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2012年6月15日 (金)

資本主義: ある怪談

Corbis (From Outlook, March 26, 2012)

ムケシュ・アンバニの住む27階建てビル、近隣の人々は、ビルのまばゆい灯で夜を盗まれたと言っている。

ロックフェラーから、マンデラ、ヴェーダーンタからアンナ・ハザレに至るまで.... 大企業福音書の枢機卿連中は、一体いつまで我々の抗議運動を買収し続けられるのだろう?

2012年3月26日

アルンダティ・ロイ

(原文は四倍ほど分量があることをお断りしておく。いつものように素晴らしい記事と思うが、インド事情にもアメリカ財団事情にもうとい素人には容易に翻訳できない。いつか全部訳を掲載するより、一部だけでもお読みいただきたくて掲載する。例によって実に読みにくい翻訳。読むに値する記事と思われる方は原文をお読み頂きたい。)

住宅、住まいなのだろうか? 新しいインドの寺院、あるいはその幽霊の為の倉庫だろうか? アンティラが、神秘的雰囲気とひっそりとした脅威を発散しながら、ムンバイのアルタモント・ロードに出現して以来、様子は変わってしまった。“さあ着きました”私をそこに連れて行った友人は言った“我が新支配者に敬意を表してください。”

アンティラは、インド一番の金持ち、ムケシュ・アンバニのものだ。27階建て、三つのヘリパッド、9基のエレベーター、空中庭園、舞踏場、人工気候室、体育館、駐車場が6階あり、600人の召使がいるこれまで建設されたものの中で最も高価な住居について読んだことがあった。垂直な芝生に出くわすなどとは想像していなかった。聳えたつ27階という高さに巨大な金属の格子に草の壁が取り付けられていた。草は所々乾燥していた。綺麗な長方形の小片が剥がれ落ちていた。明らかに「トリクルダウン」は機能していなかった。

だが「噴出」は確かに機能してきた。それが人口12億人の国インドで、最も裕福な100人がGDPの四分の一に相当する資産を所有している理由だ。

巷のうわさは(ニューヨーク・タイムズ紙も)、あるいは少なくともそうだったものは、大変な労苦と庭造りにもかかわらず、アンバニ家はアンティラに暮してはいないという。誰も確かなことは知らない。人々は依然として幽霊や災難やインド風水のヴァートゥについて、ひそひそ話をしている。これも全てカール・マルクスのせいかも知れない。(悪態ばかり。) 彼は言った。資本主義は“余りに巨大な生産と交換の手段を呼び出してしまい、自分が呪文で呼び出した地獄の力をもはや制御できない魔法使いのようなものだ”。

インドでは、新たなIMF“改革”後の中流階級、市場に所属している3億人が、死んだ河川、干からびた井戸、はげ山や、裸にされた森林の冥土の霊魂、ポルターガイストと一緒に暮している。250,000人の借金に苦しんで自殺した農民の幽霊や、8億人の貧困化され、我々に道を譲るために土地を取り上げられてしまった人々。そして一日20ルピー以下で生き長らえている人々。

ムケシュ・アンバニは、個人で200億ドルの資産を持っている。彼はリライアンス・インダストリーズ・リミテッド(RIL)、つまり市場資本、470億ドルの企業の多数支配の株を所有している。石油化学製品、石油、天然ガス、ポリエステル繊維、経済特区、生鮮食品小売り、高校、生命科学研究と幹細胞保存サービスを含むグローバルな企業権益。RILは最近、CNN-IBN、IBNライヴ、CNBC、IBN LokmatやETVを含む27のTVのニュース、娯楽チャンネル、ほとんど全て地方の言語で支配しているTVコンソーシアム、インフォテルの株の95パーセントを購入した。インフォテルは、もしその技術が機能すれば情報交換の未来となりうる4Gブロードバンド、高速“情報パイプライン”の全インド運用の唯一の認可を得ている。アンバニ氏はクリケット・チームも所有している。

RILはインドを動かしているほんの一握りの大企業の一社だ。そうした企業の例は、タタ、ジンダル、ヴェーダンタ、ミッタル、インフォシス、エサールや、ムケシュの弟アニルが所有する他のリライアンス(ADAG)だ。彼等の成長競争は、ヨーロッパ、中央アジア、アフリカや中南米へとあふれ出ている。彼らの網は広く投じられている。地上でも地下でも、彼らの存在は目立っていたり、見えなかったりしている。例えばタタ財閥は、100以上の企業を80ヶ国で経営している。彼等はインドで最も古い最大の民間電力会社の一つだ。彼等は、鉱山、ガス田、製鉄所、通信、ケーブルTVやブロードバンド・ネットワークを所有し、小都市を丸ごと運営している。彼等は自動車やトラックを製造し、タジ・ホテル・チェーン、ジャガー、ランド・ローバー、大宇、テトリー紅茶、出版社、書店チェーン、ヨウ素添加食塩の大手ブランドや化粧品の巨人Lakmeを所有している。連中の宣伝スローガンがこうであっても不思議はない。『わが社なしには、生きられません』。

