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2009年7月20日 (月)

ホンジュラス・クーデターを支援したワシントン: これが証拠

Eva Golinger

chavezcode.com

2009-07-13(英訳版は2009-7-15)

  • アメリカ国務省はクーデターを事前に知っていた。
  • 国務省とアメリカ議会は、クーデターに参加したホンジュラス国内の関係者達と組織に、資金援助と助言を与えた。
  • ペンタゴンに訓練され、教育され、指揮され、資金援助され、装備を与えられたホンジュラス軍が、クーデターをやらかし、ホンジュラス国民を、武力によって、抑圧し続けている。
  • ソトカノ(パルメローラ)軍事基地を占拠して、ホンジュラスに駐留するアメリカ軍は、暗黙の共謀と、クーデターに関与していたホンジュラス軍への支持撤回を拒否することによって、クーデターの正当性を認めた。
  • テグシガルパ駐在アメリカ大使、ヒューゴ・ローレンスは、トーマス・シャノン国務次官や、現在、ヒラリー・クリントン国務長官の顧問として働いているジョン・ネグロポンテらと一緒に、マヌエル・セラヤ大統領の追放を、とりまとめたのだ。
  • クーデター発生の初日から、ワシントンは、関与した人々を“両者”とよび、“対話”憲法秩序を回復させる必要を言い、彼等を、人権と民主的原理の犯罪的な違反者ではなく、対等な参加者と見なして、クーデター指導者達を正当化した。
  • 国務省は、ホンジュラスでの出来事を、法律的に“クーデター”として扱うことを拒否し、ホンジュラスに対する経済援助や通商を、停止または凍結することもしておらず、現在の政権に効果的に圧力をかける手段を全く講じていない。
  • 単純に、現在の政権を、合法化し、依然としてクーデターに抵抗しているホンジュラス国民を疲労させることを狙う、今でも実施されている戦略の一部として、ワシントンは、米州機構 (OAS)をあやつって、時間稼ぎをして、クーデター政権に勢力を固められにようにする一方で、セラヤ大統領が即時権力復帰する可能性を弱めている。
  • クリントン国務長官と、その広報担当官達は、コスタリカ大統領オスカル・アリアスを、クーデター政権と憲法上の政府との間の“調停者”として指名した後、セラヤ大統領の復帰について語るのをやめた。
  • そして、今や国務省は、クーデターの際に違法に権力を奪取した独裁者ロベルト・ミチェレッティを、“暫定管理大統領”と呼んでいる。
  • クーデター政権と“交渉”するという戦略は、クーデターをひき起こしたとして、非難することで、セラヤ大統領の信用を傷つけ、クーデター指導者を合法化する方策として、オバマ政権によって課されたのだ。
  • アメリカ議会の議員達が、民主党も共和党も、ホンジュラスのクーデター政権の代表によるワシントン訪問をとりまとめ、アメリカ首都の様々な舞台で、彼等を栄誉をもって受け入れている。
  • 元々、自分の事務所とコネがあるロビー会社、コーマック・グループ経由で、クーデター政権の代表のワシントン訪問をとりまとめたのは共和党上院議員ジョン・マケインであったという事実にもかかわらず、今や、非合法な政権は、一流のロビイストで、党派を超えて、ホンジュラスのクーデター政権の全般的承認を実現するために、ワシントンにおける自分のコネと影響力を、行使しているクリントンの弁護士ラニー・デイビスを代表にしている。
  • オットー・ライヒと、ベネズエラにおける2002年4月のクーデター時に、独裁者ペドロ・カルモナの弁護士をしたことで有名なロベルト・カルモナ-ボルハスという名のベネズエラ人が、ホンジュラスにおける、対セラヤ大統領クーデターの基礎作りを手伝った。
  • ホンジュラスのクーデターを計画し、手助けするよう、ワシントンから選定されたチームには、最近、中米に派遣されたアメリカ大使の集団で、キューバ革命に対する不安定化工作の専門家達や、USAIDのキューバ “デモクラシーへの移行”プログラムの元局長アドルフォ・フランコらが含まれていた。

6月28日に始まったマヌエル・セラヤ大統領に対するクーデターの至る所、ワシントンの指紋だらけであることを疑う人はいない。多くの評論家、作家、活動家や、大統領達さえもが、この役割を非難している。にもかかわらず、大多数は、オバマ政権が、ホンジュラス・クーデターに対して、いかなる責任もないと言い訳しながら、その代わりに、いつまでも消えずに残っているブッシュ-チェイニー時代の残骸や、ホワイト・ハウス中を歩き回っているタカ派連中のせいにする点で、一致している。中南米で、クーデターや不安定化工作をやらかした、いつも名前の挙がる札付きが関与しているのは確実であることを証拠が立証しており、ホンジュラス・クーデターにおける、ワシントン新政権の直接的な役割を裏付ける証拠はたっぷりあるのだ。

