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2017年8月16日 (水)

ナレンドラ・モディはくら替えしたのか?

2017年8月11日
F. William Engdahl

世界でも潜在的な主要大国の一つインドという国が、組織的に自己破壊するさまを見るのは何ともつらいことだ。インドとブータン王国と接する中国のチベット自治区国境、ヒマラヤ高原の人里離れた土地を巡る中国との新たな戦争挑発は、最新の例に過ぎない。ここで思い浮かぶのは、一体誰が、あるいは一体何がナレンドラ・モディ首相指揮下のインド外交・国内政策の背後にある総合構想なのかという疑問だ。モディはくら替えしたのだろうか? もし、そうであれば誰に?

ユーラシアの調和?

わずか一年前には、穏やかではないにせよ、中国、更には、慎重にパキスタンまで含むモディのアジア近隣諸国との平和な進展に向かっているように見えていた。

昨年インドは、パキスタンと共に、中国がロシアと共に創設メンバーで、益々重要になりつつある上海協力機構の正式メンバーとして受け入れられ、1947年に、マウントバッテン総督が将来の発火点として、陰険にもカシミールを含むいくつかの未解決の紛争地域残したまま、イギリスが、インドを、イスラム教徒が多数派のパキスタンと、ヒンズー教徒が多数派のインドに分離して生み出され、くすぶり続けている国境の緊張も、共通のSCOの枠組みで、平和的解決が可能になるだろうという希望が高まった。

インドは、中国とともに、インド人が総裁をつとめるBRICS新開発銀行を上海に設立したばかりのBRICSメンバーでもある。インドは、中国を本拠とするアジア・インフラ投資銀行AIIB加盟国でもある。モディが、中国の一帯一路の5月14日北京会議へのインド出席拒否を発表するまでは、インドも巨大なユーラシア・インフラ・プロジェクトの参加国だった。

OBORボイコット、日本の‘自由回廊’

物事は何と素早く変わるのだろう。中国OBORの一環として、パキスタンが占領しているカシミールを通過する620億ドルの中国とパキスタン間の道路、鉄道と港湾インフラ開発、中国-パキスタン経済回廊CPECへの中国による投資をあげ、モディは5月14日の中国OBOR会議参加拒否を発表した。

インドは、そこで驚くほどの慌ただしさで、グジャラトで開催中のアフリカ開発銀行会議で、日本の安倍晋三首相との共同プロジェクト、アジア-アフリカ成長回廊(AAGC)構想文書を明らかにした。インド-日本AAGC文書は、中国のOBORに対抗すべく、インドと日本により提示されている、日本の資金を使い、インドがアフリカでその存在感を確立する、いわゆるインド-太平洋自由回廊の明らかな一環だ。

安倍の下で、日本は東シナ海の釣魚台列嶼、日本で尖閣諸島と呼ばれるものを巡る紛争を含め、益々攻撃的な反中国政策を進めている。日本は、アメリカ・ミサイル防衛システム設置も決めており、安倍の下で、アジアにおけるアメリカ軍の最強同盟国と見なされている。今年2月に安倍がトランプと会った際、アメリカ大統領はアメリカ-日本安全保障条約の条項を再確認し、条約が、東シナ海の尖閣、あるいは中国では釣魚台と呼ばれる紛争になっている無人諸島にも適用されることを明らかにした。

ワシントンとテルアビブでのモディ

数週間後の6月27日、インドのモディ首相は、ワシントンで、アメリカ大統領と会談した。その前日、うまい具合に、アメリカ国務省は、パキスタンに本拠を置く、カシミール渓谷の過激派、ヒズブ・ウル・ムジャヒディンのカシミール人指導者、モハンマド・ユスフ・シャーを特別指定世界的テロリスト(SDGT)に指定したと発表した。何よりも、この指定で、アメリカによるパキスタン経済制裁が可能になるのだ。

