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2026年7月19日 (日)

今や殺人や暗殺を通して外交をしているアメリカ

ブライアン・アンソニー・レオ
2026年7月17日
New Eastern Outlook

 かつては尊敬を集める外交大国だったアメリカは外交を装って外国指導者や交渉担当者を卑劣に殺害する「暗殺者集団」と化してしまった。こうした行為は、様々な面でアメリカ国民に甚大な損失をもたらしている。



 アメリカの外交手腕はもはや過去のものになったのか?

 私はまだ39歳だが、かつてアメリカが外交上の巨人、あるいは少なくとも信頼できる交渉相手と見なされていた時代を覚えている。アメリカは厳しい交渉を仕掛けてくるかもしれないが、会議や交渉過程に関わる外国要人を片っ端から殺害するのではなく、実際に交渉を行うと期待できる国だった。1980年代や1990年代のアメリカは、イスラエル式の残虐行為、つまり「外国要人を安心させて、検討に値する寛大な提案をし、交渉の合間に要人が高官や指導者と協議するために帰国するのを待ち、全員同じ場所に集まるのを見計らって、標的を絞った空爆やドローン攻撃で、要人やその子どもや孫を殺害する」ようなことは、まずあり得なかっただろう。

 このような残虐な攻撃は、まるで漫画の悪役が繰り広げるような暴力で、イスラエルのような歪んだ堕落した政治体制によるものであり、アメリカ合衆国のような国家にふさわしいものではない。ちなみに、リクードが正当な政党ではないことは、今や痛いほど明白なはずだ。リクードは、将来、戦争犯罪法廷により(モサドやハバド・ルバヴィッチと同様)犯罪組織と烙印を押されるだろう類の組織だ。

 最高指導者の拉致を理由にベネズエラが屈服しなかったのと同様、イランも最高指導者の殺害を理由に屈服しなかった。

 進行中の和平交渉の最中にこのような首脳部を殺害する攻撃を仕掛けることは、国際法上、厳密には背信行為とは言えない。これは「戦場で会談を装い、休戦の旗の下で発砲する」とか「降伏を装い、降伏を受け入れるために姿を現した敵を撃つ」といった典型例ではない。しかし、エスカレートする国際危機に対し、一見合理的で誠意ある条件を提示しておきながら、その条件を話し合うため同じ場所に集まった外国敵勢力幹部を虐殺する行為自体が、確かに裏切りで、二枚舌で、二心ある、卑劣で不名誉な行為だ。それはまさに不誠実だ。もし私が、相手が握手のために手を差し出すのを待って、腕を引きずり込んで後ろから裸絞めにして意識を失わせるつもりなら、握手のために手を差し出すことはしない。同様に、左手に隠し持った短剣で外国の相手を刺しながら、右手で握手をする人間が一体いるだろうか?そんなことをする人間がいるだろうか?

 これが我が国の国民文化や国際的評判の一部になるのか? 月曜日に和解の申し出をし、火曜日にはライバルが集まり始めるのを待ち、水曜日には全員が話し合いの場に揃うのを待ち、そして返事すらされないうちに彼らを抹殺するのか?

 かつてアメリカでは奇襲攻撃はとんでもない裏切り行為とみなされていた。

 今日生きている全てのアメリカ人は「昨日、1941年12月7日、永遠に汚名を残すだろうこの日、アメリカ合衆国は大日本帝国の海軍と空軍により、突如意図的に攻撃された」という言葉を知り、認識すべきだ。

 演説をリアルタイムで聞いた高齢のアメリカ人や、演説全体を研究した歴史学者を除けば、記憶に残りにくいかもしれないが、同じくらい重要なのは次の言葉だ。  
「アメリカは日本と平和関係にあり、日本の要請を受けて、太平洋の平和維持を目指し、日本政府および天皇との協議を継続していた。実際、日本軍航空隊が米領オアフ島への爆撃を開始してから一時間後、駐米日本大使と同僚は、アメリカの最近のメッセージに対する正式回答を国務長官に提出した。この返答には、既存の外交交渉を継続しても無益だとの記述はあったものの戦争や武力攻撃の脅威や示唆は一切含まれていなかった。」

