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2013年7月 7日 (日)

2011年: すばらしい新暗黒郷

2010年12月27日

Chris Hedges

未来の暗黒郷の二大構想と言えば、ジョージ・オーウェルの『1984年』とオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』だ。大企業による全体主義への我々の転落を見つめていた人々の間の論争は、どちらが正しいかということだった。我々は、オーウェルが書いているように、粗野で暴力的な支配方式を用いる圧政的な監視・治安国家によって支配されているのだろうか? それとも我々は、ハクスリーが想像したように、娯楽と見世物に酔い、技術のとりこになり、浪費に魅せられて、我々自身が抑圧されるのを受け入れるのだろうか? 結局、オーウェルも、ハクスリーも正しかったのだ。ハクスリーは我々の隷属化の第一段階を見ていた。オーウェルは第二段階を見ていたのだ。

ハクスリーが予見したように、肉体的な喜び、安物の大量生産商品、無限の掛売り、政治芝居や娯楽に、魅せられ、操作されて、大企業支配の国家によって、我々はじわじわと無力化されつつある。我々が楽しまされている間に、略奪的な大企業権力を抑制していた規制は撤廃され、かつて我々を守ってくれた法律は書き換えられ、我々は貧窮化した。貸付限度額は枯渇しつつあり、労働者階級にとって良い仕事は永遠に消え去り、大量生産される商品には手が届かず、我々は『すばらしい新世界』から『1984年』へと移動させられていることに気づいている。巨額の赤字や果てしない戦争や、大企業の背任行為によって機能を損なわれた国家は、破産に向かって滑り落ちつつある。ハクスリーの触覚映画や、オージー・ポージー(乱交最高)や遠心バンブル・パピー・ゲームから、ビッグ・ブラザーが引き継ぐ時が来たのだ。我々は、嘘と幻想で巧妙に操作される社会から、あからさまに支配される社会へと移動しつつあるのだ。

オーウェルは、ニール・ポストマンが書いている通り、本が禁止された世界について警告した。ハクスリーはポストマンが書いている通り、誰も本を読もうとしない世界について警告した。オーウェルは永久戦争と恐怖の国家について警告した。ハクスリーは、頭を使う必要のない娯楽で気をそらさせられる文化について警告した。オーウェルは、あらゆる会話や思考が監視され、反対意見は過酷に懲罰される状態を警告した。ハクスリーは、国民が些事とゴシップに気を取られ、真実や情報など全く気にしないような状態を警告した。オーウェルは、人は脅されて、服従するのだと見ていた。ハクスリーは、人は誘惑されて、服従するのだと見ていた。だがハクスリーは単にオーウェルへの序曲に過ぎないということに我々は気づきつつある。ハクスリーは、我々が自らの隷属化に加担する過程を理解していた。オーウェルは隷属状態を理解していた。大企業によるクーデターが完遂されてしまった今、我々は裸で無防備のままだ。カール・マルクスが理解していたように、束縛もなく、規制もされない資本主義は、人類や自然界を枯渇、あるいは崩壊するまで搾取する、残虐で革命的な勢力であることを、我々は今理解し始めている。

“党は、ただそれ自体の為に、権力を求めるのだ”オーウェルは『1984年』の中で書いている。“我々は他の良いものには興味がない。我々は権力にのみ関心がある。富や贅沢や長寿や幸福ではない。権力のみ、純粋な権力だ。純粋な権力を、皆まもなく理解するだろう。我々は自分が何をしているのか分かっているという点で、我々は過去のあらゆる小数独裁政治家集団とは異なっている。他の連中は全て、我々に似ていた連中でさえも、臆病者で偽善者だった。ドイツのナチスとロシアの共産主義者は、手法上、我々に非常に近いところまで来たが、連中には自分自身の動機を認める勇気が欠如していた。彼等は自分たちは嫌々ながら、しかも限定された期間だけ、権力を握ったのであり、しかも、すぐ間近に、人類が自由で平等になる天国があるというふりをし、恐らくは信じてすらいた。我々は違う。手放すつもりで、権力を握ったものなどいなかったことを我々は知っている。権力は手段ではない。それが目的なのだ。革命を守るために、独裁制を確立する者などいない。革命をするのは、独裁制を確立する為だ。迫害の目的は迫害だ。拷問の目的は拷問だ。権力の目的は権力だ。”

