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2015年5月 5日 (火)

ウクライナをカフカス、そしてヨーロッパ参入への前線基地として利用しているISIL

Mahdi Darius NAZEMROAYA
2015年4月5日| 00:26
Strategic Culutural Foundation

“欧米では、大半の人々がウクライナにおける戦争を、単にロシアが支援する独立分離派とウクライナ政府の間の戦いだと考えている。ところが、マルチン・マモンによれば、現場における真実は、複雑どころではない。特に、ウクライナ側に立って戦っている志願兵大隊にはそれが言える”。[1] このポーランド人映画監督が語っているのは、いわゆるイラクとシリアのイスラム国(ISIS) /イラクとレバントのイスラム国(ISIL)/「イスラム国」(IS)/ アル・ダウラ・アル・イスラミヤ・フィ・イラク・ワ・アッシャーム(DAISH/DAESH)戦士や、チェチェン独立派も含む、ウクライナに戦闘しにやってくる連中のことだ。

中国、ロシアと、上海協力機構の同盟基盤の一つは、彼らが“悪の三勢力”と呼んでいる“テロ、過激派と、独立分離派”と戦うことであるのは偶然ではない。fこうした勢力が派閥横断的なものであることは、人種差別主義国粋主義者と共に、アメリカ政府の同盟者として、司令官役で戦うISIS/ISIL/IS/DAISH/DAESHのウクライナへの配備から明らかだ。

事業と征服: コロモイスキーと、お雇い聖戦戦士

“表向き、国家が是認していても、それは必ずしも国家が支配しているわけではなく、ウクライナ人オリガルヒに支援されているものもあり、私人に支援されているものもある”マモンnotes aboutこれら外人戦士。[2] どういう名で呼ぼうと、チェチェン独立分離派を含むISIS/ISIL/IS/DAISH/DAESH戦士は、ウクライナ人や、ウクライナ人イスラム教徒を助けたくて、ウクライナにやってきているわけではない。そうではなく、彼らは腐敗したウクライナ・オリガルヒ集団や、アメリカ合州国の家来で、ウクライナに対するネオリベ経済横領と略奪の手先であるキエフの代理政府の歩兵になるために、ウクライナにやってくるのだ。こうした外人戦士は、自らを“兄弟”と呼んでいるが、億万長者イホル・コロモイスキーの様なオリガルヒの為に働く私兵部隊にまで加わりさえする。

コロモイスキーのISIS/ISIL/IS/DAISH/DAESHとのつながりも、マモンによって明らかにされた。マモンは言う。“コロモイスキーは、最初の志願兵大隊,それぞれ兵員約500名のドニェプロと、ドニェプロ-1の設立を支援した。数カ月間、彼は、アゾフ、アイダル、ドンバスや、右派セクター大隊を含む、幾つかの他の大隊も財政的に支援した。” [2] かれらはユーロマイダン後のウクライナで、最初の私兵だった。これは端緒に過ぎなかった。Thenウクライナ人オリガルヒは“必要となれば、事業や工場を守ってくれるのではないかと期待して、チェチェン人を招いた。” [3]

マモンは、東ウクライナでは、こうした私兵大隊基地の幾つかで聖戦を告げる旗が翻っているのさえ見ることが出来ると報じている。[4] 彼によれば、かなりの人数のイスラム戦士がいる三つの志願兵大隊がウクライナで活動している。(1)ドンバスの紛争地帯で活動しているジョハル・ドウダーエフ大隊。(2)ドゥダーエフ大隊から分裂し、マウリポリ周辺を基地にしている、シェイク・マンスール大隊。そして(3)クラマトルスクを基地とするクリミア大隊。[5] マモンによると、集団(百人隊)の一部として活動しているクリミア・タタール戦士の一団もある。[6]

