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2013年9月11日 (水)

米ジャーナリストのチャールズ・ホーマン 自国の援助を受けたチリ・クーデター政権によって殺害か?

デモクラシー・ナウ!
2013年9月9日、月曜日

ゲスト

ジョイス・ホーマン:チリで1973年のクーデター直後に行方不明になり、殺害されたジャーナリストで人権活動家のチャールズ・ホーマンの未亡人。彼の物語が映画『ミッシング』の焦点だった。ジョイスは、2000年にピノチェトに対して刑事訴訟を起こし、ピノチェト政権時代の人権侵害に関して進行中の調査を支援する為、チャールズ・ホーマン真実財団(Charles Horman Truth Foundation)を設立した。

ピーター・ウェイス:憲法上の権利センター(Center for Constitutional Rights)理事会副議長。チャールズ・ホーマンの死に関するキッシンジャー他に対する訴訟で、彼はホーマン家の代理人を務めた。

アメリカが支援したチリの軍事クーデター40周年と、犠牲者の遺族達による、正義を求めるという継続する取り組みを検討する中で、チャールズ・ホーマンの事件を見てみたい。31歳のアメリカ人ジャーナリスト兼映画監督、ホーマンはクーデターの際、チリにいて、民主的に選出された大統領サルバドール・アジェンデ打倒へのアメリカの関与について記事を書いた。それから間もなく、彼はチリ軍兵士達に拉致され、後に殺害された。ホーマンの物語は、息子を探すためチリを訪れた彼の父親、エドモンド・ホーマンを追う映画、1982年のオスカー賞ノミネート作品『ミッシング』で語られている。夫の死における彼の役割で、ピノチェトを刑事訴訟し、ピノチェト政権時代の人権侵害に関する進行中の調査を支援するためにチャールズ・ホーマン真実プロジェクト(Charles Horman Truth Project)を設立したチャールズ・ホーマンの未亡人、ジョイス・ホーマンさんに参加頂く。チャールズ・ホーマンの死に対する、キッシンジャー他への訴訟でホーマン家の代理人を務めた、憲法上の権利センター(Center for Constitutional Rights)理事会副議長、ピーター・ウェイス氏にも参加頂いた。

番組の文字起こし

これは急ぎの文字起こしであり、必ずしも最終的文章ではない。

エイミー・グッドマン: アメリカが支援した1973年9月11日のチリ軍事クーデターは今年で40周年を迎えますが、現在、ピノチェト将軍独裁政権の下で殺害された何千人もの人々の遺族達が、正義を求め続けています。クーデター時に、チリにいて、アジェンデ打倒へのアメリカの関与について記事を書いた31歳のアメリカ人フリーランス・ジャーナリスト兼映画監督、チャールズ・ホーマンの事件を見てみましょう。それから間もなく、彼はチリ軍兵士に拉致され、後に殺害されました。

それから何が起きたかについての物語は、1982年のオスカー賞ノミネート作品、『ミッシング』の中で語られていますが、映画は、クーデターの殺りくのさなか、映画の中ではシシー・スペイセクが演じる義理の娘と一緒に、息子を探す為、チリを訪問する、彼の父親、エド・ホーマンを追っています。これは映画の中の、ジャック・レモンが演じるエド・ホーマンが、チリで、アメリカの高官と会う場面で、当時の大統領リチャード・ニクソンの写真が、背後の壁に掛かっています。ホーマンは、兵士達がチャールズを拉致したのを知ってチリを訪れましたが、その時点で、射殺されたことはまだ知らずにいます。

    アメリカ大使: [リチャード・ヴェンチャーが演じている]政治的な問題をお話になりたいと伺いましたが。

    エド・ホーマン: [ジャック・レモンが演じている] なんですって?

    アメリカ大使: [リチャード・ヴェンチャーが演じている] この国には、ある種のアメリカ警察による支援計画が存在する可能性があると仰っておられますな?この国には、その様な類のものは何も存在しないと申しあげたいと思います。

    エド・ホーマン: [ジャック・レモンが演じている] 大使、私は政治には関心はありませんし、私がその話を出したのは、あなたの指揮下にある、あらゆる資源を使って頂きたいと思ったからに過ぎません。

    アメリカ大使: [リチャード・ヴェンチャーが演じている] 繰り返しますが、ホーマンさん、そのような作戦は存在しません。

    フィル・パトナム領事: [デヴィッド・クレノンが演じている]あなたが訪ねたい病院の許可は取りました。

    エド・ホーマン: [ジャック・レモンが演じている] 国立競技場はどうでしょう?

