長年にわたるアメリカによるキューバ虐待の歴史に新たな一ページを加えたトランプ

2026年8月12日
Strattgic Culture Foundation
Jonathan NG
❗️Telegram
お問い合わせ: info@strategic-culture.su
アメリカ当局は一世紀以上にわたり、キューバを搾取すべきプランテーション、打ち倒すべきライバル、あるいは沈黙させるべき異議申立者と見なし、植民地主義的な見方を決して捨てなかったとJonathan NGは書いている。
ここ数カ月、ドナルド・トランプ大統領によるキューバ封鎖措置は停電や飢餓を引き起こし、社会を限界点まで追い詰めている。
この危機に乗じて、フロリダ州各地のキューバ系アメリカ人の反動勢力は政権転覆を強く求めている。
MAGAグッズを身にまとった彼らは、マイアミのヤシの木が並ぶ通りに頻繁に集まり、社会主義を激しく非難し、事態のエスカレーションを促し、「キューバを再び偉大にする」と宣言するプラカードを掲げている。
対イラン戦争が始まって以来、彼らの要求は単純明快だ。「次はキューバだ」。
介入を求めるロビー活動を行う一方、地域指導者たちは、政治的戦利品を分配し、島に無制限の資本主義を根付かせるための詳細な協定案を作成してきた。最近グアンタナモ湾で、トランプ大統領が「我々の半球を取り戻す」とピート・ヘグセス国防長官が宣言し、武力行使が差し迫っていることを示唆して活動家たちの期待を高めた。
キューバ系アメリカ人の保守派やアメリカ当局者は、キューバの民主主義を擁護すると主張している。だが、強化された制裁と戦争支持デモは、アメリカ政策の暴力性を露呈させると同時に、人間の苦しみに対する恐ろしいまでの寛容さを明らかにしている。
ワシントンとその反動的同盟諸国は、キューバの主権を守るどころか、長年にわたり、キューバの自決権への願望を阻害しようと試みてきた。
一世紀以上にわたり、アメリカ当局はキューバを搾取すべきプランテーション、打ち倒すべきライバル、あるいは沈黙させるべき異議申し立ての場と見なし、植民地主義的視点を捨て去ることはなかった。現在の危機は、政策立案者と右翼過激派が、カリブ海地域で包囲戦を再開させている、この苦難に満ちた歴史を反映している。
血に染まった正面

1898年の政治風刺画:「端から端まで1万マイル」。これは、米西戦争後、プエルトリコからフィリピンまでアメリカ支配が拡大したことを指しており、白頭ワシが象徴している。この風刺画は、ちょうど100年前の1798年のアメリカ合衆国地図と対比させている。(ウィキメディア・コモンズ/パブリックドメイン)
アメリカによる一連の制裁措置とキューバ解放の約束は皮肉にもほどがある。1898年、ワシントンはキスペインからのューバ独立戦争への介入を正当化する根拠として、民間人の大規模飢餓を挙げた。「彼らを餓死させるためにマドリードが意図的に(陰謀を企てた)」と先頭に立ったジョージ・ホアー上院議員は断言した。
侵攻後、ウィリアム・マッキンリー大統領はキューバの解放を宣言したが、現地の革命勢力への権力移譲を拒否し、スペインとの交渉から彼らを排除した。
その代わり、彼の政権はキューバをアメリカの保護領とし、有色人種の人口が多いため自治は危険だと主張した。この意見に呼応するように、 ニューヨーク・タイムズは「混血児による無責任な政府」に警鐘を鳴らし、サンアントニオ・エクスプレスは「キューバ人を自滅から救う」ためには外国による支配が必要だと主張した。
4年にわたり、米軍当局は黒人市民の参政権剥奪を試み、反対意見を抑圧するためにRural Guardを設立し、外国人実業家による土地強奪を監督し、数千人の農民を立ち退かせた。
1901年、ワシントンは独立をプラット修正条項の受諾と結びつけた。この修正条項は、戦略的利益を守るための「介入権」をアメリカに認めるものだった。
現地の政治家たちは「子どものように無責任」なため、安定のためこの法律は不可欠だとオービル・プラット上院議員は主張した。この法律で、アメリカ当局はグアンタナモ湾での海軍基地設置が可能になり、1906年、1912年、1917年に再び同島に侵攻した。

