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2017年1月 1日 (日)

バチカン、ビルダーバーグと‘移民’危機

F. William Engdahl
2016年12月17日

謎めいたビルダーバーグ年次会議が、今年ドイツのドレスデンで、6月9-12日に開催された。議論の話題を発表する公式プレス・リリース中の用語は注目に値する。第三項(必ずしも重要性の順ではない)は、奇妙にも“ヨーロッパ: 移民、増大、改革、構想、団結”という題目だ。トルコがシリア戦争難民の拘留センターと難民キャンプを開放し、彼らをEUへと向かわせて、2015年春に始まったEU難民危機に対する単語“移民”という選択が奇妙なのだ。これについては後ほど更に触れる。本記事では、ほとんど知られていない歴史的なつながり、つまり1954年に創設されたビルダーバーグ会議とバチカン間のつながりと、現在のEU難民不安を煽る上での両者の役割に集中したいと思う。

1954年5月、ドイツ国境に近いオステルベークのオテル・ド・ビルダーバーグで、極めて秘密の会議が開催された。会合の主催者は、オランダ、ユリアナ女王の夫ベルンハルト王配だった。会合は、最初の会合が開かれたホテル名から、単純に“ビルダーバーグ会議”と呼ばれた。三日間の秘密議論の結果、新たなTrans-Atlanticシンクタンクが創設された。それは1954年以後、現在まで、最も効果的な組織の一つ世界の出来事に影響力があり、最も有害で秘密主義的組織の一つとなった。

ドイツ生まれのベルンハルト王配は、毀誉褒貶ある人物で、悪名高い猟色家で、国家社会主義ドイツ労働者党と、SS騎乗部隊メンバーだった。1976年、ベルンハルトは、アメリカの戦闘機メーカー、ロッキードから、オランダ空軍によるジェット機購入に影響を与えるよう百万ドルの賄賂を受け取って、告訴された。スキャンダルのおかげで、ベルンハルトが辞任を強いられた際に、ビルダーバーグ議長として後を継いだのは、当時のドイツ大統領、ヴァルター・シェールで、更に、ヘンリー・キッシンジャーの相談相手で、後にビジネス・パートナーとなったイギリスのキャリントン卿だ。そもそもの発端から、ビルダーバーグが世界政治における少年野球連盟でなかったのは明らかだ。

2014年 ビルダーバーグ・グループの情報の乏しい公式ウェブサイトには、その目的は単に“ヨーロッパと北アメリカ間の対話を醸成する”ことだと述べている。更に、金融、政治、産業、マスコミと学界から選ばれた約120人の参加者が、年に一度会合するとある。その規則で、三分の二は、ヨーロッパから、残りはアメリカとカナダから、総員の三分の一は常に政界と決められている。アメリカからのビルダーバーグ参加者は、常に外交問題評議会(CFR)メンバーだ。

得体のしれない淵源

不可思議で、驚くほど影響力のあるポーランド亡命人の、ビルダーバーグ初代議長ジョセフ・レティンガーによれば、ビルダーバーグ・グループは、1952年に“明らかになりつつある、西ヨーロッパに対するアメリカの不信の増大と、それに対応するアメリカに対する西ヨーロッパの同様な不信”に対応すべく、レティンガーが作り出した構想に由来する。要するに、その狙いは、西ヨーロッパとアメリカ合州国の戦略的政策の方向をしっかり調和させることだった。問われるべき重要な疑問は、どのような、誰の地政学的目標を追求する上での調和なのかだ?

ジョセフ・レティンガー

ジョセフ・レティンガーは、第二次世界大戦後西ヨーロッパの大西洋主義志向の構造を形作った最も影響力のある政治的人物の一人だ。アメリカ政府が支援する、現在、欧州連合と呼ばれている、ヨーロッパ合州国創設計画のためにロビー活動すべく、ストラスブール-を本拠とするヨーロッパ評議会を彼は創設した。彼は、CIAが資金提供するヨーロッパ運動や、CIAが資金提供するヨーロッパ青年キャンペーンも創設した。とは言え、彼の最も影響力が大きいプロジェクトは、ビルダーバーグ・グループを実現させ、彼の希望通り、世間の目からしっかり隠れて、その主要ヨーロッパ人理事、事務局長をつとめたことだ。

