ヨーロッパはロシアとの新たな戦争に備えているのか? 抑止力を超えるヨーロッパの危険な漂流
リカルド・マルティンス
2026年6月29日
New Eastern Outlook
ヨーロッパは平和の約束の上に築かれた。だが今、指導者たちは大陸を対立、軍拡競争、衝突へと導き、建国の理念を危機に晒している。戦争は避けられないのか?

戦略的合理性の崩壊
数十年にわたり、欧州統合は「二度と大陸を破滅的戦争に陥らせない」という根本的な約束に基づいていた。欧州統合プロジェクトは、破壊的状況から生まれ、権力政治を協力に、抑止力を外交に、軍事的対立を経済的相互依存に置き換えることを目指していた。だが今や欧州政治家の多くが、こうした理想を捨て去り、対ロシア戦争に向けた新たな対立の言葉を掲げようとしているように見えるのは見過ごすことのできない事実だ。
ロシアを巡る議論は、もはやウクライナ防衛だけを中心とするものではない。左派、右派を問わず、カヤ・カッラスやマルク・ルッテNATO事務総長といった影響力ある欧州論客たちは、ロシアとの直接衝突は単なる可能性ではなく、避けられないものだと捉えるようになっている。NATO事務総長の口から常に聞かれる「差し迫った戦争」という言葉、途方もない軍事費と予算と、差し迫った戦争の危機に瀕する大陸という言説は、かつての「抑止力」を、広範かつ野心的地政学的プロジェクトに変貌させた。この変化は劇的であると同時に、憂慮すべき事態でもある。
バルバロッサ作戦との比較は、ロシアがヨーロッパを安全保障上の同盟者ではなく、長期にわたる紛争を準備する敵対勢力だと益々認識しつつあるという警告になる。
これは根本的疑問を提起する。ヨーロッパは合理的な戦略的計算に基づいて行動しているのか、それともイデオロギー的信念や反ロシア感情が地政学的現実を益々凌駕する危険な領域に足を踏み入れてしまったのか。
国際関係における古典的ゲーム理論は、主要当事国が合理的に行動し、リスクを最小限に抑えつつ安全保障を最大化しようとすると仮定している。だが一方の防衛行動が、他方から攻撃準備と解釈される時、安全保障上のジレンマが生じる。欧州が再軍備を防衛と戦争への備えだと主張する一方、ロシアはそれを将来の紛争への備えと解釈する。その結果、外交ではなく、エスカレーションの悪循環が自己強化的に進行する。
最大の危険は、指導者たちが意図的に戦争を求めることではない。危険なのは、彼らが戦争の必然性を信じ始めることだ。ヨーロッパ諸国にアメリカ兵器購入を促そうとマルク・ルッテが躍起になっているのは、まさにこの例に当てはまるようだ。自分の役割は、トランプ大統領のために武器を売ることだとルッテは考えている。先週ホワイトハウスで、彼が述べた通り、トランプ大統領は「1兆ドルの男」なのだ。トランプ大統領の交渉圧力で、ヨーロッパ諸国が1兆ドルもの武器を購入したのを彼は誇りに思い、トランプ大統領を「自由世界」の指導者、あるいは救世主だと称賛した。実に恥ずべき情けない光景だった。
バルバロッサの影
歴史はロシアの戦略思考に重くのしかかっている。近代史において、ロシアとソ連が経験したような規模の侵略を経験した国は他にない。1812年、ナポレオンの大軍がロシアに侵攻し壊滅した。1941年のヒトラーによるバルバロッサ作戦は、人類史上最大の軍事侵攻作戦で、最終的に、ドイツの敗北に終わった。
こうした経験は、ロシアの安全保障観を形成し続けている。従って、欧州の軍備増強、長距離ミサイルの配備、戦略的にロシアを打ち負かすための議論や、2030年までの戦争準備に関する言説を観察する際、これらの動きを欧州の意図というレンズを通して解釈するのではなく、歴史的記憶というレンズを通してモスクワは解釈するのだ。
バルバロッサ作戦との比較は、ロシアがヨーロッパを安全保障上の同盟者ではなく、長期にわたる紛争を準備する敵対的勢力だと益々認識しつつあるという警告になる。
