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2010年2月

2010年2月25日 (木)

対トヨタ戦争: 実はもっぱら政治問題

Mike Whitney

2010年2月24日
"Information Clearing House"

何件かの交通事故による死者が理由で、トヨタが、マスコミによって、さらしものにされているなどと、本当に信じている人などいるのだろうか?

ばかばかしい。もしも議会が、無辜の人々が殺されることを、本当に心配しているのであれば、一体なぜ議会は、日曜日に更に27人のアフガニスタン民間人を爆撃で殺害したかどで、アメリカ軍司令官スタンリー・マクリスタルを告発しないのだろう?

しかし、これは死亡事故の問題ではなく、決して"安全規制"の問題でもない。これは政治問題なのだ。容赦のない、マキアベリ的政治策謀なのだ。対トヨタ攻撃は、日本の主導的輸出産業に対する攻撃だ。これは戦争行為だ。実際に何が起きているのか説明する、ニューヨーク・タイムズ記事の抜粋を以下にあげよう。

"日本経済は、第二次世界大戦以来、最悪の不景気からは脱したが、依然としてふらついている。経済をデフレーションから脱け出させ、長期的成長を促進するには、日本はもっと手を尽くすべきだと、スタンダード・アンド・プアーズ社は語っている。

“見通しの変化は、日本政府による経済政策の柔軟性が縮小することで、財政と、デフレ圧力を食い止めるための方策がとられない限り、格下げになる可能性がある、という我々の見解を反映したものだ。”スタンダード・アンド・プアーズ社は、“民主党による新たな日本政府の政策は、我々が以前期待していたより、ゆっくりとしたペースでの財政再建を志向している。”と書いた。

バラク・オバマ大統領も、水曜日に、アメリカ合州国における、同様の懸念について、演説し、政府支出は制御不能だという認識を和らげてくれるのでは、と彼が願っている行動である、多数の内政対策に対する支出凍結を要求するものと予想されている。ギリシャとアイルランドの財政問題も、国債問題に脚光を当てるのに役立っている。" ("Japan's High Debt Prompts Credit Rating Warning"、「日本の大量債務、信用格付け警告をひき起こす」田淵ひろこと、ベッティナ・ワッセナー、ニューヨーク・タイムズ)

日本のネオリベラル政府は、金利引き下げと、財政出動という、伝統的な方法を用いて、デフレーションと戦っている。しかし、それはワシントンの望むところではない。ネオリベラルの為政者と、右翼シンクタンクにいる相棒達は、"財政再建"を望んでいるのだ。これはつまり、不景気を深化させ、失業を増大させ、相次ぐ債務不履行や倒産をひき起こす、厳しい緊縮政策である。西欧の大企業優遇主義者や金融業界の大物達は、こういう手口で、発展途上国を意のままに操り、そうした国々の経済を、永続的危機へと陥れてきたのだ。これは"ショック・ドクトリン" であり、20年以上にわたるIMFの手口だ。日本は、政府を弱体化させ、公有資産や公益事業の民営化を促進しようという狙いを持った、ワシントン合意を支持する連中によって、財政的拘束衣の中に押し込められつつあるのだ。

スタンダード・アンド・プアーズ社のような格付け企業も、マスコミと同様に利用されている。日本に経済/ゲリラ戦争をしかけ、政権に経済政策見直しを強いているのだ。(注: 日本は、債務に対しては、自国通貨を支払うのであり、1兆ドル以上もの大量の外貨準備があるのだから、負債のため、日本が債務不履行となる可能性は皆無だ。)トヨタ攻撃は、ワシントンの命令に従い損ねた国々に一体何が起きるかを、東京に思い知らせてやる一つの方策だ。

問題を極めて簡潔に要約した、ニューヨーク・タイムズ記事の抜粋を以下にあげる。

鳩山由紀夫首相の政府は"家計を助けることを狙う福祉政策への支出を増強した......強力な衆議院は、3月で終わる会計年度に対し、経済へのてこいれを促進すべく、7.2兆円、つまり803億ドルもの補正予算を承認した...来年度、意欲的な福祉支出を含めた記録的な、兆ドル級予算により、政府支出は更に増大する予定だ。(ニューヨーク・タイムズ)

西欧のエリート連中は、平均的な勤労者どもの生活水準を上げるような経済政策に耐えることができない。"福祉政策"やら"福祉支出"というのは、大企業優先のトリクルダウン説を唱えるブードゥー資本主義の教義にとって、忌避すべきものなのだ。連中が望んでいるのは、上流階級への再配分と、階級戦争だ。不幸にして、鳩山由紀夫首相は、アメリカの実力者連中との関係を悪化させてしまい、彼等の憤激をたっぷり味あわされているのだ。彼への国民の支持率は、37パーセントに急落し、更に下降を続けている。これが言わんとすることは明らかだ。ワシントンに逆らうと、敗残者になるぞ。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article24852.htm

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現時点で、読者(ユーザー)のコメントが15ある。いずれも、トヨタに好意的で、筆者の意見に賛成するもののようだ。庶民からすれば、そうなのだろう。

あるいは、仲間うちの投稿かも、と考えれば、きりはないのだが。

ともあれ、コメントもご一読を。

2010/3/5追記:

この記事、blog「英語日本語ニュース」でも(2010/2/27)紹介しておられる。しかも、同じ筆者による続編とも言える「鳩山首相は、ジャパン・バッシングをどのようにすれば止められるか」まで訳しておられる。(記事題名、勝手ながら改変させていただいた。)是非とも、ご一読を。

この記事の紹介ということでは、もちろん下記記事も見逃せまい。

机の上の空 大沼安史の個人新聞 2010-02-27
負けるな日本! 「ジャパン・バッシング」に対し、米国から連帯の声 米国債を売って、在日米軍基地を見直せ!

