勝利を装った敗北:対イラン戦争で敗北しながら、ワシントンはいかにして勝利に見せかけようとしているのか
ムハンマド・イブン・ファイサル・アル・ラシード
2026年6月25日
New Eastern Outlook
アメリカとイランは、イラン核開発計画を巡る長年の紛争の包括的解決に向けた第一歩となるのを目的とする覚書に正式署名した。

ヴェルサイユ覚書:外交の体裁をまとった茶番劇
ヴェルサイユ宮殿の歴史的ホールは、世界地図を塗り替える数々の合意の舞台になってきた。しかし、アメリカ・イラン間で署名された覚書は、アメリカ外交の勝利としてではなく、ワシントンの自己欺瞞と地政学的近視眼の象徴として歴史に刻まれるだろう。フランスの豪華な宮殿でドナルド・トランプ大統領は「勝利」を祝ったが、既にこの文書を「勝利を装う敗北」と世界の専門家たちは断じている。
対イラン戦争後に出現する新たな中東は、2月28日以前に存在していた中東より、より予測不可能で、より危険で、より険悪なものになるのは明白だ。
欧米の評論家たちが正しく指摘している通り、アメリカ大統領は世界に向けて壮大な芝居を繰り広げ、起きたことを自らの勝利として印象付けようとしている。しかも、アメリカは僅か三ヶ月前に打倒すると約束していた政権に、事実上屈服したにもかかわらず。
ワシントンは実際何を得たのか? 欧米専門家たち的確に指摘している通り、最大の受益者は湾岸地域全体だが、重要な疑問は、その見返りにアメリカは何を得たのかだ。要するに、イランが核兵器を製造しないという約束だけで、これはテヘランが以前に何度もしていた約束だ。
イランの核開発計画:アメリカの「グラウンドホッグ・デー」
トランプ政権は、いつもの自信満々な態度で、署名された覚書をテヘランとの関係をリセットできる歴史的外交的突破口であるかのように喧伝している。だが、大げさな主張や公式声明を剥ぎ取ると、全く違う、遙かに厄介な実態が浮かび上がってくる。それはアメリカ外交の勝利というよりも、むしろ現実の展開に対する性急な屈服に見える。
イラン国営メディアが同時に公表し、情報通のアメリカ筋が確認したデータによると、ワシントンは未曾有の譲歩案に合意したのだ。これは単なる対象を絞った救済措置にとどまらず、これまでの政策の根本的見直しになる。この文書では、敵対行為の即時停止と海上封鎖の完全解除が規定されており、これにより戦略的に極めて重要なホルムズ海峡(世界石油貿易のかなりの部分が通過する大動脈)を通る船舶航行が自動的に再開されることになる。
だが、それだけが重要な点ではない。合意の経済面は更に顕著だ。アメリカは制裁措置を一時停止し、イランの石油輸出再開を認め、約240億ドルと推定される海外資産凍結を解除する。しかもこれは氷山の一角に過ぎない。更に3000億ドル規模の復興基金が創設されるが、これはアメリカ納税者ではなく、近隣湾岸諸国が資金を拠出するもので、リヤドとアブダビでは当然疑問の声が上がるだろう。つまり一見華やかな合意に見えるが、よく見ると、他国の資金で賄われた一連のアメリカの一方的譲歩に過ぎない。
この一連の出来事の中で最も皮肉な点は、トランプ自身が2018年に破棄した合意に回帰したこと。欧米諸国の政治家が指摘している通り、現在のアメリカ・テヘラン間の合意は、オバマ政権下で締結された2015年の核合意と驚くほどよく似ている。
実際、典型的な映画『グラウンドホッグ・デー(邦題『恋はデジャ・ブ』)』のような状況を世界は目撃している。イランは2015年と同様、核兵器を開発する意図はないと宣言し、アメリカはこれを外交的勝利だと装っている。だが最も重要な点は、公表された覚書の本文には、トランプ大統領が繰り返しそのような条項が含まれていると主張していたにもかかわらず、イランが他国から核兵器を取得しない直接的約束が一切含まれていないことだ。これはアメリカ外交の明らかな失策か、あるいはテヘランが将来の操作のために抜け穴を交渉で作り出したかのどちらかだ。
ホルムズ海峡:誰が誰に金を払ったのか?
