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2016年4月 5日 (火)

シリア: もう一つのパイプライン戦争

ロバート・F・ケネディ Jr.
2016年2月25日 12:29 pm

化石燃料産業のビジネス・モデルは、非常識な補助金と税金控除をかき集め、経費を外部化することで、毒物汚染と地球温暖化を含む深刻な環境負荷をひき起こしている。世界の石油中毒で、認識されていない代償の中には、海外での社会混乱、戦争、テロ、難民危機や、国外と国内での民主主義と公民権の喪失がある。

ISISの勃興に焦点を当てて、パリやサン・ベルナルディーノでの実に多くの無辜の命を奪った残虐さの源を探る際、宗教やイデオロギーという都合の良い説明を越えて、わが国内の軍国主義、帝国主義や石油の擁護者連中に、テロに対する非難を向けることになる、複雑な石油史という原因に焦点をあてると良いかも知れない。

アメリカ国民には良く知られていないが、シリアでは良く知られている、アメリカによるシリアへの暴力的介入のいかがわしい実績が、現在、ISISの挑戦に対処するためのアメリカ政府による有効な対応策を難しくしている暴力的なイスラム聖戦主義の肥沃な基盤を生んだのだ。アメリカ国民と政策決定者たちが、こうした過去を知らずにいる限り、さらなる介入は危機を悪化させるばかりになる可能性が高い。しかも我々の敵は、我々の無知を喜んでいる。

2015年12月8日にニューヨーク・タイムズが一面記事で報じた通り、ISIS政治指導部と戦略計画者は、経験から、連中の軍隊を志願兵で溢れさせ、節度を求める声を引き寄せ、アメリカに対するイスラム世界の統一をもたらすと分かっている、アメリカ軍事介入を挑発しようと画策している。

この力学を理解するには、シリアの視点、そして特に、現在の紛争の種から、歴史を見る必要がある。2003年のイラク占領が、今や「イスラム国」に変身したスンナ派蜂起をひき起こすずっと以前に、暴力的な聖戦主義を、CIAが冷戦の武器として育成し、アメリカ/シリア関係に、有毒な貨物という重荷を負わせたのだ。

1950年代、アイゼンハワー大統領とダレス兄弟は、中東を冷戦中立地帯のままにして、アラブ人にアラビアを支配させようというソ連の条約提案をはねつけた。逆に、彼らはアラブ民族主義に対し、秘密の戦争をしかけた。CIA長官アレン・ダレスは、特に、アラブの自治が石油利権を脅かすとして、共産主義と同一視したのだ。ソ連のマルクス主義に対する信頼できる対抗手段と見なしていた保守的な聖戦イデオロギーを抱く傀儡をひいきにし、サウジアラビア、ヨルダン、イラクとレバノンの暴君連中に、彼らは秘密のアメリカ軍事支援を湯水のように注ぎ込んだ。1957年9月、ホワイト・ハウスでの、CIA工作本部長フランク・ウィズナーとジョン・フォスター・ダレス国務長官との会議で、アイゼンハワーは機関に助言した。“‘聖戦’という側面を強調するため、できる限りあらゆることをすべきだ。”

CIAは、シリアでの積極的な干渉を機関設立からわずか一年後1949年に開始した。シリア人愛国者は、ナチスに宣戦を布告し、ビシー傀儡支配者を追い出して、アメリカ・モデルに基づく脆弱な世俗民主主義を作り上げた。ところが1949年3月、シリアの民主的に選ばれた大統領シュクリ-アル-クワトリが、サウジアラビアの油田を、シリア経由でレバノンの港と結ぶことを狙うアメリカのプロジェクト、トランス・アラビア・パイプライン承認をためらった。著書『CIA秘録』で、CIAの歴史家ティム・ワイナーは、報復として、CIAがクーデターを画策し、アル-クワトリを、CIAが自ら選んだ独裁者、フスニ・アル・ザイムという名の有罪判決を受けた詐欺師に置き換えたと語っている。アル・ザイムは議会を解散し、アメリカ・パイプラインを承認する前に、政権について14週間で国民によって退陣させられた。

新たに不安定化された国でのいくつかの反クーデター後、1955年、シリア国民は再度民主主義を試み、アル-クワトリと彼のバース党を再選した。アル-クワトリは依然冷戦中立主義者だったが、彼の打倒へのアメリカ関与に苦しめられ、今やソ連陣営側に傾いていた。この姿勢がダレスに“シリア・クーデターの機は熟した”と発言させるに至り、彼は二人のクーデター名人キム・ルーズベルトとロッキー・ストーンをダマスカスに送り込んだ。

二年前に、ルーズベルトとストーンは、モサデクが、巨大石油企業BPとイランの不平等な契約の条件を再交渉しようとした後、民主的に選ばれた ムハンマド・モサデク大統領に対し、イランで、クーデターを画策した。モサデクは、イラン4,000年の歴史で、選挙で選ばれた初めての指導者で、発展途上世界にとって人気のある民主主義のチャンピォンだった。モサデクは、BPとぐるになって動いていたイギリス諜報将校が企んだクーデターを発見した後、イギリス外交官全員を追放した。

ところが、モサデクは、彼らが正しく疑い、実際イギリスの陰謀に共謀していた、CIAも追放するようにという顧問たちの懇願に抵抗するという致命的な間違いをした。モサデクは、アメリカを、イランの新たな民主主義のお手本として理想化しており、そのような裏切りなど出来ないと思っていた。ダレスのいらだちにもかかわらず、トルーマン大統領は、CIAがモサデク打倒というイギリス犯罪に積極的に参加するのを禁じていた。

