは注目に値する。アメリカと中国に次ぐ、世界三番目の産業経済である日本と積極的に協力する姿勢を示すことで、中国は他国の参加を促進することを狙っているのだ。最近まで発展が遅れていた国が、これほど多くの国々や文化にわたって、BRIで一連の多国間プロジェクトを進める中国のような国は歴史上存在していない。“借金漬け外交”や、現地事情に十分配慮しないという非難は、BRI、経済シルク・ロードに対するワシントンとEUの批判派が、大はしゃぎで、中国を攻撃する機会になっている。少なくとも日本との交渉から判断して、北京はその過ちかは、素早く学んでいるのは明らかだ。

 交渉時に、安倍首相が使ったキャッチフレーズは“競争から協調へ”だ。習主席は“二国間関係は元の鞘に戻り、前向きな動きが本格化している”と述べた。安倍は北京に第三国のインフラ投資での協力を依頼したが、タイやインドや他の国々で、インフラ契約のため激しく競争することが多かった両国にとって、これは大きな前進となり得る。更に、安倍首相と李首相は、最先端技術と知的財産権に関する“イノベーション対話”を始めることにも同意した。アジアの二大経済大国が多数のBRIプロジェクトへの参加に合意する中、一帯一路構想に日本が積極的に協力するよう李首相が安倍首相に依頼した。両国は、朝鮮半島の非核化を進める共通の願いも表明した。

 地政学的転換 - 日本・インド・ロシア

 安倍首相による、数カ月にわたり入念に準備されていたこの動きは、1945年後時代で、日本にとって注目すべき点だ。ズビグニュー・ブレジンスキーが言った通り、ワシントンで、日本はアメリカの単なる属国と見なされていた。1985年、ドル危機がワシントンを脅かすと、アメリカのジェイムズ・ベイカー財務長官は、アメリカ・ドルを円に対して切り下げるプラザ合意に同意するよう日本に無理強いした。二年以内に、ドルは50%以上も下落し、伝説的な日本の資産バブルが始まった。1990年バブル崩壊の影響は今も日本を悩ませている。日本は今に至るまで、忠実にアメリカ財務省証券を買い続け、中国とロシア両国を狙う挑発的なアメリカTHAADミサイル防衛システム配備に合意した 。

 アメリカ・ミサイル防衛兵器の日本国内配備に同意して、わずか数カ月前まで北京を怒らせていた日本が、北京との明らかな和解に至った動きには大きな可能性がある。両国とも非核化のさなか、二つの朝鮮間で、経済的、政治的つながりを回復する動きの出現に大きな関心を寄せている。1990年代末、筆者と話し合う中で、ある元アメリカ北京大使が言ったように、冷戦終了以来 北朝鮮に対してのみならず、中国に対しても、更に可能性としては日本に対しても、アメリカ海軍艦隊を日本海で維持するための口実となるよう、アメリカは朝鮮半島の状況を操り、再三危機を起こしてきた。

 北京帰国から、ほぼ数時間のうちに、安倍首相は東京でインドのナレンドラ・モディ首相と会談した。両者は国防大臣と外務大臣レベルで定期的対話を開始することに合意した。更に両国は、中国とBRIが活発な国々であるバングラデシュやミャンマーやスリランカでのインフラ・プロジェクトでも協力する。これは中国-日本の新たな“競合ではなく協調”宣言の極めて重要な試験となる可能性がある。もし日本とインドが、中国や関係諸国を建設的協力対話に含めれば、それが固定された“中国製”青写真ではなく、関係する全ての当事者が交渉できるダイナミックな骨子であることを浮き彫りににして、一帯一路構想を大きく後押しすることになる。

 中国との合意同様、日本はインド中央銀行とも二国間通貨スワップ協定を締結したが、こちらは750億ドルだ。将来の新たな金融上の暴風や、アメリカによる関税や経済制裁のリスクを、日本は明らかに予期しているのだ。ムンバイ-アフマダーバード間新幹線プロジェクトの80%を、0.1パーセント金利、支払い猶予期間15年間、50年以上の長期低利貸し付けで、日本は既に資金提供している。両国は朝鮮半島の非核化外交を支援することにも合意した。

 わずか数日前の安倍首相と習主席の友好的会談を考えれば、モディとの会談の明らかな狙いは、アジア全体にとって、確実に、より効果的な発展ができるような形で、二つの経済大国-中国とインド-と日本が深く関わり合うのを保障するためだ。ワシントンには歓迎されざるものであるのは明白だが。

 中国とインドとの協力を深めるのと同時に、日本は、もう一つの極東の大国で、この巨大な国との東部を経済発展に開放するのに熱心な国ロシアとの関係を深めつつある。日本は、既存のシベリア横断鉄道と、フェリー航路を利用して、貨物回廊として、ロシアと中国と日本と韓国を結ぶ物流試験を実施すると発表したばかりだ。フェリー航路で、中国の吉林省を、ロシアのウラジオストック、韓国の東海と日本の境港と結びつける。これは日本-ロシア貿易を大きく押し上げる可能性があり、ロシアの広大な大地に9297キロメートルにわたって伸びる現在のシベリア横断鉄道で進行中の改良への支援になる。これで現在の62日の航路を劇的に短縮し、運送費を推計40%削減できる可能性がある。

 こうした構想全てが、ワシントンの干渉無しで、彼ら自身に任された場合の、アジア大国や諸国の間における建設的関与の大きな可能性を示唆している。だがワシントンの物の見方は、石器時代の代物である“力は正義なり”、世界に冠たるワシントンであり続けている。退任までアメリカ合州国欧州陸軍(USAREUR)司令官だったベン・ホッジス退役中将が、昨年ワルシャワ安全保障フォーラムで最近講演し、こう述べた。“15年以内に - 必然的ではないが - 中国と戦争をする可能性が非常に高い。”彼は詳しくは語らなかった。2018年1月、国防省は、国防省新国家防衛戦略を公表した。中国とロシアをアメリカが今後直面する最大の潜在的脅威だとして挙げた。この情勢の2014年以来の劇的変化が、一体どうして起きたかは、NATOが支配する欧米主要マスコミに我々が再三聞かされ続けているものとは全く無関係だ。たとえ戦争が必要であろうとも唯一の超大国としてのワシントンの将来に関係しているのだ。これはかなり粗野で、結局のところ、実に愚かだ。未曾有のアジア成長構想に、多くの国の一つとして加わり、アメリカが再び偉大な経済大国として回復するという考えはどうだろう? 次のいまいましい戦争よりは良いだろう?

 F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書。オンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2018/11/05/abe-meets-xi-then-modi-a-new-asia-cooperation-sphere/

----------

 大統領記者会見でのCNNジム・アコスタ記者と大統領とのやりとり、どの呆送局も延々流す大本営広報部。東京新聞の望月記者と菅官房長官のやりとりを同じだけの時間をかけて、正面から扱っただろうか?扱っているだろうか?

 筆者の言うような、器用な二股外交、一体可能なのだろうか?

 近刊『知ってはいけない 2 日本の主権はこうして失われた』の著者、矢部宏治氏による記事、えっ!? いまのままでは日本が世界平和に「貢献できない」ワケ は重い。二股外交、極めて困難に思えてくる。

 町の書店では、洗脳「日本スゴイ」本が山積みだが、最近、大型書店で『日本が売られる』が平積みになっているのに驚いた。 ,むき出しの売国政治を暴く本書、ベストセラーになって欲しいもの。手にとれば、バカエティ番組など見ている暇などなくなるはず。今国会で議論されている外国人労働者受け入れについては、「日本人の仕事が売られる」という見出しの章で、いよいよ本命「移民50万人」解禁だという小見出しで、158ページで触れられている。これは、「老後が売られる」という介護問題とも、つながってる。そして、今国会では、まだ、大きく議論されていない重要な水道民営化については「水が売られる」という最初の章で、触れられている。最近、発効について報じられたアメリカ抜きのTPPについても、もちろん触れられている。「牛乳が売られる」は、美味しいチーズが安くなるという大本営広報部の洗脳キャンペーンを粉砕する。「ギャンブルが売られる」では、外国人ではなく、日本人を標的にした宗主国カジノの話題。どの章も、庶民生活に直結する重要な問題ばかり。ベストセラーにならないことの方が不思議に思える。

 今日の日刊ゲンダイにも重要記事がある。ブレーキ役の環境省が…ゲノム編集作物を野放しにする理由

日刊IWJガイドの見出しにはびっくり。放置国家に暮らしているのを痛感させられる。

はじめに~ まさか、まさかの不当判決!! 自称ジャーナリストの櫻井よしこ氏に誹謗中傷されてきた元朝日新聞記者の植村隆氏が、櫻井氏らを名誉毀損で訴えた裁判で、札幌地裁は櫻井氏がまともな取材や事実の裏づけを行わず、デマを拡散していた事実を認定しながら、原告の請求を棄却!「正義が法廷で実現されていない!」しかも報告集会と、過去の植村氏インタビュー再配信のツイッターでの実況アカウント3つが、不当に凍結される「事件」も!! /本日午後2時30分より、岩上さんが植村隆氏と札幌訴訟弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士にインタビューを行います! 緊急性と公共性に鑑みフルオープンで配信します! もちろん別アカウントで実況します!

また、

IWJは玉城知事の訪米に記者を一人派遣、同行取材を行います! どうかご支援ください!

ともある。日本外国特派員協会での知事会見を拝見すれば、訪米時の様子を知りたくなる。

田中龍作ジャーナル デニー知事訪米 「アメリカの皆さんに直に訴えたい」

2017年8月16日 (水)

ナレンドラ・モディはくら替えしたのか?

2017年8月11日
F. William Engdahl

世界でも潜在的な主要大国の一つインドという国が、組織的に自己破壊するさまを見るのは何ともつらいことだ。インドとブータン王国と接する中国のチベット自治区国境、ヒマラヤ高原の人里離れた土地を巡る中国との新たな戦争挑発は、最新の例に過ぎない。ここで思い浮かぶのは、一体誰が、あるいは一体何がナレンドラ・モディ首相指揮下のインド外交・国内政策の背後にある総合構想なのかという疑問だ。モディはくら替えしたのだろうか? もし、そうであれば誰に?

ユーラシアの調和?

