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2009年12月

2009年12月30日 (水)

ホンジュラス: 決しておきなかったクーデター

Tyler Shipley

Socialist Project

“マスコミが沈黙した時、壁が語る。”テグシガルパの落書き

現時点で、ホンジュラスの首都への訪問者が、一番強い印象を受けるのは、壁、塀、岩肌、橋、外れた羽目板、廃墟、そして歩道のコンクリートにまで描かれている、6月28日のゴルペ・デ・エスタド(クーデター)以来、噴出した社会的・政治的対立の激しさだ。国際マスコミの記事が不明瞭で誤報でも、ホンジュラスの状況は、ここにいる人々には一目瞭然だ。テグシガルパ中をタクシーでざっと走り回るだけでわかる。

2009年11月26日

テグシガルパ、いや国中が政治的な落書きに覆われている。'万事順調'という、国際マスコミの報道にもかかわらず、この国が激しい政治闘争と、弾圧のさなかにあることを認識するまで、そう長くはかからない。

ホンジュラスは、一握りの10から15の裕福な家族によって、長らく支配されている。この国の誰もが彼らの名前を知っている。ファクッセ、フェラッリ、ミチェレッティ、そして今や、連中は、ゴルピスタ(クーデター支持者)やアセシーノ(暗殺者)への非難と並んで、至る所の壁に殴り書きされている。こうした寡頭政治家連中は、かつては、経済を支配し、政治家を買収することで満足していたものだが、今では自分たちで、直接、政治を支配したがり始めており、連中の名前は、議会、最高裁、更には行政府にまで益々登場するようになっている。

この状況の中、クーデターという言葉の定義に完全に合致する出来事が、ホンジュラスのエリート層と、その外国の同盟者達によって、合憲的な権力の移行であるかのごとく、書き直されつつある。憲法改訂を再開することに関する、拘束力のない国民投票を行うはずの朝、民主的に選出された大統領が、パジャマ姿で、自宅から拉致され、飛行機で国外に追放されたことなどどうでもよいのだ。憲法を改訂する運動が、ごく少数による、多数に対する、何十年にもわたる、無競争の支配を打ち破り、国をより公平な方向へと、再建したいと望む社会運動によって、推し進められていたことなどどうでもよいのだ。マヌエル・セラヤ大統領の唯一の逸脱が、寡頭政治勢力にへつらい、彼らの権益に役立つように書かれた憲法の改変に、決して同意しない議会や最高裁を振り切り、彼が国民に直接訴えたことにあることなど、どうでもよいのだ。

こうした詳細は、重要ではないのだと、クーデター支持者は言う。そうではなく、連中は話を、セラヤは、ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス(彼はこの論理によれば、生来、悪だ)の手先であるという方向にすりかえ、セラヤは、終身大統領になろうとして、憲法の改変を意図したのだと主張する。彼らのお話はこうだ。デモクラシーを維持すべく、議会と最高裁は、合法的手続きにより、選挙で選ばれた大統領の排除をすすめ、新たな選挙が行われるまで、彼を置き換えた。こうした話が 明白な嘘であるにもかかわらず、かとう政治権力が、この数十年で初めて、脅かされていると感じた再確立しようとする手順に正統性を与えようというねらいから、国際マスコミによって取り上げられ、うんざりするほど繰り返されている。

米軍艦ホンジュラス号

現在、ホンジュラスで危機にさらされており、寡頭政治家連中が、6月に、クーデターを実行するという危険な判断の火付け役となった、中心的課題は、憲法を書き換えるための特筆すべき会議、憲法制定会議を求める、ホンジュラス社会運動側の益々断固とした主張なのだ。実際、まさにこの問題こそがクーデターの朝、拘束力がない国民投票にかけられるはずであり、国民はこの考えを、圧倒的に支持するだろうことが予期されていた。他の多くの中南米諸国と同様、ホンジュラスの基本法は、アメリカの冷戦帝国主義や、現地の買弁・準ファシストに支配されていた時期に作られた。他の数多くの悲劇の中でも、オペレーション・コンドルやアメリカ陸軍米州学校の時代から受け継いだものは、少数派エリートによるホンジュラスの支配継続を保証する、法的、政治的構造であり、うってつけの事例研究になるだろう。

実際、現行のホンジュラス憲法は、ホンジュラスが、‘米軍艦ホンジュラス号’というあだ名をつけられていた時期である1982年に裁可されたものだ。1970年代に、ホンジュラスで、最も成功したレジスタンス集団は、ホンジュラス農民全国連合(FENACH)と呼ばれるものだが、ニカラグアのサンディニスタが作り上げた強さを作り上げることもできず、グアテマラやエルサルバドルでのゲリラによる限定された抵抗のようなものすら実現できなかった。その結果、ホンジュラスは、アメリカの諸作戦にとって、中米における申し分のない基地となり、事実、他の無数の介入や、テロ作戦とともに、ニカラグアに対するコントラ戦争は、テグシガルパのすぐ郊外にあるパルメロラの米軍基地から遂行された。

18の軍事基地に加え、10,000人の米軍兵士を駐留させており、1980年から84年までの間、アメリカは、ホンジュラス軍に、1億ドル以上も支援していた。この軍隊と財界エリートに注がれた、資金注入と技術援助は、テグシガルパの寡頭政治家の力を強化し、貧困、不平等や、政治的弾圧の劇的な増加をひき起こした。1982年憲法は、何十年間もの軍事独裁の後、ホンジュラスが、主に、貧しく、装備が貧弱なゲリラ軍や、その支持者達に対するテロ作戦に特化した、我々が今‘対テロ作戦’と呼ぶものの訓練を受けた、兵士15,000人以上の、アメリカに率いられた準軍事的コントラ勢力の基地だった時代に作られた。その当時、Joan Kruckewittによると、「譲歩と改革ではなく、弾圧を用いるのが、当たり前のことで」、「アメリカが率いた軍事化の時代から、自制させるための、行き過ぎを抑え、均衡をとる仕組みもほとんどないまま、軍はホンジュラスで最も強力な部門となった。」[1] 実際、新憲法が起草され、裁可され、政治法規として制定されるまで、1981年から84年までの間、軍は、214件の政治的暗殺、110件の‘行方不明’と、1,947件の違法な勾留をおこなった。

そうした文脈からすれば、1982年憲法が、ホンジュラス社会の最エリート層以外の、誰かを‘代表している’などと言うのは、明白にバカげている。ホンジュラスの圧倒的多数の国民は、悲惨な貧困の中、自国の兵士と警察に対する絶え間ない恐怖をもって暮らしていたのだ。しかし、中南米の政治情勢が変化するにつれ、政治的束縛から解放するような諸プロジェクトの為の新たな機会が出現し、ホンジュラス人は、自分達の思う通りに、国を再建する必要性をますます強く主張するようになった。労働組合、人権、農民団体を中心とする社会運動が、ホンジュラス市民社会の様々な層の人々を、次第に大規模な変革を求める広範な運動に引きつけるようになり、2005年から2008年までの間、マヌエル“メル”セラヤ大統領の下で最大の成功を収めていた。

6月28日と民主主義の終焉

おそらく、6月28日について、最も興味深いのは、メル・セラヤを、ホンジュラスの名物男にしたてあげたやり方だ。彼は2005年に、急進的行動などとは無縁な二大政党の一つ、自由党の議員として、大統領に選ばれた。セラヤ自身の背景は、寡頭政治勢力中の若手会員で、南部の裕福な農場主で、彼の長い政治経歴上、ホンジュラス政治の標準的保守主義から逸脱するような兆しは皆無だった。実際、セラヤと、クーデター後、暫定大統領として登場した、極端に不人気な人物、ロベルト・ミチェレッティのような連中との唯一の違いは、彼が社会改革運動の人気が高まりつつあることを認識していた点だ。彼の、最低賃金を引き上げるという決断、外国の鉱業権を一時停止する宣言、そして、経口避妊薬を禁じる法律を拒否したことは、彼の意図がどれほど高貴であったかとは無関係な、単なる彼自身の急進的な精神の表明ではなかった。

そうではなく、セラヤは、抜け目ないやり方で、まぎれもなく積極的に、彼がその支持を依拠している国民に、彼をお気に入りであり続けさせた政治的決定を、実行していたのだ。実際、彼が憲法制定会議を支持した後、自由党の支持者達から離れて以降、彼は次第にこの支持に依存するようになっていた。しかし、セラヤは、6月28日迄は、ホンジュラスにおける社会運動の為の目的を達成するための手段にしか過ぎない、大衆政治の示威運動に適応性があることが証明された政治家だった。憲法制定会議に対する彼の支持は、彼が行った最も重要な動きだったが、実際、彼は現行憲法に正当な配慮をしながら事を進めており、クーデター以来、あらゆるAPニュース放送で繰り返されているが、セラヤにもう一期の任期を認める可能性すら決してありはしなかった。

手順は以下のように行われるはずだった。6月28日、ホンジュラス人は、11月29日に予定されていた総選挙に、四つ目の投票を追加することを支持するかどうかについて、拘束力のない国民投票をすることになっていた。通常、ホンジュラス選挙は、政府の三段階それぞれに対応する、三種類の投票を特徴としている。もしも国民投票の結果、‘イエス’が圧倒的であれば、セラヤは“憲法を書き直すための、全国憲法制定会議設立を支持しますか?”という質問をする四番目の投票を追加していただろう。従って、11月29日選挙前に、憲法を変更することはほぼ不可能であり、おそらくセラヤは再選に立候補することも不可能だった。しかもその選挙のための予備選挙は既に行われており、やはりセラヤの名前は提案されておらず、たとえ彼がそれを望んでも、それは違法だった。

セラヤは、権力の地位に留まるために、手続きを操るつもりだった等という考えは、明白に、とんでもないことだ。しかし寡頭政治家連中だらけのホンジュラス議会は、憲法論議の再開は、自分たちが権力を掌握し続けることに対する、本当の脅威だと感じ、この考えの受け入れを拒否した。セラヤは、それに応えて、国民に直接呼びかけた。これはそもそも、彼を権力の座に据えたホンジュラス式議会制民主主義の正当性を言外のうちに拒否するものであったが、彼はもしも国民がそれを望むのであれば、憲法制定会議を進めると誓っていた。

もちろん、初めての、拘束力のない投票が行われるはずだった日の朝、セラヤが軍によって拉致され、コスタリカに飛行機で連れてゆかれたため、この手順は決して先には進まなかった。ロベルト・ミチェレッティが暫定大統領に就任し、国民投票は取り消された。 あの朝の劇的な映像では、人々が投票に行こうと、朝早い時間に外出して、街路で軍隊に出会った。憤激は失望へと変わり、それが更に、このあからさまに威圧的な大衆意志に対する攻撃に抵抗しようという、絶対的な決意へと向けられた。クーデター直後に、デモが勃発したのに、クーデター支持者政権は、それがわずか数日間しか続くまいと予想した。セラヤとは違い、彼らはホンジュラス人の改革運動の力と熱意を見くびっていたのだ。

レシステンシア!

“ホンジュラス人が、普段とても温和なことを大変誇りに思いますが、私たちが、とうとう立ち上がったことを、更に誇りに思います。”-フチアパの事務員、ロサ・マイダ・マルチネス。

続いて起きたのは、中米の歴史上で最大の、持続する抗議デモだ。156日間連続で、ホンジュラス人は、テグシガルパ街頭でデモを繰り広げた。参加者の人数は、何と数十万人という莫大なものから、少ないとはいえ、大したものの数千人というの間を上下したが、それが11月29日の‘選挙’当日まで抗議デモをしたのだ。予想通り、彼らは、広範囲で、暴力的な弾圧を受けた。6月から11月迄の間に、政治的暴力で33人が殺害され、更に何百人もが、勾留され、暴行され、拉致され、強姦され、あるいは他のやり方で、一層軍国化した国家機構によって迫害されている。9月、セラヤ大統領が帰国し、ブラジル大使館に避難し、いまだに彼はそこに留まっており、ブラジル領土から出た瞬間に彼を逮捕するよう命じられた警官に包囲されている。

2009年11月29日 - 南部の都市フティアパでは、地域の社会が、軍と警察によって恫喝されることを拒否した。彼らによる拉致や勾留、暴行や殺害の脅迫、絶え間ないテロ作戦にもかかわらず、町の大通りに、クーデターと選挙への反対を宣言する横断幕を掛けた。わずか数街区先には、警官隊が配備されているのを知りながら、自分たちの横断幕の下で、彼らは歓声を上げて写真のポーズを取っていた。

レジスタンスの特徴については、この場で書ける分量より、書かれるべきことは、はるかに多い。当面は、クーデターが、そうでなければ、諸組織のばらばらだった集団を、広範な連合、フレンテ・ポプラール・ナシオナル・デ・レシステンシア(全国人民抵抗戦線)へとまとまらせるという、意図せぬ結果を生み出したことを言っておけば十分だろう。この組織は、ホンジュラスで、最も重要な大衆組織となった。そのメンバーは、主に最も貧しい階級の労働者や農民達だが、教師、弁護士、医師、左翼-リベラル政治家や公務員等を含む、比較的少数の‘中流’階級からも集まっている。彼らは現地の人権団体や、外国NGOとも、密接に協力して活動をしているが、フレンテは、チャベスが送り出した、面倒を起こすプロの連中や社会主義者の一団だという、(マスコミや政府による)特徴付けにもかかわらず、彼らは、外国からの協力者(彼らの意図は何であれ)からは、完全な自立を維持している。

抗議デモは、テグシガルパだけに限られてはいない。ホンジュラスで二番目の大都市、サンペドロスーラは、工業の中心地であり、外国企業が所有するホンジュラス・マキラドーラ式生産の中心点だ。11月29日‘選挙’当日のものを含め、抗議参加者は、そこで定期的にデモに繰り出した。デモ抗議は、催涙ガスやゴム弾で弾圧され、ブラジルから来たロイターのカメラマンを含む何十人もの人々が負傷した。更に、地方のホンジュラス人はレジスタンスに積極的で、道路を封鎖し、情報を配り、政府省庁の外で、デモ抗議をした。クーデター反対の大きな運動が起きなかったのは、ホンジュラスでも極一部の地域だけで、主に、外国資本所有のリゾート・ホテル(その多くはカナダ)が点在し、そのホテルによって、政治的に支配されている、北部沖の熱帯諸島地域、ロアタンと、ベイ・アイランドだ。

島々と住民の大半を、個人的利益の道具と化した、外国と現地のエリートは、クーデターを最も強力に支持していた。できる限り至る所、特にインターネット・ニュース・サイトで、連中は、誤解をさせるような、あるいは、良くてもせいぜい、故意に馬鹿らしい反セラヤのほらを、送り出していた。私自身の報告も、終始、攻撃されており、ある場合には、私を殺すとまで脅された。こうした攻撃の最もありそうな動機は、教育、住宅、医療や他の社会計画等の支援を強化すること通した再配分をする目的のため、彼らの利益の取り分を、国家に戻すであろう税制改革を、社会運動が主張していることだ。外国所有の企業は、ほとんど全く無税の環境で現在操業しているが、これは憲法制定会議の支持者達が、正したいと願っている、多くの不満の一つだ。

国家テロ再登場

    “私の場合は、警察に知られていますから、連中は私になんでもできるでしょう。同志たちと、新しい家に引っ越すことを考えましたが、これは良い考えだと思われますか?” COFADEH代表との会議におけるレジスタンスのメンバー、ロスネル・ジョヴァニ・レィェス発言。2009年11月28日。

だが、クーデター支持者とその受益者達は団結し、この手続きを、無期限に妨害することを固く決心した。レジスタンスに対する弾圧は、凶暴で、徹底している。ホンジュラス行方不明者・抑留者家族委員会(COFADEH)等の人権団体は、6月28日以来、残虐行為の詳細な記録をすべく、休むことなく活動してきた。彼らの報告は、当然のことながら、無視されている。彼らが記録した国家テロ作戦は、ここに再現するには余りに広範囲なのだが、彼らは非常に役に立つ要約を11月28日の報告にまとめている。ホンジュラスにおける五つの主要人権団体が作成したこの報告は、‘選挙’前日、クーデターと国家テロという文脈の中では、選挙は公正で自由たりえないという理由から、選挙無効を要求する正式な訴状としてトリブナル・スプレモ・エレクトラル(TSE)=最高選挙裁判所に提出された。

