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2020年4月25日 (土)

キューバは屈しない!

キューバは屈しない!
Andre Vltchek
Internationalist 360°
2016年5月9日

 今キューバは危機的状況に直面しているやら、方向を見失なったやら、バラク・オバマ大統領の致命的な訪問後、いつ何どき崩壊しかねないやらという、うわさを、一体誰が発明したか私にはわからない。うわさと憶測は雪だるま式にふくれ、北アメリカ、ヨーロッパ左翼の一部は、既に現実と混同している。

 私はキューバを知り、称賛し、愛している。キューバは実に強い、決然とした、回復力ある国だ。あらゆる憂慮すべき記事を読んで、私は戻って、直接キューバの人々と話をすることに決めた。

 私はキューバを再訪した。今回は、戦争で荒廃した中東と、ワシントンとヨーロッパに忠実な悪質な反革命徒党による邪悪な攻撃を経験している大陸南米での仕事の合間だ。

 今回は私はドライブして、辺鄙な村や歴史的革命史跡や、欧米帝国主義にキューバから盗まれた場所、グアンタナモ湾を取り巻く地域を訪ねることに決めた。私はキューバの東西、1,000キロ以上ドライブした。私はサンティアゴ・デ・キューバ、グアンタナモ、ハバナ、ピッグズ湾、プラヤ・ギロンや、キャーバで最も辺鄙で(革命前最貧の)地域の一つで働いた。シエナガ・デ・サパタだ。

 私はハバナで、国営通信社ペンサ・ラティナとキューバ 映画芸術産業研究所ICAICを訪問したが、今回私の主目的は、もっぱらキューバの人々に耳をかたむけることだった。

 彼らは北から来る致命的な危険に気付いているだろうか? 彼らは妥協する準備ができているだろうか? 彼らの革命精神は薄まっているだろうか?

 私の結論は明確で決定的だ:「いや! キューバは屈しない。キューバの人々は知っている。彼らはアメリカ大統領の甘言の背後に、ありそうなことを十分意識している。彼らは屈しない、彼らは革命を裏切らない。」

 欧米の危険は.本物だ。それはそこにある。それは本物で、常にそこにある。強制、策略、権謀術数政治。あらゆるものが、キューバ革命を脱線させ、破壊さえする試みで使われるだろう。だがキューバの人々が帝国が実現しようとしていることを理解できいなどとは一秒たりとも考えてはいけない。

 キューバは何十年も、しっかり立っている。キューバは前より一層うまくやっている。キューバは今までよりも強い。キューバは、しっかりやって行けると確信している。

 続ける前に、そうではないと考え、本当に心配している方々への一つの提案がある。もし皆様が、キューバが今未曾有の危険に直面していると思われるなら、キューバに行って支援することだ。キューバに旅行し、人々と話し、働き、書き、映画を撮影し、写真を写そう。外国でキューバを支援しよう。キューバ製品を購入し、キューバ音楽を聴き、映画を見て、本を読もう。もし読者に若干の太陽が必要なら、タイやバージン諸島やエジプトの代わりに、キューバで金を使おう。具体的な何か、何か本当のことをしよう。

 キューバは地球上で最も国際主義の国だ。キューバは虐げられた多数の貧しい国々との団結を示してきた。キューバは既に、世界の他の国々のために、実に多くをしてきた。今その破たんを予言する代わりに、キューバのために何かをしよう! もし読者がキューバの未来を心配し、たとえ心配しなくとも、そうして頂きたい。


グアンタナモ市

 サンティアゴ・デ・キューバは勇敢な、意志が強い市であることが知られている。ここはキューバ革命が1953年7月26日に始まった場所だ。ここは偉大な詩人、著者で国民的英雄ホセ・マルチが埋葬されている場所だ。

 ここは、1959年1月1日、フィデル・カストロが、サンティアゴ市役所で、バルコニーから革命の勝利を宣言した場所だ。
 ブラジルのサルバドール・バイアのように、サンティアゴ・デ・キューバは、世界に最も素晴らしいミュージシャンを何人か与えた。今やこの街の有名なカサ・デ・ラ・トローバや、キャバレーや、ミュージック・ホールや多くの他のクラブでは、あらゆる人種の、国際カップルが、ソンやサルサの陽気なリズムに合わせて踊っている。キューバでは、人種差別は、見慣れない未知の要因だ。