わずか一年前には、穏やかではないにせよ、中国、更には、慎重にパキスタンまで含むモディのアジア近隣諸国との平和な進展に向かっているように見えていた。

昨年インドは、パキスタンと共に、中国がロシアと共に創設メンバーで、益々重要になりつつある上海協力機構の正式メンバーとして受け入れられ、1947年に、マウントバッテン総督が将来の発火点として、陰険にもカシミールを含むいくつかの未解決の紛争地域残したまま、イギリスが、インドを、イスラム教徒が多数派のパキスタンと、ヒンズー教徒が多数派のインドに分離して生み出され、くすぶり続けている国境の緊張も、共通のSCOの枠組みで、平和的解決が可能になるだろうという希望が高まった。

インドは、中国とともに、インド人が総裁をつとめるBRICS新開発銀行を上海に設立したばかりのBRICSメンバーでもある。インドは、中国を本拠とするアジア・インフラ投資銀行AIIB加盟国でもある。モディが、中国の一帯一路の5月14日北京会議へのインド出席拒否を発表するまでは、インドも巨大なユーラシア・インフラ・プロジェクトの参加国だった。

OBORボイコット、日本の‘自由回廊’

物事は何と素早く変わるのだろう。中国OBORの一環として、パキスタンが占領しているカシミールを通過する620億ドルの中国とパキスタン間の道路、鉄道と港湾インフラ開発、中国-パキスタン経済回廊CPECへの中国による投資をあげ、モディは5月14日の中国OBOR会議参加拒否を発表した。

インドは、そこで驚くほどの慌ただしさで、グジャラトで開催中のアフリカ開発銀行会議で、日本の安倍晋三首相との共同プロジェクト、アジア-アフリカ成長回廊(AAGC)構想文書を明らかにした。インド-日本AAGC文書は、中国のOBORに対抗すべく、インドと日本により提示されている、日本の資金を使い、インドがアフリカでその存在感を確立する、いわゆるインド-太平洋自由回廊の明らかな一環だ。

安倍の下で、日本は東シナ海の釣魚台列嶼、日本で尖閣諸島と呼ばれるものを巡る紛争を含め、益々攻撃的な反中国政策を進めている。日本は、アメリカ・ミサイル防衛システム設置も決めており、安倍の下で、アジアにおけるアメリカ軍の最強同盟国と見なされている。今年2月に安倍がトランプと会った際、アメリカ大統領はアメリカ-日本安全保障条約の条項を再確認し、条約が、東シナ海の尖閣、あるいは中国では釣魚台と呼ばれる紛争になっている無人諸島にも適用されることを明らかにした。

ワシントンとテルアビブでのモディ

数週間後の6月27日、インドのモディ首相は、ワシントンで、アメリカ大統領と会談した。その前日、うまい具合に、アメリカ国務省は、パキスタンに本拠を置く、カシミール渓谷の過激派、ヒズブ・ウル・ムジャヒディンのカシミール人指導者、モハンマド・ユスフ・シャーを特別指定世界的テロリスト(SDGT)に指定したと発表した。何よりも、この指定で、アメリカによるパキスタン経済制裁が可能になるのだ。

モディ-トランプ会談の結果、アメリカは、インドに、22機のガーディアン無人機、いわゆるゲーム・チェンジャーを、30億ドルで売ることに同意した。他の項目には軍事協力強化や、アメリカ・シェール・ガスLNG購入するというインドの合意もある。モディはワシントンでの交渉に大いに気を良くしたようで、彼は大統領の娘イヴァンカ・トランプを、今年末インドで開催されるグローバル起業サミット(GES)のアメリカ代表団団長として招いた。

ワシントンでの明らかな政治的成功に対する賛辞を受ける中、インドのモディ首相はイスラエルに飛び、7月7日、イスラエルでのインド政府トップとイスラエル首相との未曾有の会談を行った。モディとベンヤミン・ネタニヤフとの会談を、インド外交政策の大転換として、インド・マスコミは賞賛した。

話はここで断然興味深くなる。イスラエル諜報機関モサドのインド内の事務所と、RAWと呼ばれるインド版CIAとの間には、1950年代にまでさかのぼる秘密の協力があるのだ。2008年、イスラエル駐インド大使、マーク・ソファーが、イスラエル諜報機関が、1999年のインドとパキスタンの“カルギル戦争”の際、インド軍に極めて重要な衛星画像を提供し、インドが、ジャンムーとカシミール州のカルギル地方にある駐屯地を占拠していたパキスタン軍陣地を正確に爆撃するのを可能にしたと暴露した。

アジット・ドバルの不審な役割

7月のモディのテルアビブ訪問は何ヶ月もかけて準備されたものだ。既に2月末には、訪問の詳細を話し合う為、モディは、国家安全保障顧問アジット・ドバルをテルアビブに派遣していた。そこでドバルは、モサドのトップ、ヨセフ・コーヘンと会い、何よりも、アフガニスタン-パキスタン国境に近いアフガニスタン内の他の州の中国とパキスタンによるタリバン支援とされるものについて話し合った。

ドバルは決して軟弱ではない。彼が‘防御’から‘防御的攻勢’へと呼ぶ、パキスタンに関するインド安全保障政策の最近の転換、インドのドバル・ドクトリンと呼ばれるものは彼のたまものだとされている。彼は2016年9月のインドによる対パキスタン局部攻撃と、カシミールにおけるインド寄り過激派の勃興の黒幕だとされている。あるインドのブログdescribes it、国家安全保障顧問に任命された後の、2014年と2015年の彼の演説で述べた本質的に中国とパキスタンを標的にした、ドバル・ドクトリンには、要素が三つある。“道徳とは無関係、計算や較正から自由な過激主義と、軍への依存だ”。明らかに、ドバルは外交的解決にはほとんど使い道はない。

6月、モディとワシントンとの間で、また7月始め、テルアビブとの間で、どのようなことが非公式に合意されたにせよ、中国とブータンとインドの間の微妙な国境地帯での中国建設チームに対し、インドが、無理やり干渉するため軍隊を送る決定をして、チベット高原でドクラム紛争が勃発したのはこの時期のことだ。

中国側は、元インド首相ジャワハルラル・ネール首相から中国の周恩来首相宛の1959年書簡を引用している。“1890年本協定が、シッキム州とチベット間の境界も明確にした。そして境界は後に、1895年に画定された。それゆえシッキム州とチベット地域の境界に関する争いは存在しない”と書簡にある。中国は、1890年の協定と、“双方はシッキム州の境界調整に合意した”とある1959年-60年の書簡に加えて、2006年5月10日の言及も引用している。中国は道路建設について、“善意の”として、インドに“通知した”とも公式に主張している。

現時点で、本当に重要な問題は、中国の主張が国際法の下で妥当なのか、妥当でないのかではない。中国とインドとの間の最近のドクラム紛争をとりまくあらゆることが、モディ政権と共謀して、巨大で発展しつつある中国の一帯一路インフラ・プロジェクトの進展を妨害するため、アメリカがけしかける次の代理戦争を醸成し、対立を利用するワシントンとテルアビブの闇の手を示唆している。

ドクラムを巡る紛争は、決して軍事面にまでのエスカレーションする必要はなかった。これはモディ政府による決定であり、モディの安全保障顧問で、インド諜報機関の元トップ、アジット・ドバルが関わった形跡はあきらかだ。

ナレンドラ・モディは、上海協力機構内の親善精神で、インド-パキスタンや、インド-中国国境紛争の平和的解決を本気で支持する側から、実際くら替えしたのだろうか、それとも彼は、2014年の首相としての任期の始めから、義務として、欺瞞的な、一種のイギリス-アメリカ-イスラエルのトロイの木馬として、中国のユーラシア新経済シルク・ロード推進を妨害するために送り込まれたのだろうか? 少なくとも筆者には、まだ答えはわからない。とは言え、インド軍と密接なつながりがある、信頼できるインドの情報筋が、最近の私的通信で、昨年11月、トランプ当選から間もなく、アメリカ諜報機関の上級顧問が、トランプ一派に、アメリカと中国間の戦争はないだろうが、インドと中国の間で、ヒマラヤ山脈で、戦争があるだろうと単刀直入に言ったと教えてくれた。それはドクラムが全く穏やかだった11月のことだった。

F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書で、これはオンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2017/08/11/has-narenda-modi-switched-sides/
----------
長州神社を参拝する連中、同じことを繰り返しますという決意表明。今年は話題の医者やら外人タレントまで登場。

大本営広報部昼の洗脳報道、北朝鮮によるミサイ発射一辺倒。こうした中国包囲網への日本の荷担には、もちろん決して触れない。

宗主国のため、存立危機状態をいう傀儡の問題にも一切触れない。確認のためだけとは言え、くだらないもののため電気と時間を使うことを毎回後悔している。

駅のキオスクで、タブロイド紙二紙の見出しを眺めるのが一種の日課。一紙は買おうかと思うことがあるが、もう一紙、買いたいと思う見出し、見たことがない。あれが売れること事態、民度の途方もない低劣さの証明。金を払って洗脳されたい心理がわからない。

2017年5月29日 (月)

良い気分になれる映画と、むなしい期待の新たな波を流布する欧米

Andre Vltchek
2017年5月27日
New Eastern Outlook

“南”の大ヒット映画を見ると、世界は実はそれほど絶望的な場所でないと信じ始める可能性が高い。現在の帝国主義者と超資本主義者による世界支配のもとで、事態は常に良くなると確信さえするかも知れない。インド亜大陸やアフリカのどこかの貧民街で暮らしているのであれば、一生懸命頑張れば、“自分を信じて、自分を愛すれば”、“自分の直感に耳を傾ければ”、あらゆることが最後はうまいところに落ち着く。あなたは認められ、報われ、成功という緑の丘を覆う素晴らしい新天地に持ち上げられるかも知れない。

熟考願いたい! というより… 全くお考えにならぬよう - 見て見ないふりをして頂きたい。

欧米の資金提供機関やプロパガンダ機構を喜ばせるためだけに、本や映画が常に生産されている。その過程を、私の最近の政治/革命小説“Aurora”で興味深く描いた。

アフガニスタン-アメリカ作家カーレド・ホッセイニの書いた『君のためなら千回でも』や、サルマン・ラシュディや、エリフ・シャファクのインドやトルコに関する、ほぼもっぱら欧米の読者が狙いで、作家たちの母国では軽蔑されていることが多いあらゆるベストセラーをお考え願いたい。

ラシュディやシャファクの作品は、少なくとも“文学”と見なせよう。だが今や欧米市場も主流マスコミも、、益々多くの貧しい国々の、単純で、美しい ‘前向きで’、多くの貧しい国々の現地の人々を実際には混乱させ、むなしい期待を抱かせる、より多くの‘良い気分にさせる’物語の駄本や映画を求めている。

『スラムドッグ$ミリオネア』をまだ覚えておられるだろうか? シナリオはどれだけ現実的だっただろう? そもそも、インド映画でさえなかった。『トレインスポッティング』も監督したダニー・ボイル監督の2008年のイギリス映画だった。ムンバイのジュフー・スラムが舞台だ。

2011年、映画が制作された同じムンバイのスラムで私も撮影した。多数の人々に、あの不潔で、絶望的な地域で、あのような‘成功談’がどれほどありうるのか聞いてみた。ジュフー・スラムの住民たちは、軽蔑的な身振りで映画まるごとを切って捨てた。貴重な言葉を無駄にする必要などないのだ。

益々、益々多くの絵画が制作されている! 良い気分になれる; 世界のことをとても気分良く感じられる! 映画館を出る際、涙を何滴か流そう。小声でこうつぶやこう。“あらゆることが可能だ。”体制に協力しよう。革命など忘れ、‘前向きに’考え (体制が国民にそう考えて欲しい方向で)、なにより、自分のことを考えよう!

