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2015年7月18日 (土)

ギリシャ人の罪悪感と、シリザの背信

2015年7月16日
F. William Engdahl

ギリシャと、トロイカの壊滅的な要求を巡り、事態が展開しつつある、悲しく危険な時点で、自国の債務状況に対して、ギリシャ国民が罪悪感を抱いていなければ、こうした全てのことが実現していなかっただろうことが明らかになっている。2009年10月に危機が始まって以来、彼等が罪悪感を持った結果、国民全員が破滅の可能性に直面するという人類の悲劇へと、状況は急激に転化しつつある。

前回記事で、元財務大臣のヤニス・バルファキスは、ギリシャ国内でも国外でも、ギリシャ国民と、債務緩和や債務償却に対する国民のあらゆる希望を粉砕するため、意図的にギリシャ国民をその気にさせている、オリガルヒの為のトロイの木馬だと私は主張した。

7月5日、ギリシャ国民は、ユーロ圏に止まる為の条件として、トロイカの更なる緊縮政策を受け入れるか、それとも“ノー”というかの特別国民投票を行った。投票の約61%が、トロイカ緊縮政策に、断固としたノーを主張した。ツィプラスとバルファキスは、そうすれば、トロイカからより良い条件を引き出す上で、ブリュッセルとベルリンで、彼等が“より優位にたてる”とウソをついて、有権者達にノーと言うよう請うたのだ。

ところが、7月9日、ツィプラスは新提案を提出したと発表し、詳細が明らかになると、それが事実上、ギリシャ人有権者が強く反対したばかりのトロイカの要求とそっくりなことが判明した。この裏切りは、士気をくじく、ひどいものだ。7月6日、投票直後のバルファキス辞任後、ツィプラスは、新財務大臣に、ユークリッド・ツァカロトスを任命した。ツァカロトスは、オックスフォードで学んだ“マルクス”経済学者で、もう一人のカフェ“マルクス主義者”ヤニス・バルファキスの友人で、海運業・地主の裕福なオリガルヒ・ギリシャ軍人家族の御曹司だ。トロイカ、IMFや、連中の負債奴隷体制に反対するふりをしている政権にとって、いささか奇妙に思える。

フランスのオランド大統領がツィプラスに個人的に派遣したフランス人高級官僚と相談しながら、ツィプラスと、ツァカロトス財務大臣が、新緊縮政策への降伏文書を書いたことが明らかになった。シリザ政府は、どう見ても、彼等が国民投票で獲得した信頼を裏切って、ギリシャ国民に対し、背信、あるいは反逆を行ったのだ。

2009年以来、このギリシャ危機丸ごとが、ギリシャ外部、内部の両方で、詳細が入念に仕組まれていたことが益々あきらかだ。2009年に、ギリシャ国民が、ひたすら、自分達が悪かったのだから、銀行家に返済することで罰を受けるべきだと思い込んだがゆえにこういうことが可能だったのだ。同じ理由から、彼等は、次々と緊縮政策で国民を懲罰する、パパンドレウ以降の一連の政権に投票してきた自分たちが悪かったと思い込んだ。同じ罪悪感ゆえに、あらゆる苦難にもかかわらず、破壊的なユーロ圏に止まりたいと願うはめになったのだ。

罪悪感とローマカトリック教会の大分裂

罪悪感というのは恐ろしい感情だ。個人の場合、それは、ぞっとするような結果を招きかねない。罪悪感というのは、概して、何も解決するわけでなく、我々の状況をずっと悪化させるだけの、全く無益な感情だが、これが、我々が何かについて罪悪感を抱いている事実を隠そうという馬鹿げた努力で、個人を、自分にも他人にも、ウソをつくようにさせてしまうことになる。我々の罪悪感を隠すためにウソをつくことは、たとえ我々がそれに気がつかなくとも、ひどい結果を招くことになる。我々が生きる社会の道徳律の何かに違反してしまったが、誰も知っているはずがないので、我々はウソをつくのだ。典型的に、我々は自らの、罪悪感を恥ずかしく感じるものだ。

