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2013年7月27日 (土)

コチャバンバ水戦争:「水戦争」から10年 マルセラ・オリベラ、市営水道民営化阻止の対ベクテル民衆闘争をふり返る

2010年4月19日、月曜

Democracy Now

十年前の今月、ボリビアの都市コチャバンバは、市の最も不可欠な天然資源の一つ、水を巡る歴史的な戦いの中心だった。水戦争は、シアトルの戦いからわずか数カ月後に起きた。コチャバンバ街頭での反ベクテル蜂起は、大企業グローバリゼーションに反対する国際闘争の体現と見なされている。水戦争の十周年を記念して、先週コチャバンバに、世界中から水問題の活動家達が集まった。[下記は番組の書き起こし]

番組の文字起こし

これは急ぎの文字起こしであり、必ずしも最終的文章ではない。

10年前、この路上で、この町コチャバンバの17歳の住民、ビクター・ウゴ・ダザが、ボリビア兵の銃弾に倒れました。水戦争のさなかでした。軍はこの日、コチャバンバに戒厳令を発令しました。でも結局降参したのは軍隊と国でした。米国サンフランシスコに本拠を置くベクテル社と交わした契約を取り消すことになりました。コチャバンバの人々の水を民営化した会社です。

エイミー・グッドマン: ボリビア、コチャバンバからやや外れた所にある、ボリビアの町ティキパヤから放送しています。今日、「気候変動と母なる大地の権利のための世界民衆会議」が開催されます。サミットを一週間報道する予定です。

コチャバンバの水戦争十周年報道に戻りましょう。この十周年にあたり、何百人もの人々が、集まって、一週間祝祭を行っています。日曜にマルセラ・オリベラさんと会いました。彼女は「水と生活の防衛連合」国際連絡担当主任として働いていました。兄オスカル・オリベラさんがこの組織を率いていました。   

オスカル・オリベラ: [翻訳] もし政府が水道会社を国から追い出さないなら、国民が追い出そう。

エイミー・グッドマン: ボリビアの、コチャバンバで、十年前に全てが始まった広場に私達は立っています。マルセラ・オリベラさんと一緒です。水の民営化に対する戦いが始まった時、彼女はここにいたのです。マルセラさん、全てがあの垂れ幕で始まったのですね?

マルセラ・オリベラ: はい、紛争が始まった時、あの横断幕があそこに掛けられていました。

エイミー・グッドマン: 何と書いてあるのですか?

マルセラ・オリベラ: “水は皆のものだ、クソッたれ!”

エイミー・グッドマン: “水は皆のものだ、クソッたれ”?

マルセラ・オリベラ: はい。私達が“カラホ=クソッたれ”という言葉を使ったのは、連中が理解しようとしなかったので、強烈な言葉を選んだのです。我々は常に連中に、水が我々にどれほど重要かを訴えてきましたが、連中は理解しませんでした。我々は要求から決して引き下がらないという決意を彼等に伝える強力な方法でした。

    カンペシーノス、農民組合が最初に始めたのです。政府が、水に対する彼等の権利に影響する法律を成立させようとしていることに一番最初に気付いたのは農民組合でした。それで、彼等が最初に町にやって来て、もしこの法律が成立してしまえば、こういうことが起きると我々に教えてくれたのです。政府は私達の水源を民営化しようとしていたのです。政府は地域社会が所有している私達の井戸を民営化しようとしていました。政府は市の水道を民営化しようとしていました。この法律は農民、我々全員に影響することになると。

    数年間、工場の労働問題と戦う仕事をしてきた、この市で政治活動の中心団体だった工場労働者連合を農民組合は訪ねたのです。農民組合がこちらにやって来て、助けようとしている労働者を見いだしたというわけです。しかし農民組合は、法律を実際に読み解き、法律が将来いかに民衆に影響を及ぼすかを理解できる学者や知識人という非常に重要なグループも見つけ出しました。こうした人々の集団がここに集合したのです。

エイミー・グッドマン: お兄さんのオスカル・オリベラさんも、この運動に顔があったとすれば、確実の彼の顔でしたね。彼は工場にいたのですか? 工場労働者だったのですか?

