アメリカの防衛産業基盤をむしばむ致命的欠陥
2024年2月15日
Brian Berletic
New Eastern Outlook
ワシントンの地球規模外交政策目標の持続不可能な本質と、防衛産業基盤(DIB)がそれを実現できないことに関し、多くの専門家が結論付けたことを、史上初のアメリカ国防総省国防産業戦略(NDIS)が裏付けている。
アメリカの防衛産業基盤を悩ませている多くの問題として、緊急増産能力不足や、労働力不足や、必要なものを必要な時に必要な量生産するよう海外の下流サプライヤーや民間産業パートナーを奨励するには不十分な「需要兆候」等を、この報告書は挙げている。
実際、報告書で指摘されている問題の大半は、儲からないため、国家安全保障要件を満たすのに民間企業が消極的なことと関係している。
例えば、この報告書は、アメリカ防衛産業基盤の多くの企業が高度な製造能力に欠けている理由を説明し、以下のように主張している。
従来の防衛産業基盤の多くの企業は、必要な設備投資効果が得られる事業計画の作成に苦労しているため、依然高度な製造技術を採用していない。
言い換えれば、高度な製造技術を採用すれば、アメリカ国防総省の狙いは満たせるが、民間企業にとっては儲けが出ないのだ。
この報告書は、事実上、問題がアメリカ防衛産業基盤に対する民間企業の不均衡な影響力に起因するにもかかわらず、一度も民間企業自体が問題だとしていない。
民間企業と、その利益優先策が防衛産業基盤の目的実現を阻止する中心問題なら、明白な解決策は、民間産業を国有企業に換えて防衛産業基盤を国有化することだ。これで政府は利益よりも目的を優先できる。ところがアメリカ合州国やヨーロッパでは、いわゆる「軍産複合体」は、もはや政府や国益に従属するのでなく、むしろ政府や国益が彼らに従属するほどの規模に成長している。
欠陥がある前提の上に築かれたアメリカ防衛産業戦略
民間企業がアメリカ防衛産業基盤を掌握しているだけでなく、防衛産業基盤が構築される前提そのものに根本的欠陥があり、民間企業の利益主導の優先順位付けに深く根ざしている。
報告書は次のように主張している。
この国防産業戦略の目的は、敵対国に対し持続的な競争上の優位をアメリカにもたらす産業生態系の発展促進だ。
いわゆる「敵国」の追随を許さずに、富と権力をアメリカ合州国が世界中に絶えず拡大し続けるという考えは非現実的だ。
中国だけでもアメリカの4-5倍人口がある。実際、中国の人口はG7を合わせた人口より多い。中国にはアメリカより大きな産業基盤、経済、教育制度がある。中国の教育制度は、科学、技術、工学など重要分野で毎年アメリカより何百万人多い卒業生を輩出しているだけでなく、そのような卒業生の比率はアメリカより中国の方が多い。
中国だけが、現在、そして近い将来、アメリカに対する競争上の優位を維持する手段を持っている。こうした現実がどうであれ、対中国で(対世界は言うまでもなく)優位を維持する戦略を立案しようというアメリカは妄想に近い。
ところがアメリカ政策立案者連中は、まさにそのための戦略を60ページにわたり打ち出そうとしているのだ。
中国だけでなく、ロシアも
アメリカの「ペース配分の課題」として中国は繰り返し言及されているが、ウクライナで進行中の紛争は、おそらく世界のパワーバランス変化の最も深刻な例だ。
人口、GDP、軍事予算を合わせれば、ロシアの何倍もの規模なのにもかかわらず、戦車、航空機、精密誘導ミサイル等の複雑なシステムはおろか、砲弾のような比較的単純な弾薬でさえ欧米諸国はロシア生産にかなわない。
机上でこそアメリカと同盟諸国はロシアに対し考えられるあらゆる優位を持っているように見えるが、欧米諸国は目的主導型でなく利益主導型社会として組織化されている。
ロシアでは防衛産業は国家安全保障のために存在している。言うまでもないことと思われるかもしれないが、欧米諸国全体で、防衛産業は、欧米諸国の他の全産業と同様に、利益を最大化するために存在している。
国家安全保障に十分貢献するため、防衛産業は妥当な急増生産能力を維持する必要があり、比較的短期間に大規模生産急増が必要な場合に備えて未使用の工場空間や機械や労働力を待機させておく必要がある。欧米諸国では、利益を最大化するため、経済的に非効率と見なされ、急増能力は容赦なく削減されてきた。ごく稀な例外としては、アメリカ軍の155mm砲弾の生産などがある。
欧米の防衛産業は依然地球上最も利益を上げているが、利益の最大化によって、大規模紛争に必要な量と質の武器と弾薬を実際大量生産する能力は明らかに損なわれている。
その結果は欧米諸国が代理国ウクライナ用武器や弾薬生産拡大に苦労している今明らかだ。
防衛産業基盤報告書には、次のように書かれてている。
侵攻前、需要が大きなシステムの一部に対する武器調達は、毎年の訓練要件や進行中の戦闘作戦によって推進されていた。この控えめな需要と最近の市場力学により、企業は経費を理由に余剰生産能力を売却するようになった。つまり生産要件の増加に伴い、既存施設の労働時間を増やす必要があり、一般に「急増産」能力と呼ばれる。これらは労働力や設備やサプライチェーンの制約に関する同様の下流の考慮事項により更に制限される。