“中東であれ 東ウクライナであれ、現代の戦争についての簡単な説明を求めてる人々にとって、ジョハル・ドウダーエフ大隊は見当違いの場所だ、とマモンは言う。[7]シリアで「イスラム国」 [IS/ISIS/ISIL/DAISH/DAESH] 側に立って戦ったチェチェン人を含め、旧ソ連共和国の多数のイスラム教徒がいるとは言え、ジョハル・ドウダーエフ大隊は“必ずしもイスラム教徒ではない”と彼は説明する。[8]マモンの見積もりでは、彼が見たドウダーエフ大隊では、戦士の約半数はウクライナ人で、大半がチェルカースィ州出身者、一方、それ以外は“チェチェンや、北カフカスのカバルダ・バルカル共和国出身だった。クリミア・タタール人も、アゼリー人や、そしてグルジアのバトゥーミからの人物も一人いた。”[9] 彼ら全員“彼らが共通の敵と考えるものに対して”戦うことで団結していたと彼は言う。つまり、対ロシア戦争で彼ら全員団結しているのだ。[10]

ウクライナは、ISIL資金集め用組織犯罪活動の場

東ウクライナや、ノヴォロシヤの反キエフ勢力が、コロモイスキーの事業基盤や、ドニェプロペトロフスクの個人的支配基盤に侵入するのを思い止まると、ウクライナ・オリガルヒは“突然興味を失い、志願兵大隊への支払いを止めた。右派セクター大隊は、彼の財産を差し押さえるという対応に出たが、ムナーエフはそうするわけには行かなかった。彼は外国人なので、ウクライナ当局が、彼の大隊を違法武装集団と見なし、解散させるのを恐れたのだ。ムナーエフは恨んではいるが、キエフ当局のことをあからさまに悪く言おうとはしない。” [11]

この時点で、これら“混乱の手先”と暴力団とのつながりが明らかになった。イラクやシリアやリビアでは戦利品や性的奴隷を持ち帰るが、ウクライナでは、連中は金も巻き上げ、現地の犯罪人連中とも深く関わるようになる。

シリアやコソボ同様、ウクライナは、こうした「混乱の手先」にとっての活動の場だ。“ウクライナでは、合法的でないビジネスもできる。カフカス、シリアやアフガニスタンで戦っている兄弟達の為にあぶく銭が稼げるのだ。ロシアが支援する独立分離派と戦う為に、‘合法的に’無登録の兵器を入手することが可能で、その武器を、堕落したウクライナ税関職員に賄賂を握らせて輸出するのだ”とマモンは説明する。[12]

2014年に、マモンがチェチェン独立分離派司令官のイサ・ムナーエフに会いにでかけた際 、ムナーエフはドンバスの前線で戦っていたわけではないと書いている。民兵指導者は“キエフで、軍隊を訓練し、資金と兵器集めをするのに多忙だった。” [13] 必ずしも犯罪的な事業だけを意味するわけではないが、“資金集め”には、イスラム教では禁じられている道徳に反するものや、犯罪活動も含まれる。

マモンは、ルスラン、イサ・ムナーエフの部下の一人、西ウクライナに行き、リウネで数週間行方をくらませたことについて説明している。“戻って来た際、彼はがっかりしていた。彼は現地マフィアに協力するよう説得しそこねたのだ”彼はルスランの任務についてそう説明する。[14]“だが今や、彼らを説得する論拠ができた。彼の部下が、地雷をかざして、誰も森に入れなくするのだ。現地の暴力団員は、儲けを分け合うか、誰も何も得られないかのいずれかになる”と彼は補足している。[15]

しかも、ルスランは、“借金を取り立てたり、競争相手を追い払ったりするため、キエフで“即応集団”をたちあげた。戦争がなくとも、金さえあれば - どこで稼げるか知っている限り、この新支部が影で活躍することは確実だ。必要とあれば、即応集団ボランティアは、リウネで地雷を監視したり、キエフで何百も運用されている違法カジノで、金を‘稼いだり’するだろう。[16]

資金集めに加え、イサ・ムナーエフが、キエフに作り上げた“即応集団”は、キエフ当局や、誰であれいわゆる“兄弟”を敵に回そうとする連中に報復する手段として機能する。マモンによれば“集団は、万一誰かが、ドウダーエフ大隊の評判を落とそうとするような問題に対処するある種の後方梯隊部隊なのだ”。[17]

