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2015年9月 3日 (木)

永遠の捕虜? 写真家が語る、アフガニスタンから帰還しなかったソ連軍兵士達の物語

公開日時: 2015年9月2日 01:10
編集日時: 2015年9月2日 01:34

RT


©アレクセイ・ニコラエフ

25年以上前のアフガニスタン戦争で捕虜になった何十人ものソ連軍兵士は決して帰国しなかった。著書‘永遠の捕虜’の為、元兵士達のインタビューで、一カ月過ごした写真家アレクセイ・ニコラエフは、RTに、アフガニスタン社会への彼らの同化について語った。

1989年のソ連軍撤退まで十年も続いたアフガニスタン戦争に、何十万人ものソ連軍兵士が加わった。戦闘でムジャヒディンに捕獲された何十人もの人々は、最終的に帰国し損ね、アフガニスタン社会に同化した。

帰国しなかった人々の人数に関する数値は色々だ。公式統計によると、417人の行方不明者のうち、130人はソ連崩壊前に釈放され、約100人が死亡し、8人はムジャヒディーンに徴兵され、21人は亡命したと、ニコラエフは、ブログ、タキ・デラに書いている。

“何十人もの兵士達の運命は不明のままです”と彼は言う。“つまり、アフガニスタンは、我々にとって、ホットスポットのままなのです”。

ニコラエフは、‘永遠の捕虜’という彼の写真プロジェクトの為、元捕虜ソ連兵達への、インタビューに一カ月費やした。多くの元ソ連軍兵士達が、アフガニスタンで、人生を再建したことを彼は知った。多くがイスラム教に改宗し、結婚し、家庭を持ったのだ。

“私のプロジェクトの各人が、違う道を辿っていました”と、彼はRTのロマン・コサレフに語った。“私の全体的な印象では、アフガニスタンに残った人々で、いまでも元気な人々は、定着していて、帰国した人々より、良い生活をし、自信を持っています。帰国した人々は、いわば宙ぶらりん状態のように見えるのです。彼等は国を出た後、[帰国した際]完全には溶け込めませんでした。”

彼のプロジェクト登場人物の一人はセルゲイ・クランソピヨーロフで、同化した後、ヌールモマドと改名した。


©アレクセイ・ニコラエフ

“彼等が私を捕虜にした際、指導者は他の州での戦闘に参加していました。そして、その戦争が終わった時に、彼がやってきて、私に言いました。‘もしこの男が、自分でここに来たのなら、彼にも立ち去る権利があるのだから手枷足枷をかけたり、監視したりするな。’しかし、もし私が原隊に復帰しようとすれば、誰かが途中で私を殺したでしょう”幼い娘の横に座って語った。

“三、四ヶ月は、アフガニスタンの言葉を話せなませんでしたが、四カ月後には話せるようになりました。まあ、少なくとも、彼等が言っていることが理解でき、彼等も私が言うことを理解できたのです。”

シェイク・アブドゥッラーという名前で、現在北西アフガニスタン、ヘラートに暮らしている別の元ソ連兵士がいる。彼は、戦争中、頭を負傷し、以後、部分的に記憶喪失し、日時と出来事を結びつけるのに混乱するようになった。

“私は18歳で[軍]に入隊し、真っ直ぐ、アフガニスタンに来ました。”と旧名ハキム・バフレトディノフという、ウズベキスタン出身者のアブドゥッラーは言った。“私はカンダハルとヘラートで二年間服務し、それからシンダンドで一年暮らしました。そこで私は負傷したのです。頭に弾が命中したのです。目を開けると、私は荒れ果てた木造の家にいました。子供達と、一人の女性が回りにいて、二人の現地人医師が私の血をぬぐっていたのを覚えています。自動車がなかったので、彼等は馬を見つけて、私を二人のフランス人医師のところに送りました。私は、最初、彼等は私を殺すか、刑務所に送るだろうと思いました。けれど、二カ月後、私はイスラム教に改宗しました。”

残って、溶け込んだ人々を含めて、ロシア人に対する、大半のアフガニスタン人の態度は肯定的だと、ニコラエフは、RTに語った。ソ連軍に服務して、軍事行動に参加した兵士達に対してもだと、彼は言った。

“アフガニスタン人は、アフガニスタンに道路や病院を作ったのがソ連国民だったことを良く覚えています”と彼は語った。


アレクセイ・ニコラエフ

“[ソ連軍兵士]が、アフガニスタン人を敵として見ていたり、その逆だったりしたわけではないと思います。歴史的にアフガニスタン人は、非常に長期間、戦っていました。1980年代に、ソ連がアフガニスタンに入る前にも、他の軍隊がいたのです。”

“ソ連が去った後、アフガニスタンに他の軍隊が現れました”彼は言った。“ここでは、いつも戦争があるのです。”

著書‘永遠の捕虜’の刊行を目指して、ニコラエフは、クラウド・ファンディング・キャンペーンを始め、目標の17,000ユーロ(19,200ドル)に対し、約3,500ユーロ(3950ドル)を集めたが、余すところ、あと一カ月だ。

