« ジョージ・オーウェルの『1984年』を2010年に再訪 | トップページ | 連邦捜査局、適正手続き、米憲法修正第1条を無視し、数千のブログを閉鎖 »

2010年7月16日 (金)

デア・シュピーゲル誌、アフガニスタン戦争を擁護

Alex Lantier

2010年7月14日

1857年、第一次英アフガニスタン戦争の後、偉大なマルクス主義者フリードリッヒ・エンゲルスは書いた。“アフガニスタンの地政学的位置と、その国民の独特の国民性により、アフガニスタンには、中央アジア問題において、過大評価しようのない政治的重要性がある。”

今日、残虐で不人気なNATOのアフガニスタン占領は、世界中で、非常な重要性を持った疑問をもたらしている。つまり、最近アメリカ史上で最長の戦争となった、この明らかに果てしない戦争とは一体何であり、何故アフガニスタンと名目上は民主的なNATO諸国の世論に逆らって続けられているのだろう?

ドイツの雑誌デア・シュピーゲルは、最近こうした問題に関して、エッセイスト、ディルク・クリュブヴァイトによる“アフガニスタンと西欧: 民主主義と戦争との難しい関係”と題する記事を掲載した。記事は、特に、ドイツ人大佐ゲオルグ・クラインが空爆を要求し、142人のアフガニスタン人が死亡したクンドウス爆撃事件後、ドイツ国民の三分の二が戦争に反対していることに触れている。

記事の極めて反動的な結論は、NATO占領に参加しているヨーロッパの全支配階級が共有している。

これは本質的に、運命論的愛国主義と結びつけた戦争賛成宣言だ。曖昧さをはぎとってしまえば、デア・シュピーゲルの主張は、アフガニスタン戦争は、ドイツ資本主義の戦略的利益にとって極めて重要なものなのだから、戦争は国民の意思に反して継続せねばならないというものだ。そのような政策が直面する主な障害、ナチズムと第二次世界大戦の経験から生来する反戦世論は、克服しなければならない。デア・シュピーゲルに言わせれば、そのような感情は“現実に取って変わられた”。

自社の立場が、極めて不人気なことを自覚して、デア・シュピーゲルは、アフガニスタン戦争の様々な偽りの口実から書き始める。記事は、戦争は“少なくとも、その当初は正当化できる。”と書いている。 記事はこう言う。“当時は経済的な理由はなかった。戦争は報道されているアフガニスタンの膨大なリチウム埋蔵量が理由で始められたわけではない。そうではなく、対テロ戦争だったのだ。”

特徴的にデア・シュピーゲルは、同誌自身もはや信じていない古い嘘を蒸し返しているのだ。

実際、記事は後の方で言う。アフガニスタン占領は“対テロ戦争”の一部だという主張は“崩壊し始めている。”記事は書いている。“オサマ・ビン・ラディンが、依然として、取り押さえることが可能かどうかは誰にもわからない。”また、たとえそうなったとしても、またアフガニスタンが完全に彼の支持者を追い出そうとも、デア・シュピーゲルは書いている。“過激なイスラム主義は、パキスタンやイエメンのような場所のどこにでも、基地を作り出すのに十分な機動性がある。”

つまりアフガニスタン占領はアルカイダから世界を守るのには何の役にもたたなかったのだ。もしもこれが本当であれば、何故侵略が“対テロ戦争”の一部だなどという主張を触れ回るのだろう?

屁理屈をコネ上げるために、デア・シュピーゲルはリチウムを引き合いに出す。アフガニスタン戦争は、その化学物質だけのためのものだったなどと言っているものなどいないのだ。“経済的な理由”や、アジアにおける戦略的優位の追求は、戦争において、なんの役割もしめていなかったことを言いたくて、デア・シュピーゲルは、リチウムを引き合いにだしているのだ。

これは単純に馬鹿げている。アフガニスタンの鉱物資源や、エネルギー・パイプラインを通す潜在的可能性、そして軍事基地としての戦略的位置のことは、侵略した際、ワシントンは十分承知していた。