(作品に『炎の二人』や『Water』などがある)インド人監督ミーラー・ナーイルが制作した 実際のウガンダ人チェスプレーヤーのフィオナ・ムテシに関する映画『Queen of Katwe カトウェの女王』は、本物の個人主義大作だ。実際、ウガンダかインドの映画をご覧になっていると思われたなら、完全に間違っている。アフリカ映画のように見えるが、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズが制作したアメリカ映画だ。しかも、実際“良い気分にさせる映画”として意図され、誇らしげに宣伝されている。

筋は単純で、予想通りのものだ。少女は、首都カンパラ郊外のアフリカでも最も過酷なスラムの一つ、カトウェで、徹底的な貧困の中で成長する。父親はAIDSで既に死んでおり、母親は家賃が払えず、姉は売春婦として、かつかつの生活をしている。わずか10歳のフィオナは退学を余儀なくされる。

彼女の人生は完全崩壊に近づきつつある。だがそこで突如奇跡が起きる! ハレルヤ!

フィオナは国が主催するチェス棋士養成計画に登録する。彼女は才能に恵まれていた。彼女はどんどん出世し、間もなくスーダンまで飛行機旅行し、数カ月後にはロシアにまで旅する。

これは‘実話’だとされている。確かに、ウガンダのスラムで育った貧しい少女がいた。彼女は決して頂点には至らず、決して金メダルを勝ち取ってはいないが、彼女は才能があった。映画では、彼女はトーナメントで勝利し、大量の賞金を獲得し、一家のために大邸宅を購入する(まるで宮殿のようだ)。

これが、この映画を見た貧しい幼い少女が狙うべきことなのだろうか? そのような夢は現実的だろうか、それともこれは全くの妄想なのだろうか?

悪事をあばくドキュメンタリー『ルワンダ・ギャンビット』のため、私もカトウェで撮影した。子供だった頃、私はいくつかトーナメントや競技に参加し、才能のあるチェス棋士として通っていた。映画『Queen of Katwe カトウェの女王』は、どこか変だ。チェス・チャンピォンになるには、単なる幸運と熱意以上のものが必要だ。コンサートピアニスト同様、チェス棋士が一定のレベルで戦えるようになるには、文字通り自分を殺す長年の厳しい訓練が必要だ。

私の子供時代、科学者だった父親は、私をチャンピォンにしようと夢中だった。率直に言って、長年一生懸命やったとは言え、私はさほど興味はなかった。いくつかメダルを取ったが、それ以上は伸びなかった。飢えて、ほとんど屋根もない家で暮らすフィオナが、わずか数カ月ののんびりしたコーチを受けただけでチェス名人になれただろうか?

そうなっていたら良かったと思う。だがウガンダを知り、スラムを知り、彼らの現実がいかに過酷か十分知り、もちろんチェスも知っている私は、そうはゆくまいと思う。

一体だれがこうした映画の恩恵をえるのだろう? 最も貧しい人々ではないのは確実だし、インド人やアフリカ人ではないのも確実だ!

恩恵を受けるのは、欧米や植民地で現状を維持しようとつとめている連中のように思える。連中は現地の人々に悟って欲しくないのだ。希望などほとんど残されておらず、根本的変革、唯一革命だけが、収奪されている彼らの国で、物事を逆転し良くすることができることを。

革命というのは‘共同参加の’出来事だ。決して個人が突然進歩したり‘救助されたり’‘救われたり’というものではない。ある個人や、ある家族が‘成功する’話ではない。それは国民全員が、その権利のため、進歩のために戦うことであり、全員のための社会的公正の問題なのだ。

ちょっとした‘成功談’は実際むなしい期待を抱かせて、共同社会を分裂させる。

親欧米で、超資本主義的ウガンダのフィオナの物語には、典型的な青年オーケストラや、ケーブルカー、保育所、公共図書館、コミュニティーの学習センターや、無料医療拠点などのベネズエラ・スラムの偉大な共同体プロジェクトとの共通点は皆無だ。

ミーラー・ナーイルの映画撮影技術がいかに‘素晴らしくとも’、クジに当たったり、あちこちで幸運な目にあったりしても、国が丸ごと変わるわけではない。欧米帝国主義の中心地で、これらのささやかな個人主義者の行動や勝利は慶賀され、賛美される理由はまさにこれだ。国内であれ、植民地であれ、本当の変化が起きても、決して歓迎されない。一方、あらゆる利己的な小さな勝利は、神聖なものとして扱われる。状況とは無関係に、人は自分自身のために生きるべきなのだ。

最近一体何本の、大いに‘前向きな考え方’/ 非現実的/‘良い気分になれる’/‘むなしい期待’映画を見ただろう? 沢山。たとえば、2016年オーストラリア/イギリス共同制作の、列車に乗って、故郷の町から離れ迷ってしまい、最後に愛情ある献身的なオーストラリア人家族の養子になる貧しいインドの少年に関する『LION ライオン 25年目のただいま』だ。

同じような映画や本やニュース報道の土砂降りか、なだれのようだ。ある種の‘前向きな考え方’の新たな波、あるいは‘実際、個人的幸運や個人主義によって改めることができないほど酷いものは世界にはないという教条のようだ。そうしたものの大半は、どういうわけか、欧米イデオロギー洗脳の震源地 - 英国(自国民や絶望的な植民地化された国々からやってくる移民、更には様々な遥か離れた場所で、絶望の中に暮らしている人々までの、あらゆる革命への熱望をまんまとそいだ国)とつながっている。

欧米は‘偽の現実’を産み出すのに多忙だ。そして、飢えているチェス棋士、露店商や、スラムの住民など何人かの貧しい個人が突然金持ちになり、成功し、満たされるこの奇怪な似非現実。彼らを取り巻く他の何百万人は苦しみ続ける。しかしなぜか、彼らはたいした問題にならない。

形成されつつある新たな名士集団がある - 彼らを‘魅力的貧乏人’と呼ぼう。この‘例外的な人々’、魅力的貧乏人は、欧米では、理解しやすく、祝いやすい。彼らは素早く、いそいそと、グローバルな‘やり手連中’やナルシスト大金持ちの‘主流’クラブに統合される。

アンドレ・ヴルチェクは、哲学者、作家、映画制作者、調査ジャーナリスト。彼は、Vltchek’s World in Word and Imagesを制作している。彼は、革命的な小説『Aurora』と他の何冊かの本を書いている。本記事は、オンライン誌“New Eastern Outlook”独占記事。

記事原文のurl:http://journal-neo.org/2017/05/27/the-west-spreading-new-wave-of-feel-good-movies-and-false-hopes/
----------
映画と言えば、『この世界の片隅に』いまだに見ていない。

昼の洗脳番組、最近、音声を消すだけでなく、テレビ自体つけなくなった。

一方、IWJのインタビューはしっかり拝聴させていただいている。以下に、今日の日刊IWJガイドの一部を引用させていただこう。共謀罪、たとえば、沖縄の米軍基地反対運動、ぴったりの標的であることがわかる。一般国民こそが対象なのだ。ちなみに、今日の日刊IWJガイド、加計問題についても、詳しい。

 昨日、岩上さんは40年以上にわたりメディア業界に携わり、現在TBSの「報道特集」でキャスターを務める金平茂紀氏にインタビューをしました。

 金平氏は、「共謀罪」について「これまでと全く違う、あまりにも危険な中身で、やり方も拙速」と批判。さらに、「共謀罪が招致するディスユートピアはすでに現実化している」として、沖縄の米軍基地反対運動の山城博治さんが逮捕された際、「警察が通話記録をおさえ、誰と誰が通話し、どういうメールをし、お金がどう動いたかを調べた。山城博治を中心にどういうネットワークができているかを調べた」という、共謀罪の「先取り」が行われている事実をお話くださいました。

 金平氏と岩上さんは、4月27日に行われた記者会見でも一緒に登壇し、「共謀罪」反対を表明しました。

---------------
※【全文文字おこし掲載】「共謀罪は自由な情報発信を殺す」――ジャーナリストら14人が共謀罪に反対する共同声明を発表!岩上安身も呼びかけ人として参加「密告の横行で個人的な人間関係も破壊される」 2017.4.27
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/375780
---------------

 昨日のインタビューは、以下のアーカイブからご視聴いただけます!

---------------
※「『共謀罪』が招致するディスユートピアはすでに現実化している」!? 長年メディアで取材をしてきたTBSキャスターの金平茂紀氏が見た「監視社会の恐ろしさ」~岩上安身がインタビュー!
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/380791
---------------

 NHKや読売など、巨大な影響力をもつ大マスコミの、見るも無残な劣化と不潔な正体が明らかになった今、政権への「忖度」一切なしに報じるIWJのようなメディアは珍しいと言えます。しかし、残念ながらIWJがこれから先もきちんと「ジャーナリズム」をしていくためには、みなさまの会費やご寄付・カンパでのお支えが不可欠です。

 IWJの会員にご登録いただくと、過去の岩上さんのインタビューやIWJのコンテンツが全て見放題です。ぜひ、この機会に、会員登録をご検討ください!

※会員登録はこちらから。
https://iwj.co.jp/ec/entry/kiyaku.php

 このままでは、7月末の会計期末までに、IWJは1200万円の大赤字に陥りかねません。どうか、みなさまのご寄付・カンパでのお支えもよろしくお願いいたします!

 期末まであとわずか2ヶ月です!もうお尻に火がついてきました!どうぞ皆さん、ご支援のほど、伏してお願い申し上げます!

※ご寄付・カンパのご支援はこちらから。
http://iwj.co.jp/join/pleasehelpus.html

2012年6月15日 (金)

資本主義: ある怪談

Corbis (From Outlook, March 26, 2012)

ムケシュ・アンバニの住む27階建てビル、近隣の人々は、ビルのまばゆい灯で夜を盗まれたと言っている。

ロックフェラーから、マンデラ、ヴェーダーンタからアンナ・ハザレに至るまで.... 大企業福音書の枢機卿連中は、一体いつまで我々の抗議運動を買収し続けられるのだろう?