経費が、どの防衛産業でも考慮すべき事項なのは確実だが、経費を第一に考えることはできない。
ロシア防衛産業の中核は巨大国有企業ロステックで、傘下には防衛を含む国家産業ニーズに関連する何百もの企業が組織されている。ロステックは儲かる。しかしロステック下で組織される産業上の狙いは、何よりもまず国家の健全さや、インフラや安全保障など、ロシアの国益に関連する目的に資することだ。
ロシア防衛産業は目的志向で、軍事用品を生産するのは、儲かるからではなく、必要なためだ。その結果、2022年2月の特別軍事作戦(SMO)に先立ち、ロシアは大量の弾薬や装備を保有していた。これに加えて、ロシアは大量の増産能力を維持しており、過去二年間で、砲弾から装甲車まで、あらゆるものの生産率が急速に拡大した。
欧米の専門家たちが、これを認めたのは比較的最近のことだ。
2023年9月の記事「ロシアは制裁を乗り越えミサイル生産を拡大と当局者は言う」で、ロシアはミサイルだけでなく装甲車や砲弾生産が戦前水準を超えているのをニューヨーク・タイムズは認めている。アメリカや欧米同盟諸国を合わせた弾薬の少なくとも7倍をロシアは生産していると、この記事は推定している。
それにもかかわらず現在急増産能力の限界に達し、新しい施設と原材料の供給源が必要になるためロシアの生産は「頭打ち」になると欧米諸国の専門家は主張している。
2024年2月の「2024年までのウクライナにおけるロシアの軍事目標と能力」と題する記事で弾薬生産に関し英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)は下記のように主張している。
...新工場を建設し、5年以上のリードタイムの原材料取得に投資しない限り、今後数年間で生産を大幅に増やすことはできないとロシア国防省は考えている。
しかし、ロシアの産業基盤は利益主導ではなく目的主導であるため、長期的な経済的非効率性にもかかわらず、既に追加施設が建設されている。
2023年11月、「対ウクライナ戦争のためロシアが生産能力を強化しているのを衛星画像が示唆」と題する記事で、ロシアは既存施設での生産を拡大しているだけでなく、戦闘機、戦闘ヘリコプター、軍用ドローン、誘導爆弾を生産する新工場も建設しているとアメリカ政府が出資するラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティは報じている。
アメリカの「解決策」は遥かに不十分
2023年の防衛産業基盤報告書は、155mm砲弾の生産拡大を、アメリカ防衛産業基盤の「迅速な拡張」能力の実例として挙げている。
報告書は次のように主張している。
これに対応して、国防総省はペンシルベニア州スクラントンの既存生産施設の拡張に投資し、テキサス州メスキートに新生産施設を着工して、需要の高まりに対応した。2022年12月に行われたこれら投資に加えて、米軍は2023年9月に15億ドル相当の契約を締結し、2025年度末までに月8万発以上の砲弾を受領する目標を達成した。
だがこれはアメリカ陸軍が砲弾製造施設を所有しているからこそ可能だった。砲弾生産率向上は、ロシアのSMOが始まる何年も前に、アメリカ陸軍が意図的に建設した既存の増産能力により可能になった。計画上のこの先見の明はアメリカ合州国にとって不幸なことに、この規則の稀な例外で、アメリカやヨーロッパの他の武器生産に当てはまらない。
欧米の利益主導政策は武器と弾薬生産ラインのかなり下流にあるアメリカ防衛産業基盤に問題を起こしている。これには海外の安価な労働力を利用して利益を最大化するため何十年にもわたり生産を海外移転してきたアメリカも含まれる。現在アメリカの国防衛産業基盤全体で使用されている多くの原材料や部品は「敵対的」な国を含む海外から来る。
アメリカ国防総省国防産業戦略報告書は次のように嘆いている。
過去10年、国防総省は敵対的調達を削減し、防衛サプライチェーンの完全性を高めるのに苦労してきた。こうした努力にもかかわらず敵対的供給源への依存度が高まっている。サプライチェーンのリスクを軽減する包括的取り組みが国防総省には依然欠けている。
利益主導政策は労働力にも打撃を与えている。何十年にもわたるアメリカ製造業の海外移転により、アメリカはサービス主流経済に移行した。これは教育にも反映されており、職業能力は軽視されるだけでなく、汚名を着せられている。
アメリカ国防総省国防産業戦略報告書は、次のように説明している。
労働市場では、あらゆるレベルで技術革新を推進しながら、防衛生産の需要を満たすために必要な人数の熟練労働者が不足している。この不足はベビーブーマーが退職し、若い世代が製造業や工業の仕事に関心を示さなくなるにつれ悪化している。
