デンマーク漫画家襲撃に関する、うやむやのままの疑問
Stefan Steinberg
2010年1月8日
クリスマス当日の、デトロイトにおけるノースウエスト航空253便の旅客機爆破未遂からわずか数日後、1月早々、ソマリア人の男によって遂行された、デンマーク人漫画家クルト・ヴェスタゴーへの襲撃は、反イスラム感情を復活させ、強化し、同時に、アメリカが率いる“対テロ戦争”への支持をかき立てるため、ヨーロッパ・マスコミや政界の一部によって、意図的に利用された。
実際、デトロイトでの最近の出来事と、ヴェスタゴー襲撃を比較する本当の根拠があるのだ。テロ集団とつながりがあることが分かっていたナイジェリア人の若者が、いかにして、見つかりもせず、地球半分の距離を飛ぶのに成功し、更にデトロイト上空で、飛行機を爆破しようとしたかに関するアメリカの公式説明は、ほとんど信じがたい。また、デンマーク人漫画家襲撃の場合も、同様に、甚だしい矛盾が明らかとなり、デンマーク当局と諜報機関が提示している出来事の説明に、疑念を投げかけている。
1月1日、デンマーク在留許可を持ったソマリア人が、コペンハーゲン北西200キロの、デンマーク第二の都市オーフスにあるデンマーク人漫画家クルト・ヴェスタゴーの家に、押し入った。後にモハメッド・ムヒディーン・ジェレと判明したソマリア人の男は、斧を振り回し、特別に作った避難部屋に逃げ、警察に通報したヴェスタゴーを殺害する意図を公言したとされている。警察は、ジェレを逮捕する前に、彼の手と膝を射撃した。
ヴェスタゴーは、2006年、イスラム教徒に対し、極めて侮辱的なやり方で預言者マホメットの漫画を描いた12人のデンマーク人画家の一人として有名になった。ヴェスタゴーの漫画は、最も挑発的な作品の一つで、ダイナマイトの棒をターバンに挿したマホメットを描いていた。つまりイスラム教信仰の中心人物を、露骨にテロリストとして描き出していたのだ。漫画はデンマークの日刊紙ユランズ・ポステンに掲載され、“言論の自由”という名目で、ヨーロッパ中の新聞に転載された。実際は、ユランズ・ポステンの漫画を巡るキャンペーンは、当初から“言論の自由”とは無関係で、公然と反イスラム教であるデンマーク人民党を含め、右翼ネオ-リベラル派と保守派の連立である、デンマーク政府の極右政治的指針との関係の方が遥かに強いのだ。
この反イスラム教挑発は、外国人嫌いの感情を煽るため、右翼勢力によって、ヨーロッパ中で企てられた。このキャンペーンの狙いと背景については、WSWS上で既に詳細に論じた (“デンマークとユランズ・ポステン:挑発の背景”を参照)。漫画の掲載と、彼を殺害するという多数の脅迫の後、ヴェスタゴーには、厳重な警察の警備がつけられた。
ヴェスタゴー襲撃の後、モハメッド・ムヒディーン・ジェレは、デンマーク治安当局には、良く知られていたことが、明かになった。彼がデンマークの荒廃したアパートに暮らしており、結婚していて、子供が三人いるという事実にもかかわらず、ジェレは、一連の海外旅行をするのに、金回りは十分だった。昨年夏、ケニヤ警察が、ジェレは、ケニヤのテロ要注意人物リストに載っている他の容疑者と付き合っていると見た後、彼はナイロビで、当局に拘留された。彼は7月30日に逮捕され、8月12日に釈放された。
デンマークの新聞ポリティケンによると、ソマリア人と他の四人の容疑者が、バス停留所と、アメリカ国務長官ヒラリー・クリントンが、アフリカ開発に関する会議に参加していたホテル・インターコンチネンタルを含む、ナイロビの二軒のホテルに対するテロ攻撃を実行する計画に関与していたとケニヤ警察が語ったことになっている。
ジェレが釈放された後、ケニヤ対テロ警察のトップ、ニコラス・カムウェンデは、ケニヤ当局は、ジェレにまつわる“諜報情報”をデンマーク大使館に渡していたと発表した。「我々は‘彼は危険人物ですよ’と彼等に言いましたが、彼らの反応は否定的でした」カムウェンデ総監は、インタビューでそう語った。ジェレの正体や、アメリカ国務長官の命を脅かす陰謀への彼の関与について、アメリカの諜報機関が、ケニヤや、デンマークの諜報機関から、情報を知らされていなかったとは信じがたい。
1月のヴェスタゴー襲撃後の、最初の発表では、デンマーク諜報機関(PET)の長官ヤコブ・シャーフは、ジェレが、実際、彼が統括する諜報機関によって、監視されていたことを認めたのだ。