「重大かつ計画的な人権侵害という状況の中で(こうした選挙が行われている)。クーデターの日以来、33件の、暴力的で政治的理由の死亡、拷問、残虐で非人道的な、名誉を傷つける扱い、性的暴力や、結社、集会、表現、意見の自由への制限等々を記録している。」[2]

この暴力行為を犯している連中が、公正な選挙を行う責任を負っていると考えられている連中と全く同じであることからして、こうした状況下で選挙を行うことなど馬鹿げていると彼らは主張している。彼らはまた最も世間の耳目を集めている弾圧事例のいくつかも記録している。社会運動のメンバーで、元々独立派の大統領候補者カルロス・H・レィェスは、平和的なデモの最中、警官に激しく殴られて、入院した。レジスタンスに共感している有名な自由党議員ウリセス・サルミエントは、オランチョ州の自宅を、自動小銃を持った兵士達に荒らされた。副知事候補のエリセオ・ヘルナンデス・フアレスは暗殺された。

はたして、暴力行為は、知名度の高い政治家だけに限られてはいなかった。レジスタンスのメンバーである、ヴィクトル・コラレス・メヒアと息子は、選挙前日の夜に自宅で逮捕され、暴行を受けた。警察が自宅にやってきて、警棒でヴィクトルの頭と背中をなぐり、殺すぞと脅した。「連中は家のドアを蹴破り、私をトウモロコシ袋のように放り出しました。連中は我々を恫喝したかったのです」彼は言った。「しかし、民主主義に対する我々の念願は、連中よりも、強いのです。」教師、農民や女性や、先住民権利運動家達が率いるレジスタンスが盛んなコマヤグアでは、選挙の邪魔をする連中は、誰であれ、氏名と住所を軍に通報すると、知事が脅した。実際、軍は国中の全ての知事に、そのようなリストを要求する手紙を、選挙の一ヶ月前に送付していた。その間、国家機構の手下どもが、勇敢にもクーデターに反対の声をあげた、数少ないマスコミの一つ、ラディオ・グロボのオーナー、アレハンドロ・ビジャトロを射撃し、同局が放送に使っていたコンピューターを奪った。

実際、ラディオ・グロボは、数ヶ月の弾圧の後、その時点では、もっぱら、秘密の場所からのオンライン放送に頼っていた。マスコミの中でも、クーデター以来、ラディオ・グロボは、ラディオ・プログレソや、ラディオ・ウノ、テレビ局カナル36や、新聞エル・リベルタドール等とともに、執拗な弾圧にさらされてきた。カナル36のように、機器を破壊され、電波を妨害され、事務所は略奪され、編集者達が暗殺されて、完全に閉鎖したものもある。直接にはレジスタンスに関係していない団体すら、加害者は刑事免責状態のまま、標的にされている。小農が作物を販売するのを助け、農民と社会運動の間のネットワークを築くことを目指した教育キャンペーンを行っている農民組織レド・コマルは、各地の事務所を襲撃され、コンピューターと金が盗まれ、従業員は打擲された。ミグエル・団体の理事長アロンゾ・マシアスは、私に説明してくれた。「私たちは、人々に、なぜ貧しいのかを教えています。そのために、我々は脅威なわけです。」

クーデターの粉飾

“クーデター政権の選挙にノーを! ホンジュラスの自由な男女の皆さん、連中はあなたの投票をクーデターの正当化に利用したいのです。あなたの一票が、あなたの自由への打撃なのです。” - レシステンシアのポスター

上述の状況からして、11月29日の‘出来事’を、自由あるいは公正な選挙だと、本気で主張できる人がいるだろうことなど想像するのも困難だ。投票日に、フレンテは、ホンジュラス国民に、自宅にこもって、ラ・ファルサ(茶番)をボイコットするよう呼びかけた。そして、それがまさに起きたのだ? いつもなら、二大政党を示す赤や青の旗だらけの、にぎやかな街頭パーティの日、ホンジュラスは、ひっそり静まり返っていた。ほとんどの投票所では、軍隊と警官の人数の方が、一般市民より多かった。TSE自身、人口約800万人、460万人の有権者の国で、わずかにおよそ170万人しか投票しなかったことを認めている。すると、およそ35%の投票率となり、80年代初期の軍事独裁の終焉以来、最低だ。不可解にも、11月29日夜、TSEは、60%という推定投票率を発表し、これがほとんど全ての国際ニュース・ソースで繰り返される数値となった。アメリカ合州国のフォックス・ニューズは例外の一つで、70%という馬鹿げた数値を報道した。一体どこからこの数字が出たのか、誰も説明できていない。

選挙から数日後、リアル・ニューズのビデオ・ジャーナリスト、ジェシー・フリーストーンが、TSE本部に入り込むことに成功し、ホンジュラス国民が選挙をボイコットしなかったという幻想を生み出すために仕組まれた、投票総計の詐欺的報告を記録した、ビデオを制作した。このドキュメントは、こうした選挙を、いかなる意味でも、合法的なものとして認めてはならないということを、国際社会に対し、実証する上で重要だ。だが、選挙が行われるずっと以前から、それがいんちきだろうことを知っており、11月29日にその知見を確認したホンジュラス人自身には全く不必要だ。人権団体は、その11月28日の文書で以下のように説明している。

「信頼できる選挙の実行は、高度な技術の導入、国際監視団、あるいは、正式な手続き厳密な順守だけに、かかっているわけではない。候補者も有権者も、暗殺、拷問、勾留や、監禁の恐れ無しに、絶対的に平等な状況の中で、自分たちの意見を公然と表現できるという、完全な自由の雰囲気から生み出される、選挙前の公平な手続きがあったということを確認できる必要がある。」[3]

実際に、元USAID職員で、共和党選挙資金活動家で、ワシントンから、選挙手順を正当化するために派遣された選挙監視人である、エドワード・フォックスと行ったインタビューが、11月29日のために、ホンジュラスまででかけたほとんどの団体が、投票所から離れたところで、何が起きているのかを調べるのに関心がなかったことをはっきりし現していた。12月1日、マイアミ国際空港で、カメラの前で話した際、人権侵害“とされるもの”など全く知らない、とフォックスは主張し、そうした団体の一つとして指摘することもできないくせに、暴力行為を記録している団体への疑念を投げかけた。“そこにずっといた人物”だと、フォックスがくどく説明した、アメリカ大使と、自分は話をしたのだ、といって、彼は自らの選挙是認を正当化した。彼の組織、ワシントン・シニア監視員グループは、こう報告している。

    “我々は何千人ものホンジュラス国民の投票をしたいという熱意を目の当たりにした。彼らの多くは、我々が今日立ち会っていることに、わざわざ感謝してくれた。例外なく、彼らは、選挙制度に対する確信、投票権を行使することへの誇り、選挙は、ホンジュラスにおける、憲法秩序、民主的秩序の回復に向かうのに、決定的に重要なステップだ、という心からの希望を、明らかにした”[4]

彼らは更に“いかなる集団、個人、または政党による、投票者への脅迫は一切”見ておらず、彼らの観察は“ホンジュラス中の、他の監視団や、マスコミが報告しているものと一致している”と主張している。ところが、エドワード・フォックスに、そうした他の監視団、暴力やテロを記録していた団体について尋ねた所、彼はそうした団体のどれとも話をしていないことを認めた。こうした団体が、その報告書を、TSEに11月28日に、提出した際、アメリカの監視団はそこに居合わせたのだから、彼らを避けるにはかなりの努力を必要としたに違いない。実際、人権代表団は、会議を午後2:00に行うことを予定していたのだが、TSE幹部がアメリカ監視団と会談していたため、午後4:00よりかなり後まで延期せざるを得なかった。我々全員がそこに一緒にいて、アメリカの監視団が仲間同士で、人権団体やホンジュラス一般について、嘲るような雑談をしているのを、小耳に挟んだことさえある。

今後の行方

“人々はどこにいる? 人々は街路で、自由のために戦っている!”- レシステンシアのスローガン

驚くべきことではないが、残念なことに、フォックス報告のたぐいが、北半球諸国政府や、中南米における彼らの右翼同盟諸国が取っている姿勢を鼓舞している。いずれも、選挙過程の正当化、そうすることによる、クーデターそのものの正当化に必死だ。カナダの外務大臣ピーター・ケントは選挙に応え、カナダでこう声明した。

“御国の選挙が、比較的穏やかに、かつ秩序だって実施されたことに対し、ホンジュラス国民の皆様にお祝い申しあげます。日曜日の選挙は、米州機構等のような国際組織によって、監視されてはおりませんでしたが、選挙の投票率が高かった、選挙が自由で公正に行われたように思われた、大規模な暴力行為がなかった、という市民社会団体からの報告に、我々は励まされる思いです。”[5]

カナダと、ホンジュラスやクーデター支持者との関係については、詳しく語られるべきだ。選挙の不承認を呼びかける請願書が回覧されており、およそ400筆の署名を集めている。デモクラシーと人権に対するこの冒とくに、カナダが連座しているということについて、社会の認識を高めることに向けた小さな一歩だ。

その間にも、暗殺部隊は、12月6日、街頭で更に5人を殺害した。アムネスティ・インターナショナルと関係している一人の人権活動家が、12月14日に殺害された。ある批判的なジャーナリストの十代の娘が、12月16日、死体で発見された。弾圧は、茶番選挙以来、強化され、更に悪質で、計画的なものと化した。政権は明らかに、フィエスタ・デモクラティカ(民主政治のお祭り)の不当表示が成功していることと、ホンジュラス国民の大多数が直面している現実を、海外マスコミが進んで無視していることで、つけあがっているのだ。それにもかかわらず、ずっと前から、これが長期的な戦いになることを理解したレジスタンスは続いている。1月27日におこなわれる、壁の落書きがペペ・ロボ(Robo=強盗)と呼んでいる、クーデター支持者である次期大統領ペペ・ロボ(Lobo)への権限委譲が、レジスタンスにとって、もう一つの火種であることは明白だが、現時点で、この闘争が今後どのような形になって行くのか予想するのは困難だ。“警察は自宅にやってきて、連行すると言い続けているので、逃げ出したくなります”とコマヤグアの高校教師フランシスカは言う。“でも、住んでいる家を建てるのに、とても長い間、大変な苦労をしたのですから”

Tyler Shipleyは、博士論文提出資格者で、カナダ、トロントの活動家。彼はライツ・アクションが組織した代表団と共に、テグシガルパで調査と人権監視を行い、対クーデター・レジスタンスと11月29日の選挙について報告している。“ホンジュラス警察国家、一週間の写真記録”の写真エッセイ全文は、toronto.mediacoop.caで読める。

注:

1. Cecilia MejivarとNestor Rodriguez編、When States Kill: Latin America, the U.S., and Technologies of Terror(国家が殺す時: 中南米、アメリカと、テロ技術)中の、Joan Kruckewitt,“U.S. Militarization of Honduras in the 1980s and the Creation of CIA-backed Death Squads(アメリカによる1980年代ホンジュラスの軍国主義化と、CIAが支援する暗殺部隊の創設)”テキサス大学出版局、テキサス州、オースチン、2005年。

2. CODEH、COFADEH、FIAN、CDM、CPTRT、CIPRODEH代表のTSEに対する公式声明、2009年11月28日。スペイン語から英訳。

3. 同上。

4. ホンジュラス国政選挙にかんするワシントン・シニア監視団声明(英語原文)、2009年12月1日。

5. Peter Kent“ホンジュラス国民に対し、カナダは選挙をお祝いする(英語原文)”2009年12月1日.

記事原文のurl:www.socialistproject.ca/bullet/290.php

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つたない翻訳ゆえ、非常に読みにくいが、セラヤが、追放された本当の理由、ここでもあきらかだろう。大衆搾取を狙う、宗主国・属国支配層に都合が悪い「憲法の書き換え」を、セラヤが進めようとしたがゆえに大統領の座を追われたというのが事の核心であると、判読いただけるだろう。圧政の時代に作られた憲法を、本当の自国の国民向けの憲法に変えようとしたからだ。米軍艦ホンジュラス号、という言葉で、あの大宰相の迷言「不沈空母」を思い出した。バナナを生産する属国と、家電製品を生産し、ATMとしても機能する属国。あだ名は似るようだ。

一方、この国でも、またもや首相が、憲法「改正」を言い出した。どさくさのなか、憲法どころか、憲法より上位に位置する、安保条約を押しつけられたのはどこの国だろう。そうした過去の遺物を、与党、元与党の有力野党、いささかでも改めようとしているだろうか。

憲法を徹底的に骨抜きにし、完全属国化を進める為の憲法「改正」はするだろう。

元々、改憲壊憲派のマスコミ、そのことに対する提灯記事は書いても、ホンジュラス大統領追放クーデター・ルポは決して書かない。マスコミも、ブログの皆様さえも。

この属国の首相や、背後にいる豪腕主席が狙う憲法「改正」が、大本営報道機関マスコミによって支持されていること自体、既にそれだけで、憲法「改正」宗主国アメリカのためのものであることの、立派な状況証拠だろうとしか、素人には思えない。

  • 属国にあるアメリカ駐留軍基地は、その属国への介入の足場である
  • アメリカが育てた軍隊、決して属国の庶民は守らない。

というのは、どの属国においても同じだろう。

明治維新やら、日露戦争講談より、目の前の「基地問題」こそが、憲法「破壊」こそが、憲法破壊をしいる憲法の上にある「安保条約」こそが、普通の庶民にとって、大きな影響をもたらすだろう。「安保条約」というのは、つまり「帝国主義集団先制攻撃協力条約」。

それでも、民主党は参院選で圧勝し、壊憲に邁進するだろう。昔の「人民寺院集団自殺」事件、日本では国家規模で起きつつあるような気分になってくる。「レミングの集団入水自殺」というのは嘘だそうだ。

毎回の、誤訳だらけの文章。意味の通るものになるよう、皆様のご指摘をお願いしたい。

2009年12月27日 (日)

パシュトゥニスタンにようこそ -アメリカの秘密戦争の狙いは何か?