噴出による福音書の規則によれば、より多く所有すればするほど、より多くを所有できるようになる。

あらゆるものを民営化する時代のおかげで、インド経済は世界でも最も早く成長するものの一つとなった。とは言え、あらゆる古き良き植民地同様、主要輸出品の一つは鉱物資源だ。インドの新巨大企業、タタ、ジンダル、エサール、リライアンス、スターライト等々は、地下深くから金を絞り出し、噴出する蛇口に、まんまと強引にたどり着いた連中だ。買わなくとも良いものを売れるようになることは企業家にとって夢の実現だ。

中略

1950年代、幾つかのNGOや国際的教育機関に資金を供与していたロックフェラーとフォード財団は、当時中南米やイランやインドネシアで民主的に選出された政府を転覆するアメリカ政府の準延長として機能し始めた。 (当時、非同盟でありながら、明らかにソ連の方に傾斜していたインドに参入したのも、ちょうどその頃だ。)フォード財団は、アメリカ式の経済学コースをインドネシア大学に設置した。アメリカ将校によって内乱鎮圧作戦訓練を受けたエリート・インドネシア人大学生が、1965年のCIAが支援し、スハルト将軍を権力につけたインドネシアでのクーデターで決定的な役割を果たした。スハルト将軍は何十万人もの反抗する共産主義者を虐殺して恩師に報いた。

8年後、後にシカゴ・ボーイズとして知られるようになった若いチリ人学生達が、、CIAが支援して、サルバドール・アジェンデを殺害し、ピノチェト将軍と、17年間続いた暗殺部隊による支配と、行方不明とテロをもたらした1973年クーデターの準備として、シカゴ大学のミルトン・フリードマンによる新自由主義経済(J.D. ロックフェラーから寄贈された)教育を受けるべくアメリカに連れて行かれた。(アジェンデの罪は民主的に選出された社会主義者であり、チリの鉱山を国有化したことであった。)

1957年、ロックフェラー財団は、アジアの地域社会の指導者向けにラモン・マグサイサイ賞を設置した。賞は、フィリピン大統領で、東南アジアにおけるアメリカ反共産主義活動で極めて重要な同盟者だったラモン・マグサイサイにちなんで名付けられた。2000年、フォード財団はラモン・マグサイサイ新興指導者賞を設けた。インドでは、マグサイサイ賞は芸術家、社会活動家や地域活動家達から権威ある賞と見なされている。M.S. スブラクシミとサタジット・レイが受賞し、ジャヤプラカシ・ナラヤンと、インドで最も優れたジャーナリストの一人、P. サイナスも受賞した。しかし、彼等のマグサイサイ賞への貢献の方が、賞が彼等に貢献したものより大きい。概してこの賞は、どのような類の活動が“許容され”、どのようなものがそうでないのかを穏やかに裁定する仕組みとなった。

チーム・アンナ。彼らは本当は誰の声を代表しているのだろう?(撮影、サンジャイ・ラワト)

興味深いことに、昨夏のアンナ・ハザレの反汚職運動では、三人のマグサイサイ賞受賞者、アンナ・ハザレ、アルヴィン・ケジリワルとキラン・ベディが先頭に立った。アルヴィン・ケジリワルの多くのNGOの一つはフォード財団からふんだんに資金を得ている。キラン・ベディのNGOはコカ・コーラとリーマン・ブラザーズから資金を得ている。

アンナ・ハザレは自らをガンジー主義者と呼ぶが、彼が提唱した法律、ジャン・ロックパル法案はガンジー的ではなく、エリート主義で危険だった。24時間対応の商業マスコミ・キャンペーンが、彼は“人々”の声だと主張した。アメリカのウオール街占拠運動と違って、ハザレ運動は、民営化、大企業権力や経済“改革”への反対はおくびにも出していない。逆に、ハザレ運動の主要なマスコミ後援者連中は、まんまと大規模な企業汚職事件(有名なジャーナリスト達までも曝しだした)に脚光が当たらなくするのに成功し、政治家達に対する酷評を、政府から更に自由裁量権を奪い、更なる改革、更なる民営化を進めるのに利用できたのだ。(2008年、アンナ・ハザレは極めて優れた公共サービスに対し、世界銀行賞を受賞した)。世界銀行はワシントンで、この運動はその政策と“ぴったり符合する”という声明を発表した。

あらゆる良き帝国主義者達同様、慈善団体職員は、資本主義を信じ、アメリカ合州国の覇権を拡張することが自己の利益にもなる国際的な幹部を生み出し、訓練することを自分の仕事としている。彼らは、現地エリートが常に植民地主義に仕えるような形で、グローバルな大企業政府の運営に役立つのだ。こうして、海外、国内経済政策に次ぎ三番面の勢力圏となる、教育と芸術への財団の進出が始まった。彼等は学術機関や教育に何百万ドルも費やした(し、費やし続けている)。