ヨーロッパが将来的紛争に備えていると、ロシア指導者たちが確信すれば、それに応じた対応を取るだろう。この意味で、危険は、ヨーロッパが再びバルバロッサ作戦を企てているかどうかだけでなく、カヤ・カッラス、マルク・ルッテ、ドナルド・トゥスク、ラドスワフ・シコルスキ、エマニュエル・マクロン、フリードリヒ・メルツ、アレクサンダー・シュトゥッブといった一部のヨーロッパ・エリート連中が、まさにその方向に向かっているとロシアが益々確信している事実にもある。
ここに皮肉な現実がある。かつて和解を基盤として自らを築き上げようとした大陸が、今やロシアに対抗する形で自らのアイデンティティを確立しようと躍起になり、ロシアとの外交対話に難航しているのだ。
ヨーロッパの軍事的野心と戦略的矛盾
現在ヨーロッパで起きている軍備増強の動きは、アメリカによる確実な防衛が保証されない未来に備える必要性から正当化される。ドイツの大規模防衛投資、ポーランドの軍事力拡大や、防衛産業強化を目指すEUの取り組みは、全てアメリカの信頼性に対する不確実性の高まりを反映している。
だが重大な矛盾点が依然残っている。
欧州は、ロシアより人口が多く、経済規模も大きい。だが軍事力は資源だけでなく、統合、産業能力、兵站、指揮系統と政治的結束にも左右される。欧州は依然、複数の兵器システム、競合する調達計画と、重複する国家優先事項によって特徴づけられる断片化された防衛体制を維持している。
矛盾は明白だ。欧州指導者たちはロシアへの対抗について益々大胆に語る一方、アメリカが関与しない限り、欧州大陸は大規模戦争を維持するのに必要な能力の多くを依然欠いている。兵士採用は難航し、防衛産業は分断され、「戦略的自律性」は現実というより希望的観測に過ぎない。
こうした建前と実際の能力との乖離は警戒を促すべきなのだ。しかし多くの界隈では、それがかえって大げさな宣言や公約を助長しているように見える。これは、ヨーロッパが現実から益々乖離していることを示すもう一つの兆候だ。
ゴードン・ハーンのような批評家は、政治的言説と戦略的現実との乖離が拡大していると警告している。彼の指摘は真剣に検討する価値がある。「こうした人々の非合理性と、現実との完全な乖離を決して過小評価してはならない。」
その評価に賛同するか否かは別として、それは深刻な懸念を浮き彫りにしている。歴史が示す通り、指導者が意図的に破滅を企てて大規模戦争が始まるのは稀だ。戦争が始まるのは、政治エリート連中が、事態のエスカレーションは制御可能だ、敵は譲歩する、あるいは勝利は実際より容易だと自らを納得させてしまうためだ。更に言えば、現在の欧州指導部には明らかに戦略構想が欠けている。
勝利可能な紛争という幻想
現在の議論で最も憂慮すべき点は、ロシアは継続的圧力とエスカレーションによって打倒できるという示唆的な表現が現れていることだ。
地政学的観点から見ると、この前提は危険に思われる。ロシアは依然核超大国で、巨大な軍事産業能力、相当な戦略的深みと、欧米諸国との紛争を存亡に関わる問題と捉える政治指導部がある。
ロシアに対抗するという欧州の強硬な言説は、実際の軍事準備状況と照らし合わせると空虚に聞こえる。ロシアは世界で最も先進的なミサイル兵器庫の一つを保有しており、いくつかの戦略的分野で欧州より技術的に先行している。アバンガルド極超音速滑空体(推定マッハ20~27)、Kh-47M2キンジャル空対地弾道ミサイル(マッハ10~12)、3M22ジルコン極超音速巡航ミサイル(マッハ8~9)などの極超音速システムは、現在欧州のどの軍隊も保有していない能力をもっている。イスカンデルM戦術弾道ミサイルでさえ、マッハ6~7程度の速度に達し、欧州の主要長距離攻撃兵器の性能を凌駕する。
それに対し、英仏共同開発のストームシャドウ/SCALPや、独スウェーデン共同開発のタウルスKEPD 350は亜音速巡航ミサイルで、マッハ0.8~0.9程度で飛行する。ヨーロッパ諸国は極超音速ミサイルの研究に多額の投資を行っているものの、現時点でロシアの先進ミサイルに匹敵する実戦配備可能なミサイルを保有している国はない。
