10月7日の警告をバイデンとネタニヤフは受けていたが、二人とも人質事件を無視した。
2026年9月9日
Moon of Alabama
2023年当時、ガザ地区に暮らす230万人のパレスチナ人は長年イスラエル占領下に置かれていた。国際政治はこの問題から目を背け、深刻な状況は無視されていた。
イスラエルは対話の意思を示していたが、ベンヤミン・ナタニヤフ政権は、ガザ地区に課した厳しい制限を解除するいかなる合意も阻止していた。ガザ地区は静かに窒息させられつつあった。
ガザ地区を支配するハマスの地元指導者ヤヒヤ・シンワルは窮地に立たされていた。彼はガザ地区を囲む塀を突破し、イスラエル兵を拉致して今後の交渉における切り札として利用する大規模作戦を計画していた。シンワルは仲介者を通じて、何か大きな計画を企てていることを周囲に伝えていた。一方、彼の部下たちは公然と作戦訓練を行っていた。
ガザ地区を警備するイスラエル兵、イスラエル諜報機関、そしてハマスとイスラエルの交渉を調整していた外国政府は皆、何かが起こっていることに気づいていた。しかし、いつ、何が起こるのかは分からなかった。
10月7日、作戦が開始された。ガザ地区周辺のイスラエル警備隊に事前警告はなかった。ガザ地区近郊では多くの若いイスラエル人が参加する地元の祭りが開催されていた。シンワール率いる数百人の部隊が塀を突破し、現地の軍駐屯地や小さな町に到達し、祭りの参加者たちと遭遇した。彼らは可能な限り人質を取り、ガザ地区へ連れ戻そうとした。
ガザ地区周辺のイスラエル軍部隊は不意を突かれた。休暇や他の作戦のため、兵力は最小限に抑えられていた。事前警告を受けていなかったため、彼らは混乱し、反応は鈍く、乱暴な手段に出た。ヘリコプターが飛び立ち、動くもの全てに発砲するよう命令を受けた。現場から逃げようとしていた数百人の祭り参加者がヘリコプターに殺害された。
その後数週間から数ヶ月にわたり、イスラエル政府はこの事件を利用して、ガザ地区のパレスチナ人を全て排除する長期目標を推進した。シンワール軍が拘束した人質を解放するという申し出は全て拒否し、ガザ地区を徹底的に制圧し占領するよう軍に命じた。殺害対象者や人数に制限を設けなかった。
ベンヤミン・ネタニヤフ率いるイスラエル政府は、柵の突破が起きることを事前に知っていたのではないかという疑念が早速持ち上がった。政府は、より大きな目的、ガザ地区の全住民虐殺を正当化するために、意図的に突破を許したように思われた。
昨日、イスラエル日刊紙ハアレツは、このことを裏付ける長文記事を掲載した。
10月7日の一週間前、アラブ首長国連邦の首長から、ネタニヤフ首相はイスラエルに対する大規模作戦が間もなく実行されるという警告を直接受けていた(アーカイブ)。
ネタニヤフ首相は意図的に、これに対して何の反応も示さなかった。彼は意図的に、10月7日の出来事を起こさせたのだ。
その日に人質となった人々のことも彼は気にかけなかった。
10月7日の夜、既にヤヒヤ・シンワルはカタールの関係者を通じて、全ての民間人人質を解放することを申し出ていた。
実に極めて多くのガザ地区の人々と、一部の人質が、彼らのせいで命を落とした。
だが、選挙で勝利する可能性がある候補者のいずれも違う政策をとることはないだろう。シオニスト、つまりイスラエルのユダヤ人人口の大多数は、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区と更にその先までも征服したいと考えている。
この紛争から抜け出す唯一の方法は、彼らの国を解体することだ。
記事原文のurl:https://www.moonofalabama.org/2026/09/biden-and-netanyahoo-were-warned-of-oct-7-both-ignored-the-hostages.html
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今朝の孫崎享氏メルマガ題名
Moon of Alabama
