モンテスマの殿堂からアゾフ海海岸まで 偽物、詐欺、虚偽記憶症候群
デクラン・ヘイズ
2024年6月24日
Strategic Culture Foundation
ヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリア、ゼレンスキーのウクライナは、いずれも、人々がどんなでたらめでも信じてしまうか、あるいは何らかの卑劣な理由で、それに同調してしまうことを示している。
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今日のロシア・ウクライナ戦争に関する「双方」の指揮官と指導者がリストされている、このWikipedia項目をお考え願いたい。ロシア・チーム司令官のプーチンやショイグやゲラシモフや他の人々は忘れて頂きたい。ウクライナ司令官としてリストされているゼレンスキーやポロシェンコや他のろくでなし連中が、自分たちの船の船長だと真剣に主張する人がいるだろうか。あの女装の馬鹿が舵を取っているウクライナのために、一体どんな正気な人が戦いたいと思うだろう。私は決してそう思わない。
これは、ゼレンスキーが股間をくねくねする取るに足らない人物だからといって彼を即座に切って捨てるためではなく、一体なぜNATOが何百万人ものウクライナ人の運命を、このような無気力な怠け者の手に委ねたか問うためだ。ゼレンスキーは、チャールズ・チャップリンの生き写しのようなアドルフ・ヒトラー同様、あまりに笑いものにされやすいが、法律文面だけでなく、行為の上でも、冷酷な独裁者でもあるのだ。かかとを鳴らすナチス式敬礼をし損ねれば、あなたは肉挽き機かゴンザロ・リラと同じ運命を辿ることになる。
ゼレンスキーが彼を殺害してからほぼ6か月が経った今でも、この太っちょチリ系アメリカ人の墓の上で欧米諸国のゼレンスキー応援団が踊り続けているので、リラ事件は興味深い。同じことが、最近の欧州議会選挙で議席を失ったアイルランドの欧州議会議員クレア・デイリーとミック・ウォレスにも当てはまる。このような出来事に倒錯的な喜びを感じる、外見上順応している人々が非常に多数存在している。辺境地の城壁を守る人々に比べれば重要性は低いが、このような異常者連中は、今後何世代にもわたり、精神科医や反社会病質研究者たちの驚異の源であり続けるだろう。
戦争が、強い側が勝つという単純な会計帳簿の問題なら計算はずっと簡単なはずだ。しかしゼレンスキーやヒトラーやムッソリーニなどの狂人が物事を極限まで複雑にしているので、会計士のそろばんより精神科医のソファの方が、より確実な分析手段になる。
キーウ皇帝の話に戻る前に、彼にインスピレーションを与えた過去の独裁者たちを振り返ってみよう。なぜムッソリーニはエジプトとギリシャに侵攻して、致命的にバルバロッサ作戦を遅らせたのだろう。カノーリ好きのガキに、彼の悪党連中がエジプトでもギリシャでもやられることになるとなぜ誰も言わなかったのか。彼は自分がカエサルかナポレオンのどちらだと思っていたのだろうか。患者が豊富な精神病院には、必ず1人か2人ナポレオンが入院しているが、イタリアを率いるナポレオンはごく少数で、イタリアを破滅に導くナポレオンは更に少ない。
ムッソリーニのドイツ人のお仲間ヒトラーを考えてみよう。この老人はモスクワの戦いで軍隊が足止めされていた時、アメリカに宣戦布告した。ヒトラーが宣戦布告をするのを見ると、バルカン半島とバルバロッサ作戦で既に圧倒されていたドイツ将軍連中があごを外しているのがはっきりわかる。当時彼らは既に結末がどうなるかわかっていたが、運命のジェットコースターを止める勇気がある者はいなかったのだ。
ヒトラーやムッソリーニやゼレンスキーの運命を説明する最も確実な方法は、精神医学や、チャーリー・チャップリン風指導者連中の社会病質的幻想に巻き込まれた群衆や、子ども誘い出したハーメルンの笛吹き男の話だ。
フランスの陥落と、輝かしいベルリンに凱旋したヒトラー軍団を待ち受けていた熱狂的歓迎について考えてみよう。1940年夏のベルリンと1945年夏のベルリンの意気消沈を比較して、その間に彼らの征服の夢がどうなったのか考えてみよう。