Shaukat Qadir

2009年12月24日 "The National"

ブラックウオーター、後に、ブラックウオーター・ワールドワイドとして、そして現在はXeとして知られている会社を知らない人は、もはやほとんどいるまい。1997年に創立され、ノース・カロライナに本社を置く、民間警備会社は、アメリカ海軍シール特別部隊の元隊員だった、エリック・プリンスが所有し、CIAとFBIの両方と長期的なつながりをもっている。

同社のパキスタン駐留は、ここ数年、公然の秘密だった。先月、調査ジャーナリストで作家で、ブラックウオーターに関する権威者で、ベストセラー本、『ブラックウォーター:世界最強の傭兵軍の勃興』の著者ジェレミー・スケイヒルが、同社が2006年から滞在していることを明かにした。ブラックウオーターは、基本的に、オサマ・ビン・ラディンを含む、重要度の高いアル・カイダ指導部を標的とする秘密作戦に雇われているが、同社は、無人機攻撃用の情報提供も支援し、容疑者を拉致し、尋問のため、彼らをアメリカに移送していると彼は言う。

言い換えれば、同社は、殺害あるいは拉致免許を持ったアメリカ企業で、ある日、説明責任を問われかねない、公式アメリカ機関を責任から免れさせているのだ。(ただし、個人的には、CIAが説明責任を問われるようなことになるなどとは思わない。CIAは、世界で唯一の、本当にならず者の諜報機関であると、私は断言し続ける。モサドは、あらゆる作戦行動の自由を享受しているかも知れないが、イスラエル首相の承認無しには、その一つたりとも実行できない。そうした規制は、決してCIAには適用されない。)

スケイヒル氏は、憶測はしない人物なので、発言は軽視すべきではない。だから、彼が、Xeがカラチにいると語る場合、彼が間違っている可能性は低い。作戦は極秘なので、オバマ政権幹部の多くは、それを知らないと、彼は付け加えた。

とはいえ、彼は一点だけ、間違えているようだ。Xeはカラチだけにいるわけではない。同社は、イスラマバードやペシャワールにも、大挙して滞在しており、そこでこの組織が7軒の隣接する家を借り上げたことを私は知っている。そうした家々に連中が入居してすぐに、こもった爆発音を聞いた隣人達は、そうした家が地下トンネルでつながっているのではないかと考えている。

元大統領ペルベス・ムシャラフが、ブラックウオーターのパキスタンへの入国を許可したことについて、私は全く驚かない。もしも、ジョージ・ブッシュが、彼にそう望むのであれば、進んでワンと吠えたろう。アースィフ・アリー・ザルダーリーとて、彼と大差ない。この両者は、あらゆる機会に、あらゆるアメリカの要求に応じてきたのだ。

去年あたりから、戦士達を標的にするにあたって、アメリカの無人機攻撃が、これまで以上に、はるかに上首尾であることには疑いの余地がない。ただし、バイトゥッラー・メフスードを例外として、下っ端の兵士達を抹殺するのにということだが。CIA/Xeは、人間による諜報活動を強化し、更に同社のペシャワル駐留によって、この無人機攻撃の実績向上に、Xeが貢献している可能性があるという情報を私は得ている。

しかし、それ以外には、あそこで何をしているのだろう? もしも、その目的が、テロリストと目される連中を拉致し、アメリカに引き渡すことであれば、作戦が秘密なために、一体何人が見事に摘出されたのかは、誰も明確に知ることができない。だが、一人として知名度の高い人物がいないことも同様に明らかだ。そうした連中が行方不明になれば、皆が気がついたはずだ。アメリカのテロリスト・リスト上にある、全ての主要な非パシュトゥーン族の人間の名前は、カラチとパンジャブに、野放しで、徘徊している。

もしも、Xeがアル・カイダを標的としていることになっているのであれば、またもや、さほどの成果をあげていないように見える。アメリカ国務長官ヒラリー・クリントン。は、具体的な証拠も示さぬまま、オサマ・ビン・ラディンはパキスタンにいると主張し続けている。そして、もしも彼がいるのであれば、なぜ専門であり、高給を貰っているXeが、彼を殺害、あるいは捕獲しそこねているのだろう? そのような金のかかる作戦について言えば、Xeには、パキスタンにずっと居座り続けるのを正当化するだけの実績はほとんどなさそうだ。

最新の展開として、同社創設者でオーナーのプリンス氏が、どうやら発作的に立腹したためのようだが、アメリカの雑誌ヴァニティー・フェアでインタビューに応えており、そこで彼は、自分は2004年以来、アメリカ政府のために、アル・カイダ闘士を追い詰め、殺害するという任務をもったCIA協力者だと主張している。2007年に、イラクのバグダッドで、同社の社員が17人のイラク一般市民を射殺した後の反発についてこう語っている。“政治的に、そうするのが好都合となった時に、誰かが私をバスの下に投げ込んだのだ。”

彼は、今ではXeとのあらゆる関係を絶っていると語っており、インタビュー後、CIAは、 同社との全ての契約を解消しているところだと語っている。にもかかわらず、同社が近々パキスタンから撤退する証拠は皆無のようだ。この会社は、その費用負担さえできる客なら、誰にでも注文に応じる警備会社だ。もしもCIAと同社との契約が本当に解消したのであれば、同社はパキスタンで一体何をしているのだろう? “契約解消”が、一般向けの茶番なのか、あるいは、Xeが他の雇い主を見つけたのかの、どちらかだろう。

私は、陰謀論に与するものではない。とはいえ、時として、他に納得のゆく説明がなさそうに思われ、そして/あるいは、陰謀論自体が、論理的に見えたりすることがある。そうなった場合には、人は、そういう説を信じるよう強いられるわけだ。この件、そういう場合の一つに思えるのだ。

パキスタンの陰謀論者達は、CIAに成り代わって活動しているXeの本当の目的は、パキスタンが核保有国だと、イスラエルとアメリカがどうしても落ち着けないので、同国の核兵器資産を接収するか、破壊する口実を作り出すために、パキスタンを不安定化させることだと、長いこと主張してきた。私はこの理論にずっと異議を唱えてきたが、そうし続けるのが益々無理なように思えつつある。

ブラジル人ジャーナリストのペペ・エスコバールは、アメリカは、パキスタンの北西辺境州とアフガニスタンからなる統一パシュトゥニスタンと、独立したバルチスタンと、弱体で、切り取られたパキスタン、という姿にしてしまいたいのだと言う。この主張は、事実と虚構を巧みに組み合わせている。ジェレミー・スケイヒルは違う。

だがそうなると、Xeはパキスタンで一体何をしているのだろう? アメリカと、パキスタンとXeの全ての公式説明そのものが、駐留を否定している。しかし、我々は皆、同社が駐留していることを知っており、もしも私の結論が正しければ、目に見えるほど有用な目的には一切役立っていないのが明白だ。こうした全否定は、あれやこれやの陰謀論に信憑性を与えるだけのことだ。中から適当にお選び願いたい。

シャウカット・カディール陸軍准将は、退役パキスタン軍歩兵隊将校。

記事原文のurl:www.thenational.ae/apps/pbcs.dll/article?AID=/20091222/OPINION/712219926/1080

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うがった解釈。しかもパキスタン軍の関係者発言だ。それなら話はわかる。とはいえ、記事には、アメリカ人かららしき反論が書かれている。「CIAは、大統領の許可を得て行動しているのだ...云々。」各自で、原文をお読みいただければ幸いだ。

2009年5月8日の翻訳記事(下記)、彼の言う「陰謀論」の一つだろう。

アメリカ合州国はパキスタンで一体何を仕組もうとしているのだろう?

東京新聞TOKYO Webに下記のような記事があった。冒頭を引用させていただく。

首相、普天間のグアム移設否定 憲法改正に意欲

2009年12月26日 23時05分

鳩山由紀夫首相は26日午後の民放ラジオ番組収録で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題に関し、社民党の主張する米領グアムへの全面移設を否定した。これまで国外の候補地としてはグアム以外は挙がっておらず、事実上国外移転を断念する発言だ。

 また「地方と国の在り方を逆転させる地域主権(実現)という意味での憲法改正をやりたい」と、民主党政権での改憲に意欲を表明。自民党との協議にも前向きな姿勢を明らかにしたが、憲法9条改正には慎重な考えを示した。民主党は先の衆院選マニフェスト(政権公約)で憲法改正に取り組むとは明記していない。

「地方と国の在り方を逆転させる地域主権」というのは、実態、責任を地方に押しつけるだけのことだろう。

「ならずもの宗主国の戦争に積極的に参加するため、憲法を壊します」などと宣言するはずもないが、「オバマが言った正義の戦争に積極的に参加するため、憲法を改正します」ぐらいはそのうちに言い出しそうだ。言っても、私は全く驚かない。

「改正」という言葉、政治ニュースで利用される場合は、ほとんどの場合非常に悪質なオマジナイ・メクラマシ言葉。「改訂」というのであれば、それほど、良い響きも、悪い響きもなく、比較的中立的に聞こえるが、「改正」というと、どこか「改良」のような、良い方向に進むような雰囲気がある。「改革」もそうだろう。いずれも、自民、民主、公明党等が利用する場合、その実「破壊」。

官僚答弁禁止を、さも素晴らしい「改善」のように言い立てるが、本音は、自衛隊の海外派遣の条件を厳密にとらえる憲法解釈を曲げようとしなかった内閣法制局の発言封じ。憲法破壊だけでなく、着々と、傭兵派兵への制度改悪はすすむ。

「日本とアメリカの在り方を逆転させる国家主権回復という意味で、50周年の節目に、安保改訂(あるいは廃棄)をやりたい」というのなら驚きだが。もちろん、そういう発言の可能性は皆無。そう発言すれば、ホンジュラスのセラヤ大統領の運命が待っている。セラヤ大統領、国民のための憲法改訂をしようとしたので追放された。日本の与党政治家が、国家主権回復を本気で言い出せば、「12億円のこども手当て分の税金を後から払う」どころでは済まなくなるだろう。

ムシャラフ元大統領や、ザルダリ大統領の宗主国に対する行動様式、この国のトップ達のそれと、そのまま重なって見える。

このままだと、政治タイムマシンで、テレビの大河ドラマだけでなく、実生活も、日清・日露戦争時代?に引きもどされそうだ。それとも明治維新か、満州事変当時?今度は、対米英戦争でなく、米英指揮下の戦争という形の違いはあるが、被害を受ける階層は同じ。皆様、被害を受けるのをじっとお待ちになるのだろう。しかも、今度は、宗主国が勝手に設定する侵略戦争への出撃。100年後にドラマ化されても、惨めな傭兵戦争の現実、隠しようもあるまい。

数日前、縁の下を整理したところ、父親が兵士時代に使っていた水筒がでてきた。

まさか「戦争、過去の話ではない。またすぐにやって来る」という父親の声ではなかろう。

2009年12月25日 (金)

ルーマニア: チャウシェスク打倒から20年

Diana Toma and Markus Salzmann

2009年12月24日

1989年12月25日、ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクと彼の妻エレナは、短時間の見せしめ裁判後、即座に処刑された。処刑は、第二次世界大戦後に形成された、最後の東欧スターリン主義政権の一つの崩壊をもたらした。

1989年のチャウシェスク政権終焉の前に、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーやドイツ民主共和国(東ドイツ)政府が崩壊していた。しかし、これらの国々における出来事は、往々にして、偽って、本当の民衆革命として描かれることがあるが、ルーマニアについては、そうした表現は不可能だ。当時、過激な変革の最も熱心な擁護者達ですら、スターリン主義の崩壊にはクーデター的な要素もあったことを認めざるを得ないのだ。

ルーマニアでは、東欧で20年前に起きた、変容の性格は、ほかのどの国よりも、遥かにわかりやすい。スターリン主義のエリート達が、国民の抗議につけこんで、新たな資本主義の基盤上に、権力と特権を確保したのだ。チャウシェスクは、自らの支配機関から解職されたが、そのメンバー達が、今日まで、ルーマニアの権力と富を支配しており、国民は惨めな暮らしを送っている。

チャウシェスクが1965年に、ルーマニア共産党(PCR=ルーマニア語略称)の指導者の地位に就いた際、彼は“改革者”と見なされており、西側としては望ましいパートナーだった。彼は国家の独立を強調し、モスクワからは距離を置いた。1969年8月、アメリカ大統領リチャード・ニクソンが、ルーマニアを訪問し、翌年、チャウシェスクはアメリカ合州国にでかけた。彼は生活水準を向上させた工業化のおかげで、ルーマニア国内でも一定の人気を享受した。

以後数十年間、状況が悪化するにつれ、チャウシェスクは中国の毛沢東主義者に似たやり方で異様な個人崇拝を推し進め、悪名高い秘密警察セクリタテアに、益々支配を依存するようになった。最終的に1980年代末期の経済的衰退が、彼の政権終焉の前触れだった。

およそ110億ドルにものぼる国際通貨基金(IMF)や世界銀行への未払い債務を返済するため、支配政党のPCRは、国民から情け容赦なく搾り取った。食料は乏しく、パンですらも配給切符無しでは入手できなかった。賃金は、削減されるか、全く支払われなくなった。医療と教育制度が崩壊した。産業と農業への投資不足により、この地域での、生産性が、10年間以上にわたり、30パーセント以上低下した。

体制側は、この政策に対する、労働者達による抗議を、残忍、過酷に弾圧した。セクリタテアは圧倒的な力を持っていた。何百人もが逮捕、拉致、拷問され、殺害された。

1989年12月16日、当局が反体制派の牧師ラースロ・テケシュをティミショアラから追放しようとしたところ、抗議デモが急速に拡大し、警察と衝突するに至った。翌日、チャウシェスクの命令で、警察、軍隊と諜報機関が、群衆を射撃した。数百人のデモ参加者が殺害された。

抗議は更に、首都ブカレストを含む、いくつかの都市に広がった。こうした出来事を目撃していた人々の多くが、セクリタテアを含む、統治機関の一部が、意図的に、抗議デモをあおっていたと考えている。

12月21日、チャウシェスクは、ブカレストの集会で演説した。当初の友好的な雰囲気は、まもなく変わり、彼に敵対的になった。翌日、彼と妻は益々拡大する大衆デモに直面し、ヘリコプターで北部のトゥルゴヴィシュテへと旅立ったが、二人は軍に逮捕された。

一方、党、軍と諜報機関にいたチャウシェスクの腹心たちは新指導部を形成した。その目的で、自らを“革命派”と称した彼らは、救国戦線評議会(NSF)を作り出した。大衆抗議行動が続く中、チャウシェスクに忠実な護衛官や軍隊の一部の間で戦闘がおき、彼らは旧体制の名目上の指導者を粛清することを決定した。

チャウシェスクと妻は、にわかに開かれた軍事法廷に引きだされ、死刑を宣告され、カメラの前で射殺された。その画像は世界中に放送された。

1980年代まで、チャウシェスク側近取り巻きグループ・メンバーだったイオン・イリエスクが、彼の後をついだ。大変な政治的混乱の中、イリエスクとNSFは、1990年議会選挙に勝利し、更に二年後、大統領選挙に勝利した。チャウシェスク閥の多くの有力な政治家が、新政府閣僚の座を占めていた。チャウシェスクの弟子イリエスクの下、NSFが国家のあらゆる重要な地位を占有した。

古い権力構造に対する、国民の反感に依拠し、連中は公営企業の解体を開始した。1989年12月22日から28日の間に、テロ攻撃の嫌疑で、軍隊によって逮捕された600人以上が、1990年早々に釈放された。デモ参加者への砲撃を命じた軍、セクリタテアや民兵の幹部の多くは野放しで、出世した連中さえいる。

イリエスクが、最初の国営企業を民営化し、劇的な緊縮政策を断行した際、彼は激しい抵抗に直面した。失業と低賃金に対するストライキやデモが繰り返された。300パーセント以上のインフレ率のおかげで、ルーマニア人は、自活する手段を奪われてしまった。1993年、政府は商品やサービスに対する補助金を削減し、それが大規模なストライキ運動をひき起こした。1994年、200万人の労働者がゼネストに参加した。

変化の結果に対する国民の怒りと失望に、右派ブルジョア政党がつけこんだ。1996年、キリスト教民主党、社会民主党と、国民自由党の野党連立が、エミル・コンスタンティネスクの下で、政府を引き継いだ。コンスタンティネスクが、国営企業の民営化を加速させ、社会福祉を厳しく攻撃する、IMFのあらゆる要求を施行することを目的としたため、西欧マスコミは、これを“本当のチェンジ”だともてはやした。

同時に、チャウシェスクの元宮廷詩人であった、極右の大立て者ヴァジム・トゥードルが、政治的影響力を獲得した。彼が設立を支援した大ルーマニア党は、主として元セクリタテアの悪党どもを採用している。

かつてのスターリン主義者たちの多くは、現在セクリタテアの後継機関SRI(情報庁)に跋扈し、あるいは、成功した起業家としての経歴を誇っている。資本主義市場経済が、彼らに理想的な出世の機会を提供してくれたのだ。同窓グループのつながりは規則正しく機能し、元セクリタテアの連中は、あらゆる国家機関、政党、マスコミで活躍している。

こうしたプロセスの一例が、ラドゥ・ティヌだ。1985年から1989年まで、彼はティミシュ県のセクリタテアで局長代理をしており、とりわけ、彼は当時ルーマニアに住んでいた、今年のノーベル賞受賞者ヘルタ・ミュラーへの迫害を組織した人物だ。チャウシェスク没落後、短期間勾留されてから、彼はウィーン・インシュランス・グループの支配人となった。

こうした右翼の大立て者達は、常に民族的、人種的緊張をかきたてようと狙ってきた。1990年3月、ネオ-ファシスト勢力が、元セクリタテア将校達と共に、トレグ・ムルシュで、そうした緊張に油を注いだ。この都市の住民はルーマニア人とハンガリー人が半々だった。両陣営間の暴力的衝突が何件も起きた。ルーマニアは民族的内戦の瀬戸際となった。