モディ-トランプ会談の結果、アメリカは、インドに、22機のガーディアン無人機、いわゆるゲーム・チェンジャーを、30億ドルで売ることに同意した。他の項目には軍事協力強化や、アメリカ・シェール・ガスLNG購入するというインドの合意もある。モディはワシントンでの交渉に大いに気を良くしたようで、彼は大統領の娘イヴァンカ・トランプを、今年末インドで開催されるグローバル起業サミット(GES)のアメリカ代表団団長として招いた。

ワシントンでの明らかな政治的成功に対する賛辞を受ける中、インドのモディ首相はイスラエルに飛び、7月7日、イスラエルでのインド政府トップとイスラエル首相との未曾有の会談を行った。モディとベンヤミン・ネタニヤフとの会談を、インド外交政策の大転換として、インド・マスコミは賞賛した。

話はここで断然興味深くなる。イスラエル諜報機関モサドのインド内の事務所と、RAWと呼ばれるインド版CIAとの間には、1950年代にまでさかのぼる秘密の協力があるのだ。2008年、イスラエル駐インド大使、マーク・ソファーが、イスラエル諜報機関が、1999年のインドとパキスタンの“カルギル戦争”の際、インド軍に極めて重要な衛星画像を提供し、インドが、ジャンムーとカシミール州のカルギル地方にある駐屯地を占拠していたパキスタン軍陣地を正確に爆撃するのを可能にしたと暴露した。

アジット・ドバルの不審な役割

7月のモディのテルアビブ訪問は何ヶ月もかけて準備されたものだ。既に2月末には、訪問の詳細を話し合う為、モディは、国家安全保障顧問アジット・ドバルをテルアビブに派遣していた。そこでドバルは、モサドのトップ、ヨセフ・コーヘンと会い、何よりも、アフガニスタン-パキスタン国境に近いアフガニスタン内の他の州の中国とパキスタンによるタリバン支援とされるものについて話し合った。

ドバルは決して軟弱ではない。彼が‘防御’から‘防御的攻勢’へと呼ぶ、パキスタンに関するインド安全保障政策の最近の転換、インドのドバル・ドクトリンと呼ばれるものは彼のたまものだとされている。彼は2016年9月のインドによる対パキスタン局部攻撃と、カシミールにおけるインド寄り過激派の勃興の黒幕だとされている。あるインドのブログdescribes it、国家安全保障顧問に任命された後の、2014年と2015年の彼の演説で述べた本質的に中国とパキスタンを標的にした、ドバル・ドクトリンには、要素が三つある。“道徳とは無関係、計算や較正から自由な過激主義と、軍への依存だ”。明らかに、ドバルは外交的解決にはほとんど使い道はない。

6月、モディとワシントンとの間で、また7月始め、テルアビブとの間で、どのようなことが非公式に合意されたにせよ、中国とブータンとインドの間の微妙な国境地帯での中国建設チームに対し、インドが、無理やり干渉するため軍隊を送る決定をして、チベット高原でドクラム紛争が勃発したのはこの時期のことだ。

中国側は、元インド首相ジャワハルラル・ネール首相から中国の周恩来首相宛の1959年書簡を引用している。“1890年本協定が、シッキム州とチベット間の境界も明確にした。そして境界は後に、1895年に画定された。それゆえシッキム州とチベット地域の境界に関する争いは存在しない”と書簡にある。中国は、1890年の協定と、“双方はシッキム州の境界調整に合意した”とある1959年-60年の書簡に加えて、2006年5月10日の言及も引用している。中国は道路建設について、“善意の”として、インドに“通知した”とも公式に主張している。

現時点で、本当に重要な問題は、中国の主張が国際法の下で妥当なのか、妥当でないのかではない。中国とインドとの間の最近のドクラム紛争をとりまくあらゆることが、モディ政権と共謀して、巨大で発展しつつある中国の一帯一路インフラ・プロジェクトの進展を妨害するため、アメリカがけしかける次の代理戦争を醸成し、対立を利用するワシントンとテルアビブの闇の手を示唆している。