マルセラ・オリベラ: はい、彼は、当時、工場労働者連合の指導者でした。この運動自体は彼等を運動の指導者とは呼びません。彼等を“広報担当”と呼んでいました。組織の中に幾つか階層を作りました。そこで我々は、例えば、もし連中が、一層目の広報担当達が刑務所に入れられたら、第二層の人々が運動の指導部を引き継ぐ仕組みでした。取りまとめ役は、複数の階層で組織されていました。

エイミー・グッドマン: ベクテルは一体どのようにボリビアに入り込んだのですか?

マルセラ・オリベラ: はい、政府が営業許可を売却する為、企業に、この国に来るよう公に声をかけ、誘致したのです。私が知る限りでは、三社が文書を提出しましたが、二社は後に自辞退しました。ベクテル一社が残ったのです。実際にはコンソーシアムでした。何人か地元の実業家達がコンソーシアムに参加していました。彼等は水道を乗っ取ることにしたのです。契約書の署名は実際、私たちの目の前のビルの中で行われました。彼等が契約書に署名した時、このドアの中には抗議行動参加者達の小集団がいました。当時のバンゼル大統領は

エイミー・グッドマン: 彼は長い間独裁者として有名でしたね

マルセラ・オリベラ: はい。

エイミー・グッドマン: 彼が大統領に選ばれる前

マルセラ・オリベラ: そうです。民衆が外で花火を使って抗議行動をする音声を聞こえると、彼は言ったのです。“ああ、この類のバックグラウンド音楽には慣れっこだ”と。彼はその音楽が数ヶ月後に、実際大音響になるとは思っていなかったのです。

    水道民営化と、この法律に反対する最初の動員は、1999年11月、12月頃に始まりました。運動は極めて小規模で散発的でしたが、拡大してゆきました。

エイミー・グッドマン: シアトルの戦いが起きたのと同じ時でしたね。

マルセラ・オリベラ: 私たちは当時、世界の他の場所でそういうことが起きているとは知りませんでした。後になって、こうした戦いがつながっていて、いずれも成功したというのを知れたのはうれしいことです。でも、それは1999年のことです。

    1月にも、依然、抗議行動が続いていました。数日間、我々は市を封鎖しました。政府高官達がここに交渉に来ましたが、2月まで、交渉では何の結果も、一切進展しませんでした。2月4日、ここにあつまるよう人々を動員したのです。私達は“ラ・トマ・デ・ラ・プラザ”と呼びました。「広場の奪取」作戦です。私達にとってパーティーのようなものでした。それは地方の民衆の要求であり、都会の我々の要求でしたから、畑、田舎からここにやって来た人々と、都会の人々との会合になるのですから、パーティのようなものになるはずでした。それで我々は音楽を使ってパーティーをする計画をたてました。いくつかバンドを雇いました。そして、まさに本当にパーティーになっていったのです。

    町の四つの地点からここに集まるように私達は決めました。一つはこの方向から。もう一つは、コカレロスが橋の方からやって来ました。

エイミー・グッドマン: コカ栽培者達ですね。

マルセラ・オリベラ: 南部の住民達は南からやってきました。工場労働者連合があり、労働者は全員、近くの広場から来ました。そういうわけで一斉に全員が集まったのです。

    政府はそのような集会は許さないと言っていました。この数日前、政府は、自動車やオートバイで警官隊を派遣し、町を包囲して、民衆を威嚇したのです。動員当日、彼等は人々に10メートルたりとも歩かせませんでした。そして彼等は人々に催涙弾を撃ちはじめました。

    私たちの多くは、自宅に戻り、朝起きたこと、そして依然として起きていることを、TVで見たのです。こんなことは有り得ないと皆言ったのです。警官達は女性を殴っていました。子供達を殴っていました。催涙弾を民衆に向け撃ち込んでいました。それで我々は立ち上がり、その日の午後でかけたのです。すると動員対象でなかった多数の人々が、都市の人々が突然加わりました。“広場は我々のものだ。占拠して当然だ”と言って、我々数万人の人が広場を占拠しようとしました。それは何かを巡る戦い以上のものでした。それは、我々が自分のものと考えている空間を物理的に占拠する戦いでした。我々にはこの空間を占拠する権利があるのです。