ビルダーバーグが形を表し始めた頃、朝鮮戦争もアメリカのマーシャル・プラン対ヨーロッパ支援も終わりつつあった。戦時、ジョセフ・ヒエロニム・レティンガーは、ロンドンで、ヴワディスワフ・シコルスキ将軍が首相をつとめる亡命政府の顧問として暮らしていた。レティンガーは、世界一般には事実上ほとんど無名だが、彼は戦後期、ヨーロッパとアメリカ合州国で、最も影響力のある黒幕の一人だった。彼は教皇ともアメリカ大統領とも好きな時に、個別に会うことができた。ベルンハルト王配をお飾りの主役として働くよう選び、どのアメリカ人や、どのヨーロッパ人をビルダーバーグに招待するか選んだのも他ならぬ彼だった。

最初の1954年ビルダーバーグ会議のアメリカ運営委員会メンバーには、ロックフェラーとつながるカーネギー国際平和基金理事長のアメリカ人議長ジョセフ・E・ジョンソンがいた。他には、第二次世界大戦、ロンドンで、ドイツの都市と一般市民に対する、イギリスとアメリカによる爆撃の効果を分析する戦略爆撃調査局長をつとめていたジョージ・ボールもいた。

アメリカ・ビルダーバーグ運営委員会には、食品企業グループ・オーナーで、ジョン・ケリーの妻の父、H. J. ハインツII、国務省のマーシャル・プラン・コンサルタント、ジョージ・ネボルシン、当時ロックフェラー財団理事長で、後に国務長官になったディーン・ラスクもいた。

しかし、アメリカ側のビルダーバーグ・グループを本当に動かしていた黒幕は、新たに設置された中央情報局(CIA)初代長官、ウォルター・ベデル・スミス大将だった。1950年、スミスはCIA長官になった。CIAは、ビルダーバーグ会議を組織し、形成し、運用するのを支援した。

1952年末、レティンガーはビルダーバーグ構想をアメリカ側の知人に打診するべく、アメリカに行き、アヴェレル・ハリマン、デイヴィッド・ロックフェラーと当時のCIA長官ベデル・スミスと会った。レティンガーが提案を説明した後、スミスは“一体どうして、最初に私の所にこなかったのかね?”と言ったと言われている。CIA長官は、そこでレティンガーに、これからアイゼンハワー大統領の心理戦争特別顧問、アイゼンハワーのペンタゴンとCIA間の連絡係になる所だったC. D. ジャクソンと会うよう勧めたのだ。viii。

1954年の最初のビルダーバーグ会議参加者には、現代では唯一のビルダーバーグ “諮問団”メンバー、デイヴィッド・ロックフェラーもいた。国務省幹部ポール・ニッツェ。また、ガードナー・コウルズ、アメリカ・メディア界の大物、ルック誌創設者、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)を設立したアメリカ・プロパガンダ省、戦争情報局副長官。ロックフェラーの親密な仲間である、J.P.モルガン銀行の頭取ネルソン・D・ジェイもいた。

最初のビルダーバーグ参加者には、当時のアイゼンハワー冷戦の立案者、C.D.ジャクソン、イタリア首相のアルチーデ・デ・ガスペリ、元フランス首相アントワーヌ・ピネーもいた。ピネーはやがて、ビルダーバーグの長期計画を形作る決定的人物となる。

レティンガーは、ビルダーバーグ・グループを、単に“ヨーロッパと北アメリカ間の対話を醸成する”ために設立したと発言している。これは一般向けの上辺だ。実際は、戦後ヨーロッパの最も反動的な組織を引き入れ、それを、最も強力な戦後アメリカのロックフェラーや、ハリマン財閥家族や、連中の勃興しつつある“アメリカの世紀”と結びつける極めて陰険な仕組みを作り上げたのだ。ビルダーバーグ・グループアメリカの世紀が、戦後のバチカン地政学によって大きく影響されるのを担保するものだった。1954年の最初の会合は、ウォルター・ベデル・スミスのCIAにより資金提供され、それ以降の会合は冷戦中のCIAにとって親密な同盟者、フォード財団により資金提供を受けた。

