チベット

2008年5月31日 (土)

ダライ・ラマの聖なる僧衣の背後

マイケル・バックマン

2007-05-23

ジャーナリストがダライ・ラマに挑戦することはほとんどない。

その理由には、彼が非常に魅力的で、人を惹きつけるからだということもある。彼に関わる報道記事の大半は、くすくす笑いや巧みなたとえ話を難しい答えの代用品にしている人物を軽やかに描きだすのみだ。だが彼は、恐らく自分自身を政府の首長として、現在、中国国民である何百万人もの人々の、広範な自治を求めている人物だ。従って、彼を政界の実力者として責任を持った人物としてとらえて当然だろう。

単なる宗教指導者というだけではなく、1959年に亡命した際、彼はチベット政府の首長だった。チベット政府は、貴族的で、縁故主義の僧侶たちによって運営される国家機構で、税を徴収し、反体制派を投獄し、拷問し、あらゆる全ての通常の政治的陰謀に関与していた。(ダライ・ラマの父親は、1946年にクーデター陰謀の結果、殺害されたことはほぼ確実だ)

亡命政府はインドで設立され、少なくとも1970年代まで、CIAから年間170万ドルを得ていた。

彼がそれで1989年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマの非暴力支持という公的姿勢にもかかわらず、この資金は中国に対するゲリラ作戦の対価だった。

ダライ・ラマ自身1950年代末から1974年までCIAの給料を貰っており、月に15,000ドル(年間180,000ドル)受け取っていたと言われている。

資金は彼に個人的に支払われたが、彼はその全てあるいは大半をチベット亡命政府の活動に使っていた。主としてニューヨークとジュネーブの事務所の資金と、国際的なロビー活動のためだ。

現在の亡命政府の財源詳細は、明瞭とはほど遠い。構造的に、亡命政府は、7つの省といくつかの特別部局で構成されている。公益信託、出版社、インドとネパールのホテル、アメリカとオーストラリアの手工芸品販売会社などがあり、全て亡命政府大蔵省の元に組織化されている。

政府は全部で24事業の運営に関与していたが、そのような商業活動は適切ではないことから、撤退することを2003年に決定した。

数年前、私は、ダライ・ラマの大蔵省に予算の詳細を質問した。それに対し、当時、約2200万ドルの歳入があり、様々な厚生、教育、宗教、文化プログラムに使われていると答えた。

最大の項目は政治に関する支出で、700万ドルだ。次に大きな金額は行政で、450万ドルだ。ほぼ200万ドルが亡命政府の海外拠点運営に割り当てられていた。

亡命政府が行っていると主張しているものに対し、こうした金額はかなり少なめに思える。

寄付金がどのように予算に組み込まれるのかは明らかではない。寄付金は年間数百万ドルにのぼると思われるが、ダライ・ラマの大蔵省は、それについて具体的な受取り証や、資金源は提示しなかった。

確かに、国外居住しているチベット人の間には、構造的汚職や、ダライ・ラマの名において集められたお金の乱用について、数多くの噂がある。

多くの寄付は、ニューヨークに本部があるチベット財団、1981年にチベット難民とアメリカ国民によって創設された組織を通して流れ込む。財団は様々な計画に年間300万ドルを費やす、数百万ドル規模の組織にまで成長した。

その資金の一部は、アメリカ国務省の難民計画局(Bureau for Refugee Programs)から出ている。

 

 

 

多くのアジアの政治家同様、ダライ・ラマは至って身びいきが激しく、自分の家族たちを多くの重職に任命している。近年、チベット亡命政府の最高行政府、つまり内閣であるカシャグ・メンバー6人のうち3人は、ダライ・ラマの身近な肉親だ。

彼の兄はカシャグの議長であり、治安大臣である。彼はまた、1960年代には、CIAが支援するチベット・コントラ活動の長だった。

義理の妹は、亡命政府の計画審議会会長と厚生大臣をつとめた。

妹は、厚生、文部大臣であり、彼女の夫は亡命政府の情報・外務大臣だった。

彼等の娘はチベット亡命国会の議員だ。弟はダライ・ラマ個人事務所の上級職員をつとめた、また彼の妻は文部大臣をつとめた。

義理の弟の二人目の妻は、北部ヨーロッパ・チベット亡命政府代表で、チベット亡命政府の国際関係部門の長だ。こうした全ての立場によって、ダライ・ラマ一家は、亡命政府を代表して集められた何百万ドルにアクセスすることができる。