アイルランド共和軍暫定派を例に歴史の書き方について書いた以前の記事で、私はあえてNATOによるシリアでの偽旗化学攻撃に関するロバート・スチュアートの優れた研究を引用した。この参考文献をGoogleで検索してみると、NATOの根拠のない批判にスチュアートの研究はランキングで負けているのがわかる。つまり一般の閲覧者は、NATOの事件解釈に騙され、スチュアートは変人扱いされ、デイリーやウォレスなどのように偏見なく問題に取り組む人々を、多種多様なNATOのポチ連中が足元で吠え続けることになる。
この奈落の底への転落は、ワイマール共和国の終焉期を舞台にしたクリストファー・イシャーウッドの『さらばベルリン』の映画版『キャバレー』で見事に表現されている。この映画の素晴らしさの一部は、ユダヤ人に対する一般ドイツ人の態度の変化と、台頭するナチスの目を通してユダヤ人を見なかったため、イシャーウッドたちがした潜伏を描いている点にある。
イスラエルの友人連中の言葉を借りれば、ナチスは現地で新たな事実を確立しつつあり、それに反対する者は、ナチスの新たな現実を受け入れるまで、強制収容所への全額負担の旅を覚悟させられた。この点で注目すべきは、ナチス強制収容所に送られた共産主義者の大半が、後にドイツ国防軍で戦うことになったことだ。ちょうど戦争終結時に、東ドイツ軍が元ドイツ国防軍将軍に率いられていたのと同じだ。
これらは事実だが、もし事実が誇張されている通りのものなら、電話帳はベストセラーになり、スチュアートやその他数え切れないほどの連中の法医学的証拠が公正に審議されるはずだ。だが現実はそうではない。その代わりに、選挙で選ばれていないアイルランド首相サイモン・ハリスが、辺境の地の虐殺現場から悪党プーチンが誘拐したウクライナの幼い子どもたちについてわめき散らしている。
「約2万人の子どもが家族や地域社会や祖国から連れ去られ、ロシアやウクライナ国内の占領地に移送されたと推定される」とハリスは叫んでいる。以前の記事でこれら政治的動機による主張が間違っていることを暴露したのはさておき、ハリスとその政権には子どもが誘拐されたかどうかを推定する方法が全くないため、彼はまたしてもウソを言っているのか、ジェノサイド・ジョーやフォン・デア・ライエンや、それに類する気味悪い連中の腹話術人形として利用されているかのどちらかだ。結局この男は保健大臣としてCOVID-19は、この感染症の第19版だと主張したバカだ。念のため言っておくと、アイルランド保健大臣ハリスは、Covid19がなぜそう命名されたのか全く知らなかったが、アイルランドの従順なメディアはそれを許した。同紙の無知な記者連中は面倒くさがって、おそらくウクライナに関しても、ハリスには何も知らせないでおこうとしているのだろう。
しかし、ハリスは、完全に腐敗したフォン・デア・ライエンやNATOの他の宣伝係連中と同様、真実を知ったり語ったりするために報酬をもらっているわけではない。プーチンやアサドや習近平や他NATO敵対者を激しく非難するのが彼の仕事だ。それはそれで十分だし報酬も高いが欠点もある。ベルリン地下壕で過ごしたヒトラー最後の日々を描いた実に素晴らしいドイツ映画「Der Untergang (Downfall)」に描かれているような欠点だ。
ヒトラーやゲッベルスや長年苦労してきた秘書連中が、当時、わずか数ブロック先にいた狂人をロシア人から救うためにベルリンに飛んだ有名なテスト・パイロットのハンナ・ライチュやローベルト・リッター・フォン・グライムと夕食を共にする場面を考えてみよう。この場面で最も驚くべきことの一つは、ライチュと、その場にいて、その後ドイツ空軍トップに昇進したフォン・グライムの両者が、ヒトラーが戦争の流れを変えようとしているというでたらめを信じていたことだ。
ヒトラー死後、フォン・グライムの妄想は長くは続かなかった。5月8日にアメリカ軍に降伏した際、「私はドイツ空軍のトップだが、ドイツ空軍はない」と彼は宣言した。ドイツ空軍陸軍元帥(ユダヤ人)エアハルト・ミルヒも手癖の悪いイギリス奇襲部隊に降伏した際、同じように辛い経験をした。ミルヒは降伏の正式手続き中に、陸軍元帥自身の警棒で殴られて、あざになったた歴史上唯一の陸軍元帥という名誉を持っている。奇襲部隊は彼と従者から金品を奪ったが、それはイギリス兵士がやることとほぼ同じで、ゼレンスキーのようにミルヒが抱いていた千年帝国の夢が不名誉な暴行によって、ゾッとする薄汚れた結末を迎えた事実に比べれば我々の目的からすれば二次的な問題だ。
