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2010年1月22日 (金)

人々が目にしてはいけないことになっている戦争写真-Chris Hedgesのコラム

AP Photo / Adem Hadei
亡くなった息子を抱くイラク女性。この六歳の子は、小学校の入学手続き
を終え、帰宅する途上で殺害された。

Chris Hedges

2010年1月4日 "Truthdig"

戦争は残虐で、人間味の無いものだ。個人の勇気ある行動といった夢想や、民主主義といった夢想的な目標のばからしさをあざわらうものなのだ。産業技術を駆使する戦闘は、攻撃してくる相手など見たこともない何十人、いや何百人もの人々を、一瞬で殺害できる。こうした高度な工業生産による兵器の威力は無差別で、信じがたいほどだ。瞬く間に、団地にいる全員を生き埋めにし、粉砕することが可能だ。そういう兵器は、村々を破壊し、戦車や、飛行機、船舶を灼熱の爆発で吹き飛ばすことが可能だ。生き残った人々にとって、傷は、酷い火傷や、失明や、四肢切断や、一生続く痛みやトラウマとなって残る。こうした戦闘から戻ると、人は変わってしまうものだ。しかもこうした兵器が使われてしまえば、人権にまつわるあらゆるあらゆる論議も茶番劇と化する。

ピーター・ファン・アットマールの『二度目の服務:死なずにすみますように』と、ローリ・グリンカーの『戦後: 紛争中の世界からの退役軍人』という、一度見れば忘れることのできない二冊の戦争写真集によって、戦争の写真というものは、ほとんど常に、大衆の目に入らぬよう隠されていることがわかる。こうした写真は暗部であり、実際に戦地に赴き、戦争の苦難を味わった人々しか、その本能的恐怖とは直面することはできないが、それでもこうした作品は、少なくとも、戦争の残虐さを暴こうとする努力である。

「道端にしかけられた爆弾が、乗っていた車両に命中し、ガソリン・タンクを発火させ、他の二人の兵士も焼死させた際、この兵士は体の90パーセント以上に火傷を負った」アットマールの写真集にある、手術室にいる血塗れの兵士の写真には、横にそう説明がある。「彼の迷彩服は、ヘリコプター上で彼を処置した衛生兵によって引き裂かれ、ベッド中に垂れ下がっていた。皮膚の塊ははげおち、わずかに残った皮膚は半透明になっていた。彼は意識を失ったり、回復したりしており、数秒間、彼はかっと目を見開いた。担架から、ERのベッドに移される際に彼は叫んだ。「父さん、父さん、父さん、父さん」そして「眠らせてくれ、頼むから眠らせてくれ。」ERには、もう一人のカメラマンがおり、上からの場面を撮影しようとして、医療スタッフの頭上からカメラを突き出した。兵士は叫んだ。「クソ・カメラを目の前からどけやがれ」彼の最期の言葉はそういうものだった。六ヶ月後、ある冬の午後、私は彼の墓にお参りした。」アットマールは書いている。「彼の最期の光景は脳裏から離れない。」

「車内には三人いて、ジープに火がつきました」イスラエル兵士ヨッシ・アルディティは、グリンカーの本にある引用で、火炎瓶が車中で破裂した瞬間について語っている。「燃料タンクは満タンで、今にも爆発しそうで、私の腕や顔からは皮膚が垂れ下がっていましたが、動転はしませんでした。誰も入ってきて、助けてくれることなどできず、火をくぐり抜けて、ドアに向かう他に脱出方法がないことは分かっていました。銃をもって出たかったのですが、両手が火傷していて、触れませんでした。」 [『戦後』の抜粋と、Chris Hedgesによる前書きを読むには、ここをクリック]

アルディティは六ヶ月入院していた。退院後の三年間、二、三ヶ月毎に、合計20回の手術を受けた。

「私を見る人は、戦争が本当は何をするのかを見るのです」と彼は言う。

映画のような、非常に写実的な戦争の画像は、心臓がドキドキするような恐怖、すさまじい悪臭、耳を聾するような轟音、戦場における極度の消耗が、はぎ取られている。そうした画像は、戦闘の主要要素である混乱や混沌を、巧みな戦争物語へと転換する。そうした画像は戦争をポルノに変えてしまう。兵士や海兵隊員達、とりわけ戦争を体験したことがない連中は、ビールをケース買いし、“プラトーン”のような、戦争を糾弾することを意図して制作された映画を見るのだが、そうしながら、そこで見せられる兵器の卑劣な威力を大いに楽しむのだ。暴力の現実は違う。暴力によって形作られたあらゆるものは、意味は無く、使い道も皆無だ。何の展望も無い存在だ。それが後に残すものと言えば、死と、深い悲しみと、破壊ばかり。