過激な国家主義が、ルーマニアのスターリン主義政党の後継組織中に、蔓延したのは驚くべきことではない。ロシア革命の影響の元、1921年に創設されたPCRは、1920年代後半、スターリンとソ連官僚機構の支配を受けるようになった。第二次世界大戦中、PCRは、ファシスト独裁者のイオン・アントネスクと戦うため、国民自由党(PNL)や全国農民党(PNT)等の右派ブルジョア勢力と協力した。

アントネスクを打倒した後、1945年3月、ペトル・グローザの下で独立政府が樹立されたが、PCRはこれを容認した。1946年、PCRとグローザの全国的な保守派の“耕民戦線”は、選挙において共に選挙活動をした。モスクワの庇護のもと、PCRは党書記長ゲオルグ・ゲオルギウ・デジを首班として国家権力を掌握した。デジは、真正のスターリン主義者であった。政敵達は情け容赦なく投獄され、拷問された。

チャウシェスクは、ゲオルギウ・デジの庇護を受け、出世を始めた。スターリンが1953年に死亡した後、また1965年にチャウシェスクが権力を握って以来、ルーマニア政治は、一層、民族主義、反ユダヤ主義の色合いを帯びた。国民を分裂させるため、少数派は意図的に差別された。親政府派新聞によって、ホロコースト否認があからさまに広められた。

ルーマニアにおけるチャウシェスク没落後、右翼とポスト-スターリン主義の“社会主義”政府と国家首脳が、代わって地位についた。しかし政策は基本的に同じままだ。欧州連合加盟の為の基準を満たすため、厳しい金融引き締め政策が遂行された。最後の国有企業も民営化された。

今日、“自由な20年間”という標語の下、長引く経済危機の状況下で祝典がとり行われる。繁栄とデモクラシーという約束の何も実現されてはいない。政治家全員が、危機や、大規模な社会福祉攻撃の重荷を一般大衆に押しつけることに合意しているのだ。

ルーマニアの選挙は、最近の大統領選挙で見られたように、民主的とはほど遠い。政治エリート内部では、権力、影響力と財源を求める熾烈な戦いが荒れ狂っている。

20周年の公式式典と演説は、国民の気分とは、著しい対照をなしている。ストライキやデモは、ここ数ヶ月の間に急増している。人々は、不安定な生活条件を、もはや甘んじて受け入れようとしてはいない。

最近の世論調査によると、現在、回答者の三人に一人は、1989年の出来事は誤りだったと考えている。60パーセントのルーマニア人が、現在の政治家達のほうが、ニコラエ・チャウシェスク時代よりも腐敗していると考えており、ほぼ同数の人々(56パーセント)が、現在の政治体制よりも、“共産主義”政権の方が、大衆を尊重していたと考えている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/dec2009/roma-d24.shtml

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一方、この国では、

小泉政治を是とした、自民党は支配の座から降ろされたが、元々自民党議員だったメンバー達が、今日まで、日本の権力と富を支配しており、国民は惨めな暮らしを送っている。与党政治家の大半が、危機や、大規模な社会福祉攻撃の重荷を一般大衆に押しつけることに合意していて、マスコミは、これを“本当のチェンジ”だともてはやしている。しかも、ストライキやデモは決しておきず、人々は不安定な生活条件を、いつまでも甘んじて受け入れようと決意している。日本は、既に万能の小沢主席が采配を振るう安定した独裁国家である。

ような気がするのは、親から12億円の子供手当てをもらえない貧乏人の僻みだ。

マスコミについては、アプトン・シンクレアが90年程前に書いた本、ブラス・チェック『The Brass Check=邦題"真鍮の貞操切符"』の一節、クリスマスの手紙 「百万長者対貧乏作家」を参照頂ければ幸いだ。

小沢政権の行方を書いた、今日の朝日新聞朝刊の政治欄記事、独裁が確立することを予見するような、かなり薄気味悪い記事だった。残念なことに、こういう観測こそ実現するだろう。参院選挙で、民主党が大敗しない限り。

2009年12月23日 (水)

アメリカ軍の対ベネズエラ攻勢がエスカレート Postcards from the Revolution

カラカス、12月20日

ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスは、今日、日曜日のテレビとラジオ番組「アロー・プレシデンテ」(もしもし、大統領)で、ドローン(drone)という名でも知られている無人機(UAV)が、過去数日間にベネズエラ空域に違法に侵入したことを明らかにした。“数日前、こうした軍用機の一機は、ベネズエラのマルタ要塞にまで侵入した。”マルタは、コロンビアと国境を接しているズリア州にあるベネズエラ軍要塞だ。数人のベネズエラ兵士が無人機を発見し、即座に空域侵犯を上司に報告した。今日、チャベス大統領は、ベネズエラ領土内で発見されたいかなる無人機をも撃ち落とすよう命令を下した。チャベスはまた、無人機がアメリカ製のものであった事を確認し、地域の安定に対するこの最新の脅威には、ワシントンが直接かかわっているとした。

木曜日、チャベス大統領は、ベネズエラ北西部海岸から80キロもない位置にあるオランダの島アルバとキュラソーからひき起こされる、ベネズエラに対する軍事的脅威を非難した。この二つの小さな島にアメリカ空軍基地がおかれているのは、カリブ地域の植民地に、アメリカ前方作戦陣地(FOL)を設置するという、ワシントン・オランダ間の1999年協定の結果だ。元々、協定では、アルバとキュラソーへのアメリカ軍駐留は、ひたすら麻薬対策任務のためだと規定されていた。ところが、2001年9月以来、ワシントンは、全ての軍事施設を、世界中のテロの脅威とされるものと戦うために利用している。過去数年間にわたり、アルバとキュラソーの軍事基地は、対ベネズエラ諜報・監視・偵察任務に利用されてきた。

2006年、ワシントンは、キュラソーを主要作戦地域として用い、一連の高レベルの軍事演習を行い始めた。何百ものアメリカの航空母艦、戦艦、戦闘機、ブラック・ホーク・ヘリコプター、原子力潜水艦や、数千人のアメリカ軍兵士が、過去三年半にわたって、カリブ地域における様々な軍事演習や任務に参加し、地域の諸国、特に、ワシントンの敵対的で攻撃的な外交行為にさらされているベネズエラで、多大な警戒心と懸念をひき起こしている。

2008年、ペンタゴンは、中南米地域における、アメリカの権益擁護を任務として、海軍第4艦隊を復活した。第4艦隊は、第二次世界大戦中の当初の防衛任務を完遂して、1950年に解散した。ほぼ60年後に、艦隊の復活は、中南米の大多数の国々から、地域の主権に対する、直接の脅威と見なされており、南米諸国に、外部からの脅威に対処すべく、国防評議会をたちあげることを強いている。ペンタゴンは、第4艦隊の復活は“地域における、アメリカの武力の誇示”であることを誇らしげに認め、アメリカは“地域の同盟諸国を防衛する”ことの実証であると対応した。これは、コロンビアに対する直接の支援、ベネズエラを威嚇する企てと見なされている。

10月30日、コロンビアとアメリカは、コロンビア領土に、7つの軍事基地と、必要に応じて、他のあらゆる施設を占有する権限をアメリカに与える軍事協力協定に調印した。協定は、中南米の歴史の中で最大の、アメリカ軍の拡張と見なされている。両国政府とも、公式には、協定を、麻薬密売やテロと戦うための、さらなる努力だと、正当化しているものの、アメリカ空軍の公式文書は、アメリカが、コロンビアの基地から、南米全体に対し、“全面的軍事行動”を遂行することを明らかにしている。空軍の文書は“地域における反米政府からの…常にある脅威”との戦闘に必要なものだとして、不均衡な軍備増強も正当化している。文書は更に、アメリカ軍のコロンビア駐留が“諜報、監視・偵察”作戦の成功を増大し、中南米において、“遠征戦争”を遂行するペンタゴンの能力を強化することも明らかにしている。

2006年以来、ワシントンは、ベネズエラを、“対テロ戦争に対し、全面的には協力していない”国家に分類している。2005年、ベネズエラは、国務省によって、“麻薬対策作戦に協力的でない”国家というレッテルを貼られた。そうした危険な非難を証明する、重要な証拠も無しに、アメリカは、こうした分類を、ベネズエラ政府に対する攻撃強化の正当化に利用してきた。2008年に、ブッシュ政権は、ベネズエラをテロ支援国家のリストに載せようと企んだ。ベネズエラが、依然として、アメリカに対する石油の主要供給国であることが、主な原因となって、この構想は失敗した。ワシントンが、ベネズエラを、テロ国家と見なせば、石油供給を含め、あらゆる関係が断ち切られることになる。

にもかかわらず、ワシントンは依然として、ベネズエラを、この地域におけるアメリカ権益に対する、主要な脅威と見なしている。アメリカは特に、地域における、アメリカの支配と優位に対する経済的脅威と見なしている、中国、ロシアやイラン等の諸国と、通商関係にある中南米諸国を意識している。先週、ヒラリー・クリントン国務長官は、ボリビア、ブラジル、ニカラグアやベネズエラ等、最近イランとの国交を樹立した中南米諸国に対し警告を発した。“…もしも人々がイランに手を出してみたいと考える場合には、それが自分たちにとって、どういう結果になるか考えてみるべきだと思う。我々は彼らが熟考するよう希望している…”、国務省の中南米政策に関して発言するなかで、クリントンはそう語った。

コロンビア政府は、昨日、アメリカ合州国からの資金援助と機材で、ベネズエラ国境のすぐ近くに、新軍事基地を建設すると発表した。コロンビアのガブリエル・シルバ国防大臣も、ベネズエラ近くの他の国境地域で、二つの航空大隊を編成したことを発表した。ベネズエラのズリア州と国境を接する、グアヒラ半島におかれる新軍事基地は、最大1,000人の兵士を擁し、アメリカ軍や民間の軍事請負業者も駐留できるようになっている。この発表は、明らかにベネズエラのリスクを高めている。

ほんの数日前に、アメリカ軍の無人飛行機が、ベネズエラの領土を侵犯したことが判明したことに関して、チャベス大統領が今日行った発言は、ベネズエラとコロンビアとの間の情勢を更に緊迫化させるものだ。無人戦闘機の一種であるMQ-1ブレデターUAVは、アフガニスタンやパキスタンで、テロリストと目される人々を暗殺するために、過去数年間、使用されてきた。無人飛行機には、不安定地域における地上標的の攻撃が可能なヘルファイア・ミサイル(訳注:地獄の火という意味)が装備されている。

ベネズエラは、この危険な脅威に直面して、厳戒態勢にある。チャベスは、予防的治安対策や、地域社会向けサービスを狙いとして最近創設された、地域社会向け警察部隊、新国家警察部隊創設に当たって、無人機が発見されたことに関する発言をおこなった。

3:30 PM、Eva Golingerが投稿

記事原文のurl:www.chavezcode.com/2009/12/us-military-aggression-against.html

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核密約文書が、佐藤元首相宅で保存されていたことが記事になった。事実が明かになっただけでも、画期的なことだ。マスコミ、たまには重要な事実も報道してくれる。虚報ばかりでは、読者は消滅するからだろう。朝日のキーワードによると、密約は4件の存在が指摘されているという。

①核持ち込み時の、事前協議の対象から、艦船の寄港などを外す核密約

②朝鮮半島有事の際に米軍が在日米軍基地を出撃拠点として使うことを認めたもの

③有事の際の沖縄への核の再持ち込みに関するもの

④米側が負担すべき原状回復費400万ドルを日本側が肩代わりするなどの財政取り決め

しかし、三沢基地からはるばるイラクにでかけた戦闘機が、アフガニスタン爆撃を完遂したことが日本駐留米軍のwebに堂々と書かれている。

三沢のパイロット「最も功績ある飛行」の栄誉を受ける

日本の現状、昔、密約を強いられた頃よりも、不沈空母化が進んでいるだろう。密約があろうとなかろうと。マスコミ、大々的に事業仕分けの宣伝をし、有事の際の沖縄への核の再持ち込み密約についてはかろうじて触れても、思いやり予算なる、ふざけた名前のテロ国家「みかじめ料」見直しには、ほとんど触れない。改憲を推奨しても、安保には触れないのと同根。そう、金持ち増税にも全く触れない。

個人的な感想で恐縮だが、おそらく年収400万程度ではと想像する知人(全く自慢にならないが、筆者はむろんそれ以下である)、金持ち増税に反対だ。たまさか、一緒に酒を呑むたびに、B層とは彼のことを言うのだろうと勝手に納得している。(「B層とは、お前だろう」という批判は甘んじて受ける。)

ベネズエラに、テロ支援国家というレッテルを貼る国自体が、最強・最悪のテロ国家。しかも、そのトップはノーベル戦争賞受賞。あれは「ノーベル・テロ国家賞」と理解している。

この無人戦闘機のひどさ加減、マスコミはほとんど報じないが、『ルポ労働と戦争 この国のいまと未来』島本慈子 岩波新書1158 には、85ページから89ページに、琉球新報記事等も引用して、書いてある。日本でも研究されているという。人は、人を殺し、不幸にして、生きることで、幸福になれるのだろうか?

2009年12月20日 (日)

オバマ増派の残虐な実態

2009年12月19日

“増派が、本格的に開始された”と、ペンタゴンの広報担当官が、木曜日に発表した。まだ海兵隊大隊の先行部隊が幾つかアフガニスタン到着したばかりだが、追加のアメリカ軍兵士30,000人の派兵を伴う、殺戮と破壊のエスカレーションは既に進行中だ。

過去数日間にわたる一連の出来事が、今月初めに、バラク・オバマ大統領が命じた、いわゆる増派の、残忍で、長期的な性格を現し始めている。

オバマは、12月1日の陸軍士官学校での演説で、アフガニスタンとパキスタンを仕切っている“国境の両側で有効な戦略”を実施すると語っている。この戦略は、遥かに危険を孕む地域的な危機をひき起こす可能性を伴いながら、両方の国での殺戮激化をもたらすものであることが、明らかになりつつあるのだ。

木曜日と金曜日、アメリカの無人飛行機プレデターが、アフガニスタン国境近くのパキスタンの標的に対する一連のミサイル攻撃の最も激しいエスカレーションの一つを遂行した。木曜日、“無人機の航空隊”とされるものが、北ワジリスタンのある村を叩きのめし、17人も殺害した。マスコミ報道によると、10発のヘルファイア・ミサイルが、“過激派”が占拠しているとされる居住地域に向けて発射された。更に二発のミサイルが、一台の自動車に発射され、三人を殺害した。金曜日更に、これも“過激派”とされるに三人が、別の攻撃で殺害された。

これらミサイルの標的選択は、バージニア州、ラングレーで、ビデオ画面の前に座っているCIA職員によって遠隔操作で砲撃されるのだが、これは明らかに政治的なものだ。オバマ政権とペンタゴンは、パキスタン政府に、北ワジリスタンにおける攻勢をしかけるよう圧力をかけ続けてきたが、イスラマバードは、これまで拒否してきた。

パキスタン治安部隊は、この地域のタリバン勢力と、休戦協定を正式に結んでおり、ロング・ウォー・ジャーナル誌に語った、あるアメリカの諜報機関当局者によると、彼らに対するいかなる作戦も「[パキスタン]軍とISI[統合情報局]内部の民族主義者勢力を、親イスラム派に付かせる口火となり、軍隊内部での内戦を起こす」恐れがあるという。

前例のないミサイル集中砲火は、もしもお前たちがワシントンの命令通りにやらないならば、CIAとアメリカ軍は自分たちでやるぞという、パキスタン政府に対する露骨なメッセージなのだ。

ロサンゼルス・タイムズによると、プレデター無人機・ミサイル攻撃を、パキスタン最大の州、バルチスタンまで拡大し、一部のアフガニスタン・タリバン指導部が隠れ家にしているといわれている、人口密集の首都クエッタまで標的にするという提案を巡り、アメリカ政権内部で、激論が交わされたという。

アメリカのますます攻撃的で、冒険主義的な対パキスタン政策、オバマ増派が、核保有国をひどく不安定化させ、一層広範で更に壊滅的な戦争の条件を生み出す脅威を高める。

増派戦略の各要素が実施されるにつれ、国境の反対側で、民間人の死傷者数は増加し続けている。

木曜日の深夜、アメリカの武装ヘリコプターが、アフガニスタン南部の主要道路を走っているワンボックス・カーを急襲し、砲撃した際、三人の非武装民間人が殺害され、一人の女性が負傷した。アメリカが率いる占領軍の広報担当者は、武装ヘリコプターは、IED(簡易仕掛け爆弾)を道路に埋めている連中がいるという報告に答えるものだったと語っている。