デア・シュピーゲルは、携帯パソコンや他の電子機器用の電池に広範に利用されている元素リチウムを引き合いにだしたか、一体なぜ説明しないのだろう。とはいえリチウムは、最近、アメリカ軍が、アフガニスタンの鉱物資源を採掘する鉱業会社を選ぶべく、1兆ドルの競りにかけることを明らかにしたという、ニューヨーク・タイムズ記事の中で触れられている。アメリカは、世界主要電子機器製造国の一つである中国の、企業の手中にこれら資源が陥ることを防ぐのが狙いだ。

デア・シュピーゲルは、次に戦争には人道的要請があるのだと主張しようとする。NATO占領が、安全に、アフガニスタン労働者が職を得て、アフガニスタン少女たちが学校に通えるようにする唯一の方法なのだ。ドイツ軍が占領しているアフガニスタンの地域に触れて、記事は言う。“クンドゥスや、マザーリシャリーフや、他の場所で、人々は暴力のない通常の生活を送ることができている。彼等は働き、少女たちは学校に通える。兵士の死亡記事が、こうした普通の生活が存在するという事実を覆い隠している。この通常の生活も、ブンデスヴェール[ドイツ軍]による成功だ。”

これは嘘の操作を一層感情的にでっちあげようとする企みだ。クンドゥスの人々は“暴力のない普通の生活”など送ってはいない。結局、デア・シュピーゲルがわずか数文章前に書いている通り、クライン大佐の空爆は、地域住民142人を殺害したのだ。

NATOは少女たちの教育の為に戦っているのだという主張は、アフガニスタンにおけるNATO実績を真面目に見なおせば、偽りであることがすぐわかる。NATOは、1980年代には、伝統的に反ソ連のムジャヒディーンを、1990年代には、アメリカとパキスタンに支援されて活動していたタリバンを、そして、現代の占領下アフガニスタンでは、様々な軍閥を支援している。

デア・シュピーゲルは次に、この戦争のため、ドイツ国民に貢献してほしい犠牲に話を向ける。ドイツ人は、自らの国の為に死ぬことに、慣れる必要があるのだと同誌は主張し、こう書いている。“若者たちの死というものは常に大惨事だ。問題は、ドイツが、国民の一部に、そのような大惨事に直面するよう期待することが妥当なことと考えられるかどうかだ。答えはイエスだ。”

デア・シュピーゲルは、これまでに亡くなった43人のドイツ人兵士は、ベルリンが遂行せねばならない類の政策に対する、わずかな血による支払いだったと見なしている。“これは恐るべき大人数だが、思いの外少ない人数だったとも言える。戦争に8年間巻き込まれている国家が、何千人あるいは何十万人の死者を悼むことなしにすんでいる。死者を、統計としてのみ扱い、率直に、この戦争は、恐ろしいほど多数の死亡者は生み出していないと語るのは、常に皮肉なことに思える。”

記事は次の問題を突きつけている。もし国家が、大規模殺害に着手すれば、大衆の反戦感情が、その国家政策に対する大多数の支持を確保するのを、不可能にしてしまう恐れが、ある。デア・シュピーゲルは書いている。“大多数のドイツ人は、依然、デモクラシーと国家に対しては熱烈な関係を持っていない。”しかし、“死を、部分的にでも、耐えられるようにするには、そうした情熱が必要なのだ。しかも特に若者が死ぬ時には、慰めとなるような、より高度な目的が必要だ。”

デア・シュピーゲルは“平和主義が民主主義を裏切ったのだ。”と結論づけている。

この驚くべき公式には説明が必要だ。民主的統治が、世論の戦争要求を抑圧している、平和主義者が率いたクーデターによって転覆されたなどというわけではない。そうではなく、この公式は、国民が国家が遂行することを決めた戦争に反対しているので、民主的支配のふりをし続けるのが、益々難しくなっていることの表明なのだ。

デア・シュピーゲルは、その主張から必然的に引き出される結論を、決して詳しく説明してはいない。もしも国民が戦争に反対し、国家を“裏切るなら”くたばれ民主主義!

