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2010年7月

2010年7月30日 (金)

GoogleとCIA、政治犯罪予防技術に投資

Kurt Nimmo

Infowars.com

2010年7月29日

Googleの薄気味悪いコネを明らかにする更なる証拠が現われた。ノア・シャクトマンは、Wiredの記事で、CIA等諜報機関の技術投資を行う機関In-Q-TelとGoogle社が、リアル・タイムでウェブを監視する企業をどのように支援しているか説明している。アメリカの企業Recorded Future社は、何万ものウェブ、ブログやTwitterアカウントを監視し、人々や組織、行動や出来事の間の帰属的関係を明らかにする。Recorded Future社は、この情報を利用して、将来を予測することができると主張している。

“個々の出来事について、誰が関与しているのか、どこで発生しているのか、そして何時終わりそうなのかを解明するのが狙いだ。Recorded Future社は、そこで、おしゃべりをプロットし、どの出来事についても、その‘勢い’をオンラインで表示できる”とシャクトマンは書いている。元スウェーデン軍レンジャーで、コンピューター科学の博士号を持つCEOのクリストファー・ アールバーグは、彼の会社が開発したソフトウェアを使えば“多くの場合、その曲線を実際に予測できるのです”とWiredに語っている。

以前、このコラムでも、他でも書いた通り、Googleは、過去これまでもNSAやCIAと仕事をしてきている。In-Q-Tel社は、2004年にGoogleが買収した地図作製会社Keyholeに出資している。“とはいえ、諜報コミュニティーとGoogleが、同時に、一新興企業に資金提供をするのは今回が初めてのことのようだ”とシャクトマンは書いている。

Recorded Future社が制作した上記の販売促進ビデオでは“パキスタン”と“ジハード”というキーワードを検索するためにソフトウェアが使われており、この技術はイスラム教テロリストやならずもの国家にまつわる情報を追跡し、データマイニングするのに使われるのだろうと、我々を思い込ませるようになっている。

とはいえ、NSAには米憲法修正第1条で保障された、表現や宗教の自由の権利を行使しているアメリカ国民をスパイしてきた実績がある。例えば2004年には、この巨大詮索機関が、ボルティモア市警察のボルティモア諜報部と協力して、ある反戦団体を監視していることが明らかになった。2005年12月には、ニューヨーク・タイムズが、ブッシュ政権とNSAが、アメリカ人の電子通信を盗聴していることを明らかにした。

ペンタゴンとFBIとCIAにはアメリカ人の市民的自由を侵害してきた豊富な実績がある。

“NSAは、1960年代にスパイ・キャンペーンを猛烈な勢いで進めた。FBIはNSAに、反戦活動家、公民権活動指導者や麻薬密売人を監視するよう要求した”とアール・オファリ・ハッチンソンは書いている。“1976年に、政府の国内スパイ活動を調査していた上院諜報特別調査委員会が、NSAのスパイ活動に、小さな公的覗き窓をこじあけた。”

ブッシュ政権時代に、FBI、ペンタゴンと国家安全保障局がそれぞれ、ブッシュ政権のイラク戦争に反対する、憲法上守られている、国民の政治活動を監視する秘密工作を仕組んでいることが明らかになった。In These Timesに書かれたジョエル・ブライファスの記事によると、FBIは、インディアナポリスの“菜食主義者コミュニティー・プロジェクト”や、カトリック労働者運動とその“準共産主義イデオロギー”、コード・ピンク、反戦団体の連合である、平和と正義のための連合、グリーンピース、第三回イラクに関する全国組織会議の参加者を含め、膨大な数の国民を対象にしている。

2009年、国土安全保障省は、帰還退役兵、銃器所持規制反対派や、州民兵や、愛国者団体を、潜在的テロリストとして監視対象とする文書を作成した。ミズーリ州とバージニア州では、警察の諜報機関が、憲法主義擁護者や、ロン・ポールやチャック・ボールドウィンの支持者や、愛国団体のメンバーを、テロリストと見なしていた。

Recorded Future社は、最終的に導入された場合、上記ビデオがほのめかしているように、CIAと諜報コミュニティーがでっちあげたイスラム教テロリストに関し、データマイニングをし、大量データからある傾向を取り出すのではなく、支配者集団にとって、本当の脅威である、アメリカ人に対して、データマイニングをするのだ。

Google社は巨大な監視・支配グリッドを作り上げるという活動に加担している。同社は、グローバル支配エリートの熱狂的侍女なのだ。Recorded Future社は、支配層エリートが犯罪活動と見なすもの、つまり、憲法や権利章典の擁護や、政治分野でこうした権利を、進んで行使し、擁護しようとする人々を、管理者達が、予知するために使用される犯罪予防の手先だ。

記事原文のurl:www.infowars.com/google-and-cia-fund-political-precrime-technology/

英語版ワイアード記事はこちら。

ワイアード日本語版 GoogleとCIAが投資する「世界監視システム」は残念なことに抄訳。

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おりしも、Yahoo Japanが、Google検索エンジンを採用すると発表したばかり。

Kurt Nimmoの発想、被害妄想であって欲しいもの。しかしそうではあるまい。

明石昇二郎著『グーグルに異議あり』(集英社新書537B)を、お読みになっただろうか?筆者の大活躍は実に素晴らしいが、内容そのものは実に恐ろしい。

『グーグルに異議あり』読みながら、清教徒が移民先アメリカ大陸で先住民を虐殺し、大陸を乗っ取り、さらにメキシコ、フィリピン、日本へと残虐な侵略を進めた歴史が、これからデジタル世界で再現される悪夢、悪夢ではなく実際に起きつつあることを思い知らされる。

理不尽なグーグルに対し、アメリカの裁判所、なぜか異様なほど優しく、対象を英語国に限定し、小生のような素人からすれば、うやむやのうちに終わる。アメリカの図書館にあった明石氏の本を勝手に彼らがスキャンした誤字だらけデータ、いまだ削除していない。

そこで、愛国者法。

E921 - 図書館・書店等の団体が愛国者法の見直しをアピール

一部を引用しよう。強調は小生が加えている。

 第215条は「業務記録」の収集を可能にするもので,連邦捜査局(FBI)は,国際テロに関連があると思われる場合等に,大陪審の召喚令状なしに,図書館や書店にも記録等の提出を求めることができるとされている。また,これとは別に,インターネットへのアクセスを提供している図書館や書店は,通常の裁判所手続きなしに発行される「国家安全保障書簡」(National Security Letters: NSL)による協力要請の対象にもなっている。これらの両方の手法に,対象となった側からの公表禁止規定が設けられていることも,記録収集の実態が不透明になること等から問題視されている。

Amazonの書籍・映画だけでなく、Google Booksも当然第215条の対象になるだろう。法律上、「あなたの読書傾向は、問題ですよ」とはオンライン書店、教えてはくれない。黙って、お上に通報するだけだ。Amazonは極力使わないが、Googleそうもいかない。

誰が、いつ、どこで、何を読んでいるのか、世界中の読書傾向をアメリカがモニターできる、便利な世界思想調査システムが、着々構築されている。

世界中の世論調査を毎日、毎時、しているようなもので、好ましくない傾向の国や県、都市があれば、そこに集中的に世論工作を行う。それでも駄目なら、奥の手、無人飛行機という手もある。

本日検索エンジンのアクセスは下図の通り。(名詞と数値は消したが、想像頂けよう)100730kensaku_2

一方の検索エンジンでは宗主国諜報機関により、アクセス頻度等を覗いて頂ける。

もう一方の検索エンジンでは何とも不思議な強烈な規制(日本語では八分ともいう)をして頂ける。古いJustblog時代のリンクをあえて消さず、羅列し、クリックした方の関心を喪失させる、あるいは、検索項目に載せないという、手のこんだいやがらせ。

とかくに人の世は住みにくい。

以下は妄想。

アメリカのオルタナティブ・メディアでは、ロシア・アメリカ・スパイ交換騒動、WikiLeaksの衝撃を和らげるための工作では、というような記事をみかける。それよりも、アンジェリーナ・ジョリーの映画『ソルト』広報キャンペーンだったのではなかろうか?

日本に来る前の25日にはモスクワでプロモーションを行っていたという。
事件の後で、映画を見てもらえれば、アメリカ・スパイ活動の素晴らしさに世界中が感動、あるいは、恐怖してくれるのだから。歌舞伎俳優結婚式より、こちらの映画のほうに、素人として、より関心を引かれている。

2010年7月28日 (水)

戦争犯罪の記録:WikiLeaks「アフガニスタン戦争日記」

2010年7月27日

日曜日、WikiLeaksによってオンライン公開された何万もの文書は、オバマ政権が行ってきた犯罪的植民地戦争に対する、詳細かつ力強い批判になっている。

92,000文書、200,000ページという莫大な量の、いわゆる「アフガニスタン戦争日記」は、ほぼ9年間、アメリカ軍がアフガニスタン国民に対するテロ活動と破壊的蛮行を行ってきたことについての、議論の余地のない論証になっている。

アメリカ兵や将校が書いた戦場報告書である文書は、住宅への空襲、バリケードに配置された、むやみに発砲したがる兵士達による、オートバイや、自動車やバスに乗ったアフガニスタン人殺戮による民間人の死を記録している。

文書は、タリバンとアルカイダの指導者とされる連中を追い詰め、殺害するのが任務の特殊部隊である、秘密“闇”部隊、タスクフォース373の作戦の覆いを取り払った。部隊は、いかなる犯罪のかどで告訴されてもおらず、まして裁判を受けもしないまま、ペンタゴンとCIAにより死刑判決を受けた少なくとも2,000人のリストを徐々に処理していたのだ。ドアを蹴破ったり、標的となる連中に対する空爆を求めたりする中、部隊は無数の無辜の男性、女性や子供の殺害に成功している。

犠牲者を15,000メートルの上空から攻撃し、警告無しで、無防備な民間人に死と破壊をもたらす、リーパーとプレデター無人飛行機の使用が増大していることも明らかにされている。

文書は同様に、アメリカ軍がおかした残虐行為の組織的な隠蔽工作も暴露している。多くの場合、報告書に掲載された民間人死傷者は決して、公開されない。別の場合には、報告書は、アメリカの発砲によって殺害された民間人を武装反抗勢力として掲載していた。

WikiLeaksが、9年間にわたる戦争の中でも最悪な虐殺の一つ報告を発表した翌日、戦争のこの残忍な性格と、軍司令部による組織的な嘘を、強力に思い知らされた。大半が女性と子供で、何家族か丸ごと、52人もの人々が殺害された、先週金曜日ヘルマンド州での米-NATOのロケット弾による民間人攻撃を、ハミド・カルザイ大統領の政権は公的に非難した。様々な報道機関が、死体を撮影し、家族を埋葬したり、負傷者を現地の病院に運んだりした地域の住民と話しているのに、アメリカが率いる占領軍の広報担当者は“民間人死傷者の証拠はない”と語っている。

WikiLeaksの創始者ジュリアン・アサンジは、月曜日、ロンドンにおける記者会見で語った。文書の中で明らかにされている“何千もの”同様な事件は、捜査し、告訴されるべき戦争犯罪です。

同様に重要なのは、文書が、てこ入れしているはずのカルザイ傀儡政権に対する現地軍隊の本当の姿をさらけ出したことだ。アフガニスタン国家の大黒柱を形成し、アフガニスタン国民から憎悪されている、軍閥、麻薬の売人や、殺し屋の一群によるグロテスクな腐敗や、サディスト的暴力の例を文書は明らかにしている。

この漏洩に対し、オバマ ホワイト・ハウスは、アフガニスタン戦争を継続すると明言し、機密資料の公開が、どれほど兵士の生命を危険に曝し、“国家安全保障”を危うくしたかについて恫喝するような声明を発表して、反撃した。

これらの資料を秘密にしておこうとするのは、アメリカ兵士を守るという意図ではなく、アフガニスタンにおける大虐殺の現実を、このアメリカ史上最長の戦争に対して益々敵対的になりつつあるアメリカ国民に対して、隠しておくのが狙いなのだ。

WikiLeaksによる暴露と、ほぼ40年前、アメリカのベトナム介入と、ベトナムにおけるアメリカの戦争の犯罪性に内在する嘘を暴露したペンタゴン・ペーパーズとの比較が広く行われている。

とはいえ違いは、恐らく更に衝撃的だ。ダニエル・エルズバーグが秘密文書を漏らした当時、アメリカ上院議員の中には、政府に楯突き、文書を記録に残そうとする覚悟ができている人々がおり、ニューヨーク・タイムズも積極的に話題を追求し、裁判所の、記事掲載差し止め命令と戦っていた。

現在、同じようなことをする覚悟がある大物は上院にも民主党にもいない。マスコミについて言えば、文書が、アフガニスタン国民に対する、アメリカの蛮行のひどさ加減を暴露したことを巡る嫌悪感や衝撃についての表現は、ごくわずかか、皆無だ。大半の報道の焦点は、こうした報告を漏洩したことの適法性であって、そのぞっとする内容ではない。

タイムズ紙は、WikiLeaksに、自己検閲するよう強く促し、自らはホワイト・ハウスの承認を得て始めて記事を掲載した。同紙の結論は、漏洩文書はアフガニスタンでの戦争を強化する必要性を実証するものであり、今後一層積極的に、パキスタン国内に拡げようというものだ。同紙は、文書を、アメリカ軍が十分な資源を与えられないまま、余りに多くの規制に縛られている“身動きができなくされた戦争”の証拠へと歪曲しようとたくらんでいる。アフガニスタンにおける残虐行為の信じがたいひどさを詳述する証拠を前にして、タイムズ紙はこの政策を提案しているのだ。

タイムズの資源のごく一部にも満たないような、オンライン組織WikiLeaksが、こうしたすっぱ抜きをするということは、マスコミ全体に対する批判なのだ。タイムズ紙や他の報道機関は、自社“埋め込み”記者を派遣しており、漏洩文書であきらかになった出来事の多くを、まず確実に知っていながら、そうした事件を報じないことに決めていたのだ。彼らは、ペンタゴンや、既成政治勢力に劣らず、アフガニスタン国民に対する犯罪の組織的隠蔽工作を行ってきたのだ。

アメリカ軍兵員数が、今後二週間以内に100,000人に達する(50,000人のNATO加盟国軍兵士や他国の軍隊を含め)オバマによるアフガニスタン戦争のエスカレーションは、2008年11月の大統領選挙後、すっかり店じまいしてしまった、衰弱状態にある“反戦”運動によって手助けされた面もある。

イラクとアフガニスタン戦争に反対する世論を、民主党支持という安全な方向に逸らそうと、何年間も工作し続けた結果、反対集団である、リベラル派も旧過激派集団も、アフガニスタンは“良い戦争”だという公式説明を受け入れ、オバマの“進歩的”政治課題を奉じている。今週明らかにされた、逆のことを示す膨大な量の証拠が、そうした姿勢を変えるだろうと期待すべき理由は皆無だ。

選挙をするごとに明らかになる様に、イラクとアフガニスタンにおけるアメリカの戦争に対する大規模な反対が続いているにもかかわらず、アメリカの政策を変えられないことに対し、かなり落胆があるのは疑うべくもない。2008年には、何百万人もの人々が戦争反対に票を入れようと投票にでかけたのに、イラク占領を継続しながら、アフガニスタン国民に対する恐怖政治を強化するオバマ政権が実現したに過ぎない。

今必要なのは本当の大衆反戦運動の組織化だ。本当の反戦運動は、軍国主義の源である自由企業制度と、戦争を擁護し、推進する民主党と共和党に反対する、労働者階級による独立した政治動員の一部としてのみ展開が可能だ。この運動は、アメリカと他の外国占領軍兵士全員のアフガニスタンとイラクからの即時・無条件撤退要求を提案すべきだ。この運動は、ブッシュ、オバマ両政権において、こうした侵略戦争に関与した連中全員が責任を問われることも要求しなければならない。

Bill Van Auken

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/pers-j27.shtml

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宗主国でも、大手マスコミは、前回のWikiLeaks映像流失時と同じ対応。無視するか、歪曲するか、足をひっぱるか。記事にもある通り、ペンタゴン・ペーパー時には、硬骨派議員や、大手マスコミが存在していた。今のファッショ体制には、いずれも皆無。

『ロボット兵士の戦争』(NHK出版)を読み終えた。『戦争請負会社』と同著者の本。

残虐な植民地戦争を継続すべく、ロボット化に邁進するアメリカ軍・産・学の現状に関する分厚い報告。WikiLeakの裏返し?プレデター、リーパー等の記述はなかなか詳しい。

当然ながら、随所にイラク、アフガニスタンにおける民間人殺戮の話題もある。

誤解・誤操作の話も。友軍からの誤爆で死ぬ兵士も大変だろうが、なんの理由もなく、虫けらのように殺戮される現地の住民こそ一番割を喰うのは明らか。コンピューターのバグで殺されてはかなわない。

余談ながら、バグということば、元々、装置の中に、虫が入り込んで、故障が起きることから、使われるようになったという。それに、掃除ロボット・メーカー、戦争ロボットの大手メーカーとは知らなかった。

デジタル時代の戦時国際法やら、ロボットに倫理判断をさせる可能性などについて、章がもうけられている。そもそも開発するアメリカ軍・産・政・学・マスコミの倫理が全く異常で、国際法を無視しているのだから、仮に彼らの倫理観が反映されたとて、彼らが開発するロボット、100%フランケンシュタインになるだろう。鉄腕アトムではなく。

本書の原書、当然ながら、宗主国ではなかなか好評。一人だけ反論。

宗主国軍、プレイステーションを、相当な台数購入して下さったようだ。

日本のロボット開発、アメリカとは対照的に、戦闘ではなく、もっぱら介護の方面を目指していることが明記されている。しかしそれも、まもなく昔話になろう。

ガラパゴス介護ロボット、あっと言う間に、普通の国の戦闘ロボットに変わるだろう。鉄人1Q84号、宗主国軍にも、宗主国軍についてゆく軍隊にも愛用されるだろう。

武器輸出緩和を提起=自衛隊の均衡配備見直し-新安保懇の報告書案

故ハワード・ジンの新刊『爆撃』を読んで、気分転換をはかるとするか?