世界のあらゆる主要宗教は、信者の罪悪感を養ってきたが、聖アウグスティヌスが発想した、我々は全て、初めての呼吸をする前に、最初から罪を負って生まれるという原罪の教義を持った特にローマ・カトリック教会にはことさらあてはまる。

現在のギリシャ危機は、約1700年前、ビザンチウムから現れたキリスト教会が、1054年頃、教会史で、ローマ・カトリック教会の大分裂として知られる衝撃的な分裂をした歴史的事実と無関係ではない。この分裂の神学上の核心にあったのは、後に東方正教会として知られるようになったものが、ローマ・カトリック教会の原罪という教義を受け入れることを拒否したことだ。正教会は、人は生まれながらにしてアダムとイブの罪を、あがなわねばならない罪悪を負っていると考えることを拒否した。

現在のギリシャの状況の残酷な皮肉は、ギリシャ文化に染み込んだ伝統である、そうした文化的遺産にもかかわらず、現在、ギリシャ国民は、ある意味、今会わされている目に相応しい、何か実に、ひどい事をしてしまったという集団的責任を感じている。もはや、ギリシャ人は、満足感は感じられず、2009年に明らかになった、この深刻なヨーロッパの危機を引き起こしたことを遺憾に思い、責任があると思わされるようになっている。

人々の罪悪感は、恐ろしい結果を引き起こしかねない。ドイツ国民はこれを分かり過ぎるぐらい分かっている。1919年、勝利した連合軍は、ドイツ政府に、悪名高いベルサイユ条約の231条、戦争責任条項の署名を強制した。条項にはこうあった。“…連合国政府はドイツおよびその同盟国の侵略により強いられた戦争の結果、連合国政府および国民が被ったあらゆる損失と損害を生ぜしめたことに対するドイツおよびその同盟国の責任を確認し、ドイツはこれを認める。”

第一次世界大戦の罪をドイツに一国に負わせ、更にドイツに、戦争賠償金を、連合軍の勝利国 -アメリカ、イギリス、フランスと、イタリアに支払う懲罰を受け入れるよう強制したことが、直接、第三帝国を出現させ、1945年、ドイツ二度目の残酷な敗北を招いた一連の出来事を引き起こしたのだった。1945年、スイス人の精神分析学者、C.G. ユングが、ドイツ国民は、同郷人による残虐行為に、集団的責任(ドイツ語で、コレクティーヴシュルトKollektivschuld)を感じているという文章を書いた。ユングは、これは“…ドイツ国民に、この罪悪感を認識させる為の治療で、最も重要な課題の一つだろう”と書いていた。

戦後、イギリスとアメリカ占領軍は、“こうした残虐行為。あなた方の過ちだ!”という類のスローガン (ドイツ語では、Diese Schandtaten: Eure Schuld!)を書いた強制収容所のポスターを含む広報活動で、恥と罪悪感を植えつけた。

ギリシャの‘原罪’

現代ギリシャ崩壊に話題を戻そう。いうなれば、支払えない債務と、耐えがたい緊縮政策というギリシャ崩壊の根源は、2000年に、ユーロ圏と呼ばれる特権的集団に忍び込むために、ギリシャ政府がついたウソにさかのぼる。

GDPの3%財政赤字と、GDPに対する公的債務の総計が60%というマーストリヒト条約の上限要求を満たすために、ギリシャがウソをついた際、ゴールドマン・サックスは積極的なパートナーだった。ゴールドマン・サックスの金融上の難しい理屈を考える連中が彼等に提案した複雑な通貨上のからくりを利用して、ギリシャ政府はウソをついた。ユーロ参加を成立させるべく、政府は、16億ユーロもの軍事物資購入もブリュッセルに隠していた。

