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2009年7月29日 (水)

ホンジュラス・クーデターの背景: 貧困、搾取と帝国主義的支配

wsws.org

Rafael Azul

2009年7月9日

6月28日、アメリカに訓練された軍、アメリカ南方軍と密接なつながりをもつ軍が、マヌエル・セラヤ大統領を打倒し、拉致し、ホンジュラスから追放した。ホンジュラス軍とペンタゴンの密接な関係を考えれば、ワシントンがそれを知っており、暗黙の承認をしたことなしで、クーデターが起きたとは信じがたい。

新大統領ロベルト・ミチェレッティを据えた、クーデターの背後にあるのは、世界でも、最も搾取的で、圧政的な政治、経済制度の一つであり、その基盤の上で、裕福な土地所有者と、実業家、軍と教会が、富を得ている。これらの勢力が、今、階級闘争のエスカレーションに脅かされている。

世界経済危機に加速された社会的緊張が、国内の支配層エリート間の深刻な溝となって、現れている。大衆に訴える弁舌や、政府による最低賃金の60パーセント引き上げと一緒になった、安価な石油と借款を求めるための、ウゴ・チャベスのベネズエラ政府の向きのセラヤの実利主義的な転換は、全て、ホンジュラスの爆発的な社会闘争を封じ込めることを狙ってたのだ。

セラヤは、右派の法と秩序という基盤の上で、一世紀以上にわたり、政権を交代してきたオリガーキー、ホンジュラス二大政党の一つ自由党の候補者として、2005年の大統領選挙で勝利した、裕福な土地所有者で、製材界の大立者だ。にもかかわらず、彼の行動は、彼自身の階級や、セラヤを後継する候補者として承認された仲間の自由党議員であるミチェレッティを含めた、元の最も親密な政治上の盟友達からの、彼に対する敵意をもたらした。

いずれの派閥も、ホンジュラスに蔓延するひどい不平等と貧困の原因となっている体制を擁護している。

ホンジュラスはアメリカ半球における最貧国の一つだ。生活水準を測定する大半の指標で、やはり極端に貧しい国々である中米の近隣諸国、グアテマラとニカラグアに、水をあけられている。南北アメリカでは、唯一ハイチが、ホンジュラスよりも、貧しい。

ホンジュラスは、封建的な社会構造によって支配される、地方の、主として農業経済、つまり巨大な農園が、農民が所有するミニ農園を支配する、かなりの工業分野を持った都市経済へと、移行する過程にある。若く、増大しつつある都会の労働者階級がいる。

主として、アメリカ合州国への輸出用バナナ生産に依存する、古いプランテーション経済は、変容中なのだ。大規模資本投資は、農業労働者の余剰を生み出し、貧困が増大し、都市における慢性的な高レベルの失業にもかかわらず、農業労働者を都市へと、押し出している。この都市における労働予備軍は、現在、“マキラドーラ”として一般に知られている輸出志向の製造業に、依存している。こうした工場での、労働搾取工場的な労働条件は、世界でも最悪の一つだと考えられている。

成人男女の平均労働時間は、クアトロ-ポル-クアトロ(四日-四日制)、あるいは、トレス-ポル-クアトロ(三日-四日制)として知られている制度のもとで、14時間だ。機械が常時、動きつづけられるようにするため、労働者は、一日に14時間、週に、三日から四日働き、休日には、他のチームが入れ代わる。生産割当は極めて高く、病気の労働者ですら、限られた休み時間と食事時間しか与えられない。シフトにつき一時間半だ。注文が、増減するのにつれ、工場の雇用も増減する。労働法は、日常的に、無視され、労働組合の結成は弾圧される。

3月24日、米州機構(OAS)の機関、米州人権委員会(CIDH)は、ワシントンで、ホンジュラスの、229箇所のマキラドーラの条件について、公聴会を行った。こうした企業は、全体で 130,000人の労働者を雇用しており、その69パーセントは若い女性だ。CIDH職員は、ホンジュラス政府に、彼らが“貧しい人々を搾取する典型例”と呼んだものを、調査するよう要求した。

