デンマークとユランズ・ポステン紙:挑発の背景
Peter Schwarz wsws.org
2006年2月10日
デンマークやヨーロッパの新聞に掲載された預言者マホメットの漫画を巡る論争に関する基本的な嘘は、これは、言論の自由と宗教的検閲との間の、あるいは、西欧の啓もう主義と、イスラム教の頑迷さとの間の争いだ、という主張だ。
ドイツの緑の党と密接なつながりを持ったtaz紙が、この紛争は、キリスト教を含む、あらゆる宗教の影響を、“耐えうる程度”にまで、引き下げるものだと言明した。シュピーゲル・オンラインで、ヘンリック・M・ブローデルは、デンマークの日刊紙ユランズ・ポステンの発行人がした“民主的な世論が、いかにして全体主義的観点に降伏するかという一例”だとする、漫画論争をひき起こした、心のこもらない謝罪を非難した。
デンマークにおける一般的な政治条件を調べてみれば、そのような主張がどれほど、でっち上げであるか分かる。過去数年間に、政治的変化があった他のヨーロッパ諸国において、これほど明瞭で不快な表現を探し出すには、誰であっても四苦八苦するだろう。
寛容と開放性で知られている国における社会危機と、旧来の労働階級組織による裏切り行為が、組織的に外国人排斥と人種差別を奨励する政治勢力の出現を可能にしたのだ。ユランズ・ポステン紙は、この過程で、重要な役割を果たしてきた。
昨年秋、ユランズ・ポステン紙は、40人の著名なデンマーク人漫画家に、預言者マホメットを描くよう依頼した。12人がこれに応え、作品は9月30日に発表された。このプロジェクトは、挑発を意図的に狙ったものだ。
同紙の文化編集員フレミング・ローズによると、イスラム教とイスラム教徒に関する“デンマーク世論の自己検閲の限界を実験する”ことが狙いだったという。彼はこう補足した。「宗教的でない社会においては、イスラム教徒は、あざ笑われ、冷笑され、滑稽にみられてしまうという事実に耐えなければならない。」
イスラム教社会による、期待していた反応が起こり損ねると、本格的なスキャンダルをひき起こそうと、堅く決め、同紙はキャンペーンを継続した。抗議も無しに、一週間過ぎた後、ジャーナリスト達は、原理主義的な見解で有名な、在デンマーク・イスラム教宗教的指導者に迫り、問いただした。「一体どうして抗議しないのですか?」結局は、このイスラム教宗教的指導者が、反発し、中東の同じ思想を抱く人々の注意を喚起した。
この時点で、デンマーク政府首相だったアナス・フォー・ラスムセンと、与党連合の一員であった外国人嫌いのデンマーク国民党は即座に行動に移った。フォー・ラスムセンは、憂慮するアラブ諸国の大使達による、事態を解明するための話し合いの要請を、これみよがしにはねつけた。22人の元デンマーク大使達が、首相にイスラム教諸国の代表と話し合いをするよう呼びかけた後も、ラスムセンは“報道の自由”は外交的な話し合いの話題となりえないと主張し、その姿勢を固持した。
デンマーク国民党党首ピア・ケアスゴーは、自分たちの宗教的信条を、言論の自由より大切と見なすのだから、彼らは売国奴だと、公然と非難し、漫画に抗議するデンマークのイスラム教徒を侮辱した。
最初から、このキャンペーンは“言論の自由”とは全く無関係で、右派ネオ-リベラルと保守派と、デンマーク国民党も含む連立で構成される、フォー・ラスムセン政府の政治課題とこそ、つながっていたのだ。
デンマーク国民党は、1990年代、当時の与党、社会民主党を含む、同国の全ブルジョワ政党が、高まりつつある社会危機に、外国人排斥キャンペーンで対応した際に、名を成した。当時、国民党は、イスラム教は、“癌性潰瘍”で“テロ活動”だと宣言した。人種差別主義的な発言で知られるケアスゴーは、イスラム世界は文明化しているとは見なせないと宣言した。「文明というのは、たった一つしか存在せず、それは我々の文明だ」と彼女は述べた。
