レジェップ・タイイップ・エルドアンの戦略的敗北
Sungur Savran
The Bullet 2015年6月12日
フィアット工場前で、ストライキする金属労働者達 [写真:redmed.org]
あらゆる歴史の蛇行や横道や回り道にもかかわらず、社会闘争の論理が、とうとう、トルコ政治に検印を押すこととなった。6月7日のトルコ総選挙における、レジェップ・タイイップ・エルドアンと彼のAKPの大敗が、過去二年間、大衆や、部分的には、かつてのパートナーから彼が受けてきた一連の打撃の結果、エルドアンの政治的影響力喪失を明らかにした。
ほぼ二年前の今頃、当時首相だったエルドアンの政権退陣を要求して、ショッピングモール建設の目的でイスタンブールのど真ん中にあるタクスィム・ゲジ公園取り壊しプロジェクトのみならず、より重要なことに、自由に対する大規模弾圧と、シリアにおける宗派的戦争挑発に抗議して、民衆はトルコ全土で街頭に繰り出していた。[Bullet No. 831、Bullet No. 834、Bullet No. 837を参照。] 大衆反乱は、6月から9月まで続き、首相自身による明白な要請により、警察によって残忍に弾圧されたが、エルドアンは酷評され、鳴りをひそめた。反乱と、それを鎮圧するのに彼が用いた残虐な戦術の結果、エルドアンは、彼のそれまでの同盟者達やパートナー連中から、トルコ資本主義の経済的・政治的安定性を保障する上で、資産ではなく、負債と見なされるようになった。
セルヒルダン(抵抗闘争)、クルドのインティファーダ
2014年10月、タクスィム・ゲジ公園問題がきっかけとなった大衆反乱から一年後、クルドのセルヒルダンと呼ばれるもので立ち上がるのは今度は、インティファーダと対応するクルド人の番だった。今回引き金になったのは、2012年、バース政権から自治を獲得していた、シリアは西クルディスタン、ロジャバでの出来事だ。三つの州の一つコバニが、自称カリフのアル・バグダディの下、シリアとイラクの一部に、仮の「イスラム国」を宣言した組織ISILに攻撃された。彼がアレヴィー派政権と見なすものへの、彼のスンナ派宗派戦争ゆえに、エルドアンは、ISILを含むあらゆる種類の原理主義者運動を支援して、シリア政権に対する悪意ある敵対政策を推進してきた。ISILがコバニを攻撃した際、彼は“コバニは陥落の瀬戸際にある”と述べて、クルド人を挑発するというとんでもない失敗をおかした。まさにその晩、何百万人もがトルコ中のクルド人都市で街頭に繰り出した。地域に静寂が戻ったのは、ようやく一週間後、獄中にいるPKK(クルディスタン労働者党)党首アブドゥッラー・オジャランによる素早く用意された声明を含むクルド運動の要請によってだ。
一年という期間内に、二度の民衆反乱というのは、あらゆる政治指導者にとって懸念するのに十分な理由のはずだ。ところが歴史は、エルドアンに、更に他のものも用意していた。この全てで欠けていた主役は労働者階級だった。この階級は、タクスィム・ゲジ反乱でも大きな役割を演じていたが、プロレタリア独自の方法で、階級的要求を押し出していたわけではなかった。タクスィム・ゲジ反乱は、かくして、プロレタリアの刻印がない、階級内大衆運動だったのだ。タクスィム・ゲジ反乱と、2014年5月のコバニ・セルヒルダン(抵抗闘争)の間には、“作業に関連する事故”という名で報じられている、エーゲ地域の鉱山地帯で、301人の労働者が命を失った、ソマ炭鉱爆発事故があった。これが、階級問題を力強く、話題に乗せることになった。エルドアンと彼の政権がこの問題の対処で示した冷淡な対応が、国民の怒りに油を注いだ。しかし、より重要なのは、現在進行中の金属産業における戦いだ。政府は、今年1月‘国家安全保障’という馬鹿げた口実で、15000人の金属労働者の合法ストライキを禁じた。ところが金属労働者は、今回、選挙直前、5月中旬から、何万人もの労働者を闘争に参加させた山猫ストライキをおこない、すさまじい勢いで盛り返したのだ。この運動は、政府そのものに反対するものではなく、1980年の軍事政権以来、あらゆる政権が支持してきた暴力団と、金属工業雇用者団体に反対するものだった。だが、これは確実にトルコにおける不安感の雰囲気を増強し、選挙結果に影響した可能性がある。より重要なのは、金属工業のみならず、全般的に、階級闘争を増大させるという、長期的影響だ。
立て続けに出来事がおきていたことで、エルドアンの信頼性と名声が、既にむしばまれていたことが、6月7日の選挙で彼が大敗に苦しんだ背後にあった。エルドアンの命運を決したのは、国民民主主義党、HDPの選挙での勝利だったという事実によって確認できる。これは、今や様々なトルコ社会主義政党や集団におよぶ、クルド合法運動の化身だ。クルド政党は伝統的に、長年投票のわずか約6パーセントしか獲得することができず、1980年代初期、社会主義者とクルド政党を議会から排除する為、軍事政権が押しつけた、明らかな反民主主義条項の、政党が国会に議員を出すのに必要な、信じられない程高い10パーセントという閾値には足りなかった。今回、新政党は、投票の13パーセントを獲得し、絶対数では、600万票に近く、それ自体、地滑り的勝利だ。これはAKPにとって、少なくとも50議席の喪失を意味する。この背後には、二つの要因がある。