なお原文中の人名、日本語古文ではシモネタ言葉である「ホト」ヤマに変ってしまっている。日本語について、編集者が無知なのか、知っていて、いやがらせなのかはわからない。各自、古語辞典でご確認いただきたい。「古事記」にもでてくる単語だ。

ちなみに、スワヒリ語では、「ヤマモト、クマモトは禁句」と、ケニア人に教えられたこともある。小学校の授業で、「日本について、何かしっていますか?」と先生(多くは女性だそうだ)が質問すると、悪童連中は皆、「ヤマモト、クマモト」と合唱するのだと彼はいっていた。

閑話休題。続編では、バッシングがおわるまで、トヨタの工場を順次、閉鎖するというべきだ。あるいは、アメリカ国債を、順次売り続けると主張せよ、という提案をしてくれている。基地をカードに使えという趣旨の素晴らしい提案もある。この筆者を日本政府顧問に呼ぶのであれば、「税金の無駄遣い」などと、非難するつもりはない。

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追記:

志村建世のブログ、最新記事「階級闘争の逆転」は、この記事を、お読みになって書かれたもの。こうして、お読み頂き、書いて頂けると、blog移転作業による目の疲れも軽減する思いがする。それにつけても、その現象を描いた名著、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』翻訳、いつになったらでるのだろう。

鳩山首相ということでいえば、オーストラリア大学名誉教授ガバン・マコーマク氏による下記記事もどうぞ。

オバマ対鳩山: 不平等で、違憲で、違法で、植民地的で、虚偽的な米日協定の素性

2010年2月23日 (火)

アメリカの司法に関する真実

Yvonne Ridley

2010年2月6日

"Information Clearing House"

アーフィア・シディキ博士に対して下された有罪の評決を巡って、私たちの多くは、依然として、ショック状態にある。

パキスタン国民の反応は、予想通りの、圧倒的なもので、彼らの自発的な行動に、私は敬意を表したい。

ペシャワルから、イスラマバード、カラチ、ラホールに至るまで、そして更に他都市でも、何千人ものパキスタン人が、アーフィアの帰国を要求して、デモ行進した。

アメリカ・マスコミの中にさえ、陪審員達が下した評決を巡って、不快感を現しているものがある … 何かおかしいと、全員が感じていたのだ。

過去二年間、アーフィア博士と彼女の支持者への反対論を語り続けてきた、いつもは口数の多いアメリカ大使アン・パターソンを除いた全員に、言いたいことがあったのだ。

このアン・パターソンという人物は、2008年7月に、私がパキスタン・テフリーク・エ・インサフ(正義行動党)議長イムラン・カーンとともに記者会見を行い、バグラムの、グレー・レディーと呼ばれている女性囚の窮状を明らかにした際に、私を夢想家呼ばわりした、まさにその女性だ。彼女は、私がたわごとをいっているのであり、私が“650”と呼んだ囚人など存在していないと断言した。

月末には、彼女は言い分を変え、女性囚はいたが、彼女は絶対にアーフィア・シディキ博士ではなかったと言った。

そのころ、アーフィアは、十数人のアメリカ兵、FBI職員とアフガニスタン警官で満員のアフガニスタンの監房で、事実上の至近距離から撃ち倒されていた。

大使閣下は、囚人が、M4銃を兵士の一人から奪い取り、二発発砲したため、力づくで鎮圧するしかなかったと、マスコミに向かって説明した。こうした弾丸が、監房の中にいた一人たりとも命中せずに、ただ消えうせてしまったという事実が、この外交官にはピンと来なかったのだ。

2008年8月16日付けの嘘まみれの手紙で、彼女は「アーフィア シディキ女史の逮捕に関する、見当違いで、でたらめなマスコミ報道」を非難した。彼女は更に続けて言ったのだ。「不幸なことに、世論を操作し、たきつけるねらいから、単に事実をわい曲することだけに関心を持っている人々がいる。真実は、決して、扇情主義によって支配されることはない…」

アーフィア博士への虐待の継続と、彼女のバグラム幽閉に関する真実を、人々に伝えるべく、イスラム協会が、私をパキスタン全国遊説に招待してくれた際、アメリカ大使は反論をし続けていた。

彼女は、我々全員に向かい、アーフィア博士は、国際法に定められている通り、人道的に処遇されており、領事との面会も認められていると、保証した… なるほど。さて、今日は、私からパターソン女史に課題をさしあげよう。当時発言した言葉を一字一句繰り返し、それが、真実である、全て真実である、真実だけであると、誓うよう、私は彼女に要求する。

アーフィア・シディキ博士の裁判が進む中、アメリカ大使や、諜報機関の引き立て役連中が、イスラマバードのアメリカ大使館で、厳選されたジャーナリスト連中向けに豪華なパーティーをしつらえ、ダンスや飲み物と音楽の合間に、この訴訟の、いわゆる真実について、ジャーナリスト連中は、入念に情報を与えられたはずだと私は確信している。

大使が、長年にわたり、コンクリートの掩蔽壕や鉄条網の背後に身をひそめて暮らしながら、このパキスタンという偉大な国家、あるいはその国民について、彼女は何も学んでいなかったことを証明する、自分に不利になる可能性がありそうな、内輪のパーティーで撮影された何枚かの写真で、おそらくは、パキスタンの街路に、この裁判が与えるであろう影響を、極小化しようと願っている様子を伺い知れるのは興味深いことだ。

ある明敏なパキスタン人コラムニストが、彼女について書いている。「尊敬すべき女史は、お国の第16代大統領アブラハム・リンカーン(1809-1865)の名言を、お忘れになっておられるようだ。「国民の一部を、いつまでも騙し通すことはできるし、国民全員を、ある程度の期間、騙すことはできるが、全国民をいつまでも騙し通すことはできない。」

そして、パキスタン国民が一筋縄ではいかないことは既に証明済みで、ニューヨークでの有罪評決に、適切な方法で答えたのだ。

不法が、法となるのであれば、立ち上がって、その不法に、できる限りの方法で異議を申し立てることは、あらゆる人々の義務なのだ。

反応は、これまでのところ、控えめで、慎重だが、それも始まりにすぎない。判決は、5月に、リチャード・バーマン裁判官によって、言い渡されることになっている。

もちろん、ニューヨークでは、アーフィアを殺人未遂のかどで有罪とした陪審員団に対する責任追及や、非難が盛んに行われている。

彼等が一体どうして、科学と疑うべくもない事実を無視できたのかと、観測筋はいぶかしがっている … アーフィア博士と銃とを結びつける証拠は全く皆無で、弾丸はなく、発射による残留物もないのだ。

この評決をした陪審員達をとがめることは、我々にはできまいと私は思う。陪審員団は、単純に、真実に対処できなかっただけなのだ。彼等がもしも、 論理的なtake route科学的な、確かな、客観的な、冷静な事実を目指していれば、二つの事を意味することとなったろう。それは、自分は無事に逃れて、経歴に傷をつけずにすませるため、8人のアメリカ兵士達が、法廷で宣誓し、嘘をついたか、あるいは、アーフィア・シディキ博士が、真実を語っていたかを意味することとなったろう。