この問題を超えて、利益主導政策はアメリカで教育を受けにくくしている。教育を提供することで利益を得ようとする欲求は、そもそも教育を提供する本来の目的、つまり機能し繁栄する社会を運営するのに必要な人材創造の機会を奪ってしまった。アメリカの学位や研修講座には、完済に一生かかる可能性があるほどの借金が必要だ。
アメリカでは熟練労働者への関心の欠如と教育を受ける困難さにより、労働力は世界の他の地域に比べ歪んでいる。たとえば、アメリカのSTEM(科学、技術、工学、数学)卒業生数は、ロシアの総人口がアメリカの半分以下なのにもかかわらず、ロシアと同等だ。フォーブス誌によると、2016年、ロシアの56万1,000人に対し、アメリカには56万8,000人のSTEM卒業生がいる。同年、中国は470万人以上の卒業生を輩出した。
アメリカの経済基盤は全体として歪んだ社会を生み出し、それに応じて人口とGDPの点で小国に匹敵するのに苦労するほど国防衛産業基盤を歪めている。しかし仮にアメリカがこうした根本問題に取り組んだとしても、BRIC同盟は言うまでもなく、中国が確固たる基盤を持ち、人口、経済、産業基盤がより大きい事実は変わらない。
アメリカ外交政策の前提は非現実的だ。アメリカ経済力の根幹に致命的欠陥がある。
アメリカが世界の他の国々に対し競争力を維持するという考え自体、非現実的で、他の国々が国内および/または地域の著しい不安定に苦しんでいる場合のみ現実的だ。
これこそが何十年にもわたり政治干渉や政治的占領や更に地域紛争に世界中でアメリカが多額投資をしてきた理由だ。だが経済力、工業力、軍事力面でアメリカと世界の格差は、アメリカが「国際秩序」を押し付けるより早く、縮小しつつあるのかもしれない。
再興したロシアだけでも軍事工業生産はアメリカを上回っている。中国は遙かに幅広い指標でアメリカを上回っている。アメリカが非現実的前提に基づいて持続不可能な政策を追求する限り、アメリカは益々多くの国に追い越されるだけでなく孤立し不安定になるだろう。
アメリカが「敵国」と呼ぶ国々と、アメリカ自身との違いは、持続可能で目的意識を持った形で自分の土地を耕作する農民と、消費するものがなくなるまで、行く手にあるあらゆるものを無分別に消費して、自らの自己保存を危険にさらす捕食者との違いだ。
今から、その時までに、より理性的な利害関係者の輪が現在アメリカ経済政策や外交政策を動かしている人々に取って代わり、自らを押し付けようとするのでなく、手段に見合った力を追求し、他の国々との協力に投資する国へとアメリカを変えるかもしれない。
Brian Berleticはバンコクを拠点とする地政学研究者、作家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。
記事原文のurl:https://journal-neo.su/2024/02/15/fatal-flaws-undermine-americas-defense-industrial-base/
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彼はThe New Atlasで同話題を語っている。
The Fatal Flaw Undermining America's Defense Industrial Base 41:55
Daniel Davis Deep Dive ミアシャイマー教授解説。
John Mearsheimer - U.S. Blind Support of Ukraine / The West: Collective Suicide 51:49
今朝の孫崎享氏メルマガ題名 ミアシャイマー教授の話を思わせる。
中国(王毅外相)は対ロ関係深化を約束し、中国を抑圧することへの米国の「執着」を批判。バイデン氏が台湾独立を支持しないと約束したことを指摘、台湾での「火遊びの罪で焼かれる」と付け加え、グローバル・サウスはサイレント・マジョリティーではなく、国際秩序を改革する力」
「大統領への返り咲きが濃厚となったトランプ氏『イスラエル側か?』との記者の質問に『イエス』と回答! ガザのジェノサイドは続く!」
はじめに~大統領への返り咲きが濃厚となってきたトランプ氏、『Foxニュース』の記者の「イスラエル側か?」との者の質問に「イエス」と回答! ガザの攻撃を支持!『問題は解決しなければならない』と発言! 落ち目のバイデンと上り調子のトランプ、どちらが次期米大統領になっても、米国はイスラエルによるパレスチナ人へのジェノサイドを止めることはない!
【第1弾! 米国主導によるウクライナ紛争を牽引してきたヴィクトリア・ヌーランド国務次官が任期半ばで辞任!】2014年のユーロマイダンクーデターから、ウクライナ紛争に至るまで、陰の仕掛け人だったヌーランドの任期途中の辞任は、何を意味するのか!? ヌーランドが言い残した「素晴らしいサプライズ」とは、プーチン大統領の暗殺!?(『国務省』2024年3月5日ほか)
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