パキスタンの洪水、分割と、帝国主義者による圧政
2010年8月30日
先月、パキスタン領土の五分の一以上、耕作地の四分の一近くが洪水に呑み込まれ、国連幹部が、この組織の65年の歴史上で最大と表現する、人道的危機を生み出した。
住宅や仕事場の浸水、あるいは農作物や家畜の被害で、2000万人が被災したと言われている。南部シンドで、わずか過去数日の間に住むところを失った100万人以上の人々を含め、800万人のパキスタン人が、緊急支援を必要としている。
公式の死亡者数は現在1,600人を超えるが、洪水の水がひき、破壊の全貌が明らかになれば、遥かに大きな数になるだろうことが広く認められている。
国連や国際支援組織は、政府主導の援助活動が、清潔な飲み水や食料や避難所を、被災者のごく一部にしか提供できていないため、急性コレラや他の水系伝染病や、飢餓によって、文字通り何百万人もの人々が死の危険に瀕していると警告している。
これはとてつもない規模の惨事だ。とはいえ、1947年のインド亜大陸分割の結果、両国が生誕して以来、反動的な軍事的、地政学的対立で膠着状態にある、パキスタンとインドで、互いに対抗している国家主義的な資本家階級にとって、これはいつものことだ。
洪水がパキスタンを破壊してから二週間以上たって、インド政府はようやく、わずか500万ドルの支援金を“パキスタン国民との連帯の意思表示”だとして、イスラマバードに申し出た。
するとパキスタンは、“微妙な問題が絡んでいるので”と言い、申し出を熟考するのに一週間かけた。パキスタン外務大臣シャー・マフムード・ケレシが、パキスタン政府はニュー・デリーの支援申し出を受け入れると発表するには、インド首相がパキスタン側の相手へ電話をかけ、ワシントンがあからさまに催促しなければならなかった。
パキスタンで洪水に見舞われて苦労している人々への僅かな支援提供にまつわる外交的混乱に対し、インドでもパキスタンでも、マスコミのコメントは殆ど見られない。両国のマスコミはそれぞれが、自国政治家達の、国家主義的で、自民族中心主義的な主張をオウム返しにし、敷衍し、あらゆる類の社会的・政治的問題を、天敵の“ひそかな策動”のせいにしてきた長い歴史を誇っている。
しかし、インド-パキスタン対立と分割こそが、現在の悲劇の根底にあるのだ。
1947年、インドから去って行くイギリスという植民地大領主と、インド国民会議派とムスリム連盟のブルジョア政治家によって、社会経済的、歴史的、そして、文化的文脈を無視して、亜大陸は、イスラム教のパキスタンと、ヒンズー教徒が大部分のインドとに分割された。
分割によって押しつけられた人為的な国境が、灌漑、電化や、全体的な洪水防止に向けて、南アジアの内陸水路を合理的に管理することを不可能にした。実際、世界銀行が後押しした、1960年のインダス河水利協定にもかかわらず、ニュー・デリーとイスラマバード間の争いで、水は主要論点の一つだ。
インドでもパキスタンでも、支配層エリートは、貴重な資源を戦争と核兵器を含む兵器に浪費することを好み、基本的な公共インフラを作りそこなった。インドとパキスタンは過去に三回宣戦布告された戦争を戦い、十年もたたない昔、四回目の瀬戸際までいった。
分割は、インドとパキスタンの支配層エリートによって、“民主的なインド”と“南アジアのイスラム教徒のための祖国”出現のための“産みの苦しみ”として受け止められた。これは、民族、宗教、あるいは、カーストが何であるにせよ、南アジアの大衆に対する、支配層エリートの酷薄な無関心を強調するに過ぎない。
分割の直接的な結果は、大規模な地域社会での殺りくであり、200万人ものヒンズー教徒、シーク教徒、イスラム教徒の死と、1400万人の強制移住をもたらした。これは人類史上、最大の集団移動だ。
ブルジョア・インドとパキスタンにおいて具現化した“自由”と“独立”は、分割が規定していたのであり、今も規定しているのだ。これは、単に常軌を逸したものどころではなく、二十世紀の前半、南アジアを激しく揺すった、大規模な反帝国主義運動に対する政治的弾圧直後の、唯一の残虐かつ、明白な直接的帰結だった。
マハトマ・ガンジーと、ジャワハルラール・ネールが率いたインド国民会議派は、自分たちのことを、イギリスとムスリム連盟が画策した分割と彼等が称するものによる無辜の犠牲者として描き出している。しかし、国民会議派のブルジョア指導者達が、亜大陸の全ての人々を一つにする、民主的で非宗教的なインドという自らの理想を、裏切ったのだ。それは、亜大陸の労働者と農民の共通の階級的利益に訴えることによって、下から南アジアを統一させるという戦いに対し、彼等が敵対的であり、また本質的に、そうした戦いを組織することができなかったからなのだ。