    しかし、そうは行きませんでした。ある日連中は、ひどいことですが、人々にゴム弾を撃ったのです。多数の人々が怪我をしました。我々が全く予想しなかったのは、翌日、人々が同じ目的の為、再度集合したのです。私達はこう思っていました。“あー、これで終わりだ。もう夜だ。全員帰宅した。何もおこらないだろう。”ところがさにあらず、翌日、チャパレからやって来て、畑から来て、コカ栽培者達が町に留まり、彼等は、

エイミー・グッドマン: エボ・モラレスに率いられて。

マルセラ・オリベラ: はい、その通りです。彼等は街路を占拠し、広場を再度占拠しようとしました。そして、それが他の人々を励まし、学生や近隣の人々や、私たち全員がここに、あの土曜日にやって来て、とうとう広場を占拠したのです。これは大勝利でした。我々は政府と合意し、政府との協定に署名し、政府は水法案を凍結し、ベクテルとの契約の条件について取りまとめ役と交渉する委員会を立ち上げたのですから。

    3月のある時点で、政府には何もする気がないことがわかりました。政府は時間稼ぎをしようとしているだけだと。それで、3月に、我々は住民投票と呼ぶ行動をとりました。これは憲法に基づくものではありません。法的なものではありません。しかし我々は正当もなのだったと信じています。そこで多数のボランティア達が、町のあちこちにテーブルを置いて、また地方でも、我々は二、三の明快な質問をしたのです。一つ目の質問は、民衆の要求を反映させて、水に関する法律を変更したいか? 二問目は、ベクテルに国から出て行って欲しいか? そして三つ目は、水道事業を公営に戻したいか? 回答した住民の98パーセントが、ベクテルには出て行って欲しい、法律を変えたい、水道事業を公営に戻したいというものでした。政府は全くそれを考慮しようとしませんでした。我々が出した結果を政府は無視したのです。

    そこで我々は、何か他の手を打たねばならないと気がつきました。それで、4月に最終決戦を呼びかけたのです。我々はこう表現しました。勝つか負けるかの正念場でした。他に代案は全くありませんでした。それで私達は再度動員を呼びかけました。そして2月の占拠から一ヶ月後、四日か、五日間、ここに動員したのです。

    最初は、この広場にとても大勢の人がいました。多分25,000人はいたでしょう。しかし日が経つにつれ、動員で集まる人数は減りました。警察も弾圧しに来なくなりました。当局は戦略をすっかり変更したことを我々は知っていました。当局は、もし警官を正面に出せば、人々を怒らせることになるのが分かっていました。だから当局はそういうことはしないようにしたのです。連中は、我々を疲労させようとしたのです。

    交渉はともかく続いていました。政府は、取りまとめ役を、決して法的実体として見なそうとせず、政府は、取りまとめ役、広報担当との交渉を嫌がっていました。ところが、人々は彼等を交渉に参加させにうとしていました。オスカルはいつも私達に言っていました。ここで交渉が行われる時には、人々で広場を囲もうと。しかし政府はこう言いました。“あなた方は法的なものではないのだから、あなた方とは交渉するつもりはない。出て行きなさい。”それで、代表団は立ち去ろうとしたのです。ところが、ここにいた人々は、代表団が建物から出るのを認めませんでした。彼等は言いました。“だめだ。あなた達は我々の為に交渉しなければならないのだから、あなた方は中にいなければならない”それで広報担当、取りまとめ役達は、外にも出られず、交渉にも参加できず、身動きできなくなり、ホールに留まらされたのです。

    あの時には、ここには全く鳥はいませんでした。

エイミー・グッドマン: マルセラさん、公園を四分の三ほど回りましたね。工場労働者の事務所、政府庁舎、公園の反対側には教会があります。

マルセラ・オリベラ: えー。

エイミー・グッドマン: 大司教の役割についてお話ください。

マルセラ・オリベラ: 彼はいわば政府と民衆の仲介をした人物でしたから、水戦争で大司教は非常に重要でした。単に公平だっただけではありません。彼は立場を明らかにしたのです。彼は民衆の側にたちました。我々が正しいということは明白でしたから、彼は人々の要求に完全に同意していました。彼は非常に重要でした。彼は常に民衆の側にたっていました。

エイミー・グッドマン: 彼が十年前にそうしていなかったら、彼は今頃、枢機卿になれていただろうと思いますか?

