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2015年8月31日 (月)

グラディオはヨーロッパで復活したのだろうか?

グラディオはヨーロッパで復活したのだろうか?
Wayne MADSEN
2015年8月29日| 00:00
Strategic Culuture Foundation

トルコ当局によれば、極左テロ集団、革命的人民解放党・戦線(DHKP-C)のメンバーとされる二人の女性による、最近の在イスタンブールアメリカ領事館銃撃や、アムステルダム発パリ行きタリス高速鉄道でのいかがわしい出来事は、アメリカ中央情報局(CIA) の,冷戦時代のグラディオとして知られている“残置ネットワーク”よっておこなわれる偽旗作戦がフル稼働を完全復活ししたかも知れないことを示している。

DHKP-Cは、2013年、トルコ人警備員を殺害した、在アンカラ・アメリカ大使館自爆攻撃を実行したとされている。その攻撃は、“People's Cry”というウェブサイトによれば、DHKP-Cが企んだものとされ、メンバーの一人とされるエチェヴィット・サンリが、大使館自爆攻撃を行い、サンリ自身とトルコ人守衛が死亡した。DHKP-Cが関与していたという主張にまつわる総体的な問題は、ビデオが、“アルカイダ”、“イスラム国”や、他のイスラム主義テロ集団とされるものからとされる怪しいビデオや声明をマスコミに配布することで知られているワシントンDCに本拠を置く組織である、イスラエルのモサドにつながる“Search for International Terrorist Entities(国際テロ組織捜索)”略称“SITE”が発見した“People’s Cry”によって投稿されたものであることだ。

DHKP-Cの再興とされるものが、トルコ政府が、東トルコのクルド・ゲリラを攻撃し、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領のイスラム主義志向の政権が非宗教派野党と戦う次回国政選挙にむかう中、トルコ有権者に被包囲心理を吹き込む口実となった。

モロッコ人のアユブ・エル・ハッザニは、乗客を無差別殺人する目的でブリュッセルでパリ行き列車に乗車したかどで告訴されている。ブリュッセルの公園で彼が“見つけた”というバッグに、AK-47や他の武器を持っていたハッザニは、三人のアメリカ人と、一人のイギリス人乗客に取り押さえられた。ハッザニ取り押さえに協力したアメリカ人の二人は、アメリカ空軍航空兵、スペンサー・ストーンと、オレゴン州州兵アレク・スカルラトスだ。イギリス人はクリス・ノーマン、ウガンダ生まれで、南フランス在住だ。

ハッザニは、テトゥアンに暮らすモロッコ人で、フランスにおけるイスラム原理主義の犯人とされる多くの連中同様、テロ攻撃を行う前、あちこち海外旅行したものと考えられている。ハッザニは、2014年まで、スペインのアルヘシラスとマドリッドに住んでいたが、フランスの携帯電話会社Lycamobileに就職し、フランスに移った。ハッザニは、イギリス諜報機関が、アルヘシラスを含む周辺のスペイン領をしっかり監視している、ジブラルタルのイギリス領の真向かいにあるアルヘシラスのモスクで過激化したと報じられている。今年6月、ハッザニは、シリアでイスラム国ゲリラとともに戦い、後にトルコのアンタキアから、アルバニアのチラナに旅をしたと報じられている。

ハッザニの話は、ブリュッセルのユダヤ博物館を攻撃したと言われているフランス系アルジェリア人メディ・ネムシュの自供とほとんど同じだ。ブリュッセル攻撃の前、ネムシュは、シリアで、イスラム国部隊と共に闘い、イギリスでしばらく時間を過ごしたと言われている。ブリュッセル博物館を攻撃した後、ネムシュはブリュッセル発、マルセーユ行き夜行バスに乗った。税関検査で、AK-47と連発拳銃と弾丸の入ったネムシュのバッグが発見された。

ネムシュは、フランス警察によって逮捕された後、ブリュッセルで駐車していた自動車の中で武器を発見し、マルセーユの闇市場で売る為に盗んだと語った。ハッザニは、文無しで、家なしだったので、ブリュッセルの公園で見つけた武器、AK-47、ルガー拳銃、カッター・ナイフ、半リットルのガソリンと、弾が込められた9個の弾倉を、食べ物を購入すべく、タリス列車乗客強奪に使うつもりだったと主張した。ハッザニも、ネムシュも、フランスや他のヨーロッパの警察には、潜在的脅威として良く知られていたが、彼らの活動を監視する為の何の対策も採られていなかった。列車攻撃の前、ハッザニは、様々なヨーロッパの警察に送られ、ハッザニを警察の特別監視下に置くよう要求する、フランス警察の“Fiche S”または“S notice”手配の対象だった。更に、スペイン警察は、ハッザニのDNAをファイルしていた。しかも、スペインのみならず、ドイツとベルギー、更にはフランス諜報機関も、タリス列車攻撃前に、ハッザニについてのかなり完璧なファイルを持っていた。