アイゼンハワーが1953年1月に政権を握ると、彼は即座にダレスを解き放った。“アジャックス作戦”で、モサデクを打倒した後、ストーンとルーズベルトは、アメリカ石油会社をひいきにするシャー レザ・パーレビーを据えつけたが、CIAが支援した、彼の20年間にわたる孔雀の玉座からの、自国民に対する残忍さが、最終的に、わが国の外交政策を35年間苦しめている、1979年のイスラム革命をひき起こすことになる。

イランでのアジャックス作戦“成功”で紅潮したストーンは、1956年4月、アル-クワトリの民主的に選ばれた世俗主義政権を打倒するため、イスラム戦士に武器を与えてあおり、シリア軍当局者や政治家を買収するための、300万シリア・ポンドを持って、ダマスカスに到着した。イラク、レバノンとヨルダンで、シリア・バース党に罪をなすりつけられるような“国家的陰謀や、様々な強引な”挑発をやってのけるため、ストーンはムスリム同胞団と協力して、シリアの諜報機関長官、参謀総長と共産党党首の暗殺を画策した。

CIAの計画は、シリア政府を不安定化し、政権が既にCIA支配下にあったイラクとヨルダンによる侵略のための口実を作り出すことだった。ルーズベルトは、CIAが新たに据えた傀儡政権は“まずは抑圧的な施策と恣意的な権力の行使に頼るだろう”と予想していた。

しかしそれほどのCIAの資金でも、シリア軍当局者買収には失敗した。兵士たちがCIA’買収工作を、バース党政権に報告した。これに応え、シリア軍がアメリカ大使館に侵入しストーンを捕虜にした。厳しい訊問の後、ストーンはテレビで、イラン・クーデターでの自分の役割と、シリアの正統な政府を打倒するCIAによる未遂の取り組みを告白した。

シリアは、ストーンと二人のアメリカ大使館職員を追放したが、アメリカ国務省外交官が、アラブの国から入国を禁じられた初めてのことだった。アイゼンハワーのホワイト・ハウスは、ストーンの自白を、うつろにも“でっちあげと中傷”と片づけ、この否認を、ニューヨーク・タイムズを先導に、アメリカ・マスコミは丸飲みし、アメリカ政府に対するモサデクの理想的な見方を共有するアメリカ国民がそれを信じた。

シリアは、アメリカに好意的なあらゆる政治家を追放し、反逆罪で処刑した。報復として、アメリカは第六艦隊を、地中海に移動し、戦争で威嚇し、シリアを侵略するよう、トルコをあおりたてた。トルコは、50,000人の軍隊をシリア国境に招集し、アメリカの介入に激怒しているアラブ連盟指導者連中の統一した反対でようやく退却した。

追放後でさえ、CIAは、シリアの民主的に選ばれたバース党政権を打倒するための秘密の取り組みを継続した。CIAは、イギリスのMI6と“自由シリア委員会”の立ち上げを画策し、“アメリカの陰謀”の暴露を支援した三人のシリア政府幹部を暗殺すべく、ムスリム同胞団に武器を与えた(マシュー・ジョーンズ著The ‘Preferred Plan’: The Anglo-American Working Group Report on Covert Action in Syria, 1957‘望ましい案’: シリアにおける秘密行動に関する英米作業部会報告書、1957年)。CIAの悪行が、シリアを更にアメリカから離れさせ、ロシアとエジプトとの長い同盟へと押しやったのだ。

第二次シリア・クーデター画策後、反米暴動が、レバノンから、アルジェリアまでの中東を揺さぶった。残響の中には、1958年7月14日、反米将校の新たな波に率いられ、イラクの親米支配者ヌーリー・アッ=サイードを打倒したクーデターがあった。クーデター指導部は、ヌーリー・アッ=サイードが、たんまり金をもらっていたCIA傀儡であったことを暴露する秘密政府文書を公表した。アメリカの背信に対して、新イラク政権は、ソ連外交官と経済顧問をイラクに招き、欧米に背を向けた。

イラクとシリアから疎んじられて、キム・ルーズベルトは中東から逃れ、公職中、そのため非常に良く働いた石油業界幹部として働いた。ルーズベルトによる、CIA支局長交代要員、ジェームズ・クリッチフィールドは、新イラク大統領に対し毒のハンカチを使って暗殺を試みたが未遂に終わった。五年後、CIAは最終的に、イラク大統領追放に成功し、バース党をイラクの権力の座につけた。

サダム・フセインという名のカリスマ的な若い殺人者は、CIAのバース党チームで突出した指導者の一人だった。サダム・フセインとともに政権を握ったバース党内務大臣、サイド・アブリシは、後に“我々は、CIAの列車にのって権力の座についた。”と語った。CIAは、サダムとその一党に、“成功を確実にするため、即座に殲滅すべき”連中の“殺人対象リスト”を提供したとアブリシは語っていた。

クリッチフィールドは後に、CIAが、本質的に“サダム・フセインを作り出した”ことを認めている。レーガン時代、CIAは、彼が対イラン戦争で、アメリカ政府から得た、毒性のマスタードや神経ガスや、炭疽菌を含む生物兵器を使用しているのを知りながら何十億ドルもの訓練、特殊部隊支援や、兵器や戦場諜報情報を、フセインに提供していた。

レーガンと彼のCIA長官、ビル・ケーシーは、サダムを、アメリカ石油業界にとって友人となる可能性がある、イラン・イスラム革命拡散に対する堅固な障壁と見なしていた。1983年のバグダッド訪問で、彼らの使者ドナルド・ラムズフェルドは、サダムに、握り手を真珠で飾った連発拳銃二丁と、化学/生物および通常兵器のメニューを寄贈した。同時に、CIAは違法に、イラン・コントラ・スキャンダルで有名になった犯罪で、サダムの敵-イランに、イラクと戦うため、何千もの対戦車と、対空ミサイルを提供していた。後に、双方の聖戦士の多くが、CIAが供給した兵器を、対アメリカに用いた。