マルセラ・オリベラ: なれていたと思います。でも彼は、民衆の側に立ちました。教会は紛争に際して、常に中立であろうとしますから、おそらく、教会の普通の役割に反していたでしょうが、彼は機織鮮明にして、民衆の側にたちました。彼は正しい側についたのです。

    あらゆる町角に若者、我々が水戦士と呼ぶ連中を配置していました。彼等は自分達を、ゲレロス・デル・アグアと呼んでいました。そこで彼等はあらゆる街角に立ち、この教会にもいました。警官や兵隊が来るのを見たら鐘を鳴らす役の、街中で暮している子が一人いました。彼は塔の最上階にいました。

エイミー・グッドマン: 彼等は鐘の周囲に綱を縛りつけて?

マルセラ・オリベラ: はい。警官や兵隊がやってくるのを見るたび、彼等は鐘を鳴らし、連中が来ると我々は知り、相手と戦う準備をするのです。彼等は、若者は、誰一人、彼等にああしろと支持しないやり方で組織したのです。彼等は自発的にそうしたのです。誰一人、彼等にああしろこうしろとは言っていません。

    こういうことになるとは誰も予想していなかったと思います。2月に、私達は思いました。ウワーこれは素晴らしいことだ。一種頂点のようなものだ。それに似たようなことは、もう二度と起きないだろうと。ところが、4月にまた起きたのです。私もこのようなことを体験しようとは思ってもいませんでした。52年の革命以来、このようなものは見たことがないと両親達は言います。ですから、あの当時暮していた人々全員、私は確信していますが、実に歴史的だと感じていました。

    ここに軍の基地があります。ある時点で、4月の紛争中に、警官隊がやってくる、軍がやってくる、政府は国民を殺す為、軍隊を派兵する、という噂が立ちました。市民の中には、政府や軍隊に反撃するために、自分達も武装する必要があると考えた人々もいました。その時点では、人々の要求は会社に出て行って欲しいというだけではありませんでした。人々の要求は、この政府を退陣させたかったのです。そしてこの国に自分達の政府を作ろうとしていたのです。それで、これが一体どのような結末になるかわかりませんでしたから、恐ろしいところがありました。運動がどのように発展するか私にもわかりませんでした。運動は自然発生的なものでした。誰かが指揮しているわけではありませんでした。

エイミー・グッドマン: この写真では、女性たちが、道路の向かい側の兵士や警官を、投石器で狙っていますね。これについてお話ください。

マルセラ・オリベラ: はい。人々がしようとしていたのは、これには写っていませんが、ここにも人々がいました。我々は警察非常線の背後にあった広場を占拠しようとしていました。私達は広場からわずか2ブロック先にいたのです。この女性は石を投げているところです。この伝統的な、英語で銃?で。

エイミー・グッドマン: 投石器で。

マルセラ・オリベラ: はい、ケチュア語でウアラカと呼びますが、私たちはそれを野原で、リャマを集団にしておくのに使うのです。

    十年前起きたことが、我々が今手にしているもの、そして、今後我々が得るものの為の扉を開いたのです。エボ・モラレスの様な大統領を実現できたのは、2000年4月の社会運動があってこそで、そういう事が起こるのを可能にする扉を開いたおかげです。教訓は、水戦争は終わっていない、ということだと思います。十年前の紛争は、単に水だけを巡るものではありませんでした。何か他のもの、特に我々が民主主義と呼ぶものを巡るものでした。自分達にとって重要なことを誰が決めるかの問題でした。それが我々にとって重要でした。十年後になっても、まだ終わっていないと言うべき位置にいるのだと思います。この場合は、民営化反対ですが、我々は依然として、何かに反対しようとしているというよりで、何かを作り上げる為に戦っているのだと思います。そして、まだ先は長いと思います。