アメリカ軍司令官たちは、増派は、アメリカ人とアフガニスタン人の死傷者数を大幅に増大することになろうと警告してきた。“軍隊保護”の名目で、アメリカ軍が、爆弾、ミサイルや、迫撃砲の集中砲火を開始するにつれ、木曜日夜の様な出来事は、今後更に増大しよう。

とはいえ、増大する殺害の大半は、遥かに入念に狙ったものとなるだろう。ロサンゼルス・タイムズは木曜日「アメリカ軍司令部は、アフガニスタンにおける秘密特別作戦部隊の任務を、秘かに変更し、強化した。」と報じている。

記事は、これらの秘密部隊が、外国軍占領に抵抗するあらゆるアフガニスタン人に対し、ワシントンやマスコミによって漫然と使われている用語である「タリバン指導部、メンバーとその支持者達」を撲滅することを狙った暗殺作戦を開始するよう命じられたことを示している。

「アフガニスタンにおいて、陸軍のデルタ・フォースや、海軍のシール・チーム・シックスのような部隊によって遂行されている急襲の数は、ここ数ヶ月で四倍以上だ」と新聞は報じている。

タイムズ紙によると、こうした部隊がアフガニスタン戦域に派兵されたのは、主としてアルカイダ・メンバーを追求するためだった。ところが今や、ペンタゴンは、彼らに、アフガニスタン人レジスタンスに、焦点に合わせるよう、変更を命じたのだ。

“アフガニスタン国民を守る”という口実の下、アメリカの戦略は、明らかに、人口の中心地に、通常戦闘部隊を配備し、急襲と弾圧で、レジスタンス勢力を追い出して、“掃討し、確保”し、それからずっと辺鄙な地域で、連中を追い詰めることを狙っている。

オバマ増派の性格は、水曜日に発表された、契約見落としを検討する上院小委員会の報告書でも明らかにされているが、今年6月から9月までの間に、アフガニスタン国内で、ペンタゴンのために働く民間契約業者の人数が40パーセント増えていることが判明した。これは、同時期に、民間警備業者が、5,000人から10,000人へと倍増したのも含んでいる。

コングレショナル・リサーチ・サービスが制作した、ある報告によると、アフガニスタン国内の民間契約業者の総数は 130,000人から160,000人の間にのぼるとされており、制服を着た軍人の人数を遥かに上回る。

最後に、駐アフガニスタン・アメリカ大使、カール・アイケンベリー(かつて同国を占領しているアメリカ軍を指揮していた退役将軍)は、アフガニスタン人幹部に、傀儡政権の外務省での演説で、2011年7月に軍隊撤退を開始するという、オバマの約束にもかかわらず、ワシントンはアメリカ軍占領を終えるつもりはないことを保証している。

「アメリカ合州国やアフガニスタンで、一部の人々が色々言っても、これは最終期限ではない」とアイケンベリーは聴衆に語った。彼は「たとえ、我々の戦闘部隊が[撤退しても]、わが軍のコミットメントは、終わることも、減少することもない。」と断言した。

言い換えれば、一年半以内に、アフガニスタンからの撤退を開始するという約束は、アメリカ介入の本質に関して、アメリカ人を欺くための、国内向けのものに過ぎないのだ。自分たちの存在が、ひたすらアメリカ軍による保護に依存している、カルザイ政権の幹部たちにとって、真実は重要だ。ワシントンは、アフガニスタンを軍事的に永久占領することを狙っているのだ。

かくして、オバマのエスカレーションの概要が姿を現し始めた。これは、パキスタンへの戦争の危険な拡大、民間人死傷者の急激な増大、レジスタンス・メンバーと目される連中を殺害するための暗殺部隊の活用、これまでにない規模での傭兵の雇用、をひき起こすものだ。これは、あらゆる面において、国民的抵抗を弾圧し、アフガニスタンを従属させることを狙った、汚らしい植民地風戦争であり、究極的には、中央アジアの石油が豊富な地域全体を、アメリカの支配下に置こうとするものだ。

Bill Van Auken

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/dec2009/pers-d19.shtml

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オバマのノーベル戦争賞受賞演説より、こうした、ごく少数派の言説のほうが、ずっとわかりやすく思えるのは、老化のせいだろうか?早期認知症のせいかもしれない。

記事中の「海兵隊大隊」、一体どこからでかけたのだろう。アメリカ海兵隊というのは、祖国で防衛活動をするためではなく、海外での戦闘を意図している組織のように理解している。ウイキペディアあたりの記述も、そのように読める。

岡田克也外相は18日の記者会見で、(海兵隊は)「非常に機動性のある存在で、日本(の安全保障)にとって必要な存在だ」と強調したという。

その論理、どうしても、わからない。「非常に機動性のある」のは事実だろうが、それがなぜ、日本(の安全保障)にとって必要な存在になるのだろう?世界にとって非常に困った存在は、沖縄にとっても、日本にとっても、グアムにとっても、非常に困った存在だ、というのなら、良くわかる。

これがわからないのも、老化か早期認知症のせいだろう。惚け中高年としては、坂本龍馬や秋山真之の話より、はるかに切実な「アメリカ海兵隊の歴史・駐日米軍の目ざましい活動の歴史」を、堂々三年がかりで大河ドキュメンタリーを放送していただけるとありがたい。題名は既に考えてある。『島の中の基地』あるいは『坂の上のマリーン』それとも『海兵隊が行く』。

「志村建世のブログ」で、「無人機攻撃への憎悪」という、エントリーを、当方からのトラック・バックに対応して、わざわざお書きいただいた。お礼申しあげます。

また、ペガサス・ブログでは、「宇宙を経由した殺人・テロ」で、無人機攻撃の非道さを訳した記事に触れていただいている。こうした皆様のブログ、マスコミを見聞きするより、少なくとも、個人的精神衛生には、効力を発揮している。

ところで、巨大ネット書店のオバマ演説CD本へリンクをつけられた方がおられた。書店で山のように売られているインチキ言説宣伝の片棒を担ぐ意図は毛頭ないので、削除させて頂いた。今後も、再びリンクされたら、削除させて頂く。

というより、スパム扱いされ、放置しておいても自動的に削除されるので、わざわざリンクされること自体、徒労ではと愚考する。

バイアグラや、おかしなクスリの英語版トラック・バックが頻繁にあるが、これも皆、スパム扱いされ、放置しておいても自動的に削除されるので、徒労と思う。「政府請負業者」の仕事なのだろうか?そうであれば、税金の無駄遣い、宗主国なり、属国において、事業仕分けの対象にしては如何だろう?

それとも、毎日、不人気ブログを徘徊し、嫌がらせリンクを貼って回る愉快犯の人々が満ちているのだろうか?自動的にスパム扱いになってしまうのだから、嫌がらせにならないことをご存じないのだろうか?

メールも同じで、毎日100通以上、世界中からスパムがくるが、ほとんどフィルターで排除されてしまうので、目にふれることはない。こちらも放置しておけば、そのまま削除される。好奇心で、ひっかかるB層の方々がおられるのだろうか?わざわざ、スパム・メール・ボックスの中から、ゴミを拾いだして読んで、ひっかかる奇特な方がいるのだろうか?ネットの不思議。

先に、勝手に訳させて頂いた、デモクラシー・ナウによる、グアムでの米軍増強に反対する先住民弁護士の報告、デモクラシー・ナウ・ジャパンが、日本語版のビデオをお作りになった。

「太平洋の島グアム 米軍基地増強計画に先住民が反対」

本物をこちらでご覧いただければ幸いだ。

2009年12月16日 (水)

アメリカ占領と、ハミド・カルザイの腐敗したマフィア国家

Mike Whitney

2009年12月12日

木曜日にノーベル賞受賞演説をする前に、バラク・オバマが、マラライ・ジョヤに相談しなかったのは、実に残念だ。この元アフガニスタン国会議員なら、継続中のアメリカ占領が、アメリカとアフガニスタン双方の利益を損なうものであるということを、大統領が理解するのを手助けできていたろう。アフガニスタンは、演説の中で、あれほど情熱的にオバマが擁護したような"正しい戦争"ではない。それは、ジョヤがその新著『軍閥の中に女一人:大胆にも抗議の声を上げた、あるアフガニスタン人の驚くべき物語』の中で、概要を描いている、アメリカの大規模な地政学的戦略の一部なのだ。アメリカの為政者達が、中国の成長を監視し、ロシアを包囲し、カスピ海盆地の重要な天然資源を支配し、アジアを"将来の市場"とみなしているアメリカの巨大企業を保安を提供するための橋頭堡を、中央アジアに打ち立てようと決めたのだ。グレート・ゲームのやり直しなのだ。アフガニスタンにおける"勝利" というのは、一握りの兵器製造業者、石油王、軍事関係請負業者達が、非常に儲かるということを意味している。ただそれだけのこと。アル-カイダやら、"デモクラシーの推進"やら、アメリカの国家安全保障とは無関係なのだ。皆全て、広報活動の子供だましに過ぎない。

『軍閥の中に女一人』は、アメリカによるアフガニスタン侵略を巡る多くの幻想にメスを加え、意見対立をひき起こすような本だ。たとえば、大半のアメリカ人は、アフガニスタンではありきたりな言葉"軍閥戦略"など、聞いたことがないだろう。それは、この言葉が、アフガニスタン"解放"という、西欧マスコミの物語とうまくかみ合わないためだ。事実は、ドナルド・ラムズフェルド国防長官が率いたアメリカの戦争立案者達は、最初の一弾が発射される前から、アフガニスタンの全地域を、軍閥に引き渡すという計画を決めていた。あらゆる"解放"論は、戦争支持を導き出すための策略に過ぎなかったのだ。最初に戦争を正当化した理由が、でたらめのかたまりと知っていたら、一体何人のメリカ人が、更なる兵士の派兵を支持しただろう?

ジョヤは、彼女なりに、以下のように要約している。

「占領にも、NATOが支援する、ハミド・カルザイや軍閥や麻薬王の、腐敗したマフィア国家にも、アフガニスタン国民はうんざりしている.... 今や、いわゆる“対テロ戦争”という口実の陰に隠された、アメリカとその同盟諸国の本当の動機が、アフガニスタンを、中央アジアにおける軍事基地と、世界のアヘン麻薬取引の中心に変えようというものであったことは明かだ。普通のアフガニスタン国民は、このチェス・ゲームでの駒に使われ、西欧の納税者達の金や兵士達の血が、この地域を一層不安定化させるだけのこの目標のために、無駄にされる....

私はここで、最愛の人を亡くされたご遺族の方々に、お悔やみを申しあげておいたい。(彼らは)アメリカ政府の誤った政策の犠牲者だ。この戦争で殺害されたアフガニスタン民間人の家族たちも、皆さん方の故人への思いを共有している。もし、こうした悲しみを、力に変えれば、我々はこの戦争を終わらせることができる。2011年末に、兵士たちを帰国させるというのは遅すぎる。更なるアフガニスタン人とアメリカ人の命が無駄に失われる前に、兵士達はできるだけ早急に撤退させられるべきだ。」

ジョヤは、焦点を絞って妥協することがない。女性一人の救援部隊だ。彼女は、戦争への抗議を語って聴衆を心服させることができる感動的な演説家でもある。人々は彼女の激しさ、誠実さ、正義への確固たる姿勢を感じ取れる。戦争や苦難を永続させるだけでしかない、高慢に響く陳腐な言葉を好む嗜好は、オバマと違って、彼女にはない。(オバマのノーベル賞演説引用「我々は、厳しい真実を認めることから始めなければならない。我々が生きている間には、暴力を伴う紛争を根絶することはできないのだ。」) ジョヤの目標は平和だ。30年間の戦争の終結、アメリカ占領とイスラム狂信の終結だ。残念ながら、オバマの軍事エスカレーションは、更に多くの人々に災厄をもたらしながら、紛争が、今後何年間もダラダラ長引くのを確実にするだけだ。

マラライ・ジョヤ「私がこうして文章を綴る間にも、アフガニスタンは徐々にひどくなりつつある。我々は二つの敵の板挟みになっている。一方にはタリバン、そしてもう一方にはアメリカ/NATO軍と彼らが雇った軍閥達.... オバマの軍事増強は、無辜の民間人の苦難と死を増すばかりだ.... 本書中の教訓が、オバマ大統領やワシントンで彼の政策を決定する人々の元に届き、彼らの残虐な占領を、彼らによる軍閥や麻薬密売組織のボス達への支援を、アフガニスタン国民が拒否していることを、彼らに警告してくれることを願っている。」 (『軍閥の中に女一人』、5ページ)

『軍閥の中に女一人』は、アメリカ侵略によってもたらされた大規模破壊を、読者にかいま見せてくれる。軍閥達を権力の地位に復帰させ、3200万人のアフガニスタン国民に、戦犯や人権侵害者の下で、恐怖の生活を強いた、ラムズフェルドの戦略を、ジョヤは繰り返し非難している。彼らのことを、"北部同盟"、あるいは、同様に誤解されやすい、"アフガニスタン救国・民族イスラム統一戦線"と呼んで、軍閥達を掩護しているマスコミにも、彼女は照準を合わせている。ジョヤが指摘する通り、紛争に対する人々の考え方は、虚報、切り捨て、プロパガンダによって、形作られている部分が大きいのだ。オバマのノーベル賞演説は、今度は、更に優秀な広報担当者によって、これと全く同じ嘘がつかれるという証明だ。

マラライ・ジョヤ:「アメリカ合州国が空爆をしている間に、CIAと特殊部隊は、既にアフガニスタンの北部諸州に到着し、何百万ドルもの現金と、武器とを、北部同盟の司令官達に配っていたのだ。連中は、その民兵が、内戦の間、アフガニスタンを略奪したのと、まさに同じ過激派だ。数ある中、ドスタム、サヤフ、ハリリ、ラッバーニ、ファヒム、アリフ将軍、ドクター・アブドッラー、ハジ・カディール、ウスタド・アッタ、モハメド、ダウド、ハズラト・アリ等。...ファヒムは暗い過去を持った冷酷な男だ。西欧のマスコミは、当時こうした軍閥達を"反タリバン・レジスタンス勢力で、アフガニスタン解放者"として描きだそうとしていたが、実際、アフガニスタン国民は、連中とて、タリバンと変わりはしないと信じていた。」(同書、52ページ)

激しい空爆の中を、タリバンがパキスタン国境を越えて逃れていた頃、軍閥達が、全ての州を掌握し、現地の人々に対する残虐非道な支配を取り戻していた。ブッシュ政権は、一つの抑圧的政権を、別の抑圧的政権で置き換えることに成功した。民主主義を確立しようという努力は、全くなされていない。

ニューヨーク・タイムズの2001年11月19日記事はこうだ。「1990年代初期に、アフガニスタンを分裂させ、その腐敗と背信ゆえに、タリバンによって破られた、きら星のようにい並ぶ軍閥達が王座に復帰し、それまでいつもしてきたやり方で、権力を行使する態勢にある。」

ジョヤは、「1990年代に、カーブルで、何千人も殺害した。」過激な原理主義者、アブドル・ラスル・サヤフを含む、多くの軍閥達の略歴も書いている。彼は、あるカーブル粛清で、兵士たちにこう命じていた。「誰一人、生き残らせるな--全員殺害しろ。」サヤフは「1980年代に国際テロリストのオサマ・ビン・ラディンをアフガニスタンに招いた人物だ。彼は、9-11攻撃の首謀者だったとアメリカが主張している人物、ハリド・シェイク・モハメドをも、教育し、庇護していた。」(67ページ)

連中が、ビン・ラディンやハリド・シェイク・モハメドの友人を保護しているのだということを知っていたら、一体何人のアメリカ人が、戦争を支援し続けただろう?