ドクラムを巡る紛争は、決して軍事面にまでのエスカレーションする必要はなかった。これはモディ政府による決定であり、モディの安全保障顧問で、インド諜報機関の元トップ、アジット・ドバルが関わった形跡はあきらかだ。

ナレンドラ・モディは、上海協力機構内の親善精神で、インド-パキスタンや、インド-中国国境紛争の平和的解決を本気で支持する側から、実際くら替えしたのだろうか、それとも彼は、2014年の首相としての任期の始めから、義務として、欺瞞的な、一種のイギリス-アメリカ-イスラエルのトロイの木馬として、中国のユーラシア新経済シルク・ロード推進を妨害するために送り込まれたのだろうか? 少なくとも筆者には、まだ答えはわからない。とは言え、インド軍と密接なつながりがある、信頼できるインドの情報筋が、最近の私的通信で、昨年11月、トランプ当選から間もなく、アメリカ諜報機関の上級顧問が、トランプ一派に、アメリカと中国間の戦争はないだろうが、インドと中国の間で、ヒマラヤ山脈で、戦争があるだろうと単刀直入に言ったと教えてくれた。それはドクラムが全く穏やかだった11月のことだった。

F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書で、これはオンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。

記事原文のurl:https://journal-neo.org/2017/08/11/has-narenda-modi-switched-sides/
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長州神社を参拝する連中、同じことを繰り返しますという決意表明。今年は話題の医者やら外人タレントまで登場。

大本営広報部昼の洗脳報道、北朝鮮によるミサイ発射一辺倒。こうした中国包囲網への日本の荷担には、もちろん決して触れない。

宗主国のため、存立危機状態をいう傀儡の問題にも一切触れない。確認のためだけとは言え、くだらないもののため電気と時間を使うことを毎回後悔している。

駅のキオスクで、タブロイド紙二紙の見出しを眺めるのが一種の日課。一紙は買おうかと思うことがあるが、もう一紙、買いたいと思う見出し、見たことがない。あれが売れること事態、民度の途方もない低劣さの証明。金を払って洗脳されたい心理がわからない。

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                 旧遊の地ジャンム・カシミ-ル

 デリ-から飛行機で数時間掛けてカシミ-ル州のスリナガルへ飛んだことがある。何しろあの時代のインドだからのらりくらり,半日出発が遅れた。ジュ-タン売りの友人を訪ねた。夏にも拘わらず涼しく,湖面は濃い緑色であった。水路があり,カヌ-で往き来した。紙細工のお土産品,水パイプ煙草,絨毯,クルミのお菓子などがあった。その時食器を温める器具がある事を初めて知った。

  或る日,K2の登山口へ通じる道をタクシ-で登っていった。途中,落石があり,通行止めであったが,幸い,落石が取り除かれ,通行可能となったのでヒマラヤの山々がよく見える高原まで行くことができた。観光客が他にも少なからずいた。トイレもママならぬので人生の同行者は顔をしかめていた。無事に帰還できたが,その行程をふり返れば,恐ろしかった。絨毯売りの知人がいなければ,こんな小旅行はできなかったであろう。しかし盆や暮れに里帰りするのと違って,一生に一度の貴重な体験であったと思う。
 湖の中のボ-トハウスに泊まった。フランスからも決まった女性がよく来るそうだ。農協,否,団体旅行を避けて,皆が行かない場所を選ぶその精神に親しみをもった。その年はまだ来ていないそうでお目にかかることはなかった。
  旅行最終日,飛行機出発の時刻までに余裕があったので市内を観光・買い物をしていると,突然,街全体が殺気立った。トラックに乗った集団がライフル銃を持ってソバを通り抜けていった。どこかのお店を襲撃したようだ。これはよくある事件で,一週間に一度程度あるらしいのだが,裏街道を抜けて-さすがは地元の人間-彼の案内で空港まで無事到着した。