2023年当時、ガザ地区に暮らす230万人のパレスチナ人は長年イスラエル占領下に置かれていた。国際政治はこの問題から目を背け、深刻な状況は無視されていた。
イスラエルは対話の意思を示していたが、ベンヤミン・ナタニヤフ政権は、ガザ地区に課した厳しい制限を解除するいかなる合意も阻止していた。ガザ地区は静かに窒息させられつつあった。
ガザ地区を支配するハマスの地元指導者ヤヒヤ・シンワルは窮地に立たされていた。彼はガザ地区を囲む塀を突破し、イスラエル兵を拉致して今後の交渉における切り札として利用する大規模作戦を計画していた。シンワルは仲介者を通じて、何か大きな計画を企てていることを周囲に伝えていた。一方、彼の部下たちは公然と作戦訓練を行っていた。
ガザ地区を警備するイスラエル兵、イスラエル諜報機関、そしてハマスとイスラエルの交渉を調整していた外国政府は皆、何かが起こっていることに気づいていた。しかし、いつ、何が起こるのかは分からなかった。
10月7日、作戦が開始された。ガザ地区周辺のイスラエル警備隊に事前警告はなかった。ガザ地区近郊では多くの若いイスラエル人が参加する地元の祭りが開催されていた。シンワール率いる数百人の部隊が塀を突破し、現地の軍駐屯地や小さな町に到達し、祭りの参加者たちと遭遇した。彼らは可能な限り人質を取り、ガザ地区へ連れ戻そうとした。
ガザ地区周辺のイスラエル軍部隊は不意を突かれた。休暇や他の作戦のため、兵力は最小限に抑えられていた。事前警告を受けていなかったため、彼らは混乱し、反応は鈍く、乱暴な手段に出た。ヘリコプターが飛び立ち、動くもの全てに発砲するよう命令を受けた。現場から逃げようとしていた数百人の祭り参加者がヘリコプターに殺害された。
その後数週間から数ヶ月にわたり、イスラエル政府はこの事件を利用して、ガザ地区のパレスチナ人を全て排除する長期目標を推進した。シンワール軍が拘束した人質を解放するという申し出は全て拒否し、ガザ地区を徹底的に制圧し占領するよう軍に命じた。殺害対象者や人数に制限を設けなかった。
ベンヤミン・ネタニヤフ率いるイスラエル政府は、柵の突破が起きることを事前に知っていたのではないかという疑念が早速持ち上がった。政府は、より大きな目的、ガザ地区の全住民虐殺を正当化するために、意図的に突破を許したように思われた。
昨日、イスラエル日刊紙ハアレツは、このことを裏付ける長文記事を掲載した。
10月7日の一週間前、アラブ首長国連邦の首長から、ネタニヤフ首相はイスラエルに対する大規模作戦が間もなく実行されるという警告を直接受けていた(アーカイブ)。
2023年10月7日の一週間半前、アラブ首長国連邦の首長はアブダビ大統領宮殿からネタニヤフ首相に電話をかけ、45分間会談した。この新情報に対しネタニヤフ首相は何ら行動を起こさなかった。イスラエル諜報機関も軍もこの情報を知らされていなかった。連絡を受けていたジョー・バイデン政権下のアメリカ政府も同様に何の反応も示さなかった。
会話の中で、ビン・ザイードは、ガザ地区のハマス指導者ヤヒヤ・シンワルがイスラエルに対する大規模作戦を計画していると警告した。ビン・ザイードは、この作戦は流血を招くだけでなく、地域全体を不安定化させ、アブラハム合意を損なう恐れがあると懸念を表明した。
…
また、この電話会談には、ビン・ザイード側近で、数年前にガザ地区からアブダビに移住し、ガザ地区との強い繋がりを維持しているパレスチナ人顧問も同席していた。この顧問によると、アラブ首長国連邦指導者はネタニヤフ首相に、この脅威に備える必要性を強調したという。
「首長は、シンワールが重大な出来事に備えていると判断したと説明した」と顧問は語る。「彼はネタニヤフ首相に、イスラエルは準備を整えるべきだと述べた。同時に、ガザ地区の経済的解決策を見つけ、ヨルダン川西岸地区の情勢を沈静化させて事態の悪化を防ぐよう勧告した。」
ビン・ザイードはネタニヤフ首相に、事態を真剣に受け止めるよう促した。