ジョーン・ロウロフスは名著『財団と社会政策: 多元論という仮面』の中で、財団が政治学の教え方という古いアイデアをいかに改造し、“国際”と“地域”研究分野を構築したかについて述べている。アメリカの諜報・治安機関にとって、そこから人々を採用する外国語と文化の専門家のプールとして機能している。CIAとアメリカ国務省はアメリカの大学の学生と教授と協力を続けており、奨学金の倫理について深刻な疑問を引き起こしている。

UIDプロジェクト‘CEO’で独自な立場にあるナンダン・ニレカニ。(写真:ジンテンデルグプタ)

自分たちが支配している国民を管理するための情報収集は、あらゆる支配権力にとって必須だ。中央インドにおける全面戦争の危険にさらされて、土地買収と新経済政策に対する抵抗がインド全土に広がると、封じ込めの手段として、政府は多分世界で最も野心的で費用のかかる情報収集プロジェクトの一つである固有ID番号(UID)という大規模な生体認証計画に着手した。国民は清潔な飲料水やトイレや食料や金はもらえないかわりに、有権者証とUID番号を与えられる。これは元インフォシスCEOのナンダン・ニレカニが進めている、表向きは“貧しい人々に、サービスを提供する”ためとされているUIDプロジェクトと合致し、金やや苦境にあるIT業界に莫大な金額を注入するものだ。(控えめなUID予算推計ではインド政府の対教育年間支出を越える。) これほど大半が非嫡出で“読み書きできない”人口の多い、国民の大多数が、土地記録の無いスラム住人、行商人、インド先住民という国で、“デジタル化”すれば、彼らを刑事罰の対象とし、非合法から、違法な存在へと変えてしまう。入会地囲い込みのデジタル版をうまくやおおおせて、強大な権力を、益々強固になりつつある警察国家の手に引き渡すのがその狙いだ。世界の飢餓の原因が、植民地主義や、負債や、歪曲された利益指向の企業方針ではなくまるで情報の欠如でもあるかのような、ニレカニの技術系管理者的なデータ収集へのこだわりは、ビル・ゲーツのデジタル・データ・ベース、“数値目標”、“進歩の得点票”へのこだわりと一致している。

大企業から寄付を得ている財団は、“開発学”、“コミュニティー研究”、“文化研究”、“行動科学”や“人権”といったテーマで講座や学生奨学金を提供しており、社会科学や芸術への最大の資金提供者だ。アメリカの大学が外国学生に対して門戸を開放するや、何十万人もの学生、第三世界エリートの子供達が押し寄せた。学費を払えない人々は奨学金が与えられた。現在、インドやパキスタン等の国々では上流中産階級でアメリカで学んだことがある子供のいない家族はほとんどない。こうした階層から、優れた研究者や教育者だけでなく、自分たちの国の経済をグローバル企業に対して開放するのを手助けする首相、蔵相、経済学者、企業弁護士、銀行家や官僚達も生まれる。

    企業の社会的貢献活動はコカ・コーラ同様、我々の生活の一部になっている。国際金融体制はNGOを経由して抗議運動に金で取り入るのだ。ある地域が問題を抱えれば抱えるほど、より多くのNGOが入り込む。

財団に好意的な経済学や政治学をする研究者達には、特別研究員資格、研究費、助成金、寄付や職が与えられる。財団に好意的でない考え方の研究者達は資金援助を受けられず、隅に追いやられ、ゲットー化され、彼らの講座は廃止されてしまう。次第に、一つの特別な想像の産物、、もろい寛容と多文化主義という表面的見せかけ(即座に人種差別、過激な国粋主義、人種的愛国主義や、戦争を挑発するスラム嫌悪に変身しかねない)が、単一の、包括的な、とうてい複数的と言えない経済イデオロギーの屋根の下で、議論を支配し始める。その余りの規模ゆえ、イデオロギーとして感じられることさえなくなってしまうほどだ。それが基本的な立場、自然なあり方になってしまうのだ。それが正常性に侵入し、普通のものごとを植民地化し、それに異議を申し立てることは、現実そのものに異議を申し立てるのと同様、不条理、あるいは難解にすら見える様になり始めた。ここから‘選択肢無し’となるまでは、あと一歩だった。

ようやく今、占拠運動のおかげで、アメリカの街路とキャンパスに別の言葉が出現した。学生達が‘階級戦争’あるいは‘あんたらが金持ちなのはかまわないが、我々の政府を買ってしまうのには反対だ’という横断幕を掲げているのを見ていると、圧倒的に不利な形勢を考えれば、それ自体で革命のようなものだ。

始まって以来一世紀、企業の社会的貢献活動はコカ・コーラ同様、我々の生活の一部になっている。今や何百万もの非営利組織があり、その多くは複雑怪奇な金融の迷路経由で、巨大財団とつながっている。彼らのこの“独立した”部門は約4500億ドルもの資産を有している。その最大のものは、ビル・ゲーツ財団で(210億ドル)、リリー財団 (160億ドル)とフォード財団 (150億ドル)が続く。