2010年7月26日 (月)

アメリカの戦争犯罪の結末-ファルージャの癌罹患率は広島よりひどい

Tom Eley

2010年7月23日

イラクの都市ファルージャは、2004年末のアメリカ軍による虐殺の恐ろしい結果を苦しみ続けている。

新しい研究、“イラク、ファルージャ、2005-2009における癌、乳児死亡率と出生時性比”の著者によると、ファルージャの住民は,1945年、アメリカの原子爆弾投下によって、灰にされた日本の都市広島と長崎で何年も後に被爆者について記録されているものより高い、癌、白血病、乳児死亡率、性的変異の高い率を示している。

International Journal of Environmental Studies and Public Health (IJERPH)に掲載された疫学調査は、ファルージャにおける、こうした病気の罹患率が、近隣諸国より何倍も高いことを見いだした。

バグダッドから約69キロ西にある都市、ファルージャへの攻撃は、現代最も恐ろしい戦争犯罪の一つだ。嘘を基にしかけられた、新植民地主義的略奪戦争である、アメリカが率いるイラク占領に、住民が反抗した後、ワシントンは、スンナ派が多数の都市を見せしめにしてやろうと決断した。これは“見せしめ”あるいは“集団的”懲罰と呼ばれているが、戦争法によれば、違法だ。

この都市の、新たな公衆衛生に関する研究は、長らく疑われていたことを照明してくれた。攻撃に用いられた武器において、効力を強化すべく砲弾に用いられた放射性物質、武器武劣化ウランを含んでいる武器の高い比率。

2010年1月と2月に行われた711軒、4,843人の調査で、著者クリス・バズビー、マラク・ハムダン、エンテサル・アリアビと研究者のチームは、5年前の米軍攻撃以来、癌罹患率が四倍に増えたこと、ファルージャの癌の形は、放射性降下物の強い放射能にさらされた、広島と長崎の原爆被災者にみられるものと似ていることを見いだした。

ファルージャでは、エジプト、ヨルダンや、クウェートの住民よりも、白血病の率が38倍高く、小児癌の率は12倍高く、乳ガンは10倍以上多くみられる。大人のリンパ腫と脳腫瘍のレベルが増えていることも報告された。1,000人の新生児に対し80人という、ファルージャの乳児死亡率は、エジプトやヨルダンより5倍以上高く、クウェートより8倍高い。

2005年以降、ファルージャでは、生まれる女の子の比率が、際立って急増している。普通の住民の場合、女の子1000人に対し、男の子は1050人生まれる。ところがアメリカの攻撃から四年間たったファルージャで生まれる子供では、女の子1000人に対し、男の子は860人しか生まれないという比率だ。この変化は、1945年のアメリカ原爆攻撃後、広島でみられた性比と似ている。

もっともありそうな性比変化の原因は、研究者たちによると、重要な変異原性事象の影響であり、アメリカ兵器に含まれる劣化ウラン利用が原因である可能性が高い。男の子にはX染色体は一つしかないが、女の子にはX染色体が二つあり、遺伝子損傷による、一染色体の損失を吸収することができる。

“これは異常で、驚くべき結果です。”アルスター大学の分子生命科学教授で、独立した環境調査団体グリーン・オーディットの科学研究所長のバズビー氏は語っている。“このような影響をひき起こすには、攻撃が行われた2004年に、何か極めて重大な変異源の被爆が起きたに違いない。我々は早急に、原因物質が何であったのか見いだす必要がある。多くの人がウランではないかと推定しているが、更に調査し、地域のサンプルを独自に分析しない限りは、確実だとは言えない。”

バズビーは、イタリアのテレビ局、RAI 24で、こう語っている。ファルージャにおける放射線に関係した病気の“極端な”増加は、1945年のアメリカによる原爆攻撃後の広島と長崎の住民にみられたよりも、より大きいのです。“これは劣化ウランによってひき起こされたのだと思います。”と彼は言う。“関連しているに違いありません。”

アメリカ軍は、使用済み核燃料としても知られている、劣化ウランを、密度が鉛の二倍あるために、徹甲弾や弾丸に利用している。ところが、こうした砲弾が標的に命中すると、40パーセントものウランが、爆発した地域で、微細な粒子の形で放出されてしまう。ウランはそのまま何年も残り、容易にヒトの血流に入りこみ、リンパ腺にとどまり、影響を受けた成人の精子と卵子の中で生成されるDNAを攻撃し、結果的に、次世代の深刻な出生異常をひき起こす。

この研究は、ファルージャにおける、乳児死亡率の激増、出生異常、癌を示す最初の体系的な科学的証拠である。

2009年10月、数人のイラクとイギリスの医師たちが、国連に、ファルージャにおける放射能に関係した病気の急増に対する調査を要求する書簡を書いた。

“イラクのファルージャに暮らす若い女性は、頭が無かったり、頭が二つあったり、おでこに目が一つだったり、うろこ状の体や、四肢が無かったりというひどい奇形で生まれる新生児の数が増えているため、子供を産むのを恐れている。更に、ファルージャの幼児は、今、恐ろしい癌と白血病を患っている。…

“2009年9月、ファルージャ総合病院では、170人の新生児が生まれたが、24パーセントは生後七日間の間に亡くなった、死んだ幼児の何と75パーセントは、奇形に分類されている。…

“特に、ファルージャの医師は、前例がないほど多くの出生異常に直面しているのみならず、早産も2003年以後、大幅に増加したことを指摘している。しかし、何よりも気掛かりなのはファルージャの医師が言う通り‘生き残れた幼児のうちのかなりの人数が、後に深刻な身体障害を発症し始めています。’” (“アメリカ軍に破壊されたイラクの都市における出生異常の急増”英文・参照)

アメリカ軍の行動と結びつく奇形や他の病気の、いかなる急増を証明する研究は皆無だと断言して、ペンタゴンはこの報告に反論した。“環境問題が特定の健康問題をひき起こしていることを示す研究は存在しない”とある国防省広報担当官は、3月、BBCに語っている。とはいえ、研究が皆無なのは、主として、ワシントンとその傀儡バグダッド政権が妨害しているためだ。

“ファルージャにおける癌、乳児死亡率と出生時性比”の著者によると、イラク当局は彼らの調査を駄目にしようと試みたという。“質問票調査が完了して間もなく、質問票調査がテロリストによって行われており、質問票に答えたり、管理したりする人々は、逮捕される可能性があると、イラクTVが放送したといわれている”とこの研究は報じている。

ファルージャの住民に対し、アメリカ帝国主義が犯した暴虐の歴史は、2003年4月28日、米軍兵士が、地元の学校を米軍基地に転用するのに反対する約200人の群衆に無差別射撃をしてはじまった。いわれのない攻撃で17人が殺害され、二日後、アメリカ兵士が、この殺害に反対するデモに発砲し、更に住民二人を殺害した。

これが大衆の怒りに油を注ぎ、ファルージャは、スンナ派による反占領レジスタンと、アメリカによる報復の中心となった。2004年3月31日、怒った群衆が、戦争犯罪に相応の責任を持っている民間警備会社ブラックウオーターUSAの車列を止めた。四人のブラックウオーター社傭兵が車から引きずり出され、殴打され、焼かれ、ユーフラテス河に架かる橋に吊された。

アメリカ軍は、そこで、この都市を制圧してやると約束したが、ある匿名将校は、都市は“戦場”と化するだろうと語っていた。ところが、数千人の海兵隊員が参加したオペレーション・ヴィジラント・リゾルブは、2004年5月、アメリカ軍が包囲をあきらめて終了した。圧倒的な軍事的優位に対するファルージャ住民の勝利をイラク中が祝賀し、世界中が注目していた。

ペンタゴンは、2004年11月、反撃に打って出た。市は包囲され、市内に残った全員が敵性戦闘員と見なされ、世界史上、最も重装備した殺人マシンの格好の標的となった。AP通信は、自分の家族と一緒に、町から逃れようとした男たちが、大虐殺の場へと追い返されたと報じた。

攻撃で、アメリカ軍は、化学物質の白リンを大量に使用した。建前上は、戦場を照明するためにだけ使用されるのだが、白リンはひどい、往々にして、致命的な傷をひき起こし、建材や衣類を焼き、更に、皮膚を、そして骨を蝕む。この化学物質は、民間人が隠れている建物の酸素を消費し尽くすためにも使用された。

住民に報復したいというワシントンの願望は、殺害した“武装集団”(1,400人)と、囚人として生きたまま捕虜になった(1,300-1,500人)人数がほぼ同数というアメリカ軍報告という事実によって示されている。ある時、NBCニューズは、ある米兵士が、負傷して不自由なイラク人を殺害するビデオ映像を放映した。後の海軍の調査で、この海兵隊員の行動は正当防衛だということになった。

10日間の戦闘で51人のアメリカ兵が死亡した。殺害された住民の本当の人数は不明だ。攻撃前のこの市の人口は、425,000人から600,000人の間だと推定されている。現在の人口は250,000人から300,000人と考えられている。何万人もの人々が、大半が女性と子供だが、攻撃の前に脱出した。市内の建物の半数は破壊され、その大半は瓦礫と化している。

イラクの大半と同様、ファルージャは瓦礫のままだ。最近のプロジェクトof国連人道問題調整部、IRIN報告書によると、ファルージャは、攻撃から6年後の今も下水設備がなく。“排泄物は道路にあふれ、飲料水に入り込んでいる”と報告書は書いている。“ファルージャ総合病院院長アブドゥル-サッタル・カドゥム・アル・ナワフは、下水問題が住民の健康に被害を与えていると語っている。住民たちは、ますます下痢、結核、腸チフスや他の伝染病に感染するようになっている。”

アメリカ攻撃の残虐さは世界に衝撃を与え、ミライ、サブラ・シャティラ、ゲルニカ、南京、リディツェ、ウンデドニーを含む悪名高いリストに、ファルージャの名を加えることとなった。

他のこうした虐殺と違い、ファルージャに対する犯罪は、砲撃が止まっても、爆弾が投下されなく何ても、終わるものではない。

劣化ウランを大規模に使用するというアメリカ軍の判断は、“ファルージャの癌、乳児死亡率と出生時性比”によって、2004年には生まれていなかった世代の子供たち全員を汚染する残虐な行為でしかないことが証明された。

アメリカが、アフガニスタンにおける戦闘の大規模エスカレーションを準備する中、このファルージャ研究は時宜を得ている。アメリカのアフガニスタン作戦の元トップ、スタンリー・マクリスタル大将は、何よりもアフガニスタン武装反抗勢力に反撃しようとするアメリカ兵の手を縛っていた、というローリング・ストーン誌の特集記事を先頭とするマスコミの非難キャンペーンを受けて、先月更迭された。

マクリスタルは、元アメリカ中央軍司令官デービッド・ペトレイアス大将にとってかわられた。ペトレイアスは、武装反抗勢力と思われる敵に対し、非対称的な火力の使用を認める新たな交戦規則の骨子を示した。

ペトレイアスの後任の中央軍司令官には、2004年のアメリカによるファルージャ攻撃計画で重要な役割を果たした、ジェームズ“狂犬”マティス大将が着任した。マティス大将は殺人を大いに楽しむ人物で、2005年に公共の場で“やつらを撃つのは愉快だ.... なあ、本当に面白いぞ。”と発言している。

筆者は下記記事も推奨する。

ファルージャと戦時国際法

[2004年11月24日]

ファルージャの廃虚の恐ろしい光景

[2004年11月18日]

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/fall-j23.shtml

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同じ報告書を基に書かれたガーディアン記事が、下記記事で紹介されている。

机の上の空 大沼安史の個人新聞ファルージャ 2010-07-25〔重要NEWS〕 ヒロシマを上回る後遺症 白血病38倍増 米海兵隊 ウラニウム新兵器を使用か?

苦しい財政の中、こうした研究や治療の為に、広島や長崎の医師の方々を大挙現地に送る予算が工面されるような国であれば、中東諸国から尊敬されたろう。もちろん、この国、宗主国基地の用途は分かっていても、予算はつけても、永遠にそういう行動はとらない。虐殺幇助専門国。いつブローバックがあっても不思議ではないだろう。9/11のような政府の内部工作を含めて。

WikiLeaksで、以前から話題になっていた大量の秘密文書が暴露された。捕虜収容所の壁新聞ではない、西欧の新聞では、その事実を報じているものもある。一方、捕虜収容所の壁新聞・放送は、国賓になった元工作員や、相撲結果やら、埼玉救難ヘリの事故ばかり。基地や安保から逃げている。憲法破壊になると元気なのに。何とも暑い夏、電気や体力を無駄にするなという、優しい親心なのだろう。

2010年7月24日 (土)

アフガニスタン会議、無期限の占領を承認

Bill Van Auken

2010年7月22日

火曜日にカーブルで開催された国際外務大臣会議は、外国軍占領が永久に続くことに同意しながら、アフガニスタン軍が、アフガニスタンの治安に対する主な責任を担う目標時期として、ハミド・カルザイ大統領が提案した2014年を、公式に承認した。

アメリカのヒラリー・クリントン国務長官は、わずか5時間しか続かなかったこの会議を、“転換点”だと主張した。とはいえ、この会議で新たに提示されたものはほとんど皆無で、ほぼ9年間の占領と戦争の後、安定した傀儡政権をしつらえ、中央アジアにおけるアメリカの覇権を拡張するというアメリカが率いるプロジェクトは危機にはまりこんでいる、という雰囲気が深まるのを一掃するようなものとて無かった。

最大の実績は、会議を、そもそもカーブルで開けたこと、のように見える。2001年以来、アフガニスタンに関するそのような会議9回の中で、アフガニスタン国内で開催される始めてのものなのだ。

武装兵士が住民を街路から追い払い、戦闘ヘリコプターが上空でホバリングし、アフガニスタンの首都は非常事態になった。これだけの治安体制を敷いてさえ、カーブル国際空港がロケット弾攻撃を浴びた後、国連潘基文事務総長を乗せた飛行機はバグラムのアメリカ空軍基地へと行き先を変更せざるを得なかった。

会議はいつものアフガニスタン政府の汚職問題を蒸し返し、カルザイ大統領は、またもや、悪を排除すると約束した。集まった外相達は、年間国際支援として、少なくとも、130億ドルの半分を、アフガニスタン政府機関経由で、アフガニスタンに注ぎ込むという提案を支持した。今に至るまで、政府チャネル経由で流れるのは、そのような支援のわずか五分の一だけだ。

カルザイは演説を行い、私は“2014年迄に、わがアフガニスタン国家安全保障部隊が、わが国全土に対する全ての軍事および警察活動をになうことを決意した。”と宣言した。

これは、アフガニスタンの不正選挙後、昨年11月の就任時に、カルザイが最初に提案したもので、提案には何ら新味はない。この提案を、ワシントンとNATOが受け入れたということは、それでも極めて重要だ。バラク・オバマ大統領が、アメリカ軍の撤退開始として発表した2011年7月という期限が、アメリカ政権によって、実際上否定されたということのもう一つの再確認に過ぎない。

2014年というカルザイの提案よりも、はるかに重要なことは、それ以前に警備を引き渡す目標時期が全く欠如していたことだ。NATO加盟国閣僚がエストニアで4月に会合した際には、今年中に、いくつかのアフガニスタンの州が、アフガニスタン軍にその警備を引き渡すべく選ばれる予定だった。ところが、そうした計画は、カルザイの演説でも、会議の公式声明でも、全く触れられていない。

水曜日にワシントン・ポストが、報じているように: “... 戦況は悪化し、デビッド・H・ペトレイアス大将が最高司令官として着任した今、最初の州がアフガニスタン支配に移行するのは、少なくとも2011年の夏だろうと幹部達は予想している。この遅延を、懐疑的な国民に進展を見せたがっているヨーロッパ諸国の一部は懸念している。他の人々にとっては、単なる現実の厳しさに過ぎない。”

この“現実”とは、一方は、反体制勢力の成長と、大半のアフガニスタン地域への広まり、そしてもう一方は、外国軍による占領に対するレジスタンスを鎮圧するのに、アフガニスタン軍と警察が無能であることの現れの二つで構成されている。

各国の大臣がカーブルで会合している間、北部アフガニスタンにおける、残虐な出来事が、有能なアフガニスタン傀儡軍を訓練するという、アメリカが率いる取り組みが直面する問題を強調した。

北部のバルフ州にある射撃練習場で、あるアフガニスタン人軍曹が、アフガニスタン軍を訓練するために派遣されている、アメリカ軍の契約業者二人に銃を向け、その二人を殺害し、もう一人を負傷させた。軍曹は、他のアメリカ人傭兵が反撃した際、近くに立っていたもう一人のアフガニスタン兵士と一緒に射殺された。

あるアメリカ軍広報担当者は、射撃事件を“一つの悲劇的な孤立した事件”と表現したが、アメリカ軍兵士は“そうしたことが決して二度と起こらぬよう、用意周到な予防措置を”とっていると付け足した

“孤立した”事件から、わずか一週間後、別のアフガニスタン兵士が、イギリス人兵士を、自動小銃とロケット推進式擲弾発射筒で砲撃し、基地司令官を含め、三人を殺害した。アフガニスタン兵士は逃亡に成功し、以後、タリバンに匿われている。彼はマスコミにインタビューし、占領軍が“無辜の人々”を殺害しているので、イギリス人教官を攻撃したのだと語った。

こうした殺害事件や、同様のこれまでの攻撃ゆえに、2009年の85,000人の兵士から、2011年10月までに、アフガニスタン軍を134,000人に拡張しようという目標で、アフガニスタン治安部隊の急速な強化を実現する企みのため、アメリカと同盟諸国が採用している手法は、疑問視されている。アフガニスタン軍とアメリカ軍の間では緊張と不信感が増大しつつあり、武装反抗勢力は、武器を獲得し、それを占領軍兵士に対して使用する機会として、傀儡軍に入隊するのではないかという懸念もある。

今年、いずれかの州を、アフガニスタンの支配下に引き渡すという計画が放棄されたのは、アフガニスタン軍は、アフガニスタンのいかなる部分においても、この課題をになえる立場にないという在アフガニスタン新アメリカ司令官、ペトレイアス大将の評価に基づいて決定されたものだと言われている。

欧州連合とノルウェー外務省が資金を提供していて、人道的支援団体に対し、アフガニスタンの治安状況に関して助言する機関、アフガニスタンNGO安全事務所(ANSO)が今週発表した報告書が、アメリカ占領が直面する危機の深さを強調している。

ANSOの季刊報告書は、アメリカの対武装抵抗戦略を失敗だと焼き印を押し、その戦略をエスカレートしても、民間人死傷者数の増大のみならず、タリバンや他の武装抵抗集団に対する支持の増加を招来すると警告している。

報告書は“対武装抵抗[COIN]手法によって、敵側が弱体化している兆しはほとんどない”と始め、昨年以来、攻撃が51パーセント増加しており、6月だけでも、反抗勢力による記録的な1,319回の攻撃を指摘している。“民間人を保護しようという様子はほとんどなく、民間人死傷者数は23パーセント増加し、民間人政府職員の暗殺がはびこっている。”

ANSO報告書は更に付け加えている。“我々は'物事は、良くなる前に、一度悪くなるものだ' ということをこれが示しているというCOINの見解を支持するものではなく、ひたすら悪くなるばかりという、この5年間の事態の傾向と一致するものと考えている。”

報告書は、南部ヘルマンド州のマルジャー周辺におけるアメリカが率いる最近の攻勢をあげ、攻勢によって“国民の治安を保障したり、強制退去させられた人々に、安全な帰国を実現したり、or取り囲まれている政府に対する信頼性を確立したりすることが未だできていない。その結果、ヘルマンドは、今やアフガニスタンの中で最も危険な州となっている。”と指摘している。

報告書は更に警告している。“カンダハルでの作戦の遅れによる、AOG(武装反抗集団) の戦闘能力に対する影響は、ごく僅かか皆無であり、民間人に対する悲惨な結果がもたらされるのは確実だ。

予定されていた、アフガニスタン第二の都市、カンダハルに対する攻勢は、パシュート語話者の地域住民を標的にする攻撃の名称として、「協力」を意味するダリ語の単語を使って、オペレーション・ハムカリというあだ名で呼ばれている。これでは、ワシントンは、パシュトゥーン族の人々に戦争をしかけているという見方を強化するだけだろう。

ANSO報告は述べている。アメリカが率いる占領軍が“全兵力のおよそ30パーセントをハムカリにさくものであり、9年にわたる戦争の中で、単一の作戦としては最大のものとなり、多くの意味で、アメリカが率いるアフガニスタン介入の'参加者一同が登場する最後の見せ場'となる可能性が高い”。

この組織は“ハムカリは、カンダハルにおける武装反抗勢力支持を本格的に増大させる可能性が高く、それにより、最終的なタリバンが支配的立場につくことを可能にするだろうと考える。”と述べている。

最終的に、報告書は、反抗勢力に対抗させるため、現地の民兵に兵器を与えようというアメリカ軍の企みに対し、痛烈な評価をしている。この戦術は、アフガニスタン大統領カルザイが、そのような集団は彼の政府を侮辱するものと見なして、いやがっているのに、受け入れるようカルザイを威嚇したと言われている、ペトレイアス大将が強力に推進しているものだ。

ANSOは述べている。こうした民兵集団を助長することは“'武力の独占' という政府の主張を蝕み、治安を崩壊させ続けることになる。”報告書は更に言う。戦術は“1963年の南ベトナム'Self Defense Corps'(民間防衛隊?)を彷彿させるが”それと同様の失態をもたらしている。

ANSOはこう指摘している。民兵集団も“同じ悪徳に見舞われており、活発な連中は、大挙して虐殺され(カンダハル)、賢明な連中は、国民と政府の補給品を搾取するため、AOGと手を組み(クンドゥス/タハール)、大胆な連中は、まさにAOGそのものとなり(パルワン)、臆病な連中は、現状を維持している(ワルダク)。”報告書は更に言う。こうした集団のいくつかは“政府が彼らに兵器を提供しそこねた場合に、AOGに加わっているが、近隣の村々を恫喝して、AOGに保護を求めるよう追いやっている連中もいる。”

この厳しい見通しと、アメリカ人の間での、反戦意識の高まりにもかかわらず、クリントン国務長官は、戦争を無限に継続するというオバマ政権の決意をあらためて表明するのに、カーブル会議を利用した。流血を継続する正当化に、過去の死傷者を利用して、クリントンは述べた。“我々の長期的ビジョンを放棄するつもりなどない。余りに多数の国々が、余りに多くの損失を被っており、この国を後戻りさせるわけには行きません。”

オバマの2011年7月というアメリカ軍撤退開始の目標期日に言及して、クリントンは言った。“この日付は新段階の開始であり、我々の関与が終了する日ではありません。”

NATO事務局長、アナス・フォー・ラスムセンは、更に無遠慮に、アメリカが率いる占領を段階的に縮小するのに、最終期限というものは存在しないと主張した。“我々の任務は、アフガニスタンが自分で治安を維持できるようになった時、唯一その時に、終わる”と彼は語った。“我々の移行は、カレンダーではなく、必要な条件を根拠にしている。”

訪韓のため、アフガニスタンを発つ前に、クリントンは二つの国を比較し、アメリカ軍の恒久的アフガニスタン占領を直接的に示唆した。韓国を“アメリカ最強の同盟国の一つ”と呼び、ワシントンの“韓国に対する長期的な深い関与”に言及して、クリントンは言った。“色々なことがあったが、8年よりも遥かに長い年月、アメリカは、そうした国々の味方でありつづけてきた。”

朝鮮戦争以来ほぼ60年間、ワシントンは約28,000人の米軍兵士を韓国内に駐留させ続けている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/afgh-j22.shtml

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終戦以来65年、ワシントンは約53,000人の米軍兵士を日本に駐留させ続けている。

「思いやり予算」の用語に異議 シャピロ米国務次官補

思いやり予算について「我々は(日本の)『貢献』とみており、『負担』とは思っていない。その貢献は、アジアの安全と安定を維持するため日米両国が築いたパートナーシップの一部分だ」と指摘。「『負担』と表現することは、(同盟)関係の重要性を過小評価するものだ」と不満を述べた。

何とも身勝手な宗主国。

戦争は平和だ。自由は隷属だ。みかじめ料は貢献だ

人類猫化計画の記事にある通り、孫崎享氏の「日本の思いやり予算があるから米軍基地は縮小できない」という主張の方が、はるかに説得力があるだろう。

「新聞は、捕虜収容所の壁新聞だ」という岩上安身氏発言に、座布団10枚!