国務省

「スマート・パワー」として知られている、アメリカ合州国外交の新たな形が、ホンジュラスのクーデターの事前、最中、事後、主要な役割を果たした。7月1日の記者会見で、国務省の広報担当者は、ホンジュラスでのクーデターを事前に知っていたことを認め、アメリカ外交官が、クーデターを計画していた集団や関係者達と会って、セラヤ大統領に対する彼等の不満に対して、他の“解決策”をとるよう、働きかけていたことを明らかにした。[i] 国務省も、二人の国務省幹部職員、西半球担当トーマス・シャノン国務次官補と、クレイグ・ケリー次官補が、クーデター前の週にホンジュラスにおり、後に、民主的に選出された大統領の違法な打倒に参加した民間人と軍隊の集団と会合を続けていたことを確認した。彼等は、自分たちの任務は、クーデター“をしないようにさせる ”ことだったと語っているが、そのような言葉による圧力だけでは、特にこうした厳しい言葉と矛盾して、ワシントンが明らかにした行動を考えれば、クーデターに関与した関係者達を、思い止まらせるには、明らかに不十分だった。

クーデター当日、アメリカ国務長官ヒラリー・クリントンは、ホンジュラスの状況に関して声明を発表した。世界中の政府が迅速に、行為をクーデターだとして非難した事実にもかかわらず、クリントンの声明は、ホンジュラスの出来事を“クーデター”として認識しておらず、セラヤ大統領の地位復帰も要求してはいかった。奇妙なことに、クリントンの声明は、初日から、この状況の“全ての当事者”と呼び、クーデター指導者を合法化し、公的に、自らの追放をひき起こしたかどで、メル・セラヤ大統領を非難している風がある。「ホンジュラス大統領メル・セラヤに対してなされた行為は、米州民主憲章の指令に違反しており、全員から非難されるべきである。我々は、ホンジュラスの全関係者に、憲法秩序と、法の支配を尊重し、自分たちの民主的な職務を再確認し、政治的紛争を、平和的に、対話によって解決すべく、全力を傾けるよう要求する。ホンジュラスは、まだ一ヶ月もたたない過去に、米州機構が主催した会議において、我々が再確認したデモクラシーの原理を受け入れなければならない。」[ii]

そして、それ以来、ホンジュラスで起きた“クーデター”について様々な言及があるにもかかわらず、国務省は起きた出来事を、クーデターとして法律的に扱うことを拒否した。そうすれば、アメリカ政府は、ホンジュラスに対する、経済的、外交的および軍事的援助の一時停止を義務づけられるするのだが、彼等は明らかにそうしたくはないのだ。そのような施策が、中米諸国と地域におけるアメリカ権益に、かなりの影響を与えてしまう為だ。7月1日、国務省の広報担当者達は、クーデターに関する質問に対する彼等のためらいについて説明した。「クーデターそのものについては、私は、これは単に、これは、軍隊と一部の民間政治関係者達とによる協調的な取り組みと表現するのが最適だろうと考える。明らかに、軍は大統領の強制的追放を行った組織であり、この過程の間、社会的秩序を確保する組織として行動した。だが、クーデターを、謀叛、あるいは反乱以上のもにするには、権力を移行するための努力をしなければならない。そして、この点で、議長のミチェレッティを、ホンジュラス大統領として、宣誓就任させるという議会の決定は、議会と、議会の主要メンバー達が、このクーデターにおいて、重要な役割を演じていたことを示している。」[iii]

ホンジュラスにおける出来事を、憲法秩序違反と非難しながらも、事態をクーデターとして扱うまではせず、セラヤ大統領を、大統領の地位に復職させるよう要求しなかったこの曖昧な立場は、7月7日、クリントン国務長官と、セラヤ大統領の間で行われた会談後、再び追認した。クリントンは以下のような声明をおこなった。「私はセラヤ大統領との有意義な会議を終えたばかりだ。我々は、過去九日間の出来事と、今後の方向について話し合った。アメリカ合州国は、ホンジュラスにおける民主的な憲法秩序の回復を支持することを、私は彼にあらためて表明した。我々は、平和的な解決をもたらすための、米州機構による地域的努力が、米州民主憲章の条項と矛盾のないよう支持を続け…全ての当事者に、暴力行為を控え、対話を通して、ホンジュラスにおける深刻な分裂に対する、平和的で、憲法に合致した、永続的解決策を模索するよう我々は要求する。その目的のため、私たちは、西半球における多数のパートナーと、交渉を、この状況の平和的な解決をもたらせるような対話を実現すべく、取り組んでいる。”[iv]

この会談後、ワシントンは、もはやセラヤの大統領復帰を、必要な解決策とは見なしていないことは明らかで、結局、アメリカ権益にとってより有利な、クーデター政権との“交渉”に向けて、ロビー活動をしたがるだろう。クーデターの後に開催された米州機構(OAS)の会合に出席していた情報筋は、地位の高い人々によるアメリカ代表団が、他の国々に対し、必ずしもセラヤ大統領の権力復帰を意味しない、“交渉による”解決を強く要求する圧力を強化したことを、肯定した。