2012年3月26日

アルンダティ・ロイ

(原文は四倍ほど分量があることをお断りしておく。いつものように素晴らしい記事と思うが、インド事情にもアメリカ財団事情にもうとい素人には容易に翻訳できない。いつか全部訳を掲載するより、一部だけでもお読みいただきたくて掲載する。例によって実に読みにくい翻訳。読むに値する記事と思われる方は原文をお読み頂きたい。)

住宅、住まいなのだろうか? 新しいインドの寺院、あるいはその幽霊の為の倉庫だろうか? アンティラが、神秘的雰囲気とひっそりとした脅威を発散しながら、ムンバイのアルタモント・ロードに出現して以来、様子は変わってしまった。“さあ着きました”私をそこに連れて行った友人は言った“我が新支配者に敬意を表してください。”

アンティラは、インド一番の金持ち、ムケシュ・アンバニのものだ。27階建て、三つのヘリパッド、9基のエレベーター、空中庭園、舞踏場、人工気候室、体育館、駐車場が6階あり、600人の召使がいるこれまで建設されたものの中で最も高価な住居について読んだことがあった。垂直な芝生に出くわすなどとは想像していなかった。聳えたつ27階という高さに巨大な金属の格子に草の壁が取り付けられていた。草は所々乾燥していた。綺麗な長方形の小片が剥がれ落ちていた。明らかに「トリクルダウン」は機能していなかった。

だが「噴出」は確かに機能してきた。それが人口12億人の国インドで、最も裕福な100人がGDPの四分の一に相当する資産を所有している理由だ。

巷のうわさは(ニューヨーク・タイムズ紙も)、あるいは少なくともそうだったものは、大変な労苦と庭造りにもかかわらず、アンバニ家はアンティラに暮してはいないという。誰も確かなことは知らない。人々は依然として幽霊や災難やインド風水のヴァートゥについて、ひそひそ話をしている。これも全てカール・マルクスのせいかも知れない。(悪態ばかり。) 彼は言った。資本主義は“余りに巨大な生産と交換の手段を呼び出してしまい、自分が呪文で呼び出した地獄の力をもはや制御できない魔法使いのようなものだ”。

インドでは、新たなIMF“改革”後の中流階級、市場に所属している3億人が、死んだ河川、干からびた井戸、はげ山や、裸にされた森林の冥土の霊魂、ポルターガイストと一緒に暮している。250,000人の借金に苦しんで自殺した農民の幽霊や、8億人の貧困化され、我々に道を譲るために土地を取り上げられてしまった人々。そして一日20ルピー以下で生き長らえている人々。

ムケシュ・アンバニは、個人で200億ドルの資産を持っている。彼はリライアンス・インダストリーズ・リミテッド(RIL)、つまり市場資本、470億ドルの企業の多数支配の株を所有している。石油化学製品、石油、天然ガス、ポリエステル繊維、経済特区、生鮮食品小売り、高校、生命科学研究と幹細胞保存サービスを含むグローバルな企業権益。RILは最近、CNN-IBN、IBNライヴ、CNBC、IBN LokmatやETVを含む27のTVのニュース、娯楽チャンネル、ほとんど全て地方の言語で支配しているTVコンソーシアム、インフォテルの株の95パーセントを購入した。インフォテルは、もしその技術が機能すれば情報交換の未来となりうる4Gブロードバンド、高速“情報パイプライン”の全インド運用の唯一の認可を得ている。アンバニ氏はクリケット・チームも所有している。

RILはインドを動かしているほんの一握りの大企業の一社だ。そうした企業の例は、タタ、ジンダル、ヴェーダンタ、ミッタル、インフォシス、エサールや、ムケシュの弟アニルが所有する他のリライアンス(ADAG)だ。彼等の成長競争は、ヨーロッパ、中央アジア、アフリカや中南米へとあふれ出ている。彼らの網は広く投じられている。地上でも地下でも、彼らの存在は目立っていたり、見えなかったりしている。例えばタタ財閥は、100以上の企業を80ヶ国で経営している。彼等はインドで最も古い最大の民間電力会社の一つだ。彼等は、鉱山、ガス田、製鉄所、通信、ケーブルTVやブロードバンド・ネットワークを所有し、小都市を丸ごと運営している。彼等は自動車やトラックを製造し、タジ・ホテル・チェーン、ジャガー、ランド・ローバー、大宇、テトリー紅茶、出版社、書店チェーン、ヨウ素添加食塩の大手ブランドや化粧品の巨人Lakmeを所有している。連中の宣伝スローガンがこうであっても不思議はない。『わが社なしには、生きられません』。

噴出による福音書の規則によれば、より多く所有すればするほど、より多くを所有できるようになる。

あらゆるものを民営化する時代のおかげで、インド経済は世界でも最も早く成長するものの一つとなった。とは言え、あらゆる古き良き植民地同様、主要輸出品の一つは鉱物資源だ。インドの新巨大企業、タタ、ジンダル、エサール、リライアンス、スターライト等々は、地下深くから金を絞り出し、噴出する蛇口に、まんまと強引にたどり着いた連中だ。買わなくとも良いものを売れるようになることは企業家にとって夢の実現だ。

中略

1950年代、幾つかのNGOや国際的教育機関に資金を供与していたロックフェラーとフォード財団は、当時中南米やイランやインドネシアで民主的に選出された政府を転覆するアメリカ政府の準延長として機能し始めた。 (当時、非同盟でありながら、明らかにソ連の方に傾斜していたインドに参入したのも、ちょうどその頃だ。)フォード財団は、アメリカ式の経済学コースをインドネシア大学に設置した。アメリカ将校によって内乱鎮圧作戦訓練を受けたエリート・インドネシア人大学生が、1965年のCIAが支援し、スハルト将軍を権力につけたインドネシアでのクーデターで決定的な役割を果たした。スハルト将軍は何十万人もの反抗する共産主義者を虐殺して恩師に報いた。

8年後、後にシカゴ・ボーイズとして知られるようになった若いチリ人学生達が、、CIAが支援して、サルバドール・アジェンデを殺害し、ピノチェト将軍と、17年間続いた暗殺部隊による支配と、行方不明とテロをもたらした1973年クーデターの準備として、シカゴ大学のミルトン・フリードマンによる新自由主義経済(J.D. ロックフェラーから寄贈された)教育を受けるべくアメリカに連れて行かれた。(アジェンデの罪は民主的に選出された社会主義者であり、チリの鉱山を国有化したことであった。)

1957年、ロックフェラー財団は、アジアの地域社会の指導者向けにラモン・マグサイサイ賞を設置した。賞は、フィリピン大統領で、東南アジアにおけるアメリカ反共産主義活動で極めて重要な同盟者だったラモン・マグサイサイにちなんで名付けられた。2000年、フォード財団はラモン・マグサイサイ新興指導者賞を設けた。インドでは、マグサイサイ賞は芸術家、社会活動家や地域活動家達から権威ある賞と見なされている。M.S. スブラクシミとサタジット・レイが受賞し、ジャヤプラカシ・ナラヤンと、インドで最も優れたジャーナリストの一人、P. サイナスも受賞した。しかし、彼等のマグサイサイ賞への貢献の方が、賞が彼等に貢献したものより大きい。概してこの賞は、どのような類の活動が“許容され”、どのようなものがそうでないのかを穏やかに裁定する仕組みとなった。

チーム・アンナ。彼らは本当は誰の声を代表しているのだろう?(撮影、サンジャイ・ラワト)

興味深いことに、昨夏のアンナ・ハザレの反汚職運動では、三人のマグサイサイ賞受賞者、アンナ・ハザレ、アルヴィン・ケジリワルとキラン・ベディが先頭に立った。アルヴィン・ケジリワルの多くのNGOの一つはフォード財団からふんだんに資金を得ている。キラン・ベディのNGOはコカ・コーラとリーマン・ブラザーズから資金を得ている。

アンナ・ハザレは自らをガンジー主義者と呼ぶが、彼が提唱した法律、ジャン・ロックパル法案はガンジー的ではなく、エリート主義で危険だった。24時間対応の商業マスコミ・キャンペーンが、彼は“人々”の声だと主張した。アメリカのウオール街占拠運動と違って、ハザレ運動は、民営化、大企業権力や経済“改革”への反対はおくびにも出していない。逆に、ハザレ運動の主要なマスコミ後援者連中は、まんまと大規模な企業汚職事件(有名なジャーナリスト達までも曝しだした)に脚光が当たらなくするのに成功し、政治家達に対する酷評を、政府から更に自由裁量権を奪い、更なる改革、更なる民営化を進めるのに利用できたのだ。(2008年、アンナ・ハザレは極めて優れた公共サービスに対し、世界銀行賞を受賞した)。世界銀行はワシントンで、この運動はその政策と“ぴったり符合する”という声明を発表した。

あらゆる良き帝国主義者達同様、慈善団体職員は、資本主義を信じ、アメリカ合州国の覇権を拡張することが自己の利益にもなる国際的な幹部を生み出し、訓練することを自分の仕事としている。彼らは、現地エリートが常に植民地主義に仕えるような形で、グローバルな大企業政府の運営に役立つのだ。こうして、海外、国内経済政策に次ぎ三番面の勢力圏となる、教育と芸術への財団の進出が始まった。彼等は学術機関や教育に何百万ドルも費やした(し、費やし続けている)。

ジョーン・ロウロフスは名著『財団と社会政策: 多元論という仮面』の中で、財団が政治学の教え方という古いアイデアをいかに改造し、“国際”と“地域”研究分野を構築したかについて述べている。アメリカの諜報・治安機関にとって、そこから人々を採用する外国語と文化の専門家のプールとして機能している。CIAとアメリカ国務省はアメリカの大学の学生と教授と協力を続けており、奨学金の倫理について深刻な疑問を引き起こしている。

UIDプロジェクト‘CEO’で独自な立場にあるナンダン・ニレカニ。(写真:ジンテンデルグプタ)

自分たちが支配している国民を管理するための情報収集は、あらゆる支配権力にとって必須だ。中央インドにおける全面戦争の危険にさらされて、土地買収と新経済政策に対する抵抗がインド全土に広がると、封じ込めの手段として、政府は多分世界で最も野心的で費用のかかる情報収集プロジェクトの一つである固有ID番号(UID)という大規模な生体認証計画に着手した。国民は清潔な飲料水やトイレや食料や金はもらえないかわりに、有権者証とUID番号を与えられる。これは元インフォシスCEOのナンダン・ニレカニが進めている、表向きは“貧しい人々に、サービスを提供する”ためとされているUIDプロジェクトと合致し、金やや苦境にあるIT業界に莫大な金額を注入するものだ。(控えめなUID予算推計ではインド政府の対教育年間支出を越える。) これほど大半が非嫡出で“読み書きできない”人口の多い、国民の大多数が、土地記録の無いスラム住人、行商人、インド先住民という国で、“デジタル化”すれば、彼らを刑事罰の対象とし、非合法から、違法な存在へと変えてしまう。入会地囲い込みのデジタル版をうまくやおおおせて、強大な権力を、益々強固になりつつある警察国家の手に引き渡すのがその狙いだ。世界の飢餓の原因が、植民地主義や、負債や、歪曲された利益指向の企業方針ではなくまるで情報の欠如でもあるかのような、ニレカニの技術系管理者的なデータ収集へのこだわりは、ビル・ゲーツのデジタル・データ・ベース、“数値目標”、“進歩の得点票”へのこだわりと一致している。

大企業から寄付を得ている財団は、“開発学”、“コミュニティー研究”、“文化研究”、“行動科学”や“人権”といったテーマで講座や学生奨学金を提供しており、社会科学や芸術への最大の資金提供者だ。アメリカの大学が外国学生に対して門戸を開放するや、何十万人もの学生、第三世界エリートの子供達が押し寄せた。学費を払えない人々は奨学金が与えられた。現在、インドやパキスタン等の国々では上流中産階級でアメリカで学んだことがある子供のいない家族はほとんどない。こうした階層から、優れた研究者や教育者だけでなく、自分たちの国の経済をグローバル企業に対して開放するのを手助けする首相、蔵相、経済学者、企業弁護士、銀行家や官僚達も生まれる。