    フィル・パトナム領事: [デヴィッド・クレノンが演じている] 試みていますが、いささか厄介でして。

    アメリカ大使: [リチャード・ヴェンチャーが演じている] 何とかしろ。

    エド・ホーマン: [ジャック・レモンが演じている] 厄介とはどういう意味ですか? 皆さん、大変な時だというのはわかっています。皆さん方にとって、楽しいものではないでしょう。ベスや、私や、チャールズるとっては、決して楽しいものではありません。皆さんが最善を尽くしておられるのは分かっています。私は信じるしかありません。それが我々唯一の望みです。しかし、あなた方は、あらゆる仕組みをお持ちだ。おわかりですか? あなたにはあらゆるコネがあります。私はニューヨーク市の中年の実業家です。私はスペイン語は一言も話せません。それでもやってきました。息子は撃たれているかも知れません。彼は拷問されたかも知れません。彼は、神よ、酷く殴られ、十分回復して解放できるようになるまで、留め置かれているのかも知れません。私はわかりません。もうかまいません。もう、本当に、かまいません。済んだことは仕方ありません。何とか、彼を連れて行った人々と連絡をとって、彼等に、チャールズを、どのような状態であれ連れ帰ると言いたいだけなのです。騒ぎを起こすつもりはありません。新聞に言いつけるつもりはありません。皆さんがどのような承諾書を作られても結構です。私は署名します。私はあらゆる人々を、あらゆることに対して、免責します。私は彼を取り戻したいだけです。彼は私の一人息子なのです、大使。

エイミー・グッドマン: 1973年のチリ・クーデターの際、ジャーナリストのチャーリー・ホーマンに何が起きたかを発見しようという苦闘を扱った1982年の映画『ミッシング』の一場面です。ジャック・レモンがホーマンの父親、エド・ホーマンを演じています。

今日はチャーリー・ホーマンの未亡人、ジョイス・ホーマンさんにご参加頂きます。彼女は、夫の死における役割で、ピノチェトを刑事訴訟し、ピノチェト政権時代の人権侵害に関する進行中の調査を支援する為、チャールズ・ホーマン真実プロジェクト(Charles Horman Truth Project)を設立されました。そして、アウグスト・ピノチェトを、チリから、彼が逮捕されたロンドンまで、多数の人々の殺人者達を探し出す為、裁きを受けさせようとすることに関与した人々を世界中から集めたのは、彼女の財団でした。アウグスト・ピノチェトの17年間の統治下で、何千人ものチリ人が殺害されました。正義のために戦ってこられた方々の一部が、今晩40年前に起きたことを思い起こすイベントに集まります。

ジョイス・ホーマンさん、デモクラシー・ナウ!にようこそ。

ジョイス・ホーマン: 有り難う。

エイミー・グッドマン: コスタ・ガヴラスの映画『ミッシング』は確かに、ご主人をアメリカ合州国中で有名にしましたが、チャーリーがアメリカ人だったことも示しています。ピノチェト統治下での年月に、何千人ものチリ人殺害されました。ご主人が拉致された日についてお話ください。お二人はサンチャゴに暮しておられたのですか?

ジョイス・ホーマン: 私達はサンチャゴに住んでいました。そして彼は、クーデター直前に、ニューヨークから、友人を連れて行って、5日間も閉じ込められたヴィニャ・デル・マールから戻ろうとしていたのです。彼は日曜日に戻り、そして、月曜、彼は都心にでかけ、航空券を探そうとしていたのです。外出禁止令は、その日解除されていましたから。それだ彼と友人のテリーは、サンチャゴ中心部に、出国の切符を探しに行ったのです。

エイミー・グッドマン: 彼は何を見たのでしょう。彼はどこにいたのでしょう?