ダライ・ラマは今や有名かも知れないが、彼について良く知る人はほとんどいない。例えば、広く流布している思い込みと異なり、彼は菜食主義ではない。彼は肉も食べる。肝炎に由来する肝臓の合併症後、医師の助言で、そうしている(と彼は主張する)。私も数人の医師に尋ねてみたが、痛んだ肝臓には肉が必要、あるいは望ましいことに同意した医師は一人もいなかった。

チベット内部のチベット人に対して、ダライ・ラマは一体何を実際に達成したのだろう?

もしも、彼の目標がチベットの独立、あるいはより近年では、自治の拡大であれば、彼は惨めな失敗者だ。

彼は、チベットを世界中で第一面の話題にして来たが、一体何が目的だろう? 主な業績は、彼が有名人になれたということのようだ。彼がおとなしくしていれば、中国によって拷問され、殺害され、全般的に抑圧されるチベット人の数も少なかったろう。

ともあれ、今のダライ・ラマは72歳だ。彼の後継者、つまり生まれ変わりの子供が指名されようが、意味のある役を演じるようになるまでには長年かかるだろう。中国に関する限り、オーストラリアのジョン・ハワードやケビン・ラッドが現ダライ・ラマと会見しようが、しまいが、これは自ら対処すべき問題の一つであることは確実だ。

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本記事原文 the age web

先に、Globalresearchが題名、冒頭部分に追記した文章を翻訳した。その文章がGlobalresearchから削除されたことについて、他のblog文章の貼り付けらしきコメントがあった。それで翻訳文章を一度保留した。

一方、著者原文は、そのままオリジナルのwebに掲載されている。そこでGlobalresearchで追記された部分を削除、オリジナルのwebの原文に対応するものとし、公開する。

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中国のチベット独立運動弾圧に抗議して、派手なパフォーマンスを繰り広げ、突然有名になった組織、「国境なき記者団」ちょっと調べるだけで、そのうさんくささ、それを全く責めないマスコミのインチキさの背景がわかる。

「国境なき記者団」のまやかし

2008年4月24日 (木)

反中国デモの偽善と危険

2008年4月14日、CommonDreams.orgで公開。

Floyd Rudmin

チベット人は「人口構成による侵略」や「文化的虐殺」で苦しんでいるという話を聞く。しかし、こうした言葉がスペインやフランスの少数民族バスク人政策について使われるのを聞いたことはない。こうした言葉が、1898年のアメリカによるハワイ王国併合について使われるのを聞いたことはない。そしてディエゴ・ガルシアについて。さほど遠からぬ昔、1973年、イギリスが、チャゴス諸島先住民全員を、インド洋のディエゴ・ガルシア島から強制的に国外退去させた。人々は衣装スーツケース一つしか持たせてもらえなかった。それ以外は何もなしだ。家族で飼っていたペットは毒ガスで殺され、埋葬された。完璧な民族浄化だ。完璧な文化破壊だ。何故だろう? 巨大なアメリカ空軍基地建設のためだ。それはアフガニスタンとイラク爆撃のために活用されたし、間もなくイランとパキスタン爆撃にも利用されるかもしれない。イギリス人とアメリカ人以外は誰もいないディエゴ・ガルシアは、引き渡しや拷問や他の非合法行為にも、うってつけの場所だ。

2012年のロンドン・オリンピックでは、ダライ・ラマやデズモンド・ツツは、きっとディエゴ・ガルシアでの「人口構成による侵略」や「文化的な虐殺」に対する抗議デモの先頭に立つだろう。国連事務総長、フランス大統領、ドイツ首相、そして新たなアメリカ大統領や全アメリカ議会が、開会式をボイコットするに違いない。

アメリカやイギリスや40以上の有志連合諸国が、イラクに対する侵略戦争をおこなっている一方で、ラサにおける人種的な暴動で100人が亡くなったことに対するこの道徳上の姿勢は、偽善の極みだ。イラクでの戦争は「人口構成による侵略」などでなく、むきだしの衝撃と畏怖による侵略だ。戦争犯罪だ。上下水道施設と配電網の意図的な破壊を含む、民間人に対する戦争だ。100万人以上のイラク人が亡くなった。500万人が難民にされた。西洋の侵略者は、「文化的な虐殺」こそしなかったかもしれないが、西洋文明のまさに揺籃の地で、膨大な規模の文化的破壊をおこなったのだ。なぜニュースは、チベット問題のデモの話題ばかりで、イラク問題のデモではないのだろう?