 私の訪問中に、カサ・デ・ラ・トローバの二階で、若い中国人男性が、黒人の少女と愛の言葉を交わしい、他方、地元の肌の色が違うカップルが、素晴らしい、陶酔的なバンドの真正面で、古い寄せ木張りの床の上で、頬を寄せ合って踊っていた。

 ここでは「政治的公正」の配慮は不要だ。何も強制されない。革命の論理的「副産物」として、人種や性の平等は、当然の、本能的なものだ。

 アフリカの諸国で欧米帝国主義と戦い、解放して、無数のキューバ国民が亡くなった。何千人ものキューバ人医師や教師が、世界の最貧で辺鄙な地域に、まだ派遣されている。キューバ革命は人間中心主義のために戦う。キューバ革命は戦っている。キューバ革命は、男性であれ、女性であれ、子供であれ、虐げられた人々の側に立っている。肌の色には何の意味もない。全てのキューバ人にとって、一つ明確なことがある。それぞれの人、それぞれの人種が、威厳を持って生きるに値するのだ。

これが「私の共産主義」だ。 キューバは私の「母国」だ。

 それこそが、欧米帝国主義がキューバを憎悪している理由だ。それがキューバ革命の信用を失墜させるため、欧米帝国主義が辛らつなプロパガンダをする理由だ。それは欧米帝国主義が使えるあらゆる手段で、キューバを共産党路線から脱線させようとしている理由だ。直接的攻撃、禁輸、そして今「正常化」という新たな権謀術数の時代によって。

 サンティアゴ・デ・キューバの数学者イグナシオ・グェラ・バタンクールは革命とキューバの共産主義制度の決然とした支持者だ。

「もちろん人々は、オバマと最近キューバを訪問する彼の動機を恐れています。彼は我々の二国間の関係を正常化するためだけに来たのでしょうか? 私は疑っています! だが幸い、キューバ人は、血管の中を、たくさんの革命的な血が巡っています。しかも彼らは頭が良いのです! 彼らの大部分が再び植民地になるのを望まず、資本主義を欲していないのです。我々は経済状態を、ほんの少し改善したいと望んでいますが、大多数の人々は、彼らが今持っているもので満足しています。私は64歳です。」

 彼は、せいぜい50歳にしか見えない。

「私は革命前の状況がどうだったか覚えています。屈辱的な困難なものでした。我々は、栄養失調、無知と搾取の中で生きなければなりませんでした。共産主義になって、事態がすっかり変わりました。今私は金持ちではありません。全然! 妻と私は人生を通じて懸命に働きました。彼女は国際医療旅団のメンバーでした。我々の家族全員非常に良い教育を受けました。妻は医者です。息子は神経外科医です。我々の財産は多くありませんが十分です。我々は本当に必要なものを持っています。そして我々全員有意義な生活を送っています。」

 「でも今アメリカは確実にキューバを不安定にしようとするでしょう」

「もちろん! 我々全員それを知っています。人々が知らないと言う連中は、実際、共産主義キューバに対する策謀の一員です。我々は欧米が全世界で何をしているか見ています。しかし、キューバは屈することを許されていません。北米人はあらゆる策謀を試みるでしょうが、彼らは決してあえて侵略しないでしょう。連中は、まだピッグズ湾とプラヤ・ヒロンを覚えていますから。この国は寛大な心を持っていますが、それは厳しくもなり得ます。キューバは勇気を持っています。キューバはこの体制が消滅するのを許しません。」

 私は彼にどれだけ彼の国を愛しているか言った。彼は私を抱きしめた。「ようこそ!」と彼は言った。「健康な長い人生を! すぐサンティアゴ・デ・キューバに戻って来てください。本物の友人は、いつでも大歓迎です。我々はあなたを待っています。」


 Soplillar図書館のぺドロ・アマウリ・サントス

 ここプラヤ・ヒロンに欧米はあえて挑んだ。そして欧米は見事に負けた。国民全員が動員された。たった一つの決定的瞬間に、この緑の優しい島は、一枚岩、コンクリートの障壁に変わった。「連中」は通過できなかった! 連中が「解放するために」やってきた人々が連中を止めたのだ。