肝心な話題を回避し、結果を操作し、あたかも、一つの態度をとっているがごとき振りをしようとしているが、現実には、その行動が、逆のことを示している、このやり口は、ワシントン政府を悪者扱いすることなしに、帝国主義者の目的を実現できると主張する“スマート・パワー”なる、新たなオバマ・ドクトリンの一部だ。“スマート・パワー”というのは、勝利のための戦略を実現するため“‘ハード・パワー’を‘ソフト・パワー’とを組み合わせる能力だ。‘スマート・パワー’は、政治的・社会的正統性を持った、効果的な方法で、戦略的に、外交、説得、能力構築、軍事力と、経済的・政治的影響力を使うものだ。本質的に、スマート・パワーというのは、軍事力と、あらゆる種類の外交を混合したもので、軍事侵略の代わりに、社会の運命に、強く影響を与えるための、主要な戦術として、“デモクラシー推進”の利用に重点を置くものだ。[注:“スマート・パワー”は、USAID(米国国際開発庁)や全米民主主義基金(NED)のような機関を使って、アメリカの狙いを推進するために、こっそりと市民社会団体に入り込み、潜入するという‘汚れ仕事’をさせることに力点をおいている点に留意されたい。これこそが、中南米専用の2010年度予算で、“デモクラシー推進”基金として、更に3億2000万ドルも、オバマが要求する理由なのだ。これは、ブッシュ政権による8年間の政府予算を合算した、中南米“デモクラシー推進”のために、要求され、使われた金額よりも、大幅に多額だ。]

大使

ジャーナリストのジャン・ギー・アラールは、現在の在ホンジュラス・アメリカ大使ヒューゴ・ローレンスの来歴を暴露した[v]。アラールによると、ヒューゴ・ローレンスは、生まれはキューバ人で、アメリカ合州国には、ピーターパン作戦によってやってきた“テロ専門家だ… 2002年、ジョージ・W・ブッシュのホワイト・ハウスは、機敏なローレンスを、戦略的に、ワシントンD.C.国家安全保障会議の、アンデス問題主任の地位につけ、それにより、彼はベネズエラに関する大統領首席顧問となった。2002年のベネズエラのウゴ・チャベス大統領に対するクーデターは、ローレンスの任期中に起きているが、彼は西半球担当の国務次官補、オットー・ライヒや、極めて問題の多い、エリオット・エイブラムズと共に働いていた。2008年7月、ローレンスは、ホンジュラス大使に任命された。」

2009年6月4日、セラヤ大統領に対するクーデターのわずか数週間前、ローレンス大使は、ホンジュラスのマスコミに、「...人は、別の憲法をつくるために、憲法違反をすることはできない。もしも、憲法を尊重しなくなれば、我々全員が、弱肉強食の世界で暮らさねばならなくなるためだ。」と断言した。[vi] こうした宣言は、もしもセラヤ大統領に対するクーデターが起きていなければ、6月28日に行われていたはずだった、2010年中に憲法制定会議を招集する可能性についての、全国的世論調査に関して行われた。ローレンスが行った発言は、世論調査に対する彼の立場のみならず、ホンジュラス内政問題への介入の証拠でもあるのだ。

だが、ローレンス大使は、この地域で、ひとりぼっちだったわけではない。彼が駐ホンジュラス・アメリカ大使、この地域における左翼政府の存在感が増大するのを無力化し、ALBAの地域的な潜在力を妨げるという、差し迫った必要性ゆえに任命された職務、に任命された後に、数人の他のアメリカ大使が、近隣諸国にむけて任命されたが、全員が、キューバ革命の不安定化と心理戦遂行の専門家だった。

ロバート・ブラウ外交官は、2008年7月2日、在エルサルバドル・アメリカ大使館に、第二位の館員として任命されて、赴任した。2009年1月、ブラウは、大使館の代理大使となった。エルサルバドルへ赴任するまで、ブラウは、キューバ、ハバナのアメリカ権益部門で、二年間、政治アドバイザーとしてつとめた後、ワシントンの国務省で、キューバ問題の副主任をつとめた。キューバ反対派キューバ人との仕事が、非常に成功したため、ブラウは、国務省ジェームズ・クレメント・ダン優秀賞を授与された。ローレンスとブラウは、国務省でオットー・ライヒのチームの一員として一緒に仕事をして以来の、古くからの友人である、。

2008年8月5日、間もなくスティーブン・マクファーランドは、在グアテマラ・アメリカ大使に任命された。マクファーランドは、ヒューゴ・ローレンスや、ロバート・ブラウと同様、アメリカ国防大学卒業生で、イラク・アメリカ海兵隊第二連隊戦闘団の元メンバーでもあり、ウイリアム・ブラウンフィールドの任期中、在ベネズエラ・アメリカ大使館の次席だった。ブラウンフィールドは、ベネズエラの反対派に対する、国務省の資金提供と、戦略的支援の大幅増を実現したことで有名だ。ベネズエラの後、マクファーランドは、在パラグアイ・アメリカ大使館に派遣され、ボリビアと国境を接する国パラグアイにおける、巨大アメリカ軍事基地の建設を監督した。マクファーランドは、国務省キューバ部門部長であり、彼の履歴書は、彼は“民主的移行、人権、および、安全保障問題”の専門家であると主張している。

