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2009年7月20日 (月)

チェチェン政府に批判的なジャーナリスト殺害される

wsws.org

Niall Green

2009年7月18日

水曜日、人権活動家で、クレムリン寄りのチェチェン政府に対する著名な批判者、ナターリヤ・エステミロワが、政府が支援する、地域の民兵による虐待とされるものを調査していたところを、拉致され、射殺された。

エステミロワは、チェチェンの首都グローズヌィの自宅を出た後、拉致された。目撃者達は、男四人が彼女を白いラーダに押し込んでいたと語っている。彼女の死体は、数時間後、隣国イングーシ共和国で発見された。

エステミロワは十代の娘を持つシングルマザーで、50歳だった。ロシアとチェチェンの血をひくエステミロワは、1999年に、第二次チェチェン戦争が勃発して以来、一般市民に対する人権侵害を調査していた。

殺害された当時、エステミロワは、チェチェン大統領ラムザン・カディロフの命を奪おうとたくらんでいたとして告発されていた夫婦の変死を調査していた。

エステミロワの同僚達は、彼女の死は、カディロフのせいだとしている。カディロフは、関与を否定し、この活動家の殺人犯は処罰されようと述べた。あるチェチェン政府の広報担当者は、正式な捜査が開始されるだろうと、マスコミに語った。

ロシア大統領ドミトリー・メドベージェフも殺害を非難し、追加調査を命じた。

カディロフの政府は、ロシア人や国際的ジャーナリスト、人権団体から、その腐敗、脅迫、暴力に対し、強く批判されてきた。エステミロワは、人権団体メモリアルのグローズヌィ事務所の職員で、チェチェン政府や、チェチェン国内のロシア連邦軍による、何百件もの誘拐、拷問、殺害事件を調査していた。

チェチェン大統領は、「カディロフスツィ」として知られている、無数の犯罪事件や政治的な暗殺に関係している大きな民兵組織のボスだ。民兵組織は、この地域における、分離主義イスラム教徒集団との紛争に携わっているため、モスクワから、かなり大目に見てもらっている。

カディロフは、チェチェンを、まるで自分の領地であるかのように支配している。政治的な反対は禁じられており、腐敗は蔓延している。三月、チェチェン国会野党のトップ、スリム・ヤマダーエフは、ドバイ旅行中に暗殺された。

メモリアルの代表、オレグ・オルロフは、自分は潔白だというカディロフの主張を否定する声明を発表した。オルロフは、エステミロワが、カディロフの民兵から、再三、脅迫されていたと主張し、チェチェン当局は、エステミロワ殺害に関連していると断言した。

国際的人権団体のアムネスティー・インターナショナルや、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、いずれも殺害を非難し、活動家やジャーナリストが、この地域で自由に活動する能力についての懸念を表明した。

「チェチェンにおける恐るべき人権侵害を明らかにしようとするあらゆる人々に対する猟の解禁期のようだ」と、アメリカを拠点とするヒューマン・ライツ・ウォッチ代表のケネス・ロスは語っている。

カディロフは、2007年にチェチェン共和国大統領になった。彼は、元チェチェン反乱勢力指導者から、クレムリンの同盟者となり、2004年に暗殺されるまで、やはり大統領をつとめていたアフマド・カディロフの息子だ。カディロフは、2006年のロシア人の調査報道記者、アンナ・ポリトコフスカヤ殺害に関与しているとして、再三告発されている。

エステミロワは、ポリトコフスカヤや、今年モスクワで殺された人権活動家弁護士スタニスラフ・マルケロフらと親しく仕事をしていた。こうした人々は、1990年代に、この地域の分離主義者達が、ロシア連邦からの分離をたくらんで以来、ロシア軍やその現地代理人がチェチェンで用いる、一般市民に対する大規模なテロの幾つかの例を調査していた。

1994年に、第一次チェチェン戦争が勃発し、ロシア軍が、反抗を鎮圧しようとした際に、一般市民は、大量の犠牲者や、強制退去を味あわされた。1996年、停戦と、人口が百万をわずかに超えるだけの小国チェチェンのかなりの程度、事実上の独立によって、紛争は終結した。しかし、1999年、チェチェン分離主義者の責任だとされる、いくつかのロシア都市におけるテロ攻撃で正当化して、ロシア軍は新たな攻勢をしかけた。第二次の戦争は、翌年、グローズヌィの独立派政府崩壊と、クレムリン支配の復活で終わった。

この共和国は、カフカス地域における、モスクワのエネルギー権益にとって、極めて重要であったし、今もそうなのだ。石油とガスのパイプラインは、主要市場である西欧への途上、北カフカス地域を経由し、ロシアのビジネス・エリートとクレムリンに、何十億ドルもの金をもたらしている 。

更に、チェチェンの独立は、ロシア中で、ダゲスタンやタタールスタン等といった、国家的、民族的に 色々といりまじった共和国諸国が次々離脱する口火となりかねなかった。スターリン主義の下で、こうした歴史的紛争は、いずれも解決してはいなかった。そうではなく、少数派は、境界は維持されたままに、抑圧を味あわされていた。その多くが元スターリン主義者であった、ロシアの新興ブルジョワジーも、自分たちの経済的・戦略的権益を維持するため暴力に依拠し、同様に、こうした歴史的紛争に対応できないことが明らかとなった。

先週メドベージェフ大統領が、チェチェンに近い、旧ソ連共和国グルジアから分離独立した地域、南オセチアを訪問したことで、クレムリンの権益にとっての、この地域の重要性が強調された。南オセチアは、昨年の、グルジア・ロシア戦争の焦点であり、 アメリカ合州国はグルジア大統領ミヘイル・サアカシュヴィリを支援していた。

メドベージェフの最近の訪問は、ロシア指導者とアメリカ大統領バラク・オバマとの間の最近の会談で、アメリカのアフガニスタン占領を支援することと引き換えに、少なくとも一時的には、この地域における支配権を主張することに、モスクワが成功した証拠だと見なされている。

地域の豊富な天然資源で利益を得ようと狙って、クレムリンと、そのチェチェンの子分が用いる、反民主的で、残虐な手法は、ソビエト社会主義共和国連邦における、資本主義復活の反動的な性格に対する悲劇的な証拠となっている。

積極的に自分たちの経済権益を追求する好機として、ソ連の崩壊を支援したアメリカとヨーロッパの諸大国は、カフカス地域で、活発に動いている。ワシントンと欧州連合は、石油・ガス輸送を巡るロシアの支配を弱体化させるべく、この地域における代替のエネルギー輸送経路を開発しており、将来の紛争の舞台を整えている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/jul2009/chec-j18.shtml

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