 私は、最初に立派な六車線自動車道路を、それから二車線道路で、ハバナから;250キロ以上ドライブして、プラヤ・ヒロンまで旅行した。私は、労を惜しまず修理して、ぴかぴかで、まだ頼れる友好的な怪物、1952年のシボレーに乗り、運転した。

 キューバは見事に変わっており、至る所でそれを見た。極端な犠牲のひどい時代は過ぎた。島中、快適な道路、きれいな休憩所とガソリン・スタンドがあった。

 「ほら、オレンジ農場ですよ!」と友人で運転手のダリエルが示し続けた。「ここに巨大なサトウキビ・プランテーション、とトウモロコシ・プランテーションがある」

 畑は良く手入れされ、道路沿いの村は素朴ながら、きれいで、診療所や学校や全ての基本的なサービスは自足自給だ。

 キューバは裕福には見えないが、酷いようにも見えなかった。そしてキューバは、当時私が最後に働いた三年前より、ずっと良く見えた。

 キューバは確実に「ばらばらに崩壊して」いなかった。キューバは倒れていなかった。キューバは成長し、良くなり、進化していた。気付かずにいるには、進歩を否定するには、確かに大量の反革命自己修養が必要だろう。

 小さいながら、非常に教育的なヒロンの博物館で、私はフィデル・カストロ政府打倒を目指した、1961年4月のアメリカが画策し、資金援助した侵略の残忍な出来事を説明する、写真、地図やと文書を見た。1,500人以上のキューバ人亡命者と傭兵が、ピッグズ湾に沿った二つの場所に上陸した。エリア - シエナガ・デ・ザパタのいたる所で、72時間、強烈な戦いが荒れ狂った。グサノス(蠕虫)、侵略者は最終的に敗北した。

 今、高速自動車道路から始まり、プラヤ・ヒロンに至る道路は、地球上最強の帝国主義国から母国を守って倒れたキューバ人男女の記念碑がずっと列を作っている。無数の強力なポスターが旅行者に想起させ続ける:

 ヒロン - ヤンキー帝国主義の中南米最初の大敗北

 そしてもちろん: パトリア オ ムエルテ! 「祖国あるいは死!」

 地元の人々がこの場所を単なる史跡と見ているのか、ここで欧米に行われた同じテロ行為が、まだ全世界で起きているのを知っているかどうか博物館館長に尋ねた。

 彼女は、はっきり答えた。

「我々は何が世界中で起きているか良く知っています。我々はニュースを見て、テレスールを見て、出来事について論じます。ここで起きたことは帝国主義に犯された何千というひどい犯罪のたった一つに過ぎません。」

 私は破壊された民間空港で、負傷し、亡くなったキューバの人々の写真を見た。民間空港を爆撃中に命を失った婦人の一足の靴がある。欧米の表現は、これを「失敗した侵略」と呼ぶ。私はそれを「テロ」と呼ぶ。

 それからアメリカとカナダの観光客が入り混じったグループが巨大なバスで到着した。騒々しく、失礼な彼らは、記念碑や兵器の前で「自撮り写真」をとり始めた。彼らの表情には、感情も、遺憾の意もなかった。

 私はミネソタからの年配の夫妻に近づいた。

 「これで、あなた方は何か思い出しますか?」と私は尋ねた。

 「そう、戦いがあった、そうでしょう?」と男が大きいながらウツロな笑みを浮かべて答えた。

 「そう、戦いがありました」と私は言って、歩き去った。

 私がキューバにいた間に、フィデル・カストロが第七回党大会閉会の際、国民に演説した。

「我々は転換点に至っているが、この惑星で、キューバ共産主義の思想は、熱情と威厳を持って働けば、人々が必要とする物質的、文化的な富を産み出すことができる証明として残るだろうし、我々は容赦なくこれらを得ようと努力しなくてはならない。中南米と世界の我々の兄弟に、キューバの人々が勝つと我々は伝えなくてはならない。

これは私がこの部屋で話す最後の機会の一つかもしれない。私は議会によって選挙のために提出されたすべての候補に賛成投票した、私は招待頂いたこと、皆さんが私に耳をかたむけて下さっている名誉に感謝する。私は皆さん全員と、何よりも、彼の壮大な努力に対して同志ラウル・カストロに感謝する。