  ジャンム・カシミ-ル州はパキスタン国境に近い。西はパキスタン,東はネパ-ル。北部は中国。ジャンムの方が国境に近い。州都スリナガルはもっと北に位置する。しかしなぜライフルを持って市内を威嚇行動をするのか不可解であった。そこで妄想を巡らし推測すれば,ヒンズ-教徒とイスラム教徒との宗教的対立ではなくて,商売敵をやっつけるための経済的対立だと小生は思った。なぜなら,普段は仲良く生活しているわけだから,宗教的対立はあり得ない。デリ-でもボンベイでも各種の宗教は共存し,夜は宗教ごとにお祭り騒ぎ(NATO軍が介入してくるまでボスニア・へルツゴビナなども宗教的対立はなかったことは自明である)。
 大企業が嫌がらせをして小売店を虐め,廃業させるのが現代だが,相手方を焼き討ちする映像を思い出したからである。相手がヒンズ-教徒の経営する会社であれば,貧乏なイスラム教徒を金で雇ってその会社の製品や機械を壊す。逆も同じことで,いかにも宗教的対立であるかを装っている,と当時は想像していた。

  若かりし時は,中印国教紛争があるなどとは知らなかった。しかし後年,国境紛争(三箇所)のある事を知った。タクシ-で通った,崖が今にも壊れて落ちて来そうな道を思い出して,軍隊が兵站を含めて辺境の地を衛るのは,容易でないと想像していた。
  しかし時たまドンパチがある。厳寒の地でなぜだろうか。炎天下でインド陸軍兵士二十数名がマラソン している姿を偶然見かけたことがある。そういう兵士の中からも辺境の地ドラクムへ勤務する者がいるだろう。そういう兵士の心境を考えたとき,ときたまドンパチがないと,緊張感が失われる,のではないだろうか。

 失礼かも知れないが,平穏な,何も事件が起きない辺境の地で緊張感を維持することは難しいだろう。それと似ているのが,米原潜の乗組員のスマホ感覚である。スマホは一時も手放せないアイテム・道具である。その米兵の,スマホをいじらない精神的忍耐期間は,6ヶ月だそうだ。あの行き先が分からなくなった戦闘機運搬船C.ヴィンソン号乗組員も同じであろう。とにかく戦争にならない。スマホというオモチャをタップリいじった後ではないと,戦争にならない?????(小生ならパソコン)

  それはともかく,スリナガルの友人は冬故郷を離れて出稼ぎにデリ-やボンベイなどの大都市に出かける。手間暇掛けて織った絨毯やクルミの木で彫った家具や工芸品などを売り歩く。すなわち日本・東北の季節工や出稼ぎ労働者を思い出させるが,厳寒のスリナガルよりさらに高地のヒマラヤ山系で国境守備隊として衛につくのは,容易でない。
 今回中国政府は,生活環境改善のために,民生の一環として道路を建設したが,インド軍が国境を越えたらしい。中国側の激しい抗議があったらしいが,インド軍は引き揚げた。ドンパチによる死傷者はなかったようだ。小生に言わせれば,スリナガルの事件と同じである。ちょっと羽目を外すこともあるのが人間であろう。

  戦争が起こるか起こらないかは,わからない。しかし今日9月4日から始まるBRICS福建省厦門会議に全首脳が集まるそうだ。(人民網日本語版)。確かにモディ首相はOBOR会議に出席しなかった。いくらか関連のニュ-ズを見るに彼にとっては,大した内容ではなかったようだ。だから出席を「とりやめた」と言えなくもない。しかしまた出席を「拒否」したとも言える。しかしそれは強調の違いに過ぎないだろう。
  5月中旬のOBOR会議はキャンセルして,4ヶ月後の厦門BRICS会議に重きを置いたのかも知れない。もし「拒否」したのであれば,ドラクム騒動(小競り合い?)が起きているときにモディ首相側は,いくらでも厦門会議出席「拒否」を表明できたはずだからである。むしろこちらの方が念入りに準備されたと言ってよいだろう。

 以上のように考えたとき,今回のF. W. Engdahl氏の文章は,小生の僅かなジャンム・カシミ-ル滞在からして,粗雑であることを否定できない。すなわち『ナレンドラ・モディは(少しも)くら替え』していない。

