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2009年12月14日 (月)

オバマ、平和賞受賞に際し、終わりなき戦争の支持を主張

いは全てが将来のアメリカ軍事介入の標的となりかねない、イラン、北朝鮮、ソマリア、スーダンのダルフール、コンゴ、ジンバブエやビルマについて言及した。

授賞式で、オバマが自分自身“二つの戦争のさなかにある軍の全軍最高司令官”であることを認めた際には、ぼんやりとした茶番劇風要素もあった。彼は、戦争を、国家の権益を追求するための正当な手段として表現した。

オーウェル風に、彼は「戦争の手段は、平和を保つうえで役割を持っている。」、「すべての責任ある国は、明確な任務を与えられた軍隊が、平和維持のために果たすことができる役割を認めなければならない。」そして、帝国主義国家の軍隊は「戦争をおこす人々ではなく、平和を保証する人々として」讃えられるべきだと主張した。

世界平和を促進するためのものと想定される賞を与えられながら、オバマは、過去と、現在と将来の軍事行動の正しさを主張した。アメリカ大統領は、「我々が生きている間には、紛争を根絶することはできまい」という“つらい事実”を聴衆に伝えた。国々は「武力行使は、必要であるのみならず、道義的に正当化もされると考え」続けるだろうと彼は断言し、潔癖性の人々は「軍事行動を巡る深く相反する感情の交錯」や「世界唯一の軍事超大国であるアメリカへの反射的な疑念」を克服しなければならないと強調した。

未練がましく「多くの国で、こうした任務に当たる人々の努力と、一般市民の相反する感情の間には、溝が存在している。」と語って、世界中の多数の人々が、帝国主義戦争に反対していることを彼は認めた。しかし民意も民主主義もくたばれ、だ。「平和は望ましいという信念だけで、平和を実現することはきわめて稀だ。平和には責任が必要だ。平和は犠牲を伴うのだ。」

アメリカの権益を擁護するためであれば、アメリカが必要と考えれば、どれだけ人的コストが生じようと、いつでも、どこにでも、介入できるというワシントンの信念を、オバマは傲慢にも説明した。

これは“愛の法則”やら、必然的に“神の輝き”といった、道徳を高めるような言葉によって、むしろみじめなほど包み隠されていた。演説にも、表現の仕方にも、およそそうした気配も見られなかったにもかかわらず「武力紛争における犠牲を痛切に」感じていると彼は語った。逆に、一連のキャンパス駐車規則を発表する大学側管理者並みの浅い感情で、オバマは戦争と平和に関する自分の意見を語ったのだが。

式典前、ノルウェー記者団からの質問に答えた際、オバマは更に率直だった。11カ月間の政権について、彼はこう説明した。「人気コンテストに勝ったり、ノーベル平和賞のように権威あるものであれ、何か賞をとったりすることが目標なのではない。目標は、アメリカの権益を推進することだった。」

ノルウェーの皇室や政治家と並んで、ハリウッドの有名人も含む聴衆に、アメリカの世界的な役割について、威勢のいい、偽りの擁護を始める前に、オバマは、簡単で厭世的な人類文明の歴史を示した(「戦争は… 最初の人類とともに出現した … 世界には悪が存在するのだ。」)。

大統領は、戦後の期間を、慈悲深いアメリカによって授けられた平和と繁栄の一時期として描き出した。「平和を維持するための構造を作り上げる上で、アメリカは世界をリードした…アメリカ合州国は、60年間以上にわたり、アメリカ国民の血と、軍隊の力で、世界の安全保証をするのを支援してきた。… 我々が、この重荷を担ってきたのは、我々の意志を押しつけたかったからではない。」偽善と歪曲の程度もここに極まれりだ。

オバマは更に「アメリカは、民主主義の国家に対しては、決して戦争したことがなく、アメリカの最も親しい友邦諸国は、自国民の権利を守っている政府だ。」という異様な主張をした。アメリカが、イギリス、ドイツやオーストリア-ハンガリーといった、相手のいずれもが議会制度であった諸国と戦ったという歴史的事実は別として、二十世紀初頭の、メキシコ、中米やカリブ海地域から、戦後の時期における、ベトナム、イラン、グアテマラ、コンゴ、インドネシア、チリや、ニカラグアに至るまで、抑圧されてきた国々の国民に対する、長期的で下劣なアメリカによる介入の歴史を、オバマは意図的に避けていた。

