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2012年6月 3日 (日)

いかにして自由が失われたのか

Dr. Paul Craig Roberts

2012年4月24日

paulcraigroberts.com

アメリカの調子がおかしくなったのはいつからなのだろう?

“始めからだ”と答える方々がおられる。18世紀末期と19世紀のアメリカ人が、彼ら自身イギリスの王に支配されていたイギリスの入植者達が、アメリカ・インディアンを絶滅させ、彼らの土地を盗んだのだ。1948年以来、イスラエルがパレスチナ人をその土地から追い出したのと全く同様に、三世紀にわたり、アメリカの先住民達は追い立てられてきた。

悪魔化が常に重要な役割を演じてきた。アメリカ・インディアンは野蛮人で、パレスチナ人はテロリストだ。こうした説明さえ支配できる国ならどんな国でも悪と呼ばれずに切り抜けられる。

あらゆる国と文明には多くの悪があると小生は思う。善と悪との戦いで、時として宗教は悪の側につくことがある。しかしながら、道徳的進歩という概念はそう容易には放り出せない。

例えば奴隷制度を考えてみよう。1800年代、平等の権利を主張していた国々においても、奴隷制度は依然存在していた。自由な女性達でさえ平等な権利はなかった。今日では、人の所有やら、結婚時、女性の財産の夫への引き渡しを、あからさまに許容する西欧国家などあるまい。

西欧政府は、所得税を通して国民の労働に対する所有権を持っているというのは事実だ。一種緩和された形の農奴制として残っているわけだ。とは言え今の所、人間そのものを巡る所有権を主張している政府は皆無だ。

時折読者の方々から、エリート連中は常に支配的なのだから、小生の努力は無意味で、唯一の解決策は、結婚するか、彼らの権益に奉仕するかして、小さなコネをもったエリートの小集団に入り込む方法を見つけ出すことだというご意見を頂く。

これは一見、皮肉な助言のようだが、多少の真実がないわけではない。実際、ワシントンとニューヨークはそうして機能しており、国中益々そういう形で機能するようになりつつある。

ワシントンは公益ではなく、強力な私益に奉仕している。大学の学部における研究は益々私益に奉仕するようになっており、真実に奉仕することは少なくなっている。アメリカでマスコミはもはや人々の声でも人々を守るものでもない。アメリカでは、エリートに奉仕する体制側の連中とのコネ無しには良い仕事に着くことが益々不可能になりつつある。

この“あきらめ”の姿勢で小生が問題と感じるのは、小生の人生にわたり、また、より広範に、二十世紀の間、改善によって多くの前向きの変化が起きたことだ。善意無しに、改善を実現することはできないのだから、エリート達でさえ自分たちの権力を制限するような改革を受け入れたのも、道徳的進歩の一環だった。

労働組合は大企業経営幹部やウオール街への拮抗力となった。

労働条件は改良された。公民権は拡大された。体制によって排除されていた人々が、体制の中へと組み込まれたのだ。二十世紀に育った人であれば誰でも、ご自分の経験を付け加えることができよう。

進歩は遅々としていた。改革をする人々の目からすれば不当なほど遅かったし、誤りもあったが。それでもなお、適切なり不適切なりに行われたにせよ、市民的自由を拡大するという約束はあったのだ。

この約束は2001年9月11日に突然終わった。国民を守る盾として法律を確立した、800年にわたる人類の優れた成果は、ブッシュ/オバマ政権の11年間で廃止され、代わりに、法律は政府手中の武器に転換された。今日、アメリカ人も、他の国々の国民も、アメリカの行政府の意思だけで、適正手続き無しに、あるいはいかなる裁判所への証拠提示もなく一生にわたって拷問牢獄に閉じ込められたり、路上で射殺されたり、あるいは無人機ミサイルによって絶滅させられたりしかねない。

自国の臣民にも他の国々の国民対しても行使するアメリカ政府の権力は無制限だ。レーニンは、無制限の力を“何物によっても、いかなる法によっても、あらゆる独裁的支配によっても制限されない、力に直接依拠する”権力だと述べている。

ワシントンは自らが、並外れた国民を代表する、欠くことのできない政府であり、従ってその意思と“正義”をアメリカ以外の世界の国々に押しつける権利があり、ワシントンに対する抵抗は、可能なあらゆる手段によって絶滅されるべきテロになる。

かくして、アメリカのネオコンは、アメリカの覇権からの独立や、イランも調印国の一つである不拡散条約下での原子力発電の権利を行使することを主張するイランを核攻撃すると語っている。

言い換えれば、ワシントンの意思が、ワシントン自身が世界に押しつけた、法的効力を持つ条約、国際条約より優先するのだ。ネオコンとワシントンによれば、イランは、イランが不拡散条約に調印した際に、イランがワシントンとおこなった法的契約によっては保護されないのだ。

