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2012年12月22日 (土)

キャスリン・ビグローのゼロ・ダーク・サーティ:“暗部”を奉じるハリウッド

Bill Van Auken

2012年12月20日

ゼロ・ダーク・サーティ

12月19日に一部の映画館で公開された、CIAのオサマ・ビン・ラディン狩りを記録したキャスリン・ビグローの新作映画、ゼロ・ダーク・サーティは広く絶賛され、今年最高の映画だという多数の賞とノミネーションを獲得している。これは恥ずべき作品であり、この歓迎は、映画そのものというより、マスコミとアメリカの大衆文化産業の状況について遥かに多くを物語っている。

感情的に非常に疲れる9/11の消防士達の無線交信や、ツイン・タワーの上層階からの助けを求める死に物狂いの叫び声による暗い画面とサウンドトラックによる導入部から、CIAの“ブラック・サイト”、両腕を縛られて天井からつり下げられ、顔を切られ、乱打された抑留者が、要求された情報を提供しそこねれば“痛めつけてやるぞ”と請け負うアメリカ人尋問官と対決する場面に変わる。

9/11のサウンドトラックと悲惨な拷問場面の並列は、原因と結果として提示され、一方がもう一方を正当化している。

尋問者(ジェイソン・クラーク)を他の人々が手伝っているが、彼等の顔はスキーマスクで覆われている。拷問の合間に助手達の一人がマスクを取るが、“現場に”初めて配備された新任職員マヤ(ジェシカ・チャステイン)だ。主任尋問官に、拷問室の外で、モニターで残虐行為を見ていてはどうかと問われるが、マヤはそうせず、戻って陰惨な仕事を再開しましょうと主張する。

これによって、用語を大雑把に使い、彼女が最終的に勝利するまで、男性が支配的なCIA指導部全体の抵抗と果敢に戦い、ビン・ラディンの行方につながる手がかりをひたむきに追求するマヤを追うというドラマの大筋が紹介される。

出来事についてのこの信じ難い見解によれば、2011年5月1日のパキスタン、アボタバードの屋敷襲撃、ビン・ラディンを暗殺し、無防備の他の数人の男性、女性と子供の射殺に至った情報の手がかりを、若手女性専門家が単独でもたらしたのだ。

アメリカの軍-諜報機関とその犯罪の映画による準ファシスト的な支持に、ビグローはうっすらとフェミニストの装いを施したので、評論家の中には、主人公とオスカー最高監督賞を受賞した初めての女性、ビグロー自身を比較までしているむきもある。

ほぼ二時間の映画は長く、暗く退屈だ。マヤを含め、誰一人成長せず、冒頭に我々が知り得た以上のことは、最後になっても得られない。タイム誌のインタビューで、ビグローは登場人物に深みを与え損ねたことを弁護し、“勢いを貫いています。”と主張した

ここにある“勢い”というのは、拷問と耳をつんざくようないくつもの爆発だ。映画は9/11のみならず、2005年7月7日のロンドン爆破事件、2008年のイスラマバード、マリオット・ホテル爆破攻撃、2009年12月、アフガニスタン、ホストの基地で7人のCIA工作員を殺害したヨルダン人二重スパイによる自爆攻撃や、2010年のタイムズ・スクエア自動車爆弾未遂まで盛り込んでいる。

実質的には、こうした行為の全ては、ビン・ラディンと何の関係もない、アフガニスタンやイラクの戦争における民間人虐殺や、誘拐やグァンタナモ、アブグレイブやCIA“ブラック・サイト ”でのイスラム教徒拷問で過激化した連中によって実行されたのだ。

監督と脚本家マーク・ボールは、映画を巡る論争を明らかに歓迎し、最初の25分間、無力な抑留者が水攻めされ、打たれ、性的に侮辱され、床を犬の首輪と鎖をつけて引き回され、無理やり食事を与えられ、棺桶より狭い箱に閉じ込められる場面に焦点を当てている。CNNの国家安全保障専門家ピーター・バーゲンによれば、元の版で囚人をコテンパンに殴打していた脚本の暴力描写を“和らげる”ようビグローとボールを説得する必要があったという。

映画は、拷問が8年後ビン・ラディンを探り当てるに至った重要な最初の諜報情報を引き出したとはっきり主張しているが、共和党右翼の一部やCIA自身の内部が行った主張は徹底的に反論され、ごく最近この問題に関する6,000ページの報告書が、先週上院諜報委員会で承認された。

ビグローは彼女の映画は拷問賛美ではないにせよ、謝罪でもないと否定している。彼女はこの問題について態度を明らかにせずにいる。“映画に何かの意図があるわけではありません。映画は善悪を判断するものではありません”とニューヨーカー誌に語っている。“私は現場体験をしたかったのです。”

同じインタビューで、自分とボールは“映画製作にあたり、ほとんどジャーナリスト的手法”を採用したと主張している。自分自身“マルコによる福音書の配信システムです”と主張する発言は、彼女がどれだけ深く軍国主義文化に耽溺しているかの例証だ。