ロバート・キャラハン大使がニカラグアのマナグアに到着したのも、8月始めだった。キャラハンは、ボリビア、ラパスと、コスタリカのサン・ホセのアメリカ大使館で働いたことがあり、国防大学の著名な教授だった。2004年、彼はイラクに、在バグダッド・アメリカ大使館の公報官として派遣された。帰国後、彼は、ワシントンに新たに設立された国家情報庁?(DNI)で、報道・プロパガンダ室をたちあげたが、これは現在アメリカの諜報コミュニティーにおいて、最も強力な組織だ。

これら大使達、つまり、クーデター、不安定化とプロパガンダの専門家達が協力し、ホンジュラスでのセラヤ大統領に対するクーデターの土壌を準備した。

クーデター指導者たちへの資金援助

セラヤ大統領に対するクーデターが起きるわずか一ヶ月前、セラヤの政策に反対する、様々な組織、ビジネス団体、政党、カトリック教会幹部、商業マスコミの連合がたちあげられた。この連合は“ホンジュラス民主市民連合(union civica democratica de Honduras)”という名前だ。その唯一の目的は、ホンジュラスの政治過程において、大衆の発言や役割を認めることになるだろう、憲法改訂のための憲法制定会議が、将来実現する可能性を妨げるため、セラヤ大統領を権力の座から追放することだった。

“ホンジュラス民主市民連合”は、全国腐敗防止評議会(Consejo Nacional Anticorrupcion)、テグシガルパ大司教(Arzobispado de Tegucigalpa)、ホンジュラス私企業評議会(Consejo Hondureno de la Empresa Privada=COHEP)、大学学長評議会(Consejo de Rectores de Universidades)、ホンジュラス労働者連盟(Confederacion de Trabajadores de Honduras=CTH)、全国コンバージェンス・フォーラム(Foro Nacional de Convergencia)、ホンジュラス全国商工連盟(Federacion Nacional de Comercio e Industrias de Honduras=FEDECAMARA)、マスコミ協会(Asociacion de Medios de Comunicacion=AMC)、グループ・ピース & デモクラシー(Grupo Paz y Democracia)、および学生集団の「ジェネレーションX チェンジ」(Generacion X Cambio)等を含む組織によって構成されている。(訳注:勝手な日本語訳をあてているので、念のため、元のスペイン語を並記しておく。アクセント記号が飛んでしまっている点、ご注意を。)

こうした組織の大半は、ホンジュラスにおける“デモクラシー推進”のため、USAIDや全米民主主義基金 (NED)によって支払われる、年間5000万ドル以上の受給者だった。実際、COHEPへの資金援助と、作業にかかわるUSAID報告は、「本プロジェクトにおいて、USAIDが目立たないような態度をとっていることが、COHEPがホンジュラスの組織であり、USAIDの手先ではなという信ぴょう性を確保するのに、大いに役立っている。」と述べている。これはつまり基本的に、COHEPが、実際は、USAIDの手先だということだ。

“ホンジュラス民主市民連合”の代弁者たちは、彼ら自身によれば、“市民社会”を代表しているのだという。セラヤ大統領に対するクーデターが起きる五日前の6月23日、自分たちは「軍隊は、憲法、法、平和とデモクラシーを守るという自らの責任を果たすだろうと信じている」とホンジュラス・マスコミに彼等は語っていた。6月28日にクーデターが起きた際には、クーデターは起きてはおらず、むしろ、国民に、存在感と発言権とを与えようとたくらむという罪を犯した、セラヤ大統領の手から、“デモクラシーが救われた”のだ、と即座に、最初の声を上げた。偏った、中流と上流階級を代表する、“ホンジュラス民主市民連合”は、セラヤ支持者を、“烏合の衆”と、形容した。

全米民主主義基金 (NED)からの資金援助を受けている団体である国際共和研究所(IRI)は、ホンジュラスの政治集団と仕事をするため、2009年には、120万ドル以上を受け取っている。IRIの仕事は、政党に影響を与えるため、“シンク・タンク”と“圧力団体”を支援し、“2009年のキャンペーン中に、政治姿勢を実行するイニシアチブを支援する”ことに専念している。これは、ホンジュラス内政介入のあからさまな例であり、またNEDとIRIがクーデターに関与していた集団に資金援助をしていた証拠だ。

ワシントン・ロビー

元アメリカ大統領候補の共和党上院議員ジョン・ マケインは、先週のクーデター政権代表団によるワシントン訪問のとりまとめを援助した。マケインは、ベネズエラ、ボリビアや、この地域で“反帝国主義”と見なされている他の国々の政府に、反対していることで、有名だ。マケインは、マイアミの亡命キューバ人社会とも、極めて密接なつながりを持っている。マケインは、ホンジュラスにおけるクーデター参加者に資金援助をした国際共和研究所(IRI)の役員会会長でもある。マケインは、彼と密接なつながりのある、ワシントンのロビー会社、コーマック・グループによるサービスを提供したが、この会社は、7月7日、アメリカ記者クラブにおける、クーデター政権代表団の記者会見を開催した。マケインは、コニー・マック、イレーナ・ロス・レーチネンや、メル・マルチネス等、従来のキューバ系アメリカ人議員や、一般的な“チャベス嫌いの連中”を集め、議会で、幾つかの会談を設定するのも手伝った。