 ハワイと日本の距離を考えれば、今回の攻撃が、何日も、あるいは何週間も前から計画されていたのは明らかだ。その間、日本政府は虚偽の声明や平和継続への希望を表明して、アメリカを意図的に欺こうとしてきた。
 2026年当時、イランはイスラエルおよびアメリカと和平関係にあり、アメリカの要請を受けて、和平維持のためアメリカとイスラエルとの協議を継続していた。イランは交渉を打ち切る、あるいはアメリカが提示した条件を拒否するといった兆候を一切示していなかった。それどころか、イランは2026年2月のアメリカ提案を非常に妥当かつ実現可能なものと捉え、イラン高官級指導者を集めて会合を開き、提示された条件について協議した。

 その後、アメリカとイスラエルはイラン最高指導部に対する空爆作戦を開始した。この作戦には綿密な兵站が必要で、攻撃が数週間あるいは数ヶ月前から意図的に計画されていたのは明らかだ。

 アメリカの裏切り行為は益々一般的になっている

 私は共産主義者でも社会主義者でもないし、ベネズエラ政府には全く同情していない。しかし、2025年を通してベネズエラを騙し、偽りの交渉を続けながら、デルタフォース隊員をマドゥロの住居とセーフルームの実物大レプリカで6ヶ月以上も訓練し、2026年1月の真夜中に彼を拉致する行為は、まさに悪意の極みだと感じる。まるで、夕食に客として家に招き入れた相手を、食事中に絞め殺すようなものだ。

 一時マドゥロは、トランプが望むもの全てを示し、2025年10月に「彼は全ての提供を申し出た」とトランプ自身も発言したほどだった。

 かつてアメリカは本当の外交を実践していた。だが今や我々は恥知らずにも、露骨に外国指導者、要人、交渉担当者を殺害し、一方、自らの美徳と正義を声高に叫んでいる。

 それでもトランプにとって十分ではなかったようで、2026年1月の深夜襲撃で現職外国元首を拉致する作戦を命じた。まるで、マドゥロが何を申し出て、何をして、何を言ったにせよと、決して十分ではなく、アメリカは世界に単に「我々の能力を見ろ。我々に何ができるか見ろ」と示したかったようだ。これは、総合格闘家が駐車場を巡って口論になり、相手が「はい、あなたの言う通りです。そこはあなたの駐車場です。駐車してください」と同意したにもかかわらず、総合格闘家が「私の能力を見ろ」と示すためだけに相手を気絶させるのと道徳的には同じだ。

 マドゥロ大統領拉致で、ベネズエラが服従するとアメリカは計算したのだろうか? あるいは、地域内の他の国々へのメッセージとして意図したのだろうか?

 だが、指導者拉致にもかかわらず、ベネズエラが屈服も服従もしないのにアメリカは気づいた。繰り返すが、私はベネズエラのマルクス主義/ボリバル主義政権に思想的親近感を抱いてはいないが、拉致作戦を計画し、実行に移す一方、指導部との交渉を続ける理由はないと思う。特に「一体何のために?」と自問自答すれば、なおさらだ。一体何が実現されたのか疑問に思わざるを得ないためだ。ベネズエラは服従しておらず、依然アメリカの要求に抵抗し、反抗している。

 余談だが、石油は物理的にベネズエラにあり、ベネズエラの資源だ。採掘と利用は、アメリカ技術者と技師がベネズエラの労働力を用いて整備・維持したインフラにより可能になったもので、資金はアメリカ資本に賄われている。どちら側も「これは完全に我々のものだ。我々が全て手に入れる。お前たちは何も得られない」と主張しない限り、何らかの解決策があり得る。トランプによれば、ベネズエラは既にトランプに「全て」を提示したようだが、どうやらそれはトランプを満足させるには不十分だったようだ。