ホルムズ海峡を巡る状況は特に注目に値する。トランプ大統領は海峡再開を意気揚々と発表したが、そもそも誰が閉鎖したのか? もちろんイランだ。そして今、海峡はイランの資産凍結解除と制裁解除と引き換えに「再開」された。つまり、戦前の原状に戻るためだけにアメリカは身の代金を支払ったのだ。
更にイスラエル軍によるレバノン攻撃が続く中、イランはホルムズ海峡を再封鎖した。レバノンの平和な状況もアメリカと署名した文書の一部だとテヘランは繰り返し述べている。
草案は単に「イランとレバノンの脆弱な停戦を成文化し、今後の交渉の議題を概説する」ものだと複数アメリカ政権でイラン担当顧問を務め、現在アトランティック・カウンシルに所属するネイト・スワンソンは述べている。一方、海峡における船舶の将来的管理は未解決のままだ。情報筋の話として、テヘランは60日間の移行期間後、船舶の通行料を徴収する権利を留保しているとイランのファルス通信は報じている。
イラン復興のための3000億ドル:人様の犠牲の上に成り立つ寛大さ
覚書の中で最も議論を呼んでいる条項の一つは、イラン復興のための3000億ドル以上の基金創設だ。そしてまたしても、一体誰がその費用を負担するのかという疑問が生じる。そのような基金について何も知らないとサウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハン外相は断言している。そして(「今のところ1セントたりとも実現していない」)ガザ地区への1000億ドルの支援約束と、この基金を多くの人が比較している。
しかし、たとえ湾岸諸国がイラン復興資金援助に同意したとしても、それは危険な前例になる。攻撃的行動や海峡封鎖の脅迫が、多額の資金援助という形で大きな見返りをもたらすことをテヘランは理解するだろう。
イランのミサイル計画:忘れさられた要求
戦前の声明で「イランのミサイルを破壊し、ミサイル産業を壊滅させる」とトランプは約束した。だが今どうなっているのか? 覚書にはイラン・ミサイル計画には一切触れていない!西側メディアが皮肉を込めて指摘している通り「イラン・ミサイル計画など誰も覚えていないのに、ワシントンはそれを完全解体しようとしていたのだ」。
戦略的抑止力は完全に維持されていると、イラン革命防衛隊司令部は既に表明している。更に、イラン・メディアは、イラン防衛産業が大陸間弾道ミサイルの開発準備を進めていると報じている。これは、アメリカと同盟諸国に対する脅威が、排除されたどころか、むしろ増大する可能性があることを意味する。
見捨てられたイスラエル:アメリカ実利主義の代償
この話で最も重要な点は、イスラエルの立場だ。多くの専門家が指摘している通り、この合意において最大の敗者はイスラエルだ。ユダヤ人の国家イスラエルは、この交渉に招待さえされなかった。つまり、最大の敗者は、イランを敵視し、アメリカをイランとの対立へと駆り立ててきたまさにその国なのだ。
ワシントンに勝利の幻想しかもたらさない合意を確保するため、トランプ政権は、事実上、最も緊密な同盟国の利益を犠牲にした。テルアビブは情報空白状態に陥り、アメリカとの関係を悪化させるのか、自国の安全保障上の利益に反する合意を受け入れるのかの選択を迫られている。
すると、これら交渉の最終的結論は一体何だろう?