そして、私が先に述べた通り、陪審員団は、真実に対処することが出来なかったのだ。そうすれば、被告人が、射撃され、ニューヨーク行きの引き渡し便に乗せられる前に、実は、アメリカによって、ら致され、虐待され、拷問され、暗い秘密刑務所に拘束されていたことを意味することになったであろう為だ。これはつまり、彼女の三人の子供達も、そのうち二人はアメリカ国民なのだが、アメリカによって、ら致され、虐待され、拷問されていたであろうことを意味することになる。

知らぬが仏で、陪審員団は、生後五か月の男の赤ちゃんと、五歳の少女と、7歳の長男のら致に、アメリカが関与していようなどとは決して信じたくなかったのだと言う人々もいる。

彼等は、真実に対処することができなかったのだ … 実に単純なことだ。

そう、私も、世界中の、私のような多くの人々も、これ以上の嘘には対処できない。パキスタンにおける、アメリカの評判は、現在最低の状況にあり、これ以上は落ちようもない。

信頼は消え去り、残されたのは、無人飛行機を村々に飛ばして、無辜の人々を虐殺する超大国に対する、燃えるような憎しみと怒りだけだ。

極めて誠実で、礼儀正しいパキスタン国民にとって、アメリカの善意やら信頼性など、もう尽きたも同然だと言って、過言ではあるまい。

アン・パターソン大使閣下でさえも、事実を認識しており、それこそが、彼女が今、沈黙している理由だろうと私は思う。

もしも彼女に品格があり、多少たりとも自尊心が残っているのであれば、彼女はパキスタン国民の前に立って、無人飛行機で人を殺す連中、裁判無しでの殺人、非合法活動、ら致、拷問、アメリカ国民の引き渡し、水攻め、賄賂、汚職、そして何よりも、アーフィア・シディキ博士と、彼女の家族に対して行われた不法行為に対して許しを乞うべきなのだ。

その後に、彼女はアメリカ大統領に電話をかけ、彼に、アーフィアを釈放し、パキスタンで最も愛され、尊敬され、有名な女性である彼女を帰国させ、依然として行方不明の二人の子供に会わせてあげるよう言うべきなのだ。それから、2008年8月16日付けの自分の手紙を再読し、もう一通の手紙… 辞表を、書くべきだ。

イボンヌ・リドリーは、彼女が2003年3月にら致されて間もなく、アーフィア・シディキ博士の窮状を、初めて、世界に知らしめた「ケージプリズナーズ=Cageprisoners」後援者の一人。受賞歴がある調査ジャーナリストのリドリーは、バグラムのグレー・レディーが、アーフィア・シディキ博士であると結論づけたドキュメンタリー映画『囚人650号を探して』を、映画制作者ハッサン・アル-バンナ・ガニと共同制作した。

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article24605.htm

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同じ筆者による下記の関連記事を、以前訳してある。現場を本当に見たジャーナリストでなければ書けない文章だ。

ごう慢と無知

昨日、ジャストシステムブログ事務局から、以下のようなメールが届いた。

日頃よりジャストシステムブログサービスをご利用いただき、誠にありがとう
ございます。
2007年2月より弊社にて運営してまいりました
「ジャストシステムブログサービス」ですが、諸処の事情により、
2010年3月末日をもちまして、シックス・アパート株式会社へサービスを移管
することとなりました。

皆様にはご心配とご不便をおかけすることとなり、大変申し訳ございません
が、現在ご利用中の皆様に極力ご迷惑をおかけすることのないようにしたい
と考えております。

運営元が変わるのであれば、これまでJUSTBLOGに書いた記事、何とも面倒だが、3/31以前に、全てこちらに移行するしかなさそうだ。

インターフェースが良く似ているのが救いだが、引っ越しサービスなるものは使えない。

折角頂いたコメントや、トラック・バック、全て消滅してしまうのが残念。

2010年2月10日 (水)

アメリカ、アフガニスタンで、ファルージャ式攻撃を準備

2010年2月6日

wsws.org

アメリカとイギリスの軍隊が、アフガニスタンのヘルマンド州にある町、マルジャーの攻撃を準備する中、軍司令官達とマスコミは、この作戦を、イラク戦争における、最も残忍な戦争犯罪の一つ、2004年11月のファルージャ包囲攻撃と、あからさまに、比較をしている。

アメリカが率いる占領に対し、長らく激しい抵抗を行ってきた地域であるヘルマンド州中央部における作戦は、ワシントンが、2001年10月にこの国に侵略して以来の大規模軍事攻勢となるだろう。80,000人の住民を擁し、アメリカ軍が、タリバンの牙城と呼ぶ、ヘルマンド川渓谷の都市を、少なくとも15,000人の兵士が包囲すると想定されている。

カーブルの西560キロにある農業の中心地、マルジャー周辺の地域には、125,000人が住んでいる。昨年夏、バラク・オバマが大統領の地位について間もなく下した、更に21,000人の兵士をアフガニスタンに派兵するという命令の後、アメリカ海兵隊員によって占領された村々から逃げてきたアフガニスタン人によって、住民の数は膨れあがった。

攻撃の後、現地住民の中に溶け込んでしまえる、見えざる敵の手によってこうむる死傷者を巡り、イライラし、激怒しているアメリカ海兵隊員が、激しい軍事攻撃で、この都市に向けて解き放たれれば、結果は予想がつく。

南部アフガニスタンにおける、アメリカ海兵隊員の司令官、ラリー・ニコルソン准将は、来る攻勢の特徴を、詳しく説明した。マルジャーに残る連中には、三つの選択肢がある。「一つ目は、とどまって戦い、恐らく死ぬことだ」と彼は言う。「二つ目は、アフガニスタン政府と和ぼくし、社会復帰することだ。」三つ目は、逃げようと試みることだが「その場合、我々は、そういう連中を待ち伏せるよう、人員を配置しておくつもりだ。」

「我々は、大挙して攻める予定だ」海兵隊第二遠征旅団司令官のニコルソンは語っている。「正々堂々とした戦闘は期待していない」と彼は補足した。

極めて異例な動きとして、アメリカ軍司令部は、攻撃計画を公式に発表した。「こういう風にやるのは、いささか異例だが、こうすれば、夜の闇の中、突然、攻勢にさらされる前に、自分たちがどうすれば良いかを考える機会が、全員に与えられるだろう」とアフガニスタンにおけるアメリカ軍最高司令官スタンリー・マクリスタル大将は語っている。

来る攻勢の標的を明らかにする意図は、海兵隊員が入り込む前に、民間人が逃げ出せるようにすることだという。これは、警告を聞き入れ損ねた連中を、殺されて当然の筋金入りタリバンとして描きだすことによって、アメリカ攻勢に対する、先手を取ったアリバイともなっている。

アメリカの国家機構と密接なつながりを持つ、軍-諜報関係ウェブ・サイトStratforは、木曜日「攻撃は、地域封鎖も行うこととなる可能性が高く、防衛に当たる戦士の多くは、恐らく、死ぬまで戦うか、降伏するかを強いられることとなろう。」と報じた。

記事はこう続く。「イラクのファルージャとラマディ攻撃という経験を積んでいるので、海兵隊員は、こうした種類の都市攻撃には慣れている。」

「こうした種類の」都市攻撃とは、一体どのようなものだろう?