1902年のプラット。(ジョージ・プリンス/ウィキメディア・コモンズ/パブリックドメイン)
アメリカ大統領たちはキューバの主権を嘲笑した。1906年にアメリカ兵を派遣したセオドア・ルーズベルト大統領は「あの忌まわしい小さなキューバ共和国」を嘲り「その国民を地球上から抹殺したい」とまで言った。
緊張状態が高止まりした大きな理由の一つは、経済的搾取だった。1898年の米英戦争後、アメリカ人実業家たちは、キューバの土地を奪うために、広範な法的記録の破棄を巧みに利用した。
1905年から1911年の間に、グアンタナモだけでも農場の数は1,154箇所から419箇所に減少した。これは、外国人投資家が大規模砂糖農園を統合したためだ。
アメリカ企業が有力弁護士を雇い、「賄賂で役人を買収」していたため、土地紛争は 「一方的な問題」だったと社会学者のロウリー・ネルソンは指摘した。島全体に貧困が広がり、1907年までに男性の失業率は20パーセントを超えた。
1912年、人種的・経済的排除に対する大規模抗議運動がPartido Independiente de Color(有色人種独立党)に組織され、民衆の怒りはついに爆発した。これに対し、国務長官フィランダー・ノックスは、キューバ当局を、再び侵攻すると脅迫して、蜂起を鎮圧するよう圧力をかけた。

独立有色人種党(Partido Independiente de Color)指導者たち(日付不明)。(ウィキメディア・コモンズ/パブリックドメイン)
米海兵隊がアメリカの財産を守るために現地の海軍基地から電撃作戦を開始し、キューバ兵が残忍な弾圧作戦を実行できるようにしたと歴史家のルイス・ペレス・ジュニアは強調している。「彼らはこの国で恐らく6000人もの黒人の首を切り落とした」と、グアンタナモにいたあるアメリカ市民は主張した。あるアフリカ系キューバ人住民は、兵士たちが「黒人を皆殺しにし」、積み上げられた遺体に火を放ったことを回想している。
1912年の虐殺は、キューバの支配階級の人種差別的な怒りを露わにしただけでなく、植民地支配の根強さをも明らかにした。アメリカによる更なる介入の脅威が暴力行為を一層激化させたのだ。
何十年にもわたり、ワシントンはこうした政策をキューバの主権を保障する良性の父権主義の一形態として描いてきた。
しかし、プラット修正条項の影は、キューバ指導者たちに社会正義の要求より外国人投資家の権利を優先させるよう促し、1キューバ政府は「アメリカの利益」のための「ただの見せかけ」に過ぎないと元アメリカ大使サムナー・ウェルズは1934年に結論づけた。
招かれざる客

1938年の休戦記念日、ワシントンD.C.にて、キューバ独裁者フルヘンシオ・バティスタとアメリカ陸軍参謀総長マリン・クレイグ。(ハリス&ユーイング撮影、アメリカ議会図書館/ウィキメディア・コモンズ/パブリックドメイン)
キューバ革命以前、アメリカ人実業家たちは島の経済を牛耳り、反体制派を拷問し、 毎週のようにスーツケースいっぱいの賄賂を受け取っていたフルヘンシオ・バティスタ大統領を支援していた。
歴史家のヴァン・ゴッセは、ハバナを悪徳と植民地主義的欲望の温床としての地位をバティスタが確固たるものにしたと説明している。そこでは、後の大統領ジョン・F・ケネディのような観光客が、隔離された豪華な空間で酒を飲み、賭博に興じ、女性を追い求めた。熱帯のタックスヘイブンを監督するキューバ当局は、アメリカ人投資家が利益を送金するのを許可し、同時に産業部門全体と砂糖畑の40%を支配していた。
1956年、フィデル・カストロは亡命先から帰国し、半植民地体制の解体を目指す民衆蜂起を率いた。
ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は、バティスタ政権による反乱鎮圧を支援するために動員した。 あるCIA職員は、キューバ社会の「あらゆる機関」に工作員たちがに潜入し、アメリカ外交官たちがカストロの権力掌握を阻止するため「直接介入以外のあらゆる手段」を講じたと回想している。
国防総省は軍事援助を提供する一方、バティスタ政権がグアンタナモ海軍基地からB-26爆撃機で村落を空爆することを許可した。その後、劇的展開として反乱軍が米海兵隊員を人質に取ったため、アイゼンハワー大統領は協力関係を縮小せざるを得なくなった。
1959年の勝利後、革命家たちは植民地主義の遺産を克服しようと尽力し、栄養失調と人種隔離の撲滅に成功した。反乱指導者ラウル・カストロは、キューバ国民はとうとう「独立戦争を終えた」と宣言した。

