ウォール・ストリート・ジャーナル、チリ大地震を引き合いにだしてピノチェト称賛
David Walsh
2010年3月2日
ウォール・ストリート・ジャーナルは、月曜日に掲載した“二つの地震の物語”と題する論説記事で、土曜日にチリを襲った大地震の結果を、ハイチで起きた人災の大きさと比較している。
ハイチにおける、死と破壊の遥かに大きな規模に触れてから、同紙はチリにおける、こうした災害に対する、比較的高い水準の備えを称賛し、こう書いている。「しかし、そうした備えも、極貧で、まともな統治もないハイチとは対照的に、裕福な国であればこその、ぜいたくなのだ。チリは最近の十年間、独裁者アウグスト・ピノチェトの下で、1970年代に経験した自由市場改革によって、多大な恩恵を受けてきた。」
こういうものを目にすると一言言いたくなる。「嘘をつくなら、つじつまぐらいあわせろ」
ハイチ国民の生活の、恐ろしいほどの窮状は、何よりも、この小さな島が、一世紀も、アメリカによる直接支配の下にあり、時として何十年も続く軍事占領を味わったためなのだ。アメリカは、1957年から1986年の30年間、憎悪されていた、残虐なデュバリエ親子の政権を支えていた。
最近は、ワシントンと世界中の金融界が、ハイチに“自由市場”政策を押しつけていた。地震によって大量の死者がもたらされることから、チリを救ったのだと、ジャーナル紙が主張する、まさにその政策が、ハイチ国民に対しては、悲惨な結果をもたらした。ハイチの小農は破滅し、ポルトープランスにある、西半球最悪の、ゾッとするスラムへと押し寄せた。それまでに存在していた、さなきだに貧弱なインフラや社会機構は徹底的に壊滅し、1月12日の地震による死者数と破壊とを悪化させた。
チリの歴史的、社会的発展は異なっている。社会構造は、ほとんど変化せず、 国民も独立による恩恵をさほど味わってはいないものの、チリは1818年にスペインからの独立を獲得しており、チリはハイチのようなアメリカによる直接支配をされた経験がない。
ともあれ裕福な人々の生活条件だけに目を向けた時にのみ、チリが“繁栄”したと言えるのだ。1973年9月に権力を握った、CIAの支援をうけた軍事独裁は、アジェンデの“人民統一”政府を打倒し、何万人もの政敵を殺害し、同等あるいは、それ以上の数の人々を、最も残虐な方法で拷問した。これがジャーナル紙が模範として掲げている政権なのだ。
ピノチェトのサディスト的な拷問者連中による(経済学者ミルトン・フリードマンや他の“自由市場”理論家達の助言を受けた)支配は、繰り返すが、チリの裕福な人々にとってのみ奇跡だった“チリの奇跡”の基盤を生み出したのだ。
ピノチェトのクーデター後、チリは、失業の急増と、南米史上、最も激しい給与の急落を味わった。1974年と1975年の間に、何千人もの左翼の人々や、学者や労働組合員が、秘密監獄の中で手足を切断され、殺害され、失業率は倍増した。1983年には、労働人口のおよそ35パーセントが失業していた。これは波状ストライキをもたらし、再び何万人もの人々が、ピノチェトの軍によって一斉検挙された。
ジャーナル紙が、1970年代と1980年代のチリで、いたく賛美しているのは、そこで起きた、軍と秘密警察によって実行された、莫大な富の移転だ。1990年に、ピノチェトが退陣を強いられる頃までには、平均的チリ人のカロリー摂取量は約20パーセント低下した。
1980年と1989年の間に、最も豊かな10パーセントの国民は、国富に占める割合が、36.5パーセントから、46.8パーセントへと増加した。逆に国民の下位50パーセントは、占める割合が、20.4パーセントから、16.8パーセントへと落ちてしまった。
二十年後、チリは依然として、世界でも、社会的に最も不平等な国の一つのままだ。2009年の経済協力開発機構の報告書にある通り、“チリは、他国々と比較して、所得不平等が激しい… 世界でも不平等の程度が特に激しい地域である、中南米の標準からしても、チリにおける所得不平等は激しい。」
十年前、所得不平等という点で、南米大陸で、チリよりひどいのは、ブラジルとコロンビアだけだった。