後に、アラブ首長国連邦の首長はネタニヤフ首相との会話の内容と、ウィリアム・J・バーンズCIA長官にも伝えた警告について語った。ビン・ザイード首長はバーンズ長官に「何かが爆発寸前だ」というネタニヤフ首相に伝えようとした意図を共有し、イスラエル首相は、その不安定な地域は、実際はヨルダン川西岸地区だと考えていたと伝えた。ハアレツ新記事はネタニヤフ首相が何が起きるか事前に知らされていたと主張する最初の記事ではない。エジプト政府関係者も何か大きなことが起きると警告を受けていた。
「首長は、自身の控えめな反応にもかかわらず、ネタニヤフ首相がこのメッセージを真剣に受け止め、行動を起こしてくれると期待していた」と顧問は語る。首相がこのメッセージを聞いたにもかかわらず、国防機関トップに報告しないとは誰も想像していなかった。シン・ベト長官、モサド長官、イスラエル国防軍参謀総長、彼らの誰も、ビン・ザイードの警告を知らなかったのだ。
ネタニヤフ首相は意図的に、これに対して何の反応も示さなかった。彼は意図的に、10月7日の出来事を起こさせたのだ。
その日に人質となった人々のことも彼は気にかけなかった。
10月7日の夜、既にヤヒヤ・シンワルはカタールの関係者を通じて、全ての民間人人質を解放することを申し出ていた。
午後7時、カタールのムハンマド・ビン・アブドゥルラフマン・アル・サーニ首相は、親しい関係にあったモサド長官ダビッド・バルネアに電話をかけた。カタール首長は、イスラエル諜報機関の高官バルネアを愛情を込めて「デディ・ボーイ」と呼んでいた。二人はちょうど1週間前、ヨム・キプールの終わりに会ったばかりだった。バルネアは当時、ネタニヤフ首相の代理としてドーハを訪れ、カタールにガザ地区への財政支援増額を要請していた。イスラエルもアメリカも、人質の即時解放に関心を示さなかった。
アル・サーニは動揺していた。「つい先ほど、ハマス政治指導者イスマイル・ハニヤ氏とその副官ハリール・アル・ハイヤ氏と会談を終えたところだ。彼らはつい最近ドーハに到着したばかりだ」と、アル・サーニはバルネアに説明した。「民間人人質全員が直ちに解放されなければ、私が直接カタールからの追放を命じると、はっきりと警告した。ハマスは今すぐ民間人全員を解放する用意があり、我々も仲介する用意があると申しあげておく。」
イスラエル諜報機関モサド長官の返答に、アル・サーニは困惑した。「もし彼らが民間人を解放したいなら解放すれば良い」とバルネア長官は答えた。「我々はハマスと話し合う用意はない」。
カタール首相との最初の会談で、ハマスが民間人解放に前向きであるものの、イスラエル国防軍のガザ侵攻の停止や神殿の丘における礼拝者の新たな権利など、受け入れがたい条件を提示したと聞かされたことをバルネアの側近らは認めている。カタール首相はこの主張を否定している。「初日、ハマス指導者たちは厳しい条件を提示しなかった」と首相顧問は述べ、「我々の脅威は現実のもので、彼らにはそもそも条件を課す立場になかったからだ」と付け加えた。ガザ近郊の祭りに多くの観光客が集まったため、ハマスの作戦は計画を遙かに超える混乱を引き起こした。ヤヒヤ・シンワールは事態を沈静化させようと躍起になっていた。しかし、イスラエルはそれを許さなかった。
アル・サーニは諦めなかった。彼はアントニー・ブリンケンアメリカ国務長官に電話をかけ「聞いてください」と告げた。「ガザには数百人の人質がおり、私の推測ではその中には数十人の民間人がいます。彼らは今すぐ解放されなければなりません。私はイスラエルに迅速な解放のための仲介を申し出ましたが、彼らは興味を示しませんでした。」
ブリンケンはアル・サーニに、3日以内にイスラエルへ飛ぶ予定だと伝えた。「待ちましょう」とブリンケンは彼を安心させた。「ネタニヤフ首相と直接話します」。アル・サーニは食い下がった。「ご存知の通り、時間は重要な要素です。今すぐ行動を起こさなければなりません」。ブリンケンは彼を制止した。「今は状況が複雑です。イスラエルはまだ攻撃を受けており、話せる相手もいません。3日間待ちましょう」。
