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2013年2月 6日 (水)

ラトビアの経済破綻、新自由主義の“サクセス・ストーリー”: ヨーロッパとアメリカの模範としてもてはやされる

ジェフリー・ソマーズ、マイケル・ハドソン

Global Research

2013年1月3日

一世代前、シカゴ・ボーイズと、連中の金融支援者連中は、、社会保障給付を、1970年代末、ほぼ例外なく、雇用主集団に掠奪された、従業員持ち株制度(ESOP)へと転換したことを理由に、チリ労働者の利益に反するピノチェット将軍をサクセス・ストーリーとして称賛した。最後の十年間、アメリカ合州国の社会保障給付を民営化する為のトロイの木馬を求めていたブッシュ政権は、チリの有権者達が、主に巨大金融機関による膨大な年金横領に対する怒りから、ピノチェット主義者を拒否する中、チリの年金口座の悲惨な民営化(その多くをアメリカの金融機関に引き渡した)を称賛した。

現在最も高く称賛されている、労働者の利益に反するサクセス・ストーリーは、ラトビアだ。ラトビアは、労働者が反撃せず、礼儀正しく静かに移民するだけの国として描かれている。ゼネ・ストをせず、私有財産の破壊も暴力もないラトビアは、緊縮政策に直面した際、労働者が、大騒ぎをしない良識をわきまえている国として描かれている。経済が収縮し、賃金水準が低減され、最近形ばかりの不動産税増税の努力がなされたとは言え、税金の重荷が、はっきり労働者の背中に負わされる中、ラトビア国民は、抗議行動をあきらめ、ただ自分の背中を向ける投票(移民)を始めるだけだ。世界銀行は、こうした国々の社会体制が国際金融機関のビクトリア朝風趣味には厳格すぎると時に叱咤しながらも、ラトビアやバルト隣国諸国を“企業にやさしい”経済名簿の上位に載せて称賛している。

これは本当にアメリカ合州国やヨーロッパに残された社会民主主義にとってのモデルとなりうるのだろうか? それともソ連時代の占領の記憶で心に傷を負ったことのない大国では簡単にまねることが出来ない単なる残酷な実験なのだろうか? 人は夢見るばかり…

しかし夢は十分に魅力的だ。同紙のオバマ政権の財政の崖に対する予算削減策の慶賀として書かれたあるニューヨク・タイムズの特集記事で、アンドリュー・ヒギンズが、ラトビアの経済と人口の急落を“ラトビアの奇跡”として称賛しようという最新の試みをおこなった。新聞記事は、ラトビアの緊縮政策と資産剥奪を、世界大手民間金融機関や、IMFから欧州連合の金融官僚に到るまでの国際金融機関が参加する国際組織インスティテュート・フォー・インターナショナル・ファイナンス(今や悪名高いピーターソン銀行ロビーの“シンクタンク”)が配布する冊子に書かれているような経済的成功として描き出す、シュールなオーウェル風企みと共同歩調をとっている。彼等が“成功”という言葉で意味しているものは、革命や、ギリシャ風のゼネストすらも引きおこさずに、賃金水準を引き下げ、主として労働者に税を負担させ、キャピタルゲインに対しては税を軽くしたことを言うのだ。成功というのは、成功した経済政策というよりも、ある種心理作戦であり、エドワード・バーネイズ風の合意のでっちあげだ。

ラトビアは、スティーブ・フォーブズが、失敗した大統領候補選挙戦時に推進した税金と金融モデルの押しつけ、つまり給料に対する二部構成の課税と、世界最高に近い社会保障給付、アメリカとEUの平均より遥かに低い不動産税に近いことをしている国だ。一方、キャピタル・ゲインへの税は軽く、ラトビアは、ロシア人や、他のソ連後の国家資源を私物化する政治家に対する資本逃避と脱税天国として成功したことで、ラトビアの産業空洞化、人口減少と、非社会主義化が“可能に”なったのだ。