2012年、トゥールーズで三人のユダヤ人学童を含む7人を殺害したフランス系アルジェリア人、モハメド・メラや、今年1月“シャルリー・エブド”誌事務所を攻撃したランス系アルジェリア人兄弟のサイドとシェリフ・クアシも、フランス当局が彼等に関して収集された“Fiche S”や他の諜報ファイルがあった。

シャルリー・エブド事務所が攻撃されたのと同時期、パリで、ユダヤのスーパーマーケット、ハイパーキャッシャーを攻撃したフランス系-セネガル系-マリ人犯人、アメディ・クリバリも、フランス警察と諜報機関に良く知られていた。デンマーク警察と諜報機関ファイルでは、コペンハーゲンの中央シナゴーグと、デンマークの映画祭の破壊的な攻撃とされるもので、パレスチナ系デンマーク人で、シナゴーグ攻撃のわずか二週間前にデンマーク刑務所から釈放された犯罪歴のある犯罪人、オマール・アルハミド・アルフセインの名前が浮かび上がった。デンマーク警察は、二件の攻撃とされるものの後、アルフセインを射殺した。

ハッザニが乗客に取り押さえられた時、タリス列車は、フランス、オート・ピカルディのワニ地域を走行していた。フランス内務大臣ベルナール・カズヌーブは、すぐさまハッザニは、過激派イスラム教集団のメンバーだと示唆した。シナゴーグと映画祭攻撃の直後、カズヌーブも即座にコペンハーゲンに飛んだ。カズヌーブは、リモージュ・フランス司法警察で二番目の地位にある45歳のフランス警察本部長エルリク・フレドゥによって、ジャネット・ブーグラとのつながりを捜査されていたといわれている。

ブーグラは、殺された“シャルリー・エブド”編集者ステファヌ・シャルボニエ、同僚の間で“シャルブ”として知られていた人物のいわゆる“ガールフレンド”だった。ブーグラはシャルブのガールフレンドだったと主張しており、彼は娘の父親であるとまでほのめかしていた。フレドゥはブーグラとカズヌーブとのつながりを調べる捜査のまっ最中に自殺したといわれている。フレドゥは、フランスでの攻撃によるある犠牲者の家族と会った後、意気消沈し、自分で頭を撃って自殺したと言われている。ところがフレドゥの家族と友人はフレドゥ意気消沈していたという報道を否定した。しかも彼等は、彼はテロ攻撃の重要な手掛かりを暴き出し、それで彼がカズヌーブと言い争うことになっていたと指摘した。

フランスのニュース報道によれば、フレドゥは、シェルブール警察“署長”時代からカズヌーブを怪しんでいた。カズヌーブは、2001年以来、シェルブール=オクトヴィルの知事で、フレドゥが初めて、カズヌーブのモサドとのつながりや、彼のブーグラとの関係や、彼女の反イスラム工作員徒党に気がついたのは、フレドゥの警察署長時代だった。

ヨーロッパ政治的舞台へのグラディオ再導入は、欧州連合と、ヨーロッパ中央銀行銀行家の命令による緊縮政策に対する敵意増大への対策なのだ。ヨーロッパを破産に追いやった大企業支配主義者とファシストが、過去20年間ご愛用の脅威、イスラム・テロを、イスラム原理主義テロリストとアナーキストの国際ネットワークと提携するという、合体した脅威へと変身させるのに、今や配下のマスコミを利用しているのだ。ギリシャ、イタリア、トルコと、スペインでは、極めて疑わしい、偽旗爆撃らしきものが、大使館や他の施設で起きていて、イスラム主義者テロから左翼アナーキズムという、パラダイム・シフトが既に起きている兆しがある。マスコミは、“アナーキスト”を“聖戦戦士”と結びつける為にでっち上げられた話題に力をいれるだろう。

ブリュッセルでのタリス列車事件の後、カズヌーブと、友人の反イスラム主義で右翼社会主義者であるフランスのマニュエル・ヴァルス首相は、ヨーロッパ鉄道駅での空港式手荷物検査導入を呼びかけた。欧州連合にとっての終盤戦は、大陸の諸国民に対する政治的、社会的支配の強化なのだ。

これまで無名の“アナーキスト”集団の勃興が、グラディオ作戦が最も活発だったのと全く同じ国々、イタリア、トルコとギリシャで起きていることは注目に値する。イタリアは、“オルガニザツィオーネ・グラディオ”つまり、汎ヨーロッパのCIAが率いるテロ作戦のイタリア支部、巣窟だった。トルコでは、グラディオは“エルゲネコン”として知られていたし、ギリシャでは、グラディオ作戦は“オペレーション・シープスキン”として知られていた。

グラディオがヨーロッパで活動を再開している限り、ヨーロッパ大陸の諸国民は、実際、大いに恐れるべきなのだ。

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2015/08/29/has-gladio-returned-to-europe.html
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先日の新幹線自殺事件で、空港式手荷物検査導入の可能性が話題になった。

この高速鉄道事件で、犯人取り押さえに協力したアメリカ軍人がフランス大統領から褒賞メダルを受けたというニュースを電気洗脳箱で見て、何とも好都合な事件があるものだと思った。

欧米で実験済みの事件が日本で再現されることの方が多いように思うが、新幹線焼身自殺事件は、日本での事件(実験?)が先行したということだろうか?

