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2010年1月13日 (水)

大量殺りくの慶賀:戦争と集団的健忘症-Chris Hedgesのコラム

Chris Hedges

2009年10月5日

"Truthdig"

戦争の記念物や博物館は戦争の神様の寺院だ。ひそひそ声、手入れの行き届いた芝生、ひるがえる旗が、どのようにして、なぜアメリカの若者達が死んだのかを、我々が無視することを可能にしてくれる。こうした物は戦争の無益さや浪費を覆い隠してしまう。こうした物が、人殺し道具の残酷さを和らげ、若い兵士や海兵隊員を殺し屋に、ベトナムや、アフガニスタンや、イラクの小さな村々を、地獄のかがり火に変えてしまう。内臓が腹からはみ出し、哀れに母親を求めて叫ぶ人々の姿は、こうした記念物には皆無だ。我々には、ずたずたの死体が遺体袋に押し込まれる様子は見えない。子供たちが見分けがつかないほど焼け焦げたり、恐ろしい痛みで呻いたりする姿は見えない。盲人も、終生足を引きずって歩く、身体に障害を負った人々の姿も決してない。戦争は賛美され、厳重に検閲されてから、集合的に記憶されるようになる。

ジョージ・W・ブッシュと同様、イラクやアフガニスタンでの戦争に関するアメリカの戦争記念物や博物館、大衆向け戦争映画や書物を、私は非難する。新たな戦争を正当化する、心的イメージや歴史的記述を、そうしたものが提供するのだから。我々は、サダム・フセインを、アドルフ・ヒトラーと同一視してしまう。アル・カイダをナチスの悪の表現と見なしてしまう。我々は自分たちを永遠の解放者だと考えてしまう。こうしたいかさま戦争表現は、過去を、現在の視点で再構築してしまうのだ。戦争記念物や、ロマンチックな戦争描写は、新たな戦争を遂行するための心理的条件を生み出すのに使われる、社会、道徳上の小道具なのだ。

戦争記念物は、静寂で、平穏で、うやうやしく、上品だ。そして、教会のように、そうした神聖な場所は重要ではあるが、亡くなった人々が、国家を戦争へと導いた人々によって、利用され、往々にして裏切られたことを、我々が忘れてしまうのを可能にしている。記念物は、一部の連中が、人間のとてつもない苦難をネタに、富を成していることを、我々に教えてはくれない。政治家達が世界大国間のゲームをしていて、自分達の出世のために、恐怖をかきたてていることを、戦争記念物は説明してくれない。パット・ティルマンの家族が不幸にも発見したあの事実、軍服を着た青年男女達は、冷笑家の手中にある将棋の駒であることを、記念物は忘れ去っている。戦争の原動力である、無知や下品な野望や、強欲を、記念物は暴き出しはしない。

第二次世界大戦とホロコーストを巡って見られるように、はぐくまれる集合的記憶には、大量虐殺の恐怖を、人間精神の勝利への賛歌に変えようという、焦がれるような欲求がある。現実が余りに受け入れがたいためだ。人は、大量殺りくというものを理解しようとして、ありもしない壮大さを付与し、犯罪人が自由の身になるのを許してしまう。戦争を起こしながら、決して戦争に対する代償を払おうとはしない連中が、戦争挑発者が、我々の中に混じって生きているのだ。連中は賢明な助言を与える分厚い回顧録を執筆する。彼等は我々の長老政治家であり、戦犯なのだ。ヘンリー・キッシンジャー。ロバート・マクナマラ。ディック・チェイニー。ジョージ・W・ブッシュ。正直な戦争記念物であれば、こうした政治家の人形を絞首刑にして、まつるはずだ。正直なデモクラシーであれば、連中を鉄格子の中に入れておくはずだ。

アウシュビッツを生き抜いたプリーモ・レーヴィは、自ら命を絶つまで、集合的記憶の虚偽と戦っていた。偽りの教訓的な物語をこしらえて、ホロコーストや戦争の真実を隠そうとする人間の欲求に、彼は抗議していた。第三帝国の現代史は「記憶に対する戦争、オーウェル風の記憶改ざん、事実の改ざん、現実の否定としての再読でありうる。」と彼は書いている。「生還した我々」は「自分たちの経験を理解することが、そして他の人々に、私たちの経験を理解させることが」できただろうかと彼はいぶかる。ナチスに代わり、ウッチ・ゲットーを運営していたユダヤ人協力者ハイム・ルムコフスキーについて彼はこう書いている。「私たちは全て、ルムコフスキーの中に映し出されている。彼のあいまいさは、我々のものだ。それは、土と魂からこねあげられた我々ハイブリッドの、第二の天性だ。彼の熱中は、我々の熱中だ。‘鼓笛をもって、地獄へと零落する’西欧文明への熱中は。」我々は、ルムコフスキー同様、「権力と折り合いを付けて、我々が皆ゲットーにいることを、ゲットーが壁に囲まれていることを、ゲットーの外は死に神が支配していることを、そしてすぐそばで列車がまっていることを忘れている」我々は、自壊という狂気の中に、永遠に閉じ込められているのだと、レーヴィは考えていた。息子のケーシーをイラクで失った、シンディー・シーハンの憤激は、レーヴィが感じた憤激だ。だがそれは、我々の大半には理解されえない憤激だ。