    ニレカニの、まるで情報の欠如が世界の飢餓を引き起こしているかのような、データ収集への技術者的こだわりは、ビル・ゲーツのこだわりと一致している。

IMFが構造調整を押しつけ、政府に医療、教育、児童保護、開発への公共投資削減を無理強いすると、NGOが入り込んでくる。あらゆるものの民営化は、あらゆるもののNGO化をも意味している。仕事や生計手段が消滅すると、NGOの本質がわかっている人々にとってさえ、NGOは重要な働き口となる。そして確かに彼等がすべて悪いというわけではないのだ。何百万ものNGOの中には、画期的、先鋭的な仕事をしているものもあり、全てのNGOを一括りに同罪とするのは曲解だろう。とは言え、大企業や財団から寄付を得ているNGOは、文字通り株主が企業の株を購入するように、抵抗運動に金で取り入り、やがてそうした運動を内部から支配するための、国際的金融組織の手先だ。NGOは、それに沿ってグローバル金融が流れる経路の中枢神経系上の結節のような位置を占めている。彼らは自分たちの受入国の政府を決して苛立たせることのないよう十分配慮して、あらゆるインパルスに気を配る送信機、受信機、緩衝装置のように機能する。(フォード財団は、資金を提供する団体には、この趣旨の誓約に署名するよう要求している。) 気づかずに(そして時には、意図的)、彼等は聴音哨として機能し、彼等の報告書や研修会や他の伝道活動feeding益々強固になってゆく国家の、一層攻撃的になってゆく監視体制に、データ。ある地域が抱えている問題が多ければ多いほど、その地域のNGOの数は多くなる。

意地の悪い事に、政府なり商業マスコミの一部なりが、ナルマダ・バチャオ・アンドランや、クダンクラム原子炉反対運動等の、本物の民衆運動に対する中傷キャンペーンを展開したいと考える場合、彼等はこうした運動が“外国の資金援助”を受けているNGOだと言って非難する。彼等は、大半のNGO、特にふんだんに資金を得ているNGOの使命は、大企業によるグローバリゼーション・プロジェクトを邪魔するのではなく、推進することであるのを十分わかっているのだ。

何十億ドルもの金を用意し、世界中で、これらNGOが、革命家になりそうな人々を給料を貰う社会活動家に変え、芸術家、知識人や映画制作者に資金援助し、先鋭的な対立から彼らを穏やかに引き離し、多文化主義、ジェンダー、地域開発、ディスコースという言葉で表現されるアイデンティティ政治や人権の方向へと彼らを導くことを開始した。

公正という考え方の人権産業への転換は、NGOや財団がそこで重要な役割を演じた、ある種、概念上のクーデターだった。人権に焦点を絞ることで、残虐さにに基づく分析が可能となり、その中で全体像は遮断されてしまい、紛争中の両者、例えば毛沢東主義者もインド政府も、あるいはイスラエル軍もハマースも、いずれも人権侵害者として訓戒されるべき存在とされてしまう。採鉱企業による土地収奪や、パレスチナ人の土地のイスラエル国家への併合の歴史は、論議上ほとんどわずかな意味しかない脚注と化してしまう。人権は大事ではないと言いたいわけではない。人権は大切だが、人権は、それを通して私たちが暮している世界における重大な不正行為を見たり、ほんの僅かでも理解したりするのに優れたプリズムではないのだ。

‘採掘の幸福’ドングリア・コンダ族が聖なるものとしてきたあらゆるものを、イギリスの鉱業大手ベダンタ・リソーシズタがはぎ取っている。(写真:サンディパン・チャッタルジー)

もう一つの概念上のクーデターとして、フェミニスト運動への財団の関与がある。インドの大半の“公式”フェミニストや女性団体は、例えば自分たちのコミュニティーにおける家父長制や、ダンダカラニヤ森林における鉱山会社による強制退去と戦っている、90,000人もメンバーがいるクランティカリ・アドヴァシ・マヒラ・サンガサン(革命的インド先住民女性連合)の様な組織から、一定の距離を置いているのは一体なぜだろう。自分たちが所有していて、そこで働いている土地から、何百万人もの女性が追い立てられ、立ち退かされることが、フェミニスト問題と見なされないのは一体なぜだろう?