「グラディオ」に関する翻訳記事は多数訳している。一番最初のものは下記。

大衆を国家に頼らせるべく、無辜の民間人、女性、子供を攻撃せよ<グラディオ作戦>2005年2月18日

バイアグラ等の販売サイト等、全く無意味な英語のコメントが、このブログにも絶えず書き込まれいる。誰のしわざかはPaul Craig Roberts氏ご想像通りだろう。彼は荒らし対応が面倒で、コメント欄を設けていない。アメリカにおいて、真実に未来はあるのか?

承認方式ゆえ無意味な荒らしコメントは、読者の皆様の目に触れることはない。
無意味有害な書き込みだが、「荒らし」を書き込む記事、無作為に選んでいるわけではなさそうだ。「読まれたくない記事」をに絞って「荒らし」を書き込んでいる様に思えてくる。荒らしが一番多い記事は下記の通り。Paul Craig Roberts氏記事が多いのは偶然だろうか?

購読している大本営広報紙、主催者発表人数、なぜか、どうしても書きたくないようだ。
代わりに「国会デモが膨らむ理由」なる記事がある。
与党、エセ野党、マスコミがインチキ戦争法案をごり押ししているからだとは書いてない。

60年安保闘争、子供だったので大本営広報部の活動も反政府運動の活動も全く知らない。
安保闘争が激化する中、6月17日に新聞社から七社共同宣言なるものが出され、運動が急速に退潮した記憶がおぼろげにある。新聞が死んだ日。
運動激化にも鎮静化にも、当時は大本営広報部(マスコミ)の影響力非常に大きかったのだろう。
「70年安保」時代、大本営広報部(マスコミ)、過激派諸氏を奨励したとしか思われない。運動は、派閥相互、あるいは派閥内部の殺戮を続けて衰退した。
彼等の主張が理解できない素人には近づけなかった。同級生、後輩に「ゲバ棒を持って追いかけると、お前は逃げた」と後日、嬉しそうに言われたことがある。
学生運動の暴走に、大本営広報部(マスコミ)が無縁であったとは、どうしても思えない。

一方「戦争法案」反対運動では、大本営広報部(マスコミ)は政府側という姿勢が強く、「戦争法案」反対運動に好意的でなかったし、好意的でなく、今後も好意的になるまい。今回の巨大デモ報道でも、国営放送を含め大半が大本営広報部という実態をあらわにしつつある。

大本営広報部があおり、作り上げる「反対運動」であれば、原子炉と違い、鎮静化制御も容易だろうが、虚報の常態化で、拡大であれ、鎮静化であれ、大本営広報部、こうした運動への影響力をほとんど失っているかのように見える。民放には驚くほど真摯な報道をする番組もあり、国営放送「ニュース」ではなく、もっぱら民放「ニュース」を見ている。

一方、財界や大本営広報部も後押ししている戦争法案推進運動デモは数百人規模。

大本営広報部は報じないが、詳細を報じてくれるメディアは存在する。

【スピーチ全文掲載】音楽家・坂本龍一氏がSEALDsと初対面!ーー民主主義、憲法の精神を取り戻すこの運動は『マグナ・カルタ』『フランス革命』に匹敵する〜12万人が結集した国会前でスピーチ

【スピーチ全文掲載】「ものを書く人間として絶対に許せない」――作家・森村誠一氏が国会前でスピーチ 「戦争は最も残酷なかたちで女性を破壊する」

国会討論で話題になった、原発再稼動、集団的自衛権憲法解釈変更=戦争法案、TPP加盟等々、現政権のありとあらゆる悪政の源、教科書・アンチョコは下記で読める。

(再掲)2013/02/03 【IWJブログ】CSIS「第3次アーミテージレポート」全文翻訳掲載

岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

「アラブの春」や、東欧諸国のカラー革命では、青年層を煽動して、傀儡政権宗主国企業が開発したソーシャル・メディアが駆使された。

宗主国が埋め込んだ「憲法9条」が、宗主国ジャパン・ハンドラーの想像を上回る「戦争法案」反対運動を支える基盤となり、各国で傀儡政権樹立に活用された宗主国企業のソーシャル・メディアが、この属国では、逆に傀儡政権打倒運動に活用されるという困った状況。

日本版「グラディオ作戦」が本格的に開始される頃合いかも知れない。

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