戦争の現実を描写するように意図された戦争記念物は、余りに破壊的だろう。そうした記念物は、我々や、悪をなせる我々の能力を糾弾するだろう。犠牲者と加害者の違いは、紙一重の差であることを、自制が外れてしまえば、人類は大量殺人に夢中になり、戦争は、高貴で、英雄的で、壮麗なのではなく、優しく、上品で、寛容なものすべてを抹殺するものであることを示すだろう。国家の偉大さの慶賀は、殺人の為の技術的能力の祝賀であることを、それは物語るだろう。戦争というものは、常に道徳的に堕落しており、第二次世界大戦のように、“良い”戦争においてすら、誰もが戦犯となりうることを、それは警告するだろう。我々は広島と長崎に、原子爆弾を投下した。ナチスは死の収容所を運営した。しかし、こうした戦争の物語は、私たちを不安にさせる。それは、戦争を遂行する連中の権益に役立ち、我々がうぬぼれにうつつを抜かすのを許すような集合的記憶を生み出すことはない。

第二次世界大戦や、セルビアの対ボスニア攻撃が一例だが、時として、ある集団が、戦争に駆り立てられることがある。ある国民が、生存するため、暴力という毒を服用しなければならない時もある。しかし、そうした暴力は、必ず、それを用いた人々を醜くし、損なう。メイン州のトレーラーの中で、飲みすぎて亡くなった私の叔父は、第二次世界大戦中に、南太平洋で四年間戦った。叔父も同じ部隊の兵士たちも、日本人をわざわざ捕虜にしようとは決してしなかった。

記念物の側に引きだされて置かれている、戦争の名残、古い大砲やら、何かの砲類は、子供時代には、物珍しく、心をそそられる対象だった。だが、長老派教会の牧師で、第二次世界大戦中、北アフリカで陸軍軍曹だった父親は、こうした陳列品をみると激怒した。武器や制服を着た人形の、精彩のない、清潔でこぎれいな展示は、戦争の現実を抹殺するために使われているのだと父親は言っていた。こうした記憶は暴力を神聖化する。そうした展示は、戦車、機関銃、ライフル銃や戦闘機といった暴力の道具を、死の美学へと変えるのだ。

こうした記念物は、“究極的な犠牲”となった人々に敬意を表しながら、大量殺りくをおごそかなものにしてしまう。そうしたものは、名誉と栄光という古いウソを永続させてしまう。こうした記念物が、次の地獄絵図の基礎を築くのだ。戦争の神話は、次の戦争を気高いものにする集合的記憶を生み出すのだ。蛮行に関する詳細で個人的な経験は、戦争から帰還した人々を、国内追放してしまう。こうした経験は、神話の力には抗えない。こうした集合的記憶、文化の中に飽和してはいるものの、それは「愚者が、騒音と怒りまみれで語る物語であって、何事をも意味してなどいない。」

注:*NFLのスター選手だったが、あえて陸軍に志願し、アフガニスタンで、味方の誤射で亡くなった。

記事原文のurl:www.truthdig.com/report/item/20091005_celebrating_slaughter_war_and_collective_amnesia/

原文には、「硫黄島で、国旗をかかげようとする米兵」の写真をモチーフにした記念碑の画像がある。

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この記事、オリジナルに比べ、かなり時間差。

北沢防衛大臣が、武器輸出解禁の話題を持ち出した。

戦争神社だけではなく、戦争用兵器、基地、兵隊製造の為の思想教育といった産業、宗主国に習って、属国でも、不況の中、我が世の春を歌っているのだろうか?

日米で共同開発しているMDや、基地移転問題、思いやり予算、空母建造などといった話題の扱い、極めて小さいか皆無。

「ダムは無駄」、驚くほど定着・刷り込みが完成し、気味が悪いほど。

一方、「基地は無駄」「ミサイル防衛は無駄」といった言葉、全く聞こえてこない。

ダムは無駄でも、人を殺すのが目的ではない。人間にとって、どちらが困りものだろう?

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