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2009年9月26日 (土)

ホンジュラス政権、セラヤ帰国に“非常事態”で対応

wsws.org

Bill Van Auken

2009年9月23日

火曜日、追放されたマヌエル・セラヤ大統領が、前日、秘密裏に帰国して以来、避難しているブラジル大使館周辺に集まった数千人のホンジュラス人を、警察と軍隊が暴力的に攻撃した。

催涙ガス弾やゴム弾を発射し、こん棒で人々を殴打して、弾圧部隊は、朝の7:00から、デモ参加者を追い払った。高圧放水銃を搭載した装甲トラックも配備された。少なくとも20人が、手足の骨折や頭の怪我で、テグシガルパ病院に収容された。

「我々が、穏やかに、歌っていると、彼等がやってきて、暴力的に我々を追い出しました」デモ参加者の一人、ハケリン・エスピナルはスペイン語日刊紙エル・パイスに語った。「私たちは何ら間違ったことはしていませんでした。」

警察は、火曜日午後、攻撃で約150人が逮捕され、警察への暴行と、政権による外出禁止令違反に関連して、告発されていると発表した。

大使館を取り巻く人々の多くは、セラヤが避難先の大使館から発した呼びかけに答え、地方からはるばるやってきたのだ。「ここでこそ平和的対話を確立すべきなのだから、憲法秩序を回復すべきなのだから、上京して欲しい。」彼はラジオ放送でそう語っていた。

追放された大統領は、帰国以来、ホンジュラスのテレビ局への声明で、クーデター政権の指導者達と仲介のため“連絡を取る”手段として、「祖国、復職、さもなくば死」という、混乱気味の煽動的表現をとっている。元自由党の同僚だった、クーデター政権の大統領ロベルト・ミチェレッティと話をすることを、彼は繰り返し要求した。

クーデター政権が、セラヤが実際、テグシガルパにいることを確認した後、月曜日午後に突然発令された、26時間の外出禁止令に逆らって、デモ参加者達はやってきたのだ。当初、政権の大統領、ミチェレッティは、彼が帰国したというのは“嘘”で、彼は実際は“ニカラグアのホテルの特別室”にいるのだと、記者団に語っていた。

少なくとも 水曜日朝まで延長された外出禁止令に加え、政権は、同国の全民間空港の閉鎖と、軍による接収、および、ホンジュラス国境封鎖を命じた。これらの手段は、事実上、国中を麻痺させ、企業や学校を閉鎖させた。

セラヤを支持した二つのラジオ局は、電力を切断された後、放送を停止させられた。ミチェレッティは、セラヤ帰国を報道したかどで、同局の記者達を逮捕すると脅した。

ホンジュラス統一労働連合委員長ラウル・サリナスは、クーデター政権は、事実上“非常事態”押しつけており、クーデターに反対する、組合や大衆組織等の指導者を迫害するのに利用していると、テレスルに語った。

警察による攻撃の余波の中、重装備の兵士が近隣の民家に陣取って、ブラジル大使館包囲を継続しており、軍のヘリコプターが上空を舞っている。セラヤや彼の家族、支援者、マスコミやブラジル当局者を含む、何百人もの人々が内部にいるのに、ホンジュラス政権は、電力、水道、電話線を切断した。デモ参加者達が追い散らされた後も、ホンジュラス治安部隊は、大使館の外に音響装置をしつらえ、耳をつんざくような大音量で国歌を流している。

「大規模な攻撃と暴力の予感がします。彼等はブラジル大使館を侵略しかねません。」とベネズエラのテレビ局テレスルとのインタビューで、セラヤは語った。

ミチェレッティが、クーデター政権は、大使館を尊重するつもりだと語ってはいるものの、政権内の他幹部は、この誓約を疑問視している。「外交的な任務の不可侵性とて、 犯罪人や、裁判からの逃亡者の保護まで含むものではない」ミチェレッティの外務省顧問、Mario Fortintheは、マスコミにそう語っている。

ミチェレッティは、セラヤをブラジルに亡命させるか、ホンジュラス憲法違反のかどで裁判にかけるため、政権に引き渡し、逮捕させるかの、いずれかを要求して、ブラジル政府に、最後通告を発した。

ブラジル外務大臣セルソ・アモリムは、「実に無礼」だとして、この要求を無視した。彼は、在テグシガルパ・ブラジル大使館に対するいかなる暴力行為も「許容できない」と警告した。

セラヤを打倒した6月28日のクーデターは、彼がホンジュラス軍司令官を解任し、1982年、ホンジュラスの旧軍事独裁政権指導者と、アメリカ大使館によって押しつけられた憲法を、修正することに賛成かどうかを、ホンジュラス国民に尋ねる予定だった、ホンジュラス最高裁によって違法と判断された国民投票を、進めようとしていた時に、仕組まれた。

地位を追われた大統領の帰国は、ニューヨークでの国連総会開会と、クーデター政権に対し、危機を打開する上での仲介者として、自分を受け入れるよう要求している米州機構事務総長、ホセ・ミゲル・インスルサのホンジュラス訪問予定の時期と重なるようなタイミングで行われたことは明白だ。しかしながら、インスルサは、クーデター政権が空港閉鎖を命じた後、訪問延期を余儀なくされた。