    物事の進行方向を、私達がわずかながら変えたのですから、私達は、私は個人的に、歴史の極めて重要な一コマだったと感じています。水戦争の教訓は、何事も、不変のものはなく、我々は物事を変えることができるということです。制度は民営化されてしまいましたが、我々はそれを元に戻せました。我々は決定をひっくり返すことができ、水道事業を我々の手に取り戻せました。まさかそうなるとは全く想像もできないことです。これはオスカルがいつも言っている、街路で常に繰り返しているスローガンは「民衆は団結すれば、決して敗北しない」です。我々が、ここコチャバンバに、十年前に暮していたのはとても重要なことです。そして、こういうことが、また何度でも繰り返して起きると我々が信じているのはとても重要ことです。

    私達が勝てるとは全く考えていませんでした。決して。決して勝てるとは思っていませんでした。私達がしていたのは、一瞬一瞬を戦い続けたことです。我々が、この戦いに勝てるとは誰も考えていなかったと思います。

エイミー・グッドマン: 勝利した時はいかがでした?

マルセラ・オリベラ: 信じられない喜びでしたが、我々が望んでいたものを手に入れる途上で、人々、若者を失ったのですから、とても悲しいことであもありました。

エイミー・グッドマン: マルセラ・オリベラさんは、「水と生活の防衛連合」国際連絡担当主任をしておられました。現在この番組をお送りしているここコチャバンバの街路で十年前に起きた出来事のな画像はdemocracynow.orgのウェブででご覧ください。

記事原文のurl:www.democracynow.org/2010/4/19/the_cochabamba_water_wars_marcella_olivera
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日本語字幕つきの画像は、デモクラシー・ナウ・ジャパン!の『コチャバンバ「水戦争」から10年 民営化阻止の民衆闘争をふり返る』でご覧いただける。

コロンブス以来?の西欧・アメリカによる植民地支配から、何百年ぶりに脱出しようと戦う南米の国々と対照的に、強大な帝国主義国家に開国を迫られて160年、とうとう完全植民地化を自ら推進したという、前代未聞、世界に稀な不思議な属国。

副総理は、はっきり、水道民営化を明言しておられる。

医療も宗主国並になるだろう。民族自決でなく、民族自滅を決意する不思議で偉大な皆様。アヒルによる保険乗っ取り、TPPに関わる米国議会図書館議会調査局文書を読んでいれば、容易に想像がつく。

具体的には、例えば、下記文章の「保険、宅急便と、日本郵便」
(TPPでの)アメリカの狙いは、関税よりずっと重大な邪魔者であり続けている非関税施策を日本に解除させることにある 米国議会図書館議会調査局文書

自動車輸出の大幅譲歩しかり。農産物の聖域など全くありえない。「守秘義務が要求されている」という言い訳、植民地化推進の便利な口実だ。今回コタキナバルのTPP交渉にパブリック・シチズンの一員として、ステークホルダー参加されたPARC事務局の内田聖子氏、百人近い交渉団?、まるでお通夜の焼香にならぶ列のようだったとおっしゃる。

集団の交渉の場で、発言できない代表団、まして宗主国との二国間並行交渉では、宗主国の言い分を100%丸飲みし、おまけさえつけるだろう。我々は、税金を払うことで、自分の首を絞めているのだ。税金の一部は、宗主国基地経費やプリズムにも回るだろう。

多数のマスコミが当然居合わせているが、そのお通夜の行列に並ぶ皆様に全く質問しないそうだ。写真撮影の為だけに出張しているのだろうか。

農業・畜産関係者が参加しているのはわかるが、保険や医療関係の参加は不思議なことに皆無なようだ。「連合」もステークホルダーとして?参加しておられるそうだ。「労働者の生活を未来永劫危うくするものだ」として、連合がTPPに反対した、というのは、聞いたことがない。常識的に、高い費用をかけて、はるばる出張する場合、明確な目的をもって、でかける。子供の夏休みの家族旅行ではないのだ。明確な目的なしに参加して得られるものはきわめてわずかだろう。参加していますという、国内向けのアリバイにはなるだろう。どういう立場で、参加しているのか、PARC事務局の内田聖子氏が質問しても、「連合」の方は答えないそうだ。