戦闘の画像や光景を控えた、この二冊の写真集のような戦争の記録が、戦争の現実を活写しはじめている。国家や、戦争を商売にする連中の侍女たるマスコミは、戦争の結果として本当に起きることを、懸命に、隠されたままにしておこうとする。戦争が、若者の心と体に、一体どのような影響を与えるのかを、もしも私たちが本当に見てしまえば、戦争の神話を奉じることは、より困難になるだろう。一週間前に、アフガニスタンで殺された八人の学童の、ずたずたになった亡骸の前にたたされるようなことになれば、そしてその子達の両親の泣き声を耳にすれば、アフガニスタン女性の解放やら、アフガニスタン国民に自由をもたらすなどという決まり文句など繰り返せなくなるだろう。それが、戦争の好ましからぬ部分が、入念に削除されてしまう理由なのだ。それが、戦争の歪んだ暗いスリルは、我々に与えられても、戦争の本当の結果が、我々には見せられずにいる理由なのだ。戦争の神秘的な幻想が、戦争を、英雄的で、わくわくするものにする。だから、報道機関は、ハリウッド同様に罪深い。イラク戦争の開始時に、テレビ報道は、暴力の本能的なスリルを与えてはくれたが、銃弾、戦車の一斉射撃、破砕性爆弾や、迫撃砲の一斉射撃の結果は、我々には隠して、見せなかった。私たちは戦争の刺激の一端こそ味わったものの、戦争が本当に引き起こすことは見ないようにされていたのだ。

この偉大な茶番において、負傷者、身体障害者、死者は、舞台の外に速やかに運び去られてしまう。彼等は戦争の廃物なのだ。私たちは彼らを目にすることはない。私たちは彼らの声を聞くことはない。彼等は、我々の意識の周辺に漂う、彷徨える魂のように、無視され、罵倒さえされるべく、運命づけられている。彼等が語る言葉は、我々が耳にするには余りに悲痛だ。人は、戦闘においては空虚で無意味となる言葉である、栄光、名誉、愛国心という神話を受け入れて、自らと、国家とを讃えることの方を好むものなのだ。そして、戦争の本当の結果と直面するべく運命づけられた人々は、向きを変えて、逃げてしまうことが多い。

グリンカーの本の中で、エルサルバドルでの戦争で両足を失ったサウル・アルファロは、陸軍病院の病床に横たわっていた時の、恋人による最初で最後のお見舞いについて語っている。

「軍隊では、彼女が恋人でして、結婚する計画でした」と彼は言う。「ところが、彼女は病院で私を見ると、何が起きたのか私には良くわかりませんが、皆が言うには、私を見て泣きだしたそうです。その後、彼女は私から去り、決して戻っては来ませんでした。」

公的な感謝の宣言は、国家から手渡された原稿を忠実に読む退役軍人向けとして、予約済だ。そうした公式の席に出席させられる退役軍人は、従順で、我々が、ぞっとせずに、その姿を見守ることができるような、心地良い人々であり、戦争は、愛国心であり、最高の善であるという嘘を、進んで支持する人々なのだ。「軍務に服して下さって有り難うございます」と言うことを、我々は期待されているのだ。彼等は神話を持続させることに慣れている。我々は、それを讃えることに慣れている。

湾岸戦争症候群を患って、テキサス州ワコにある両親の家の特別に閉鎖された環境で暮らしているゲーリー・ザスパンは、グリンカーの本の中で、戦争が終わった後でさえ“戦争捕虜”のように感じていると語っている。

「本質的に、連中は、私を縁石において、さあ自力でやっていきなさい、と言っているのです」と、彼は本の中で語っている。「我が国の政府は、我々兵士のことを気づかってくれるし、政府自身も、自らのことを処するはずだという、空想の世界に、私は暮らしていたのです。万一、戦争で軍務に服している間に、不具になったり、負傷をしたりした場合には、面倒をみてもらえると、契約書に書かれているのだと信じこんでいました。今、私は怒っています。」