1959年4月:キューバの1月革命直後、ワシントンD.C.を訪問したキューバ新首相フィデル・カストロ(中央)を保安局の特別捜査官レオ・クランプシー(左)が護衛している。(アメリカ国務省提供)
またしてもワシントンは、革命がアメリカの帝国権威を弱体化させ、世界中の左翼勢力を鼓舞することを恐れ、革命を抑圧しようと画策した。
1960年、アメリカ国務省は「キューバの経済生活を弱体化させる」ため「あらゆる手段」を検討し、数十年にわたる封鎖への道を開いた。アメリカ当局は、同年、フィデル・カストロが国連を訪問した際、彼の飛行機の差し押さえまでした。
緊張が高まる中、国務次官チェスター・ボウルズは、 ケネディ政権の「道徳的誠実さの欠如」を嘆き、当局者がキューバに対する暗殺計画やテロ攻撃を支援していたことを非難した。侵攻計画について問われた大統領顧問アドルフ・バーレは「さあ、はじめよう」と叫んだ。
アメリカが支援した侵攻作戦が失敗に終わった後、カストロは自衛のためソ連製ミサイルを島に配備した。激怒したケネディは、核戦争の危険を冒してでもミサイル撤去を求めた。興味深いことに、彼はミサイルで、キューバ人が「我々と対等に見える」のを懸念していたのだ。
何よりも、アメリカ政府がグアンタナモから撤退するのを拒否したことは、その植民地主義的な考え方を如実に示していた。数十年にわたり、政策立案者たちは、この飛び地を利用して、破壊活動を助長してきたのだ。
キューバの学者たちは、この基地は反革命派にとって「重要な橋渡し役」になったと主張している。
あるキューバ系アメリカ人工作員は、ピッグス湾侵攻が失敗した後、ただ「柵を飛び越えた」と回想している。米兵は繰り返しキューバの歩哨を射殺し、地元住民を殺害し、石を投げつけたり罵声を浴びせたりした。革命家のエルネスト・“チェ”・ゲバラは、1964年だけでも、国境で「性的露出行為」を含む1,323件の挑発行為があったと報告している。
1989年のベルリンの壁崩壊以前、アメリカ当局はキューバを抑制のない侵略者として描いていた。だが真実は正反対だった。アメリカの政策立案者たちは、革命がプラット修正条項の遺産と過酷な搾取を標的にしていたため、革命に反対したのだ。
反対勢力の植民地化