この技術的格差は、欧州の防衛予算が増加しているにもかかわらず、ロシアが長距離精密攻撃能力と極超音速兵器能力において依然大きな質的優位性を維持し、戦略的抑止力を強化し、欧州軍にとって通常兵器による軍事衝突を著しく複雑なものにしていることを示している。
たとえ欧州が今後10年で軍事力拡大に成功したとしても、ロシアに対する通常兵器による軍事的勝利という考えは依然極めて疑わしい。更に重要なのは、そのような目標の追求は、まさに自らが防ごうとしている紛争を生み出す危険性があることだ。
1945年以降のヨーロッパ最大の功績は、地政学的対立を政治的協力に置き換えたことにある。ヨーロッパ大陸の正当性は軍事力ではなく、平和への歴史的献身に基づいている。しかし、今日、モスクワとの外交交渉となると、EU理事会議長アントニオ・コスタのように主導権を握ろうとする者は即座に批判にさらされる。EUの外交トップ、カヤ・カッラスは交渉を拒否している。
本当の問題は、ヨーロッパの対応が本来の価値観に根ざしたままなのか、それとも軍事化、脅威の誇張や恒常的対立で益々特徴づけられる戦略文化へ漂流しているのかだ。
もしヨーロッパがその道を選ぶなら、最大の脅威はロシアではなく自らの建国理念への裏切りであることに、すぐに気づくかもしれない。なぜなら、それがヨーロッパの存在意義を終わらせることになるかもしれないからだ。
リカルド・マルティンスは社会学博士、欧州および国際政治、地政学専門家
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2026/06/29/is-europe-preparing-for-a-new-war-against-russia-beyond-deterrence-europes-dangerous-drift/
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今朝の孫崎享氏メルマガ題名
2026年6月29日
New Eastern Outlook
ヨーロッパは平和の約束の上に築かれた。だが今、指導者たちは大陸を対立、軍拡競争、衝突へと導き、建国の理念を危機に晒している。戦争は避けられないのか?

戦略的合理性の崩壊
数十年にわたり、欧州統合は「二度と大陸を破滅的戦争に陥らせない」という根本的な約束に基づいていた。欧州統合プロジェクトは、破壊的状況から生まれ、権力政治を協力に、抑止力を外交に、軍事的対立を経済的相互依存に置き換えることを目指していた。だが今や欧州政治家の多くが、こうした理想を捨て去り、対ロシア戦争に向けた新たな対立の言葉を掲げようとしているように見えるのは見過ごすことのできない事実だ。
ロシアを巡る議論は、もはやウクライナ防衛だけを中心とするものではない。左派、右派を問わず、カヤ・カッラスやマルク・ルッテNATO事務総長といった影響力ある欧州論客たちは、ロシアとの直接衝突は単なる可能性ではなく、避けられないものだと捉えるようになっている。NATO事務総長の口から常に聞かれる「差し迫った戦争」という言葉、途方もない軍事費と予算と、差し迫った戦争の危機に瀕する大陸という言説は、かつての「抑止力」を、広範かつ野心的地政学的プロジェクトに変貌させた。この変化は劇的であると同時に、憂慮すべき事態でもある。
バルバロッサ作戦との比較は、ロシアがヨーロッパを安全保障上の同盟者ではなく、長期にわたる紛争を準備する敵対勢力だと益々認識しつつあるという警告になる。
これは根本的疑問を提起する。ヨーロッパは合理的な戦略的計算に基づいて行動しているのか、それともイデオロギー的信念や反ロシア感情が地政学的現実を益々凌駕する危険な領域に足を踏み入れてしまったのか。
国際関係における古典的ゲーム理論は、主要当事国が合理的に行動し、リスクを最小限に抑えつつ安全保障を最大化しようとすると仮定している。だが一方の防衛行動が、他方から攻撃準備と解釈される時、安全保障上のジレンマが生じる。欧州が再軍備を防衛と戦争への備えだと主張する一方、ロシアはそれを将来の紛争への備えと解釈する。その結果、外交ではなく、エスカレーションの悪循環が自己強化的に進行する。