こうした「混乱の手先」が、ウクライナを、作戦基地や資金集めの為に利用することは、ヨーロッパや、ソ連後の地域や、全世界の安全保障にとって脅威だ。マルチン・マモン自身、直接そう発言してはいないが、起きていることをくっきりと描いてみせている。“ウクライナは、今、ルスランの様な兄弟達にとって、重要な立ち寄り先になりつつあることだ。ウクライナでは、パスポートを購入して、別人になれるのだ。15,000ドルで、戦士は新しい名前と、ウクライナ国籍を証明する法的書類を手にいれられるのだ。ウクライナは欧州連合に加盟していないが、欧米に移民する為の容易な経路なのだ。ウクライナ人は、隣国ポーランドのビザを得るのはさほど困難ではなく、何百万人ものポーランド人が、イギリスやドイツで仕事を探しに出国した後に残された空席を満たすべく、建設現場やレストランで働ける。” [18]

北カフカスでの戦闘を再点火する為の橋頭堡として、ウクライナを利用する

シリアとイラクは、アメリカによって、対イランの踏み石として利用されているが、この二つの戦線は、ロシア連邦の南部連邦管区と、北カフカス連邦管区に潜入する為の踏み石としても利用されているのだ。シリアとイラク同様、ウクライナも、現代のロシア征服と包囲用踏み石として利用されている。

外人戦士が、ウクライナの国粋主義者を支援している目標の一つは、カフカスで新たな戦線を再点火する為の基地として、ウクライナを利用することだ。“‘我々のここでの目的は兵器を入手することで、それをカフカスに送るのだ’キエフで初めてあった「兄弟」のルスランは、全く躊躇なしに、マモンに認めた”[19] ムナーエフも、マルチン・マモンに“ウクライナで入手した兵器が、最後はカフカスの過激派の手中に落ちることを望んでいる”と認めた [20] “もしウクライナで成功すれば、チェチェンでも成功できる”と彼はマモンに語った。[21]

ジョハル・ドウダーエフ大隊、シェイフ・マンスール大隊や、ISIS/ISIL/IS/DAISH/DAESHにとって“ウクライナのドンバス地域における戦争は、対ロシア戦争の第二段階に過ぎない”。[22] 彼らにとって、究極的目標が、中東におけるカリフ統治であるのか、あるいは、単にロシアの影響力から自由なコーカサスの実現かは問題ではなく - 兄弟は国によってではなく、共同体と団結の意識によって団結するのだとマモンは説明する。[23]

ロシアと、その同盟諸国だけが脅かされているのではない。もし欧州連合が、自分達は安全だと考えているのであれば、間違いだ。リビア同様、ウクライナ中に兵器が広まって、取り返しのつかない状況に陥ってしまっているのだ。長期的に、これはヨーロッパとユーラシアの安全保障に大きく影響することになる。NATOによってリビアに注ぎこまれた兵器や、リビア軍補給廠から持ち出された兵器が、ニジェール、ナイジェリア、マリ、レバノン、シリアや、イラクに入り込んだのと全く同様に、ウクライナの兵器は、他の場所、特にヨーロッパやソ連後の地域へ入り込むことになるだろう。

マルチン・マモンは、最近シリアからやって来た司令官とした会話によって、これを説明している。“‘ウクライナ当局が、アメリカを助けようと、助けまいとどうでも良い’タタール大隊の司令官は私に言った。”とマモンは思いだしている。[24] 民兵が兵器を入手した以上、彼らは決してそれをウクライナ政府に引き渡すようなことはしない、シリアからやってきた司令官は、自分の狙いは、クリミアで、対ロシア反乱を立ち上げることだと説明しながら、マモンにそう語ったという。[25]

つい最近の2015年4月、アメリカが、対ロシア・テロや、北カフカスの分離独立派反乱者を直接支援して、ロシアを引き裂こうとしている現場を押さえたことを、クレムリンが明らかにしたのも驚くべきことではない。“我が国の治安機関は、北カフカス戦士と、在アゼルバイジャン・アメリカ諜報機関代表との直接の接触を記録した”と、ロシア-1チャネルで放映されたドキュメンタリー“クリミア: 祖国への道”の中で、ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領が明らかにした。