だが、共和党のコネから先には、ホンジュラス・クーデター政権と、現在のワシントン民主党政権との、一層まずいつながりがあらわれる。弁護士ラニー・デイビスは、クーデター政権に有利になるようロビー活動をして、ワシントンの有力者達が、ホンジュラスにおける現在の政府を、受け入れ、認めるよう説得すべく、中南米経済人会議(CEAL)に雇われている。ラニー・デイビスは、1996年から-1998年まで、元大統領ビル・クリントンの特別顧問をつとめ、ヒラリー・クリントン国務長官の親しい友人であり、顧問だ。デイビスは、現在のホンジュラス政府を合法化することを狙って、外交的攻勢と、重要なアメリカ・マスコミにおける、戦略的な広告の配置を含む、クーデター政権に味方する広報キャンペーンをとりまとめ、会合や、議会、国務省やホワイト・ハウスのメンバーとの公聴会を開催している。中南米経済人会議CEALは、民主的な政府を、クーデター、および/または、他の破壊工作手段で、倒そうとする過去の企みを、推進し、参加してきた連中を含め、中南米の保守的な財界を代表している。例えば、CEALのベネズエラ代表は、2002年の対チャベス大統領クーデターに、本格的に関与し、自社の政治的な狙いを推進するため、一貫してベネズエラの法律違反をしてきたテレビ局RCTV社長マルセル・グラニエルだ。

この攻勢の一環として、ラニー・デイビスは、下院外交委員会での特別公聴会をお膳立てしたが、これには議会の有力者が出席し、民主党議員エリオット・エンゲル(ニューヨーク選出の下院議員)が監督していた。公聴会において、ホンジュラス・クーデター政権の代表や、直接、間接に、クーデターを支持していた、インターアメリカン・ダイアローグのマイケル・シフターや、元ホンジュラス外務大臣、最高裁裁判官のギレルモ・ペレス-カダルソ、そして、80年代中ずっと、中南米の左翼、進歩派政府に対する、大半の不安定化活動における役割で有名な、悪名高いキューバ系アメリカ人オットー・ライヒらによる宣誓証言が行われた。ジョージ・W・ブッシュ大統領の中南米特別顧問に任命されたライヒは、チャベス大統領に対する2002年クーデターでも、主要な役割を演じていた。この聴聞会の結果、アメリカ議会は、現在、ホンジュラスのクーデター政権を、合法的な政府として認める決議を通そうとしている。

ラニー・デイビスのロビー活動による、もう一つの成果は、6月9日のカウンシルズ・オブ・アメリカのワシントン事務所における会議だ。この催しには、NEDとUSAIDから資金を受けている団体、ナシュナル・デモクラティック・インスティテュート(NDI)の中南米・カリブ海担当プログラム責任者、ジム・スゥィガート、元駐ホンジュラス・アメリカ大使、クリス・アーコス、中南米とカリブ海諸国担当の元USAID局長で、キューバ“デモクラシー移行”プログラムの理事長のアドルフォ・フランコらが参加していた。これら三人の人物は、ホンジュラス危機で、オバマ政権顧問として働いている。2008年の大統領選挙運動中、ジョン・マケインの外交政策顧問をつとめていたフランコは、キューバ“デモクラシー”プログラム向けのUSAID資金の管理不行き届きによる汚職で告訴されている。フランコは、こうした資金から、総計4000万ドル以上にものぼる額を、マイアミの、自由キューバ委員会や、インスティテュート・オブ・キューバン・スタディーズ等の団体に、資金支払いの透明なプロセスを遵守せずに転用していたのだ。

またしても、ネグロポンテとライヒ

多くの中南米アナリストや専門家達は、1980年代、中米の左翼活動に対し、民兵組織や、“コントラ”として知られている暗殺部隊を指揮していた元駐ホンジュラス大使、ジョン・ネグロポンテの役割に思いをめぐらせている。駐イラク・アメリカ大使、国連アメリカ大使、国家情報長官、そして最後には、コンドリーサ・ライスにつぐ地位の国務副長官、等、ネグロポンテは、ブッシュ政権時代、様々な高位の職についた。2009年1月に国務省を辞めてから、ネグロポンテは、元政府幹部によくあることとして、民間分野に天下りした。ワシントンで、最も影響力があり、強力なコンサルティング会社、マクラーティ・アソシエーツの副社長という地位を彼は提案された。ネグロポンテはその仕事を受けた。マクラーティ・アソシエーツは、ビル・クリントン大統領の元大統領首席補佐官で、クリントンの中南米特使でもあったトーマス・“マック”・マクラーティが創立した会社だ。クリントン政権が終えた後、マクラーティは、ワシントンで最も強力な戦略コンサルティング会社を経営したが、同社は昨年までは、トーマス・マクラーティとヘンリー・キッシンジャーとの合併によりキッシンジャー-マクラーティ・アソシエーツと呼ばれていた。この共同経営は、 ワシントンで、最も重要な政策を、本当に作り上げている超党派連合の明らかな証拠だ。