それとは逆に、第二次世界大戦後のインドにおいて、労働者階級と農民の闘争の高まる波と、イギリス・インド軍兵卒内部の明らかな不和が、会議派指導者に、社会革命を阻止するため、即座に植民地国家を支配する必要があることを確信させたのだ。
独立後、対立する両政権は、大衆を犠牲にして、ブルジョワによる支配を強固にし、農地改革を防ぎ、王侯達の資産を保護し、労働者の不穏状態を鎮圧した。
六十年たって、インドとパキスタンの対立する資本家階級は、南アジアで苦労して働く人々が直面している、差し迫った民主主義的、社会的問題のどれ一つとして解決できないという全くの無能さを証明している。世界の貧者の半数が亜大陸に暮らしている。栄養失調の住民の比率がこれほど高い地域は世界中で他にない。インドも、パキスタンも、国内総生産の5パーセント以上を教育と医療に費やすことをしていない。
分割とインド・パキスタン対立という反動的な論理を踏まえ、経済的に、これほど統合されていない地域は世界で他にない。
南アジアにおける資本主義支配の危機に対するいかなる進歩的解決策も提供することができないインドとパキスタンの資本家階級は、大衆を分裂させるため、益々、自民族中心主義、民族的-国粋主義、カースト制度、宗教的原理主義に訴えようとしているのだ。
分割は、帝国主義者による地域支配の仕組みであったし、またそうであり続けている。アメリカの冷戦において、ソ連との対決上、“前線国家”として機能して欲しいという、ワシントンの要求を、パキスタンの資本家階級は速やかに受け入れた。アメリカは、何度となくパキスタンの軍事独裁政権を、最近ではペルベス・ムシャラフ将軍のそれを、てこいれしてきた。アフガニスタンとパキスタンの国民にとっては壊滅的な結果をもたらしたのだが、1980年代、アメリカは、パキスタンの独裁者ジア・ウル・ハク将軍と組んで、アフガニスタンの親ソ連政権に反対するイスラム教原理主義という反対勢力を組織し、武装させた。
現在、国民感情に逆らって、パキスタン政府は、アメリカ-NATOによるアフガニスタン占領を支援する上で、極めて重要な役割を演じている。
冷戦期の大半、インドの資本家階級は、ワシントンからの“独立”を誇示していた。しかしこの対立も、駆け引きの余地をさらに大きくすることと、世界帝国主義との従属関係の折り合いをつけるためのものでしかなかった。過去十年間、アメリカは、アフガニスタンとイラクに対して戦争をしかけ、侵略したのに、インドの資本家階級は、ワシントンと、“グローバルな戦略的”パートナーシップを構築した。
冷戦中、自らの略奪的権益を追求する中で、アメリカは、インド-パキスタン紛争を永続させようとして、巧みに操作していた。最近アメリカは、ニュー・デリーとイスラマバードの間の緊張を和らげようと狙っている。それで、イスラマバードに、ニュー・デリーが申し出た、スズメの涙のような洪水見舞金を受け取るよう圧力をかけたのだ。
しかし、そうした行為は、アメリカの現時点での戦略的計算だけが動機なのだ。アメリカは、アフガニスタン国内の問題には、パキスタンの支援が必要であり、イスラマバードtインドとのパキスタン東部国境に、軍隊を派兵して、パキスタン国内の反占領勢力に対する対内乱作戦を強化して欲しがっているのだ。
天然ガスを、イランから、パキスタン、さらにはインドへと輸送する“平和のパイプライン”の計画をだめにしようとする企みではワシントンは骨惜しみをしていない。何故なら、そのような計画は、経済的にイランを孤立化させるというアメリカのキャンペーンを危うくするからだ。同様にアメリカは、印・米民間核協定は、南アジアにおける核軍備競争をひき起こしかねないというパキスタンの警告を無視した。なぜならワシントンは、インドを、戦略的パートナー、かつ中国への対抗勢力として何とか獲得したいからだ。
六十年間の独立が、地主制度の清算、カースト迫害の廃絶、宗教と国家の分離、国家統一と独立といった、民主的革命の基本的課題を、インドとパキスタンの資本家階級が実現できていない無能さを歴然と示している。こうした焦眉の課題は、永久革命という視点に基づいてのみ、つまり労働者階級が主導し、全ての粉骨砕身して働く人々と 虐げられた人々を受け入れる反資本主義闘争の一環としてこそ実現されよう。
南アジアにおいて、永久革命という全体像の主な要素は、南アジア社会主義合州国の設立によって、1947年の分割を下から清算する戦いだ。
Keith Jones