ル・セルクル-バチカン-ロックフェラー同盟

1954年以来の年次ビルダーバーグ会議の途方もない権力と影響力の鍵は、秘密汎ヨーロッパ主義組織の公表されていない役割、当時ル・セルクルとして知られ、時にセルクル・ピネーと呼ばれる、ビルダーバーグを形成する上で、ビルダーバーグ創設者レティンガーの親しい友人、フランス首相アントワーヌ・ピネーのネットワークが演じた極めて重要な役割のおかげだ。

ピネーのル・セルクル(集団というフランス語)は、ドイツBNDとBfV、イギリスのMI-6、フランスのSDECE、オランダのBVD、ベルギーのSurete de l’Etatや、スイス、更には、サウジアラビア諜報機関や、アパルトヘイト南アフリカのシークレット・サービス、BOSSを含む大半のヨーロッパ諜報機関を密かに結びつけるリンクだった。ピネーと、ル・セルクルに関係した著名政治家には、フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス、オットー・フォン・ハプスブルク、コンラート・アデナウア、イタリアのジュリオ・アンドレオッティ、後に大統領にまでなった保守主義者、ポルトガルのアントニオ・デ・スピノラ将軍、マーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンなどがいる。

アントワーヌ・ピネーの集団ル・セルクルは、ビルダーバーグ計画が始まる二年前の1950年に、ピウス12世教皇により、カトリック教会幹部の最終承認を得ていた、強力かつ極右のローマ・カトリック信徒の組織オプス・デイともつながっていた。この組織は、2003年のダン・ブラウンによる歴史小説『ダビンチ・コード』の主題として、彼らにとっては不快なほど有名になった。

ル・セルクルの後の業績には、反労働党の右翼首相マーガレット・サッチャーをまんまと権力の座につけた1979年のイギリス選挙操作もある。これは、ル・セルクルの主要メンバー、サー・ブライアン・クロージャー、MI-6のトップ、アーサー・フランクス卿と、MI-6部長、ニコラス・エリオットが行った。

亡くなったバイエルン政治の大物、“バイエルンのライオン”フランツ・ヨーゼフ・シュトラウスは、回想録で、二人が1953年に初めて会って以来、ル・セルクルのアントワーヌ・ピネーと友好を保ったと書いている。ドイツ国内のル・セルクル・ネットワークは、失敗はしたが、ドイツ首相へのシュトラウス立候補を推進した。1955年、シュトラウスは、ビルダーバーグ会議正会員にもなった。

ポーランド生まれのローマ・カトリック教徒のビルダーバーグ創設者ヨセフ・レティンガーは、アツィオーネ・カトリカ(カトリック行動団)のトップで、CIA手先のイタリア人、ルイジ・ゲッダ教授の仲介で、ヨーロッパのビルダーバーグ・ネットワークを組織した。ゲッダは、第二次世界大戦前に、エウジェニオ・ジョヴァンニ・パチェッリ枢機卿として、1933年、ヒトラーのナチス党とのライヒスコンコルダート(政教条約)立案者だった極めて強硬な右翼反共教皇ピウス12世教皇の医学顧問でもあった。既に1932年、パチェッリは、バチカン国務長官として、ローマ・カトリック教徒のドイツ首相フランツ・フォン・パーペンを、カトリック中央党を反左翼同盟に向けさせ、ヒトラーの国家社会主義ドイツ労働者党に加わるよう説得する上で主要な役割を果たしていた。

聖職者ファシズムとピウス12世

教皇として、ピウス12世には明らかな政治的偏向があり、それは、フランコのスペインや、スピノーラのポルトガルなどの教会とファシスト、独裁政権の融合、一部の人びとが聖職者ファシズムと呼ぶ、聖職者、あるいは名目だけのローマ・カトリック教徒ファシスト、極端に弾圧的な右翼政権に対する支持だった。