草の根反帝国主義や反資本主義の民衆運動からのリベラルなフェミニスト運動の分封は、財団の悪意ある狙いから始まったわけではない。こうした運動が、60年代と70年代に起きた女性の急速な先鋭化に適応し損ね、取り込み損ねたことから始まっているのだ。伝統的社会においても、また左翼運動の進歩的な指導者と見なされる人々の間にさえある、暴力や家父長制度にしびれを切らしている女性達を見いだし、近づき、支援と資金援助を与える上で、財団は有能さを示した。インドの様な国では、農村・都市間にも断絶は存在している。最も先鋭的な反資本主義運動は、家父長制社会が大半の女性の暮らしを支配し続けている地方にこそ存在している。こうした運動(ナクサル運動等)に加わった都会の女性活動家達は、西欧のフェミニスト運動に影響を受け、刺激されており、自分たちの解放を進める活動の中で、男性指導者達が‘大衆’にうまく溶け込む為の自分たちの義務と考えていることと相いれないことが多かった。多くの女性活動家は、自らの同志達によるものを含む、日常の抑圧と生活上の差別を終わらせるため、もはや“革命”を待とうとはしなかった。女性達は、ジェンダーの平等が、単なる革命後の約束でなく、革命プロセス中で、絶対で、緊急を要する、譲ることのできない部分であるよう望んでいた。知的で、怒って、幻滅した女性達は、そうした運動から離反し、支援と生計の他の手段を探し始めたのだった。結果的に、80年代末インド市場が開放される頃までには、インドの様な国のリベラルなフェミニスト運動は、過度なまでにNGO化していた。こうしたNGOの多くは、同性愛者の権利、家庭内暴力、AIDSや売春婦の権利などの上で重要な役割を果たした。だが重要なのは、女性がそれで最も苦しめられているにもかかわらず、リベラルなフェミニスト運動は、新経済政策に対する異議を申し立ての最前線に立ったことはないということだ。資金支払いを操作することで、政治”活動とは一体どうあるべきかという範囲の境界線を引くことに財団は“大成功した。今やNGOの財政支援応募要綱が、何が女性“問題”として重要で、何が重要でないかを規定している。

女性運動のNGO化は、西欧のリベラル・フェミニズムを、それこそフェミニズムの旗手だと規定するようになった(最もふんだんな資金援助を得たブランドのおかげで)。戦いは、一方ではボトックスを、もう一方でブルカを追い出すことで、例によって女性の体を舞台に展開された。(そしてボトックスとブルカの二重苦を味わう人びともいた。)最近フランスで起きたように、女性が自分がしたいと思うことを選べるような状況を創り出すのではなく、女性にブルカを脱ぐよう強要する試みがなされる場合、それは女性を解放するのではなく、裸にするのと同じことだ。それは、屈辱と文化的帝国主義の行為る変化する。それはブルカ問題ではない。無理強いだ。女性にブルカを脱ぐよう強要するのは、ブルカを着けろと強要するのと同じ位悪いことだ。このようにしてジェンダーを見ると、そこから社会的、政治的・経済的文脈を剥奪し、アイデンティティや小道具や衣装の戦いの問題にしてしまっている。それこそが、2001年のアフガニスタン侵略の際に、アメリカ政府が西欧フェミニスト集団を道徳的偽装として利用することを可能にしたのだ。アフガニスタン人女性は、過去(そして現在も)タリバンの下で大変な状況にある。だが巨大デイジーカッター爆弾を連中の上に投下したとて、彼女達の問題を解決するわけではなかった。

奇妙な鎮痛剤的な言葉を案出するNGOの世界では、あらゆるものが、個別の、専門化された、一部団体のみが取り組む“主題”となる。コミュニティー開発、リーダーシップ育成、人権、医療、教育、子供を生む権利、AIDS、AIDSに感染した孤児等は、精緻化した緻密な財政支援応募要綱によって、全てそれぞれ個別サイロの中に密閉されてしまった。財政支援は、弾圧では決して出来なかったようなやり方で連帯を断片化したのだ。貧困も、フェミニズム同様、アイデンティティーの問題という枠にはめられてしまう。まるで貧しい人々は不公平によって生み出されたのではなく、たまたま存在していた失われた部族のようなもので、短期的には、苦情救済システム(個人的な、個人対個人ベースで、NGOによって与えられる)によって救える可能性があり、長期的復興は良き統治によるのだと。グローバル大企業資本主義支配の下では、それが当然のこととしてまかり通る。

中略

プロレタリアートは、マルクスが見ていた通り常に絶え間なく攻撃されてきた。工場は閉鎖し、職は消滅し、労働組合は解体された。プロレタリアートは長年にわたって、ありとあらゆる形でお互いに戦うよう仕向けられてきた。インドでは、それはヒンズー教徒対イスラム教徒、ヒンズー教徒対キリスト教徒、不可触民対インド先住民、カースト対カースト、地域対地域だ。それでも世界中でプロレタリアートは反撃しつつある。中国では無数のストライキや反乱が起きている。インドでは現地で、世界中で一番貧しい人々が、最も裕福な企業の何社かを押しとどめるために反撃している。

資本主義は危機的状況にある。トリクルダウン理論は失敗だった。今や噴出もまた危うい状態にある。国際的な金融メルトダウンが迫りつつある。インドの成長率は6.9パーセントに急落した。外国投資は撤退しつつある。主要国際企業は、どこに投資すべきかわからず、金融危機がどのように展開するかわからず巨大な金の山の上に座り込んでいる。これはグローバル資本というジャガノート、止めることのできない巨大な力の大規模な構造的亀裂だ。