最新リストとして、特に(イラクとアフガニスタンの傀儡政権に加え)、サウジアラビア、パキスタン、イスラエル、エジプト、ヨルダン、モロッコやウズベキスタン等の、残酷で腐敗した政権を含む、ワシントンの“最も親密な友好国”について言えば、こうした諸国全てが、拷問や、広範囲におよぶ弾圧を行っている。

自国防衛のために行動する国家にともなう“正しい戦争”という概念について触れた後、9/11後の、アメリカによるアフガニスタン侵略は、この原理に基づくものだと不当にも主張し、オバマは、ワシントンにはそうした合法化など不要であることを明らかにした。

目的が「自衛あるいは、侵略国に対する自国防衛の範囲を超える」軍事行動を、支持すると彼は語った。アフリカ、アジア、中南米や東欧の多くの国々に対して適用されるであろう“武力”を正当化するには、もちろん、ワシントンによって決められる“人道的な理由”で十分なのだ。これは“正しい戦争”という装いをまとった植民地主義にすぎない。

中東や中央アジアにおける、アメリカが率いる戦争に対するヨーロッパ大国による支持を強化するための企みの一環として、より多国間の色付けをした、先制攻撃戦争というブッシュ・ドクトリンの別バージョンを、オバマは擁護した。「アメリカは単独では行動できない」とアメリカ大統領は語った。

その権益をノーベル賞委員会の決断として表現した、ヨーロッパ支配層エリートは、オバマに、これらの戦争を擁護し、帝国主義的侵略を人道主義的行為として描き出す舞台をしつらえ、恩義を施してやれたことを喜んでいた。彼らは、ブッシュやチェイニーと違い、オバマが、“不安定な地域において、この先ずっと”“世界規模の安全保障”を施行する役割(そして戦利品を分かち合うこと)を、ヨーロッパに与えてくれることを願っているのだ。

オバマは、その対照的な内容を否定するために、45年前マーチン・ルーサー・キング Jr.が行ったノーベル賞演説を引き合いにだした。キングはオバマと違い、短い演説を行い、黒人に対し、継続している抑圧や、南部の人種差別撤廃反対論者に対する注意をするよう呼びかけた。キングは“文明と武力行動は、相反する概念である”と主張したのだ。

暗殺される前、キングは積極的なベトナム反戦論者になっていた。オバマやアメリカの全既成政治勢力は、キングが、軍国主義を圧政と蛮行と同一視したことに、本能的に脅威を感じて、彼への信頼を傷つけようと狙ったのだ。

更に、ノーベル賞演説は、オバマが政治的に正体を暴露する舞台でもあった。“チェンジ”を謳った候補者が、ブッシュ-チェイニー政策のあらゆる重要な面において、自らが単なる継承者であるばかりでなく、彼自身、極めて反動的で、汚らわしい人物であることを明らかにしたのだ。軍と戦争へのあからさまな嗜好を、彼は隠そうとしていない。長年政治的キャリアを積んだ結果、こういう人物となったのだ。

パキスタン、ペシャワール在住の27歳の技術者、ジャービル・アーフターブは、AFP通信社に木曜日、こう語っている。「ノーベル賞というのは、実績をあげた人々のためのものなのに、オバマは殺し屋だ。」今後、膨大な数の人々の考え方に、こうした解釈が浸透してゆくことになるだろう。

David Walsh

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/dec2009/pers-d11.shtml

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こうした演説本やCDにお金を払って購入する皆様、オウム真理教信者と一体どこが違うのだろう?書店で、演説本やCD書棚に並んでいたり、平積みになっていたりする不思議。もしも、アルンダティ・ロイや、マラライ・ジョヤの本(書評記事の翻訳は、アメリカ占領と、ハミド・カルザイの腐敗したマフィア国家)が売れているなら理解はできるが。

麻原彰晃説教集、書棚に並んでいたり平積みになっていたりはしない。

大新聞も演説全訳を載せてくれる。亭主の好きな赤烏帽子、宗主国の好きな念仏、無理が通れば道理は引っ込む。

アメリカのニューズウィーク誌記事、なかなか辛辣。オバマのオスロ演説にブッシュを見た

森田実氏、森田実の言わねばならぬ【974】2009.12.12(その1)で以下の様に書いておられる。

「最も正しき戦争よりも、最も不正なる平和をとらん」(キケロ)