PETの発表は、ヴェスタゴー氏“暗殺の企み”は“テロに関連しており”、PETはソマリア人の襲撃者は「ソマリアのテロ組織アル・シャバブや、東アフリカのアルカイダの指導者達と緊密な関係をもっており」…「東アフリカ滞在中、テロに関連した活動に関与した嫌疑もかけられている。」という情報を持っていたと言っている。
最新の展開として、ジェレの元妻は、ユランズ・ポステン紙に、2006年に、PETが、彼女の夫を、密告者として採用しようとしたと語っている。PET当局は、新聞報道を否定することは避けており、単に、諜報機関が「当局にとって興味深い個人と面談するのは」ごく当然のことだと言明している。
デンマーク治安当局を擁護するマスコミは、諜報収集の落ち度と、“個別の事実を結びつけて、全体像を描き損ねたこと”を理由にして、ヴェスタゴー攻撃について言い逃れをしようとしているが、起きたことに関する公式説明は、信憑性を全く損なうものだ。近年、デンマーク政府は、出入国管理に変更を施しており、今や全ヨーロッパ中でも、最も制限の厳しいものの一つとなっている。にもかかわらず、テロリストとかなりの接触があるとされていて、デンマーク諜報機関当局の監視下にあった男が、アフリカとヨーロッパ間を自由に移動できていて、やがて、デンマークで、最も厳重に警備されている人物への攻撃を遂行したというのを、我々は信じるよう期待されているのだ。
ジェレと、デンマーク治安当局との関係の実態を巡って、一連の疑惑が生じるが、ヴェスタゴー襲撃が、“対テロ戦争”用に新たな戦線を開くのを正当化するため、反イスラム感情をかき立て、ヒステリーの雰囲気を生み出すべく、右翼政治勢力に、またもや利用されているのは明かだ。
案の定、イギリスのタイムズやデーリー・メールといった保守派の新聞は、ヴェスタゴー襲撃を、イスラム教徒に対する新たな政治攻勢を呼びかけるのに利用した。ドイツでは、猛烈な親イスラエル派の作家ヘンリック・M・ブロデルが、デア・シュピーゲルに、“恐怖で窒息させられる西欧”と題する、ヴェスタゴー襲撃についての解説を書いた。論説で、ブロデルは、モハメッドの漫画が最初に掲載されて以来、イスラム教徒に連帯の意を表してきた人々全員を激烈に糾弾した。
多数の新聞解説記事も、“対テロ戦争”拡大を主張する目的で、ヴェスタゴー襲撃を、ノースウエスト253便の爆破未遂と結びつけていた。
有力なドイツ週刊誌ディー・ツァイトの、“典型的なドイツ風議論”と題する記事の中で、筆者のフランク・イェンセンは、デトロイト爆破未遂事件と、ヴェスタゴー襲撃の結果を巡る議論を、空港に人体X線透視装置を設置する事の是非にとどめおいては不十分だと主張している。イェンセンは、そうではなく、国内で過激派イスラム教徒と戦う対策に加え、ドイツは、海外でテロと戦う上で、より積極的な役割を演じなければならないと結論づけている。「連邦政府は、海外における対テロ戦争の努力も大幅に拡大する必要は、避けられまい」イェンセンはこう書いている。「特に、アルカイダと、その関連組織がある破綻国家に対する態度を。」
ヨーロッパによる、アフガニスタンにおける軍事的関与を増すようにという、アメリカの圧力が高まる中、ヴェスタゴー襲撃は、デトロイトの飛行機爆破未遂事件とともに、軍国主義に対して、大きく広がった大衆の反対を挫折させ、ヨーロッパ諸国が“対テロ戦争”に対する関与を大幅に強化する条件を生み出すため、意図的に利用されているのだ。
記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jan2010/denm-j08.shtml
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「週刊朝日」2009年10月30日号に、未解決事件の特集があった。イスラム法学者により、作者サルマン・ラシュデイを処刑しろという命令が出ていた「小説『悪魔の詩』を翻訳したのが理由で、訳者がイスラム過激派に暗殺されたことになっている」事件の記事もあった。
警察から返却された遺品の写真や、ご夫人とご子息に関する記事があった。アメリカのイラン専門家が書いた「ザ・パージァン・パズル」という本の中で、著者は「イスラム教徒による暗殺だ」といっている、というような受け売りの文章もあった。
最近またMookで、同じような本が朝日から刊行された。デンマーク事件から二週間もしない日付。2010/1/12。未解決事件ファイル 真犯人に告ぐ (週刊朝日MOOK)。