資本主義の本当の“墓堀人”は、イデオロギーを信仰に変えた妄想的な枢機卿達自身ということになるのかも知れない。素晴らしい戦略的才気にかかわらず、彼らは単純な事実を理解できずにいるように見える。資本主義は地球を破壊している。資本主義を過去の危機から救い出してくれた二つの古いしかけ、戦争と買い物が、全然機能しないのだ。

太陽が沈むのを見ながら、私は長い間アンティラの外に立っていた。タワーは高さと同じくらい深いのではないかと想像した。地下深く蛇のようにうねうね続く、27階もの深さの主根が、大地の滋養を煙と金に変えながらガツガツと吸い上げているのだ。

アンバニ家は、なぜ彼らの建物をアンティラと呼ぼうと決めたのだろう? アンティラは、8世紀イベリア伝説にまでさかのぼる物語の神話上の島名だ。イスラム教徒がスペインを制服した際、キリスト教西ゴート族の6人の司教と教区民達が船に乗って脱出した。何日も、あるいは何週間も海上を漂った後、彼等はアンティラの島々にたどり着き、定住し、新たな文明を起こすことに決めた。野蛮人に支配された祖国との絆を永遠に断ち切るため、彼らは乗ってきた船を焼き払った。

彼等のタワーをアンティラと呼ぶことによって、アンバニ家は祖国の貧困とみすぼらしさとのつながりを断ち切り、新たな文明を立ち上げようと願ったのだろうか? 中流と上流階級を宇宙空間へと分離するという、インドにおける最も成功した分離主義運動の最後の行動なのだろうか?

ムンバイに夜の帳がおちると、アンティラの人を寄せ付けようとしない門の外に、パリッとした麻のシャツを着て、ガーガー言う携帯無線電話機を持った守衛達があらわれた。恐らくは幽霊を追い払うため、灯があかあかと灯された。近隣の人々はアンティラの明るい光が夜を奪ってしまったとこぼしている。

恐らく我々は夜を取り戻すべき頃合いなのだ。

記事原文のurl:www.outlookindia.com/article.aspx?280234

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帝国の両刃の剣: グローバル軍 + NGO』の記事と、もろに連続する記事。

大企業から寄付を得ている財団は、“開発学”、“コミュニティー研究”、“文化研究”、“行動科学”や“人権”といったテーマで講座や学生奨学金を提供しており、社会科学や芸術への最大の資金提供者だ。

学会なるもの、素人には、有り難く、近寄りがたい神聖なものに見えるが、彼女の言うとおり、資金源や人脈には注意を払う必要があるだろう。

大企業関連財団から寄付を得ている学会は...xxx、○○といったテーマで講座や教育を行っており、社会科学や芸術最大の歪曲者なのかも知れない。

xxx、○○にはご存じの名詞があてはまるかも知れない。原子力学会なるもの、大事故後も真っ当な発言がないところをみれば、典型的な御用学者・優良社員ムラだろう。まともな学会であれば、原発推進、核燃料リサイクルやら、プルサーマル、もんじゅ推進に反対していたろうし、せめて、これからは反対するだろう。もちろん、飼い犬は飼い主を噛まない。

こうした方針に反対してきた小出氏、30年前に?この学会を辞められたそうだ。日本原子力学会という責任を逃れようとする話にならない人たち 小出裕章(たね蒔きジャーナル)有罪判決から逃れる方法の研究会ではと勘繰りたくもなる。

国会が混迷の度を深める中、東電女性社員殺害事件で獄中にあった方が帰国し、更に実に見事なタイミングで、オウム容疑者が逮捕された。逮捕記事の方が、国民生活にはるかに大規模、深刻な影響を及ぼす「今夕にも、民自、消費税増税案合意」記事の何倍ものスペース。

オウム残党より、我々と子々孫々の生活を平然と踏みにじる二大政党・コウモリ政党、高級官僚やマスコミの方々の方が小生にとって、はるかに恐ろしい。(沖縄並の与野党議席比率が国会で実現していれば、今ほど暴走はなかったろう。本土の絶滅危惧種政党、沖縄では絶滅危惧種政党でないようだ。沖縄では新聞にも本土の大半のプロパガンダ紙より良い記事がある。)

  • オウム残党二人逮捕の現在・将来の日本国民に対する影響
  • 今夕にも民自消費税増税案合意の現在・将来の日本国民に対する影響
  • どちらが深刻かわからなければ、知性に重大な問題があるだろう。
  • どちらが深刻か知りながらアンバランス報道するなら、倫理に重大な問題があるだろう。

またもや墜落したオスプレイの恐ろしさ。宗主国によれば運転ミスだという。オスプレイの日本語はミサゴ。鳥ならば再三墜落していれば絶滅。一面記事に載るべきは、オウム容疑者でなく、民自消費税増税案合意とオスプレイだろう。