昔、ソ連の街角で「スターリンは馬鹿だ!」どなった男、機密漏洩罪で逮捕された。というロシア小話を思い出した。

「日本の地デジ・テレビは、捕虜収容所のテレビだ」と言えるだろうか?孫崎享氏発言、朝日ニュースターの番組におけるものだが。

さしあたり今のテレビ、高い金を支払って、地デジに変える理由がみあたらない。貧しい小生、更に馬鹿になるために、お金をかける余裕はない。

2010年7月22日 (木)

ブルガリア: ヨーロッパ実業界、より過酷な施策を要求

Markus Salzmann

2010年7月20日

ボイコ・ボリソフ首相の政党“ヨーロッパ発展のためのブルガリア市民”(GERB)が率いる、ブルガリアの右派政権は、政権獲得以来、一年になる。ボリソフ当選後、ヨーロッパの実業界から支持が表明されたが、政権に対する批判は増大しており、ずっと厳しい緊縮政策の実施要求に集中している。

GERBは、2009年の議会選挙で楽勝した。ブルガリア首都ソフィアの元知事だったボリソフは、長年の間に、全く信頼を失ってしまった、いわゆるブルガリアの社会主義者や保守派の政党への支持が下降した恩恵を享受したのだ。1990年代初め、スターリン主義政権が崩壊した後、こうした諸政党は過激な自由市場改革を導入し、壊滅的な経済的、社会的結果をもたらした。

2009年選挙キャンペーンで ボリソフは、広範な腐敗や貧困の惨禍と戦う覚悟のある大衆の味方を装った。同時に、2008-2009金融危機の後、ヨーロッパのエリートに対し、前政権の新自由主義経済政策を強化することを目指した、過激な緊縮策を実施すると彼は請け合った。

ボリソフはその約束を守った。10パーセントという均一税率を導入して以来、ブルガリアは、全欧州連合加盟諸国の中で、最も税率が低い。危機のコストは、もっぱら労働者階級が支払うべきなのだ。

昨年、平均収入は、月に約300ユーロに落ち込んだ。この数値は極めて信頼できず、本当の失業は遥かに高いのだが、失業は公式で既に10パーセントもある。昨年エネルギー価格が20パーセント上昇して以来、国民の生活条件も悪化した。6月、政府は、更なる施策を採用し、特に公務員の環境は、大幅に悪化している。

GERB政府の政策で恩恵を受けた階層が、最近ブルガリア中央銀行が刊行した研究で明らかになった。

過去三ヶ月だけで ブルガリアでは、新たに35人のユーロ百万長者が生み出されたが、百万長者の人数は、前年比で、三倍増えている。裕福なブルガリア人が、高金利を保障する銀行に、彼らの資金を大量に投資したことが統計にもあらわれている。今年の第一四半期、個人投資総額は、5億ユーロ、つまり12パーセント増加した。

ヨーロッパのエリートは今や、この裕福なエリートの利益と特権を増大することを目指す更なる施策を要求し、ボリソフが、ルーマニア、ハンガリー、ラトビアや他の東欧諸国には既に導入された過酷な削減を実施するよう主張している。

有名なブルガリア日刊紙SEGAで、最近、リューベン・オブレテノフが、政府は積極的に国民の間にある親“共産党”感情に反対し、あらゆる種類の社会的責任から国家を解放するよう要求した。国家の任務というのは、“社会秩序と治安”を保障するだけに過ぎないと書き、更に“現時点で、北東部地方の人々は、洪水の結果、苦しんでいる…テレビで彼らが国家の支援不足に苦情を言っているのが映されている。しかし、彼らは何故、財産に保険をかけておかなかったのだろう?”

最近の洪水災害以前から、既に生存のために苦闘している広範な一般国民に対する、これ以上あからさまな、ブルガリアのエリート層からの蔑視表現はあるまい。

政権初年度のバランス・シートとして、経済誌カピタルは、経済危機に対する“優柔不断な”対応を批判した。多くの局面で、政府は、第一歩の対策すらとりそこねたと、同誌は書いている。一方、BusinessNewEuropeは、ボリソフに、最終的に“不人気な施策”を、特に既にギリシャで実行されたのと同様の公共部門の“改革”を実施するよう要求している。

ドイツの国際放送事業体ドイッチェ・ヴェレのブルガリア版編成局長アレクサンドル・アンドレーエフは、もっと無遠慮だ。アンドレーエフは“延び延びになっている医療、年金改革の局面では、ごく僅か、あるいは、全く何もなされてこなかった”事実を批判している。

これはボリソフ自身“穏やかなポピュリスト”で“読唇術ができる人”になろうとして、国民との対決から後ずさりしている為なのだというのが、彼の意見だ。“ポピュリズムと、本格的な改革抜きの一年間は、従って、マイナスと採点されるべきだ”とアンドレーエフは結論付けている。

今月始め欧州委員会は、ブルガリアに、財政赤字を約3パーセントにとどめるよう、あからさまに要求した。政府は間もなく、大幅な削減を含む、3.8パーセントの赤字を基にした予算を承認した。

世界銀行と国際通貨基金も、財政強化に向けた更なる“困難な措置”をとることを条件に、政府が合意した当初の施策を評価した。

一方、ブリュッセルのEU官僚機構は、ソフィアが提示した経済数値は信頼できないと懸念しており、EU統計局に、ブルガリア債務の本当のレベルを確認するよう命じた。

ボリソフが、大企業や金融界が提示した要求に従うだろうことは確実だ。GERBは、国会での絶対多数を持っていないが、より小さな、いわゆる“青い連立”という超保守派政党の支援を得て、あらゆる施策を実施することができている。

しかし今や、ブリュッセルと、一部マスコミからの批判後、保守派諸党は、ボリソフとは距離をおいており、彼の辞任と新たな選挙を求める声さえ上がっている。

ボリソフは、今ネオ-ファシスト政党アタカと一層緊密な協力に向かっている。アタカは既に国会におけるいくつかの政府施策を支持し、最近ではこの極右組織のトップ、ヴォレン・シデロフは、ボリソフをお世辞たらたらで称賛している。

“ボリソフは良い仕事をしている。彼は学びつつあり、彼は権力の地位にとどまることができる”とシデロフは、ノヴァTVインタビューで断言した。シデロフは経済危機に対処するため削減の必要性に賛同した。

アタカは、ユダヤ人や同性愛者のような少数派に対する一連の攻撃に関与している、ブルガリアのファシスト集団と強いつながりをもっている。シデロフは、ユダヤ人と“ジプシー”に反対する公的演説で有名だ。

これは深刻な警告だ。ハンガリーのオルバン政権は、緊縮政策を実施するための最高の条件を作り出すべく、ファシスト政党ヨッビクといちゃついている。今、ボリソフは、ブルガリアで、同じ道を辿りつつあるのだ。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/bulg-j20.shtml

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今日は豊真将に勝った琴欧州、ブルガリア・ヨーグルトの化粧回しをつけ、取り組みには通常ブルガリア・ヨーグルトの懸賞がかけられる。世界中の香水で、ブルガリアの薔薇が使われている。そちら全く無縁だが。その御国も大変なようだ。あちらは元ロシアの属国、現在は、ヨーロッパの属国、こちらはアメリカ属国という違いはあれど、属国は大変だ。ブルガリア政権は、ヨーロッパ実業界には逆らえず、属国日本政権はアメリカ政権には逆らえない。

拉致をした北朝鮮、ひどい国だが、65年間、占領を続けている宗主国のひどさ、北朝鮮との比ではあるまい。テレビ報道は元死刑囚の話題ばかり(らしい)。

2010年7月20日 (火)

ポーランド大統領選: コモロフスキ勝利はポーランドにおける大規模社会的攻撃の前兆

Marius Heuser

2010年7月6日

保守派与党の市民プラットフォーム (PO)党の大統領候補ブロニスワフ・コモロフスキは、日曜日に行われたポーランド大統領選挙の第二回投票で、票の52.6 パーセントを獲得することができた。

コモロフスキのライバル、ヤロスワフ・カチンスキは票の47.4 パーセントを獲得した。2010年4月、飛行機事故による双子の兄、前ポーランド大統領レフの死を受けて、ヤロスワフ・カチンスキは、大統領候補として出馬していた。

社会的な影響と、彼の党、法と正義(PiS)党の短期的な政治的影響を恐れ、PO政府によって導入された、最も過酷な反社会的法規のいくつかを、前大統領カチンスキは拒否していた。2005年から2007年、政府を率いた弟ヤロスワフも、あからさまに挑発的なやり方での削減実施には、できる限りしり込みをしていた。特に今回の大統領選挙キャンペーンでは、以前の緊縮政策でひどい目にあわされた人々に訴えようと、ヤロスワフは、きまったように民衆扇動を活用していた。

一方、コモロフスキは、最初から“大企業・金融市場にとって好ましい候補者”だった(フィナンシャル・タイムズ・ドイッチェランド)。彼は右派のポーランド首相ドナルド・トゥスクの親友でもあり、トゥスクのおかげで、PO内部で昇進できていた。

コモロフスキが選出されたことは、ポーランドにおける、あらゆる重要な政治的地位が、市民プラットフォーム党の議員によって占拠されたことを意味する。選挙キャンペーンで、この党は、大統領の地位を、長らく計画されていた、ポーランドの社会・医療制度に対する攻撃を実施し、民営化計画を推進することを明らかにしていた。ポーランド株式市場はコモロフスキの大統領就任を前向きに評価し、ポーランド通貨ズロティは、月曜日、ユーロに対し、約1パーセントあがった。

過去三年間、トゥスク政府は労働者に対する一連の攻撃を実施してきたが、特に、国営企業民営化を推し進めてきた。2009年2月、政府は、国防支出削減における20億ズロティを含み、残りは教育や社会支出から削減する、197億ズロティ(約42億ユーロ)削減計画を開始した。更に、雇用主が一層容易に労働者を馘首したり、労働時間を削減したりできるよう、ポーランドの労働法が改訂された。削減計画の結果として、今後数ヶ月の間に、公務員だけでも12,000人の解雇が実施されるものと予想されている。

ポーランドの雇用状況は、現在民間企業で実施されている多くの解雇によって更に悪化しつつある。株式市場で同社の株が売りに出されたばかりの、巨大保険会社PZUは、2,000の仕事を無くす予定だ。

2009年、ポーランド国家は国営企業の民営化によって、143億ズロティの収入を得た。2010年、この金額は250億にも増大するものと予想されている。

ポーランド財務相ヤツェク・ロストフスキは、通信社PAPに、政府の狙いは、ポーランドの債務負担を、現在のGDPの6.9パーセントから、2012年、あるいは遅くとも2013年までには、3パーセントに削減することだと語った。これはポーランドが欧州通貨統合に加盟するために要求されている条件の一つだ。金融政策審議会委員で、経済学教授のズィタ・ギロフスカは、政府は、債務負担を削減し、目標を達成するため、今後二年間で、600億ズロティ削減しなければならないと推計している。

このような削減計画は、国民に対するすさまじい社会的攻撃を、意味していることは間違いない。これがトゥスクとコモロフスキ両者によって実施されようとしているのだ。大統領選挙の晩、コモロフスキは説明した。“月曜日から、我々は一層身を粉にして働かなければならない。お金は合理的に使いたいと思うが、それには政治家と国民双方の支持が必要だ。政治パートナーと国会には、国家予算上、多少しっかりした規律を確立すべく、私に協力して下さるようお願いする。”

予算の“規律”という話題となると、ブロニスラフ・コモロフスキは、実態を十分承知している。1989年から1990年まで、彼は閣僚委員会の委員長、1990年から1993年国防副長官であり、急激かつ強制的に資本主義市場経済を導入し、ポーランドにおける“ショック療法”を実施した内閣の一員だったのだ。大量失業、貧困とインフレがその結果だった。

古い経歴としては、1970年代末、コモロフスキは、スターリン主義に反対するキリスト教徒反体制活動家の一員だった。1980-81年、大衆現象として「連帯」労組が登場した際、コモロフスキや仲間は、運動の方向を、親カトリック教会、親西欧に向けようと努力した。戒厳令時代に短期間抑留された後、コモロフスキはニェポカラヌフのカトリック神学校の教師となった。

資本主義復興で重要な役割を果たした後、彼は右派政治勢力として積極的に活動していた。彼は自由連合(UW)に入り、1993年から1995年まで、書記長をつとめた。1997年に、自由連合が、連帯選挙行動(AWS)と連立して政権を掌握し、ポーランドのEU加盟の条件を満たすため、広範囲に及ぶ福利厚生の削減を実施した際、コモロフスキは国防委員会委員長だった。この時期の1999年、ポーランドはNATO加盟国となった。昨年、連立がすっかり信用を失った頃の連立与党で、国防長官になった。

トゥスクや、ヤン・ロキタ等、連立の他の多くのメンバーとともに、コモロフスキは最終的には、沈み行く政権を見放し、旧連立崩壊の中から生まれた、新組織の一つ市民プラットフォーム(PO)に加わった。彼はポーランド国会下院セイムの副議長としてとどまっていた。2007年選挙後にPOが政権を獲得すると、彼は国会議長となった。

外交政策については、コモロフスキは、トゥスク同様、そして彼の前任者とは異なり、ポーランドを、より親ヨーロッパの方向に向けたいと考えている。ワルシャワ指導部は、既にドイツ政府が要求する全ヨーロッパ中での緊縮政策に承認を与え、ベルリンはコモロフスキの勝利を歓迎している。ベルリンで、ドイツ外務大臣ギド・ヴェスターヴェレは、コモロフスキの勝利は、強力な親ヨーロッパの合図を送ってきたと宣言した。“コモロフスキ大統領は、トゥスク首相や[ラドスワフ・]シコルスキ外務大臣と共に、我々にとって、この進路への確信と協力が得られる強力なパートナーだ。”

支配層エリートの視点からすれば、個人的には退屈で、むしろ無味乾燥なコモロフスキの最も重要な資質は、 政治上の戦友、トゥスクとの長い付き合いだ。チームとして、彼らは過酷な緊縮政策を実施することができると見なされているのだ。

こうしたことを考慮すれば、選挙の限定的な結果も決して驚くべきことではない。約55パーセントという投票率からすれば、有権者の四分の一を僅かに超える人数しか、ポーランドにおける反動主義者の一人、政治的に取るにたらない人物であるコモロフスキに投票していない。彼の勝利は、基本的に始めから決まっていたようなものだ。本当の政治的選択肢が欠如していたのだ。

第2回目の投票は、超保守主義者カチンスキとコモロフスキの決選投票だった。カチンスキは、狡賢くも、ライバルの冷酷さを標的にした民衆扇動を行ったが、彼自身コモロフスキの代替とはほど遠かった。彼自身が首相で、兄が大統領だった時代、前政権が決定した緊縮政策に、いくらか上辺だけの変更をして署名し、成立させていた。若干ためらったあと、民営化方針は継続されていたのだ。

首相として、カチンスキは政権を、二つの極右で、あからさまに反ユダヤ主義の政党、ポーランド家族同盟(LPR)と、ポーランド共和国自衛(サモオローナ)に合流させ、国家機構を圧倒的に強化する計画を開始した。同時に、ヤロスワフ・カチンスキは、大統領の権力を拡大し、国家の主要な地位に仲間を押し込んで、兄の国家に対する影響力を強化した。極めて粗野な姿の愛国主義、民族主義、同性愛嫌悪を利用することで、この変化を正当化していた。

二回目の投票が、不快な右派人物二人からの選択になってしまったという事実は、何よりもまず、かつてポーランドにおけるスターリン主義与党に起源がさかのぼる、民主左翼連合(SLD)の政策によるものだ。一回目投票で、同党候補者のグジェゴシ・ナピエラルスキは、票の14パーセントを勝ち取った。SLDは、2001年から2005年までの間、政権を維持した後は、支持の落ち込みから回復できないままだ。SLDの政策に対する国民の不満には根強いものがある。ヨーロッパの他の社会民主主義政権同様、腐敗と身びいきを特徴とする政権で、SLDは労働者階級への猛攻撃を実行したのだ。

大統領選挙において、ポーランド労働者階級には選択肢は与えられていなかった。ポーランド労働者階級は、支配層のため、トゥスクと共に緊縮政策を実施すると固く決意した大統領と今向き合っている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/pola-j06.shtml

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ポーランド選挙は他山の石。もとより、ポーランド政治・国家機構など一切無知の素人、訳語は間違いだらけであることを前提にお読みいただきたい。正しい訳をご指摘いただければ何とも有り難い。

不思議なことにいまだ邦訳が刊行されないNaomi Kleinの名著Shock Doctrineには、ポーランドについての興味深い記述がいくつもある。特に第9章。
Slamming the door on history
A crisis in Poland,
A massacre in China

ソ連時代の地下出版ではないが、Shock Doctrine日本語版が欲しくなる。そうした本が出ていれば、選挙で「やつらの党」が躍進することはなかった、かもしれない。

韓国では翻訳が刊行されている。キム・ソヒ翻訳、2008年11月20日刊 

Shockdoctrinekorean_2

日本の民度(マスコミも出版社も)韓国より少なくとも二年は遅れているようだ。

そうした文化的背景、韓国海軍哨戒艦「天安」沈没を受けた選挙でも、韓国与党がしっかり大敗した一因かも知れない。

「旧ソ連・東欧政権崩壊後、資本主義に変わった国々のどこかで、労働者は幸せに暮らすようになりました。」というお話、あらまほしきものだが、寡聞にして知らない。

安保条約で想定されていたであろう敵国ソ連が消滅したので、日本も独立するだろうと夢想したが、不思議なことに、国会審議も無しに、範囲も相手も無制限の傭兵体制、日米ならずもの同盟に切り換えられてしまった。サーカス大魔術。宗主国の狡猾さ恐るべし。

そして、外相、アフガニスタン支援表明

違法侵略・征服や、無人機による民間人空爆を継続しながら、日本の金をタリバン兵買収に使うのだという。不思議な報道だ。理不尽な戦争を始めたアメリカが、「自己責任」で、無条件撤退し、戦後賠償を支払うというのならわかる。

日本の基地から出撃するアメリカ軍の理不尽なアフガニスタン民間人攻撃に協力し、同時にタリバン兵買収費を払うのは、アメリカに対するぶったくり・ならずもの同盟二重支払い。

仮に、人間同士であれば、右手で人にナイフを突きたてながら、左手で賠償金を払う隣人がいても、まともに相手をする人間などいるまい。右手でナイフを突きたてながら、左手で賠償金を払う隣人、ならず者として、病院に収容されるだろう。

大人気の蓮舫女史や枝野幹事長による事業仕分け、もしもセレモニーでないのであれば、最重要項目として、タリバン兵買収費用の支出再検討をお願いしたい。

2010年7月18日 (日)

連邦捜査局、適正手続き、米憲法修正第1条を無視し、数千のブログを閉鎖

Kurt Nimmo

Infowars.com

2010年7月17日

またもや、オバマ政権が権利章典に違反した。今月始め、連邦捜査局は、無料のWordpressブログ・プラットフォームを削除し、73,000以上のブログを無効にした。この行為を、大手マスコミは完璧に無視している。サイトのBlogetery.comは、著作権のあるものに関する同社による“不正利用の実績”を理由に、政府がサイトを閉鎖するよう命令をだしたと、ホスティング・サービス会社から言われた。