ニューヨーク・タイムズで、戦争報道をした後、1990年代に、サラエボを再訪し、何百人もの身障者が、エレベーターも車椅子も無い団地の室内に閉じ込められているのを私は発見した。大半は若者で、多くはいずれかの四肢を失っており、年老いた両親による世話を受け、輝ける戦争の英雄は朽ちるままに放置されていた。

生き残った人々を、絶望と自殺が、とらえて離さない。戦争中に亡くなった人数より多くのベトナム戦争退役軍人が、終戦後に自殺した。戦時に、兵士や海兵隊員に叩き込まれた非人間的な資質が、平和時に、彼等を打ち破るのだ。これこそが、戦争にまつわる偉大な書物『イーリアス』と、職業的殺人者の回復に至る長い旅を描いた偉大な書物『オデュッセイア』の中で、ホメロスが我々に教えてくれていることだ。多くの人々は、決して再適応することができない。彼等は、妻や、子や、両親や友人達と、再び意思を通じ合うことができずに、自己破壊的な苦悶と憤激という、孤独の地獄に引きこもる。

「連中は、兵士がいかなる感情も持たないよう、条件づけるのです。隣に座っている誰かが殺されても、黙って自分の仕事をやり続けるという具合に」フォークランド戦争に従軍したイギリスの退役軍人スティーブ・アナベルは、グリンカーに、こう語っている。「退役した時に、そういう状況から戻った時に、退役した人間の感情を、押すだけで、よみがえらせることができるボタンなどありません。そこで、退役兵士は、ゾンビーのように歩き回ることになるのです。連中は、感情を殺すように条件づけした退役兵士を、条件づけから解除できないのです。退役兵士がやっかい者になると、連中はそうした人物を隠してしまうのです。」

「軍隊に入隊させるため、連中はあらゆる宣伝をします。連中は、山をスキーで滑走して降りる人々やら、素晴らしいことをしている人々の姿を見せます。連中は、射撃されることや、両足を吹き飛ばされたり、焼死したりする人々は見せません」と彼は言う。「連中は、本当に起こることは見せません。ただのインチキです。しかも連中は、そうしたことに、心の準備をさせるようなことは決してしません。連中は、世界中のありとあらゆる訓練をしてはくれますが、訓練は本当の戦争とは決して同じではないのです。」

戦争が終わった時、退役軍人達と一番多く共通点を持つ人々は、彼らが戦った相手だ、というのはよくあることだ。

「誰も、人格が変わらずに戦争から戻れることはありません」と、フォークランドで、イギリスと戦ったホラシオ・ハビエル・ベニテスが語っているのが、グリンカーの本に引用されている。「戦争に派兵された、ホラシオという人物は、もはや存在していないのです。普通の生活に熱心になるのは大変なことです。余りに多くのことが瑣末に見えてしまって。狂気と、うつ状態との戦いです。」

「マルビナス諸島で軍務についた連中の多くが」彼は諸島のアルゼンチン名を使って言った。「自殺しました。友人の多くが。」

アットマールによる写真の一枚に写っている壁の落書きには「家族が懐かしい」と書かれている。「神様、どうぞ私が奪った命を許したまえ。万一私が家に帰れなくとも、家族が幸せでありますよう。」

願いの横に、誰かが単語に向けた矢印をつけて、太い黒のマーカーで「ホモ!!!」と書いていた。

戦争を正当化するために使われる、国粋主義の決まり文句の先を思い描こう。武器の誘惑と、暴力のポルノの先を思い描こう。仕事を完遂するだの、テロとの戦いだのというバラク・オバマの奇妙な論理の先を思い描こう。戦争の悪に焦点をあてよう。戦争は、相手側を絶滅させようという呼びかけで始まるが、究極的には自己破壊で終わる。戦争は、魂を堕落させ、体躯を切断する。戦争は家や村を破壊し、通学途上の学童達を殺害する。戦争は、優しく、美しく、神聖なものすべてを粉砕し、泥と化してしまう。戦争は、卑しむべき暴力という言語しか話すことができない奇形人間、つまり、軍閥、シーア派暗殺部隊、スンナ派武装反抗勢力、タリバン、アル・カイダや、わが国の人殺し連中に権限を与える。戦争は災いだ。戦争は大規模な疫病だ。工業殺人だ。だから、戦争を、とりわけイラクとアフガニスタンの戦争を支持する前に、それを知っている男達、女達、子供達のうつろな目を覗き込む必要がある。