タイミングで言えば、水俣病研究を進められた原田正純氏、関係機関の原発事故対応のひどさを追求してこられた日隅一雄弁護士(NPJ編集長)のお二人が亡くなられた。オウム容疑者のような宣伝は皆無。マスコミが人の幸せを願う業界であれば、お手本として、お二人の業績を紹介すべきだろう。知性・倫理、いずれか、またはその両方に、重大な欠陥があるマスコミ、決してそうしない。

国民に大影響がある国会論議つまり、原発再稼働、消費税増税、比例議席削減、TPP加盟推進等については何ら有意義な報道をせず、お上発表を垂れ流すマスコミ。大事なことを隠す目くらまし業は楽だろうが、楽しくはなかろう。

あまりばかばかしいニュースだらけゆえ以前録画した番組を見た。『非暴力革命の勧め』

ユーゴ解体、カラー革命、アラブの春の背後にジーン・シャープ博士の編み出した戦術があったというお話。オウム容疑者逮捕ニュース同様気味悪い番組。

  • 昔『武器なき民衆の抵抗』の訳本があったが、現在は入手困難。
  • 『非暴力行動の198の方法』─全訳は、『夏の扉へ』にある。
  • 『独裁政権から民主主義へ』(瀧口範子訳)は2012年夏筑摩から刊行されるという。

もう一つマスコミの話題、大阪異神の怪暴走と対をなす老害知事がさわいでいる尖閣購入問題。沢山の募金が購入資金として寄せられているという提灯報道に、高校時代に習った日露戦争時の提灯行列、戦勝祝賀会を思い出している。真実を何も知らないままの、余りに無責任な付和雷同。

「ちょっと待て 右と左をもう一度」

威勢が良さそうな発言、格好よく見えるものだろうか?小生には宗主国の「オフショア・バランシング」戦略を喜んで推進するポチ老人にしか見えない。

賛同しておられる皆様、例えば孫崎享著『不愉快な現実』現代新書や、『日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土』ちくま新書等をお読みになった上での賛同だろうか?それぞれ1000円でおつりが来る。読んでから寄付しても遅くはあるまい。読んでから、事実を知ってから、「それでも寄付をする」という不思議な方もきっとおられるだろう。大いなる暗愚。つける薬はない。

不思議なことに孫崎享氏、国営放送でも民放ニュース、討論番組でも、ほとんどおみかけしない。そういうプロパガンダ番組を見ないので、余り強くは言えないが。ご本人が出演を忌避しておられるはずはありえない。

孫崎氏新刊『戦後史の正体』2012/7/28 創元社刊。創元社webで立ち読みできる。(もちろん、立ち読みは全文ではない。)

追記:

2012/11/11

アルンダティ・ロイの本が、8月末岩波書店から刊行された。

民主主義のあとに生き残るものは』1,600円

小生のこのインチキ翻訳訳記事も、正しい翻訳で読める。感激!

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                       みたびインド

 3年前だったと思うが,インドを訪れ,いくつかの大都市を訪ねたことがある。30年来の友人から宿を世話して頂いた。その街全体は,大いに様変わりしていた。特徴的だったのは,高層ビルが乱立していたことである。本論で紹介されているムケシュ・アンバニ家の高層27階ビル・アンティラは記憶にない。本翻訳を読んでから行けばよかったと後悔しているところ。

  しかし友人の住む大都市は高層ビルが乱立しているが,建設途中と思われるビルが多かった。その友人によればいつ完成するかは,未定だそうで,年単位でも予測不可能であるとのことだった。それはそれでいいのだが,建設途中,建設半端という高層ビルあるいは居住ビルはインドに限らず,例えば,マレ-シアに多いことが思い出された。
 ヒンズ-建築は部分から出発して全体に至る。イスラム建築は全体から出発して部分に至る。街の区画も同じ。日本の武家屋敷も我が家もヒンズー建築のように「建て増す」から,部分-全体の文化建築圏に属する。ハイデラバラ-ドのイスラムの塔についてはすでに紹介申し上げたが,アルハンブラのイスラム庭園も全体-部分の文化圏に属する。かくして部分-全体,全体-部分の観点から見ると,唐の都長安の街・区画も説明できる。
  最近,ベトナムを訪れたが,フランス文化の名残があり,フランスパンは大変美味しかった。ベルサイユ宮殿を思い出せば,全体を分割して部分や細部に建築が施こされている。メコン川は土砂を流して堆積して砂洲を造る。そして集落ができるから,部分-全体の街となる。しかし例えば旧サイゴンはフランス文化を残すから全体-部分の都市計画を一部残す。

 話が逸れて大変申し訳ないので元に戻すと,インドもマレ-シアもベトナムもIMF・世界銀行の洗礼を受けたようだ。当然,若い学生,官僚機構の担い手である米国留学組が政府内部の要職を占めるようになる。特に,新自由主義の牙城シカゴ大などに留学すれば,新自由主義を信奉する学生・役人が育成される。その弊害に気付いた習近平首席が自分の娘が学んでいる米国はもちろん,国内の新自由主義講座に学ぶことを禁じた。他方,ロシアのプ-チン氏は,新自由主義を信奉する大臣が多数を占める首相府に手を焼いている。まだ彼らを完全に廃除できない。しかし公定歩合を11%から9.50%に下げるなどIMFの嫌がる政策手段をとりだしている。
 