当時、右派のヴェンスタ党の党首だったフォー・ラスムセンは、国民党の人種差別主義的な民衆扇動の多くを取り入れた。2001年の選挙キャンペーンでは、“犯罪人の外国人”は、48時間以内に、デンマークから追い出されるべきだとさえ主張した。
彼はキャンペーンで、全てのイスラム教徒が暴力的であることを示唆すべく、イスラム教徒の犯罪人達の写真を載せた選挙ポスターを利用した。ヴェンスタ党は、選挙に勝利し、伝統的保守派とともに、少数派与党政府を形成し、極右の国民党にも支持された。
デンマーク政治は、遥か右へとふれたのだ。デンマークの移民法は、劇的に厳しくなり、開発援助支出は削減された。イラク戦争、大多数のデンマーク国民が反対していた、フォー・ラスムセンは、ブッシュ政権を支持し、イラク占領を支援すべく、デンマーク軍の分遣隊を派兵した。
ユランズ・ポステンが解き放ったキャンペーンは、政府の外国人嫌い政策と、アメリカ帝国主義支持の強化を鼓舞することを狙った、この反動的な軌道の継続・強化なのだ。
漫画自体、明白に人種差別的だ。漫画は、全てのイスラム教徒が、テロリストになる可能性がある人物であることを示唆している。預言者に対する冒涜に抗議する憤慨したイスラム教徒達の記事や写真が、こうした中傷を強化するのに使われた。
公式な政治もヨーロッパ中のマスコミも、次第にそうしたキャンペーンで頭が一杯になってしまった。彼らはそうした行為に何の責任も負ってはいないにもかかわらず、イスラム教徒達は、一団として、テロ集団が実行した行為の責任を負うとされたのだ。ドイツのバーデン-ヴルッテンベルク州では、ドイツに住み続けたいイスラム教徒は、宗教信条を探る質問一覧表に答えなければならない。
テレビ・ニュースのキャスター達は、イスラム教徒が、イスラム教の名において、マホメットの冒涜に対しては、いつでも抗議する用意があるのに、テロ集団が実行する行為には抗議しないと、決まったように中傷し、そのような行為を、彼らが密かに支持しているのだと示唆する。
キャンペーンは、イスラム教を“西欧的価値観”とは相いれない、劣った文化として描くものとなった。これは明らかに、1930年代に流布された、ナチス時代のシュテュルマー紙のようなファシスト新聞のユダヤ人排斥主義漫画と類似している。ユダヤ人を人間以下のものとして描き出すことが、ホロコーストのイデオロギー的な準備として機能したのだ。
現在、計画的なイスラム教徒に対する侮辱は、イランやシリア等の国々に対する新たな戦争、つまり核兵器も使用されかねず、イラク戦争よりもはるかに残虐となるだろう戦争に、世論を備えさせるために利用されている。
ユランズ・ポステンが、この活動を始めたのは決して偶然ではない。同紙は、1930年代にナチス支持を宣言したことで悪名が高く、最近のデンマークの右傾化でも、重要な役割を果たしている。
オーフスという田園地帯に編集部を置くユランズ・ポステンは、1980年代初期までは、比較的目立たない地方紙だった。その頃、同紙は積極的な拡張政策を開始した。同紙は、より小規模な地域、地方新聞を買収し、デンマークの首都における二大紙、ベーリンスケ・ティダネとポリテイケンとの価格戦争を開始し、発行部数を急速に170,000部にまで伸ばし、デンマークにおける最大発行部数の新聞となった。
1990年代に、明らかに保守派だった同紙は、次第に、あからさまに外国人嫌いな右翼勢力の代弁人となっていった。編集局のほぼ四分の一が解雇され、攻撃性が高まるとともに、同紙の品質は低下した。
マホメット漫画を掲載する少し前、ユランズ・ポステンは「イスラム教は最も好戦的である」という見出しを掲載した。同紙はイスラム教徒によるユダヤ人死亡予定者リストなるもののすっぱ抜き記事を掲載したが、やがて全てがでっちあげであることが判明した。
