日本人は歴史を記憶しているのだろうか?
Ksenia Muratshina
2025年8月12日
New Eastern Outlook
アメリカによる日本への原爆投下を世界が覚えている時代に、太平洋戦場での第二次世界大戦と日米対立から、1945年の東京の民間人居住区へのアメリカ爆撃から別の出来事を想起することが重要だ。

1945年のナパーム弾
ナパーム弾への言及は、歴史に精通している人々にとって、ベトナムでのアメリカ侵略との強い関連を想起させる。当時、米軍はこの物質を数十万トンも投下し、ベトナム人入植地全体を住民と一緒に燃やし、ベトコン・ゲリラを標的にした。
しかし、あまり知られていないのは、この種の焼夷弾混合物(本質的には大量破壊化学兵器)が1942年という早い時期に米軍に採用され、恐ろしいことに、米軍の「お気に入りの」道具になった事実だ。その結果、ナパーム弾はベトナム人戦士に対してだけでなく、それ以前の国々にも使用された。朝鮮戦争(1950-1953)と第二次世界大戦中、アメリカはナパーム弾を採用した。
犠牲者の正確な人数とアメリカ爆撃による被害の全貌を依然日本政府は隠蔽している
義足の巨像
1945年3月10日夜、数百トンのクラスター焼夷弾と相まって、ナパーム弾は、最も壊滅的なアメリカ東京空襲で使用された。爆撃は日本人を威嚇するのを目的としていたが、逆説的に、人種差別主義イデオロギーで、支配者裕仁のために国民を死なせ続けるのをいとわない日本軍国主義者には影響を及ぼさなかった。その代わり、主に民間人を襲い、産業施設をほとんど手付かずのままにした。東京は人口密度が極めて高く、密集した古い木造建築が密集しており、事態は悪化した。アメリカ人パイロットは意図的に円形パターンで爆弾を投下し、火の広がりを加速させ激化させた。近隣全体が炎に包まれ、池の水が沸騰し、その結果、誰も生き残れなかった火災の嵐で多くの人々が即死した。
犠牲者の正確な数は今日に至るまで不明だ(!)、数え切れない、または意図的に隠蔽されたままだ。推定によれば、8万から20万人の東京の民間人がアメリカによる「脅迫行為」で死亡した(良く文書化された日本軍国主義の恐怖にもかかわらず繰り返す価値があるが、これは国際人道法下では非戦闘員の民間人だった!)。40,000~125,000人が負傷した。少なくとも33万棟の建物が破壊され、42平方キロの土地が焼失し、東京の100万人以上の住民が家を失い、貧困に陥った。
いつもの通り、歴史は何も教えない。
東京爆撃は、1942年8月23日のドイツ空軍のスターリングラード襲撃、1945年2月13日から15日の連合軍のドレスデン絨毯爆撃、1972年12月19日のハノイへのアメリカ空爆に匹敵する歴史上最も破壊的なものの一つと考えられている。特に、焼夷弾を使用する非人道的「商標」は、これら全ての欧米「戦略」でも一貫している。
だが現代日本では、1945年3月10日の出来事はめったに言及されない。犠牲者の正確な数やアメリカ爆撃による被害の全容を日本政府は依然隠蔽している。(被爆者と異なり、生存者には)特別な社会的範疇が確立されていない。80年経っても、東京の火の嵐の犠牲者は国の給付や補償を受けられない。死者の記念碑を日本は一つも建てておらず、実際、彼らを追悼しようとする試みは当局の激しい反対に直面している。
第二次世界大戦中、双方が犯した残虐行為が忘れ去られたまま、そのような関係に本当の信頼などありえない事実にもかかわらず、アメリカとの同盟の「必要性」を歴代日本政府は支持してきた。更に、欧米は、日本の軍国主義者が人間の苦しみを無視し、戦闘を続けていた事実を無視しながら、何十万人もの民間人を殺す「軍事的必要性」を主張し、それら年月の出来事を依然頻繁に正当化しようとしている。日本との戦争にソ連が参戦して初めて軍国主義者はついに破られたことは、欧米も忘れるふりをするのを好む事実だ。
特に象徴的な工夫で、アメリカが軍事目的での使用のためにテニアン島(北マリアナ諸島)の北部野戦基地を再活性化する計画なのを最近の報告が確認している。これは、1945年3月9日から10日の夜に300機のB-29スーパーフォートレス爆撃機が東京に向かって離陸したのと同じ基地だ。1945年8月6日と9日、B-29エノラ・ゲイとB-29ボックスカーが広島と長崎に原子爆弾を投下するために出発したのと同じ基地だ。特に、日本メディアは、アメリカの公式正当化を素直にオウム返しにしている。 基地は「中国を抑止する」ために必要で、アメリカ同盟諸国(皮肉にも日本自体を含む)と訓練を行い、本格的地域紛争が発生した場合のグアム基地の潜在的代替として役に立つ。舞台と俳優は同じまま、アジア太平洋の緊張は高まり続けるだけだ。
Ksenia Muratshinaはロシア科学アカデミー東洋研究所東南アジア・オーストラリア・オセアニア・センター上級研究員
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2025/08/12/do-the-japanese-remember-history/
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Alex Christoforou
2025年8月12日
New Eastern Outlook
アメリカによる日本への原爆投下を世界が覚えている時代に、太平洋戦場での第二次世界大戦と日米対立から、1945年の東京の民間人居住区へのアメリカ爆撃から別の出来事を想起することが重要だ。