新たな職務の役割として、ジョン・ネグロポンテは、現在、ヒラリー・クリントン国務長官の顧問として働いている。現在の駐ホンジュラス・アメリカ大使、ヒューゴ・ローレンスは、彼の職業経歴のほとんどを、ネグロポンテ勢力圏の下で過ごしてきたことを想起されたい。従って、中米における左翼活動壊滅の専門家、ジョン・ネグロポンテが、ホンジュラスにおける、今の対セラヤ大統領クーデターの中で、一翼を担っていると考えても、飛躍しすぎにはなるまい。

オットー・ライヒは、最近数年間、セラヤ大統領に反対するキャンペーンにエネルギーを注ぎ込んできた。2009年4月、ライヒが、セラヤ大統領は、国有の通信会社ホンジュテルから、1億ドル盗み取ったと非難した後、ホンジュラス大統領は、実際にライヒを名誉棄損のかどで訴えると脅した。こうした非難には、決して証拠がなかったが、ライヒが、ホンジュテルに興味を持っている理由を説明する真実が、間もなく明らかになった。彼のコンサルティング・ロビー会社、オットー・ライヒ・アソシエーツ経由で、このキューバ系アメリカ人は、ホンジュテル民営化を要求している多国籍企業の代理人をつとめていたが、民営化にはセラヤが反対していたのだ。セラヤ大統領が、もはや部外者となった今、ライヒは、数百万ドルもの取引を進めることが可能になった。

ライヒは、ワシントンで、アルカディア財団という名前の組織を[vii]、彼自身の履歴書によれば、2002年4月のベネズエラ・クーデターに関係していた軍法専門のベネズエラ人弁護士ロベルト・カルモナ-ボルハスと共同で設立している。ロベルト・カルモナ-ボルハスは、クーデター当日、2002年4月11-12日、独裁者ペドロ・カルモナと一緒に、ベネズエラ、カラカスのミラフローレス大統領官邸におり、大統領官邸が、再度、大統領警備隊により、奪還され、憲法秩序が回復した後、カルモナと共に逃亡した。後に、彼はベネズエラのクーデターで果たした役割の責任で起訴され、アメリカ合州国に逃げ、ワシントンDCのジョージ・ワシントン大学で教授になった(クーデター指導者や、デモクラシーの違反者達が、アメリカ合州国で歓待を受けているの見るのは、結構なことだ)。昨年来、ライヒとカルモナ-ボルハスは、腐敗と、私有財産権を制限するとして、彼を非難する、反セラヤ大統領キャンペーンを実行した。アルカディア財団経由で、彼等は一連のビデオ・クリップを制作し、様々なメディアで上映されたが、セラヤを、ホンジュラス国民の基本的権利を侵す、腐敗した大統領として描き出そうとするものだった。[viii]

カルモナ-ボルハスは、過去数カ月間、ホンジュラスに頻繁に出張し、セラヤに対するクーデターをあからさまに論議する市民集会まで開いた。カルモナ-ボルハスが出席する、ある場面で、クーデターに参加した、ホンジュラスの国選弁護人ラモン・クストディアは、「クーデターは、一つの可能性であり、いかなる政治環境の中でも起こりうる」とマスコミに宣言した。クーデターが起きた後、ロベルト・カルモナ-ボルハスは、7月3日、現在の政権を支持する集会に登場し、彼のことを、セラヤ大統領の権力からの追放と、独裁者ロベルト・ミチェレッティを、事実上の大統領に就任を“可能にすることを助けた”“重要な関係者”だと公言したクーデター指導者達から、敬意と喝采を受けた。[ix]

軍事力

アメリカ合州国は、首都テグシガルパから約80キロのところにあるホンジュラスのソトカノ(パルメローラ)基地に、大規模な駐留軍を維持しており、これは1981年以来、積極的に活動しており、アメリカのロナルド・レーガン政権により、大いに活用され、中米での作戦に使われた。

80年代中、ソトカノは、CIAによって訓練され、武器を与えられ、資金を受け、中米における、あらゆる左翼運動に対し、中でも、特に隣国ニカラグアのサンディニスタ政府に焦点を当てて、戦争を遂行する任務を帯びた民兵組織“コントラ”作戦の基地としてオリバー・ノース大佐によって利用された。“コントラ”は、ソトカノから、何万人もの農民や一般市民の暗殺、何千人もの行方不明者、拷問、負傷者をもたらし、全地域を恐怖政策で支配した、テロ攻撃、心理戦(オットー・ライヒの外交広報局が監督していた)、暗殺部隊や、特殊秘密任務を遂行した。