一つは、過去、AKPに投票していたクルド人の広汎な部分の疎外感がある。この疎外感は、コバニの窮状を前にしたエルドアンの冷淡さと、いわゆる‘解決プロセス’、つまりPKKとオジャランとの交渉に関する彼の変節の結果だ。もう一つの要因は、現代のプチブルジョアの立場にある多くのトルコ人や、プロレタリアート上層部、例えば事務員や公務員が、クルド政党に投票したという未曾有の事実にある。国民のこの部分は、伝統的に、ケマル主義、非宗教主義と共和国への執着が強く、それゆえ、イスラム教のみならず、トルコの‘不可分の結束’とされるものの利益に反すると見なされている、クルド運動に対しても敵対的だった。こうした人々が、HDPの得票を、イスタンブールやイズミルの様な都市で10パーセント以上のレベルに上げたのだ。もし、この層の大部分が、クルド政党に投票していたならば、クルド人が何十年間も味あわされてきた、長く続いている残虐な弾圧を発見して、タクスィム・ゲジ反乱参加者が突然のひらめきを体験した為なのだ。それで、極めて具体的に、タクスィム・ゲジ反乱と、コバニ・セルヒルダン(抵抗闘争)の結果が、HDPの得票倍増と、その結果としてのエルドアン敗北をもたらしたのだ。
一時的救済
答えが必要な疑問が一つだけ残っている。エルドアンを、昨年8月、共和国大統領につかせさえし、この敗北が、実際に表面に現れるまで、一体なぜ、それほど長期間かかったのか? その疑問に対する答えは、三つの異なる要因にある。一つは、支配勢力の政治と関係がある。先に強調した通り、タクスィム・ゲジ反乱は、国内的にも、世界的にも、支配層における、エルドアンの威信を破壊した。アメリカとEUは、彼を、極めて貴重なNATO同盟国にとって、不安定要素と見なし始めた。彼が社会の中でも、非宗教派を支持する中、エルドアンの大黒柱であったリベラル派、右翼と左翼は、抗議行動をする大衆に対する彼の残虐なやり口を許すことができず、必然的に離反した。教育界、マスコミ、警察や司法における強力な帝国であり、十年ずっと、AKPの非公式な連合パートナーだったギュレン運動は、彼を裏切り、2013年12月に、収賄調査書類を公表した。ところが、それにもかかわらず、エルドアンは生き延び、究極的には、大統領に選出された。これは彼のかつての敵達が、彼を破滅から救った為だった。
伝統的な支配勢力は、エルドアンが即座に没落する可能性は、深刻な経済危機、あるいは新たな大衆蜂起(あるいは実際その両方)をもたらすのではないかと恐れて、彼を権力の座にとどめる勢力に加わった。こうした勢力には、二つの異なる背景のものがある。一つは、AKP政府に対する“秘密結社エルゲネコン”と“スレッジハンマー(大打撃)”と呼ばれる二つの事件のクーデタ工作で投獄され、裁判を受けていた軍幹部だ。追い詰められたAKP政府は、釈放と完全な赦免と引き換えに、彼をひきずり下ろすのを控えることで、これらの勢力と合意した。だが、フォード、フィアットや、トルコ国内の他の多国籍企業パートナーでもあるトルコで最も強力な財閥、コチ・ホールディング社のトップにとって、ことは済んだわけではなかった。彼は両者の仲介をすべく介入した。今や、コチ一族自身は、エルドアンが招いた、トルコ・ブルジョア階級内部の分裂の反対側に立っていた。彼等は、新たに勃興しつつあるイスラム教主義者連中と権力闘争をしている、欧米化したブルジョア非宗教勢力の最強集団で、エルドアンが、イスラム教主義者を好んでいるのは明白だった。こうした同盟が、タクスィム・ゲジ反乱という地震の後、エルドアンにつかの間の休息を与えたのだ。
二つ目の要因は、国民のかなり多くの部分と彼が、極めて個人的で、カリスマ的な関係を築いた事実に関係している、この人々は、教育のある裕福な人々から概して軽蔑され、見下されてきたのだ。この功績は、彼自身だけによるものではない。これら大衆は、自分達のライフスタイルと宗教が、猛烈に非宗教的な共和国によって抑圧されてきたと感じて、伝統的に支配してきた欧米化された上流階級の、ブルジョア自身と、その政治上の手先の両方に対する敵意という階級本能の文化的反感を強めたのだ。より貧しい育ち出身のエルドアンは、彼等にとって、仲間の一人のように思えたのだ。
左翼
三つ目の要因は、左翼とクルド運動の過ちだった。それぞれの理由から、単に、これらの勢力は、タクスィム・ゲジ反乱の結果、エルドアンが劇的に弱体化していることを把握できなかったのだ。社会主義左翼は、歴史の原動力としての大衆への信頼を完全に失い、最悪の議会主義甲状腺機能低下症と表現するしかない戦略をとって、信じられない程早い段階で、反乱の道を放棄した。2013年12月、汚職に関し、閣僚達のみならず、彼自身が深く関係していた動かぬ証拠が国民に示された結果、エルドアンが危機にひんして、ぐらついていた時に、左翼は、3月末の地方選挙という大戦略を準備していたのだ! タイミングが非常にまずかったのみならず、これは上記で説明した理由から、敵の一番強い部分、つまり選挙で対決するという典型例だった。しかも、わずか三カ月前に、大衆反乱が終わったばかりの国において。