ゲオルギオス・パパンドレウが外務大臣だったギリシャが、ユーロに参加した2000年、コスタス・シミティスのPASOK全ギリシャ社会主義運動政府が、欧州中央銀行や、EUの公式統計機関EUROSTATの幹部から、知られたくない秘密を隠しおおせるだろうと、我々は信じ込むことになっている。

現在の公式説明は、2009年10月、元新PASOK政府のパパンドレウが、2000年、シミティス政権で外務大臣をつとめていた際に知った秘密を、奇妙なことに、首相として、暴露することに決めたのだ。パパンドレウは、ギリシャの年間赤字が、3%ではなく、12.7%だったことを“発見した”と発表した。このニュースそれ自体が、引き続いて起きた債務急増を必ずしも招いたわけではない。

パパンドレウ発言の効果で、2008年9月、世界的金融危機の結果引き起こされたギリシャ不況を、本格的なギリシャ国内危機に変えてしまった。彼がこれを発表した際、ギリシャの失業は既に10%で、ニューヨークの格付け機関は、ギリシャ国債の格付けを、あらゆるユーロ圏の国で最低BBB+に引き下げた。

当時の深刻な景気後退に、過酷な緊縮政策で対応するようパパンドレウに助言した人物が、シリザの財務相を辞任したばかりのヤニス・バルファキスであり、彼の驚くべき仕業がギリシャを現在の混乱状況に追いやったのだ。

パパンドレウは、バルファキスの助言に従って苛酷な緊縮政策を実施し、状況は、本格的な国家危機と化した。政府は支出を大幅に削減し、増税し、雇用を凍結し、定年を延長し、公共部門の賃金を10%削減し、全国的な反緊縮政策ストライキを引き起こした。

大手マスコミが、ひっきりなしに強調している様に、EU、ECBやIMFによるギリシャ向けの何十億もの金融債務は、直接、ギリシャ国民にわたり、寛大過ぎる年金制度や、税金支払いを拒否する国民を生んでいるという入念に作り上げられた神話がある。当然これは、我々が往々にして合意を形成する、ドイツや他のEU諸国のパブで仲間うちで文句を言いあう際、とてつもない怒りを引き起こす。

この説明に一つだけ間違いがある。真実ではないことだ。危機が本格化して以来、ギリシャ債権市場に対するヘッジ・ファンド攻撃と、2010年2月の、超投機家ジョージ・ソロスが率いたユーロ攻撃で完了し、ギリシャ政府の金利を高騰させ、トロイカが、融資とクレジットを、約2400億ユーロという額にまで拡大した。

大手EUマスコミでは決して説明されない本当の疑問は、そのお金に何が起きているのかだ。アテネ大学のギリシャ人経済学者ヤニス・ムザキスは、2400億ユーロのうち、830億ユーロは、主にフランスとドイツの銀行で構成される債権者が保有している古い債務の返済に使われると計算した。410億ユーロは、主にギリシャ以外のEUや他の銀行が保有している既存国債の利子支払い維持に使われる。480億ユーロは、ギリシャの法律のおかげで、ギリシャで税金を支払わないギリシャ・オリガルヒが大半を所有している民間ギリシャ銀行の緊急救済に使われる。トロイカ融資の350億ユーロは、2012年の債務“元本削減”融資に使われる。これで、総計2400億ユーロのうちの2070億ユーロにのぼる。つまり全体の86%、大半がバブルが破裂すれば、自分達は“大き過ぎて潰せない”だろうと知りながら、ギリシャ債務を積み上げた愚劣なフランスとドイツの銀行を救うために使われるのだ。まさにその通りとなり、ECBとEUは、連中の救済を強いられよう。

2400億ユーロのうち、わずか270億ユーロしか、ギリシャ政府予算や、インフラ投資にまわらない。しかも、この債務では、ギリシャの銀行を含め無謀な銀行の借入債務をギリシャ政府が引き継ぐ。