我々は行進に出発し、マルチやマセオやゴメスのように阻止できない行進で、最大の忠誠と団結した力で、完ぺきに仕上げるべきものを完ぺきに仕上げるつもりだ」。

 キューバでは、国を守ることから環境維持まで全てが革命行為と思われている。私は立派な生物圏、世界の文化・環境遺産の史跡シエナガ・デ・ザパタをドライブして横切った。午後、カラフルなカニの巨大な一群が道路を渡り始めた。地域全体は、きれいで、商業化されていない。カニは確実に、社会主義から利益を得ているが、マングローブや沼や海岸もそうだと、私は運転手に囁いた。彼は同意した。

 山奥の村Soplillarで、私は本の印象的なコレクションがある小さな博物館と美しい図書館に遭遇した。テーブルと席は心のこもった手製で、うれしいおもちゃもそうなのだ。

 この場所の責任者ペドロ・アマウリ・サントス・リャンビオは地方教育に情熱がある大学教授だ。彼は、一月に数日、市の大学で教えているが、残りの時間は、ピッグズ湾海岸から約5キロにある博物館と図書館の世話をしている。

 「あなたは信じないでしょうが、シエナガ・デ・サパタのこの巨大な地域は革命前には、わずか四校しか学校がありませんでした。子供は栄養失調で苦しんでいました。至るところ空腹と不幸がありました。あなたが今ここで見る全てが革命の直接の結果です。」

 僚友ペドロ・アマリは自称本の虫だ。そして彼はキューバ、外国、双方で多くの革命家を知っている。彼はノーム・チョムスキーの娘の一人とさえ会っている。

 彼はキューバは屈しないと確信している。彼は社会主義を信じている。彼は人々を教育し、彼らに知らせ、世界について彼らと論じている。

 彼はこう説明する。

「キューバは、とても強いのです。我々は全て我々自身の手でしました。私は多くのヨーロッパ人を来させています。彼らが、なぜ、どうやって私を見つけるかわかりません。この場所はどんな大都市からも、とても遠いですが、彼らはやって来ます。思想家や作家やジャーナリスト、我々は話します。私は彼らにオープンです。私は言います。「あなたが今ヨーロッパで持っている全ては、あなたが全世界で犯している大虐殺と盗みのおかげです。」

 私は彼に、最近イタリア議会で演説し、彼らに面と向かって、事実上、基本的に同じことを語ったと言った。私は将来、私はまた戻って来て、ここでしばらく過ごして、村で地元の人々に話をして、図書館で私の本を一冊読みたいと彼に言う。

 我々は握手する。我々は抱擁する。私は村で数人の人々に話しする。キューバは消えないだろう。私はそう感じる。もし危険にさらされたら、我々はそのために戦うだろう。

 ここから見れば、それは実に単純だ!

 短期間、私はハバナで働いた。そこは地方より複雑だ。私は画家、映画製作者、ジャーナリスト、個人レストラン所有者に会った。彼らの言語は装飾的で、言葉は非常慎重に選ばれていた。

 「平和」と「理解」についての話が多かった。

 ハバナの一部の人々は政治を気にかけないが、大半の人々が気にかけている。

 私は、ただハバナや、おそらく、一つか二つの観光客向きの海岸だけを訪問した後、なぜ多くの外国人がキューバが革命熱意を失っていると感じるか理解できる。だがハバナでさえ「サービスを提供する人々」は一つのもので、普通の市民は、全く別物なのだ。

 そしてもちろん、偉大なキューバの知識人と芸術家はほぼ満場一致で革命支持だ。

 だがこの訪問の間に私は、革命的な知的な友人の仲間と余り多くの時間を過ごさないことに決めていた。私は地方の首都や田舎で、話を聞きたいと願っていた。

 キューバの反対側、コムニダド・グロリエタは、グアンタナモベイから、わずか数キロ、アメリカとの「国境」のすぐ隣にある。

 私は道路の真ん中で若い女性を止めた。ビデオ店で働く28歳の女性だ。彼女の名前はヤライだ。それは、いきあたりばったりの選択だ。

 私は彼女に、有刺鉄線の背後の占領地で何が起きているか知っているか尋ねた。

 彼女は知っている。

 彼女は恐れているだろうか?

