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2025年11月11日 (火)

ネタニヤフを無視して、嘆きの壁を省略し、聖墳墓を訪問したヴァンス副大統領



ホアキン・フローレス
2025年11月3日
Strategic Culture Foundation

 リクード時代のシオニズムとの疑いのない同盟は、もはやかつてのような道徳的、政治的権威を帯びていない。

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 リクード時代のシオニズムとの揺るぎない同盟は、もはや、かつてのような道徳的・政治的権威を失っている。「共通の価値観」の名の下に正当化される終わりのない戦争と世界的紛争に疲弊した世代のアメリカ人は、今や儀礼的服従ではなく、現実主義と相互主義に基づいた関係を求めている。

 10月28日、イスラエルのネタニヤフ首相が、ハマスが人質返還に関する和平協定上の義務を履行していないと非難して、停戦協定を破った。これは我々が聞き慣れたイスラエル首相の奇妙な非難の一種だ。また苛立たしいことでもある。ネタニヤフ首相の命令でイスラエル国防軍が破壊したビルの瓦礫の下からイスラエル人捕虜の遺体を回収するのに、パレスチナ人が苦労しているのだ。ネタニヤフ首相の反応は、実際のハマスの行動に対するものではなく、もっと早く行えたはずの明らかに恣意的な決定だ。しかも、ここに注目すべき点がある。わずか数日前、米イスラエル間の緊張を高めた注目すべきイスラエル訪問をアメリカのJ・D・ヴァンス副大統領がしていたのだ。ヴァンスが滞在中に停戦を破った方が、ネタニヤフ首相にとって、戦略的に有利だっはずなのた。そうすれば、アメリカの支持という見せかけの証拠を得られたためだ。ではヴァンス訪問の性質や、彼の滞在中や帰国直後に実際に起きたことや起きなかったことに関して我々はどう解釈できるだろう。

 ヴァンスはイスラエルの停戦違反を直ぐさま些細なこととして軽視した。これは、うっかりした人々には、イスラエルを許しているとさえ解釈される可能性があった。むしろ、和平案はパレスチナに対する過度な妥協で、和平はいつ破綻するかわからないと考える欧米の親パレスチナ活動家の悲観論にネタニヤフはつけ込んでいるのだ。こうした見方が常識になれば、停戦破綻の現実は、自分の信念に反する情報を無視する確証バイアス領域に陥ってしまう。そしてネタニヤフが戦争目的へ回帰すれば、それはまさに欧米諸国の親パレスチナ活動家自身の予測の範囲内で起きることになる。ねじれた逆転の形で、ネタニヤフの政策は実際には強化され、挑戦不可能なものになるのだ。

 幸いなことに、本稿執筆時点では、イスラエルは10月29日の朝、停戦遵守再開に同意した。 これは確実に、和平案の成功に自国の評判を賭けているトランプ政権の圧力によるものだ。
 
ヴァンスのイスラエル訪問中に一体何が起きたのか?

 最近のヴァンスのイスラエル訪問時の奇妙な演出について少し立ち止まって考えてみる価値がある。表面的には、アメリカ高官がエルサレムを頬門し、イスラエル首相と会談し、同盟への支持を改めて表明する、ありきたりの出来事のように見えた。だが、よく見ると、そこには特別な象徴性があり、その意味を紐解く価値がある。長年にわたり、アメリカ高官が嘆きの壁(エルサレム神殿の西側の壁)を訪れ、額を壁に当て、時にはキスまでして記念撮影をするのが常となっていた。だが特に際立った点が二つある。J・D・ヴァンスは嘆きの壁を訪れず、代わりに聖墳墓教会で礼拝と祈りを捧げたのだ。

 10月28日と29日の出来事を踏まえれば、その一週間前の21日から23日までのヴァンス首相のイスラエル訪問中に、一体何が起きたのかがより良く理解できる。ヴァンス副大統領訪問中でさえ、ヨルダン川西岸問題を巡り、ネタニヤフ首相とヴァンス副大統領間で激しい対立が見られた。このことは、ヴァンス副大統領が、嘆きの壁を訪問せずに聖墳墓を訪問したことが、ネタニヤフ首相の意図に反する多層的メッセージだったという見方を裏付ける。
 