政治哲学者のシェルドン・ウォーリンは、その著書『Democracy Incorporated』の中で、アメリカの政治制度を表現するのに“逆さまの全体主義”という用語を使っている。これはハクスリーになら通じただろう用語だ。逆さまの全体主義においては、大企業による支配という高度な技術、かつての全体主義国家が利用したものを遥かに凌駕する脅しと大衆操作は、消費者社会のきらめきや雑音や潤沢さによって、効果的に隠蔽されている。政治参加や市民的自由は次第に屈従させられる。広告代理店や、娯楽産業や、消費社会の安っぽい物欲中心主義の煙幕の背後に隠れた法人国家は、我々を徹底的に貪り食う。連中は国民にも国家にも忠誠を誓うわけではない。我々の死骸が連中の御馳走だ。

法人国家は、扇動政治家やカリスマ的な指導者という形で現われるわけではない。企業の匿名性と正体の不明さが特徴だ。バラク・オバマの様に魅力的な代弁者を雇う大企業が、科学、技術、教育やマスコミの利用を支配する。彼等が、映画やテレビが伝えるものごとを支配している。そして『すばらしい新世界』でのように、彼らは専制を強化するために、こうした通信手段を利用する。アメリカのマスコミ制度は、ウォーリンが書いているように、“資格や、あいまいさや、対話を持ち出すあらゆるもの、彼等が作り出すものや、その全体的印象の総体的な力を弱体化させたり、複雑化させたりしかねないあらゆるものを遮断し、抹殺する。”

その結果が、味気ないモノクロの情報体制だ。ジャーナリストや専門家になりすました有名太鼓持ち連中が、我々の問題を特定してくれ、様々な要因を根気よく説明してくれる。押しつけられた要因以外のことを論じる人々は、悉く見当違いの変わり者、過激派、あるいは左翼過激派の一員として片づけられてしまう。ラルフ・ネーダーからノーム・チョムスキーにいたる、先見の明ある社会評論家は追放されている。容認できる意見は、AからBまでの範囲内のもののみだ。こうした大企業の太鼓持ち連中が指導する文化は、ハクスリーが書いたように、陽気な画一世界の、果てしの無い、最終的には致命的な、楽観主義となる。私たちの暮らしを変えてくれたり、より美しくしてくれたり、より自信を持てるようにしてくれたり、より成功できるようにしたりすると約束してくれる商品を買うのに忙殺される一方、我々は権利も金も影響力も着実に剥奪される。毎夜のニュース番組であれ、“オプラ”のような対談番組であれ、こうしたマスコミ体制から我々が受けるご託宣は、より明るく、より幸せな明日への期待だ。そしてこれは、ウォーリンが指摘している通り、“大企業幹部連中に、常に陽気な顔で、利益を誇張し、損失を隠させるのと全く同じイデオロギーだ。”ウォーリンが書いているように、“個人の勇気、永遠の若さ、整形手術による美、ナノ秒で計られる行動といった、精巧な夢想を推奨する“絶え間ない技術的進歩”によって、我々は有頂天にされている。絶え間なく拡張する支配と可能性という夢で一杯の文化では、住民の圧倒的多数の人々には、想像力はあっても、ほとんど科学的な知識がない為、夢想を抱きがちになる。”

アメリカの製造基盤は解体されてしまった。山師と詐欺師連中がアメリカ財務省を略奪し、退職時や大学の為にお金をとっておいた小口株主から何十億ドルも盗み取った。人身保護令状や令状無しの盗聴からの保護を含む市民的自由は奪い去られてしまった。公教育や医療を含め基本的な社会サービスは、利益の為に搾取すべく、大企業に引き渡されてしまった。反対意見の声をあげるごく少数の人々、大企業が振りまく明るい話題に参加するのを拒否する人々は、大企業支配層によって、変人として愚弄される。

ハクスリーによる『すばらしい新世界』の従順な登場人物達と同様、人々の意識や気性は法人国家によって巧みに調整されている。小説の主人公バーナード・マルクスは、いらいらして、ガールフレンドのレーニナに言う。

“君は自由になれたらと思わないか、レーニナ?”と彼は尋ねる。

“言っていることがわからない。私は自由で、最高に素晴らしい時間を自由に過ごせる。今は皆が幸福なの。”

彼は笑った。“そう、‘今は皆が幸福だ。’子供達は五歳の時からそう教えられる。だけど、何か違う形で自由になりたいとは思わないかい、レーニナ? 例えば、皆と同じ風にではなく、自分だけのやり方で。”