    企業の社会的貢献活動はコカ・コーラ同様、我々の生活の一部になっている。国際金融体制はNGOを経由して抗議運動に金で取り入るのだ。ある地域が問題を抱えれば抱えるほど、より多くのNGOが入り込む。

財団に好意的な経済学や政治学をする研究者達には、特別研究員資格、研究費、助成金、寄付や職が与えられる。財団に好意的でない考え方の研究者達は資金援助を受けられず、隅に追いやられ、ゲットー化され、彼らの講座は廃止されてしまう。次第に、一つの特別な想像の産物、、もろい寛容と多文化主義という表面的見せかけ(即座に人種差別、過激な国粋主義、人種的愛国主義や、戦争を挑発するスラム嫌悪に変身しかねない)が、単一の、包括的な、とうてい複数的と言えない経済イデオロギーの屋根の下で、議論を支配し始める。その余りの規模ゆえ、イデオロギーとして感じられることさえなくなってしまうほどだ。それが基本的な立場、自然なあり方になってしまうのだ。それが正常性に侵入し、普通のものごとを植民地化し、それに異議を申し立てることは、現実そのものに異議を申し立てるのと同様、不条理、あるいは難解にすら見える様になり始めた。ここから‘選択肢無し’となるまでは、あと一歩だった。

ようやく今、占拠運動のおかげで、アメリカの街路とキャンパスに別の言葉が出現した。学生達が‘階級戦争’あるいは‘あんたらが金持ちなのはかまわないが、我々の政府を買ってしまうのには反対だ’という横断幕を掲げているのを見ていると、圧倒的に不利な形勢を考えれば、それ自体で革命のようなものだ。

始まって以来一世紀、企業の社会的貢献活動はコカ・コーラ同様、我々の生活の一部になっている。今や何百万もの非営利組織があり、その多くは複雑怪奇な金融の迷路経由で、巨大財団とつながっている。彼らのこの“独立した”部門は約4500億ドルもの資産を有している。その最大のものは、ビル・ゲーツ財団で(210億ドル)、リリー財団 (160億ドル)とフォード財団 (150億ドル)が続く。

    ニレカニの、まるで情報の欠如が世界の飢餓を引き起こしているかのような、データ収集への技術者的こだわりは、ビル・ゲーツのこだわりと一致している。

IMFが構造調整を押しつけ、政府に医療、教育、児童保護、開発への公共投資削減を無理強いすると、NGOが入り込んでくる。あらゆるものの民営化は、あらゆるもののNGO化をも意味している。仕事や生計手段が消滅すると、NGOの本質がわかっている人々にとってさえ、NGOは重要な働き口となる。そして確かに彼等がすべて悪いというわけではないのだ。何百万ものNGOの中には、画期的、先鋭的な仕事をしているものもあり、全てのNGOを一括りに同罪とするのは曲解だろう。とは言え、大企業や財団から寄付を得ているNGOは、文字通り株主が企業の株を購入するように、抵抗運動に金で取り入り、やがてそうした運動を内部から支配するための、国際的金融組織の手先だ。NGOは、それに沿ってグローバル金融が流れる経路の中枢神経系上の結節のような位置を占めている。彼らは自分たちの受入国の政府を決して苛立たせることのないよう十分配慮して、あらゆるインパルスに気を配る送信機、受信機、緩衝装置のように機能する。(フォード財団は、資金を提供する団体には、この趣旨の誓約に署名するよう要求している。) 気づかずに(そして時には、意図的)、彼等は聴音哨として機能し、彼等の報告書や研修会や他の伝道活動feeding益々強固になってゆく国家の、一層攻撃的になってゆく監視体制に、データ。ある地域が抱えている問題が多ければ多いほど、その地域のNGOの数は多くなる。

意地の悪い事に、政府なり商業マスコミの一部なりが、ナルマダ・バチャオ・アンドランや、クダンクラム原子炉反対運動等の、本物の民衆運動に対する中傷キャンペーンを展開したいと考える場合、彼等はこうした運動が“外国の資金援助”を受けているNGOだと言って非難する。彼等は、大半のNGO、特にふんだんに資金を得ているNGOの使命は、大企業によるグローバリゼーション・プロジェクトを邪魔するのではなく、推進することであるのを十分わかっているのだ。

何十億ドルもの金を用意し、世界中で、これらNGOが、革命家になりそうな人々を給料を貰う社会活動家に変え、芸術家、知識人や映画制作者に資金援助し、先鋭的な対立から彼らを穏やかに引き離し、多文化主義、ジェンダー、地域開発、ディスコースという言葉で表現されるアイデンティティ政治や人権の方向へと彼らを導くことを開始した。

公正という考え方の人権産業への転換は、NGOや財団がそこで重要な役割を演じた、ある種、概念上のクーデターだった。人権に焦点を絞ることで、残虐さにに基づく分析が可能となり、その中で全体像は遮断されてしまい、紛争中の両者、例えば毛沢東主義者もインド政府も、あるいはイスラエル軍もハマースも、いずれも人権侵害者として訓戒されるべき存在とされてしまう。採鉱企業による土地収奪や、パレスチナ人の土地のイスラエル国家への併合の歴史は、論議上ほとんどわずかな意味しかない脚注と化してしまう。人権は大事ではないと言いたいわけではない。人権は大切だが、人権は、それを通して私たちが暮している世界における重大な不正行為を見たり、ほんの僅かでも理解したりするのに優れたプリズムではないのだ。

‘採掘の幸福’ドングリア・コンダ族が聖なるものとしてきたあらゆるものを、イギリスの鉱業大手ベダンタ・リソーシズタがはぎ取っている。(写真:サンディパン・チャッタルジー)

もう一つの概念上のクーデターとして、フェミニスト運動への財団の関与がある。インドの大半の“公式”フェミニストや女性団体は、例えば自分たちのコミュニティーにおける家父長制や、ダンダカラニヤ森林における鉱山会社による強制退去と戦っている、90,000人もメンバーがいるクランティカリ・アドヴァシ・マヒラ・サンガサン(革命的インド先住民女性連合)の様な組織から、一定の距離を置いているのは一体なぜだろう。自分たちが所有していて、そこで働いている土地から、何百万人もの女性が追い立てられ、立ち退かされることが、フェミニスト問題と見なされないのは一体なぜだろう?

草の根反帝国主義や反資本主義の民衆運動からのリベラルなフェミニスト運動の分封は、財団の悪意ある狙いから始まったわけではない。こうした運動が、60年代と70年代に起きた女性の急速な先鋭化に適応し損ね、取り込み損ねたことから始まっているのだ。伝統的社会においても、また左翼運動の進歩的な指導者と見なされる人々の間にさえある、暴力や家父長制度にしびれを切らしている女性達を見いだし、近づき、支援と資金援助を与える上で、財団は有能さを示した。インドの様な国では、農村・都市間にも断絶は存在している。最も先鋭的な反資本主義運動は、家父長制社会が大半の女性の暮らしを支配し続けている地方にこそ存在している。こうした運動(ナクサル運動等)に加わった都会の女性活動家達は、西欧のフェミニスト運動に影響を受け、刺激されており、自分たちの解放を進める活動の中で、男性指導者達が‘大衆’にうまく溶け込む為の自分たちの義務と考えていることと相いれないことが多かった。多くの女性活動家は、自らの同志達によるものを含む、日常の抑圧と生活上の差別を終わらせるため、もはや“革命”を待とうとはしなかった。女性達は、ジェンダーの平等が、単なる革命後の約束でなく、革命プロセス中で、絶対で、緊急を要する、譲ることのできない部分であるよう望んでいた。知的で、怒って、幻滅した女性達は、そうした運動から離反し、支援と生計の他の手段を探し始めたのだった。結果的に、80年代末インド市場が開放される頃までには、インドの様な国のリベラルなフェミニスト運動は、過度なまでにNGO化していた。こうしたNGOの多くは、同性愛者の権利、家庭内暴力、AIDSや売春婦の権利などの上で重要な役割を果たした。だが重要なのは、女性がそれで最も苦しめられているにもかかわらず、リベラルなフェミニスト運動は、新経済政策に対する異議を申し立ての最前線に立ったことはないということだ。資金支払いを操作することで、政治”活動とは一体どうあるべきかという範囲の境界線を引くことに財団は“大成功した。今やNGOの財政支援応募要綱が、何が女性“問題”として重要で、何が重要でないかを規定している。

女性運動のNGO化は、西欧のリベラル・フェミニズムを、それこそフェミニズムの旗手だと規定するようになった(最もふんだんな資金援助を得たブランドのおかげで)。戦いは、一方ではボトックスを、もう一方でブルカを追い出すことで、例によって女性の体を舞台に展開された。(そしてボトックスとブルカの二重苦を味わう人びともいた。)最近フランスで起きたように、女性が自分がしたいと思うことを選べるような状況を創り出すのではなく、女性にブルカを脱ぐよう強要する試みがなされる場合、それは女性を解放するのではなく、裸にするのと同じことだ。それは、屈辱と文化的帝国主義の行為る変化する。それはブルカ問題ではない。無理強いだ。女性にブルカを脱ぐよう強要するのは、ブルカを着けろと強要するのと同じ位悪いことだ。このようにしてジェンダーを見ると、そこから社会的、政治的・経済的文脈を剥奪し、アイデンティティや小道具や衣装の戦いの問題にしてしまっている。それこそが、2001年のアフガニスタン侵略の際に、アメリカ政府が西欧フェミニスト集団を道徳的偽装として利用することを可能にしたのだ。アフガニスタン人女性は、過去(そして現在も)タリバンの下で大変な状況にある。だが巨大デイジーカッター爆弾を連中の上に投下したとて、彼女達の問題を解決するわけではなかった。

奇妙な鎮痛剤的な言葉を案出するNGOの世界では、あらゆるものが、個別の、専門化された、一部団体のみが取り組む“主題”となる。コミュニティー開発、リーダーシップ育成、人権、医療、教育、子供を生む権利、AIDS、AIDSに感染した孤児等は、精緻化した緻密な財政支援応募要綱によって、全てそれぞれ個別サイロの中に密閉されてしまった。財政支援は、弾圧では決して出来なかったようなやり方で連帯を断片化したのだ。貧困も、フェミニズム同様、アイデンティティーの問題という枠にはめられてしまう。まるで貧しい人々は不公平によって生み出されたのではなく、たまたま存在していた失われた部族のようなもので、短期的には、苦情救済システム(個人的な、個人対個人ベースで、NGOによって与えられる)によって救える可能性があり、長期的復興は良き統治によるのだと。グローバル大企業資本主義支配の下では、それが当然のこととしてまかり通る。