ヒギンズの記事は、グローバル銀行ロビイストや緊縮政策強硬論者仲間から選ばれた政府顧問が作り出した、2008年のラトビアの経済崩壊に関する二つの不朽の誤解を助長するものだ。第一は、国際金融コミュニティーのこの優等生が、緊縮政策が機能することを“証明する”というもの。第二は、ラトビア国民は選挙で緊縮政策を受け入れたというもの。緊縮政策の進展というポチョムキン村は、アンダース・アスルンドの様な新自由主義ロビイストによって、やってくるジャーナリストや政治家達向けに作り上げられた。概して、こうした訪問者達はこのテレージエンシュタット(テレジン収容所)“観光ツアー”を真実として受け取った。

ラトビアについて、典型的な良く言われている、プロテスタント的道徳規範の話では(ラトビアに関する6月のファイナンシャル・タイムズ記事中で書かれているイメージ)、大胆ながら禁欲的なバルト人が、危機と賃金削減に直面し、地中海風の大げさな表現はせず、忙しく仕事に取り組む様子を描いている。こうした考え方は、国民が新自由主義の恐怖の中で、経済実験に苦しむ必要がなかった国々の、ある種の独善的な中流階級の偏見とステレオタイプには訴える。バルト人は寡黙で、すぐには抗議をしないという性格描写には多少の真実もあろうが、文化特性の論議は、ラトビアの状況を説明する為の簡略表現を作り出す為のものとして、うまい考えではあるまい。そうしたものは、ラトビアで何が起きたのかについて、現場での理解がかけている連中によって書かれたのだ。一方よくなるはずの“仕事”(雇用)は、国民のかなり多数が国から去っているのに、ラトビアの失業は14.2%と高いままだ。

ラトビアを実体験している人であれば、誰でも危機に対する政府の対応に関する神話と現実の間の食い違いがわかる。第一に、ラトビア国民は、腐敗と、2008年秋の経済崩壊の後に提案された緊縮政策の両方に対し、断固として抗議行動をしていた。これは、2009年1月13日、リガで10,000人が参加した大規模抗議行動で最も明らかだった。この後翌月に、学生、教師、農民、年金生活者や医療労働者による一連の抗議行動が続いた。

I平和的であろうとなかろうと、そのような抗議行動に共感するのは新自由主義政権の性格ではない。筋金入りのマネタリストとして、連中は決して政策を譲歩することはしない。そこでラトビア国民は次の段階の抗議行動へと進んだ。

‘国民がいなければ、問題も存在しない’: ラトビア人の大集団出国

厳しい緊縮政策が課され、抗議行動は弱まった。何が起きたのだろう?

要するに移民だ。少なくとも10%のラトビア国民が、2004年のEU加盟とシェンゲン圏へのアクセス後に出国した。出国は、2008年末の経済崩壊後に急増した。問題は“最後の学生、空港を出国、電気を消してください!”と書かれた、ラトビア人学生の抗議プラカードに、はっきりと示されていた。ラトビアの人口は、より大きなEU諸国が、出国してくる労働力を吸収するに十分なほど小さい。結局、1991年のソ連からの独立後、新自由主義政策が倒産してゆくソ連経済にとって変わった際、国民は移民を経験してきているのだ。ところが一般に想像するように、時間の経過とともに少なくなるのでなく、移民する余裕のなかったラトビアでは、独立以来ほぼ二十年間、益々多くの人数が出国している。

ソビエト連邦が崩壊した時には、ラトビア国民の出生数は置換率だった。1991年、270万人だった人口は、移民と結婚や子供を生むには余りに不安定な経済環境との組み合わせで、2010年に公式の208万人へと減少した。そして2010年国勢調査のこの“公式”数値は極めて楽観的だ。人口統計報告は元来、2010年は188万人という数値だった。ラトビアの人口統計学者の中には、この少ない数値は水増しされていると思うと語る人々さえいる。ラトビアの人口統計学者は、心理的に重要な200万という閾値を越える数値を出すようにという、政府からの、国勢調査担当者に対する圧力を報告している。この成功(もう一つの新自由主義ポチョムキン村幻想)は、国内の住民親戚を訪問したり、不動産の確認をしたりするだけなのに、ラトビア国民として計算するよう、政府ウェブサイトを利用することで、実現したと言われている。