クルド運動に関しては、エルドアンが打倒されれば、‘解決プロセス’が即座に停止してしまうだろうという恐れから、彼等は民衆反乱に参加することを避けていた。ところが、彼等は、そのような大規模民衆反乱の一部となれば、彼等は実際、少なくとも、単に無視するわけには行かない遥かに強力な当事者になれただろうことに気がつかなかったのだ。タクスィム・ゲジ反乱のトルコ人民族主義者部隊が、軍隊を権力の座に引き戻しかねないという彼らの恐れは、人々の力を全く理解できないことを示している。
左翼の誤った政策がが、エルドアンに一息つく暇を与え、それが彼に大統領にのぼりつめる可能性を与えたのだ。今やAKPは、自分達だけでは政権を組めないが、エルドアンは依然、権力を掌握し続けるだろう。彼は権力にしがみつく為なら、これまでに手に入れた、あらゆるものを駆使するだろうし、その目的の為なら、対クルド人や、中東全体での戦争さえやりかねない。政治では、あらゆる過ちに、代償が伴うのだ。
我々全員にとって幸いなことに、これがトルコの唯一の現実ではない。トルコが一体どのような時期を通過しようとしているのかを理解すべく、事実を見てみよう。2013年のトルコの西半分における民衆反乱、2014年のトルコの東半分における民衆反乱、 2015年、金属労働者の大規模山猫スト運動は、依然続いている。労働者大衆と虐げられた人々が権力の座につけるような突破口を可能にする様、一体どのようなものを、歴史は結集してくれるだろうか? そういうことが起きた時には、我々は振り返って、“よくぞ掘ったり、老いたるもぐら!”と言うことができるだろう。
Sungur Savranは、イスタンブールを本拠としており、いずれもトルコ語で刊行されている新聞Gerçek(真実)と、演劇雑誌Devrimci Marksizm (革命的マルクス主義)と、ウェブサイト、RedMed編集者の一人である。
記事原文のurl:http://www.socialistproject.ca/bullet/1127.php#continue
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クルド人民兵部隊が「イスラム国」要衝を制圧
過激派組織「イスラム国」が首都と主張するシリア北部ラッカへ繋がる要衝を、クルド人の民兵部隊が制圧した。
というニュース映像を見た。
NATO同盟国のトルコ政権、「イスラム国」の後方支援をしているのに対し、クルド人部隊は、本気で「イスラム国」と戦っている。
この最新ニュース、あるいは、今回選挙の結果を受けた政権弱体化と関係しているのだろうか。
宗主国が自分でしかけ、自分で消すふりをする、軍産複合体の利益と、属国支配強化、一石二鳥の、マッチポンプ・テロ戦争で、これから世界中で後方支援させられる属国民にとって、この話題、人ごとではない。この属国とは違い、トルコの人々は、総選挙で、政権の暴走を止めた。
小林節慶大名誉教授もおっしゃる通り、狂ったことをやる政権は今度の選挙で倒すしかない。
一番最後の文句、二つの古典からのもの。
『ハムレット』一幕第五場での、ハムレットのセリフは、
Well said, old mole!
よくぞ言ったり、老いたるモグラ!
マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメールの18日』には、こうある。
And when it has accomplished this second half of its preliminary work, Europe will leap from its seat and exult: Well burrowed, old mole!
よくぞ掘ったり、老いたるモグラ!
「6.14国会包囲行動」石坂啓演説に感心した。文字起こしをしておられる方がいる。
悪辣な売国奴連中の計略をあばくような、迫力ある演説だった。
恥ずかしながら、道に迷い、たどり着いたのが遅かった為、政治家諸氏の演説拝聴していない。
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コメント
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いつも重要な情報を伝えてくださり、ありがとうございます。
記事に書いてあるとおり、トルコは政党が議席を獲得するために必要な得票率が高すぎですね。
前に少し調べたら、選挙制度が完全比例代表制の国では、政党が議席を獲得するために必要な得票率は、(主な国では)5%以下で設定している国がほとんどみたいです…。
ちなみに、南アフリカ共和国は、政党が議席を獲得するために必要な得票率を設定していないので、得票率が1%未満の政党でも議席獲得できるので、多様性がとても尊重される制度になっています。
投稿: 無党派 | 2015年6月22日 (月) 21時49分