2004年11月の海兵隊によるファルージャ攻撃では、戦闘機が何千トンもの爆弾を投下し、攻撃型ヘリコプターと戦闘戦車が、建物にミサイルを打ち込み、機関砲砲撃で、地域を猛爆撃し、300,000人の住民がいた都市の大半は、がれきと化した。

アメリカ軍司令部は、2,000人の“武装反抗勢力”を殺害したと主張しているが、本当の死亡者数は不明なままだ。町に残った民間人も同じ爆撃にさらされた。空爆後の、個別家宅捜査で、射殺された人々もいれば、逃げる途中で殺害された人々もいた。負傷した戦士は、即座に処刑され、医療施設は軍事攻撃の標的とされていた。市内にいた人々は全員、10日以上にわたり、食料も、水も、電気も、絶たれた。

作戦は、4人のブラックウオーター社傭兵を殺害したことと、外国による占領への、この都市の長期にわたる抵抗に対する、ファルージャの住民に向けた集団的懲罰という、悪意ある行為だった。作戦は、この戦争全体の犯罪性の具象化であり、戦争に関する法律の、複数かつ過度の侵害を特徴としていた。

もしアメリカの軍司令官達を信用するならば、同じような理由から、同じような作戦がアフガニスタンでも計画されている。マルジャーの町が戦場と化するのだ。

ファルージャの場合同様、復讐が一因となっている。昨年、アメリカ軍の死傷者数は着実に増加しており、CIAは、12月末、アフガニスタン国境で、屈辱的な攻撃を受け、7人の工作員が死んでいる。

アフガニスタンでは、イラクでと同様、アメリカ軍司令部は、占領に対する抵抗の中心として知られている、人口の中心部を見せしめにして、そのような抵抗が無駄であり、虐殺され、破壊される目に遭うのだということを、全国に知らしめることに価値を見いだしている。

この殺戮は、果てしなく続く対テロ戦の名において、公式に正当化されている。プロパガンダの陰には、アフガニスタン、イラクでの戦争同様の原動力がある。武力の行使によって、アメリカ資本主義の危機に対処することと、いずれも膨大な石油埋蔵の中心である、ペルシャ湾と中央アジアにおける、戦略的立場を確保することを狙ったアメリカ支配層エリートによるたくらみだ。

一年前、バラク・オバマがホワイト・ハウス入りをした際には、アメリカの広範な階層の中に、彼が大統領に就任すれば、ファルージャ、アブグレイブ、グアンタナモ、ブラックウオーター、拷問や引き渡し、といった言葉は、暗く、恥ずべきながら、閉じられた、アメリカ史の一章の語彙へと変わるだろうという希望が存在していた。

マルジャー攻勢の準備は、ブッシュ政権の犯罪は、終わるどころではなく、民主党の大統領の下で、継続され、エスカレートしていることを浮き彫りにしている。

現在、海外における植民地風戦争と占領のために派兵されているアメリカ兵士の人数は、ブッシュ時代よりも多く、殺戮は、イラクとアフガニスタンから、パキスタンやイエメンにまで広がっている。オバマ政権は、二つの続行中の戦争と占領に、3,220億ドルを、要求しているが、この数値は、更なる“追加”資金要求によって膨れ上がるのは確実だ。

“希望”と“チェンジ”の候補者と思われていた人物は、政策上において、ある種の戦術的転換を、海外においては、軍国主義の推進、国内においては、労働者階級に対する容赦ない攻撃の継続をしたいと望んでいた、既成政治勢力の一部と、軍-諜報複合体による、厳選された代理人として、一層鮮やかに浮かび上がってきたのだ。

アメリカの労働者は、新たな戦争犯罪が、自分たちの名において遂行されるのを受け入れることはできない。全てのアメリカと他国の軍隊の、アフガニスタンからの即時無条件撤退という要求は、オバマ政権と、この政権が擁護している金融寡頭勢力に反対する政治攻勢と、結びつけられるべきなのだ。

Bill Van Auken

著者は下記記事もお勧めする。

ファルージャ包囲攻撃: アメリカによるやり放題の大虐殺(英語原文)

[2004年11月18日]

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/feb2010/pers-f06.shtml

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この作戦に言及した最近(2月3日)のCNN記事がある。

アフガン駐留の米海兵隊、近く大規模作戦開始 タリバーン掃討

なお、昨年12月、同じくwsws.org掲載の別筆者による同じ話題の下記記事を訳してある。

アメリカ、アフガニスタンにおける、ファルージャ型攻勢を準備中

同じ包囲作戦に触れた上記記事の末尾に、郵政破壊の方向転換について、楽観的なごたくをならべていたので、反省として、下記を補足しておく。

亀井大臣が、しっかり、小泉路線から、正しい方向に転換してくれているものと
思い込んでいたが、さにあらず、ということのようだ。

『世界』2010年3月号の『経済政策に普遍の目を』伊東光晴京都大学名誉教授
144ページに、「IV 郵政改革はどうなるのか-新政権の案は隠れ小泉案」とある。

ごく一部だけ引用させていただこう。

<それは小泉路線上を走っている>

(始めの部分は略す)
亀井さん大丈夫ですか。あなたの改革は小泉路線と変わらない道を歩んでいるのですよ。財政が悪化すれば、株式は売られる。三分の一保有などすぐ変更になる。
(中略)新政権の郵政案は、小泉案の路線上と見るのが正しいだろう。それでよいのか。 ここにも、小泉改革を操った財務省の力が働いており、それに同調する隠れ小泉が、新政権内部にいることを物語っている。(以下略)