ホンジュラス女性共同体(コレクティヴァ・デ・ムヘーレス・オンデュレーニャス)のフロレンシア・ケサダによると、「女性労働者は、18歳で、採用され、30歳で解雇される。なぜなら、経営者が若い女性を好むからだ。多くの場合、採用面接では、女性は服を脱ぐよう要求される。帝王切開の傷がある女性たちや、 ある体重制限を超えた人々は落とされる。」

ケサダは、マキラドーラにおける、密集した労働条件と、長時間労働について説明してくれた。時に、従業員は、24時間休みなしで働くことさえ要求されたと、彼女は報告している。狙いは、給料の40パーセント・カットという脅しのもとで、“法外な目標数値を実現すること”だとケサダは言う。

ホンジュラス女性共同体のもう一人のメンバー、ブレンダ・メヒアは、厳しい作業ペースの結果、生じる、筋肉と関節の病変について話してくれた。多くの場合、「労働者は、コップの水を飲むといった単純な動きさえ、うまくすることができない。」仕事のせいで、働けなくなった人々は、障害者給付金や、社会保障給付金をもらえる可能性がほとんどない。万一、そうした給付金を得られたにせよ、金額はごく僅かだ。

300,000人以上の子供がホンジュラスでは働いている。彼らの一日の就業時間は、成人のそれより、ほんのわずかばかり短いだけだ。国連児童基金(UNICEF)によると、マキラドーラでは、15歳という若さの子供が、一日、10から13時間も、一時間わずか40セントで働くよう強いられている。国際労働機関(ILO)は、以下のような産業での児童労働を報告している。売春(特に、北部海岸沿いの観光地)、花火製造(コパン)、海での潜水(モスキート海岸のロブスター採り船で)、石灰岩の石切場や廃棄物処理場(テグシガルパとサンペドロスーラの二大都市)、農業(コーヒーとメロン業界)。

ホンジュラスにおける貧困は、人口の53パーセントが現在暮らしている、地方に集中している。そうした人々の約75パーセントが、基本的ニーズに合わせるのが、不可能な条件にあり、非常に高い幼児死亡率、子供の栄養失調、児童労働や文盲を生み出している。人口の70パーセントは、貧困線以下で暮らしており、40パーセントは、一日2ドル以下で生計をたてている。国連統計は、平均的なホンジュラス人が、40歳以前に亡くなる可能性が、12パーセントであることを示している。ホンジュラス人の16パーセントは、医療サービスの機会をほとんど奪われていると見られており、5歳未満の子供の17パーセントは体重不足だ。

成人の五人に一人は、読み書きができない。およそ30パーセントという失業率は、中南米において、最も高いものの一つだ。

バナナ・プランテーションが、労働者を解雇するため、益々多くの人々が、都市に出ることを選んでおり、都市では彼等が大規模な労働者の予備軍を形成し、時給は、男性労働者で、75セントから、95セントの間で、増減し、女性労働者の場合、ずっと少ない。何万人もの、都市への移住は、メキシコへの移民、そして、最終的には、アメリカ合州国へと至る。

中米の標準からすれば、並外れているわけではないとは言え、収入と富の分配は、恐ろしく不平等だ。人口の最上位10パーセントが、商品やサービス生産の45パーセント以上を消費する。最大の分け前は、三大集団に分けられる、最上層に入る。大土地所有者、実業家、軍幹部だ。

最下層の10パーセントは、農民で、生産の4パーセント以下しか消費していない。小さいながらも、増大しかけていた都会の中流階級もあるが、1998年のハリケーン・ミッチによって、甚大な影響を受け、いまだ回復していない。ハリケーンは、ホンジュラスを壊滅させ、7,000人が亡くなり、この国の交通インフラの50パーセントと、多くのプランテーションを破壊された。暴風の影響は、広範囲に及ぶ洪水の条件を生み出した遅れた焼畑農業技術によって拡大されてしまった。

ハリケーンは、労働者の都市への移動を促進し、アメリカ合州国の需要変動に依存する、主として繊維製品の、マキラドーラの成長を助長した。

現在の世界的な金融危機と、アメリカにおける衣服需要の下落は、経済に対し、壊滅的な影響をもたらしている。2008年に経済危機が始まって以来、29のマキラドーラが閉鎖した。これまでに30,000人の労働者が、僅かな退職金、あるいは退職金なしで解雇された。ホンジュラスでは、失業手当給付金はなく、階級間の緊張を、限界点にまで上げている。