ヴァンス訪問中に起きた米イスラエル間対立

 ヴァンスの古代キリスト教会訪問だけがこの出来事の全てであったとしても、それは多くの理由から非常に重要な意味を持つだろう。だがネタニヤフ率いるリクード党が支持したヨルダン川西岸併合をクネセト(イスラエル議会)で可決したこと(訪問中ヴァンスは、これをイスラエルの「愚かな行為」と表現した。後述)など、米イスラエル関係の背景は、より確固とした結論を導き出している。

 訪問中、ヴァンスは、イスラエルのネタニヤフ首相に対し「政策クーデター」と筆者が形容する行動をドナルド・トランプ大統領が起こしている状況で、イスラエル指導部の多くが小声でつぶやいていたこととして、アメリカはイスラエルを「属国」とは見なしていないことを明確にする必要性を感じたのだ。

 この概念は現在、イスラエルの大衆文化に広く浸透しており、チャンネル2のコメディ番組「エレツ・ネヘデレット」では、トランプをイスラエル政策を決定するカエサルとして描いている。これは、トランプはカエサルかという問いを投げかけた我々の最近の記事と興味深い一致を見せている。

 リクード党が提案したヨルダン川西岸地区の併合法案に対し、この「非常に愚かな」政治的策略に個人的に侮辱されたとヴァンスは語った。

 アトランティック誌への寄稿でヤイール・ローゼンバーグは、この出来事を次のように要約している。

 <<滑走路で、イスラエル議会採決について問われたヴァンスは、象徴的な出来事だったと認めつつも、面白がっているわけではないと語った。「もし政治的策略だったとしたら、それは非常に愚かな政治的策略で、個人的に侮辱を感じる」と彼は述べた。「トランプ政権の政策は、ヨルダン川西岸地区をイスラエルに併合しないというものだ。これは今後も変わらない」。同日、タイム誌はトランプ大統領インタビューを掲載し、併合について問うた。「アラブ諸国に約束したので、そんなことは起こらない」と彼は答えた。「そうなれば、イスラエルはアメリカからの支援を一切失うことになる」

 ネタニヤフ首相はすぐ被害を最小限に抑えるモードに切り替えた。議会での採決は野党の責任だと偽って主張する声明を発表し、所属政党リクードは法案を成立させないと誓った。

 この騒動は短期的には米イスラエル関係に悪影響を与えることはないだろうが、将来的に、より重大な紛争の兆しとなるだろう。ネタニヤフ首相率いる連立政権の重要かつ支配的な構成員であるイスラエル極右勢力が、トランプ大統領の地域政策に反発しており、その野望は大統領の野心と相容れないためだ。>>
 
極めて重要な象徴

 米イスラエル関係の本質に益々不安を募らせるアメリカ人にとって、嘆きの壁訪問はシオニズムと、益々イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相個人にとって「指輪にキスをする」ような意味を持つようになった。これはアメリカの利益やアメリカ人自身の感情に関わらず、イスラエル権力構造への服従、リクード党の攻撃的政治への揺るぎない支持と、中東地域やパレスチナにおけるイスラエル政策を追求する決意とみなされている。

 ヴァンスがイスラエルに到着したのは、アメリカが、ハマスとイスラエルの不安定な停戦を安定させ、今や有名なドナルド・トランプ政権の「20項目計画」の次期段階を策定しようと努力を続ける中だった。10月21日、ヴァンスの旅程には嘆きの壁訪問とベンヤミン・ネタニヤフ首相との共同記者会見が含まれるとイスラエル報道機関は報じていた。しかしその後、別の出来事が起きた。ヴァンスは実際には嘆きの壁には行かなかった。代わりに聖墳墓教会を訪問し、公の場での発言で、ネタニヤフ首相の名を出さずに「イスラエルのパートナー」と表現した。