再度マラライ・ジョヤを引用しよう。「西欧の大半の人々は、アフガニスタンでの女性への不寛容、残虐行為、ひどい抑圧は、タリバン政権から始まったと信じ込まされている。だがこれは嘘で、アメリカが支援する、いわゆるハミド・カルザイの民主的政府を支配する、軍閥達が、世界に放つ目くらましなのだ。実際、近年のアフガニスタンにおける最悪の残虐行為のいくつかは、内戦の間に、現在権力を握っている連中によって行われた。」

1992年のアフガニスタン内戦最悪の時代、軍閥のある集団がカーブルを掌握し、その大半を跡形もなく崩壊させた。「ドスタム、サヤフ、マスード、マザリや、ヘクマチヤルの民兵が、市を略奪し、家々から強奪し、女性を虐殺し、強姦した。信じ難いほどの死亡者数についての公式数値はないが、最終的に、カーブルだけでも、65,000人から80,000人の範囲で、無辜の人々が殺害された。国連によると、市の90パーセント以上が破壊された。(最終的に)「アフガニスタンは、対抗しあう殺し屋や軍閥の気まぐれで支配される封土へと、分割された。」(同書 26ページ)

ジョヤの解決策「全ての外国軍隊の撤退」

マラライ・ジョヤ:「軍隊が撤退すれば、内戦が勃発するだろうという人々がいる。こうした見解は、アフガニスタンで、既に起きている、ひどい紛争や人道的災厄を無視している人々から出されることが多い。アフガニスタンに、外国軍兵士がより長く駐留すればするほど、アフガニスタン国民にとって、結果としておきる内戦はますますひどいものになる。ソ連撤退の後に起きた恐ろしい内戦は、確かに正当化しようもない... あの10年の占領によってひき起こされた破壊と死。" (217ページ)...現在我々は、世界でも最も腐敗し、不人気な政府の下、銃に脅かされて暮らしている。(211ページ)

西欧のマスコミで、人が読んでいるの戦争は、本当の戦争ではない。オバマ支持者達は、『軍閥の中に女一人』を入手して、占領の現実と、新聞で報道されているプロパガンダとを比較すべきなのだ。事実は、アメリカ合州国が、アフガニスタンを、大量虐殺マニアとイスラム狂信者の集団に、引渡したのだ。現在でさえ、アメリカ合州国による継続支援無しに、軍閥達は、アフガニスタン国民への残虐な弾圧を継続できていないはずだ。軍閥達の多くは、未だにアメリカから給料を支払われているが、オバマは"平和賞" 演説の中で、何故かこれには触れ損ねた。

『軍閥の中に女一人』は、素晴らしい読み物であり、戦争プロパガンダの絶えざる集中砲火に対する、完璧な対抗手段だ。間違いなく、一読に値する。

記事原文のurl:www.smirkingchimp.com/thread/25483

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読みやすさを考え、文中勝手に『軍閥の中に女一人:大胆にも抗議の声を上げた、あるアフガニスタン人の驚くべき物語』と訳したジョヤの本、原題は下記の通り。

"A Woman Among the Warlords: The extraordinary story of an Afghan who dared to raise her voice"

"A Woman Among the Warlords"は、Amazon.com(本国)でさえも、書評で絶賛されている。

郵政解体の指示も書かれている「年次改革要望書」のからくりを暴いた『拒否できない日本』の取り扱いを、「品切れ」として徹底的にサボっていた(特に911郵政破壊選挙中)同社の属国支社より、宗主国本社、心が広いのだろうか?それとも、宗主国の国民の方が、属国の国民よりも民度が高いことの反映なのだろうか?

この本、是非読んでみたいが、件の会社からは決して購入しない。

英会話が好きでもなければ、うまくもない素人としては、こうした本を読むことの方が、英会話を習うより、はるかに重要で、しかも、経済的だろうと思う。これはむろん、発音の悪さ・文法欠如の言い訳。営業妨害をするつもりは皆無。

2009年12月14日 (月)

オバマ、平和賞受賞に際し、終わりなき戦争の支持を主張

いは全てが将来のアメリカ軍事介入の標的となりかねない、イラン、北朝鮮、ソマリア、スーダンのダルフール、コンゴ、ジンバブエやビルマについて言及した。

授賞式で、オバマが自分自身“二つの戦争のさなかにある軍の全軍最高司令官”であることを認めた際には、ぼんやりとした茶番劇風要素もあった。彼は、戦争を、国家の権益を追求するための正当な手段として表現した。

オーウェル風に、彼は「戦争の手段は、平和を保つうえで役割を持っている。」、「すべての責任ある国は、明確な任務を与えられた軍隊が、平和維持のために果たすことができる役割を認めなければならない。」そして、帝国主義国家の軍隊は「戦争をおこす人々ではなく、平和を保証する人々として」讃えられるべきだと主張した。

世界平和を促進するためのものと想定される賞を与えられながら、オバマは、過去と、現在と将来の軍事行動の正しさを主張した。アメリカ大統領は、「我々が生きている間には、紛争を根絶することはできまい」という“つらい事実”を聴衆に伝えた。国々は「武力行使は、必要であるのみならず、道義的に正当化もされると考え」続けるだろうと彼は断言し、潔癖性の人々は「軍事行動を巡る深く相反する感情の交錯」や「世界唯一の軍事超大国であるアメリカへの反射的な疑念」を克服しなければならないと強調した。

未練がましく「多くの国で、こうした任務に当たる人々の努力と、一般市民の相反する感情の間には、溝が存在している。」と語って、世界中の多数の人々が、帝国主義戦争に反対していることを彼は認めた。しかし民意も民主主義もくたばれ、だ。「平和は望ましいという信念だけで、平和を実現することはきわめて稀だ。平和には責任が必要だ。平和は犠牲を伴うのだ。」

アメリカの権益を擁護するためであれば、アメリカが必要と考えれば、どれだけ人的コストが生じようと、いつでも、どこにでも、介入できるというワシントンの信念を、オバマは傲慢にも説明した。

これは“愛の法則”やら、必然的に“神の輝き”といった、道徳を高めるような言葉によって、むしろみじめなほど包み隠されていた。演説にも、表現の仕方にも、およそそうした気配も見られなかったにもかかわらず「武力紛争における犠牲を痛切に」感じていると彼は語った。逆に、一連のキャンパス駐車規則を発表する大学側管理者並みの浅い感情で、オバマは戦争と平和に関する自分の意見を語ったのだが。

式典前、ノルウェー記者団からの質問に答えた際、オバマは更に率直だった。11カ月間の政権について、彼はこう説明した。「人気コンテストに勝ったり、ノーベル平和賞のように権威あるものであれ、何か賞をとったりすることが目標なのではない。目標は、アメリカの権益を推進することだった。」

ノルウェーの皇室や政治家と並んで、ハリウッドの有名人も含む聴衆に、アメリカの世界的な役割について、威勢のいい、偽りの擁護を始める前に、オバマは、簡単で厭世的な人類文明の歴史を示した(「戦争は… 最初の人類とともに出現した … 世界には悪が存在するのだ。」)。

大統領は、戦後の期間を、慈悲深いアメリカによって授けられた平和と繁栄の一時期として描き出した。「平和を維持するための構造を作り上げる上で、アメリカは世界をリードした…アメリカ合州国は、60年間以上にわたり、アメリカ国民の血と、軍隊の力で、世界の安全保証をするのを支援してきた。… 我々が、この重荷を担ってきたのは、我々の意志を押しつけたかったからではない。」偽善と歪曲の程度もここに極まれりだ。

オバマは更に「アメリカは、民主主義の国家に対しては、決して戦争したことがなく、アメリカの最も親しい友邦諸国は、自国民の権利を守っている政府だ。」という異様な主張をした。アメリカが、イギリス、ドイツやオーストリア-ハンガリーといった、相手のいずれもが議会制度であった諸国と戦ったという歴史的事実は別として、二十世紀初頭の、メキシコ、中米やカリブ海地域から、戦後の時期における、ベトナム、イラン、グアテマラ、コンゴ、インドネシア、チリや、ニカラグアに至るまで、抑圧されてきた国々の国民に対する、長期的で下劣なアメリカによる介入の歴史を、オバマは意図的に避けていた。

最新リストとして、特に(イラクとアフガニスタンの傀儡政権に加え)、サウジアラビア、パキスタン、イスラエル、エジプト、ヨルダン、モロッコやウズベキスタン等の、残酷で腐敗した政権を含む、ワシントンの“最も親密な友好国”について言えば、こうした諸国全てが、拷問や、広範囲におよぶ弾圧を行っている。

自国防衛のために行動する国家にともなう“正しい戦争”という概念について触れた後、9/11後の、アメリカによるアフガニスタン侵略は、この原理に基づくものだと不当にも主張し、オバマは、ワシントンにはそうした合法化など不要であることを明らかにした。

目的が「自衛あるいは、侵略国に対する自国防衛の範囲を超える」軍事行動を、支持すると彼は語った。アフリカ、アジア、中南米や東欧の多くの国々に対して適用されるであろう“武力”を正当化するには、もちろん、ワシントンによって決められる“人道的な理由”で十分なのだ。これは“正しい戦争”という装いをまとった植民地主義にすぎない。

中東や中央アジアにおける、アメリカが率いる戦争に対するヨーロッパ大国による支持を強化するための企みの一環として、より多国間の色付けをした、先制攻撃戦争というブッシュ・ドクトリンの別バージョンを、オバマは擁護した。「アメリカは単独では行動できない」とアメリカ大統領は語った。

その権益をノーベル賞委員会の決断として表現した、ヨーロッパ支配層エリートは、オバマに、これらの戦争を擁護し、帝国主義的侵略を人道主義的行為として描き出す舞台をしつらえ、恩義を施してやれたことを喜んでいた。彼らは、ブッシュやチェイニーと違い、オバマが、“不安定な地域において、この先ずっと”“世界規模の安全保障”を施行する役割(そして戦利品を分かち合うこと)を、ヨーロッパに与えてくれることを願っているのだ。

オバマは、その対照的な内容を否定するために、45年前マーチン・ルーサー・キング Jr.が行ったノーベル賞演説を引き合いにだした。キングはオバマと違い、短い演説を行い、黒人に対し、継続している抑圧や、南部の人種差別撤廃反対論者に対する注意をするよう呼びかけた。キングは“文明と武力行動は、相反する概念である”と主張したのだ。

暗殺される前、キングは積極的なベトナム反戦論者になっていた。オバマやアメリカの全既成政治勢力は、キングが、軍国主義を圧政と蛮行と同一視したことに、本能的に脅威を感じて、彼への信頼を傷つけようと狙ったのだ。

更に、ノーベル賞演説は、オバマが政治的に正体を暴露する舞台でもあった。“チェンジ”を謳った候補者が、ブッシュ-チェイニー政策のあらゆる重要な面において、自らが単なる継承者であるばかりでなく、彼自身、極めて反動的で、汚らわしい人物であることを明らかにしたのだ。軍と戦争へのあからさまな嗜好を、彼は隠そうとしていない。長年政治的キャリアを積んだ結果、こういう人物となったのだ。

パキスタン、ペシャワール在住の27歳の技術者、ジャービル・アーフターブは、AFP通信社に木曜日、こう語っている。「ノーベル賞というのは、実績をあげた人々のためのものなのに、オバマは殺し屋だ。」今後、膨大な数の人々の考え方に、こうした解釈が浸透してゆくことになるだろう。

David Walsh

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/dec2009/pers-d11.shtml

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こうした演説本やCDにお金を払って購入する皆様、オウム真理教信者と一体どこが違うのだろう?書店で、演説本やCD書棚に並んでいたり、平積みになっていたりする不思議。もしも、アルンダティ・ロイや、マラライ・ジョヤの本(書評記事の翻訳は、アメリカ占領と、ハミド・カルザイの腐敗したマフィア国家)が売れているなら理解はできるが。

麻原彰晃説教集、書棚に並んでいたり平積みになっていたりはしない。

大新聞も演説全訳を載せてくれる。亭主の好きな赤烏帽子、宗主国の好きな念仏、無理が通れば道理は引っ込む。

アメリカのニューズウィーク誌記事、なかなか辛辣。オバマのオスロ演説にブッシュを見た

森田実氏、森田実の言わねばならぬ【974】2009.12.12(その1)で以下の様に書いておられる。

「最も正しき戦争よりも、最も不正なる平和をとらん」(キケロ)

「良い戦争、悪い平和などあったためしがない」、アメリカの代表的政治家フランクリン(1706-90)の言葉である。これは正しい。

 上記のキケロ(古代ローマの政治家、BC106-BC43)の言葉は正しい。「正義のための戦争」などありえない。「正義のための戦争」などというのは戦争屋の屁理屈でしかない。

 「正義としての平和」も危ない論理であり、詭弁である。数多くの戦争屋は、正義を平和の上に置き、「正義」で戦争を合理化した。オバマ大統領はアフガニスタン戦争を合理化しているが、許されることではない。

 ノーベル賞委員会がオバマ大統領にノーベル平和賞を与えることについて反対論があったが、今回のアメリカの戦争を合理化する演説により、与えたことについて失敗論が高まるであろう。当然である。

 平和を愛好する諸国民は、オバマ大統領への抗議の声を上げるべきであり、アメリカ軍のアフガニスタンからの撤兵を求めるべきであると思う。

素人には、演説本体、麻原彰晃説教(もちろん本物など聞いたことも見たこともない)と同じレベルにしか聞こえない。

殺害した膨大な人数と国家の長として利用できる暴力装置の規模予算の違いはある。

ペシャワール在住の青年の言葉なら理解できる。

新聞社が教材会社と一緒に「語彙・読解力」をはかる新聞検定?を始めるという。

大事なのは、漢字検定で、漢字の知識をはかることでも、新聞検定?で「語彙・読解力」をはかることでもないだろう。

書いてあることの真偽、書かれていないことの重要性を理解することが重要だろう。

残念なことに、そうした項目、愛国心ではないが、容易に、はかれない。いっそ、「マスコミ・リテラシー検定を設立し、検定に合格しない人には、選挙権をあたえない」という暴挙などいかがだろう?あるいは、「民放テレビを見ない、商業新聞を読まない人だけに選挙権を与える」という奇策はどうだろう? (時の)与党が(常に)企む、憲法改悪やら比例代表議席削減より、よほど穏当な策と思うのは筆者だけだろう。

宗主国の大統領の言動の影響、必ず属国にもおよぶだろう。与党が、共和党から民主党に、大統領が、ブッシュからオバマに変わったアメリカ。その国家としての行動様式には、どこも変わった兆しはみられない。与党が、自民党から民主党に、首相が、麻生から鳩山に変わった属国日本の、現状と行く末を、これほど具体的に示してくれる例はあるまい。二大政党というのは、そういう制度だ。属国のトップ、もしも宗主国の意に沿わないことをすれば、ホンジュラス・セラヤ大統領の運命が待っている。与党出身、財界人の、セラヤですら国外強制追放された。日本とて同じ。たとえ国外追放はされずとも、辞任という形で排除されても、驚くべきことではないだろう。とはいえ、宗主国の意に沿わないことをするような人物が、日本で与党トップとして出現することは、我々の目の黒いうちin our lifetimesは、そもそもありえまい。二大政党制、それを保証する小選挙区制、そのための制度だ。属国体制維持のための。

関連記事翻訳:

ノーベル戦争賞

戦争と平和賞

主戦論者、平和賞を受賞

追記:

12月18日付朝日新聞朝刊3面(13版)「在日米軍基地 なぜ縮小されない?」は、植民地用広報洗脳新聞という本質が露骨にでている記事。読んでしまって、あきれて腹が立った。こういう新聞を読まさせられで、新聞検定をされてはかなわない。「洗脳検定」だろう。

ブログ:情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)では、

朝日新聞の米軍基地特集記事はプロパガンダ?~公開質問状、本日発送というエントリーを書いておられる。おっしゃる通りだろう。こういう記事が、「語彙・読解力」をはかる新聞検定の教材になるのかとおもうと、実に空恐ろしい。

小生、それこそが植民地広報洗脳産業の仕事と思っているので、質問も電話もしない。当方に大切なのは、何度も書いているが、新聞記事ではなく、地元スーパーのビラ。記事にはヨタがあっても、ビラの価格に決して嘘はない。万一、ビラと値段が違う場合、そう申し出れば、スーパーは即座に対応してくれる。新聞社より、はるかに紳士的だ。貧しい我が家「本紙ではなく、地元スーパーのビラを講読・愛読している」。