当時駐ホンジュラス・アメリカ大使だったジョン・ネグロポンテは、オリバー・ノースやオットー・ライヒと共に、これらの卑劣な作戦を、指揮、監督した。彼等は後に、レーガン政権が、この地域の左翼運動を無力化するために使っていた、民兵集団と暗殺部隊への資金提供を、アメリカ議会が止めた際に、イラン-コントラ・スキャンダルに関与することとなり、ネグロポンテ-ノース-ライヒ・チームは、自分たちの秘密作戦への資金提供を継続するため、イランに武器を売った。

ソトカノ基地には、陸軍、空軍、統合治安部隊と、アメリカ空軍第一大隊第228連隊のメンバーによって構成される、アメリカ軍ブラボー統合任務部隊が駐留している。この基地に現在駐留するアメリカ軍の総計は約600人で、18機の戦闘機と、特殊戦争作戦に用いられる、UH-60ブラック・ホーク・ヘリコプターと、CH-47チヌーク・ヘリコプターもある。ホンジュラス航空アカデミーもソトカノ基地にある。650人以上のホンジュラスとアメリカの民間人も、この基地施設の中で生活している。

ホンジュラス憲法は、外国軍隊の国内駐留を法的には認めていない。ワシントンとホンジュラス当局の間で、“握手”協定が結ばれた。基地への“数百人、時には数千人の、アメリカ軍要員の半永久的”な重要で戦略的な駐留だ。協定は1954年、アメリカがホンジュラス軍に提供する数百万ドルの援助金と引き換えに結ばれた。この援助は、訓練プログラム、武器と軍装備品、ホンジュラスの領土で行われる共同演習や作戦にまでわたる。この基地は、アメリカ軍とCIAによって、1954年に、グアテマラで、ハコボ・アルベンスに対するクーデターをしかけるのに、始めて利用された。

毎年、ワシントンは、ハイチとニカラグアに継ぐ、西半球で三番目に貧しい国ホンジュラスへの軍事および経済援助として、何億ドルも認可している。この中米国家へのアメリカ軍駐留を確保するこの「取引」は、ホンジュラス政府によって、たいした通知なしに、いつでも終結できる。

2008年5月31日、マヌエル・セラヤ大統領は、ソトカノ(パルメロラ)を、国際民間空港に転換するつもりだと発表した。空港ターミナル建設は、米州ボリバール代替統合構想(つまりALBA、ボリビア、キューバ、エクアドル、ドミニカ、ホンジュラス、ニカラグア、セントビンセント、アンティグア、バルバドスと、ベネズエラが加盟国)からの資金を、財源とする予定だった。これは、明らかに、ホンジュラスにおける将来のアメリカ軍駐留に対する重大な脅威だった。

セラヤ大統領に対するクーデターで主要な役割で参加した二人の将軍は、いずれも、中南米の独裁者、拷問者や、鎮圧者を訓練することで有名な、アメリカ陸軍米州学校の卒業生で、二人は、ホンジュラスに駐留するアメリカ軍と、非常に緊密な関係を保っていた。ホンジュラス空軍司令官ルイス・ハビエル・プリンセ・スアソ将軍は、1996年に、有名なアメリカ陸軍米州学校で学んだ。2009年6月24日に、大統領命令に対する非服従のかどで、セラヤ大統領に解任され、わずか数日後の軍事クーデターで、主要な関係者として登場した、ホンジュラス統合参謀本部議長ロメオ・ヴァスケス大将も、アメリカ陸軍米州学校の卒業生だ。この二人の軍幹部も、ペンタゴンやアメリカ南方軍と、密接な連絡を維持していた。

2008年9月までの駐ホンジュラス・アメリカ大使、チャールズ・フォードは、ヒューゴ・ローレンスがその職務に任命されると、ホンジュラスから、フロリダ州のアメリカ南方軍に、転出させられ、現在の地位である、ペンタゴンに中南米に関する“戦略的助言”を提供する任務を与えられた。

ホンジュラス軍は、アメリカ軍により、資金を得、訓練され、教え込まれ、指揮されている。冷戦開始以来、彼等は、反左翼、反社会主義、親帝国主義精神を吹き込まれつづけてきた。ホンジュラスのクーデターに参加した、将軍や、高級将校達は、“その“左翼”イデオロギーと、ベネズエラやキューバのような地域の社会主義諸国との団結によって、彼がもたらした脅威”ゆえに、セラヤ大統領を権力の座から追い出すよう、軍は“義務づけられていた”と、公然と述べている。あるホンジュラス人大佐によると、「我々は、この国で、破壊活動と戦ってきたが、 ホンジュラスは、他国のような、同胞で殺し合う戦争をしなかった唯一の国家だ…我々にとっては、我々が受けた訓練からして、左翼政府と関係を維持することは困難だったろう。それは不可能なのだ。個人的には、退役したかった。私の意見、私の信条は、あれに参加することを許さないはずのものなので。''.[x]

こうした上記の証拠の全て、そして、必ずや今後も更に現れるであろうものが、ホンジュラスの対セラヤ大統領クーデターにおける、ワシントンの否定しがたい役割を証明している。