               
6月、ビクトリア・エスピネル知的財産執行調整官と、
ジョセフ・バイデン副大統領は、政府の知的所有権施行戦略を発表した。

 

6月末、ジョー・バイデンとビクトリア・エスピネル知的財産執行調整官は、政府は違法の映画や音楽を提供するサイトを削除してゆく予定だと語った。“犯罪的な著作権侵害が、インターネットでは、大規模に起きており、アメリカ経済にとって、何十億ドルも損失になっているという”ニューヨーク南地区地方裁判所検事のプリート・バラタは語っている。バラタの検事事務所と移民関税執行局は“オペレーション・イン・アワー・サイト”を開始し、9つのドメイン名に対する差し押さえ令状を執行した。

Blogetery.comは、一時停止と通知が普通であり、73,000のブログ閉鎖“は典型的な例ではないと主張している。これは法執行機関の当局者によって、我々に伝えられた重大な問題だった。我々は即座にサーバーを削除するしかなかった。”

“これは奇妙に見える”と、政府の政策、技術、法律問題を扱っているウェブサイトTechdirtは書いている。“もし一部ユーザーが問題のあるコンテンツを載せているのであれば、そのコンテンツを削除するか、一部ユーザーだけを一時停止れば良いではないか。73,000のブログを全て削除するというのはやりすぎに思える。”

DMCAによる削除行為は、事前抑制にあたり、米憲法修正第1条に対する直接の侵害だ。しかしながら、法学教授ウェンディー・セルツァーはこう説明する。“DMCA削除は、ISPによって、私的に管理されたもので… 彼らは、事実誤認の高い危険性にもかかわらず、憲法上の精査を受けていません…。”セルツァーは更に言っている。“著作権主張者にとっては、連邦への告訴より、DMCA削除の方が安上がりで、著作権主張者がさらされるリスクも少ないため、標準的な著作権法よりも、更に頻繁な濫用や、過失を招きます。”

TorrentFreakは、Blogetery.com事件が前例になってしまわないかと懸念している。“こうした行動は始まりに過ぎず、今後、更に多数のサイトが標的にされるのではあるまいか、という懸念は残る。実際、既にTorrentFreakは、このメディア上では当面匿名だが、著作権を理由に、当局によって監視されている他のサイトの情報も入手している,”と、そのサイトのあるブロガーは書いている。

“彼らは著作権侵害が理由だと言うが、本当だろうか?… 普通なら、映画やTV番組をストリーミングしているサイト/ブログだけが、即座に閉鎖されるのだろうが、良く読んでみると、この政権ではいつものことなのだが、連邦捜査局が、適正手続き無しに、単に自由裁量で、数万人のブロガーが使っているサーバーを閉鎖したようだ”とSmash Mouth Politicsは書いている。“連中は、一体どれぐらい素早く、他のサーバーやネットワークも閉鎖する何らかの理由を見つけ出すだろう? おそらく閉鎖されてしまったブロガーにとって何より腹立たしいのは、法的な対抗手段がないことだろう。なぜサーバーが閉鎖されたのか見当がつかないのだ。しかも連邦捜査局がそれに関し口をつぐんでいる。またもしもブロガーが、たとえサーバーの管理者と連絡をとれたにせよ、一体何故なのかという説明を拒否されてしまう。”

2004年10月、20以上の独立メディア・センター(Independent Media Center)のウェブサイトや他のインターネット・サービスが著作権侵害を申し立てられた対応としてでなく、政治的な理由で、停止されてしまった。Indymediaサーバー消滅は秘密にされており、ISPや政府も説明をしようとはしていない。2004年10月20日、電子フロンティア財団がテキサス州で訴訟を起こし、“米憲法修正第1条で保障された権利をインターネット発行者が行使するのを、一体どのような権限で、政府が一方的に妨害することができるのかを見いだすことに、国民もマスコミも明白かつ抑え難い関心を持っている”と主張した。

後に、FBIがISPに接触してきた後に、ISPがIndyMediaのウェブサイトを閉鎖したことが、明らかになった。ウェブサイトnantes.indymedia.org上の特定記事に、二人のスイス人私服警官に関する個人情報と脅威が含まれているとFBIが言ったのだ。後に、記事には、脅威も氏名も住所情報も含まれてはおらず、グローバリゼーション反対デモ参加者になりすましている、おとり捜査官の写真が載っていたことが判明した。

オバマ政権は、前のブッシュ政権に歩調を合わせ、米憲法修正第1条、第5条、第10条に違反をするよう、政府に命じることに何の問題も感じていない。著作権で保護されているものに対するオンライン海賊行為を防ぐための努力と称する行為において、政府は権利章典を廃棄している。政府はFBIと国土安全保障省を使って、ISPを脅し、ウェブサイトを閉鎖させているのだ。

6月、上院委員会は、オバマ大統領に、インターネットを閉鎖する権限を与える、独裁的なサイバー・セキュリティー法案を承認した。サイバースペースを国有財産として保護する法と呼ばれている法律は、政府がサイバースペースの緊急事態を宣言している間、重要インフラの所有者に、緊急時の対応計画を実施するよう命ずることを含め、インターネットの重要な部分を保護するための緊急行動を遂行する権限をオバマ大統領に与えるものだ。委員会が承認した法案修正の下では、オバマ大統領が国家的なサイバースペースの緊急事態を、120日を超えて延長するには、建前上議会承認が必要ということになっている。

記事原文のurl:www.infowars.com/feds-ignore-due-process-first-amendment-shut-down-thousands-of-blogs/

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インターネット、そもそも軍隊用に、宗主国の軍事予算で開発されたもの。不都合になれば、どんどん潰したり、盗聴したりする技術を開発し、弾圧する法律も作るだろう。

同じPrisonplaneにある、Alex Jones on RT: Government Cyber Invasion という映像も非常に気になる。

アメリカのネット検閲のひどさを、ロシア・テレビでAlex Jonesが語る皮肉な構図。

ところで本日「某紙朝刊」一面は宗主国広報誌。ソ連支配下の東欧党機関紙まがい。

アフガニスタンで養鶏プロジェクトに取り組む宗主国軍隊の写真と記事。「アメリカ軍にはいてほしい」という農民の補足記事が続く。警察組織が弱体だと、書いてある。

同じ一面には、宗主国・属国軍隊間の物品役務提供記事もある。

貧乏家庭の生活にかかせないスーパーの宅配チラシを定期講読すると、チラシの包装紙に、とんでもないことが書いてあるわけだから、何とも仕方がない。さしづめ、下記イベントの提灯記事であり、「弱体な警察組織」強化やら、元タリバンの抱き込み工作に、湯水のように、我々の税金を使いますよ!という前宣伝なのだろう。

岡田外相、アフガン、ベトナム訪問へ=19日から、日朝接触の可能性も

永久に実現しない無理なお願いだが、職業ジャーナリストの皆様におかれては、野中広務氏の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいものだと、寝苦しい夜には妄想する。

2010年7月16日 (金)

デア・シュピーゲル誌、アフガニスタン戦争を擁護

Alex Lantier

2010年7月14日

1857年、第一次英アフガニスタン戦争の後、偉大なマルクス主義者フリードリッヒ・エンゲルスは書いた。“アフガニスタンの地政学的位置と、その国民の独特の国民性により、アフガニスタンには、中央アジア問題において、過大評価しようのない政治的重要性がある。”

今日、残虐で不人気なNATOのアフガニスタン占領は、世界中で、非常な重要性を持った疑問をもたらしている。つまり、最近アメリカ史上で最長の戦争となった、この明らかに果てしない戦争とは一体何であり、何故アフガニスタンと名目上は民主的なNATO諸国の世論に逆らって続けられているのだろう?

ドイツの雑誌デア・シュピーゲルは、最近こうした問題に関して、エッセイスト、ディルク・クリュブヴァイトによる“アフガニスタンと西欧: 民主主義と戦争との難しい関係”と題する記事を掲載した。記事は、特に、ドイツ人大佐ゲオルグ・クラインが空爆を要求し、142人のアフガニスタン人が死亡したクンドウス爆撃事件後、ドイツ国民の三分の二が戦争に反対していることに触れている。

記事の極めて反動的な結論は、NATO占領に参加しているヨーロッパの全支配階級が共有している。

これは本質的に、運命論的愛国主義と結びつけた戦争賛成宣言だ。曖昧さをはぎとってしまえば、デア・シュピーゲルの主張は、アフガニスタン戦争は、ドイツ資本主義の戦略的利益にとって極めて重要なものなのだから、戦争は国民の意思に反して継続せねばならないというものだ。そのような政策が直面する主な障害、ナチズムと第二次世界大戦の経験から生来する反戦世論は、克服しなければならない。デア・シュピーゲルに言わせれば、そのような感情は“現実に取って変わられた”。

自社の立場が、極めて不人気なことを自覚して、デア・シュピーゲルは、アフガニスタン戦争の様々な偽りの口実から書き始める。記事は、戦争は“少なくとも、その当初は正当化できる。”と書いている。 記事はこう言う。“当時は経済的な理由はなかった。戦争は報道されているアフガニスタンの膨大なリチウム埋蔵量が理由で始められたわけではない。そうではなく、対テロ戦争だったのだ。”

特徴的にデア・シュピーゲルは、同誌自身もはや信じていない古い嘘を蒸し返しているのだ。

実際、記事は後の方で言う。アフガニスタン占領は“対テロ戦争”の一部だという主張は“崩壊し始めている。”記事は書いている。“オサマ・ビン・ラディンが、依然として、取り押さえることが可能かどうかは誰にもわからない。”また、たとえそうなったとしても、またアフガニスタンが完全に彼の支持者を追い出そうとも、デア・シュピーゲルは書いている。“過激なイスラム主義は、パキスタンやイエメンのような場所のどこにでも、基地を作り出すのに十分な機動性がある。”

つまりアフガニスタン占領はアルカイダから世界を守るのには何の役にもたたなかったのだ。もしもこれが本当であれば、何故侵略が“対テロ戦争”の一部だなどという主張を触れ回るのだろう?

屁理屈をコネ上げるために、デア・シュピーゲルはリチウムを引き合いに出す。アフガニスタン戦争は、その化学物質だけのためのものだったなどと言っているものなどいないのだ。“経済的な理由”や、アジアにおける戦略的優位の追求は、戦争において、なんの役割もしめていなかったことを言いたくて、デア・シュピーゲルは、リチウムを引き合いにだしているのだ。

これは単純に馬鹿げている。アフガニスタンの鉱物資源や、エネルギー・パイプラインを通す潜在的可能性、そして軍事基地としての戦略的位置のことは、侵略した際、ワシントンは十分承知していた。

デア・シュピーゲルは、携帯パソコンや他の電子機器用の電池に広範に利用されている元素リチウムを引き合いにだしたか、一体なぜ説明しないのだろう。とはいえリチウムは、最近、アメリカ軍が、アフガニスタンの鉱物資源を採掘する鉱業会社を選ぶべく、1兆ドルの競りにかけることを明らかにしたという、ニューヨーク・タイムズ記事の中で触れられている。アメリカは、世界主要電子機器製造国の一つである中国の、企業の手中にこれら資源が陥ることを防ぐのが狙いだ。

デア・シュピーゲルは、次に戦争には人道的要請があるのだと主張しようとする。NATO占領が、安全に、アフガニスタン労働者が職を得て、アフガニスタン少女たちが学校に通えるようにする唯一の方法なのだ。ドイツ軍が占領しているアフガニスタンの地域に触れて、記事は言う。“クンドゥスや、マザーリシャリーフや、他の場所で、人々は暴力のない通常の生活を送ることができている。彼等は働き、少女たちは学校に通える。兵士の死亡記事が、こうした普通の生活が存在するという事実を覆い隠している。この通常の生活も、ブンデスヴェール[ドイツ軍]による成功だ。”

これは嘘の操作を一層感情的にでっちあげようとする企みだ。クンドゥスの人々は“暴力のない普通の生活”など送ってはいない。結局、デア・シュピーゲルがわずか数文章前に書いている通り、クライン大佐の空爆は、地域住民142人を殺害したのだ。

NATOは少女たちの教育の為に戦っているのだという主張は、アフガニスタンにおけるNATO実績を真面目に見なおせば、偽りであることがすぐわかる。NATOは、1980年代には、伝統的に反ソ連のムジャヒディーンを、1990年代には、アメリカとパキスタンに支援されて活動していたタリバンを、そして、現代の占領下アフガニスタンでは、様々な軍閥を支援している。

デア・シュピーゲルは次に、この戦争のため、ドイツ国民に貢献してほしい犠牲に話を向ける。ドイツ人は、自らの国の為に死ぬことに、慣れる必要があるのだと同誌は主張し、こう書いている。“若者たちの死というものは常に大惨事だ。問題は、ドイツが、国民の一部に、そのような大惨事に直面するよう期待することが妥当なことと考えられるかどうかだ。答えはイエスだ。”

デア・シュピーゲルは、これまでに亡くなった43人のドイツ人兵士は、ベルリンが遂行せねばならない類の政策に対する、わずかな血による支払いだったと見なしている。“これは恐るべき大人数だが、思いの外少ない人数だったとも言える。戦争に8年間巻き込まれている国家が、何千人あるいは何十万人の死者を悼むことなしにすんでいる。死者を、統計としてのみ扱い、率直に、この戦争は、恐ろしいほど多数の死亡者は生み出していないと語るのは、常に皮肉なことに思える。”

記事は次の問題を突きつけている。もし国家が、大規模殺害に着手すれば、大衆の反戦感情が、その国家政策に対する大多数の支持を確保するのを、不可能にしてしまう恐れが、ある。デア・シュピーゲルは書いている。“大多数のドイツ人は、依然、デモクラシーと国家に対しては熱烈な関係を持っていない。”しかし、“死を、部分的にでも、耐えられるようにするには、そうした情熱が必要なのだ。しかも特に若者が死ぬ時には、慰めとなるような、より高度な目的が必要だ。”

デア・シュピーゲルは“平和主義が民主主義を裏切ったのだ。”と結論づけている。

この驚くべき公式には説明が必要だ。民主的統治が、世論の戦争要求を抑圧している、平和主義者が率いたクーデターによって転覆されたなどというわけではない。そうではなく、この公式は、国民が国家が遂行することを決めた戦争に反対しているので、民主的支配のふりをし続けるのが、益々難しくなっていることの表明なのだ。

デア・シュピーゲルは、その主張から必然的に引き出される結論を、決して詳しく説明してはいない。もしも国民が戦争に反対し、国家を“裏切るなら”くたばれ民主主義!

同誌はこの立場を支持するいくつかの主張をしている。第一に、民主主義というのは、世論を無視する、国家システム機能を意味するのだという馬鹿げた主張を提示している。

記事は書いている。“アフガニスタン戦争は、三分の二のドイツ国民がそれに反対しているのだから、正統性に欠けていると見なされている。しかし、それは、この論議最大の欺瞞だ。ドイツには議会制民主主義があり、そこで政治家は、四年に一度、選挙に出馬しているのだ。しかし選挙の間の期間は、ドイツ憲法と法律の制限の範囲内で、彼等は何事も思い通りにできるのだ。”

そのような公式化は、ドイツとヨーロッパの代表的マスコミ企業における、民主的自覚の欠如を証明している。この見解は、選挙をある種の授権法に、つまり、一度遂行されてしまえば国家に何でも好きほうだいなことをする権利を与える法的手続きに変えてしまう。

周知の通り、ドイツの伝統的与党、保守派与党のキリスト教民主同盟(CDU)と、元の連立相手、社会民主党 (SPD)とグリーン党(2001年、ゲルハルト・シュレーダー首相が権力を掌握していた時にドイツ参戦に乗り出した)が、反対の世論にもかかわらず、戦争を支持したのだ。労働者階級の大きな政党が存在しないので、支配階級には、選挙があろうとあるまいと、連中の不人気な戦争政策を押しつけるという“行動の自由”があるのだ。

なにより陰険なのは、ドイツ国民はナチスに対する態度を考え直すようにしなければならないというデア・シュピーゲル誌の主張だ。“自らの国のために、命をかけようとするドイツ兵が不安に感じる可能性が高いというのが、筋の通ったことと言えるだろうか。”と同誌は嘆く。同誌は言う。この感情は“ドイツの過去と関係がある。ナチスは何百万人ものドイツ人を死に至らしめ、それが当時は殉死として称賛された。”

同誌は、そのような反軍国主義的感情は時代遅れだと見ている。現代ドイツの基本理念の一つ“‘もう戦争はしない’という言葉は、明らかに、ドイツ史の結果だ。しかし、この言葉は、ドイツが既に過去8年間、戦争の渦中にある以上、現実に取って変わられてしまったのだ。”

デア・シュピーゲルの立場は、国家の政策が、多くの国民が殺すか、殺されるかすることを要求する場合には、大量殺人に反対する世論は克服すべきだというものだ。 デア・シュピーゲルにとって、ナチズムに対する新しい言葉は、慣れろ!だ。

突然、記事の最後で、アフガニスタン戦争の新しく、重要な正当化が登場する。デア・シュピーゲルと書いている、ドイツのアンゲラ・メルケル首相にとって、“国民を守ることは彼女の最も重要な義務の一つだ。”記事は続く。“しかし首相は、この場合、世界の状況や、ドイツの利益や、同盟諸国、主にアメリカ合州国との関係も配慮しなければならない。そうした時に始めて、亡くなった43人のドイツ兵士、あるいは、100人ないし200人というのは、国家が支払わねばならない犠牲だと彼女は結論づけられよう。”

同誌は“ドイツの利益”というものが何を意味するかは説明していない。ただし金融危機が、ドイツの輸出、通貨ユーロ、ヨーロッパにおける国際関係、そしてメルケル政権を蝕みそうな恐れがある時点で、デア・シュピーゲルの軍国主義助長が行われるのは、決して偶然でありようはずがない。

ドイツの支配階級は、うまい解決策がない問題に直面し、マスコミや国家幹部の頭の中で、軍事力が重要になってきたのだ。

記事中いくつかの率直な文章の一つで、デア・シュピーゲルは、ドイツに、ドイツ産業用低賃金労働の主要供給源の一つである東欧を支配して欲しいのだと説明している。記事は言う。ボスニアとコソボは“ヨーロッパの一部であり、ヨーロッパは、文明と礼儀正しさが、その周辺地域で、悪化するのを認めるわけには行かない”同誌は更に書いている。“ここでは道徳と地政学的論議が一つにまとまっているのだ。そして、もし他に選択肢がなければ、ドイツ国軍は、この地域に更に100年間、居続けることになろう。”

この公式はドイツ帝国主義の新しい標語だ。倫理+地政学=100年間の軍事占領。そのような政策が、一流雑誌によって提案されること自体が、ヨーロッパの広範な地域に対するナチス占領が終わってわずか65年後のヨーロッパ資本主義の政治的、倫理的状態に対する衝撃的な告発だ。

これは、気が動転して、新たな犯罪を行う準備をしながら、過去の犯罪の記憶を消し去ろうとしている支配階級の言語だ。

もし首脳達が、“世界的な状況”を量って、一体何人の“死んだドイツ兵士”をドイツが捧げるべきなのかを決めようとしているのであれば、問われるべき質問がある。アフガニスタンとコソボ占領には、一体何人の死んだドイツ兵士(そして、死んだアフガニスタン兵士、セルビア兵士、アルバニア兵士、アメリカ兵士、カナダ兵士、フランス兵士と、イギリス兵士)が値すると、政治家たちは考えているのだろう? ノース・ストリーム・ガス・パイプラインなりNATO同盟に、連中は一体どれだけ犠牲を支払うつもりなのだろう?