アメリカが次の残虐な中東介入を考慮している中でさえ、大半のアメリカ国民は、これまでのCIAの大失敗に対する“ブローバック”が、現在の危機を作り上げるのを助長した色々な様相を知らないままだ。何十年にもわたるCIA不正行為の残響は、現在、各国の首都、モスクからマドラサ(学校)に至るまで、中東全体で、民主主義と、CIAがその全滅を促進した穏健派イスラム教徒が破壊された光景の上で、反響し続けている。

1956年7月、CIAの失敗したシリア・クーデターから二カ月もしない時期に、叔父の上院議員ジョン・F・ケネディが、アラブ世界における自己統治の権利と、アラブ諸国におけるアメリカ帝国主義者干渉の終わりを認める画期的な演説で、アイゼンハワーのホワイト・ハウスや、両二大政党の指導部や、ヨーロッパの同盟諸国を激怒させた。これまでの暮らしの中で、また特に頻繁な中東出張時、無数のアラブ人が懐かしそうに、彼らがアメリカに期待した理想主義の極めて明確な声明だといって、あの演説を私に思い出させてくれた

ケネディ演説は、わが国が大西洋憲章で擁護した高い価値観に、アメリカは再度確約するという呼びかけであり、第二次世界大戦後、全ての元のヨーロッパ植民地が自決の権利を有するという正式な誓約だ。FDRは、チャーチルや他の連合国指導者に大西洋憲章に署名するよう強要した 1941年 ファシズムに対するヨーロッパ戦争を、アメリカが支援するための前提条件として。

主に、アレン・ダレスとCIAのおかげで、その外交政策陰謀は、わが国が表明している政策とは直接相いれないことが多く、大西洋憲章が概説している理想主義的な進路は選ばれざる道だった。1957年、祖父のジョセフ・P・ケネディ大使は、中東におけるCIAの秘密の悪行調査を担当する秘密委員会の一員になった。彼が署名者だった、いわゆる“ブルース・ロヴェット報告書”は、ヨルダン、シリア、イラン、イラクとエジプトにおけるCIAのクーデター策謀は、全てがアラブの街頭では周知のことだったが 、額面通り、自国政府の否定を信じているアメリカ人には、事実上知られていないと述べている。

報告書は“現在、世界多くの国々で”当時不可解にも根付きつつあった蔓延する反アメリカ主義はCIAのせいだとしている。そのような介入は、アメリカの価値観と対極にあり、アメリカ国民が知らないうちに、アメリカの国際的指導力や、道徳的権威を損なっているとブルース・ロヴェット報告は指摘していた。もしどこかの外国政府がわが国の中で、そういうことを画策した場合、そのような介入にいかに対処するかをCIAは全く考えなかったと報告は指摘している。中東の民族主義者は“我々の自由ゆえに我々を憎んでいるのだ”という自己陶酔的言いぐさを連中が繰り返す際、ジョージ・W・ブッシュ、テッド・クルスや、マルコ・ルビオなどの他の介入主義者が見落としている残酷な歴史がこれだ。

シリアとイランのクーデターは、中東全体でアメリカの評判をおとしめ、皮肉にも我々が故意に育成したイスラム聖戦主義のための畑を耕すことになった。バッシャール・アル・アサドと彼の父親を含む、シリアやイランの一連の独裁者が、彼らの専制的支配、弾圧的戦術や、ロシアとの強力な同盟を必要とするのを口実にしたCIAの残虐なクーデターの歴史を誘発した。こうした話は、それゆえ、当然、アメリカ介入の話を、この歴史の文脈で解釈するシリアとイランの国民には良く知られている。

従順なアメリカ・マスコミは、わが国の軍隊のシリア反政府派支持は、純粋に人道的なものだとおうむ返しをしているが、多くのシリア人は、現在の危機を、パイプラインと地政学を巡る単なるもう一つの代理戦争と見なしている。慌てて紛争のことを考える前に、この視点を裏付ける豊富な事実を検討するのが賢明だろう。

パイプライン戦争

彼らの見方では、バッシャール・アサドに対する我々の戦争は、2011年、アラブの春の穏やかな市民的抗議行動で始まったわけではない。そうではなく、カタールが、サウジアラビア、ヨルダン、シリアとトルコを経由する100億ドル、1,500kmのパイプライン建設を提案した2000年に始まったのだ。

提案されたカタール-トルコ天然ガス・パイプラインの路線を辿る紫色の線と、赤で強調されている国々全てが、トルコが最終的に(エルドアンの政治的な動機によるPKKとの戦争のNATOによる黙認と引き換えに)アメリカがインジルリクからISIS標的に対する戦闘任務を発進させることに同意した後、慌ただしくまとめられた新たな連合のメンバーであることにご注意願いたい。紫の線沿いのどの国が、赤く強調されていないかにご注意願いたい。これはバッシャール・アル・アサドが、パイプラインを支持していないためで、今我々は、中東国家の独裁者でいて、アメリカとサウジアラビアが実現したい何かを支持しないことに決めると、一体何が起きるのかを目にしているのだ。(地図: ZeroHedge.com via MintPress News)

カタールは、世界で最も豊かな天然ガス埋蔵地の南パース/ノース・ドームガス田をイランと共有している。最近までの国際貿易禁輸で、イランがガスを海外に販売することを禁じたが、カタールのガスは、液化し、海上輸送しない限り、ヨーロッパ市場には送れず、量が制限され、劇的に高い経費がとなっている。

提案されているパイプラインは、カタールを、トルコ内の配給ターミナル経由で直接ヨーロッパ・エネルギー市場と直接結びつけるはずで、トルコも莫大な通過料を稼げるはずなのだ。カタール/トルコ パイプラインによって、ペルシャ湾岸スンナ派諸王国が、世界天然ガス市場において、決定的に優位となり、アラブ世界におけるアメリカの緊密な同盟国カタールを強化するはずなのだ。カタールは二つの巨大なアメリカ軍事基地と、アメリカ中央軍の中東司令部を受け入れている。