関心をお持ちの皆様におかれては、雑誌『世界』を購入の上、全文をお読みいただきたい。
特集 脱デフレ・脱不況の経済政策とは?は読みごたえがある。金子勝慶応大学教授・武本俊彦氏の記事『鳩山政権「新成長戦略」は国民への裏切りである』。あるいは、『民意偽装』事業仕分けの思想。さらに、『アルンダティ・ロイが語る、インド経済成長の犠牲者たち』も読める。よい情報というものは、ただで手に入ることはすくなかろう。(ただし同誌の、小沢vs検察という記事は、読むつもり皆無。)

2010年2月 7日 (日)

デンマーク漫画家襲撃に関する、うやむやのままの疑問

Stefan Steinberg

2010年1月8日

クリスマス当日の、デトロイトにおけるノースウエスト航空253便の旅客機爆破未遂からわずか数日後、1月早々、ソマリア人の男によって遂行された、デンマーク人漫画家クルト・ヴェスタゴーへの襲撃は、反イスラム感情を復活させ、強化し、同時に、アメリカが率いる“対テロ戦争”への支持をかき立てるため、ヨーロッパ・マスコミや政界の一部によって、意図的に利用された。

実際、デトロイトでの最近の出来事と、ヴェスタゴー襲撃を比較する本当の根拠があるのだ。テロ集団とつながりがあることが分かっていたナイジェリア人の若者が、いかにして、見つかりもせず、地球半分の距離を飛ぶのに成功し、更にデトロイト上空で、飛行機を爆破しようとしたかに関するアメリカの公式説明は、ほとんど信じがたい。また、デンマーク人漫画家襲撃の場合も、同様に、甚だしい矛盾が明らかとなり、デンマーク当局と諜報機関が提示している出来事の説明に、疑念を投げかけている。

1月1日、デンマーク在留許可を持ったソマリア人が、コペンハーゲン北西200キロの、デンマーク第二の都市オーフスにあるデンマーク人漫画家クルト・ヴェスタゴーの家に、押し入った。後にモハメッド・ムヒディーン・ジェレと判明したソマリア人の男は、斧を振り回し、特別に作った避難部屋に逃げ、警察に通報した、ヴェスタゴーを殺害する意図を公言したとされている。警察は、ジェレを逮捕する前に、彼の手と膝を射撃した。

ヴェスタゴーは、2006年、イスラム教徒に対し、極めて侮辱的なやり方で預言者マホメットの漫画を描いた12人のデンマーク人画家の一人として有名になった。ヴェスタゴーの漫画は、最も挑発的な作品の一つで、ダイナマイトの棒をターバンに挿したマホメットを描いていた。つまりイスラム教信仰の中心人物を、露骨にテロリストとして描き出していたのだ。漫画はデンマークの日刊紙ユランズ・ポステンに掲載され、“言論の自由”という名目で、ヨーロッパ中の新聞に転載された。実際は、ユランズ・ポステンの漫画を巡るキャンペーンは、当初から“言論の自由”とは無関係で、公然と反イスラム教であるデンマーク人民党を含め、右翼ネオ-リベラル派と保守派の連立である、デンマーク政府の極右政治的指針との関係の方が遥かに強いのだ。

この反イスラム教挑発は、外国人嫌いの感情を煽るため、右翼勢力によって、ヨーロッパ中で企てられた。このキャンペーンの狙いと背景については、WSWS上で既に詳細に論じた (“デンマークとユランズ・ポステン:挑発の背景”を参照)。漫画の掲載と、彼を殺害するという多数の脅迫の後、ヴェスタゴーには、厳重な警察の警備がつけられた。

ヴェスタゴー襲撃の後、モハメッド・ムヒディーン・ジェレは、デンマーク治安当局には、良く知られていたことが、明かになった。彼がデンマークの荒廃したアパートに暮らしており、結婚していて、子供が三人いるという事実にもかかわらず、ジェレは、一連の海外旅行をするのに、金回りは十分だった。昨年夏、ケニヤ警察が、ジェレは、ケニヤのテロ要注意人物リストに載っている他の容疑者と付き合っていると見た後、彼はナイロビで、当局に拘留された。彼は7月30日に逮捕され、8月12日に釈放された。

デンマークの新聞ポリティケンによると、ソマリア人と他の四人の容疑者が、バス停留所と、アメリカ国務長官ヒラリー・クリントンが、アフリカ開発に関する会議に参加していたホテル・インターコンチネンタルを含む、ナイロビの二軒のホテルに対するテロ攻撃を実行する計画に関与していたとケニヤ警察が語ったことになっている。

ジェレが釈放された後、ケニヤ対テロ警察のトップ、ニコラス・カムウェンデは、ケニヤ当局は、ジェレにまつわる“諜報情報”をデンマーク大使館に渡していたと発表した。「我々は‘彼は危険人物ですよ’と彼等に言いましたが、彼らの反応は否定的でした」カムウェンデ総監は、インタビューでそう語った。ジェレの正体や、アメリカ国務長官の命を脅かす陰謀への彼の関与について、アメリカの諜報機関が、ケニヤや、デンマークの諜報機関から、情報を知らされていなかったとは信じがたい。

1月のヴェスタゴー襲撃後の、最初の発表では、デンマーク諜報機関(PET)の長官ヤコブ・シャーフは、ジェレが、実際、彼が統括する諜報機関によって、監視されていたことを認めたのだ。

PETの発表は、ヴェスタゴー氏“暗殺の企み”は“テロに関連しており”、PETはソマリア人の襲撃者は「ソマリアのテロ組織アル・シャバブや、東アフリカのアルカイダの指導者達と緊密な関係をもっており」…「東アフリカ滞在中、テロに関連した活動に関与した嫌疑もかけられている。」という情報を持っていたと言っている。

最新の展開として、ジェレの元妻は、ユランズ・ポステン紙に、2006年に、PETが、彼女の夫を、密告者として採用しようとしたと語っている。PET当局は、新聞報道を否定することは避けており、単に、諜報機関が「当局にとって興味深い個人と面談するのは」ごく当然のことだと言明している。

デンマーク治安当局を擁護するマスコミは、諜報収集の落ち度と、“個別の事実を結びつけて、全体像を描き損ねたこと”を理由にして、ヴェスタゴー攻撃について言い逃れをしようとしているが、起きたことに関する公式説明は、信憑性を全く損なうものだ。近年、デンマーク政府は、出入国管理に変更を施しており、今や全ヨーロッパ中でも、最も制限の厳しいものの一つとなっている。にもかかわらず、テロリストとかなりの接触があるとされていて、デンマーク諜報機関当局の監視下にあった男が、アフリカとヨーロッパ間を自由に移動できていて、やがて、デンマークで、最も厳重に警備されている人物への攻撃を遂行したというのを、我々は信じるよう期待されているのだ。