圧倒的に反対が多い戦争で、命を犠牲にするよう命令される労働者階級には、それを知る権利がある。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/spie-j14.shtml

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〔学芸総合誌・季刊〕 環 Vol.8〈特集〉「日米関係」再考――歴史と展望
刊行日: 2002/01 定価: 2,940円
に、
〔特別掲載〕として、下記が掲載されている。
エンゲルスから学ぶアフガニスタン
エンゲルスのアフガニスタン論を読む  松井健
アフガニスタン  フリードリヒ・エンゲルス(杉本俊朗訳)

数日前、不思議な記事があった。

陸自ヘリ、スーダン派遣見送り 政府が決定

皆様ご期待の大幹事長健在であれば、国連の要請なら、無条件に出兵されるのではないだろうか?たまには戦争下にある属国でもまっとうなことが起きるのだろうか?いや、下記の記事が、しっかりならずもの属国である証明をしてくれている。

海賊対策、ソマリア派遣1年延長 民主、国際貢献と容認

一体なにを貢献したのやら。「米軍は抑止力」という呪文と同じ。「国際貢献として大変成果もあがっている。「「いろいろな要請を受けている。」

安保条約には極東条項があった。日米ならずもの同盟の対テロ世界戦争は世界が対象。

地域を限れば、戦争の可能性、大きく減ってしまう。武器・兵隊が消耗されないかぎり、戦争商売、大きく儲からない。地域が広がれば広がるほど、戦争は増えれば増えるほど、宗主国も属国も戦争商売の儲けは大きくなる。(庶民の生活は苦しくなるが。不思議なことに、希望は戦争という御仁、ちゃんとマスコミに推奨されて、現われる。)

金融危機が、日本の輸出、円、日米関係、そして民主党政権を蝕みそうな恐れがある時点で、マスコミ総力をあげた軍国主義助長が行われるのは、決して偶然でありようはずがない。

「日本の○誌、TV、アフガニスタン(台湾なり戦争なり適宜)戦争を擁護」となるのもそう遠いことではないだろう。

「日本の○×誌、TVこぞって日米ならずもの同盟を擁護」している以上、必然的帰結。

日本が、NATOに加盟していれば、今頃、100%同じ記事が、日本中の新聞で書かれていただろう。ということで、もしも、以前にお読みでなければ、下記記事をどうぞ。

大西洋共同体(NATO)に日本を組み込む ブレジンスキー

2010年7月12日 (月)

ジョージ・オーウェルの『1984年』を2010年に再訪

Richard Mynick

2010年6月12日

大衆的語彙の中に初めて登場して以来、“オーウェル的”という言葉は、典型的な“全体主義国家”の姿を呼び起こす。秘密警察だらけの一党独裁、自国民をスパイし、異議を唱える連中を弾圧し、恣意的逮捕や、囚人の拷問を行い、永久戦争を遂行し、ご都合主義のために歴史を書き換え、自国の労働人口を貧困化させ、ダブルシンク(二重思考、つまり“二つの相反する信念を、同時に心の中に保持し、両方の信念を受け入れる力と、定義される思考体系)に根ざす政治論議。

多くのアメリカ人は、この“オセアニア”描写が、20世紀中期の最も影響力がある不滅の英語小説の一冊、ジョージ・オーウェルが書いた『1984年』にある未来の暗黒郷であることは容易にわかるだろう。

多数のアメリカ人が、この描写が自らの社会そのものにもあてはまると思うかどうかは、また別の話だ。しかし2000年の大統領選挙の不正以来、出来事 9/11攻撃、架空の“WMD”(大量破壊兵器)に基づくイラク侵略、拷問スキャンダルや、2008年の金融危機等が起きた時期として、この事は益々多くのアメリカ人が理解しつつあるものと思える。

1984年』は冷戦の緊張が高まる最中、1949年6月に刊行された。大半の西欧の読者にとって、当時の反共というプリズムを通して、本書はたやすく理解ができた。

小説の警察国家は、スターリンのソビエト社会主義共和国連邦と、疑うべくもないほど類似している。スターリン主義に激しい敵意を持っていた、自ら認める民主社会主義者、オーウェルが書いたものゆえ、それも驚くべきことではない。しかし、オーウェルはスターリン主義と社会主義を一緒くたにするには、余りに明敏で(例えば、“私の最新の小説 [‘1984年’]は社会主義に対する攻撃を意図したものではなく…共産主義やファシズムにおいて既に一部実現されている…逸脱を表現するものです...。”と書いている[1])、冷戦時代に彼の小説を読んだ人々は、得てしてこの違いを理解しなかった。彼の注意書き(“英語国民が、他のどの国民より、生まれつき優れているわけではなく、そして全体主義が…どこにおいても勝利しうる”ことを強調するために、本書の舞台がイギリスに置かれた…)はほとんど見過ごされ、世上、小説のゾッとする予言(“もしも将来の姿を見たければ、永遠に人間の顔を踏みつけるブーツを想像すればよい”)は、主に西欧風資本主義“デモクラシー”の敵と見なされている政治制度の特性だとされている。(2)

しかし『1984年』は、決して西欧を裏書きするものではない。国営マインド・コントロールを論理的極限まで利用して、自分たちの権益のために、支配し、権力を維持する、責任を負うことの無いエリート層を仮定しているのにすぎない。経済組織という名目的構造にはこだわらずに、国民を搾取的支配に強制的に服従させる上で、運営上、一体何が関与しているのかを、本書は検証しているのだ。いささか違う言い方をすれば、この小説は、支配的官僚制度なり、金融資本なりのいずれから発生するものであれ、責任を負うことのない国家権力一般についての、心理-社会的機構を検討しているのだ。小説は、極めて不平等な社会において、社会的安定性を維持するための、抑圧と国民意識の支配という、ある種の組み合わせによってのみ実現可能となる、基本的な問題を探っている。

粗野な専制政治は主として弾圧を用いる。洗練された専制政治は、意識を支配する、より巧妙な手段を見いだすのだ。逆に意識は、社会における言語の公的な使用方法と深くからんでいる。オセアニアもアメリカも、国民の意識を巧妙に形成する国家なのだ。それこそが、なぜ二つの社会が、益々核となる特徴を共有しており、既に言語、意識、順応や、権力との間のつながりに対する鋭い洞察を認められている『1984年』が、冷戦当時より、2010年、一層読者にあてはまるのは確実だという理由だ。

1984年のオセアニアにおけるマインド・コントロール

オーウェルの架空のオセアニアでは、心理社会的な機構は、大まかに言ってこんな風に機能している。全ての権力はに掌握されている。永久戦争は国家政策の原動力だ。マスコミは、国家プロパガンダの単なる道具に過ぎない。国民は、思考警察が実施する絶えざる監視と、思考の幅を狭め(言語そのものが、異端思想を形成するのに必要な構成概念に欠けている為)思考犯罪(異端の思想)を原理的に不可能にするのが狙いである新言語、ニュースピーク(新語法)の発展のおかげで牽制されている。

囚人の公開処刑や二分間憎悪等の国家が提供する儀式は、残虐な国粋主義や好戦的愛国主義への熱中を生み出す為のものだ。国民の85パーセントを占める“プロール”は、彼等が政治意識を発達させるのを防ぐために(主として、スポーツ、犯罪、宝くじや、セックスに注力した映画という)頭を麻痺させるようなマスコミの気晴らしで一杯にされてしまっている。プロールは“今ある姿とは違う世界がありうるはずだということを理解する想像力を持てない”ままにされている。

一方で、党員達国民の2パーセント以下である党中枢“インナー・パーティー”と、より権限の少ない党外郭“アウター・パーティー”のいずれも)は、思想犯罪を行うことを避けるために、ダブルシンク(二重思考)の技術を習得しなければならない。党員は“外国の敵や、自国内の裏切り者に対する憎悪、勝利に対する歓喜、党の権力と叡知を前にした自己卑下といった具合に、常に熱狂して暮らすことを期待されている”自分の思考を自主規制するのが下手で、正統思想に対する潜在的脅威となりかねないような人々は、国民の中から体系的に間引かれてしまう。反抗分子は、人間性を破壊するよう科学的に設計されたやり方によって拷問されるのだ。

2010年のアメリカ合州国で、それがいかに機能しているか

上記特徴の全ては、2010年のアメリカ社会に、すぐそれとわかる形で存在している。あるものは本格的な形で。またあるものは、より原初的な形で(また現在も進化中だ) 。今日の類似しているものの多くを網羅的に列記すれば、丸ごと一冊の本ができてしまうだろう。そうした本には、オセアニアの皮肉に名付けられた“平和省”アメリカ“国防省”よりも、オーウェル風婉曲表現はないという些細な事実の一致までも含まれるだろう。

そうした本は、より重要な類似、つまり“異端の思想”を発展させるのに必要な概念や物の見方(つまり既成政治経済制度に対する合理的な批判)を体系的に国民から奪い取るために、アメリカのマスコミ等が、一種のニュースピーク(新語法)として機能している、様々なやり方を載せることになるだろう。その本には、本質的に世界金融危機の負担は、この危機の犠牲者によって支払われるべきであり、危機の犯人達は損失に対し免責されるべきだという、ウオール街救済措置の根本にある論理も載るだろう。しかもこの政策は、彼等が“民主的に選び出した”政府によって犠牲者に押しつけるべきなのだ(つまり、ほとんど全国民に) ということも。(マルクス: “抑圧されている人々は、数年に一度、彼等を抑圧している階級の、どの代理が自分たちの代表となり、自分たちを抑圧するかを選ぶことが許されている。”)

以下は、オーウェルの洞察が未来の空想と見なされて以来、数十年のうちに、そして西欧の限定された資本主義“民主主義”の姿がオセアニア風専制政治に対する防波堤と見なされて以来、一体我々はどこまで来てしまったのかを示してくれる、いくつかの類似点の概要だ。

労働者階級が、ファシスト・ドイツやイタリアの場合のように、歴史的敗北を被ったか、あるいはソ連のように、反革命的な官僚制度によって、権力を奪われてしまった状態を、オーウェルが想定していたことは留意しておく必要がある。現代アメリカにおいて、物事に対する公式見解は、その多くは混乱した異議だとは言え、益々異議を唱えられ、認められにくくなりつつある。確かに、アメリカ支配者の、権威主義的な狙いと、野望に関する限り、オーウェルの概念を書き換える必要は皆無だ。

  • 永久戦争: オセアニア同様、今日のアメリカ合州国は、永久戦争状態にある。この状態は、いずれの社会においても“正常”として受け入れられている。元アメリカ副大統領のチェイニーは、2001年にアメリカの対テロ戦争は“決して終わらないかも知れない。少なくとも、我々が生きている間には”と述べた。この発言は、大企業政党のいずれからも、商業マスコミからも、激しい抗議を引きだすことはなかった。今日に到るまで、この発言は問題にされないままになっている。チェイニーがこの主張をして以来、四度の国政選挙のいずれにおいても、永久戦争という問題はあえて言及する程(まして討論する程)重要だとは見なされなかったのだ。
  • 社会の階級構造を維持するための戦争: (歴史上のトロツキーをほぼなぞった)“ゴールドスタイン”という人物に語らせながら、オーウェルはこう書いている。“戦争とは、各国の支配者集団が、自国民に対してしかけるものであり、戦争の目的は領土を征服したり、守ったりすることではなく、社会構造をそっくりそのまま保つことにある。”オーウェルは更に続ける。“しかし、物理的な意味では、戦争は、その大半が高度に訓練された専門家であり、ほんの少数の人々しか必要とせず、比較的少ない死傷者しかもたらさない.... また同時に、戦時下にある、したがって危険な状態にあるという意識によって、少数の特権階級に、あらゆる権力を引き渡すことが、生きるためには、自然で不可避な条件に思えてしまうのだ。”

こうした見解は、それぞれ、アメリカの“対テロ戦争”に実にぴったりあてはまる。いわゆる“特殊部隊”や“プレデター無人飛行機”の使用。そして執拗なテロ脅威恐怖の利用と悪魔化キャンペーン。アメリカの戦争は、実際には領土獲得、つまり、石油が豊富な、あるいは、パイプライン経路、および/あるいは軍事基地として戦略的価値がある地域の支配を狙ったものである点を除いては、一単語たりとも変える必要がない。この例外は、“戦争の目的は[少なくとも一部は]社会構造を保全することにある”そして“支配者集団同士により、それぞれの主題をめがけて、戦争は遂行される。”という、オーウェルの主張を決して無効にするものではない。

  • 一党国家: オセアニア同様、アメリカは事実上、一党国家だ。二つの巨大企業政党が、偽って二つの“対抗している”党であるかのごとき振りをしているのだ。実際には、両党は、実際は一つの党の軟派・硬派二派閥に過ぎない。金融支配層が経済的に重要なあらゆる物事と、資源開発を、しっかり支配している。アメリカ版の一党国家は、表面上、明らかにそうでないもののように見えてしまうがゆえに、実際オセアニア版よりも一層危険な程、オーウェル風だ。オセアニアは、民主主義のふりをしようと気を使わないだけ、少なくとも十分に“正直”だ。

アメリカ人は、共和党と民主党との間の、限られた、ほとんど言葉のあやの違いでしかない違いを“民主主義”である“証拠”だと思い込むよう飼い馴らされている。物事の進展は、この理論の嘆かわしい欠陥を、容赦なく暴露してはいるのだが、長年にわたりこの理論が広く受け入れられてきたことが(アメリカ帝国主義の残留強度やAFL-CIOや様々な“左翼”勢力が演じる役割も考慮すれば)、大衆の意識を支配し、形作る、公式政治文化の威力を実証している。(マルクス:“支配階級の考え方がいつの時代も支配的な考え方である。”)

  • 国家プロパガンダの手段としてのマスコミ: オセアニアと同様に、今日のアメリカのマスコミは、本質的に国家プロパガンダの道具だ。過去十年間の主要な出来事に関するニュース報道をざっと見てみるだけで、この評価は十分に実証されようし、過ぎ行く日々が、こうした行動の無数の例を提供してくれる。オセアニアのテレスクリーンは、“マラバル戦線の英雄”が勝ち取った栄光の勝利の報道を交えながら、銑鉄生産とチョコレート配給の増加を絶え間なく、しつこく売り込み続ける。
    これとアメリカのニュース番組内容との間には(おそらくは、その無理強いの陽気さが、オセアニアの殺風景で好戦的な“ニュース放送”から聞こえてくるものより陽気な調子をもたらすのに貢献している広告がある、という点を除いて)本質的な差異はほとんどない。2009年、アメリカのマスコミは、イランにおける不正選挙とされるものに対し、どれもよく似た“激怒”を表明した。選挙不正という主張を支持する本格的証拠は何も提示されなかった。こうしたマスコミのどれ一つとして、露骨に不正だった2000年の米大統領選挙には触れもしなかった(まして激怒などするわけもない)。(実際マスコミは、暴力なしに権力が移行したという理由から、2000年選挙の結果を、“制度が機能した”証拠だとして異口同音に称賛した。言い換えれば、エリート階級は、国民の抵抗を受けることなく、不正選挙をすることができたのだ。)
  • 監視:小説の2ページで『思考警察』というものが紹介される。“『思考警察』が、どれだけ頻繁に、あるいはどのようなシステムで、どの個人の回線に接続しているかは当て推量するしかない。全員を常時監視できるということさえあり得る。”2004年頃から、こうした監視機能が国家安全保障局のような機関によってアメリカ内に導入され、アメリカ国民の私的通信の膨大な盗聴が行われてきた。この問題は、2004年以来、三回の国政選挙のいずれにおいても触れられることはなく、ニューヨーク・タイムズ(ブッシュ政権の要求に応じて)は2004年の選挙前、NSA盗聴計画に関する記事を意図的に没にしていた。(一年以上後、これを主題にしたタイムズ紙記者ジェームズ・ライゼンによる本の刊行直前、新聞は最終的に“報道した”。彼の記事を同紙は差し止めていた。)(訳注:ジェームズ・ライゼンの本というのは邦題『戦争大統領』のことだろう。)
  • エリートが主導する、大衆の政治意識の文化的骨抜き: 国民の政治意識を骨抜きするのに、大衆文化を道具としし利用するというオーウェルの洞察は、アメリカの支配エリートの尽力によって実現している。オーウェルは、宝くじや、“スポーツ、犯罪と、星占い、扇情的な5セントの中編小説…セックスまみれの映画…(そして)最低品質のポルノ以外はほとんど何も載っていないくだらない新聞”等、頭を麻痺させるような、主要な娯楽の数々をあげている。有名人のゴシップや、株式市場についての雑談といった重要なカテゴリーを見過ごしてはいたものの、原理的に彼は的を射ている。著名人の話を載せた雑誌を読み、娯楽TV番組を見るだけの国民は、自分たちの劣化しゆく生活水準の原因となる社会勢力を理解する用意などまったく出来ておらず、したがって自らの防衛もしがたかろう。
  • 指導者のカルト: 小説は殺風景な“未来”、1984年4月のロンドンが舞台だ。オーウェルの主人公ウインストン・スミスは、“勝利(ビクトリー)マンション”という名の、茹でたキャベツの匂いがする崩壊途中のアパートに住んでいる。アパートの踊り場に目立つように掲示されているのは“太い黒い口髭を生やした、いかつい45歳位のハンサムな男の大きな顔”を描いた巨大カラー・ポスターだ。2010年に、ゾッとするような荒廃したロンドン至る所にあるビッグ・ブラザーのポスターという文章を読みながら、人は今日の斜陽化しつつあるアメリカ都市の至る所にある“バラク・オバマの希望”ポスターを必ず思い出さずにはいられまい。

ビッグ・ブラザーは、“党が、自らを世界に対して表現するのに選んだ姿だ。彼の機能は、組織よりも個人に対して、より自然に感じやすい、愛、恐怖、崇敬、感情などの焦点として役立つことにある”として描かれている。この文章は、2008年、ウオール街の候補者であるオバマを、アメリカ有権者に売り込むにあたって使われたPR戦略の本質を捕らえている。実際、オバマ選挙キャンペーン全体が、愛と希望のような感情は、何よりもその権益を彼が代表している銀行等の組織に対するより、“個人に対してこそ一層身近に感じることができる”という発想を生かすよう仕組まれていた。

  • 現在を支配する者は、過去を支配する.”: ウインストンは真理省で働いており、その業務は“毎日、過去を改ざんすること…[この仕事]は、政権の安定に、抑圧作業として必要だ。”オセアニア真理省の諸機能は、アルカイダやタリバンのような集団のことを、24時間態勢で悪魔化しながら、こうした集団のいずれもが、ここ数十年間、CIAによる何百万ドルもの資金援助によって育て上げられてきたことを入念に“忘れ去る”アメリカの大手マスコミによって実施されてきた。そうした不都合な真実は、もはや国家政策と調和しないので、定期的にメモリー・ホール(訳注:『1984年』中で、この名で呼ばれる穴の中に、過去の正しい記録は廃棄される)へと投げ捨てられる。従って、現在という文脈で“正しく”なるよう、事実は改ざんされる必要があるのだ。(2002年“WMD”(大量破壊兵器)と、計画中のイラク侵略に関して、イギリスMI6のトップが、ブッシュに分かりやすいようこう説明した。“諜報情報と事実は政策を巡って、調整されています”)。ちょうど、オセアニアが、ある日はイーストアジアと同盟を組み、翌日にはイーストアジアと戦争状態となるように、アメリカは、ある時期に、サダム・フセインやイスラム教原理主義と戦争状態となるが、レーガン時代には、積極的にこの両者を支援していたのだ。(レーガンは、アフガニスタンのムジャヒディーンを“自由の戦士”、“道徳的に、アメリカ建国の始祖に相当する人々”と呼んでいた。)
  • 国家の敵を悪魔化するための公式行事:“二分間憎悪”は本質的に、サダム・フセイン、ハマース、アフマディネジャド、カストロや、ウゴ・チャベスといった公式の敵の名前が出るたび毎に、アメリカのテレビで起きていることだ。これは、フオックス・ニューズやウオール・ストリート・ジャーナルの論説ページの様にあからさまに右翼のマスコミで、最も露骨な形で起きるが、“リベラル”だと言われているマスコミでも、同様に存在しており、あからさまさこそ控えめにはなるものの、視点は本質的に全く同じだ。フセインの絞首刑は、アメリカのマスコミによって、オセアニアの公開絞首刑と同様、息もつかないほどの、あえぐような流血への渇望で迎えられた。“昨日、囚人たちが絞首刑にされるのを見にいったかい?”省の食堂で昼食をとるため座っていたウインストンは、同僚サイムにそう質問される。2006年12月にフセインが処刑された時、これと同じ光景が、アメリカ中で、確実に存在していたのだ。
  • 娯楽としての敵”民間人“への爆撃: ウインストンは、7ページで、映画を見にでかけ、戦争のニュース映画を見る。オセアニアの攻撃型ヘリコプターによって無力な民間人が粉々にされる映像を、観客は“大いに喜んだ”と彼は日記に書いている。広範なアメリカのTV番組、映画、ビデオ・ゲームは、全く同じ基本的本能を、育て、奨励しようという企みだ。
  • 相手側の主張によって、自らを覆い隠してしまう政治文化:“ゴールドスタイン”はこう述べている。“党は、社会主義運動が本来立脚している、あらゆる原理を否定し、非難する。しかも…社会主義の名において[そうしているのだ]。”これは、1949年における、スターリン主義に対する、実にもっともなオーウェルの評価だ。この文章は現代の類似物を示唆している。“アメリカ政府は、民主主義の実質的核心を、弱体化させるか、骨抜きにしている。民主主義の名において、そうしているのだ。”
  • 警察による国民の威嚇:オセアニアで最も恐ろしく、物理的に堂々とした政府省庁である愛情省は、“伸縮式警棒を持って、黒い制服を着たゴリラのような顔つきの守衛”が警備している。こうした守衛に、現実に対応するものが、アメリカの政党大会やWTO会議の外に出現し、防弾チョッキをまとい、威嚇し、小突き回し、非武装の抗議デモ参加者を警棒で殴ったりさえしている。マスコミは、イランのアフマディネジャド反対デモや、ベネズエラのチャベス反対デモを、“合法的反対者”のお手本として満足げに引用しながら、自国の抗議デモ参加者は決まって“チンピラ”や“アナーキスト”と表現する。(“オーウェル的”という点で言えば、最近アメリカの政党大会で反対デモをしようとした反戦抗議デモ参加者は、蛇腹式鉄条網を張り巡らせた、会議場から離れた、マスコミの目に入らない、塀で包囲された仕切りの中に押し込められた。こうした仕切りは、何の皮肉の意図もなしに、“自由発言ゾーン”と呼ばれていた。)
  • 国家政策としての、悪行と非人間化:小説は、拷問の描写という点で、ゾッとするほど想像力豊かだ。ある時点で、尋問者のオブライエンは、ウインストンに彼の抵抗が、どれほど無益で哀れなものかを示すべく、ウインストンの虫歯の一本を素手で抜き取る。そして、有名なクライマックスの101号室での拷問場面が続く。ネズミ・カゴのマスクが、ウインストンの顔にはめられる。現代の読者なら、最近のアメリカ拷問メモで暴露された“昆虫”版を即座に連想するだろう。そこでは、無力で怯えた囚人が入れられている閉ざされた箱の中に、“刺す虫”が放たれた。しかしこれでさえ、強姦、性的な辱めや、イスラム教徒の囚人の頭に、経血にまみれた女性のパンティーをかぶせるといったような、宗教的信念に対する意図的な侮辱を含む、アメリカの拷問手法の全貌を示すには十分でない。腐敗と拷問に関する限り、“オーウェル的”という形容詞でさえも、アメリカ軍-諜報機関の巧妙さを十分公平に評価してはいない。