「恐れている? もちろん恐れていません! 私はグリンゴとの戦争が決してないことを希望します。もちろん我々は領土、基地をを望む…がキューバに返した。我々は彼らがそれを保持しているのはいやです。私が恐れているかですか? 全然!」

 村の他の人々も同様な方法で反応する。

 私はしばしば「恐れ」という単語を使う。私は人々が「恐れている」かどうか尋ねる。キューバが生き残れない、キューバがまもなく押し流されると言って、世界中の友人の多くが不安を表明し続けるためだ。

 グアンタナモ市に戻って、子供でいっぱいの巨大な運動場を見た。日曜日で、何千人もの人々が遊び、散歩し、話をし、外出していた。もう一つの美しいキューバの歴史的都市!私はリラックスした楽天的な雰囲気を目撃した。

 ここでも、私は人々と話をした。一部は基地について憤慨し、一部は無関心だった。だがキューバの政治組織が生き残るという恐れと確信がなかった。


 グアンタナモ - 帝国主義への第一防衛線

 グアンタナモに近づくと、ポスターが強力に宣言していた。

 グアンタナモにようこそ! 反帝国主義の第一防衛線

 私の地元の運転手はチェの言葉を言い替えた。彼は学校教師だった。今彼は退職しているが「忙しい状態を保つ」ことを望んでいた。私が彼に疲れたと言った時、彼は笑った。

「チェは、本物の革命家には疲れる権利がないと言っていた。「全員に疲れる権利がある。だがそうすれば、彼らは自身を正真正銘の革命家と呼ぶ権利がない。」

 これがキューバだ。

 「それなら、ちょっとコーヒーを飲むため停車しよう」私は微笑んだ。「そして働き続けよう!」

 「それは良い!」と彼は、私の背中を叩いて、どなった。

 基地は突然、私の目の前、すぐ下にあらわれた。巨大で、押し付けがましく、汚らわしく、まったく場違いに。不法占領されているキューバ領土。帝国主義のとりで。

 私はしかめっ面をした。二人のベネズエラ人旅行者が私の表情をとらえた。少女が言った:「ケ・ミエルダ、ノ?」 なんというたわごと!

 私はうなずいた。加えるべきものは何もなかった。彼女はかなり正確に全てを要約した。

 「もしオバマが二国間関係改善に本当に真剣なら、彼はまずグアンタナモ基地をキューバに返すべきだ」と私は言った。

 我々三人全員肩をすくめた。「我々の方がものごとをわきまえている。」というように。ベネズエラで彼らは確かにヤンキー帝国主義者連中がどのように見えるか良く知っていた。

 そこに行く途中、我々の自動車は検問所で止められた。キューバ警察はほとんど自動車を止めないが、ここ「境界」の近くでは、事態は常にほんの少し張り詰めている。

 担当の警官はたまたま若い女性だった。

「ご機嫌いかが?」と私は尋ねた。

「ここはかまどみたい」と彼女は答えた。「とても暑くて! 35C以上のはずです。」

 彼女はタバコを切らして、明らかに疲れていた。

 私はロマ・グランデで、現地たばこ一箱と、氷のように冷たいソーダの缶を買っていた。グアンタナモ、とサンティアゴ・デ・キューバに向かって運転して戻るので、私は手を差し出して、彼女に両方を申し出た。「あなたに」と私は言った。

 彼女は大笑いして「あなたは贅沢で、私を買収しようとしている!」

 彼女は実に罪がない自然な形で、公然と私といちゃついた。私は返答して、何らかの形で、彼女にお返しをしなければならないと分かっていた。さもなければ彼女は気分を害するだろう。それがキューバでのありかただ。しばらくの間私は言葉を捜した。欧米の政治的配慮が私を不器用にしていた。

 彼女には美しい目、漆黒の髪と、腰に大きな拳銃を下げていた。

 「グリンゴは決してこの検問所の通過に成功しないでしょう」と私は言った。「彼らは、あなたの美しさに直面したら、凍結するでしょう。」

 それは、ぎこちなかった。私は練習不足だったが、それは機能した。彼女はにっこり微笑んだ。彼女は私を抱きしめ、私の体に彼女の脆い体をほんの一瞬、押しつけて、次に私の頬にキスした。