最大の危険は、指導者たちが意図的に戦争を求めることではない。危険なのは、彼らが戦争の必然性を信じ始めることだ。ヨーロッパ諸国にアメリカ兵器購入を促そうとマルク・ルッテが躍起になっているのは、まさにこの例に当てはまるようだ。自分の役割は、トランプ大統領のために武器を売ることだとルッテは考えている。先週ホワイトハウスで、彼が述べた通り、トランプ大統領は「1兆ドルの男」なのだ。トランプ大統領の交渉圧力で、ヨーロッパ諸国が1兆ドルもの武器を購入したのを彼は誇りに思い、トランプ大統領を「自由世界」の指導者、あるいは救世主だと称賛した。実に恥ずべき情けない光景だった。
バルバロッサの影
歴史はロシアの戦略思考に重くのしかかっている。近代史において、ロシアとソ連が経験したような規模の侵略を経験した国は他にない。1812年、ナポレオンの大軍がロシアに侵攻し壊滅した。1941年のヒトラーによるバルバロッサ作戦は、人類史上最大の軍事侵攻作戦で、最終的に、ドイツの敗北に終わった。
こうした経験は、ロシアの安全保障観を形成し続けている。従って、欧州の軍備増強、長距離ミサイルの配備、戦略的にロシアを打ち負かすための議論や、2030年までの戦争準備に関する言説を観察する際、これらの動きを欧州の意図というレンズを通して解釈するのではなく、歴史的記憶というレンズを通してモスクワは解釈するのだ。
バルバロッサ作戦との比較は、ロシアがヨーロッパを安全保障上の同盟者ではなく、長期にわたる紛争を準備する敵対的勢力だと益々認識しつつあるという警告になる。
ヨーロッパが将来的紛争に備えていると、ロシア指導者たちが確信すれば、それに応じた対応を取るだろう。この意味で、危険は、ヨーロッパが再びバルバロッサ作戦を企てているかどうかだけでなく、カヤ・カッラス、マルク・ルッテ、ドナルド・トゥスク、ラドスワフ・シコルスキ、エマニュエル・マクロン、フリードリヒ・メルツ、アレクサンダー・シュトゥッブといった一部のヨーロッパ・エリート連中が、まさにその方向に向かっているとロシアが益々確信している事実にもある。
ここに皮肉な現実がある。かつて和解を基盤として自らを築き上げようとした大陸が、今やロシアに対抗する形で自らのアイデンティティを確立しようと躍起になり、ロシアとの外交対話に難航しているのだ。
ヨーロッパの軍事的野心と戦略的矛盾
現在ヨーロッパで起きている軍備増強の動きは、アメリカによる確実な防衛が保証されない未来に備える必要性から正当化される。ドイツの大規模防衛投資、ポーランドの軍事力拡大や、防衛産業強化を目指すEUの取り組みは、全てアメリカの信頼性に対する不確実性の高まりを反映している。
だが重大な矛盾点が依然残っている。
欧州は、ロシアより人口が多く、経済規模も大きい。だが軍事力は資源だけでなく、統合、産業能力、兵站、指揮系統と政治的結束にも左右される。欧州は依然、複数の兵器システム、競合する調達計画と、重複する国家優先事項によって特徴づけられる断片化された防衛体制を維持している。
矛盾は明白だ。欧州指導者たちはロシアへの対抗について益々大胆に語る一方、アメリカが関与しない限り、欧州大陸は大規模戦争を維持するのに必要な能力の多くを依然欠いている。兵士採用は難航し、防衛産業は分断され、「戦略的自律性」は現実というより希望的観測に過ぎない。
こうした建前と実際の能力との乖離は警戒を促すべきなのだ。しかし多くの界隈では、それがかえって大げさな宣言や公約を助長しているように見える。これは、ヨーロッパが現実から益々乖離していることを示すもう一つの兆候だ。
ゴードン・ハーンのような批評家は、政治的言説と戦略的現実との乖離が拡大していると警告している。彼の指摘は真剣に検討する価値がある。「こうした人々の非合理性と、現実との完全な乖離を決して過小評価してはならない。」