ガスの30パーセントをロシアから得ているEUは、同様に、加盟諸国に安いエネルギーが得られ、ウラジーミル・プーチンの息苦しい経済的・政治的影響力から解放されるはずのパイプラインが欲しくてたまらないのだ。二番目に大きなロシア・ガス購入国トルコは、特に古来のライバルへの依存を終わらせ、自らアジアの燃料をEU市場に送るうま味ある横断ハブになりたくてしかたがないのだ。カタール・パイプラインは、シーア派が多数派のシリア国内に足場を得られるサウジアラビアの保守的スンナ派王政にとっても恩恵があるはずだ。

サウジアラビアの地政学的目標は、王国の主要ライバル、シーア派国家で、バッシャール・アサドの緊密な同盟国であるイランの経済的、政治的権力を封じ込めることだ。サウジアラビア君主体制は、アメリカが支援するシーア派によるイラク占拠を、この地域大国にとって、降格と見なしており、イランが支援するフーシ派部族を、サウジアラビアが虐殺していることで浮き彫りにされたように、イエメンで、既にテヘランに対する代理戦争を行っている。

もちろん、70パーセントのガス輸出をヨーロッパに販売しているロシアは、カタール/トルコ・パイプラインを、存続を脅かす脅威と見なしている。プーチンの考えでは、カタール・パイプラインは、NATOの策謀 現状を変えて、ロシアから中東唯一の足場を奪い、ロシア経済を締めつけ、ヨーロッパ・エネルギー市場におけるロシアの影響力を終わらせる。2009年、アサドは“わが同盟国ロシアの権益を守るため”シリア国内を通過するパイプラインを認める協定への署名を拒否すると発表した

アサドは更にイランのガス田から、シリアを経由し、レバノンの港に至る、ロシアが承認した“イスラム・パイプライン”を支持して、湾岸のスンナ派王政国家を怒らせた。イスラム・パイプラインは、スンナ派のカタールではなく、シーア派のイランをヨーロッパ・エネルギー市場における主要供給者にして、中東と世界におけるテヘランの影響力を劇的に強化する。イスラエルも、イランとシリアを豊かにし、恐らくは彼らの手先のヒズボラとハマースを強化するイスラム・パイプラインを駄目にすると当然ながら固く決意している。

アメリカ、サウジアラビアとイスラエル諜報機関による秘密電報と報告書は、アサドが、カタール・パイプラインを拒否した瞬間、軍と諜報機関の立案者は、カタール/トルコ・ガス・リンクを完成するという共通の目的を実現するためには、シリアでのスンナ派反乱醸成が、非協力的なバッシャール・アサドを打倒するための実行可能な手段であることですぐさま合意に至ったことを示している。2009年、ウィキリークスによれば、バッシャール・アサドがカタール・パイプラインを拒否して間もなく、CIAはシリア国内の反政府集団に資金提供を開始した

バッシャール・アサド一家は、シーア派陣営と連帯していると広く見なされているイスラム教宗派のアラウィ派だ。“バッシャール・アサドは決して大統領になるはずではなかった”、 ジャーナリストのセイモア・ハーシュは言っている。“ 法定推定相続人の彼の兄が交通事故で亡くなった際、彼の父親が彼をロンドンの医学校から呼び戻したのだ。”

戦争が始まる前、ハーシュによれば、アサドは国の自由化に向かって動いていた-“彼らは、インターネットや新聞やATM装置を導入しており、アサドは西側に向かって動きたがっていた。9/11後、彼はお互いの敵と見なす聖戦主義過激派に関する何千もの貴重ファイルをCIAに手渡した。”

アサド政権は意図的に世俗的で、シリアは見事なほど多様な国だ。例えば、シリア政府と軍は80パーセントがスンナ派だ。アサドは、全国的に尊敬され、高給を得ている将校団によって忠誠心が確保されたアサド家に忠誠な強く規律ある軍と、冷酷なほど効率的な諜報機関と、残虐さへの嗜好によって、多様な国民間での和平を維持していたが、戦争前は、我々の現在の同盟諸国を含む他の中東指導者と比較すれば、むしろ穏健だった。

ハーシュによれば、“彼は確かに、毎水曜日、サウジアラビアがメッカでやっているように、斬首はしていなかった。”もう一人の練達のジャーナリスト、ボブ・パリーも、この評価に同調している。“この地域には誰一人腐敗していないものはいないが、拷問、大量殺りく、市民的自由や、テロ支援の領域においては、アサドの方がサウジアラビアよりずっとましだ。”

この政権が、エジプト、リビア、イエメンとチュニジアを破壊した無秩序状態になりかねないなどとは誰も思っていなかった。2011年春に、ダマスカスで、アサド政権による弾圧に反対する小規模で平和的なデモがあった。こうしたものは、主として、前夏ウイルス感染のようにアラブ連盟諸国全体に広がったアラブの春の残滓だった。ところが、ハフィントン・ポスト・イギリスは、シリアの抗議行動は、少なくとも部分的に、CIAによって画策されていたと報じた。ウィキリークス電報は、CIAが既にシリアに入り込んでいたことを示している。

しかし、スンナ派諸王国は、アメリカの遥かに深い関与を望んでいた。2013年9月4日、国務長官ジョン・ケリーが、議会聴聞会で、スンナ派諸王国が、バッシャール・アル・アサドを打倒するためのアメリカのシリア侵略の費用を負担すると申し出たと証言した。“実際、彼らの一部は、もしアメリカ合州国が、他の場所[イラク]で以前行った、あらゆることをやる用意があるのであれば彼らが費用を負担すると言った”と彼は述べた。ケリーは、イリアナ・ロス・レイティネン下院議員(共和党-フロリダ州27区)に、申し出について詳述した。“アラブ諸国のアサドを打倒するための[アメリカ侵略]の費用を負担するという申し出については、答えは、彼らは大いにそう言った。申し出はある。”