見出しは昨年末の記事に良く似ていた。さほど時期をおかずに本を出すのだから、mookには、多少は詳しい記事があるかと買いにでかけた。残念ながら内容にほとんど差がないようなので購入はやめた。週刊誌とうに処分済ゆえ、記憶の中での比較に過ぎない。以下は、Wikipediaを参考にした、超要約。
1989年2月14日 イランの最高指導者アヤトラ・ホメイニーにより、著者サルマン・ルシュディー、及び発行に関わった者などに対する死刑宣告が言い渡され、ルシュディーはイギリス警察に厳重に保護された。死刑宣告はイスラム法の解釈であるファトワー(fatwa)として宣告された。
1989年6月3日 心臓発作のためホメイニー死去。ファトワーの撤回は行われなかった。ファトワーは発した本人以外は撤回できないので、撤回することはできなくなった。
『悪魔の詩』日本語翻訳版、上・下は、1990年2月刊。
イスラーム・ラディカリズム : 私はなぜ「悪魔の詩」を訳したか 法蔵館、1990年刊
中東ハンパが日本を滅ぼす: アラブは要るが、アブラは要らぬ 徳間書店, 1991年6月刊
暗殺が起きたのは、1991年7月11日
週刊誌記事では、事件の一月前に出された著書『中東ハンパが日本を滅ぼす』については一切触れられていない。小沢幹事長が宗主国に莫大な戦争資金を献上した第一次「湾岸戦争には、金も軍隊も出す必要はなかった」という本。巨大オンライン書店ウェブには、五つ星の書評が載っている。(評者、かの有名な『マルコポーロ事件』の当事者らしいが、それはまた別の話だろう。)
原書が話題になった頃、好奇心から、ロンドンの書店で買い求めた記憶がある。比較的大きな書店なのに、どこにも本はおいてない。不思議に思い、書名を言って尋ねると、カウンターの下から恐る恐る取り出し売ってくれた。折角の本も、分厚いので積ん読のまま行方不明。
政治資金を巡って、検察対豪腕政治家の話題、幕引きという時期に、ぴったり重なって、品格に問題がある横綱が引退、話題は全てそちらに集中した。宗主国に従順な政治家なら、品格は問われない。それもそのはず。宗主国では、最高裁判決で、企業献金の上限が撤廃されてしまった。大企業による、大企業のための国家。資本主義の鏡。おそれおおくも、宗主国では、故人献金でも、企業献金でも、政党助成金でも、なんでもありなのだろう。
突然の横綱引退は、いつものRed herring=根本の問題から注意をそらすための情報?
山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』の02-05「朝青龍引退劇」についての記事で、突然の引退、背景が分かったような気分になった。やはりRed herring説。
大幹事長については、ブログ『逝きし世の面影』の、大山鳴動鼠一匹か『悪徳政治家小沢一郎VS検察+マスコミ』に、大いに納得。
アメリカのとんでもない「企業献金上限撤廃判決」、不思議なことに、日本のマスコミ、記事にしない。ニューズウイークは記事を書いている。企業献金「上限撤廃」がアメリカを壊す
沖縄タイムスには、米谷ふみ子さんの記事が掲載されたようだ。2010.01.31 末尾を引用させていただこう。こちらの方が、横綱引退より、庶民生活への影響、はるかに大きかろう。
その上、両党が選挙資金ほしさで企業に遠慮して金融機関規制もできないでいるときに、ブッシュが選んだ最高裁判事たちが、103年前に禁じられた企業献金の上限を5対4で取り除いたのである。将来すべてが企業の言うままになり、庶民の利なんて何も無くなり、金持ちがいやが上にも金持ちになり、世界の警察のように振る舞っていたアメリカがやることを世界中がまねをする。お先真っ暗である。
写真は、GlobalResearchの記事Noam Chomsky The Corporate Takeover of U.S. Democracyから。国家の象徴として、実に素晴らしい画像だ。こういう、真実を語る旗なら、振っても良いような気がする。献金(入札)額に応じて、掲載企業ロゴが、毎年変わるようになると、一層感動的だ。もちろん、51番目には、日本列島か、日の丸のシルエットを載せて欲しいものだ。アメリカ国債(戦費)に、日本ほど貢献している国はないのだから。
日の丸も、黄金丸が、より良いのかも知れない。あるいは、お先真っ暗な将来を考えると、黒丸の方が良いのだろうか?慢性赤字を先取りしている現状が最適か?
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