記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/aug2010/pers-a30.shtml
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北朝鮮、韓国、日本の永続的な対抗関係も、宗主国が埋め込んでくださった、「分割して統治」の仕組みだろう。もちろん、北方領土も。
しかし、まずは、沖縄と日本本土の独立実現が先決だろう。「二島を返還したら、米軍・日本軍基地ができる」という状況で、わざわざ返還するお人好しはいるまい。
辺野子問題がトップならいざしらず、全く関心がもてない連日の傀儡政党代表選挙ニュース洪水のおかげで、チャルマーズ・ジョンソン氏の新刊Dismantling the Empireを読み終えた。
日本では一億人全員プロパガンダ洪水禍。知的に溺死しているのではなかろうか?
大事な国家独立の問題をさしおいて、政治資金がどうの等々話題逸らし。民主党支持者ならぬ身、時間を費やすにはあたるまい。
Dismantling the Empireは、TomDispatch.comで、彼が個別に書いた記事をまとめた本だ。
軍事基地だけで維持するような帝国はやめにしようという主張が全編をつらぬいている。
毎回ながら、卓見。
ただし日本を見る目、実に厳しい。冷静に見れば厳しいのではなく正論。
要するに、アメリカの従順な冷戦衛星国とおっしゃっている。59ページ この表現を引用させていただこう。
Rather than developing as an
independent democracy, Japan became a docile Cold War satellite of the
United States-and one with an extremely inflexible political system at
that.
日本への評価とは対照的に、韓国の評価は高い。62ページ
Unlike Amecican-installed or -supported "democracies" elsewhere, South Korea has developed into a genuine democracy.
うらやましく、残念だが、これも、ごもっともな説。日本が嫌いで、きつい意見をいっておられるのではないだろう。
宗主国の書籍通販サイトですら、五つ星という意見が三人。もう絶賛。
宗主国の皆様、別に全員ファシストであるわけもなく、冷静な方々も多数おられる。そもそも、このブログ、そうしたアメリカ人、カナダ人、イギリス人などの御意見を翻訳させていただいているわけで、反米ブログどころではなく、超親米ブログ。もちろん、政府幹部ではなく、ならずもの政府に反対する方々に対する敬意。
Dismantling the Empireのかいつまんでのご紹介、次回の記事とさせていただきたい。
全く他意はなく、単にテーマは集中しているほうが検索上便利では思う次第。あしからず。
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コメント
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>日本への評価とは対照的に、韓国の評価は高い。
というのは、6年前の津波の被災地に通っているとなるほどと思えます。
・韓国企業が提供し看板の立っている住宅はたくさんあるが、日本企業が提供した住宅街が見当たらない。
・日本の支援団体やボランティアの多くが、お金を送っただけだったり、一度来ただけで、何回も通って支援してくれる団体がほとんどない。
タイのパンガー県では、何度も通って支援しているのは、下手すると私とあと数人という状況。
タイで有名な、タイ在住の日本人住職が活動していたりするおかげで、現地での日本人の評判は悪くはないのですが。韓国の方が、支援が上手な気がしてなりません。
日本政府は、災害をきっかけに実力組織を送り込む事が、災害支援のメインだと思っているのではないかと思えるのですが。そのことを、国民までもそう思いこんでしまっているために、実力組織が必要な「緊急支援」にしか災害支援のイメージが無いから、早く行けるか行けないかの話に終始し、中長期的な支援への視点が抜け落ち、企業を含めて民間ができることを、自ら狭い範囲で思考を制限してしまっているように思います。
引き続き、パキスタンの情報提供をよろしくお願いします。
投稿: まいける東山 | 2010年9月19日 (日) 01時04分