追記:今から20年前であろうか,ボンベイ(現ムンバイ)のインドの門近くにあるタ-ジ・マハ-ルホテルがテロリストに襲撃され十数人が殺傷した事件があった(小生が世話になったインド人の,知り合いも数人含まれていたそうだ)。それらのテロリストは,パキスタン経由で上陸したらしいのだが,それでも印パ戦争は起きなかった。

追記2:1811年-17年,インドの宗主国イギリスで織物機械打ち壊し運動(ラッダイト運動)というものがあった。それとは全く関係ないと思うが,インドでは儲けが少ない工場主が利益を沢山出している工場主の工場を,暴徒を雇って打ち壊しに行かせるという話もある。スリナガルのトラック示威運動もそれと似ているような気がしてならない。

追記3:中国の西部カシュガルに行ったことがある。ヒマラヤ山脈の向こう側の,カシミ-ルの北側に位置する。ムスタガ-タという山の中腹までタクシ-で登った。まだタリバンの影響はなかった。喉が渇いて湖の水で作ったお茶を何杯もすすった憶えがある。その茶屋でフランス人ご一行と一緒になったことがある。退職した方々ばかりであった。パキスタン(アフガニスタン?)からクンジュラブ峠を越えてバスでやってきたという。ヘルメットを被り,自転車で峠を越えてきた若者もいた。
  行きはよいよい,帰りは怖い。ガイド兼見張り役の彼は,タクシ-の運転手に帰りを急がせた。午後になると,太陽の光を浴びた山腹が溶け始め道を塞ぐという。道路関係者は朝に土砂を除き道を開く。山道で一泊という可能性もあった。国境警備隊への物資の輸送は空輸に頼らざるを得ないだろう。荷物を一杯に積んだ軍用車は通れない。現在はどうなっているのだろうか。もう一度尋ねてみたい。

                      非同盟中立国インド
  故ガンディ-,故ネ-ル首相らのとってきた道は,非同盟中立である。インドがBRICsに参加して,中国寄りになったとすれば,中立の観点から,中国包囲網を築こうとしている米国や日本と親密になったとしても不思議ではない。
  F. William Engdahl 氏は本論でインドとロシアとの関係を論じていない。インド兵器の75%はロシア製であり,アメリカから22億ドルのドロ-ンを買ったぐらいでインド防衛体制に変化はないだろう。また最近,ロシア製の原子炉2基(スプトニク日本語版)を建設し始めたとか。日本とは原発に関して技術協力の約束はあるが,安倍・公明党政権の原発売り込みの失敗は明らかである。

 F. W. Engdahl 氏の文章を一部引用させて頂くと,
     ・・・・・インドは、グジャラトで開催中のアフリカ開発銀行会議で、安倍晋三首相との共同プロジェクト、アジア-アフリカ成長回廊(AAGC)構想文書を明らかにした。インド-日本AAGC文書は、中国のOBORに対抗すべく、インドと日本により提示されている、日本の資金を使い、インドがアフリカでその存在感を確立する、いわゆるインド-太平洋自由回廊の明らかな一環だ・・・・・

  この指摘はその通りであろう。しかしOBORに対抗すべきAAGC文書を実行するさい,日本側に資金は十分にあるのだろうか。中国に対する日本政府ODA減額や,UNユネスコに対する拠出金不払いなどの話題が記憶にあるが,絶対返ってこないウクライナ・ナチス政権への援助金11億ドル✕2や,ISIS対策に2億ドル拠出といった対外援助などを見ていると,日本政府に,アフリカを巻き込んだ中国対抗策に割く金はほとんどないように思える。つまり,緩やかな協力同盟ではないのか。さらに言えば,アメリカ軍事産業への武器購入借金が5兆円ぐらいある。