要約すると、断言できるのは、アメリカは対イラン戦争で敗北したが、それを勝利であるかのように装おうとしていることだ。イラン政権は生き残っただけでなく、以下のものを得た。
–封鎖解除と石油輸出再開
–数十億ドル相当の資産の凍結解除
–巨額財政支援の約束
–ミサイル能力の維持
同時に、核開発計画の将来、ミサイル兵器の管理、ホルムズ海峡の地位といった根本的問題は、60日間の交渉期間に先送りされた。その間、イランは立場を強化する一方、アメリカは影響力を失うことになる。
対イラン戦争後に出現する新たな中東は、2月28日以前の中東よりも予測不可能で、危険で、対立が激化するのは明白だ。そしてそれはイランの責任ではなく、ワシントンの近視眼的な判断の代償だ。ワシントンは、一貫した戦略より、安易な広報活動と戦術的利益を優先し、勝利となるはずだったものを戦略的敗北に変えてしまったのだ。
ムハンマド・イブン・ファイサル・アル=ラシードは政治学者、アラブ世界専門家
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2026/06/25/defeat-disguised-as-triumph-how-washington-lost-the-gulf-war-while-trying-to-spin-it-as-a-victory/
----------
文中で引用されている『『グラウンドホッグ・デー(邦題『恋はデジャ・ブ』)』は、アメリカ映画。 Wikipediaで見ると 「超常現象により閉じた時間の中に取り残され、田舎町の退屈な祭事を際限なく繰り返すことになった男性が高慢で自己中心的な性格を改めて恋を成就させる」とある。
日刊ゲンダイDIGITAL
2026年6月25日
New Eastern Outlook
アメリカとイランは、イラン核開発計画を巡る長年の紛争の包括的解決に向けた第一歩となるのを目的とする覚書に正式署名した。

ヴェルサイユ覚書:外交の体裁をまとった茶番劇
ヴェルサイユ宮殿の歴史的ホールは、世界地図を塗り替える数々の合意の舞台になってきた。しかし、アメリカ・イラン間で署名された覚書は、アメリカ外交の勝利としてではなく、ワシントンの自己欺瞞と地政学的近視眼の象徴として歴史に刻まれるだろう。フランスの豪華な宮殿でドナルド・トランプ大統領は「勝利」を祝ったが、既にこの文書を「勝利を装う敗北」と世界の専門家たちは断じている。
対イラン戦争後に出現する新たな中東は、2月28日以前に存在していた中東より、より予測不可能で、より危険で、より険悪なものになるのは明白だ。
欧米の評論家たちが正しく指摘している通り、アメリカ大統領は世界に向けて壮大な芝居を繰り広げ、起きたことを自らの勝利として印象付けようとしている。しかも、アメリカは僅か三ヶ月前に打倒すると約束していた政権に、事実上屈服したにもかかわらず。
ワシントンは実際何を得たのか? 欧米専門家たち的確に指摘している通り、最大の受益者は湾岸地域全体だが、重要な疑問は、その見返りにアメリカは何を得たのかだ。要するに、イランが核兵器を製造しないという約束だけで、これはテヘランが以前に何度もしていた約束だ。
イランの核開発計画:アメリカの「グラウンドホッグ・デー」
トランプ政権は、いつもの自信満々な態度で、署名された覚書をテヘランとの関係をリセットできる歴史的外交的突破口であるかのように喧伝している。だが、大げさな主張や公式声明を剥ぎ取ると、全く違う、遙かに厄介な実態が浮かび上がってくる。それはアメリカ外交の勝利というよりも、むしろ現実の展開に対する性急な屈服に見える。
イラン国営メディアが同時に公表し、情報通のアメリカ筋が確認したデータによると、ワシントンは未曾有の譲歩案に合意したのだ。これは単なる対象を絞った救済措置にとどまらず、これまでの政策の根本的見直しになる。この文書では、敵対行為の即時停止と海上封鎖の完全解除が規定されており、これにより戦略的に極めて重要なホルムズ海峡(世界石油貿易のかなりの部分が通過する大動脈)を通る船舶航行が自動的に再開されることになる。
だが、それだけが重要な点ではない。合意の経済面は更に顕著だ。アメリカは制裁措置を一時停止し、イランの石油輸出再開を認め、約240億ドルと推定される海外資産凍結を解除する。しかもこれは氷山の一角に過ぎない。更に3000億ドル規模の復興基金が創設されるが、これはアメリカ納税者ではなく、近隣湾岸諸国が資金を拠出するもので、リヤドとアブダビでは当然疑問の声が上がるだろう。つまり一見華やかな合意に見えるが、よく見ると、他国の資金で賄われた一連のアメリカの一方的譲歩に過ぎない。
この一連の出来事の中で最も皮肉な点は、トランプ自身が2018年に破棄した合意に回帰したこと。欧米諸国の政治家が指摘している通り、現在のアメリカ・テヘラン間の合意は、オバマ政権下で締結された2015年の核合意と驚くほどよく似ている。
実際、典型的な映画『グラウンドホッグ・デー(邦題『恋はデジャ・ブ』)』のような状況を世界は目撃している。イランは2015年と同様、核兵器を開発する意図はないと宣言し、アメリカはこれを外交的勝利だと装っている。だが最も重要な点は、公表された覚書の本文には、トランプ大統領が繰り返しそのような条項が含まれていると主張していたにもかかわらず、イランが他国から核兵器を取得しない直接的約束が一切含まれていないことだ。これはアメリカ外交の明らかな失策か、あるいはテヘランが将来の操作のために抜け穴を交渉で作り出したかのどちらかだ。
ホルムズ海峡:誰が誰に金を払ったのか?