ジョイス・ホーマン: 彼がどこにいたかですか。彼は沖に停泊するアメリカ戦艦を見ました。彼はヴィニャ・デル・マールで、クーデター開始を見たのです。道路が全て封鎖されていて、鉄道も、クーデター前、月曜夜、その夜、止められていたのを経験し、それで彼はクーデターが起きているのを知ったのです。けれども、彼は、宿泊したホテルで、クーデターを自分達の手柄にして、成功を大いに喜んでいた軍、アメリカ軍の人々とも出会っていたのです。そして、夫はジャーナリストですから、これはアメリカ合州国では誰も知らないことだと分かったのです。ですから、彼はそれが、その時点で驚くべき情報であることにも気がついていました。

エイミー・グッドマン: それで、彼はチリの首都サンチャゴに戻ったのですね。クーデターの朝、お二人は会っていたのですか。

ジョイス・ホーマン: ええ。最初からもう一度お話しないと駄目なようです。当時サンチャゴで行われていた索敵殲滅作戦の為、ヴィニャの軍人達と会う為、封鎖を越え、ヴィニャ・デル・マールにたどり着いた、アメリカMILGROUP、軍事集団のトップによって、彼はサンチャゴに連れ戻されました。二人は彼に、チャールズとテリーがサンチャゴに戻れるよう同乗させてくれないか頼んだのです。彼の名前はレイ、レイ・ディヴィス陸軍大尉で、彼は我々の話の中で極めて特別な人物で、彼の身柄引渡要求が、最近発行されました。最近、チリ最高裁判所で承認されました。話を戻させてください。それで、彼が再度、道路上のあらゆるバリケードを抜けて走り、ピノチェトの軍とあらゆるコネがあったので、彼等をサンチャゴに連れ戻し、土曜日に、サンチャゴで彼等を下ろしました。彼等は日曜日に戻りました。申し訳ありませんが、あなたの最初の質問を忘れたようです。

エイミー・グッドマン: あなたはあの日、彼を最後に見た日、何をされていましたか。またご主人はどのように拉致されたのですか

ジョイス・ホーマン: はい。

エイミー・グッドマン: 彼が拉致、どうやって彼が拉致されたとわかったのですか。

ジョイス・ホーマン: はい。一週間、ほとんど通信がなかったので、他の友人達の安否を確認する為、私は家から出て行く時に、さよならを言いました。そして彼は友人のテリーを街の中心部に、出国方法を探そうとでかけたのです。夜間外出禁止令の為、その晩私は帰宅しませんでした。バスの運行が止まっていたので映画『ミッシング』が描いている通り、私はその晩、階段吹抜けで過ごしました。

翌朝、家に戻ると、家は徹底的にあらされていました。そして隣人達は、夫を拉致した警察か、軍隊の連中が多分戻ってくるから、どこかよそに行きなさい。ただ彼等は、軍か警察が主人を拉致したのだとは言いませんでした。隣人達は軍か警察がきて、物色したとだけ言いました。主人があの晩帰って来たのかどうか確信はありません。

翌日だったと思うのですが、近隣の隣人達が、軍諜報機関から"髭をはやした過激派英米人を知っているか?"と尋ねる電話を受けたのです。それで隣人たちは怖がりましたが、それは、軍が実際にチャールズを捕らえているのだと言っていたわけです。機会を得て、実際、彼が拉致されたことを説明し、彼を見つけ出す助けをして欲しかったので、領事館と大使館に行きました。彼等は物色された家から何が持ち出されたかについて、より関心を持っていました。しかし、それがあの時点でのアメリカ当局との最初の接触でした。

エイミー・グッドマン: ちょっと先にとんで、映画『ミッシング』に戻りますが、我々が見る映画では、あなたの役はベスと呼ばれています。あなたが決められたのですね。関与したいとあなたが思う映画になるかどうか確信がもてなかったので。

ジョイス・ホーマン: その通りです。

エイミー・グッドマン: あなたの役は、シシー・スペイセクが演じていますが、現在に至るまで、彼女は、あなたは、この物語に非常に密接に結びついていますね。

ジョイス・ホーマン: んー。

エイミー・グッドマン: 彼女と、あなたの義父、チャーリーの父親エドを演じたジャック・レモンは国立競技場に行き、そこで拡声器を使って、チャーリーがそこにいるかどうか質問することを許されます。打倒された社会主義者のサルバドール・アジェンデ大統領支持者の何千人もの人々が、1973年9月11日のクーデター後の日々、捕られ、国立競技場に連行されたのでした。