 瞬間、我々二人とも、めまいを感じたが、我々の周囲は全て、実際、ひどく深刻だった。大砲を基地に向けて、キューバの戦車はすぐそばにいた。我々がいるところから、バンカーと有刺鉄線が見えた。そう「反帝国主義の最初の防衛線」だ。

 私は前線、境界線の正しい側にいることを十分知っていた。

 「私は行かなくては」と若い女性に言った。「私は行かなければなりません。でも私は常にあなたの国民と一緒です。」

 私は言ったことが、どこか場違いだと思った。そうではなかった。彼女の顔が突然真剣になって、彼女は私に敬礼した。私は彼女に敬礼を返した。

 それから私はいくつか最後の質問をした。

 「あなたは心配していますか?」 私は有刺鉄線を指さした。

 「いいえ。」

 「オバマ訪問の背後にあるかもしれないことが怖くありませんか? 連中が今何か試みることが怖くありませんか? 今回は連中が成功するかもしれません、連中が最終的にキューバ社会主義を脱線させるのに成功するのが心配ではありませんか?」

 「いいえ、怖くはありません」と彼女は答えた。ただそれだけ。誇り高い確信だ。正真正銘のキューバ人!

 私は自動車の中に戻り、検問所は、あっという間にカーブの後ろに見えなくなった。勤勉に、それが武器弾薬であるかのように、私は器具をきれいにし始めた。私はなぜ突然胸がいっぱいになったのか、メガネがなぜそれほど曇ったのかと思った。

 「すると、キューバは崩壊しないのだろうか?」

 「いや、同志」と運転手が答えた。「キューバはそうすることができない。キューバは崩壊する権利を持っていない。」

 我々はサンティアゴ、サンティアゴ・デ・キューバに向かって速度を上げ始めた。

 「結構。それでは歌おう」と私はかすれた声で言った。「今歌おう、畜生!」

 
Andre Vltchekと彼の1952年の馬

記事原文のurl:https://libya360.wordpress.com/2016/05/09/cuba-will-not-fall/

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 いささか前の記事だが、ブログ『私の闇の奥』の下記最新記事で、この記事を知ったので翻訳掲載させて頂く。コロナ流行の今、キューバ訪問して、応援するわけにはいかない。

キューバは奇跡です

 植草一秀の『知られざる真実』

かけがえのない命奪うPCR検査妨害の罪

 常識的に考えれば、ゴールデン・ウイークで、コロナが忖度して停止すると考える人は極めてすくなかろう。それで、下記の記事の論理になる。台湾、韓国政府の対応の見事さ。それと対照的な、悲惨な大日本。台湾、韓国の選挙結果を日本に当てはめれば、自民、公明、維新その他の与党、ゆ党徹底潰滅という結果になるはずだが。この民度ではわからない。25%の皆様は覚醒するまい。

 日刊ゲンダイDIGITAL

緊急事態延長ならば迷走政権と専門家の検証が必要

コロナ感染防止“人との接触8割減”「基準2.5」で計算の疑問

粗悪品だらけのアベノマスクはアベノリスクを顕在化させた

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コメント

 私はキューバのことを語るとき、自分の軽薄な言葉がキューバの品位を落とすのではないかと、いつも心配になります。語彙の貧しさを自覚し、恥じ入り筆が進みません。キューバは、私たち労働者階級にとって、守り抜かねばならない、とても大切な国だと私は思っています。
 吉田太郎さんが、築地書館からキューバに関する本を何冊も出しておられます。医療、農業、教育など、いろんな項目で書かれています。私が最も感動したのが、災害(主にハリケーン)の被害から国民をどう守っているかについて書かれたご本です。毎年ハリケーンがキューバを襲っていますが、「一人の命も守り抜く」という強い信念で、きめ細かいマニュアルがあり、毎年、ほとんど死者はゼロだそうです。死者が出ても、一人か二人。それも避難所に避難しながら、自宅にあるラム酒を取りに戻って被害にあった人ということ。
 ご紹介しておられる「私の闇の奥」のブログにある「命(ぬち)どう宝」こそ、キューバ政府の思想です。
 さて、キューバ政府と対極にある我が政府。比べて嘆いてばかりはいられません!
 
 
 

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