より少ない、あるいは、より多い数の正確さとは無関係に、いずれも持続不可能な程、低いものであり、ラトビアの緩慢な安楽死を意味するものでしかない。多くのロシア人はラトビア独立時に素早く出国したが、それに続いた大半の移民は、経済的理由からのものだった。ラトビア経済が崩壊し、政府が財政緊縮政策を強化すると、最初の抗議行動から半年以内に、移民は増加し、ラトビアで生まれる子供の数は急減した。

緊縮政策の擁護者達は、ラトビアでは二回国政選挙があったので、経済政策の方向は変えられたはずだと答える。だが彼等は、ラトビアで政策決定をするエリート連中が、過去二十年間にわたって、なぜ非常に安定勢力でいられるようやりおおせたかの説明詳細を歪曲している。危機前と後のラトビアの二度の議会選挙は、果てしない民族政治となった。緊縮政策は、大半が民族的にラトビア人である政党と結びついており、より社会民主主義的な代替案は、民族的にロシア人である政党と結びついていた。それぞれの民族コミュニティーが経済政策を巡って分裂していたのは確かだが、依然としてソ連占領のトラウマを抱え、2008年の危機後、どのような経済政策をとるべきかを巡って分裂していた国において、主として、民族的な枠組みによる経済政策が、緊縮政策が優勢となるのを保証した。

ラトビアの経済崩壊は、2008年に金融バブルが崩壊した際、あらゆる国の中で最も深刻だった。労働者に対する重税によって補完される、不動産への新自由主義的最小課税のおかげで、短期資金の流入が不動産市場を世界最高レベルに押し上げた。下落のひどさを考えれば、回復として称賛されている、その後の不可避な跳ね返りの余地があったのだ。

詳細を見てみると、いわゆる回復は四部門に集中している。第一は、資本逃避を呼び寄せ、処理していたラトビアのコルレス(オフショア)銀行部門だ。独立前、既に、ソ連の石油と金属の、世界市場への違法な輸出基地として、ラトビアは、ロシア新興財閥が不正に得た金の主要目的地となった。ラトビアのヴェンツピルス港は、ロシア石油の輸出ターミナル、外為サービスの提供は、ソ連の、そして後にロシア人横領犯の夢だった。悪名高いラトビアのグレゴリー・ロウトチャンスキーの様な人物と彼のNordexは、マネー・ロンダリングで悪名を高めた。ロウトチャンスキーのパートナーで、後にNordex事業を引き継いだマーク・リッチ(ビル・クリントンによって恩赦された)の様なアメリカ人すら関与している。

ラトビア最大のオフショア銀行Parexを救済した際に、ラトビア政府signaledこのオフショア金融部門を、あらゆる犠牲を払っても(国民に緊縮政策を押しつけることを含め)守る意図。欧州委員会とIMF当局者は、ラトビアに膨大な外国からの借款を与え、部分的にそれが、Parexを救済した後、政府を、そして、コルレス(オフショア) 口座を機能させ、“特別優遇の”(“良いコネのある”と読み替えるべき)顧客に市場を上回る利子率を支払い続けることを可能にしたのだ。

犯罪を引き起こしやすい資本逃避センターとしての、ロンドンや、ニューヨークやチューリッヒの同類ではないにせよ、ラトビアは、労働者の利益に反する、グローバルなマネー・ロンダリング・システムの大規模なニッチを作り上げた。ブルームバーグによれば:“非ヨーロッパ人のキプロスへの資金流入が停滞する中、上半期、約12億ドルがラトビアに流入した。非居住者預金は、現在100億ドルで、合計の約半分、規制当局は、スイスの43パーセントを越える、ラトビア中央銀行によれば。”ラトビアは、スイスの人口のわずか四分の一で、そのGDPの十分の一に過ぎないという事実からすれば、これは膨大な額だ。この活動は多くの銀行家を豊かにするかも知れないが、ラトビア経済の発展にはほとんど役立たない。しかも、それは、発展しつつあるソ連後の隣国から、ラトビアが資本を奪うことで、利益を得ることを可能にする近隣窮乏化政策だ。