    ベス・ホーマン: [シシー・スペイセクが演じた] チャーリー? ベスです。チャーリー、お父さんと、アメリカ領事と来ています。私の声が聞こえたら、出てきてください。家に帰りましょう。

    エド・ホーマン: [ジャック・レモンが演じた]チャールズ・ホーマン!お前の父親、エドモンドだ。お前に私の声が聞こえて欲しいと思って、ここに来た。チャールズ? チャールズ? ロサンゼルスからニューヨークまで一緒に横断旅行をしたのを覚えているか? 二人だけで。

エイミー・グッドマン: アウグスト・ピノチェトが権力を握り、17年間の統治下で、行方不明になり、殺害された何千人もの人々の一人、チャーリー・ホーマンについての1982年のコスタ・ガヴラスの映画『ミッシング』の一場面でした。こちらは、デモクラシー・ナウ! ヴィクトール・ハラの歌を聞いた後、議論を続けます。

[休憩]

エイミー・グッドマン: 亡くなった方々全員の40周年に、我々が哀悼の意を表している、40年前の1973年9月11日のサルバドール・アジェンデに対するチリ・クーデターの際に、拷問され、処刑されたチリ人シンガー・ソングライター、フォーク歌手のヴィクトール・ハラによる"プレガリア[ア]ウン・ラブラドール(ある労働者の為の祈り)" です。我々のウェブ・サイトdemocracynow.orgで、これまでの我々の報道の一覧をご覧いただけます。

40周年の報道を続けますが、チャールズ・ホーマンの未亡人、ジョイス・ホーマンさんにご参加頂きます。彼女はピノチェト政権時代の人権侵害に関する進行中の調査を支援する為に、チャールズ・ホーマン真実プロジェクト(Charles Horman Truth Project)を設立されました。

憲法上の権利センター(Center for Constitutional Rights)理事会副議長のピーター・ウェイスさんにもご参加頂きます。チャールズ・ホーマンの死に関して、ヘンリー・キッシンジャー他に対する訴訟で、彼はエド・ホーマン家の代理を務めていました。今日午後、そして今夜、ニューヨーク市で大規模な集会があります。40年前の当時亡くなった人々に追悼の意を表す為、世界中から人々が集まります。パー・クアヴェニュー、583で、チャールズ・ホーマン・トルース財団が運営するフォーラムと討論とパネルがあります。

チャールズ・ホーマンが拉致される一日前の、当時の大統領リチャード・ニクソンと、国家安全保障顧問、ヘンリー・キッシンジャーの会話の機密解除された書き起こしの一部を読みたいと思います。チリ・クーデターにおけるアメリカの役割を論じて、キッシンジャーはこう言っています。"チリの出来事は確立された。" ニクソンはこう答えています。"ああ、我々はやっていない。承知の通り、我々の手の内は明かされていない。" キッシンジャーはこう答えています。"我々がそれをしたわけではない。...我々は彼等を手助けしたのだ。[単語脱落]出来るだけ素晴らしい条件を作り出した。" そして、ニクソンは答えています。"その通り。" それから二人は議論しています。"このリベラルのたわごと" 民主的に選ばれた政権の打倒に関するマスコミについて、キッシンジャーは述べています。"アイゼンハワー時代なら...我々は英雄だったろう。" これは国家安全保障公文書保管所向けに機密解除された、機密解除されたメモからのものです。これはピノチェトと、あの時代について書いたピーター・コーンブルーの新刊に出ており、ピーター・コーンブルーがネーション誌に書いた最新記事にも引用されています。

ピーター・ウェイスさん、対アジェンデ・クーデターでのヘンリー・キッシンジャーとリチャード・ニクソンの役割は?