罪悪感

要するに、ギリシャとギリシャ国民は、だまされ、詐欺にあい、強奪され、今やシリザと、自分達の存在の為に戦ってくれるものと期待していたツィプラス首相に裏切られたのだ。2010年始め以来、ギリシャでは、ベレンバーグ銀行のホルガー・シュミーディングが表現した通り“平和時に、あらゆる欧米の国によって課されたもののうち最も過酷な緊縮政策”が行われている。

ギリシャ国民自身が、金融詐欺に責任があると感じていなければ、パパンドレウとバルファキスが、2010年2月以降、ギリシャ国民に押しつけたものから逃げきれる政府などあり得ない。ギリシャ国民は、脱税するオリガルヒを真似して行っている税金極小化の慣習以外、いかなる金融詐欺の罪を犯しているわけではなかったし、犯してもいないのに、ギリシャ国内のオリガルヒが所有するマスコミや、EUのあらゆるマスコミの集中砲火のおかげで、明らかに、ギリシャ国民は、自分達は“罪をおかしており”罪の意識を負うべきだと説得されてしまっている。

あらゆる主要な宗教で、罪と債務を意味する単語が同じなのは注目に値する。偶然だろうか? 私はそう思わない。こうした“債務”(ドイツ語では、シュルデン) の背後にあるのは、債権者が“罪人”からの借金返済要求だ。十字軍の血まみれの本当の歴史に戻ると、ローマ教皇が宣言した戦争は、当初、1054年のローマ・カトリック教会大分裂後、東方正教会から、コンスタンチノープルとその周辺を占拠し、ローマ・カトリック教会の統治下にするためのものだった。

1146年、クレルヴォーのベルナルドゥスは、“異教”イスラム教徒に対する中世十字軍時代に、最も強力で裕福な騎士団、テンプル騎士団に書簡を書いた。ベルナルドゥスは、テンプル騎士団にこう宣言した。“聖戦で不信心者を殺害するキリスト教徒は、必ず褒賞を得られ、自分自身が殺害されれば、更にそれは確実になる。” (新騎士号を讃えるテンプル騎士団への書 De Laude Novae Militiae, III-De Militibus Christi)

カリスマ的なフランス人大修道院長、クレルヴォーのベルナルドゥスは、貧乏で文盲の何万人もの農民を、南部ドイツとフランスから動員した。彼のときの声は“天の怒りを急ぎ鎮めよ. . .異教徒に対する勝利を急ぎ、汝の罪を贖え、聖地解放を汝の悔悛の褒賞とせよ. . .剣を血糊で汚さない者は呪われよ。”というものだった。

ベルナルドゥスは、神の恐怖を、農民に植えつけ、生まれながらにして罪を負っているのを償う唯一の方法は、異教徒を虐殺することだと説得した。その途上、彼等は、正教ビザンチンのマヌエル1世コムネノス皇帝から、ローマの為に、ビザンチンを占領すべきなのだ。現在、フランスのルイ7世と、ドイツのコンラート3世という十字軍の王様役を、オランド大統領と、策略に富んだサピン財務大臣と、メルケル首相と、厳しく冷酷なショイブレ財務大臣が演じている。

罪の意識や、個人や国民全員に対して、罪悪感を醸成するのは、教会やひどい政治指導者連中が、国民を操る為に見つけ出した最悪の方法の一つだ。罪の意識は、理不尽な罰の恐怖と化する。ギリシャ国民は実際、彼等には身に覚えのない罪のかどで罰せられているのだ。フランスの銀行家、ゴールドマン・サックスの銀行家のただひとりとて、フランス人IMF専務理事ラガルドとて、危機における役割のかどで投獄されてはいない。2月11日に、ECB債権の担保として、ギリシャ国債の引き取りを停止すると発表してギリシャ危機の現在の段階を引き起こし、バルファキスとツィプラスが国民を裏切るのに利用した危機を引き起こした元ゴールドマン・サックス銀行家のマリオ・ドラギが、英雄のごとく扱われている。