イランは自分が、ワシントンD.Cを支配する悪の力によって、諸権利を剥奪され、絶滅させられる、17世紀や18世紀のアメリカ・インディアン部族の現代版のようなものであることに気がついている。

圧倒的大多数の“超大国”アメリカ国民は『マトリックス』につなぎこまれており、ワシントンと、その売女マスコミによって頭脳に注入される偽情報に満足していて、小生が申しあげる真実に直面するより、ためらってしまうのだ。

そこで疑問が提起される。一体どうすれば人は、また他の人々を『マトリックス』からプラグをはずせるのだろう? 読者の方々は質問されるが、小生には完璧な答えはない。

色々な形でおきるもののようだ。後釜として、より低い賃金で働くH-1Bビザの外人のおかげで首にされる、犯していない犯罪で有罪宣告され、スポーツによる痣が児童虐待の証拠だとされて、児童保護局によって自分の子供達が奪い去られる、詐欺を基にした抵当が法的効力を与えられているために人びとの自宅が奪い去られる、人は年をとり、企業提供医療保険の保険料が高くなると、“自由市場資本主義”によって解雇される、従軍ジャーナリストではなく、アメリカの海外での振る舞いに関して正直に報道するがゆえに、アメリカ再入国時に、国土安全保障省に嫌がらせを受ける。“自由と民主主義”というウロコが目から剥がれ落ち、現実をじっくりと考えるようになるアメリカ人の例は数多い。

『マトリックス』からプラグを外せるようになるのは、注意を払うごく少数の人々にとっての、緩やかな生涯にわたる体験なのかも知れない。長生きすればするほど現実は政府とマスコミの説明と矛盾することに気がつく可能性が高まる。重要なことを覚えていることができる少数の人々は、のぞき見テレビや、ひいきのスポーツ・チームや、空想映画を見た後で、外国に引き渡されてしまった製造業の経済にとって変われる“ニュー・エコノミー”などないことを次第に悟るようになる。“爪が汚れるような仕事”を首にされた後、自分たちを雇ってくれる“ニュー・エコノミー”などないことが分かるのだ。

ベトナム戦争敗戦を今だに憤り、反戦抗議運動参加者に対して怒りながらも、熱狂的愛国者達の中には、意見を異にする人びとや、米国憲法修正第1項「言論の自由」の行使を犯罪扱いしたことの報いを次第に認識し始めている人びとがいる。“味方か、さもなくば敵だ”という表現は、彼なり彼女なりの口を開き、いかなる反対意見を語る人は誰でも“国家の敵”へとすり替えられることを暗示し、安心させるような含意でなく、威嚇的な含意を帯びつつある。

益々多く、とはいえ、とうてい十分とは言い難い人数のアメリカ人が、1993年、ウェーコでのブランチ・ダビディアン虐殺は、児童虐待や、銃の密輸入、虚偽の嫌疑で悪魔化された民間人の殺人を、大衆も議会も受け入れるであろうということを確認するための試運転だったのを理解するようになっている。

次ぎの実験は1995年のオクラホマ市爆破だった。一体誰の説明が勝利を得ただろう。政府の説明か、それとも専門家の説明か? 爆発物に関する最高の専門家、パーティン空軍大将は、決定的に議員全員に配布された多くの証拠を示す報告書で、マラー連邦ビルは肥料トラック爆弾で外部から爆破されたのではなく、内部から外部へ爆破されたのだということを証明した。だがパーティン大将の真実は、政府のプロパガンダと、議会が認知的不協和を避けたことによって破れ去った。

自分達の発表や売女マスコミの発表の方が、専門家達が提示する事実よりも影響力があることを、“国家安全保障”政府が学んでしまえば、ノースウッズ作戦のような陰謀が実践に移されかねない。9/11のような出来事が可能になる。

ペンタゴン、CIAと軍/安保複合体は、存在しなくなった“ソ連の脅威”に置き換わる新しい敵を必死に求めていた。軍/安保複合体と議会内の彼らの召使達は、冷戦から得られる儲けを、他のもので置き換え、ペンタゴンとCIAに集積する権力を保持し、増大することを固く決意していたのだ。ソ連の脅威唯一代用品として可能性があるのが“イスラム教テロリスト”だった。かくして、“アルカイダの脅威”を生み出し、この新たな脅威を、イスラム教主義者達の本当の標的であるイラクやシリアの様なアラブの非宗教政権に結びつけたのだ。

サダム・フセイン政権のような宗教的でないアラブ政府は、イスラム過激派に反対する同盟者なのだという専門家達が提示する証拠にもかかわらず、宗教的でないイラク政府を、イラクの敵であるイスラム教革命家達とを結びつけるプロパガンダをアメリカ政府は行っている。