さらに「人口構成による侵略」や「文化的虐殺」は、イスラエルの入植地政策やパレスチナ人共同体の組織的破壊にこそぴったりあてはまるということを、誰もが知りながら、触れる人はほとんどいない。この点について、ダライ・ラマは沈黙したままのようだ。デモをする人々は、ブルドーザーで潰された家屋や、破壊された果樹園や、殺されたパレスチナ人の子供たちのためには旗をふらない。

中国という文脈

中国政府は人類の四分の一の福祉と治安に対する責任を負っている。仏教の僧侶によって行われた場合ですら、人種暴動や反乱は容認しえないのだ。

エジプト人がピラミッドを建築し始めた頃には、中国文明は既に成熟していた。しかしこの200年間はうまく行っていなかった。二度の阿片戦争で中国は麻薬の輸入を強いられ、植民地支配を完成する手段としてヨーロッパ人が沿岸の港を掌握し、更に義和団の乱、満州王朝の崩壊、内戦、日本による残虐な侵略と占領、更なる内戦、更に共産党による統一と社会変革、そして毛の文化革命だ。そうした出来事によって何千万人もの人が亡くなった。それゆえ、中国の近代史には、個人の権利より、社会秩序に高い優先順序を置く、もっともな理由がある。人種暴動や反乱は容認しえないのだ。

こうした文脈を考えて、西欧世界が自らの国内の少数民族に対して行ったことと比較すれば、中国の国内少数派民族の扱いは模範的だ。何千年もの中国支配にもかかわらず、中国には依然として50以上の少数民族がいる。北と南アメリカにおける数百年にわたるヨーロッパ支配の後、本来の少数民族文化は、根絶されたか、損なわれたか、減少した。

中国通貨には五カ国語が表記されている。中国語、モンゴル語、チベット語、ウイグル語、チワン語だ。これに比べ、カナダ通貨には英語とフランス語表記はあるが、クリー語もイヌクティトゥト語表記もない。もしアメリカが中国と同じくらい少数民族に配慮しているなら、ドル紙幣には英語、スペイン語、チェロキー語とハワイ語表記があるはずだ。

中国では少数民族は小学校教育を彼等自身の共同体によって運営される学校で、自らの言語で始める。中国語教育は10歳になるまで導入されない。これは大半の西洋諸国における強制的な言語的同一化の歴史とは、際立って対照的だ。最近オーストラリア政府は、子供たちを家族から引き離し、子供たちに英語を話すよう強制し、母語を話すと子供を叩いたことを、オーストラリア先住民少数派に対し謝罪した。中国は、チベット人や他の少数民族に対して、そうした謝罪をする必要はない。

中国の一人っ子政策は西欧人にとっては圧政的なものに見えるが、これは少数民族には適用されてはおらず、漢民族中国人にだけ適用されている。チベット人は好きなだけ何人でも子供を育てることができる。もしも漢民族が一人以上の子を持つと処罰される。

大学入学の点でも、少数民族に対する同様な優遇策がとられている。たとえば、チベットの学生は、中国のエリート大学たる北京大学に、漢民族の中国人学生より低い試験成績で入学できる。

中国は少数派民族の権利問題に関して完璧な国ではないが、大半の西欧諸国よりはましだ。また中国は、自らを復興し、200年の連続的な危機と外国による侵略から回復するという歴史的文脈の中でこれをなし遂げたのだ。

歴史的主張

国境というのは自然にあるものではない。国境は常に歴史から生まれるものだが、あらゆる歴史が、議論の余地があるものだ。国境に対する主張やら証拠というものは、いつでも見つかるものなのだ。中国は過去200年間、その主張を執行することは困難ではあったのだが、チベットは自国領土の一部だと長らく主張してきた。ダライ・ラマは、チベットに対する中国の主張に反論はしていない。最近のチベットにおける人種暴動と反オリンピック・デモによって、中国が縮小し、自国領土の一部を放棄するようなことにはなるまい。暴徒やデモ参加者もそれを知っている。