自分の狙いは、自分を打倒した人々と“対話”を開始することだと、セラヤは繰り返し主張した。マスコミへの声明で、「私はここテグシガルパにいる」と彼は語った。「デモクラシーの回復のために、対話を呼びかけるために、私はここにいる。」

セラヤは、ニカラグア-ホンジュラス国境を越え、ホンジュラスの首都にたどりつくまで、15時間旅をした。この旅は、彼のホンジュラス帰国の企てとして、三度目だ。7月5日、彼はベネズエラの飛行機に搭乗し、ホンジュラスに飛行したが、政権は着陸許可を拒否し、滑走路を封鎖すべく、兵士と車両を出動させた。当日、軍隊が、飛行機を歓迎しにやってきていたセラヤ支持派のデモ隊に、発砲を開始した際、一人の青年が射殺された。そして、7月24、彼はニカラグアから国境を越えたが、結局は写真撮影の機会となっただけで、すぐさま国境のニカラグア側に戻った。

セラヤは、今回の帰国に際し、支援を受けたと語ったが、具体的な事柄をあげることは控えた。ワシントンから、イニシアチブを奪い取ろうという企みから、ブラジル政府は、彼を支援したのだという憶測がある。自分が一体どこに行くのかを知ることなしに、セラヤがホンジュラスの首都まで、秘密の旅をするだろうとは到底考えがたい。

これは、再三、ブラジル大統領ルイス・イオシオ・ルーラ・ダ・シルバや、ブラジル閣僚によって、否定されている。

ブラジル当局の説明によれば、ブラジリアが、セラヤの帰国を知ったのは、彼の支持者の一人、ホンジュラス議会のメンバーが、大使館に電話をかけて、大使館に亡命させて貰えないかと言ってからだという。

国連総会開会式参加のため訪問中のニューヨークでの記者会見で、ブラジル外務大臣アモリムは、ブラジルは、セラヤの帰国を手配する上で、何の役割も演じておらず、単に、彼の亡命要求をだけだと語った。「これで、対話と、迅速な解決のめたの、新たな段階が切り開かれることを期待している」と彼は語った。ブラジル政府は、セラヤに “保護と、同時に、ホンジュラスの政治勢力との対話における支援”を申し出たと彼は補足した。

ブラジルのルラ大統領は、ブラジルは、“他のどの民主的な国でもするだろうこと”したにすぎず、セラヤと、ホンジュラス・クーデター政権の間の調停者になりたいとは思っていないと語っている。その役割は、彼によれば、米州機構と、その事務総長インスルサが引き受けるべきものだ。

クーデター政権支持派のあるホンジュラス当局者は、ワシントンにしわ寄せをして、中南米における自国の権力を主張すべく、ブラジルが、ホンジュラスの事件を利用しているのだと示唆した。ブラジルの元国連大使デメル・ウルビソは、ミチェレッティ支持を公表する前に、「ブラジルは、新たな地域警察となりたいし、新たな世界的な地位が欲しいのだ。… この地域が、アメリカの介入から、ブラジルの介入に、乗り換える覚悟があるのかどうか、私にはわからない。」と述べた。

一方、アメリカ国務省が、セラヤや、クーデターに反対するため街路に繰り出した人々に対するあからさまな叱責として、「全ての当事者に、更なる騒乱を招くような行為を控える」ようにという要求を発表した後、ホンジュラスの危機を調停すべく、ワシントンによって、抜てきされた元コスタリカ大統領オスカル・アリアスと共に、ヒラリー・クリントン国務長官が、ニューヨークの公式行事に出席した。

「セラヤ大統領が帰国した以上は、適切な状況の下で、彼を大統領に復職させ現在、11月に予定されている大統領選挙をどしどし進め、平和的な大統領権限の移行をさせ、ホンジュラスを、憲法秩序、民主的秩序に復帰させるのに時宜を得ていよう」とクリントン国務長官はマスコミに語った。

ワシントンが好む“適切な状況”というのは、アリアスによって、いわゆるサン・ホセ合意として提案されたものだ。この提案の下で、セラヤは大統領官邸への帰還が認められるが、6月28日のクーデターで彼を打倒した、まさにその勢力によって支配されている“団結と和解”政府の中で、ほとんど無力なお飾りとしてのみなのだ。彼はまた、ホンジュラス憲法に対する、いかなる変更の提案をすることも禁じられる。ミチェレッティや、他のクーデター指導者は、クーデターに対しても、彼等が反対派国民に対して行った、殺害、行方不明、恣意的拘留や拷問に対しても、包括的恩赦が認められるのだ。

この提案は、たとえワシントンが、デモクラシーの擁護者のふりをしたとて、本質的には、アメリカのお墨付きで、クーデターの主目的を強化するものだ。

11月に予定される大統領選挙の勝者が、権力を掌握するまでの、わずか三ヶ月間、大統領職に復帰するだけのために、セラヤはこれらの条件を受け入れてしまった。この姿勢と、クーデター反対に対する軍部の弾圧に反抗してきた一般の労働者大衆の勇気と決断との間の対照ほど、際立つものはあるまい。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/sep2009/hond-s23.shtml

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