 

i http://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2009/july/125564.htm

ii http://www.state.gov/secretary/rm/2009a/06/125452.htm

iii Ver nota 1.

iv http://www.state.gov/secretary/rm/2009a/july/125753.htm

v http://www.radiomundial.com.ve/yvke/noticia.php?28366

vi http://www.elheraldo.hn/País/Ediciones/2009/06/05/Noticias/Lo-que-se-haga-debe-ser-legal-y-constitucional

vii www.arcadiafoundation.org

viii http://www.arcadiafoundation.org/videos.html

ix http://www.youtube.com/watch?v=ukacM-77lXs.

x http://www.aporrea.org/actualidad/n138264.html

記事原文のurl:www.chavezcode.com/

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段々と実態が見えてきたようだ。属国には、よくある話。

電話会社のアメリカによる私営化問題:まるで、どこかで聞いたような話。

彼のコンサルティング・ロビー会社、オットー・ライヒ・アソシエーツ経由で、このキューバ系アメリカ人は、ホンジュテル民営化を要求している多国籍企業の代理人をつとめていたが、民営化にはセラヤが反対していたのだ。セラヤ大統領が、もはや部外者となった今、ライヒは、数百万ドルもの取引を進めることが可能になった。

基地協定廃止・民間空港化:これも我が身。ただし、そういう事態になる可能性は皆無。

ホンジュラス憲法は、外国軍隊の国内駐留を法的には認めていない。ワシントンとホンジュラス当局の間で、“握手”協定が結ばれている

中米国家へのアメリカ軍の駐留を確保するこの「取引」は、ホンジュラス政府によって、たいした通知なしに、いつでも終結できる。

属国日本にとって、益々人ごとでない事態。

数年前の呪文、郵政改革、守旧派、刺客にかわる、まるで実態のない政権交代などという、二大右翼政党(派閥)体制実現プロパガンダでなく、またイランの緑の革命でも、新疆ウイグルの事態でもなく、こうした、属国にとって最も切実な話題をこそ、マスコミに報じてもらいたいもの。今日は人の身、明日は我が身。ホンジュラス情勢を、ほとんど伝えない現状、まるで報道管制。もちろん、しつこく繰り返し書いている通り、属国庶民の生活向上ではなく、二大政党化体制実現プロパガンダこそが、(属国)商業マスコミの使命である以上、それは期待すべくもない。

選挙前から「インド洋やソマリアへの軍隊派遣を継続する」と言い出した民主党代表。セラヤのように、大化けして、国外追放される危険は皆無。その分、空虚な期待をして、またもや、だまされる庶民への打撃は、きつかろう。それが自己責任だと、小泉元首相は丁寧に?教えてくれている。

小泉郵政解散で、一度だまされ、政権交代で、二度目に、まただまされる。オバマのチェンジで熱狂した宗主国の民度は、そうした宗主国に憧れる属国の、チェンジにあこがれる民度の手本だろう。

(単なる「政権交代」という言葉そのものについて、良い、悪いという判断をしているわけではない。日本の、今の局面で、商業マスコミが大いに推進する、これからおきる「政権交代」は、恐ろしいと、思っているに過ぎない。都議選結果が、その恐ろしさを、くっきりと浮かびあがらせている。自民党多数派が、民主党多数派になったことをもって、商業マスコミは、また、多くのブログは、素晴らしい変化であるがごとき言説を振りまいている。また、自民党も、あたかも、敗北が深刻な風を装っている。しかし、都議会の審議実績からいって、民主党は事実上の与党にすぎない。カレー・ライスが、ライス・カレーに変わったに過ぎない。都民の大多数が、本当に、東京都の自民党に反対なのであれば、自民・公明・民主以外の政党に投票するのでなければ、本当の反対ではあるまい。国政とて同じこと。庶民にとって、暮らしやすくなる「政権交代」が、本当に起きるのであれば、そもそも、素人がブログでこうして書く必要はないだろう。アメリカが、背後であやつった、ホンジュラスのクーデターにあたるものが、日本では、小泉郵政選挙であり、麻生政権からの交代選挙だ、というだけのこと。)

マルクスの有名な言葉を、書いておこう。

「歴史は繰り返す、最初は悲劇として、二度目は茶番として」出典は『ルイ・ボナパルトのブリューメル18日』の冒頭。Wikipediaドイツ語版で、該当するドイツ語原文が読める。

„Hegel bemerkt irgendwo, daß alle großen weltgeschichtlichen Thatsachen und Personen sich so zu sagen zweimal ereignen. Er hat vergessen hinzuzufügen: das eine Mal als große Tragödie, das andre Mal als lumpige Farce.“

「ヘーゲルは、どこかで言っている。あらゆる偉大な歴史的事実や、登場人物は、いわば二度現れる、と。彼はこう付け加えるのを忘れていた。一度目は、悲劇として、二度目は茶番として」

参考:同じ筆者による過去記事の、別の方による日本語訳

ベネズエラに対する米国の攻撃:ブラック・プロパガンダと汚い戦争戦術の高まり

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