共和党からの圧力にもかかわらず、バラク・オバマは、パイプライン・コングロマリットのために傭兵として死ぬよう若いアメリカ人を雇うのに二の足を踏んでいた。共和党の、シリアへの地上部隊派兵やら、“穏健武装反抗勢力”にさらなる資金を注ぎ込むという
うるさい要求をオバマは賢明にも無視した。しかし2011年末には、共和党の圧力で、スンナ派同盟者がアメリカ政府を紛争に追い込んだ。

2011年、“シリアの友連合”を形成すべく、アメリカは、フランス、カタール、サウジアラビア、トルコとイギリスに加わったが、これは正式にアサド排除を要求するものだ。CIAが、イギリスT.V.局のバラダに、600万ドル提供し、アサド打倒を切望する番組を制作させた。ウィキリークスが公開したサウジアラビアの諜報文書は、2012年には、トルコ、カタールとサウジアラビアが、アサドのシーア派と連合する政権を打倒するため、シリア、イラクや他の国々からの過激聖戦スンナ派戦士に武器を与え、訓練し、資金提供していたことを示している。最も得るところの大きいカタールは、反政府派構築に30億ドル投資し、カタールのアメリカ軍基地で武装反抗勢力を訓練すべく、ペンタゴンを招いていた。アメリカ軍要員が、現地の反政府派に、兵站と諜報支援を行っていた。ロンドンのタイムズ紙は、2012年9月14日、CIAは聖戦士に、リビアの兵器庫から機関がトルコ経由ルートで、シリアに密輸していた対戦車と、対空ミサイルや他の兵器も与えていたと報じた。2014年4月のセイモア・ハーシュ記事によれば、CIAの兵器輸送経路は、トルコ、サウジアラビアとカタールから資金提供されていた。

地域の石油-化学資源支配を維持するため、シリアとイランの政権を弱体化すべく、スンナ派-シーア派内戦を助長するという考え方は、ペンタゴンの語彙の中では決して新しいものではない。2008年、ペンタゴンが資金を出した、のっぴきならないランド報告は、起きようとしていたことに対する正確な青写真を提案していた。この報告は、ペルシャ湾の石油とガス埋蔵は、アメリカ支配下に留まり続け、“長い戦争遂行深い関連を持った”“戦略的優先事項”だと見なしている。

ランドは“分割して統治”戦略を実施するために“秘密活動、情報作戦、非通常戦争”を用いるよう奨めている。“アメリカ合州国と現地の同盟諸国は、代理作戦を開始するために、民族主義聖戦士を利用することが可能であり”“アメリカ指導部は、イスラム教世界で、シーア派権限強化の動きに反対する保守スンナ派政権側について … 長らく敵対的なイランに反対する権威主義的スンナ派政府を支持することで、持続的なシーア派-スンナ派紛争の流れを充分に活用するのを選ぶこともできる。”

ウィキリークス電報は、2006年という早い時期から、イスラエル政府の熱心な主張に押されて、カタールとジプトと提携して イランを弱体化させるため、シリアでのスンナ派内戦をあおるようアメリカ国務省が、トルコに提案していたことを示している。秘密電報によれば、表明されていた狙いは、アサドに、シリアのスンナ派国民に対して残虐な弾圧をするよう駆り立てることだった。

予想された通り、外国が作り出した危機に対するアサドの過剰反応としてのスンナ派拠点への樽爆弾投下が一般市民を殺害し、シリアのシーア派/スンナ派分裂を激化させ、アメリカの政治家連中が、アメリカ国民に、パイプライン紛争が人道的戦争だという考え方を売り込むのを可能にさせた。2013年に、シリア軍のスンナ派兵士が脱走を始め、更に、シリアを不安定化するために、欧米連合は“自由シリア軍”に武器を与えた。マスコミが、自由シリア軍を団結したシリア穏健派大隊として描写するのは妄想だ。解体された部隊は何百もの自立した民兵集団に再編され、その大半が、最も献身的で、効果的な戦士である聖戦戦士によって命令を受けていたり、同盟したりしている。その頃には、アルカイダ・イラク(AQI)のスンナ派軍は、イラクから国境を越え、シリアへand自由シリア軍脱走兵の大隊と協力し、彼らの多くがアメリカによって訓練され、武装させられていた

独裁者アサドに対する穏健派アラブの反乱という支配的マスコミ報道にもかかわらず、アメリカ諜報機関の計画者連中は、そもそもの発端から、パイプライン戦争代理人が、おそらく、シリアとイラクのスンナ派地域から、自分たちの真新しいイスラム・カリフ国を切り分けることになる過激聖戦士であることを知っていたのだ。ISISの喉かき切り屋連中が、世界の部隊に登場する二年前、2012年8月12日アメリカ国防情報局(DIA)の7ページの右翼団体ジューディシアル・ウォッチが入手した研究が、アメリカ/スンナ派連合によって継続している、過激スンナ派聖戦士支援のおかげで、“サラフィー主義者、ムスリム同胞団とAQI(現在のISIS)がシリアの反政府派を動かしている主な原動力だ。”と警告した。

アメリカと湾岸諸国から資金供給を使って、これらの集団が、バッシャール・アサドに対する平和的な抗議を“明らかな宗派的(シーア派 対 スンナ派)の方向に向けた。”論文は紛争は、スンナ派“宗教・政治勢力”に支援された宗派内戦になると書いている。報告はシリア紛争は、“欧米、湾岸諸国とトルコが [アサド]反対派を支持し、ロシア、中国とイランは政権を支持している”地域資源支配を巡る世界戦争だと指摘している。