ともあれ、様々なニュース記事からすれば、ジャーナル紙によるチリ大災害についての楽天的な状況描写は、その真偽が問われている。グローバル・アンド・メイル紙(カナダ)は、チリ当局は今や「死者数は‘数千人’にのぼる可能性があると語っている」と報じている。救援隊員達は「被害の評価に苦闘しており、土曜日朝の地震による打撃を被った、多くの小さな、孤立した沿岸の町で生き埋めになっている生存者達を助けようと急行している」と同紙は書いている。
“チリの厳格な建築基準法”に関する、ジャーナル紙の独善的な言及について、グローバル・アンド・メイル紙記者はこう報じている。「コンスティトゥシオン[リゾートと漁業の町]のような小都市では、現実は全く異なっている。手の届く価格の住宅が足りない地域では… ‘人々は、どこであれ、住んでいるところに家を建てた。ありあわせの木材とセメントによる掘っ建て小屋だ。」
CNNによれば、この間チリ政権は警官を派遣し、“ 略奪者”、つまり“倒壊した、無人のスーパーマーケットの中で水や生活必需品をあさる、死に物狂いの住民達”を鎮圧するための軍隊も準備済みだ。「当局は催涙ガスと放水銃を使って」住民を追い散らした。
ケーブルテレビは、州都コンセプションでは「店舗から食料や生活必需品をあさろうとしている連中全員を取り締まるのに十分な警察官はいない。スーパーマーケットが閉店し、ガソリンも手に入らない中、一部の人々は自暴自棄になっている」とも報道している。
ピノチェト称賛は、ジャーナル紙にとって決して目新しいことではない。そのアイドルの一人で、ウォール街の代弁者、元イギリス首相マーガレット・サッチャーらの連中は、残忍なチリ政権と、そのトップの側に、何度となく重きをおいていた。
1998年10月、イギリス当局によるピノチェトの(暫定的)拘留にあたり、ジャーナル紙は歯ぎしりし、将軍は「彼の国を救ったクーデターを率いた」と同紙は断言していた。軍政の下、チリは「共産主義者の橋頭堡から、成功した自由市場改革の見本へと」変身したと讃えた。
憎悪されていた独裁者が2006年12月に逝去した際には、ジャーナル紙は、ピノチェトは「1973年のクーデターで、権力を掌握したが、結果的に、彼は、民主的制度が、優勢となるような環境を作り出したのだ。」彼は「チリを繁栄させ、隣国の羨望の的にした、自由市場改革を」支持した、とうたいあげた。
ピノチェトに対する、ジャーナル紙のこの親愛の情は、イタリアのファシスト独裁者ベニト・ムッソリーニにまつわる「彼は列車を定刻に走るようにさせた」という有名な言葉を思い起こさせる。同紙編集者達には権威主義と独裁に対する天性の嗜好があるようだ。
もしも、アメリカの労働者階級や、資本主義に反対する政敵に対し、ピノチェトがしたようなやり方で処することができたなら、連中もさぞや嬉しかろう。編集委員達は、最大の金融略奪者達を代弁し、街路の警察と軍、社会主義者用の捕虜収容所を夢想しているのだ。
こうした親ファシスト的な、いかなる悪態に対しても、アメリカのリベラルなマスコミからの抗議は全く聞こえない。ジャーナル紙は、ニューヨーク・タイムズや他の体制リベラル派の大黒柱のひどい臆病さと、ニューヨーク・タイムズ紙自身の、益々激化する反民主主義感情を当てにしているのだ。
著者は下記記事もお勧めする。
ピノチェト哀悼-アメリカの権力層、ファシズムへの親和性を示す(英語原文のみ)
[2006年12月13日]
記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/mar2010/wsjo-m02.shtml
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関連記事:
ナオミ・クライン:「新自由主義に対する、ウォール街の危機」は「共産主義に対する、ベルリンの壁の崩壊」に匹敵
「故人献金」という言葉、今は、もはや古典。あの頃「故人献金」という言葉を聞いて連想したのは、ゴーゴリの名作「死せる魂」。
「死せる魂」とは、どのようなお話か、Wikipediaから引用しよう。
アレクサンドル2世の時に農奴解放令が出されたが、その前まで地主は次の国勢調査まで死亡した農奴の人頭税も支払わなければならなかった。彼らは何とかしてその税を逃れる方法を探していた。そこに注目したチチコフは死亡した農奴の名義を買い集めて書類を捏造し、中央政府から金を騙し取ろうと計画を練る。それを実現する為にチチコフは広大なロシア全土を旅して歩き、至る所で一癖二癖持っている人々と出会う。