中略

プロレタリアートは、マルクスが見ていた通り常に絶え間なく攻撃されてきた。工場は閉鎖し、職は消滅し、労働組合は解体された。プロレタリアートは長年にわたって、ありとあらゆる形でお互いに戦うよう仕向けられてきた。インドでは、それはヒンズー教徒対イスラム教徒、ヒンズー教徒対キリスト教徒、不可触民対インド先住民、カースト対カースト、地域対地域だ。それでも世界中でプロレタリアートは反撃しつつある。中国では無数のストライキや反乱が起きている。インドでは現地で、世界中で一番貧しい人々が、最も裕福な企業の何社かを押しとどめるために反撃している。

資本主義は危機的状況にある。トリクルダウン理論は失敗だった。今や噴出もまた危うい状態にある。国際的な金融メルトダウンが迫りつつある。インドの成長率は6.9パーセントに急落した。外国投資は撤退しつつある。主要国際企業は、どこに投資すべきかわからず、金融危機がどのように展開するかわからず巨大な金の山の上に座り込んでいる。これはグローバル資本というジャガノート、止めることのできない巨大な力の大規模な構造的亀裂だ。

資本主義の本当の“墓堀人”は、イデオロギーを信仰に変えた妄想的な枢機卿達自身ということになるのかも知れない。素晴らしい戦略的才気にかかわらず、彼らは単純な事実を理解できずにいるように見える。資本主義は地球を破壊している。資本主義を過去の危機から救い出してくれた二つの古いしかけ、戦争と買い物が、全然機能しないのだ。

太陽が沈むのを見ながら、私は長い間アンティラの外に立っていた。タワーは高さと同じくらい深いのではないかと想像した。地下深く蛇のようにうねうね続く、27階もの深さの主根が、大地の滋養を煙と金に変えながらガツガツと吸い上げているのだ。

アンバニ家は、なぜ彼らの建物をアンティラと呼ぼうと決めたのだろう? アンティラは、8世紀イベリア伝説にまでさかのぼる物語の神話上の島名だ。イスラム教徒がスペインを制服した際、キリスト教西ゴート族の6人の司教と教区民達が船に乗って脱出した。何日も、あるいは何週間も海上を漂った後、彼等はアンティラの島々にたどり着き、定住し、新たな文明を起こすことに決めた。野蛮人に支配された祖国との絆を永遠に断ち切るため、彼らは乗ってきた船を焼き払った。

彼等のタワーをアンティラと呼ぶことによって、アンバニ家は祖国の貧困とみすぼらしさとのつながりを断ち切り、新たな文明を立ち上げようと願ったのだろうか? 中流と上流階級を宇宙空間へと分離するという、インドにおける最も成功した分離主義運動の最後の行動なのだろうか?

ムンバイに夜の帳がおちると、アンティラの人を寄せ付けようとしない門の外に、パリッとした麻のシャツを着て、ガーガー言う携帯無線電話機を持った守衛達があらわれた。恐らくは幽霊を追い払うため、灯があかあかと灯された。近隣の人々はアンティラの明るい光が夜を奪ってしまったとこぼしている。

恐らく我々は夜を取り戻すべき頃合いなのだ。

記事原文のurl:www.outlookindia.com/article.aspx?280234

----------

帝国の両刃の剣: グローバル軍 + NGO』の記事と、もろに連続する記事。

大企業から寄付を得ている財団は、“開発学”、“コミュニティー研究”、“文化研究”、“行動科学”や“人権”といったテーマで講座や学生奨学金を提供しており、社会科学や芸術への最大の資金提供者だ。

学会なるもの、素人には、有り難く、近寄りがたい神聖なものに見えるが、彼女の言うとおり、資金源や人脈には注意を払う必要があるだろう。

大企業関連財団から寄付を得ている学会は...xxx、○○といったテーマで講座や教育を行っており、社会科学や芸術最大の歪曲者なのかも知れない。

xxx、○○にはご存じの名詞があてはまるかも知れない。原子力学会なるもの、大事故後も真っ当な発言がないところをみれば、典型的な御用学者・優良社員ムラだろう。まともな学会であれば、原発推進、核燃料リサイクルやら、プルサーマル、もんじゅ推進に反対していたろうし、せめて、これからは反対するだろう。もちろん、飼い犬は飼い主を噛まない。

こうした方針に反対してきた小出氏、30年前に?この学会を辞められたそうだ。日本原子力学会という責任を逃れようとする話にならない人たち 小出裕章(たね蒔きジャーナル)有罪判決から逃れる方法の研究会ではと勘繰りたくもなる。

国会が混迷の度を深める中、東電女性社員殺害事件で獄中にあった方が帰国し、更に実に見事なタイミングで、オウム容疑者が逮捕された。逮捕記事の方が、国民生活にはるかに大規模、深刻な影響を及ぼす「今夕にも、民自、消費税増税案合意」記事の何倍ものスペース。

オウム残党より、我々と子々孫々の生活を平然と踏みにじる二大政党・コウモリ政党、高級官僚やマスコミの方々の方が小生にとって、はるかに恐ろしい。(沖縄並の与野党議席比率が国会で実現していれば、今ほど暴走はなかったろう。本土の絶滅危惧種政党、沖縄では絶滅危惧種政党でないようだ。沖縄では新聞にも本土の大半のプロパガンダ紙より良い記事がある。)

  • オウム残党二人逮捕の現在・将来の日本国民に対する影響
  • 今夕にも民自消費税増税案合意の現在・将来の日本国民に対する影響
  • どちらが深刻かわからなければ、知性に重大な問題があるだろう。
  • どちらが深刻か知りながらアンバランス報道するなら、倫理に重大な問題があるだろう。

またもや墜落したオスプレイの恐ろしさ。宗主国によれば運転ミスだという。オスプレイの日本語はミサゴ。鳥ならば再三墜落していれば絶滅。一面記事に載るべきは、オウム容疑者でなく、民自消費税増税案合意とオスプレイだろう。

タイミングで言えば、水俣病研究を進められた原田正純氏、関係機関の原発事故対応のひどさを追求してこられた日隅一雄弁護士(NPJ編集長)のお二人が亡くなられた。オウム容疑者のような宣伝は皆無。マスコミが人の幸せを願う業界であれば、お手本として、お二人の業績を紹介すべきだろう。知性・倫理、いずれか、またはその両方に、重大な欠陥があるマスコミ、決してそうしない。

国民に大影響がある国会論議つまり、原発再稼働、消費税増税、比例議席削減、TPP加盟推進等については何ら有意義な報道をせず、お上発表を垂れ流すマスコミ。大事なことを隠す目くらまし業は楽だろうが、楽しくはなかろう。

あまりばかばかしいニュースだらけゆえ以前録画した番組を見た。『非暴力革命の勧め』

ユーゴ解体、カラー革命、アラブの春の背後にジーン・シャープ博士の編み出した戦術があったというお話。オウム容疑者逮捕ニュース同様気味悪い番組。

  • 昔『武器なき民衆の抵抗』の訳本があったが、現在は入手困難。
  • 『非暴力行動の198の方法』─全訳は、『夏の扉へ』にある。
  • 『独裁政権から民主主義へ』(瀧口範子訳)は2012年夏筑摩から刊行されるという。

もう一つマスコミの話題、大阪異神の怪暴走と対をなす老害知事がさわいでいる尖閣購入問題。沢山の募金が購入資金として寄せられているという提灯報道に、高校時代に習った日露戦争時の提灯行列、戦勝祝賀会を思い出している。真実を何も知らないままの、余りに無責任な付和雷同。

「ちょっと待て 右と左をもう一度」

威勢が良さそうな発言、格好よく見えるものだろうか?小生には宗主国の「オフショア・バランシング」戦略を喜んで推進するポチ老人にしか見えない。

賛同しておられる皆様、例えば孫崎享著『不愉快な現実』現代新書や、『日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土』ちくま新書等をお読みになった上での賛同だろうか?それぞれ1000円でおつりが来る。読んでから寄付しても遅くはあるまい。読んでから、事実を知ってから、「それでも寄付をする」という不思議な方もきっとおられるだろう。大いなる暗愚。つける薬はない。

不思議なことに孫崎享氏、国営放送でも民放ニュース、討論番組でも、ほとんどおみかけしない。そういうプロパガンダ番組を見ないので、余り強くは言えないが。ご本人が出演を忌避しておられるはずはありえない。

孫崎氏新刊『戦後史の正体』2012/7/28 創元社刊。創元社webで立ち読みできる。(もちろん、立ち読みは全文ではない。)

追記:

2012/11/11

アルンダティ・ロイの本が、8月末岩波書店から刊行された。

民主主義のあとに生き残るものは』1,600円

小生のこのインチキ翻訳訳記事も、正しい翻訳で読める。感激!

2011年5月28日 (土)

原子力という狂気

Dr. Vandana Shiva

Navdanya International

2011-05-24

デッカン・クロニクル初出

福島の事故は、人間は誤りを免れないこと、人間のもろさ、自然を支配できると考えた人類の思い上がり、人間の傲慢さに関する永遠の疑問を、またもや提起している。地震、津波、日本の原子力発電所のメルトダウンは、自然がその力を思い出させる象徴だ。

科学・産業革命は、自然は死んでいて、地球は不活性物質であるという考え方に基づいていた。日本における悲劇は、母なる自然の警鐘であり、自然は生きており、強力であり、自然の進路にあっては、人類は無力であるということを告げる警告だ。破壊された港、町や村、荒れ狂う津波によって、まるでちっぽけな玩具のように押し流された船、飛行機や自動車は、技術、機械や、工業インフラによって、人間が自然を支配できるのだという考え方を改めるべきだということを思い出させる象徴だ。

福島事故は、我々が人間と自然の関係に立ち返ることを求めている。事故は、気候の危機とエネルギー危機に対する答えとしての、いわゆる"原子力ルネッサンス"についても、疑問を提起している。エネルギー・環境研究所理事長のアルジュン・マヒジャニは、公共環境法会議で講演し、"原子力ルネッサンス"には、毎週、300基の原子炉と、毎年、2乃至3つのウラニウム濃縮工場が必要になるだろうと語った。使用済み核燃料には、分離すれば毎年爆弾90,000発分のプルトニウムが含まれている。一日に10-2000万リットルの水が必要とされる。

福島事故の後、中国、ドイツ、スイス、イスラエル、マレーシア、タイとフィリピンが、原子力発電計画を再検討している。プリンストン大学の機械工学・空宇宙工学部准教授アレクサンダー・グレイサーは、"日本で地震と津波の後で次々と明らかになりつつある想像を絶する人災による影響の全貌を把握するには時間がかかるだろうが、グローバル原子力ルネッサンスという提案があの日に終わったことは既に明白だ。"と述べている。

インド全土で、既存・新規の原子力発電所に反対する運動が増大しつつある。原子力発電所は、ハリプール(西ベンガル州)、ミティ・ヴィルディ(グジャラート州)、マドバン(マハラシュトラ州)、ピッティ・ソナプール(オリッサ州)、チュトカ(マディヤ・プラデーシュ州)と、コヴァダ(アンドラ・プラデーシュ州)で計画されている。