背信行為をしたのは、ギリシャ人有権者達が、更なるトロイカ緊縮政策に、明らかな“ノー”と言った四日後に、トロイカに“イエス”と言ったツィプラスだ。

ギリシャ人は、特にギリシャ政治家やオリガルヒが、彼等をEUに、そして更にEuroに誘い込むまでは、そして今でも、かなりの程度、依然、素晴らしく、温かく、穏和な国民だ。彼等は社交的で、良い仲間と、美しい音楽やダンスを味わいながらの美味しい食事という人生の楽しみを享受する人々だ。そうした良さが、そういうものに脅かされていると感じる連中によって、破壊されつつある。

国内では、ギリシャ・オリガルヒや、バルファキス、ツィプラスや、今のオリガルヒ財務相ユークリッド・ツァカロトス等の、連中の政治的取り巻き連中や、トロイカの背後にいる国外の権益による、ギリシャ国民に対する裏切りという、明らかに長年計画の作戦を通して、ギリシャ国民は、次の回では、懲罰の恐怖という罪悪感のサイクルから、彼等にこういう仕打ちをしたと思える連中に対し報復する意欲を高まらせる方向に移行しようという誘惑にかられよう。そんなことになってはならない。報復は、誰が標的であろうと、常に自己破壊的だ。罪などおかしていないことを自覚し、ギリシャ国民を破壊する犯罪的行為を認識することによってのみ、ギリシャ国民は、善を行い、危機を解決する精神力を見いだせよう。代替策は殺人と自殺だが、我々はそれにはうんざりだ。

F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書で、オンライン誌“New Eastern Outlook”に独占的に寄稿している。

記事原文のurl:http://journal-neo.org/2015/07/16/greek-guilt-and-syriza-perfidy/
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「前回記事」とは、バルファキスとギリシャの混乱の不快な臭いは何だろう?を指すだろう。

多少とも硬派の報道をしていると期待していた民放、とうとう政府推奨若手女性「学者」が登場した。期待したのは間違いだったようだ。政府そのままの全く賛成できない意見。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』からして、プロテスタント諸国が、新自由主義で活躍していて、東方正教会諸国が、そうではないのも、なるほどと素人は思う。

ギリシャの宗教、東方正教会、ロシアの宗教と同じ流派。素人に教義は全くわからない。振り香炉というのだろうか、お坊様が香炉を振る様がにていると思える程度。

そもそも、アメリカ企業、ロシア企業両方とつきあいの多い知人から、プロテスタントが、新自由主義と親和性があると、教えられたのだった。彼は、小室直樹の言わば孫弟子のようなものです、と言っておられる。

「平和主義の政党」などというエセ・レッテルでごまかしてきたカルト政党、戦争推進派であることが証明された。平和政党などと真っ赤なウソを書く評論家が、もてはやされる意味がわからない。書店には彼の本が山積み。

江藤淳の『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』を思い出す。

彼は『ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム』の存在を主張していた。

その長年の成果が、宗主国の侵略戦争に参加させられる戦争法案。

「新国立競技場計画、民意に声を傾けて、白紙に戻す」大宣伝。はるかに重要な
「戦争法案、民意に声を傾けて、白紙に戻す」ということには、決してならない。

戦争法案めくらましの為、馬鹿馬鹿しい新国立競技場案を延々引っ張ったのに違いない。
戦争法案強硬採決翌日、選択した建築家インタビュー、その翌日に元首相説得で白紙。
親分筋の元首相、後輩の為、ガス抜き・泥被り役を演じる茶番。