 ヴァンスは教会へ行き、ろうそくに火を灯し、磔刑後に、キリストの遺体を埋葬するため準備した石の台「塗油の石」に触れて敬意を表し、ゴルゴタの丘の上にある十字架礼拝堂で祈りを捧げた。

 10月23日木曜日、ヴァンスはフランシスコ会修道士による私的ミサに出席し、伝統的キリスト教儀式に参列した。これには、ろうそくに火を灯し、ローマ、アルメニア、ギリシャの修道士たちと共に塗油の石に触れ、十字架礼拝堂で祈りを捧げることなどが含まれる。ヴァンスは後にこの訪問を「素晴らしい幸運」と表現し、聖地のために尽力してきた聖職者たちに感謝の意を表した。

 エルサレムを訪れるアメリカ政府関係者にとって、嘆きの壁参拝はほぼ儀式のようなもので、ヴァンスは2024年7月にこれを義務付け、その後同年11月に行われたアメリカ大統領選挙でトランプとヴァンスの連立政権が勝利した。一方、この墓は、近隣地域のキリスト教の遺産や、過去の中世のキリスト教徒巡礼者や、シオニストによる地域覇権やユダヤ民族主義を超えたエルサレムにおけるより長い宗教的軌跡を想起させる。また今日のイスラエルにおける歴史的キリスト教聖地へのキリスト教徒巡礼者や、彼らが時折遭遇する虐待や、過激化した宗教的なイスラエルの若者による訪問者への一連の暴行を黙認するイスラエル国家に対しても強いメッセージを送っていることを示している。

 ヴァンスは墓参をしながらも壁問題には触れなかったことで、自身の関心が伝統的なアメリカ福音派や親イスラエル派の筋書きではなく、イスラエル政策を批判的に見るアメリカ・キリスト教徒が増加傾向にあることを示した。これはAIPACとイスラエルの地域政策がアメリカの政策に及ぼす影響への批判というだけでなく、アメリカ有権者が広く拒否するようになった「永久戦争」にも繋がっている。また、ジミー・カーター元大統領の言葉を借りれば、パレスチナ人の基本的人権と人間性を否定する「アパルトヘイト国家」としてのイスラエル問題が深刻化していることも反映している。
 
そして、ネタニヤフの名前を彼の発言から外したのはどうだろう?

 記者会見で、首相の名前ではなく「イスラエルのパートナー」という言葉をヴァンスは繰り返し口にした。普通なら「ネタニヤフ首相との会談」という見出しが付くのだから、これは通常とは違う。彼は確かにネタニヤフ首相と会談はしたが、それはスキャンダルにまみれたイスラエル首相の執務室で行われたもので、大々的報道もなく、ひっそり報道された。ここで省略したのは微妙だが、はっきりしている。これは何を反映しているのだろう? 第一に、関係を個人的にではなく、より広い視点で捉えたいという願望。第二に、トランプ政権の政策は個人中心主義ではなくなりつつあるというメッセージで、これはネタニヤフ連立政権の政治的脆弱性と現在のイスラエル政治の予測不可能性に対する認識の高まりと繋がっている。ヴァンスが言った通り、ネタニヤフ首相の「愚かな行為」も、おそらくこれに関係しているだろう。
 
ヴァンスは新たな前例を作ったのだろうか?