2012年4月、ハバナでのLadies in Whiteのデモ。 (Hvd69 / Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0)
ソ連崩壊後、国務省は封鎖措置を刷新し、キューバの反体制運動を煽り立て、世界社会主義の残滓を一掃しようとした。1996年から2011年の間に、キューバの政権転覆のために当局は2億500万ドル投じた。
特に、ワシントンは不満を煽り、政府批判者を扇動するためにメディアに資金提供した。全米民主主義基金、米国国際開発庁(USAID)などの機関は、CubaNet、ADN Cuba、El Estornudo、El Toque、Diario de Cubaといった反体制派新聞に資金提供した。
2010年には、政策立案者たちは「スマートモブ」を組織するためにソーシャルメディア「ZunZuneo」を立ち上げ、その後、2021年には失敗に終わった「Bay of Tweets」で反政府ハッシュタグを拡散した。
元米情報機関上級分析官のフルトン・アームストロングは、この政策はキューバをどうにもならない窮地に追い込むと強調した。「反体制派メディアが足場を築けば我々の勝ち、彼らが政府の弾圧を招けば我々の勝ちだ」と述べ、そうなればアメリカが支援する反体制運動の正当性が更に高まると指摘した。
この身勝手な論理は、人権活動家への支援にも同様に当てはまった。特に、ワシントンは「Ladies in White」を国際的抵抗の象徴に押し上げるのに貢献した。キューバの女性たちは、親族が政治的転覆活動のためにアメリカから資金提供を受けたとして当局に投獄された後、2003年にこの集団を結成した。皮肉なことに、彼女たちはその後、外国からの資金を使って「政治犯」釈放と経済制裁を推進した。
流出した公電によると、アメリカ外交官たちは、ワシントンから秘密裏の資金援助を要請していたこの集団と頻繁に協力していたことが明らかになった。マイケル・パーミリー首席公使は「主要メンバー」と会って戦術を調整したと報告している。ある会合で共同創設者ベルタ・ソレルが「アメリカ国内の民間組織から資金密輸する難しさ」を嘆いていた。
アメリカ当局は、キューバで反政府運動指導者として名を馳せたオズワルド・パヤのようなカリスマ的野党指導者を育成した。パヤは2012年に交通事故で死亡した。運転手のアンヘル・カロメロはスペイン出身の極右活動家で、パヤに違法に資金提供していた。
スピード違反で悪名高かったカロメロは、スペイン政府から42件も交通違反切符を切られていた。それにもかかわらず、ワシントンとパヤ一家は、キューバ当局がオズワルドの車を道路から無理やり押し出して暗殺したと主張した。
カロメロの証言に基づき、米州人権委員会は2023年の事故をキューバのせいにした。一方、アメリカ指導者たちは亡くなった活動家を殉教者として崇敬した。その後、トランプ政権は米州機構加盟国に圧力をかけ、オズワルドの娘ロサ・マリア・パヤを委員会に任命させた。
人権専門家らは、彼女の反政府活動が国連人権高等弁務官事務所の「独立性という体裁」を損なうとして、「利益相反」を懸念した。これに対し、アメリカ国務省は、彼女の指名に反対する国への援助削減で恫喝して、彼女の指名を確約させた。
パヤは現在、その地位とアメリカが支援する自身の非営利団体を利用して、西半球の進歩的政府に対する政権転覆を推進しており、暴力的な2019年ボリビアでのクーデターをモデルとして挙げている。
要するに、アメリカ当局は数十年にわたりキューバの政治分裂を助長してきた。民主主義を強化するどころか、彼らは反対派を植民地化することを選んだのだ。
一方、政府を批判する有力者たちは、外国の支援を巡って競い合いながら、改革より反革命を推進した。アメリカの権力は、帝国主義的影響力を及ぼしながら、目立たないながら息苦しい重圧を与え続けた。政策立案者連中は社会主義を根絶するほどの力はなかったが、キューバを終わりのない冷戦状態に閉じ込めておくには十分な力を持っていた。
飢餓の政治