チベット分離主義者を後押ししている外国政府や、チベット独立を要求しているデモ参加者たちは、自分の国をもっと良く見つめるべきだ。カナダ人は、ケベック独立運動のキャンペーン活動をすることができる。アメリカ人は、プエルトリコ、バーモント州、テキサス州、カリフォルニア、ハワイ、グアム、そしてアラスカの分離主義者を支持することができる。イギリス人はウェールズ解放と、「スコットランド人の為のスコットランド」のために働くことができる。フランス人は、タヒチ人、ニュー・カレドニア人、コルシカ人、そしてバスク人の解放を支援することができる。スペイン人もバスク人や、カタロニア人を支援することができる。イタリア人はシチリア人分離主義者や、北部同盟を支援することができる。デンマーク人はフェロー諸島を独立させることができる。ポーランド人はカシュビア人を支援できる。日本人は沖縄の分離主義者を支援することが、フィリピン人はモロ民族を支援することができる。タイ人はパタニ独立を促進することができる。インドネシア人はアチェ人の独立を促進することができる。ニュージーランド人は、島々をマオリ族に渡すことができる。オーストラリア人はパプアを立ち退くことができる。スリランカ人はタミール人独立主義者を支援することができる。インド人はシーク人分離主義者を支援することができる。

ほとんど全ての国は、なんらかの独立運動を抱えているものだ。民族的分離主義を推進するために、はるばる世界の頂上のチベットにまででかける必要はない。中国は他国において、独立運動を推進しているわけではなく、他国が中国内で独立運動を推進することを喜ぶわけもない。最も抑圧され、最も自分たちの国を必要としているのはパレスチナ人だ。推進し、デモをするに値する他のプロジェクトがあるのだ。

デモの危険性

これらのデモはチベット人の役には立たず、むしろチベット人を隠された動機のために利用している。多くのチベット人は、したがって、こうしたデモには反対している。多くの中国人は歴史を忘れてはおらず、ラサの暴動とそれに続くデモを、中国を分断し、弱体化しようとする外国勢力の新たなたくらみだと見なしている。中国がチベット人を裏切り者として恐れるようになり、中国において、反チベット感情が広範に広がる結果となるという深刻な危険性がある。

少数民族が外国勢力のために働くのではという恐怖から、カナダは、第一次世界大戦の間、カナダ国内のウクライナ人少数派を強制収容所に監禁した。同じような理由で、オットーマン帝国は、自国内のアルメニア人少数派を国外退去させ、死の行進で100万人以上を殺害した。ドイツのナチスは、ユダヤ人少数派が第一次世界大戦敗北を招いた裏切り者だと見なした。それで、1930年代に国外追放がおこなわれ、1940年代に死の収容所があったのだ。第二次世界大戦中、カナダとアメリカ両国は、日本人移民という少数派が裏切るのではないかと恐れ、彼等を強制収容所に移送した。自国内の中国人少数派を恐れたインドネシア人は、1959年には100,000人を国外追放し、1965年には何千人以上も殺害した。同様にイスラエルは自国内のアラブ人少数派を恐れており、国外追放と弾圧をおこなっている。

願わくは、中国政府と中国人が、チベット人を、外国の強国の手先というより、外国の強国の犠牲者と見なして欲しいものだ。だがもしも中国が、歴史上他の国々がしたように対応して、チベット人に対し、体系的で過酷な弾圧を始めるようなことになれば、現在デモをしている人々は、そうした出来事を招来した自分たちの役割を忘れるべきではあるまい。

結論

現在中国を非難しているデモ参加者達は、自らが、そして他の人々が、自国政府の現在の失敗を見つめ、改めることからそらせる役にしか立っていない。もしもデモをする人々が、しばし耳を傾けるなら、彼等自身の偽善という沈黙の声が聞こえるだろう。

こうしたデモの結果は 1) 中国が、チベット人に暴動をあおった外国の影響を見いだそうという決意を固めるであろうこと、そして 2) アメリカ、イギリス、フランス、そして他の西欧諸国の政府では、ここ数週間、国内での政府批判は減ったろうということだ。それだけのことだ。これらのデモはなんら好ましい結果をもたらせまい。

Floyd Rudminとは、emailで連絡がとれる。

記事原文のurlアドレス:www.commondreams.org/archive/2008/04/14/8287/

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関連記事翻訳:

「国境なき記者団」のまやかし

2009年7月13日追記

今度は、新疆ウイグル自治区。

今年、沖縄にでかけた。安保の丘というか、嘉手納道の駅で、しばらくラプターの離着陸を見学した。米軍航空機騒音判決の日にも、米軍機の離着陸演習はやまなかったというが、本土の新聞には、そのような話題は全くのらず、テレビ・ニュースでも流れなかった。

昨年、北海道に何度かでかけた。アイヌの人々の蜂起、1789年 クナシリ、メナシの蝦夷の蜂起が最後だという。そこで、下記のような感想を持った次第。(上記記事を流用させていただく)

ウイグル分離主義者を後押ししている外国政府や、ウイグル独立を要求しているデモ参加者たちは、自分の国をもっと良く見つめるべきだ。

ナオミ・クラインの名著『ショック・ドクトリン』の第9章 「歴史という扉をバタリと閉鎖 ポーランドの危機、中国の虐殺」を読んで初めて、天安門事件とフリードマン流経済政策との結びつきの深さを知った。

『ショック・ドクトリン』翻訳もでないまま、日本は、こりずに小泉911欺瞞選挙の繰り返し。政権交代が自己目的化しているというのは、異常だが、全ての茶番、巧妙に長い年月をかけて、計画されてきたのだろう。植民地支配に邪魔な小政党の排除という目的のために。

2008年4月22日 (火)

西欧マスコミは本当のチベット情報を報じそこねている

Michael Backman

The Age

2008年4月9日

数年間にわたって、このページで、アジアの犯罪人たちを明らかにしたり、世間一般に持たれている考え方と逆の視点を提示したりしてきたが、私はとうとう初めて殺しの脅迫を受けた。

それほど深刻なものではないのだろうが(匿名の電子メールだった)、小生の経歴上、非常に画期的な出来事ではあるだろう。それはインドに暮らすチベット人難民で、ダライ・ラマの信奉者だ、と称する人物から来たものだった。

私に投書してきた人物は、今度私がインドを訪れたら、殺され(食べられる、と彼は言った)、家族は私の遺骸を決して発見できまいと書いていた。

投書してきた人物が不快に思ったのは、私が昨年The Ageに書いたコラムで、その中で、大半のマスコミ報道が無視しているダライ・ラマのいくつかの側面を私は強調していた。たとえば、亡命政府の運営にあたり、多くの親族を高位につけ、かなり縁故主義的だったことや、1950年代、60年代中と、70年代初頭まで、彼が個人的にCIAから給料をもらっていた、といった事実だ。

先週そのコラムが、チベット問題という文脈で、北米のウェブ・サイトに承認なしで複製され、この問題をとても危ぐしている人々のそうでなくとも不安な感情に油を注いだ。

元のコラムは、昨年のダライ・ラマのオーストラリア訪問にあわせて書かれたものだ。当時のオーストラリア・マスコミがダライ・ラマに関しておこなっていた、莫大で無批判的なマスコミ報道と釣り合いをとるべく書かれたものだった。

中国のダライ・ラマに関するマスコミ報道が、あきれるほど否定的な方向に偏向しているのと同様、ダライ・ラマに対する西欧マスコミの報道は、これまで過度に好意的かつ無批判的だと私はいつも考えてきた。

明らかに、過去数週間に、チベット系住民が中国軍に殺害された。これは広く報道されてきた。

だが、人種問題を原因とする攻撃で、中国系住民がチベット系住民によって殺害されたことも明らかだ。これは、西欧のマスコミではそれと同じ様なレベルで明らかにされいるわけではない。にもかかわらず、1998年、同様の原因から、ジャカルタで中国系住民が強姦され、殺害された時は、西欧マスコミは、しかるべく愕然とした。非中国系現地人を犠牲にして過剰な経済支配をしている、と受け止められたのが原因だった。

ラサでは、働いていた洋品店がチベット人の抗議参加者に放火され、四人の中国人女性と一人のチベット人女性が焼死した。だが、中国人に対する狂暴な行為は、漢民族中国人に対する攻撃だけという単純なものではない。中国系イスラム教徒商人まで攻撃された。古代シルク・ロードの遺産であるラサには、イスラム教徒の商人は何世紀にもわたって住んできたのだ。しかし二週間前の騒乱では、ラサの古い地区にあった大寺院も焼け落ちた。