ホームレスや高齢者を食い物にする「貧困ビジネス」なるものが隆盛する現代、「死せる魂」などカビの生えた古典、と済ませられまい。作者ゴーゴリ、命日は、160年ほど昔、1852年3月4日。
以下は、blog引っ越しにまつわるぼやき。
JUSTBLOGの運営が移管されるのをきっかけにして、こちらに移転することにした。実際の転居の場合もそうだろうが、ブログの引っ越しも、面倒なことだ。同じソフトを使っていても、ボタンを押すだけの簡単な引っ越しはできない。手動で、個別に移動している。
操作方法がよくわからないため、移動する日付で、登録してしまった。ようやく、日付を、オリジナルの日付にあわせる方法がわかったが、それまでの間に、早くも引用くださった方のリンクのファイル名と、日付をオリジナルに合わせて変更したファイル名が違ってしまい、たどっていただけなくなっているものもある。
画像の移転がまた面倒。そのままファイルを移動すれば、画像もついてくる。それで良さそうに見えるが、実は旧ブログの画像を参照しているだけに過ぎない。つまり、そのままでは、旧ブログを削除すると同時に、新ブログの画像も消えてしまうのだ。
ともあれ、引っ越し作業を開始して以来、画面をじっと見つめる時間が増えたため、目が痛くてたまらない。実際の引っ越しと同じで、高齢者の引っ越しは、勧められない。
ブログ開設にも、免許やら、教習所が必要なのかも。もちろん、半日もあれば済むだろう。
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» ピノチェト…裁きを受けることなく逝く [にほん民族解放戦線^o^]
画像はここより→http://www.peres-fondateurs.com/~resistance/
「チリのピノチェト元大統領が死去」73〜90年軍事独裁(asahi.com 2006年12月11日04時15分)http://www.asahi.com/international/update/1211/002.html
アメリカの支援を受けてクーデターを起こし、その後、弾圧により死者2095人と行方不明者1102人を出した独裁者ピノチェトが世を去った。
実際は、公式調査によ... [続きを読む]
Naomi Kleinの反論
Chile's Socialist Rebar
By Naomi Klein, Naomi Klein.org
04 March 2010
http://readersupportednews.org/opinion/75-politics/1154-chiles-socialist-rebar
”here is one rather large problem with this theory: Chile's modern seismic building code, drafted to resist earthquakes, was adopted in 1972. That year is enormously significant because it was one year before Pinochet seized power in a bloody U.S-backed coup. That means that if one person deserves credit for the law, it is not Friedman, or Pinochet, but Salvador Allende, Chile's democratically elected socialist President. (In truth many Chileans deserve credit, since the laws were a response to a history of quakes, and the first law was adopted in the 1930s).”
投稿: allende | 2010年3月 5日 (金) 14時38分