煙と消えたベイルート
2020年8月5日
Andre Vltchek
New Eastern Outlook
ベイルートとその港湾地域の上に巨大なキノコ雲が立ち上るのを見るのは実に超現実的光景だ。だが疲弊したレバノンの首都に、どんな超現実的でないものがあるだろう?
商業地区の広大な地域がぺちゃんこになり、徹底的に破壊されたように見える。
ベイルートを本拠にしている私の友人の日本人のが叫んだ。
「広島のようだ!」
そうなのだ。
大虐殺の黒幕は誰だろう? 何が本当に起きたのだろう? 誰も犯行声明を出していない。レバノンに対する破壊活動、直接攻撃、それとも政治的動機に基づいたテロ行為か?
確実なのは「大地が動いた」ということだ。マグニチュード4.5の地震と等しい爆発の一つが付近の全てを破壊した。爆発は海を越え、遥々キプロスでも聞こえ、約20キロ離れたラフィク・ハリリ国際空港の窓ガラスが粉々になった。
***
五年間、私は窓とテラスからこの素晴らしい光景を眺めていた。高く良く雪に覆われる山々、巨大な湾やクレーンやタンカーや巨大なコンテナ貨物船のある巨大な港湾地域。
かつて港で小規模火災があり、私はその詳細を見ることができた。だが今回は全てが変化した。二つの爆発、比較的小さいものと、巨大なものが、ベイルートの港湾地域全体を交戦地帯、じゅうたん爆撃の標的に変えた。あるいは核爆発の直後に。
恐ろしさのあまり、人々は逃走している。女性や子供たちは泣き、お互いしがみついて、叫んでいる。犠牲者の数はまだ不明だ。速報が少なくとも73人が死亡したと言うが、何百人もが生命を失った可能性だ高い。まだ瓦礫の下に埋もれ、識別できないほど焼けこげた人々がいる。一つの消防団が丸ごと「消滅したのだ」。赤十字社は、少なくとも2.200人が負傷していると報じた。間もなく、人数は4,000人に増えた。ベイルート港のドックに入っていた国連レバノン暫定軍の船の乗員何人かが負傷した。恐ろしい数値はどんどん増えるばかりだ。
レバノン医療制度は、ほとんど私営化され、ひどい状態にあり、大虐殺に対処できない。
海岸の上で、赤い煙が空に上っている。本当に、それは一体何だろう?
憶測や初期的分析は極めて警鐘的だ。
カナダ大使館は職員の点呼を始めた。この事実は確認された。
明らかにペテンだったのは、大使館が、現在ソーシャル・メディアで流布している下記のような科学的/医学的警告を送ったということだ。
「これは劣化ウラン爆弾(赤い色)投下だ。家族全員に立ち去るように言いなさ。吸入してはいけない。風上に行きなさい。」
真実がフェイク・ニュースと混同されている。爆弾だったかどうかは非常に正当な疑問だ。だが、カナダ大使館は、ソーシャル・メディアで、確実にそう主張していない。
中東で最も威信ある医療機関AUBMC(ベイルート・アメリカン大学医療センター)の「緊急メッセージ」がある。ページ最上部にはそのロゴさえある。だが、私がAUBMCに連絡をした際、スタッフは、このようなメッセージを送ったことを強く否定した:
「レバノンでは、全員屋内に留まるべきです。炎の様子からして、硝酸を基本とする爆発のように見える。屋内に留まってください!!!」
ベイルート・アメリカン大学長の長いメッセージがある。
「親愛なるベイルート・アメリカン大学コミュニティーの皆様、皆様と愛する家族が安全で、今晩早く、ベイルート港で起きた壊滅的爆発から回復し始めているよう希望します。我々は既に、何千人もの負傷者と、67人以上の死者を知っています。AUBとAUBMCを含めて、何平方キロメートルもの地域の不動産が破壊されました。我々の心と祈りは、負傷されたり、このひどい悲劇で途方にくれていたりする全ての人々と共にあります。我々は負傷者のお世話をし、これが生み出した目に見えないひどい傷を治すため、できる限りのことを、時にはそれを越えた措置をとらねばなりません。AUBMC救急外来、医学部、看護師やスタッフ全員、素晴らしい技能とプロ意識で、多くの重大な、重体患者を含め、何百という負傷に対処しています」
なぜ、うわさが広まっているのだろう? 誰が利益を得ているのだろう? 一体どういう計画なのだろう?
それぞれの情報は検証されなければならない。精査されなければならない。二重、三重に確認されなければならない。
それぞれの「フェイク・ニュース」や、あからさまなでっちあげが、更にもう一つの「爆発」、政治的暴力の悪化をもたらすかもしれない。レバノンは危機にひんしている。そして、そういう時には常に。このように感じられる時には、何千人もの無辜の人々が死ぬ。ここに住んでいた全員、その歴史を理解している人々は、ここで、まさに、そうだったのを知っている。
辛抱強い、深く傷ついたこの国に、混乱を広めることに興味を持っている特定の集団がこの国にいるのは明白だ。
だが、これが敵対的な外国による攻撃だと信じている非常に正当な情報源もある。
私が話した信頼できる一部の治安当局筋の分析は簡潔で初期的結論は恐ろしいものだ。
「原子爆弾が弾道ミサイル倉庫に命中したのだ。赤い煙は燃料だ。」
だが、私は、まだわからない。誰も知らない。
状況は信じられないほど混乱している。全員が、まだ衝撃を受け哀悼している。
一部の人々がイスラエルを指さしている。イスラエルは関与を否定し、支援を申し出ている。トランプは、爆弾だったと主張しているが、詳述は語らない。
RTが爆発の日、早々と、こう報じた。
「レバノンのキリスト教カタイーブ党、ファランジ党のニザール・ナザリアン幹事長が死亡した。」
カタイーブ党は過激極右キリスト教の党で、親サウジアラビアのサード・ハリーリー前首相の派閥と同盟している。
レバノン風の政治迷路にようこそ!