7ページ報告書のペンタゴン著者は、ISISカリフ国の予測される出現を是認しているように見える。

“もし状況が展開すれば、東シリア(ハサカとデリゾール)に、宣言した、あるいは宣言しないサラフィー主義国を樹立する可能性があり、そして、これは、シーア派拡張の戦略的最深部(イラクとイラン)とみなされているシリア政権を孤立させるため、反政府派を支援している諸国がまさに望んでいることだ。ペンタゴン報告は、この新しい国が、イラク国境を越え、モスルとラマディにまで広がり イラクとシリアの他のテロ組織と連合を通し“「イスラム国」を宣言する可能性があると警告している。”

もちろん、まさにこれが起きたのだ。ISISによって占領されたシリア地域が、カタール・パイプライン予定経路をびったり網羅しているのは偶然ではない。

ところが、2014年、我々のスンナ派代理連中は、首を切って、ヨーロッパに向けて百万人の難民追い出し、アメリカ人をぞっとさせた。2004年から、2008年まで、 FBIの統合テロ対策本部部長で、イラクで、FBIと、イラク国家警察と、アメリカ軍の調整役をつとめたティム・クレメンテは“敵の敵は友であるという考え方に基づく戦略は、目つぶしのようなものになりかねない”と述べている。“アフガニスタンで、ムジャヒディーンを訓練した際に、我々は同じ間違いをした。ロシアが去った瞬間、我々の友人と思った連中が、遺跡破壊や、女性の奴隷化や、内臓の切り取りや、我々への銃撃を始めた。”

ISISの“ジハディー・ジョン”が、捕虜をTVで殺害し始めた際、ホワイト・ハウスは、アサド排除を語るのを減らし、地域の安定をより多く語るよう姿勢を変えた。オバマ政権は、自らと、資金を提供している反政府派の間に距離を起き始めた。ホワイト・ハウスは我々の同盟諸国に非難の矛先を向けた。2014年10月3日、ジョー・バイデン副大統領は、ハーバード政治研究所のジョン・F・ケネディJr.フォーラムで“地域における我々の同盟諸国が、シリアにおける我々最大の問題”だと学生に語った。彼は、トルコ、サウジアラビアとUAEが“アサドを打倒すると固く決意しており”、彼らは “代理スンナ派-シーア派戦争”を始め、“何億ドルと、何万トンもの兵器を、ヌスラ戦線とアルカイダ聖戦士の注ぎこみ”-二つの集団は2014に合併し、ISISを形成したと説明した。

我々が信頼していた“友人たち”が、アメリカの狙い通りにしてくれると信頼できないのに、バイデンは怒っていたように見えた。“ISI[S] は我々の侵略から育ったイラク・アルカイダの直接の派生物だ”とオバマは発言した、自らをスンナ派反政府部隊と切り離して、“これは、意図しない結果の好例で、普通、撃つ前に、我々がしっかり狙うべきだという理由なのだ。”アメリカが新たに気づいた制限に対する蔑視を実証するかのように、我々の推定上の同盟国トルコが、アメリカの叱責への反撃として、おそらく、アサドを権力の座に残すであろう、ロシアとアメリカ間でのあり得る合意を駄目にするために我々のもう一つの推定上の同盟国ロシア戦闘機を撃墜した。

全中東で、アラブの指導者たちは、決まったようにアメリカがISISを生み出したと非難する。アメリカ・マスコミの視点にどっぷり漬かっている大半のアメリカ人にとっては、そのような非難は常軌を逸しているように思える。ところが多くのアラブ人にとっては、アメリカの関与の証拠は実に豊富なので、彼らは、ISIS育成におけるアメリカの役割は、意図的なものに違いないと結論付けている。2014年9月22日、ニューヨーク・タイムズによると、イラク人指導者、シーア派指導者ムクタダ・アル-サドルが、バグダッドの抗議デモ参加者に“CIAがISISを生み出した”と語った。イラク副首相バハー・アル・アラジが、アル-サドルの非難に同調した。“我々は誰がダーイシュを生み出したか知っている”“「イスラム国」は明らかに、アメリカ合州国が作ったもので、アメリカ合州国は「イスラム国」を口実に利用して、また介入しようとしている。”とイラク財務長官ハイダル・アル-アサディ、デジタル・ニューズに語った。

実際、ISIS戦士と司令官の多くは、CIAが30年間育ててきた聖戦士のイデオロギー的、組織的な後継者なのだ。1979年に、CIAは、ソ連と戦わせるべく、アフガニスタンで、ムジャヒディーンに武器を与え、訓練を開始した。ソ連撤退後、CIAのアフガニスタン・ムジャヒディンはタリバンとなり、オサマ・ビン・ラディンを含む外人戦士はアルカイダを作った。2004年、当時のイギリス外務大臣ロビン・クックは、庶民院で、アルカイダというのは、CIAが訓練し、武器を与えたアフガニスタン紛争中の聖戦士-ムジャヒディーン外人戦士と武器密輸業者についての膨大なCIAデータベースの、アラビア語で“データベース”を意味する名前をとったのだと説明した。

アメリカ侵略以前、サダム・フセインのイラクには、アルカイダは存在していなかった。ブッシュがサダムの世俗主義政府を破壊し、ブッシュの総督ポール・ブレマーによる途方もない運営失策が、実質的に、今やISISと称するスンナ派の軍を作り出したのだ。ブレマーは、シーア派を権力の座につけ、サダムの与党バース党を禁じ、政府と党幹部、閣僚から教師に至るまで、約700,000人の大半スンナ派の人々を解雇した。彼は更に、80パーセントがスンナ派であった、380,000人の軍隊を解体した。