同誌はこの立場を支持するいくつかの主張をしている。第一に、民主主義というのは、世論を無視する、国家システム機能を意味するのだという馬鹿げた主張を提示している。

記事は書いている。“アフガニスタン戦争は、三分の二のドイツ国民がそれに反対しているのだから、正統性に欠けていると見なされている。しかし、それは、この論議最大の欺瞞だ。ドイツには議会制民主主義があり、そこで政治家は、四年に一度、選挙に出馬しているのだ。しかし選挙の間の期間は、ドイツ憲法と法律の制限の範囲内で、彼等は何事も思い通りにできるのだ。”

そのような公式化は、ドイツとヨーロッパの代表的マスコミ企業における、民主的自覚の欠如を証明している。この見解は、選挙をある種の授権法に、つまり、一度遂行されてしまえば国家に何でも好きほうだいなことをする権利を与える法的手続きに変えてしまう。

周知の通り、ドイツの伝統的与党、保守派与党のキリスト教民主同盟(CDU)と、元の連立相手、社会民主党 (SPD)とグリーン党(2001年、ゲルハルト・シュレーダー首相が権力を掌握していた時にドイツ参戦に乗り出した)が、反対の世論にもかかわらず、戦争を支持したのだ。労働者階級の大きな政党が存在しないので、支配階級には、選挙があろうとあるまいと、連中の不人気な戦争政策を押しつけるという“行動の自由”があるのだ。

なにより陰険なのは、ドイツ国民はナチスに対する態度を考え直すようにしなければならないというデア・シュピーゲル誌の主張だ。“自らの国のために、命をかけようとするドイツ兵が不安に感じる可能性が高いというのが、筋の通ったことと言えるだろうか。”と同誌は嘆く。同誌は言う。この感情は“ドイツの過去と関係がある。ナチスは何百万人ものドイツ人を死に至らしめ、それが当時は殉死として称賛された。”

同誌は、そのような反軍国主義的感情は時代遅れだと見ている。現代ドイツの基本理念の一つ“‘もう戦争はしない’という言葉は、明らかに、ドイツ史の結果だ。しかし、この言葉は、ドイツが既に過去8年間、戦争の渦中にある以上、現実に取って変わられてしまったのだ。”

デア・シュピーゲルの立場は、国家の政策が、多くの国民が殺すか、殺されるかすることを要求する場合には、大量殺人に反対する世論は克服すべきだというものだ。 デア・シュピーゲルにとって、ナチズムに対する新しい言葉は、慣れろ!だ。

突然、記事の最後で、アフガニスタン戦争の新しく、重要な正当化が登場する。デア・シュピーゲルと書いている、ドイツのアンゲラ・メルケル首相にとって、“国民を守ることは彼女の最も重要な義務の一つだ。”記事は続く。“しかし首相は、この場合、世界の状況や、ドイツの利益や、同盟諸国、主にアメリカ合州国との関係も配慮しなければならない。そうした時に始めて、亡くなった43人のドイツ兵士、あるいは、100人ないし200人というのは、国家が支払わねばならない犠牲だと彼女は結論づけられよう。”

同誌は“ドイツの利益”というものが何を意味するかは説明していない。ただし金融危機が、ドイツの輸出、通貨ユーロ、ヨーロッパにおける国際関係、そしてメルケル政権を蝕みそうな恐れがある時点で、デア・シュピーゲルの軍国主義助長が行われるのは、決して偶然でありようはずがない。

ドイツの支配階級は、うまい解決策がない問題に直面し、マスコミや国家幹部の頭の中で、軍事力が重要になってきたのだ。

記事中いくつかの率直な文章の一つで、デア・シュピーゲルは、ドイツに、ドイツ産業用低賃金労働の主要供給源の一つである東欧を支配して欲しいのだと説明している。記事は言う。ボスニアとコソボは“ヨーロッパの一部であり、ヨーロッパは、文明と礼儀正しさが、その周辺地域で、悪化するのを認めるわけには行かない”同誌は更に書いている。“ここでは道徳と地政学的論議が一つにまとまっているのだ。そして、もし他に選択肢がなければ、ドイツ国軍は、この地域に更に100年間、居続けることになろう。”

この公式はドイツ帝国主義の新しい標語だ。倫理+地政学=100年間の軍事占領。そのような政策が、一流雑誌によって提案されること自体が、ヨーロッパの広範な地域に対するナチス占領が終わってわずか65年後のヨーロッパ資本主義の政治的、倫理的状態に対する衝撃的な告発だ。

これは、気が動転して、新たな犯罪を行う準備をしながら、過去の犯罪の記憶を消し去ろうとしている支配階級の言語だ。

もし首脳達が、“世界的な状況”を量って、一体何人の“死んだドイツ兵士”をドイツが捧げるべきなのかを決めようとしているのであれば、問われるべき質問がある。アフガニスタンとコソボ占領には、一体何人の死んだドイツ兵士(そして、死んだアフガニスタン兵士、セルビア兵士、アルバニア兵士、アメリカ兵士、カナダ兵士、フランス兵士と、イギリス兵士)が値すると、政治家たちは考えているのだろう? ノース・ストリーム・ガス・パイプラインなりNATO同盟に、連中は一体どれだけ犠牲を支払うつもりなのだろう?