一週間前には、間に合わないといって、見直しを拒否していたあの方、呼吸するようにウソをつく。そういう人物しかこの国の傀儡代表になれない「満州国」。

現代の満州国は、宗主国の為、戦争法案を通すべく、どんなことでもする。

満州国といえば、著書を拝読している『古村治彦の酔生夢死日記』に下記が掲載された。

アメリカ側から見た安保法制の記事をご紹介します

いつもの大本営広報部表現「国際的要請」つまり「宗主国の指示」だろうと想像される。

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コメント

                 現代ギリシャ人の自由

 S.フロイトとC.G.ユングとは元同僚同士,師弟関係にあったという。しかし後者は前者と袂を分かち,集合的無意識を説いた。一方,カトリック教会と正教会の教義の違いがF. William Engdahl氏(本文)によれば「原罪を認めるか,認めないか」にあったという。高校世界史ではそのように教わった覚えはないから,こちらが居眠りをしていたか,教科担任が教えてくれたのに聞き逃したか(罪悪感)のどちらかであろう。いずれにしても分かり易い違いである。長年の疑問氷解。

 ところで昔,よく分かりもしないのに実存主義関係の本をペラペラめくったりしていくらか世界が拡がったような気分でいたことがある。例えば,”Literature and Existentialism”。『文学と実存主義』と訳した覚えがあるが,この本に「原罪」や「人間堕落」が出てくるのが不思議であった。マンフォ-ルとは道路の蓋であるが,罪深い人(マン)が落ちる(フォ-ル)という意味だと独り合点して喜んでいたことがある。

  「原罪を認めるか,認めないか」にカトリック教会分裂の原因があったとすれば,東方正教会のギリシャ国民に財政破綻の責任意識は低い。それにも係わらず,罪悪感を吹き込まれたという。しかし「OXI」が61%もあったということは,マスコミや政府,あるいは正教会等のプロパガンダは効果が本当にあったのだろうか。よく分からない。

  ところで,上記の『文学と実存主義』にニ-チェやカフカやサルトルの名が出てくる。3.11のフクシマ原発核爆発の後,その本の行方は知らない。しかしそこで思い出したのが,加藤周一の「人間学または『状況第九』の事(平凡社)」である。加藤の文章が今日のギリシャの状況を理解するのに役立つと思うので,いくらか紹介させて頂ければ,
   ・・・今日の時代の特徴には2つがあって,その一つは,人間と社会に関する科学的な知識の増大。それにも関わらず,人間についての科学的知識には,重要な点について不明のところが多く,その知識を綜合して全体としての人間を理解することはむずかしい。つまり,知識の増大の故に,その綜合が難しいともいえる・・・
   ・・・時代のもう一つの特徴は,神が死んだということである。歴史的社会と文化の特定の「状況」のなかで,生き,行動する人間にとって「状況」を超える絶対者との関係がなくなった。しかし人生は一回限りであるから,当人の立場からみれば,「状況」を超えようとする志向は消えない。人間の精神は,その身体・家族・階級・文化などの「全体」によって条件づけられ,特定の「状況」によって特定の行動を強制される。それにも拘らず,その条件と強制を超えて,人間は自由であることができるのであろうか。それは人生の意味に係る問題である。サルトルの劃期的な意味のもう一つは,その問題を解いていないとしても,問題に正面から立ち向かったということであろう・・・

  830億ユ-ロのうちギリシャに入ってくる額が270億ユ-ロに過ぎず,元G.サックスのドラギECB総裁がギリシャを救う救世主,金をドンドン貸し付け今また救済されようとしている独仏の銀行を隠すオ-ランドとメルケル,09年以来の緊縮財政を推し進め状況をさらに悪化させたたバルファキス元財務大臣,そして国民投票で「OXI」を要求しながらギリシャ国民を裏切ったツィプラス首相,さらなる借金・年金削減など,ギリシャ国民を取り巻く「状況」は,まさに破壊的,絶望的であろう。