かつてヴィレッジ・ボイスローリング・ストーンプレイボーイに執筆し、ビグローのハート・ロッカー(2008)の脚本を書いたボールは、2004年、アメリカ軍に“埋め込まれた”記者としてイラクで働いていた。CIA職員やシールズ・チーム・シックスのメンバーに対して、これまで前例のないアクセスが許可されたビグローは、軍隊と諜報機関とのある種象徴的な関係を確立した“埋め込まれた監督”として登場し、必然的に後者が要求する類のプロパガンダを生み出した。

特に事実と関係者の説明に基づいているという映画冒頭の主張を考えれば、拷問が果たす役割に関する歪曲は深刻だ。ボールは最初に拷問されていた抑留者から、情報尋問者と一緒に昼食を食べながらの威嚇的でない尋問で得られたと主張して言い繕おうとしている。

これは良くて不誠実としか言えない。情報は拷問の結果起きた抑留者の記憶喪失を利用することによって、マヤと尋問官が得たのだ。映画は拷問について複数言及しており、マヤは天井から吊るされ、無理な姿勢でかがみ、恐怖にたじろいで、情報の断片を差し出す抑留者達を写したDVDを探し回り、それを彼女がつなぎ合わせる。彼女はパキスタン人助手に彼を殴るよう命じ、ある男性を尋問するが、別の男性がまた拷問されたくないので話しをすると語る。

もちろん事実の歪曲や“拷問が有効か”否かについてのCIA拷問を巡る基本的問題の深さを精査する議論はほとんど始まらない。何よりも、それは上はアメリカ大統領からはじまる高級官僚達が命じた戦争犯罪であり、二大政党の主要政治家達に是認されているのだ。この犯罪を命じ、実行した人々はオバマ政権によって無条件に守られてきた。

映画のこの点に対するリベラル派の批判は痛ましいほど弱い。ゼロ・ダーク・サーティは“ビン・ラディンの死に関して、左翼が望んでいた映画ではないが… (拷問は何も達成できないという主張に訴えることはせずに)拷問に反対する道徳的論拠にすることができようし、評判、政治的資産や名誉をトレードオフするに値しないという費用対効果の論拠にさえできるだろう”と認めるスレートの上級編集者エミリー・ベイズロンが代表だ。

映画の最後の見せ場であるビン・ラディンや一緒にいた他の数人の殺人はどうだろう? ビグローとボールが、自分たちは拷問問題については中立だと主張するのは可能だとしても、二人は国家による超法規的殺人、要するに暗殺に他ならないシールズ・チーム・シックス活用を賛美してはばからない。

政権がビグローとボールに対し自由にアクセスできるようにしたことと、“最高司令官”としての実績に対する共和党による攻撃をかわすため、ビン・ラディン殺害を現役大統領による政治的利用からして、ゼロ・ダーク・サーティは、バラク・オバマ再選キャンペーンの手段になるだろうと広く予想されてきた。

映画は選挙前に公開しそこね、オバマはパキスタンのCIA施設におかれたテレビに束の間映るだけだ。インタビュアーに、拷問を否定し“世界の中で、アメリカの道義を取り戻す”ことを誓うオバマの発言に、室内にいる工作員は落ち着いた反応をし、皆政治的なたわごとには無頓着で、仕事を続ける。

オバマはさておき、自分には告訴も裁判も無しに、アメリカ国民殺害を命令する権利があると勝手に決め、ホワイト・ハウスで、暗殺対象のいけにえが選ばれる“恐怖の火曜日”会議の議長を務める大統領の下、こうした行為がアメリカ政策の恒久的な特徴となっている時代にあって、国家による暗殺の賛美は、それ自体極めて大きな影響を与える。

ビグローはビン・ラディン殺害は“叙事詩”で“一生に一度の物語”だと表現した。ニューヨーカー誌に“このような出来事は千年に一度か二度しか起きません”と語っている。

500年間で最も重要な出来事というのは本当だろうか? 十年間も隠れていて、どう考えても、積極的役割をごくわずか、あるいは全く果たしていないこの病身の老人殺害によって正確には一体何が変わったのだろう?

かつてはイスラム教テロリスト集団に対し、CIA工作員達と協力していた政権、リビアのカダフィやシリアのアサドを打倒するために、アメリカがお膳立てしている戦争の中で、ワシントンが、アルカイダ分子を支援し、武装させているという状況下で、アメリカ国民はこの“生涯に一度の物語”とは一体何の事か問う権利を認められていない? ビグローの映画に答えは見つかるまい。

オスカーを受賞した彼女の映画「ハート・ロッカー」の“現場に入る”手法が、社会全体を掠奪し、何百万人もの命を奪ったイラク戦争の正当化に役立ったのと同様、彼女の最新作は、アメリカという国家とその支配者集団階級に浸透した国際的犯罪政策の正当化と、憲法の核心的原則と民主的権利の拒絶に役立つのだ。

一年前、ニューヨークの現代美術館は、1975年に製作された「不正規戦争を支援する心理作戦」と題するビグローの初期映画プロジェクトの一つを上映したが、作品にはアメリカの対反乱手法と暗殺部隊の利用への批判があった。37年後、彼女は暗殺部隊を賛美し、アメリカ政府によって、暗殺部隊メンバーに自由にアクセスすることを認められたのだ。

