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2015年9月19日 (土)

ユンケル難民割り当て: バルト諸国のための鎮魂曲

Vladimit NESTEROV
2015年9月17日| 00:26
Strategic Culture Foundation

EUの厳格な基準下で、バルト諸国経済のいくつかの部門が、まな板に載せられた。EUによって競争力がないと見なされた大半の工場は、閉鎖するか、転換するかさせられた。ラトビアで間引かれた産業のリストには、例えば、漁業や、水産加工、繊維、履物や、エレクトロニクスがある。製糖産業も完全に破壊された。

そして今、経済制裁政策と、更にロシアの対抗策が、バルト諸国の経済的苦境を悪化させている。例えば、バルティック・ニューズ・サービスは、2015年1月と7月の間で、リトアニアのロシアへの製品輸出は2014年の同時期より54.7%減ったと報じている。リトアニアの牛乳と乳製品輸出は94.2%減少し、今年は、肉も肉製品もロシアに全く輸出されていない。リトアニア財務相はロシア市場の代わりになるものを見つけ損ねたと述べた。更にこう言えるだろう。輸出は下落し続けると。

失業が増大した結果、特に若者世代で大量の人口流出が生じた。ラトビアとリトアニアは 人口のおよそ20%を失った。エストニアの人口は5.5%減った。

ある時点まで、(リトアニアを除き)これまで、決して本当の主権を享受したことのなかったこれらバルト諸国の国民は、今や“ヨーロッパ諸国という偉大な一家”の本当の一員なのだという気持ちが安らぐ考えにしがみつくことで、こうした全ての犠牲を、何とか精神的に正当化することができていた。EU内で、彼らは“平等な中の平等”に思えたのだ。“文明社会”と“攻撃的で野蛮なロシア”との間の戦いで、前線に立つ、自分たちの新たな英雄的任務という、アメリカ化された自覚に、彼らは勇気づけられたのだ。 同時に、自由を愛するバルト諸国民に対し、モスクワの植民地というくびきをいかにして復活させるか以外のことを考えていない、“非市民”ロシアという“内部の敵”に対する撲滅運動で彼らは鼓舞されたのだ。

だが、ひとたび、大陸西部が難民の波にのまれてしまうと、ヨーロッパの外れのこうした国々の住民の態度は臨界点に達した。こうした国々に移民を割り当てられ、バルト諸国での難民問題が出現した。望もうと、望むまいと、彼らはやってきたのだ。

当初、数値は十分、控えめなものに見えた。7月、リガの当局が 250人の移民を受け入れる用意があることを示し、タリンは84人から156人、そしてビリニュスは、極少数を、50人から60人の間を受け入れるはずだった。

だが、9月になると欧州委員会の雰囲気は変わった。7月に ECは、28の国々で分担して、EUで40,000人の難民を受け入れることに同意したが、今やジャン=クロード・ユンケルは、その数値を四倍にするよう主張している。バルト諸国という“若いヨーロッパ”への割り当ても改訂された。今やラトビアは776人の難民を、リトアニアは1,105人、そしてエストニアは523人を受け入れなければならない。ブリュッセルは既に、警告で強権をふりかざしている。EU加盟諸国への割り当ては義務的なものであり、移民受け入れを拒否する国はどこであれ経済制裁を課されることになると、ユンケルは発言した。

そして、その時、それははじまった...

欧州議会議員で、元エストニア外務大臣のクリスティーテ・オユランドは、欧州連合が主張する“非差別に関するたわごと”を批判し、“白人に対する脅威”を主張した。ラトビア社会では、アフリカ人とロシア人、一体どちらがよりひどいかという論争がはじまった。元ラトビア国防相で、やはり欧州議会議員のアルティス・パブリクスは、ラトビアは、ロシア人によって、暴力的に植民地化された際に、大いに苦しんだのだから、アフリカ人を受け入れることはできないと説明した。