記事原文のurl:http://www.rt.com/news/314047-soviet-soldiers-captive-afghanistan/
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語っているビデオを見ていて『コーカサスの虜』を再度見たくなった。
トルストイ原作の映画化。ただし舞台は、アフガニスタンではなく、チェチェン。
トルストイの『ハジ・ムラート』も再読したくなった。

昨夜のTBS、NEWS23には驚いた。国会質問でも話題になった第三次ナイ・アーミテージ・レポートのご本人、アーミテージ・インタビュー。

http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye2578365.html

もし、テレビのリモコンに、「募金ボタン」があったら、押しているところ。

「アメリカが日本と交渉すると、常に憲法9条が障害になる。」
「憲法は、解釈改憲できると思う。」
とおっしゃった。
傀儡連中が、彼のご指導に忠実に動いているのは明白。

オリンピック・エンブレムのコピー問題どころではない。
戦争法案、文字通り、宗主国ジャパン・ハンドラー様によるご指示のコピー。

視聴料を強制徴集し、洗脳放送を押しつける公共放送が、どのような歪曲報道をして下さっているのかは、あるいは、この件を報じたのかは、最近「洗脳ニュース番組」見ないので、まったくわからない。

ぜひ彼のレポートというより、属国国政指示書をお読み願いたい。

(再掲)2013/02/03 【IWJブログ】CSIS「第3次アーミテージレポート」全文翻訳掲載

岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

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コメント

               属国・奴隷根性とコビペ文化

  南東アジアを転々とすると,ペンソニックとかSonnyとか言った日本の企業を思わせる会社名をしばしば見かける。製品は日本製より少し安いが,修理・買い換えが早い。小生の使っている2㍑湯沸かし器などは3回目の買い換えであるとしても,中国系の方の命名術には感心する。
  もちろん中国大陸も負けてはいない。有人宇宙船の名前の一つが「神舟」であり,神州不滅というときの神州と発音が同じだという。日本をからかったのか,日本が中国で「神の麗しの国」という意味の「神州」をまねたのか,小生には分からないが,面白い命名術である。

 ところで岩上氏のIWJによれば,山本太郎参議院議員が『日本政府の「属国タブ-」を追及!原発再稼働、TPP、秘密保護法、集団的自衛権…安倍政権の政策は「第3次ア-ミテ-ジレポ-ト」の「完全コピ-だ」』と首相や防衛大臣を問い詰めたそうだ。
  両大臣の答えは「重なる部分もある」だったが,ほとんど重なっているので,太郎氏に賛成する。問題は,宗主国の言いなりになる奴隷根性である。自ら何かを計画して,その枠内で何かをしていこうとする精神が欠如していることである(但し例外はカンボジア和平で,日本人役人にしては珍しく自主性・計画性のある方がいらしたものだ)。

  思えば,1971年の米中接近。72年の国交回復。宗主国からその報せを受けた順番は同盟国中19番目である。イラク侵攻の時も連絡を受けたのもやはり19番目。要するに外務省や小泉政府の片思いは歴然としている。切れ目なく嘘を吐く首相が米議会で演説して両思いになったかどうかは分からない。

  さて話は戻るが,宗主国の言いなりになる「奴隷根性」はいかにして歴代日本政府に芽生えたのか。歴代とは明治政府以降の話なのか,ベルリンの壁が崩れた後の話なのか,それとも第一次アミテ-ジ報告以降の話なのか。
 そこで思い出したのが加藤周一の「座頭市」論である;
  ・・・・・座頭市は幕末の盲人で居合抜きの名人である。彼は遠くの敵の動きを見ることができない。情勢の来たるべき変化を予知できないから,安全保障の計画を立てることはできない。しかし敵が身近に迫れば,電光石火,仕込み杖から刀を抜き,忽ち敵を切り倒す。ニクソン-キッシンジャ-の米中接近の後,田中角栄の反応は素早かった。彼の中国承認は座頭市の仕込み杖に似ている。戦後の日本外交は座頭市型であった(『日本文化における時間と空間』,岩波書店,2010)。・・・・・

  読み替えは簡単であろう。みずから「安全保障の計画を立てることはできない」からナイ・アミテ-ジのような計画(報告)書に従わざるを得ない。そこで宗主国アメリカ様から与えられれば,金科玉条,後生大事(奴隷根性)に奉り,忽ち計画書をコビペし,安保法制11法案を作成し,電光石火,国会を通過させるようにする。国民の理解は得られていないが,衆院で強引に成立を図った仕込み杖の裁きは見事であった???
  しかしその結果,日本の属国・奴隷根性からは北極圏の重要性は見えてこないし,ペンタゴンが,「北極圏軍事インフラ開発の点で、ロシアを現在世界で最も進んだ国として評価(上記翻訳)」したような評価も出てこない。 

追記: 防衛・外交以外で非座頭市型の,計画性ある構想を提出したのは,宮沢喜一元大蔵大臣であろう。いやゆるアジア通貨基金。
  宗主国の反対にあって潰されたが,そもそも日本の伝統に反する計画・構想なので日本の役人に不人気であったのであろう。そこから中国主導のアジア投資インフラ銀行AIIB「不参加」まで遠くない。IMF・世銀体制により沿っていれば,日本は万事うまくいく???

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