“言っていることがわからない”彼女は繰り返した。

うわべは崩れ落ちつつある。益々多くの人々が、自分たちが利用され強奪されていることに気がつくにつれ、ハクスリーの『すばらしい新世界』から、オーウェルの『1984年』へと、素早く移行しつつあるのだ。人々はいつか、極めて不愉快な真実に直面することを強いられるだろう。給料の良い仕事は二度と戻らない。人類史上、最大の赤字で、社会保障を含め、国民の社会的保護という最後の痕跡を根絶させるため、法人国家によって使われる「借金返済ただ働き制度」に我々は追い込まれる。国家は、資本主義デモクラシーから、新封建主義へと移行した。そして、これらの真実がはっきりと見えるようになった際には、怒りは、大企業に押しつけられた陽気な服従で置き換えられる。脱工業化後のアメリカ人の懐具合は荒涼たるもので、およそ4000万人のアメリカ人が貧困状態で生活しており、何千万人もが、“貧困線付近”と呼ばれる範疇にあり、差し押さえや、銀行による担保差し押さえや、医療費による破産から家族を救う為の貸付限度額の欠如と相まって、逆さまの全体主義は、もはや機能しないことを意味している。

我々は、次第にハクスリーの世界国家ではなく、オーウェルのオセアニアで暮らすようになっている。オサマ・ビン・ラディンは、エマニュエル・ゴールドスタインが『1984年』の中で担った役割を演じている。小説中で、ゴールドスタインはテロの代表役だ。彼の邪悪な策謀や秘密の暴挙が、晩のニュースを独占する。ゴールドスタインの姿は“二分間憎悪”という毎日、国家によって行われる儀式の一部として、毎日オセアニアのテレビ画面に登場する。国家の介入がなければ、ゴールドスタインはビン・ラデン同様、あなた方を殺すのだ。悪の権化との巨大な戦いにおいては、あらゆる過剰が正当化される。

いかなる犯罪で有罪となることもなしに、7ヶ月も拘置されているブラッドリー・マニング一等兵の心理的拷問は、『1984年』の最後で、反体制派のウインストン・スミスをくずおれさせる様子を反映している。マニングは、バージニア州クアンティコにある海兵隊基地の営倉で、“最大監視下の抑留者”として拘留されている。彼は24時間中23時間を孤独で過ごしている。彼は運動も許されていない。彼はベッドで、枕もシーツも使えない。軍医は彼に抗鬱剤を無理やり飲ませている。ゲシュタポの、より粗雑な拷問の手口は、マニングのような反体制派を植物人間に変えるべく、主に政府の心理学者達が開発した洗練されたオーウェル風テクニックによって置き換えられている。我々は、体のみならず、魂も破壊されるのだ。テクニックは一層効果的になっている。今や我々全員が、従順かつ無害にすべく、オーウェルの小説中にある、恐ろしい101号室に送り込まれかねない。こうした“特別行政措置”は、裁判を受けるまで三年も同様な状態の下で拘置されていたサイード・ファハド・ハシミを含め、アメリカの反体制活動家達に対して、決まった様に適用されている。このテクニックが、世界中にあるアメリカの秘密軍事施設で、何千人もの抑留者を心理的に破壊してしまった。このテクニックは、法人国家がアメリカで最も政治的に明敏な底辺層、アフリカ系アメリカ人を攻撃する、アメリカ秘密監獄における支配の定番だ。こうしたもの全てが、ハクスリーからオーウェルへの移行の前兆だ。

“お前は二度と普通の人間の感情を持てなくなる”『1984年』の中でウインストン・スミスを拷問をする連中は彼に言う。“お前の中では全てが死ぬ。お前には二度と、愛することも、友情も、生きる喜びも、笑いも、好奇心も、勇気も人格も味わえない。お前は空っぽになる。我々がお前を空っぽに絞りきってやる。それから、お前を我々で満たしてやる。”

首つり縄は締まりつつある。娯楽の時代は、弾圧の時代によって置き換えられつつある。何千万人もの国民が電子メールや電話の記録を政府に引き渡されている。人類史上、我々は最も監視され、スパイされている国民だ。アメリカ国民の多くは、その日常茶飯事を多数の監視カメラによって撮影されている。我々の嗜好や習慣はインターネット上で記録されている。我々のプロフィールは電子的に生成されている。空港で体はボディーチェックされ、スキャナーによって撮影される。公共広告、車検スティッカーや公共交通機関のポスターは不審な行動を報告するよう絶えず要求している。敵はいたるところにいる。

オーウェルが書いているように、終わりのない戦争である対テロ戦争の命令に従わない連中は、容赦なく沈黙させられる。ピッツバーグやトロントで、反G-20抗議集会の勢いをそぐために用いられた過酷な治安対策は、街頭活動のレベルに全く釣り合わないものだった。だが支配者側は明確なメッセージを送ったのだ。こういうことをするな。FBIが、反戦、パレスチナ人活動家達を標的として、9月末にミネアポリスやシカゴで、調査官達が活動家の自宅を急襲したのは、国家の公式ニュースピークに、あえて盾突く全ての連中に今後起きることの前触れだ。調査官、つまりアメリカ版思想警察は、電話、コンピューター、文書や他の私物を没収した。大陪審に出頭せよという呼出状は、以来26人に発行された。呼出状は、物質的な支援あるいは資源を、指定された外国のテロ組織に提供することを”禁じる連邦法に言及している。テロは、テロとは何の関係もない人々にとってさえ、我々を我々自身から守るためにビッグ・ブラザーが利用するあからさまな道具となる。