バルト諸国は民族主義者の抗議行動に悩まされている。エストニアの村ヴァオにある受け入れ施設にたどり着いた難民は、何百人ものバイク乗りや、ノルウェー人大量殺人犯アンネシュ・ブレイビクの顔がプリントされたTシャツを着た誇り高いエストニア人が集まる現地住民オートバイ抗議集会に出くわした。幾つかの村では、難民受け入れセンター自体が放火された。

ユンケルの割り当ては、ひたすら下降するだけの長いはしごの第一歩にすぎない。こうしたエストニア、ラトビア、リトアニアという“若いヨーロッパ”は、“大西洋の団結”のための、そして中東破壊のための、アメリカの軍事的冒険においても、彼らなり責任をも引き受けさせられることになろう。

彼らは、ロシアのことを、ヨーロッパにおける、アジア人侵入者と思っていた。しかし今、彼らは、まさに自分たちの暮らす場所で、アフリカに加え、アジアを、つくづく経験させられることになった。

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2015/09/17/junckers-quotas-requiem-for-baltics.html
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国会前の戦争法案反対集会で、金子勝教授、9月18日という日付の重みに触れた。その日に、戦争法案採決を強行しているのだと。

Wikipediaの一部を略して流用すると、こうだ。

1931年9月18日、満州奉天(現在の瀋陽市)近郊の柳条湖付近で、日本の所有する南満州鉄道(満鉄)の線路が爆破された。関東軍はこれを中国軍による犯行と発表することで、満州における軍事展開およびその占領の口実として利用した。

本質がそうなので9/18と関連づけられるのがいやなのだ。採決、9/19未明にするようだ。

歴史、そっくり繰り返すことはない。多少変更して繰り返す。前回は自国軍部の暴走。今回は、宗主国に命令された傀儡政権と軍部の暴走。前回の戦争、宗主国に負けて、終わったのだが、今度は宗主国に命じられて参戦するので、宗主国滅亡まで泥沼が続く永久戦争。

戦争法案反対集会から抜け、帰路、公共テレビ放送ニュースをラジオで聞いた。まさに大本営広報部。何度も書く。強制課金され、洗脳放送を聞かされるのは理不尽。とんとんとんからりと隣組、回してください回覧板。某民放、あの近代日本政治史学者先生が相手では、本格的議論期待すべくもない。両方の共通点は、戦争法案反対集会参加者が言う、「参院選で、賛成議員を落とす」様なことはなかなかありえまい、としっかり水をかけるところ。「あきらめろ」というメッセージ。

NEWS 23で、元最高裁判事浜田氏、「これで反対運動がすぐ鎮静化することはない。与党はしっぺ返しを食らう。」という趣旨のコメント。そうありたいものだ。岸井成格氏の「日本の土台を破壊!」には座布団をさしあげたい。

戦争法案反対集会で、中野教授、強烈な反対の意思を語った後?「SEALDsの真似をして、ひざをまげて、コールをしたため、今日は膝ががくがく。若い人は無理をしても良いだろうが、中高年は体にきをつけて、無理のないように」

作家、大学教授の島田雅彦氏、「これからがとても長いのです。体を大切に」

お隣に立っていた方、関西から時間が空いたのを利用して二日参加しに来たといわれた。偉いものだ。途中で電車の都合でお帰りになった。地下鉄の駅に向かってあるいていると、逆に、国会前に向かう方々の姿を多数見受けた。夕方、向かうときには、帰る方をみかけた。公式発表の有無や、警察発表はともあれ、合計すれば相当な人数であることは確実。抗議行動の時間の長さも。

タイミング良く、事件がおきる。政府が陰険な法案を通すときは、必ずどうでも良い事件も含め、注意がそれる話題の洪水になる。そのための大本営。

現在は、6人殺害事件の執拗な報道。埼玉県警から逃げて実行した悪辣な犯行。国会前には驚くほどの機動隊員を連日配備できるが、犯罪対策や、連日、空き巣狙いが起きるという被災地警備に向ける人手はないのかも知れない。容疑者の兄、17人を殺害した殺人犯。弟は、悪辣さでは、兄に遠くおよばなかった。首相は、国民の幸福に反する政治の罪深さで、祖父をはるかに上回る悪辣さを発揮中。祖父は安保改訂実現後退陣。孫は戦争法案を成立させた後も、日本現代史最悪の政治を続行する。日本の劣化は深い。