世界に冠たる属国では、ボリビアと全く違い、宗教団体も、労働組合も、宗主国の傀儡部隊として機能することしか許されないもののようだ。

日本を建てなおすには、宗主国でなく、ボリビア留学こそ必要かも知れない。

法律を実際に読み解き、法律が将来いかに民衆に影響を及ぼすかを理解できる学者や知識人という非常に重要なグループ

日本では、決して「弁護士会」ではなく、

マスコミは実質大本営広報部で、読めば読むほど洗脳されるが、ミニコミ?であれば、まっとうな記事が読める。

アジェンダ・プロジェクト刊行の季刊誌『アジェンダ』第36号 2012年春号 特集 TPP vs. 循環型社会に、本山英彦教授の文章がある。

TPP名称の日本語翻訳はインチキと思っているものにとって有り難い記事。 「戦略的」という部分が意図的に省略されていることを鋭く指摘しておられる。

冒頭だけ引用させていただこう。インチキ・タレント提灯持ちの形容がうれしい。先程も「学識経験」有名提灯持ち氏の「大社会党論」なる駄法螺を、時間の無駄と知りながら読んでしまった。われながら恥ずかしい。以下本題。

集団安保条約としてのTPP 大阪産業大学学長 本山英彦

●はじめに

唐突に日本の首相(菅直人)が話し出し、実体のデータもないままに、すべての大手メディアが推進の合唱の足並みを揃え、主流の財界筋が見事な連携プレーでTPP賛成論を披瀝した。例によって例のごとく、権力に擦り寄る「学識経験者」なる「非学問的タレント教授」が跳梁跋扈する。発信源である米国の権力者たちは、何も言わないように腐心している。重大な日米関係の実現に成功したかつての時の経緯をTPP論議は忠実に繰り返している。唐突に現れたTPP論議は、中国脅威論の台頭と沖縄普天間基地問題に対する民主党政権の腰砕けと軌を一にしている。私は、TPPと呼ぶのに抵抗を感じる一人であるが、いまは通弊に従っておく。

詳細は、恐縮ながらご購入の上、お読み願いたい。『経済的、文化的に全く利益皆無で、損害しかない協定TPPになぜ参加する?と問うと、「安全保障の為だ」と答える向きがあるが、それを言ってはおしまいだろう』と、「TPPすぐそこに迫る亡国の罠」を書かれた立教大学・郭洋春教授も仰っている。

しつこく繰り返させていただくが、「無料の良い情報」というのは論理的矛盾だろう。民放TVが良い例。無料かつ劣悪。新聞は有料かつ情報は劣悪。有料国営放送も、ニュース、政治・経済になった瞬間、最高のプロパガンダ機関となる。ともあれ無料では「学識経験者」なる「非学問的タレント教授」のお話しか聞けない。

ところで、このブログ自体無料。本人がブログ料金を払って書かせて頂いている。本人にとって有料ブログだ。英語原文はいずれも素晴らしいが、いかんせん翻訳が酷い。永久に有料になり得ない水準。

皆様におかれては、こうした無料記事にはくれぐれもご用心を。

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コメント

 ボリビアの水戦争の場合、ISD条項の項目が気になります。これの後日談がわかったら、またプログにアップお願いします。
 その地域の環境やそこから受ける恵みは誰の物になるのでしょう。奴隷と同じで人権などは本人の意志があっても完全に売り渡せないものであり、水に代表される自然の恵みもそのようなものであるべきです。
 卑怯かも知れませんが、アメリカ企業がISD条項を活用して、徹底的にボリビアを痛めつければ、世界の民衆が、TPPの危険性、片利性に気がつくかも知れませんね。

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