 ヴァンスは、首相と会うためにイスラエルを訪問しながらも、嘆きの壁に立ち寄らず、聖墳墓教会を訪れた数年ぶりのアメリカ政府高官かもしれない。この姿勢は実に多くのことを物語っている。アメリカとの関係が変化しつつあること、そして国自体も変化していることを示している。キリスト教と、その伝統は様々な意味で重要だ。また、アメリカが個人や、一人の指導者を超えた関係を望んでいることも示唆している。そして、これはアメリカ政府高官が、通常のイメージ的な期待に応えること、つまり「写真映えするシオニストへの服従の儀式」つまり壁にキスするのを避け、世界の変化やアメリカの地域的アラブ同盟国の重要性だけでなく、アメリカ国内におけるイスラエルに対する姿勢の大きな変化により地政学的関係が変化しつつあるのを強調することを選んだことを示している。
 
キリスト教聖職者と観光客への攻撃:ヴァンスの「保護」の底流

 ヴァンスの聖墳墓訪問は、イスラエルを訪れる現代のキリスト教徒巡礼者が直面する現状の問題も物語っている。エルサレムでは、狂信的ユダヤ教徒の若者がキリスト教の聖職者、観光客、教会跡地を標的とする事件が目立って増加している。例えば、旧市街で外国人キリスト教司祭がアルメニア修道院から出たところ、超正統派の若者たちに唾を吐きかけられ、言葉による嫌がらせを受けたという報告もある。

 別の調査によると、2024年にはイスラエルと東エルサレムにおいて、ユダヤ人によるキリスト教徒攻撃が111件記録されており、唾吐き、催涙スプレー使用、教会所有物の汚損、嫌がらせなどが含まれていた。

 すると、アメリカ政府関係者が、一般的に訪問されるユダヤ教の聖地ではなく、キリスト教の聖地を訪問した場合、この事実は、エルサレム訪問のより広範な象徴性に一体どのような影響を与えるのだろう?

 嘆きの壁ではなく聖墳墓教会を選ぶことで、広報外交や従来メディアでは、しばしば影に隠れてしまうイスラエル/パレスチナのキリスト教徒の脆弱な立場をヴァンスは認めているのだ。

 言い換えれば、この地域のキリスト教徒を守る暗黙の了解が存在しているのだ。必ずしも主要な話題としてではなく、探せば必ず見つかる。しかも太字で書かれた外交的身振りとして。キリスト教の聖地を強調し、慣例的な儀式化された嘆きの壁訪問(および大いに目立つ写真撮影の機会)を避けた、この外交的演出は、疎外感や虐待を受けていると感じていると報じられているキリスト教少数派も含むエルサレムの多層的な宗教的側面をアメリカが真剣に受け止めていることを示唆している可能性がある。
 
結論として

 結局、J・D・ヴァンスのイスラエル訪問は、彼の発言よりも、むしろ彼の行動によって記憶されるだろう。嘆きの壁での馴染み深い儀式を断り、代わりに薄暗く香の漂う聖墳墓の回廊を歩いて、どんな報道発表よりも雄弁に語るメッセージをヴァンスは送ったのだ。長年にわたりアメリカのイスラエル訪問を特徴づけてきた政治的敬意を表す反射的儀式を静かに拒絶し、聖地におけるキリスト教の存在に根ざす、より深く、より古い精神的系譜を受け入れることだ。

 この行動はアメリカ政治における、より広範な転換も反映している。リクード時代のシオニズムとの揺るぎない同盟は、もはやかつてのような道徳的・政治的権威を失った。「共通の価値観」の名の下に正当化された終わりのない戦争と世界的紛争に疲弊した世代のアメリカ人は今や儀礼的服従ではなく現実主義と相互主義に基づく関係を求めているのだ。

 従って、ヴァンスの行動は単なる政治的なものではなく、文明的な色合いを帯びていた。この地域のキリスト教徒の苦しみと、民主主義の旗印の下、アパルトヘイトを容認する同盟国の道徳的矛盾の両方を認め、自らの宗教的・文化的ルーツを再発見するアメリカの姿を示唆していた。これが永続的な政策転換を意味するのか、それとも単なる象徴的離脱を意味するのかは、まだ分からない。だが一つ確実なことは、エルサレムで演技よりも祈りを選び、ヴァンスの選択は米イスラエル関係における意味の地図を塗り替えたのだ。

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記事原文のurl:https://strategic-culture.su/news/2025/11/03/vance-snubs-netanyahu-visits-holy-sepulchre-and-skips-wailing-wall/

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