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2016年9月 4日 (日)

千島列島に関する日本との和解に関するプーチン発言: ‘領土は取り引きしない’

公開日時: 2016年9月2日 03:21
編集日時: 2016年9月2日 14:04
RT

ロシア ウラジーミル・プーチン大統領.  Alexander Zemlianichenkо / ロイター

日本との平和条約締結は重要な課題で、第二次世界大戦の結果、千島列島を巡る領土問題が生じているが、それは見直しの対象ではないと、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、“パンドラの箱”を開けることについて警告しながら、述べたてsaid、

ブルームバーグとのインタビューで、政治的解決と、日本とのより大きな経済協力を実現するため、千島列島の一つを“差し出す”考えがあるかどうかと質問されて、“領土は取り引きしない”とプーチン大統領は述べた。

しかしながら、“日本との平和条約は、もちろん重要なことで、日本の友人たちと一緒に、この問題の解決策を是非見出したいと考えている。”と彼は述べた。

“我々は1956年に条約に署名し、驚くべきことに、ソ連最高会議でも、日本の国会でも、条約は批准された。そこで、日本側が実施を拒否し、その後、ソ連も、条約の枠組みの中で合意した全ての協定を、いわば破棄したのだ。”

更に読む
ロシア人は、日本との平和条約のために、千島列島を取り引きするつもりはないという世論調査

東京の主張領土とロシアと中国間の問題を比較するのを拒否して、中国との国境問題は、40年間の交渉と、両国間の“高いレベルの信頼感”あってこそ解決できたと、プーチン大統領は語った。

“もし日本とも同じレベルの信頼感を得られれば、我々は何らかの妥協ができるかも知れない”と、プーチン大統領は述べた。

“しかしながら、日本との歴史と、我々の中国との交渉に関する問題では根本的な違いがある。日本の問題は第二次世界大戦の結果で、第二次世界大戦の結果に関する国際文書中で規定されているが、中国との国境問題の議論は、第二次世界大戦や他のあらゆる他の軍事紛争とは、何の関係もない。”

記者が、冗談として、ロシアは、カリーニングラード州の主権を交渉するつもりがあるかと質問すると、プーチン大統領は“パンドラの箱”を開けることに警告した。

"もし誰かが、第二次世界大戦の結果を考え直したいというのなら、let us discuss this。しかし、そうなると我々は、カリーニングラードにとどまらず、ドイツ東部の土地や、元ポーランドの一部だったリヴォフ等々も議論しなければならなくなる。ハンガリーや、ルーマニアも対象になる。”と、ロシア大統領は説明した。

“もし誰かがこのパンドラの箱を開けて、対処したいのなら、どうぞ” とプーチン大統領は述べた。

ソ連は、第二次世界大戦における大日本帝国への攻撃の際、千島列島を占領した。モスクワは、千島列島に対する主権を日本が放棄した、1951年のサンフランシスコ平和条約をあげるが、東京はそのうち四島は列島の一部ではなく、日本統治下に戻すべきだと主張している。

カリーニングラード州も、第二次世界大戦での、ソ連の戦利品で、1945年までは、東プロイセンの一部だった。ポーランドは、今はない州の残りの部分を得た。カリーニングラード州はソ連の行政地域で、ソ連崩壊後は、バルト海にあるロシアの飛び領土になった。

ソ連と中国は、1964年以来、アムール川国境の、二つの隣接する島の領有権を争っていた。2005年、ロシアと中国が、約174平方キロのロシアの土地を中国に引き渡す協定に調印して、紛争は解決した。中国とロシアの間には、現在、領土紛争はない。

記事原文のurl:https://www.rt.com/news/357970-putin-japan-bloomberg-interview/
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孫崎享氏の昨日付けメルマガの一部を転載させていただこう。このあたりの経緯、大本営広報部は、政府の宣伝機関でしかなく、決して実態を報じない。

ソ連、ロシアを責める前に、これをしくんだ宗主国をこそ責めるのが筋だろう。

北方領土の国後・択捉島の扱いを理解するには次の3項目が必要です。残念ながら、日本国民はゆがんだ形でしか理解していません。

第2次大戦後、日本はこの国後・択捉島の領有権はどのように決定されたかー日本は放棄―

放棄された国後・択捉島を誰が領有するかの問題、米国はソ連に貴方の物と約束

1956年の日ソ国交交渉の時、何故、米国は日本が国後・択捉をソ連の領土と認めることを米国が反対したか

第2次大戦後、日本はこの国後・択捉島の領有権はどのように決定されたかー日本は放棄―

 第二次大戦後、日本はポツダム宣言を受諾しています。

「八 カイロ宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」

 日本は本州、北海道、九州及四國以外は、「吾等(連合国)ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」に合意し、連合国側は戦後国後・択捉を含む千島は日本領から除外しています。
中略