ジョージ・W・ブッシュ大統領に、アメリカによるロシア不安定化支援について率直に話すと、ブッシュはそれは止めると約束したが、ロシアは例外的な国に出くわし、追ってアメリカから、ワシントンに出来るのは、対ロシア独立分離派やテロリストを後援するのを嬉しく思うことだという、実に偽善的な手紙が来たのをプーチンは明らかにしている。

こうしたアメリカの行動は、明らかに行動様式・連続体の一部だで。ワシントンは、コソボで、セルビア人に同じことをした。アメリカは、シスタン-バロチスタンで、イランに対して、同じように行動した。アメリカは、チベットと新疆で、中国に対して、同じことをした。今や、ウクライナがそれに加えられたのだ。

ユーラシア支配という衝動から、ワシントンは、オレクサンドル・ムジチコの様なウクライナ人国粋主義者が、ウクライナの、ISIS/ISIL/IS/DAISH/DAESHの系列団体によって“兄弟”と見なされ、イスラエルが、シリアで、アル-ヌスラ戦線に協力するような非神聖同盟を生み出したのだ。よろしいだろうか。ネオナチ、ワシントン、ウオール街、NATO、アルカイダ、イスラエルとアラブ独裁制諸国と、ISIS/ISIL/IS/DAISH/DAESHだ。

[1] マルチン・マモン、“戦いのさなか、聖戦の出入り口となったウクライナ” Intercept、2015年2月26日

[2-3] マルチン・マモン、“イサ・ムナーエフの戦争: ウクライナで戦うチェチェン人司令官の最期の日々” Intercept、2015年2月27日。

[4] マルチン・マモン、“戦いのさなか” 前掲書中

[5-11] マルチン・マモン、“イサ・ムナーエフの戦争” 前掲書中

[12] マルチン・マモン、“戦いのさなか” 前掲書中

[13] マルチン・マモン、“イサ・ムナーエフの戦争” 前掲書中

[14-19] マルチン・マモン、“戦いのさなか” 前掲書中

[20-21] マルチン・マモン、“イサ・ムナーエフの戦争” 前掲書中

[22-23] マルチン・マモン、“戦いのさなか” 前掲書中

[24-25] マルチン・マモン、“イサ・ムナーエフの戦争”前掲書中

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2015/05/04/isil-is-using-ukraine-as-a-forward-base-into-caucasia-and-as-for-entry-into-europe.html
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大本営広報、数日前、二大政党制の限界というような記事が載った。イギリスが話題。腰の引けた記事。自分たちが率先して、小選挙区制、二大政党制は素晴らしいと、とんでもない代物を売り込んだ責任をとるわけにはゆかないのだろう。慰安婦やら、吉田誤報は、誤報かもしれないが、小選挙区制、二大政党制宣伝は、洗脳虚報。犯罪だ。

プーチン大統領の連載記事も、「違法な侵略、併合をして孤立しているのはプーチン大統領だ」という調子。
ウクライナのファシスト政権樹立が宗主国の画策であることには全く触れず、ロシアの反撃は理不尽だと書く洗脳連載記事。

「冷戦で我々は勝利しました。」と乳母日傘氏が宣言したと冒頭にあったので期待したのがあさはかだった。
そもそも、冷戦でソ連が崩壊したから、宗主国は、思う存分にこの属国叩きができるようになったのだ。豚は太らせてから食え。冷戦で我々は敗北したのだ。

政治の素人でも判定できる つぶやく9条危機 高田延彦さん という記事がある。

舞の海さん、日本人力士の"甘さ"は「憲法前文のせい」 憲法改正訴える という記事もある。

同じプロ・スポーツ出身者でも、前者は勇敢だが、後者は醜悪。

今場所から、彼の解説、画面を切り換えることにしよう。健康食品コマーシャルに辟易しているのだが。相撲解説は一流かも知れないが、宗主国・属国関係理解は三流以下。彼は下記文章を読んではいないだろう。

2013年に翻訳した記事『国家の殺し方 オーストラリアがアメリカと結んだ破滅的な貿易協定』書評
の中で、相撲、アメリカン・フットボールに関する部分を引用させて頂いた。