第二に、危機に対するラトビアの緊急対策は、森林皆伐の強化だ。ラトビアは、農地を森に転換するソ連政策のおかげで、膨大な森林資源を受け継いだ。この分野の輸出増大は、ポスト・ソ連流の資産剥奪を反映している。歴史的財産は縮小しつつある。現状は大規模であるせよ、ラトビアが遥か北方の緯度にあることを考えれば、新たに植えた木が十分成長するまでには、50年から100年かかるのを念頭に入れることが必要だ。だから、この資源は無限に維持することは不可能なのだ。しかも、ラトビアの森のより高付加価値加工を開発する動きは、イライラするほど遅々としている。丸太を材木、紙や他の製品に加工するという、ラトビア材木の主要消費者(例えばスウェーデン等)の約束は、ほとんど口先ばかりで、大半、行動を伴っていない。

第三に、ラトビアの新自由主義経済が、過去二十年間にわたり産業空洞化した事実は、経済崩壊後の製造業のほとんどあらゆる増加が、パーセント数値の成長でしかないことを意味している。ラトビアには有効な労働者保護はほとんど皆無で、そこそこの労働条件と給与(時に、そもそも支払われること自体)を主張する弱体な労組しかない。賃金は既に貧困レベルにあるものから更に押下げられる可能性があり、労働者を保護する規制構造が無いので、企業は自分達の好きなように、労働力をを雇うことができる。同時に、ラトビアの人件費は、キャピタル・ゲインと不動産への税を比較的低く保っておく為に仕組まれた懲懲罰的に高い労働税と社会保障税のおかげで、経済的に必要なものより遥かに高い。例えそうであれ、賃金と“流動性”のおかげで、一部の企業にとっては、ラトビアの労働力は十分安かった。しかし、この国は実際に、イノベーションや起業の才能のセンターでもあるのだが、政府による支援によってでなく、ラトビア政府の政策にもかかわらず、彼らの大半が成功したのだ。

パーセント・ベースで、ヨーロッパでの最近の花形輸出国はラトビアとギリシャだ。大規模崩壊の後の跳ね返りとしてのみ、意味をなす数値だ。ラトビアの一人当たり購買力は、ギリシャのそれより遥かに低い。製造業と輸出の控えめな上昇は前向きだが、ラトビアは、GDP比率で、イノベーションやR&D投資について、いまだヨーロッパ最下位だ。イノベーション投資の欠如、労働者の利益に反する税金と財政政策とがあいまって、逆進税のおかげでラトビアの人件費が必要以上に高い為、より早い成長をする製造業の潜在能力を制限してしまう。

第四に、かつて未開発だった農業と運輸部門で成長が見られる。これは近年の食料品価格のインフレと、運輸省のより良い政策と計画によって促進された。運輸は、歴史的に、ラトビア経済と政府の最も腐敗した部分の一つではあるが、ラトビア運輸の潜在力を利用した運輸省の中に、卓越した拠点が登場した。ラトビアの港湾経由でアフガニスタンのアメリカ軍兵士への供給を可能にするために、ロシア鉄道を使用することへのロシアの合意も、害にはならなかった。

アメリカにとってのモデルと見なせる、来る予算削減という緊縮政策を、じっと我慢する為のほとんど提灯的なニューヨーク・タイムズ記事で最も示唆に富む部分は、ラトビアの経済学者達による以下の結びの意見にようやく現れる。“ラトビア‘サクセス・ストーリー’という考え方などとんでもない。” “ラトビアはどの国のモデルでもない。”“こういうことは、ひどい苦痛をしばらくの間進んで耐え、労働市場が劇的に流動的な国においてのみ行える。”要するに、本当の民主主義の中では実行不可能だ。