チベット文化が、中国人移住者によって、明らかに圧倒されているのは悲劇だ。だが、小企業を営む中国系住民の殺害は、あるいは実際、誰の殺害であれ、誤っており、疑いもなく、ダライ・ラマが退位をするぞと警告した理由の一つだ。

だがまたもや、この扱いは、西欧のマスコミには、チベット報道となると偏向があることを示唆している。不幸にして、この無遠慮な批判は、宣伝行為という点では、中国に対してもあてはまる。

中国とチベットに関しては、どちらかの側が絶対に正しいということはない。いずれの側も、自分の主張を強化しようとして、信頼できる歴史的主張を挙げる。中国は、チベットは長らく中国の一部だったと本気で信じている。チベット人は、その逆を本気で信じている。

中国国内の普通の中国人は、チベット人を恩知らずで、身勝手だと考えている。前回北京を訪ずれたとき、ある若い中国人がチベット人のことを、攻撃的で、中国がチベットに対しておこなったあらゆる開発に対し、感謝の念がないと言った。私は彼に、彼等は、自分たちが、中国人移住者たちによる、意図的に企てられた文化的大虐殺とも見えるもので、圧倒されつつあるのを一番懸念しているのだと説明した。彼の顔に驚愕の表情が一瞬よぎった。彼はこうした主張をこれまで聞いたことがなかったが、その論理は明らかに彼の心に訴えたのだ。中国のマスコミはこれを決して報道しないために、彼はそれまで聞いたことがなかったのだ。

中国の民族主義は高まりつつあるので、中国でこのような見方が受け入れられる可能性は少ない。おそらく多数の西欧の投資家は、この問題に関して、中国の肩をもった明白な発言をした方が、中国への参入がより円滑になることに気づいているだろう。

場合によっては、ダライ・ラマによる支配、豊かな僧院や、メンバーたちは大体、シチリアの珊瑚、イランのトルコ石やビルマのルビーだらけだったので、ほとんど身動きすらできなかったような、裕福な貴族的家族の一団を、打倒した時に、中国は普通のチベット人に対して、偉大な貢献ができる可能性があった。政権打倒は、土地と農民の生活に対する完全な支配を築き上げたイギリスの修道院が、ヘンリー8世によって解体されたのに匹敵する。

不幸なことに、チベットの場合、神政的で、私利的な支配と置き換わったものは、ずっとましだとは到底言えぬものだった。中国共産党だ。現地の独裁者が外国のそれに置き換わった。

スターバックスのラサ一号店は、おそらくわずか一、二年のうちにできるだろう。経済制裁のおかげで、ビルマが世界最大の生ける博物館として保存されたのと同じように、自分たちの個人的な楽しみのためには、むしろチベットは中世にとどまったままであって欲しいと考える多くの裕福な西欧人旅行者にとって、これは特に悲劇だ。

チベット問題を取り巻く利権は多く、「チベット解放」の類の単純なスローガンより、はるかに複雑なことになっている。もしも中国がこの問題を中和するつもりであれば、今はまだ欠けている、一定レベルの洗練、成熟と自信をもって行動することを学ぶ必要があろう。中国支配下での苦難に対し、チベット人に詫びるのは、そうしたひとまとまりのものの一部になるべきだろう。だが、そこまでのレベルの悟りにいたるのは、明らかに、ずっと何年も先のことだ。

おわり

Ageウエブ・サイト上のコラムのウエブ・アドレス:

http://business.theage.com.au/western-media-miss-the-real-tibet-story/20080408-24nz.html

上記記事のurlsアドレス:

www.michaelbackman.com/NewColumn.html

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文中言及されているものと思われるGlobalResearch.ca記事を「CIAの役割:ダライ・ラマの聖なる僧衣の背後」として先に訳出した。

「著者により否定・取り下げられたGlobalResearch記事...」というweb記事を貼り付けた匿名コメントを頂いた。記事が取り下げられたことには気づかずにいたので、訳は保留にした。

同じ著者のこの4月9日記事を訳しておく。

GlobalResearch.caでは取り下げた様だが、The Ageの元記事は下記で読める。記事のタイトルは「ダライ・ラマの聖なる僧衣の背後」である。

www.theage.com.au/news/business/behind-dalai-lamas-holy-cloak/2007/05/22/1179601410290.html

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