アジア力の世紀 ─どう生き抜くのか』。70ページ~72ページ
       1 アメリカン・グローバリズムの外交戦略

    アメフトと相撲

     アメリカン・フットボール─アメフトと略称される米国の国技だ。対する日本の国技は、相撲である。この二つの国技の違いに、両国の外交文化の差が集約されている。私はその差を、最初の留学先、首都ワシントンで、クラスメートたちと初めて練習試合をした時に痛感した。「ボールは左に投げるふりをするから、お前は右に回り込め。
     そしてボールを取ってすぐ、敵の裏をかいて今度は左端のジョンに飛ばせ」。
     試合開始前、綿密な作戦会議を行う。ハーフタイムごとに戦略を練り直す。まさに戦略と謀略ゲームの極致である。
     しかも重くてぶ厚い防具をつけて戦う。そして超ミニの華麗なチアガールがフィールドに繰り出し戦意を高揚させる。まさに重武装とソフトパワーで戦うゲームでもある。
     対する日本の相撲は、まわし一本以外、何もつけない。土俵に塩をまき、不正をせずに技を競い合いますと観客の前で誓う。この文化の中で日本外交も展開する。正議論が好きな国民性がそのムードに拍車をかける。

     だから日本の外交は、外交ゲーム、とりわけ米国流外交ゲームにつきものの、謀略とリスクに気付かず、リスクも、真の脅威も見極めることをしない。正義はいつも我にありと考える。
     相手方の行動を善か悪かで判断し、同盟国の善意を信じ好意に期待する。逆に非同盟国は悪意に満ちていると疑わず、その崩壊を期待する。領土問題でも拉致問題でもそうだ。

この文章は更に、「アメリカ外交ゲームの謀略」と続く。

今回翻訳した文章の内容も、その文脈に続くものだろう。

大本営広報部、大政翼賛会と毎回表現しているが、数日前の『戦後70年 歴史家からの警告 ジョン・ダワー氏インタビュー』は、さすがに違う。録画して、見直している。あの民放番組は秀逸。稀な例外。
こういう素晴らしい本物の報道番組、いつまで可能なのだろうと、毎回不安。

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A紙のKということにしておきます。

この人物、社会部から外報部へ移り、1978年から80年からサンパウロ支局長を務め、ラテン・アメリカの出来事を記事にしていました。その後、ヨーロッパ総局長になったようで、社内の評価は高かったのでしょう。ちなみに、私が会った中で最も優秀だったA紙の記者は現場から外されました。銀行スキャンダルで上司と衝突していたようです。

リチャード・ニクソン時代、ヘンリ・キッシンジャーの命令でCIAはチリのサルバドール・アジェンデ政権を倒す秘密工作を開始、1973年9月11日にオーグスト・ピノチェトを中心とする部隊が軍事クーデターを成功させました。

この軍事政権はアメリカ資本にとって都合の悪い人びとを拘束、拷問、殺害してミルトン・フリードマンの「経済理論」を実践する下地を作ると同時に、他の軍事政権と共同で反対勢力を抹殺する「コンドル」計画を始めました。その背後にはアメリカがパナマで創設した「テロ学校」のSOAがあったことも有名です。

ニカラグアで革命があった1979年、「ニカラグア民主革命同盟(ADREN)」の軍事部門として「9月15日軍」が設立されました。1980年にエル・サルバドルで「死の部隊」がオスカル・ロメロ大司教を暗殺しましたが、この工作に「9月15日軍」も関与しました。

この時代、ラテン・アメリカでは「死の部隊」が各国で暗躍していましたが、その実態は軍人や警官で、タグを付け替えただけでした。その後、アメリカ政府はニカラグアの革命政権を倒すために「コントラ」を組織、麻薬取引で資金を調達するようになります。これはCIAの内部調査でも確認されましたが、有力メディアは無視しています。

それはともかく、アメリカを後ろ盾とするエル・サルバドルの軍事政権は左翼ゲリラと内戦状態になり、この戦いをテーマにしたオリバー・ストーン監督の「サルバドル」という映画が製作されました。この内戦をKは一貫して軍事政権の立場(つまりアメリカ政府の立場)からゲリラを悪魔化した記事を書いていたと記憶しています。

このA紙、ウクライナ情勢についてプーチンを悪魔化して描いているようですが、昔も今も編集方針に変化はないということですね。

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