マハラシュトラ州、ラトナギリ地方のマドバン村で、原子炉6基で構成される、9,900 MWのジャイタプール原子力発電所は、もし建設されれば世界最大の原子力発電所となる。2010年12月、フランス国営の原子力エンジニアリング会社アレヴァと、インド国営のインド原子力発電公社は、フランス大統領ニコラ・サルコジとインド首相マンモハン・シン出席の下、6基の原子炉を建設すると220億ドルの契約を調印した。

仏-印契約調印後、発注が急増するのを期待して、アレヴァは月に1,000人の雇用を開始した。

ジャイタプールは、地震がおきやすい地域だ。しかも、発電所が毎年生み出す300トンの放射性廃棄物の処理計画も皆無だ。発電所には、政府が"不毛の地"と主張している、5つの村にまたがる約968ヘクタールもの肥沃な農地が必要だ。

ジャイタプールは、ライガド、ラトナギリ、シンドフドルグ地方の肥沃な沿岸地帯の細長い一帯に予定されている多くの原子力発電所の一つだ。予定されている発電量総計は、33,000 MWだ。ここは、ユネスコの人間と生物圏計画の元、世界遺産として、インド政府が宣言したがっている地域だ。コンカン地域の住民は原子力発電所反対運動を続けている。彼らはコンカン・バチャオ・サミティと、ジャナヒト・セヴァ・サミティを結成し、強制土地収用に対する小切手の受け取りを拒否した。第73修正に対する違反に抗議して、10人の地方議員が辞職した。

ジャイタプールでは集会禁止令が発令されており、5人以上の集会は許されない。2011年4月18日、計画されているジャイタプール原子力発電所公園に反対する抗議デモ参加者に、警官隊が発砲した。一人が死亡し、8人が重傷を負った。ハリヤーナー州ファテーハーバード県に計画されている、2,800 MWの原子力発電所は、1,503エーカーの肥沃な農地買収が必要だ。80の村が反対しており、農民二人が抗議の際に死亡した。

以前、バルギ・ダムによって、162の村が立ち退かされたマディヤ・プラデーシュ州チュトカで、原子力発電所が計画されている。44の村が原子力発電所に反対している。物理学者で反核活動家の スレンドラ・ガダカル博士は、原子力は、きわめて長期間、環境から隔離しておくことが必要な、莫大な量の毒を生み出す、湯沸かし技術だと表現している。放射性廃棄物として生み出されるプルトニウムの半減期は24,000年だが、原子炉の平均寿命は21年だ。今のところ、安全と証明された放射性廃棄物処理の方法は存在しない。使用済み核燃料は、常に冷却し続ける必要があり、冷却装置が壊れれば、原子力災害になる。まさにこれが福島の第4号炉で起きたのだ。

CO2排出と気候変動で、化石燃料が問題視されたおかげで、原子力エネルギーが、突如として、"きれい"で"安全"という歌い文句で推進されはじめた。しかし技術として、原子力発電は、もし使用済み燃料を何千年もの間、冷却するためのエネルギーを考慮に入れれば、発電する以上のエネルギーを消費するのだ。インドでは、原子力発電所用に、土地を取得し、人々を立ち退かせる必要があるため、原子力エネルギーのコストは更に高くなる。デリーから、わずか125キロしか離れていないウッタル・プラデシ州のナロラ原子力発電所は、5つの村を立ち退かせた。1993年、ナロラで、大火災とメルトダウン寸前の事故が起きた。

インドにおける、原子力エネルギーの高コストは民主主義と、憲法上の権利の破壊だ。原子力は民主主義を蝕まずにはおかない。米印原子力協定の調印プロセスにおいて、我々はこれを目の当たりにした。国会における不信任動議の際の、"票買収"スキャンダルで、我々はこれを目の当たりにした。そして、新しい原子力発電所が計画される度毎に、至るところでこれを目の当たりにしている。物理学者ソウミャ・ドゥッタは、世界には、17テラ・ワットの原子力エネルギー、700テラ・ワット風力エネルギーと、86,000テラ・ワットの太陽エネルギーの潜在能力があると指摘している。原子力発電に対する代替策の方が、1000倍豊富にあり、しかも100万倍、危険性が少ない。福島事故の後で、原子力発電所を推進するなど、狂気そのものだ。

ヴァンダナ・シバ博士は、ナヴダニヤ・トラスト事務局長である。

記事原文のurl:www.vandanashiva.org/?p=752

----------

1974年5月18日インド初の核実験コード名、「微笑むブッダ」だったという。

サルコジ大統領演説場面を見ながら、変換ミスで「腐乱す」となったのを思い出した。

狂気腐乱す。

「最大限の透明性をもってすべての情報を国際社会に提供する」と心にもない言葉を語りながら、最小限の透明性をもってまともな情報を国民に提供しない棺首相。

IAEAに、地震が多い国用の原発基準作成を依頼してどうするのだろう?

IAEAは、核兵器拡散を防止する(不思議なことにイスラエルの核兵器保有については黙認している)一方、原子力発電を推進するのが組織目標だ。

もちろん、アメリカによる核廃棄物利用、膨大な劣化ウラン弾使用についても、全くとがめない。庶民が何万人放射能被害で亡くなっても一切気にしない原子力マフィア、支配層連中の組織。国際組織というと、国連を含め、自動的に良いもののように、我々は信じ込まされているが、そのほとんど、支配層連中のための組織に過ぎまい。

泥棒・殺人犯に、警官になることを要求するのは筋違いだろう。

仲間の犯罪を見逃すことはあっても、逮捕することなどあるまい。

『原発震災』という概念を、2005年2月23日、衆議院予算委員会公聴会(2005年度総予算)で警告したのは、石橋克彦神戸大学名誉教授であって、IAEAではない。

日本生産性本部の「日本創成会議」なるものも、火事場泥棒組織だろう。有識者?聞いてあきれる。繰り返しになるが、泥棒・殺人犯に、警官になることを要求するのは筋違い。

驚くべき記事を読んだ。

異常すぎる日本の「暫定基準値」 乳児に与える飲料の基準は国際法で定められた原発の排水より上

やがて削除されるだろうから、一部をコピーさせていただこう。

なんと国際法で定められた原発の排水基準値は1リットルあたりヨウ素40ベクレル、セシウムは90ベクレルまでとなっている。つまり、乳児の暫定基準値ですら、現在の日本では原発の排水より高い放射性物質が残留しても良いという設定値になっているのだ。

つまり政府が定めた数値を守るだけなら、原発の排水で作ったミルクを幼児に飲ませて良いということになる。ちなみにWHOで定められた平常時の飲料の基準は1リットルあたり1ベクレルまでなので、それに比べると乳児ですら100倍まで基準が高められているのである。

学童には、年間20ミリシーベルトの放射能を浴びせ、

幼児には、原発の排水基準以上の水で、ミルクを飲ませ、

国民には、高い放射性物質が残留している牛乳や野菜、ニクとサカナの常食を強いる国の国歌・国旗、どこが尊いのか、橋下知事にご教示頂きたいものだ。

将来・未来をになう子供たちを進んで病気にする国に未来はありえない。

国民を守るのが、「普通の」国の責務だろうと、疑いながらも思ってきた。

日本の政府・国家、国民をゆっくりと殺害していること明白だ。風評レベルのいい加減な情報しか出さず、晩発性の病気によっておきる、自国民の緩慢な大量殺戮完全犯罪を推進する国家に、敵意こそいだいても、敬意など全く感じられない。残留放射能があると知りながら食品を流通させたソ連政府と変わらない。いやそれ以下。ソ連政府ですら、これほど露骨な緩和はしていない。

室井佑月氏がNHKのテレビ番組で、「福島の子供に、地産地消といって、野菜を与えてよいものか」と至極もっともな発言をした。

彼女も、福島原発事故をめぐる政府対応を批判し、子どもたちを疎開させようと呼びかけ、降板させられた人物に続くのだろうか?

あのNHK番組、御用学者が放射能について、しっかり、もごもご?発言していた。

昨日深夜、NHK-BSで、FacebookやTwitterを活用した、チュニジア反政府運動ドキュメンタリーを見た。国民を虐殺する「とんでもない政府は許せない」というようなことを、在日チュニジアの方が語っていた。

国民をゆっくりと虐殺する「とんでもない政府は許せない」と、在日日本人の小生も思う。

(『在日日本人』という言葉、宮本政於著の書名。後に「弱い」日本の「強がる」男たち―お役所社会の精神分析 として講談社プラスアルファ文庫で刊行。この言葉、元々オーストラリア、ラ・トローブ大学社会学部、杉本良夫教授の著作「日本人をやめる方法」から取ったもの。亡国エリート官僚の生態を描いた名著『在日日本人』。残念ながら絶版。今こそ読まれるべきだろう。)

環境、食品の『暫定基準値』を緩和し、原発を稼働し続け、静かな脱原発デモをすると、警察がでっちあげ逮捕をし、渡部恒三を叔父にもつ佐藤雄平福島県知事が、御用学者代表、山下俊一教授を「県民健康管理調査検討委員会座長」に就任させる等、目・耳を疑わせることばかりのこの国、狂気そのもの。

中世代に地球を征服していたといわれる恐竜は、ある時期に突如として地球から姿を消した。
 「万物の霊長」たる人類からみれば、巨大であっても、まことに頭の悪い野蛮な動物であったというのが一般の見方であろう。しかし、その恐竜たちは一億年にわたって種を維持していたのである。
 恐竜の絶滅の原因については現在でもさまざまな議論が続いている。それを、宇宙からの巨大な隕石落下に求める説もあるし、進化の過程で巨大化しすぎ自らの生命体を維持できなくなったためとする説もある。しかし、恐竜からみれば、いずれにしても万やむを得ない過程を経て絶滅にいたったのである。それに比べ、人類の絶滅の決定的な要因は、人類が自ら蒔いた種によるのである。まことに自業自得というべきであるし、人類は恐竜以上に愚かな生物種であったというべきだろう。

放射能汚染の現実を超えて』小出裕章著 河出書房新社刊 10ページより

2010年5月20日 (木)

インド人作家アルンダティ・ロイ、対テロ法による告訴の脅威にさらされる

Kranti Kumara

2010年4月26日

東部インド・チャッティースガル州警察はブッカー賞を受賞した作家、エッセイスト、人権活動家のアルンダティ・ロイを、同州の厳格な対テロ法によって告訴する“可能性を調査”している。

3月29日号のアウトルック・インドに掲載された記事で“毛沢東主義派を賛美している”としてロイを非難する、ヴィスワジット・ミトラなる人物の告訴に応じて、警察はロイの調査を開始した。それは“同志との歩み”という題名の、主として部族民、つまりインド先住民が暮らす、森林高原地域高地ダンダカラニヤに、毛沢東主義派ゲリラ達と話し、彼らの活動をその目で見るべくでかけたロイによる、33ページにわたる秘密訪問記事だ。

ミトラは自分は“一般市民”だと主張している。しかし彼はインドでも人口最大の州ウッタル・プラデーシュの与党バフジャン・サマジ党BSPの現地指導者だと言われている。

チャッティースガル州の警察長官(DGP)ヴィスワ・ランジャンは、マスコミにこう語った。“更なる対策を講じる前に、まず本件を調査することが必要だ。… 法律専門家たちに、意見を述べ、結論を出すよう依頼してある。"

ミトラの常軌を逸した反民主主義的“苦情”には意義があると、警察長官(DGP)が考えていることは、彼の更なる発言で裏付けられる。ランジャンはこう言ったのだ。“アルンダティ・ロイが、他の連中によって悪影響を受けたのか、あるいは彼女が実際に市民社会にまぎれこんだスパイなのか私にはわからない。どうして私がわかるだろう?"