アメリカ国民が、きわめて無知で、しかも自分たちの暮らしを変え、生存を危うくしてしまうような物事に注意を払うことにも全く怠慢であることを、ワシントンが確認してしまった後に、あらゆる物事が続いて起きた。愛国者法、憲法の停止と市民的自由の破壊、国土安全保障省はそのゲシュタポ勢力範囲を、空港から、鉄道の駅、バス・ターミナルや、道路へと素早く拡げ、反対意見の人びとの犯罪者扱い、政府を批判する人びとのテロ支持者との同一視、反戦抗議運動参加者の家宅捜査や、 起訴陪審での罪状認否手続罪状認否手続、政府の犯罪を暴露する内部告発者の訴追、WikiLeaksのようなジャーナリズム組織をスパイと同一視する等々。リストは延々と続く。

アメリカとその傀儡諸国における真実の崩壊は、真実と善意こそが悪に打ち勝てる力だという小生の見解に対する最大の問題だ。西欧文明の様々な時期に起きた道徳的進歩という小生の認識は、『マトリックス』から進歩的にプラグを外すことを反映しているという可能性もある。私が改革として記憶している出来事は『マトリックス』のバラ色のガラスを通して経験したものなのかも知れない。

だが小生はそう思わない。理性は人間存在の重要な一部だ。

そうすることができる人びとはいるのだ。

想像力と創造力で鉄鎖から抜け出すことは可能なのだ。

善は悪に持ちこたえることができる。

驚くべき映画『マトリックス』が人々がプラグを外すことができることを示してくれた。

アメリカ人でさえプラグを外すことができると小生は確信している。小生はこの信念をあきらめた際には、書くことを辞めるつもりだ。

Paul Craig Robertsは、元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニューズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えていた。彼のインターネット・コラム www.paulcraigroberts.orgは世界中の支持者が読んでいる。

記事原文のurl:www.paulcraigroberts.org/2012/04/23/how-liberty-was-lost/

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アメリカ・インディアン悲史  朝日選書や、アメリカン・ドリームという悪夢 建国神話の偽善と二つの原罪 三交社(いずれも藤永茂著)を読んだ後は、“始めからだ”としか思えなくなるだろう。藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」を参照。

Paul Craig Roberts氏の記事、最近『マトリックス』とプラグを外す(unplugged)という表現が頻出する。『マトリックス』とプラグを外すことに触れたこの記事、二本目のようだ。(最初の記事4/19のものだろう。)

Matrix

個人的には、『マトリックス』より、『トゥルーマンショー』や『スライブ』、そして、つい最近公開された『タイム』のほうがよほど、現代社会の寓話としては優れていると思うのだが。

『タイム』: 我々は将来の99%だ。

  • 中国大使館員が属国で情報収集?活動すると、スパイ事件になる。
  • ジャパン・ハンドラーであれ、タレントであれ、アメリカ人が属国の政治を自由に動かし、財界幹部やマスコミ幹部が協力しても問題にならない。

最近の東京電力組合幹部発言とされるもの、本当とは信じがたい。

裏切った民主党議員には、報いをこうむってもらう

真実であれば、現代の大労組の、大労組幹部の腐敗極まった本質露出。

労働組合は大企業経営幹部や金融資本の一部、あるいは走狗となった。

労働条件は改悪された。原発は再稼働する。消費税は増税する。TPPには加盟する。体制に組み込まれていた人々も、体制から排除されるようになった。二十一世紀に暮らす人であれば誰でも、ご自分の経験を付け加えることができよう。

悪化は目まぐるしいものだ。悪化の影響を受ける人々の目からすれば不当なほど早かったし、誤りだらけだ。それでもなお、適切なり不適切なりに行われたにせよ、属国政策を推進するという約束、60年以上強化され続けている。

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コメント

国家の私物化の行く末でしょう。
可能な限り自分のものにし、自分のコントロール下におくこと。
やってることはサル山のボス猿と大差ないってことです。
ただ知恵が回るのでやり方が猿より狡猾です。
脳のデジタル部分は進化しても、アナログ部分は、ほぼ猿のまま。
その稚拙なエゴが高度な知能や処理能力と結びつくとこうなる。
源泉部分があまりにも稚拙なままに、高度化したため、こうした歪な形となって
現れる。だから、人間の遺伝子の問題なんですよね、システム以前に。
歴史で伝わるローマ時代から、知恵の蓄積はあっても本質的なエゴが
全く変わっていない。従って歴史が必然的に繰り返される。
次のステップに移るためには、人間自身の性質やエゴをきちんと
認識して、ある程度制御できないと無理ですから。

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