 連合軍一般指令作成過程での受け持ち地域に関するトルーマンとスターリンのやりとりは興味ある史実を含んでいる(出典『日露(ソ連)基本文書・資料集』)

 スターリン発トルーマン宛進展密書(45年8月16日)

「一般指令第一号が入った貴信受領しました。次のように修正することを提案します。

 一:日本軍がソ連軍に明け渡す区域に千島全島を含めること

  二:北海道の北半分を含めること。境界線は釧路から留萌までを通る線とする」

  トルーマン発スターリン宛通信(8月18日受信)

 「一般指令No1を、千島全てをソ連軍極東総司令官に明け渡す領域に含むよう

修正することに同意します。
3:1956年の日ソ国交交渉の時、何故、米国は日本が国後・択捉をソ連の領土と認めることを米国が反対したか

 この日ソ国交回復交渉に米国は大きい影響を与えた。「二島返還やむなし」として解決を図ろうとする日本側に強い圧力をかけている。

重光外相はこのモスクワでの会談の後、スエズ運河に関する国際会議の政府代表としてロンドンに行く。ここでダレス長官を訪問して、日ソ交渉の経過を説明した。この会談の模様を再度、松本俊一著『モスクワにかける虹』から見てみたい。

 「(1956年)8月19日に、重光葵外相(この時、日ソ平和条約の日本側全権を兼任)はダレス長官を訪問して、日ソ交渉の経過を説明した。ダレス長官は、“千島列島をソ連の帰属にすることは、サンフランシスコ条約でも決まっていない。従って日本側がソ連案を受諾することは、日本はサンフランシスコ条約以上のことを認めることとなる。かかる場合は同条約第26条が作用して、米国も沖縄の併合を主張しうる立場に立つわけである”という趣旨のことを述べた。

重光外相はホテルに帰ってくると私を呼び入れて、やや青ざめた顔をして“ダレスは全くひどいことをいう。もし日本が国後、択捉をソ連に帰属せしめたら、沖縄をアメリカの領土とするということを言った”とすこぶる興奮した顔つきで話してくれた。

重光氏もダレスが何故にこの段階において日本の態度を牽制するようなことをいい、ことに琉球諸島の併合を主張しうる地位に立つというがごとき、まことにおどしともとれるようなことを言ったのか、重光外相のみならず、私自身も非常に了解に苦しんだ」

ダレス長官はさらに追い打ちをかける。9月7日谷駐米大使に、「日ソ交渉に関する米国覚書」を手交する。8月19日は重光外相に日本が「国後、択捉をソ連に帰属せしめたら」米国は「沖縄を併合する」と脅した。9月7日は「米国はサンフランシスコ和平条約による一切の権利を留保する、平和条約はチャラになる」と谷駐米大使を脅している。覚書には次の記述がある。

「日本はサンフランシスコ条約で放棄した領土に対する主権を他に引き渡す権利を持っていないのである。このような性格のいかなる行為がなされたとしてもそれはサンフランシスコ条約署名国を拘束しうるものではなく、かつ同条約署名国はかかる行為に対してはおそらく同条約によって与えられた一切の権利を留保するものと推測される」

今にして思えば、あの頃が最適な交渉時期だったかも知れないと、ある記事を思い出す。

北方四島は返却すべきだ(モスコフスキー・コムソモーレツ)
モスコフスキー・コムソモーレツ紙 № 25594 2011年3月18日

当時日本の大本営広報部には数行しか紹介されなかった。

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コメント

ロシアと中国との国境の線引きはプーチンの優れた外交力の賜物。なぜなら中露の沿海州における国境の線引きは微妙なものであり、清時代から何度か小競り合いが交わされている。しかし日露との決定的違いはRTがいっているように日本は決定的敗戦国でポツダム宣言、サンフランシスコ条約でその立ち位置が明確であることだ。それを歯舞、色丹では不十分、択捉、国後はどうした?というのはロシアにとっては明らかによくわからないだろう。確かに、歯舞、色丹はちっぽけな島、日本にとっては取るに足らないかもしれないが、条約上の取り決めであるからそれを反故にして線引きを再考せよというのはいかがなものか。それこそプーチンの言う第二次大戦後の領土問題をすべてガラガラポンにすることだろう。
当方はれっきとした純日本人だが国際法上の点に立脚すれば4島全返還というのはとてもロシア側にとっては無理だと思う。レバダの調査でもプーチンは80%以上のロシアでの人気度を占めていても難しい点だ。そこでロシア側がどうサイコロを振ってくるか、それは一重にプーチンの腕の示しどころだ。(もっとも日米安保条約を解消すれば話は別の次元になるが。)

管理人様;いつも素晴らしい記事をありがとうございます。とても心配なのは素晴らしい記事に対する報酬が全くゼロということです。たいしたブログでもないのに堂々と毎月金をとる時代です。安価でも課金の方向がよいのではとおせっかいなことを考えてしまう最近です。

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