 ベネズエラにおける石油収入分配の一般的な歴史を知っている人なら、最初の時代(1920年代~1930年代)は石油会社が全てを支配し、利益のほぼ全てを独占していたのを知っているはずだ。50対50の分配は第二次世界大戦中の1940年代に実現した。その後、1976年にベネズエラ政府は石油インフラを国有化し、収入の大部分を自らのものにしてしまった。50対50の分配は、合理的で公平かつ実行可能な解決策として、私たちが期待できる最も近いものと言えるだろう。インフラを建設・維持してきた(そしておそらくインフラの改修、復旧、修理も行う)石油会社と、資源の上に暮らし、資源を利用するためにこの業界で肉体労働に従事しているベネズエラの人々の両方にとって有益な解決策になるはずなのだ。合理的な分配比率と公平な分配比率で合意できたはずだ。

 アメリカは標的殺害でイランを服従させることはできない。

 最高指導者の拉致を理由にベネズエラが屈服しなかったのと同様、最高指導者殺害を理由にイランも屈服しなかった。

 交渉が進行している最中の、2026年2月28日にイラン最高指導部に対して行った卑劣で残忍な攻撃は、2011年にリビアを陥れたような混乱に、イランを陥れようとした卑劣な悪党連中の失敗した試みだった。攻撃者連中はイラン最高指導者アリー・ハメネイ師をはじめとする多くの人々を殺害することには成功したが、イランを混乱に陥れたり、アメリカとイスラエルの支配下に置いたりすることには成功しなかった。私はイラン最高指導者(過去も現在も)を支持しているわけでも、彼らの法制度に共感しているわけでもないが、イランのような国の最高指導者の残酷な暗殺に肯定的なことなど皆無だと思う。この作戦全体が道徳的に忌まわしく、政治的に危険だと私は考える。仮にアメリカがイランを内戦に陥れるのに成功したら、その後どうなっただろう? アメリカとイスラエルは、他国を内戦に陥れて国を破滅させる点では長けているようだが「では、その後はどうなるのか? 来年、5年後、20年後はどうなるのか?」という問いに答えることにはほとんど関心を払わない。

 長期的影響をほとんど顧みずに、アメリカは、1980年代にアフガニスタンへ援助を注ぎ込んだ。その考え方は「ソ連に打撃を与える」一点に尽きた。そして、ソ連が撤退し、多派閥による数年にも及ぶ内戦でアフガニスタンが内部崩壊すると、アメリカは即座に撤退し、アフガニスタンを窮地に追い込んだ。その後、2001年にアメリカは再び侵攻・占領をしたが、20年後、タリバンが政権に復帰するのを目の当たりにして撤退した。

 私の人生で、アフガニスタンほどアメリカの短期的で近視眼的思考を象徴するものはない。

 ソ連撤退後、アフガニスタンで内戦が起きるのは容易に予測できたはずだ。ソ連がアフガニスタン危機を引き起こしたわけではないからだ。カブールの非常に不人気な共産主義政権の要請を受けて、既に勃発しつつあったアフガニスタン内戦にソ連は侵攻したので、ソ連が撤退すれば収まることなく内戦が続くのは明らかだった。従って「ソ連に打撃を与える」というアメリカ政策は明らかに近視眼的で、アメリカの思考様式を典型的に表している。アメリカの思考様式には、たとえ5~20年後に会社が倒産するにせよ、四半期ごとの業績報告を重視する傾向があるのだ。

 アメリカ人は戦争に負けても、個々の戦いに勝ったのを自慢するのが好きだ。まるで戦争は、ばらばらの戦いの集まりに過ぎず、十分な数の戦いに勝てば戦争にも勝てるかのように。

 まさに同じ姿勢が、イランを巡る大失敗にも顕著に表れているが、これはまさに大失敗だ。ホルムズ海峡が何回開閉されたか、あるいは月曜に開かれた海峡が水曜に閉じられ、金曜に再開したのに、日曜にまた閉じられたことを数えるのを私はやめてしまった。