第二次世界大戦中、ピウス12世は、新たに独立を宣言したクロアチア国指導者、ローマ・カトリック教徒アンテ・パヴェリッチの聖職者ファシスト親ヒトラー政権を非難することを拒否した。カトリック信仰を奉じることを拒んだ正教セルビア人虐殺のことを、カトリック聖職者に知らされたピウス12世は、“虐殺に参加した”クロアチア聖職者メンバーのリストを持っていたにもかかわらず、パヴェリッチ政権を非難せず、関与した聖職者の処分もしなかった。それどころか、ウスタシに協力したかどで告訴されたクロアチア人大司教アロイシウス・ステピナチを枢機卿に昇格させた。

実際、レティンガーのヨーロッパ・ビルダーバーグ・ネットワークは、バチカンのピウス12世、オプス・デイ、スペインのフランコ政権、ピノーラ将軍のポルトガルや他の無数のヨーロッパ右翼反共ネットワークを含む極右ヨーロッパ反共ネットワークを、デイヴィッド・ロックフェラーのネットワークと彼本人を経由し、強力なロックフェラー・グループ周辺の勝ち誇るアメリカ・エリートと結びつけたのだ。これは戦後ヨーロッパ社会と政治の進展に大きな影響を与えた政略結婚だった。

フランシスコ教皇と‘移民’私には言葉しかない…

このビルダーバーグの本当の歴史を背景に、今問われるべき疑問は、史上初のイエズス会教皇、フランシスコ教皇が、ピウス12世の重い足音に習うか否かだ。彼は、昨年のシリアや北アフリカからの膨大な戦争難民流入を支持することで、ヨーロッパにおける事態を意図的に掻き立てようとしている。

単語は、人間のコミュニケーションの本質的要素で、それが他者に伝えるエネルギーは極めて複雑だ。単語と文脈次第で、否定的エネルギー、憎悪のエネルギーを伝えることができる。取るに足りない中立的なエネルギーを伝えることもできる。愛や調和、平和のエネルギーを伝えることもできる。もし、単語を非常に正確に操れる地球上に組織があるとすれば、それはフランシスコ・ローマ教皇の母体組織イエズス会だ。過去三年間の中東やアフリカやEUにおける人びとの崩壊に関する彼の無数の公文書を解読する際に、これは重要だ。

現在のEU危機、それは実際危機なのだが、それに関し、曖昧に使われている三つの単語がある。“難民”という単語は、法的に“戦争、迫害、あるいは自然災害から逃れるために自国を去ることを強いられた人”と定義されている。更に関連する単語“亡命希望者”は“政治難民として母国から去り、他の国への亡命を求めている人”と定義されている。三つ目が、フランシスコ・ローマ教皇と、2016年のドレスデンにおけるビルダーバーグ会議の双方が用いた、背後の概念が全く異なる単語、つまり“移民”という単語だ。移民は“仕事やより良い生活条件を探すため、ある場所から他の場所に移動する人”と正確に規定されている。戦争、政治的迫害や生命に危険な災害に関する言及は皆無だ。

明らかにそうではないものを、南部からEUへの移民と呼ぶことで、単語は、この移民の背後にある原因、つまりアメリカ-イギリス-フランスが引き起こした一連の戦争、石油、そして今やガス支配のための戦争、ヒラリー・クリントンが当初アラブの春と呼んだリビア、エジプト、チュニジア、シリアでの戦争を完全に曖昧にしている。過去十五ヶ月に、トルコからEUに流れ込んだ百万人以上の人々は移民ではない。彼らは戦争難民なのだ。

彼らを移民と呼ぶことで、メルケル政府やドイツ連邦移住・難民庁(BAMF)が行う法的手順に疑問を投じる人を、暗黙のうちに、ことごとく人種差別主義者や、頑迷固陋にしてしまうのだ。小生に伝えられた信頼できる調査報告によれば、ドイツ連邦移住・難民庁(BAMF)は、2014年11月以来、公的理由も国民に対する告知も無しに、難民(亡命希望者ではなく)に対する規則や政令を放棄したという。興味深いことだ。

“構造的な現実?”

2016年1月17日の教皇メッセージで、教皇はこう述べた。“現在、移住の流れは世界中で増大し続けています。…移住の流れは、今や構造的な現実です。わたしたちに課せられた第一の課題は、緊急事態を乗り切り、移住の原因とそれに伴う変化、さらには新しい住人が社会や人々に与える影響を考慮した上で計画を立てることです。” 彼は続ける。“聖書における啓示は、異邦人を受け入れるよう促しています。それにより神への扉が開かれ、他の人々の顔にイエス・キリスト自身の姿が現われると伝えています。”その見知らぬ人が、あなたを殺そうとしたり、あなたの娘を強姦したがったりしたらどうだろう?