そして、デレク・S・ザンブロの『ルールの戦い:西部戦線におけるドイツ軍最後の敗北』 が説明している通り、優秀な陸軍元帥ヴァルター・モデルも同様に惨めな最期を遂げた。モデルに近い参謀ヴィンリヒ・ベーアとギュンター・ライヒヘルムが、兵を奪われ、生きたまま蚊に食われながら、この優秀な将軍が自らの頭を撃ち抜いた理由を著者に説明した。
「ドイツ元帥は降伏しない」というモデルの主張にはある程度正当性があったかもしれないが、ウクライナのカンカン・ダンサーは降伏させられるべきだ。ゼレンスキーは、ウクライナのような国は言うまでもなく、ムーランルージュのカンカン・ダンサーの一団を率いる資格もない。そして、そうではないと嘘をつくハリスや他のNATOのサクラ連中も、ヒトラー応援団と同じように責任を問われるべきだ。
ヒトラーの帝国とゼレンスキーの残党帝国には多くの類似点があるが、最も重要なのは、将来に対する誤った期待と、中心で蔓延する腐敗だ。『キャバレー』の素晴らしい「Tomorrow Belongs to Me 明日は私のもの」酒場の場面は、沸き立つ恨みと、征服に対する非現実的な夢を完璧に捉えており、ヒトラーの写真家ハインリヒ・ホフマンの娘ヘンリエッタ・フォン・シラーの運命は、腐敗を十二分に捉えている。ホフマンと娘の二人がそのような途方もない富を蓄積できたことは、ゼレンスキーのような詐欺の仕組みを知らない我々の誰にとっても想像を絶するものだ。
しかし、ほとんどの人は気にしない。我々より前に登場したドイツの脇役簾中と同じように、我々もその瞬間に巻き込まれ、その瞬間は、NATOの無名犠牲者数百万の人々のように瞬く間に過ぎ去ってしまう。高貴な連中は、ゼレンスキーの足元に金や乳香や没薬を捧げるために群がる。まるで彼がふんどしをしめた国境地帯の総統であるかのように、キリストの再臨であるかのように。
我々の文化が衰退しているため勇気が欠けていると欧州の保守派は言い、「不思議の国のアリス」の三月ウサギのように気が狂ったイギリス陸軍最高司令部は、中国秘密情報部が帽章に盗聴器を仕掛けていると信じている。
『巨人の書』は聖書外典で、全ての罪人や、ノアの箱舟に乗って安全な場所への航海を予約するのが遅すぎた全ての動物を神が殺さなければならなかった理由を説明している。今日のイギリス軍の狂人やゼレンスキー帝国で行われている大規模詐欺に比べれば『巨人の書』は常識の見本だ。
もちろん、子供じみた道化を誰も真に受けない限り、ハリー・ポッター・シリーズもそうだ。だがヒトラーのドイツやムッソリーニのイタリアやゼレンスキーのウクライナは、人々がどんなでたらめでも信じてしまうか、あるいは何らかの卑劣な理由でそれに付き合うかのどちらかなのを示している。
どこか別世界でなら、それも結構なことかもしれないが、この世界では、命を失う代償は、連中の精神異常を正当化する理由にはならない。ムッソリーニのように、ゼレンスキーがキーウの売春宿でロープの端に逆さまにぶら下がることになるのか、あるいは多くの人が推測しているように、海外でアメリカ豪邸のいずれかに逃げるのかはわからないが、これだけは私にもわかっている。ムッソリーニやゼレンスキーのような狂人は、NATO指導者を名乗る他のナポレオンやシーザー志望者全員と共にロープの端にぶら下がるか、厳重に警備された精神病院のクッション壁病室に入るかのどちらかだ。ウクライナやガザや、あらゆる場所で何百万人もの犠牲者のためにNATOが筋書きを書いた社会病質者の悪夢より、ハリー・ポッターか「巨人の書」か、どんな電話帳であれ、いつでも私に与えてほしい。
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ウクライナがロシア内に向け発射するNATO諸国ミサイルの標的設定は各国偵察衛星で得た座標情報を各ミサイル製造製造国が発射前にプログラムする。これらNATOミサイル、ウクライナの意思での発射を装うNATO直接のロシア攻撃に他ならない。
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