ピーター・ウェイス: 社会主義者のサルバドール・アジェンデがチリ大統領になると直ぐに、彼を排除しなければならないと、彼等が決めたのですから、クーデターの責任は彼等にあります。しかもチリは、アメリカ合州国が当時、指導者を排除しようと決めていた唯一の国ではありませんでした。そして、キッシンジャーは最終的に「40委員会」担当になりました。この組織は、それが実際に一体何をするものか言うわけには行かないので、そのような得体の知れない名前を付けられていたのです。しかし狙いはクーデターの準備でした。クーデターには、基本的に二つの路線がありました。第一路線は、国務省が、ある程度公然と取り仕切るものです。そして、第二路線、完全に秘密裏に、CIAが取り仕切るものがありました。クーデターを準備し、動員し、アジェンデ排除に関心を持つ大企業と関係を維持できるようにする為、ニクソンは、CIAに、1000万ドルを割り当て、それは、マスコミも活発化させたものと思われます。そして、あなたが、ニクソンとキッシンジャーが"我々はこれをやったが、我々がこれをやったわけではない"と言ったのを引用された通り、それは機能したのです。

エイミー・グッドマン: 機密解除された、1973年8月25日付けのチャールズ・ホーマン事件に関するアメリカ国務省メモの一節を読み上げたいと思います。そこにはこうあります。"アメリカ諜報機関が、ホーマンの死において、まずい役割を演じていた可能性を示すいくつかの情況証拠がある。最善の場合は、チリ政府による彼の殺害を動機づけるのに役立つ情報の提供、あるいは確認に限定される。最悪の場合は、アメリカ諜報機関は、チリ政府が、ホーマンのことを、むしろ深刻にとらえていることを知りながら、妄想症によるチリ政府の論理的帰結を思い留まらせる為に、アメリカ当局者は何もしなかったのだ。"

ピーター・ウェイス: 実際、チャールズ・ホーマンが、自国の政府から見捨てられたのは、二つの方法によるのです。一つは、アメリカ政府が、クーデターの画策を支援したこと、そして、もう一つは、彼が大変危険な状態にあると考えるあらゆる理由があったにもかかわらず、彼等は、彼をチリから救い出す為には何もしなかったことです。そして国際法があります。国民が外国で殺害されないよう保護するのは政府の義務です。アメリカ合州国は、それについて、何かをすることに、完全に失敗したのです。

エイミー・グッドマン: キッシンジャーはまだ存命です。ニクソン大統領はもちろん亡くなりました。ジョイスとピーター対キッシンジャー訴訟は却下されました。なぜですか?現在、キッシンジャーが対象の訴訟はあるのですか?

ピーター・ウェイス: 今、そうした訴訟はないと思います。アルムデナはいくつか知っているかも知れませんが、私は訴訟中のケースを知りません。我々の訴訟が却下されたのは、我々が証拠開示手続きを行えなかった為です。民事であれ、刑事であれ、訴訟をする場合には、証拠を探し、その証拠を判事や陪審員に提示しなければなりません。我々に必要な全てのものが機密扱いで、我々は入手できないと言われたのです。それで結局、事件は却下されざるを得ませんでした。チャールズの死と、ジョイスさんが触れた、組織のトップだった人物、レイ・デービスのような人々との間の因果関係を我々が明らかにできなかったので。

ジョイス・ホーマン: 軍事グループの

エイミー・グッドマン: MILGROUPの

ピーター・ウェイス: 大使館の軍事グループの

エイミー・グッドマン: 最後に、あなたが国際法に言及されたのですが、シリアに対する、ありうる攻撃を目前にして、国際法が最近しきりに言及されています。ピーター・ウェイスさん、あなたは国際法の擁護において伝説的ですね。どのような類似点があるでしょうか?

ピーター・ウェイス: 二つの類似点があります。一つはアサド政権が、二年半にわたって、多数の国際法違反を行っていることです。宜しいですか? 彼等は爆撃したのです。彼等は民間人居住地域にロケット砲を撃ち込みましたが、これは国際法の重大な違反です。そうしたことが国際法違反である事実に誰も触れません。そして化学兵器で、皆言っています。"おお、とうとう彼等は国際法違反をした。" 以前、彼等は何をしていたでしょう? 国際法に従っているでしょうか?もちろん、従っていません。それが、まず一つです。
もう一つは、もしも

エイミー・グッドマン: あと15秒です。

ピーター・ウェイス: オバマは、国際社会の承認無しで、シリアを攻めることを決めています。国際法の途方もない違反で、彼は有罪になります。国際法に違反しながら、国際法を守ることはできないのです。