キューバに対する一部制裁措置を再開する大統領令にドナルド・トランプ大統領が署名する様子(2017年6月16日)。(ホワイトハウス、シーラ・クレイグヘッド撮影)
2017年以降、アメリカはキューバに対する封鎖を大幅に強化し、キューバに対する域外管轄権を主張してきた。共和党と民主党双方が、フロリダ州のキューバ系アメリカ人の票を獲得するため制裁を支持した。多くのキューバ系アメリカ人がMAGA支持に傾倒しているためだ。この変化を祝い、Ladies in Whiteは社会主義の「アキレス腱」とトランプを呼んだ。
ハイテクを駆使した包囲戦とも言えるこの封鎖で、金融市場、石油、農産物などをキューバが利用するのを阻止している。新型コロナウイルス感染症パンデミックの間、アメリカ当局は酸素や人工呼吸器の輸出を阻止して、文字通りキューバを窒息させようとした 。
1992年以来、国連総会は封鎖を非難する決議を33回採択しており、封鎖により数兆ドルに及ぶ計り知れない損失が生じていると述べている。
今年、トランプは制裁強化を正当化するため、1898年にアメリカ大統領がキューバ侵攻の際、援用したモンロー主義を引用した。皮肉なことに、彼はキューバの社会主義を非民主的だと非難する一方、アルゼンチン、ホンジュラス、コロンビアの選挙に干渉し、この地域の極右勢力の再編を推進した。
また彼は、キューバや他の左派政権を孤立させるため、ホンジュラス元大統領フアン・オルランド・エルナンデスをコカイン密輸の罪で恩赦した。流出した音声ファイルで、エルナンデスと仲間が「左派という癌を根絶する」計画や、ホンジュラスに「対キューバ紛争のための新たな北米拠点」を設ける計画について自慢げに語っている。
キューバ系アメリカ人過激派こそが、この最新の攻撃の波を最も強く推進している。彼らは民主主義を標榜しながら、指導者連中はバティスタ独裁政権の強硬な保守主義と下劣な腐敗を体現し、キューバを人道的崩壊へ追いやっている。
マルコ・ルビオ国務長官の主要政治支援者、ファンフル兄弟は、ドミニカ共和国で強制労働を雇用する砂糖農園を経営している。同様に、トランプ大統領のキューバ担当主任顧問マウリシオ・クラバー=カロネは性的および金銭的不正行為で悪名が高い。
より広範に言えば、キューバ系アメリカ人国家財団、キューバ民主党総裁、その他のキューバ系アメリカ人ロビー主要組織は、連邦資金を不正使用したり、批判者を暴力的に攻撃したり、キューバに対するテロ攻撃を組織したりしてきた。
パヤは人権活動家としての実績を活かし、反革命集団の連合体「パソス・デ・カンビオ」を率いており、政権転覆を提唱する「解放協定」に署名している。
キューバ住民たちはこの封鎖を「ジェノサイド」と呼び、乳幼児死亡率の急増や飢餓状況を報告している。
対照的に、パヤの同僚でAssembly of the Cuban Resistance(キューバ抵抗運動会議)のオルランド・グティエレス=ボロナートは、これを「キューバ亡命者による偉大な功績」と呼び、キューバを支配する正当性を彼らに与えるものだと主張している。
支持者に媚びを売るかのように、最近トランプは1898年の侵略を称賛し、新たな植民地主義の時代が始まったことを示した。「キューバは…我々側に来ようとしている」。その後、パヤは、「歴史的類似点」を認め、トランプ政権は「キューバ国民にとって最良の同盟者」だと主張した。
陣太鼓が鳴り響く中、 アメリカの政策を批判する「いかなる発言も控える」ようルビオは国連加盟諸国に要求し、さもないと報復措置に直面すると警告した。
アメリカ国防総省はキューバの領空侵犯を検討している。また、今年7月にキューバを訪問したアメリカ議員らは、制裁措置によりキューバは「静かなガザ」と化し、キューバ社会は組織的に窒息させられていると警告している。
結局、キューバの人道危機は、128年にわたる島嶼支配を巡る闘争の最新話題に過ぎない。プラット修正条項とモンロー主義は「ドンロー主義」に変貌し、いわれなき侵略が戦略原則だ。
法的に言えば、この封鎖は事実上植民地主義で、キューバ国民を飢えさせ、経済を崩壊させ、屈服させることを目的とする域外主権の主張だ。一方、キューバは抵抗を続けている。
元記事:consortiumnews.com
記事原文のurl:https://strategic-culture.su/news/2026/08/12/trump-adds-to-long-history-of-u-s-abuse-of-cuba/
----------
植草一秀の『知られざる真実』
二島返還を喪失した大失策
« ジョー・バイデンはハーグで癌で死にかけているべきだ | トップページ | イラン打倒のためのスコット・ベッセントの妄想的石油パイプライン計画 »
「アメリカ」カテゴリの記事
- 9/11と25年間の「終わりのない戦争」…いや、250年と言った方が近い。(2026.09.12)
- 対イラン軍事作戦失敗の証:40兆ドルの債務から史上最も厳しい制裁まで(2026.09.04)
- トランプは次は一体どの国を「くじ」で当選させるのか?(2026.09.02)
- 世界的茶番劇:ホルムズ海峡のアメリカ覇権をトランプの帝国主義的野望がいかに葬り去ったのか(2026.08.02)
「トランプ大統領」カテゴリの記事
- ペンタゴンの危機:政権への忠誠を求めるトランプ(2026.09.15)
- トランプは次は一体どの国を「くじ」で当選させるのか?(2026.09.02)
- トランプ大統領の屈辱を前に「あらゆる面で!」外交政策上の勝利を模索するCIA長官(2026.08.30)
- 当初考えていたより大きな代償を伴うトランプ政権のイラン政策の失敗。(2026.08.02)
- トランプは一体どのように外交政策を利用してアメリカ経済を破壊しているのか(2026.08.23)
「キューバ」カテゴリの記事
- 長年にわたるアメリカによるキューバ虐待の歴史に新たな一ページを加えたトランプ(2026.08.14)
- キューバと「テロ」に関するマルコ・「マッカーシー」・ルビオ発言は間違っている(2026.08.13)
- アメリカ合衆国をキューバが脅かしていると本気で信じている人など皆無だ(2026.05.26)
- キューバ危機、2026年(2026.02.16)
« ジョー・バイデンはハーグで癌で死にかけているべきだ | トップページ | イラン打倒のためのスコット・ベッセントの妄想的石油パイプライン計画 »



コメント