これらは実際素晴らしいお言葉だ。これは戦争難民のドイツや他のEUへの殺到という実際の破壊的な現実を完全に無視している。フランシスコ教皇は、彼の膨大な影響力を、平和をもたらし、シリア国内の全国内政党の和解、ISIS、アルカイダ/ヌスラ戦線や他の世界最古の文化の一つを破壊しているテロの非難、多宗教世界に注力するのではなく、ヨーロッパ人に、心と、家までも“移民”に対して開くよう説くことを選んだのだ。この文脈で、私が最初に述べたように、今年のドレスデンでのビルダーバーグ会議が、論議で、難民危機ではなく“移民”と呼んだのは極めて重要だ。少なくとも、この点に関しては、教皇もビルダーバーグ計画者連中も、全く同じ楽譜を歌っているように見える。

1月6日、公現祭日のメッセージで、この同じ教皇が、教皇ビデオを公表し、その中で、事実上、ワンワールドの宗教を作り出すよう呼びかけた。“多くの人が様々な考え方をし、様々な感じ方をし、様々なかたちで、神を求めたり、神に会おうとしたりしています。この中で、様々な宗教の中で、一つだけ確実な全員が共有することがあります。我々全員、の子です。”

数日後の2016年1月11日、バチカン外交団への演説で、フランシスコ教皇は、ヨーロッパは、安全や、文化を犠牲にすることなしに移民を受け入れるつもりだと主張した。彼は、“我々が直面している深刻な移民危機”に言及して、迫害から逃れる難民と、貧困から逃れる難民の国際社会による差別を批判した。この移民危機に対する各国独自の解決策を見出そうとする様々なEU諸国の取り組みを彼は非難した。“各国がした判断の結果は、必然的に国際社会全体に影響をもたらすのですから、個々の国家が追求する自立した解決策の余地はありません。実際、移民は、これまで以上に、我々の世界の将来において、極めて重要な役割を演じることになるでしょう。”

フランシスコ教皇とは違い、国家主権や、個人の自主性が重要であるのと同様、国境は大いに重要だと私は断固信じており、実際、我々の存在、我々個人の主権、我々の国家主権の必要かくべからざる要素なのだ。我々人間は、それぞれがかけがいがないのだ。我々は個性の無い不定形の塊ではない。私の考えでは、こうした違いは侵すべからざるものだ。イエズス派教皇の言葉ではそうではない。あらゆる戦争や深刻な騒乱のある我々の世界は、フランシスコ教皇が、我々をそう信じさせようとしているような、平和とキリスト教の慈善があらゆる障害を克服する涅槃の境地ではない。将来はそうなるかも知れないが、既にそうであるふりをするのは、隠された狙いを偽って語るものだと私は思う。

デイヴィッド・ロックフェラーは、彼と彼の同類が全ての人類の頂上に位置する、実にむかつく思想、ワン・ワールド・オーダーのあからさまな支持者だ。そのような単一の経済世界にするため、我々は国境を解消せねばならないのだ。もしEU指導者が、同意するほど、強烈な自殺願望を抱いていればだが、環大西洋貿易投資連携協定主にそのために仕組まれている。更に全世界を支配するためには、つくりものの新宗教が必要だ。強制的な難民危機は、国境や歴史的民族文化、国民文化をぼやかすために仕組まれている。

教皇のあらゆる素晴らしい演説や、ビルダーバーグ談話の背後には、建前で語られている以上のものがある。単語“Jesuitical(形容詞:「イエズス会の」)”の通常の用法が、“巧妙な、あるいは余りに巧妙な論法を用いる人; 狡猾な; 陰険な; 興味深い”を意味しているのも故無いことではない。

F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の政治学学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書で、これはオンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。

記事原文のurl:http://www.williamengdahl.com/englishNEO17Dec2016.php
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TPPは巨大資本による世界支配の極致。資本を自由に移動させ、関税や、非関税障壁を廃絶して、利益を極大化させる。移民推進も労働力コスト削減対策なのだろうか?