エイミー・グッドマン: シリアと、このチリ・クーデター40周年について、明日も、デモクラシー・ナウ!でお話を続けたいと思います。

記事原文のurl:www.democracynow.org/2013/9/9/was_us_journalist_charles_horman_killed
題名は、日本語のデモクラシー・ナウ!のものをそのまま流用させて頂いた。
日本語の紹介記事は、日本語のデモクラシー・ナウ!でお読みいただける。
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『☆デモクラシー・ナウ!は財政難です。支援の一環として、対訳ニュースレターやDVDをぜひご購入ください。』

セクハラをしても、白痴番組の司会は続けられるが、良い番組には手間と時間とお金が掛かるだろう。皆様の浄財が投入されれば、インチキ翻訳も不要になる。

アジェンデ打倒工作、チリのシカゴ・ボーイズの興味深い話、ナオミ・クラインの名著『ショック・ドクトリン』でも読める。本の冒頭、精神病の治療、というか荒療治で、ショックを与えて、マインド・コントロールする情景から始まる。
映画の「ショック・ドクトリン」も素晴らしい。

『ミッシング』は下記を受賞している。
第35回カンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールおよび男優賞(ジャック・レモン)受賞
第55回アカデミー賞脚色賞受賞。

アメリカでは、こういう骨のある映画、なかなか作れまい。
『ミッシング』ではなく、同じ監督による『戒厳令』を、9/11当日、テレビ深夜放送で見たような気がする。もちろん記憶は完璧に混乱している可能性が高い。何時見たかは別として、話の展開に釘付けにされた。ガヴラス、素晴らしい監督だ。

『ミッシング』も『戒厳令』も、宗主国の本質・実績を知るため国民必見映画の一つに思える。
そういう宗主国が、夢いっぱいのTPPを押しつけて下さると思う方が万一おられれば、ネジが完全にはずれておられるに違いない。

国民に向けたアジェンデ演説を以前翻訳した。

9/11 サルバドール・アジェンデの遺言 (1973)2008年10月25日 (土)
スペイン語、一年程の独学ゆえ知識はいい加減。そこで他言語の訳も参照した。

倒され自殺したとは言え、アジェンデのような理想主義の指導者が実在した国もある。
たまに引きずりおろされるが、アジェンデのような理想主義の指導者ほぼ皆無の国もある。

異神の怪も、「直ちには影響はない」政治家氏も、宗主国の命令である、集団自衛権(集団先制侵略攻撃用傭兵化)に賛成の声をあげている。

1973年9月11日:アメリカ支援によるアジェンデ政権打倒軍事クーデター
2001年9月11日:アメリカ同時多発テロ事件とされるもの
2005年9月11日:郵政民営化(=破壊)衆議院選挙。今思えばTPP原型発動。

大本営広報部、韓国TPP加盟の意向!といって煽る。アメリカや、マレーシアやニュージーランドにおける市民団体の地道な反対運動は、決して報じない。

地獄への競争を煽るのが彼らの仕事。米韓FTAの実体を詳しく報告してくれている大本営広報部はもちろん存在しない。

「完全にコントロールされている」のは、福島原発事故でなく首相・国民の思考。
「歴史は作られた」と猪痴爺発言。確かに「汚染被害隠蔽の歴史は作られた」

日本初の公害、政府の隠蔽・弾圧と戦った、非戦平和主義者田中正造没後百年(9月4日)から数日後の実に皮肉な状況。

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コメント

田中正造没後100周年にチリ民主主義没後40周年(のちに復活)ですか。2013年は意義深い年ですね。

米国内の分裂が叫ばれて久しいですが日本も分裂しています。それを白日の下に晒したのが東京オリンピック招致。世界の大都市東京で「おもてなし」の精神で開催するために地方の同胞を切り捨てる、というもの。これまで東京の電力を支えてきた福島、かの地は放射性物質汚染源となりその役割は終わったと宣言したのです。なんと破廉恥なことでしょう。

言論封殺、思想弾圧、人権破壊、報道統制、密告奨励を推進する警察国家に深化し、戦前と変わらぬ姿を取り戻しつつある日本。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」

わずか70年、世代でいえば三世代で約束を反故にしてしまう健忘症の日本です。「売り家と唐様で書く三代目」とは日本国家のことです。

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