階級意識と社会的不平等

オーウェルの本はアメリカで熱狂的に受け入れられた。刊行から二週間後、タイム誌はこの本を、彼の“最高の小説作品”と呼んだが、この本は、主として(『動物農場』と共に)“共産主義”に対する攻撃だと解釈していた(3) ところがオーウェルは、(先に触れた通り)、二冊の本を西欧デモクラシーのすう勢に対する警告として考えてもいたのだ。本がアメリカで温かく受け入れられたのは、本書が、社会における原動力の、明晰かつ、説得力のある、階級的視点に基づく分析であることからすれば、いささか逆説的である。この視点は、許容可能なアメリカ思想から、階級意識が体系的に抹殺される過程にあった時期、1949年に浮上しつつあった政治的規範に逆らっていた。この小説の明白な“反共主義”が、階級意識に対する反発から、この小説を保護してくれた可能性は高い。階級意識は、1949年のアメリカ合州国では確かに思考犯罪であり、今日も犯罪のままだ。

ウインストンは、“プロール(労働者階級)”に対しては、断固として同情的で、期待を持った態度をとっている。少なくとも四度、彼はプロールは将来の唯一の希望だと語っている。彼等を以下のような言葉で表現している。“もしも希望があるとすれば、それはプロールにあるに違いない。オセアニア国民の85パーセントに、無視された群れなす大衆の中にのみ党を破壊する勢力が生まれる可能性があるからだ。”ウインストンは信じていた。“プロールが、何らかの方法で自分たちの力を自覚するようになりさえすれば…立ち上がって、体からハエを振り払う馬のように身をふるわさえすればよい。もしも彼等がその気になりさえすれば、明日朝にも、党を粉砕することができる。”オセアニアの支配層は、党員の対人的連帯感を粉砕するのには成功したが、一方“プロールは人間として残っている。彼等はその点、無感覚になってはいないのだ。”彼等には“党が共有できず、抹殺することもできなかった生命力がある…将来はプロールにある。”

ウインストンは考える。“平等があれば、健全さはありうる”。これは急激に拡大する社会的不平等で特徴付けられるアメリカに、目ざましいほど当てはまる点だ。社会的序列と富の分配との関係は、こうした表現の中で限定されている。“富の全面的増加は、…階級社会を破壊しかねない。…‘富’が…平等に配分されながらも、‘権力’は少数の特権階層の手中に残る社会を想像することは、疑うべくもなく可能だ。だが実際には、そのような社会が長期間安定して存続することはできない。もしも余暇と安全を全員が等しく享受すれば、通常貧困によって麻痺状態におかれている大部分の人々は、読み書きができるようになり、自分で考え始めるようになるだろう。そして、一度そうなってしまえば、彼等は…特権階級の少数派などに何の機能も無いことを悟り、…廃止してしまうだろう。”極めて不平等な社会における支配者の視点からすれば、これは実に危険な破壊的思想だ。

こうした考え方は真に急進的な考え方だ。スペインで、POUMとともに反ファシズムのために戦う志願兵となった作家の考えとしては驚くべきことではない。特に労働者階級を唯一本当に革命的な社会勢力として特定していることは、マルクスとエンゲルスの考え方をそのまま思いおこさせる。自覚し、蜂起し、“体からハエを振り払う馬のように”党を粉砕するプロールにまつわる一節は、労働者階級が、自らを階級として自覚することによって、自らの利益という自立した意識で、思いついた要求をはっきり主張することから生じる、下からの大衆蜂起という発想を写実的に描き出している。

国民を“ダブルシンク(二重思考)”するよう訓練する

ウインストンは考える。“党の世界観の押しつけは、それを理解することができない人々に対して、最も成功している。人々は…一体何が起きているのかわかるほど、社会の出来事に対し、十分な関心を持っていない。どれほど現実をないがしろにしても、人々に、受け入れさせることができる。”そして、やや後にこう書いている。“最も地位の低い党員でさえ有能で勤勉で、狭い範囲内で知的であることが期待されるが、また同時に物事を信じ易く、無知な狂信者でなければならず、恐怖と憎悪、追従と勝利の興奮が支配的な感情でなければならない。言い換えれば、人は戦争状態にふさわしい精神構造を持っていることが好ましいのだ。”現代アメリカの公式政治文化が推奨している態度に関して、これより正確な記述を見いだすのは困難だろう。

ダブルシンク(二重思考)の完全な定義は、“矛盾する二つの信念を、自分の心の中で、同時に保持し、双方を受け入れる能力だ。… 心からそうと信じながら、意図的に嘘をつくこと、不都合となってしまったあらゆる真実を忘れさること、更に、再びそれが必要となれば、必要な間だけ忘却の彼方から呼び戻せること、客観的事実の存在を否定する事、それでいながら自分の否定した事実を考慮に入れる事、こうした全てが、絶対に必要なのだ。ダブルシンク(二重思考)という言葉を使用するためですら、ダブルシンク(二重思考)を実行することが必要だ。この言葉を使うことによって、人は自分が現実を改ざんしていることを認めるのだから。ダブルシンク(二重思考)の新たな行為によって、人はこの知識を抹消する。という具合で無限に続き、嘘は常に真実の一歩先を行く。”

この一節は、2000年大統領選挙で、最高裁がジョージ・W・ブッシュを大統領に任命して以来、アメリカ政治における象徴的な出来事に関する公式説明の特性を明らかにしてくれる。事実上、あの時以降の全ての重要な出来事は、ダブルシンク(二重思考)を前提として大衆に提示されている。

例えば、イラク侵略から数カ月して、アメリカのマスコミは、結局WMDなど存在していなかったことを認めるよう余儀なくされた。しかしこの事実は、あたかも意味も影響も無いかのごとく提示された。マスコミ説明は、単なる“諜報情報の欠陥”だと気楽に片づけている。一方では過ちを認めているのだから(ニュルンベルク軍事法廷で定義されたような)巨大戦争犯罪に対して、そのような言葉を適用するのはダブルシンク(二重思考)だ。しかし過ちを認めるやいなや、新たな二行を追加している。諜報の過ちは極めて軽微だった。そしてアメリカ諜報機関の几帳面さだけが問題だった(“嘘は常に真実の一歩先を行く”)。

WMD(大量破壊兵器)が存在しないことを認めながら、戦争の一般的特質を擁護する(アメリカ当局者とマスコミの広報担当者たちの仕事だ)というのはダブルシンク(二重思考)のもう一つの例だ。戦争をしかけた建前がいつわりである場合、戦争の正当化はまずできない。人は、両方の信念を、各々を巧みに操作することによってのみ、同時に維持することができる。瞬間的に一方を忘却の彼方に追いやり、もう一方について論じることで。

小説中に、尋問者オブライエンが、四本の指を立て、ウインストンには、5本に見えるよう要求する有名な場面がある。この要求は、2009年5月21日の国立公文書館で行った演説の中で示された、拷問に対するオバマの論理的姿勢と変わらない。法支配の闘士を気取り、アメリカ憲法の羊皮紙原本の横に立ち、オバマは拷問は誤っていると宣言した。我々はアメリカ憲法の価値観を支持しなければならない。“我々は拷問はしていない”と語り、拷問を命じたアメリカの当局者は、それを理由に告訴されることはなく、アメリカの拷問を記録している写真は、公開を差し控えると付け加えた。同じ演説の中で、彼は更に“特例拘置引き渡し”を擁護し、無期限の“予防的拘留”という中世的政策さえ提案した。

“戦争は平和だ”

2009年12月10日にノーベル平和賞を受賞したオバマは、WSWSが痛烈に批評し、適切にも、何事も超えることができないオーウェル的光景だと述べた出来事において、この調子で続けた。現在二つの侵略戦争のさなかにある(そのうち一つについては、彼自身が大幅にエスカレートした)史上最もグロテスクに膨れ上がった軍事機構の全軍最高司令官が、主要な外交官が、イランを“せん滅”すると威嚇した政権の首長が、世界でも傑出した調停者として栄誉を受けたのだ。ガンジーやマーチン・ルーサー・キング Jr.の“信条と人生”に対する、できる限りおざなりの承諾として感想を述べることから始めたオバマは、次の一節で旋回し、彼自身の外交政策が、彼等の哲学によって特徴づけられるであろうという、いかなる幻想も打ち砕いた。(“わが国を保護し、防衛すると誓った国家の長として、私は彼等の手本のみによって導かれるというわけには行かない。”)

そして、アメリカ大統領は、国家的暴力の明白な擁護(もちろん、アメリカ合州国によって率いられる限りだが)へとまっしぐらに突入する。彼はさながら歌うように語る。“バルカン半島諸国においてそうであったように、武力は人道的な理由で正当化することが可能だと私は信じている” (つまり「戦争は平和である」)。世界中の意見と国連安全保障理事会に逆らって、イラクを侵略した国家の大統領が、彼の国も、ほかのどの国も“もし我々自身は守ることを拒否しても、他の連中には、交通規則を守るよう主張できる”と主張したのだ。サウジアラビア、エジプトやパキスタン政府と親密な盟友である国家の大統領が“我々と最も親しい友人は、その国民の権利を保護する政府だ”と主張したのだ。軍隊とCIAが、第二次世界大戦以来、多数の民主的政権を打倒し、そうした政権を残酷な独裁制に置き換えてきた国家の大統領が“アメリカは決して民主主義に対する戦争をおこなったことはない”と主張したのだ。

驚くほど聖人ぶって彼は語る。“あるべき世界へ向かおうではないか。我々皆の魂の中で、いまだわき上がる天与のひらめき。…今日どこかで、今この場で、この世界で、相手のほうがより多く武器を持っていることが分かっていても、兵士は、平和維持のため、その場に止まっている。今日も、この世界のどこかで、若い抗議デモ参加者は、自国政府の残虐さを予期しながらや、行進を続ける勇気を抱いている。今日もどこかで、大変な貧困に直面する母親が、残酷な世界にも、その子が夢を実現する場所はあるだろうと信じて、自分の子供を教えるために時間を割き、子供を学校にやるために、手持ちの僅かな貨幣をかき集めている。”

こうした類の詭弁が、2008年大統領選挙キャンペーン中、アメリカのマスコミによって“雄弁”と見なされたことは、“嘘をもっともらしくし、殺人を尊敬すべきことのようにすべく、単なる風に、しっかりした固さという見掛けをあたえるべく、政治言語は作り上げられている”というオーウェルの洞察を想起させる。(4) オバマの“平和維持”兵士というのは、恐らく、おなじみの略奪的目的で、ある国を占領しているアメリカ(あるいは同盟諸国の) 兵士のことだ。“若い抗議デモ参加者”というのは、当然ワシントンによって公式な敵として見なされているイランやベネズエラ等の政府に抗議する連中だ。

オバマが非難する“政府の残虐行為”というのは、疑うべくもなく、アメリカ軍や傭兵部隊によって直接に、あるいはアメリカが支援する傀儡政権や他の代理人によって、民間人に対して実行されている暴力や拷問のことを言ってはいない。“大変な貧困に直面する母親”というのは抽象的で理論的な母親であり、海外生産のためにひき起こされた失業や、ウオール街が引き起こした金融危機のような具体的な条件によって、あるいは、そうした危機の結果、社会福祉が骨抜きされて、つまり既存支配勢力全員の支持を得て、企業国家アメリカによって、アメリカの労働者層に押しつけられる条件によって今の貧困がもたらされている“ここで今暮らしている”本物の母親ではない。

“欺瞞に満ちた時代においては…”

“ゴールドスタイン”が説明するとおり、“(新語法で言う)クライムストップ(犯罪中止)とは、…あらゆる危険な思想を抱きそうな瞬間に、その一歩手前で踏みとどまる能力だ。それは、類推ができない能力、論理的な誤りに気づかない能力、最も簡単な主張でも、万一イングソック [“イギリス社会主義”オセアニアの全体主義的政権の公式イデオロギー]にとって有害であれば誤解してしまう能力、そして、異端的な方向へ導きかねない一連の思考に退屈したり、それに嫌悪感を抱いたりする能力も含む。クライムストップ(犯罪中止)とは、要するに、自己防衛的愚鈍のことだ。”

“イングソック”を“公式なアメリカ政策”に置き換えれば、この文章は、アメリカ・マスコミが、日々の問題を“論じる”ふりをしているプロセスにぴったりあてはまる。例えば、“武力侵略”は、アメリカや同盟諸国が侵略者でない限り、アメリカ・マスコミのひんしゅくを買う。アメリカが武力侵略する場合、その行為は、安定化、平和維持、あるいは解放にすらなる。アメリカ軍の侵略は“侵略”であるという類推が理解できなくなるような能力を人は身につけなけねばならないのだ。アメリカがあるクーデターを支持しない限りは、当然クーデターも同様にひんしゅくを買う。アメリカが支持している場合、それは(“カラー”革命等々の)デモクラシー運動となる。同様に、拷問は、強化尋問テクニックとなり、アメリカの政策なり、要員によってひき起こされた場合、民間人の死亡は、遺憾ではあるが、不可避な巻き添え被害となる。罪のない“婉曲語法”どころではなく、こうした言葉の歪曲は、アメリカ政治文化における主流思考体系の本質的特徴を明らかにしている。

愛情省で“再教育”されながら、ウインストンは“自らクライムストップ(犯罪中止)の学習を始めた。彼は自らに命題を課した。‘党が地球は平らだと言う’、‘党が氷は水よりも重いという’それと矛盾するような主張は無視するよう、あるいは理解できなくなるように自分自身を訓練したのだ。それは容易なことではかった。… それには…一種のたゆまざる頭の体操、ある瞬間に、論理を最も巧みに使ったかと思うと、次の瞬間には、最も明白な論理的誤りにも気づかない、という能力が必要なのだ。”

就任直前にテレビ放送されたインタビューでオバマが語った論理を解釈するには同様な“頭の体操”が必要だ。“拷問や令状無しの盗聴を含むブッシュ政権の最大の犯罪を、独立に調査するための”特別検察官を任命するのかどうか質問されて、ハーバードで教育を受けた元憲法学教授は答えた。“我々は過去を振り返るのではなく、将来に目を向ける必要があると信じている”。これは、どんな事にたいしても、どんな人物をも、告訴することを除外するという原則だ(しかしこれも、アメリカという国家、あるいは国家がその権益を代表している寡頭金融支配層によって犯された犯罪に対してのみ行使されるのに違いない)。

小説の始めに、ウインストンは破壊的行動に取りかかる。個人的な日記を書き始めるのだ。彼は切ない気持ちでこう記す。“未来へ、あるいは過去へ、思想が自由な時代に向けて。”オーウェルは“欺瞞に満ちた時代において、真実を語ることは革命的行為である。”という表現をした功績を讃えられている。アメリカの政治支配層によるニュースピークに攻撃されている私たちは、明らかに欺瞞に満ちた時代に生きている。我々は全員がウインストン・スミスであり、思想が自由な時代への道を照らすために、真実を語る革命的行為を目指すべきなのだ。

注:

(1) ジョージ・オーウェル著作集第4巻(“In Front of Your Nose”)、1945年-1950年 546ページ第158項 フランシス・A・ヘンソンへの手紙(抜粋)(ペンギン)(ジョージ・オーウェル著作集第4巻、邦訳は平凡社、ただし絶版。)

(2) オーウェルの政治的軌跡の分析については、ビッキー・ショート、 および、フレッド・マゼリス、を参照のこと。(いずれも英語)

(3) タイム誌、1949年6月20日、で読める

(4) エッセイ“政治と英語”(英語原文は、例えば: http://www.george-orwell.org/Politics_and_the_English_Language/0.html)邦訳は、小野寺健訳『オーウェル評論集』岩波文庫中の『政治と英語』、あるいは、川端康雄編『 水晶の精神-オーウェル評論集2 』、平凡社ライブラリーの『 政治と英語 』(工藤昭雄訳)

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jun2010/1984-j12.shtml

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階級構造が?「固定化しているのだから、流動化させるには戦争しかない」という、わけの分からない青年の言説が、大手新聞社月刊誌に載って、びっくりしたことがある。著者の意見に驚いたのではない。とんでもない、真っ赤な嘘をもてはやす、大手マスコミの下劣さに。本物の大本営ではないか?それ以上に、既に庶民は、戦争しか選択肢がない状況に、追い込まれていて、その論説に激怒しないことに。幸にくだんの月刊誌は廃刊になった。

戦争で階級構造が流動化するのであれば、建国以来、戦争を続けているアメリカ、上下構造が、何度もひっくり返っているだろう。ドラム式洗濯機のように。ところが現実は、Rich get richer, poor get poorer. 富者は益々富み、貧者は益々貧窮化してきただけだ。歴史が物語る、見るだけでわかるのに、庶民、歴史を勉強して生きているわけではない、のだろう。

戦争の目的は領土を征服したり、守ったりすることではなく、社会構造をそっくりそのまま保つことにある。

かくて『それで、日本人はまたもや「戦争」を選んだ』というベストセラーが書かれることになるだろう。

上記の文章中で、『1984年』翻訳は、新庄哲夫訳と高橋和久訳を適宜参照・利用させていただいた。

『1Q84』という本、どういう話か全く知らないが、町の書店に山積み。解説書や研究書?さえ並んでいる。宗主国のアメリカやイギリスでは『1984年』の研究書なら並んでいるが。

同じ費用と時間、本家?『1984年』にも、かけられては如何だろう。新訳版、わずか860円で読める。

現代日本にとってリトルピープルの『1Q84』よりもビックブラザーの『1984年』の方が切実な話題ではなかろうか?(リトルピープルというのが何か知らないので、説得力ゼロだ)

ただし『1984年』、面白さを期待されると、大いに裏切られるだろう。全編、暗い現実描写ばかり。楽しいわけもない。

父親、ビルマでの阿片生産を管理する役人だったが、オーウェル、自らビルマ人を支配するビルマ警察官となり、離職。二代にわたり、イギリス植民地支配実務を体験したわけだ。スペイン内戦で志願兵として戦い、強烈な反スターリン主義者になった後、イギリス帝国のメディアBBCで、戦争推進プロパガンダ放送に尽力した経験から導きだせる帰結がこの本だろう。マスコミを駆使した、新たな帝国の姿を素直に想像したのだろう。