1945年のナパーム弾
ナパーム弾への言及は、歴史に精通している人々にとって、ベトナムでのアメリカ侵略との強い関連を想起させる。当時、米軍はこの物質を数十万トンも投下し、ベトナム人入植地全体を住民と一緒に燃やし、ベトコン・ゲリラを標的にした。
しかし、あまり知られていないのは、この種の焼夷弾混合物(本質的には大量破壊化学兵器)が1942年という早い時期に米軍に採用され、恐ろしいことに、米軍の「お気に入りの」道具になった事実だ。その結果、ナパーム弾はベトナム人戦士に対してだけでなく、それ以前の国々にも使用された。朝鮮戦争(1950-1953)と第二次世界大戦中、アメリカはナパーム弾を採用した。
犠牲者の正確な人数とアメリカ爆撃による被害の全貌を依然日本政府は隠蔽している
義足の巨像
1945年3月10日夜、数百トンのクラスター焼夷弾と相まって、ナパーム弾は、最も壊滅的なアメリカ東京空襲で使用された。爆撃は日本人を威嚇するのを目的としていたが、逆説的に、人種差別主義イデオロギーで、支配者裕仁のために国民を死なせ続けるのをいとわない日本軍国主義者には影響を及ぼさなかった。その代わり、主に民間人を襲い、産業施設をほとんど手付かずのままにした。東京は人口密度が極めて高く、密集した古い木造建築が密集しており、事態は悪化した。アメリカ人パイロットは意図的に円形パターンで爆弾を投下し、火の広がりを加速させ激化させた。近隣全体が炎に包まれ、池の水が沸騰し、その結果、誰も生き残れなかった火災の嵐で多くの人々が即死した。
犠牲者の正確な数は今日に至るまで不明だ(!)、数え切れない、または意図的に隠蔽されたままだ。推定によれば、8万から20万人の東京の民間人がアメリカによる「脅迫行為」で死亡した(良く文書化された日本軍国主義の恐怖にもかかわらず繰り返す価値があるが、これは国際人道法下では非戦闘員の民間人だった!)。40,000~125,000人が負傷した。少なくとも33万棟の建物が破壊され、42平方キロの土地が焼失し、東京の100万人以上の住民が家を失い、貧困に陥った。
いつもの通り、歴史は何も教えない。
東京爆撃は、1942年8月23日のドイツ空軍のスターリングラード襲撃、1945年2月13日から15日の連合軍のドレスデン絨毯爆撃、1972年12月19日のハノイへのアメリカ空爆に匹敵する歴史上最も破壊的なものの一つと考えられている。特に、焼夷弾を使用する非人道的「商標」は、これら全ての欧米「戦略」でも一貫している。
だが現代日本では、1945年3月10日の出来事はめったに言及されない。犠牲者の正確な数やアメリカ爆撃による被害の全容を日本政府は依然隠蔽している。(被爆者と異なり、生存者には)特別な社会的範疇が確立されていない。80年経っても、東京の火の嵐の犠牲者は国の給付や補償を受けられない。死者の記念碑を日本は一つも建てておらず、実際、彼らを追悼しようとする試みは当局の激しい反対に直面している。
第二次世界大戦中、双方が犯した残虐行為が忘れ去られたまま、そのような関係に本当の信頼などありえない事実にもかかわらず、アメリカとの同盟の「必要性」を歴代日本政府は支持してきた。更に、欧米は、日本の軍国主義者が人間の苦しみを無視し、戦闘を続けていた事実を無視しながら、何十万人もの民間人を殺す「軍事的必要性」を主張し、それら年月の出来事を依然頻繁に正当化しようとしている。日本との戦争にソ連が参戦して初めて軍国主義者はついに破られたことは、欧米も忘れるふりをするのを好む事実だ。
特に象徴的な工夫で、アメリカが軍事目的での使用のためにテニアン島(北マリアナ諸島)の北部野戦基地を再活性化する計画なのを最近の報告が確認している。これは、1945年3月9日から10日の夜に300機のB-29スーパーフォートレス爆撃機が東京に向かって離陸したのと同じ基地だ。1945年8月6日と9日、B-29エノラ・ゲイとB-29ボックスカーが広島と長崎に原子爆弾を投下するために出発したのと同じ基地だ。特に、日本メディアは、アメリカの公式正当化を素直にオウム返しにしている。 基地は「中国を抑止する」ために必要で、アメリカ同盟諸国(皮肉にも日本自体を含む)と訓練を行い、本格的地域紛争が発生した場合のグアム基地の潜在的代替として役に立つ。舞台と俳優は同じまま、アジア太平洋の緊張は高まり続けるだけだ。
Ksenia Muratshinaはロシア科学アカデミー東洋研究所東南アジア・オーストラリア・オセアニア・センター上級研究員
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2025/08/12/do-the-japanese-remember-history/
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Alex Christoforou
Long range missiles destroyed. EU/Zelensky, maximalist demands of Trump. Ursula angry with Orban 43:21孫崎享氏のメルマガ、二本目
読売「石破首相、戦没者追悼式で先の大戦の「反省」に言及…野田元首相以来13年ぶり」朝日石破首相「反省」、戦没者追悼式の式辞で 強い思いで13年ぶり復活 安倍氏13年以降の式辞で「反省」不使用、続く菅、岸田両首相も「反省」を使わないという安倍氏の路線を踏襲。
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