SEALDsの皆さん、アメリカ語がお好きなようだ。宗主国特殊部隊そっくりな名からして。

Tell me what democracy looks like!
日本語で済むだろう。民主主義って何だ?これだ。This is what democracy looks like! 宗主国大使館前で抗議デモをする場合には最適な表現の一つかも知れない。

¡No pasarán! ノ・パサラン 「奴らを通すな!」アメリカ語で、They shall not pass.

スペイン内戦、マドリッド包囲戦でのドロレス・イバルリの演説で有名。 個人的には、良い言葉だと思うが、初歩スペイン語をご存じなければ、良い意味も通じないのでは、もったいないきがする。

国会前の機動隊厳重警備をみると、¡No pasarán! 「奴らを通すな!」は彼らのスローガン。

これに対し「我々は通った!」と言いたいものだが、実際のスペイン語Hemos pasado、マドリッド陥落時、ファシストのフランコが、このスローガンを意識して言ったとされる。

この記事を読むと、宗主国、この国だけでなく、近寄る属国の庶民をことごとくむさぼり食うようだ。バルト海であれ、太平洋対岸であれ。

TPPによる理不尽な関税破壊の下、日本の様々の部門が、まな板に載せられる。経済原理によって競争力がないと見なされた大半の工場は、閉鎖するか、転換するかさせられる。間引かれる産業のリストには、例えば、農業や、畜産や、漁業や、保険、医療、教育、水道等の公営事業があるだろう。製糖産業も完全に破壊されるだろう。

戦争法案は、ひたすら下降するだけの長いはしごの第一歩にすぎない。こうした“長い歴史をもつ日本”は、“太平洋大基軸”のための、そして中東破壊のための、アメリカの軍事的冒険においても、日本なりの責任をも引き受けさせられることになろう。

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コメント

久々にコメントします。
メタボ・カモ様のコメントにもあった「参議院選で賛成議員を落とす」という言動。今このときは有効なのでしょうけど、いざ其の時が来たら上手く行かないだろうと感じますし、その認識はしばらく有効なのだろうと思います。つまり離れて見れば、それはガス抜きの一種であり、それを口外する者のカタルシスに(しか)なっているとそう思うのです。
そう思う根拠はただ一つ、それは「日本国民が忘れっぽい」ということ。戦争の記憶を語り継ぐと言う事は大変意義のある事であり、毎年あの夏が来る度に掘り起こされ、戦争の悲惨さやその非人間性を伝えられます。でも、夏のあの時期を通り過ぎると健忘症に陥ったかのような静寂がマスメディアはおろか我々も包み込み、かの追憶は賞味期限が切れた夏野菜のような様相を呈し、スーパーの店頭から消えてしまうような情景が毎年、そう毎年繰り返しているのです。
一方、欧米の知識層・支配者層は執念深いと感じます。まず裏切り者はいつまでも報復の機会を待ちつつ必ず遂行しようとします。かのウォルフォウィッツ・ドクトリンが現代においても有効と思わせる程、世界の情勢に対し大きく影響を及ぼしていると言う指摘が成されていることも、そう感じさせる一つです。

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安保法案(アベノ戦争法案)は自公政権の下、 19日未明に参議院も通され成立する事になってしまった。 色々ないかさまが駆使されたとの噂であったが・・・・・ 本来ならば9月18日深夜に裁決できたのに、安倍政権は敢えて夜半過ぎの19日に裁決したそうである。 9月18日という日は、日本人にとって忌まわしい過去を象徴する日であった。 1931年9月18日、満州奉天(現在の瀋陽市)近郊...... [続きを読む]

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