  ところで加藤周一著『日本の内と外』の「インド,この触れ難きもの」によれば,「インド政府と国民は,『紐つき援助』をことわり,議会制民主制を保ち,『混合経済』のワクのなかで,実に多くのことをなしとげてきた」という。また1961年までの動きとしては、最新式の製鉄所が英・独・ソ連による建設,米国の技術者,世界銀行の資金で第四の製鉄所建設(私営タタ,年生産百万トン以上),タタ・ベンツのトラック工場(月産千台)といったものを列挙している。
  このように見てくると,インドが一国に偏ることなく,八方美人的に援助を受け入れていることが分かる。しかしその受け入れは,加藤が指摘するように「紐つき援助」ではない。
 そこで現代に話を戻せば,インドのガ-ディアン無人機購入はお付き合い程度の,トランプ大統領への配慮で,日本の毎年6,000億円を越えるアメリカ製兵器購入費からすれば僅かな額であろう(東京新聞によれば,15年当時4兆8,800億円のロ-ンを米国に借りていた。2017年度はいくらに膨らんだのだろう)。
 
 「アメリカ・シェール・ガスLNG購入するというインドの合意もある」が,シェ-ルガス枯渇は10年以内であるから,半永続的なものではないだろう。首相が替われば,合意は失われるだろう(問題は原発建設であれ,ドロ-ン購入であれ,「紐つき援助」であるかどうかである。)

 最後になったが,インドはTPPにも加わらなかった。空想的「TPP11」にも加わるというウワサもない。タイやインドネシアもTPPに加わらず中立を保っているかのようである。バンドン会議後の,インドの非同盟中立策は変わっていないと思う。

追記: 軍事衝突はあるのか,ないのか。それは分からない。しかしインド-中国間の戦争は無いだろう。戦争をどう定義するかの問題である。
  あの高地ドラクムで大規模な軍事衝突があれば,その準備のための動きが衛星で捉えられだろう。北朝鮮のように地下道を掘り,軍事物資を大量にも少量にも補給することは不可能である。もし戦争があるとするならば,ドラクム戦争ではなくて,ニュ-・デリ-と北京間の戦争であり,全面戦争である。しかし取るに足らぬ地域の紛争が全面核戦争に発展することはあるのだろうか。そういうことはありそうにない。
 インドとパキスタンは,周知のようにNPTから脱退し,アメリカ政府は両国に経済的制裁を加えたが,ウヤムヤになって今日に至っている。おそらくモディ首相は,ワシントンで経済制裁全面解除を勝ち取った。その見返りが,5月4日のモディによる中国OBOR会議参加拒否であろう。

追記2: 印パの基本的問題は,アメリカやイスラエルが干渉してもしなくても,お互いが嫌っているということである。東京で偶然知り合った,気さくなパキスタン人に「インド人を長く黙らせておくことはできない」と小生が皮肉交じりに言うと,大いに賛成してくれた。

追記3: 南部のハイデラバ-ド市にはイスラムの塔がある。加藤の案内を読んでもらうのが一番いいが,最近の話題「記念碑破壊」について申し上げれば,このイスラムの塔は壊されていない。ヒンズ-教徒や地方の宗教はこの門を破壊しなかった。むしろ破壊したのはイスラム教徒側で,キリスト教会を破壊してその上にイスラム寺院を建てた。例えば,トルコの聖ソフィア寺院。スペインにはもっと沢山あると高校世界史で習った憶えがある。
  逆の例を知らないが,従来のイスラム教徒は破壊して新しいモノを建築する。しかしポ-ランドの戦勝記念碑撤去,パルミラのISIS,仏像破壊のタリバンなどをみれば,記念碑を破壊して何かを創造したわけではない。但し,それぞれの動機が異なることを示している。しかしこの違いは大きいだろうと思う。

追記4:最近訪れた「ホ-おじさん」の像は元気に建(立)っていた。日本人をはじめ外国人も仲良く記念写真を撮っていた。多くの現地人からも敬愛されているようだ。将来もそう願いたい。

記事とは全く関係ない事を書かせていただく失礼をお許しください。

書きたい事は山ほどあるのですが、何しろ体力が弱い為、毎日書く事が出来ず、よって自前のブログなど無理なので、時々お邪魔させていただいている次第です。

そこで本日は先ず、このブログを閲覧しておられる方々に向け、基本的な事を述べたいと思います。
そうしないと、私の思考を展開するにあたって誤解を招き兼ねないからです。

