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2021年3月31日 (水)

「射撃は容赦なかった」:恐怖がヤンゴン地区をおおっている

2021年3月30日
フロンティア・ミャンマー

 兵士と警官が、ダウボン地区の大多数がイスラム教徒の区を威嚇しているが、住民の信仰ゆえに、彼らがそこを選んでいる可能性を示唆するものがある。

 兵士と警察は、ヤンゴン地域のダウボン地区の大多数がイスラム教徒の区を残忍な抑制の標的に定めており、宗教のせいで標的に定められているのではないかと人々が疑うようになっている。

 パズンダウン運河とバゴー川とサケタ郡区境界を接する14区で最大のヌェエーで、保安部隊が、宗教的不穏状態を煽動しようとしているという憶測がある。

 ヌェエーでの紛争は、2月1日のクーデター後、区や区画の新管理者を任命する軍事政権の取り組みを巡る論争を反映している。

 毎晩午後8時から午前4時の外出禁止を無視して、ジンガマとミナンダル道路の交通信号近くで午後10時に始まった短時間の抗議行動後、3月21日夜、この区は実弾、ゴム弾とスタン弾を浴びせられた。

 群衆は約15分続いた抗議行動から解散したが、区の総務部事務所が、不審な原因不明の状況下で火事になった。直後に、兵士たちが現場に到着した。

 「抗議参加者が、交通信号から家に帰り始めた後、私は事務所ビルの放火について聞いた。同時に、私は射撃の音を聞いたが、それは11時まで止まらなかった。」区に住む匿名希望の50歳位の男性が言った。「射撃は容赦なかった」と彼がフロンティアに言った。

 唯一の周知の犠牲者は、右腕を撃たれた50歳位の男性だった。

 彼は抗議行動に参加していなかったと言ったが、射撃が始まって間もなく、ヌェエーと隣接するバマーエー区との境界となるボギョケ通り沿いに走り始めた時銃撃された。

 「私は道路を走っていた。銃撃が聞こえて、銃弾が私の腕に当たった」と負傷した匿名希望の男性が、その夜フロンティアに語った。

 保安部隊が、この区の別の道路沿いに、駐車している10台以上の自動車を銃撃し、大規模損害を起こし、他方、火事になった総務部事務所のそばに駐車していたもう一台の車が、斧でたたき切られた。破損した自動車の一台の所有者は、事件に絶望し、話をするのをいやがった。

 「私は何も言いたくない。私は誰も信じない。何かが起きるなら、苦しまなければならないのは我々で、我々が不平を言える人は誰もいない。我々は我々に起こるものを受け入れるしかない」と彼はフロンティアに言った。

 総務部事務所の隣の携帯電話店も火事で破壊され、所有者は、損害を約2000万チャットと見積もったている。

 匿名を希望した所有者の女性は、店に火がついた時、彼女が家族と一緒に店の中に隠れていたと、3月22日、フロンティアに言った。

 「区役所が放火されたというのを耳にした後、私は店の外で銃撃音を聞いた」と彼女は言った。「銃撃のため、私はあえて店から去らなかった。最終的に、家族全員煙のために外に走り出た。兵士たちが我々が誰か尋ね、我々は彼らに店からだと言うと、彼らは道路の反対側の公民館に留まるように言った。夫は店の中に走ったが、彼が回収できたのはコンピュータ・モニターだけだった。他の全てが火事で燃えた。」

 抗議行動と総務部事務所の火事は、兵士たちが区に到着し、新管理者を指名した後、わずか数時間後のことだった。この男は、国民民主連盟政府下で現職だったが、住民は彼には人気がなかったと言った。11月の選挙で、彼の息子は軍と連携している連邦団結発展党から議席を競ったが、国民民主連盟候補者に負けたと彼らは言った。

 「彼が最初に選出された後、区の住民は男が嫌いで、彼が再び任命された時、大半の住民が不満だった。私は総務部事務所の火事は、管理者として彼が再任命されたのと関係があるかもしれないと思う」と匿名希望の40歳の住民が言った。

 3月21日の夜、保安部隊によって破壊されたとされるヌェエー区の自動車の1台。 (フロンティア)