ピューリッツァー賞受賞者で、20年間、海外特派員として、中南米、アフリカ、中東とバルカンの紛争を報道してきたChris Hedgesのコラム記事は、Truthdigに毎月曜日に掲載される。彼は以下の本を含む9冊の本を書いている。彼の新刊は“Empire of Illusion: The End of Literacy and the Triumph of Spectacle”(2009年刊)

Copyright Truthdig.com

記事原文のurl:www.truthdig.com/report/item/the_pictures_of_war_you_arent_supposed_to_see_20100104/

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記事の中で、肝心の書籍の題名、著者名を適当な日本語で置き換えてある。

原題名、著者名はそれぞれ以下の通り。

ピーター・ファン・アットマール『二度目の服務:死なずにすみますように』
Peter van Agtmael’s “2nd Tour Hope I don’t Die”

ローリ・グリンカーの『戦後: 紛争中の世界からの退役軍人』
Lori Grinker’s “Afterwar: Veterans From a World in Conflict”

「小沢対検察」劇場で、安保条約問題、軍事同盟問題、見事吹き飛んだ。

安保条約改訂50周年こともなく過ぎた。仕事先で瞥見した朝刊には、(軍事)同盟の深化やら、より平等(な戦闘作戦遂行)というような文字が並んでいた。

見開き特集の左側には、ソマリア派兵を率先するという功績をあげた、あの防衛政務官の、右側には、元防衛相の談話が並んでいた。

戦争を正当化するために使われる、国粋主義の決まり文句の先を思い描く必要は、この国にも、そのままあてはまるだろう。世界最大のテロ国家と、世界最大の暗証番号不要ATM国家の同盟の深化。やがて、金だけでなく、血も...。

2010/3/6追記:

昨年の今頃?、那覇で、たまたま訪れた県立美術館で、石川文洋氏の写真展が開催されていた。作品のうち一枚が、不適切というような理由で、展示から外されていた。(想像するに、ぼろぼろになったベトコンの死体の写真だったろう。)

体制派(=戦争で金儲けする一派)の館長による独断だったらしいが、「写真を見た人が、嫌悪感を感じさせるような写真だから、展示として不適切」だったはずは、決してない。

「これから、憲法を破壊し、アメリカの傭兵として、日本軍が、帝国主義戦争の下請けをした時に起こる凄惨な事態を連想させるため、改憲(壊憲)に、戦争に、反対する心理を醸成するから、不適切だった」はずだ。

最近、「アフガニスタンに丸腰の日本軍を派遣せよ」という、とんでもない本が、かもがわ出版から刊行された。あの伊勢崎氏による主張だ。民主党の意向を受けて動いたとある。ISAFに(日本軍を)派兵せよ、という主張をしている大幹事長、主席の意向を受けての行動、発言だろう。

同じかもがわ出版から、多数の書籍を刊行した加藤周一氏も、お墓の中、(いや、最期に、キリスト教洗礼を受けたというからには天国で?)歯ぎしりしておられるに違いない。

アフガニスタンは、ペシャワール会にまかせるべきだろう。侵略戦争を推進している宗主国の属国、ATMにとどまらず、丸腰の日本軍を派遣。泥沼になるのは見えている。ブログをお読みの皆様には、かつて、この伊勢崎氏に期待した不明を恥じ、お詫びしておく。(過去記事で、伊勢崎氏に期待した小生の言動は残してある。)宗主国が自分でまいた種、宗主国の自己責任でと、お願いすべきだ。どうして日本が、わざわざ泥沼に入る必要があるだろう?

いや、そうした泥沼に入る雰囲気を醸成するために、国営放送は、アヘン商人の走狗やら、隣国に対する侵略戦争を、さも美しく描きだす、洗脳大河ドラマを流し始めたのだろう。政府・広報の国民動員共同作戦。

media debuggerというブログの下記記事で、この本(民主党支持という皆様が、絶賛しておられるようだ)のいかがわしさ、完膚無きまで論破されている。それで、おかしな本とはわかっていたが、貧しい生活費から捻出して購入、ざっと読んでみた。小沢幹事長の「ISAF派遣」論を、オブラートでくるんだ奇策のようなものに過ぎまい。青酸カリは、オブラートでくるんでも青酸カリだ。死に至る毒薬、犬死にしたいという国民以外、絶対服用してはならない。

「在特会」化する「平和国家」日本 (前半)――伊勢崎賢治著『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』所感

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