「正直に言うと」と高官は言う。「この段階では人質問題は真剣に議題に上がっておらず、軍や政治レベルでこの提案について話し合う用意のある者はいなかった。人質解放は、10月7日夜に政府が策定した戦争目標リストにすら含まれていなかった。この提案は適切に議論され、決定に至れたのだろうか? 実質的に言えば、答えはイエスだ。」イスラエル政府もバイデン政権も、人質を取り戻すことに関心がなかった。人質はイスラエルがガザ地区で行った暴力の嵐を正当化するため利用される予定だった。
ブリンケンは6日後、ようやくイスラエルに到着した。10月12日木曜日に到着すると直ちにネタニヤフ首相と会談し、翌日にはドーハへ向かいカタール首相と会談した。「ネタニヤフ首相に人質解放の問題を提起したが、明確な回答は得られなかった」とアメリカ国務長官はアル・サーニに語った。「ネタニヤフ首相はまだそこまで至っていない!」イスラエルはハマスが人質を拘束していることを主な表向きの正当化理由として、ガザ地区で数万人を殺害し続けた。だが、真の問題は、今もなお、ガザ地区の全住民を抹殺する意図にある。
日が経つにつれ、ガザ地区でのイスラエル軍攻撃が激化し、特に民間人犠牲者が多くなるにつれ、ハマスが人質を解放する合意が期限切れになる可能性があるとの見解をアル・サーニは改めて表明した。ブリンケンはネタニヤフ首相と再び会談を試みると約束した。10月14日、ドーハからワシントンへ向かう飛行機が出発した直後、ブリンケンはアル・サーニに「ネタニヤフ首相はあなたの仲介を待っている。モサド長官はまもなく到着する」というメッセージを送った。
「根本的問題は、ハマスが『紛争の恒久的終結』を求めていたことだった」と、元CIA長官ウィリアム・J・バーンズは、いつものように冷静な口調で、人質問題が絡み合うことになる複雑な状況を要約して結論づけた。「ネタニヤフ首相は『第一段階』の合意しか検討するつもりはなかったが、彼が言う『後でハマスを壊滅させ続ける』という選択肢を常に留保しなければならないと主張した。そして、我々にとって常に課題だったのは、この矛盾をどう解決し、全員を無事に帰還させるかだった」。もちろん、バイデン、ブリンケン、バーンズは、アメリカがイスラエルに対して持つ絶大な影響力を使って、ネタニヤフ首相にガザでの虐殺をやめるよう要求できたはずだ。だが、彼らはそうしようとはしなかった。
実に極めて多くのガザ地区の人々と、一部の人質が、彼らのせいで命を落とした。
その結果、イスラエルは敵に捕らえられた自国民や兵士への対応に関し、確実に考え方を変えた。そして、ハマスが依然勢力を維持する中、ガザ地区から最後の人質を生死を問わず解放する合意が締結されるまで、更に二年、戦争が続いた。来月、イスラエルで選挙が行われる。ネタニヤフ首相は敗北する可能性が高い。上記記事掲載は、確実に、その可能性を高めるためのタイミングだった。
だが、選挙で勝利する可能性がある候補者のいずれも違う政策をとることはないだろう。シオニスト、つまりイスラエルのユダヤ人人口の大多数は、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区と更にその先までも征服したいと考えている。
この紛争から抜け出す唯一の方法は、彼らの国を解体することだ。
記事原文のurl:https://www.moonofalabama.org/2026/09/biden-and-netanyahoo-were-warned-of-oct-7-both-ignored-the-hostages.html
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今朝の孫崎享氏メルマガ題名
K情報:イラン・ドローン開発史、『非対称の脅威』、;1985年革命防衛隊が航空産業会社を設立。イランは2011年に米軍のステルス無人機RQ-170を捕獲。実戦重視。シリア内戦やイエメンで投入、非対称戦略、モザイク防衛」:破壊されないための組織と生産構造等
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