「良い戦争、悪い平和などあったためしがない」、アメリカの代表的政治家フランクリン(1706-90)の言葉である。これは正しい。

 上記のキケロ(古代ローマの政治家、BC106-BC43)の言葉は正しい。「正義のための戦争」などありえない。「正義のための戦争」などというのは戦争屋の屁理屈でしかない。

 「正義としての平和」も危ない論理であり、詭弁である。数多くの戦争屋は、正義を平和の上に置き、「正義」で戦争を合理化した。オバマ大統領はアフガニスタン戦争を合理化しているが、許されることではない。

 ノーベル賞委員会がオバマ大統領にノーベル平和賞を与えることについて反対論があったが、今回のアメリカの戦争を合理化する演説により、与えたことについて失敗論が高まるであろう。当然である。

 平和を愛好する諸国民は、オバマ大統領への抗議の声を上げるべきであり、アメリカ軍のアフガニスタンからの撤兵を求めるべきであると思う。

素人には、演説本体、麻原彰晃説教(もちろん本物など聞いたことも見たこともない)と同じレベルにしか聞こえない。

殺害した膨大な人数と国家の長として利用できる暴力装置の規模予算の違いはある。

ペシャワール在住の青年の言葉なら理解できる。

新聞社が教材会社と一緒に「語彙・読解力」をはかる新聞検定?を始めるという。

大事なのは、漢字検定で、漢字の知識をはかることでも、新聞検定?で「語彙・読解力」をはかることでもないだろう。

書いてあることの真偽、書かれていないことの重要性を理解することが重要だろう。

残念なことに、そうした項目、愛国心ではないが、容易に、はかれない。いっそ、「マスコミ・リテラシー検定を設立し、検定に合格しない人には、選挙権をあたえない」という暴挙などいかがだろう?あるいは、「民放テレビを見ない、商業新聞を読まない人だけに選挙権を与える」という奇策はどうだろう? (時の)与党が(常に)企む、憲法改悪やら比例代表議席削減より、よほど穏当な策と思うのは筆者だけだろう。

宗主国の大統領の言動の影響、必ず属国にもおよぶだろう。与党が、共和党から民主党に、大統領が、ブッシュからオバマに変わったアメリカ。その国家としての行動様式には、どこも変わった兆しはみられない。与党が、自民党から民主党に、首相が、麻生から鳩山に変わった属国日本の、現状と行く末を、これほど具体的に示してくれる例はあるまい。二大政党というのは、そういう制度だ。属国のトップ、もしも宗主国の意に沿わないことをすれば、ホンジュラス・セラヤ大統領の運命が待っている。与党出身、財界人の、セラヤですら国外強制追放された。日本とて同じ。たとえ国外追放はされずとも、辞任という形で排除されても、驚くべきことではないだろう。とはいえ、宗主国の意に沿わないことをするような人物が、日本で与党トップとして出現することは、我々の目の黒いうちin our lifetimesは、そもそもありえまい。二大政党制、それを保証する小選挙区制、そのための制度だ。属国体制維持のための。

関連記事翻訳:

ノーベル戦争賞

戦争と平和賞

主戦論者、平和賞を受賞

追記:

12月18日付朝日新聞朝刊3面(13版)「在日米軍基地 なぜ縮小されない?」は、植民地用広報洗脳新聞という本質が露骨にでている記事。読んでしまって、あきれて腹が立った。こういう新聞を読まさせられで、新聞検定をされてはかなわない。「洗脳検定」だろう。

ブログ:情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)では、

朝日新聞の米軍基地特集記事はプロパガンダ?~公開質問状、本日発送というエントリーを書いておられる。おっしゃる通りだろう。こういう記事が、「語彙・読解力」をはかる新聞検定の教材になるのかとおもうと、実に空恐ろしい。

小生、それこそが植民地広報洗脳産業の仕事と思っているので、質問も電話もしない。当方に大切なのは、何度も書いているが、新聞記事ではなく、地元スーパーのビラ。記事にはヨタがあっても、ビラの価格に決して嘘はない。万一、ビラと値段が違う場合、そう申し出れば、スーパーは即座に対応してくれる。新聞社より、はるかに紳士的だ。貧しい我が家「本紙ではなく、地元スーパーのビラを講読・愛読している」。

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