***
一方、ベイルート住民はおびえている。レバノンは少なくとも丸一年、なんとも巨大な問題に直面していた。2019年に始まった大きな反体制暴動から、Covid-19発生、それに続く封鎖、ひどい経済危機や金融崩壊。最終的に、レバノン・ポンドと米ドルの管理された為替レートは放棄され、現地通貨は暴落した。レバノン・ポンドは急激に価値が下落した。しばらくの間、人々は、現地銀行から、ごく少量の貯金しか引き出せなかった。
政治的対決が、常にレバノンを見舞っていたが、最近それは激化していた。レバノンには、無数の政治、宗教政党や運動や、不安定な一時的連合が存在している。表面上のものは、必ずしも土台を形成するものと一致しない。
例えば、イスラエルの大敵で、今アメリカのテロリスト・リストに載っているヒズボラは、イスラム教徒とキリスト教徒の両方に事実上の社会保障ネットを提供し、事実上、最も効果的な社会組織だ。だがヒズボラは、イスラエル侵略からレバノンを守る準備が常にできている決然とした強力な勢力なので、常にどこかの「削除リスト」に載っている。
極右キリスト教徒は、常にどちらにつくことができる。不当に扱われているパレスチナ人の反感を買って、イスラエルを支持することから、ヒズボラと連合を組織することまで。部外者にとって、この全てはつじつまが合わない。だが、どういうわけか、それは、(しばしば変質的な形で)、少なくともレバノン人や、この国で長い時間を過ごしたものにとっては十分なのだ。
特別裁判所が、2005年のレバノン前首相ラフィク・ハリリ暗殺に関係していた四人のヒズボラメンバーに対し、不在のまま、評決を出そうとしていた、わずか数日前に爆発が起きた。一部の人々は関係があると信じているが、ヒズボラとその政治的目標を知っている私は全く同意できない。この攻撃は、確実にヒズボラの「スタイル」ではなく、この集団の利益にもるまい。
多数の実際のテロ組織が、いわゆる「休眠中の細胞」を形成しているレバノンは、常に時限爆弾だ。国中の至るところ、当然、ベイルート市内の至る所。連中同士の近さ、彼らの対立する本質が、いつ何時でも大惨事を引き起こしかねないのだ。
***
ヒズボラと南米のテレスールの両方に近い左寄りのテレビ局アル・マヤディーンがアラビア語放送でこう報じた。
「アッバス・イブラーヒム少将は、爆発は、しばらく前に没収された大いに爆発性の原料による可能性があり、調査過程は予想できず、捜査完了次第、確認された情報を広めると、アル・マヤディーンに述べた。」
税関長官は、硝酸塩がベイルート港での大爆発の原因だと発表した。
ムハンマド・ファミー内務大臣は、ベイルート港捜査の際、「爆発の原因を見つけだすため、調査を待たなければならない。」と述べた。
アル・マヤディーンの最近の報道は、爆発したものは「硝酸アンモニウム」だったと再び述べた。アル・マヤディーンは、ヒズボラと緊密に関係している。
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ベイルートに本拠を置く日本の救援隊員、牧氏はこう述べた。
「原爆でないことを祈ります。キノコ雲は非常に気がかりです。」
ベイルートのレバノン人国連スタッフ、ラナは彼女の考えを語った。
「様々な憶測が広まっています。花火貯蔵所の事故、ヒズボラや兵器に対するイスラエル攻撃。途方もなく大きな損害と破壊以外、今は何もはっきりしません。」
爆発前に、どうやら大惨事の地域上空を旋回する無人飛行機があった。この映像は明らかに空中の無人機を写している。人々は説明を要求している。
誰も犯行を主張していないので、少なくとも、しばらくの間は、答えよりも、ずっと多くの質問があるように思われる。だがそれは、性急な結論よりも、ずっと良い。
悲劇は巨大だ。国全体が衝撃を受けている。感情は高ぶっている。間違った一つの動きが、世界のこの部分全体を炎上させかねない。またしても。
今、最も重要なことは何千人もの負傷者の世話をし、死者を埋葬し、徹底的に、冷静に調査することだ。
今は、レバノンにとって、内戦終結以来、最も困難で、最も危険な時期かもしれない。宗教派閥抗争をしている余裕はない。レバノンは団結し、歯を食いしばって、生き残りために冷静に戦わなければならない。
レバノンを愛し、いとおしく思う人々は、何をさしおいても、できる限りできる限り、レバノン支持しよう。
Andre Vltchekは哲学者、小説家、映画製作者、調査ジャーナリスト。彼はVltchek’s World in Word and Imagesの創作者で、China’s Belt and Road Initiative: Connecting Countries Saving Millions of Livesを含め、多くの本を書いている作家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。
記事原文のurl:https://journal-neo.org/2020/08/05/beirut-goes-up-in-smoke/
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筆者は、2017年5月16日に、下記記事を書いている。
筆者は、2019年8月26日に、下記記事を書いている。
筆者は、2019年10月24日に、下記記事を書いている。
謎の事件ということでは、昨日は、35周年のJAL墜落。大本営広報部は植草氏のような当然の疑問にほとんど触れない。隠蔽がお仕事。
植草一秀の『知られざる真実』
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