歴史的に、この過酷な搾取というパターンは、往々にして、アメリカ合州国の支援を得た、抑圧によって、維持されてきた。伝統的支配階級は、封建的な土地所有のパターンと、アメリカ帝国主義との関係に依拠してきた。前世紀中ずっと、ホンジュラスという国家は、国と、反抗的な農業プロレタリアートや小作農の間に立ちはだかってくれる、アメリカ海兵隊員と海軍とに、頼ってきたのだ。

ホンジュラスは、アメリカ軍によって、1907、1911、1912、1919、1924、1925、そして1931年と、繰り返し、侵略されてきた。こうした侵略において、目標は、アメリカ企業の権益を保護と、専制的傀儡政権の安定性だった。

ホンジュラスの支配層から、絞り出された代償は、906年に始まった、ユナイテッド・フルーツ社による、肥沃な東部の熱帯の渓谷の支配で、同社は、ホンジュラスに、バナナ・プランテーションを作り上げ、国家の中の国家となっている。1910年、ホンジュラスのミゲエル・ダビラ大統領の抵抗に直面して、同社は、ダビラを打倒するためのクーデターを組織した。以来ホンジュラスは、典型的な“バナナ輸出に依存する中米の共和国(バナナ共和国)”だ。

1933年に、フランクリン・ルーズベルト大統領は、中南米における、あからさまで、一方的な軍事介入を否定した。その代わりに、アメリカは、主として、代理軍を作り出したり、国軍や治安部隊を、アメリカ軍の命令系統に、統合、従属させることによって、帝国主義的権益を追求してきた。以来、ホンジュラスは、この地域へのアメリカ介入のための、作戦と、供給基地となってきた。1954年、CIAに訓練された、ファシスト軍が、ホンジュラスやエルサルバドルから、グアテマラ領へと入り込み、ハコボ・アルベンス大統領に対する軍事クーデターを成功させた。1961年、ホンジュラスは、キューバのフィデル・カストロに対する、ピッグズ湾侵略の訓練基地、兼、拠点として利用された。1980年代、CIAに支援されて、ニカラグアのサンディニスタ政府と戦ったコントラ軍は、ホンジュラスから、指令と補給を受けていた。

ホンジュラスは、いまだに、地域における最大の在外アメリカ軍事基地の一つを受け入れており、600人のアメリカ兵士が、テグシガルパ北西80キロにあるソトカノ空軍基地に駐留している。

プランテーションに依存する経済の典型として、ホンジュラスにおける、極端な不平等は、戦闘的な労働者と抵抗の歴史と結びついている。1954年4月、CIA軍がグアテマラを侵略している中、ホンジュラスのテラ港の港湾労働者達は、ユナイテッド・フルーツ社の船への荷積みを拒否した。彼等の抗議行動のニュースは、あっと言う間に、他の港広がり、鉄道と、プランテーション労働者の支持を獲得した。残業手当ての要求から始まったストライキは、一日8時間労働と、まともな生活水準と、労働条件を求める大規模な闘争となった。ストライキ委員会が、都市中を占拠した。

ストライキは、テグシガルパにまで広がり、同市の工場労働者による支持を得た。大規模な国家による抑圧にもかかわらず、ストライキは69日間続いたが、労働組合の承認を含め、労働者に対する僅かな譲歩だけで終わった。ホンジュラスの支配階級が、最も恐れているのは、この抵抗と、自己犠牲の精神なのだ。

6月28日クーデターに対応したのは、今や、二週目に入った、ホンジュラスの教師60,000人による全国的なストライキを含め、極めて確固たる抵抗、ストライキ、抗議を遂行しているホンジュラス労働者だ。

彼らの戦術的な差異が何にせよ、セラヤが率いる党派と、ミチェレッティの党派のいずれも、この動きを恐れている。疑いもなく、この闘争が、制御不能になりかねないという懸念が、アメリカが仲介する、彼自身と、彼を打倒した連中との間の“調停”に、自らをゆだねるというセラヤの決定に、重くのしかかっていたのだ。