ジェレと、デンマーク治安当局との関係の実態を巡って、一連の疑惑が生じるが、ヴェスタゴー襲撃が、“対テロ戦争”用に新たな戦線を開くのを正当化するため、反イスラム感情をかき立て、ヒステリーの雰囲気を生み出すべく、右翼政治勢力に、またもや利用されているのは明かだ。

案の定、イギリスのタイムズやデーリー・メールといった保守派の新聞は、ヴェスタゴー襲撃を、イスラム教徒に対する新たな政治攻勢を呼びかけるのに利用した。ドイツでは、猛烈な親イスラエル派の作家ヘンリック・M・ブロデルが、デア・シュピーゲルに、“恐怖で窒息させられる西欧”と題する、ヴェスタゴー襲撃についての解説を書いた。論説で、ブロデルは、モハメッドの漫画が最初に掲載されて以来、イスラム教徒に連帯の意を表してきた人々全員を激烈に糾弾した。

多数の新聞解説記事も、“対テロ戦争”拡大を主張する目的で、ヴェスタゴー襲撃を、ノースウエスト253便の爆破未遂と結びつけていた。

有力なドイツ週刊誌ディー・ツァイトの、“典型的なドイツ風議論”と題する記事の中で、筆者のフランク・イェンセンは、デトロイト爆破未遂事件と、ヴェスタゴー襲撃の結果を巡る議論を、空港に人体X線透視装置を設置する事の是非にとどめおいては不十分だと主張している。イェンセンは、そうではなく、国内で過激派イスラム教徒と戦う対策に加え、ドイツは、海外でテロと戦う上で、より積極的な役割を演じなければならないと結論づけている。「連邦政府は、海外における対テロ戦争の努力も大幅に拡大する必要は、避けられまい」イェンセンはこう書いている。「特に、アルカイダと、その関連組織がある破綻国家に対する態度を。」

ヨーロッパによる、アフガニスタンにおける軍事的関与を増すようにという、アメリカの圧力が高まる中、ヴェスタゴー襲撃は、デトロイトの飛行機爆破未遂事件とともに、軍国主義に対して、大きく広がった大衆の反対を挫折させ、ヨーロッパ諸国が“対テロ戦争”に対する関与を大幅に強化する条件を生み出すため、意図的に利用されているのだ。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/jan2010/denm-j08.shtml

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「週刊朝日」2009年10月30日号に、未解決事件の特集があった。イスラム法学者により、作者サルマン・ラシュデイを処刑しろという命令が出ていた「小説『悪魔の詩』を翻訳したのが理由で、訳者がイスラム過激派に暗殺されたことになっている」事件の記事もあった。

警察から返却された遺品の写真や、ご夫人とご子息に関する記事があった。アメリカのイラン専門家が書いた「ザ・パージァン・パズル」という本の中で、著者は「イスラム教徒による暗殺だ」といっている、というような受け売りの文章もあった。

最近またMookで、同じような本が朝日から刊行された。デンマーク事件から二週間もしない日付。2010/1/12。未解決事件ファイル 真犯人に告ぐ (週刊朝日MOOK)

見出しは昨年末の記事に良く似ていた。さほど時期をおかずに本を出すのだから、mookには、多少は詳しい記事があるかと買いにでかけた。残念ながら内容にほとんど差がないようなので購入はやめた。週刊誌とうに処分済ゆえ、記憶の中での比較に過ぎない。以下は、Wikipediaを参考にした、超要約。

1989年2月14日 イランの最高指導者アヤトラ・ホメイニーにより、著者サルマン・ルシュディー、及び発行に関わった者などに対する死刑宣告が言い渡され、ルシュディーはイギリス警察に厳重に保護された。死刑宣告はイスラム法の解釈であるファトワー(fatwa)として宣告された。

1989年6月3日 心臓発作のためホメイニー死去。ファトワーの撤回は行われなかった。ファトワーは発した本人以外は撤回できないので、撤回することはできなくなった。

『悪魔の詩』日本語翻訳版、上・下は、1990年2月刊。
イスラーム・ラディカリズム : 私はなぜ「悪魔の詩」を訳したか 法蔵館、1990年刊
中東ハンパが日本を滅ぼす: アラブは要るが、アブラは要らぬ 徳間書店, 1991年6月刊
暗殺が起きたのは、1991年7月11日

週刊誌記事では、事件の一月前に出された著書『中東ハンパが日本を滅ぼす』については一切触れられていない。小沢幹事長が宗主国に莫大な戦争資金を献上した第一次「湾岸戦争には、金も軍隊も出す必要はなかった」という本。巨大オンライン書店ウェブには、五つ星の書評が載っている。(評者、かの有名な『マルコポーロ事件』の当事者らしいが、それはまた別の話だろう。)

原書が話題になった頃、好奇心から、ロンドンの書店で買い求めた記憶がある。比較的大きな書店なのに、どこにも本はおいてない。不思議に思い、書名を言って尋ねると、カウンターの下から恐る恐る取り出し売ってくれた。折角の本も、分厚いので積ん読のまま行方不明。

政治資金を巡って、検察対豪腕政治家の話題、幕引きという時期に、ぴったり重なって、品格に問題がある横綱が引退、話題は全てそちらに集中した。宗主国に従順な政治家なら、品格は問われない。それもそのはず。宗主国では、最高裁判決で、企業献金の上限が撤廃されてしまった。大企業による、大企業のための国家。資本主義の鏡。おそれおおくも、宗主国では、故人献金でも、企業献金でも、政党助成金でも、なんでもありなのだろう。

突然の横綱引退は、いつものRed herring=根本の問題から注意をそらすための情報?