ブレマーの行動が百万人のイラク・スンナ派から、地位、資産、富と権力を剥奪した。捨て身の、怒れる、教育のある、有能で訓練を受け、重武装した失うものをほとんど持たないスンナ派底辺層を残した。スンナ派レジスタンスに衝撃と畏怖を与えるため、CIAのエルサルバドル紛争から拷問や暗殺部隊を含む汚い戦争戦術を取り込むというペトレイアス大将の決断は、逆に、衝撃的なまでに残虐な宗派紛争の連鎖に火をつけ、あっと言う間に残虐行為はエスカレートしす、最終的に、スンナ派軍に特徴的な斬首を頂点とするに至った。スンナ派反政府派は、自らを、アルカイダ・イラク (AQI)と名付けた。

2011年から、アメリカの同盟諸国が、AQI戦士によるシリア侵略に資金提供した。2014年6月、シリアに入った後、AQIは名前をISISに変えた。ニューヨーカー誌によると、“ISIS は、多くはサダム・フセインの非宗教的なバース党員で、アメリカの刑務所で過激イスラム教徒に転向した、元イラク軍将校の委員会によって運営されている … 。”オバマがシリアに送った 5億ドルのアメリカ軍事支援は、こうした過激派聖戦士に恩恵を与える結果に終わったのはほぼ確実だ。2015年9月16日、懐疑的な上院軍事委員会の議員たちが聴聞したアメリカ中央軍司令官ロイド・オースチン大将は、ペンタゴンは、シリアで“穏健派”武装反抗勢力を訓練し、武器を与えるのに、5億ドル費やしたが、約束した5,000人ではなく、わずか“4人か5人の信頼できる穏健派戦士”しかいない。残りはどうやら逃亡したか、ISISに寝返ったと説明した。

イラク紛争とシリア紛争との不可解な違いは、自分たちの地域社会のために戦うべく国に残るのではなく、戦場を捨て、ヨーロッパへ向かう何百万人もの兵役世代の青年だと、ティム・クレメンテが私に言った。“これだけの手ごわい戦闘部隊があるのに、彼等全員逃げ去ったのです。一体どうして、何百万人もの兵役世代の青年が戦場から逃げ去るのか理解できません。イラクでは、勇敢さは痛ましいほどで、死ぬだろうと分かっていても、国を離れることを拒否した友人がいた。彼らは、これは私の国だ、留まって、戦う必要があるというのでした。”とクレメンテは言った。

シリアの穏健派の人々は、彼らの戦争ではない戦争から逃れているというのが明快な説明だ。彼らは単に、ロシアに支援されたアサドの独裁政治という金床と、競合するパイプラインを巡る世界的な戦いの中、連中を操作する上で、アメリカが加担していた、悪質な聖戦主義スンナ派という金づちの間で、押しつぶされることから逃れがたっているのだ。ワシントンかモスクワが、彼らの国のために作り出した青写真を広く奉じないといって、シリア国民を非難することはできない。超大国は、穏健シリア人たちが、そのために戦うことを考えるような理想的な未来のための選択肢を残しておいてくれない。そして、誰もパイプラインのために死にたくはないのだ。

答えは一体何だろう? もし我々の目標が、中東における長期的和平、アラブ諸国による自治と国内での国家安全保障であるなら、我々は地域へのあらゆる新たな介入を、歴史的な視点と、歴史の教訓を学ぼうという強い意欲で行うべきだ。アメリカ人はこの紛争の歴史的、政治的文脈を理解して初めて、わが国指導部の決定に対する適切な精査が出来るようになる。

サダム・フセインに対する、わが国の2003年の戦争を支持したのと同じ画像や言葉を用いて、わが国の政治指導者連中は、アメリカ国民に、我々のシリア介入は、独裁、テロ、宗教的狂信に対する理想主義的戦争だと信じ込ませようとした。現在の危機を、パイプラインと地政学を巡るいつもの策謀の回帰と見なすこれらアラブ人の見解を、単なる不信感として我々は見落としがちだ。しかし、もし効果的な外交政策を持ちたいのであれば、我々は、シリア紛争が、中東で、アメリカが65年間戦ってきている、秘密で布告のない無数の石油戦争と見分けがつかない資源支配を巡る戦争であることを認めねばならない。我々がこの紛争を、パイプラインを巡る代理戦争と見なして初めて、事態が理解可能になる。

これこそが、一体なぜ連邦議会の共和党とオバマ政権が、地域の安定ではなく、政権転覆に依然固執しているのか、一体なぜオバマ政権が、戦争で戦うシリア穏健派を見つけ出すことが出来ないのか、一体なぜISISがロシア旅客機を爆破し、一体なぜサウジアラビアが有力なシーア派指導者を処刑し、在テヘランの大使館が炎上される羽目になったのか、一体なぜロシアがISIS戦士でない人々を爆撃し、一体なぜトルコがロシア戦闘機を撃墜するに至ったかを説明できる唯一の枠組みだ。今ヨーロッパに殺到している何百万人もの難民は、パイプライン戦争や、CIAのしくじりからの難民だ。

クレメンテは、ISISを、歩兵を動機づける革命イデオロギーを持ったコロンビアのFARC-麻薬カルテルになぞらえている。“ISISを、石油カルテルとして考える必要があります”とクレメンテは言った。“結局、金こそが支配原理です。宗教イデオロギーは、兵士たちに、石油カルテルのために命を捧げるよう動機付けするための手段です。”

この紛争から人道的な上面をはぎ取って、シリア紛争は石油戦争なのだとさえ認識すれば、アメリカの外交政策戦略は明らかになる。逆に、我々の最優先事項は、これまで誰もあげていないものにするべきなのだ-アメリカが、エネルギーの点で、より自立するにつれ、益実現性のある目標となりつつあるのだが、我々は中東石油中毒を絶つ必要がある。次に、中東における軍事的存在感を劇的に弱め、アラブ人にアラビアを運用させることが必要だ。人道的支援や、イスラエル国境の安全保障以外に、この紛争におけるアメリカの正当な役割はあり得ない。事実が、危機を生み出す上で、アメリカが役割を演じたことを証明しており、我々にはそれを解決する力がほとんどないことは歴史が示している。