ホンジュラスと、中米全体に存在している、階級関係と、社会的条件が、階級抑圧を終わらせ、社会主義の世の中をつくるための、労働階級のための独立した政治運動を構築することなしには、帝国主義者の支配から、デモクラシーと自由を確保することを不可能にしている。

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/jul2009/hond-j09.shtml

数日前、朝日新聞朝刊に森巣博の文章があった。さすがにまともなことを言っておられる。「投票用紙で武装し、蜂起せよ」。そう、庶民には、実際投票権しか武器はない。

「自民、公明やら、似非野党に、投票するな」「弱小野党に投票しろ」と言っているのだろうと、勝手に解釈させていただく。そうでなければ『蜂起』には、なるまい。

後世「しかし、実際は、投票用紙で武装し、蜂起せず、民主党に、圧倒的勝利を与えて、日本の完全属国化を実現する選挙になった」と書かれるのではあるまいか。

「今回の衆議院選挙が、最後の歯止めの可能性があった選挙だった。」と。

商業マスコミがあおる「二大政権交代」、実態は、永久属国化長期戦略の最終ステップ。

今回民主党が圧勝すれば、比例代表分を大幅削除し、弱小野党を徹底的に、殲滅する選挙制度に改悪し、やがて、最終的には、宗主国・属国支配層待望の憲法破壊が実現する。

そもそも、この小選挙区制を、導入した小沢氏、目障りな弱小野党を完全消滅させるなど、赤子の手をひねるように、やってのけるだろう。

それを、また大喝采する支持者たち。

自分の首に、縄を巻いて、ひっぱるようなものだろうに。

嬉々として小泉自民党に投票したあの光景の、そのまんま再演。

あの欺瞞選挙も、小泉首相本人は、小選挙区制度に反対していたのに、オザワ氏が導入しておいてくれた、小選挙区制度ののおかげで、まんまと、郵政破壊、日本破壊のフリーハンドを実現した。もちろん、それには、今回、民主風?をふかせている、商業マスコミが大々的に支援した。

あの時の投票による、悲惨な結果を、すっかり皆様、忘れておられる。

散々壊しておいて、逃げ去る。そこを、おっとりがたなで、今度は、民主が奪い去る。そして、また、おなじ苛斂誅求、属国政策を推進する。すくと、今度は、またもや、自民党が息をふき返し....

水戸黄門と悪役の現実政界版、シナリオ通りに見えてしまうのは被害妄想だろう。

母親を殺され、女性が拉致されたことは、繰り返し報道しても、ホンジュラス大統領の拉致はほとんど報道しない。マスコミ総白痴化。そう自覚しての白痴化。

拉致事件でふと思い出したことがある、アメリカ・マスコミ界の大物の娘、パトリシア・ハーストが、過激派に拉致され、更には、過激派に加担、一緒に犯罪を犯した事件だ。

ストックホルム症候群。

Wikipediaの一部を引用させていただこう。

犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情するなどし、人質が犯人に信頼や愛情を持つようになる。

アメリカと日本人の関係や、日本の権力者と庶民の関係は、この症候群そのまま?

ストックホルム症候群選挙:以下のように勝手に改竄してみた。

狭い国に閉じ込められ、宗主国の支配者や、属国傀儡政権や、エセ野党に、長い間、いじめられているうちに、被害者のはずの国民は、犯人である、宗主国の支配者や、属国傀儡政権やエセ野党を信頼し、さらには愛情を持つようになる。

ストックホルム症候群の例として、よくあげられるのがパトリシア・ハースト

超有名家族の娘パトリシア・ハーストは、1974年2月、過激派共生解放軍に誘拐された。ところが、1974年4月、サンフランシスコの銀行を彼らが襲った際、パトリシアも、銃を持って、一緒に強盗を働いていた。

1974年5月、一味のアジトが急襲され犯人6名は射殺。パトリシアは難を逃れ逃亡。

1975年9月、パトリシアが逮捕された。

弁護団は彼女は洗脳されたのであり、責任は共生解放軍にあるとした。

1977年1月19日カーター大統領による特別恩赦と保釈金150万ドル支払いで仮釈放された。

今回の選挙は「ガス抜き、ストックホルム症候群選挙」?

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