期待できるものとして、プロールがあるというが、とってつけたような話。例えば、今回選挙の結果をみれば、プロール、喜んで自分の首を絞めることしか思いつかないものであることは明らか。この点、日本や宗主国に関する限り、まったく的を得ていない。そうでも書かねば、暗すぎて本は売れないだろう。しかし、真実は、暗く、絶望的なのだ。

選挙結果、普天間問題を誤魔化したことへの正当な怒りもあったはず、と考えたいものだ。しかし、それが本質的理由なら、自民やらみんなの党の議席増加などありえまい。小選挙区制という歪んだシステムも貢献したろう。自民、民主、みんなの党、公明といった、属国化推進政党が圧倒的大多数。株価はいざ知らず、庶民の生活、ますます悪化するだろう。自業自得。「基地問題での敗北」「属国容認で敗北」という形になるのをさけるため、マスコミ、民主、自民、みんなの党、公明という構造体が協力して、基地も、大幹事長も隠蔽し、「消費税増税で敗北」ということにしたのではないだろうか。実質的に、属国傀儡議員の人数=与党連合、全体は、増強こそすれ、まったく、びくともしていないのだから。具体的には下記記事にある現実状況なのだ。

2010.07.18 参院で9条改正(破壊派だと思うが)派が多数に

大幹事長が再度登場したとて、属国化の促進以外に一体何ができるだろう。

長いものにはまかれろ文化にいきる「ゆで蛙の王様」現象。といえば言い過ぎか。いんちき政党への投票示唆のみならず、「選挙に行く気をそぐ」こと自体が、マスコミの大切な仕事なのではあるだろうが。

一党国家: オセアニア同様、日本も既に、宗主国アメリカ同様、事実上、一党国家だ。二つの巨大企業政党が、偽って二つの“対抗している”党であるかのごとき振りをしているのだ。実際には、 両党は、実際は一つの党の軟派・硬派二派閥に過ぎない。金融支配層が経済的に重要なあらゆる物事と、資源開発を、しっかり支配している。日本版の一党国家は、表面上、明らかにそうでないもののように見えてしまうがゆえに、実際オセアニア版よりも一層危険な程、オーウェル風だ。オセアニアは、民主主義のふりをしようと気を使わないだけ、少なくとも十分に“正直”だ。

基地は平和だ。やつらの党は貧乏人の党だ。消費税は貧乏人の為だ。(『動物農場』のへたな真似。)

オウーェルのすごさ、『1984年』だけではない。『動物農場』に描かれる、変革で農場主が交代しても、生活レベルが全く向上しない農場に暮らす豚の様相、民主党政権下の日本そのまま。もちろん、自民党政権にもどっても、なにも良くなりはしない。

原作も素晴らしいが、『動物農場』をネタに、政治のカラクリを書かれた「オーウェル『動物農場』の政治学」西山伸一著 ロゴス 2010年1月刊 1800円を合わせてお読みになれば、オーウェル、二冊の本で、日本の現在を予言してくれたのではないか?と思われるかも知れない。「オーウェル『動物農場』の政治学」178ページから180ページまで転記させていただこう。

 「自主的示威行進」がもたらす「自由」

  動物たちの食糧配給量は、12月に続いて2月にもさらに減配されました。食糧は「輸出」され、動物農場の運営に必要な資金確保に充てられたのです。一方、豚たちは砂糖が禁止されているにもかかわらず、太ってさえいました。おまけに、ビールの配給まであったのです。

  いろいろなつらいことを我慢しなければならなかったけれども、彼らは、今の生活は、過去の生活よりもっと品位のある生活なのだ、と思い直して、やるせない思いを多少まぎらしていたのだった。歌や、演説や、行列はふえた。ナポレオンは、毎週一回、動物農場の戦いと勝利を記念するための、「自主的示威行進」とかいうものを実施せよ、と命令した。〔中略〕概していえば、動物たちはこのようなお祭り騒ぎが好きだった。なんといっても、自分たちが、ほんとうの意味自分たちの主人であり、自分たちのする仕事は、すべて自分たちの利益のためなのだ、としみじみ感ずるのは、彼らにとって愉快なことだったのだ。〔中略〕四月になって、動物農場は共和国の宣言をしたので、大統領を選挙しなければならなくなった。候補者はナポレオンただひとりで、彼は全員一致で当選した
[121-122][137-139]

 減配に次ぐ減配ですので、いかに動物たちの記憶力に問題があろうとも、生活が以前より苦しくなったことは容易に実感されました。それでも、不満がナポレオン体制に向かうまでにはまだ至りません。動物たちは、ひもじい思いを「品位」にすがることで、どうにか心の折り合いをつけようとします。
 ナポレオンは、動物たちのこの心理状況を敏感に察知しました。そこで、すかさず「自主的示 威行進」を発案します。やらせておきながら、「自主的」というのがミソです。これを通じて、 実際には豚たち支配階級に搾取されている動物たちにその実態を意識させない。むしろ、自分たちは決してだれかの奴隷ではなく、自分たちが主人であり、自分たちの仕事はだれかのためではなく、自分たちのためなのだと、彼らを集団催眠にかけることに成功します。
 選挙も一種の集団催眠かもしれません。フランスの社会啓蒙思想家であるルソーは、「イギリス人民は、自分たちは自由だと思っているが、それは大間違いである。彼らが自由なのは、議員を選挙するあいだだけのことで、議員が選ばれてしまうと、彼らは奴隷となり、何ものでもなくなる」と述べました。
この言い方にならえば、動物農場で動物たちが自由なのは、「自主的示威行進」のあいだだけで、それが終われば、彼らは奴隷となるのでした。
 これまで、ナポレオンを動物農場の「指導者」としてきた正当性の根拠は、動物革命を勝利に導いた彼のカリスマ性でした。その活躍ぶりは、カリスマ的指導者としてつじつまが合うように、都合よく潤色され、神話化されました。
 さりとて、政権が長期化するに及んで、いつまでも「過去の栄光」に頼ってばかりもいられなくなります。正当性の新陳代謝が求められるのです。そこで、ナポレオンは選挙に訴え、合法的に選ばれることで、新たな正当性を獲得しました。
 同様に、周期的な総選挙の実施にも、正当性の新陳代謝を行う意味があります。権力の陳腐化を防止するのです。政党であれば、きちんと定期党大会が開催されているかが、その組織の健全さをはかる指標になります。

2010年7月10日 (土)

CNN、聖職者に関する発言を理由に中東担当編集者を解雇

David Walsh

2010年7月9日

CNNが同社の中東担当上級編集者オクタビア・ナスルを解雇したことは、右翼的かつ、卑劣な行動だ。またもや、アメリカ・マスコミにおいては、アラブ人民族主義者の大義へのいかなる共感表現も、イスラエルに対する批判も、即時解雇と排斥に値する犯罪であることを実証するものだ。

ベイルートで生まれ、教育を受けたナスルは、1990年にCNNに入社する前、レバノンの放送局で仕事を始めていた。仕事として、彼女は2006年のイスラエル侵略とレバノン爆撃報道を担当していた。

彼女は、日曜日に亡くなったレバノン人聖職者に対する尊敬の念を示すツイッター・メッセージを公開した後、今週解雇された。彼女の発言はこうだった。“[大アヤトラ]サイード・ムハンマド・フセイン・ファドララ…逝去を知って悲しく思います。ヒズボラの偉人の一人で、私は非常に尊敬しています。”

ファドララは1935年イラクのレバノン人家庭に生まれ、イラクの現首相ヌリ・カマル・アル-マリキも所属するダーワ党たちあげに助力し、ヒズボラとは近年距離をおいてはいたものの、ヒズボラの精神的指導者でもあった。ファドララは“名誉殺人”に反対する人物として有名で、家庭内暴力に対し、自らを守る女性の権利を認めていた。ニューヨーク・タイムズによると、“日曜日、彼の逝去についての話が広まると、シーア派が暮らす南ベイルートの街路で、女性たちが公然と泣いていた。”

ファドララ自爆攻撃を擁護していたと、タイムズは書いている。“また、もしイスラエルとその同盟国が高度な兵器を使用するなら、イスラム教徒は報復にいかなる武器の使用も許されると主張して、非対称戦争用他戦術も擁護していた。”

イギリスでの2002年インタビューで、パレスチナ人について、デイリー・テレグラフに彼はこう語っていた。“彼等は、土地を奪われ、一家を殺害され、家を破壊され、イスラエルは本格的な戦争にのみ使うべきであるF16戦闘機等の兵器を使用しています。パレスチナ人には、殉死作戦以外に、こうした山々を押し返す方法がありません。”

1985年に、ベイルートでファドララ暗殺がたくらまれ、80人が亡くなったが、CIAがレバノン人工作員を通して行ったものだと広く受け止められている。2006年、イスラエルは彼の自宅を爆撃したが、当時彼は自宅にいなかった。

日曜日のナスルのファドララにまつわるツイッター発言が、極右と親イスラエル圧力団体を動かした。このCNN社員が“ヒズボラのチアリーダー”で“テロリストのシンパ”だと非難し、解雇を求める、彼女を狙った組織化されたキャンペーンが開始された。

ナスルは、火曜日にブログで自分の発言を補足し、当初の発言に対し遺憾の意を表明した。“ファドララの生涯の仕事を支持するかのようなものだったので。しかし、本当はそういうわけではないのです。”“尊敬”と“悲しむ”という言葉を使ったのは、“中東の女性である私にとって、ファドララは、女性の権利について、シーア派聖職者の中でも、主流派に反対する先進的な立場だったからです。彼は‘名誉殺人’という旧習を廃止するよう求めていました。彼は、そうした慣習は、原始的で、非生産的だと言っていました。彼はイスラム教徒の男性達に、女性虐待はイスラム教に反すると警告していました。… だからといって、他に彼がしたことや、言ったことを尊敬しているということにはなりません。全く違います。”と彼女は説明した。

これはCNN幹部には不十分で、幹部はすぐさま彼女を呼びつけ解雇した。あるCNN幹部の社内メモが起きたことを明らかにしている。“オクタビアと今朝話し合いましたが、彼女は退職すべきだという判断はあなたと同じです。御承知の通り、週末の彼女のつぶやきは広範な反発をひき起こしました。彼女がCNN.comの個人ブログで述べた通り、彼女は状況を考慮せずに、あのように安易な発言をすべきではなかったことを十分認めています。とはいえ現時点では、中東担当編集者としての彼女の立場への信頼性が、もはやこれ以上続けられない程そこなわれてしまったと我々は考えます。”

一体誰に対するナスルの信頼性だろう? イスラエルのネタニヤフ政権? アメリカ国務省?

二重基準は腹立たしいほどだ。イスラエルとその行為を熱狂的に擁護するのが、アメリカ・マスコミの初期設定となっている。2006年南部レバノン大規模爆撃であれ、最近のガザに向かっていた人道支援船団に参加していた活動家の冷血な殺人であれ、あらゆる残虐行為は“自衛行動”として肯定的に扱われるのだ。

偶然にも、CNNレポーターのウルフ・ブリッツァーも1990年以来CNNで働いている。しかし彼の党派性は決して問題にされたことがないとは言え、彼の運命はナスルのそれとはいささか異なっている。

ワシントンD.C.のジョン・ホプキンス大ポール・ニッツ高等国際研究大学院卒業後、ジャーナリズムに関する大学での経験も、それ以前の興味もなかったにもかかわらずブリッツァーは、テルアビブのロイターで働いた。彼は更に、あるエルサレム・ポスト編集者の“目にとまり”、同新聞のワシントン編集者として採用された。1990年まで彼はこの親ユダヤ主義新聞で働いていた。

それ以前、1970年代中期には、ブリッツァーは、悪名高い圧力団体アメリカ・イスラエル公共問題委員会で、この団体の月刊社内報ニア・イースト・リポート編集者として働いていた。

CNNの有名人ブリッツァーは、彼の番組“シチュエーションルーム(危機管理室)”イスラエル高官と、定期的にインタビューを行い、ベンヤミン・ネタニヤフ首相との 2009年9月22日のインタビューの様に、プロパガンダ工作や、アメリカの既成政治勢力に圧力をかける足場を提供している。

WSWSは、2006年7月、イスラエルによるレバノンのカナ村における多数の民間人虐殺の直後、CNNのブリッツァーの番組“遅版”は“イスラエルという国とその作戦の無料広告に過ぎないと書いた。レバノンにいる特派員と話しながら、ブリッツァーはカナに関する彼の立場を明確にした。民間人自身に責任があったのだと。‘イスラエルはチラシを投下して、そこに暮らしている人々全員に十分警告したと言っています” (英語原文“アメリカ・マスコミがカナ虐殺のアリバイ作り”参照)。

ところが彼は“信頼がおける”人物なのだ。ブリッツァーは、ガザで戦争犯罪を行ったネタニヤフ、あるいは破廉恥な人種差別主義者のイスラエル外務大臣アヴィグドール・リバーマンに対する“尊敬”を表明したことで首になるだろうか。

ナスル解雇は、アメリカ・マスコミ、とりわけCNNにおける絶え間ない右傾化の一部だ。このケーブル・ニュース放送局は、近年フォックス・ニュースによって、右翼性が出し抜かれないようにする努力が目立っていた。この二つの放送局は細かい二次的な特徴を除けば、多くの点でほとんど見分けがつかない。

CNNが極右に降伏した事件として以下もある。

  • 2005年2月、CNNは、副社長のイーソン・ジョーダンがイラクでアメリカ軍が意図的にジャーナリストを標的にしているとポロリと発言した後、彼を追い出した。ブッシュ政権を擁護する連中が右翼キャンペーンを仕組み、ジョーダンを辞任させるようにしたのだ。
  • 大物政治家や退役軍人団体の支援を得て、ペンタゴンは、1999年、1970年にラオスにおける作戦で、アメリカ軍がサリン・ガスを使用したことを暴露する“死の谷”の話を語った後、ベテランCNNレポーター、ピーター・アネットを首にさせるキャンペーンに成功した。番組のプロデューサー、ジャック・スミスとエープリル・オリバーも、CNNによって地位を追われた。

反ユダヤ主義発言の結果として、ベテラン・ホワイト・ハウス記者ヘレン・トーマスが追放されてから、一ヶ月もたたないうちに、オクタビア・ナスルが解雇された。アメリカ・マスコミの、社会的に退化し、意気地ない性格をうまく捕らえた言葉を見つけるのは容易なことではない。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jul2010/nasr-j09.shtml

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Newsweek Japanには下記がある。放送以外ならまともな意見がでることもあるようだ。

CNN「ならず者」称賛で記者クビの不毛

宗主国のテレビがそれほど厳格に管理されているのであれば、属国のテレビ、まして厳しい管理下にあるだろう。そうでなれば、属国日本テレビ報道のレベル、説明がつくまい。

こうした管理のもとで、個人的「良心や勇気」など出る幕はありえまい。

選挙、本当に、彼等の党(ハンドラーに褒められたのだから、もう本物の彼等の党)が多くの議席を得るのだろうか?民主・彼等の党連立となるのだろうか?

新聞の選挙記事は読む気分にならず、テレビでも選挙関連になると消している。

森田実の言わねばならぬ」、毎回拝読している。2010/7/9には
民主・自民の連立という魔の属国政治が待ち構えているというI氏説が書かれている。
選挙が近づくにつれて、日々憂鬱に感じている理由がわかったような気がする。

オカルト政党支持者の知人、いつもの通り投票依頼にやってきた。
「はい」と答えたものの、もちろんあの党には決して投票しない。
全く付き合いがない人が、選挙の時だけやってきて「お願いします」と言うと、本当にその党に投票する人がいるのだろうか?毎回、不思議に思っている。

追記:2010/7/12

『NHK、鉄の沈黙はだれのために』永田浩三著 柏書房 2,000円

「良心や勇気」のあるジャーナリストが、この国で、本気で番組を作るとどうなるかが、良く分かる素晴らしい本だ。こういう本こそ、ベストセラーになって欲しいものだ。テレビ視聴者にとって、この本、必読だろう。「テレビ試聴リテラシー試験」など導入してはいかがだろう?本書の読解力を測定し、一定レベルに達しない人には、ライセンスを発行せず、そのライセンスICチップをテレビに差し込まないと、テレビが見えないようになると素晴らしい、かも。

2010年7月 7日 (水)

国旗はしまおう-7月4日にハワード・ジンを追悼する

ハワード・ジン

2010年7月3日

"The Progressive"

今日7月4日は、愛国心と愛国心のあらゆる象徴は放棄したほうがよさそうだ。国旗、国家に忠誠するという誓い、神はアメリカのみを祝福したもうという国歌へのこだわりを。

そうしたものは愛国心ではない。余りに熾烈で、大量虐殺を生み出すような、国旗、国歌への心酔は、人種差別や宗教的憎悪と並ぶ、現代最大の悪の一つだ。

子供の頃からずっと、はぐくまれ、仕込まれ、吹き込まれてきた、こうした考え方は、権力者にとっては便利だが、権力を持たない人々にとっては極めて有害だ。

国が小さく、軍事力も、拡張への熱望も欠けているような国々(スイス、ノルウェー、コスタリカ等々)にあっては、愛国心も無害な可能性はある。しかし、わが国のように、巨大で、何千発もの大量破壊兵器を保有する国家においては、無害なうぬぼれでありえたかも知れないものが、他国にとっても、また自らにとっても、危険で傲慢な国粋主義と化してしまうのだ。

アメリカ国民は、わが国は、他の国々とは違っていて、世界の中でも例外で、比類なく高潔であり、文明、自由、民主主義をもたらす為、他の国々進出するのだと考えるように育てられている。

そうした自己欺まんは、遠い昔に始まったものだ。

最初のイギリス人入植者がマサチューセッツ湾のインディアンの土地に移住し、抵抗に出会った際、武力衝突は、ピクォート・インディアンとの戦争へとエスカレートした。インディアン殺戮は、神によって認められたものであり、土地の奪取は、聖書によって命じられたのだ。清教徒は聖書の詩篇2:8を引用するのだった。"求めよ。さらば汝に諸々の国を嗣業(ゆづり)として与え、地の果てを汝のものとして与えん。"

イギリス人がピクォートの村に火を放ち、男性、女性や子供を虐殺した際、清教徒の神学者コットン・メーザーはこう言った。 "その日、600人以上のピクォート族が地獄に送られたものと想定される。"

米墨戦争直前、あるアメリカ人ジャーナリストは、"神意によって割り当てられた大陸を覆い尽くすのは、我々の明白なる運命である"と宣言した。 メキシコ侵略が始まった後、ニューヨーク・ヘラルド紙はこう宣言した。"あの美しい国を文明化することは、我々の運命の一部だと信じている。"

わが国が戦争を始めるのは、いつも、建前は悪意のない目的だった。

キューバ人を解放するために、アメリカは1898年にキューバ侵略し、それから間もなくフィリピンで戦争を始めたが、マッキンリー大統領は フィリピン国民を"文明化し、キリスト教化するため"だと語っていた。

アメリカ軍がフィリピンで虐殺をしている最中(少なくとも600,000人のフィリピン人が、数年の武力衝突の間に亡くなった)、陸軍長官エリフ・ルートは、こう語っていた。"戦争が始まって以来、アメリカ人兵士は、他の全ての国々の、他の全ての兵士たちと違っている。アメリカ人兵士は自由と正義、法と秩序、そして、平和と幸福の前衛部隊なのだ。"

イラクで、わが兵士が他の国々の兵士と変りないことを我々は目にしている。彼等は、おそらく、その良心に反して、何千人ものイラク民間人を殺害した。そして兵士の中には拷問という残虐行為を行える能力を発揮した者もある。

それでも、彼等とてアメリカ政府の嘘の犠牲だ。

兵士たちに、もしも君たちが死んだら、もしも彼等が手足を失ったり、盲目になって帰国するようなことがあれば、それは"自由" の為、 "デモクラシー"の為なのだ、とブッシュ大統領が語るのを、我々は一体何度聞かされただろう?