山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』の02-05「朝青龍引退劇」についての記事で、突然の引退、背景が分かったような気分になった。やはりRed herring説。

大幹事長については、ブログ『逝きし世の面影』の、大山鳴動鼠一匹か『悪徳政治家小沢一郎VS検察+マスコミ』に、大いに納得。

アメリカのとんでもない「企業献金上限撤廃判決」、不思議なことに、日本のマスコミ、記事にしない。ニューズウイークは記事を書いている。企業献金「上限撤廃」がアメリカを壊す

沖縄タイムスには、米谷ふみ子さんの記事が掲載されたようだ。2010.01.31 末尾を引用させていただこう。こちらの方が、横綱引退より、庶民生活への影響、はるかに大きかろう。

その上、両党が選挙資金ほしさで企業に遠慮して金融機関規制もできないでいるときに、ブッシュが選んだ最高裁判事たちが、103年前に禁じられた企業献金の上限を5対4で取り除いたのである。将来すべてが企業の言うままになり、庶民の利なんて何も無くなり、金持ちがいやが上にも金持ちになり、世界の警察のように振る舞っていたアメリカがやることを世界中がまねをする。お先真っ暗である。

写真は、GlobalResearchの記事Noam Chomsky The Corporate Takeover of U.S. Democracyから。国家の象徴として、実に素晴らしい画像だ。こういう、真実を語る旗なら、振っても良いような気がする。献金(入札)額に応じて、掲載企業ロゴが、毎年変わるようになると、一層感動的だ。もちろん、51番目には、日本列島か、日の丸のシルエットを載せて欲しいものだ。アメリカ国債(戦費)に、日本ほど貢献している国はないのだから。

日の丸も、黄金丸が、より良いのかも知れない。あるいは、お先真っ暗な将来を考えると、黒丸の方が良いのだろうか?慢性赤字を先取りしている現状が最適か?

2010年2月 6日 (土)

デンマークとユランズ・ポステン紙:挑発の背景

Peter Schwarz wsws.org

2006年2月10日

デンマークやヨーロッパの新聞に掲載された預言者マホメットの漫画を巡る論争に関する基本的な嘘は、これは、言論の自由と宗教的検閲との間の、あるいは、西欧の啓もう主義と、イスラム教の頑迷さとの間の争いだ、という主張だ。

ドイツの緑の党と密接なつながりを持ったtaz紙が、この紛争は、キリスト教を含む、あらゆる宗教の影響を、“耐えうる程度”にまで、引き下げるものだと言明した。シュピーゲル・オンラインで、ヘンリック・M・ブローデルは、デンマークの日刊紙ユランズ・ポステンの発行人がした“民主的な世論が、いかにして全体主義的観点に降伏するかという一例”だとする、漫画論争をひき起こした、心のこもらない謝罪を非難した。

デンマークにおける一般的な政治条件を調べてみれば、そのような主張がどれほど、でっち上げであるか分かる。過去数年間に、政治的変化があった他のヨーロッパ諸国において、これほど明瞭で不快な表現を探し出すには、誰であっても四苦八苦するだろう。

寛容と開放性で知られている国における社会危機と、旧来の労働階級組織による裏切り行為が、組織的に外国人排斥と人種差別を奨励する政治勢力の出現を可能にしたのだ。ユランズ・ポステン紙は、この過程で、重要な役割を果たしてきた。

昨年秋、ユランズ・ポステン紙は、40人の著名なデンマーク人漫画家に、預言者マホメットを描くよう依頼した。12人がこれに応え、作品は9月30日に発表された。このプロジェクトは、挑発を意図的に狙ったものだ。

同紙の文化編集員フレミング・ローズによると、イスラム教とイスラム教徒に関する“デンマーク世論の自己検閲の限界を実験する”ことが狙いだったという。彼はこう補足した。「宗教的でない社会においては、イスラム教徒は、あざ笑われ、冷笑され、滑稽にみられてしまうという事実に耐えなければならない。」

イスラム教社会による、期待していた反応が起こり損ねると、本格的なスキャンダルをひき起こそうと、堅く決め、同紙はキャンペーンを継続した。抗議も無しに、一週間過ぎた後、ジャーナリスト達は、原理主義的な見解で有名な、在デンマーク・イスラム教宗教的指導者に迫り、問いただした。「一体どうして抗議しないのですか?」結局は、このイスラム教宗教的指導者が、反発し、中東の同じ思想を抱く人々の注意を喚起した。

この時点で、デンマーク政府首相だったアナス・フォー・ラスムセンと、与党連合の一員であった外国人嫌いのデンマーク国民党は即座に行動に移った。フォー・ラスムセンは、憂慮するアラブ諸国の大使達による、事態を解明するための話し合いの要請を、これみよがしにはねつけた。22人の元デンマーク大使達が、首相にイスラム教諸国の代表と話し合いをするよう呼びかけた後も、ラスムセンは“報道の自由”は外交的な話し合いの話題となりえないと主張し、その姿勢を固持した。

デンマーク国民党党首ピア・ケアスゴーは、自分たちの宗教的信条を、言論の自由より大切と見なすのだから、彼らは売国奴だと、公然と非難し、漫画に抗議するデンマークのイスラム教徒を侮辱した。

最初から、このキャンペーンは“言論の自由”とは全く無関係で、右派ネオ-リベラルと保守派と、デンマーク国民党も含む連立で構成される、フォー・ラスムセン政府の政治課題とこそ、つながっていたのだ。

デンマーク国民党は、1990年代、当時の与党、社会民主党を含む、同国の全ブルジョワ政党が、高まりつつある社会危機に、外国人排斥キャンペーンで対応した際に、名を成した。当時、国民党は、イスラム教は、“癌性潰瘍”で“テロ活動”だと宣言した。人種差別主義的な発言で知られるケアスゴーは、イスラム世界は文明化しているとは見なせないと宣言した。「文明というのは、たった一つしか存在せず、それは我々の文明だ」と彼女は述べた。

当時、右派のヴェンスタ党の党首だったフォー・ラスムセンは、国民党の人種差別主義的な民衆扇動の多くを取り入れた。2001年の選挙キャンペーンでは、“犯罪人の外国人”は、48時間以内に、デンマークから追い出されるべきだとさえ主張した。

彼はキャンペーンで、全てのイスラム教徒が暴力的であることを示唆すべく、イスラム教徒の犯罪人達の写真を載せた選挙ポスターを利用した。ヴェンスタ党は、選挙に勝利し、伝統的保守派とともに、少数派与党政府を形成し、極右の国民党にも支持された。

デンマーク政治は、遥か右へとふれたのだ。デンマークの移民法は、劇的に厳しくなり、開発援助支出は削減された。イラク戦争、大多数のデンマーク国民が反対していた、フォー・ラスムセンは、ブッシュ政権を支持し、イラク占領を支援すべく、デンマーク軍の分遣隊を派兵した。