 アメリカがこの地域から撤退し、イランに海峡再開を求め、海峡が再開され、2024年から2026年にかけて到着した主力部隊が撤退した後、毎週のように新たな攻撃の脅威にさらされずに交渉開始できれば良いのだが。もちろん、そんなことはまずあり得ない。

 現在、中東・中央アジア地域におけるアメリカ・イスラエルによる最新の侵略戦争を終結させるための交渉が行われている最中にもかかわらず、イスラエルは交渉担当者の暗殺を画策している

 ほとんどのイラン人がイラン政府を支持している。

 「自国政府に不満を抱いているというだけで、イラン国民は外国勢力に屈服するだろうか?」と誰かが私に尋ねたら、私はこう答えるだろう。「いや歴史上、政府が非常に不人気で、外国人が非常に好かれている場合、不人気な政府を打倒するのに貢献した外国人が歓迎される例は時折あるが、イラン国民はそうではない。1980年に欧米諸国がサダム・フセインを唆して、イラク軍をイランに派遣させた時も、そうならなかった。ホメイニ師率いるイスラム共和国という、新しく、やや不人気で、実績のない政府を守るためにイラン国民は立ち上がった。人々が街頭で抗議しているからといって、指導者を殺害し、国を混乱に陥れようとする外国人を応援したり協力したりするわけではない。」

 例外は常に少数ながら存在する。裏切り者、山賊、反逆者、犯罪者、亡命者、移民、敵対する外国に居を構え、絶えず戦争の陣太鼓を叩き、憎悪の炎を煽り、かつての祖国を標的に、自らの目的のために祖国を弱体化させようとする連中だ。

 その明確な例として、ベラルーシ出身のスヴャトラーナ・ツィハノウスカヤが挙げられる。彼女はベラルーシ人だと主張しているが、明らかにリトアニアに暮らしながら、かつての祖国を転覆させようとしている。これは麻薬中毒の手に負えない19歳の若者が親元を追い出され、近隣の都市ギャングとつるみ、ギャングと共に親の家に押し入って強盗を働き、見返りとして盗品を分け合う計画を立てるのと全く同じだ。

 イランの例を挙げると、レザ・パフラヴィーは舞台袖で待機している傀儡で、イラン全土で暴力、蜂起、暴動、反乱、あらゆる類のテロ行為を頻繁に呼びかけ、2025年の反乱(2026年初頭まで続いた)の際は、数百人のイラン警察官や治安部隊員が殺害されたのを称賛し承認した。彼にとって、自分が指揮を執れる限り、あるいは西側の黒幕から命令を受けつつも指揮を執っているふりをしていられる限り、イランに何が起ころうと、どうでも良いのだ。彼は船の船長として据えられるのを受け入れ、船を沈めるだろうが、舵を握るのは自分でなければならない。「舵を握る船長として据えられさえすれば、国家という船を岩礁に突っ込ませても構わない。だが指揮を執るのは自分で、その過程で快適さと威信に満ちた贅沢な生活を送らせてもらいたい」これこそが、あらゆる裏切り者の信条だ。

 イラン国民は外交を装う空爆戦術に屈しない。

 アメリカとイスラエルによる標的殺害と大規模空爆が始まった2026年2月下旬に、イラン国内の抗議活動がほぼ終息した事実は、外国人が自国社会を破壊するのをほとんどのイラン人が支持しない単純な証拠だ。

 かつてアメリカは本当の外交を実践していたが、今や恥知らずに公然と外国指導者、要人、交渉担当者を殺害し、一方で、自らの美徳と正義を声高に主張している。

 アメリカは殺人や暗殺で外交をしているが、イランはそれに屈服するつもりはない。

 ブライアン・アンソニー・レオは、オハイオ州を拠点とする弁護士、軍事史、地政学、国際関係の専門家。

記事原文のurl:https://journal-neo.su/2026/07/17/america-now-practices-diplomacy-via-murder-and-assassination/

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 東京新聞 朝刊 一面  
 「掃海で命落とす 現実的だ」

 政府 ホルムズに海自派遣視野

 「出動決めるのは政治」

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