  しかるにインドはどうか。駅のミルク売りの少年から首相まで上り詰めたモディ首相。ヒンズー文化にあって,官僚組織は新自由主義者で固められているのだろう。各種団体のNGOも多くあるに違いない。一方で,農村は疲弊し25万人以上の自殺者を出す。水力発電所計画のために地元住民を追い出す。他方で,モンサントという名が嫌われているが故にドイツ企業に身売りしたモンサント社。モンサント社の農薬・種子利用によって綿花栽培量は激減し,土地は痩せ落ちたという。自殺者や都市へ流れ込む農民はさらに増えるだろう。

 ニュ-デリ-はPM2.5が北京と並んでその危険度が世界第2,3位を競う。ムンバイの道路は排気ガスが一杯で移動はタクシ-。4つ星ホテルでさえ,ガ-ドマンが警備犬とともに車体検査。統計を識らなくても,貧富の差が「さらに」開いたことを意味する事が分かる。
  できかけの高層ビル。建設途中の高層ビル。カラスや鳩が多数蔓延る街。それでいいのか悪いのか。それが問題である。モディ首相はそれが何に起因しているか十分知っているはず。しかし問題は,高層ビルの乱立が何によって起きたかである。
 
 GDPを押し上げるために,農村の疲弊を無視してインド政府は新自由主義の政策をとったのである。なぜとったのか。それは先進国として仲間入りを果たしたいからだと,小生は推測している。年に国民一人当たりの所得が1万2500ドル以上というのが「先進国」の定義らしい(とはいえ人口12億人の平均所得が1.25万ドル以上になるのはほとんど冗談に近い。空想的である。)
 先進国仲間入りのために,GDPを上げ,国民所得を上げるために,建設ラッシュを推進した。しかし多くは高層ビルや高層マンションに入居できないから部屋から思ったほどの収益を得られない。ましてや高層ビルが乱立すれば,入居者数は相対的に小さくなる。

  新自由主義の導入によって都市景観は破壊される。都市再開発とは聞こえはいいが,サプライ・サイドの経済学は人々の住む環境と人心を破壊する。その破壊された都市がデリ-やムンバイ,クアラルンプ-ルであろう。「クアラ」とは「改造」を意味するらしい。
 したがってモディ首相にとっての悩みは,新自由主義に染まった官僚をいかにイスラエルや米国から引き離すかである。基本的には非同盟中立の政策がインドの道であるから,国家を越える権限を持つ新自由主義やTPPとは相容れない。したがって,非同盟中立政策を信奉する官僚,元官僚らの抵抗も大きいに違いない。
  もちろん現在,新自由主義が優勢である。しかしインドの悩みの一つは貧困である。中産階級が増えてきたとは言え,まだ貧困の差は大きいし,容易には解消できないだろう。   
 ピケティの議論を待つまでもなく,世界的にみて新自由主義またはサプライサイド経済学は行き詰まっている。ロシアと同様,インドも苦しんでいる。しかし前者の貧富の差は大きくなく,後者のそれは大きい。問題のもう一つは,アメリカが例外主義に走りすぎ,各国政府を脅していることである。モディ首相はそれに抵抗していると考えていいだろう。

  今開かれている廈門のBRICS会議でどんな路線が踏襲されたのか。それは分からない。インドはBRICSから抜けだすのだろうか。それも分からない。素人には分からないことばかりで恐縮だが,廈門宣言にあるように,インドを含めた5ヶ国が,「BRICSパ-トナ-シップを全面的に深め、BRICS協力の第2の「黄金の10年」を切り開く(人民網日本語版)」かどうかを見守りたい。

追記: IMFの推進する政策に消費税あるいは物品税がある。いつでも税率を上げられる。先進国の仲間入りを目指すベトナムは,首相が更迭された。マレ-シアは高層とは限らないが,未利用の空き室が多い。つまりGDPの数字を上げるために,建設が推進された。しかし,住人がいない建物が多い。
 インドネシアはよく分からない。スマトラ,バリ島を訪れたが計画的に建設された都市を見たことがない。しかし消費税率は21から24%ぐらいである。但し,バリ島にはヒンズ-教寺院がたくさんあり,バリ文化を代表するが,インド以上にインド的である。すなわち,部分-全体文化圏に属する。

勤勉な馬○が自滅に向かってひた走る。
戦時中、勤勉に頑張る人間だらけで一体どうなっていったか。
ろくでもない仕切りをする連中と、その下で一生懸命努力する連中。
この国自体、オウムと構造的になんら変わりないですよね。
努力するにしても墓穴を掘る方向なら何もしない方がずっとマシですから。
マスコミのみなさんの努力は一体どっちに向いているのでしょうね。

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