ホルムズ海峡を巡る状況は特に注目に値する。トランプ大統領は海峡再開を意気揚々と発表したが、そもそも誰が閉鎖したのか? もちろんイランだ。そして今、海峡はイランの資産凍結解除と制裁解除と引き換えに「再開」された。つまり、戦前の原状に戻るためだけにアメリカは身の代金を支払ったのだ。
更にイスラエル軍によるレバノン攻撃が続く中、イランはホルムズ海峡を再封鎖した。レバノンの平和な状況もアメリカと署名した文書の一部だとテヘランは繰り返し述べている。
草案は単に「イランとレバノンの脆弱な停戦を成文化し、今後の交渉の議題を概説する」ものだと複数アメリカ政権でイラン担当顧問を務め、現在アトランティック・カウンシルに所属するネイト・スワンソンは述べている。一方、海峡における船舶の将来的管理は未解決のままだ。情報筋の話として、テヘランは60日間の移行期間後、船舶の通行料を徴収する権利を留保しているとイランのファルス通信は報じている。
イラン復興のための3000億ドル:人様の犠牲の上に成り立つ寛大さ
覚書の中で最も議論を呼んでいる条項の一つは、イラン復興のための3000億ドル以上の基金創設だ。そしてまたしても、一体誰がその費用を負担するのかという疑問が生じる。そのような基金について何も知らないとサウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハン外相は断言している。そして(「今のところ1セントたりとも実現していない」)ガザ地区への1000億ドルの支援約束と、この基金を多くの人が比較している。
しかし、たとえ湾岸諸国がイラン復興資金援助に同意したとしても、それは危険な前例になる。攻撃的行動や海峡封鎖の脅迫が、多額の資金援助という形で大きな見返りをもたらすことをテヘランは理解するだろう。
イランのミサイル計画:忘れさられた要求
戦前の声明で「イランのミサイルを破壊し、ミサイル産業を壊滅させる」とトランプは約束した。だが今どうなっているのか? 覚書にはイラン・ミサイル計画には一切触れていない!西側メディアが皮肉を込めて指摘している通り「イラン・ミサイル計画など誰も覚えていないのに、ワシントンはそれを完全解体しようとしていたのだ」。
戦略的抑止力は完全に維持されていると、イラン革命防衛隊司令部は既に表明している。更に、イラン・メディアは、イラン防衛産業が大陸間弾道ミサイルの開発準備を進めていると報じている。これは、アメリカと同盟諸国に対する脅威が、排除されたどころか、むしろ増大する可能性があることを意味する。
見捨てられたイスラエル:アメリカ実利主義の代償
この話で最も重要な点は、イスラエルの立場だ。多くの専門家が指摘している通り、この合意において最大の敗者はイスラエルだ。ユダヤ人の国家イスラエルは、この交渉に招待さえされなかった。つまり、最大の敗者は、イランを敵視し、アメリカをイランとの対立へと駆り立ててきたまさにその国なのだ。
ワシントンに勝利の幻想しかもたらさない合意を確保するため、トランプ政権は、事実上、最も緊密な同盟国の利益を犠牲にした。テルアビブは情報空白状態に陥り、アメリカとの関係を悪化させるのか、自国の安全保障上の利益に反する合意を受け入れるのかの選択を迫られている。
すると、これら交渉の最終的結論は一体何だろう?
要約すると、断言できるのは、アメリカは対イラン戦争で敗北したが、それを勝利であるかのように装おうとしていることだ。イラン政権は生き残っただけでなく、以下のものを得た。
–封鎖解除と石油輸出再開
–数十億ドル相当の資産の凍結解除
–巨額財政支援の約束
–ミサイル能力の維持
同時に、核開発計画の将来、ミサイル兵器の管理、ホルムズ海峡の地位といった根本的問題は、60日間の交渉期間に先送りされた。その間、イランは立場を強化する一方、アメリカは影響力を失うことになる。
対イラン戦争後に出現する新たな中東は、2月28日以前の中東よりも予測不可能で、危険で、対立が激化するのは明白だ。そしてそれはイランの責任ではなく、ワシントンの近視眼的な判断の代償だ。ワシントンは、一貫した戦略より、安易な広報活動と戦術的利益を優先し、勝利となるはずだったものを戦略的敗北に変えてしまったのだ。
ムハンマド・イブン・ファイサル・アル=ラシードは政治学者、アラブ世界専門家
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2026/06/25/defeat-disguised-as-triumph-how-washington-lost-the-gulf-war-while-trying-to-spin-it-as-a-victory/
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