 ヌェエー区での取り締まりは3月22日も継続した。

 午前7時頃、兵士と警察の3台の車が区に到着し、抗議行動に参加したとされた20人以上の人々を逮捕し、更に夕方戻って、さらに28人を逮捕したと区の住民が言った。

 「彼らは[抗議参加容疑者]名と住所のリストを持っていた」と区に住んでいる25歳位の男性が言った。「私は彼らがどのように名簿を編集できたか分からない。我々住民は、夜の抗議行動に参加した皆を思い出すことさえできない」彼は逮捕された人々の大部分がイスラム教徒だったと付け加えて言った。

 ヌェエー区には3,000以上の家庭があり、住民の約75パーセントがイスラム教徒だと住民が言う。2014年の人口調査で、ダウボンで最も人口稠密な区、ヌェエーには町の住民75,000人の約18,000人、ほぼ4分の1の人口だということがわかった。

 ヌェエーの、あるイスラム教住民は、彼女が非常に恐れたので、彼女と家族は3月22日に兵士たちと警察が戻って来た時、隠れていたと言った。「彼らは3月21日以前に、3日か4日、続けてやってきた。我々は銃撃を恐れて暮らしている。私は彼らがなぜ我々の区でだけ、こうしているのかわからない。彼らは毎日区にやって来て脅迫する。彼らが何が起きるのを望んでいるのか私にはわからない」と彼女が言った。

 もう1人の住民、50歳の仏教徒の男性も、この区での厳しい取り締まりを、イスラム教住民の多さに関連づけた。

 彼は、宗教的不穏状態を刺激するのが狙いなら、失敗するのは確実だと言った。「人々は世間知らずじゃない;彼らは起きていることを十分理解している」と彼は言った。

 保安部隊が(今まで)大多数仏教徒である隣接するバマーエーもパトロールしていたが、彼らはそこでは、めったに住民に発砲しなかった。

 あるバマーエー区住民が、大半の住民が軍と連邦団結発展党を支持しているので、兵士たちが、そこでは、より穏やかな手法をとっていると思うと言った。

 「彼らがバマーエーを巡回している時に、家の外で誰かを見ると、彼らは尋問し、打ちすえる。午後8時30分、区は完全に静かだ」と彼女は言った。「だが何人かの兵士がヌェエー区でパトロールし始めると、我々は銃撃の音を聞く。我々はヌェエー区から毎晩銃撃の音を聞く。」

 それでも、3月18日、兵士たちが両方の区を不意に訪れ、住民に銃を突きつけて、抗議参加者が道路をふさぐため築いた土嚢バリケードを崩し、取り去るよう強いた。

 兵士たちは3月20日に戻り、バマーエー区でより多くのバリケードが築かれたの見て憤った。彼らは住民に彼らの家から出て、それらを取り除くよう強いた。

 「彼らは道路をふさいだと言って我々を非難し、それぞれの家から一人、バリケード撤去を手伝うよう命じた。彼らは、もし男がいなければ、女性が出て、バリケードを撤去すべきだと大声で言った。彼らは区の人々にバリケードを取り去るよう命じた際、叫んで、ののしった」と住民が言った。

 軍はバマーエーでも、ヌェエーのように新管理者を指名しようと努めたと住民が言ったが、この動きは計画通りには行かなかった。

 「前管理者は彼が新管理者に指命されようとしていたと言われたとき、彼は任命を拒否した、彼はその後、修道僧に任命された」とバマーエー住民がフロンティアに語った。「我々は誰が任命されるか様子を見るしかないだろう。」

記事原文のurl:https://www.frontiermyanmar.net/en/the-shooting-was-relentless-terror-grips-a-yangon-ward/

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 ミャンマーに詳しい知人の話から判断すると、軍隊と一般市民は、二つの全く別の階層のようだ。軍隊は、市民から余りに離れた結果、今回のような激しい反発を予想できなかったのだろう。国民は、スーチーを無条件に支持するほど素朴ではないのかも知れない。クーデター直前、ロシアのショイグ国防相が訪問していたというのは気になるが、他国の心配をする以前に自分の頭の上のハエを追わなくてはならない。

 デモクラシータイムス

後手後手 菅のばくち五輪【山田厚史の週ナカ生ニュース】20210331

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