MESSAGE OF HIS HOLINESS POPE FRANCIS
FOR THE WORLD DAY OF MIGRANTS AND REFUGEES 2017 [15 January 2017]
https://w2.vatican.va/content/francesco/en/messages/migration/documents/papa-francesco_20160908_world-migrants-day-2017.html
を読んでみると、本当に、migrantばかり。

カトリック中央協議会の日本語翻訳をみると、題名のみならず、話の中で何度か「難民」という言葉があらわれる。誤訳ではなく改変ではと不思議に思う。

ローマ教皇公文書>世界難民移住移動者の日
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/mgrt/16mgrt.htm

全世界を支配するためには、つくりものの新宗教が必要だ。強制的な難民危機は、国境や歴史的民族文化、国民文化をぼやかすために仕組まれている。というくだりで、日本の新興宗教、国家神道を連想した。

祖父から教えられた「ヤスクニ」
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/96143

あの神社は長州神社。

関連するので、IWJ、本日の中継番組表を一部コピーさせていただこう。

**2017.1.1 Sun.**

あくまで予定ですので、変更、中止、追加などがある場合があります。また電波状況によっては、安定した中継ができない場合もございますので、ご了承ください。

【IWJが選ぶ2016年重大ニュース振り返り再配信10・Ch1】12:00~「【日本会議】岩上安身による『日本会議
戦前回帰への情念』著者・山崎雅弘氏インタビュー」
UST視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=1
ツイキャス視聴URL: http://twitcasting.tv/iwakamiyasumi
※年末年始特別配信として『IWJが選ぶ2016年重大ニュース振り返り再配信』をおこないます。


【撮り下ろし初配信!・Ch1】18:30~「つくられた『神道』戦後最大のドグマを解体する! 岩上安身による島根大学・大阪工業大学名誉教授
井上寛司氏インタビュー 1日目 古代編」
UST視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=1
ツイキャス視聴URL: http://twitcasting.tv/iwakamiyasumi
※2016年11月22日に収録した岩上安身による井上寛司氏インタビュー 古代編を撮り下ろし初配信します。

明治維新という幻想』と『赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた立憲主義の夢』を読んでいる。

最近読んだ『漱石のこころ その哲学と文学』で、『坊ちゃん』は単なる田舎活劇ではなく、様々な単語のシンボルを駆使した、明治政権支配者批判だったと知ってびっくり。実に大胆な行動。漱石は、日露戦争にわく時代に、『三四郎』の登場人物に「滅びるね」と言わせている。

『明治維新という幻想』には、非合法出版の当時の錦絵は、様々な図柄や言葉のシンボルから、新政府批判、徳川政権擁護の気分が強かった当時の庶民の見方を反映しているとある。

『明治維新という幻想』、宗主国の巨大通販サイトをみると「陰謀論」とこきおろしている書評がある。良い本だとお墨付きをいただいたと勝手に解釈する。

明治の歴代首相を出身県を並べて書いた表に唖然とした。山口が圧倒的。

『明治維新という幻想』とそのまま内容的につながっていると思える『赤松小三郎ともう一つの明治維新』宗主国の巨大通販サイトをみると、不思議にも、もっともな絶賛。

150年前の赤松が考えた憲法案と比較すると、自民党改憲案は遥かに劣る。

うさんくさい「明治維新」。そこから言葉を借用している政党がうさんくさいのも当然に思えてくる。

林学がご専門の学者が、日本の歴史に関する素晴らしい本をかかれているのは、『私の闇の奥』の藤永茂氏が、物理学者でおられながら『アメリカ・インディアン悲史』や『アメリカン・ドリームという悪夢―建国神話の偽善と二つの原罪』という本を書いておられるのと似ている。専門でないがゆえに、自由な発想で、忌憚ない意見がかけるのではあるまいか。素晴らしいブログを書いておられるという点も共通。

林学がご専門の学者ながら『自由貿易神話解体新書―「関税」こそが雇用と食と環境を守る』という本も書いておられる。これも素晴らしい反TPP論。この「関税」の問題は、『赤松小三郎ともう一つの明治維新』でも触れられている極めて重要な主題だ。

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