 これまでギリシャ人の国民性を研究したことはない。原罪を認めない正教会を未だ信奉しているのか,ユングの集合的無意識が精神治療に必要なのか,それとも「全体」によって条件づけられた特定の「状況」を超えて,サルトルのように人間の自由を求めて,問題の解決に向けて立ち向かうのか。
 今一度加藤を引けば,
   ・・・サルトルの仕事の独創的な意味は,哲学を人間「全体」に関する学として定義することにより,そのような必要に応えようとした点にある。しかし必要な仕事は,必ずしも可能な仕事ではない。知的な事業としての哲学は,科学から遠ざかれば遠ざかるほど文学に近づく。サルトルの劇が哲学的で,哲学が劇的であるのは,そのためであり,彼の体系が時代の悲劇的な構造を鋭く反映するのもそのためである・・・

  おそらくTPPの日本にも,財政破綻のギリシャにも文学や自由はないのであろう。実存が危ぶまれている。Engdahl 氏の「2009年10月に危機が始まって以来、彼等が罪悪感を持った結果、国民全員が破滅の可能性に直面するという人類の悲劇へと、状況は急激に転化しつつある」を目にして,『原罪』,『人間学』と『状況』,『悲劇』を思い出した次第。

追記:悲劇とは誰かが死ぬから悲劇なのであって,喜劇で人は死なないという。とはいえ,アテナイではすでに火炎瓶が投げられ,今日もデモが行われている。解決の糸口,処方箋はあるのだろうか。

                空想外れ3つとギリシャの想い出

 ギリシャがEU離脱(Grexit)と予想した(兵庫助2-へ-2)がどうやら外れのようだ。先見の明がないことを恥じたい。また,安倍首相は9月で退陣と予測していたがこれも外れそう。世の中思うようにはいかないものだ。
 昔青年の頃,ギリシアで元祖カップラ-メンを生み出した若手2人と会ったことがある。値段をいくらにしてアメリカで発売するか考えているところだと語っていた。また,会社社長A氏とも一緒になった。会社は当時,一ヶ月以上もストライキ中だと,のたまわっていた(アテネでの火炎瓶の炎を久しぶりに見たが)。また或る幹部は労組の若手闘士家であった。もう一方は,建築家であった。小生の名前に近いのでよく覚えている。家族へ国際電話をかけていた。独身は小生を加えて以上の方々であった覚えがある。残りは新婚さん十数組。

 貧乏だったので飛行機代を安くするため,団体旅行をせざるを得なかった。しかし現地に着けば出発まで皆さんと左様なら。とは言え,経費が安くなるのでバスでご一緒させて頂いた観光地もある。例えば,デルフォイ。鷲だったか鷹だったか忘れたが,2羽のトリを放つと反対向きに世界半周してここで出会ったという。
  名所旧跡には余り興味が無いが,円形劇場に案内してくれた日本人ガイド氏が劇場の一点に立って拍手をするときれいな響きとなってわれわれの耳に届いた。イタリアやスペインのコロセウムあるいは水道はロ-マ建築を代表するが,この劇場建築は誰が考案したのであろうか。

  経済の話に戻れば,それほど工業は盛んでなかった。観光収入が国を支えている程度にしかギリシャ国を認識していなかった。貿易も赤字の時が多かった記憶がある。その後も経済が豊かになったという話も聞いたことがなかった。それが今や,EUの一員だというだから驚いた。いつ加盟したのであろう。
 六ヶ国で始まったEU結成の目的は確かに勉強したが,現在のように28ヶ国も参加するとは予想しなかった。そもそも問題の多いEU発足であった。しかしギリシャ加盟あるいは最近のクロアチア加盟というのも拡大しすぎであろう。

追記:TPPの原加盟国は4ヶ国であった。それがアメリカが加わって12ヶ国になった。EUも拡大してアメリカ・ネオコンの餌食になってしまった。NATOも同じ。アメリカと付き合わないのが,多くの人類にとって幸せなのかもしれない。
 

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