国民の意志を政府が無視する(豊かな先進国において拡がりつつある傾向)ことができるというラトビア・モデルは、その国が下記にあてはまる場合のみ適用可能だ。

- 十分に小さく、進んでそうする意志があり、もっとも才能があり、多数の言語を使いこなせる新卒者が率いて、少なくとも人口の10%を進んで移民させられること;
- 家族形成、結婚と出生率が急落しても人口統計学的に十分安定していること
- 政治家達が、民族カードを使って、経済問題から国民の眼を逸らすことができるような、民族的に分裂した国民で、かつ
- ソ連後の、非政治化していて、短期間で抗議行動を進んであきらめる国民。

どの大国でも、このレベルの緊縮政策を企てようとするなら、国民のおよそ10%が出国する行き先を見つける必要があるだろう。アメリカ合州国の場合には2000万人のアメリカ人労働者を進んで引き受ける国々が必要ということになる。前回著者達が確認した際には、カナダにもメキシコにも、それだけの人数を受け入れる意欲や能力はなかったし、まだ十分な人数のアメリカ人学生が中国の洗濯をするため北京官話を習得したわけでもない。

まだラトビアには、極めてデザイン感覚に優れた高学歴の国民がいる。ラトビアの熟練労働者は、創造力と細部への配慮で有名だ。ニューヨーク・タイムズが、ラトビアのサクセス・ストーリーとして慶賀したものと反対に、より適切な経済政策として、労働者に敵対的な課税を減らし、不動産と金融への助成を減らし、イノベーションに対し、より多く投資すれば、スカンジナビア隣国諸国の成功を再現できるかも知れない。対する新自由主義経済の代替案は、グラウピウス山の戦いの前の、ケルト人族長カルガクスの言葉として、タキトゥスが描写したものを彷彿とさせるやり方で“回復”を生み出すことだった。ローマの勝利とは“荒れ地を作ることを、平和と呼ぶ”ことなのだ。ネオリベラル連中は、国民が文句をいわなかったり、あるいは代替案を要求しない限り、緊縮政策と移民を“安定性”、更には、経済成長と回復とさえ呼ぶ。

マイケル・ハドソンは、リガ法科大学院の元研究部長で、経済学教授。カンサス州のミズーリ大学、経済学の研究教授で、バード・カレッジのレヴィー経済研究所研究員。彼の経済理論を要約した本、The Bubble and Beyond <http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/3981484207/counterpunchmaga>はAmazonで購入可能。彼の最新刊はFinance Capitalism and Its Discontents <http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/3981484215/counterpunchmaga.  ウェブサイトで、彼と連絡できる。mh@michael-hudson.com

ジェフリー・ソマーズは、リガのストックホルム経済大学客員教授。ミルウォーキーのウイスコンシン大学の政治経済学 & 公共政策准教授。
両著者は、ラトビアの政治家や首相レベルに到るまでの政府幹部当局者に助言をしていた。二人ともラトビアのマスコミに多様な記事を書いてきた。更に二人は、ファイナンシャル・タイムズ、ガーディアンや他の印刷、ラジオやテレビ・メディアにも寄稿している。ソマーズは、チャールズ・ウルフサンと共に、ルートレッジ出版社から刊行予定の本、The Contradictions of Austerity:  Socio-Economic Costs of Neoliberal Baltic Modelの共編者、著者。その本の中で、ハドソンは一章を書いている。

記事原文のurl:www.globalresearch.ca/latvias-economic-disaster-heralded-as-a-neoliberal-success-story-a-model-for-europe-and-the-us/5317675
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レーダー照射を鬼の首でもとったかのように嬉しそうに報じる大本営広報部。尖閣紛争は、売国奴ゴミ政治家連中が、宗主国のさしがねで、意図的にかきたてたもの。まとめる気になれば、まとめられるはずなのに煽り立てる。本当に深刻な問題から目をそらせ、自分たちの狙いを実現させるるために。

尖閣のおかげで、オスプレイ導入もF-35開発輸出も正当化。TPP加盟なる国家的自殺行為も。国民の宗主国侵略戦争の砲弾の餌食化も。

これだけ深刻な国家破壊政策が、中国との対立状態無しに、偶然にまんまと実現するだろうか?