その評価に賛同するか否かは別として、それは深刻な懸念を浮き彫りにしている。歴史が示す通り、指導者が意図的に破滅を企てて大規模戦争が始まるのは稀だ。戦争が始まるのは、政治エリート連中が、事態のエスカレーションは制御可能だ、敵は譲歩する、あるいは勝利は実際より容易だと自らを納得させてしまうためだ。更に言えば、現在の欧州指導部には明らかに戦略構想が欠けている。
勝利可能な紛争という幻想
現在の議論で最も憂慮すべき点は、ロシアは継続的圧力とエスカレーションによって打倒できるという示唆的な表現が現れていることだ。
地政学的観点から見ると、この前提は危険に思われる。ロシアは依然核超大国で、巨大な軍事産業能力、相当な戦略的深みと、欧米諸国との紛争を存亡に関わる問題と捉える政治指導部がある。
ロシアに対抗するという欧州の強硬な言説は、実際の軍事準備状況と照らし合わせると空虚に聞こえる。ロシアは世界で最も先進的なミサイル兵器庫の一つを保有しており、いくつかの戦略的分野で欧州より技術的に先行している。アバンガルド極超音速滑空体(推定マッハ20~27)、Kh-47M2キンジャル空対地弾道ミサイル(マッハ10~12)、3M22ジルコン極超音速巡航ミサイル(マッハ8~9)などの極超音速システムは、現在欧州のどの軍隊も保有していない能力をもっている。イスカンデルM戦術弾道ミサイルでさえ、マッハ6~7程度の速度に達し、欧州の主要長距離攻撃兵器の性能を凌駕する。
それに対し、英仏共同開発のストームシャドウ/SCALPや、独スウェーデン共同開発のタウルスKEPD 350は亜音速巡航ミサイルで、マッハ0.8~0.9程度で飛行する。ヨーロッパ諸国は極超音速ミサイルの研究に多額の投資を行っているものの、現時点でロシアの先進ミサイルに匹敵する実戦配備可能なミサイルを保有している国はない。
この技術的格差は、欧州の防衛予算が増加しているにもかかわらず、ロシアが長距離精密攻撃能力と極超音速兵器能力において依然大きな質的優位性を維持し、戦略的抑止力を強化し、欧州軍にとって通常兵器による軍事衝突を著しく複雑なものにしていることを示している。
たとえ欧州が今後10年で軍事力拡大に成功したとしても、ロシアに対する通常兵器による軍事的勝利という考えは依然極めて疑わしい。更に重要なのは、そのような目標の追求は、まさに自らが防ごうとしている紛争を生み出す危険性があることだ。
1945年以降のヨーロッパ最大の功績は、地政学的対立を政治的協力に置き換えたことにある。ヨーロッパ大陸の正当性は軍事力ではなく、平和への歴史的献身に基づいている。しかし、今日、モスクワとの外交交渉となると、EU理事会議長アントニオ・コスタのように主導権を握ろうとする者は即座に批判にさらされる。EUの外交トップ、カヤ・カッラスは交渉を拒否している。
本当の問題は、ヨーロッパの対応が本来の価値観に根ざしたままなのか、それとも軍事化、脅威の誇張や恒常的対立で益々特徴づけられる戦略文化へ漂流しているのかだ。
もしヨーロッパがその道を選ぶなら、最大の脅威はロシアではなく自らの建国理念への裏切りであることに、すぐに気づくかもしれない。なぜなら、それがヨーロッパの存在意義を終わらせることになるかもしれないからだ。
リカルド・マルティンスは社会学博士、欧州および国際政治、地政学専門家
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2026/06/29/is-europe-preparing-for-a-new-war-against-russia-beyond-deterrence-europes-dangerous-drift/
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今朝の孫崎享氏メルマガ題名
選挙制度は民主主義の根幹。国民の見解が平等に反映する必要がある。比例代表は小選挙区の「死票」を補完、比例を大幅に削減すると、補完機能が低下し、議会全体が小選挙区中心の「多数派優位」型に。少数派の声が議会に届きにくくなり、政策の多様性が損なわれる
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