圧倒的に反対が多い戦争で、命を犠牲にするよう命令される労働者階級には、それを知る権利がある。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/spie-j14.shtml

----------

〔学芸総合誌・季刊〕 環 Vol.8〈特集〉「日米関係」再考――歴史と展望
刊行日: 2002/01 定価: 2,940円
に、
〔特別掲載〕として、下記が掲載されている。
エンゲルスから学ぶアフガニスタン
エンゲルスのアフガニスタン論を読む  松井健
アフガニスタン  フリードリヒ・エンゲルス(杉本俊朗訳)

数日前、不思議な記事があった。

陸自ヘリ、スーダン派遣見送り 政府が決定

皆様ご期待の大幹事長健在であれば、国連の要請なら、無条件に出兵されるのではないだろうか?たまには戦争下にある属国でもまっとうなことが起きるのだろうか?いや、下記の記事が、しっかりならずもの属国である証明をしてくれている。

海賊対策、ソマリア派遣1年延長 民主、国際貢献と容認

一体なにを貢献したのやら。「米軍は抑止力」という呪文と同じ。「国際貢献として大変成果もあがっている。「「いろいろな要請を受けている。」

安保条約には極東条項があった。日米ならずもの同盟の対テロ世界戦争は世界が対象。

地域を限れば、戦争の可能性、大きく減ってしまう。武器・兵隊が消耗されないかぎり、戦争商売、大きく儲からない。地域が広がれば広がるほど、戦争は増えれば増えるほど、宗主国も属国も戦争商売の儲けは大きくなる。(庶民の生活は苦しくなるが。不思議なことに、希望は戦争という御仁、ちゃんとマスコミに推奨されて、現われる。)

金融危機が、日本の輸出、円、日米関係、そして民主党政権を蝕みそうな恐れがある時点で、マスコミ総力をあげた軍国主義助長が行われるのは、決して偶然でありようはずがない。

「日本の○誌、TV、アフガニスタン(台湾なり戦争なり適宜)戦争を擁護」となるのもそう遠いことではないだろう。

「日本の○×誌、TVこぞって日米ならずもの同盟を擁護」している以上、必然的帰結。

日本が、NATOに加盟していれば、今頃、100%同じ記事が、日本中の新聞で書かれていただろう。ということで、もしも、以前にお読みでなければ、下記記事をどうぞ。

大西洋共同体(NATO)に日本を組み込む ブレジンスキー

« ジョージ・オーウェルの『1984年』を2010年に再訪 | トップページ | 連邦捜査局、適正手続き、米憲法修正第1条を無視し、数千のブログを閉鎖 »

NATO」カテゴリの記事

wsws」カテゴリの記事

アフガニスタン・パキスタン」カテゴリの記事

マスコミ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1335849/35773918

この記事へのトラックバック一覧です: デア・シュピーゲル誌、アフガニスタン戦争を擁護:

» C-17はこれ以上いらない [東京の郊外より・・・]
米空軍が「もう充分。これ以上要らない」と主張し、一方で議員が「もっと買えよ、必要だろ・・」といって予算案に盛り込もうと強硬姿勢を取る。この全く「まか不思議な」やりとりが、議会の場で演じられる段階に至りました・・・・・... [続きを読む]

» 英国も無人ステルス機試験へ [東京の郊外より・・・]
英国防大臣が「英国の技術とデザインの結集」と語るデモ機は、2011年始めから試験飛行を開始し、技術デモンストレーション機として将来装備に向けての情報収集を行う見込みです [続きを読む]

« ジョージ・オーウェルの『1984年』を2010年に再訪 | トップページ | 連邦捜査局、適正手続き、米憲法修正第1条を無視し、数千のブログを閉鎖 »

お勧め

  • IWJ
    岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

カテゴリー

ブックマーク

無料ブログはココログ