“これで、どのような世界を我々が作りつつあるのか、お前もわかり始めたか?”オーウェルは書いている。“かつての改革論者達が想像した愚劣で快楽的なユートピアとは正反対だ。恐怖と裏切りと拷問の世界だ、踏みつぶし、踏みつぶされる世界だ。洗練されるに従って、残酷さが減るのではなく、残酷さが増す世界だ。”

Chris Hedgesはネーション・インスティテュート上級研究員。彼の新著に“Death of the Liberal Class”がある。

記事原文のurl:

www.truthdig.com/report/item/2011_a_brave_new_dystopia_20101227//
www.truthdig.com/report/page2/2011_a_brave_new_dystopia_20101227/

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なぜか翻訳せずにいた古い記事に気がついた。今のご時世に相応しそうだ。
オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』、新訳文庫本が、おりしも6月20日に発売された。小生が読んだのは別翻訳の『すばらしい新世界』。

何度も繰り返すが、是非(『1Q84』ではなく)『1984年』と『すばらしい新世界』をお読みねがいたい。

題名がよく似た『1Q84』については、読んでいないので内容は知らないが、記事で触れられている事をテーマとする作品とは考えられず、この記事の意味、ご理解頂けまいと懸念する。

法人国家は、扇動政治家やカリスマ的な指導者という形で現われるわけではない。企業の匿名性と正体の不明さが特徴だ。某ジュニア等の様に魅力的な代弁者を雇う宗主国支配層・大企業が、科学、技術、教育やマスコミの利用を支配する。彼等が、映画やテレビが伝えるものごとを支配している。そして『すばらしい新世界』でのように、彼らは専制を強化するために、こうした通信手段を利用する。日本のマスコミ制度は、ウォーリンが書いているように、“資格や、あいまいさや、対話を持ち出すあらゆるもの、彼等が作り出すものや、その全体的印象の総合力を弱体化させたり、複雑化させたりしかねない、あらゆるものを遮断し、抹殺する。”

そういう具合で、原発廃止、TPP脱退、壊憲は、体制護持機構「マスコミ」が扱う争点からは完全に排除され、アホノミックスの是非に矮小化される。

「ねじれ解消」など、決してあってはならないが、売国大本営広報部は、その解消つまり売国政権の暴走を推進する。

『真実を探すブログ』にもその前兆が記されている。メタボ・オヤジの妄想ではない。

【これは酷い】自民党の言論弾圧は色々な場所で行われていた!安倍首相の演説中に『自民党TPP阻止』のポスターを掲げると自民党SPに囲まれ、追い出される! new!!

記事の一部を引用させていただこう。

自民党は本気で言論を管理しようとしています。例えば、自民党が提出した「児童ポルノ禁止法改正案」なんかはそのための典型的な法律です。児童ポルノ改正案では孫の写真だろうが本人の写真だろうが関係なく、18歳未満に見える画像はすべて麻薬や鉄砲と同じように規制出来るというような内容になっています。
漫画やアニメも3年後を目処に児童ポルノ改正案の対象にする予定ですし、これが自民党が目指している「美しい国」の正体なのです。

他にもTPP参加、ネット履歴保存義務化、マイナンバー制度などなど、自民党は個人の思想と行動を完全にコントロールすることを目的としている法案を準備しています。

言論弾圧集団に進んで投票するわが同級生諸氏も言論弾圧の支持者。今後は飲み会のお誘いがきても参加しない。同席するだけでもつらい。新聞の『元気のひけつ』に、お酒の量を減らす主な対処 法という14項目があった。

  • お酒を飲み過ぎてしまう相手と場所と状況をさける
  • 飲み会の誘いへの断り方を上達させる

最初の二項目をそのまま適用したいが、「売国奴とは飲みたくない」と本音をいって断るのも配慮にかけそうだ。「上達」はなかなか難しい。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。と上野展示が終わったばかりの「漱石の美術世界展」にちなんで引用しておこう。(静岡県立美術館ではこれから)

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 5月に梅雨入りしたと思ったら、7月に入ったばかりだっていうのに梅雨が明けちゃい [続きを読む]

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