歴史を熟考すれば、第二次世界大戦以来、わが国による、中東における、あらゆる暴力的介入が、事実上、惨めな失敗に終わっている一貫性は驚くべきものだ。CIAと軍の冒険の長いリストのそれぞれが、国家財政上、大変な経費となり、国内の自由や、海外でのアメリカの道徳的権威、わが国の国家安全保障を損なった。あらゆる暴力的介入は、記憶にのこる、いかなる例外もなしに、アメリカが解決しようとして介入したいかなる問題よりも、わが国とって遥かに経費のかかる壊滅的ブローバックに終わった。わが国の悪行は、中東の暮らしを良くしてもいなければ、アメリカをより安全にしてもいない。

1997年のアメリカ国防省報告書は“データは、アメリカの海外における関与と、アメリカに対するテロ攻撃の増加”との強い相関関係を示していることを見出した。我々が“対テロ戦争”と呼んでいるものは、実際は一種の石油戦争に過ぎないとう事実に直面しよう。石油業者のチェイニーが、2001年に“長い戦争”を宣言して以来、海外での3つの戦争と、国内での国家安全保障好戦国家建設に6兆ドルも我々は浪費した。唯一の勝者は、歴史的な収益を懐に入れた軍事産業と石油会社のみだ。我々は、我々の価値観を傷つけ、我々自身の若者を虐殺し、何十万人もの無辜の人々を殺害し、我々の理想主義を破壊し、無益で金ばかりかかる海外での冒険で国家財政を浪費した。我々は、その過程で、かつては世界にとって自由の希望の光であったアメリカを、安全保障監視国家、国際的な道徳上ののけものに変えてしまったのだ。

アメリカ建国の始祖たちは、アメリカ国民に、常備軍や、外国の紛争に巻き込まれることや、ジョン・アダムズの言葉では“破壊するための怪物を探しに外国にでかけること”に対し警告していた。こうした賢人たちは、海外での帝国主義が、国内の民主主義と公民権とは両立しないことを理解していた。彼らは、アメリカが“丘の上に輝く町”世界にとっての民主主義の模範であるよう願っていた。

大西洋憲章は、各国民は自決権を持つべきだという重要なアメリカの理想を反映していた。ダレス兄弟、チェイニーの一派、ネオコンや御同類が、過去数十年間にわたって、アメリカ理想主義の基本原則を乗っ取り、大企業の商業権益、特に石油会社と、これら紛争のおかげで文字通り大儲けした軍事産業のために役立てるべく、軍と諜報機関を派遣した。アメリカ国民は、アメリカをこの新帝国主義から離別させ、理想主義と民主主義への道に引き戻すべき頃合いなのだ。我々は、アラブ人にアラビアを統治させ、我々のエネルギーを自国の国づくりという偉大な試みに向けるべきだ。シリア侵略によってではなく、我々の破滅的石油中毒を終わらせることによって、この過程を始める必要がある。

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Warren Buffett Wages Quiet War on Solar in the West

記事原文のurl:http://ecowatch.com/2016/02/25/robert-kennedy-jr-syria-pipeline-war/ 
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大本営広報部紙媒体をやめ、電気洗脳箱、惰性で歌謡番組だけ見るのでストレス軽減。
IWJの記事、映像報道で、必要な情報は充分に得られる。

原発再稼働反対、戦争法案反対、国会前に、反対の意思を表明をする方が驚くほど集まられた。当然だ。

「TPP反対」運動で国会周辺が包囲された話はきいたことがない。余りに不思議な話。原発事故、あるいは、発生した廃棄燃料で被害を受ける人々の人数、侵略戦争で戦地に派遣される方々の係累が集うのは当然だ。しかし、その対象者は、必ずしも、即座に日本人全員、そしてその末裔とは言えないかもしれない。ところが、TPPという画期的売国条約、今生きている日本人全員、そして未来永劫の子孫が、アメリカ巨大企業の植民地状態に甘んじる条約。一番深刻な法制に反対する声が極端に少ない。日本人が阿呆なのだ、とは思いたくない。客観的な理由は、大本営広報部、いわゆるマスコミがこの稀代の売国法案の危険さについて全く報じないためだ。報じる場合は、ありもしない利点だけ。小選挙区制度導入を声高に主張した全マスコミ、あの時点で見限ったものとして、いまさらまともな報道するとは期待しない。

彼の正論、大本営広報部では報じられることはあるまい。小生の父親が戦争に駆り出された時代、反抗などありえなほど、支配権力も、報道もとんでもない状態だったろうと、長じて理解した。残念ながら、今の日本、実質的に当時と全く変わらない。こういう地獄への道を舗装・推進するのが大本営広報部のお仕事。

Eric Zuesse氏が彼の記事『トルコ経由で、ISISに補給しているアメリカ』で推奨されたものの遅ればせの翻訳。実に長大ゆえ、元サイトでは4部に区切られている。
ただ、いかに素晴らしい文章にも欠陥があると、Eric Zuesse氏はさすがに指摘しておられる。合わせてお読み願いたい。

傀儡国家の名家政治家といわれる買弁諸氏を見ると、有名なこの言葉を思いだす。

貴方は豪勢な殿様というところから、御自分では偉い人間だと思っていらっしゃる!貴族、財産、勲章、位階、それやこれで鼻高々と!だが、それほどの宝を獲られるにつけて、貴方はそもそも何をなされた?生まれるだけの手間をかけた、ただそれだけじゃありませんか。

ボオマルシェ著・辰野隆訳『フィガロの結婚』(岩波文庫)

「高貴な家系」と称する買弁傀儡連中が庶民を地獄に送り込みつつある今、宗主国の「高貴な家系」の人が、驚くほどまともなことを言っておられるのに感動。ご健闘を祈るばかり。

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