2009年12月10日 (木)

ボリビア: モラレス、圧倒的勝利で再選

Bill Van Auken

2009年12月8日

月曜日、ボリビア大統領エボ・モラレスは、最大のライバルの23パーセントに対し、少なくとも62パーセントの得票という圧倒的勝利で再選された。投票の結果、モラレスは、二度目の五年の任期を獲得し、彼の社会主義への運動党、MASは、ボリビア議会上院では、三分の二の多数を、下院では、実質的過半数を、獲得した。

とは言え、結果は、貧困な、主として先住民が住む高地と、ボリビア財界、農業、エネルギー資源による富の中心である低地地域との間という、ボリビアの分裂が続いていることもさらけ出した。

モラレスの選挙勝利の程度は、彼の失脚を狙った、昨年8月“リコール”国民投票での圧倒的な敗北、および、彼が二期目に出馬する権利を確保した、今年1月の憲法を巡る国民投票を含む最近の他の投票と、ほぼ同じ水準のものだ。

モラレスは、2005年、かろうじて投票の53パーセント以上を得て勝利し、初めて大統領に選ばれた。彼は、コカを根絶しようという、ボリビアとアメリカ政府の取り組みに反対し、小規模なコカ栽培農家の権益を守ったボリビアのコカレロ(コカ栽培農家)運動の指導者として政治的知名度を得た。コカ栽培は、この国の鉱業部門での職が縮小し、他作物の経済的実行可能性が低下するという条件下で、次第に重要な経済的活動となっていた。

モラレスの母語はアイマラ語で、彼自身ボリビア最初の先住民首長だと語っている。

日曜日の選挙で余裕の勝利は、2006年の、ボリビア炭化水素部門“国有化”後、国家のエネルギー資源の増収によって、モラレス政府が実施できた、様々な社会支援政策の人気の現れでもある。鳴り物入りで発表されたが、この行動では外国のエネルギー生産者達からの没収はしておらず、基本的に収益に対する課税強化によるものだ。

モラレス政府が実施した、主要な社会支援政策は、妊婦、児童や、老人への補助金支払いだ。これらの政策は、好評で、ボリビアの貧困者比率を低下させたものの、国民の60パーセントが貧困と見なされており、そのほぼ半数が極端な貧困で、世界の中でも最高位に留まっている。

支援政策とてボリビア社会を形作る基本的な階級関係を変えてはいない。大多数の国民は、依然として、いわゆる正規経済の外で生活しており、雇用に対しては、ほとんど効果をもたらしてはいない。

ボリビア先住民の、政治的、文化的な独立は促進しつつも、政府は、土地改革によって、農民大衆の状態を改善することはほとんど何もしていない。ボリビアにおける土地分配は、耕作に適する土地の91パーセントが、国民の僅か5パーセントの手中にあるという、世界でも最も不平等のままだ。

選挙後、モラレスの副大統領、アルバロ・ガルシア・リネラは、アルゼンチン日刊紙クラリンに、同国の憲法は、私有財産権や、“それが果たす、経済的、社会的役割”を保証しているとして、土地収用は行わないと約束した。

与党の名前や、モラレスや他高官による演説中で、“社会主義”という言葉を使ってはいるものの、ガルシア・リネラは、政府の本当の狙いは、国家によって資本主義的発展を促進させる“アンデス・アマゾン資本主義”であると主張している。

モラレス政府は、主として、エネルギーと鉱物価格の急騰のおかげで、ボリビア歴史上、成長率が最高である、一つの時期で、現在、半球の中でも、最も高い時期に、政権を維持してきた。2008年、経済は6.2パーセントという率で成長した。2009年には、価格と輸出の低下から、この率は、3パーセントという予想成長率に低下する。

大統領と与党のMASは、統一公認候補者を立て損ねた右派ライバルたちの混乱という恩恵を受けている。右派の最有力候補は、23パーセントを得票した、元軍将校でコチャバンバ州知事で、汚職で裁判にかけられていたマンフレド・レジェス・ビジャだった。彼に続くのは約8パーセントを得票したセメント業界の大立て者サミュリル・ドリア・メディナだ。

右派野党の性格は、レジェス・ビジャの副大統領候補選択に明確に示されている。副大統領候補レオポルド・フェルナンデスは獄中で選挙運動をした。この元パンド県知事は、昨年9月、エル・ポルベニルの町で、少なくとも13人の農民と学生の虐殺を命じたかどで逮捕されていたのだ。

虐殺は、この国の天然ガス埋蔵量のほとんどと、最大かつ最も収益の高い農園の大半を有する、サンタクルス、ベニ、パンドとタリハという、いわゆるメディア・ルナ地域(つまり半月-その地理学的形状にちなんで名付けられた)の財界エリートが仕掛けた“市民クーデター”の後に起きた。ボリビアからの分離要求を支援した行動には、政府役人の解雇や、多数の死者、負傷者を生んだ他の暴力行為も含まれていた。

モラレスとMASは、こうした最も裕福な階層の一部をなだめる、特に、プチブルの裕福な部分を取り込むことを狙って、選挙運動を展開した。この地域では得票を増やしたものの、モラレスは三つの県で後れをとり、かろうじてタリハでのみ、右派野党よりもやや多い投票の得票に成功し、レジェス・ビジャの40パーセント、ドリア・メディナの8パーセントに対し、49パーセントが現職に投票した。

選挙結果発表の後で、副大統領ガルシア・リネラは、マスコミにこう語った。“野党グループが、あらゆる政府の構想や、合意を求める対話に対する拒否に基づく、過去四年間の粗野な反対を放棄するよう希望している。”

選挙で瓦解したとはいえ、ボリビアの右派や財界エリートが、政府の計画に対し、これ以上に品行を改めるようなことにはなるまい。逆に彼らは、ボリビアの国家元首を追放するという伝統的な手段、つまり軍事クーデターに頼る危険も含め、モラレス政府に対する他の対抗手段を模索するだろう。

野党側はワシントンの支援を享受し続けている。2008年9月の出来事の後、モラレスは、大使館が“市民クーデター”に関与していたので、アメリカ大使の追放を命じた。ブッシュ政権は、ボリビア大使をワシントンから追放して報復した。

オバマの下、正常の外交関係は回復していない。逆に、民主党の新政権は、ブッシュの下でおこなわれていた、主要な制裁措置懲罰的を再び課して、ボリビア経済に対し、年間2500万ドルの価値がある、輸入税の免除を中止した。この行為の口実は、モラレス政府の対コカ栽培闘争が不十分だったというものだ。それも、この地域において、ワシントンと最も親密な同盟国であるコロンビアでの増加に比べれば、ボリビアでのコカ栽培の増加などわずかなものである事実にもかかわらずだ。この貿易制裁で、主として繊維と皮革製品分野で、およそ20,000人のボリビア人労働者が職を失うと推測されている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/dec2009/boli-d08.shtml

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「より独立路線を進め、福祉に資源を向けた」とは、うらやましい限りだ。属国は、経済や政治の上で、本質的に庶民のためになるような政策を実行することが不可能だ。あらゆる施策は、基本的に宗主国のために実行される。

『始まっている未来』(岩波)を読み始めたばかりだが、この国に『始まっている恐ろしい未来』という題名のほうがふさわしいように思えてくる。

42ページの宇沢発言を引用しておこう。

1989年、日米構造協議の核心は、日本にGNPの10%を公共投資にあてろという要求でした。しかも、その公共投資は、決して日本の生産性をあげるために使ってはいけない。全く無駄なことに使え、という信じられない要求でした。

それを受けて、海部政権の下で、10年間で430兆円の公共投資が、日本経済の生産性を高めないような形で実行に移されることになったわけです。

もちろん、海部政権を実際に支配していたのは、多くのブロガーの方々が絶賛してやまない小沢一郎氏。

破壊の旗振りをした経済学者の一人、中谷巌氏、反省をした装いをしながら、その実、古き良き日本を回復すべしというような、対策にならない対策でごまかしているように見える。政策提言で大失敗した学者(アメリカからすれば破壊に成功した優秀なエージェントだろう)に、正しい提言を求めるのがそもそも無理だろう。

小沢一郎氏、反省どころではなく、当時の政治手法の延長・強化・拡大を着々と推進している。必ずや比例議席を減らし、うるさい野党を完全せん滅するだろう。アメリカと同じ、救いようのない構造が完成する。それも、確信犯マスコミに洗脳された、有権者の多数が喜んで民主党に投票する結果だ。民主党は「非民主党」なのに。属国は悲しい。

ところで、岩波の月刊誌『世界』あのダニエル・エルズバーグ氏記事の連載翻訳を始めてくれている。ただし毎月掲載というわけではないようだ。

新連載≪回顧録≫
アメリカの凶器・核の時代――その真の歴史を暴く
プロローグ ヒロシマの日――64年間、居眠り運転をしてきたアメリカ
ダニエル・エルスバーグ
翻訳=福永克紀・宮前ゆかり、協力=山崎久隆/TUP

一回目、以前訳した下記記事と重なる部分が多い。いんちき拙訳を無料でお読みになられた方は、800円(消費税を含むと840円)で『世界』を購入の上、きちんとした本当の翻訳をお読みいただきたい。

無料民放放送、大半ゴミ番組。有料国営放送、政治番組をのぞけば素晴らしいものが多いことからしても、有料の方が質が高いことは一目瞭然だろう。

ダニエル・エルズバーグによるMade Love, Got Warまえがき:父親は原爆用プルトニウム工場の設計者だった。

2009年12月 8日 (火)

アフガニスタンの無政府状態は誰の責任か? タリバンのメッセージ

アフガニスタン・イスラム首長国

2009年12月6日、"Information Clearing House"

2009年12月4日

軍事的手段によるアフガニスタン占領を継続したい、というのと同じ精神構造から導かれたオバマの新戦略は、この国に蔓延している無政府状態を倍加させるだけだ。実際、混沌状態は、アメリカ人に責任があるのだ。彼らが、悪名高い部族軍の長達、わいろで動く役人達や、マフィアとつながった知事たちに、権力を引き渡したのだ。

ところが依然として、連中は、カーブルには清潔な政府があって欲しいと主張し続け、一方、連中の兵站車列は、拉致に関与し、恣意的に税をむしりとる、残忍な民兵達に護衛されている。アフガニスタンには、警備員という名目で、公用車輛でヘロインを輸送する、何百人もの未登録の民兵達がいる。こうした民兵連中は、政府で高い地位を保持している部族軍の長達とつながっている。連中は、処罰を受けずに、犯罪行動を遂行できるのだ。

部族軍の長達は、政府や人びとの土地や建物を奪っている。誰一人として、連中に異議を唱えるものはいない。カーブル北東にあるシルプールの政府所有地が、その好例だ。かつては国防省の財産であったが、部族軍の長達に奪われ、彼らが豪邸を建て、今や高級住宅地だ。カルザイ自身、6000-7000エーカーの土地を、お気に入り連中にくれてやった。裁判所で、禁固の判決を受けた多くの麻薬密輸業者は、大統領命令で釈放された。

カーブル政権の対麻薬対策相であるフダイダドは、ある記者会見で、アメリカ軍当局者が、麻薬密売に関与していることを認めている。元カーブル政権の検事総長であったアブドル・ジャバル・サビトは、麻薬密売や賄賂にかかわっている何人かの悪名高い知事たちには、政府高官に庇護されているため、手を触れることができなかったと語っている。最終的に、アブドル・ジャバル・サビトは辞任を余儀なくされた。アメリカ国務長官ヒラリー・クリントンは、何度となく、アフガニスタンのことを、マフィア国家と呼んでいるものの、そのマフィア国家が、自分らが仕組んだものであることには触れない。

そうしておけば、この国にアメリカ軍を駐留させつづける正当化ができるので、アメリカは、カーブルには腐敗した政府を据えておきたいのだと、世界中の独立した専門家達は、考えている。同様に、一方で、ホワイト・ハウスの国家安全保障担当補佐官ジェームズ・ジョーンズは、アフガニスタンにいる、アルカイダのメンバーは100人に満たないと語り、その一方で、オバマは更に30,000人の兵士をアフガニスタンに派兵する。この言動と行動の大きなギャップは、アメリカが、いわゆる対テロ戦争といううわべの名目の下、アフガニスタンやこの地域に、植民地主義者的な別の狙いをもっていることを示している。更に、彼らはアフガニスタン問題を交渉と和解で解決したいと主張している。だが実際には、彼らは、ムジャヒディンに武器を捨てさせ、アメリカが構想し、でっち上げた憲法を受け入れさせ、アフガニスタン国内の基地を長期間維持しようと狙っている。交渉という策略の陰で、ホワイト・ハウスは、アフガニスタン占領を継続するための口実を見つけ出そうとしているのだ。

アフガニスタン人、とりわけアフガニスタン・イスラム首長国は、他国の内政に介入する意図は皆無であり、外国軍隊がアフガニスタンから撤退さえすれば、法律的に保証する用意はできている。だが、ムジャヒディンは、アフガニスタン国内に、外国軍基地を認めるつもりも、わが国の独立を売り渡すつもりもない。皮肉なことに、アメリカのアフガニスタン侵略後、アフガニスタンは、カーブル政権とつながり、近隣諸国に対し、隠された思惑を持っている、対抗する諜報機関同士の戦場と化した。

公共的な場所での爆弾爆破は、こうした機関による仕業だ。アフガニスタンに駐留する外国軍隊が増えれば増える程、更に多くのこうしたおぞましい出来事がおきるだろう。現時点においては、ムジャヒディンが、アフガニスタン人と国を、外国諸機関のクモの巣に束縛されている状態から解放しようとしている唯一の勢力だ。アフガニスタンのムジャヒディンが勝利すれば、地域全体が、安堵の息をつき、現在の流血の惨事も終わるだろう。植民地主義者による策謀の渦から、この地域を解放しようとするムジャヒディンを、精神的に支援することが、自由な意識を持った全ての人びとの義務なのだ。

アフガニスタン・イスラム首長国(タリバン)公式ウェブ・サイト(原文リンクなし)

記事原文のurl:www.informationclearinghouse.info/article24128.htm

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68年前のこの日に、日本の属国化(宇沢弘文氏の著書『始まっている未来』中の文章からすれば、植民地化?)が決まった。未だに金をまきあげられ、不平等条約に苦しんでいる。明治維新を美化する前に、良く目を見開いて、まずは現状を把握すべきだろう。

Information Clearing Houseのこの記事、既に107もコメントが着いている。異例の多さ。

地下室の男なる人物の投稿では「プリズン・バラック・インセーン・オゥバマー大統領の演説よりも筋が通っている」とある。むろん異論もあるだろう。

プリズン・バラック・インセーン・オゥバマーは
「プレジデント・バラック・フセイン・オバマ」の語呂あわせ。英語から意味をとって頂きたい。笑点なら座布団一枚!もの?