国粋主義思想の効果の一つは、バランス感覚を喪失することだ。真珠湾で2,300人が亡くなったことでが、広島と長崎で240,000人の人々を殺戮したことを正当化しているのだ。9月11日に3,000人が亡くなったことで、アフガニスタンとイラクで、何万人もの人々を殺害していることを正当化しているのだ。

愛国心は神意によって祝福されているのだと言われると、愛国心は更に毒々しさを帯びる。今日アメリカには、四年間で二つの国を侵略し、2004年の選挙遊説で、神は私を通して話しておられると宣言した大統領がいる。

わが国は違うのだ、世界史上の他の帝国主義大国より、道徳上優れているのだという考え方に、私たちは異議をとなえる必要がある。

特定の一カ国にではなく、人類に対する忠誠を、私たちは主張しなければならない。

第二次世界大戦では、爆撃手として服務したハワード・ジンは、ベスト・セラー"民衆のアメリカ史" (最新版はPerennial Classics、2003年=邦訳、上・下巻は明石書店刊)の著者である。本記事は、2006年プログレッシブ・メディア・プロジェクトによって配信された。

ハワード・ジンは今年1月7日に亡くなった。彼の業績のより詳細については、マシュー・ロスチャイルドの"有り難うハワード・ジン"を参照されたい。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article25862.htm

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違法侵略をする宗主国の指令に、唯々諾々として従い、基地を提供し、みかじめ予算を渡し、アフガニスタン、イラクでの空爆による違法な民間人殺戮を支援する属国支配者が、権力を持たない国民に属国国旗・国歌を押しつける。

某イスラム国の人に、原爆を二発を落とされたのに、どうして日本人は、アメリカの後を素直についていくのか?と、詰問されたことがある。

質問する方がまっとうで、質問される側の方針がまっとうでないだろう。

「個人的には、大勢とは逆のことを考えています」と答えたが、相手の方にたいする答えにはなっていなかったはずだ。

それも、もうずっと昔の話。今なら、もっと激しく詰め寄られるだろう。現在は、もはや原爆被害国といって、逃げられない。イスラム教の人々を違法に殺害するのを進んで幇助しているのだから。日本は中立ではない。あきらかに侵略に加担する側にいる。日米軍事同盟というのは、それが目的だ。日本中の米軍基地はそれが目的だ。

野球賭博は悪いことだろう。しかし、国民の圧倒的な反対を無視して、世界最大のならずもの国家である宗主国用の世界侵略幇助基地を作る約束をするほうが、はるかに罪は重いだろう。

国民に対しても、そして、侵略される外国の人々に対しても。マスコミは、本当に重要なことには決して触れない。

七夕の日、来る選挙で、ますます属国化・ガラパゴス化し、内田樹教授が『従者の復讐』で主張しておられる、抱きつき心中高等戦術が促進されることでも祈ろうか?

実は、日本の民はかしこい。無駄な抵抗などせず、さっさと属国化を促進し、宗主国・属国ともども、破滅を早める決意だ。特攻隊精神は、しっかり遺伝している、のだろうか?

2010年7月 4日 (日)

独立を宣言しよう!

独立したマスコミ、独立した政治運動と、独立した選挙運動こそが、アメリカが必要とするパラダイム・シフト的変化への道だ

Kevin Zeese

2010年7月3日

"Information Clearing House"

もしも、本当の変化を望んでいるアメリカ人の為に、単語を一つ選べと言われたなら、それは「独立」だろう。

それは、アメリカ合州国が独立という思想のもとに建国されたというだけでなく、国を良い方向に変えようと努力し、アメリカ史を研究してきた人々は、常にそれこそが、本当の変化の為の、決定的に重要な要因であることを理解しているからだ。

第一に、私たちは、独立したマスコミが必要だ。このサイトの様な、Webを活用したメディア活動は、こうした運動を成功させるため、決定的に重要な要因だ。アメリカ合州国の大多数の企業と同様、マスコミは、集中化された大企業の集団によって支配されている。ごく少数の企業が、あなたがケーブルTVでご覧になっている何百ものテレビ放送局全てを所有している。ラジオ放送局にも同じことが言える。益々多くの新聞が企業連合の一部となりつつある。こうしたコングロマリットは、集中化された企業権力の視点しか報じない均一化現象をもたらしている。

マスコミは、アメリカ中で起きている、信じられないほど素晴らしい活動を報じないのだ。マスコミが彼らの活動を報じたことも、一部の理由となって、過去にアメリカ合州国を変えるのを助けた、マーチン・ルーサー・キング、Jr.、マルコムX、ラルフ・ネーダーや、その他諸々の人々を、これ以上アメリカに欲しいと、マスコミは思っていないのだ。今では、大企業CEOたちやら、企業献金のおかげで選ばれた議員連中、あるいはスポーツ・スターの話だけを聞かされるか、娯楽番組しかない。真実は、変化をおこそうとして働いている我々自身が認識している以上に、様々な活動や組織化が起きているのだ。もしもあなたが、今月デトロイトでのアメリカ社会フォーラムに参加しておられたなら、それをご覧になれただろう。少なくとも12,000人が参加したが、こうした人々はいずれも、住宅問題や金融問題から、平和や刑事裁判に至るまでの様々な問題のために動いている、更に多数の人々を代表する団体の一部なのだ。人々はアメリカ経済や政治制度を変えようとして活動しているのだ。マスコミはこの会議のことを報道しただろうか? マスコミは、こうした人々がその一部となっている運動について報じただろうか?

そこで、我々にとって必要なもう一つの分野での独立という話になる。独立した政治運動だ。歴史上、パラダイム・シフト的な変化をおこしたのは、いつも、独立した運動だった。ウッドロー・ウィルソンは、女性たちが投票権を得るの防ごうと動いていた。ウィルソン大統領の時代、ホワイト・ハウスの周辺で抗議をしたかどで、運動の指導者たちは投獄され、拷問された。しかし最後には、彼が大統領である間に、女性も投票権を獲得した。リンドン・B・ジョンソンは南部の差別主義者が支配する政党の党員だった。彼等はアフリカ系アメリカ人の投票権に、黒人差別を終わらせることに、黒人と白人が一緒に暮らすことに、学校に一緒に通うことに、同じレストランで食事することに反対していた。しかし組織化され、独立した公民権運動がそれを要求した為、ジョンソン大統領は公民権法案に署名した。タカ派のリチャード・ニクソンは、アメリカ軍の敗北を認めながらも、ベトナム戦争を終わらせたくはなかったのだ。彼は二大政党が戦争を支持していることを批判する、根強く独立した反戦運動に強いられたのだ。平和運動と、アメリカの侵略に反対していたベトナムの国民が、ニクソンに戦争を終わらせることを強いたのだ。

オバマ時代には、多くのアメリカ人が、民主党とぐるになって動く支持団体が、自分たちの基盤を裏切り、いつわりの勝利を主張するのを目の当たりにした。典型的な例は医療法案だ。この“改革”は、現状を守ったのだ。営利の保険会社に支配されている医療こそが、改革以前の問題であり、今も問題のままなのだ。法案が成立しても、納税者の助成金として、何千億ドルもの金が毎年保険業界に流れ込み続け、アメリカ人は、欠陥のある保険商品の購入を強いられるだけなのだ。健康保険のコストは管理されず、何千万人がこれから十年間、保険無しのまま放置され、法律の中の、保険業界に対するどの規制にも、保険産業を保護する毒薬条項が入っている。ヘルスケア・フォー・アメリカ・ナウという連合体が、民主党が主導した法案を支持するため、民主党と組んだ寄付者が寄付した何千万ドルもの資金を費やした。本当の改革を必要としていた自らの選挙民への裏切りだ。アメリカ人はより良い医療を受けることはない。市場第一主義の医療を、そのまま残した、詐欺的な“改革”のおかげで、医療は益々GDPを吸い上げ、政府による赤字財政支出はいつまでも続くだろう。こうしたことが、次から次へと起きている。大企業が勝利し、民衆が敗北し、建前上、人々の必要性の為に働いている組織が、アメリカ人を裏切りながら勝利を宣言する。

最後に、また、おそらくは最も重要なことは、アメリカ人は、集中化した大企業権力によって支配されている二大政党からの独立を宣言すべきなのだ。毎年、いずれの党も大企業権益から何千万ドルも得ており、選挙で選ばれた人々や、彼らのスタッフや、時には彼らの配偶者が、彼等が“規制する”企業で働いて、利益を得る。(アメリカ版天下りともいうべき)回転ドア制度によって、政府と集中化された大企業権益の間を行き来しては、大企業の役員会で働いて、大金の小切手を受け取り、縁故資本主義から食い扶持を貰って生きてゆく。

これはアメリカにとって新しい問題ではない。大企業の権益が、常に政府を支配し続け、二大政党は、いつでも、現状の企業権益を代表してきた。アメリカ史では、人々こそが二大政党に挑戦する独立した政治運動を作り出し、政府を変えてきたのだ。

アメリカ合州国における最も価値ある産業が、奴隷制度であった時代、二大政党の民主党とホイッグ党は、奴隷制度廃止が、議会で検討されることがないよう共謀していた。奴隷を保有するプランテーション所有者が支配する民主党と、安い綿花の恩恵を受けている為、奴隷制の終焉を見たいとは思っていない北部の実業家が支配するホイッグ党だ。奴隷制廃止の主張は、奴隷制度から政治的権力を得ている二大政党の支配を打ち破るのに、百年以上失敗し続けた。奴隷制度に反対する人々の中に、現状維持を狙う二大政党に挑戦することを決めた人々が現れた。彼等は奴隷廃止党を設立し、奴隷制を終わらせるために選挙に出馬した。丁度ラルフ・ネーダーが、現在、二大企業政党に挑戦することに対して、「有力候補者を妨害する候補者」と呼ばれているように、彼等は「有力候補者を妨害する候補者」と呼ばれた。それでも彼等は出馬し続けた。彼等は決して勝てなかった。しかし次第にホイッグ党は弱体化した。最終的に、奴隷廃止派は、共和党へと進化し史上最も成功した第三党の党首エイブラハム・リンカーンが大統領として選ばれ、奴隷制度が終焉したのだ。

歴史を振りかえって見た時、あなたは奴隷制支持政党のいずれかに投票していただろうか? それとも、あなたが投票する候補者には勝ち目がないにせよ、奴隷制を終わらせるべく投票していただろうか?

歴史上の多くの主要なパラダイム・シフトを見てみよう。農民たちは、彼等に対する土地の担保権を行使しようとする銀行と戦い、組合結成を認められず、長時間労働、危険な労働を強いられた労働者が、社会保障、貧者の医療を実現させ、児童労働を廃止させた。リストは延々と続く。アメリカ史上のこうした主要な変化は、全て、独立した選挙への取り組みによって、初めて選挙の場に持ち込まれたのだ。

今日、政府は機能不全だ。政府がアメリカが直面している差し迫った課題に対処することは不可能だ。人々が家を失い、破産を宣言し、医療の欠如によって亡くなり果てし無き戦争で苦しんでいるのに、選挙で選ばれた政治家連中は、無為か、現状を守るにせの行動にふけばかりだ。独立した政治とは、アメリカには大企業が支配する二大政党があり、アメリカ人にとっての緊急課題への対策を進めるためには、少なくとも、集中化された企業権益によって支配されない一つの政党を実現する必要があるのを理解することだ。独立した政治というのは、必ずしも、少なくとも、今すぐの選挙での勝利を意味するものではない。それで、より大きな悪が選出されることになる可能性はある。より小さな悪もそうするであろう行動そっくりに、大きな悪は、戦争に資金を供給し、納税者のドルを、企業権益に向けて小出しにするだろう。しかし、パラダイム・シフト的変化への道には、常に例え選挙で破れようとも、選挙の場で進んで戦おうとする人々がいた。これらの政党は選挙には破れたが、議論では勝ち、最終的には本当の改革を勝ち取ったのだ。

現在の問題が、集中化された企業権力にあるということが、アメリカ人にとって、益々明白となりつつある。我々は、政府と、我々のではなく、彼らの権益の為に動いている集中化した大企業の連合、企業第一主義を終焉させるという、主要なパラダイム・シフトのさなかにいるのだ。あなたは、企業第一主義の二大政党のどちらかに投票し続けるつもりだろうか? あるいは、我々の祖先たちが、過去そうして権力者に挑戦することによって、我々に必要なパラダイム・シフトを生み出したように行動するつもりだろうか?

だから、独立記念日に、最も強力な当時の帝国主義権力から独立を宣言した、アメリカ合州国の根源を思い起こそう。アメリカ人が、歴史上、現状を維持しようとしていた二大政党に、終始挑戦してきたことを思い起こそう。独立が不足していると、大企業だけが信じるような変化しかもたらされないという昨年の教訓を見つめるべきなのだ。

今週末には、自らの独立を宣言し、必要な本当の変化のために動こうではないか。

Kevin Zeeseは、ProsperityAgenda.USおよび、VotersForPeace.USの理事長。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article25865.htm

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属国の独立していないマスコミ、小選挙区・二大政党制度・政党補助金を、しばらく続けることを推奨している。属国化推進が彼等の仕事なのだから、決して驚かない。

しかし、ブログを書いておられる人々の多くが、政権交代、しばらく続けるのを推奨されることには、驚いている。「君子豹変す」という言葉もあるのだが。

一方、宗主国の独立メディアでは、こうして二大政党の破たんが語られている。

宗主国の民衆だけでなく、属国民の我々とて、例えば、せめて百年後には、日本の『独立記念日』が祝えるよう、いい加減に、属国政策を推進する二大政党やら、たけのこ政党からの独立を宣言する必要があるのではなかろうか?

属国の独立していないマスコミが報道するものが大切な可能性は少なかろう。
属国の独立していないマスコミが意図して報道しないものこそ大切な可能性は多かろう。

独立していないマスコミ、相撲の野球賭博、消費税増税、ウイグル一周年は報道する。商業マスコミによる、ホンジュラス・クーデター一周年報道は皆無。平和、国家独立、基地問題、目取真俊氏が書かれている通り、すっかり消された争点になっている。なんと卑劣なことか!

ジョセフ・ナイやら、ジェラルド・カーチスやらが、「何党の誰を褒めた」というゴミそのものの記事があるようだ。宗主国ジャパン・ハンドラーの頭目、ジョセフ・ナイやジェラルド・カーチスにほめられる御仁、「売国奴」ですよと、星条旗のご印籠を持ちだされ、太鼓判を押していただいているのと同じだろう。いや、宗主国による、高度な「褒め殺し」作戦だろうか?

そうした代表的な元自民党の首相のセガレが、今やスター級だという自民党、友人から投票を依頼されているが、もちろん投票しない。

独立を宣言しよう!

2010年7月 2日 (金)

新研究、マスコミの政府隷属を立証

Glenn Greenwald

2010年6月30日

"Salon"(訳注:リンク先は全て英語原文)

ハーバード大学大学院、ジョン・F・ケネディ・スクールの学生によって新たに発表された研究は、アメリカの体制派マスコミが、政府当局発言を、増幅し、奉仕(チェックするのではなくて)することに、どれだけ徹底的に専念しているかについて、最新の証拠を提供している。この新たな研究は、過去100年間、アメリカの四大新聞で、水攻めがどのように論じられてきたかを検討し、アメリカ政府が、あからさまに、それを使い始め、それは拷問ではないと主張するまで、このテクニックは、ほとんどいつも、明白に、"拷問"と呼ばれているが、政府がそうではないと主張すると、新聞は従順に、そうした形で表現するのを止めてしまっているのを発見した。

          

同様に、アメリカの新聞は、他国が行った場合、水攻めを"拷問"と表現する傾向がかなり強いが、アメリカがそのテクニックを採用すると、この用語を使うことを突然拒んでしまう。

          

いつものことながら、アメリカの体制派マスコミは、単純に、アメリカ政府の進む経路に付き従う(だからこそ、"体制派マスコミ"なのだが)。アメリカ自身が長らく、水攻めを"拷問"として非難し、そういうものとして訴追さえしてきたものを、その戦術を使い始めるやいなや、突然態度を豹変し、そうではないと宣言する。研究が書いている通り、まさに"新聞が、水攻めを表現する方法の大幅で突然の変化" がこれまでに起きたのだ。アメリカの体制派マスコミは、アメリカ政府がする通りにするのだ。

こうしたことのいずれも、もちろん驚くべきことではない。誰がそれをしているのかに基づいて、あるもの事について(あるいは、どれだけ頻繁に)表現の仕方を、アメリカのマスコミがすっかり変えてきたかは、私や他の人々が何度も逸話的に実証してきた(悪い国が、それをする場合には"拷問"だが、アメリカ合州国がそれを行うと、何か心地よい婉曲表現を使う。アメリカ人に対して、何か悪いことが行われると、絶え間なく話題にするのに、アメリカがやった場合には、事実上の報道管制等々)。これは偶然のできごとではなく、きわめて意図的なものだ。ニューヨーク・タイムズや、ワシントン・ポストや、ナショナル・パブリック・ラジオ等のマスコミは、政府当局者が、それは"拷問"と表現するべきではないと声明をしてしまえば、アメリカ政府が承認するテクニックに対して、"拷問"という言葉の使用を禁止するという方針を、明白に採用してきた。

アメリカのマスコミが、進んでその任務を行っているので、我々は国営マスコミを必要としないのだ。アメリカ政府が、あるテクニックは、もはや拷問ではないと宣言しさえすれば、アメリカのマスコミは律儀にその単語を使うのを止める。こうした迎合的な行動のおかげで、あからさまに国家が管理するマスコミは不要になる。『動物農場』序文草稿で、ジョージ・オーウェルは、第二次世界大戦中に、イギリス政府が、正式、公式な検閲無しに、どれほど完全に、マスコミの報道内容を支配することができたかを書いている。

    イギリスにおける文章検閲に関する暗い事実は、それがほとんど自発的だということだ。公式な禁止など不要で、評判の宜しくない考え方は無視し、不都合な真実は隠しておくのだ. . . .

    日刊新聞に関する限り、これは容易に理解できる。イギリスのマスコミは、極端に中央集権化されており、その多くは、特定の重要な話題については不正直となるあらゆる動機を持った裕福な人々が所有している. . . . どのような時点においても、まともな考えを持った人々全員が、あれこれ言わずに受け入れるであろう、ある種の考え方、つまり、正論というものはある。これ、あれ、あるいは、他の事について言うことが厳密に禁じられているわけではないが、丁度ビクトリア朝中期には、淑女の前でズボンという単語は言ったり‘しないもの’だったように、そういうことは言ったり‘しないもの’なのだ。

2007年、ルディー・ジュリアーニは、特定のテクニックが拷問にあたるかどうかという説明で、"誰がそれを行うかによる" と発言し、笑い物にされた。倫理や言語に関する、これほど悪びれない、国粋主義的理論を見聞きすることは極めて稀だ。しかし、これはアメリカ政府のみならず、アメリカの体制派マスコミが採用しているのと、まさに全く同じ基準なのだ。

本当の問題は、"テロ"という単語の、融通無碍で恣意的な使い方によって、同じ問題が提起されているということだ。政府というものが、まさに同じ行為を他国が行った場合と対照的に、自らの行為に、全く異なる基準、更には全く違う言葉さえ適用して、自国民に、思想宣伝をしたがるだろうことは、当然予想できる。しかし、マスコミがそうした行為を(アメリカのマスコミがやっているように)コピーしてしまえば、政府プロパガンダを、批判的に精査し、誤りを暴くのではなく、増幅し、鼓舞することになる。これはかなり深刻な問題ではあるまいか?

政府が命令する場合、行動は更にとんでもないことになり(現時点で、水攻めはもはや拷問ではない)直接、マスコミのふるまいの変化を招いてしまう。そして、この政府/マスコミによる共同あいまい化の究極的効果は、アメリカ人は他と異なっていて、例外で、より優れているのだから、アメリカ人は、自分たちがしていることを表現するのに、異なる言語さえ用いても良いのだという有害な観念に一層凝り固まってしまうことだ。このハーバードの研究は、政治力を持った連中が、自ら、そして他者を、悪く、違法な事というのは、本質的に、悪い他国がすることだけであって、決してアメリカ自身によるものではないと説得するプロセスそのものを立証している。

アップデート: 「アメリカがすることは全て-本来-違っているのだ症候群」の典型例については、前の投稿記事のアップデートを参照いただきたい。

記事原文のurl:www.salon.com/news/opinion/glenn_greenwald/2010/06/30/media

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普天間基地や、大企業・富裕層優遇税制、ホンジュラス・クーデターの真実には、決してふれない。

検索してみると、ホンジュラス・クーデター問題にふれている新聞が、一紙あった!

日本の体制派マスコミは、宗主国と属国政府がする通りにするのだ。

参議院選挙を前にした連日の報道、民主党政府プロパガンダを、批判的に精査し、誤りを暴くのではなく、増幅し、鼓舞してい るだけだろう。

「基地問題と憲法改悪」に直接つながり、選挙をややこしくするので、日本の体制派マスコミは、

事実上の報道管制をし、

日本における文章検閲に関する暗い事実は、それがほとんど自発的だということだ。公式な禁止など不要で、評判の宜しくない考え方は無視し、不都合な真実は隠しておくのだ。

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