ユランズ・ポステンが解き放ったキャンペーンは、政府の外国人嫌い政策と、アメリカ帝国主義支持の強化を鼓舞することを狙った、この反動的な軌道の継続・強化なのだ。

漫画自体、明白に人種差別的だ。漫画は、全てのイスラム教徒が、テロリストになる可能性がある人物であることを示唆している。預言者に対する冒涜に抗議する憤慨したイスラム教徒達の記事や写真が、こうした中傷を強化するのに使われた。

公式な政治もヨーロッパ中のマスコミも、次第にそうしたキャンペーンで頭が一杯になってしまった。彼らはそうした行為に何の責任も負ってはいないにもかかわらず、イスラム教徒達は、一団として、テロ集団が実行した行為の責任を負うとされたのだ。ドイツのバーデン-ヴルッテンベルク州では、ドイツに住み続けたいイスラム教徒は、宗教信条を探る質問一覧表に答えなければならない。

テレビ・ニュースのキャスター達は、イスラム教徒が、イスラム教の名において、マホメットの冒涜に対しては、いつでも抗議する用意があるのに、テロ集団が実行する行為には抗議しないと、決まったように中傷し、そのような行為を、彼らが密かに支持しているのだと示唆する。

キャンペーンは、イスラム教を“西欧的価値観”とは相いれない、劣った文化として描くものとなった。これは明らかに、1930年代に流布された、ナチス時代のシュテュルマー紙のようなファシスト新聞のユダヤ人排斥主義漫画と類似している。ユダヤ人を人間以下のものとして描き出すことが、ホロコーストのイデオロギー的な準備として機能したのだ。

現在、計画的なイスラム教徒に対する侮辱は、イランやシリア等の国々に対する新たな戦争、つまり核兵器も使用されかねず、イラク戦争よりもはるかに残虐となるだろう戦争に、世論を備えさせるために利用されている。

ユランズ・ポステンが、この活動を始めたのは決して偶然ではない。同紙は、1930年代にナチス支持を宣言したことで悪名が高く、最近のデンマークの右傾化でも、重要な役割を果たしている。

オーフスという田園地帯に編集部を置くユランズ・ポステンは、1980年代初期までは、比較的目立たない地方紙だった。その頃、同紙は積極的な拡張政策を開始した。同紙は、より小規模な地域、地方新聞を買収し、デンマークの首都における二大紙、ベーリンスケ・ティダネとポリテイケンとの価格戦争を開始し、発行部数を急速に170,000部にまで伸ばし、デンマークにおける最大発行部数の新聞となった。

1990年代に、明らかに保守派だった同紙は、次第に、あからさまに外国人嫌いな右翼勢力の代弁人となっていった。編集局のほぼ四分の一が解雇され、攻撃性が高まるとともに、同紙の品質は低下した。

マホメット漫画を掲載する少し前、ユランズ・ポステンは「イスラム教は最も好戦的である」という見出しを掲載した。同紙はイスラム教徒によるユダヤ人死亡予定者リストなるもののすっぱ抜き記事を掲載したが、やがて全てがでっちあげであることが判明した。

一年前、新聞が、選挙キャンペーンのさなか、亡命希望者による、生活保護の権利の組織的濫用を主張する記事を掲載した為に、編集主幹が辞任した。扇情的な告発は、彼の意に反して掲載されていた。

右翼に共鳴しているユランズ・ポステンの悪評は秘密ではない。スードドイチェ・ツァイトゥンクは、同紙が“デンマーク社会に対する、リベラル左派のイデオロギー的、政治的支配を打破するのに成功したことを誇りとする、ほとんど宣教師的な熱意を持った新聞”だと書いている。スードドイチェ・ツァイトゥンクによれば、ユランズ・ポステンと、国民党との同一視は、“受け入れがたい単純化”と言えようが、両者は確実に“広い意味で、戦闘仲間なのだ。”

フランクフルター・ルンドシャウはこう書いている。「デンマーク・メディアに通じた人であれば、まさに、通常なら異なる見解をあえて唱道しようとする、あらゆる人々を非難するはずの最右翼のデンマーク新聞ユランズ・ポステンが、今や言論の自由の導き手と見なされていることに、少なからぬ皮肉を覚えるだろう。」

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2006/feb2006/denm-f10.shtml

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英語を学べばバカになる』グローバル思考という妄想 薬師院仁志著 光文社新書208(2005年5月刊)189-190ページに、このオランダの状況にふれた記事があった。長くなるが、引用させていたこう。与党が変っても、あいも変わらず推進されている英語公用語論やら、グローバル思考、小学校からの日本語教育、どれだけ愚かなことか。ご興味をお持ちになった方がおられれば、是非一読されることをお勧めする。

 英語をはじめとする外国語の通用度が高い国々の特徴は、もう一つある。それらの国々の正式国名を並べると、スウェーデン王国、ノルウェー王国、デンマーク王国、オランダ王国、ルクセンブルク大公国となる。つまり、ソ連の成立にともなってロシアから独立した際に大公国から共和国となったフィンランド以外、すべて立憲君主国なのだ。国家に固有の言語を持たないベルギーもまた、正式国名はベルギー王国である。人口が少なく、母語による国家統合が難しい国々には、それに代わる何らかの求心力が必要となる。王室という象徴は、国民統合のために有効な要素の一つなのであろう。

 国内に外国語を広めるということは、異文化を取り入れやすくすることだとも言えるが、それと同時に、文化的な防御壁を失うことでもある。それは、しばしば、国民の統合や社会の連帯を破壊する危険をももたらし、時としてその反動さえ引き起こす。自国文化を守ろうとするあまり、過度に排外的になってしまうのだ。

 実際、デンマークやオランダでは、その動きが起きた。ヨーロッパ反人種主義委員会は、二〇〇〇年に刊行した報告書の中で、デンマークを名指しして反イスラム主義および反移民主義に基づく差別に関する警告を行っている。また、伝統的に移民に寛容であったオランダでさえも、二〇〇二年の国会議員選挙では、反イスラム主義を掲げるグループが第二党としての勢力を獲得するに至った。

 小さな国が移民に敏感になるのはある程度仕方がないことで、これらの国における排外主義の台頭もまた、おそらくは人口の少なさが主原因であろう。それでも、国内に外国語を広めるという行為によって自国の文化的防御壁を弱めたことが、ゆきすぎた排外主義を生み出す素地になっていることは大いに考えられる。だから、日本に英語を広めようというのであれば、この点にもよほど注意しなければならない。

本記事は、公開の順序が逆になったが、下記翻訳記事の参照記事である。

デンマーク漫画家襲撃に関する、うやむやのままの疑問

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