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2022年3月27日 (日)

マデレーン・オルブライト追悼

Stephen Karganovic
2022年3月24日
Strategic Culture Foundation

 冥土への旅の終わり、悪魔は彼女の到着でお仲間を迎えるのを愉しみに待っている。

 ラテン語の諺De mortuis nil nisi bonum.のとおり、故人を悪く言うのは良くない。その通りで、大半の故人にとって、この精神で行動し、言うべき適切な何かを見いだす穏当な努力がおそらく十分だ。だが最近亡くなったマデレーン・オルブライトの場合、邪悪さと均衡を保つため、最小限の美徳さえ見いだすのに実にひどく苦労させられる。

 我々が知っている限り、彼女の逝去を発表した際、彼女の家族が主張した通り、私的なサークルでは本当に「優しい母親、祖母、姉妹、叔母と友人」として記憶されるかもしれないのを我々は知っている。だが、そのサークル外の人々は、ほとんどそのような彼女を覚えていないだろうと思う。

 まさに彼女の名が結び付いている最も悪名高い行為の一つをする決定の23周年目、1999年に、残忍で違法なユーゴスラビア爆撃をした日の彼女の逝去には、人間の出来事は大いに驚嘆すべきだと認める全員感銘するはずだ。確かに、オルブライトは公人としての生活で、彼女の政策がセルビアとモンテネグロの人々に与えた破壊と犠牲者数に関する破壊を超えるかもしれない他の不正で不徳な行為を行っていた。だがセルビアとの彼女の関係には、重要で明示的な細部があり、その邪悪さをむき出しにしている。

 第二次世界大戦発生の数年前、当時は、ヤナ・コルベロヴァとして知られていたマデレーン・オルブライトと彼女の家族は、ドイツがチェコスロバキアを占領した際に、ナチの強制収容所での民族的迫害と、ほぼ確実な死から逃れるため、ユーゴスラビア王国に避難した。難民のコルベロ家は友好的に歓迎され、寛大にも、セルビアのリゾート、ヴルニチカ・ヴァーニャに受け入れられ、そこでヤナは学校に通い、セルビア語を学んだとされている。その後の人生で、戦後ヤナが、アメリカに上陸し、マデレーンとなると、個人的出世の野心が彼女の生活を方向づけ始めた後、彼女の命を救った人々に対する感謝や共感の痕跡は全く見当たらない。彼女の「外交官としての任務」の一環で、彼女の軽蔑の対象になった人々が彼女に石をもって報いても、誰が本当に彼らを非難できるだろう? 90年代を通じて、アウシュヴィッツでの彼女のぞっとする死の可能性から保護した人々を、ナチの生まれ変わりだと中傷し、非難し、NATOによって彼らの上に引き起こされた大混乱と破壊を歓喜で歓迎し、中傷を擁護した。彼女の過度の中傷は彼女の性格について雄弁に物語っている。

 有名人として、オルブライトは決して今公式追悼を満たしている気高い特質を感じさせなかった。1996年レズリー・スタールの「60ミニッツ」インタビューの際の何気ない言葉、イラクに課された彼女の制裁での50万の子供(スタールは、広島の死者より多いと彼女に想起させた)の命を犠牲にしたのは「その価値があった」というのは言語に絶する衝撃だった。だが、それは世界中の人々と彼女の最も大切な価値観を共有する超大国の外交政策の責任を負う「優しい祖母」だった。

 彼女の学術的な著作は、家族が戦後アメリカに移住した後、出世するために道義的な妥協をせずに、自力で政治学教授として成功した経歴の彼女の父親と比較して、むしろわずかだ。出世のため、マデレーンは学識より、人付き合いに頼ったという、はっきりした印象を受ける。彼女の出世の上で、ズビグネフ・ブレジンスキーやクリントン家の人々のような有力政治家と常に完全な同一歩調を維持する傾向があった。それは有効な出世戦略だった。さかさまのアメリカ政府中心部の世界では、彼女が公式見解に従き、すべての正しい意見に、彼女の痛烈な非難を公的にとうとうと喋る限り、彼女のように薄っぺらな専門的、道義的資格の人物でも、本当に想像できない地位に出世できたのだ。かくして、マデレーン・オルブライトは、国際連合で、帰化した国を代表する「外交官」となっただけでなく、後に国務長官にさえなったのだ。「世界で最も尊敬される外交官[彼女に捧げられた体制派ちょうちん記事には、そうある]とされるマデレーン・K・オルブライト博士は、世界中で、民主主義と人権を擁護し続け」、現代アメリカに対する国際関係と教育交流への重要な影響と、ちょうちん広告が不誠実に表現しているが、ここにはそれ以上のものがある。彼女はその追従的な奉公人だったが、出世の最終段階で、ありがたい、称賛の気持ちを表す支配体制は、こともあろうに彼女を、ジョージタウン大学外交政策大学院教授にした。

 かくして、1999年に、その地位を、最も言語道断な武力と暴力で、ヨーロッパの国を破壊し、ばらばらにするために使い、国際法の複数の違反を画策したニセ外交官が、未来の外交官を教育する責任を委ねられたのだ。

 これは、非人道的な人体実験をしたメンゲレ博士を彼が蓄積した専門的経験を未来の医者の教育に利用できるよう内科学科教授に任命するのに、むしろ似ている。

 正教の教義では、死後40日間、魂は、人生上責任があった罪の記録が、全てを書き留める嘲る悪魔に提示される一連の料金所を通過する。おそらく、このシナリオは、マデレーン・オルブライト、旧姓コルベロヴァの旅のために、多少修正されるべきで、地獄への降下の中で、彼女は、料金所で、その無辜の死を画策し「その価値がある」と宣言した、彼女の無数の子供犠牲者の非難がましい凝視に出くわすように。当然、冥土への旅の終わり、悪魔は彼女の到着でお仲間を迎えるのを愉しみに待っている。

記事原文のurl:https://www.strategic-culture.org/news/2022/03/24/madeleine-albright-in-memoriam/

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 彼女はカトリックなので、正教の教義とは違う旅をするのではないだろうか?

 今朝の東京新聞朝刊『筆洗い』を読まなければ、この記事、決して翻訳していなかった。一部を引用しよう。

 民主主義と人権のチャンピオン(闘士)」バイデン大統領の追悼の言葉にあった。

 1999年、旧ユーゴスラビでの人道危機に際し、北大西洋条約機構軍による空爆を主張し実現させた。民主主義と人道を守るためなら空爆もいとわぬ「闘士」だった。

 正気だろうか? この記事だけで、購読を止めたくなる。

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