今回は、私的見解による資本主義について少しだけ触れます。

資本主義とは、より多くの資本を持つ人たちの為のルールである。というのが私の認識です。
資本を多く持っている人というのは、資本家です。
資本家は、その資本を増やすのが仕事です。
だから、より有望な事業、或いはそうした事業を営む企業に投資するのは当然の事です。
企業は、投資してくれた資本家へ、できるだけ多くの配当金を還元しなければならない責務を負っています。

すると企業はコストダウンの為に、人件費を削ったり、原材料を安く調達したり、消費者への安全コストを削減したり、環境コストを削りたい。というのが本音です。

産業革命が始まった当初は、こうした社会秩序的コストは皆無だったので、思う存分に利益を上げられたのです。
これが元々の資本主義の姿です。

ところが、その後、民主主義が台頭してきて、何かと制約を課すようになった為、企業は思うような利益を出せず、投資家への還元も減りました。

そこで数十年前、ミルトンフリードマンとかいう人物が新自由主義というのを唱えて、民主主義による岩盤規制を取り払ってしまえ。という事になって、また元々の資本主義の姿に戻りつつある。というのが、現在の状況です。

現在の企業の多くは株式会社を名乗っています。
これは約15年程前に、株式会社法を緩和して小さな会社でも株式会社を名乗れる様にしたからです。

これの狙いは、個人投資家を増やす事で、株式市場に活気を、と言えば聞こえは良いのですが、多くは基幹投資家たちのマネーゲームの出汁です。

同時に選挙時に於ける投票マインドを経済第一思考へと誘導しました。
これで人々は益々、経済政策を第一に掲げる党や候補者に投票する傾向を強める様になったのです。
これが政治劣化を加速させた最も大きな原因ではないかと思います。

つまり、企業は投資家こそがお客であるという認識を強め、その為には政治家に献金したり、ロビー活動したりして自分たちに都合の良いルール(法律)を制定させようとします。
(公共サービスの民営化などもこれにあた.る)
また、マスコミに圧力を掛けたりして、こうした都合の悪い事が一般国民に知られない様にする訳です。

これは現在では多くの人に知られてしまった事ですが、それでも彼らは沈黙する事で、こうした当たり前の事実を語る者の増殖を避けようとしている訳です。
この事を見抜けない人たちは、こうした仕組みについての話を陰謀論で片づけようとする訳ですが、それは企業や投資家の最も望むものでもあるのです。

こうした仕組みというのは、理論という程のものではなく、ごく普通に企業心理、投資家心理を順を追って考えれば解る事です。

例えば、Mという会社は最近、バイエル社に吸収される形で悪名を払拭しようとした訳ですが、やっている事は全く変わっていないのでありまして、相変わらず毒薬を製造し続けており、この会社と提携している住友化学も同じマインドで、人々の健康、生命、環境負荷など全く無視している訳でずが、
これは、安い原材料で大きな利益を上げられる典型的な事業の例です。

この例で言いますと、人々の健康を害する物を製造している訳ですから、そうした責任を回避したいと思うのは、当然の企業心理というものです。
環境への影響も計り知れませんから、これを対策する為のコストも負担したくない訳です。

そこで政治家を動かし、各種規制委員会みたいなところに自分たちの息のかかった者を送り込む事で規制を緩和させている訳です。
これは同時に農薬の大量消費による売り上げアップにもなる訳です。
(農薬の類は、組成を少し変えるだけで毒ガス兵器にもなり得るという点も一考)

この様に、企業は絶えずロビー活動に余念がないのです。

そして現在、法的にも合法になる様に、法体系を完全なものにしつつある訳です。
改憲の目的も多くはこれです。

その延長上にTPPや日欧EPA、RSEPなどの自由貿易協定が存在しているという訳です。

これが安倍たちが進めている売国政策の骨子なのです。

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