反中国感情を醸成し、宗主国隷属を推進することこそ売国奴の狙い。究極のショック・ドクトリン。

その一方、傀儡政党・政府・財界・労組・学会・マスコミが引き起こした、自国民に対する放射能照射の現状・対策については、報道管制状態。

原発事故、安全神話を 振りまいたあげく、地震国ゆえの宿命を、傀儡支配層が無視した結果、起きた事故。収束の見込みがたたない中、除染という、無意味な汚染移動行為を意図的におこない、原発ゼネコンや電力会社への補助金助成を継続している。更に、活断層がなければ稼働可能という方向に誘導中。福島事故、敷地活断層で起きたわけではない。世界の地震の巣、日本に原発があるからおきた。北朝鮮の何十、何百倍も悪辣な支配層、そして御用報道。

「ラトビア キリンチャレンジ」ではなく、「ラトビア経済 急回復」で検索すると、昨年2011年夏の大本営広報記事が一件見つかった。原発推進企業らしい報道。

「アベコベノミクス、アホノミクスで、失われた日本経済、急回復」という見出し、欧米ネオリベ大本営広報の見出しになるのだろうか?

日本の勝利とは“荒れ地を作ることを、平和と呼ぶ”ことなのだろうか?

日本の場合、1000万人の国外就職先を見つけないといけない?

この国で、低い出生率が長年続いているのは、無抵抗の国民による、移民代わりのせめてもの消極的抗議策だろうか? 海外就職先はともあれ、国内居住可能面積は、ソ連崩壊後のロシアならぬ、原発破壊後かなり減少した。

貧乏人は早く死ねと大臣に言われても耐え、選挙でとんでもない属国化政策を推進する傀儡与党に、多数議席を与える自殺行為等、この国の人々、ラトビアの皆様に似ている?

平凡社新書「経済ジェノサイド フリードマンと世界経済の半世紀」中山智香子著は、まるで素晴らしい講義を拝聴しているかのよう。帯の言葉が絶妙。「経済学者はいったい何をしているのです」 こういう授業、宗主国の経済学部で学べるだろうか?

マクドナルド・ハンバーガーのように、定型化されたプロセスで、経済学博士を効率的に量産する宗主国経済学の様子、中野剛志著「官僚の反逆」でも鮮やかに描かれている。世界経済を破壊し続ける宗主国の主流経済学なるもの、素人にはオウム並邪教に思える。そもそも本当に有効な学問であれば、なぜ宗主国の経済状態、そして属国の経済、ボロボロなのだろう。属国・諸外国搾取の為の経済理論ということであれば、確実に有効だろう。そこで、そういう大学院の卒業生・先生方が経済破壊会議メンバー。そこで、

ネオリベラル連中、国民が文句をいわなかったり、あるいは代替案を要求しない限り、緊縮政策と移民を“安定性”、更には、経済成長と回復とさえ呼ぶ。

上記新書の帯に習って「大本営広報部はいったい何をしているのです」と言いたくなる。

この記事の結論、本当の民主主義がない集団には、どうやら、あてはるまるようだ。

“ラトビア‘サクセス・ストーリー’という考え方などとんでもない。” “ラトビアはどの国のモデルでもない。”“こういうことは、ひどい苦痛をしばらくの間進んで耐え、労働市場が劇的に流動的な国においてのみ行える。”要するに、本当の民主主義の中では実行不可能だ。

国民の意志を、政府が無視(豊かな先進国において拡がりつつある傾向)できるというラトビア・モデルは、その国が下記にあてはまる場合のみ適用可能だ。

- 家族形成、結婚と出生率が急落しても人口統計学的に十分安定していること
- 政治家達が、国境紛争・民族差別カードを使って、経済問題から国民の眼を逸らすことができるような国民で、かつ

- 敗戦後、非政治化していて、短期間で抗議行動を進んであきらめる国民。

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