一年前、新聞が、選挙キャンペーンのさなか、亡命希望者による、生活保護の権利の組織的濫用を主張する記事を掲載した為に、編集主幹が辞任した。扇情的な告発は、彼の意に反して掲載されていた。
右翼に共鳴しているユランズ・ポステンの悪評は秘密ではない。スードドイチェ・ツァイトゥンクは、同紙が“デンマーク社会に対する、リベラル左派のイデオロギー的、政治的支配を打破するのに成功したことを誇りとする、ほとんど宣教師的な熱意を持った新聞”だと書いている。スードドイチェ・ツァイトゥンクによれば、ユランズ・ポステンと、国民党との同一視は、“受け入れがたい単純化”と言えようが、両者は確実に“広い意味で、戦闘仲間なのだ。”
フランクフルター・ルンドシャウはこう書いている。「デンマーク・メディアに通じた人であれば、まさに、通常なら異なる見解をあえて唱道しようとする、あらゆる人々を非難するはずの最右翼のデンマーク新聞ユランズ・ポステンが、今や言論の自由の導き手と見なされていることに、少なからぬ皮肉を覚えるだろう。」
記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2006/feb2006/denm-f10.shtml
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『英語を学べばバカになる』グローバル思考という妄想 薬師院仁志著 光文社新書208(2005年5月刊)189-190ページに、このオランダの状況にふれた記事があった。長くなるが、引用させていたこう。与党が変っても、あいも変わらず推進されている英語公用語論やら、グローバル思考、小学校からの日本語教育、どれだけ愚かなことか。ご興味をお持ちになった方がおられれば、是非一読されることをお勧めする。
英語をはじめとする外国語の通用度が高い国々の特徴は、もう一つある。それらの国々の正式国名を並べると、スウェーデン王国、ノルウェー王国、デンマーク王国、オランダ王国、ルクセンブルク大公国となる。つまり、ソ連の成立にともなってロシアから独立した際に大公国から共和国となったフィンランド以外、すべて立憲君主国なのだ。国家に固有の言語を持たないベルギーもまた、正式国名はベルギー王国である。人口が少なく、母語による国家統合が難しい国々には、それに代わる何らかの求心力が必要となる。王室という象徴は、国民統合のために有効な要素の一つなのであろう。
国内に外国語を広めるということは、異文化を取り入れやすくすることだとも言えるが、それと同時に、文化的な防御壁を失うことでもある。それは、しばしば、国民の統合や社会の連帯を破壊する危険をももたらし、時としてその反動さえ引き起こす。自国文化を守ろうとするあまり、過度に排外的になってしまうのだ。
実際、デンマークやオランダでは、その動きが起きた。ヨーロッパ反人種主義委員会は、二〇〇〇年に刊行した報告書の中で、デンマークを名指しして反イスラム主義および反移民主義に基づく差別に関する警告を行っている。また、伝統的に移民に寛容であったオランダでさえも、二〇〇二年の国会議員選挙では、反イスラム主義を掲げるグループが第二党としての勢力を獲得するに至った。
小さな国が移民に敏感になるのはある程度仕方がないことで、これらの国における排外主義の台頭もまた、おそらくは人口の少なさが主原因であろう。それでも、国内に外国語を広めるという行為によって自国の文化的防御壁を弱めたことが、ゆきすぎた排外主義を生み出す素地になっていることは大いに考えられる。だから、日本に英語を広めようというのであれば、この点にもよほど注意しなければならない。
本記事は、公開の順序が逆になったが、下記翻訳記事の参照記事である。
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