この文章の筆者、本当にタリバンかどうか不明だろうが、マスコミが宣伝する宗主国大統領様の屁理屈や社説より、すっと頭に入る。

たまには、逆の視点からみてみることは、良い頭の体操にもなるだろう。

実は、某紙社説、大学入試を受ける時期にこそ、国語の点数をあげようと、泣き泣き読んだ。今では、腹が立ち、頭が混乱するだけなので、決して読まない。

2009年12月 6日 (日)

アメリカ、アフガニスタンにおける、ファルージャ型攻勢を準備中

wsws.org

Tom Eley

2009年12月5日

金曜日、オバマ大統領が、更に30,000人の兵士をこの戦争に派兵すると発表して以来、アメリカが率いる占領で、最初の大規模攻勢として、およそ1,000人の海兵隊員が、武装反抗勢力が支配する南部アフガニスタン地域を攻撃した。

ほとんど見捨てられた都市ナウザドへの攻撃は、アメリカ軍が、ヘルマンド州におけるタリバン・レジスタンスの中心だと言っている、より大規模で、より人口の多い都市、マルジャへの攻撃の準備として行われた。ナウザドでの作戦の司令官、ラリー・ニコルソン准将は、予定されている対マルジャ攻撃の、手本は、何千人もの一般市民が殺害された、2004年のアメリカによるイラクの都市ファルージャの破壊だと語っている。そうした攻撃がいつ行われるのかは明らかではない。

金曜日の朝、“コブラの怒り”と名付けられた攻勢で、北からヘルマンド州のナウザド渓谷に数百人の兵士飛来し、もう一つの部隊が、南から徒歩で入った。イギリス軍は、東から補助的な攻撃を行った。ヘリコプターと、垂直離着陸機のMV-22オスプレーと、およそ150人のアフガニスタン兵士が作戦に参加している。

ABCニューズの映像は、敵がいないアメリカ軍が、激しい砲兵射撃で、建物を潰して行く様を写していた。親米派の州知事ダウード・アフマディは、金曜日、作戦の結果、これまでに、4人のタリバン戦士の遺体が見つかったと語っている。(ペンタゴンとカーブル政府は、アメリカ軍作戦で殺害された人々はタリバンだと表現するのがお決まりだ。) NATO側死傷者についての報告はない。

オバマが、アフガニスタンに、30,000人の兵士を“増派”する(その大半がアフガニスタン南部に派兵される)と発表してから、わずか三日後に行われたが、ヘルマンドでの攻撃は、今後遂行されるアフガニスタンでの戦闘作戦のある種の前兆だ。「コブラの怒り」作戦は、オバマの戦争戦略が、圧倒的な暴力を使って、アフガニスタン人住民を威嚇し、恫喝するものとして特徴づけられることを示している。

「この作戦がどのように実施されるのかを見せて、今後一体タリバンに何がおきるか、タリバンに対する警告を意図したものであることは疑う余地はありません。」アル・ジャジーラのアフガニスタン特派員スティーブン・チャオはそう語っている。

この作戦の短期的な戦術的目的は、軍のスポークスマンによれば、南北と東西の補給路を断ち切るために、タリバンの“安全な隠れ場”を破壊することであり、“100人以上の強硬な武装反抗勢力”をナウザド地域から一掃することがだという。

ナウザドの武装反抗勢力は、人数こそ少ないものの、夏には、海兵隊の前進作戦基地の“海兵隊の北、わずか数百ヤード(メートル)に戦線ができるほど、強固な陣地”に塹壕を掘って身を隠すのに成功しているとAP通信は報じている。

この地域に長年駐留していたイギリスもアメリカもナウザドを確保できてはいない。APによると“かつて駐留していたイギリス兵士達は、1979年のベトナム戦争映画の題名、アポカリプス・ナウ(邦題『地獄の黙示録』)”にならい、町に‘アポカリプス・ナウザド’とあだなをつけた落書きを残して行った。“イギリス軍基地は、防御壁から数ヤード(メートル)以内にまで接近した武装反抗勢力により、何回かほとんど制圧されるところだった。地域は2008年に海兵隊にゆだねられ、海兵隊が奮闘し、渓谷の大半を奪還した。」

2001年のアメリカ侵略前、アヘン商売用のケシ栽培の中心地、ナウザド市には、30,000人の住民がいた。マスコミ報道によると、今やそこは“ゴーストタウン”で、“事実上、無人”だ。

ナウザド地域の占領は、今年夏の、オバマが、就任後、更に21,000人の兵士派兵を命じたことによって可能となった攻撃だった、海兵隊による村の攻撃後に、多数のアフガニスタン人が逃げこんだ、この地域の大きな町マルジャを攻撃する準備だ。

ニコルソン准将を含む海兵隊は、“アフガニスタン国軍とともに、2004年11月のイラク、ファルージャの戦闘と似たような掃討作戦で、タリバンをマルジャから追い出すことを計画している事実を隠そうとしていない”とロサンゼルス・タイムズは報じている。

“マルジャはヘルマンド州で最後の大規模な避難所で、敵が自由に活動できる最後の場所だ”とニコルソンはLAタイムズに語っている。“我々は連中から、これを奪いとるつもりだ。」ニコルソンは、あちこちでマルジャを“ヘルマンドの癌”と呼んでいる。

“マルジャは、ファルージャよりもずっと大きく、灌漑用水路で区切られており、兵士や車両の移動が困難だ” とLAタイムズ紙は報じている。“それにまた、人口密度が高いので、もしも海兵隊が強制的な一軒ごとの急襲を開始した場合、見込まれる一般市民の死傷者数が大きい。”

何千人もの一般市民が閉じ込められ、触れると衣服も皮膚も溶かしてしまう、白燐弾のような化学兵器まで使用した激しい爆撃を受けた、アメリカ軍のファルージャを攻撃、破壊の際に、ニコルソンは、海兵隊の地域司令官だった。猛攻は市の建造物のおよそ70パーセントを破壊した。

現在のマルジャ同様に、アメリカのイラク占領に対する反抗の中心だったがゆえに、ファルージャに白羽の矢が立ったのだ。この都市に対する恐るべき攻撃は、現代史における最大の戦争犯罪の一つだが、住民に対する集団懲罰と、それ以外のイラク、そして事実上、世界に対し、アメリカ帝国主義の命令に反抗する連中が一体どうなるかを示す実物教育として役立った。(“ファルージャと、戦争の法則”参照。ただし英語原文)

アメリカ軍が、あからさまに、ファルージャ式のマルジャ攻撃準備をしているのは警告として受け止めるべきだ。今後何年間も、オバマ政権の“増派”は、アフガニスタンにおいて、ブッシュ政権がイラクでしでかしたものをしのぐ、大虐殺と戦争犯罪をもたらすだろう。アメリカや他のNATO諸国の労働者階級が、オバマの攻勢や、彼の選出を支持し、彼の政権による犯罪に直面して、今や沈黙したままでいる“左翼”陣営に対して、結集することが喫緊の課題だ。

オバマはまた、最近、中央情報局(CIA)が、パキスタンでの、プレデター無人機攻撃利用を拡大するのを認めており、ニューヨーク・タイムズは最近、破滅的な暗殺計画について、好意的な記事を掲載した。ミサイル攻撃で、過去二年間に、数百人が殺害されており、CIAの非公式な集計では、少なくとも400人殺害されている。実際の数値は、1,000人に近い可能性が高い。

国際法とパキスタンの主権をひどく侵害しながら、タリバンやアルカイダの支援者とされる人びとに対して、無人機ミサイル攻撃が遂行されている。無人機の飛行は、バージニア州、ラングレーのCIA本部にあるビデオ・ゲーム機のような操作卓で操縦される。アメリカは、公式にはそうした攻撃の否定しているが、殺害された人々は、ほとんど全員がタリバンかアルカイダだと主張し、こうした主張を裏付けるようないかなる証拠も提示していない。

ワシントンが無人機攻撃を強化し、イスラマバードに無理やり、国境地域の部族に対する全面的軍事作戦を開始させたことが、パキスタンを不安定化し、一連のテロ攻撃をひき起こした。

こうした攻撃の最近のものに、月曜日に、4人の過激派が手榴弾と自動小銃を用い、パキスタンの最高位の将軍たちが、金曜礼拝に訪れていたモスクを襲い、自爆する前に、銃と手榴弾で、36人を殺害した事件がある。死者の中には二人の将軍と数人の将校がいた。

攻撃の厚かましさはパキスタン政府と高級将校を驚愕させた。これは、パキスタン軍本部があり、イスラマバードの大郊外である、ラワルピンジの厳重に警備されている地域でおきたが、この二カ月間で三度目のラワルピンジにおける攻撃だった。10月10日には、武装集団が軍司令部を攻撃した。一日がかりの戦闘で、過激派を含め、23人が死亡した。

パキスタン中での過激派の攻撃で、10月以来、400人以上が亡くなった。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/dec2009/afgh-d05.shtml

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インチキ二大政党間の政権交代とは言え、郵政株式売却凍結法成立は素直に喜びたい。

森田実氏もblogで喜んでおられる。五十嵐仁教授も、五十嵐仁の転成仁語で、12月3日(木)「政権交代による大きな成果も生まれている」という、具体例をあげた記事を書いておられるが、その中で郵政株式売却凍結法にも触れておられる。

ところで、既に旧聞に属することだが、自由民主党が、退勢を挽回するために、党名変更を検討したという。是非、『非自由非民主党』という実態を現す名前に変えていただきたかった。むろん、民主党は『非民主党』に、公明党は『非公明党』にしていただければ、大変嬉しい。

投票はしないが、座布団一枚ぐらい差し上げたいと思う。

「ノーベル平和賞」といい、党名といい、憲法「改正」、あるい、個別法案、たとえば、障害者自立支援法といい、実態と全く逆が、その真実であるようだ。イギリスの作家G.オーウェルの作品『1984年』に出てくる有名なスローガンやら省庁の名前、オバマ大統領や民主党(日米両方)の念仏を先取りしている。

戦争を推進する役所は平和省。虚偽の政治宣伝をする役所は真理省。反体制派への尋問、拷問を行う役所は愛情省。

そしてあの有名なスローガン「戦争は平和だ。自由は隷属だ。無知は力だ。」

あの本を始めて読んだ時、気味の悪い本とは思ったが、まさか、世の中が、そうなってしまうとは、全く予想もしていなかった。ノーベル戦争賞は、平和賞だ。

追記:

同じwsws.orgに、2010/2、別筆者による、同様題名の記事が掲載された。翻訳は下記。

アメリカ、アフガニスタンで、ファルージャ式攻撃を準備

2009年12月 2日 (水)

アメリカはアフガニスタンの麻薬密売に深く関与している

8年前、ワシントンの給与支払い名簿上にある部族軍の長達に、麻薬取引フランチャイズを分配した時に、合州国はアフガニスタン(とパキスタン)戦争のお膳立てをしたのだ。今やアメリカは、全てのボスのボスとして、ライバルの“タリバン”麻薬密売組織ボスの攻撃予定者リストを策定したのだ。「これはギャングの占領であり、合州国と結び付いた麻薬密売人が、警察と国境警備を任されている。」

Glen Ford

「合州国と結び付いた麻薬密売人が、警察や国境警備を任され、一方、彼等のライバルは、殺害あるいは拉致の印がついたアメリカの攻撃予定者リストに載せられる。」

2009年11月24日 "BAR"

アフガニスタン・ヘロイン取引の中心人物をお探しであれば、それはアメリカ合州国だ。アメリカのミッションは、合州国と、そのカーブル傀儡政権とが結ぶあらゆる軍事、政治同盟を汚染している、マフィア流の協定に委譲されたのだ。これは、合州国と結び付いた麻薬密売人が、警察や国境警備を任され、一方、彼等のライバルは、殺害あるいは拉致の印がついたアメリカの攻撃予定者リストに載せられるという、ギャングの占領なのだ。その結果、アフガニスタンは、世界のヘロインの90パーセントを供給する、アヘン・プランテーションへと変貌した。

ハーパー誌最新号に掲載された記事が、麻薬にまみれた合州国占領の内部の仕組みを探っているが、それはヘロイン取引の大物達との間で構築した同盟関係への、ほぼ完全な依存だ。アフガニスタン南東にある、パキスタン国境、カンダハルやヘルマンド州のケシ畑への入り口である都市、スピンボルダクが記事の中心だ。アフガニスタンの主要麻薬密売組織のボスは、国境警備隊と地方民兵のボスでもある。この著者は、アメリカを本拠とする正体を隠したジャーナリストで、麻薬密売組織ボスの一番の部下と知り合いになり、毎日のように麻薬商人と協力している、アメリカやカナダの将校達と出会った。

この同盟関係は、合州国による2001年のアフガニスタン侵略時に、アメリカ軍が構築したもので、以来それは持続し、強化しているのだ。麻薬密売組織のボスや、アフガニスタン中の同様な連中は、アメリカの本格的介入を免れるだけでなく、合州国の資金と武器を使い、麻薬密売をしている他部族のライバルたちを犠牲にして、自分の麻薬事業を強化する権力を与えられており、ライバル達の一部を、タリバンとの連携に追いやっている。パシュトゥーン語を話すアフガニスタン人にとって、戦争というものは、概して、一方はアメリカ人と、もう一方はタリバンと連帯している麻薬商人達が雇っている軍隊同士の戦いなのだ。このマフィア風暴力団抗争において、タリバンが優勢に見えるのも、合州国の政策に直接、起因している。

「これは、戦力組成が、主に麻薬取引によって規定される戦争だ。」

アメリカ合州国が、民間人の披露宴に対して、頻繁に空爆し、花嫁と花婿の遠い親戚達の大半を抹殺しているのも不思議なことではない。麻薬密売をしているアメリカの同盟者達が、自分達のライバル氏族や部族を密告し、血で血を洗う抗争に、アメリカ人をハイテク用心棒として利用しているのだ。アメリカ人とヨーロッパ諸国の占領パートナー連中が、暴力団抗争の規則に、攻撃予定麻薬密売人の公式リストを組み込んでしまった。占領軍と提携している他の麻薬密売組織のボスが一緒に作成した、その場で殺害、あるいは捕らえるというリストだ。

これがバラク・オバマ大統領が、自らのものとして奉じている“必要な戦争”なのだ。戦力組成が、主に麻薬取引によって規定される戦争なのだ。アメリカと結び付いた麻薬密売人が、現在支配している、民兵や警察部隊に対する依存を低めようとして、オバマの将軍達は、何万人もの新たなアメリカ軍兵士を要求している。だが、むろん、それは、麻薬取引における、アメリカのパートナーのアフガニスタン人を、より良い条件で取引するであろうタリバンの腕の中へと、追いやるに過ぎない。すると将軍達が、更に多くのアメリカ軍兵士をと、主張することになる。

アメリカが、この麻薬まみれの地獄を作り出したのであり、アメリカの占領は、今やそれによって、破滅が運命付けられている。残念ながら、アメリカは、その過程で、何百万人ものアフガニスタン人にも破滅を運命付けてしまったのだ。

ブラック・アジェンダ・ラジオ、Glen Fordでした。webでは、www.BlackAgendaReport.comをご覧ください。

BAR 編集主幹 Glen Ford には、 Glen.Ford@BlackAgendaReport.com で連絡できる。

記事原文のurl:www.blackagendareport.com/?q=content/americans-are-deeply-involved-afghan-drug-trade

元々は音読されている記事。リンク先で、聞くことができる。ペテン演説のCD本を購入して感動するより、こうした記事の音読を聞く方が、頭の健康と、お財布によいのではと愚考する。

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予想通りのアフガニスタン追加派兵発表を、宗主国・属国大本営広報部は垂れ流し。

「アルカイダはアメリカにとっての危機である。」と、ぬけぬけと語っていたが、アルカイダなるあやしげな連中、アフガニスタンには、100人もいないことを、アメリカ当局ほど良く知っている組織はあるまい。

100人もいないアルカイダ壊滅のために、10万人の兵士を駐留させるわけがない。

従って、本当の理由は、アルカイダではありえない。

これについては、たとえば、下記翻訳記事がある。

アメリカのアフガニスタンいんちき戦争

こういうマイナーな記事内容が、もしも真っ赤な嘘なのであれば、大手マスコミには、その旨、はっきり批判していただきたいもの。放置されているので、知識のない訳者など、「こういうマイナーな記事の方が事実だろう。つついては藪蛇なのだろう」と思い込んでいる。

昨日、(元毎日記者の西山太吉氏が報道した通り、)日米密約はあったと証言した吉野文六元外務省アメリカ局長と、西山氏、証言後現場で始めて言葉を交わし、握手をしたという。

横田基地の米軍の子供四人に逮捕状がだされている。道路に張られたロープにミニバイクの女性が引っ掛かって転倒し重傷を負った事件に、彼らが関与していた疑いが理由だという。

ところが、12/1現在、身柄の引き渡しについて、米軍側から協力が得られていない。

明治以来の不平等条約に悩む属国としては、幻想の「坂の上の雲」を追いかけるより、密約ドキュメンタリーでも作れば、日本人の覚醒・独立に資するだろう。与党・準与党政治家たち(つまり、民主党・自民党・公明党・みんなの党など)は妨害するだろうが、視聴料を払っている国民の大半は文句を言うまい。

しかし、それは「胡蝶の夢」?

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