ロイは、チャッティースガル州の悪名高い特別公共Security Act (2005)略称CPSAに基づく起訴で脅されている。ヒンズー至上主義者であるインド人民党(BJP)によって起草されたこの法律には、“違法な活動”に関する見境のない定義があるのだ。

この法律の条項によれば、“公共の秩序”に対し“危険や懸念をもたらす”あるいは、“法の執行政権”に対する“障害となりがちな”行為、あるいは、書面の通信文でさえ、あるいは、いかなる法律、あるいは“法律によって定められた”規定への不服従を“奨励する”ものは違法であり、七年間の懲役刑となりうるのだ。

CPSAは、インドや国際的な公民権擁護団体によって、大いに非難されている。反対する諸団体は、法律の真の狙いは、その組織が既に2004年に禁止されている、毛沢東主義派武装反抗勢力ではなく、民主的権利を踏みにじり、毛沢東主義派の弾圧に無差別的な暴力を用いている政府や治安部隊を批判してきた、市民的自由を擁護する人々や、NGOやその他の人々なのだと非難している。半年前、CPSAを制定する前に、チャッティースガル州政府は、反政府武装反抗勢力を支持していると疑われた村を焼き払ったことを含め、無数の残虐行為に連座している、反毛沢東主義民兵のサルヴァ・ジュドム(ゴーンディー語で“浄化狩り”という意味)をたちあげた 。

東インド“部族ベルト地帯”の毛沢東主義派武装反抗勢力を巡り、政治とマスコミの騒ぎが高まるさなか、対ロイ攻撃が起きた。今月始め、インドの国民会議派主導連立政府が推進する、全国的に組織された対武装反抗勢力作戦、オペレーション・グリーンハントは、毛沢東主義派ゲリラが、チャッティースガル州ダンテワダ県で警官76名を殺害し、大きな挫折を味わった。(“インド政府、対毛沢東主義派・部族民戦争で挫折を味わう”参照:英語原文)

ダンテワダ襲撃の後、インドのテレビ局やマスコミ評論家によって、ロイや、鉱山、ダムや他の大企業の“開発”プロジェクトのために、彼ら伝来の土地を没収することに対する部族民の抵抗を弾圧することが本当の狙いだと警告して、オペレーション・グリーンハントを非難したエコノミック・アンド・ポリティカル・ウイークリー編集者等の人々に対する行動がとられるべきだというあらゆる種類の呼びかけが行われている。

P. チダンバラム内務大臣自身がこのキャンペーンをあおっている。オペレーション・グリーンハントを擁護し、インド・エリート層の、搾取的で、弾圧的な政策が、今、インド最大の部族地域を震撼させている武力衝突の主要な原因だと主張する人々を、テロ是認ではないにせよ、見て見ぬふりをしていると、彼は繰り返し非難してきた。

4月15日、インド連邦議会上院ラージャ・サバーでの演説でチダンバラムは言った。“人権団体やNGOは、夢の世界に暮らしていて、現実を直視してないと私は考えている。もしも[インド共産党毛沢東主義派が]既存政権を打倒して、権力を握ったら、彼らは、いかなる人権団体でも、この国で活動することを許すだろうか? 彼らは、いかなるNGOでも、この国での活動を許すだろうか? 議会は存在するだろうか?”

内務大臣は更にアルンダティ・ロイをけなした。激昂の余り、チダンバラムは問うた。“33ページの記事を書いた連中全員が、33ページの記事を書くことを許されるだろうか? 33ページの記事を掲載する雑誌があるだろうか?”

何よりも、チダンバラムは、チャッティースガル州のBJP政府に、ロイの捜査を即座に中断するよう要求せず、まして、それが彼女を脅し、告訴しようとする企みだと非難するどころではなかった。

もしロイが、インドのブルジョア支配者集団の憎しみを買ったのだとすれば、それは彼女が、部族の人々に開発と民主主義を押しつけるために戦争をしかけるという、連中の偽善的な主張を率直に否定し、台なしにしたためだ。有能な作家である彼女は、インド国家によって遺棄され、虐待されてきたインド先住民の窮状を感動的に語り、チャッティースガル州と東部の部族ベルト地帯全体を巡る自らの決定を、インド政府が強く主張する動機の背後にあるその基本的権益を詳しく説明している。

ロイはこう書いている。“過去五年間ほど、チャッティースガル州、ジャールカンド州、オリッサ州と西ベンガル州の政府は、企業と、全てが秘密の、鋼鉄工場、海綿鉄製鉄所、発電所、アルミニウム精錬所、ダムや鉱山に関する、数十億ドルもの価値のMOU(合意覚え書き)に調印している。MOUを本物のお金に変えるためには、部族民たちを移転させねばならない。だから、これは戦争なのだ。”

ロイは、多くの場合、暴力的反抗も含む、部族民の国家に対する反対は、毛沢東主義派よりずっと昔からのものであるとし、部族民たちがこうむらされてきた何十年もの蛮行、怠慢と強制退去のおかげで、彼らのかなり多数に、毛沢東主義派の武装闘争の味方につくようにさせているのだと、正しい意見を述べている。

インド共産党毛沢東主義派の政治を扱う上では、彼女はさほど鋭敏ではない。しかし彼女が批判的でないとは到底言いがたい。

たとえロイが完全に毛沢東主義派武装反抗勢力を称賛しようとも、彼女のルポルタージュと意見は、憲法上、言論の自由にあたるはずだ。しかしインド・エリート層は、アメリカ・エリート層同様、民主的権利に対する大規模攻撃を正当化するため、過去十年間“対テロ戦争”とされるものをひき起こし、反対意見の人々を益々犯罪人化して扱っている。

ロイは、決してチャッティースガル州の過酷なCPSAに巻き込まれた初めての人物というわけではない。チャッティースガル州政府に批判的な多くの人々が、投獄されており、中には何年も投獄されたままの人もいる。この部族地域で活動し、政府が提供し損ねている基本的なサービスを行っているNGOの指導者やメンバーたちが、CPSAの下で逮捕と告訴の標的にされているように見える。

こうした犠牲者の中で最も著名なのは、最も虐げられ、政治的にのけものにされている人々に医療を施して人気のある医師ビナヤク・セン博士だ。彼はPeople’s Union for Civil Liberties (PUCL=人権擁護人民同盟?)という名のNGOの副代表だ。

セン医師は、投獄されていた毛沢東主義派の指導者を治療した後、2007年5月に逮捕され、ねつ造された容疑に基づいて、チャッティースガル州の中央刑務所で、二年以上拘留された。持続的な国内および国際的抗議キャンペーンによって、インド最高裁が介入し、彼を保釈するよう命じ、彼は最近釈放されたばかりだ。ところが、ビナヤク・セン医師に対する告訴の一つとして取り下げられておらず、インドの国民会議派主導の政府は彼を告訴することへの支持を示している。

2008年8月、“毛沢東主義派と関係している”という偽りの容疑で、チャッティースガル州の監獄で90日間暮らしたドキュメンタリー映画作家、ジャーナリスト、アジェイの釈放を祝う集会で、デリー大学社会学教授ナンダニは、この州に満ちている恐怖の度合いを語っている。報道機関は、CPSA法によって告訴されるのを恐れ、サルヴァ・ジュドムの残虐さにまつわる報道を控えるのが当たり前になっている。フリーの法律研究者ウシャ・ラマナサンは、条項を批判することが“違法”だという条項まであると、この法律の中世的性格を語っている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/apr2010/aroy-a26.shtml

----------

先住民の方に、全部押しつけるというシナリオ、基地問題も似たようなものでは。

長崎大学、谷川昌幸教授のブログに、直接関連した下記記事がある。

2010/04/19

ロイ,公安法違反容疑で告訴される

2010/04/11

アルンダティ・ロイのインド・マオイスト取材報告(1) 注:(8)まである。

Democracy Nowにも、この訪問後の彼女のインタビューがある。2010/3/22付け 英語

Arundhati Roy on Obama’s Wars, India and Why Democracy Is "The Biggest Scam in the World"

その他のカテゴリー

911事件関連 Andre Vltchek Caitlin Johnstone Eric Zuesse Finian Cunningham GMO・遺伝子組み換え生物 ISISなるもの James Petras John Pilger Mahdi Darius Nazemroaya Mike Whitney Moon of Alabama NATO NGO Pepe Escobar Peter Koenig Prof Michel Chossudovsky Saker Stephen Lendman Thierry Meyssan Tony Cartalucci TPP・TTIP・TiSA・FTA・ACTA Wayne Madsen WikiLeaks William Engdahl wsws アフガニスタン・パキスタン アメリカ アメリカ軍・基地 イスラエル イラク イラン インターネット インド ウォール街占拠運動 オバマ大統領 オーウェル カジノ カナダ カラー革命・アラブの春 ギリシャ クリス・ヘッジズ サウジアラビア・湾岸諸国 シェール・ガス・石油 シリア ジーン・シャープ ソマリア ソロス チベット チュニジア・エジプト・リビア・アルジェリア テロと報道されているものごと トヨタ問題 トランプ大統領 トルコ ノーベル平和賞 パソコン関係 ヒラリー・クリントン ベネズエラ ホンジュラス・クーデター ポール・クレイグ・ロバーツ マスコミ ユダヤ・イスラム・キリスト教 ロシア 中南米 中国 中央アジア 二大政党という虚構・選挙制度 伝染病という便利な話題 北朝鮮・韓国 地球温暖化詐欺 地震・津波・原発・核 宗教 憲法・安保・地位協定 授権法・国防権限法・緊急事態条項 新冷戦 新自由主義 日本版NSC・秘密保護法・集団的自衛権・戦争法案・共謀罪 旧ユーゴスラビア 映画 書籍・雑誌 東ヨーロッパ・バルト諸国 東南アジア 民営化 無人殺戮機 田中正造 英語教育 読書 通貨 選挙投票用装置 難民危機 麻薬 麻薬とされるマリファナについて

お勧め

  • IWJ
    岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

カテゴリー

ブックマーク

最近のトラックバック

無料ブログはココログ