初期の映画を製作した頃でさえ、彼女はコロンビア大学のポストモダニズム教育を受け、社会主義と労働者階級に徹底的に敵対的な厭世的雰囲気を存分に吸収していた。

ビグローがハリウッドで億万長者になり、このイデオロギーが階級的利益に根を下ろしたのだ。彼女は自分達の富と特権が、海外においては略奪目的の戦争を行い、国内では社会的不満を抑圧することができる強力な国家と深く結び付き、依存していることを暗黙のうちに認め、帝国主義に迎合した元“左翼”とリベラルという社会階層全体の代表だ。

彼等の一部は、恐ろしい犯罪がその実行過程で、黒人大統領によって命じられ、女性CIA工作員によって実施されるという事実に慰めを見いだすのだ。

これがゼロ・ダーク・サーティのようにグロテスクな映画を生み出す階級の力学であり、醜い政治潮流だ。

著者は下記記事も推奨する。

映画制作者キャスリン・ビグロー アメリカ軍暗殺部隊へのアクセスを許可される

ハート・ロッカー: 嘆かわしい傾向の一環 英文

ハート・ロッカー、アカデミー賞受賞とイラク戦争の名誉回復作業 英文 日本語訳

ハート・ロッカー、アカデミー賞受賞とイラク戦争の名誉回復作業”に対する意見 英文

記事原文のurl:www.wsws.org/en/articles/2012/12/20/dark-d20.html
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いくら謝礼をもらっても見る気力がわかないこういう映画が作られるのには驚かないが、興行として成立することには驚く。

米国支持、やむを得ず イラク戦争で外務省 2012年12月21日 東京新聞

外務省は21日、2003年のイラク戦争で日本が米国の開戦を支持した経緯を検証した報告書の概要を発表した。「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」と信じ込んだ経緯に関し「存在しないと証明する情報がなかった」と結論付け、事実を誤認したのはやむを得なかったとの見方を示した。イラク戦争への対応を検証したのは初めて。

概要は「イラクが大量破壊兵器を隠匿している可能性があるとの認識が国際社会で広く共有されていた」とも述べている。米英両国などは当時、イラクによる大量破壊兵器の隠匿を開戦の大義名分に掲げていた。

(共同)

素人でも書ける報告。イラクが大量破壊兵器を隠匿しているなどというたわごと、小生共有した覚えはない。大義なき侵略戦争で殺された人々は帰ってこない。属国の政策の神髄は

  • 泣く子と地頭には勝てぬ
  • 無理が通れば道理が引っ込む
  • 亭主の好きな赤烏帽子

だ、と書く方がましだろう。

原発推進もTPP加盟も、憲法改悪も侵略戦争参戦や完全属国化もやむを得ず、となる。
常に傀儡支配層は責任から免れ、イラク人も属国民も、利用され捨てられ続ける。

イノシ氏、オリンピックを東京でやる意義をアピールするという。是非説明して欲しいものだ。

「取り過ぎ、虎網」という漁業紛争をあおる記事やら、尖閣近辺を航行する中国船舶やら、北朝鮮ロケット発射報道にのみ熱心な大本営広報活動をみていて、『木霊の宿る町』のOnomar氏の下記記事「下界は曇り」を連想した。(太字は小生が加工したもの)この属国、現在確実に戦前状態。やがて支配層の計画通り、無事?戦争に突入するだろう。ラジオと新聞だけの昔より、テレビもTwitterもFacebookもある現代の方が制御の効率はより高いだろう。

昭和初期の新聞を二、三年分ぜんぶ読んで世相の好戦度がどう変わっていくかを分析する作業に参加したことがあります。日米戦争は語られるだけで現実味はまだ ない時代でしたが、朝日新聞が読者を日米戦争へ導いていく様がわかり目がさめる思いをしたものです。日本のみなさまにおかれては、戦争屋とカルトに騙され やすいのが善人(おひとよし)と知りもっと悪人になりましょう(笑)。

そこで、何度でも、五十嵐仁の転成仁語 12/20小選挙区制にこのような害悪があることはとっくの昔から分かっていた

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コメント

見る人の国籍や立場によるのかも知れませんが、この作品を見て拷問の有効性とかイラク・アフガン戦争への賛美とかいう意見が出てくる事が理解できません。容疑者を拷問した時点で「人としてアウト」「神の教えに反している」「ナチスと同じ」という烙印を押していると見るのが戦前の日独を悪として教え込まれてきた我々の感想ですし、欧米の大方のまっとうな人達の感覚であったと理解していたのですが。
秩序を破壊するテロに対してはある程度容疑者の拷問も許され、他国への侵略もオーケーという風に歴史認識が見直されたのであれば、戦前の日独伊、スターリニズム、奴隷制度への抵抗など全ての歴史の意義についてどこかで再考されたはずです。この映画を見て「アメリカ最低」以外の感想が出てくることにむしろ驚きを覚えます。このAuken氏の批評も映画に批判的ではありますが、私の感覚からは大分離れているように感じます。

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